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2019-03-13

anond:20190313075843

その「病院談話するために集まる行列」って、何で未だに信じてる人いるんだろう

老人医療無料じゃなくなったのって何十年前だ?

老人が病院に集まるのは大抵慢性病だよ、人間歳食えば大体何かしら抱えてんの

薬飲んでれば今すぐ死ぬとか苦痛にのうつというものではないけど

薬飲まないとまずいから定期的に診て貰って薬貰ってんだよ

病院=急性疾患の人だけ、苦痛でのたうち回っている人が行く所、としか思わないのが視野狭すぎ

こういう人って、自分は勿論親もまだ若くてそういう年齢ではなく祖父母は遠方でよく分からん

かつ自分風邪小児科連れて行かれた記憶しかないような世代なんだろうか

そういう世代に「病気じゃないのに談話する為に病院に行く老人」と言ういつの時代だよそれ、って概念だけ受け継がれてるのが意味分からん

2019-03-08

美人のいとこが俺の前で屁をこいた

祖父母の家で親戚の集まりがあった。用事が終わってゆっくりお酒飲みながら茶の間テレビ見てたらブフォッて鳴ったので、俺のオヤジの屁かと思ったらいとこだったのでびっくりした。思わず苦笑いしてたらいとこが「私はこういうのは気にしないんですわ〜ハハハ」とか言うんで、いくら酔ってるとはいえ正直なところ幻滅した。

2019-03-05

とっても!不倫がしたい

とってもとっても不倫がしたい。

離婚はしたくない。でも不倫がしたい。

子どもと別れたくない。でも不倫がしたい。

とっても!不倫がしたい。

子どもと別れて、自分の両親を悲しませたくない。でも不倫がしたい。

孫を失った両親って、考えるだけでぞっとする。でも不倫がしたい。

とっても!不倫がしたい。

離婚した時に孫を失う祖父母って、あまりスポット当たらないな。でも不倫がしたい。

孫にあんなに喜んでたのに、突然孫じゃなくなる悲しみってどんな感じなんだろう。でも不倫がしたい。

とっても!不倫がしたい。

その不倫相手結婚して、不倫相手との間にできた孫を両親は愛せるのだろうか。でも不倫がしたい。

不倫相手の子どもには、前の孫と全く違う対応だったら怖い。でも不倫がしたい。

とっても!不倫がしたい。

不倫相手との間にできた子供も前の孫と同じ対応だったとしても、それはそれで怖い。でも不倫がしたい。

前の孫の子どもと呼び間違えるアクシデントとか起きたら、それも怖い。でも不倫がしたい。

とっても!不倫がしたい。



ようやく落ち着いてきました。

2019-03-02

anond:20190302233319

祖父母障碍者家族と同居で介護をしているとか?

知的障害精神障害発達障害学習障害などの障害を抱えていて、大阪東京に転居したところで被雇用者としての品質が低すぎて誰にも雇ってもらえないとか?

妊娠出産後に男に殴られたり逃げられたりして、一人で小さい子供を育てる羽目になっており、小さい子供を抱えている大した職歴もない女が大阪東京に転居しても誰にも雇ってもらえないとか?

なんか「家族奴隷」「貧困状態障害者」ゆえに田舎から自力で出ることが不可能な人が多そうだから自業自得」とか言って強者目線から正論で殴っちゃだめだと思うよ。

2019-03-01

口下手の鬱屈

これから書くのは愚痴だ。呪詛かもしれない。

腹の中にどろどろしたものが渦巻いているので少し吐き出したい。

私は口下手なので文字でね。

そもそも口下手なせいで、弁舌の立つ人に言いくるめられた(ように感じている)せいもある。

とりあえず自分でも何がしたいのか、どうあってほしいのかよくわからない。

私は早くに母を亡くした。といっても成人してからであるが。母は突然逝った。祖父母を残して。

祖父母が元気だった頃はまだ良かった。

そのうち祖父が入退院を繰り返すようになる。

からすれば単なる義理の父でしかないのだが、それでも病院の送り迎えなど甲斐甲斐しく世話をしていた。

祖父母にとって近くにいる親戚となると、うちになるのだ。

まあ近くと言っても片道1時間くらいかかるんだが。

亡くなった母には姉はいるのだが県外に住んでおり、病院の送り迎えなど頻繁に帰ることはできない。

自身も持病を抱えており、祖父母介護を一人でやるには負担が大きく、私も送り迎えを手伝うなどしていた。

病院の送迎、お見舞い、といったもの介護と言っていいのかはわからないが、少なくとも私は結構負担を強いられていると感じていた。

そんな祖父も亡くなり、あとは祖母が一人残された。

祖母は足が悪く、家の中でも杖をつかなければ歩くことができない。

そんな状態なので家の掃除などできるはずがなかった。

そんな祖母の家はゴミ屋敷と化していた。

いたるところにゴキブリの卵が産み付けられていた。

台所などゴキブリの天下である

祖母の家は、私にとっても思い出の場所であるはずだ。

しかしそんな思い出はゴキブリの卵で汚されてしまった。

一気に掃除をするしかない。

私はあの空間にいることが生理的に耐えられない。

しかしそんな私にはゴミしか認識できないものでも、祖母にとっては思い出の品である

これを捨ててもいいかとお伺いを立てれば、捨てないで、とっておいてと言われる。

また、自分で食べ切れもしないのに食べ物を次々と買ってくる。

足が悪いので頻繁に買い物に行けない。

から買いだめするのは分からなくもない。

しかそもそも賞味期限無頓着なのだ

そんなに買っても食べきれないし腐ってしまうと諭したこともあったが、買い物を邪魔されたのを拗ねるような反応をされた。

別に祖母が腐ったものを食べるのは祖母勝手である

しかしその結果、台所ゴキブリの天下になっている。

ちゃん生ゴミの処理をしてくれるのならいいが、そもそも掃除のできない人なのだ

布巾をかぶせて食卓の上に放置したままのこともあった。

冷蔵庫の使い方がぐちゃぐちゃなのも手に負えない。

何度も改善を具申したが伝わらない。

そもそも祖母は耳が遠いので、ちゃんと伝わっているのかがわからない。

「わかった」といっても脳内でまったく別のことに変換しているようなので、伝わってるが直す気がないのか、そもそもまったく別のことを言われていると思っているのかもしれない。

父は一人でなんとかがんばろうとしているが、そんな父が疲弊していく姿を見ることが私には辛い。

祖母の長女である母の姉も、最近では月に一度戻ってきて片付けを手伝ってくれる。

こっちもいろいろ限界なので、父ではなく私から電話をして話をした。

私は口下手なのでまったく言いたいことが伝わらなかったが、あの人がどういうことを思っているのかというのはわかった。

・・・ように思う。

曰く、「そもそも父が祖父母の面倒を見る、母ともそういう話をしていたということで面倒を見ているのだと思っていた。

しかし、祖母身の回りが不衛生な状態で、世話なんか全然できていないじゃないか」ということで毎月帰って掃除をすることにしたらしい。

正直なところ、ろくに帰らず法的に介護義務のない父に任せっきりでその言いぐさはなんだと今になって業腹である

ちなみに私は口下手なので、電話で話しているときにうまくそういうことを切り替えせていたらよかったのにというのも業腹である

おばは弁舌が立つのでね・・・ずっと前から口ばっかの人だと思って私は嫌いな人種カテゴライズしていた。

まあうまいこと言い返せなかったのでモヤモヤしていたのを書き出してみたらスッキリするかなと思って書き出した。

多少はモヤが取れた気がする。

父が疲弊していくところをこれ以上傍観できないというのが私の気持ちなのだろう。

では私が矢面に立って祖母介護ができるかと言ったら、無理だ。

血の繋がりもない赤の他人しかないのに、それをやっている父には尊敬の念はない。

馬鹿だなぁとしか思わないが、とはいえ疲弊していく姿を見るのはしのびない。

そんな父をしのびないと思えるのが、私に残った唯一の人間性なのかなぁとも思う。

正直祖母はさっさと死んでしまえばいいと、半ば本気で思っているフシがあり、我ながら人としてズレているなと思う。

この鬱屈は、祖母の家がゴミ屋敷したことによって噴出したが、10数年来の、母が亡くなり祖父介護をしていた頃から徐々に溜まったものである

おばにはこれは伝えなかった。

まあ電話口でそこまで頭が回らなかったかであるが。

私の口が立つのであれば、母がなくなったときから父に任せず、肉親である私が矢面に立っていれば結果は違ったのだろうか。

こんなに呪詛を撒き散らすようなことはなかったのだろうか。

2019-02-21

anond:20190220202245

医者もそうだけど、死に直面せざるを得ないなりわいの人は

露悪的に「患者を●●人殺して一人前」のような言い方をする。

ここでいう「殺す」というのは、単に救えない、延命できないことも含める。

もう少し過失が大きい医療事故寸前だったり、日本にないはずの安楽死制度っぽいものまでいろいろケースバイケースでグラデーションはあるけど、

結局どんな貴重な能力知識をもった人間も100年もしたらたいてい肉体の機能を失って死んでしまうし、

どうしても救えないものに対してその場なり自分なりにベストは尽くしたけどどうやっても後悔は残るようなケースもある。

後悔してるし結果は死だからもう事実上、殺したといってもいいわけだ、という言葉

それくらい露悪的な自称ができるくらいの覚悟っつか、いいかえれば専門知識がいるってこと。

 

でも医者でもない素人でも高齢化社会では親をいつかはかならず「殺す」わけ。

たとえば昭和でいう長男の嫁だと実父、実母、義父、義母どころか

自分祖父母、義祖父母まで、「殺す(救えないで死ぬまでを看取る)」ことがある。

少子高齢化社会からポケットの逆で6看取りってわけだ。

 

こういう世の中で素人にできることってそうそうないよ。

ターミナルケアなんてできる人そういないし、

それが介護離職して家庭で1人だけにつきそったらそれこそ社会の損失、もったいないじゃん。

(「殺した」医者以外)、介護する側される側、だれもが死にたいしてはド素人

それが前提。

 

社会生活のアダプターとして、普通に自分と親とを切り離しつつ、

スマホ医者説明わからんとこをぐぐったり、場合によって医者をよく探す程度のことしかできない。

個人がそれ以上のことをやろうとすること自体が間違いなんじゃないかな。

 

まあこんな話を十分つくし介護保険制度ができたはずなんだけどね。

安楽死制度とかないのは片手落ちだな~って思う。

 

お母さん、そんなに何もかもが苦しいなら死んでみますか。

いつものあのおくすり飲まなかったらすぐお迎えが来ますよ、って言いたくなっちゃったとある

 

こんなこといいたくなる実の子より介護保険できてくれるちょっと講習受けただけの他人のほうが絶対優しいと思うよ。

あっちも金ももらえて時間になったら帰れるだけ救いがあるだろ。

anond:20190221113813

家族向け」という言葉自体が「小さな子供とその親(とその祖父母)向け」という意味であって

成人した子供とその親や子供がいないか既に独立した夫婦カップルは「家族向け」の対象ではない、

ってのも分からんで煽ってるのかなりアホっぽい

2019-02-20

anond:20190220100504

そうだよな。嫁が祖父母介護実家に中長期的に帰らないといけない

(又その逆も)

ありえるから相手の家のことは知っておいた方が良いぞ

2019-02-18

ぜーんぜんダメやった

うつになって大学中退して5年くらい経った。その間に資格取ったり就活したりしたけど失敗して死んでる。

ハロワ行って求人票見てるけど目が滑る文字の羅列がばーーーって並んで表示されるけど全然からない。どれを選んでもダメだという、全てを台無しにするような気持ちが湧いてくる。

小さい頃からいわゆる“いい子”で親の顔伺って調整役やって、「あんたがこの家を支えてるんや」って親や祖父母から褒められてきたけど、今となってはなんにも残らなかった。家計的に家を支えているのは父であり、家事をしているのは母だ。兄弟もいる。だからそんな風にひとりだけ持ち上げるのは本当にやめてほしかった。それぞれ苦しみながらなんとか生きてるのに、どうしてそんなことを言うのか。不思議だったし、楽にしてあげたいって気持ちもあった。単に大人としての責任放棄してるだけなんじゃないかって疑いもした。

朝、目が覚めたことに絶望して、学校の席に座ってるだけでしんどくてどんどん成績落ちていって、「寝たら次は朝になってしまう」って嫌な気分になりながら眠りに就く瞬間だけがマシな救いだった。一日過ごして布団にたどり着くだけで精一杯だった。自分がどんな大学に行ってどんな仕事がしたいかなんて少しも考えられなかった。もともと天然だとか変わってるってよく言われる性格からかなんなのか、いじめられた。

自分がつらく思っているということを自覚できなかった。友達恋人などの人間関係を広げていく営みなんて全く余裕がなかった。

やるべきだと勝手に思い込んだことに耐え続けて、耐えきれなくなってドロップアウトして這い上がれないままずっと死んでいる。

なんにもない。なにを選んでいいのかもわからない。自分があまりにも空っぽで何を考えているのかわからない。こうやって昔のことばかり思い出して言い訳ばかりしてて、ほんとバカだと思う。生きていく意志って、どれぐらいの範囲なら許されるんだろう。もう外に出てなにかやりたい。

2019-02-16

正論だと思う anond:20190216222845

育児で頭がおかしくなるのは暇人育児で頭がおかしくなるようなヤツは子を持つなやろ

とはいえ、既に作ってしまったのである

そして、子にとって大切な母親世界にひとりだけである

じゃあもう母親サポートする他ないよね、母親のためにというよりも、

児童福祉的な意味で (子ども家族と離ればなれにならないために)

メンタル検査や体調検査をして、一定値を下回る母親

法令母親業と家事週休2日で完全休みにしたら?

税金で外部のサポートを頼むのも可、父親祖父母に頼むのも可

ただし、税金で外部サポートを頼む場合は、ネグレクトにあたるような虐待がないか厳しく定期検査する

父親祖父母に頼む場合は、監査は緩めで

そもそも父親なにやってんの?お前の子やぞだし

anond:20190215122753

同感だなー。

私はとても偏差値の低い高卒で、頑張って仕事して、転職を何回かして、いい会社入って東大早慶卒の高学歴の人たちと一緒に同じ仕事をするようになったけど、本当に高学歴の人たちは余裕があると思う。

本当、パワハラセクハラすること少ないよね。

高学歴の人たちは最初からいい会社入社ちゃうのでわからいかもしれないけど、低学歴の人が集まる会社は別の社会だよ。

なぜこうにも余裕に違いがでるのか。

まず高学歴の人たちは生まれ育ちがいい。子供の頃から圧倒的に豊かな経験と人脈を積み上げてる。

親も祖父母も親戚も兄弟も友人たちも、有名大企業勤務とか研究所研究員とか国家公務員だったりして、教養あふれる人たちに囲まれて、経済的にも余裕ある人たちに囲まれて、全く生きてる前提が違う感じ。

それに新卒から十分に食べていける給料をもらってるから、休暇のたびに旅行行ったりして豊かな経験さらに積み上げてる。

仕事でも給料が上がっていきそうな仕事のチャンスを次々もらえる。

高卒だとそもそも、親兄弟友人などまわりと見ても経済的に余裕のある人はいないし、まともに食べて行けるだけの給料はもらえないし、給料が上がるような仕事のチャンスももらえない。

高学歴の人の人生は夢と希望に満ちあふれているが低学歴の人の人生心配ストレスが満ちあふれている。

もちろん貧しい環境から這い上がった人もいるでしょう。私も頑張って良い会社で働けるようになった。

でも低学歴の人が集まる会社と、高学歴の人が集まる会社両方に所属したことがあると、周囲の人の平均的バックグラウンドが圧倒的に違うことがわかる。

そういった違いで心の余裕が全然ちがうんだと思う。

あと、高学歴イケメン美女が多い。

anond:20190216163412

離婚時に一個体の子供がゾウリムシみたいに父方要素と母方要素に分裂できたらいいのになあ

両方の親とその母親祖母)が、孫のことを半分敵方細胞の混じった異物として攻撃するから

「孫」の演歌のようには現実は綺麗に行かず、祖父母というのは自分の子を守るためなら孫をも斬れる

あれは本当に堪える

2019-02-13

他人の物に乗っかって生きようとする自分

父方の祖父母は持ち家。祖父母は亡くなってしまったため、叔母が住んでいる。

母方の祖父母も持ち家。祖母叔父がいる。

父母も持ち家。

私には兄が1人居る。

もし~……とか考える自分ゲスいと思う。

2019-02-12

anond:20190212010524

ちなみに虐待野宿常用漢字四則演算が怪しいはこの話

川口高齢夫婦殺害事件(2013年)

父母は少年の就学前に別居して離婚

母親ホストクラブに通いづめとなり、少年は毎晩のように家に来るホストに付き合わされお酒も飲まされ、小学校中高学年から学校に通えなくなった。

母親養父から身体的・性的虐待を受け、各地を転々とし、収入がある日はラブホテル宿泊日雇い仕事がない日は、ラブホテル敷地公園野宿

そんな生活の中、母親は妹を妊娠し生んでしまう。もちろん出生届けすら出さない。

少年は妹の面倒を見るため働く。更には16歳でありながら、失踪した義父の代わりに借金を背負いながら働くが、母親少年給料の前借りを何度も何度も強要しこれ以上は前借ができない状態になる。

更に祖父母や親戚に借金をして回るよう要求され、「殺してでも借りてこい」と言われ、自暴自棄になっていた少年はその通りにしてしまう。

2019-02-11

anond:20190211095539

親や祖父母立場になると、たまには子供に頼られるのも嬉しいモノだぞう

今時、40代祖父母になれるなんて人は、人生ボロ勝ちの勝ち組ばかりなんだよな(デキ婚離婚を除く)

若いうちの結婚イコールDQN、というのもひと昔前の価値観から

今の若い子のうち、結婚挙子コース希望者は、大卒でも早いうちから焦り始めるのが普通だよ

40代どころか50代で祖父母になれた人達というのも、人生で成すべきことを全て最短経路で成し遂げた成功者と見なされるんだよ

いい歳こいて若い嫁、あるいは若い婿を迎えて勝ち組を自認する痛いおっさんおばさんもいるけど、子供病気発症リスクやら成人前の親死亡リスクを考えたら、親が若いメリットはあってもデメリットってほとんどないんだわ

2019-02-09

祖母が死んだ

先月、母方の祖母が死んだ。

最近認知症で日時の感覚がわからなくなったり同じ話を繰り返したりしていたが、高校(?)の入試では満点を取ったり、あの時代大学卒業している才女だった。

昔は教職につき、あの時代恋愛結婚をし、映画や革細工や日本画書道が好きな、穏やかで優しいおばあちゃんだった。

一昨年の冬、私は初めての彼氏USJに行くことにした。飛行機に乗る小旅行だ。ついでに母方の祖父母にも彼氏を見せに行こうと思った。母方の実家大阪にあるのだ。

チケットも買ってウキウキだった。

母に猛烈に反対された。結婚するかもわからないのに変な期待をもたせるなと。そして母方の祖父母挨拶に行く前に、父方の祖父母挨拶に行かないと迷惑だと。USJに行くのは構わないが、祖父母に会わせるのはやめとけと。

私はその彼と結婚する気だったので、変な期待ではないと判断した。OK

祖母認知症は、ゆっくりだけど着実に進んでいる。私が結婚するまでに死んじゃうかもしらないし、それなら彼氏いない歴=年齢だった孫の恋人結婚相手候補)を見てからの方が安心して死ねるだろう。

2つ目が問題だった。父方の祖母形式にこだわり、また嫉妬深い性格なので「ウチを後回しにされた!普通は先に父方の祖父母挨拶する!」みたいに怒るそうだ。それくらいのことでとおもったが、過去似たようなことでトラブルになったらしい。

結婚するなら親戚づきあいトラブルは起こしたくない。USJ旅行の前に、宮城に住む父方の祖父母に、日帰りで会いに行くことにした。

宮城に行った2週間後に大阪に行くという、面白いスケジュールになった。快く承諾してくれた彼に感謝。何度もお礼を言った。

父方の祖父母に「今度彼氏を連れて日帰りで遊びに行くよ」と電話した数日後、「父方の祖母は私と彼を本家挨拶に行かせたがっている」と父から聞いた。祖父10兄弟の9番目だから親戚から今まで軽んじられてきたけど、孫がまともな人と付き合っていて結婚もするらしいということで、自慢したいらしい。私が返事をするより先に父が断ってくれていた。

朝早く新幹線に乗って、挨拶して青葉城を見ておいしい牛タンを食べて、夜遅く東京に帰った。

挨拶の前、彼はとても緊張していたが、終わってからは「いい人だった」とケロっとしていた。

2週間後に大阪に行った。USJはとても楽しかった。次の日に祖父母に会いに行った。

持って行ったケーキをみんなで食べながら、祖母は「このケーキ綺麗やなぁ。飾りが繊細で、王冠みたいな形になっとって、綺麗なぁ。いやほんまに。作った人は、こういうのどうやって思いつくんやろなぁ」「増田ちゃん、いい人見つけてよかったなあ」と何度も言っていた。

帰り際になると祖父は別の長くなりそうな話をして引き止めようとした。

挨拶の後彼は「先々週より疲れた。引き止めようとしてたね。帰っちゃう申し訳いね」と言っていた。

その後通天閣道頓堀を見て帰った。

その後私と彼氏同棲を始め、結婚式の予定も決めた。

昨年の12月、母方の祖父母電話をすると、祖母は「来年結婚式たのしみにしてます。おばあちゃんはどんな人か知らんけど、増田ちゃんが選んだならきっといい人だと思うわ。本当に楽しみにしてるで」と言っていた。

母方の祖母は先月、お風呂で寝てのぼせて死んだ。多分苦しくなく、あったかいなあって思いながらの、幸せ最期だったと思う。

やっぱり、無理はしたけど、一昨年彼と会わせておいてよかったなあ。

2019-02-08

部落出身の父がボケて思い出語ってた

俺は関東で生まれ育ったから、部落出身からどうこうと言われたことはない。

関西には祖父母葬式しか戻ったことないしな。

父は関東にくる前の話なんて、まるでしたことなかった。母からぼんやり聞いてただけだ。

母はもう鬼籍だがな。

俺は特に隠してない、嫁に話したらえらくバカにされたが。

父は実に憎々しげに語るが、モンペダースで現れるようなもんらしい。

まとまらないので箇条書きにしよう。

友達とのトラブルに親どころか親戚で集まる

・入っていい家なら何を借りても良いと思ってる

・借りたのは事後報告で良いと思ってる

・都会にいった親戚なら泊めてくれて当然

貞操感と人権意識がない

・ごね方だけは洗練されてる

約束事もゴネるからパワーバランスで物を考える

まぁざっくり言うとこんなとこか。

ゴネについて少し言おう。

親戚が後払いで電化製品を買ったらしい(ローンじゃないと思うがようわからん)

現金で支払う約束をして、受け取りの人が来たそうだ。払いたくなかったんだろうな。親戚連中であつまって、無茶苦茶いって追い返したんだと。

当然安くないし、訴える訴えないの騒ぎになる。

そこでまた糞みたいな団結力を発揮したらしい。

相手電気屋の近くに居座る。

ただ居座るというのが味噌で、通行を妨げもせず、荒い言葉も使わず、ただ出入りする客を見てるそうだ。

ひどく父は恥ずかしがったそうだが、それはさておき無事(?)親戚は踏み倒すのに成功したそうだ。

だんだんあちこちで出入り禁止になったようだが。

まだその文化が残ってるかはわからん

でもまぁ差別って理由があるんだなと言うのを、誰かに言いたかったんだ。

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-02-07

野田市の一件で思い出したこと

連日、報道が続いている野田市小学4年生の虐待死の件

これを見ていたら、もともと風邪調子が悪かったのに加えて、

どうやら心も風邪をひいてしまったようで、テレビネットを見るのが辛くなっていることに気づきました。

なんでかな??と思ったら、

私にも「助けて」が届かなかった記憶があったからなんです。

3才から8才くらいまでの間、身内に虐待された経験があります

まれて間もなく父が事業に失敗しまして、

我が家は大借金を抱えてしまいました。

その返済のため、父は年に数回帰宅するだけで、

地方都市単身赴任して馬車馬のごとく働いていましたし、

母も平日はフルタイムで働いていました。

そのため、私は民間保育所に預けられたり、

親せき宅をたらい回しにされたりしていました。

虐待を受けていたのはその頃です。

相手は15才年上の従兄弟でした。

====

怒鳴られたり、はたかれたり、ぶたれたり・・

まあ突然、乳幼児の面倒をみろと押し付けられ、

仕方なく引き受けたものの、

どう扱ってよいものか困ったのでしょうね。

いうことも聞かないし‥

それで小さい子供に"言うことを聞かせるため"に必要なのは「力」だと思ってしまったのだと思います

さな子供にとって大人の「力」って圧倒的なんです。

でも力をふるう方って得てして、相手との「差」をあまり意識していません。

それまで、従兄弟のことはどちらかといえば、いいお兄ちゃんと思っていたのですが、

虐待がはじまってから恐怖の対象しかなくなりました。

叔母のことは好きだったので、

叔母宅に行くのはむしろ楽しみですらあったのですが、

それ以来、今日は叔母の家に預けられる日だ思うと憂鬱になりました。

苦しくって、つらくなって、

母にももちろん言いました。

虐待」なんて言葉は知らなかったから、そのとき自分なりの伝え方で・・

でもね、一切信じてくれないんです。

なぜかっていうと、

兄弟にとってはあくまで「躾」のつもりから

いうことを聞かないから、いい子にしてないか叱った。

相手にそう言われてしまえば、

からすれば預かってもらっている立場だし、

申し訳ないという気持ちもあるからそこでおしまい

あげくこちらは「〇〇お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞きなさい!!」さらに叱られます

しかも、そうやって「S.O.S」を出してしまたことで、

「余計な事しやがって」と、虐待さらエスカレートしていきました。

いじめでいう「チクった」あとと一緒です。

怒鳴られる、ぶたれるくらいのレベルから

モノを投げつけられたり、刃物を振り回されたりと恐怖レベルが上がりました。

で、そのトラウマってずっと残ってるんです。

====

これ、実はもう40年前の話です。

どんな友達がいたとか、どんな場所に遊びにいったとか、

まして家族楽しい団らんの思い出とか・・

その頃の記憶なんてほとんどないにもかかわらず、

悲しいか

「殺される!!」と思った恐怖感

首を絞められたときの手の感触

繰り返される怒鳴り声

とても鮮やかに、そこだけ4K映像のように、

リアルに生々しく、昨日のことのように思い出せてしまます

時間が経ったから、セピア色になる・・・なんてことはありません。

その後も母にS.O.Sを出し続けたのですが、

同じバターンの繰り返しでした。

しろ言えば、言うほどにエスカレートしていきました。

そのうち大好きだった母のことさえも、

自分がこんなに言っても信じてくれない、

まったく頼りにならないという不信感を持つようになりました。

その母も年老いて、いま介護をしていますが、

正直、いまだにそのとき気持ちは拭えません。

そんな中で、唯一、私のS.O.Sを受け止めてくれたのが母方の祖父でした。

====

兄弟による虐待エスカレートしていく中、

気が付けば、叔母の家を飛び出して、

電車に乗っていました。

一人で電車に乗ったの自体がそれがはじめてでした。

叔母の家から祖父の家までは電車で1時間くらい離れていました。

年に何回か行く程度でしたし、

我ながらよく迷子になることもなくたどり着けたものだと思います

当然ながらケータイも、GPSもありません。

祖父は私が物心ついたときには、

パーキンソン病を患っていて、ほぼ寝たきりの生活でした。

しかし、まだ小学校1,2年生の私が

一人で泣きながらやってきたことに驚いて飛び起き、話を聞いてくれたのです。

その上で母や叔母に電話をかけて、一斉招集をかけてくれました。

夜になって、祖父母宅へ全員が集まりました。

叔母に連れられて、従兄弟もやってきました。

そして急遽始まった親族会議

祖父は従兄弟虐待事実を問いただしました。

気が付けば、祖父と従兄弟が殴り合いの大げんかになっていました。

戦争を生き残ったとはいえ

もう70過ぎの、しか普段寝たきり生活祖父です。

兄弟は当時二十歳そこそこで血気盛んな年でしたから、

いきなり呼びだされて、殴られたことで、

「このじじい」みたいな感じで殴り返していました。

それでも祖父は顔を真っ赤にして踏みとどまり

最後は従兄弟を叩きのめしました。

「力」には「力」で教えないとわからないんだ!!

しか、そんなようなことを言っていたように思います

この一件があってから、さすがに状況は改善され、

虐待されることもなくなりました。

一人で祖父の家までいけてしまうということがわかったためか、

今までのように叔母の家に送られて、迎えに来るまで待つ必要もなくなり、

親が仕事で忙しいとき祖父の家まで行くようにもなりました。

母を含めて、身近な何人かの大人必死でS.O.Sを出していたのに、

それをちゃん受け止めてくれたのは祖父だけでした。

いまもどこかにあの日の私みたいに「助けて」を言っている子はいのでしょう。

それを聞いてあげられるかどうか、気づいてあげられるかどうか

子供の言うことだから聞く耳を閉じてしまっていないか

この社会にいる人みんなに考えてもらえたらと思います

2019-02-06

anond:20190206190245

横だが、避妊っていうより、生活が男まかせなのが改善されて、母子のみでも子供の成長が終わるまで暮らしがなりたつようにしたい。

それ、平安時代にはできてたんだけどね。(ただし貴族のみだし、祖父母がしっかり援助いれてたからね)

人の心ってなんだろう

私は感情豊かな方だと思う。くだらないことで笑ったり、ドラマを見て泣いたりする。

さて、私は両親に虐待されていたので祖父母に育てられた。祖母はとても怒りやすく、何かにつけて怒りのまま私に包丁を突きつけた。

ある日私はその包丁を奪い取り、逆に祖母へと突きつけた。すると彼女は私にこう言ったのだ。

「お前には人の心がない。バケモノめ」

突然だけど、私は人の名前を覚えるのがすごく苦手だ。毎日接していたとしてもなかなか覚えられない。単純に興味がないからだ。

から名前なんかそもそも覚えていない両親や祖父母葬式を私は心底めんどくさいなと思った。死んでしまった人に何をしても意味などないじゃないか。この度もクソもない。この世界には生きてる人しかいないのだから

感情がないわけじゃない。ただ興味がないとかめんどくさいとか、そういうのがちょっと多いだけだ。楽しいことは楽しいし、悲しいことは悲しい。それは同じだと思う。だけどそんな私には人の心がないらしい。

人の心ってなんだろう?私にはわからない。あなたはわかりますか?人の心、ありますか?

2019-02-03

富山云々ではてなーは盛り上がったけど

実際問題共働きしながらの3世代同居・近居は家事アウトソーシングできる分だけ強い。

ただし、祖父母世代介護を考えなければだし、施設をうまく使って介護することになる。

2019-02-02

おこづかいで超久しぶりにCDを買う!!amazarashiの『さよならごっこ』を買う!!!

CD買うのいつぶりだろう。記憶曖昧なんだけど、ポルノグラフィティの『瞳の奥をのぞかせて』以来なんじゃないかなぁたぶん。

もともと特別音楽を聴きまくり青春を送った方ではないので、大層なことは言えない。ただどういうところが好きというのを表明するのみである

アニメどろろ』のEDテーマの『さよならごっこ』がめっちゃ好きである。どういうとこが好きかというと、まず歌詞がいい。

メロディーというかリズムというかがラップ的な何かっぽいような、今時って感じの曲なのに、なんかしっとりと心地よく韻を踏んでて、昔の歌謡曲のようなわびさびなのである日本語の美しさを大いに引き出しているというか、とにかくグッド。泣ける。

”望みなんてあったでしょうか、この行き先には”

なんて問いかけて来るところが昭和歌謡曲みたいでムーディー。

これは、大木凡人とかが七五調で長々としゃべくった後に「それではお聴き下さい、amazarashiで『さよならごっこ

』……」と情感たっぷりに紹介してしまうやつだ。この感情郷愁ってやつだろうか。

私自身は昭和の終わりくらいの生まれなので、そんなに昭和歌謡曲とか知ってはいないんだけど、なんか!なんかあんな感じの雰囲気あるよな!と、『さよならごっこ』を聴いて三度目くらいの時に私は急に思って、ガタッと立ち上がったのである

でも古臭いという感じはしなくて、とにかく歌詞がささくれたメンタルに優しく染み入るのである

歌詞の内容はというと、どろろから見た百鬼丸を歌ったものらしいのだが、本当にアニメどろろ』のどろろだって感じがして、二次創作の最強の奴だと、震え上がってしまう。神だ!ここに神がいた!この歌詞書いた人天才を軽く超えている!!

そして、どろろ目線という極めて狭い範囲表現した詞でありながら、現在を生きる人々のというか私達のというか私の気分にぴったりと寄り添ってくれるところが、すごい。

そうなんだよ。私達に希望なんかないし、未来なんか夢見ない方がいいんだよ。でも!夢見てしまうんだよね!そういう時もあるんだよね!でも私達既にオワコンなんだけどね!

という、気分。悲しい本当に悲しい。それを傷を舐め合うでもなく優しく歌ってくれるのだ。偽りなしに。

でもってまた曲もいいのである。前述のようになんかラップ的な何か?よくわからないけど、新しげなリズムでありながら、なんかこれ知ってる、胸がきゅんとなるというかシュンとなるというか、思わず黄昏泣きしたくなるやつ。

その答えはうちの子供達が出してくれた。子供らは『さよならごっこ』を歌いながら、手を繋ぎあって、繋ぎ合った手をリズムに合わせて振りながら、同時に両足の重心を爪先から踵へ傾ける、という動作をしていた。幼稚園の発表会で歌を歌う時によくやる動作だ。

さよならごっこはなれたもんさ、でも手を振ったら泣いちゃった」

と歌いながら、子供達の足はみし、みし、と一定テンポで畳を軋ませる。そのテンポはあれにすごく似てる!あれだ、親や祖父母などが幼い子供を寝かしつける時にやりがちな、布団の上からポンポン。まさしくあのリズム感ではないか

そんなん泣くに決まってるわ。

私子供の頃に戻って、ばあちゃん子守唄に『さよならごっこ』を歌ってもらいながら布団ポンポンされたいわ。そして、「ばあちゃんもいつか死んじゃうんでしょ?そんなのいやだー」とかメソメソしながらいつの間にか眠りにつきたいわ。

とかそんな事を思ったので、CDを買う。Amazonで予約した。

私ゃてっきり、今の世では普通皆歌はLISMO的な何かでダウンロードして聴いているものとばかり思っていたので、CDというものがまだ絶滅していないと知って、驚いてしまった。

最初はやっぱりLISMO的ななにかでダウンロードしてスマホで一人で聴きまくって楽しもうと思っていたが、すごくいい歌だし子供達も気に入っているので、子供達が好きな時に勝手に出して聴けるようにCDを買うことにした。

CDラジカセも、買わないといけないんだけれども。CDラジカセがまだ絶滅していないのは、この間近所のホムセンで見たので知っている。

ちょっとした出費だけど、子供達は『さよならごっこ』の他にも、私が隠し持ってた坂本真綾CDの数々を聴きたがっているので、丁度いい。

CDラジカセも買うぞ。

2019-02-01

祖父母の住む田舎の家の離れの物置に十字のついた棺があったんだが

何が入ってるか教えてくれない

子供の頃に開けたいといっても開けさせて貰えなかった

一体何なんだったんだあの棺は

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