「トリック」を含む日記 RSS

はてなキーワード: トリックとは

2021-04-30

日本製ゲームがつまらなくなったのは何故?

近年、俺が良く遊んだ面白かったゲームを並べてみると見事にMade In Japanがない。

俺はストラテジーゲームシミュレーション好きなので、現在の他のジャンルの事は良く分からない。

それでもAPEXだとか、Ghost of Tsushimaだとか、 最近でも面白いと聞くゲームには海外ゲームが多い。任天堂タイトルを除くと。

だけど、日本製ゲームストラテジーゲームには、PCPS4他のコンシューマ機を問わず、心惹かれたタイトルは全くない。ただ、日本ゲームを遊んでない訳でも買ってない訳でもない。

信長の野望三国志の最新版は買ったし、スパロボも、ファイアーエムブレムも、かつて好きだったシリーズなら、新しいのが出ればやってみているし、買ってるからこそ不満がある。


しかし、かつては違ったと思う。

子供頃は、FFTサカつくダービースタリオンカルチョビットファイアーエムブレムスパロボなんかは楽しめていたし、好きなゲームジャンルを決めたくらいには好きだった。

古いゲームも遅れて遊んだけれど、遥かに昔の作品ですらタクティクスオウガフロントミッション風来のシレンとか、今でもいいゲームだったなぁと思える作品も沢山あった。

でも、今はどうだろう。面白かったはずのシリーズも、面白くなくなってるんじゃないかと思う。

スパロボなんか、今でもシステムには全く進化もないし、戦闘難易度はかつてのシリーズ作品と比べてすら話にならない程簡単になった。

かつてであれば、1ミスで全てが台無しになって絶望していた風来のシレンも、シリーズを重ねて風来のシレン5にもなると、やりなおし草なんて糞アイテムのおかげでノーリスクリセット出来る始末。

かつて好きだった日本作品が、シリーズを重ねるごとに簡単になり、面白くなくなってるって例は他にもある。というか、自分が好きだったほぼ全シリーズがそうなっている。


ゲーム好きの印象としても、日本ゲームは全体的に、難易度が大きく下がってしまっているのではないかと思うがどうだろう?

それが、日本ゲームがつまらない理由なのではないかと思うんだわ。

それって結局は、ゲームでも苦労して頭を使う事を嫌うようになったからなんだろうか?

いや、高難易度で知られたゲームは、今でも一部の日本人には根強い人気がある。RimWorldの5chの攻略スレッドは、発売後何年も経った今も盛況だ。

日本ゲーム会社が開発力を失って、システムアップデートを怠ってるんだろうか?

いや、ダークソウルシリーズなど、今でも世界的にも人気のある高難易度ゲームは出ている。その気になればいくらだって作れるはずだ。

供給する力もある、需要もある、そのはずなのに日本戦略ゲーム代表格と言えば、鬼の様につまらないし、低難易度だし、

システムに全く進化がない信長の野望三国志スパロボで、今や、高難易度で緻密なシステムを持った戦略ゲームを作るのは海外の開発会社だ。

まぁ、その高難易度ゲームを求める国内需要が小さくて、初めから海外をメインにということが考えられないってのが答えなのだとは思う。難しいゲームを作っても売れないのでは作るはずもない。

それってつまり、多くの日本人はゲームですら苦労するのは嫌だ、ヌルく生きたいって思ってるって事なのかもな。

なろう系小説が良く売れてるのも同根な気がするよ。


なろうで育ってきた様な人が、今後もゲームを作る訳だから日本ゲームはどんどん面白くなくなるんだろうか?ヌルくて萌え要素満載のゲームウマ娘みたいな)が喜ばれる様になるんだろうか?

だけど、一方では海外ストラテジーゲームは高難易度面白いが、XCOMなんかはストーリーは驚くほど薄っぺらくて、感動の欠片もない。

から、俺個人は今でもタクティクスオウガの様な世界観とストーリー個性的で魅力的なキャラクターを持った、高難易度ゲームを期待してるし

アニメ漫画を見ても日本からは素晴らしい作品が出てくる土壌はあるはずと信じてもいるんだけどね

追記

ブコメ見ても、読んでコメントしてるとは思えないブコメ散見されるし、こんなところにも頭使うのを嫌う日本人が増えてる傾向が見えるように感じた。

(追記2)

susuharai そんなことよりGWにはOxygen Not IncludedかEndzoneやろうぜ、きっと気に入るよ。自分はRimWorldの最高難易度ランディクリア目標

バニラカサンドラの最高難易度を、コミットメントモードで、一人も死者を出さずに宇宙船飛ばせるけど、プレイ最適化極致になるのでAIの行動パターンとか挙動を見極めて

各種の襲撃や生産活動込みで拠点動線含めて完全に最適化しつくすくらい考えて行けばいけると思う。降下やトンネルをどうやってキルゾーンで受ける確率を上げるかとか

過剰な食料生産をしない様に在庫資産管理を徹底するとか。Oxyはそのうちやりたいと思ってた。

追記3)

主語がでかいだの、SLGは~なんていうが、アクションゲームでも同じだよ。

今よりもゲームへの慣れも早くて操作も上手かったはずの、もっと若いころにやった三国無双は、味方もバタバタ死ぬ呂布やら張遼やらに苦労してステージクリアしてたが

最近三国無双なんて、呂布ですら弱くて微塵も苦労する要素なかったよ。バイオ最近のよりも2の方が大変だったし、シリーズものは全体的に易化してると思うわ。

JRPGなんて、そもそもかつても今も戦うコマンド連打で終わる脳死ゲーだろ。

ペルソナ4とか、古いファイナルファンタジーシリーズが、ストーリーとして良いとかBGMが素晴らしいとか、それは同意するし、ゲーム性以外の要素を好きな人がいることは分かる。

ペルソナやらクロノトリガーサントラは、今でもよく聞いてる位好きだしな。

だがJRPGにはゲーム性はないし難しくもない(断言 

ただし、子供向けに子供が満足するレベルトリックをふんだんに入れてるゼルダは別ってか、そもそも住んでる世界が違う。任天堂ゲームは、大人が遊んでも面白いが、大人の為には作られてない。

だがソシャゲなんかは極端な例だけど、課金する大人の為に作られているが、完全な脳死ゲーだ。日本人があれを有難がるのは、脳みそ死んでる証拠の一つだろ。

2021-04-26

テキストで読むウマ娘プリダビ攻略【追記あり】

ウマ娘攻略はてなでも流行しているっぽいので筆者が確信していることを攻略情報として載せておく。

基本的スキル発動が一番早いのは作戦逃げ・一番遅いのは作戦追込

ウマ娘リダビはゲーム仕様上の制約でウマ娘が走った距離が長いほどスキルが発動しやすくなるという仕様存在する。
逃げは最も早く中盤や終盤コーナー/直線へ到達するし、追込が「後ろの方へ居る」には先を走るウマ娘存在しないと成立しない条件である
例えば多くの場合「(作戦)ためらい」デバフを発動する順番は逃げ>先行>差し>追込となりやすい。
時間差なく発動してくれるのは良バ○や晴れの日、根幹距離などの環境スキル、集中やコンセントレーションなどのゲート系スキルのみだ。今のところはね、今後増えるかも?
これはウマ娘リダビの絶対的仕様なので、よっぽどのことがない限りサ終するまで継続する仕様だ。

パラメータは短距離ほどスピード偏重が強い・長距離ほどバランスが取れていたほうが強い

これは競馬ゲームであるならたいてい盛り込まれ仕様
ただしウマ娘リダビには様々なスキル存在するため数値上の偏りがレースでの性能そのままを意味するわけでなく、例えばスタミナ500とスタミナ500(コーナー回復取得済み)であれば後者のほうが実質的なスタミナ量は多い。

スタミナパラメータは序盤中盤の体力消費量へ影響・根性パラメータは終盤の体力消費量へ影響

スタミナパラメータが十分にあり根性パラメータが低いとき、終盤で一気にスピードが落ちてしまうのは体力が切れている証拠
根性は「ねばり」と表現されていることが多いけど実際は「終盤専用のスタミナ」である
まり根性が低いとき終盤発動する回復スキル根性の低さをカバーするので根性が低いからといって個々のウマ娘特性によっては必ずしも根性スキル取得が正解ではないことがある。

たずなさんがパワーが足りなくて抜け出せないと言うとき足りないのはパワーでなく賢さかも?

レースの結果だけ知るのではなく実際にレースを観て確認してみよう。
何を確認するのか?と言えばウマ娘位置取りである
賢さは掛かり発動率やスキル発動率のほかにレース中に良い位置取りをする確率へも影響しており、賢さが低いとウマ娘自らが囲まれ位置へ飛び込んでいることがある。
ほかの攻略情報で「チームレースではスピード・賢さ特化のウマ娘は弱い」という情報を表面上の理解のまま鵜呑みにして賢さを抑えすぎると更に弱いウマ娘になるので注意。

賢さを抑えて良い位置取りをするためにあるのが位置取りスキル

まり「チームレースではスピード・賢さ特化のウマ娘は弱い」は言葉が足りないのだ。
賢さをスキルが発動できる程度まで抑えれば位置取りはまだまだ上手くないので位置取りスキルで低めな賢さを補うという考え方が重要
位置取りスキルを軽視するプレイヤーほどそこまで強くないウマ娘を育ててしまう傾向があるので、今まで位置取りスキルを軽視していたのなら再評価してみよう。

育成が上手くないと自覚しているのならばデバフサクラバクシンオー育成を最初目標にする

サクラバクシンオーは良いチュートリアルウマ娘として高い評価を受けているが、実はこだわった育成をするチュートリアルとしてもかなり優秀である。こだわった育成というのはなかなか難しいがサクラバクシンオーはこだわった育成でも1段難易度が低いので練習に最適だ。
そこで下記の育成目標を用意したので育成が上手くないと自覚している人はデバフサクラバクシンオー命名デバフバクシンオーを目標に育成してみよう。

これは序盤中盤にどんどん加速して先頭を維持しつつ最終コーナーへ飛び込んで1番最初デバフスキルを叩き込むことだけを狙ったサクラバクシンオー
まりこのデバフバクシンオーはチームレースでは1位を獲得しにくいが、後に続くチームメイトに1位を取らせることだけに特化しているサクラバクシンオーだ。

スキルがいっぱい並んでいるので難しそうに思えるが最低限であれば「コンセントレーション」「先駆け」「急ぎ足」「トリック(前)」「逃げコーナー○」「円弧のマエストロ」「逃げためらい」「晴れの日○」なので非現実的ではないはず。

デバフバクシンオーを作ることが出来たら色々な距離対応するためデバフスカーレットデバフスズカ、デバフトップガンも作ってみよう。
今まで勝てなかったランク帯のチームレース普通に勝てるようになるぞ。

追記コンセントレーションと円弧のマエストロスピードMAXは少々困難では?という指摘について

この点に関しては筆者自身も迷ったが、こだわった育成の練習目標としての設定なので少々困難くらいが丁度よいのではないかと思って設定してみた次第。
まりデバフバクシンオーの育成がちょっと下振れてしまっても下位スキルの「集中」「コーナー回復○」「スピードA+やS」であってもデバフバクシンオーとしての性能は落ちるもの機能性は同一で、「コンセントレーション」が取れてないからチームレース活躍させることが出来ないというわけでもなく無駄になりにくい育成目標かなと。
デバフバクシンオーの機能性は前述しているように序盤中盤は兎にも角にも先頭へ出る。だからスピードと序盤中盤加速スキル重要で、これは終盤でデバフを真っ先に打つからこそ重要
SSRたずなとSSRクリークを持ってない人はいつか欲しいなと考えていると思うので、それもまた目標と言ってしまえば目標だしね。
色んな意見がって本当にウマ娘プリティーダービーは面白く、また何か確信したら情報共有しますね!

2021-04-23

小さい頃に見た映画タイトルが思い出せない

・70〜80年代頃の映画

主人公筋肉モリモリマチョマ

・敵は主人公の昔の部下で、トリックで殺されたふりをしていた。

・娘の部下がさらわれ、協力を求められた主人公OKする。見張りの男は死ぬほど疲れている。

今日は厄日の空手稽古の予定がある女が説明書をよんで協力する。

主人公は利き腕をつかわず嘘をつく。

・途中で2人で買い物にいった後、羽のついたカヌーを殴って敵のところへ向かう

第三次大戦が起こる

・娘がどこにいるのかわかっていないが建物は次々と爆破する

最後敵は銃を捨ててかかってくる

死体けが残っている

しかこんな内容だと思ったんだけど調べようにもタイトルがわからない。

邦題カタカナだった気がする。

2021-04-18

anond:20210418175200

ねじ回し持って殴ったんなら科捜研はすぐわかるだろ…

もっと違うトリックを出せ

店長とんかつ6枚の内1枚行方不明になり頭を抱えている。

このトリックを見破る術は無い。

2021-04-16

コナン映画 緋色弾丸ネタバレ感想!逃げろ!

ちょっと微妙だった!!

エンタメにも複雑な話にも降りきれてない!

爆発しない!

人しなない!

トリックとかない!

本題のリニアヤバイまでが長い!

人質全然いないからドキドキしない!

恋愛やりたいならから紅くらいやれ!

ファミリー集結させたかったのはわかったけど、その他が多すぎてとっちらかってる!

最後の方どういうことかよくわからない!

なんでコナン擦り傷程度ですんでんだよ!!!!!絶対しんでるだろあれ!!!

先頭と最後尾にいたはずの二人がなんで一緒に席座ってんだよ!!!

全体的に1年待ってこれかぁ(´・ω・`)って気持ち

ちゃんかわいい

2021-04-13

anond:20210413135714

金使いすぎだろ…… 何に使ってるんだよ3ヶ月に1万も。

リミテッドやらない構築専だけど、パス分のお金のみでプラチナ~ミシック帯で遊べているぞ。

現在の上位デッキライフゲインを除いて大体全部組める程度には資産もある。ヒストリックもT1デッキ数個あるね。

ストリクスヘイヴンに関しては多分パスすら金出さない(手持ちジェムで賄える)

2021-04-11

キラッとプリチャン、ほんと無理。

プリリズRLから見続けているプリティシリーズ……

そろそろファン卒なのかもしれませんね。

本当に面白くない。というか不快

プリチャン一期は、まぁ、無難に良かったです。

「うわ……」ってなったのが、二期でやった

虹ノ咲だいあの友達厳選オーディション……

モブ配信者もオーディションのために頑張ってたのにね。

「みーんな友達、みーんなアイドルぅぅうう??ハァァぁあああ!?

バッカじゃねーのぉぉお!モブ大人しく引き立て役やってろよ!!笑」

って公式から言われた気分です。

うん……

で、極め付けが三期(144話)のムーンライトエリアプリンセス選定。

虹ノ咲だいあと黒だいあ=マスコット(?)が

おしゃまトリックスを踏み台にする回です。

脚本やべーよ、これ。

何でこんな虹ノ咲にヘイト集まるように書いてんだろう。

キャラクターの扱いが下手すぎる。

誰かを下げないと、メインキャラを上げられないのか?

2021-04-08

anond:20210407234604

うーん、コンパイルさんのザナックとかは違う気がなんとなくするんだけど

https://morikatron.ai/2020/05/gameai_history_02/

ディープラーニングではなくて、逆に薄いニューラルネットワークだったりするんだろうか

いずれにしても、プレイヤー能力に合わせて敵の攻撃が変わるのは本当で、

if文より、何らかのプレイヤー能力評価する評価関数とか、

そういうモデル化がキモなのは今の時代と何ら変わらない気がするんだよなあ

株や為替自動取引場合は、そのモデル市場短期的にでもそこそこ正しく予測できているか

何らかの物理学事象仮定して短期的にでも予測できるならそれはちょっと予言にも近くなるはずで、

そのモデル化は今なら学習させることで可能かもしれない(当然、予想外の事態には弱いだろうけど

でも、ゲーム場合ユーザー面白い面白くないか評価軸なので、

多分だけど、現在になってもスゴい技術がスゴく面白いに直結するとは思えないんだよなあ

スゴい技術に見えたり、感情移入さえするんだけど、中を見てみたら単純なカラクリだった、

みたいなことがあってもおかしくないというか、作る側としても労力考えるとその方が望ましいぐらいで

いかに手を抜いて面白いものを作るかみたいな視点で考えるとだけど

例えば、アキネーターなんて、自分実装しようと思えばかなり単純なアルゴリズムというか、

仕組みであることに気が付くと思うんだけど、物事を深く考えない人は当然として、

でも、なんとなく初めてやってみたぐらいの段階だったら、脳内を当てられた気もして、

これって面白いなあ、と思ったと思うんだよなあ

いや、自分より頭がいい人たちは一発で見抜いて、くだらんと思ったかもしれないけど、

仮にそうだとしても、本当にくだらないならここまでウケなかったと思うんだよね

中の実装がくだらないとしても、多くの人を驚かせたり楽しませられるなら、

それはそれで立派なトリック手品、フーディーニだと思うんだ

2021-04-07

[] 倒叙

時間を遡って記述されるもの

ミステリーにおいて、あらかじめ犯人が分かっている構成や、主に犯人視点の内容を指す。

たまに「叙述トリック」と混同して「倒叙トリック」といわれるらしい。

ドアドア99を作って高知県淡路島侵略代を稼ごう

淡路島堀井雄二の夢が建てられようとしています

ですが、淡路島堀井雄二がいれば、高知県には中村光一がいます

ドアドア99を売った金でクルーザーを強化して淡路島侵略しましょう。

ですがドアドア99だけではドラクエライバルズには勝てません。

なのでドアドア99に続く99を考えてみました。

ホームランド99

ネットサル金八ホームランドの三作品の中ではどう考えてもホームランドが99だから

99人で手を繋げばトゥルーファンタジーライブオンラインを超えて真のドラクエ9が生まれるはず。

トリックロジック99

Twitter」によって誕生したミステリ作家を超えた何者か達が集結すれば、あの伝説オールスター(黒田研二は、まあ)を超える現代トリックロジックを作れるはず。

円居晩の松屋への熱と知念実希人ワクチンへの冷静さを合体させれば極大消滅呪文を超える呪文が唱えられるはず、

9時間9人9の扉99

たとえ悪魔が君を拐おうとしてもリジェクトなので、こめっちょは、ぱふぱふを超える面白ギャグに決まっています

以上です。

99軍の勢いにおされてドラクエライバルズはサービス終了しました。

ですが「勝ったのはチュンソフトではない、勝ったのは蒼天スカイガレオンじゃ」(何故ならチュンソフトはもうないから)

次回はドラゴンギアス99とマジカパーティー99を募集します。

2021-03-28

anond:20210323233106

日本語難しいね

”呉座氏の件と草津の件との非対称はやはり納得できない。/呉座氏の発言が許されないとする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪する態度は両立不可能だと思う。”



何なら両立可能なのでしょうか。(その二つに両方そのように言及している人がそもそも実在するかどうかは措きます

理論上二つに分かれます

(A)呉座氏の発言が許されないとする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪「しない」態度なら両立可能

(B)呉座氏の発言が許され「る」とする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪する態度なら両立可能

免罪しない=糾弾すると置き換えましょう とする態度 も冗長か。

(A)呉座氏の発言を「許さない」 と 地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「糾弾する」    なら一人の人間の態度として 可能

(B)呉座氏の発言を「許す」  と  地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「免罪する」    なら一人の人間の態度として 可能

さて、もとのブックマークコメント意図するは(A)(B)どちらでしょう?それとも(A)(B)両方でしょうか?

元増田ブックマークにあった「一貫性を追求しているだけでしょ」「ダブスタを指摘しているだけ」というコメントを残したIDのはてな村人なら両方、一択ですね。)

だんだん見えてきました。

言語的読解ですが ”両立不可能だと思う”  は ”了解しがたい”。”いやそりゃおかしいでしょ”という異議申し立てでしょう。

  両立不可能だと思う≒私は許したくない 以外をこの文脈では読み取れない。 両立不可能だと思うけどどんどんやって世の中に広めてほしい という筈はない。  

  両立不可能だと思う。できることなら世の中から消えてくれ。という願い・叫びでしょう。

(A)呉座氏の発言を「許さない」 と 地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「糾弾する」    なら一人の人間の態度として おかしくない

(B)呉座氏の発言を「許す」  と  地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「免罪する」    なら一人の人間の態度として おかしくない

では (A)ならばいいのか? 

 ここにトリックレトリック)が込められています。 ”地域を*誹謗中傷*し、根拠が出てこなくても意見撤回*すら*しない事を「免罪する」

 「だに」「すら」「さえ」  はい。 これ付きで描写される行為、「免罪するなんておかしい」「免罪するな」以外の文意読めますかね?

 すら というのは 根拠がねーんだからせめて意見撤回ぐらいはしろよ。(誤りを土下座しろとまではいわねーけどよ) ですよ。

 根拠 や 誹謗中傷を 呉座氏の方に添付して

女性研究者であることに対し誹謗中傷したことを示す本人も認めた明白な根拠がある呉座氏の発言が許されないとする態度と、草津発言を免罪する態度は両立不可能だと思う。”

 と書いてもよかったわけですよ。

 なんで 呉座氏の方は 根拠 誹謗中傷 という 語で飾らなかったんですかね?

懸命に隠しても、言いたかったのは 「根拠のない草津発言を免罪するなんておかしいだろ?な?な?」 「だから」 「呉座氏も許すべき。許さない(架空の)お前らを罰してやる」 なんですよ。

女性研究者であることに対し誹謗中傷したことを示す、本人も認めた明白な根拠がある呉座氏 とは 書かなかったのはそういうわけ。

 したがって (A)(B)両方、と答えた人は不正解でしょうね。

-----------------------------------

追記

 呉座氏が謝罪した後、呉座氏を執拗攻撃するのをやめるよう、そして職場電話で抗議するのはやめるよう発言したのは北村氏ですが、執拗北村氏を攻撃し続けたのは誰だったんでしょう。

2021-03-27

anond:20210323185203

1000人が見えた、というのを読んで990人くらいかな?と思うのはトリックにひっかかっている。 100人から200人に増えたところで(もしこのまま増加するのならあと1年以内に)1000人が見えた、と思っただけかもしれない。

今なら2000人越えているだろうというのも単なる想像

2021-03-22

あは

さて、殺人事件から十日程たったある日、私は明智小五郎の宿を訪ねた。その十日の間に、明智と私とが、この事件に関して、何を為し、何を考えそして何を結論たか。読者は、それらを、この日、彼と私との間に取交された会話によって、十分察することが出来るであろう。

 それまで、明智とはカフェで顔を合していたばかりで、宿を訪ねるのは、その時が始めてだったけれど、予かねて所を聞いていたので、探すのに骨は折れなかった。私は、それらしい煙草屋の店先に立って、お上さんに、明智いるかどうかを尋ねた。

「エエ、いらっしゃいます。一寸御待ち下さい、今お呼びしまから

 彼女はそういって、店先から見えている階段上り口まで行って、大声に明智を呼んだ。彼はこの家の二階を間借りしているのだ。すると、

「オー」

 と変な返事をして、明智はミシミシと階段下りて来たが、私を発見すると、驚いた顔をして「ヤー、御上りなさい」といった。私は彼の後に従って二階へ上った。ところが、何気なく、彼の部屋へ一歩足を踏み込んだ時、私はアッと魂消たまげてしまった。部屋の様子が余りにも異様だったからだ。明智が変り者だということを知らぬではなかったけれど、これは又変り過ぎていた。

 何のことはない、四畳半の座敷が書物で埋まっているのだ。真中の所に少し畳が見える丈けで、あとは本の山だ、四方の壁や襖に沿って、下の方は殆ほとんど部屋一杯に、上の方程幅が狭くなって、天井の近くまで、四方から書物の土手が迫っているのだ。外の道具などは何もない。一体彼はこの部屋でどうして寝るのだろうと疑われる程だ。第一、主客二人の坐る所もない、うっかり身動きし様ものなら、忽たちまち本の土手くずれで、圧おしつぶされて了うかも知れない。

「どうも狭くっていけませんが、それに、座蒲団ざぶとんがないのです。済みませんが、柔か相な本の上へでも坐って下さい」

 私は書物の山に分け入って、やっと坐る場所を見つけたが、あまりのことに、暫く、ぼんやりとその辺あたりを見廻していた。

 私は、かくも風変りな部屋の主である明智小五郎為人ひととなりについて、ここで一応説明して置かねばなるまい。併し彼とは昨今のつき合いだから、彼がどういう経歴の男で、何によって衣食し、何を目的にこの人世を送っているのか、という様なことは一切分らぬけれど、彼が、これという職業を持たぬ一種の遊民であることは確かだ。強しいて云えば書生であろうか、だが、書生にしては余程風変りな書生だ。いつか彼が「僕は人間研究しているんですよ」といったことがあるが、其時私には、それが何を意味するのかよく分らなかった。唯、分っているのは、彼が犯罪探偵について、並々ならぬ興味と、恐るべく豊富知識を持っていることだ。

 年は私と同じ位で、二十五歳を越してはいまい。どちらかと云えば痩やせた方で、先にも云った通り、歩く時に変に肩を振る癖がある、といっても、決して豪傑流のそれではなく、妙な男を引合いに出すが、あの片腕の不自由な、講釈師神田伯龍を思出させる様な歩き方なのだ。伯龍といえば、明智は顔つきから声音まで、彼にそっくりだ、――伯龍を見たことのない読者は、諸君の知っている内で、所謂いわゆる好男子ではないが、どことな愛嬌のある、そして最も天才的な顔を想像するがよい――ただ明智の方は、髪の毛がもっと長く延びていて、モジャモジャともつれ合っている。そして、彼は人と話している間にもよく、指で、そのモジャモジャになっている髪の毛を、更らにモジャモジャにする為の様に引掻廻ひっかきまわすのが癖だ。服装などは一向構わぬ方らしく、いつも木綿の着物に、よれよれの兵児帯へこおびを締めている。

「よく訪ねて呉れましたね。その後暫く逢いませんが、例のD坂の事件はどうです。警察の方では一向犯人の見込がつかぬようではありませんか」

 明智は例の、頭を掻廻しながら、ジロジロ私の顔を眺めて云う。

「実は僕、今日はそのことで少し話があって来たんですがね」そこで私はどういう風に切り出したものかと迷いながら始めた。

「僕はあれから、種々考えて見たんですよ。考えたばかりでなく、探偵の様に実地の取調べもやったのですよ。そして、実は一つの結論に達したのです。それを君に御報告しようと思って……」

「ホウ。そいつはすてきですね。詳しく聞き度いものですね」

 私は、そういう彼の目付に、何が分るものかという様な、軽蔑安心の色が浮んでいるのを見逃さなかった。そして、それが私の逡巡している心を激励した。私は勢込いきおいこんで話し始めた。

「僕の友達に一人の新聞記者がありましてね、それが、例の事件の係りの小林刑事というのと懇意なのです。で、僕はその新聞記者を通じて、警察の模様を詳しく知ることが出来ましたが、警察ではどうも捜査方針が立たないらしいのです。無論種々いろいろ活動はしているのですが、これという見込がつかぬのです。あの、例の電燈のスイッチですね。あれも駄目なんです。あすこには、君の指紋丈けっきゃついていないことが分ったのです。警察の考えでは、多分君の指紋犯人指紋を隠して了ったのだというのですよ。そういう訳で、警察が困っていることを知ったものですから、僕は一層熱心に調べて見る気になりました。そこで、僕が到達した結論というのは、どんなものだと思います、そして、それを警察へ訴える前に、君の所へ話しに来たのは何の為だと思います

 それは兎も角、僕はあの事件のあった日から、あることを気づいていたのですよ。君は覚えているでしょう。二人の学生犯人らしい男の着物の色について、まるで違った申立てしたことをね。一人は黒だといい、一人は白だと云うのです。いくら人間の目が不確だといって、正反対の黒と白とを間違えるのは変じゃないですか。警察ではあれをどんな風に解釈たか知りませんが、僕は二人の陳述は両方とも間違でないと思うのですよ。君、分りますか。あれはね、犯人白と黒とのだんだらの着物を着ていたんですよ。……つまり、太い黒の棒縞の浴衣なんかですね。よく宿屋の貸浴衣にある様な……では何故それが一人に真白に見え、もう一人には真黒に見えたかといいますと、彼等は障子の格子のすき間から見たのですから、丁度その瞬間、一人の目が格子のすき間と着物の白地の部分と一致して見える位置にあり、もう一人の目が黒地の部分と一致して見える位置にあったんです。これは珍らしい偶然かも知れませんが、決して不可能ではないのです。そして、この場合こう考えるより外に方法がないのです。

 さて、犯人着物縞柄は分りましたが、これでは単に捜査範囲が縮小されたという迄で、まだ確定的のものではありません。第二の論拠は、あの電燈のスイッチ指紋なんです。僕は、さっき話した新聞記者友達の伝手つてで、小林刑事に頼んでその指紋を――君の指紋ですよ――よく検べさせて貰ったのです。その結果愈々いよいよ僕の考えてることが間違っていないのを確めました。ところで、君、硯すずりがあったら、一寸貸して呉れませんか」

 そこで、私は一つの実験をやって見せた。先ず硯を借りる、私は右の拇指に薄く墨をつけて、懐から半紙の上に一つの指紋を捺おした。それから、その指紋の乾くのを待って、もう一度同じ指に墨をつけ前の指紋の上から、今度は指の方向を換えて念入りに押えつけた。すると、そこには互に交錯した二重の指紋がハッキリ現れた。

警察では、君の指紋犯人指紋の上に重って、それを消して了ったのだと解釈しているのですが、併しそれは今の実験でも分る通り不可能なんですよ。いくら強く押した所で、指紋というものが線で出来ている以上、線と線との間に、前の指紋の跡が残る筈です。もし前後指紋が全く同じもので、捺し方も寸分違わなかったとすれば、指紋の各線が一致しまから、或は後の指紋が先の指紋を隠して了うことも出来るでしょうが、そういうことは先ずあり得ませんし、仮令そうだとしても、この場合結論は変らないのです。

 併し、あの電燈を消したのが犯人だとすれば、スイッチにその指紋が残っていなければなりません。僕は若しや警察では君の指紋の線と線との間に残っている先の指紋を見落しているのではないかと思って、自分で検べて見たのですが、少しもそんな痕跡がないのです。つまり、あのスイッチには、後にも先にも、君の指紋が捺されているだけなのです。――どうして古本屋人達指紋が残っていなかったのか、それはよく分りませんが、多分、あの部屋の電燈はつけっぱなしで、一度も消したことがないのでしょう。

 君、以上の事柄は一体何を語っているでしょう。僕はこういう風に考えるのですよ。一人の荒い棒縞の着物を着た男が、――その男は多分死んだ女の幼馴染で、失恋という理由なんかも考えられますね――古本屋の主人が夜店を出すことを知っていてその留守の間に女を襲うたのです。声を立てたり抵抗したりした形跡がないのですから、女はその男をよく知っていたに相違ありません。で、まんまと目的を果した男は、死骸の発見を後らす為に、電燈を消して立去ったのです。併し、この男の一期いちごの不覚は、障子の格子のあいているのを知らなかったこと、そして、驚いてそれを閉めた時に、偶然店先にいた二人の学生に姿を見られたことでした。それから、男は一旦外へ出ましたが、ふと気がついたのは、電燈を消した時、スイッチ指紋が残ったに相違ないということです。これはどうしても消して了わねばなりません。然しもう一度同じ方法で部屋の中へ忍込むのは危険です。そこで、男は一つの妙案を思いつきました。それは、自から殺人事件発見者になることです。そうすれば、少しも不自然もなく、自分の手で電燈をつけて、以前の指紋に対する疑をなくして了うことが出来るばかりでなく、まさか発見者が犯人だろうとは誰しも考えませんからね、二重の利益があるのです。こうして、彼は何食わぬ顔で警察のやり方を見ていたのです。大胆にも証言さえしました。しかも、その結果は彼の思う壺だったのですよ。五日たっても十日たっても、誰も彼を捕えに来るものはなかったのですからね」

 この私の話を、明智小五郎はどんな表情で聴いていたか。私は、恐らく話の中途で、何か変った表情をするか、言葉を挟むだろうと予期していた。ところが、驚いたことには、彼の顔には何の表情も現れぬのだ。一体平素から心を色に現さぬ質たちではあったけれど、余り平気すぎる。彼は始終例の髪の毛をモジャモジャやりながら、黙り込んでいるのだ。私は、どこまでずうずうしい男だろうと思いながら最後の点に話を進めた。

「君はきっと、それじゃ、その犯人はどこから入って、どこから逃げたかと反問するでしょう。確に、その点が明かにならなければ、他の凡てのことが分っても何の甲斐もないのですからね。だが、遺憾いかんながら、それも僕が探り出したのですよ。あの晩の捜査の結果では、全然犯人の出て行った形跡がない様に見えました。併し、殺人があった以上、犯人が出入しなかった筈はないのですから刑事の捜索にどこか抜目があったと考える外はありません。警察でもそれには随分苦心した様子ですが、不幸にして、彼等は、僕という一介の書生に及ばなかったのですよ。

 ナアニ、実は下らぬ事なんですがね、僕はこう思ったのです。これ程警察が取調べているのだから、近所の人達に疑うべき点は先ずあるまい。もしそうだとすれば、犯人は、何か、人の目にふれても、それが犯人だとは気づかれぬ様な方法で通ったのじゃないだろうか、そして、それを目撃した人はあっても、まるで問題にしなかったのではなかろうか、とね。つまり人間の注意力の盲点――我々の目に盲点があると同じ様に、注意力にもそれがありますよ――を利用して、手品使が見物の目の前で、大きな品物を訳もなく隠す様に、自分自身を隠したのかも知れませんからね。そこで、僕が目をつけたのは、あの古本屋の一軒置いて隣の旭屋という蕎麦屋です」

 古本屋の右へ時計屋、菓子屋と並び、左へ足袋屋、蕎麦屋と並んでいるのだ。

「僕はあすこへ行って、事件の当夜八時頃に、便所を借りて行った男はないかと聞いて見たのです。あの旭屋は君も知っているでしょうが、店から土間続きで、裏木戸まで行ける様になっていて、その裏木戸のすぐ側に便所があるのですから便所を借りる様に見せかけて、裏口から出て行って、又入って来るのは訳はありませんからね。――例のアイスクリーム屋は路地を出た角に店を出していたのですから、見つかる筈はありません――それに、相手蕎麦屋ですから便所を借りるということが極めて自然なんです。聞けば、あの晩はお上さんは不在で、主人丈が店の間にいた相ですから、おあつらえ向きなんです。君、なんとすてきな、思附おもいつきではありませんか。

 そして、案の定、丁度その時分に便所を借りた客があったのです。ただ、残念なことには、旭屋の主人は、その男の顔形とか着物縞柄なぞを少しも覚えていないのですがね。――僕は早速この事を例の友達を通じて、小林刑事に知らせてやりましたよ。刑事自分でも蕎麦屋を調べた様でしたが、それ以上何も分らなかったのです――」

 私は少し言葉を切って、明智発言の余裕を与えた。彼の立場は、この際何とか一言云わないでいられぬ筈だ。ところが、彼は相変らず頭を掻廻しながら、すまし込んでいるのだ。私はこれまで、敬意を表する意味で間接法を用いていたのを直接法に改めねばならなかった。

「君、明智君、僕のいう意味が分るでしょう。動かぬ証拠が君を指さしているのですよ。白状すると、僕はまだ心の底では、どうしても君を疑う気になれないのですが、こういう風に証拠が揃っていては、どうも仕方がありません。……僕は、もしやあの長屋の内に、太い棒縞の浴衣を持っている人がないかと思って、随分骨を折って調べて見ましたが、一人もありません。それも尤もっともですよ。同じ棒縞の浴衣でも、あの格子に一致する様な派手なのを着る人は珍らしいのですからね。それに、指紋トリックにしても、便所を借りるというトリックにしても、実に巧妙で、君の様な犯罪学者でなければ、一寸真似の出来ない芸当ですよ。それから第一おかしいのは、君はあの死人の細君と幼馴染だといっていながら、あの晩、細君の身許調べなんかあった時に、側で聞いていて、少しもそれを申立てなかったではありませんか。

 さて、そうなると唯一の頼みは Alibi の有無です。ところが、それも駄目なんです。君は覚えていますか、あの晩帰り途で、白梅軒へ来るまで君が何処どこにいたかということを、僕は聞きましたね。君は一時間程、その辺を散歩していたと答えたでしょう。仮令、君の散歩姿を見た人があったとしても、散歩の途中で、蕎麦屋便所を借りるなどはあり勝ちのことですからね。明智君、僕のいうことが間違っていますか。どうです。もし出来るなら君の弁明を聞こうじゃありませんか」

 読者諸君、私がこういって詰めよった時、奇人明智小五郎は何をしたと思います。面目なさに俯伏して了ったとでも思うのですか。どうしてどうして、彼はまるで意表外のやり方で、私の荒胆あらぎもをひしいだのです。というのは、彼はいきなりゲラゲラと笑い出したのです。

「いや失敬失敬、決して笑うつもりではなかったのですけれど、君は余り真面目だもんだから明智は弁解する様に云った。「君の考えは却々なかなか面白いですよ。僕は君の様な友達を見つけたことを嬉しく思いますよ。併し、惜しいことには、君の推理は余りに外面的で、そして物質的ですよ。例えばですね。僕とあの女との関係についても、君は、僕達がどんな風な幼馴染だったかということを、内面的に心理的に調べて見ましたか。僕が以前あの女と恋愛関係があったかどうか。又現に彼女を恨うらんいるかどうか。君にはそれ位のことが推察出来なかったのですか。あの晩、なぜ彼女を知っていることを云わなかったか、その訳は簡単ですよ。僕は何も参考になる様な事柄を知らなかったのです。僕は、まだ小学校へも入らぬ時分に彼女と分れた切りなのですからね。尤も、最近偶然そのことが分って、二三度話し合ったことはありますけれど」

「では、例えば指紋のことはどういう風に考えたらいいのですか?」

「君は、僕があれから何もしないでいたと思うのですか。僕もこれで却々やったのですよ。D坂は毎日の様にうろついていましたよ。殊に古本屋へはよく行きました。そして主人をつかまえて色々探ったのです。――細君を知っていたことはその時打明けたのですが、それが却かえって便宜になりましたよ――君が新聞記者を通じて警察の模様を知った様に、僕はあの古本屋の主人から、それを聞出していたんです。今の指紋のことも、じきに分りましたから、僕も妙に思って検しらべて見たのですが、ハハ……、笑い話ですよ。電球の線が切れていたのです。誰も消しやしなかったのですよ。僕がスイッチをひねった為に燈ひがついたと思ったのは間違で、あの時、慌てて電燈を動かしたので、一度切れたタングステンが、つながったのですよ。スイッチに僕の指紋丈けしかなかったのは、当りまえなのです。あの晩、君は障子のすき間から電燈のついているのを見たと云いましたね。とすれば、電球の切れたのは、その後ですよ。古い電球は、どうもしないでも、独りでに切れることがありますからね。それから犯人着物の色のことですが、これは僕が説明するよりも……」

 彼はそういって、彼の身辺の書物の山を、あちらこちら発掘していたが、やがて、一冊の古ぼけた洋書を掘りだして来た。

「君、これを読んだことがありますか、ミュンスターベルヒの『心理学犯罪』という本ですが、この『錯覚』という章の冒頭を十行許ばかり読んで御覧なさい」

 私は、彼の自信ありげ議論を聞いている内に、段々私自身の失敗を意識し始めていた。で、云われるままにその書物を受取って、読んで見た。そこには大体次の様なことが書いてあった。

嘗かつて一つの自動車犯罪事件があった。法廷に於て、真実申立てる旨むね宣誓した証人の一人は、問題道路全然乾燥してほこり立っていたと主張し、今一人の証人は、雨降りの挙句で、道路はぬかるんでいたと誓言した。一人は、問題自動車は徐行していたともいい、他の一人は、あの様に早く走っている自動車を見たことがないと述べた。又前者は、その村道には二三人しか居なかったといい、後者は、男や女や子供の通行人が沢山あったと陳述した。この両人の証人は、共に尊敬すべき紳士で、事実を曲弁したとて、何の利益がある筈もない人々だった。

 私がそれを読み終るのを待って明智は更らに本の頁を繰りながら云った。

「これは実際あったことですが、今度は、この『証人記憶』という章があるでしょう。その中程の所に、予あらかじめ計画して実験した話があるのですよ。丁度着物の色のことが出てますから、面倒でしょうが、まあ一寸読んで御覧なさい」

 それは左の様な記事であった。

(前略)一例を上げるならば、一昨年(この書物出版は一九一一年)ゲッティゲンに於て、法律家心理学者及び物理学者よりなる、ある学術上の集会が催されたことがある。随したがって、そこに集ったのは、皆、綿密な観察に熟練した人達ばかりであった。その町には、恰あたかカーニバルの御祭騒ぎが演じられていたが、突然、この学究的な会合最中に、戸が開かれてけばけばしい衣裳をつけた一人の道化が、狂気の様に飛び込んで来た。見ると、その後から一人の黒人が手にピストルを持って追駆けて来るのだ。ホール真中で、彼等はかたみがわりに、恐ろしい言葉をどなり合ったが、やがて道化の方がバッタリ床に倒れると、黒人はその上に躍りかかった。そして、ポンとピストルの音がした。と、忽ち彼等は二人共、かき消す様に室を出て行って了った。全体の出来事が二十秒とはかからなかった。人々は無論非常に驚かされた。座長の外には、誰一人、それらの言葉動作が、予め予習されていたこと、その光景写真に撮られたことなどを悟ったものはなかった。で、座長が、これはいずれ法廷に持出される問題からというので、会員各自に正確な記録を書くことを頼んだのは、極く自然に見えた。(中略、この間に、彼等の記録が如何に間違に充みちていたかを、パーセンテージを示して記してある)黒人が頭に何も冠っていなかったことを云い当てたのは、四十人の内でたった四人切りで、外の人達は山高帽子を冠っていたと書いたものもあれば、シルクハットだったと書くものもあるという有様だった。着物についても、ある者は赤だといい、あるもの茶色だといい、ある者は縞だといい、あるものコーヒ色だといい、其他種々様々の色合が彼の為に説明せられた。ところが、黒人は実際は、白ズボンに黒の上衣を着て、大きな赤のネクタイを結んでいたのだ。(後略)

ミュンスターベルヒが賢くも説破した通り」と明智は始めた。「人間の観察や人間記憶なんて、実にたよりないものですよ。この例にある様な学者達でさえ、服の色の見分がつかなかったのです。私が、あの晩の学生達は着物の色を見違えたと考えるのが無理でしょうか。彼等は何者かを見たかも知れません。併しその者は棒縞の着物なんか着ていなかった筈です。無論僕ではなかったのです。格子のすき間から、棒縞の浴衣を思付いた君の着眼は、却々面白いには面白いですが、あまりお誂向あつらえむきすぎるじゃありませんか。少くとも、そんな偶然の符合を信ずるよりは、君は、僕の潔白を信じて呉れる訳には行かぬでしょうか。さて最後に、蕎麦屋便所を借りた男のことですがね。この点は僕も君と同じ考だったのです。どうも、あの旭屋の外に犯人通路はないと思ったのですよ。で僕もあすこへ行って調べて見ましたが、その結果は、残念ながら、君と正反対結論に達したのです。実際は便所を借りた男なんてなかったのですよ」

 読者も已すでに気づかれたであろうが、明智はこうして、証人申立て否定し、犯人指紋否定し、犯人通路をさえ否定して、自分無罪証拠立てようとしているが、併しそれは同時に、犯罪のもの否定することになりはしないか。私は彼が何を考えているのか少しも分らなかった。

「で、君は犯人の見当がついているのですか」

「ついていますよ」彼は頭をモジャモジャやりながら答えた。「僕のやり方は、君とは少し違うのです。物質的な証拠なんてものは、解釈の仕方でどうでもなるものですよ。一番いい探偵法は、心理的に人の心の奥底を見抜

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-15

エヴァのようなネタバレ自体コンテンツになる作品はもうでない

ネットではエヴァネタバレに対してかなりシビアになっている節がある。

理由簡単でそういう戦略から。長年温めて来たエヴァンゲリオンというコンテンツに対して企業が取る最も効果ある宣伝手段だと思う。

これは何もエヴァに限らない。殆どコンテンツは発表前までその存在は秘匿される。Appleポケモンがいい例。新IPhpneや新ポケモンのお披露目は然るべきときに然るべき場所で行うことで最大限の広報になる。

エヴァ特殊なのは、その秘匿性を公開後も維持しようとしているからだ。それによって劇場に足を運ぶ人が大勢いるのだから大成功といえる。言い換えれば、拗れたファン信仰心を試す儀式というのが正解だろう。プペルとは全く違うがどこか似ている。

現在SNS偏重日本では公開前に内容がバレることすらあるのに、エヴァは公開後も映画館に足を運んで自分の目で確かめたい層がいるため、ネタバレへの過度な反応が多い。尤も公開から1週間なので沈下しつつあるが。

ただしこのようなコンテンツエヴァが頂点であり、今後はないだろう。なぜならネタバレという行為には、あらかじめ「ネタバレを良しとしない忌避感」が備わっていなければならないだらだ。知りたくない情報があるからネタバレがあり、誰でもしれるモノはネタバレとは言えない。

ここからは俺の個人的な考えだが、ネタバレを嫌う風潮自体が今後廃れていく、もしくは主流とは言えなくなると思える。ゲームで言えば、買い切りソフトパッケージが主流だった時代から無料アプリ内の課金に移行したように、同じようなモノでも価値観が変わっていくはずだ。

今回のエヴァ騒動で思ったのはネタバレという行動自体コンテンツになっているということ。

エヴァプロモーションとして冒頭12分を無料公開するなど宣伝に多くの費用かけている一方で、肝心の本編は徹底的に伏せている。今もなお。

自分のようにエヴァ世代からやや外れた人間からしてみれば、公開後にもネタバレを秘匿することには違和感がある。そしてさらに考えると、そもそも多くの作品が公開後もネタバレに敏感な風潮に気づいた。なぜ世の中に放たれた作品にもネタバレ抑制する動きが働くのか。


例えばアガサクリスティのような有名作品であっても、殺人犯人トリック等はネタバレとして扱われる。それは推理小説やそれを扱った作品にとって重要且つ核心に至るものだ、というのがネタバレを阻む抑止力だろう。「このオリエント急行殺人事件犯人は~」などと読もうとする人に告げたらかなりの確率で縁を切られかねない。

だけど世の中にはネタバレを知ることに忌避感を持つ人がいると同時に、ネタバレでもいいか情報が欲しいという人間一定数いる。具体的には作品内で猫や犬が死ぬかどうかだ。ペットもつ人間犬猫の死の描写に敏感になる。もっと言えば推理小説犯人最初から知りたい人間もいる。そういう人は作品を読むに当たり、誰が犯人なのかをあらかじめ知っておかなけれ不安になる傾向があるらしい。推理小説ラストから読む人がいるが、まさにそういう人が身近にいる。

自分推理小説犯人まで知りたいとは思わない。だがその作品の核となる部分や面白さをあらかじめ砕いた上で自分に合う形で取り込もうとする考えには、決して嫌な気はしない。

例えば、自分の親はポケモンGoを一人で3台のスマホを常に操っている上に、雨の日は位置情報任意で動かして楽しんでいる。それらはポケモンGo自体面白さを消すことになるだろうし違反ではあるが、彼らからすれば効率性や安全性の確保が重要なのだ作品面白さに反してでも自分に合うモノを得たいという感情尊重するのだ。


今までは、ゲーム自分の力で攻略するモノ、小説自分読破するモノ、アニメ最初から最後までみるもの、という考えが偉かった。しかし、ゲームは誰かのプレイを眺めることが増え、小説はあらすじだけで済ませ、アニメは途中の話を倍速で見る、という行為も決して珍しくない


何が言いたいかというと、劇場に足を運んで事前情報を得ていない状態自分の目で作品を見る、という行為面白いと感じるのはこの「シン・エヴァンゲリオン」が最後になるだろうと、ということだ。映画という舞台をキチンと使ったある意味最後邦画かもしれない。あらすじも匂わせもなく、純粋作品最初から連続して楽しむという体験は、かなり貴重だ。


今後はネタバレ自体への忌避感が薄い人がいることを世間が知る段階になるだろう。そういう人は主流にならないだろうが、無視するほどではない。そうすると必然的に「答えはCMの後で」戦法は通用しなくなる。

例えば同じ作品宣伝で「この中の誰かが死ぬ」という予告では食いつかず、aとbが死にcが犯人、と伝えたほうが受けがいかもしれない。


コンテンツがあふれる世の中では、結末を匂わせるのではなく、ストレートに伝える手法ドンドン出てくるのではないか

予め結末を知るか他者言葉感想を求めた上で自身で内容を確認する人々の声が高まれば、まず結末や誰かの死が先行し、そこにストーリーが入ってくる形が出てくるかもしれない


とりとめも無い話だが、身近にいる何人かを見ているとそうなって行きそうだ

2021-03-10

二背反律

アメリカメッセンジャーボーイがロードバイクで都会や田舎ロードバイクでめちゃくちゃな走りしたり、

峠のくねくね道の車線をはみ出しながら100キロ出したり

街中でマウンテンバイクトリックプレイしたり

ウィングスーツ一つで空を飛ぶのを見るのは

見てて爽快な部分もあるけど、

常識人として、車乗りとしてみてイラっとする部分もあるので非常に複雑な気持ち

anond:20210310223237

2021-03-04

anond:20210304200604

メガデモの何が良いか、何が凄いかは人それぞれ思うところがあるのかもしれないけど、

自分としては、まず実行するバイナリサイズ制限があったり、

その時代一般的マシンパワーというレギュレーション下で、

いか不可能と思えることを可能にするか?みたいな、

Realtime Computer Graphicsの変態プログラマーが集うみたいな、

そういうイメージ自分の中ではあるんだけど

最近になってリアルタイムレイトレーシングGPU可能になって騒いでるけど、

20年近く前のDOS/VWindows上でリアルタイムレイトレーシングデモが実現されてたわけで、

当然、そこにはトリックがあったりするわけだけど、

いか高速化するかとか、

ハッカーのたのしみ―本物のプログラマはいかにして問題を解くか」みたいな話とか、

基礎から変態まで、ネタの宝庫だったと思うんだよね

でも、今の時代メガデモはGLSL縛りとかJavaScriptサイズ制限とか色々あるみたいだけど、

というか、最近デモシーンはよく知らんのだけど、

もう、UnityとかUnrealですげーもの動かした方が早く速くなってしまったというか、

マシンパワーが上がれば富豪プログラミングは益々富豪化が加速していくわけで、

盆栽みたいな老人の趣味だよね、と揶揄されても仕方ないのかなあ、と思わないこともないけど、

まあ、ただ眺めてるだけでも面白かったし、熱い時代だったんだよなあ

もう、あの時代熱狂は戻ってこない

歯ブラシとか行けばよかった

2021-02-20

クローゼットガール』はそこまで出来が良くもないと思うんだけど。

クローゼットガール - 朱井よしお | 少年ジャンプ+

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/shonenjumpplus.com/episode/3269632237259870801

構成が上手い!」「トリックが凄い!」みたいに絶賛されてるけど

ネタばらしされても全然しっくりこなかった。

 

作者が用意した理屈より先に読者の目に入る描写、そこが全然ちゃんとしてない。

そこがちゃんとしてないからこそ読者を騙せる構成になってる。

これはどうかと思う。

 

全てのネタがばらされたあとでも各描写真相との整合性全然ないので

トリックによっていろんな伏線ピタッと収束したというような感心や快感もない。

あの真相意表を突くのは、それまでの描写によって刷り込まれ無意識理解からは有り得ない真相から

 

ちゃんと各要素を整理せずに読んでると「意表を突かれた感」がトリックによるものだと勘違いしてしまう。

  

以下具体的に言う。

 

 

1.親がおかし

最後の反応とか見るに、この親はお兄ちゃんもまほちゃんも可愛がってる。

出来のいいお兄ちゃんを良く見過ぎていたとかプレッシャー掛けちゃってたっていうだけで。 

 

そうなるとまほちゃんのあの全身のあざだらけはなにごと?

あんなの秒で異常に気付いちゃうじゃん親。

 

読者がなんであの兄妹虐待児相エンドに意表を突かれるかって

普通あんなのもっと前に即発覚してるはずだからなのよね。

え?よいご家庭の子がなんでそんなことやってて、なんでばれてないの?っておかしさ。

 

親には一緒にやってるor黙認してるような不穏な伏線はないのに

お兄ちゃんが妹にあん露骨虐待をやってたという真相おかしいでしょ?

  

描いてる側は「巧みな構成虐待という真相を隠してました」って言いたいのかもしれないけど

構成が巧みと言うより同居者である親にそういう描写が何もないから読者はその可能性は消してるわけでしょ。無意識の裡に。

 

なのに「虐待でした」って言われると「えっ?」って確かに意表突かれるんだけどそれはトリック凄さじゃなくてむしろ杜撰さでしょ。 

読後に「この親の設定や描写どうなっとるんや?」という矛盾が残る。

ラストでぱっとお姉ちゃんとまほちゃんのエモに世界を閉じるのはそこに気付かれないための逃げ切り法として見ればまあまあ上手いけども。)

 

 

そもそも痕でバレるバレない以前の話で

なんでまほちゃんは「お兄ちゃんにぶたれてる」って親に言わないの?

なんか親に言えないような性的虐待暗喩だよみたいな話を始めちゃう

  

 

2.おねえちゃんおかし

おねえちゃん普通女子高生だし、実はそれ以下の、

親の虐待に日々をおびやかされている子なんだよね?

 

そうなるとなんでこんなに終始強キャラオーラをまとってるの?

そのせいで色々まほちゃんや読者からミスリードを生んでるんだけど

この強キャラオーラ理由最後まで説明出来てないから「トリックです」とはならないんだよね。

 

なんでおねえちゃんがお兄ちゃん彼女に見えたのかって

親もいないのに部屋まで入り込んでるからだよ。する?そんなこと。

 

お姉ちゃんの行動がただのクラスメートとして不自然から彼女に見えてるだけで、これは叙述トリックの巧みさでもなんでもない。 

プリント押し付けられて仲がいいわけでもないむしろ嫌ってる男子の家まで行ったら、ドア越しでプリント渡してパッと帰るよね。

私室どころか玄関の内側まですら踏み込む女子おらんでしょ。 

 

2回目はもっとひどい。

からクソ野郎だと思ってたけど妹を虐待してて暴力癖まである奴だとほぼわかった。

なんでそんな奴の家に平然と一人で入っていけるの?またしても親もいないし。

 

引き続きお兄ちゃん彼女かなにかに見えるのはこのおかしい行動のせいなんだよね。

この行動が出来るのはせいぜいお兄ちゃん彼女、それもお兄ちゃんのことを色々見透かして性格が強くて精神的に支配してるような彼女

  

   

3.お兄ちゃんおかしい 

お兄ちゃんのようなああい性格世間体の奴が虐待を暴かれて問い詰められたら逆上するよね。

小さい女の子日常的に殴ってるような奴が同級生女子から非難されたり殴られたりしたらどうすると思う?

見下してる対象から殴られたんだから逆上して何をすることか。

 

別にそういう場面に慣れてなくてもそれぐらいの想像はつくはずなのに

おねえちゃんは終始なんの緊張感もなく堂々と振る舞ってるし

何の怖気もなくパンチで圧倒する。

 

この展開も確かに意表を突かれるけど、これはトリックが凄いとかじゃなくてみんなの行動がおかしいだけじゃん?

なんでお姉ちゃんはこんなに強キャラなの?

なんでおにいちゃんはあれだけクズなのに何の反撃もせずされるがままなの?

 

殴られた怒りだったり秘密を暴かれたパニックだったりで

とりあえず口を塞ごうと思ったらお姉ちゃんを殺しちゃって大惨事かになるよね?

日頃から変に暴力への敷居が低くなってるような奴だし。 

  

 

4.お姉ちゃん結局ナニモノ?

お姉ちゃんについてのミスリード

「お兄ちゃん彼女」→「異様に強キャラ感のある変な女」→「母親虐待されてる女」→「強キャラ感じゃなくてマジで強い女」になってるけど、

それぞれが見え方の問題ではなく行動自体おかしくて、その理由が結局説明出来てない。

これもうトリックとかミスリードとかじゃなく単に滅茶苦茶なだけでしょ。

キャラがぶれてるという言い方すら生ぬるい。

 

ほちゃ視点で年上のお姉さんが強キャラに見えてたとかじゃなくて、

クズお兄ちゃん精神的にも暴力的にも圧倒してるからマジで強いだけだし。

  

何故クズ同級生の私室に上がり込むのか、

何故一ミリも取り乱さず撥ねつけて帰れるのか、

何故一方的な難詰と暴力で圧倒できるのか。

全部説明なし。

こんなのをトリック中心部に置いたらそれは構成トリックとしては0点でしょ。

 

「酒乱ぽい母親」より「どうしようもないクズで弱い者への暴力癖のある同級生男子」の方が怖くないとか弱いだなんてこともないだろうし。

小学生同士のいじめに介入するお姉ちゃんとかならこの強キャラ感や圧倒力でもいいかもしれないけど。 

 

見せ方がテクニカルなのではなく行動自体が異常性の連発なので

これはまほちゃ視点どうこう叙述トリック的にどうこうじゃなくて

単に出来が悪いだけですぜ?

 

(『響』みたいに女子高生主人公の胆力と暴力テーマとした漫画なら違う評価になるけど、

 あくま構成力やトリック的なもの評価させようとしてるのであればと言う話ね。

 

(ちなみに『響』はテーマである暴力描写については真摯だったので素人女子高生が正面からパンチ一発で相手を昏倒させるなんて場面は一度もない。

 響がお姉ちゃん立場だったら、リビングの重いもの握って洗濯機の音に紛れて忍び寄り背後から頭にガツン→崩れ落ちたところに顔面蹴りだと思う。殺しかねないけど確実に反撃能力は削ぐ。) 

  

 

5.まとめ 

別に、頑張って構成して絵を描いて1本の漫画を仕上げた作者に対しては1ミリも悪意的なことを言いたいわけじゃないのよ。

けど読者サイドについては、これを「構成が見事」とか「四季賞級」とか言う人達はどうかと思うのよね。

あなたたちは流し読みの雰囲気しか受け取ってないレベルだよね。

漫画というのはもっとちゃんと読んでちゃん評価すべきでは?

 

それでまた腹立つんだけど

こうやってものすごく雑に読んで雑に褒め上げる読者が

ちゃんと読みこんだうえで「これこれこうだからうーん、いまいち」っていう読者よりも

「素直な良い読者」であるみたいな言い方をするじゃん。

 

んなアホな。

2021-02-19

[]金田一少年の事件簿〜五等分の花嫁事件〜でのトリックは「実は五等分ではない」がヒントだってマ?

まさか……そんなことが……!

2021-02-18

anond:20210218191557

ああそれはトリックでね、女性のほうが寿命が長いから、高齢特有の病が多いのさ。

今は、恋人配偶者と一緒に来るかどうかだから生産年齢で見なきゃだめだよ。

まぁ高齢者込みで見てもいずれにしろほとんど同じで、

男性ライトに来ない、ってよく言われてるが

というほどではないってことには違いないが。

必読書コピペマジレスしてみる・追補編

79. 中井英夫虚無への供物

忘れていたので追記ミステリをろくに読まずにアンチミステリを読んで気取るのもどうかと思ったが、メタフィクション的なものにひかれる性分なもので手に取ってしまった。

これはミステリを楽しむ読者に対する批評いやがらせ)であり、こじらせ文学青年崩れの自分は、こうした読者に喧嘩を売る態度を好んでいる。だから、旧劇場版エヴァンゲリオン新劇場版のQも同じ理由偏愛している。かなり楽しんだ。

余談だが、「トップをねらえ2!」もまた、自分のやっていることに対してかなり自覚的批評的だと感じている。まっすぐな努力根性物語にも見えるくせに、根性論に否定的な者が終盤になって気合で新たな力に目覚め、努力根性ばかり口にしていたキャラクターが実は才能の塊であった、という皮肉が好きだ。

で、実際に高校生までに100冊も読む必要ってある?

小説というのは何歳になって読んでもいいものであって、ペースも人それぞれだから、何歳までの必読書という声は基本的無視していいと自分は考えている。自分学生の頃に古典ばかり読んでいたのは単純に背伸びがしたかっただけで、振り返ってみればそれ以上の意味はない。また、「ラノベエロシーンが出てきてもどうせパンチラかせいぜい裸を見るくらい。だったら本番行為やそれ以上の何でもありの純文学を読みたい」と考えたからでもある。もしかしたら、自分男子校出身者だったから、女子のいる高校生活を読むことがうらやましくて耐えられなかったからかもしれないが。

さて、好きに読めばいいと書いたものの、若いうちに読んでおいたほうがいいと考える理由もそれなりにある。一つは体力的な問題だ。年齢を重ねると物理的に目が酷使できなくなってくるし、重苦しい物語を読む体力もなくなってくる。自分も身につまされる話よりも、読んでいて気持ちがいい話ばかり読むようになってきてしまったし、芥川賞さえ読んでいない作品が多い。もう一つの理由は、だんだんフィクションに飽きてくることだ。飽きるというか、何となく手が伸びなくなってくる。その代わりにエッセイ的なもの、身辺雑記的なものに魅力を感じるようになった。「永日小品」とか「武蔵野」とか、古典の日記文学だとか。

それも飽きたら、ノンフィクションを手に取ることにしている。最近読んで面白かったのはリチャード・C・フランシス家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか」だ。好きなものを好きな時に好きなように読む。読書ってはそういう私的もので、他人からとやかく言われる筋合いのものではない。

ぶっちゃけ古典って読む必要ある?

正直なところ、同時代作品を読んだほうが財産になる気がする。古典は、好きな作家が薦めていたのだとか、尊敬する人が影響を受けた作品だとか、国語の授業で出てきて面白そうなのや、読書家の友人の一押し作品、くらいを読めば十分だろう。現在の僕らの問題意識に直接答えるのは現代作品だ。現代作品に飽きたら古典に手を出すのはありかもしれないが。

もちろん、古典はいものばかり残っているからはずれを引きにくい、というメリットもある。自分が読んでいた理由の一つがそれだ。加えて、古典が答えをくれることもある。古典場合、素朴な問いに正面から取り組んでいることが多く、僕らみたいな一般人が考える哲学的な疑問はとっくに古典で扱っているので、さまざまな疑問を僕らの代わりに考えてくれており思考節約になるし、多くの場合安易ハッピーエンドとも無縁だ。好きになったから読んだ、それだけのことだ。

それに、古典知識があると、同時代芸術をより楽しめたり、当時の日本世界空気空想する楽しみが増えたりする。古典翻案作品も深く楽しめる。だが、古いのばかり読んでいては現代から目を背けてしまうことになるだろう。

もちろん、現代から逃避するために古典を読むのもありではあるけれども、自分にとって古典を読むことは、現実に直面するための準備・バッファでもあった。言い換えるならば、最初は逃避のつもりだったけれども、古典を読むことで蓄積された感受性が、面倒くさい現実対処する能力を多少は授けてくれた、ということだ。

また、もしもまっとうな作家を目指しているのなら、最先端作品のみならず、そのジャンル古典的な作品を最低限読む必要は出てくる。ミステリなら基本的トリックSFなら実在架空を問わず科学的な理論を知らないと書けない。けれども、読書エンジョイ勢としては気にする必要はない。必読書リスト必要になってくるのは作家になりたい人間くらいだろう。

ちなみに、度を越して読破量を自慢してくる人間は気にしなくていい。そういうのは根本的に、ポケモン名前をどれだけ言えるようになったかを見せびらかしているようなものだ、と自分は考えている。何かを全部暗記したリコレクションしたりするのは楽しいものだけれども、興味がない人に自慢してもしょうがないし、敷居を高くするだけのことだ。それよりは、気に入った作品を何度も読み返すほうがよほど豊かな読書ライフを送れる。通読でなくても本棚から二三冊手に取って、ぱらぱらとお気に入りのページを読み返すことでどれほど心が休まることか。

自分にとって文学とは、わけのわからない世界に対する防壁だった。近頃は昔ほど心に壁を築いてはいいかもしれないが、物語が今まで自分を守ってくれた記憶に、今でも支えられている。

続きは?

気が向いたら日本文学編、あるいは池澤夏樹世界文学全集編を(オリジナルで)やるかもしれない。しかし、面倒くさいので相当先になりそうだ。

以上。

元増田https://anond.hatelabo.jp/20210215101500

2021-02-16

「今回の選挙の結果は、はっきり言って惨敗、で、何が惨敗なのかというと、それは社会に負けたと。つまり選挙管理委員会を含めた大がかりなトリックがあったんじゃないか

これ、トランプでも高須でもなく、松本智津夫言葉ね。

2021-02-13

小説トリックを駆使されたら現実警察は見抜けるのか

どうなの?実はたくさんの人が殺されてて殺人暗数結構あるんでは?

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん