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2018-11-12

バツイチ子持ちが婚活した結果

https://anond.hatelabo.jp/20181110151336

https://anond.hatelabo.jp/20181111063412

バツイチ子持ちの私もいち、サンプル語りをしよう

再婚婚活)の動機目的

バツイチ子持ち女の市場価値を知りたい/結婚につながる出会いを作りたい

離婚理由

相手から2人目の子供がほしいと言われ、断ると離婚提示された

一人目の子育てが大変すぎたので無理だよ程度の会話しかしていないが、

離れた心を無理に引きとめても仕方ないので、互いに健康を祈って円満離婚

スペック

36歳/女/身長体重は平均/顔は羽賀研二子供を除く親族なし/都内会社員技術)/中卒/年収700万/子供は5歳以下の男児

※一部フェイクあり

使用アプリ

ゼクシィ縁結び

相手希望すること

年齢は上は+10歳、下は-7歳

年収は年齢にもよるが400万~同等

禁煙離婚暦・学歴は問わない

というのを噓をつかずにプロフィール記載

何人かと何度かメッセージをやりとりしたが、1人だけ質問シンプル合理的

顔文字を使わないところにピンときて会うことにした

相手上記に条件に一致した38歳/バツイチ小梨/見た目は宮沢氷魚

事前に女友達、数人にプロフィールを見せてよいのではないかという反応をもらった

お店は先方が指定した落ち着いた茶屋

挨拶にはじまり、どうして婚活しているかを改めて確認

最近経験した楽しかたことなどを話す

共通話題映画

仕事の話になると同じ業界の人だったことが判明

というかグループ会社の人だった

普通に仕事の話をして戦友になった

最後に、こういう出会いをするなら女性の待ち合わせは交番前がいいよというアドバイスをもらった、なるほど

その後、何度かいろんな方とメッセージをやり取りするが

20代前半から会いたいと言われ意図を計れずに恐怖を感じたり

40代顔文字満載の感性が合わず会うに至らなかった

何より、こんなことしているうちにシングルマザー運用も安定し

一人でも生きていけるかと退会した

親族子供以外いないので、私が怪我したり死んだら子供心配なので

筋トレをして体を丈夫にしていきたい

最近ベンチプレスを50kgをもてるようになったので嬉しい

やっぱり人生には不安定パートナーより可愛がれば裏切らない筋肉必要だなと悟った

anond:20181112113401

いうて親族なら故人が喜んだであろうと推定できるエビデンス持ってるんちゃう

anond:20181112113401

葬式の時、「故人も喜んでいます」と親族が言った時に「それなんでわかるんですか」とか「故人が喜んでいるというエビデンスは」とかいうやつおらんやろ。

だいたい正論を吐いてはいけない時は相手お気持ちを愚かだと捨てきれない時。

そんなケースならわかるが、「ロジハラ」が使われてるのってそんなケースじゃないよね。

エビデンスもなく男全体を性犯罪者呼ばわりするとき反論された、とかそういうケースじゃん。

anond:20181112113142

葬式の時、「故人も喜んでいます」と親族が言った時に「それなんでわかるんですか」とか「故人が喜んでいるというエビデンスは」とかいうやつおらんやろ。

だいたい正論を吐いてはいけない時は相手お気持ちを愚かだと捨てきれない時。

2018-11-07

anond:20181107025920

この15年間くらいで父の兄弟が3人亡くなったんだけど、父は叔父たちの葬儀に出なくていいと言ったので出なかった。

けど、父が亡くなったとき、父方の親戚に助けてもらってなんとか葬儀を執り行えた。(お葬式、たいへん。。)

不義理をしてたのがすごく肩身狭かったから、これから親戚の葬儀があるときは、黙々と人手不足穴埋め要員として働きに行こうと思った。

 

追記ブコメを読んで。)

子供ゼロ親族以外は4人しか参列者のいない式で、1年ほど前に母が何社かの葬儀社に問い合わせて頼れるスタッフのいる葬儀社をすでに決めていた。それでも、いっぱいいっぱいだった。家族喪主の母と私だけだったので、30年振りくらいに会う従兄弟たちに受付の手伝いや香典の取りまとめをしてもらった。

子供の頃から知ってるマンションの同じフロアの人も手伝いを申し出てくれたり、心強かった。母が一人になってしまうのが心配だったけれど、父とは直接親交のない母の友人も家へお線香をあげにきてくれてありがたかった。

ブコメにあるような大きな葬儀も、別の大変さがあるんだろうな。。

私は結婚してないので、母が亡くなったとき、一人で喪主をできるのか、亡くなったあとの諸々の手続きをこなせるのか自信ないけど、頑張る。。

元増田の憂いから逸れてしまったし、追記長すぎだなー。すみません。。

2018-11-04

人生で唯一、途中でブチ切れてしまった結婚式の話

結婚式ってハレの日だし、普通は本当がどうであっても「いい式だったね」とかなんとか言って帰るもんだと思うんだけど、今から7、8年くらい前、どうにもこうにも辛抱ならずにキレてしまった結婚式があった。

祝い事なので今まで黙っていたのだけれど、もうだいぶ時間も経ったし、ふとしたことで思い出したので書く。

それはだいぶ年下の従兄妹の結婚式だった。

からいつでも家族一緒の写真が飾られているようなとても仲の良い一家だったので、きっととても良い式になるのだろうなと喜んで式場に向かったのを覚えている。

さなアパレル販売店で働く彼女仕事を通じて今の夫に出会ったらしく、結婚式が始まるとお約束のようにそのエピソードの紹介が始まった。

新郎側の会社大手アパレル商社らしく、主賓挨拶やらなんやらでは新郎新婦のことにはほとんど触れずに「我が社の素晴らしさ」みたいなことが延々と語られていたような気がする。

よく覚えていないが、経営は安泰盤石だしイギリスの某ブランドがあるからどーたらこたらみたいなことを左団扇で語っていたのは覚えている。

それはまあいい。結婚式なら普通のことだし、サラリーマン結婚式にはよくあることだろう。

雲行きが怪しくなってきたのはここからである

新郎側のほうが会社が大きいため、どうも挨拶や出し物が新郎側のほうが多い。

それもまたあるあるなんだろうけどそれがだんだん度を越してきて、しまいには新郎方:新婦方の話題比率は8:2を余裕で超えた。

どうも昭和商社なようで、昭和宴会芸やら職場話題ほとんどだったのだが、披露宴なんだからさ、もうちょっと新婦新婦方の話題があってもいいんじゃねーの?と思いながら観ていた。

話を聞くに、どうも新婦の務める側の会社新郎会社の子会社だか傘下の販売店だかの関係なようで、新婦方の挨拶とかは妙に新郎方の会社をヨイショしたコメントだったりしてしかも一瞬で終わってしまったので、それがますます奇妙な話題比率拍車を掛ける。親族としてはそんなの知らねーよって感じではあるが、当の家族が黙って見ているので我慢した。

遠い親戚の俺から見たって、もっと語るべきことや披露することは山ほどあるだろうになって思ったけど、とにかく我慢した。

さら司会者の捌きがかなりイマイチで、そんなこんなギクシャクした雰囲気淡々と進めた結果時間がだいぶ余ってしまったようだ。普通結婚式って時間に収めるのに苦労するものだと思うんだけど。

イマイチ司会者、何を思ったか「ここからは皆さんで一言喋りたい人にマイクを回します」とかやりだした。まじか。セミナーかよ。

すると、出来上がった新郎会社の連中が次々を手を上げ、次々と会社内輪ネタ披露しだした。イマイチ司会者は順番にはいはーいとマイクを渡す。どうやら話題の中身やターンを意識してマイクを振るという発想は無かったようだ。はいはーいじゃねーよ。

なんたら部長とどうしたこうした

ほげほげ営業がんばりましょうー!(絶叫)

○○君は若い頃はオイタを一緒にしていたのに落ち着いちゃってー

もうストアの子合コンとか行かないんですかあ?

うるせー。黙れバカ

新婦は小さな販売店の社員である。ストアで販売員をやっている。

ああ、そうですか。

この間、新婦方にマイクゼロ司会者、次の方いますかー、はいはーいとそいつらの席に張り付く。

新婦方、家族含め誰も動かず傍観

ここで俺は切れた。屋上にいこうぜ、きれちまったよ。

とりあえず新郎会社の席に行って、イマイチ司会者マイクよこせと言い、マイクを持って新婦家族の席に行った。

音が出るのを確認して「最後に、新婦の兄からひとことです」とわざとらしくひとことしゃべり、会場がシーンとしてから新婦の2つ上の兄にマイクを渡した。

照れ屋の兄はえーほんとにーとか言いながらも親指をグッとして、「しゃべるの下手なのでうまく話せるかわからないけれど」と言い、

それから赤ん坊の頃から兄妹ほんとうに仲が良かったこと、家族で過ごす時間がいつも楽しくて幸せだったこと、両親への感謝、妹への感謝ニコニコと笑いながら淀みなく一気に話した。

大手子供服ブランドで働く彼は、自分家族幸せにする洋服を売っていきたいとちょこっと挟んで、これからも私達が素晴らしい家族でいること、新しい家族を作っていきたいことを語って話を締めた。

音の出元が偏っていた会場でようやく偏りの無い拍手がたくさん響いて、結局この言葉が締めになって閉会になった。

この日、このお兄ちゃん世界で一番かっこよかった。

この日会場で一番輝いていた男は新郎ではなく、新婦の兄だった。

結婚式が終わって帰り道、親族一同で「いい式だったね」とは誰も言わなかったけど、「お兄ちゃんは最高だったね」と話しながら歩いた。

新郎新婦夫婦幸せであってほしいと願ったし、今でもうまくやってるみたいだけど、

ただ、あの会社はもうあんまし長くないんじゃないかな、と思った。

2018-11-03

他人の空似

私の両親は地方出身で、それぞれ進学や就職を機に都市部へ出てきた。年齢を重ねてから結婚し、子は私1人のみで両親とも若いから男女関係には縁が薄かったようだ。

私の母は私を里帰り出産で産んだ。母の実家は遠く、私が育った街から500キロ以上離れている。母方の親族鬼籍に入った者が多く、遠いこともあり疎遠になっていた。

大学2年のゴールデンウィーク旅行も兼ねて母と共に墓参りに行った。その折、母が私を産んだ病院の近くの旅館に泊まった。そのあたりはその街の中心地で、大きな神社病院旅館学校、昔からある店などが密集していた。

母が通っていた高校を見てみたいと私が言い、夜に旅館から2人で歩いて出かけたその帰りに写真館のショーウィンドウの前を通りかかった。そのとき、飾られていた数枚の写真に母と私は釘付けになった。幼少期の私にそっくり子供写真が飾られていた。幼少期の私は父に似ており、その写真の子供もまた私の父の面影がうっすらとあった。父はその地から更に800キロほど離れた地の出身で、母と結婚しなければ親族もろともその土地とは縁もゆかりもなかった。

血が繋がってるはずなんてないのに、どの写真もあまりにも自分そっくりすぎて私と母は言葉を交わすよりも前に絶句した。ただの偶然だとわかっていても、自分が出生した地に自分と瓜二つの人物写真があることがうっすら気味が悪かった。

その人物は誰で、今何歳で何をしていてどんな性格なのか無性に気になった。

なんのオチもないけど少し気味が悪かった話。

韓国の88歳の大学教授ハングルで書いた文章です。日本語訳します。

韓国の88歳の大学教授ハングルで書いた文章です。日本語訳します。

http://yeoksa.blog.fc2.com/page-0.html

"私は88才です。 もう事実を話したいと思います。" [チェ・キホ伽耶大学客員教授]

朝鮮末期の私は1923年の生まれです。もう韓国のためでも、日本のためでもなく「事実」を話したいと思います

それは相当な覚悟必要です。生命危険覚悟していますしかし、これは私の使命であると信じています

私はソウルに住んでいました。 そして、時々、平壌東京に行きました。

その当時の韓国人は「日本人以上の日本人」でした。劇場に行けば映画の前に、戦争ニュースがありました。

例えばニューギニア日本が勝った映像が流れ、拍手万歳暴風雨でした。

私は映画が好きで、東京にも行きましたが、日本人は冷静でした。

しかし、韓国人は全員が狂ったように喜んでいました。 それが普通の姿でした。

なので「親日派」という言葉使用できません。その「使用できない言葉」を使って、先祖まで批判しています

「親切でやさしい日本人」という印象を、必死に消すために「反日」を指導者はそそのかしてきました。

韓国日本歴史教育比較すると、日本10%の歪曲といえば、韓国は90%が歪曲です。

朝鮮末期の正常ではないで政治腐敗を教えず、日本が関与しなければ独立ができたことのように使われています

韓日合邦によって「教育」医療」 「工業」 「社会インフラ」が整備されました。

近代国家の基礎が出来たことは明らかな事実です。

その実績を「日本帝国主義の侵略政策産物だ!」と糾弾する韓国にはあきれます

より一層「日帝民族産業を停滞させた!」という主張にはコメントする気持ちもなくなります

民族産業を殺したのは、朝鮮王朝です。 近代化を主張する先進的な思想家は反逆者とし、親族までも処刑されました。

韓国人は「日帝虐待! 性奴隷!」と叫んでいますが、私は信じることができません。 歴史真実を知っているためです。

朝鮮末期は「地獄」でした。 それは大韓帝国時代になっても同じでした。

1904年日本朝鮮惨状を救うために、財政支援決断します。

例えば1907年度、朝鮮王朝の歳入は748万円だったが、歳出は3000万円以上でした。

その差額は日本負担していました。 1908年にはより一層増加し、3100万円を支出しています

現在88才の老人の絶叫です。 どう思われますか?

2018-11-02

男が育児休暇とった その1

コインランドリー待ちの間に育児休暇とったときの話をしてみる。

ウチは転勤で地方に来ており、両親どころか親族すら近場にいない。里帰り出産実家環境から厳しく、初産だったので妻がすごく不安を持ってました。色々話あった結果、自分育児休暇をとることに決めました。次はい会社に言うかで、安定期に入ってからとなりました。

安定期にはいり、上司に報告。育児休暇拒否する事は違法なのは知ってたので、相談ではなく報告。うちの会社コンプライアンスが厳しいこともあり、あっさり了承。上司が内心はどう思ってたか不明。社内にいつ言うかはこの時は決めませんでした。タイミングが期初だったのもよかった、一応管理職なので、部下どうするかとか来期の組織どうするかを検討する時間は十分あった。

予定日が近づくに連れ、上期も終わりに近づき下期の体制を発表するタイミングで部内にも報告。みんな好反応でした、いい会社だ。

コインランドリー終わったのでここまで。また続きをかきたい。

2018-10-26

anond:20181026154246

女性ホームレス問題支援者の話を聞いたことあるが、悲惨すぎてエグいよ

障害を何重にも抱えて親族から見捨てられてたり、男性ホームレスに襲われたりするから

2018-10-25

anond:20180919112110

馬鹿にする

・人の親族をだしにする

事がそもそも常識人のすることじゃないってツッコミは野暮ですか

hagex低脳先生にやられた理由何となく知ってるけど結局良く分からない

hagexさんの月命日?とかでブログを見た。

hagexさんにに関する情報低脳先生に関する情報も狭く浅いものしかない。

 低脳先生idコールして暴言を言いまくった

 hagexさん:見つけたら通報していた(ブログ通報のやり方をお知らせしていた?)

上記のような認識だった。

で、ブログ見たらウォチャーがどうのとか書いてあったんだけど良く分からないんだよね。

この情報だけだと、hagexさんが刺されたのは「運がなかった」という考えしかないし

うーん、良く分からない。

でも、私個人的に思うところがあって、「子供の罪が親族に関わるか」ということなんだよね。

シリアルキラーだって居ると思うし、どうしたって殺人とか罪を犯す人は出てくる。

そのとき必ず「親が悪い」「周りの関係者が悪い」って言い出す人が居るんだけど

どう足掻いたって「犯人が悪い」以外の何者でもないと思うんだよね。

血を分けた子供であったとしても、所詮は「自分」ではない「他人」なんだから

一緒に「罪を償え」ってのはおかしよ。洗脳していたとかだったら別だけどさ。

レイプにあった女が悪い」みたいな意見と同じで、胸糞悪い。

いじめられっ子が悪い」ってのも同じようなもんだと思う。

結局、誰が悪いかなんて同じ立場になってみないと分からないんだから

とはいえ、「俺だったらそんなことしない」「私だったらそんなことしない」という意見もアホらしいと思う。

何が言いたいかっていうと、「放っといてやれ」ってことかな。

犯罪という結果になったものは既に何か処置を受けているだろうから部外者出てくるのはおかしい。

2018-10-23

心を折られた人間はどう立ち直ればいいのか 追記

答がでないので増田で吐き出してる。

前にホームレスにまで墜ちた人が自助努力で立ち直った人の話が話題になってた。

あの人は本当にすごいと思う。なぜならここまでどん底に堕ちても自力で立ち直れる精神を保っている人は稀だからだ。

元々のメンタルが強い方なのかもしれない、または文面になかっただけで精神的に頼れる親族恋人がいて、見守ってくれていたのかもしれない。

残念ながら大抵の人はこうはならない。心を徹底的にたたき折られて自力で立ち直ることが不可能になる。

僕の知っている限りここまで墜ちてダメになった人がたどるパターンは2つ。自分を責め続けて鬱状態になって自殺願望の塊になる。もしくは責任他者社会なすりつけてに被害妄想の塊になる。精神が荒廃した状態になる。

ここまで墜ちて心を折られた人は、もう自力で立ち直るのが不可能になる。親しい家族親族がいたら彼らに支えてもらって回復を試みることも可能であるが、そこまで墜ちる過程でそういった大切な人間関係自身暴言暴力でぶち壊した人も少なくなく、家族親族も誰も近づこうとしない。

こういった人が生活保護案件になると、「国の金で支えてもらっているのに感謝するどころか周りに悪態つきまくって刹那的に金を使い果たす生活しかできない」というネットでもフルボッコ案件ができあがる。心がある程度正常でないと将来に備えてお金管理して使うということができないのである。そしてそれを注意してくれる家族もいないのである

僕の身内にも後者のケースが一人いる。何度も話し合いをしても被害妄想の塊で、彼自身言動や行動で家族との絆を粉々にして、年老いた両親とあいつの息子はあいつを残して他県に引っ越した。そして彼は現在住む場所もなく軽自動車の中で寝泊まりしてる。

からも何度か仕事を紹介したが、初めて数日で「俺をだました両親やお前に落とし前つけるまで仕事なんてする気にならない」とバックレてもう紹介するのも無理になった。

なんとか彼が通えそうな病院施設への入居を勧めたら激怒されて、それっきり連絡も途絶えた。

何を話しても過去自身の失敗を認めることができず、結局他者や両親に責任なすりつける。

正直彼がどうやって立ち直ったらいいのか見当もつかない。生活保護でも受けたらいいんだろうが、そうしたら彼が大事にしてるあの軽自動車も手放すことになるので申請してないらしい。

あんなボロ車、売っても二束三文しかならないのに。

僕も彼の件があっていろいろな制度を調べたが、どれも当人自発的に動かないと使えないものばかり。

世の中の制度というのは「自分のことは自分解決できる大人」むけに設計されていて、彼のようないいおっさんなのに自分では何もできないクズが使える制度は見当たらない。

精神病院などの強制入院人権侵害に引っかかるのでハードル高い。そりゃ俺や周りの人間素人判断で「精神案件だわ」って思っても、医者の診断なしで入院させることなんて無理筋だろう。だがこういった人間自分精神科に診察すら行ってくれない。心が壊れているのに自分が正常で回りがオカシイと思い込んでいる人間に何ができるのか。

高校時代あんなに活発で面白かったあいつが、あそこまで墜ちて、それをみて僕や両親すら何もできないのが現状である。このままだと万引きなどの軽犯罪を犯して刑務所に入れられるのがベストシナリオなんじゃないかとすら思えてくる。

彼のように心が折れてしまった人はどうやって生きていけばいいのだろうか。答が出ない。

追記:これの末路です

https://anond.hatelabo.jp/20161019074216

2018-10-20

anond:20181020041558

ぼかしてるけど多分親族の方の書き込みなんじゃないの?

2018-10-18

anond:20181018034648

60年後、

親族に周囲を囲まれながら

原因不明の衰弱で

じわじわタヒに至る呪いをかけた

カーブを着用せず破廉恥にも髪を親族以外の男たちにさらけ出して恥じない日本の女たちに公然わいせつ概念理解できるとは思えんがね。

2018-10-17

消費税増税の件

消費税増税について。

いろんな意見があると思います。でも、増税反対とはとても言えない自分がいます

実は今の日本国財政について、すごく良い見本が身近にあることに気づいたの

です。それは、うちの親族会社です。仮にA社とします。

これはフィクションです。

A社は今でも業務を行っている不動産管理会社、いわゆる大家業ですが、まとも

資産価値の向上を行っていないため、先代が築いた財産相続した役員である

親族役員報酬で食いつぶしている構図となっています

日本国で言えば、GDPの伸びがほぼ0の現状です。

A社の帳簿上の資産は相当ありますしかし、負債がほぼ同じずつあります

負債100%親族が持つ貸付金です。

彼らは返還請求しません。

日本資産はそれなりに十分であるし、国債で言えば、償還を迎えても無事に

低利息で借り換えができている状態ともいえます

A社は役員報酬をガンガン出すので年々どんどん負債が増えています

しかし、大家であるため常に家賃収入があり、債務超過になってもしばらくは

何とかやっていけることになっています

日本国で言えば、健康保険年金支出は増えているが、国債の買い手は円建てで

国内におり、キャッシュフローは潤沢なのでなんとかやっていける状態と似て

ます

ある日、先代の社長が病に倒れ、A社の皆は困ってしまいました。

なぜなら、社長には莫大な会社への貸付金があったからです。

そこで、相続税よりも贈与税が少なくなるよう、税理士指導のもと兄弟

贈与を進めました。

兄弟への贈与は生前完了し、ここまでは何とかなりました。

先代の社長が亡くなり、兄弟会社を継ぎました。

しかし、社長の死の直後、兄弟の一人が亡くなってしまったのです。

そこで相続が発生し、先代の社長からみて孫に貸付金が相続されました。

そこで、孫は莫大な相続税に悩まされることになりました。

貸付金は、そのまま額面で相続財産となるからです。

今まで親族への返済をしたこともないA社は、のらりくらりと返済に応じません。

彼は親族の断絶覚悟で、相続した貸付金の返還訴訟を起こしました。

A社は、国債で言えば、事態が変わり何らかの原因で早期償還を求められる、

金利上昇で借り換えができなくなった状態と言えます

ちなみに、弁護士相談したときに、A社が親族間でファイナンスできていた

今までの状態を「まるで日本国のよう」という表現をすると、すぐに理解して

いただけました。

このような状態日本国がならないと断言できる者だけが消費税増税に反対

して頂きたいし、上で述べた「兄弟の一人が亡くなる」ことで発生しうる類似

事態を、日本国政治家必死で防いでいただきたいと強く願っております

あれ、いつ私が孫だって言いました?

繰り返します。これはフィクションです。フィクションだってば!

おれは脳みそが玉と竿に支配されている

おれはごく標準的社会人アラホーだ。自分で言うのもなんだがむしろ模範的社会人だと周囲から思われている自信がある。

いつも元気に仕事に邁進し、紳士的な振る舞いを徹底、自分から下ネタなんか絶対言わないし女性関係でのトラブルなど気配も感じさせない、とても真面目で紳士的な二児の父 という周囲から評価のもと日々を過ごしている。

 

しかしながら実際のところは脳みそを玉と竿に完全に支配されている。

ここ数年はアラホーにも関わらず毎晩のオナニーは1日も休んだことがないし(嫁とは完全なレス)、おこずかいがあれば風俗も行くしもっと行きたい。エロ動画を毎晩チェックしエロについて研究する。たいていのエロ動画は大好きだが唯一嫌いなのものは「女性が嫌がってる」系の動画。あれは本当に嫌い、というか嫌がってるんだから止めろ!と本気で腹がたつから見ない。嫌がってる人を見て喜ぶ感覚がまったく理解できなくて、嫌がってる人を見て喜ぶのはエロとは関係ないとおれは思ってるからその手のAVはこの世から無くなって欲しい。

街を歩いていてもすれ違う女性おっぱいは必ずチェックし、会社にいる女性おっぱい毎日監視している。

会社でおれの半径3メートルATフィールド内に入ってきたおっぱいについては常時そのおっぱい位置する空間座標を把握しおれのフィールド内をどのようなルートで移動したかログとして記録されることになっている。

そしてできることならすべての女性と性行為がしたいと常に思っている。不潔でなければ見た目はまったく関係ない。デブでもブスでもガリでもチビでもそれはまったく関係なく性行為がしたい。逆に言うと美人であっても関係がなく別に美人からといって嬉しくもなんともないので、美人からヤりたいとはまったく思わない。とにかく純粋平等に分け隔てなく女性と性行為がしたいのである。ただ不潔な人だけは嫌だ。不潔でなければどんな女性であろうと性行為がしたいと、常に、本当に常に思っている。あ、親族だけは無理だ。親族以外で。

そして、おれはそれらの感情を常に全力で抑え込んでいる。それがおれのデフォルト状態だ。もう常にガマンしている状態。「それは当たり前だ」というのはその通りだ。その通りであり、同時に我慢というテンションが常にかかっているのもまた事実で、当たり前のことだからといってこの負荷は無くなりもしないし軽減したりもしない。

例えばそれは、ダイエットをしている最中の気分に限りなく近いと思う。常に我慢している状態。欲に負けるか勝つかのとても危うい状態に常に置かれている。ダイエットに失敗する人なんかごまんといるんだから、その負荷がどれだけのものかは想像できると思う。ダイエット中に欲に負けシュークリームを頬張った瞬間にあたるのが、世に言うセクハラの瞬間と同じなんだと思う、というとまた怒られるかもしれないがほんとにそんな感じだとおれは思っている。

「おまえは脳みそタマキンについてんのか!」と言われたらしかしそれはおっしゃる通りで、まじでほんとにそんな感じだから、それは犬に向かって「この犬野郎!」と言うのと同じであまり罵れてない。

「だから許して」とか「男だって頑張ってる」とか言うつもりは乳頭ない。女性に対して粗相をする男はしこたま断罪されるべきだと思う。

でも、おれの脳みそは玉金に支配されているのは揺るぎない事実であり、今でも一刻も早くも性行為したい感情を抱きながら表向きは紳士を演じている。mn3

聚楽第歴史改変

オタク戯言です。

刀剣乱舞イベントおめでとうございますー!楽しみです!

聚楽第なら秀次生存ルートかなと嬉しくて舞い上がっていたらフォロワーさんに破却されていない聚楽第という情報だけで秀次天下と捉えるのが分からないと言われたので、徒然なるままに三分を書かせてもらいました。

分かりやすさは放棄しておりますのでお許しください。また、あくま妄想ですので批判等はお控えください。


1.聚楽第とは

聚楽第とは豊臣秀吉天正15年(1587年)9月京都にて完成させた建物であり、文禄4年(1595年)7月秀吉自らの手で破却させている建物である。その期間四年余。その為、建物自体現在に残ってはいないが、聚楽第図(広島市中央図書館所蔵蔵浅野文庫諸国古城図』)を始めとする絵図や京洛の社寺などには移築したと伝わる建物などが存在する。

元より聚楽第という名は楽しみをあつむるやしきと言う意味であり、宣教師ルイス・フロイス聚楽快楽歓喜の集まり意味すると記している。見た目も絢爛豪華で…と語っており派手好きな家康の片鱗を垣間見ることができるだろう。見目を伺うために伝わっている平面絵図がいくつか存在する。例を下記に連ねる。

浅野文庫

尊経閣文庫

三井文庫

国立国会図書館文庫

桜井成広所蔵本

聚楽教育会所蔵

三井家所蔵「聚楽第図屏風」

堺市博物館所蔵「聚楽行幸図屏風」

三井文庫所蔵「豊公築所聚楽城之図」

①〜⑤は周囲の大名屋敷名称バラツキはあれども構造が似通っているものである。⑥は後世の天保14年になり名倉希言が作成明治17年に書写されたものになる。⑦〜⑧は景観を描いた屏風になる。それぞれの内容や絢爛さなどは自らの目でお確かめください。そんな聚楽第の意義とは一体何だったのだろうか。桜井成広氏の『豊臣秀吉居城』及び中井均氏の『聚楽第』にて述べられている①京都に於ける政庁役割であったと考える。しかし、秀吉政治に関して大阪城聚楽邸を行き来していたことがある。中井均氏はこれを聚楽第公家としての居城であり、大阪城武家としての居城であると書いている。

聚楽第が破却になったのは文禄四年の秀次滅亡後の秀吉による破壊である

秀次の死は切腹であったが、それは秀吉によるものである秀次秀吉に謀反を企てているとあらぬ疑いをかけられ、関白の座を追われて高野山追放高野山人質切腹を迫られたためせざる得なかったのである。これは秀頼誕生後に相続問題から疎遠になり秀吉との仲が冷却されたとともに目立つようになった不謹慎な性行なども関係していると考えられるだろう。更に秀吉親族切腹まで命じており、元より秀頼を溺愛していた秀吉秀次の謀反に対しての怒りを感じる。そして、秀吉は譲った聚楽第を破却。縄張り意識を中心に考えると、歴史から秀次を完全に消し去ろうとしたといえる。

2.天正15年(1587年)9月〜文禄4年(1595年)7月迄に起こった歴史重要

今回のイベント於いて歴史修正されたのは豊臣秀次生存であり、ひいては豊臣政権の存続だと考える。

まずこの4年間に起こった大きな歴史的要項を挙げよう。大きな出来事のみの抜粋は天下が歴史修正に置いて影響すべきところを考えたためである

朝鮮出兵

豊臣秀次切腹事件

それでは順に述べていこう。

朝鮮出兵

朝鮮出兵聚楽第存在時にあった秀吉が行った大きな出来事である大陸領土拡大を目指し、進行したものであるが敢え無く敗北している。歴史改変をする事が出来る場所とも考えられますが、否定として「歴史改変された聚楽第」と本家PVで言われていることをあげる。この“された”と言う言葉には「何かしらの作用や影響を受けているさま(weblio)」であり、この場合、影響をうけているのは聚楽第であり、朝鮮出兵は直接関係がないのでこの案は没になる。

(飛ばしてくれても構いません。閑話休題に余談ですが、憶測に過ぎないものであり、またステ本丸出来事のためあくま私的妄想範囲を出ない考察ですが、舞台刀剣乱舞において歴史修正主義者が関わる場面は必ず天下が関わってる気がします。それは、歴史修正主義者は人の強い思いと呼応して呼ばれている(と個人的に考えている)ので、朝鮮出兵関係ないと思います歴史修正主義者も刀も人の思いに応え現れてくれる。代わりに見る人によって善悪が変わる世界です。聚楽第において正史側の審神者と刀は歴史修正主義者になってしまう…。つらい。話を戻しましょう。)

秀次切腹事件がなかった世界。用に謀反の疑いがかけられなかった世界理由としては前項で述べた聚楽第歴史改変を受けていると言うところが大きい。まず聚楽第存在したのは4年間であり、大きな出来事といえば

1587年 京都聚楽第完成

1592年 秀次聚楽第を与える

1595年 秀次切腹と共に破却

しかない。その為、聚楽第が直接影響を受ける可能性があるのは1595年と考えたい。また、聚楽第が影響の象徴となるならば存在がある事が歴史改変であるとも言える。

この事から聚楽第存在するには秀次生存必要であり、切腹事件が起こらない過去改変が行われていると考えられる。

2018-10-16

親や親族に対して一切情が湧かないんだけど

自分だけ?

不自由なく育ててもらったけど、ちょっと変わった親だったからそのせいで色々と嫌な目にもあったので、正直恩義は感じてない。

親の介護とか絶対にゴメンだから一人暮らししてからほとんど連絡とってない。

なんか祖父祖母が倒れたりしてバタバタしてるみたいだけど「あ~~めんどくせ~~関わりたくね~後腐れなく早めに○んでくれ~」としか思えない。

親だろうと葬式も面倒くさいから勘弁してほしい。でもさすがに葬式逃げられないのかな、あーかったるい。

とにかく長生きしてもらっても全然構わないから、私の知らないところで生きてそしてさくっと死んで欲しい。

私がおかしいのかな?

いつかバチがあたって生まれてきたことを後悔するほどの苦しんで死ぬのかな、私。

身内に秘密があった話

ドラマとか映画とかでしかいたことない話って意外と本当にあるんだなあって思った。

自分には親族、というより家族に近い関係の従兄弟家族が居て、その子供に兄弟がいた。

兄弟とは小さなから本当に仲良く、いついかなる時も一緒にいて、睡眠時以外はほぼ一緒に暮らしていたと言っても過言ではない程の距離感だった。

そんな幼少期にたくさん遊んだのにも関わらず、一切疑念を持たずに過ごせたことは、単に自分がアホだったのか、両親の隠し方が本当に上手だったとしか言えない。

成人も過ぎて幾年か経った頃に、突然何かのタイミング自分の親から伝えられた。

実は従兄弟の兄は連れ子で、父さんは別の人、なんだそうだ。

兄弟のお父さんはずっと強面で、帰ってくるとなんとなく怖い雰囲気がある人だなとか、いつも怒っているな、とかずっと思っていたのだが、自分が大きくなってからやっと、あのお父さんも子供想いの良い父親なんだなぁと思うようになっていて、

血の繋がりがないんだと聞くと、尚の事本当に"良い人"なのだった。

よく考えれば、昔から自分達の古い写真などを撮っているはずなのに一度も見たことが無かったなと、思い返してみれば不思議はある。

兄弟の兄は成人前に知っていて、ずっとそれを弟に隠して今も生活しているらしい。

自分の親からはこの話は墓場まで持っていくつもりだったそうなのだが、いっそ知れてそれはそれで良かったとは思っている。

自分自身の親も割と稀有な育ち方生き方をしていると思っていたが、その身内にもそんな話があるなんて考えた事がなかった。

紛れもなく従兄弟家族は血の繋がった家族に見えていたし、今でもそうだとはっきり言える。

兄弟の兄は実父にはもう会っていて、色々と自分で折り合いをつけているらしい、功利的な彼らしい結論である

話を聞いたときには、今更知ってもどうとも思わない、と返したのだが、

実のところ結構吐き出し口が無く、なんだかモヤった思いだけが留まってしまったので、やっとどこかに吐き出せてスッキリしている。

もっと詳細があるのだけど簡潔にする為省いた。

自身の出した結論から言うと、家族別に血が繋がってようが無かろうが家族になれる、という話だけだった。

すっきり。

2018-10-15

死ぬしかないなと思う

 近しい親戚が、末期の肝硬変だ。

 治療拒否していて、余命は約二年。

 ただ、親戚は治療拒否していて、周りの説得で、最低限の投薬治療は続けているが、飲酒喫煙も辞める気は無い。

 つまり、最長二年だけど、もしかしたら今年中に、もしかしたら今月中に、亡くなるかもしれない。

 知ったのはつい最近で、とても元気で溌剌とした人で、まだ四十代になったばかりで。

 おかしいだろ、と思った。

 死ぬべきなのは、親戚の○○じゃなくて、私だろうと。

 いつも思う。

 周りで誰かが死にかけるといつも思う。

 もうこれはメンヘラ十年選手の染み付いた思考の歪みだ。

 母も体が弱い。大量の薬を毎日飲んでいる。

 「長生きは出来ないから」が口癖だ。

 今すぐ死ぬ病気はないけれど、家系的にもあまり長生き出来ないとずっと予感していて、事ある毎に伝えてくる。

 父は六十後半で、働き詰めの人だから、あと十年、二十年、と考えるだけで涙が出てくる。

 一親等の中で、恐らく私は「誰かの誕生を祝う」ことよりも、「誰かの旅立ちを見送る」方が多くて。

 なんせメンヘラなもんで、家族は何もかもを一番最後に私に伝えてくる。

 途中経過を伝えたり、問題が起きてすぐ報告すると、私が考え過ぎて体調を崩すから

 気遣いが有難いと思いながら、それよりも何よりも、一人だけ仲間はずれにされている思いの方が強かった。

 なんでメンヘラになったって、別に特別事情はない。

 ネットで大好きな人がいて、恩人だと思っていた人がいて、その人とは、掲示板で話すことも、感想メールを送ることも無く、気付けば死んでいた。

 親族の方からの報告を見て、絶望した。

 もっと早くこの人の事を知っていれば。

 もっと早くこの人に声をかけていれば。

 ネットだけの話だ。

 私は一方的にその人を知っていて、一方的にその人の書く文章の大ファンで、一方的に命を繋がれていた。

 初めて、その人に感想を伝えようと掲示板を開いた時だった。

 薬物多量摂取からの、事故死だった。

 まるで小説みたいだな、と思った。

 泣いて泣いて泣いて泣いて、その頃おかしくなった。

 眠れなくなって、鎮痛剤をたくさん飲むようになって、腕を切るようになって、ご飯を食べなくなって、それまでは曲がりなりにも「普通健康体」だったのが、壊れて行った。

 家から出なくなった。人と関わらなくなった。

 別に後悔はしていないし、あの時あの人の事を知らなければなんて思いもしない。

 自分性質を幼少期から遡ってみると、あの時喪失がなくても、いずれ何かしらの形でぶっ壊れてたのは間違いないのだ。

 それが少し早まっただけだった。

 未成年期の自分は本当に頭がおかしくて、厨二病メンヘラを同時に併発して、ネットだけでそれが発露するならまだしも、現実の体でも行うようになると問題だぞというのがよくわかった。

 高校生位の頃になると、周りの友人はみんなメンヘラだった。

 むしろメンヘラしか残らなかったと言っていい。

 みんな死にたくて、なんとか繋がり続けることでお互いの命を延命していた。

 そんな中で喪った友人もいた。

 彼女解離性同一性障害で、電話をしていても急に人格が変わり、話が終わってしまうこともあったし、メールをしている最中にいきなりよくわからない文章が送られてきて、なんだろうと思っていると、後日別人格が送っていたことが発覚したりした。

 そんな彼女が亡くなったのは、ほぼ医療ミスだった。

 肉体はひとつでも、彼女の中には命がたくさんあって、私は一人を喪ったのでは無く、彼女の持ちうる人格すべての数と同じだけの友人を喪ったのだ。

 遠方に住んでいたのでご葬儀には行けなかったが、法事に参加させて頂いた時、無力感が凄かった。

 それから特に親しい友人も作らず、飲み屋はっちゃける位の仲良しがいる程度。

 友達はいない。知り合いはたくさんいる。そんな状態だ。

 メンヘラなのでいつでも死にたいのだが、「死にたい」じゃなくて「死なねば」と思う時がある。

 「もう死ぬしかねえな」

 「これは死ぬしかねぇわ」

 「さて、いつにするかな」

 旅行行く予定を考える程度の軽さで私は死を考える。

 精神疾患人間は、死との距離がとても近くなる、という漫画Twitterで読んだことがあるけれど、本当にその通りだ。

 家族よりも恋人よりも、いつもいつでもそばにいる存在

 さて、父親仕事解雇されたらしい。

 一大事である

 私の給料は、家族を養えるほど多くはなく、私の体力は、Wワークをする程存在しない。

 メンヘラ人生の積み重ねは、私から基礎体力を奪って、いつでも赤ゲージだ。

 昼間の仕事調子よくなってきて、毎日残業だけど、少しずつ頑張ろうと思っていた矢先だ。

 久しぶりに、思った。

「さて、いつ死のうか」

 前に思った時は、首吊りを本当に序盤に失敗して、通っていた精神病院ヘルプを出して入院させて貰うことで延命措置を取った。

 何もかもから逃げるには、精神科閉鎖病棟はとてもいいのだ。

 ちなみに自傷が酷く、全てのストレス自傷で誤魔化す事で頭がマシだった人間なので、他の人が喫煙量に制限をかけられていた中、「煙草を吸えば自傷我慢出来るなら、幾らでも吸いなさい」と無制限だったので、一日三本の煙草を大切に吸う人の横で、ほとんどの時間喫煙所とベッドで過ごした。楽しかった。

 いつ死のうか。と思うことは、つまり、何か今大きなショックがあれば、私は死ぬという事だ。

 あれは怖い。

 頭が全く働かなくて、働いているのに、体のコントロールが効かなくて、黙々と紐を括りつけている自分を泣きながら見つめているのだ。

 あれは怖かった。

 今の仕事は昼間のバイトなので、どんなに仕事を頑張っても直ぐ様給料が上がるわけじゃない。

 Wワークをするには体調が悪すぎるし体力が無さすぎる。

 基本赤ゲージだから、少し無理をすると起き上がれなくなってすべてが崩壊する。

 貯蓄も特にない。私個人の話ではなくて家計的な意味で。

 比較絶望だ。

 色んな支援脳裏を過ぎるけれど、なんてったってマイナス思考人間の考えることなのですべてが「どうせ」に終結する。

 とりあえず落ち着く為に腕でも切るか、と思ったので、色々な在庫仕入れに行く前に落ち着こうと、だらだらとこれを書きながらエンドレス煙草を吸っている。

 虐待を受けていたわけでも無ければ、性暴力被害にあったことも、パワハラを受けた訳でもないし、家族には比較的恵まれている。

 ただ私が、この社会で生きる事に適応出来ないのだ。

 多分生まれ時代を間違えた。

 メンヘラはみんな思ってるだろうけど、情報過多で刺激に溢れた世の中は、メンヘラには毒なのだ。生きてるだけで戦場だ。

 色々、考えなきゃいけないことも、やらなきゃいけないことも沢山あるのはわかっているけれど、脳味噌が諦めてしまっていると、なんだかなぁという感じである

 とりあえず眠って起きて、冷静になったら誰かに相談しよう。

 

 指示やアドバイスではなく、共感が欲しい。

 共感して、一緒に悩んでくれて、もしくは、抱き締めてくれる何かが欲しい。

 落ち込んだ時は手触りのいい大きなものを抱き締めていると落ち着くよと、誰かに言いながら抱きしめる。

 

 昨日買ったアルパカぬいぐるみはよその家のにおいがする。

 私は明日、生きているだろうか。

 鬼滅の刃アニメ見たいから、あと一年くらいは生きてる予定なんだけども。

 人生わからんね。

2018-10-14

先輩、なんで死んじゃったんですか

先輩が死んだらしい。





らしい、というのは人伝てで聞いた話だから。けれどその人が誤った情報を出すとは思えなかった。

学校の内部の人から情報だったから誤った情報を流すとは考えにくいので、確実なのだろう。



まず先輩について話をしよう。高校が同じの1つ上の先輩だ。性別は男で、とても家庭に恵まれているんだという印象があった。

先輩と私は高校が同じだけの、ほとんど交友のない知人程度の関係だった。他の人と印象が違う点がいくつかあるくらい。

その一つとして、高校入学式在校生代表を務めていたことがある。とてもかっこよかった。何より、黒髪眼鏡で誠実そうな雰囲気で、率直に言ってしまえば顔がドタイプだった。結局、先輩はそれからちゃらちゃらした人とつるむようになって、髪を染めたことで失恋のような結果で終わった。

また、私と大学の進学先が被ったのだ。さすがに学科は被らなかったのだが、我が母校で進学したのは私と先輩の2人のみらしいので親近感に似た感情を抱いたし、少なからず話せるかなと期待していた。校内で同じボランティアに参加していたので、シフトが被ったら話してみよう、なんて考えていた矢先の出来事だった。



信じられなかった。たぶん19か、20だったんだと思う。誕生日も知らなかったからわからないけど。

学内アルバイトの当日に病気で、と聞いた。そのアルバイトには私も参加していた。寝坊した日だ。

入学したての時食堂で見かけたことがある。なんでその時に話しかけることができなかったのだろう。そういえば一度半径30m以内まで近付いたことがある。なんでその時に話しかけることができなかったのだろう――と悔やみ続ける。

しかし、結局私と先輩は知人程度の関係だったのだ。そう、私は知人の死にずっと胸を痛めている。

身近な人の死を体験したことがなかったからなのかもしれない。耐性がなかったからなのか、好きだった人の死だったからなのか、それはわからないけれどそのおかげですごく苦しい思いをしている。

そして私は、知人の死をきっかけに私は彼より頑張ろうだとか、ちゃんと生きようだとか、最低なことに「これを誰かに話したらどんな顔をするのだろう」なんて考えてしまたことすらあったことも悔い続ける。現在進行形で、そうだ。

そのたびに「死にたい」と、呟く。そして「彼が生きたかった人生無駄にするのか」と考え、また死にたくなる。本当に、糞みたいな人生だ。

なぜ先輩のことをこんなに考えているのかわからない。だって、もう関心なんてなかったから。もしかしたらなかった、は嘘かも知れないけど知人以上の感情を抱くことはなかったのだ。

それなのに、先輩に話したかたことが溢れるのはなぜだろう。先輩に、なんでいるのって笑われたりしたかった、なんて思うのはなぜだろう。

もっと、話したいことがあったのになんで死んじゃったんだろう。

今日高校友達と会った。久しぶりに昔話に花が咲いて、すごく楽しかったのだけど、先輩のことを話に出された。

Twitterでも見ないけど元気?」

全然元気じゃないけど言える雰囲気じゃない。死にたい。上手くはぐらかせたかな、ごまかせたかな。

あと、それでSNSを探したりエゴサしたりしてるのも屑の極みだ。本当に、先輩が生きればよかったのに。

そしてそういう嘘をついたことにすら、悲しみを覚える。死にたい

結局、4年間も無責任感情を先輩に押し付けている。半分あこがれだった、つくりものの恋も先輩の髪色のせいにした。そして勇気を出せず話しかけられなかったことを先輩が死んだせいにして、勝手に悲しんでいるのだ。

自惚れにもほどがある。私がしているのは、感情押し付けで彼にとっては迷惑以外の何物でもない。もちろん、彼の親族にもだ。

それがわかっているのになお、こんな感情は胸の内からまれてきて、その度に死にたくなるのだ。こんな汚い人間ならばいっそ私の方が先に死ねばよかったのに、なんて思う。それも失礼なのに。そして、その汚れを見ることすら失礼なのに。

こんな形で文字にするのも間違っているけど、こんな形でしかこの気持ちを解消できないのだ。こんな痛みを解消しようとするのも間違っているのかもしれない。そしてきっと私は明日もこう言うのだろう。


「先輩、なんで死んじゃったんですか。」と。

2018-10-12

anond:20181012013302

その人のかかりつけのお医者さんか親族でない限り、リアルでもネットでもできることはないと思います

2018-10-10

骨髄移植の話(10/11追記あり)

増田でも時々骨髄バンク移植について話題になっているのを見かける。

私もそれに関わる立場になったので初めてエントリーしてみることにした。

この度私は骨髄を提供してもらう側になった。つまり骨髄移植必要病気になったということである。私は20代前半だ。

正式にはまだバンク登録をしていない、HLAハプロタイプを調べただけの段階だ。病状の経過が悪く、先に抗がん剤治療必要判断されたため、まだ骨髄移植の日程を決められる状態にないのだ。

しかし、すでに雲行き怪しく、日本人には非常に珍しい型だという結果が出ている。なんでも、0.0001%以下だとか。HLAの検査結果にも、「非常にまれ」と書かれてしまった。

現在バンクドナー登録していただいている方との適合率も調べたが、フルマッチはいない。ミスマッチも数人という結果だった。

私が小説漫画編集なら、設定過多でボツにするところだ。

日本骨髄バンクが公開している現在登録ドナー登録者数は74万人強、ドナー登録数は48万人強、適合報告ドナー数は30万人弱である

患者ドナーの適合率は約3割だそうだ。そこからさらにふるいにかけられて、最終的に骨髄提供および移植日が決まる。

患者は適合するドナーが見つかるまで、病気を抱えたまままずは体力を温存しつつ生きなければならない。

ドナーはいつ見つかるかわからない。なぜならドナー登録善意の行動で、適合するかどうかは運次第なのだ

2〜3ヶ月で見つかる人もいれば、半年かかる人や最期まで見つからない人もいるだろう。

HLAハプロタイプ は生まれながらに決まっている両親から受け継いだ白血球遺伝子である。変更はできない。

要は生死をかけたガチャなのだ

自分のHLA型が珍しかろうと頻出型であろうと、その時ドナーがいなければ移植はできない。

出る時は出るし出ない時は出ない、なんて過酷ガチャなのだろう。

残念ながら「出るまで回せば100%」なソシャゲ脳的思考通用しない。

それはドナーさんの善意に頼った骨髄バンク制度であり、何よりドナーさん自身にも少なからリスクのある治療からだ。

他人強要することはできない。

現状のドナー制度は、病気になるまで考えもしなかったが、限界に来ているのでは?と感じることがままある。

私のドナーさんは果たして本当に見つかるのだろうか。

善意だけで人の命は救えるのだろうか。

骨髄ドナーは、命のボランティア、いや命がけのボランティアである

それでも、バンク登録患者が一人でも多く生き残るためには、一人でも多くのドナー登録必要だ。

きょうだいなど、ハプロタイプの近しい親族がいる場合を除き、命がけのボランティアをお願いする以外に方法がないのである

ドナー登録自体は各献血ルーム等で比較簡単に、すぐに登録可能である

ただし登録後、適合患者が見つかりドナー候補となった場合、非常に面倒と言える書類審査家族医師同席での最終的な同意提供完了までの厳密な体調や薬の管理必要となる。

骨髄バンクドナー登録条件はドナー登録に関して十分理解した18歳以上54歳以下、男性45kg以上女性40kg以上の健康体の方である。詳細は是非日本骨髄バンクHPを参照していただきたい。

このような条件である以上、ほとんどの方は学校会社勤めであろう。

もし候補者となった場合、そちらにも報告し、数日間入院しての骨髄提供への理解・許諾を得なければならない。

また、自治体民間団体によってはドナー提供者へ助成金を出しているところもある。

それでも、患者の命のためとはいえ、そこまで善意でできる人間はそう多くはいないだろう。

だけれども、私は患者である

一人でも多く合致するドナーさんに巡り会いたい。

わがままな願いかもしれない。

返せるものは厳密に個人情報等を隠した手紙一通と、ドナーさんに直接知らせることは叶わないその後の病状の回復社会復帰だけなのだから

最初にも書いたが、私のフルマッチ現在0人である

ミスマッチとは1型欠けの許容範囲内の合致数で、それも数名である

私の命が助かるのかどうか、今は誰にもわからない。

数名の彼らがたまたま運良く都合がつき、体調も良好で、私自身も移植するだけの体力があるタイミングを引き当てなければいけない。

運命のいたずらというにはあまりにも残酷すぎる。

それでも、見つかるまでは生きなければならない。

何があっても生きなければ、移植後の人生存在し得ないのだから

言いたいことがまとまらないエントリー申し訳ないが、願うことはただ一つ、一人でも多くの方にドナー登録に協力してほしいということである

登録簡単であっても、適合候補になった場合手続きが面倒ということは重々承知している。

それでも一人でも多くの方にご協力願いたい。

その一心でこのエントリーを書いた。

時間がかかってもいい。いつか私のドナーさんが見つかるように。それだけを願って。

このエントリーが一人でも多くの方に届きますように。

そして一人でも多くの方がドナー登録にご協力くださいますように。

それだけを願ってやまない。

追記 18/10/11

反応くださった方々、ありがとうございました。

記事を書いた時点では存じ上げなかったのですが、10月は臓器移植骨髄バンク推進月間なんだそうです。

元増田にも書いた通り、命がけの善意ボランティアを"お願い"する以外、患者にできることはありません。

HLA型の適合率は、非血縁者の場合数百〜数万人に一人と言われています

一人でも多くの方がドナー協力してくだされば、骨髄移植必要患者はその後の人生を得られる可能性が上がります

私はまずは骨髄移植が受けられる状態になるまで、血液内のがん細胞を叩かなくてはなりません。

骨髄移植でも死ぬ可能性は大いにありますが、骨髄移植の前処置としての抗がん剤放射線治療にも死のリスクがあり、何より移植後が一番大変と聞いています

移植までも生きなければなりませんが、移植後も多くの問題を抱えながら生き延びなければなりません。

医療技術進歩した現在でも、骨髄移植はかなり高度な治療技術なのです。

以下、コメントや反応にお返ししたいと思います

フルマッチミスマッチ、なかなかこういう使い方をする場面はないでしょうが、骨髄移植世界ではよく使われる表現です。

HLAの適合度が高いほど、安全移植することができます

本当に全てが運次第なのです。

記事へのコメントで、売血問題にも触れられていましたが、現行の制度が色んな意味で滞りなく進むやり方であることは承知の上で、それでも負担考慮すると何も返せないのが心苦しい思いです。国や自治体もっと何か補助があればいいのですけどね。

移植後、様々な問題を乗り越えて社会復帰して、幸せ人生を少しでも長くまっとうすることがせめてもの返礼と考えるしかありません。

また、記事への反応で親兄弟肉親でも命がけのボランティアだと指摘を受けましたが、おっしゃる通りです。

しかし、その命がけのボランティア赤の他人に協力してもらうのと、肉親に協力してもらうのとでは、肉体的・心理的社会的負担が大きく異なることは確かだと思います言葉足らずですみません

それから現在ドナー登録をしてくださっているみなさん、過去登録していただいていたみなさん、骨髄ドナー経験のあるみなさん、登録を考えてくださっているみなさん、本当にありがとうございます

一人一人にお礼を言って回りたい気持ちでいっぱいです。

あなたたちの勇気ある善意ボランティアのおかげで、生きられる方がたくさんいらっしゃいます

自身負担も大きい骨髄ドナーですが、血縁ドナーがいない患者にとって非血縁ドナー(骨髄バンク登録ドナー)さんは、「生きる」ための選択肢を与えてくださる存在です。

「生きる」ために不可欠と言っても過言ではありません。

この増田が一人でも多くの方の目に触れ、骨髄移植骨髄バンクドナーに関する理解がより深まるきっかけになれば、これほど幸いなことはありません。

私もがんばって生き延びます

そして、なるべく適合率の高いドナーさんに巡り合い、これから人生を生きていきたいです。

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