「音楽家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 音楽家とは

2017-10-18

anond:20171018174602

いや逆。優れた音楽家だと自負してるからコーディングも上手いって言う

2017-10-16

https://anond.hatelabo.jp/20171016173548

個人は、旅行楽器アナログゲーム

世代幸せそうなパパを見ると羨む気持ちはあるが、そういう才能はなかったのだからしょうがない。

スポーツ選手音楽家画家医者とか一流企業に勤めるとか、そういう様々な「なれなかったもの」の一つでしかない。

大多数の人ができていることができないのは無念ではあるが、それでも「生きてちゃいけないのか」とかは思わない。

等身大で生きるよ。

2017-10-14

純愛ゲーの名曲だと思っていたのに関係者不倫してた

結構前の話なんだけどな。

その時は本当に狼狽えたよ。

曲を聞きながら脳裏に浮かぶ甘酸っぱい世界が、不倫野郎の股間から飛び出してきていたと知った衝撃たるや。

「耳に愛液がかかる」と言ったキチガイはどこの声オタクだったか忘れたが、感覚的には確かに間違ってないな。

からこそみんなに響いたんだろう。

音楽家不倫なんてニュースで似たような話はいくらでも見聞きしていた。

しかし、「まあ俺はビジュアル系バンド興味ないんで~~~」とスルー出来ていたのさ。

そりゃそうだ。

自分が聞いたことない曲の作り手が何やってようが知らんわとしかならんわ。

でもエロゲで同じことが起きると流石に理解できてしまった。

こりゃ悲しいねえ。

いねえ。

凄いいい曲だったのに穢れてしまったねえ。

そもそも穢れていたんだねえ。

でも曲自体は素晴らしいねえ。

なら問題ないんじゃないかな?

とようやく考えられるようになりました。

きっとリアルビジュアルバンドの尻追いかけてるおばちゃんも同じようにいつの間にか納得したんだろうねえ。

からつの間にやら鎮火するんやねえ。

人生経験しないとわからないことだらけだわ。

2017-09-29

CDを見るたびにモヤモヤと苦い気持ちになる

以前、音楽家評論家コラボイベントのようなものに行った。

トークショー音楽を組み合わせるタイプの小さなイベントで、

終了後それぞれの書籍CDの物販があった。

音楽家はあまりCDを持参していなかったようで、

私が購入したアルバム最後の1枚だった。


友人も多少気になっていたようだったので、

「聴いたら貸すね」と話していたら、

「よかったらどうぞ」と、音楽家が友人にCD-Rをすっと差し出した。

私が購入したアルバムと同じ内容の楽曲が、そのCD-Rには入っていた。


その瞬間、私の心は急激にその音楽家への嫌悪感でいっぱいになってしまった。

パッケージを見るたびに、なんだかモヤモヤした気持ちがわきあがってきてしまい、結局1度も購入したCDを聴いていない。


私がお金を払って手に入れた物を、あっさり無料で入手「させた」ことがよっぽど嫌だったのだろうか。

イベントで聴いて、「素敵だな、この音楽お金を払って所有したいな」と思った気持ち

踏みにじられたような気持ちになってしまったのだろうか。


自分が友人の立場だったら単純にラッキーだったなあと喜んでいたと思うのに。

2017-09-28

どこでー壊れたーのOhフレーンズ

今聞いてもめっちゃいい曲やわ

AKBより100倍いい

つうか昔と比べて今の音楽って劣化してるわ

たとえば夏祭りって色んなバージョンがあるけどジッタリンジンが一番うまい

今の音楽家って昔の人たちが作ってきたものコピペして誤魔化してるだけだよね

生産者じゃなくて少し毛色を変えた消費者に過ぎないと思うわ

2017-09-26

Ametsub事件に寄せて

発されるネット上のテキストを追ってみた。

彼の音楽性は賞賛され、ほとんど否定されていない。

一方で、音楽家へのエモーショナルな肩入れもあまりみられない。

少し離れているような距離感がある。

それがエレクトロニカ的なんだけど、今回はこの事件が中心に配置されている。

引力に対しては、接近せず、衛星のような遠心力をもって廻る。

接触は拒否し、引き合い続ける。

エレクトロニカ感覚の基本は、どう考えてもこの関係性にあるのだし、

他の"業界"で繰り返される事件対応をしても、なんの実りもないだろう。

エレクトロニカは、全てを基本にそって再構成する良い機会なんじゃないかな。

2017-09-23

大森靖子かい音楽アイドル

大森靖子感情劇場的な入れ物につめて発散しているだけで、別にすぐれた音楽家でも詩人でも芸術家でもなんでもない。共感型のアングラアイドルSNSで補完するダウナーっぽいエンタメ自己憐憫世界は終わっているがあなたの愛だけはある型。ちゃんと現代向けにアップデートはしている。ファンサ、マメエゴサーチリアクションかわいい自撮り情緒不安定ポスト音楽に命をかけているように自分演出して、自己承認の増加に命をかけている。ターゲットにとても配慮したわかりやすインスタントリサイクルかつエコな病んでる歌詞


音楽真摯に作る人々にとって不幸だったのは、この人にとって自己承認ツールの最たるものたまたま音楽だったこと。きっと小説を書いて新人賞をとれば小説家で、絵を描いて売れれば画家ツイッターブログはどの道必須媒体にこだわりはない。そこに「わたし」がいればいい。この人は音楽を語るけど音楽自体に愛はない。自己愛音楽混同している。レコメンドできるほど掘り下げてもいないし、そもそも音楽素養がない。明確な音楽ポリシーはない。本当にインディペンデントアーティストなら欅坂を歌えない。自分音楽ルーツプライドがないからできること。だから音楽に命をかけているのではなく、自己肯定に命をかけているというのが正しい。


大森靖子音楽魔法じゃない。というか大森靖子の言ってる「音楽」は音楽好きな人たちの考える「音楽」ではなくて単なる「自己世界」だから何にもならない。自己世界なので大森音楽と人格を分離できない。人格自分にとってそぐわなければ同時に音楽もクソとなる。でもそれは違う。人格がクソでも作るものは素晴らしいということは多々ある。どんなに憎んでいる人の音楽でも好きになっていい。どんなに愛している人の音楽でも嫌いと言っていい。そういう軽薄さは芸術において許される。


いま日本では面白いバンドとか若くて良い音楽家がたくさん出てきてる。ちゃんと音楽好きで、自分たちで曲作ってるやつらがこういうアイドル音楽否定されるって、マジでアホらしいだろうなと傍から見てても思う。不毛で何にもならない。日本音楽業界ってもっとクソな人間システム問題が山積してるのに。なんか悲しくなる。お笑いとかでもようあるけど、上に噛みついてた底辺出身ちょっと大きくなって、下のやつを叩いているの見ると、怒りというよりは悲しくなる。結局、生活大事なんよな。上から来たストレスを下にぶつけて溜飲を下げて。そういう人が世界を変えるとか美辞麗句並べて。事務所の弱い方はもう何も言えない中で、しれっとSNS再開。そんな暇あったら音楽魔法にするために時間使った方がええんとちゃいますか。音楽アイドルさん。

2017-09-15

音楽家同士でハイレゾはやはり違うというようなやりとりをしていたのを見たが、本当に違うのだろうか。

所詮可聴域外の話だろう。

音楽オカルト親和性が高い。

規制すべきだ。

2017-09-06

ジャズめんどくさい

日野皓正暴力がいけないのは当然なんだけど、ジャズは逸脱!あの少年こそジャズ!みたいな意見ばっかり書かれるとうんざりしてくる。

ジャズは逸脱するものって考えもあるからまり少年を責めないでくれよな!ぐらいにしといてくれればこっちもすんなり納得できんのに、日野は大した音楽家じゃないとかそんなの知らねえよ。誰だよテメェは。

2017-09-05

[]興梠

興梠(こうろき、こうろぎ、こうろ、こうのき、こうまつ、こうりょ、こしき、よのき 、きょうろ、おきの、おこのき、おこりょなど)は日本人の姓である

漢字・読みともに希少かつ難しいが、宮崎県高千穂や五ヶ瀬、熊本県阿蘇では比較的多く見られる。

anond:20170905125918

みんななんでこんなのに共感できるの?

なんでってそりゃ

太田だってコミュニケーションするのにビンタしなきゃいけないんだったら、たいした音楽家じゃないでしょ」

その考えは響くな、その通りだ。

太田「じゃあ、日野さんのやったこと気に入らなかったら、日野さんのことビンタすりゃいいわけ?」

確かにそうはならないな、一理ある。

太田「いや、言ってわかんなかったらビンタすりゃ良いってことは、日野さんのこれが気に入らないって人がいたらビンタすりゃいいわけ?」

確かにそうはならないな、示唆に富む。

太田「じゃあ例えばね、我々がお笑いでお客を笑わせたいと思ってるときに、客をくすぐっちゃうようなもんなんですよ。それやっちゃったら、それはもう自分のやってることの否定なっちゃうから

なるほどその通りかも。意義深い。


まりはそういうことだ

いまどきの発言というのは あ な た 自 身 が そ う し た よ う に 単一のシーンとして消費されている

それは何も矛盾を生まない

何一つとして矛盾を生まない

anond:20170905125918

大田の言いたいことは、「音楽家なら音楽家らしく楽器で語れ」と言ってるだけなんだよ。

それが現実的かどうかはさておき、ただそれだけ。

太田光が何言ってるかサッパリからない件(ドラム日野ビンタ

http://www.kansou-blog.jp/entry/2017/09/04/073456

この記事ブコメを見てると、太田共感を示してるようなコメ結構あるけど、みんな正気松本意見がどうかは置いといて、俺には太田のいうことがサッパリ理解できなかった。支離滅裂過ぎて。

太田「たいした音楽家じゃないでしょあの人」

この時点でもう無理。いきなりなぜ音楽家評価の話なる?凄い音楽家ならビンタOKってこと?

もし仮に、コイツが「暴力NG」という立場に立って発言してるんだとしたら、なおさらこの発言看過できない。失礼すぎるでしょ。ビンタNGだけど言葉暴力OKって言いたいわけ?だとしたらとんだダブスタだ。

太田だってコミュニケーションするのにビンタしなきゃいけないんだったら、たいした音楽家じゃないでしょ」

あの場面はどう見てもいきなりビンタから入ってるわけではなくて、コミュニケーションが取れなかった結果ビンタにつながったわけでしょ。この言い方だと日野氏が何でもかんでもビンタしてるように受け取れる。

意図的印象操作で悪意を感じるんで、個人的には拒絶反応モノなんだけど、みんななんで平気なの?

太田「じゃあ、日野さんのやったこと気に入らなかったら、日野さんのことビンタすりゃいいわけ?」

これもいきなり出てくる意味が分からない。そもそもビンタに繋がったのは中学生が気に入らなかったからじゃないでしょ。ショーの進行に支障が出るのにトチ狂った中学生が全く指示に従わなかったから。

それに、これは意図的矮小化であり、悪意を感じる。こういうのは気分が悪くなる。

太田「いや、言ってわかんなかったらビンタすりゃ良いってことは、日野さんのこれが気に入らないって人がいたらビンタすりゃいいわけ?」

言ってわからないということと、気に入らないということは別の事象。同一視するのはおかしい。意図的にやってる証拠。悪意を感じる。

太田「じゃあ例えばね、我々がお笑いでお客を笑わせたいと思ってるときに、客をくすぐっちゃうようなもんなんですよ。それやっちゃったら、それはもう自分のやってることの否定なっちゃうから

この例えは心底理解できない。くすぐるのは暴力じゃないし、親しい間柄なら別にやっても何の問題も無い。(金のないキモいオッサン女性にやると犯罪になるけど。)

話は暴力としてのビンタじゃなかったのか?なんでこんな美学みたいな話になってんの?マジで意味わかんねえ。

太田の話は一貫して、それっぽいことをその場その場でオウムのように言ってるだけで、全然話が繋がってないように思えるんだよね。だから支離滅裂に感じる。みんななんでこんなのに共感できるの?

2017-09-04

anond:20170904095102

完成度関係ない、そこに「音楽家の魂」があれば別の見方芸術など)もできるが、教育だったというならアウトだということ。

芸術の質は問わない。それが芸術であれば、常識から外れることもあっても仕方がないものこそが「芸術」だからだ。

作品として残念であっても、逸脱自体は起こり得るものから芸術をやっていて炎上したくないなら、保険に入っておくか非難を受け止めるかしかなかろう。

日野皓正の件は、自身音楽家として思わぬ方向に向かう音楽への執着でコントロールがきかなくなってしまったということなら、個人的にはオッケーだったけど、

教育者立場としてなら、コントロールが効かなかったこと自体NGだなと思うし

お笑い芸人正義を語らせる以上にジャズミュージシャン教育なんてさせちゃいかん。

2017-09-01

から音楽家ジジイビンタ脳筋体育教師鉄拳竹刀の突きを同列に扱って体罰絶対ダメかいうのはただのアホだっつーの

当事者間で解決していたら問題はないのか?

例の音楽家の件ね。

一応ニュースエントリさらっと読んだんだけどさ。

ブコメ散見されるのが「当事者間で解決しているなら問題はない。外野は口を出すべきではない」って意見

これってほんとにそうなのか?

その当事者間がある程度対等的な関係ならまだわかるけど(それでもいいとは思えない)。

大人子供指導する側とされる側ってことを考えると当事者間での解決ってあんまり信用できなくないか

当事者で話がついてるからっていう考え方は虐待かいじめを見逃してしまいそうでこわいんだけど。

ブコメツイッター見ててもそんな意見が多かったので、びっくりした。

みんなある程度情報が集まってて、客観的判断して当事者間の解決しているなら問題ないと判断したの?

音楽家がイキッたガキに言うこと聞かせるためのビンタ

体育会鉄拳制裁なんて全然内容違うし

同列に扱ってるやつは何もわかってない

2017-08-31

割と音楽家で手が出るタイプの人って見てきた気がするけど

別に腕力があるわけでもないし大して危険には見えんかったんだよな

サイコパスタイプ体育教師は流血するまでやるしそのうち本当に死人が出るぞって雰囲気だった

どちらも危ないことには変わらないのだろうが比較するとどうもそこまで危険視するようなことでもないと感じてしま

日野皓正騒動を受けて映画セッション」について

著名なトランペット奏者である日野皓正氏が、演奏最中に共演していた中学生ビンタしたことが波紋を呼んでいる。

《完全版》世界トランペッター日野皓正中学生を「往復ビンタ

http://www.nicovideo.jp/watch/1504064045

ジャズトランペット奏者の日野皓正さんが往復ビンタ 中学生との演奏会で 世田谷区教委「行き過ぎた指導。だがイベントは続けたい」 殴打された生徒は…(1/3ページ) - 産経ニュー

http://www.sankei.com/affairs/news/170831/afr1708310010-n1.html

ジャズミュージシャンが教え子に体罰に近い暴力を振るったということで、

音大ジャズドラマーを志望する学生主人公にした映画セッション」を連想したという声も多い。

日野皓正 セッションに関するTwitterニュース



が、この「セッション」という映画を、

青年スパルタ教師のしごきによって疲弊していく様を描いたサイコスリラーだとか、

教師の手厳しい指導に食らいつき成長していくスポ根ドラマというふうに捉えている人が意外にも多い。

僕が思うにそれはこの映画評価して的を外したものではないかと思う。

セッション」という映画音楽に対して不遜な人間たちが共依存関係に陥っていく過程を描いた映画だ。

まず映画を通してみて主人公演奏技術が向上したという描写はない。

フレッチャーの下心ありげ言葉を除けば誰もその演奏を際立てて褒めるわけでもなく、

観客がわかるような明白な上達の描写もない。

それは至極当然で主人公が「いい演奏をしたい」と思っていないからだ。

上級クラスに入りたい。」「いい成績を収めたい。」「教授に可愛がられたい。」「ミュージシャンとして羨望を集めたい。」

主人公欲求はいつも自己顕示的なことばかりでその視線はいつも自分に向いている。

音楽の道を志す動機もどうも浮ついていて、インテリジェントエリートとして将来を期待される従兄弟を持つが故の劣等感によるところが本音だろう。

印象的なのがチャーリー・パーカーエピソードである

チャーリー・パーカーアドリブに熱を入れすぎてドラマーからシンバルを投げられたというエピソードが劇中の会話に登場するが、

主人公はそれを冷水を浴びせられた屈辱をバネに精進したと解釈するのだ。

本来ならば出鼻を挫かれたことで冷静に自分を見つめられるようになったという教訓を得るべき小話をナルシシズムによって曲解しているのである

自分対外的評価しか見えていないために独りよがり思考が歪んだ主人公家族にも恋人にも音楽院からも見放され最終的に孤立していく。

そしてそこに魔の手を差し伸べるのが悪名高いフレッチャーなのであった。

フレッチャー教授もまた音楽ことなどその実どうでもいいと思っている不遜者である

彼の指導支離滅裂学生を恐怖心で抑え込みコントロールする以外の効果はない。

彼もまた音楽家として、指導者として羨望を集めることしか眼中になく、自分が携わる音楽クオリティなど二の次なのである

映画終盤で主人公逆恨みしたフレッチャーは、実際とは異なる演目主人公に伝えて舞台上で彼の音楽生命を絶たせることを画策する。

いい演奏がしたいという気持ちが微塵でも存在するならドラマーを罠にはめて演奏会を混乱させる真似など出来るだろうか。

フレッチャーもまた自己中心的な振る舞いが祟り音楽院から追放されたわけだが、

フレッチャー孤立すればなお自分を崇拝する人間を渇望するわけである

フレッチャー主人公を罠にはめたのは恨みをぶつけるためでもあるだろうが、自分の手中に収められる無力な下僕を作り出すためもある。

何にせよなんの後ろ盾もない大学中退者で大ポカかました主人公に明るい未来は多分ないのだ。

から評価されず未来もない孤独青年からこそ、因縁があるフレッチャーなんぞにわらをも掴む思いですがって行った。

そして名誉を得ることにしか価値を置いていないからこそ、主人公フレッチャーという有名人と関わりを持つことに喜ぶのである

あの最後の笑みはい演奏ができたから笑っているのではない。

どう転んでも演目にない曲を演奏して暴走することは失態である。あれはフレッチャー自分を見捨てないであろうことに安堵しての笑いだ。

フレッチャーもまた青年がいいドラム披露たから笑みを浮かべたのではない。

彼が完璧に無力な存在に成り下がり自分支配下に置くことができるようになったことを喜んでいるだけだ。

話は日野氏の話題に戻るが、件の中学生もこの映画を見ておりスポ根ドラマだと誤解していたのかもしれない。

多分そうでなくて単にソロパート演奏中に気持ちが高まりすぎたという可能性が高いが、

何にせよあれは失敗というほかなく、演奏者として道徳として師である日野氏が叱責すべき行いだっただろう。

舞台上という表立った場所感情的な振る舞いをしてしまったことは非難されても致し方ないのかもしれない。

しかし氏の叱責そのもの否定するのは当該生徒含めイベントに参加していた生徒にもあまりよろしくないのではないかと思う。

当該生徒やイベント主催した世田谷区が氏に一定の理解を示しているのは幸いだ。

そして「セッション」という映画ジャズもとい音楽に狂酔する人々の話だと誤って紹介されることは、

子どもジャズをよく知らない人に悪影響だと思うので、なんだか見過ごすことはできないのである

楽器真剣にしていたものから見た音楽部活体罰

昔はあったはずだ。先輩たちから武勇伝でよく聞いた。昔と言ってもそんなに昔ではないが、シンバルが空を飛んだとかいろいろ。

まぁ、15年以内にはほとんど無くなったのではないか

野球部より体育会系気質は低いはずであるし、女の子が多いので保護者も黙ってはいなくなった。

なので今、体罰をする音楽コーチはほぼ居ないはずだ。

じゃあ音楽は楽なのかというと、そうでもない。

精神攻撃が基本になった。(練習してないのか、とか、これぐらいできて当然、とか、○年やっててこれだけなのか、とか、周りより駄目だ、とか)

これは必要なことだと思う。音楽ステージにたつので、繊細さが必要だとして強心臓を求められる。

さらには客にアンケートもとったりすると若者にとって心のない…ありがたい言葉個人攻撃してくることもある。

褒めて伸ばす体制だと、この辺は鍛えられないので、時々褒めることはあってもガンガン褒める先生は見たことが無い。

(それだとどう評価されるのかといえば、野球サッカーのように本番に参加できるか、1st2nd3rdのどこに配置されるか、ソロを貰えるか、のようなところだ)

ただし人格攻撃はしない。顧問コーチは、しない。

(ここでコーチというのは、プロもしくはアマチュアプロだったりする。楽器は色々あるので一人で教えることは難しいのだ)

1つ2つ上の先輩から心の無い声をあびせられることもあるが、まぁそれは精神年齢問題だし中高生とかなら子供同士のいざこざだと思う。

某トランぺッターのドラマーいじめは、どこぞのセッションだ」と思うのだが

セッションの厳しさは無い話でも無いと思う。ただそれは一流の音楽学校(海外)に進んだ際

人格もひったくれもない音楽家たちに教えてもらわないといけない。そこで手が出るのは「あるだろうな」という感じで(まぁフレッチャーはやりすぎだしありえないが)

ただし「日本で」さら日本人が苦手な「ジャズで」なにが一流だって言うんだ。

現状『音楽』で一流を目指すのは海外に行かなければ無理だ。(音楽文化問題もあるし、楽器環境的にも日本は多湿すぎて楽器に向いていない)

あいうことをし許されるのは本人が日本を出て海外音楽現場に入った時だ。中学生にやっていいことではない。

中学生のプレーが暴走をした?じゃあ感情的になって叩く?猿か。いや、猿でもしないか

大人が(多分)反抗期の、しか自分音楽のみで暴れる子を殴るか?あのフレッチャーだってステージ上で手は出してないぞ。

あいう時、マジで怒ったなら指揮棒を置いて指揮台を去るべきだった。それならなかなか無いが、まったく無いことでは無い。体験学習中学生に対して理性が無さすぎる。

某トランぺッターはステージに立つプロだ。ステージ暴力台無しにした。失望する。

どれだけ変な援護が飛ぶかはしらないが、日野皓正時代遅れであり、大人として失格だ。

2017-07-28

制限に複製できないようなものユーザーのことを考えていない

その都合の良い屁理屈音楽を壊してしまった。

(壊れてないとか言うやつは近年の音楽に注がれる様々なリソーススケールダウンを把握してない。スタジオは軒並み潰れて技術レベルは低下し人的リソース金銭リソースも激減、まったく儲からない世界に嫌気がさして才能が枯渇し新人発掘もままならずデビューするのはその先に“芸能人”になって地方営業で小銭を稼ぐようになる素養のある人間のみ、純粋音楽家バイト暮らしゲームアニメに嫌でも関わらないと生きていけない、ライブで物販が売れない音楽家には存在価値がないも同義多様性の失われた画一的BGM製造業界になってしまった現状を本当に望んでいたのか)

じゃあ映画界はゲーム界はユーザーのことを考えてないのか?DVDの複製を私的複製とは別の角度で封じている映画ゲーム界はユーザーのことを考えていないのか?

ユーザーのことを考えるというのは何も日常的な利便性の部分だけに拠るものではない。いかにしてその先の投資を見据え利益を確保し次の製作に生かすかまでを考えなくてはならない。毎日シャンパンを開ける為ではなく、次の作品、次の才能に最高級の技術を投入するために利益必要なんだ。それが文化を富でブーストするために築かれた効率的システムだった。より広い多様性を確保しつつ、より高い技術を注ぎこまれた高級な文化を目指すために先人たちが作り上げたシステムだった。

それが、自分製作もしない第三者オサレIT企業にぶち壊されてしまった。

おまえらマジコンはボロクソに叩くくせになんでiPodOKなんだ。マジコンが消えたのはゲームDVD利益を確保するために禁じている部分を無視しているからだ。それは当然の対策だろう。そこをガードしないと業界死ぬのは明らかだからだ。もちろん私的複製権というもの存在するが、それを重視するあまり製作のためにかけた投資無駄になるような構造が許される訳がない。

そのマジコンはボロクソに叩くクセにiPodに関しては手放しで喜んでいる姿が納得が行かない。マジコンiPodの違いは複製する際にその時点で違法操作が含まれていたか否かというだけだ。メディアに鍵がかかっていたかどうか、それをリッピングの際に解除する必要があるかどうかそれだけだ。ゲーム映画たまたまメディアに鍵をかけていたから無事だった。(とは言っても今でも常に複製とは闘ってはいるだろうが。映画館でみるあのダサいCMでも毎回流せば一定の効果はあるだろうしその努力をしている)

ほぼすべてのユーザーが法的な事など何も知らず結局はただただ「自分が得をできればよい」という理由iPod賞賛する。

かに音楽はその部分の対策が遅すぎた。法的に複製に制限をかけるための行動が遅すぎた。だからといって他人ビジネスをぶち壊しにするような夢のマシン(笑)を本当に作って売り始めるとは思っていなかったのだろう。どう考えても、それまでCDというメディアを“印刷”する事で成り立っていたビジネスの中では、こんなにデタラメ無限コピー可能デバイスが世に出回ったらすべてが壊れることくらい賢明人間ならすぐ気づくことだ。そして、アップルもそれを分かっていながら、しか自分の腹は痛まないのをいいことに詭弁詭弁を重ねて売り上げそしてのし上がった。

俺が気にくわないのはそのアップル詭弁っぷりだ。「音楽のために」などとうそぶいてすべての音楽家を騙し、その利便性の先には破滅しかないのを知った上で覚せい剤を売りさばく売人さながら、世の中に「便利は正義」という恐ろしい価値観を植え付けた。そのドラッグハイ音楽に留まらず、様々なコンテンツ無限に複製しデタラメ享受できて当たり前という価値観を世に定着させてしまった。複製を制限するとユーザーの事を考えない傍若無人なクソ企業であるなどという極めて愚かな意識が世に広く浸透してしまった。

文化は富によってブーストされる。

本当にユーザーのことを考えていないのは誰なのか。本当にこんな世界を望んでいたのかm

2017-07-06

[]7月6日

○朝食:なし

○昼食:味ご飯おにぎりからあげ梅干しおにぎり

○夕食:ご飯、納豆(二つ)、減塩野菜たっぷり味噌汁フリーズドライ)、サンマの缶詰

○間食:アーモンドn粒、スライスチーズ(四枚)、野菜ジュース

調子

はややー。

仕事はそれなりにこなした。

ようやく、暇ではなく、来週から毎日それなりにすることがある感じになったので、

金曜日さえ無事過ごせられれば、またペースが戻ってきそう。

ポケモン熱がまた上がってきた、理由は今年の映画面白そうだから

というわけで、恒例の前売り券を買ってきてテンションを上げた。

ここは、さらテンションを上げるために、

映画の前に映画を全作見返す

映画のためにゆうきゅー

という、アニポケ映画漬けを行おうと思う。

まずは、ゆうきゅー! のタイミングを調整しよう。

3DS

すれちがいMii広場

勇者食堂二週目クリア

な、長かった……

書かなくなってだいぶたちますが、実は毎日プレイしていたのです。

そして、ようやく今日クリアできました。

もうなんか感慨とか何もなくて、ようやく終わった、という安堵感しかないです。

ポケとる

ピカチュウレックウザぽんちょ)を捕獲

ピカチュウ(いろちがいレックウザぽんちょ)は出現せず

昨日、アホみたいにコイン使ったのがマジでストレス

ポケモンバンク

特に使ってないけど義務感で課金

年額500円なので完全にお布施の気分。

iPhone

○はねろコイキング

トレーナーランク53。

コイキングは、80代目。

コマスター

なにやら、大型アップデートが近日あるらしく、まだ何もわからないけど微妙テンションアップ。

さすがにメインのシナリオが追加されると想定して、イリジウムの25までクリア

それから、対人戦を二回こなして、キートレボを解放

さらに、ログボのガチャチケと石でガチャ

が、サメハダーシザリガーは出ず。

やっぱガチャ楽しくないな。

FGO

呼符でガチャが回せるので回して見たら、チャールズ・バベッジが出た。

もう百人中百人が突っ込むだろうし、Fateってそういうものなんだけど、バベッジはロボじゃねえよ! と思わず笑ってしまった。

音楽家とか作家召喚されてる時点でそりゃそうなんだけど、数学者もありなんだ、と驚いたのもある。

ノイマンとかラッセルとかもいるのかなあ? 数学者縛りプレイとかしたくなるぐらい面白いなあ。

チューリングの宝具は相手自我を問うことでウンタラカンタラとか、妄想が広がるなあ。

数学者ではなくてプログラマになってしまうけど、一番好きなプログラマヘルスバーグさんだから英霊にならないかなあ? いやまだ生きてるけども、まだ生きてるけども、別にFate世界的に生きているか否かは関係ないわけだしさ。

宝具は「Delphi」でゲーム的には味方のNPアップで、フレバー的には魔力の運用効率アップ的な感じだと思います

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん