「祖父母」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 祖父母とは

2024-04-13

裁判所無能なら今の単独親権の方が子供危険じゃないか

ホット共同親権議論を眺めてると反対派って「裁判所無能で信頼できないか共同親権に反対」って人が多いよね。

↓こんな感じ

反対派「共同親権になったらDVクズ親がいつまでも配偶者や子に付きまとって嫌がらせできるようになるからダメ!」

賛成派「さすがにそんなクズ親は裁判所親権を認めないだろう」

反対派「裁判所無能フシアナからDVを見抜けないでクズ親にも親権を認めてしまう。子供危険!」

でも、『裁判所無能』を絶対の前提にするなら現行の単独親権の方がヤバくないか

だって、片方の親がDVクズでも見抜けないで唯一の親権を与えちゃうってことだから

で、親権が無いもう片方の親は子供に深く関われないか子供虐待されていても気付かなかったり、気付いても救うための介入が難しかったりという状況になる。

クズ親が強大な単独親権を持つ可能性がある今の制度って子供にとって危険すぎない?

親権を持つシンママ子供ネグレクトして殺したり、再婚した義父や彼氏子供を殺すのを見捨てたりという事件はよく聞くので実際に裁判所クズ親を見抜けない無能なのかも知れないけど。

だったら、母親父親のどちらか片方がまともだったら子供が救われる可能性がある共同親権の方がマシなんじゃないかな?

もう片方の親も親権があれば、さらにそちら側の祖父母叔父叔母と親族の数も倍になる。深く関わる大人の数が増えた方が子供はより安全になると思う。

2024-04-12

共同親権となるようでホッとした

自分は今年社会人10年目になる。民法改正されて共同親権となるようで嬉しい。


自分と妹は小学校4年の時に母親に連れられて、父親から引き離された。父親家族がいなくなり、かなり荒れたらしい。

両親は別居の数ヶ月前から離婚に向けて話し合っていたようだった。

自分の前では話さなかったが、父親が育てる、ということで決まりそうだった。

(この1行だけ追記)そのような中で、親権を取れなそうな流れにあったところで母親が無理やり連れ出していった。

間もなくして離婚が成立した。父親は高給取りだったためか、20年近く前で養育費を月30万支払う取り決めをした、というのは後から聞いた。

離婚で家を売り、父親引っ越したそうだ。


母親に連れられて、千葉県祖父母の家に住み、そこから地元の小中学校へ通学した。

離婚後、母親パートをせずに常に金がないと言っていた。30万で家賃がかからないのに、何に使われていたのだろう。

公立高校から都内国立大に進学し、金が無い、と言われたので院には進まず千葉市本部のある会社就職した。それと同時に家を出ている。

妹は俺と同じ高校卒業して、中央大から法科大学院卒業して、一発で司法試験合格し、今は弁護士になっている。

学費はなんとかなったらしい。俺には国立しか駄目、と言ってたのに。


進学先や進路については、父親にも相談たかったが、それは許されなかった。


別居してから半年くらいしたら、父親に月に2時間、会えるようになった。後ろから知らない大人監視しながら。第三者機関と言うそうだ。

大きめの公園キャッチボールをしたり、神宮球場野球を見に行ったり。いつも6回くらいで時間切れとなり、球場を出ていた。

父親とは連絡先を交換してはいけない、と言われており、進路の相談も何も出来なかった。

育ててくれた母親には感謝はしているが、進学先を決めるときにも母親意見と金銭的な制限の話をされてしまい、どうすることも出来なかったことは恨んでいる。


社会人になってからは、そんな制限も無くなって、父親半年に一度くらい食事をしている。

母親は会ってほしくなさそうだが、成人しているのだから関係ない。


今の単独親権は、監護親だけに子に関わることが認められている。別れた親には何も権利がない。

母親きょうだい父親に合わせないことを求めていたが、何を考えていたのだろうか。

共同親権となれば、高校生の頃の自分のような、相談したくても父親相談できない、そんなもどかしい気分を味わうこともないのだろうな。

2024-04-09

2年前に死のうとしてたけど身近な人の死を体験して思ったこ

初めて投稿する、投稿できるのかな?わからないけど、自分の悲しみにさよならしたい、

2年前のこの時期に死のうとしてた。新卒で入ったとこは残業代がでなくて、雰囲気も悪い、家族経営のとこだった。新卒を何年もとってるはずなのに、私が入ったときはみんな辞めてて、残ってるのは高卒でずっとこの会社しか経験したことない、というおじさんばかりだった。古い気質で、残業しないと次の日朝礼で注意される。直属の上司からポンコツ〇〇(私の名前)といわれ、営業に向いてない、夜の仕事したほうがいいと言われた。周りの人も冷たかった。徐々に眠剤で寝るようになり、精神安定剤の量も増えた。トドメはお局のあなたの直すべきところリスト(私の悪口)を渡され、心が崩れた。休職して復帰したら、営業部長に休職したことに対する反省文をだせ、と言われた。遺言書を書いて死のうとした。でも親に仕事を辞めてほしい、そのひとたちはおかしい、と言ってくれたり、友人からも死なないでほしい、と言われて退職した。

すぐに転職活動をして、3ヶ月後、今の会社に決まった。営業じゃなく、事務として。3ヶ月前は鬱だったのに、完治もしてないのにがむしゃらに未経験のところなので頑張ってきた。最初は、中途で入った私を警戒して冷たい人も多かったし、わからないことだらけで質問すると、やっぱり怒ってしまう人もいた。そんななかで助けてくれたのが、Aさんだった。

Aさんは私より5歳上の営業で、私が入った当初は2年目の方だった。最初は少し冷たかったけど、電話応対で困ってれば助けてくれたり、フォローもたくさんしてくれた。いつだって丁寧に教えてくれた。私がメンタルが落ち込んで控室で泣きじゃくってると、心配して慰めてくれた。私がしたミスを、Aさんは大丈夫だよって言ってお客さんに謝ってくれた。本当に優しい人だった。

2年経つとできることが増えて、Aさんの仕事の手伝いもできるようになった。周りの営業さんからも私を頼るようになって、前の会社よりもずっとずっといい環境で、転職してこの会社の人たちと働けて良かったと思ってた。

先日、Aさんは亡くなった。

趣味スポーツで体にできてた血栓心臓にきて、心肺停止だった。本当に突然だった。月曜日にAさんが来てないな、朝から外出かなと思ってたら、朝礼で言われた。自分人生では初めての身近な人の死だった。

祖父母のもしものときに買ってた喪服が、Aさんのお葬式で初めて着た。会社の人たちはみんな泣いて、私もずっと泣いてた。ご家族も突然のことで戸惑っていた。

もう、亡くなってる人に感謝言葉を伝えても届かない、それはわかってるけど、ただ、手紙を書いた。ひとりっ子の私にとっては、お姉ちゃんのような方で、人生のお手本にするならAさんです、と。手紙をご家族に渡して、お別れした。

焼香も初めてで会社の人に教えてもらった。帰り道はよく気にかけてくれる事務さんと一緒に帰った。次の日から、もうAさんの明るい声も、走って現場に向かう姿も、他の営業さんにお昼どこ行きますかって呼びかけてた言葉も、もう聞けない。

電話対応で、Aさんの取引先だったところから電話では、もうAさんの名前もあがらない。

わたしがAさんのデスクできっと声を上げて泣きわめいて、Aさん戻ってきて下さい、また会いたいですって言っても、大丈夫?ってあきれながら笑って駆けつけてはくれない。

もっともっとAさんとお話たかった。こんなに早いお別れが、つらいです。Aさんに会いたいです。

2年前までは死のうとしてたのに、Aさんのお葬式でたくさん悲しんでる人をみて、私は残される人のことなんて全然考えてなかったと思った。

同時に、いま、自分を傷つける人やないがしろにする人に、時間を割いてる暇はないんだと。自分に優しくしてくれたり、気遣ってくれてる人を大切に、いつ会えなくなるかお互いわからないし、会いたい人には会わないとだめだと思った。

Aさんとの思い出は他の人よりは自分はずっとずっと少ないけど、Aさんが私にしてくれたことは、ずっとずっと覚えてます。Aさんはどこかで呆れてたかもしれないけど。たくさん感謝してますありがとうございました。天国でたくさんたくさん、韓国アイドルの曲を聞いて、たまには会社の人たちのこと見に来てください。天国でもどこでも、また、Aさんに会えることを願って。

御冥福をお祈りします。

なんで両親から祖父母からたっぷり愛情注がれて育ってきたのにワイは他人が嫌がることをすることだけが生きがいのクズなんだろう

注がれた愛情にふさわしい人間に育ちたかったけど、今となっては神経質な絵描きに絵柄コピーしたAI絵を添えてクソリプ送るくらいしか楽しみがない。

2024-04-04

結婚式をやってよかった

20代結婚式をやって、もう今は中年の歳だが

自分結婚式Blu-rayを見返すことで

花嫁自分れいだなとか旦那かっこいいなとかもう亡くなった祖母の姿とか

式の前から憧れていた曲を流しながら入場退場する自分たちが見れて幸せに浸れる

なにより新婚のときの初心に帰ることができる

父親花嫁の手を花婿にバトンタッチするところでなぜか嫁である私が感動してしまった

祖父母花嫁姿を見せることができて、祖父母が私の姿にものすごく感動していたことを思い出す

結婚式の準備は大変だし、面倒だけれどたくさんの人達から祝福されて、自分達にスポットがあたりキラキラ輝ける日があるのはいもの

2024-04-02

原爆の投下が必要あったかなんてわからん

1945年8月戦争が終わらなかった場合

ロシア参戦で北海道ロシア領になっていた可能性と

本土決戦になって祖父母が死んで自分が生まれなくなる可能性を考慮すると

1945年8月で終わってくれてよかったとは思う

2024-03-30

オッペンハイマー

祖父母広島被災者で、それが原因で癌になって死んだので、ちゃんと見とかなきゃって初日に観にいった。

自分愛国者でもないつもりだったが、観ながらずーっと、敗戦国なんだと思い知らされた。

もちろんオッペンハイマー原爆をつくった罪悪感に悩むシーンもあるのだが、タイトル通りオッペンハイマー人生かいているもので、原爆を落としたことによる反省はほんの一部。

被災の様子の再現も少しあるが、すごく抑えられている。

映画の本題ともずれるし、邪魔になるんだろう。

でも実際オッペンハイマーにとっても、米国にとっても、ローランにとっても、アジア黄色人種の敵なんて、そんなものなんだろう。

日本ではきっと作れない、ものすごい技術で作られ、それを映画館で口をあけてみている自分は一体何なんだろうと思った。

戦争とか人生とかそんなもんなんだろうなぁ。

2024-03-27

anond:20240327141413

うちの祖父母がそんな感じだったな

いつも祖母がビクビクしてた

先に祖父が死んだら祖母はすぐにボケて施設に入ったけど、施設でも早く家に帰って家事しないと怒られると言ってる


きっと増田もそんな人生を辿るのだろう

2024-03-26

ハーフ」は差別用語なので「ダブル」にしようなら、「クオーター」はなんて呼べばいい?

祖父母4名の人種が異なった場合は、4倍なのでクアドラプル異論はなさそうだが、一般的に「クオーター」は祖父母のうち3人は同一人種を指す言葉だろう。

直感的には 1.25のような気がするが、ダブルシングルなので、3なのかもしれない。

ああ、計算式を導出してスッキリしたい!

小さい頃から友達

虐待されたことも無くて学費も全部親に出してもらって大したことない大学行って、中小企業いってあんまり仕事できなくて、親の紹介でいい家柄の人と付き合って結婚して結婚費用親持ち新居も買ってもらって

教育養育費毎年500万くらい支援されて羨ましい

私は虐待されて未だにフラッシュバックしんどいし高いお金払って治療続けてもあまり良くならないし根性焼きのあともまだ残ってる

自分のどころか兄弟学費も出して、それなりの大学それなりの企業行って最年少で昇格したけどせいぜい4桁万円が頭打ちだし下の兄弟学費はまだ払ってるし、両親と両祖父母に毎月30万仕送りしてるし、結婚したい相手がいても両親に会わせる訳には行かないし、結婚資金も家買うお金も貯まらない

anond:20240326101713

遠くから祖父母も晴れ姿見に来るんだから中止、日程変更じゃなくて

当該教授謝罪させろよ・・・


対応が下手過ぎる・・・

明星大学東京都日野市落合一泰学長)は25日、4月1日に予定していた入学式を中止すると公表した。今月8日、入学式を爆破するとのメール大学に届いたため。

 メール明星教員のX(ツイッター)上での発言に関し、教員による謝罪を求める内容だったという。

ついに実家新聞の購読をやめた

実家スペック

・(自己認識では)絵に書いたような中流階級。困窮はしていないが、決して上流階級ではない。

中小企業で働く父と、パートで働く母。

都内に家は買えないので、ベッドタウンにローンで一軒家を買う。

物心ついた頃から毎日ニュース7を見る、比較的(多分)ニュースには関心がある家庭。

・両親とも完全なネット音痴ではないが、スマホより本の世代の人。LINEGoogle Map食べログを中心に使っており、SNSはやっていない。

・少なくとも祖父母の代も朝日新聞を購読していた。

※俺は、もう社会人になってしばらく経つが、一人暮らしなので、新聞は取っていない。

本題の通りだが、この前実家帰省したら、新聞の購読をやめていた。

結構衝撃だった。まあ、改めて思えば家族時事ネタ議論するでもなし、仕事ニュース必要なわけでもなし、確かに新聞なんて読まなくても全く困らない生活はしている。

でも、スペックに書いたとおり、ニュース日常的に確認するのが当たり前だった実家で、新聞がないというのは、かなり新鮮だった。

理由を訊いてみると、なんとなく朝日新聞報道の質が、年々下がっているような気がしていて、遂に購読料金を払うに値しなくなってきたと思ったから、だそうだ。

輪をかけて衝撃だった。両親とも、スマホは使うものの、簡単な調べ物程度で、Twitter(X)もやってなければ、当然増田なんて読んでるわけもない。そんな両親が、購読をやめたのだ。

ちょっと、俺自身は、もうしばらく朝日の紙面を読んでないから詳しいことは言えないけど、ちらほら記事を見かけるに、ぶっちゃけ別に相変わらずじゃないか?って気もする。

もちろん依然イデオロギーは強いが、それは、もう朝日カラーであって(俺は好きではないが)、新聞とはそういうものだと思うし、「報道の質が下がった」というほどのことではない気がする。

正直、俺は別に新聞に対して、公正無私な報道を求めてるわけじゃあない。もちろん、限度はあるが、通信社のようになってもらっても困るし(役割が違う)、党派性が出て然りだと思うしね。

ただ、強いてこの感じを表現するならば、なんというか自己認識が歪んでるというか、過去高級紙としての栄光を捨てきれず、党派性結構強い紙面なのに、自分たちが公正で正統だというブランディングをしてる感じがする。

これ、結構やばいんじゃないだろうか。

質が下がっているかはともかくも、信頼度が下がっているというのは、肌でも感じる。

https://square.umin.ac.jp/massie-tmd/nonewsppr.html

まぁあと、もちろん、少なくとも報道の質が上がってきているという雰囲気はないし、朝日は定期的に、やってはいけないレベル誤報を繰り返している。

最近は、Xでコミュニティノートが付くことも少なくないしね。

https://www.financepensionrealestate.work/entry/2023/07/09/115839

ここでもわかるとおり、朝日は、事業規模ベースならともかく、営業利益ベースでは、本業不動産デベロッパーになりつつあり、もちろん発行部数減少については自覚しているだろう。

ただ、やばいのは、そもそも朝日新聞」というブランドが、傾いていることだと思う。経営陣は、それに気づいて、本気で対策を打ってるだろうか。


出羽守みたいであれだが、英米新聞は、もうそもそも、党派性がある前提でみんなが購読してる気がするし、だからオンラインでも成功してるところも多いんだと思う。

その党派性範囲内で、専門性を際立たせて、調査報道とかも組んでる感じするし。地方紙は軒並み死んでるけどね。

まあ、その結果社会の分断を助長してるって感じもするが。

そういえば、高校生とき社会科(政経)の先生が「五大紙全て購読し、可能な限り毎日、全てに目を通している」と言っており、自分も将来はそういう「知識人」になりたいと思ったことを、今書いていて思い出した。けど、社会人になった今、そもそも新聞を取ろうと思いさえしない。時間に余裕がないからとかではなく、そもそも新聞媒体にそこまで魅力を感じてないなと思う。

とりあえず、朝日は、新聞事業の存続を望むなら、マジでいろいろ一から見直したほうがいい。

2024-03-22

anond:20240322152945

なんかこれ読んでしみじみ思ったけど、結婚恋愛を持ち込まないほうがいい。

うちの亡くなった祖父母は半世紀以上ケンカ一つなくやってたが、それは男女と言うよりビジネスパートナーだったからだと思う。

つかずはなれずの適切な距離を維持するための人類の叡智が「礼儀作法である

祖父母の間にはたぶん恋愛はなかった。礼儀けがあった。

夫婦に限らず人付き合い全般に言える。知能も経済力も違う赤の他人と、下手に密着したり敵対せずに済ませるストラテジーこそはたっぷり慇懃振る舞うことである。また無礼人間の接近を許さないことである

虚礼を廃してカジュアルに行こうよというのは剥き出しのサルに戻ろうよというに等しい。

恋愛がらみのゴタゴタ話は剥き出しのサルの戦記だ。

ネット上のやり取りが不毛なのもただ無礼がまかり通るからだ。形式より重要ものはない。

anond:20240321190601

はてな世代の両親(団塊)なら高卒多数派

祖父母(戦中/焼け跡)なら義務教育怪しいのも珍しくない

こんなんで底辺階級出身って言われてもな

育児という名の趣味

少子化少子化言われてても世の中には子供好きの大人が多いし

自分の子供を育てているとそれなりの楽しさがあるので

出産から育児という趣味は廃れることはないと思う

しかし、昔は育児は老後に親たちが賢く生きるための手段だったのが

今は育児は「自分達が老後生き残る手段からお金時間がかかる趣味」に格下げされてしまった

育児をやらなくても、自分の子供を育てる楽しみが失われるだけで

子供がいないならいないで自分自身を大切にして、自分お金時間自分の楽しみのために使えばいい

老後は頭がしっかりしてるうちに老人ホームに入ってしまえば老後も安泰だ

昔はじじばばが幼い孫の面倒を見る

→じじばばの体が衰えたら子供がじじばばの面倒を見る

という祖父母両親がWin-Win関係だったが

今はじじばばだって、孫の世話じゃなくて自分趣味を楽しみたいよ。元気な孫の世話はからだがつらいよ。孫はたまにかわいがるくらいが丁度いい。という考え

両親も、自分の親の介護なんてやらない。ってか、自分の子供に介護やらせるじじばばなんか最低。子供迷惑かけるな老害。こっちは親のために使う金なんかない

という考えになってきている

まり育児しても老後に子供たちを頼るという元がとれない状態なのだ

育児はやっても、やらなくてもどちらでもいい趣味になってしまった

育児って親の時間お金を消費しても、親にリターンされるものがないのだ

なんだったら

孫が生まれるたび、進学する度お祝い金を出したりしてマイナスなのだ

育児本心から子供が育てたい人しか手を出してはいけないハードルの高い趣味になってしまったのだ

育児が楽しくないということは、育児が苦行だということは

育児ノイローゼで自分の子供を殺す母親ニュースを見ていればおわかりであろう

育児は嬉しいことよりも親がつらいことのほうが圧倒的に多いのだ

から、遠矢姫華容疑者なんて自分の娘三人殺してるのだ

政府は「子供っていいもんですよ。子供たくさん産んでください」というが育児は苦行なのだ

そして、老後に両親に帰ってる経済的メリットがなにもないのだ

じじばばが孫の面倒見る。じじばばが衰えたら子供がじじばばの面倒見るというサイクルを今もやっているご家庭がいらっしゃる。そういうところは家族仲がよくて楽しそう。

しかし、この昭和生活スタイルを維持していくのは今の若者には難しいだろう。親の介護なんかしたくない。孫の面倒見るより老後を自分達の好きなように楽しみたいだろう

育児という趣味覚悟のない半端もんは気軽に手を出してはいけないのだ。子供かわいいかわいい育児は苦行なのだ

anond:20240321181022

いいなー

うちは物心着いた頃から家業もないのに家を継げだったわ

老後の面倒を見てもらうために恩を着せるぞって具合で

自分たちも両親(祖父母)の面倒を見てきたのだから当然だろうってな風にね

彼らが語る未来予想図にはナチュラルに私が同居している

下の世代が惨いので代わりに私の代で家系を終わらせることにした

2024-03-21

年取ってきた両親の言う言葉が変わってきた

うちの家はどちらかと言えば経済的に恵まれていた

家は代々商売をやっていて、都会の一等地に大きなビルを持ち、恵まれ暮らしていたと思う

しかし、その財産に頼らせることなく生きていかせるためか、うちの両親の教育方針は、「何も残してやらないかわりに、何も背負わせない。1人で生きていけるようになれ」だった

自分はそれをとてもいい方針と信じていたし、親と自分関係ないものとして、ちゃんと親の財産に頼ることはせずに生きようと思っていた

まあもちろん教育投資などはそれなりにしてもらったけどね

おかげで今はひとりで生きていける社会人になり、実家からは遠く離れてしまったけど、結婚もできて子供も生まれ

祖父母が亡くなった時、色々な後処理も大変そうだったが、全部父が片付けた

色々残されたものが大変になるので、当時父は墓じまいをしようとしたが、父の弟などの反対により結局墓はそのまま残っている

負担は誰にもかけたくないから、こんなものいらないのにね、と言っていたし、その気遣い自分はとてもありがたいと思っていた

しかし親も自分も年を取ってきた

親は70を過ぎたので、余生を考えるとあと10年は生きるとしても、20年は自信はないだろう

自分も立派な中年

そんな年になって最近、親が土地建物を継いでほしいと言うようになってきた

えええ、今まで言ってきた教育方針全然違うじゃん、全く違うじゃんと思って戸惑っている

そして継がす=その次の代までつなぐ、だと思うので、これを受けると自分の息子も縛ることになりかねない

自分は「何も残してやらないかわりに、何も背負わせない。1人で生きていけるようになれ」と教育されたし、それをとてもいい教育方針と思っていたので、そんな自分が息子の人生に背負わせるものを作るのはめちゃくちゃ抵抗がある

それが例え大きな財産継承だとしても

そして墓じまいをしたいと言っていた父も、最近は親の墓に参り、俺にも先祖供養は大事なこと、だなんて言い出す

もちろんそれは分かるし、先祖を敬うのは大事

でも、あの親父が今更それを言い出すと戸惑う

親が自分が死んだ後のことをリアル想像し始めているんだと思うし、その変化も仕方ないと思う

でもなあ、あなたたちの立派な教育方針のおかげで、今のあなたたちに抵抗があるのも本心なんだわ

土地建物、継ぎたくない

商売なんてやったことないから、継いでも潰すと思う

息子、宇宙飛行士になりたいなんてキラキラ言っているのに、もちろんそれが実現するかは置いておくとしても、土地のために生きる人になって欲しくはないと思っている

老人の下の世代搾取

敬老パスの件で話題になってるけど、私は団塊ジュニア世代の親から直接「私たち世代年金そこそこもらえていいけどおまえら自分でなんとかしろよ」って二十代の頃に言われたわ。

親(私の祖父母)は大事にするつもりでかなり金も使ってたけど、下の世代に何かを残そうという発想が全くなかった。

からニュースを見て、そういう人がいることにショックはないし、多いんだろうなと想像がつく。

バブル経験して経済成長した日本で働いてて一番恩恵を得てるのに、どうしてなんだろう?儒教の影響?

下の世代はになると、残せるものといえば負の遺産しかないので絶対子供つくらないってなるよな。

2024-03-17

親は結婚しろとも孫の顔見せろとも言わないよって言ってくれてるから安心してたけど祖父母はそりゃ曾孫の顔とか見てみたいか ごめんやで

2024-03-14

anond:20240314163539

歴史を遡ると祖父母子育てしてもらうほうが自然なのでは。

しろ両親だけが積極的子育てする現代が異常というか

anond:20240314162337

これフツーに児童福祉的にクズいと思うんですよね

まぁ愛情掛けてくれるのはべつに両親じゃなくて祖父母でも問題ないと思うんですけど、

 

ペットを飼いました、ツアー転々とすることがわかっていたので実家の両親に預けて任せっきりです

とか書いたらたぶんその芸能人炎上🔥するぞ

 

法律的には何も問題ないし、飼育費用だっておそらく両親に渡してるだろうけど、それでも炎上する

ペットアクセサリーじゃないぞ、ってね

 

つか、『元農水事務次官長男殺害事件』とか『子どもを殺してくださいという親たちと』か

それなりに理由があって結果があるんだと思うよ

2024-03-13

ハーフ美少年チンコ性癖狂わされた話

※かなり気持ち悪い話ですので読まれる方は自己責任

小学生のころ美形の友達がいた。美形な上にノリもよかったので男女を問わず人気者だった。彼の母親フィリピン人で、母親譲りのくっきりした顔立ちが印象的だった。一番美しいのは目とそのまわりで、眉毛が濃くてまつ毛が長い上に目自体が大きく二重で黒目がちと非の打ち所がなかった。鼻は筋が通っているものの横に広いにんにく鼻で口はたらこ唇だったが、それも不格好すぎるということはなくむしろ愛嬌と色香をもたらしていた。俳優赤楚衛二をはじめて見たときはその同級生がこっそり芸能界入りしたのかと思ったぐらいである。

6年生の春に彼はフィリピン祖父母に会いに行った。そして向こうで割礼というのを受けさせられてから帰ってきた。割礼とは文化として行われる包茎手術のことである。帰ってきた彼は割礼体験のことを「いきなり今からチンコの皮切るって言われてパンツ脱がされたんだぜ」「チンコからたことないぐらい大量に血出てた」「かなり痛かったけど泣いたらオカマだと言われるから耐えた」とどこか自慢気に語り、クラス男子は筆者も含めみんなえげつない体験をした彼のことを尊敬眼差しで見ていた。元から人気者なのにその一件で彼の株はさらにあがった。ただ、筆者はそんな体験を平然と語れる彼のことが少々恐ろしかった。心がどこか麻痺しているのではないかと思ったのだ。

筆者はその同級生と同じスイミングスクールに通ったりしていてけっこう仲がよく、家によく遊びに行っていた。あるとき彼の家でふざけてチンコがどうこう言って騒いでいたら居合わせた彼の二つ上の姉が、「こいつがチンコ切られた時の写真見る?」と言ってデジカメを見せてきた。日本ではありえないが、フィリピンでは割礼は男なら誰でも子供のうちに病院などで受けるもので、大人に近づいた記念のような意味合いがあるので手術室に家族が同伴して写真を撮るのは珍しいことではないらしい。写真は何枚もあったが、不服そうに手術を待っている姿、股に麻酔注射を打たれて絶叫している瞬間、おさえつけられて号泣しながら局部を切られている様子などが鮮明に収められていた。割礼体験武勇伝のように語っていた彼は、本当は号泣していたということを知られるのが恥ずかしいらしく、なんでこんなの見せるんだよと姉にキレていた。だが姉の方が強い姉弟だったので姉はカメラしまわなかった。そして筆者はというと、むしろ彼にもちゃんと恐怖心があるのだと確認できて安心したのだった。それからそのような辛い体験を乗り越えた彼に優しい言葉をかけてあげたくなった。あまり共感性の強くない子供だった筆者にとってはあまり馴染みのない感情だった。

最後に見せられた写真は術後のもので、痛いのか彼は不機嫌そうな顔をしてハーフパンツを履いて股間のところを指で摘んでいた。傷口や亀頭が服に擦れると死にそうになるのでそんなふうにガードするのが向こうでは常識らしく、その姿のことを現地語で割礼ポーズなんて言ったりもするらしい。筆者は青いハーフパンツの布越しに彼の性器存在を感じ取って不覚にもドキリとしてしまった。それはボディーラインを強調するような服を着た女性を見たときと同じ胸の高鳴りだった。この下にデカい乳が潜んでいるんだと想像してワクワクするあの感覚である。当時はそんなボキャブラリーは持っていなかったが、彼の性器から幼い私はエロスを感じていたのだ。そしてエロスを感じさせてくれる人というのは男でも女でも皆尊い

写真を見終わって「お前すげえな」と声をかけたら、「この写真のこと絶対誰にも言うなよ」と強く口止めされた。本当はもっと「頑張ったな」とか「もう大丈夫からな」とか言いたかったけれど男子同士でかけ合うような言葉ではないのでやめた。代わりにそれからというものの、給食当番で彼によそう時だけ肉を多めにして心のなかで「手術頑張ったご褒美だよ」と呟いたりした。

やがて筆者はダメダメだと思いながらキッズケータイで撮った彼の写真を見てマスターベーションをするようになった。彼が異国で割礼の痛みに苦悶する様子を思い浮かべて「頑張れ、我慢しろ」と励ましながらである。そして射精するタイミングで「よく頑張ったな」と褒めてあげるのである。長じてはマスターベーションなら同性でも異性でもできるようになったが、同性をオカズにする時の筆者は相当なSである。肉体的な痛みに苦しめたあと労ってあげたいのだ。

はい英語能力を活かして某有名大学で学んでおり、しかも同じハーフ彼女がいる。彼女とも面識はあるが、やはり美形で人間性も素晴らしい人だ。敬愛する友人が痛みを乗り越えたそのどうしようもなくエロい性器彼女気持ちいいことしているのだったらいいなと思いつつ、今でも私はときどきその友人が割礼で苦しむ姿を思い浮かべながら己の性欲を解消している。彼が苦痛に顔を歪ませる姿は何よりも尊いけれど、それでもそんなこととは関係なく彼にはずっと幸せであってほしいと思う。

2024-03-10

anond:20240310130125

増田くんにおすすめ図書は "「子供を殺してください」という親たち " だよ

 

盛り加減知らない雑な創作する前に、そういう両親・そういう兄弟姉妹・そういう祖父母 って概念あるといいと思う

わかりやすいのは、すすきのホテル殺人事件 (家族全員で殺人に加担)とか、

子ども犬猫殺してるのにアーミーナイフかに買い与えて、子ども案の定連続通り魔事件(松戸)起こして、

しまいには 茨城一家殺傷事件子どもやらかしたケースとかじゃないですかね

2024-03-09

典型的男尊女卑長男教の家庭で育った母

私の母親典型的男尊女卑長男教の家庭で育った。

やれ女には学歴なんて必要無い大学だって金の無駄だ、長男様が家業を継ぐ為にお前ら(母・叔父)も仕事辞めてサポートしろ

とにかく長男に従え一切逆らうな、みたいな当時でも少し古めの考えの人間ばかりで、家にいた頃から成人してからも凄く苦労してきたという。


から私自身は特に進路も何も口出しされなかったしノビノビやれた。

しかし、その分兄が露骨冷遇されていた。


幼い頃から「何で母親は兄に対してやたらと口うるさいし、厳しいんだろう?」と幼いながら思っていた。

兄は私の目から見ても、真面目でどちらかと言えば大人しい方で、何も言わず勉強して成績も上位をキープしていた様なタイプだった。

一方私はどちらかと言えば適当タイプで、勉強スポーツも大して出来ないし、高校の頃は周囲に影響されてギャル化してよく夜遊びもしていた。

けれど、いつも本当に細かい所やどうでも良い様な事で、母に厳しく注意されたり怒られていたのは、常に兄の方だった。


私は色々遊んでても、遊びすぎで成績が落ちても「次から気をつけなさい」ぐらいで特に怒られはしなかったのに

兄はちょっと成績が落ちた(90点代~100点が、一教科だけ80点後半だった)みたいな事でも

「こんなに成績を落とすなんて!お前は努力が足りない!もっと勉強しろ!」

とか、私の部屋に聞こえるぐらいまで大声で怒られていた。

そんな母が怖いのか、父も空気になったり、母に同調してやんわり注意したりと、兄にとっては凄い居づらい家だったと思う。

私も兄と二人の時は普通に接するけど、母の雰囲気が怖くて、兄が理不尽な事も怒られたりしていても、何も出来なかった。

私にとっては母はおおらかで良い母親だったと思う。それだけに兄への態度が何でこんなに厳しいんだろう?って思っていた。


大学進学の時も、兄は奨学金大学行け、小遣いはバイトして稼げ!って感じで一切援助も何も無かったが

私は浪人しても良いとすら言われていたし、学費どころか一人暮らしお金も全部出してくれていた。

さすがにこれはどうかと思って、母にそれとなく聞いたら「(兄は)男だから良いの。男なら自分の力で大学ぐらい行かなきゃ」って言っていた。


結局兄は大学卒業就職してから一気に疎遠になった。電話にもいつも出なくなり、恐らく着信拒否されているか、番号を変えられたんだと思う。

連絡すら取れないから、両親が亡くなっても葬式にすら来ないだろう、という程度には縁が薄くなってしまった。

母は「どうしてこんな事になったんんだろう?ちゃんと分け隔てなく育てたのに…」って言っていて、さすがに正気を疑った。

でも母の中では差をつけている自覚が本当に無い様で、便りも何も無い事を本気で嘆いていた。


恐らく母は、男尊女卑家庭で育って苦労した鬱憤を、本来は伯父や母方の祖父母にぶつけるべき不満を

兄という「男」に対してぶつけていたんだろうなって思う。悪く言えばただの八つ当たりだった。

結局母は、自分男尊女卑家庭で育って散々苦労したのに、兄に対しては同じ様な苦労をかけさせてしまった。

虐待…とまではいかなくても、差別再生なのだろう。


インターネット言論では男児に厳しくしろ、厳しくして育てるべき、少しでも粗相したら厳罰を、厳しく育てて正しい男女観を育てよう、

男児男児の頃から去勢すべき、といったママ達や彼女らを支持する人達書き込みが目につく。

知人や(元)友人にも、似たような考えの人はいた。

彼女らの家庭環境はそこまで詳しくは知らないけど、もしかしたら普通の家庭に見えて、家庭内では凄い嫌な思いをしたのかも知れない。

それが原因で男嫌いフェミになったのかも知れないけれど、そんな彼女らが子供を厳しく(理不尽に)育てたら

そんな育て方をされて歪んでしまって異性憎悪を拗らせても不思議では無いと思う。母の様に。


そんな負の連鎖が続くのが、他人事ながらしんどくでしょうがない。

せめて私は、母からどこかで受け継いでいるかも知れない負の連鎖を断ち切りたい。

ヤニカスと言えば…

うちは父方の祖父C型肝炎から肝硬変、母方の祖父アルコールによる肝硬変から肝臓がん

母が肺がんでなくなってるんだけど、生き残った父は、やめろって何回も言ってるのに、カミソリは使い回すし、酒はやめないし、ヤニもやめない。

豪胆と言えば豪胆だけど、長年父の生態を観察してて分かるのは、あの人はただ単に何も考えてないってだけなんだよな。

本当に物事を関連付けて考える能力がない。

中卒で親(祖父母)が当時勤めてた工場丁稚をはじめて、50頃に管理職を任されたけど全然部下を管理できずに降ろされて、

そのまま定年退職まで現場勤めをしたような人。

中卒からの勤めかつ、古典的年功序列会社だったので、平社員ながら給料はよかったから、

年代の家庭としては贅沢はさせて貰ったように思うけど、家庭内問題には一切関与しないし、相談しても逃げる、

ATMのような人だったなぁと言う思い出。

 

いや、別に

 

まだ生きてるんだけどな。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん