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はてなキーワード: 期末テストとは

2020-11-14

就活が辛い

毎日のように就活を辛い辛いと言っているが、よくよく思ったらなんで辛いのかよくわからないので言語化してみることに。

著者ステータス

以下つらみポイント

就活が始まるのが早すぎる

就活大学四年生の3~4月くらいから始めるものだと思っていたが、どうやらwebエンジニア志望だともう動かなければいけないらしい。ということを私は2週間前くらいに知った。

急いで就活サイト登録し、アドバイザーの人にカウンセリングをしてもらったが今から準備をするのは遅い方だと言われてしまった。

特にweb系だとポートフォリオ必須らしく、急いでポートフォリオ作成しているのだが後述するようにこれもつらみポイント

web系に就職するなんて考えてすらいなかったので、ちゃん勉強してなかったのも後悔している。特にセキュリティネットワークに関してはちゃん勉強しておけばよかったと後悔・・・

大学講義が難しすぎる

上でも述べたが私は自分の専攻に全く興味がない。じゃあなんで受験したんだと言われると「東京で二番目に偏差値の高い大学で二番目に入りやす学部だったから」以上の理由はない。カスである

大学3年生となれば講義もより専門分野に踏み込んでくる。幸いというと不謹慎まりないが、コロナ禍で講義オンラインになったことにより録画を見返せること、評価期末テストから期末レポートへ変更する講義が多いことにより平常時よりは楽だが、それでも普通に興味がなく、さらにそこそこ難しい分野を勉強しなければいけないのは辛い。

特に実験はまじで辛い。わたしポンコツすぎるせいでペアの人にも迷惑をかけてしまうし、合成はめっっっっっっっちゃ時間かかるし、録画して見返せないし・・・

インターンが忙しい

そこそこのweb企業フロント/バックエンドエンジニアとしてインターンをしているのだが、それを週三も入れてしまっているのである。アホ。

私はマルチタスクが得意な方ではないのだが、まともな企業インターンをしておかないと就活で苦労しそうだなと思いたまたま見つけた企業インターンに申し込んだ。それが間違いかどうかはまだわからないが、少なくとも8h/dayを週三は馬鹿すぎる!授業は聞かない前提で後で録画を見直さなきゃいけないし・・・

あと強強webエンジニアでもないのに初っ端から特に構成説明もなく開発に参加しなければいけないのは辛かった。今はなんとかやってるけど一ヶ月前とかひたすらコード読んでたわ!Reactとか触ったことなかったのに!

こんな状況でポートフォリオ作成とか無理!!!!!

上記ポートフォリオを作らなければいけないと知ったのが先週だが、こんな忙しい状況でポートフォリオとか無理!しか自分はあまりフロントエンドを触ってこなかったので、かなり辛いところであるtsを前の企業で触っていたのは不幸中の幸いだったが・・・

でも知らないことを学ぶのは楽しくて、特にフロントエンドは自分にとって新しいことばかりなのでポートフォリオ作成は今一番楽しい現実逃避しているだけかもしれない)

周りに就活している人間がいない!

私の大学学部生の90%以上が院進学するやばい大学なので、必然的学部四年で就職する人間は少なくなる。そのせいで友達有益なこと、辛いことを共有したり、傷をなめ合ったりすることができない。

今までレポート課題など辛いことはあったが、それは友達もみんな辛いので一緒に教え合いながら(一方的に教わっていたかもしれない・・・)乗り越えてきたが、就活はそういう相手がいないので本当に辛い。

相談できる相手が親と就活カウンセラーしかいないのはめっちゃ精神的に辛いです

最後

どこか私を雇ってくれ!!!webアプリ開発なら新卒という枠組みの中で中の上くらいできると思うし、モバイルも少しかじってますよ!

2020-11-01

今日覚えた言葉 Slacker

Slacker

A person who does anything they can to avoid doing work. A person who doesn't do a big project till the last night, and then does it half-assed and turns it in. A person who writes urban dictionary definitions instead of studying for his finals. A person who would rather smoke weed and play video games all day than do anything else.

https://www.urbandictionary.com/define.php?term=slacker

Deepl翻訳

仕事をしないために何でもする人。大きなプロジェクト最後の夜までやらず、中途半端にやって提出する人。期末テスト勉強をせずに、都会の辞書定義を書く人。他のことをするよりも、一日中マリファナを吸ったり、テレビゲームをしたりする方が好きな人

2020-08-02

anond:20200730063425 悪夢バリエーション

同じく45歳オッサンがよく見る悪夢を紹介

高校

派遣社員・有期社員

  • 前に歩こうとしても、重りを背負ったように一歩も歩けない夢
  • 車を運転中、ブレーキを踏んでも全く効かない夢
  • 歯がボロボロと抜ける夢
  • 人を殺していたことを思い出す夢(注・殺してません
    • システム運用夜勤やってたんだけど、仮眠中とか夜勤明けで寝てる時なんかに確率で見てた。教育ローンの返済とか将来のこととか行き詰まってたんだと思う。これ、転職して金銭的余裕が出来たのと、いきなりクビになる心配が無くなってからはあまり見なくなった。人を殺していたことを思い出す夢ってのはどうしてこんな夢を見るのか……。目が覚めた時に本当に心の底から夢で良かったと思う。

現職編

  • 異動後に初日休職となった同僚が何事もなかったように現職に復帰してる夢
    • 夢の中で「俺、戻ってきちゃった」とか言ってる。目が覚めて「ああ……」という気分に。

2020-07-20

就寝前07/19

今日は何もしない一日だった。これ程無意味有意義休日はないに違いない。

明日からはまた一週間が始まる。憂鬱で退屈で、死を選んでしまいそうになるほど嫌だ。

昨今の新型コロナウイルスの影響で、学校7月いっぱいある。しかし、期末テストが終われば午前中で帰れるので、然程苦痛ではないだろう。

一週間ほど前からか、咳が出始めている。こんな世の中なので通学で利用する電車内では怪訝な目で見られてしまう。

仕方のないことなんだろうけども。

明日の私には頑張ってほしい。

2020-07-18

人生一発逆転したいという欲望

 人生一発逆転したい、という欲望がある。

 自分を見下してきた人間を一発逆転して見返したい、とも言い換えられる。



 思えば、この欲望に取り憑かれるようになったのは、中学生の頃だ。

 しかし、事の始まり小学生時代まで遡る。

 私の小学生時代は暗い。私は、醜い顔に生まれ、些事を大袈裟に捉えては珍妙な動きをする子供だった。小学校は、そういう子供が何事もなく健全自我を育める場所ではない。加えて、私は運動神経も悪く、体育は晒し上げの場として機能した。

 周囲の子供は私を、音の鳴るおもちゃとして扱うこともあったし、いじめ対象として嘲笑うこともあった。「こともあった」と濁しているのは、いじめ対象とならない期間もあったかである。ただ、当時から既に存在したスクールカーストは、いじめがあろうがなかろうが、常に私を下方に位置付けた。

 ともかく、小学校6年間かけて、私は、「人よりも劣った存在」という自己認識を獲得した。

 この自己認識が一転したのが、中学校最初テストである最初期末テストで思いがけず良い成績を取ったのである

 小学校時代、私はお世辞にも良い成績とは言えなかったため、仰天した。あれだけ自分を見下していた面々が、テストの点という尺度では私よりも下位にいたのである

 この成績は幸いにもまぐれではなかったようで、後のテスト継続して良い成績を取り続けた。

 すると、何が起こるか?

 あれだけ自分を蔑んでいた面々が、「勉強を教えてほしい」「お前は成績がいいか高校選べていいよな」等と言いに来るようになるのである自分馬鹿愚鈍だと嘲笑っていた彼ら彼女らの顔面が、悔しさと羨望に塗りつぶされていく様子を、目の当たりにした。

 私は味を占めた。人生一発逆転、最高。

 この胸のすく思いをもっと味わいたい。

 これが人生一発逆転したい、という欲望に取り憑かれたきっかである

 私は、この欲望を追いかけて、追いかけて、追いかけて、やがて大人になった。



 ……



 欲望に忠実に行動した結果、私は、「順調に人生を歩んできた奴」になってしまった。

 人生一発逆転の醍醐味は、ビフォアフターの上昇率にある。「あいつ、どうでもいい奴だよな」と言われていた人間が、ある事柄を機に上昇気流に乗り、一気に空へと吹き上がる。それを地上から見上げる人々の顔を空から眺めるのが気持ち良いのだ。

 ずっと人生一発逆転を必死に追いかけた自分は、大成功はしていないけれど、そこそこ順調だ。ただし、ほぼ能力限界まで努力をしてしまったので、もう大幅な上昇は見込めない。もはや、天空をふわりふわりと飛んでいる他人を、屋上から見上げることしかできない。

 今から私が能力限界を超えて何か事を成したとしても、それはある意味「順当だ」と見なされてしまうだろう。裏でどれだけの汗と涙があったとしても。

 逆に、今でも下にならどこまでも落ちることができる。つまり、「人生逆転される側」になってしまった。しかし流石に、誰かの人生一発逆転のために、わざわざ屋上から飛び降りようとは思わない。



 人生一発逆転したい。自分を蔑んだ奴らを見返して、胸のすく思いをしたい。そう思って周りを見渡しても、蔑んだ奴らはとうの昔に、散り散りに去っていった後だった。

2020-05-20

anond:20200520222043

??成績ってなんなんだろう?

まさか公務員は毎年期末テストをうけてるとでもおもってるんだろうか

2020-05-11

まれて初めてBOOK OFFに行った話

ちょうど期末テストが終わり、友人に漫画も、ゲームも、フィギュアもあるで!!と聞いて、テスト帰りに一人でBOOKOFFがある駅で一人で降りて、足を踏み入れた。

すごーい!!大量の漫画!!!

興奮して少年漫画コーナーに行くと、兄の友人がいた。

そんなに仲良くもないが、いつも漫画の話をたくさんして来るので、苦手な人だった。

目があってしまったので、会釈だけ済まして逃げる。

私が行きたいのは、少女漫画コーナー!

たくさん立ち寄みすると、他にもないかな〜と別のコーナーに行こうとすると、男子クラスメイトがいた。

地味で、アニメが好きで、いい人そうな、喋ったことのない男子だ。

ペコリと会釈だけすると、向こうも返してくれた。

私は少女漫画の隣に、男の人同士がイチャイチャしてる表紙を見つけた。

友人が好きなBLというやつだ…と思い、興味本位で読んでみた。

えっ。エロ…。

でも私はすっかりそのエロに釘付けになってしまい、下半身がもぞもぞする感覚を覚えた。

漫画に夢中だった私は気にせずに、全部読み終えた。本棚に直すと、男の人がさっと私の後ろから歩いていった。

え…。

よく考えたら、お尻のあたりに変な感覚があったのだ。気づくべきだった。

いや、勘違いかわからないけど。

痴漢かもしれないと怖くなって、他のコーナーに走った。

兄の友人がいて、CLAMPのXを読んでいたので、どんな話なのか聞くと、30分ほど話された。

いつもの様にうざさは感じず、なぜか安心した。

しかしうざさが戻って来た頃、離れようとすると、

あっ、増田さん…!良かったら、どうぞ!と言って、クラスメイト男子10%割引券を渡してくれた。

癒やされて、笑顔で受け取った。

でも怖かったので、浦沢直樹MONSTERだけ買ってすぐ家に帰った。

兄に今日の出来事を話したら、一人でBOOKOFFに二度と行かないように、と言われた。

MONSTER面白かった。

2020-02-05

修論失敗する人間典型

この時期になると修論出せませんでした or 不合格でしたっていう報告が相次いで

それに的外れコメントする人が多いんだけど

修論に失敗するのはほぼほぼ下記のような「試験期間になってから勉強を始めるタイプ」ばっかり

普段は授業で寝てるんだけど中間テストとか期末テストの1週間前になったら

先輩・友人から過去問入手して対策勉強だけしてテストに臨むタイプの人。

過去問外しが来て撃沈しても先生に頭を下げて追試してもらって留年を免れたりして大学院まで来ちゃった人。

修論提出1ヶ月前ぐらいにフラッと研究室に来て

「何をやればいいんですか?先輩の論文からコピペすればいいんですかね?」

っていういつものノリを発揮して撃沈する。

もう、だいたいこのパターン。何かを得るための努力の最大値が1ヶ月みたいな人。

「追試っぽいのとか、下駄を履かせるとかないんですか!?

みたいな意味不明なことを言う場合も。

卒論レベルであれば先輩論文ほぼコピペみたいなものを書いて1ヶ月研究室に泊まり込んで

最終的にはお涙頂戴で卒業できるような大学もあるらしいけれど、さすがに修論はそういうのないし博論だと全く不可能

指導教員のせいにする人も多いけど、指導教員としては

研究室に来てください」

って言うくらいしかないし、それすらできんのは土俵に上がってないわけでどうしようもない。

授業料分ぐらいはしっかり指導せーよって思うような教員もいるのでなんともだけど

そもそも学生20歳すぎて数年経ってるはずなんだから自分のことは自分でしっかりやれよ、と。

個人的意見だけど、修論ってのは1年間とかの長い間取り組んできた研究内容について

最後報告書として提出するためのものであって、提出すれば修士がもらえるもんじゃない。

1年間とかの長い期間研究した行動、それによる成長に対して修士を与えるもんであって

1ヶ月前に「何したらいいっすか」みたいな感じで来ても「いや、無理じゃね?」っていうのが一般論

もちろん中には1ヶ月でスラスラ〜っと論文書き上げて修士取っていく人もいるか

「じゃぁ何ヶ月前に来たらいいんですか!」みたいな質問には答えにくいんだけど

感覚的には最低でも半年ぐらいは一つのテーマ真剣に取り組まないとなかなか修士レベルにならんよね。

なので失敗した人は心を入れ替えてここから半年間頑張って研究すれば十分修士を取れると思う。

頑張って半年後の卒業目指してくれ。

心配せんでも社会に出てから半年遅れなんて誤差にもならんぐらいどうでもいいから気にすんな。

2019-12-06

共学高校に行きたかった

昨日期末テストが終わり、三学期は授業がないのでほぼ高校生活が終わった今、ふと共学に行きたかったなぁとか思ってしまった。

日常的に女がいる環境(母親とか妹とかの家族を除いて)で3年間も過ごせるってすげー恵まれてないか

彼女を作りたいとかもあるが、どっちかというと女がいる環境合法的にいきたかった。共学ってポテンシャル高くね?

いまだに電車とかで隣に若い女が座るとなんか居心地悪い。

女慣れしていないまま大学行っても女の子とろくに喋れる気がしない。終わった

あーおっぱぶ行きてぇ

2019-05-05

先生と私

20歳以上も年上の先生に、心を奪われた。

私は、それなりに不真面目な大学生だ。人の中で生きるのが下手なまま、自分でもどうにかなる道を人に流されながら生きてきた。そんな中、一年前に先生出会った。

最初は興味など毛ほどもなく、大教室で受けた先生の授業はあまり聞く気が起きなかった。何より私は目が悪く、遠くにあるプロジェクターに映された映像や、先生の顔を見ることができなかった。見ようとも思わなかった。眼鏡コンタクトレンズ越しに世界を見ることが勿体無いことのように感じていたので、意地でも眼鏡をかけなかった。私は授業をろくに聞かず、期末テスト適当に受けた。元々その授業の科目に詳しかった私は最高評価の成績を頂き、ああ楽だったなと思った。それだけだった。

そんな中、隣の席で私より真剣に授業を受けていた友人が、こう言った。

「あの先生、すごくかっこよかったよ。」

そんなバカな、と思った。私は似たカテゴリの授業を当時もう一つ受けていたのだが、その先生が厳しい口調で険しい顔の人だったので、どうせ同じような人だろうと内心勝手に決めつけていたのだ。私は友人に先生写真を見せてもらった。先生は、知的美少年をそのまま大人にしたような、ミステリアス紳士のような顔をしていた。特別私は面食いではなかったので、へえ、かっこいいんだなあと思って、本当にそれだけだった。相変わらずそこまで興味は湧かなかった。

それから一年が経った履修登録の時期、友人はまだその先生のことを気に入っていたようだった。私もよく友人から話を聞いていたので、ほとんど関わりのない先生の印象が、なんとなく面白い人という風に固まっていた。そんな中、その先生の別の授業を見つけたのだ。目の保養になるだろう、なんてことを考えながら、私は友人と軽い気持ちでその授業を履修した。

最初は、ああ想像通りの人だなと思った。物腰が柔らかく、自分の好きなものの話を嬉しそうにする、少し抜けたところのある先生だった。特別嫌な授業じゃなくてよかった、そんな気持ちで授業を受け続けていた。

だがある日、それはなんのきっかけもなかった。何もない普段通りの授業の日、私は授業を受けながら罪悪感のようなものを感じていた。先生が足を動かして、その手で黒板に文字を書いて、優しく言葉を紡ぐたびに胸がざわざわした。私は授業を受けにきている、この場に学びに来ているだけなのに、この人に褒められて、甘やかされて、抱きしめられたいと思った。その気持ちと後ろめたさで、モヤモヤした気持ちのまま授業を終えた。

私は小さい頃から父親と過ごす時間が多くはなかった。父親が家にいても、よく母を怒鳴っていた。もちろんものすごくお世話になっているし、ここまで育ててもらって大学にも通わせてもらっている。そのことに感謝はしているが、理不尽に怒鳴ったり、人を馬鹿にして人格否定をしたり、母には厳しいのに私には君が悪いくらい甘いところがあるのがどうにも受け入れ難く、いつから父親との接触を避けていた。

父親が苦手な女性母子家庭で育った女性は、父親から愛情を受け取れなかったため、父親と近い年齢の男性にそれを求めることがあると聞いたことがある。要するに、そういう環境で育った人は、うんと年上の人を好きになりやすいのだ。私は先生父親の代わりにしたいのだろうと勝手に思っている。先生は優しい声で、とても丁寧に喋ってくれる。人を怒鳴ることもないし、大きな音を立てることもない。立ち振る舞いは上品で、私たち身体を無遠慮に触ることもない。嬉しそうに微笑む先生を見て、私は胸が切なくなったし、同時にこの人がお父さんだったら、そう思った。

私はなんとなく、これが恋愛感情に近いものだと感じている。同時に、先生自分を甘やかしてくれるような父性を求めている。同年代恋人父性を求める人はいると思うが、先生は私よりずっと年上の人だ。私は本来、父にこういうものを求めていたのだろうか。そう考えると、自分気持ち悪くて仕方がない。この気持ちが、恋であってほしくない。ただ仕事上私に接してくれているだけの人にこんなことを求めるなんて、自分は本当に勝手だと思うし、向こうは思わせぶりなことをした訳でもない。ただ優しい人であるだけだ。こんなよくわからない気持ちを向けられても困るだけだろう。私は自分が受け入れられない。

先生言葉を交わしたことは、ほとんどない。先生にとって私は有象無象の一つだろうから、もし万が一お付き合いしても年齢がだの責任がだの周りの目がだの、そんな心配は要らないものなのだろう。だがそんな妄想一喜一憂しながら、これが恋なのかそうでないのか考えあぐねている。

私がどうするべきかはわからないが、ただこれが恋だとしたら、実らない方が幸せになれるのだろうなと思った。

2019-02-18

高校留年危機テンション高まってきた

今週火曜日から始まる期末テストで、評点6個以上上げないと留年ッッッッッ!

だがまだノー勉ッッッッ!

親に来年高校五年目の学費だしてもらうナリッッッッッ!!!

2018-12-18

高校留年が決まった

二期の期末テスト悪すぎた

最悪だ

親にボコボコにされる…

2018-12-16

もう、この子ったら

昼間っから増田ばかりやってるんじゃありません。

勉強はどうしたの?期末テスト赤点取ったら

クリスマスケーキプレゼントも無しだからね!

2018-12-14

若い子たちが政治を気にしない理由

だって高校生の子にとっては、来週の友達と遊ぶ予定や期末テスト対策の方が大事で、大学生の子にとっては、バイトで貯まるお金サークルで遊ぶことの方が大事なんだもん

そら、政治なんて気にする余裕はないし、色々言われててもなんやかんやで大体の人にとっては昨日と同じく暮らせてしま日本は恵まれてるんだと思うよ。

2018-12-08

底辺からまあまあの勝ち組に這い上がった

 小中学校ではそれなりにいじめられていた。太り気味で走るのが遅かったし。頭はそこそこ回ったので勉強教えてやったりして自尊心を保っていた。だが勉強せずとも授業だけでイケる、みたいな間違った自負を持ってしまったせいで勉強の習慣がつかなかった。

 成績ランクに基づいて高校に進学してから、ついていけない科目が出てきた。特に数学。1年の1学期中間テストでは満点近かったのが、期末テストでは30点台にまで落ち込んだ。壁にぶち当たった。だが勉強はしなかった。親は家庭教師をつけようとしたが拒んだ。とにかく勉強が嫌いで、大学に行こうなんて気には全くならなかった。ゲームプログラマーになろうと思って専門学校に進学した。

 専門学校の授業内容は簡単すぎた。中学生ときゲームプログラミング教科書だけ与えてくれれば、半年で2年分の知識を身につけられただろうと思う。だが楽しかった。ひたすらゲームを作りまくった。ネットゲームを作ろうとして挫折し、3Dプログラミングにも挫折したが、2Dゲームを作りまくった。

 卒業が近づいたが、就職しようという気持ちにあまりならなかった。好きだったゲーム会社に1社だけ申し込んでみたが、書類で落ちた。ところで、その頃はエロゲーブームだった。高校の時から憧れていたエロゲークリエイターがいたので、その人の会社電話してみた。ゲームエンジンを作ってもってこいと言われた。作った。そのときには卒業から半年経っていた。

続く

2018-11-16

anond:20181116111146

その歌

「じたばたするなよ!」

期末テストがくるぜ!」

って歌ってたきくちくん元気かなあ

2018-08-18

うんこ漏らしたことがある。約一年間で二回も。

タイトルの通りであるうんこ漏らした時に増田に助けてもらったので恩返しという名の懺悔をする。

かに言わないとやってられない。増田なのでこの際包み隠さず書く。うんこ漏れたけど。

一回目。あれは七月の終わりごろ。

私は大学生で、確か期末テスト一週間前だった。

自宅から自転車で駅に向かい電車に乗り、電車を降りたらまた自転車に乗るという通学をしていたのだが、

何をどうやっても一限の始まりに間に合わず、間に合わない以上は出来るだけ急ぐのだが、腹の調子が悪い時はそれは地獄であった。

毎回うんこ漏れそうだなとか思いながら駅のホームの端にあるトイレに駆け込んだりしていたり一回民家に駆け込んだこともあったのだが、

七月のそのときは少し事情が違った。いやよく覚えていないのだが…

確か駅を出た時にはそんなに腹の調子は悪くなかったのだが駐輪場に移動してしばらくチャリを漕いでいたらヤバくなったような気がする。

駐輪場から大学まで微妙に遠く、大体十五分くらいかかるのだがうんこ漏れそうなときにそんな時間耐えられるわけがない。

悲しい。今思い出しても情けない。路上うんこ漏らす大学生自分がなろうとは。

うんこをどうやって処理したか微妙に覚えていないが、多分大学まで行ってトイレで処理したのだと思う。

何せ初めてうんこ漏らしたわけなのだから内心パニックである。もう本当にどうしたのやら。とりあえず「うんこ漏らした」とかでググったのはしばらく後だった。

うんこ漏らしたのはもう事後だからどうしようもないが問題講義である

さっさと帰れよウンコマン自分で思ったがそうはいかない。テストの予想問題の解答をやるとか何だとかで一限は出ないといけなかった。

おまけに二限は配られたプリントを回収しなければならなく、三限も何かあった。

から一限には出た。うんこ漏らしたけど普通に座席に座った。匂わないかハラハラしていたが今考えるとハラハラする以前に人間として大切何かを失っていたように思える。

何やら汁っぽいものズボンに染みていたはずだが念入りに拭いた(はずだ)し、ズボンの色は深い紺色でカモフラージュされたので結果的に妙な悪運を発揮したことになる。

パッと見ではわからないのだ。

ただうんこの処理やら何やらで入るのは遅くなったし板書の文字は見えないしで一限の講義はひたすら辛かった。

一限が終わって教室移動。一限は専門だったが二限以降は全学共通科目、つまり一般教養であり、比較的出席などは緩い。三限も同様。

二限の科目がまさにそうで、プリントは毎回配るが大部屋で出席確認はなし、テスト一発という今この状況ではとてもありがたい科目であった。

さっさとプリントをいただいた後コンビニに向かう。

パンツを買うのだ。

まずはパンツを替えたい。

猛烈にそう思っていた。

この時コンビニトイレが閉まっていたというのが妙に記憶に残っているがそこでパンツを替えたかったのだろうか…今となっては良く分からない

とりあえずコンビニトイレが閉まっていたので大学トイレに向かいパンツを替えた。

しか事態は深刻であるパンツを貫通して汁がズボンにまで到達しているのである。一限は仕方なく、本当に仕方なく席に座ったがこれ以上のうのうと講義を受けていられる気分ではない。

から帰った。三限は出なくても問題なさそうな感じだったので躊躇いはなかった。電車では立つと見られるかもしれなかったので座席に座った。もうマジで汚い。

私は実家から通っていたので、家事もそれなりに請け負う。テストが近いので早めに帰って風呂を洗うのは良くやっていた。

おまけに日中家族ほとんど出払っていて、居ても風呂からは遠い。

それらの事情を利用して、風呂場を洗うついでに、パンツズボンを洗った。ものすごく念入りにシャワーで流し石鹸で洗った。

パンツは捨てようにどこに捨ててもバイオテロなので洗うことにした。ズボンは直接うんこが付いたわけではなかったから捨てるわけにはいかなかった。

一応パンツズボン洗濯機に放り込んだ。うんこはきれいさっぱり流されて微粒子レベルしかないことは確認済みだったか大丈夫ということにした。

選択されたものを見ても綺麗になっていたので一応の解決はされた。

以上が一回目である。このときはもう二度とやらねえと思っていた。

二回目は年が明けた三月の初旬。浪人時代友達焼肉を誘われてそれを食いに行った帰りである

長期休暇で碌なものを食っていなかったからであろう、久々の肉は私の腸内環境を大幅に活発化させた。

私はあの日以来うんこ漏らしてもパンツビニール袋は持ち歩いておこうと思ってリュックに入れていたのだが、

この時は別のカバンで外出していた。

私はそれが悲劇に繋がるとは肉を焼いているときには予想だにしなかったであろう。

家の近くの駅から出た時であった。これはヤバイ確信する何かがあった。

とりあえずトイレを求めて駅近くの交番に行ってみたら警官はいなくて代わりに知らないおっさんに「ここトイレないよ!」と言われた。誰だったんだ。

そして急いで駐輪場に向かう途中で…

この時妙に冷めている自分がいた。「またかよ…」

ケツを浮かせながら家に帰る。幸いにもまた家族は出払っているらしく、風呂も洗ってなかった。おかしい帰ったのは十一時くらいだったが。

ともかくうんこを流してパンツズボンも洗って洗濯機へ放り込む。

二回目なので手慣れたものである。こんな汚い作業手慣れたくなかった。

うんこの処理をしているときうんこのかおりで小学生時代の最悪な思い出が蘇った。そう過去にもうんこの処理をやったことがあるなと。

あれは小学三年だか四年だかのこである掃除をしていたら学校トイレが詰まっていたのだ。

私は運悪くトイレ掃除の係だったのだが他にもう一人A君という男子が居た。

おぼろげな記憶ではA君は確かトイレが詰まっていた時にカッポンがないか和式便器に手を突っ込んで詰まりを取り除いていたような…

いや、よそう。こういうのは思い出してはいけない。最悪な思い出をこれ以上共有するべきではない。

初めての増田でこういう最悪な記事を書いた私が言うのもなんだが、今初めてうんこ漏らしてこれを見つけたあなた、少なくとも私よりはマシですよ。

とりあえずうんこ漏らしたらパンツ買って家に帰りましょう。それと捨てなくても洗えば使える。以上。

2018-08-06

俺は虚栄心のためにオタクをやっていた

どうせ虚栄心のためにやるのなら勉強をしているべきだった。

何か一つでも誰にでも自慢できるような特技を身につけるべきだった。

ポケモン名前タイプ相性を全部言えるから何になる?

遊戯王歴史を諳んじれることに何の意味がある?


そもそもオタクとしてマウントを取ることで虚栄心を満たそうとしていたのかが冷静に考えると意味が分からない。

ガンダムMS名前を言われて咄嗟に聞きかじりの考察相手に投げつけて見せる行為で、どうして自分が人より優れていると感じてしまったんだろう。

新作エロゲ徹夜クリアして同じく速攻でクリアした連中と感想をぶつけ合うことで、どうして自分たちが特別で他の人間より高みにいると思い込めたんだろう。

理解が出来ない。

今の自分には、過去自分が全く理解できない。

自分はなんてマヌケな事をやっているんだろう。

アリアハンの周りでスライムだけを倒し続けてレベル50になったという自慢話を期末テストの当日に始めるような痴態を晒しておいて何で調子に乗っていられたんだ。

そこまでして他人とは違う自分になりたかったのか。

自分は他の人間よりも特別であり、その特別さは当然何らかの部分で他人よりも秀でた物があるからである自分に言い聞かせるための手段を選ばなすぎたっていう事なのか。

自己愛に振り回されすぎてたいんだ。

こんな事はもう辞めよう。

普通の事をして普通幸せになろう。

アニメを全部見ることを目的アニメを全部見ようとするのをやめよう。

いつか誰かに「このマンガ読んだ?」と聞かれた時のためにマンガ必死に読み込むのはもう辞めよう。

自分が楽しむために生きよう。

それは単にオタク卒業しろということじゃなくて、いつか出会うどこかのオタクに「こやつwww出来るwwwで早漏www」と言わせるためにオタクをやることを辞めようってことだ。

そして同時に、いつかどこかで出会一般人に「この人素敵」と思わせるために筋トレをしたり勉強をするのもやめようってことだ。

ああ全くなんでこんなにも自分は虚栄心が強くなっていたんだ。

その原因は社会にもあるのだろう。

子供の頃から特別になれ」「好きを極めろ」「他人にない武器を持て」「そんな普通人生じゃ就活で負けちゃうぞ」と言われ続けていたんだから仕方ない所もあるはずだ。

でも社会人間は人にはそういう癖に実際はそういう人間はそんなに求めてないんだ。

等身大自分を認められる等身大のままでいることに苦痛を感じないままに等身大相手目線を合わせて話が出来る人間を欲しているんだ。

じゃあなんであんなに他人特別を求めていたんだろう。

多分、それは、俺が自分に心地よい言葉だけを拾っていたからそう聞こえたんだ。

普通8割にアクセントとして1割の強みと1割の個性社会は求めていた。

俺はそれを聞き間違えて9割の個性と連動した強みを持てばいいと思いこんでしまった。

なんてこった。

ただ普通にやっていればいいという言葉は、口にされない事の方が多くて、何故口にしないかと言うといまさら言うまでもない言葉だったからだ。

俺はそれを聞き取れなかった。

言葉になっていない声を聞き取れなかった。

いや、聞き取っていながらも、その瞬間瞬間に特別に劣悪な誰かに向けた言葉だと思いこんで、全ての人間が耳を傾けるべきだとは思っていなかったんだ。

大間抜けだ。

俺は間抜けだ。

それを認めたくないばかりに、人よりも知識量で優れた何かを求めていたのやも知れぬ。

2018-03-10

できる人になるたった一つの

それは腹に落ちるという感覚を身に着ける事だ。

例えば勉強公式を教えてもらったとする。

普通の子テストに向けて公式を使った問題を繰り返し解いて勉強する。テスト終わるとそれで終了。

できる子は期末テストとか実力テストとか決められたマイルストーン関係なく、腹に落ちるまで考え続ける。

なぜその公式を使うのか、なぜその公式はそのような形になるなのか、などいろいろ深堀する。

できる子は、"わかった"がすぐに手に入る程チープなものではないと知っている。

周りは"言われた通りにすればできた"で終えるけれど、できる子は"なるほどそんな簡単なことだったのか"、とか

"それ以外はあり得ないわ"という感覚になるまで試行錯誤を続ける。

結構大変な作業だけど、心にもやもや感が残って気持ちが晴れないよりずっと気が楽だ。

一度わかると、そうする以外は非合理だと知っているからもう忘れない。

知らない道を歩いても、帰りの時は早く感じる。できる子はそんな感覚をいろんなところで感じている。

で、周りはその人を見てこう思う。あいつは要領がいいからできるんだ、と。

逆にできる子は周りを見てこう思う。何故もやもやを放っておけるんだろう、と。

2018-02-19

せめぎ合う遺伝子

私は高校二年生の女子です。スタンド能力を持っています普段はここは見てるばっかりなんですが、今日相談があって投稿しました。

クラスに学年で多分一番きれいな子がいて、名前は玉木さんと言うのですが、最近彼女私物がいたずらされることがよくあるんです。

玉木さんはクラス大人しいグループに属していて、派手目なグループの子も一目置くくらい美人なんです。スタイルも良くて美脚

半年くらい前からサッカー部の先輩の更に先輩の大学の人が玉木さんに交際を申し込んで断られていました。

玉木さんが、4組の飯田くんとお付き合いすることになってから、どうもサッカー部の人たちが先輩から命令されて玉木さんの私物にいたずらをするようになっています

はじめサッカー部かどうかわからなかったのですが、サッカー部の人をSNSを見た人が多分そうなんじゃないかって。

大人しくて、とってもかわいいから、玉木さんがターゲットになってる。

男子も初めは命令でやっていたんだけれど、そのうち楽しんでいるみたいで命令じゃなくて自分たちでいたずらをしているように見えます


それで、私のスタンド能力は「浸透し固着する能力」です。

スタンドが液体状になって、布とかに染み込む。それで染み込んだスタンドを固着する。もとから布に染み込んでた汚れとかをはじき出せる。

鍵穴とかに染み込ませて、固着して鍵にして、開けられます。小さな隙間に落ちたものとかも、染み込ませて固着させて、取り出せます

機械とかのネジも、隙間から染み込ませて固定して、力を加えて外せます

天井に穴とか隙間があれば、そこに浸透させて固着して、ぶら下がれたりします。

マンガみたいに闘うことはないからあまり使い道ないのですが、細かなものを取り出したり取り除いたりには便利なスタンドです。


それで、いたずらなんですが、玉木さんの上履き匂いかいだり、精子をかけるんです。こんなの書いてて嫌になるんですけど。

能力使ってこっそり玄関の上の吹き抜けの辺りにぶら下がって実際に見てしまいました。

玉木さん、多分他の私物にもいたずらされてると思います。お弁当かにぶっかけてるかも。グループうから詳しくないのですが、彼氏にも言えないみたいなんです。

クラスの一番のグループ友達高木さん)に相談したんだけど、どうも一番の女子グループのあるひとが、サッカー部と繋がっているみたいで。

私、こんなの嫌で、最近は気付いた時にはスタンド能力上履きに付いた精子を取り除いています

なんで誰とも知らない男子精子スタンドではじき出さなければならないのか。汚らわしい。

でも、玉木さんとっても困っているから。

私のこの能力で、何かサッカー部男子を止めさせる方法はないでしょうか。期末テストが終わって、またひどくなりそうなんです。

先生に言えばそれですぐ解決するのでしょうか。なんとなく、そうならないように思います

サッカー部男子の耳から私のスタンド流しこんで固着して、脳をひり出してブチ殺すことも可能なんですが、ちょっとそういう大事は嫌です。

よろしくお願いします。





スタンド名:NUMBER GIRL向井秀徳さんが好きです)

破壊力:C(JK2の自分の力よりずっと強く固着でき、時に壊せます。)

スピード:E(よくわかんないけど、遅いと思います。お母さんくらいです)

射程範囲:E(ほとんど身体から離せないので、バレー部でも役に立ちません(そもそもズルするのはダメだ)。)

持続力:B(休み時間くらいならずっと能力出しっぱなしでいけます

精密動作性:A(例えばラジオとかを分解・組み立てできます。)

成長性:B(一生懸命説明書とか仕組みについて学べれば能力さらに活かせます。だからB!)

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2017-12-16

三大+1=因 は ちーがーうーだーろー!

三大+1=汰。

はい、ここ、冬の期末テストに出るからね。

anond:20171216124255

2017-12-14

実際数学って一度躓いたら自力で這い上がれないのが問題だよなぁ

中学校の時に一度躓いて、中学2年生の時には数学大っ嫌いで後期期末テストで18点とかいう壊滅的な点数を取ったわけよ。

心配した親が「なんでわからんの?授業聞いてたの?」と言うから「わからないところがわからない。なにを言ってるかわからない話を聞いてる感じ。」と言ったらビンタされた。

親は心配したのか、春休みの間だけ帰ってきている京大に行ってる隣の兄ちゃんを連れてきて勉強見てやってくれとお願いしてきた。

隣の兄ちゃんとは昔からものすごい仲良しだったので、すごく質問がしやすかったのを覚えている。

そこで、そもそも1年生の時から関数で躓いていたのを兄ちゃんが見破って、「そりゃ二次関数とか入っても無理だよ」と笑ってたのを覚えている。

もう勉強を見てもらうどころじゃなくて、授業。1年生の数学教科書を引っ張り出してきて「わからないと思ったらわからなくても手を上げること」「俺は笑わないから恥ずかしがらないこと」って言ってくれて3日間ぐらいかけて1年生、2年生の数学を復習。

うそこに数学が苦手な自分がいなかったのを覚えている。

そこから高校数学検定ってのを準1級受かる程度には出来るようになっていた。

今思うと、あの時期に隣の兄ちゃんが数学を教えてくれなかったら一生数学を嫌いになって居たんだろうなって思う。当時の数学教師のことを恨むわけではないけど、とにかくこちらも見ずにただただ板書していくだけの先生だったのは覚えている。事実自分が18点のテストは平均点が60いくつでこのクラスはとても低いですと怒ってたのは覚えている。

その躓いた生徒の救済処置みたいなのが塾なのかなぁって思った。塾行ってるやつはやっぱり点数よかったしな。

(追記)

ビンタについて

「バチーン!!」って感じの怒りのやつじゃなくて、「ペチペチ」って感じの呆れたって意味ビンタだよ。そこは心配してもらわなくて大丈夫

 

数学だけじゃないよ について

これはそう思う。仕事もそうで、イケイケでやっちゃうとだいたい手痛いミスがあって、それがトラウマなっちゃって動け出せないことがよくあるし。

そもそも自分小学校の時から算数が好きだったので、算数数学っていう頭ではなかなか自分が出来ないことを認めたくなかったんだと思う。そんなことをしている内に躓いたんだよね。

なんだ、ガキの頃と今、やっていることは変わってないじゃないか絶望

 

教師について

批判する意図はそんなになかった(三年で数学取り戻した自分には板書だけでスピーディに進んでいくほうが面白かったし)けど、まぁ、そういう意味にとっちゃったらすみません

高校とき先生が最悪だったと思ってたけど、仕事をしている今、学生のように時間が余っているわけでもない教師個人レッスンまでしろってのは酷だと思います。部の活動とかもあるしね。

先生に聞きに行ったか っていうのは、だからそのわからないところがわからいから…え?わからなくなる前に聞け?だからからなくなる予兆がわからな(以下、わからないところがわかるようになるまで無限ループ

中2の娘よ、証明問題は捨てろ・・・

やる気になっている本人には言えない。

数学に関してはサボってきた娘なので、証明問題がそう簡単にできるようになるはずがない。

そもそも、中1の図形問題でひどい点数を取った後、数学をあきらめ、

中2の文字式、連立方程式で、数学嫌い人間が出来上がった。

それでも、何となく大学に行きたいと言うので、

何となくなら偏差値50以上の大学でないと学費は出さないぞと。

偏差値50以上の大学にいくには、この地域高校なら偏差値57、58ぐらいの高校に行かないとつらくなる。

が、今のままでは、高校入試数学20、30点しか取れないかもしれない。

ということで、入試時に50点は取れるように、

まずは中2の2学期末テストに向け、毎日10分程度の数学課題を出すことに。

10月中はひたすら計算問題やらせ連立方程式まではスラスラできるように。

11月からは1次関数を始め、毎日方眼紙グラフを書かせ、グラフを見ても抵抗感が無いところまでは持っていけた。

結果、2学期末テストは、平均点以上の点数をとることが出来たわけです。

そして、12月。今でも10分程度の課題はやってもらっているのですが、

どうしても学校の授業に沿った問題がやりたいらしく、証明問題にしてくれと言うのです。

聞くと、中学数学ちょっとした少人数制をとっているらしく、期末テストの結果から少し上のクラスになって、

本人は嬉しいのだけれど、ついていくのが大変だと。


しかし、1年生の時の図形を捨てた娘が、そう簡単証明問題が解けるはずが無いのです。

三角形内角の和が、180°だということも、スっぽ抜けてしまレベルなのだから

さらに、文章問題が苦手。国語はできるので読解力が無いわけではないのですが、とにかく問題文をテキトーに読む。

キトーなので、見当違いな計算を始めることもしばしば。

なので、1年生の文章問題、図形問題をさきにやり、3学期末テスト証明問題に向けてじっくり進めたいのですが、

数学の授業中の小テストが出来るようになりたいが先行しまっている状態



ここ数日、証明問題を出しては見ましたが、全く解答が進まない。見かねて、解答を穴埋め形式しましたが、それでも無理。

「わからなくなったら、何度でも問題文を読み返す」

これが、抵抗感なく出来るようにならないと、証明問題は無理なんじゃないかな。


そもそも高校入試数学で50点を目標にしているのだから

証明問題は捨てても良いのではと思うところもあったり・・・






「追記」

皆さん、いろいろなコメントありがとうございました。

ちょっと、思ったことを書いてみます

子供能力特に国語はできる」に引っかかっている人が多いのですが、その通りです。

文法的ものは、全然だめ。社会理科の暗記は得意なのだが、文法のように構造理解するのが苦手なようで。(地図の読めない典型的女性なので・・・。)

それと、出来なさ加減の脚色が強すぎましたね。明らかにやる気出ねーってときのを、さもベースであるかのように書いてしまいました。すみません

なので、本心で「捨てろ」なんて思っていませんよ。

それと、大学進学の話にもにょる人も多いようですが、私の考えは、なりたいものが無なら大学なんてどこでもいいと思うし、得意な科目で入れるところに入ればいいと。なりたいものがあるのなら行かなくてもいいとも思っている。まだ何になりたいとか決めてはいないようなので、(中2の思春期娘がクソ親父に話はずもないが)とりあえず、偏差値50以上の大学という目標を設定しているだけです。(親としては国立慶応早稲田に行ってたら嬉しいですよ。)

なので、勉強なんてやりたいと思ってからやればいいと思うし、子供も良い点数は取りたいのだから基本は言わないでも頑張っていますよ。

ただ、中学のうちに超不得意な科目は作らないほうがいいと思うのです。偏差値30〜40みたいな状態になってからでは、ちょっとのやる気じゃ復活は難しい。それこそ、なりたいものがあるとか、行きたい学校があるとかではないと難しいでしょう。

なので、偏差値50を下回りだした数学を少し引き上げておくという考えで、家庭学習ちょっと課題プラスしているだけです。

というか、ガッツリ勉強教える時間はないし、思春期娘が従うはずもない。それこそ、塾や家庭教師のほうが楽なのですが、まだ行きたくないそうです。

という状況で、まだしばらくは数学を見ようと思っていたので、塾の方のアドバイスは大変ありがたいです。自分のなかで、中2と中3の証明問題の違いをちゃんと把握していないく、ちょっと挫けていたことに反省しました。

ここで、つまずかなければ、中3はまた自分で頑張れるでしょう。たぶん。因数分解とか二次関数とか・・・。たぶんね。

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