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はてなキーワード: 画材とは

2018-07-30

芸術は制約の中にこそ美がある」という表現の自由主義者にとって不都合な真実

エログロや胸糞、ペドフィリア レイプ ホモフォビア レイシズム

こういう表現の自由の全てを詰め込んだところで

その作品美的に優れてるかっつったら全くそうではない

 

しろ芸術として今日まで語り継がれているのは

キリスト教の抑圧がバリバリあった昔の作品ばかりだ

画材も今よりずっと少ない

PCもない、表現の自由もない それでも我々は西洋絵画を見て感動を覚える

 

表現を制約されることでむしろ美が強調される」

これを感じるには

今すぐペンと色鉛筆を用意すればいい

いくつもの画材をごちゃ混ぜにして描いた絵より

つの画材統一した作品の方が遥に美しい

2018-06-19

比喩』は『相手の分かっているであろうもの』を使う

https://togetter.com/li/1238478http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1238478 の『比喩』の所に限定して。

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この元ツイートにもあるように、比喩をする時は『相手の分かっているであろうもの』が前提なんよ。

例えばパソコン比喩で『CPU頭脳』『メモリ=机』『ストレージ=引き出しとか本棚』ってあるじゃん

これだって、そのどれもが万人にある程度の認知された物で、伝える相手不特定多数になるから、この比喩が使われているんだと思う。

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んで、これが伝える相手特定少数になった場合、『相手の分かっているであろうもの』を使うことが出来るようになる。

相手が『工場仕事をしている人』だったら、『CPU作業者』『メモリ現場』『ストレージ=資材を置いている倉庫』。ついでに『OS現場監督』『アプリ倉庫内の機材』とか。

相手が『イラストを描くことを得意にしている人』だったら、『CPU=実際に絵を描く人』『メモリキャンバス』『ストレージ資料画材の置き場』という感じになる。

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この比喩を使う場合は両方のことを知ってる必要があるけれど、相手側の分野の内容は少しくらいなら間違えても良いと思ってる。

それは、相手自分に教える行為ができるから。上位側の立場で人に教えることって、正直に気持ち良いことなんよ。営業的な話の時だったら、それで相手の覚えが良くなったりする。

もちろん、その相手から教わったことで自分知識拡張できるし。

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実は言うと、こんな感じに比喩が上手く活用できたことは自分でもそうは多くはないけれど、元記事に『比喩』ってだけで毛嫌いしてる人が多そうなのが気になったので、何となく書いた。

2018-06-10

女性に嫌われるのが嫌で絵描きをやめた

萌え系の絵描きやってたが同人誌即売会で本出してたこともあったが全部辞めた!某イラスト投稿サイトに上げてた絵もとっくに全部消した、というかアカウントごと消した。

理由タイトルの通り。ここを参照して全てを悟った。 https://togetter.com/li/1172366 http://news.nicovideo.jp/watch/nw2931134 

ああ…本当リンク先見る度に今まで自分一生懸命打ち込んできた趣味全否定されたような気分で実に気が重い。じゃあ何だ、つまり俺は世間女性に目の敵にされるために高い金出してペンタブ絵画ソフトや絵の参考書買ったり自分の本出したりして、絵の上達を目指して何枚も何枚も描いて丹念に練習をしてきてたというのか。自分趣味極めるために金も時間も労力も費やせば費やすほど世間一般女性から蔑視嫌悪される対象になってたとかホント馬鹿らしいことこの上ないわ。散々色々と注ぎ込んだ結果がこれとかああ実に馬鹿らしい阿保らしい阿保くさい!萌え絵描き能力持つと一般女性に嫌われるペナルティ背負う羽目になるとかとか悪魔の実かよ。

てか萌え趣味絵描きの人にそう言うこと言ってる人達って結局何を求めてるの?「今まで貴方たち女性不愉快にさせるような趣味をもって本当にすみませんでした。これからはこういう趣味は捨てて真っ当な趣味を持って生きていくことにします」とでも言ってほしいの?同人誌即売会イラスト投稿サイトスタッフらも画材店や印刷所や出版社人達専門学校や口座の講師達も一般女性から軽蔑される人を量産するために朝早く起きていろんな人と接しながら汗水流して働いてるってのか?

そもそも世間趣味に対する評価に圧倒的格差があるのがホント腑に落ちない。所謂体育会系運動系趣味連中は基本極めてる奴ほど世間から持て囃されるってのにサブカル系特に萌え絵描き趣味の連中にはその評価とか。ああそうですか。そうですか。

何も萌え絵描いてるやつこそモテるようにしろとか運動系趣味極めてるやつも蔑視されるようにしろかいう気はないがせめてこれほどまでの格差はどうにかならないものか。まあどうにかなりそうにないから辞めることにしたわけだが。

まあとにかくそういうわけだから世間一般女性様の望み通り辞めた。完全に決心つけるためにペンタブリサイクルショップに売り払った。まだ他に代わる趣味は現状見つかってないがこんなことなら幼いころからもっと運動系趣味に浸っておくんだったわ。

2018-06-04

法華狼

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20180524/1527250175

問題を暴くことで問題連想させることこそが問題だ」などとのたまい

究極の剥離や無敵論法を振りかざす、与党未満の御仁様ちーっす

はたして自分過去に垂れた立派な高説の内容をおぼえているのだろうか~

ジャパン蔑称を格好良いと感じて使用する誰かを批判もせずに引用しただけの俺は悪くねえ!

俺を咎めることで蔑称連想させるおまえこそが蔑称を啼き喚いているのはずだ!」

隣国嫌いでなければ反発しないのはずだ!」「格好良いと感じて使う者がいるから!」

「格好良いと感じたのは自分じゃないから!」「ですら、って付けてたか問題無い!」

「ぼかした表現問題有り!」「無責任言論の自由!」「世界には互いを蔑称で呼び合う人々がいるから!」

「加害の押し付け許可必要とみなしたんだから被害の訴えにも許可必要とみなさなければならないのはずだ!」

自殺陰謀論」「唾棄貧困家庭

「たびかさなデマの流布や情報剽窃批判されているバイラルサイト

などを批判もせずに引用したハム速保守産経をしっかり問題視しながら

ジャパン蔑称啼き喚き」を批判もせずに引用した

自身は悪くないと残念な主張をのたまいなさる

被害の訴えと加害の押し付け

同等の問題があるかのように主張するデタラメぶり

精神拷問に等しいデマを流して自白させたことを

問題視もせずに、被害の訴えの価値毀損に利用してなさる

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170629/1498776261#c1502461061

事実として、Wikipediaなどでは蔑称表記を項目名に用いているわけです。

蔑称ではない使用例」という小項目も立てられています

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120823/1345735992

「まず一般論として、匿名編集者が雑多に情報を集積させるため、

Wikipedia歴史認識項目は情報源として信頼をおくべきではない。」

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170726/1501196478#c1502460274

>それとも貴方は「蔑称ですら、格好良いと感じて使う者がいる」と書いた時、

書いた人物が格好良いと感じていると解釈するのですか?

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110804/1312475042

「このキックは、上原自殺陰謀論を書き込んだ者とそれを採用したハムスター速報管理人の分だ」

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160819/1471615963

アニメーター志望だった母子家庭高校生に対して、

画材を購入する余裕があるから貧困ではないという保守速報は、今の日本の象徴なのだろう」

>仮に、LGBTがPZNより権利が認められているとして、

 前者と後者を結合するよううながすことは、

 「PZNの権利向上」や「LGBTをおとしめること」をねらったものといえるだろう。

とおっしゃっておいて

ジャパン蔑称啼き喚き」を批判もせずに引用

「格好良いと感じて使用する者がいる」「隣国嫌いでなければ反発しないだろう」

などと結合するよううながした所業蔑称蔓延をねらったものである

いえないのなら相対化からの逃走ですなあ

2018-06-03

法華狼は

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20180409

>念のため、これは現在与党自民党に限った光景ではない

てなわけで御仁様が見せてくれた光景をふりかえる

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170629/1498776261#c1502461061

事実として、Wikipediaなどでは蔑称表記を項目名に用いているわけです。

蔑称ではない使用例」という小項目も立てられています

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120823/1345735992

「まず一般論として、匿名編集者が雑多に情報を集積させるため、

Wikipedia歴史認識項目は情報源として信頼をおくべきではない。」

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170726/1501196478#c1502460274

>それとも貴方は「蔑称ですら、格好良いと感じて使う者がいる」と書いた時、

書いた人物が格好良いと感じていると解釈するのですか?

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110804/1312475042

「このキックは、上原自殺陰謀論を書き込んだ者とそれを採用したハムスター速報管理人の分だ」

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160819/1471615963

アニメーター志望だった母子家庭高校生に対して、

画材を購入する余裕があるから貧困ではないという保守速報は、今の日本の象徴なのだろう」

2018-05-18

anond:20180518225032

増田は「ダーウィン・フィンチ」を知らないのかな?

かつて世界一周の船旅に出た画家であるダーウィンが、その船旅の途中に海難事故に遭遇し、ピンチに陥った。その時ダーウィンが命からがら辿り着いた島がガラパコス島

そこでダーウィン本国からの助けを待ってる間に食料として主に食べられたのがこのダーウィン・フィンチだとされている。

山程のダーウィン・フィンチを焼いて食し、その骨だけの姿を見てダーウィンはある事に気付いた。

おそらく沢山の種類の鳥を食した筈であるのに、鳥によってある特定の部分だけは違う種類のフィンチであっても同じだったのである

ダーウィンはそこで画材道具である筆を見てこう思った。「男の筆に相当する部分も、人間によりかなりサイズが異なる。これら異なる種だと思われてきたフィンチも、実は男の筆と同様に個体差によるものなのだろう」と。

そして、その個体差というものダーウィンフィンチそれぞれの集団における生活様式と密接に関わっている事が分かった。

寒い所にいるフィンチは耳が小さくなり、毛も白く、体格が大きくなる傾向にあった。

逆に、赤道近くにいるフィンチは体が小さくなる傾向にあった。

これらは遺伝子的にほぼ同じフィンチであっても個体としてはそう表出するというところに驚きがあった。

もちろん北極のフィンチと赤道直下のフィンチは互いに交雑をする事も出来る。

同じ生物ですらそのような個体差を持つことが出来るのである。そして、その個体差環境によって変化をさせることが出来る。

この事に気付いたときダーウィンは「エウレカ!」と叫んでドラム缶風呂から飛び出したという。

まり、だ。増田の親指がスマートフォン操作には短いというのならば、安心してほしい。

環境が人を育てる。増田が大きいスマートフォンを持ち生活に用い続ける事により、いずれ増田の親指もスマートフォン適応して伸びていくことだろう。

遺伝子はそう設計されているのだ。角度とかが。

2018-04-21

anond:20180420152525

ファイン世界で絵が売れるか否か、個展が開けるか否かにフォトショがどーたら(というかPC含めた画材道具全般の云々は)一切関係ねぇよ

油絵日本画ボンボンクズねー

それ藝大で言ってみな??

あ、私立の話ですかい

2018-04-07

カナダトロントで1年間暮らし

暇だった

留学から勉強したり友人作ったりは充実したけどマジで都市なん?ってくらい遊びや食の服屋のスポットが少ない。

八王子まれ東京大学から留学した自分にはトロント千葉

急に絵描きたくなって画材買いに行ったんだけどハンズロフトみたいな所がねーの。ちっさい画材屋で日本の倍の値段で絵の具買った。

飯は上手くてティムホートン安いし最高だったけどさっさとこんな田舎からオサラバして東京大学パリピするぜ

2018-03-13

数年前画材として買ってすぐ放置した百均マニキュア処分しようとして、賃貸フローリングにこぼしてしまい頭が真っ白に

必死に調べて除光液はフローリングが駄目になるから定規や爪で削ってアルコールシートで拭いてなんとかよく見ないとわからない状態まで直した

マニキュアはもう人生で買うことはないだろう

2018-02-24

鉛筆にある白色の存在意義とは?

美術に縁のない人、そう私のような者たち。

一度ぐらいは思ったことあるだろ?

鉛筆に白とかいらないだろ! って。

自分もそう思っていた。

大抵は白い紙に描いていくことを考えれば、白を表現したいなら、面倒くさがりは塗らないで済ませることもある。そう私のような。

几帳面な気分の時は塗ることもあるが。

画用紙やスケッチブックが色付きなら、なんとか雲を描くなどの用途はあるか。

そんな程度の考えだ。

大人ぬりえを始めてから、初めて白鉛筆用途がわかった。

鉛筆は重ね塗り前提の、道具だ。

要するに、絵の具と同じだ。

色を混ぜることを想定した道具だから、白鉛筆がある。

ピンクの花を描きたいとき、すでに持っている桃色をそのまま使ってもいいが、ここで一工夫できる。

鉛筆花弁を塗りつぶしてから、上から赤色をそっと重ねる。

これで少し違ったピンクが一つできる。

こうやって塗るために白はあったらしかった。

これは白に限ったことではなく、あらゆる色も同じ。

紫も赤を塗ってから青を重ねる。

持っている紫の鉛筆とはまた違った風味になる。

薄い色から土台を塗ると、混ざりやすい。

芯に重ねた色が残ってしまうので、しょっちゅう削ることになる。

鉛筆削り必須だ。

尖らせて立てたときと、横滑りさせたときの、色の濃さの違いも面白い

ただの白い花もよくよくみれば白一色じゃないことがわかる。

意外に奥が深い。

それはともかく、とても色の幅が広がって面白いので、年甲斐もなく夢中になる。

このまま絵を本格的に描くのも面白そうだ。

自分はまだ色鉛筆しか縁がないが、他の画材も白があるなら、きっと化ける要素があるんじゃないかな?

美術に詳しい人なら当たり前の話、だったかもしれない。

素人だと、実際にやるまで知らないままだったな。そう私のような。

2018-02-12

底辺中年絵師愚痴

なんだか同人活動での苦悩の吐露が多いようなので便乗して。

はいえ誰も共感してくれない話になるだろう。ごめんなさい。

 

俺は昔からPCで絵を描く事を趣味にしていた。

昔は絵を描く趣味イラスト漫画普通だったが、俺はドット絵や16色CGを描いていた。昔のパソコンファミコン以下の絵しか描けなかった。使える色も少ないし制限も多い。しかしその制限の中で絵を描くのが面白かった。制限がその機種の個性にもなっていた。使える色は多いけど解像度の低い機種、解像度は高いけど16色をやりくりする都合でセピア風っぽくなりがちな機種、CG性能は良いけどFDDでは役不足な機種、簡易アニメが作りやすい機種などなど。FDDが普及してCGが保存しやすくなり、高級品だったマウスも安売りで買った。

 

イラスト漫画ではなくドット絵CGを好んだのは、何度でもやり直しが出来る事と、画材の出費が無いからだ。当時のCGソフトのアンドゥ機能は1回しか後戻りできないものが多かったが、そもそも解像度の低いCGなので時間さえかければ幾らでも描き直せた。実は紙のイラスト練習してカラーインクなどを買ったりもしたが、失敗すれば紙1枚が無駄になる事が大きなプレッシャーに感じた。ホワイトなどで修正するほど仕上がりは汚くなっていく。CGならばやり直せるしゴミも出ない。

 

就職先もゲーム会社を選んだが技量もなく不採用で、しかCGをやめるという発想はなく、同人CG集を買うようになり、俺も同人ドット絵CGを描くようになっていった。

…ここまでインターネットのイの字も無かった頃の話。

 

90年代の中ごろには「草の根BBS」というものも増えて、電話代を気にしながら上手い絵師CGダウンロードした。

恥ずかしながら俺も幾つのサークルさんにお声をかけて頂き、ドット絵CGや素材を作った。

 

90年代同人事情というと、絵柄には個性があって当然という時代だった。絵を見れば作者がわかる。芸風とも言えるほどだ。デッサンの歪みなどはさほど神経質ではなかった大らかな時代で、初心者がしばしば眉毛を描き忘れたアニメ絵を描いているのも微笑ましかった。当時の同人でのアニメ絵趣味性と個性を主張するアイコンだったように思う。

当時の同人での絵師はまだCGより紙に描くほうが普通で、マウスをカチカチ鳴らして絵を描く人は案外と少なかったようにも思う。上手い人はとんでもなく上手くて真似できないレベルだったのと、俺より下手な絵師も多かったので、俺は落ち込む事もなくCGを続ける事が出来た。

 

90年代半ば、Windows話題となりインターネット流行し始めた。この頃ようやく現在CGイラストの元となる環境が世の中に広まったわけだ。解像度制限が(殆ど)無いフルカラー(最低でも256色)のCGイラストが描ける環境が整った黎明期だった。FDDには圧縮しても10枚程度しか保存できなかった事もHDDが当たり前になった事で解消された。

当時ようやくスキャナ一般的になり始めた頃でもあったが、まだまだ高級品で、アナログ画材の出費も惜しんでいた俺には手が出なかった。ハンディスキャナを買ったが歪んで使い物にならなかった。

 

この頃からCGイラストを描く事の楽しさが薄れ、苦労が付きまとうようになった。

そもそもWindowsが動くPCが高級品だった。専用ソフトも高いし、フリーソフト殆どなかった。CGソフトイラスト専用のものは少なく機能も貧弱だった。

俺の個人的事情では同人での活動が次々とトラブルに見舞われる事が続いた。参加したゲーム制作の中止が複数重なったり、同人ゴロ被害にあったりした。

 

しかし一番の苦労のひとつは、理解され難い事だったのかもしれない。

PCで絵を描いてもPCが無ければ見れない。親からは1日中パソコンに向かっているうようにしか見えない。世間ではしばしばアニメオタク趣味悪者として魔女狩りが繰り返され、時代アニメ絵ではなくポリゴン絵に移り変わっていった。…自分以外の何かを言い訳にしたい気持ちも大きいが、理解されない事をする苦痛結構大きい事も事実だ。

そしてもうひとつの苦労は、他ならぬ俺自身の才能の無さだ。

16色とかの制限の多い時代には才能の乏しさはあまり目立たなかった。描ける絵には限界があり、その最適解を探し出す事がドット絵だった。カラーパレットをどのように振り分けるか、どの色をタイリングで済ませて色数を増やすか、1ドット未満の線をジャギー消しの手法で描き、ブラウン管の光度差で滲ませる、才能ではなく技術でどうにかできた。しかし色数がフルカラーになった事で俺は途方に暮れた。CG技術ではなく才能こそが全ての世界になった。インターネットがどんどん一般的になって、上手い絵師けが評価される世界になった。…それが当たり前だという事を認めるのに何年もかかった。

 

00年代になると、90年代に人気だった絵師の多くが姿を消した。フルカラー90年代彩度の高いイラストは古臭いものとなりつつあったし、個性もさほど求められなくなったからだろうと思っている。90年代に人気だったプロイラストレーターの苦労も時々目にするので、90年代に人気だった同人絵師が姿を消したのも必然なのだろう。

00年代の俺は才能の無さは自覚していたので、当時流行していた3D-CGを始めた。当時の宣伝文句は概ね「絵の描けない人でも出来る!」だ。貯金を切り崩して六角大王海外製3Dソフトを買い相当練習したが、結果は失敗だった。数年我慢してMMDを学べばよかった。俺は才能だけでなく時代を読む目もなかった。

 

2010年代ドット絵需要懐古趣味しか無くなり、CGイラスト毎日毎日物凄く上手い人が出現し、俺はCG-TIPSを検索しては真似をしてなんとか時代に取り残されないよう苦労し続けた。しかCG-TIPSを学んでいて気付いたのは、CGの塗り方の流行結構短いスパンで変わってしまうという事だった。俺がなんとか使いこなせるようにあった頃には他の誰もがもっと上手く使いこなしていて、なんとか追いつこうとしているうちに次の流行に変わっている。CGネット上に溢れかえっているから、目新しいものが求められ、俺のような才能の無い微妙な絵はネットノイズしかなかった。

 

最近では長年CGを見続けてきた俺には誰が描いたのかまったく判別できない絵が増えてきてゾッとしている。とてつもなく上手いけど他の上手い人の絵と見分けがつかない絵。これはテレビアニメの多くがそういった傾向なので誰のせいでもない事だが、。

そして物凄く薄く繊細な塗り。フルカラーなのに明度差が微妙しか違わない繊細なグラデーションは16色のカラーパレットCGを覚えた俺には到底無理だ。こんな絵を目指さなければ人目を惹かないのかと思うと心が折れそうになる。しか他人CGからスポイトでカラーパレット拝借なんて出来ない。絵の才能だけでなく色彩センスもない俺自身が恨めしい。

 

上手い絵師には嫉妬心もわかず、ただ自分の才能の無さを思い知らされるばかりだ。

真似をしたところで言葉通りの劣化コピーしかならない。

本当に絵の上手い人の特徴はとにかく早い事だろう。イメージを迷うことなく描画する才能がある人ほど上手い。

俺はイメージが貧相だしラフを描いている時も悩んで時間がかかる。出来上がるのはピンボケの絵にしかならない。

 

俺にとってCGは既に同人ではなく個人的趣味しかなく、楽しいという気持ちも無い。苦労であり苦痛しかない。しかしいまさらやめるわけにはいかない。色々な事を犠牲にしてきたのに、やめたら本当に何も残らなくなってしまう。同世代の人はみんな趣味はほどほどに、結婚したり出世してしっかりした人生を歩んでいる。いまさらCGやめたって人生で得られなかったものが手に入るわけでもない。歳を取って健康不安が付きまとうようになってきた。いつ死んでもおかしくないが、死ぬ前に下手糞な絵の制作データは消去したい。

 

最近は愚直にデッサン練習をしているが、デッサン固執すると絵の魅力が薄れる感じもあって苦労している。正直に言うともう絵を描く事が好きではない。そんな底辺中年絵師の俺が誰に向けて描けばいいのか。ネットには上手い絵が溢れすぎていて需要なんてない。上には上がいる世界では下の物は叩かれるだけの存在だ。自分の為に描こうにも、俺が見たい絵さえググれば出てくる時代だ。

じゃあやめろよと言われるだろう。やめたら俺どうすればいい? 他には何もないんだ。

 

いつか自分が気に入る絵を描けたらいいなと思う。おっぱい

2018-02-01

anond:20180201220014

インターネットは絵の神様が多すぎてやる気が減るからさなうちは見させなくて良いか

技法の本は本人が欲しいと言ったら買えばいいよ。そのかわり今は画材とか写真集図書館のでもいい)とかを惜しみなく渡せばいいんじゃない

あと絵を褒めるのが一番大事。ただ君の絵が好きだなぁって言えばいいよ。それだけでどんなに嬉しいことか。

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2018-01-07

anond:20180106181932

おいおい、それはキミの周りに変な人しかいないだけだろ。

自分語りになってしまうけれども、私は小学5年生からGペン丸ペンスクールペンPILOTインクスクリーントーンなどを用いて原稿用紙に漫画を描いており、更にドクターマーチンなどのクソ高いカラーインクを揃えてカラーイラストを描き、中学1年生時点で漫画2000冊以上持っていて、中学3年生のときには世界堂で道具揃えてセル画(ちなみに綾波レイを描いた)を自作していたガッチガチオタク

(家は貧乏。月の小遣い3000円とお年玉をすべて画材道具と古本漫画に注ぎ込んでいた)

だけどアニメマスコットやグッズを使ったことは今日まで一度もない。

恥ずかしい気持ちもあるが、そもそもグッズに興味がないからだ。

私が好きなのは作品のものであって、グッズはどうでもいい。

話はそれるが、ちょうどエヴァリアルタイム世代で、当時中学2年生だった私は公式VHSビデオ(1本2話収録で5000〜6000円)をすべて揃えるのが本当に本当に大変だった。

でも会話すべて暗記するほど擦り切れるほど観たので元は取れてるはず。


こんな私だけど17歳でデパコスデビュー青山ヘアサロンデビューしとる(バイトできる年齢になったので資金には余裕があった)。

キミは化粧やファッション界隈にいかオタクが多いか知らないね

コスプレとかでなくモード系でもない。ごく普通の界隈にもガチオタはいるのだ。

コスメオタクとかファオタって言葉を聞いたことない?

ちなみに私は「化粧なんてしなくていいんじゃない?」なんて母親からしか言われたことない。

というわけで冒頭に戻るが、キミの周りの女オタクちょっと変わった人が多いだけなんじゃないかと思った次第。

2018-01-06

高い化粧品マウンティングと感じる理由

年末twitter女性オタクたちの間で小さな騒動があった。2017年に使って良かったコスメおすすめするタグ流行したのだが、そこでデパートで売っているような高めの化粧品を挙げる人たちが「マウンティングしている」と批判されたのだ。

でもわからない……例えば趣味漫画イラスト描いてる人が何十万とする機材や画材持ってて、これがおすすめです!すごく描きやすいです!って言っても、たぶんマウンティングとは思わないんじゃないかなあって思う。レビューだよね。

2017-10-25

anond:20171025104729

お前が知らないだけで超絶写実は昔からある

あとは写真とか画材の差だね

スーパーリアリズムでよくある生卵の垂れる瞬間とか写真がないと描けないしさ(北斎みたいな天才除いて)

anond:20171025104729

画材の差はあるんだろうけど、ルネサンス期でも十分にリアルじゃね?

シャンデリアのところとか鏡のところとか。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/33/Van_Eyck_-_Arnolfini_Portrait.jpg

2017-10-12

anond:20171012161133

で、チラシの裏鉛筆で書いたりすると「やる気あんのか」「まともな画材使え」とか言われるんだ

相手にするこた無いよ

創作すると

絵を描いたりだとかしてると変な突っかかりが多い。

デジタルで描くことがずるいだとか、じゃあ今度はアナログで描いてみたりすると画材が良いものでずるいとか。

画材なんてセブンイレブンで買ったメモ帳だし、載せてる絵に使ってるのなんてぺんてるの安いボールペンだけだ。

かにPCはそれなりのものかもしれない。ソフトもそれなりのものかもしれない。でも結局はペンタブで描いてる自分の絵は、アナログのそれがデジタルになっただけだと思う。

それなのにずるいとは何なのだろう。

とは思っても、直接SNSやらには書かない。愚痴らない。でもせめてここでは愚痴りたいと思ってしまった。

私は君が他人を羨んでいる時間を絵の練習につぎ込んだだけなんだよ。

2017-10-01

紳士的におっぱいを見る方法

まずは画材屋でイーゼルと絵の具を買ってくる

イーゼルってのは絵描く時にキャンバス乗せるあの木の台だ

次に画廊に出向いて適当に2、3枚絵を買ってくる

部屋を適度に絵の具で汚し、絵を破って床に放ったり、乱暴イーゼルに乗せておく

そして目当ての相手を家に連れて来てこう言うんだ

最近スランプでさ…良かったらモデル、なってくれないか?』

完璧

2017-07-23

こたつ座学で作曲はできるのか

作曲の仕方~コードが分かれば曲が作れる!(シリーズ

http://www.music-an.com/entry/composition/major

http://www.music-an.com/entry/composition/diatonic-chord

http://www.music-an.com/entry/chord-progression

上のような記事ブクマを集めていて喜ばしい一方で、少し心配になることもあったので書いときます

こういった音楽理論の手ほどきは、小説で言えば「字の書き方や原稿用紙の使い方」、絵で言えば「画材の使い方や絵の具の特性」を教えているだけで、これを読んだだけで即座に楽曲クリエイトできるようになるかというと、そうではない、と私は思っています

したがって、もしこれ「だけ」を読んで曲を作れなかったとしても、あなたに才能がないとかあなた作曲に向いてないということには必ずしもならないので安心してください

辞書にはたくさんの言葉が載っていますが、それを全部丸暗記したとしても小説は書けません。本をたくさん読んで、いろいろな言葉実践的な使い方と効果を知り、生きたものとして操れるようにならないと文学表現とは言えません。

だって、どんなに豪華な画材を揃えても、どんなに高機能ソフトを買っても、気が遠くなるほどのデッサンや模写や習作を通じて表現技術自家薬籠中のものとしないと「うまい」と言われる絵はきっと描けないと思います

作曲にもこの読書デッサン、模写に相当する実践的な訓練プロセスが不可欠だと私は思っています

もちろんそれなしでも作曲はできるでしょうが、1曲作るのにやたら時間がかかるわりにちっとも説得力のない、どこか不自然素人っぽいものしかできないと思います。それでハッとするようなものができちゃうのはきっと一部の天才だけで、ふつうは語彙の足りない子供が書いた文章のように幼稚で深みのないものになってしまうでしょう。

では「実践的な訓練」とは何をすればいいか

具体的には「耳コピ」です。100冊の理論書を読むよりも1曲の全パートを耳で完コピするほうがずっと力になります

もちろん、音楽理論知識があるとないとでは耳コピ効率が段違いなので、できれば上の連載は頭に入れておいたほうがよいでしょう。上の連載がどのくらいまで続くかわかりませんが、たぶん四和音はやると思いますし、調と四和音までわかっていれば世の中の軽音楽の大半はおおむねコード進行を把握できます

ただしジャズはいろいろ複雑なのでいきなり耳コピに挑戦しちゃだめです。「JPOPだけどジャズっぽくてステキなやつ」もだめです。ふつうジャズっぽくてステキな要素=複雑なコード進行」だからです。コードを複雑化させずにジャズっぽさを醸し出すことはできません。ここでは一般的なJPOPやアニソンを想定しています

さて、コード進行を学ぶとっかかりとして、まずは好きなアーチストアルバムまるまるひとつの「ベースラインだけ」を耳コピしてみましょう。ベースライン基本的にはコード進行ルート(根音)の移り変わりをそのままなぞっていますコード名の頭の字のところだけ(Cm7であればCつまりド)を弾いているのです。「コードの動き方」をおぼえるには最適ですし、ベースという役割の楽しさも感じることができます

中には忙しいベースラインもあると思いますが、そういうのはカッチリコピーする必要はありません。こまごまフレージングされているベースでも、ひとつコードの「中」で動いている場合と、コード進行に「合わせて」動いている場合があります。前者の場合、たいていは小節の頭で弾いている音がルート音なので最低そこだけとれていればよいです。

何曲も何曲もベースラインを拾っていると、ベースラインの動きって意外と単純で、しかもおぼろげながら法則性のようなものがあることに気づくでしょう。もともと鍵盤などの素養がある人なら、そのうち「次はこう来るかな」とベースライン先読みすらできるようになっていき、やがてふだん好きでよく聴いているような曲ならぶっつけでいきなりベースパートを弾けるかもしれません(ベーシスト諸氏、わかるよね笑)。

鼻歌まじりにベースラインコピーできるようになったら、そこでコードに挑戦です。一般的軽音楽の曲で使われているコードは、大部分がトライアド(三和音)か四和音です。上の記事概要をつかんでおいてください。上の記事に出てこないような凝った和音は曲中に出てきてもせいぜい1、2箇所です。乱暴ですが、ベースがCを弾いていたら、「C」「Cm」「C7」「CM7」「Cm7」のどれかがまず当てはまります。曲に合わせて当てずっぽうで和音を弾いてみて違和感がないのが当たりです。

調(キー)を理解していると、当てずっぽうの精度が飛躍的に向上します。曲の調とルートベース)が決まると、和音はなかば自動的に決定されるからです。キーがCメジャーの曲でベースがAを弾いてたら、コードふつうAmです。なぜなら、A(メジャーコード)の構成であるC#はCメジャーというキーの曲には出てこないからです(たまに使うけど)。あとは7th(ソ)を足してみてしっくりきたらAm7だよね、というふうにコード名を絞り込んでいきます。話が難しくなってきたかな?

コードベースときと同じで、数をこなしているうちに法則お約束パターンが見えてくるでしょう。定石とでも申しますか。そうなればしめたものです。このとき、上の三番目の記事説明しているⅠ、Ⅳ、Ⅴなどを意識しながらコピーしていると「違う調でも同じ動き」が見つけられるので、パターン気づきやすくなります。たとえばキーがCの時のAm→Dm→G7→Cと、キーがFの時のDm→Gm→C7→Fは同じコード進行なのです。大丈夫ですか? ついてきてますか? まあこのへんは上の連載が説明してくれる/くれているでしょう。

こうやって、様々なタイプのたくさんの曲をコピーすればするほど、あなたの「コード進行の引き出し」は増えていき、もっとも適切なタイミングもっと効果的なコード進行メロディに与えられるようになります

どのくらいの経験を積めば満足にそれができるようになるかは、あなたが目指している音楽タイプにもよりますし、あなたが今までに積んできた音楽経験にもよりますエレクトーン習ってた人なんかはアッという間だろうし、クラシック畑の人はちょっと苦労するだろうし、「未経験。今カシオトーン買ってきた」みたいな人は地道に取り組んでください。

あ、上に書いたようなことができるようになるまで作曲するなと言っているわけではありません。球技でも、グラウンドに出てボールを使ってする練習だけじゃなくて、走り込みや筋トレもやるでしょ? そのノリで。

2017-07-13

https://anond.hatelabo.jp/20170712212159

ブコメ見ていると、幸せになったか創作意欲が落ちたという人ばかりだけど、

のび太ジャイ子結婚した未来って借金だらけのド貧乏

からこそセワシがそんな不幸な未来を変えたくてのび太の元にドラえもんを送り込んだわけで、

なので「漫画描いている余裕などないくらい不幸な生活から」だろ(画材買う金すらなさそうだし)。

そもそも何故ジャイ子のび太結婚したのか、ってのは

そもそもジャイ子漫画の才能が芽生えたのもドラえもんによる歴史介入の影響では。1話ではただの悪ガキだったジャイ子がいつの間にか常識人ポジションになってるし。

という説が正しそうだ。

ドラえもんが来なかった未来ではジャイ子漫画家にはなれなかったんだろう。

(という事にしないと辻褄が合わないしな。人気漫画家になれているならのび太結婚する必要もないはずだし)

2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20170610213800

それで合ってるんだけど、なんか絵をつけて売り出してんだよね。

さっと塗って取るもんなのにただの剥がした時にあとが残らない可愛い紙っぽいテープ認識されてしまって

いつまでもくっつけてても剥がした時きれいとまで誤解される始末

ロフトの売り場もシールやスタンプのところだった(画材DIYのところには従来のがあると思うが…)

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