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はてなキーワード: バーストとは

2018-09-23

[]9月22日

○朝食:豆腐納豆オクラサラダ

○昼食:ラーメンソーセージ

○夕食:ハッシュドポテトプルコギ

○間食:きのこの山おにぎりせんべい、(山をにぎにぎ、的な意味一種愛海の力を借りようとした)

調子

はややー。

休日だったので、洗濯してからはむっきゅりしてた。

今日は、この間3シーズン分一気に見て超面白かった、ブルックリンナインナインシーズン4が配信されたというメールが来たので、早速見ていた。

これがもう超面白い。

昨日まで見ていたスーツもそりゃまあ面白いんだけど、こっちはゲラゲラ笑えるのがしょうにあってる。

面白さの質が全然うから比べるものじゃないけどね)

iOS

コマスター

ノルマをこなす程度。

メガラテデッキ苦手……

ゾロアークナイトバーストが刺さるようなそうじゃないような。

グラブル

クロム鋼は、今日で累計10個集めて、目標ヒヒイロカネを交換した。

それと今日は島ハードマグナも周回もして、今週分の武勲はちゃんと全部稼いだ。


モバマス

BPドリンク 64個 → 0個

BPドリンク1/5 2014個 → 13個

ロワイヤルpt 899120pt → 7338124pt

愛海の上位報酬目指してイベントに参加中。

二十二時からスタートした、第5ラウンドでドリンクを一気に使いポイントを貯めた。

まだ単発チケットが200枚あるので、それをドリンクに変えることもできるのだけど、

この単発チケットリミテッドガチャなどでも使い道があるので、今回は温存しようかどうか、非常に悩んでいる。

悔いを残したくないなら、使っておいた方がいいんだろうけど……

うーむ。

イブバーストエラー

リメイクプレイしたけど、正直期待はずれだった

というか、世間一般評価が高すぎて期待値が高すぎた

当時プレイした人の評価がそのままひとり歩きしてたんだなと

所詮懐古厨

神ゲーと名高いレトロゲーを今プレイしても当時と同じ感覚では評価できない

悲しいなあ

2018-09-14

議論したがる無能バカ問題

https://note.mu/shiokona/n/n43ff70db7b1b

これね。

全体的に無知すぎて突っ込む気すら起きないけど一点だけ書いとくわ。

法律を持ち出されたら、現在オタクイラストの多くが「正式わいせつ認定」される可能性もある

ないに決まってんだろ。性器無修正の「オタクイラスト」がどんだけあるんだよ。誰も見ないような個人サイトですら性器には修正かかってるし、かけなきゃプロバイダが速攻でBANするだろ。本社アメリカからで好き放題やろうとしたfc2ですら有罪判決受けてんだぞ。しかfc2は実写だから無修正はまずもって国内では違法なのははっきりしてるが、「オタクイラスト」で同じ基準を持ち出してすんなり通るわけがないだろうが。当然、商業流通してるものに「わいせつ物」なんかあり得ないし(あり得ないからこそチャタレイ事件裁判にまでなってんだよ)、同人誌も同様。それを「正式わいせつ認定だって言葉悪いけどさ、馬鹿休み休み言えよ。

んで、今回に限らずだけど特にこの手の話題で目立つのが、こいつのように救いようのないバカ無知なくせにいっちょ噛みしてくる奴ら。

こいつもさ、これだけの駄文を長々書いてアップロードボタン押す前にちょっとでも考えなかったのかな?「私って法律かいろいろ言及したけど知識不足じゃないかしら?」って思わなかったのかな?思わないんだよね、バカから無知だけどバカじゃない奴らは無知の知があるから黙ってるもんね。幸色のワンルームの時もいたよね、オタク男向けの作品だと思い込んで子供のために!と批判しまくったら実際は女子中高生から支持されてたと知ってnote駄文書き散らかしてツイ垢消した奴。「わいせつ物」「ゾーニング」「合法違法」「モラル」なんて知ったかぶって使うくせに言葉意味も知らないとかいレベル。それで議論ステージに上がろうとしてくるってマジで共感性羞恥に襲われそうなくらい恥ずかしい。

無能な働き者って言葉があるが、なんでこういう奴がこの手の話題には多いんだろうと考えたんだよ。こいつも自称オタクらしいが、オタクなら自分の好きな作品鑑賞したり二次創作したりで忙しいもんなのにな。

結局のところこういう奴らってオタク活動においても充実してなくて暇なんだと思う。創作もできない、できても人気は出ない、読み専ROM専だけど買い漁るほど金もない。どんな活動も充実させるには金かクリエティティ必要だが、そのどっちもない奴ら。ツイッターで興味のある界隈を眺めてても注目されないからつまらない、私もいろいろ考えてるの!私の意見も聞いて!私は私は!って思いだけがバーストして、今回のようにオタク界隈(敷居が低そうに見える)の論争に異常な情熱を燃やすことになる。ラノベ(敷居が低そうに見える)なんかよく知らないけどゾーニングとか差別とか語ればそれっぽく見えるでしょっていうね。もちろん本人は本気で問題提起してるつもりなんだろうけど、リサーチもなければごく一般的な法知識すらない。なぜならバカからバカが注目されるためには雑な炎上しかないわけで、いろんな人が長年ああだこうだと精緻議論している土俵知識不足のまま乗り込んできて「これはわいせつ物だと思いまーす!」とかやらかす。

あのな、お前のようなバカのせいで175条という稀代の悪法拡張されたら末代まで祟るからな。

バカの言う「あれもこれもわいせつでーす」が是認されることなどあり得ないが、せめてお前がしてることは議論邪魔するだけのゴミの撒き散らしなんだと分かれ。無知バカ暇人からって真面目な議論最中議論ごっこを仕掛けるな。議論っぽいことをしたいならきのこたけのこ論争でもしてろ。

しかしなんだね、walkawayなんてことも言われるようになってきたらしいが、リベラル正義と寛容を掲げる以上は無能バカでも包摂せねばならないわけで、こういう奴らの意見(笑)ですらいちいち取り上げていかねばならんなら歩みは遅々として進まないのも当然というかね。意見を述べたいならまず勉強しろよと思っちゃうのも切り捨てになるのかねえ。

2018-09-12

デリヘル待機

22時頃に電話した。

そんでさっきデリヘルから電話がきて、

申し訳ございません!いま向かっている最中に車のタイヤバーストしまして」

「ただいま他の車を手配して、それと元々行く予定だった女性とは別の女性をご案内します!!」

いやいや、バーストは本当だとしても女性を変える必要は無いでしょ。2年以上ご無沙汰なのにそういう対応萎えるよ。

これから40分かかるとトータルで90分以上待っているのだが。。。

1万円ポッキリだから激安デリヘルから期待していないけど、たまたま私の近くにいる送迎車に乗った女性を手配していると考えたら虚しすぎる。

女性が来るまで書き続けるよ。

1万円で出張費も込みなのでフリー指名しょうがないと思う。それでもささやか抵抗として出勤中の女性巨乳が多かったので僅かながらの期待をもってこのデリヘル店にした。これで巨乳が来なかったかマジでヤバい。本当に無駄な90分待機になる。

適当交渉して50分を60分にしてもらったラッキーも空しい10分間延長になる。これ、電話対応してくれたお兄さん見てくれてないかなあ。

お兄さんも「バースト」の件を話しているときに明らかにいま見繕った単語を並べていたし、もういっそのこと素直に「近くにすぐ案内できる女性がいます!!」って言えばいいのに。

いや、そうするとこの待機時間無駄になる。40分も待つのに近所にいないっていうのはおかしな話だ。

これは後日談を書こう。

ことを済ましてから感想と、デリヘル店に電話してあれこれとクレームをつけよう。もし、素敵な女性だったらクレームは入れません。

素敵=巨乳

本日こちらの公式を使います

それにしても来ないわ。いうてもまだ5分くらいしか経過していない。ずっと書き続けるっていうのはしんどい。1万字以上のエントリを書くって相当しんどいと思う。1万字書かないと記事は読まれないってどんだけ苦行なんだろう。でも、それを乗り越えた人達イケハヤさんやヒトデさんなんだよね。やっぱりスゴいや。私もブロガーに憧れていたことはあったけど、いまこの状況じゃないと書けないもん。不平不満じゃないと文字数が稼げないもん。

もっと穏やかな世界平和エントリが書けるようになりたい。デリヘル待機中エントリって。

今回はインターホンは押さないで、到着してもらったら電話をもらうスタイルにした。隣室との壁が薄いし、何よりも引っ越して間もなくデリヘル呼んでいるって思われたくないからだ。デリヘル野郎ってあだ名を付けられたらこから2年間気まずい。隣室が男性女性かもわからないのでドキドキする。これからデリヘル嬢といちゃこらしてその声が大きくて、自分でも「隣に聞こえたなこりゃー」って思ったらいつか会うときにどんな顔をしよう。できれば1ヶ月は隣室の方と会いたくないな。そうすれば忘れてくれていると信じたい。

しかし、明日仕事なのにどうしてデリヘルなんか呼んだのかな。お金も無いのにしばらく酒は控えないといけない。娯楽費は今日おしまいだ。今月は質素に暮らさないといけない。と、なるとどうして格安デリヘルなんかにしたのかって後悔が出てくる。しっかりと自分の好みの女性を選べば良かったな。デリヘルなんて人生で何回呼ぶのかわからいくらい貴重な機会だったのに。次回、呼ぶことになったら自分の好みデリヘル選ぼう。フリーは今回でおしまいだ。

しっかし本当に来ない。

もうWBS放送わっちゃうよ。女性アナウンサーの顔を見てこんな人がいいなーって妄想していたけど、いつの間にかサッカー日本代表試合結果がハイライト放送されていた。いまはサッカー日本代表はいらない。ただ、デリヘル嬢を待っているだけだ。でも、小林選手の胸トラップポストプレイ今日試合で一番痺れた。ストライカーなのにポストプレイをするっていうのが良いですよね。たぶんようつべ再生回数稼げるシーンだと思う。ゴールシーンは覚えていません。

デリヘル嬢はまだ来ないけど指が疲れたのでこれくらいにしておきます

2018-09-04

anond:20180904110605

あん関係ないんだけどUNIONのミリシタ版、バーストで「ありがとー!」って言うじゃん?

あれ何か全然キャラと違う声の子結構いるんだけど皆アリなの?

ライブで聞いた時はまあいい曲だなって思ったんだけどミリシタでやるとそこが引っかかってあんまやってないわ。

そういう意味ではフロンティアの方が好きかも。

2018-09-01

子ども3人を育てるとか無理ゲー

人口を増やそうと思ったら、単純に言って子どもは3人育てないといけない。

2人だとイーブンだし、1人だとマイナスだ。

しかしだね、この時代に3人を育てるなんて無理ゲーすぎない?

大学まで行かせて、22年間で1500万円かかる。

3人だと4500万円。

旦那の稼ぎが400万円だとする。

単純に22年かけると8800万円の収入になる。

8800万円―4500万円=4300万円

4300万円で22年間を5人で生活すると年間辺り約195万円で生活することになる。

月にして16万円の生活費なわけだ。

2人以上の勤労者世帯の月の生活費の平均を引っ張ってくると約31万円とある

一番低い沖縄でも20万円だから、4万円ほど足りない。

言い換えれば、平均年収の400万円で子ども3人を育てようとするとバーストする。

400万円以上を稼ぐ男でなければ、女性は否応がなしに働かなくてはならない。

しかも3人の子もの子育てをしながらね。

これで消費税が10%になったら確実に死ねる。

地獄かよ。

人口を増やそうと思えば、3人以上の子どもを育てなければならない。

しかし平均給与の400万円前後では不可能に近い。

戸建ての家も諦めないといけないだろうし、バカンスなんてのも夢のまた夢だ。

何のために生きてんだろうね。

日本詰んでない?

2018-08-21

ネットから突然消える人

ネットから突然消える人がいるけれど、安否が気になる。

どうしたらいいのかね?

リアルを割ったらストーカーだしなあ。

バーストリンカーとしての手法使用するわけにもいかない。毎日のように冗談飛ばしあってた仲の人間が、急にいなくなってしまうのは寂しい。

ただ、ある日突然、なにも言わずに消えるのは怖い。

ブロックされるとかならまだあきらめが付くけれど、twitter毎日200ぐらい喋ってた人間が、なんの予兆もなく0になって居なくなるのが怖い。


元気ならそれでいいんだけれど……。

2018-07-14

俺の必殺技

射精しかないんだがなんかかっこいい言い方ない?

追記(18/07/14):サウザントアダムバーストしました。

2018-05-10

モンハンワールドクリア

プレイ開始から3ヶ月ちょい、とうとう導きの青い星をクリアした。

闘技大会と金冠のトロフィーが残っているが、苦行でしかないのでここで一区切りとする。

感想としてはすっっごく面白かった。

MHP3の思い出

実は7年前にMHP3が大流行した際にも買ったが、序盤で挫折した経験がある。

とにかく最初モンスターを探すのが面倒だった。

広いフィールドを探し回って、何とか見つけてペイント玉をぶつけるという糞つまんない作業を経ないと戦闘すらできない。

みんなこれを面白いと思ってるの? マジで? という感想しか出なかった。

クエストも「○を○体倒せ」みたいなのが延々並んでて、作業感が強すぎてとうとう投げてしまった。

こんなに流行ってるモンハンにはまれない自分を呪った。

結局は若い子が友達とわいわい遊ぶゲームであって、おっさん対象外なのか…。

MHW購入

なのでMHWも買うかどうか大いに迷ったが、またまた世間に流されてつい買ってしまった。

しかし今回は大正解

とにかく導虫が快適すぎる。

最初こそ痕跡集めは必要だが、調査が進めば即モンスターまで誘導してくれる。

こういうのでいいんだよ!

痕跡結構あちこちにあるので、適当に走り回ってれば割とすぐ見つかる。

周回作業についてもそれほど必要なかった。

運が良かっただけかもしれないが、一つの装備を作るのに5,6回くらいしか戦闘しなかった。宝玉は手形もあるし。

何より救難信号を出せば上手い人がすぐ倒してくれるので楽。

(もちろん寄生と言われないように一生懸命戦ったよ)

今作のマルチ経験からは色々言われてるようだけど、ぼっちにしてみれば大変良くできていた。

使用武器

最初に一通り試した後は、とにかく死なないこと優先でライトボウガンを選んだ。

起爆竜弾で安全ダメージ与えられるのが気持ちいい。

本格的に使い始めた頃には斬裂が弱体化されてしまったが、とにかく遠距離からチクチクやって何とか進めることができた。

しか時間めっちゃかかるし、時間切れになることも度々あった。

なので上位になった頃に、MHP3でも使っていた双剣に切り替えた。

双剣初心者はいい。

チャーアクなんかは確かに強いが、高出力属性解放斬りを外すと「がああ!」って感じで無茶苦茶ストレスたまる

その点双剣は張り付いて適当ボタン押してれば攻撃が当たる。

防御面も適当ダッシュローリングしてれば割と何とかなる。

そして敵が転んだら乱舞。非常にシンプル

フリーズチェーンⅡが作れたので大体それで進んだ。終盤には古龍用に残滅の爪も作成

はいえ同じ武器だけなのも飽きるので、他の属性は別の武器にした。

火→弓

水→スラッシュアックス

雷→太刀

何となく作っただけだが、結果としてキリン戦には火の弓(ジャナフアルカウス)が大いに役立った。

水スラアク(シュラムドラウト)もアンジャナフの頭を斬るのに便利だった。

太刀は結局最後まで見切り斬りが上手くいかなくてあまり使ってない。

歴戦テオ、歴戦ジョーあたりはすぐ死ぬので、ガンランスロイヤルバースト)で何とか切り抜けた。

防具はとにかく耳栓5を頑張って作って、後は適当に強いのを組み合わせる感じ。

駄目な点

闘技大会チャレンジクエストが糞すぎる。

レウスに毒を食らう→解毒剤飲もうとするも、自分一人しかいないか攻撃される→死ぬ

なお閃光弾はない。

こんなんどうしろっての?

ストレスしかまらないし、2回ほどやって後はスルーさくら装備も諦めた。

今後

十分遊んだので、後は新モンスターが追加されたらやる程度になると思う。

MHP3も再挑戦してみようかなあ。

2018-05-01

ガンダムは「黄角緑目赤アゴ」がテンプレなのか?

名前アゴのアレ
ガンダム
ガンダムMk-II
Zガンダム
サイコガンダム
サイコガンダム Mk-IIピンク
ZZガンダム
アレックス
νガンダム
ガンダムF91
ガンダム試作1号機
ガンダム試作2号機
ガンダム試作3号機ステイメン
ヴィクトリーガンダム
Vガンダムヘキサ無し
V2ガンダム
アシュラガンダム
ラクガンダム無し
ウォルターガンダム
ウルベ搭乗ガンダム
ガンダムシュピーゲル
ガンダムゼブラ
ガンダムヘッド
ガンダムヘブンズソード
ガンダムマグナート
ガンダムマックスター
ガンダムローズ
クーロンガンダム
グランドガンダム
コブラガンダム
ゴッドガンダム
シャイニングガンダム
ジェスタガンダム
ジョンブルガンダム
スカルガンダム
ゼウスガンダム
タントラガンダム無し
テキーラガンダム
テムジンガンダム
デビルガンダム
ドラゴンガンダム
ネロガンダム
ネーデルガンダム
ノーベルガンダム
バイキングガンダム無し
ファラオガンダム
ファラオガンダムXIII世
ファラオガンダムⅣ世ピンク
ボルトガンダム
マスターガンダム
マタドールガンダム
マンダラガンダム無し
マンモスガンダム
マーメイドガンダムピンク
ミナレットガンダムピンク
ミラージュガンダムピンク
ライジングガンダム
ランバ―ガンダム
アルトロンガンダム
ウイングガンダム
ウイングガンダムゼロ
ガンダムエピオン
ガンダムサンドロック
ガンダムデスサイズ
ガンダムデスサイズH
ガンダムヘビーアームズ
シェンロンガンダム
ガンダムダブルエックス
ガンダムX
ガンダムアシュタロン
ガンダムエアマスター
ガンダムエアマスターバースト
ガンダムレオパルド
ガンダムレオパルドデストロイ
ガンダムヴァサーゴ
ガンダムEz-8無し
陸戦型ガンダム
アルトロンガンダム(EW版)
ウイングガンダムゼロ(EW版)
ガンダムサンドロック改(EW版)
ガンダムデスサイズヘル(EW版)
ガンダムヘビーアームズ改(EW版)
∀ガンダム無し
M1アストレイ
イージスガンダム
カラミティガンダム
ジャスティスガンダム
ストライクガンダム黄と白
ストライクルージュピンクと赤
デュエルガンダム
バスターガンダム
フォビドゥンガンダム
フリーダムガンダム黄と白
ブリッツガンダム
プロヴィデンスガンダム
レイダーガンダム
アカツキオレンジ
アビスガンダム
インパルスガンダム黄と白
インフィニットジャスティスガンダム
カオスガンダム
ガイアガンダム
ガイアガンダム(アンドリュー・バルトフェルト機)
ストライクフリーダムガンダム黄と白
セイバーガンダム
デスティニーガンダム
デストロイガンダム
ムラサメ
ムラサメアンドリュー・バルトフェルド機)
レジェンドガンダム
スターゲイザーガンダム
ストライクノワール黄と白
ブルデュエルガンダム
アリオスガンダム
アルケーガンダムピンク
ガンダムエクシア
ガンダムキュリオス
ガンダムスローネアイン
ガンダムスローネツヴァイピンクオレンジ
ガンダムスローネドライピンク
ガンダムデュナメス
ガンダムナドレ
ガンダムヴァーチェ
ケルディムガンダム
セラフィムガンダム
セラヴィーガンダム黄と白
ダブルオーガンダム黄と白
リボーンズガンダム
ガンダム
ガンダム(実戦配備型)
ガンダムサバーニャ
ガンダムハルート
セラヴィーガンダムII
ダブルオークアンタ
ラファエルガンダム
ユニコーンガンダムユニコーンモード無し
ユニコーンガンダムデストロイモード
バンシィユニコーンモード無し
バンシィデストロイモード
ハイνガンダム
ビギニング30ガンダム
ビギニングガンダム
フォーエバーガンダム
ガンダムAGE-1ノーマル
ガンダムAGE-2ノーマル
ガンダムAGE-2(特務隊仕様
ガンダムAGE-2ダークハウンド
ガンダムAGE-3ノーマル
ガンダムAGE-FX
ガンダムギル
ウイングガンダムフェニーチェ
ガンダムX魔王
ガンダムアメイジングエクシア
ガンダムエクシアダークマター無し
ガンダムフェニーチェリナーシタ
クロスボーンガンダム魔王
パーフェクトガンダム
ビルドガンダムMk-II
ビルドストライクガンダム
戦国アストレイ頑駄無
ガンダムギルス(ゼハート機)
G-アルケイン
G-セルフ
カバカーリー無し
ジャイオーン
G-ポータント
ウイニングガンダム
ミキバーニングガンダム
ガンダムアメイジングレッドウォーリア無し
ガンダムジエン
ガンダムトライオン3
ガンダムレオパルド・ダ・ヴィンチ
ギラカノンガンダム
スナイバルガンダム
ディナイアルガンダム
トランジェントガンダム
ドラゴナーゲルガンダム
ビルドバーニングガンダム
ライトニングZガンダム
ライトニングガンダム
ガンダム・キマリス
ガンダム・キマリスヴィダール
ガンダム・グシオン無し
ガンダム・グシオンリベイクオレンジ
ガンダム・グシオンリベイクフルシティ
ガンダム・バエル
ガンダムバルバトス
ガンダムバルバトスルプス
ガンダム・フラウロス
ガンダムヴィダール
ガンダム(中期型)
アトラスガンダム
ガンダム・ヘッド無し
フルアーマー・ガンダム
陸戦型ガンダムS型無し
ガンダムダブルオーシアクアンタ
スクランブルガンダム
ガンダム AN-01 トリスタ
ガンダムフェニーチェリベルタ
ガンダムX十魔王
スターバー二ングガンダム
パルスガンダム
武者頑駄無真悪参
A-Zガンダム
ガンダムドライオンIII
ガンダムライトニングブラックウォーリア無し
ケルディムガンダムサーガVer.GBF
リバーシブルガンダム
ガンダムダブルオーダイバー
ガンダムAGEIIマグナオレンジ
セラヴィーガンダムシェヘラザード水色
ガンダムジーエンアルトロン
ナラティブガンダム
ユニコーンガンダム3号機フェネクス

2018-04-16

逆転裁判1をちょー数年ぶりに始めた

もともとただの弁護士ものってよりかはもう探偵とか刑事ものっぽいと思ってたけど、

EVEバーストエラーやった後だとますますそう思える

すごくゆるいEVEみたいな

相変わらず女性キャラが魅力的だな

GBAでやってたときからすげーどっと動くなと思ったけどやっぱり動くな

アイフォンアプリだともっと解像度いから欲しくなっちゃうなあ

まあとりあえず3DSでいっかもう買っちゃったし

でもすでに2つ目のまよいちゃん事件ちょっとまんねりというか長いと思ってしまい始めてる・・・

1個目の事件で1日で終わるのがすっきりしててよかったのになあ

後半にいけばいくほど裁判3日目とかまでいってたよなあ確か

うーんモチベ続くかなあ・・・

2018-04-12

ポッ拳2のアイデア

25万本突破おめでとー!

本編、ポケカジャパンチャンピオンシップで並んでても違和感が全くないポケモンブランドを支えるコンテンツに育ったポッ拳、当然続編も出ると思います。(ここにコマスターが並べないのは最早必然だがコマスターも二周年というめでたい日なので心の隅にでも……)

b:id:jou2 さんがツイッターで言ってた2の想像が楽しそうだったので、俺も考えてみたぜ。

Zワザ

バーストアタックを超える一回のバトルで一回しか出せない強いワザを選ぶシステム

3rdSA選択とか、スパ4のウルコン選択みたいなノリ。

マニューラなら、ブラックホールイクリプスレイジングジオフリーズみたいな?(氷Zの技名そらで言える人まじ0人説あるよね)

メガ進化勢と兼ね合いは…… 難しいね。(まあ、サポートメガレックウザ操作ポケモンメガ進化が両立できてる時点でどうでもいいけど)

ガンダムVSシリーズみたいに、覚醒の種類も選べられるのかも。

既存バーストアタックよりも強力なZ技が出せる代わりに、ハイパーアーマーなどが劣化する、Z技モード覚醒か、

既存バーストアタックが性能劣化してしまう代わりに、ハイパーアーマーなどの立ち回りの部分は強化された、メガ進化モード(できない子用の呼び方は考えないとね)覚醒か。

みたいな感じかなあ?

「お着替えピカチュウ

ORASに取り残され、7世代に連れてこれないお着替えピカチュウが、唯一活躍しているポッ拳

ギザみみピチューに比べれば何倍もマシではあるものの、

はいえ、ハードロックマダムアイドルドクターの四種は未登場なので、それぞれ実装、ってのはさすがに四キャラも増やさないといけないから難しいと思うので、

マスクピカチュウバーストアタックにこれらの要素を組み込むぐらいはしてほしいなあ。

(そうえば、ウクレレピチューなんてのもいたけど、特にあれ以降展開ないねスマブラにも出てるのにミュウツーと違って復活希望の声が聞かれない辺り、ピチューは何かと人気でない印象あるな)

「VSウルトラビーストモード

マヴカプでいうオンスロート第二形態とか、メルブラでいうG秋葉みたいな、通常の対戦とは違った巨大ボスみたいなノリのやつ。

ウルストやストZEROの二人で戦うモードみたいに、共闘ができてもいいかも。

これなら、バトルポケモンにもアシストポケモンにもしづらいポケモンに出番が与えられるし、なにより僕の好きなアクジキングが映えそう。

まあ、ポケモンじゃない何かと戦うってのも、ポケダンマグナゲートとか超ダンでやってるから、そういうのも面白そうだけど。

「ダークルギア」「闇のディアルガ

ポッ拳オリジナル形態のダークミュウツー原作逆輸入される気配はないので、いっそのこと、他の外伝たちを取り込むのはどうでしょ。

ダークルギアXD、闇のディアルガポケダン時闇空の出演。

まあ、バトルキャラには向いてなさそうだからサポートにこの二匹をセットで出すとか?

ポケノブの黒レックウザは本編で配布されたのは、単にノブナガのレックウザ原作色違いと同等だったってだけで深い意味ないんだろうけど、

微妙格差を感じたよね。

「二匹で一匹系のバトルポケモン」

メルブラでいう翡翠and琥珀や、QOHでいう来栖川姉妹みたいな、二人のキャラが同時に出てきて戦う系のバトルポケモン。

似たような性能や見た目だと面白くないので、プラスルマイナンとか、バルビートイルミーゼみたいなのじゃなくて、

エレキブルブーバーンポケカXYでも組み合わせると強い系のカードだし、ポケスペでもコンビだし、赤緑でバージョン違いの対になってるし)とか、

ナゲツケサルヤレユータンとか、ニョロボンニョロトノ面白そう。

特にエレキブルブーバーンは、エレキブルデュエルフェイズブーバーンフィールドフェイズな感じがすごくするので、しっくりきそう。

戦闘中進化するポケモン

メガ進化じゃなくて、普通進化ね。

これ、対戦終わると進化前に戻るのが、デジモンアニメかぶるって批判されそうだけど、

ポケダン炎嵐光のレベル1ダンジョンって、たしかこの仕様のはずだから前例がないわけじゃないんですよ。

……ごめん、これ嘘ついてるかも、なんか自身ないや、そうだった気がする程度で、間違ってたらごめん。(暇なときちゃん検証やす、ってかあれがあるじゃんコマスターコマスターがしてるからいいんじゃね? え? コマスターポケモンあくまコマ生物じゃない? しらん! でも確かにおもちゃ設定のポケスク進化しないから、株ポケ的に何かルールがありそうな気もしてきた)

あいいや、ぶっちゃけ原作原作から、対戦中にだけ進化して、戻ってもいいでしょ。

しかも、分岐進化なら、格闘ゲーム的にも面白いし?

イメージ的には、独自進化ゲージを溜めた状態フェイズ変更とか、特定の技を当てると進化するイメージかな。

イワンコが、デュエルフェイズ進化技を当てると昼ルガ、フィールドフェイズ進化技を当てると夜ルガ、覚醒状態で当てると黄昏ルガみたいな?

うーむ、無理せずフォルムチェンジ系のポケモンギルガルド以外に増やした方が楽しそうだな。

デオキシスロトムキュレムフーパあたりが楽しそう。

特にフーパ最初は弱くて、チェンジすると強いってのが、面白そうだ。

(性能的にはダークライとなんとなく被りそうだけど、ときはなたれしフーパの専用技のいじげんラッシュと、ポッ拳ダークライの幻影ってなんか似てるし)

2018-03-17

俺の○○が○○してるは須くエロい

俺の股間がバーストしてる

2018-02-26

俺だけの漫画

みんなが夜寝る前に自分だけのオリジナルアニメOPから再生して1話くらい再生して寝るアレの一種だけど

俺だけの漫画は起きてるときにも考えてる。

 

ざっくりあらすじを言うと

宇宙はこの宇宙1つだけじゃなくて有限だけど無数の宇宙存在する。

そのすべての宇宙内包した世界(オムにバース)がこれまた有限だけど無限に近い時の果てにすべてが崩壊することが分かった。

主人公は全ての宇宙崩壊を救うために多世界を移動して特殊波動係数を観測していくことで

オムにバースを救う使命を帯びているっていうSFモノ漫画

 

主人公は多世界ガンツみたいに転送されて渡り歩く。

主人公グループ本拠地はオムニバース崩壊未来を一番最初に解析した宇宙

そこにはバックアップメンバーたちが主人公サポートをしている。

ここから武器転送主人公の肉体を転移させたりアップグレードしている。

 

主人公は元科学者人間なんだけど肉体は半機械生命体のサイボーグ化している。

永久機関で作る電力・熱量摂取した有機物(ATPに使えるならグルコース以外でも可能)と酸素活動可能だが蓄積している内部電力には限りがある。

ラッシュを出すことができるが無酸素運動をしているのと同じで電力補充まで肉体が疲労する。

肉体の構成は人工筋肉硬度の低いガラス状の結晶構造体でできていてある程度の物理エネルギーに耐えられるが破損個所の修復には電力を必要とする。

科学産物で万全の状態なら知能と肉体は人類常識を超えている。

なんだけど、転送先の宇宙物理法則転送速度によっていつも最低限の能力しか与えられずに送り込まれる。

いくら崩壊までに無限時間があるからといっても無限に近い宇宙をまわりきるから転送時間をかけられない。

旅先で苦戦したりトラブルに見舞われたり、現地で武器知識を吸収する必要がある。

性格転送直後は物静かで寡黙で行動主義

一見冷たく見えるが口数や感情の起伏ができないだけで、根はやさしい。

感情がないのかと揶揄されると若干怒りを交えた口調で反論する。

でも目的邪魔になる人間には容赦しないか警察官場合によっては撃ち殺す。

フルアップデートされた際に敵はなく、全身から炎のような粒子の残像が立ち上るバースト状態になる。

この時初めて主人公の知力・体力・破壊力のみならず全人格が開放され軽くヤンキーの入った言動人格になる。

元々は粗暴な人間だったようだ。

 

敵は、逆にオムニバースのものを終わらせるために主人公たちを追跡・妨害する集団

別の宇宙でオムニバース崩壊未来予測した宗教団体が敵。

この戦いは永遠に続くか終焉を迎えるかの終わりなき戦いとなっていく。

集団特殊波動係数がどこにあるのか探知する能力はないか主人公現在地を追跡してくる。

長く同じ宇宙滞在できない理由の1つになっている。

 

で、連載初期から懸念だったんだけど多世界渡り歩くってことは基本一期一会なわけ。

せっかく人気キャラができても世界移動すると関係性が切れてしまうのよね。

別れを儚く見せることで感動を得られるところもあるから一長一短。

もちろん多世界に同じ登場人物スター形式で出してもいいんだけど、

別れの感動が薄れてしまうから悩みどころ。

少年ジャンプで連載させたいが今のジャンプ読者に硬派SFについていけるのかどうか疑問。

 

特殊波動係数は基本的場所にあるんだけど、

特定の条件やタイミングにならないと観測できなかったりする。

時には動物の中にあったり、人間の中にあったり。

その宇宙の望んでいる未来を迎えてやることが条件の1つ。

なので何かを動かしたり助けたり、下手したら1万年くらい同じ宇宙滞在しないといけない。

時には普通人間と同じように住居に住み、働き、現地の人間関係を持つ必要も出てくる。

あるとき政治家、あるときパン屋、あるとき家庭教師…様々な主人公を描けるのが良いところ。

 

戦闘シーンでは4ページみっちりと戦ってもらう!

格闘戦や銃撃戦、剣を使った攻防やカーチェイス

男の子が見たいシーンを盛りだくさん。

スカした異世界モノ主人公みたいにチート使って勝つことは絶対に許さん。

状況に応じて戦闘必要アップグレードを行うけど裏目に出たり、役に立たなかったり、絶体絶命になってもらう!

具体的にいうと仮面ライダークウガくらい毎回ボロボロになってもらう。

けどメンタルだけは絶対最後まで折れないというのが主人公のブレないアイデンティティなので読者は安心して読める。

 

キャラ自分の元いた宇宙で死んだ恋人と同じ魂を持つ女幹部がいる。

敵でも味方でもない強さのみを求めた求道者がいて敵の宗教とはまた違ったクソめんどくさい宗教理由で襲ってきたリ共闘したりする。

こいつはサーボーグで骸骨顔なのにラーメン大好物武器は超伸びる剣とマント(ポンチョに近い)のみ。

 

結末は「これからも俺たちの戦いは続く!」でもいいし、

神と相対するシーンを描けるくらい実力があれば描いてもいいし、

そこはあんまりこだわらなくてもいいと思う。

メインは主人公が多世界渡り歩く冒険にあると思うから

この作品のいいところは長期連載になっても読者が昔の話を知らなくてもついていけるところだよね。

ワンピースとか仲間作りまくってそれぞれの過去と掘り下げとかしなきゃいけないもん。

でも俺の漫画は別の宇宙に入ったところで他の世界との関係性は切れるから

そこから読めば話は理解できる。

魔法ファンタジーものにしたければ魔法世界転移させればいいし、なんでもあり。

なんなら人間生物のいない世界だって飛ばしてもいい。

無限可能性が俺の漫画にはある。

 

問題は俺にこれを描けるだけの才能がないってことだ。

 

追記:

主人公転送によって与えられる知識能力には限りがあるけど

現地で学び成長する分には転送速度に左右されない。

SF物なのに修行パートだって描けるし省略することも可能

特に習って欲しいのは格闘術。

師事を受けた相手によって世界ごとに英証券クラヴマガシステマテコンドー柔道空手、いろんな格闘スタイルになる。

2018-02-02

anond:20180202112835

ぱっと思いつくのはEVEバーストエラーだな

こないだリメイク版やったら主人公のいい大人の男がモノローグでくすんくすん言いまくっててくっそきもかった

2018-02-01

anond:20180201223615

わざと追突する・される、脱輪とかエンストとかスリップとかバーストとか実体験する技能時間必要だよな。アクシデントに遭ったら落ち着いて左に停めるんだ。

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

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2017-12-09

エロ動画保存をやめたのにハードディスクが足りなくなる。

こんな事が起こるとは予想しなかった。

エロ動画の保存をやめたらハードディスクバーストすることはない。

そう思っていた。

実際それは正しかった。

俺のハードディスク10年以上余裕で余りまくっていた。

ディープラーニングを始めるまでは。。。

ディープラーニングを始めてから全てが変わった。

ハードディスクを食い尽くす。VMware検証データ、そしてそれらのバックアップ

もうハードディスクに余裕はない。

エロ以外でハードディスクが食い尽くされるのは非健全だと思う。

2017-11-28

曲名に入ったことのない山手線の駅は全部で4駅

大塚……なし
巣鴨……巣鴨地蔵通り(金田たつえ
駒込……駒込バーストグループ魂
田端……なし
西日暮里……西日暮里の夜(キセル
日暮里……日暮里挽歌半田浩二)
鶯谷……うぐいすだにミュージックホール笑福亭鶴光
上野……あゝ上野駅井沢八郎
御徒町……MOTOR MAN ユニクロ御徒町(SUPER BELL"Z)
秋葉原……カオス秋葉原(まにきゅあ団)
神田……神田川かぐや姫
東京……東京(マイ・ペース)
有楽町……有楽町で逢いましょうフランク永井
新橋……クラシック新橋エイジアエンジニア
浜松町……浜松町ナイトクラブタブレット純
田町……なし
品川……品川ナンバー相対性理論
大崎……なし
五反田……逢いたくて五反田西野亮廣おかめシスターズ)
目黒……目黒川奥井亜紀
恵比寿……大漁恵比寿節(私立恵比寿中学
渋谷……渋谷で5時(鈴木雅之菊池桃子
原宿……原宿6:00集合(モーニング娘。)
代々木……代々木にて(サンボマスター
新宿……中野から新宿までの間にカバン電車に忘れた!(チャラン・ポ・ランタン
新大久保……新大久保パーリー(JacKs)
高田馬場……決闘高田馬場島津亜矢)
目白……目白通りいつも通り(東京60WATTS
池袋……池袋タイガーギターウルフ

トラバから西日暮里鶯谷御徒町高田馬場新大久保を追加

目黒を追加

大塚田端田町大崎の4駅は今のところ確認できなかった。

2017-10-20

anond:20171020073124

何アホなこと言ってるんだろうこの人。

ガス欠だってパンクや、下手したらバーストしたって路肩に移動するくらいできるだろうに。

そのために通行できるくらいの巾で路肩が設定されてるんじゃないか

まぁ、田舎の交互通行な高速道路では難しいところも多いけど、そういうところは須らく速度制限がきつく設定されているわけでしょ。

から日本交通取締り母性的に過ぎると揶揄されており、今でも過度の取り締まりだと言われているのに、更に増やすのか。警察官増員できて警察は喜ぶかもしれんけどな。

制限速度を全体的に引き下げたら、物流効率が一律に低下するんだけど、交通インフラにかけているコスト物流コストに対してよりペイできなくなるだけじゃないか

新東名とかの路面技術の向上によって、制限速度の引き上げを行おうとしている昨今、技術革新の方向と逆行しろとか、一部のキチガイ対応のために技術開発や試行錯誤無駄にせよとか短絡的に過ぎるね。

無謀運転する輩の取り締まりはいいし、適切に排除する方策模索するのも良い。

追い越し車線にのろのろと居座り続ける下手糞に運転教育を徹底するのも効果があるんじゃないか

そもそも論だけど、スバルとかでだしてる追突防止システムをより進化させて安全性の高い車を作る技術開発を進めた方が事故は減ると思うけどね。

最終的に自動運転車両ばかりになれば事故なんてなくなっちゃうんだろうし。

2017-10-01

ソシャゲ日記

ガル

獲得Pが半減したのに報酬ラインは変わらないので、これは厳しい。

1枚取りだけなら余裕過ぎるな、とか言ってたのがついにバレたのか。

・神プロ

平常時にSTANDARDでアイテム集めてバーストタイムで消化するって方法を考えたけど、

そういえばバーストタイムは全員同じ時間ではなかった。

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