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はてなキーワード: 音楽家とは

2021-05-04

anond:20200504195332

中学の時かなと思う。

日本音楽コンクール作曲部門投函する人に、大学院に在学中ですとか、シエナフランコドナトーニのマスタークラスにいますとか、パリ音楽院でジェラール・グリゼイについてますとか、そういうのを聞いたのが中学の時だよ。

小学校の時は、名前を聞いたが、何をするところなのかイメージできてないくらいかな。中学で間違いないと思う。


昔話で申し訳ないが、まだ大学院に行かないと何もわからないとか、そういうのは全くなかった。京大放任主義で「大学入学したら勝手あなたたちで勉強してください」時代で、早いやつは大学1年で将来の設計ができるのがいた。

1980年代常識だと、大学1-2年で没した数学者遺産はくみ取ってしまい、大学3-4年で存命の数学者アタック大学院1-2年で自分の同世代タイマン争いするってのが定番だったような気がするし、1950年代まれ教授もそうしているのが多い。

音楽も実は一緒で、大学1-2年で死んだ音楽家は全部覚えてしまい、大学3-4年で存命の作曲家を研究するのが定番だった。ちょうどメシアンケージ、アイネムやユンがなくなってしまい、そのあたりを大学2年までに知らないとダメで、大学3年以降は存命の作曲家、当時はラッヘンマン、ファーニホウ、ディトリッヒ、グロカール、シャッリーノ、サーリアホ、ディロンが攻略対象で、バーレットは日本人では誰も攻略できなかったんじゃないかな。


今日本人は退化してしまって、大学院の1年だとジェルヴァゾーニってとこらしい。こんなぼっちゃまおじょうちゃまレヴェルでは困るんだよねえ。大学院修士1年だと、クライドラーかステン=アナーセンでお願いしますよ。ほんとはサンダースかエカルまでやってほしいんだけど。ここら辺は博士の1年になってしまう。

2021-04-23

anond:20210423160857

音楽をやるやつがサイレントバイオリンを作ると

バイオリンを変える

 

だが、糖質はそう考えない。弓を変える

なぜか?

これだけの振動があればピックアップは音を拾えるだろう

それがアンプという概念なんだよ

音楽家と電気家の違いだ

2021-04-16

医者自殺されたら困るから、殺してしまおうといわれても、こまっちゃう

たとえば、音楽家として殺してしまおうとか、いまだと、オリンピック出れなくてもいいよねとか選手に言うとか

2021-04-04

さよなら音楽評論家番組ばっかになってきたな

とうとうTBSまで関ジャムパクリ音楽家ミュージシャン評価させ始めてるし

てか最近ミュージシャン語りすぎ

前だったらダサいってなりそうだけど、SNS世代というか自分で発信することが当たり前な時代からみんなあまり違和感を感じないのかな

2021-04-03

コメント書き込めない

こんにちは。いつも楽しく拝読していますfffは、ベートーヴェンと第九大好きでだいきほも大好きな自分にとってはたまらない作品でした。難解だとか、何が言いたかったのかとか世間で言われているのを目にするたびにうーん、なんでだろ、なっていますが、今のところの結論は上に書いた自分特性です笑。

市民社会萌芽の混乱の時代音楽家失業危機の中、"耳の聞こえない"作曲家が、後に東西ドイツ統一式典で演奏され、欧州の歌として採択される曲を作った。虚実巧みに織り交ぜながら見事に描いてくれたな、と思いました。ベートーヴェン難聴になる理由なんかも、あーそうなんや! って、面白かったです。

ではでは、今後もブログ楽しみにしています

2021-03-09

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その12

https://anond.hatelabo.jp/20210228151512

父の趣味に、登山があった。

まだ私が転居する前、家の押し入れにはたくさんの登山グッズのほか、山岡荘八の「徳川家康」全巻があった。

徳川家康を読んだ記憶はないが、登山に関する本があったので読んだ。

父の趣味にひきづられる形で、何度も登山に行った。

これ以上山名前を出すと、完全に個人特定されるのでやめるが、山の難易度が非常に低かったことは言っていいと思う。

アイゼンを刺してどうちゃらこうちゃらとか、そんな高度な登山テク必要な山には上っていない。

Youtube確認してみても、たいしてみんな苦労してなかった。中には強く記憶している山もあって驚いた。

ただ、服装は準備した記憶がある。

山のサウンドスケープは、思い出すことがある程度できる。

耐寒訓練か何かかと思うほどのものすごく寒い日には、ほとんど物音がならない。みんな登る人は凍えているのが分かった。

晴れの日は、鳥がたまになく。

音楽家登山趣味の人は少ないが、アントン・フォン・ウェーベルンは山歩きを好んだといわれている。

ウィーンもあまり娯楽がなかったのだろうと思われる。

2021-03-07

anond:20210307175020

知識=賢さじゃないんだよ。根本的に間違えているよね。演奏できないか音楽的な素養で遅れてるってのも間違ってると思いますあんなの別に手先の器用さでしょ?

私が言いたかったのはε-δ論法グリーン定理を知ってるからあなたより賢いってことじゃなくて、社会には色んなバックグラウンドを持った人がいて多様な価値観があるってことで、ある音楽家を知ってるから賢いとか偉いとかそういうのはないの。なんでそんなこともわかんないのかなぁ。

2021-03-04

anond:20210304195523

それってさ「景色」じゃないの?

北海道じゃないとみることのできない景色

そういうの見て、感じる人は、地元を出るかどうかにかかわらず、なんか行動するわ。

北海道は優れた音楽家も生んでいる。

イタリアも、考えられないようなアーゾロとかの村やチッタデカステロ町みたいな人口数百のド田舎に住むのが多く、そういうのは歴史にしっかり残っている。

「ここでしか見ることのできないもの」を見て感じてしまった人間は、知能にアクションでも入るんだろうね。

2021-02-28

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その11

https://anond.hatelabo.jp/20210223005708

もうここまでくると、「音に囲まれた」ことではなく「情報に囲まれた」ことに近いではないかと思うが、私の中では依然として「音」なので抜き書きができると思う。

ピアノコンクールの待ち時間は、図書館相場が決まっていた。

審査まで待たなければならない。

そうすると、子供たちは、自然と近場の図書館に集まる。

あの図書館は閉館はしていないと思われるが、やはり、小さな図書館であり、その日はコンクールの結果待ちの子供でいっぱいだった。

毎年がこの調子だったらしい。

そこには、禁持ち出しの、最新名曲解説全集があった。

現在は、作曲家名曲解説ライブラリーとして改訂された本である

なぜ改訂されたのかは理由がある。それは、著作権法改訂国連から勧告を受けたため、存命の作曲家に関する記述が認められなくなってしまったのである

悔しいが仕方がない。音楽之友社は、急いで「作曲家名曲解説ライブラリー」として、著名な作曲家だけを厳選することにした。

しかし、まだ最新名曲解説全集がそのまんまの図書館は多かった。

どこの地方都市図書館にもあったらしい。

学校図書館にも多くあった。

そうしたら、どういうわけか、管弦楽曲Ⅳの項を読むことになった。どうしてそんな本を読むことになったのかわからないが、今の音楽家は何をしているのかなという意識が、中学1年ではあったんだろう。

そこには、クセナキスのアホリシス解説があった。

正確には思い出せないが、「この曲を理解するには高校3年から大学初年度の数学の専門知識必要で、ポアソン分布が」と書いてあった。

理系に進もうと思ったのはこの時だったに違いない。たった一冊の本人生が変わってしまったのである

かに本を読み続ける小学生中学生に交じって、私もじっと黙って本を読んでいた。

私の故郷の不気味な薬屋の沈黙というほどではなく、冷房が適度にかかった快適な環境で照明が明るかったことを思い出した。

はいまだにクセナキスのアホリシス生演奏に接したことはない。

2021-02-26

音楽は誰のものか?

1960年代音楽東京人のものであった。LPといっても、地方人ですらその存在ほとんど知られていない。アストル・ピアソラすら、ほとんど日本では認知されていなかった。もちろんB・A・ツィンマーマンなんて、弾くピアニストは当時の日本には誰もいなかったとまで言われている。

1990年代に入って、音楽はようやく地方のものになった。CDのせいだ。CDになってさえいれば、どんなマイナー音楽家の話でもできるようになった。ただし、楽譜の取次には苦労を要した。

2020年代に入って、日本国中のどこでもスマホYoutubeアドレスを打ち込んで、どんな音楽でも聴ける時代になった。

2020年代は、やっと、田舎者音楽を手にしたのである。誰もが同じ情報を手にするまで、日本は60年の歳月が流れている。

まり、これから流行する音楽は、田舎臭ければ臭いだけ売れるという方程式が成立する可能性が高い。

うっせえわも、それに近い。

2021-02-14

anond:20210214165217

ごめん、俺は老人とはいい難いが

音楽家くそみたいに耳が良い老人とか、様々いるから、老人というだけでは無理という話

fff -フォルティッシッシモ-』〜歓喜に歌え!〜 第5場

anond:20210213232411

第5場実況

A 不幸の記憶
B 不幸の記憶

ベートーヴェン父親「息子は5歳」

少年ベートーヴェン10歳だ」

父親が息子をモーツァルトの再来に仕立て上げるべく7歳3ヶ月だったのを6歳とした話は読んだ。そのせいでベートーヴェン中年すぎまで自分の年齢を正確に把握できなかったとか。

少年ベートーヴェン「そんなへんな歌、音楽になんかできないよ!(怒)」

んー、ボン選帝侯にたてついたエピソードは知らないなあ。

手塚治虫ルードウィヒ・B』では、父親アル中でとんでもない奴だけど根はいい奴で、自由主義者としてベートーヴェンを導く役割果たしている。まあさすがにこれは現実ではなかったかな。なおこの漫画の中でもベートーヴェン難聴の驚きの理由が判明している。

青木やよひ『ゲーテベートーヴェン』には、父親宮廷に出した手紙の書き出しが「尊敬すべきお慈悲深き大司教選帝侯殿下」、結びは「御足下にひれ伏し服従申し上げます」だったと書かれている。ベートーヴェン父親関係については、ベートーヴェンが、バッハカンタータ未完成写譜を「父が書き写したもの」と書き込んで大切にしていた、とある

C 不幸の記憶

運命》の動機

謎の女(少年ベートーヴェンに向かって)「寒いわね、凍りつくように。痛い?」

謎の女=死

D 救済の記憶

ヴェーゲラーはベートーヴェンの5歳上。ロールヘンは2歳下。ヴェーゲラーとベートーヴェン出会いきっかけは明らかではないらしい。ヴェーゲラーの紹介でブロイニング家に出入りするようになった。

手塚治虫ルードウィヒ・B』ではヴェーゲラーは出てこないが、ロールヘンとの出会いは本作と似ていて、いじめられてたベートーヴェンをロールヘンが助けるシーンになっていた(ただしこれがきっかけでブロイニング家に出入りするようになるわけではない)。

ロールヘンには弟はいたけど妹はいなかった模様。

少年ベートーヴェンf3つなんて記号はないんだ」

ここで出るか。

少年ベートーヴェン「(fffを出すには)この中に(心の中に)、強い気持ちを起こさなきゃ」

強さ、か。生きるための、成し遂げるための。

fffはFuto Final Forever説を信じているけど、第2場で触れた通り交響曲第7番と第8番でベートーヴェンが史上初めてfffを使ったとのこと(第7番は手元にスコアがあるので確認済み)。これは、難聴関係していたのではないかなと邪推している。難聴の時期は高音があまり使われなくなった(=自分で聴こえる音で作っていた)らしいし。そしてほぼ聴覚を失ってからは高音が再び使われるようになった、というか、第九は演奏困難な高音であったと。そしてこれも触れた通り、第九にはfffはない(オーケストラの編成の大きさも関係してるのか?)。第九は、実際ちょっと常軌を逸した曲だと思う。聴覚がないからこそ書けた曲。第4楽章コントラバスとかもそうだけど(これはベートーヴェンのお友達コントラバス奏者のドラゴネッティのせいか)、第3楽章。美しい理想が見えるけど、理想に近い演奏を探してみたけど出会えなかった、何年も前の話だけど。オーケストレーションに難あり、だよなと。もしくは時代がまだベートーヴェンに追いついていないのか。

少年ベートーヴェン貴族の施しはいらない!」

ヴェーゲラー「その金は、施しじゃない!僕らの給金だ。君の音楽の代金だよ」

泣ける。自由主義使者フリーメーソン会員ヴェーゲラー。

ブロイニング夫人勉強しなさい(慈愛)」

実際は出入りする間に自然啓蒙思想に触れていったのかなと想像

執事「暗がりを照らす、ちっさな炎は、この中に」

E 革命記憶

ヴェーゲラー「行くんだろ、君も。ウィーンへ」

実際はハイドン評価されて。

なんか泣ける。朝美マジック

F ナポレオン戴冠式

あらきた。1804年12月

謎の女「心のおともだち、ナポレオン

笑。増田史上いちばん合ってる役だわ真彩さん。

G ハイゲンシュタットの遺書

んーー、第4場Bで少し構えていたけど、ここハイゲンシュタットの遺書だったのかあ。いつの間にかハイゲンシュタットに移動してた?劇場のままかと思っていた。時間もほんとは結構経ってる設定だったのかなあ(ナポレオン戴冠式はあったけど、もともとの劇場時間もふわっとしてるし、伝わるのに時差あるかなと思うし。あ、謎の女から情報からリアルタイムだったかな)。気が付ける要素あったかなあ。

難聴失恋からくる衝動は救済の記憶でおさまった後(実際の遺書ではただ"芸術"が引き留めたと)、心のおともだちナポレオン皇帝になったショックからのシーンだしなあ。

ベートーヴェン(歌)「

歌い続けろ 聴こえない カラダ

歌い続けろ カラダ カラダの そとに

歌い続けろ 中に鳴り響く音

歌い続けろ 出し尽くすまで

大きく 大きく 大きく もっと

強く 強く 強く きっと

たとえ命 たとえ魂

この体が朽ち果てても

たとえひとり 声もしない

孤独の道 ひた走ろうと」

「大きく」「強く」 3回ずつ(=fff)。

ハイゲンシュタットの遺書から該当しそうな箇所を以下に抜いてみる。

私を引き留めたものはただ「芸術である自分が使命を自覚している仕事を仕遂げないでこの世を見捨ててはならないように想われたのだ。そのためこのみじめな、実際みじめな生を延引して、この不安定な肉体を――ほんのちょっとした変化によっても私を最善の状態から最悪の状態へ投げ落とすことのあるこの肉体をひきずって生きて来た!――忍従!――今や私が自分の案内者として選ぶべきは忍従であると人はいう。私はそのようにした。――願わくば、耐えようとする私の決意が永く持ちこたえてくれればいい。――厳しい運命女神らが、ついに私の生命の糸を断ち切ることを喜ぶその瞬間まで。自分状態がよい方へ向かうにもせよ悪化するにもせよ、私の覚悟はできている。(片山敏彦訳

遺書の中の「難聴の苦しみ」「孤独叫び」「自死願望」ついて参考までに抜き追加。長いけど。一部難読字は平仮名に、一部ルビ省略。

社交の楽しみにも応じやすいほど熱情的で活溌な性質をもって生まれた私は、早くも人々からひとり遠ざかって孤独生活をしなければならなくなった。

しかも人々に向かって――「もっと大きい声で話して下さい。叫んでみて下さい。私はつんぼですから!」ということは私にはどうしてもできなかったのだ。ああ! 他の人々にとってよりも私にはいっそう完全なものでなければならない一つの感覚聴覚)、かつては申し分のない完全さで私が所有していた感覚、たしかにかつては、私と同じ専門の人々でもほとんど持たないほどの完全さで私が所有していたその感覚の弱点を人々の前へさらけ出しに行くことがどうして私にできようか!――何としてもそれはできない!――それ故に、私がお前たちの仲間入りをしたいのにしかもわざと孤独生活するのをお前たちが見ても、私を赦してくれ! 私はこの不幸の真相を人々から誤解されるようにして置くよりほか仕方がないために、この不幸は私には二重につらいのだ。人々の集まりの中へ交じって元気づいたり、精妙な談話を楽しんだり、話し合って互いに感情を流露させたりすることが私には許されないのだ。ただどうしても余儀ないときにだけ私は人々の中へ出かけてゆく。まるで放逐されている人間のように私は生きなければならない。人々の集まりへ近づくと、自分の病状を気づかれはしまいかという恐ろしい不安が私の心を襲う。

私の脇にいる人が遠くの横笛の音を聴いているのに私にはまったく何も聴こえず、だれかが羊飼いのうたう歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう***!

たびたびこんな目に遭ったために私はほとんどまったく希望を喪った。みずから自分生命を絶つまでにはほんの少しのところであった。

おお、人々よ、お前たちがやがてこれを読むときに、思え、いかばかり私に対するお前たちの行ないが不正当であったかを。

第5場まとめ

2021-02-10

友達クラシック音楽を教えた時を思い出して書いてみる

https://anond.hatelabo.jp/20210210062305

なんかクラシック音楽話題に上ってるので、ちょい前に居酒屋で飲みながら、クラシックピアノやってみたいって友達(元軽音楽部のギター)にクラシック音楽作曲家について適当に教えた時を思い出して書いてみる。主にピアノに絡んでる人しかおらん。その他ジャンル知識に乏しいし必要ないのであんま触れなかった。しか雑談の極みなのですべてにおいて雑、いろんな音楽家に失礼だけど天国で俺の事なんか見てないだろうしへーきへーき

 

バロック以前・・これは好事家しか知らんから今は覚えんでええわ

 

バロック

なんかRPG教会宮殿流れるBGMか、メタル前奏で仰々しく鳴ってるオルガン想像してくれ。そんな感じの曲調。

 

バッハ

 めっちゃ有名。結構お堅い宗教曲なんかが多い。メロディが何層にもなってて弾くのは脳が大変。奇人変人が多いクラシック作曲界で貴重な真面目枠や。立派な社会人。息子がみんな音楽家

オススメ曲:主よ、人の望みよ喜びよ》

 

ヘンデル

 そこそこ有名。バッハより親しみやすくてちょっと陽キャ寄りな作風イメージ。実際当時の人気投票ではヘンデルのが人気あったらしいで。世の中そんなもんやね。

オススメ曲:調子の良い鍛冶屋

 

古典

優雅クラシック」って聞いて大体想像するのがこのへんちゃうかな。そういう曲ばっかでもないけど、まぁある意味クラシック音楽っぽさ」の完成系がここ。

 

ハイドン

 めっちゃ有名なはずなんだけど俺ぜんぜん知らん。何をオススメしたらいいのかもわからん。「クラシック音楽はこういう構造ですよ」ってのを考えて確立した人らしい。

 Aメロ→Bメロ→サビみたいな概念を考案したと思うと確かにすごい気がするな!

オススメ曲:ソナタ集のなにか(適当)》

 

モーツァルト

 これはさすがに有名。メロディ可愛い作曲家というイメージ。あとすごい譜面が読みやすい。音が脳にスイスイ入ってきて、次に来てほしいトコに音が来てくれるみたいな感覚がある。

 ストレス効果があるとかは眉唾だけど、フラストレーションや負荷がかかるような音楽じゃないのは確か。色々破天荒な人だけど、子供が凄い技術獲得したまんま大人になったんだろうなあって感じ。

オススメ曲:キラキラ星変奏曲》

 

 ちなみに当時のきらきら星って今と歌詞が違って娘が自分初恋母親に伝えるみたいな歌詞らしいで

 

ベートーベン

 それまでの優雅~な感じのクラシック像を破壊しにいった人。思想メタルとかハードロックなんよ。静と動、強弱を思いっきりつけてドラマティックな展開を作りまくる。当時の人は驚いたやろなあ。

 この人現代ロックやったら絶対5弦ベースとか入れてくるわ。ギターも歪みかけまくりそう。あと性格作風の通りだったらしいで。

オススメ曲:ピアノソナタ8番 悲愴

 

ロマン派

ロマン派音楽ってなんやねんってよく言うけど、ちょうどそのころヨーロッパでは革命とか起こりまくって一般人貴族とかやっつけてたわけ。そうなると「そんなお高くとまった音楽聴いてられっか」みたいな感じになってドラマティックで人間的な曲が好まれるようになるやん。つまりロマン派って現代におけるロックポップスみたいなもんやねんな。だからそのノリと近い触れ方で良いと思うよこの時代

 

シューベルト

 歌で有名。「魔王」とか「ます」とかやね。実際メロディメーカー代表曲歌曲なんだけど、本人はオケとかピアノ曲をもっとやりたかったらしい。ベートーベンに憧れてたんだって。ただベートーベンほど派手な曲展開をしないのは性格からかもね。メロディが奇麗でちょっとおしとやか。弱気そうな肖像画貧困で若くして死んだ印象が強いけど死因は手出した女から貰った梅毒らしいからアイツもやる事やっとるで(無粋)

オススメ曲:即興曲作品90 第2曲、第3曲》

 

ショパン

 かの有名なピアノ詩人ノクターンとか別れの曲とか。激しい曲もたくさん書くけど、どんな曲でもとにかくメロディにフックがあってまるで歌謡曲を歌ってるみたいなんよ。ピアノなのにね。

 大体の作曲家オーケストラ曲書いて、バイオリンの曲書いて、歌も書いて・・・って色々なジャンル書くもんなんだけど、ショパンさんマジでピアノしか書かん。これって割と珍しいんよ。ただ、弾く方の視点から言うと、すごく楽譜が指の理にかなってるんよね。だから初心者でもワルツプレリュードのいくつかの曲は全然ちゃんと形になるで。これホント

オススメ曲:なんでもいいけど、いろいろな曲調あるからエチュード作品10

 

リスト

 超絶技巧イケメンピアニストべらぼうにピアノが上手くてコンサートを各地で開いて絶大な人気を誇り、そしてめちゃくちゃモテた。楽屋女性ファン乱入して私物がよく盗まれたらしいで。怖。ジャニ系かV系の狂ファンやん(偏見)。曲は華やかで派手な曲か、甘くてロマンティックな曲かで二極化してて、ライブ映えする。そして演奏が難しいね

 あとこういう奴に限って性格イケメン陽キャで、チャリティーコンサート主催とかしてた。世の中そういうもんよね。

オススメ曲:ラ・カンパネラ》

 

シューマン

 有名な人のはずなんだけど、なんか地味な人。上の世代だとウルトラセブン最終回BGMがこの人の曲だったからそれで有名だけど、他の世代だと『トロイメライ』とかかなあ。

この人のピアノ曲は小説短編集みたいに各曲に小さいタイトルがあったり、数曲またいでストーリー性のある流れを作ったり、コンセプトアルバムぽいんよね。そういう作りが好きなら気に入るかも。

躁鬱のケがあって曲のテンション上下動が激しいのも特徴。

オススメ曲:子供の情景》

 

ブラームス

 『この人、悪い人ではないんだけど、ちょっと近寄りづらいな』的なイメージの人。とにかく重厚で厳ついんよ。こう内にこもるエネルギーが凄い。綿密に曲作りこんでるなって。軽い気持ちで流し聴くような感じじゃないんよ。ものすごい準備して作った曲だろうからこっちも心して聴かねば・・ってなりそう。モーツァルト真逆

 てかこの人見た目もそんな感じなんよ。性格も当たり前のように陰の者。その中で接しやすい曲でピアノと言ったらワルツ集とかになるんちゃうかな。でもちょっとだけハードル超えて接してみるといい人なのよ。曲もそんな感じ。

オススメ曲:間奏曲作品118-2》

 

印象派

印象派ってもともとは美術用語らしい。まあクラシックっぽいお堅い和音から逸脱し始めた人をまとめてこう呼んでるんちゃうか?たぶんここらへんのカテゴライズ適当だと思う。ぶっちゃけロマン派終盤のフランス人作曲家をこう呼ぶ。

 

ドビュッシー

 作曲家下ネタ使用頻度をマーラーと常に争っている人。ちょいちょいオーギュメントをわざとつかって宙に浮かぶような感触を聴き手に与える。この辺が輪郭がボヤっとしてる美術界の印象派と被ったのかもね。複雑な曲展開やストーリー性よりも、「ある一瞬の風景をとらえました」みたいなテーマの曲が多い。クラシックぽさあんま無いなと思う。

 本人の性格下ネタ使用頻度高い名前に同情心が全くわかなくなるほどアレ。自分不倫旅行ネタに曲を書く畜生

オススメ曲:ベルマスク組曲より月の光》

 

ラヴェル

 ドビュッシーと同じようにちょいちょいそれまでのクラシックでは使わんかったコードを使うけど、ドビュッシーよりも上品だと思う。というかクラシックっぽさをきちんと残しているというか。きちんとクラシックの道の先に居る感じはする。輪郭線がぼやけているという感じもなくて、ところどころにジャズみたいなオシャレ和音も入る。

 ビル・エヴァンスとか好きな人結構好きかもしれん。オシャレ感すごいけどやっぱり本人もオシャレだったらしいで。ちなみに楽譜簡単そうに見えても死ぬほど弾きにくいから気を付けろ。

オススメ曲:ソナチネ 第2楽章

 

サティ

 この人は「音楽大学なんかやってられねえ」って退学してカフェピアノ弾きとして働きながら音楽活動してた異端な人や。その経験からヒーリングミュージックBGMというコンセプトの音楽の始祖みたいな感じや。聴き流す音楽極致やね。たまに意味の分からないタイトルの曲を作る事でも有名だけど、まぁ最初聴く分にはそういうの抜きに分かりやすい曲を聴くのがいいんちゃうかな。性格変人のものや。変な人じゃないとこんなことやらんかったんやろなあ。

 坂本龍一映画CMの曲が好きならサティのたまに作る真面目な曲がハマるかもしれん。弾くのは初心者でも挑戦可能やで。

オススメ曲:ジムノペディ第1番、もしくはジュ・トゥ・ヴ》

 

国民楽派

クラシック音楽もいきつくとこまで洗練されると、逆に民族音楽とかから素材を取ってくるみたいな音楽家が増えて、まぁ大体そこら辺をこう呼ぶようになったけど、たぶんここら辺のカテゴライズ適当だと思うし、もめごとの発端になるで。メタルジャンル分けみたいになってしまう。

 

ドヴォルザーク

 チェコ作曲家やね。基本オーケストラの人だけどピアノなら一番有名なのはユーモレスクちゃうかな。とにかくクサメロをいかんなく繰り出してくる人。ちなみにえげつないほど鉄ヲタだったらしい。

オススメ曲:ユーモレスク第7番》

 

アルベニス

 スペイン作曲家やね。この人はかなりの割合ピアノ曲が多くて、本人も上手いピアニストだったみたい。スペインと聴いて思い浮かぶ熱情的なノリ、裏でカスタネット鳴ってそうなリズムがどの曲にもある。一部はギターソロ編曲されてたり。確かにスペインならそっちのが風情ある。スパニッシュギターっぽくね。

オススメ曲:タンゴ ニ長調

 

ムソルグスキー

 ロシア作曲家やね。豪傑っぽい見た目からイメージ通りの曲調が繰り出されるぞ。まぁピアノやってると話題に上がるのは主に展覧会の絵なんだけども。軍人上がりのアル中で、酒の飲みすぎが原因で入院した際に友人に差し入れされたウォッカを飲んで死亡したらしい。ロシア人どないなってんねん。

オススメ曲:展覧会の絵 より キエフ大門

  

まぁ他にもいるけどキリないからこれでいいや。

 

近代

まぁこれもなんか第二次世界大戦前後くらいに活躍してた人を適当にまとめた感ある。正解がないと思う。

 

ラフマニノフ

 ロシア作曲家やね。一番有名なのはのだめ」のピアノ協奏曲2番とかになるんかな。とにかく体が大きな人で手もめちゃくちゃデカピアニストだったので、それを生かしたスケールの大きな曲を作るのが得意。譜面見ると「コレどうやって弾くねん」ってツッコミいれたくなるわ。同時に鳴るわけない距離なんよ。凡人には。

 ときおり演歌のように懐が深いメロディを繰り出してくるので、かなり日本人好みなんじゃないかなって思ったりする。

オススメ曲:前奏作品23-5》

 

バルトーク

 ハンガリー作曲家やね。一番有名なのは、これも「のだめ」のアレグロバルバロかな。のだめ便利やな。

 民族音楽由来のクセのあるメロディ変拍子が特徴だと思うで。プログレッシブロックとか聴ける人はここら辺の方がむしろハマるかもしれん。現代っぽい不協和音も多いけど、メロディリズムがきちんとあるから、開き直れば割と聴きやすいと思う。弾くのは、難しいかなあ。あえていうなら、ルーマニア民俗舞曲とか異国情緒たっぷりで弾きやすいかもしれんの。

オススメ曲:ルーマニア民俗舞曲、もしくはピアノソナタ

 

スクリャービン

 ロシア作曲家やね。なんか最近ロシアが多いのは俺の趣味や。すまんの。生きてる間にコロコロ作風を変えたことで有名な作曲家で、初期はメロディロシア風にエモくなったショパンのような曲を量産していたが、中期は印象派風の曲も作り出して後期は不協和音バリバリ現代チックな作風に転化していった。バンドなら3回くらいは音楽性の違いで解散しとる。

 なのでどれが気に入るかはわからんが、どの時期でもエチュードを書いているのでそれつらーっと聴けばええんちゃうか。

オススメ曲:エチュード集》

 

現代・・これも好事家しか知らんから今は覚えんでええわ。50年後残ってたやつを聞けばええと思う。

 

後半酔ってて早口オタクになってしまったのは間違いない

youtubeイヤホンつなげて都度オススメ曲を聴きながらこんなこと喋ってた

次にその友達と会ったときショパンバッハ練習してたからお手本になるおすすめCD貸した。

anond:20210210143534

世界クラシック史に名を連ねる日本人音楽家はいないってことだよ


   ってのは全くその通りなんだけど、だから何? 日本人初心者クラシック音楽への誘いをという話なのでは?

間違いだらけのクラシック音楽史の表を修正してみた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833

↑このブコメ賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。

とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲムマショーパレストリーナジョスカン・デ・プレがないぞ」とかい意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。

作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。

「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内情報だけで書いております

1600年代前半

イタリア

モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのはアマリッリ」)

ドイツ

シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャインシャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)

1600年代後半

イタリア

コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)

おフランス

リュリバロックフランスオペラ第一人者

ドイツ

パッヘルバル(「カノン」だけが有名)

イギリス

パーセルオペラ「ディドーとエネアス」が有名)

1700年代前半

イタリア

ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)

フランス

クープランチェンバロ曲で有名)、ラモー音楽理論とオペラ

ドイツ

バッハ名曲多数)、ヘンデル日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓音楽」で有名)

イギリス

ヘンデル帰化

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります

1700年代後半

古典派音楽」の時代啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。

イタリア

チマローザオペラ秘密結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリオペラ巨匠

フランス

ゴセック(日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ」)

オーストリア

モーツァルトハイドン兄弟

1800年代序盤(晩期古典から初期ロマン派

音楽における「ロマン主義」は文学絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。

イタリア

ロッシーニオペラウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニオペラノルマ」など)、ドニゼッティオペラ愛の妙薬」など)

ドイツ

ベートーヴェンヴェーバーオペラ魔弾の射手」など)

オーストリア

シューベルト未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)

1800年代中盤(盛期ロマン派

音楽におけるロマン主義成熟し花開いた時代

ドイツ

メンデルスゾーンシューマン世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)

イタリア

ヴェルディ前期(オペラマクベス」「リゴレット」)

フランス

ベルリオーズ幻想交響曲

ポーランドフランス

ショパン

ハンガリー

リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツオーストリア人で本来ハンガリー民族要素は無いのでドイツオーストリア音楽として捉えるのが正しい)

ロシア

グリンカオペラルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキーオペラ「石の客」)

1800年代後半

1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽雰囲気も暗くなって参ります

イタリア

ヴェルディ後期(オペラ椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)

オーストリア

ブルックナー交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)

ドイツ

ブラームスブルッフヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)

フランス

オッフェンバックオペレッタ天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラファウスト」)マスネ(オペラタイス」など。「タイス瞑想曲」)、サン=サーンス長生きしたので今年没後100年)、フランクバッハ対位法ベートーヴェンの劇的構成ワーグナー和声を融合した究極の交響曲作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想水平線」)

チェコ

スメタナ連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)

ロシア

ボロディンオペライーゴリ公」、交響詩中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキーオペラボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキーバレエ白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)

北欧

グリーグピアノ協奏曲、劇判音楽ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲最後の春」など)

1800年代終盤から1900年代初頭(後期ロマン派印象派音楽

イタリア

プッチーニオペラトスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラカヴァレリア・ルスティカーナ」映画ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ交響詩ローマの松」などローマ三部作

オーストリア

マーラー11曲の交響曲歌曲)、ヴォルフドイツ歌曲の頂点として非常に有名)

ドイツ

リヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトストラはかく語りき」〈映画2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラサロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)

フランス

ダンディ(「フランス山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシーオペラペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェルバレエ音楽「ダフニスクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)

チェコ

フェルステル、ヤナーチェクオペラ利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)

ポーランド

シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)

ロシア

グラズノフロシア浪漫交響曲集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)

イギリス

エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)

北欧

シベリウスニールセン交響曲第4番「不滅」が有名)

1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

ヒンデミットオペラ画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)

オーストリア

シェーンベルク(無調音楽12音楽創始者。彼が最初12音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク12音楽100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽12音楽調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン12音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのはプーランクミヨーオネゲル交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光オペラアッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。

ハンガリー

バルトーク、コダーイ

チェコ

マルチヌーなど

イギリス

ブリテン(とりあえず「戦争レクイエム」は聴いておくべき)

ソ連

プロコフィエフ大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラ弦楽四重奏曲です)

20世紀後半以降は省略。

2021-02-01

一般大卒音楽家の興亡

私が確認した限りでは東大生最後作曲家伊東乾である

私が確認した限りでは東大生最後ピアニスト高雄有希である

1学年200万世代を最後に、東大生音楽家は完全に姿を消した。「うっせえわ」クラスで世に出る音楽家ももういない。

これは、東大生を抱える家庭が中学受験への膨大な投資で、文化資本を築き上げる時間すら奪われてしまたことを意味する。もちろん中学受験組ばかりが東大生ではない。しかし、中学受験組以外の東大生田舎地方上京である上京組は、塾や予備校をあてがわれたのが半分ってとこだろうか。あてがわれていない半分に、文化資本は何もない。

教養は、東大生からも奪われている。

阪大生の作曲家というのも1990年代は聞いたが、2020年代は皆無に等しい。

大阪市立大学生に筒井康博氏がいたのが懐かしい。けれども、大阪文化資本が備わっていたのは、彼が最後世代だったのかもしれない。

反論存在する。「かつてなら東大に通ったはずの人材が、学部から留学組に変わっただけだ」と。しかし、学部から留学して作曲賞に輝いた作曲家を見たかぎりでは、彼らが東大を目指したとはとても思えない。もし時代が違えば東京芸大桐朋学園だっただろう。

日本少子化は、文化資本を用意できたはずの家庭から金銭が奪われたことも一因なのかもしれない。

2021-01-26

音楽家に対する意識はここ30年で劇的に変化した。

ポピュラーピアノは私の専門領域ではないので、詳細はわからないが、かつてまらしぃさんが千本桜ピアノで弾いて、それをトヨタ・アクアCM使用されたことがあったそうだ。

これはかつてでは考えられなかった。

30年前なら企業が用いるパーカッション岩城宏之さんで、ピアノ三宅榛名さん、ヴァイオリンがアン・アキコ・マイヤースさんだった。

まりクラシック音楽富裕層がやるものであり、他は絶対やらせるべきではないと考えていたのが30年前の日本だった。

ところが30年後の現在、どこまでかわった?

いまや独学で吹奏楽作曲したら、プロの出来損ないよりはるかにうまかったとか言われるレヴェルだ。

ピアノヴァイオリンも、確かに日本に関する限りトップレヴェルの質は下がっているのだが、下限レヴェルは上がる一方で下がっていないのである

もう、音大馬鹿では入れなくなってしまっているのである

かつて音大馬鹿でも入れると中傷された。

その中傷されたころ、ポールグリフィスの「現代音楽小史」が発売されたばかりだった。

今はどうだろうか。

Modern Music and AfterとLa musica del Novecentoを両方読みこなせる日本人は何人いるのだろうか。はてな匿名ダイアリーを眺めるものに、これが可能だろうか。

私は、この母集団2021年1月現在では極めて少ないと考えている。

音楽領域は、今後100年で急速に数学に近づく。

修博一貫課程あるいは学部修士一貫課程も用意されるに違いない。

高学歴化は私は好きではない。

しかし、高学歴化で、音楽家に対する目線は厳しくなくなってきている。

スマホゲームをやってたら音が出てきた、など、商品としての音楽に接する時間が、昭和期よりは長くなっているからだろうか。

2021-01-25

コンサートホールがない街だと・・・

今をさかのぼること30年以上前コンサートホールもなければピアノを床置きする公民館すら確保できない町があった。

そのような街には、普通クラシック音楽家は誰も来ない。

しかし、昭和時代はまだ大衆への啓蒙事業がかすかに残っていた。

平成期に入ると、ホールミュージックスペースが立て続けに私の故郷からバスで25分のところに合計3つできたため、事業絶滅した。令和の今は、イオンですら特設ステージでうらやましい。

昭和時代はそんなものがなかったので、中学校体育館で、当然入場無料だ。まだ入場無料演奏会が珍しくなかったのである

その演奏会は、ピアノでもオーケストラでもなく、編成がピアノ5重奏だった。

演目モーツァルトピアノ重奏曲K478、休憩後にドヴォルジャークアメリカB.179だったように記憶している。

おそらく、私の故郷から電車に乗って2時間ほどのオーケストラメンバーがやってきたと思っているが、少々違っているかもしれない。ピアノ5重奏興行をしている団体ではなかった。

体育館演奏会は、田舎地方では全く珍しくなかった。福井県越前市では、バリーシュナイダーが素晴らしいドビュッシー体育館演奏したそうである

浜松国際ピアノコンクールのように、予選落ちのコンテスタント小学校体育館へ来てもらうということは、浜松市だけがやっているだろう。しかし、これは労音とともに生きた中村紘子の発案で、普通ピアニストはそんなことはしない。

昭和期の田舎だと、シェーンベルクはおろか、ワーグナーでも現代音楽扱いで、ほとんど演奏の機会がなかったように感じている。ドヴォルジャークが受けたのは彼の音楽原則2管編成で、比較事故につながらないからだろう。

ドナウエッシンゲン現代音楽祭にすら日本作曲家が乗り込んでいたというのに、田舎ではドヴォルジャークが最新の作曲家だったのである

2021-01-24

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。

ピアノリサイタルオーケストラも何も行われなくとも、なぜ音楽をやれたのか。思い出せる限りで、気になったことを書いてみる。

かつての小学校は、月末土曜だけ集団下校を行っていた時期があった。その下校する児童が、しゃべり声とともに自分の家の前を通っていく。もちろん私のピアノの音はその児童に届いていただろう。

小学校まで、道があまりにも単純すぎたため、クラスメートの声が、前方100m以上前にいる私に筒抜け。女子の声なのに、きれいに聞こえる。

目の前の文房具屋には、必ず自転車が3台くらい止まっていて、チェーンの音が必ず聞こえた。

路が行き止まりだったため、Uターンしてくるバス運転音。

まだ冷房のないバスの警笛。

神社にいる猫に、煮干しをあげると、鳴かずに食べてきたが足音は聞こえた。

考えられないような薬屋の沈黙

下級生のやってた「アトランチスの謎」のBGMがドアから聞こえていた。

空き地を走り回る同級生持ちの電動RCカーグラスホッパーの音(もちろんラジコンは買ってくれなかった)。

FMは今と違って非常にきれいに入った。

台風は周期的にやってきたが、窓ガラス割れるのではないかと思われるほどの強いのが一回来た。

AM受信時の妨害電波はうるさかった。しかし、SWには妨害電波が入らなかった。

もう今はなくなってしまった桜の木の花びらの散る音。

この手の桜の木は、私の故郷とは違ったところにもう一つあり、そこも全く同じ音が聞こえた。

そうだ。一番気になっていたのはこの音だ。

アパート大家が、気に入って樹木を植えようという話になり、私の小学1年のころには、すでにものすごい高さになっていた。

何が楽しくてこんなものを植えたのが不思議だったが、必ず風が吹くとその樹木の葉は揺れ、かなり大きく音を立てる。

私はこの音とともに10年以上を過ごしていることになる。

音楽家になれるかどうかは、自分身の回りの音に気が付くかどうかなのではないだろうか。

2021-01-20

YOASOBIのレトロさ・チープさは2010年頃のボカロ再現から

supercellがヒットした以降にボカロ楽曲を発表した世代は、DTMを始めたばかりで音源を買いそろえる余裕がなかった。

クオリティの高い音源使用するよりもまず楽曲を作ってリリースしたい世代は、DAW付属音源妥協して楽曲を作っていたわけである

彼らの多くはエレキギターバンドサウンドから音楽制作を始めており、ベロシティタイミングの変化で生の楽器再現するスキルがなかったと思われる。

から、彼ら自身根底に生楽器へのコンプレックスがあった。多くのボカロPは音楽制作経験を重ねる過程で、楽曲演奏家を巻き込んでいったり、

IvoryやTrillian、addictive drumsのような、より”生っぽい”音源を買って、音質をアップグレードしていったわけである

メジャー音源リリースするに際して、有名なプロを読んで再収録をするケースもあった)

とはいえショボい音源を使った楽曲の中でも、今もカラオケランキングで上位に入るような定番ボカロ曲が生まれて、一般的認知されている「ボカロっぽさ」が生まれてきた。

YOASOBIのサウンドは、そういった当時の「ボカロっぽさ」をジャンルとして再現したものである気がしている。

彼らのチープさは、「ワンルームにこもってノートパソコンに向かい合って作った楽曲が、世間に認められて有名になっていく」ストーリー連想させる。

そして、そのストーリーを駆けあがってメジャーになったのが、ハチwowakaなどの世代。今の10からすれば、米津玄師は「自分たち世代アーティスト」ではなく、「少し上の世代で、すでにヒットしたアーティストである

しかにすごい音楽であるが、ティーンエージャーからしたらもっと気軽に”推せる”アーティスト出会いたい。そんな気持ちにぴったりと当てはまったのが、YOASOBIである

学生時代ボカロを聞いていたアラサーとしては、インターネット発のミュージシャンは、メジャー化に際して音質が良くなる印象を持っていた。

からデビューしたてのボカロPのようなチープな音源(でも、当時のボカロPよりはミックスの質は断然に良い)が、そのまま街頭のスピーカーからバドバと流れている状況には少々面食らってしまう。

学校放送室から、そのまま家で焼いてきたボカロを流している中高生連想する。

たぶん、そうやって世間に対するカウンター的にショボい音源がヒットしていくのが、今の若い世代にはウケているんじゃないだろうか

(YOASOBIの作曲家自体がその再現自覚的にやってるかは知らんが、ある程度の音楽知識はあるものの、制作環境的になんらかの縛りがあるような気がする。

 で、その縛りから生じた個性が、結果的に彼らの売りになっているんじゃないだろうか)


それにしても、80年代レトロさをリバイバルするかのように、2010年前後の音質がリバイバル元ネタとして消費されるとは思わなかった。

今の若者の方がよっぽど音楽理解している

YOASOBI批判音楽家話題になっていたけれど

この手の音楽家音楽を聞いているのではなくて情報を聞いている

(「ラーメンじゃなくて情報を食っている」と同じ理論

やれビートだとか音圧だとか言っているが要するに音楽の持つ情報分析して処理しているに過ぎない

その音楽が良い原因・理由を体系的に理解して一定ルールに基づいてよりよい音楽を作ったり見つけたりしたいのだろう

原因結果論に生きている人からするとこの考え方は正しい

ただ、自身が良いと思った音楽であってもその理由が見つからない場合はややもするとその音楽は本当は良くないのだというバイアス否定したりする

ちなみにこの手の批評家はほぼすべての分野に存在している

結果ではなく原因をクローズアップし、方程式から導かれるものこそが結果だという考え方だ

一方でYOASOBIが好きな人若者中心としておくが、彼らの今の評価基準は単純で「エモいか」どうかだけだ

YOASOBIはエモいから良い

それだけだ

原因結果論に基づいてその原因を探せば「小説をもとにした歌詞」「Youtube連携」「ikuraの声」などでっち上げることもできるが

そういう音楽の中に原因を求めるのは情報を食ってる音楽家と変わらない

彼らの評価基準はそうではなく、スタート地点が「エモい」かどうかだ

その結果には原因なんてなく、エモいと感じた自分スタート地点であり、そこからコミュニケーションスタートする

アドラー心理学に通ずるところが大きく、だからこそ彼らのほうがストレスが少なく、芸術本質的理解している

他の人に対して「YOASOBIが良いよ」ということはあっても「YOASOBIの良さがわからないなんて」などと言うことはほとんどない

基本的には「YOASOBIエモいわー」「わかる」で終わりである

他者強制矯正もせず、だからこそ否定することがない

こうした感覚理解できない限りおそらくYOASOBIの良さは分からないだろうし

きっとこの「エモさ」を主軸としたこからコンテンツを今の批評家理解できることなどないだろう

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