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はてなキーワード: 早熟とは

2018-08-06

医学部受験を考える少年少女に何が言えるだろうか?

結論を先に言うと、採用者側が詭弁でなく合格基準とその合理性を公開せざるを得なくなっている。少なくとも、医局学閥倫理で閉じていられる時代ではなくなったのだと思う。

そこから、公開された情報をどのように議論できるだろうか?

特に今まさに医学部を目指そうと考える少年少女に対して大人は何が言えるだろうか?

医学部受験する程度に頭があるなら、自分自身医師になって待ち受けている現実について一度は考えるんじゃなかろうかと思うかもしれない。

しかし、いくら能力のある中高生と言えどもそんな現実をどこまで読めるだろうか。

逆に、ライフプランを考えて医の道を断念する早熟な人もそれなりの数がいるのかもしれない。

ざっくり、医学部志願者数の推移や受験競争レベルといった統計を見た感じではイマイチからなかった。(似たようなとこで官僚は確実に入る層が変わってる)

そこで今、受験競争を勝ち抜くことに専念している高校生がいたとしたらどんな言葉をかけてあげられるのだろうか?

情報が少ない。

待ち受けているものは、厳しい現実かもしれない。

それも、志が高ければ高いほど、生きづらい世界じゃないだろうか?

2018-07-31

anond:20180731163930

そういう意見ネットで見るたびに混乱する

たまたま早熟だった子が反応しただけか

2018-07-27

ギリシャ学問が発展したのは奴隷が作ってくれた“暇”のおかげ

一昔前に比べると、日本でも家政婦さんってあまり聞かなくなったのは気のせい?

昨今の社会の風潮では、家庭の雑多なことに関しても男性の協力が当然!みたいになっているけど、そうした現状が”暇”を作らず、斬新なアイデアなどを生み出すことを阻害しているように思えてならない。

よく「天才早熟」や「偉大な学者若いときに大きな発見を…」とか言うけれど、これは「若いうちしか柔軟な発想ができない」ということではなく、「歳を重ねると雑多なことに時間を取られて暇がなく、若い頃のように暇を用いて考える時間が取れない」ということにあると思う。

現代人は何かと”暇”を邪険にするけれど、”暇”こそが実は、学術しろ芸術しろ概念ひとつ繰り上げるような進歩を促す上では重要なのではないのだろうか

2018-07-05

昔の芸術家をホンモノ扱いして、ぽっと出をニセモノ扱いするのやめろ

綿矢りさが売り出し中だったのっていつ頃だったかな?美人だったよね。たしか女子高生女子大生だった。

つの時代作家先生タレント性が求められてるんだよね。

っていうか、「美人(北条裕子)」とか「お笑い芸人(又吉)」とか「早熟現役東大生(大江健三郎)」

大金持ちの息子でハンサムで女ったらし(太宰治)「民族。ユウミリ」「出身地中上健次・・・

単に商品になりそうなやつに何か書かせて小銭稼いでるだけじゃん。

昔っから一貫して単にタレントしかないじゃん文芸世界には。

内容的には空疎のものだよ。

いかい。本当の芸術というのは技術なんだよ。

わかるかい技術。たとえばwinny。たとえばスマホ世界を、人生を変えただろ?

だって負けてない。「墜落遺体」すごい本だ。

winny開発者である金子勇が死んだのは今の俺と同じ年齢らしい。彼がなれなかった43歳に俺はなった。

今日で43歳。

引きこもりだった30歳ごろ。winnyで拾ったplayboy 「Voluptuous Vixens 」(巨乳の意)を見ながら、

布団に擦り付けてイキそうになったら、いったん止める。それを繰り返して半日かけて、ひと射精した。

気持ちよかった。

引きこもりだった35歳のころ、winnyで拾ったものストリップ劇場盗撮もの大阪十三劇場だと思われる)を

ビニール袋でペニスを包み、我慢汁でヌルヌルになったペニスをしごいた

オープンショーのシーンが特に好きだった。

イキそうになったら・・・を繰り返し、半日かけて、ひと射精した。ペニスの皮が腫れた。

気持ちよかった。

2018-04-17

床オナの危険性を義務教育で教えるべき

覚えている限りで最初性教育を受けたのは小学校高学年の頃だ。 内容は初潮精通のざっくりとした説明だけだった。 もしこのとき教師が床オナの危険性を教えていれば、と今では恨めしい。

僕が床オナに目覚めたのは幼稚園の年中、5歳のときだった。 昼食時、机の中央におかれた牛乳を取ろうとして身を乗り出したこときっかけだ。 机の角に擦れた際、股間に走った衝撃は今でも忘れられない。

それから僕の人生は正に床オナ地獄と化す。 小学生になり留守番が増えたのを良いことに、録画したCCさくらふしぎの海のナディア彼女たちが痛めつけられる場面を狂ったように繰り返し見続けた。 親がいる日はかくれんぼだと嘘をつき、暗い押入れの中で布団に挟まり性器を擦り続けた。 中学ではPCを買った僕にTo Heart2D.C.Ⅱうたわれるものが同時に襲いかかり、アトリエかぐや青春消滅する。

結局、高校生で床オナの危険性をネットで知るまで、僕に「君はおかしい」と言ってくれる人は現れなかった。

床オナの危険性は性機能障害だけでなく、その手軽さにある。 体勢が固定されることを除けば掃除も楽で短時間に済ませられ、それでいて大変気持ちがいい。 大した娯楽がない田舎というのもあり僕は趣味オナニーしかない人間になってしまった。 大学に入ってからは更に悪化し、昼に起床し即床オナ、昼飯と昼寝ののち夜に床オナ2連戦で1日が終わる。

危険性は承知していても、10年以上の習慣で快感身体に染み付いている床オナを今更我慢できるはずもない。 おまけに幼少期から2次元しか興奮してこなかったせいで3次元に対してEDになってしまった。

床オナは早熟男児の性の目覚めとしてはポピュラーな方だと思う(個人的イメージ) 。 でも、今の性教育は「君の性的感情おかしくないよ!」と優しく肯定するだけで、正しい方法を教えてくれない。

結果、僕は家で血眼になりながら必死で床オナして、賢者タイムで辛うじて社会に出ている。

2018-03-19

anond:20180319165501

レオン代表的な「相手にされてない」感だな

ナデシコのルリとか

男が17歳以上だと14歳以下は基本的対象外だったような(全部見たわけじゃないけど)

 

別にそれがどうしたって話だけど

レオンみたいな、相手にされない早熟ロリみたいなストーリーも好きなんだよね

 

ひょっとしたらやり尽くしちゃった感なのかな

2018-03-09

同じ芥川賞作家でも、朝井リョウ村上龍の違いってなんだろうか。

早熟ではあるとは、思うし、コンスタントにそこそこの仕事をしているとは思うんだけど。

  

2018-02-19

人生何者にもなれなかった、けど

お前、もうすぐ大学出て就職だけどさ、才能とかセンスとか、独特の感性とかさ。そんなもん自分にあるとまだ思ってるの?ないよ。あるわけないじゃん。自分しかない何かがあるとかさ、マンガの読み過ぎなんだって。思い出してみてよ、子供の頃とか。何かで他人に褒められた事、ある?ないよね?でしょ?やっぱり。

からそうなんだよ。運動だって何にも出来なかったし、勉強だって頑張らないとできなかったし、頑張っても結局数学とか全然わかんなかったし、結局入ったのはその辺の私立文系大学だよ。頭が悪いの、地頭が。

勉強だけじゃないよ、本とか読んだり何か意見を求められた時に内容が全然理解できなかったりさ、ゲームだって下手だったでしょ?格闘ゲームとか思い出してみ?友達と対戦して、友達だって別に上位ランカーとかでも全然ないのにすぐ対応されてさ、でもこっちは何十回、何百回対戦しても相手効果的な対策とかひとつも思い浮かばないの。なんで?バカからでしょ。

運動部入ってたよね?球技やってさ、ヘタクソだし身体能力は低いし頭も悪いからなんにも上手くならないし、試合出ても使えないし、というか練習もついてけてないじゃん。もはや練習邪魔だったじゃん。基礎練習のひとつもこなせなかったじゃん。中学から始めて、引退するまで。永遠のベンチ、てかベンチにも入れてなかったよね?地区大会一回戦負け常連チームで。しかも弱小地区なのに。ありえねーわ。センスねーなお前マジで

歌とか好きだったじゃん?ちっさい頃から家とか風呂とかでよく歌ってたじゃん?中学の頃はちょっとだけ合唱とかやってたじゃん?高校からは1人でカラオケとかも行くようになったじゃん?歌い方の本とかも読んでるじゃん?

なのに録音したやつ聞いてみ?ヘタクソ。シンプルに、ヘタクソ。それ以上の感想無いつて。無理だもん、感じる所がない。残念だったね。声にも魅力とか全然いから。

音楽の授業、クラスで歌ってる時にも別にクラスメイトに褒められたりとかなかったろ。

小説とか書き始めたじゃん?結構頑張ってさ、色々考えて、どんなメッセージを込めようか、どんな想いを込めるか、どんな感情表現したいか、ずっと悩んでたじゃん。何作も書いてさ、創作系のサークルに入ってて、定期的に機関誌を発行してたからさ、それに寄稿してたじゃん。それでその機関誌感想とか言い合う、割と真面目な会に出るじゃん。「雰囲気だけだね」って言われたね。それも一回だけじゃなく、ずっと。最後まで。なんとなくの雰囲気作れるだけなんだってさ、お前の感性限界は。

二次創作とかやるようになっても、全然見て貰えてないじゃんね?その程度だよお前。

ていうか人間関係も下手だよな?話しかけるのダメ、話しかけられてもダメちょっと仲良くなっても関係を維持できない。今、友達何人?「遊びに行こうぜ」とかってラインに気軽に個人トーク飛ばせる人って何人いる?いても1人とかだろ?20年も生きて?何考えてんの?

本当に誰にも評価されてねえのな、悲しいなお前。

でもさ、1番ショボいのはさ、結局お前なんにもチャレンジしてこなかったよな。努力してこなかったよな。

勉強、どれだけやった?毎日時間もやってたかノート1ヶ月に何冊も無くなるくらいやってたか?違うだろ。

スポーツ毎日練習してたか?どうやったら上手くなれるか考えて、人に聞きまくってたか?誰かつかまえて一緒に練習とかしてたか?違うだろ。

歌ならレッスンとか受けさせて貰えばよかったじゃねぇか。親に頼んでさ。何駅か電車に乗ればそういう場所もあったろ?自業自得じゃん。

小説、賞に応募とかした?え、してない?ウソウソ、え?ウソでしょ?論外。

うるせえよ、そうだよ。でも言い訳くらいさせてくれよ、怖かったんだよ。俺は俺なりに頑張ってたんだよ、でも全然なにもできるようにならなかったんだよ。確かに勉強量とか練習量とか全然話にならないくらしかやってなかったよ。でもやってはいたんだよ。でもセンスいから上手くならなかったし、頭悪いか全然飲み込めなかったんだよ。そりゃやって能力上がるならもっとやってたよ、でも全然上がらなかったんだよ。最初はやってて楽しかたことも、結局ちょっと経ったら周りと凄い差がついてんだよ。周りの奴らも別に凄いやつらじゃないのに凄い差がつくんだよ。ふざけんなよマジで

レッスンとか賞とか、もし通ってみて応募してみて、才能ナシ扱いされたらどうすんだよ。薄々わかってはいるんだけど、それ言われたらもうおしまいだろ?そういう感性かに自分らしさ」とか「独創性」があるって、評価はされないけどあるんだって、思ってたいんだよ。否定されたくないんだよ。怖いんだよ。

こんな文章だって、他に何人、何十、何百、何千、何万人も同じ様なことを書いてる奴がいるって、全然独創的なんかじゃないって事わかってるよ。

結局俺は今まで、何者にもなれなかったし、なろうともしなかった。認めるしかない、「なろうともしなかった」。客観的にはそうなんだよ。どう見ても。

実はこれさっき考えながら「自分に生きてる価値あるのかなぁ、全部終わらせようかな」って本気で考えたよ 、本気で死ぬ事考えたよ。何にも価値あるものが生み出せない自分が嫌すぎた。

でもやっぱり、俺は自分の事全部は嫌いになれなかったよ。才能もセンスもないし頭も悪かったけど、何の努力もしてこなかったけど、自分感性は嫌いになれなかったよ。

20年生きてきた、誰にも評価されなかった、何者にもなれなかった。でもたったそれだけだよ、早熟とか大器晩成ってあるだろ?才能もセンスもないお前が20そこそこで評価されるわけないだろ自惚れるなよ。

俺には才能もセンスもない、頭も悪いし経験値全然無い。でも、たったそれだけの事だ。

自分には何かある、それは何か探すんだ」って考えるからダメなんだよ、もうわかってるだろ、俺には何もないんだ。ない。それでいい。

でも多分、「自分しかできないわけじゃ全然ないけど、誰でもできるけど、でも自分にできること」ってあるだろ。どんだけショボくてもあるだろ。例えば「人を褒める」とかあるだろ。そこでさ、ほんの少しでいいから、褒められた時により喜ばれる様な言葉の使い方とか考える位ならできるだろ。どんだけバカでもそんくらいはできるはずだ。

そういう事をやってけばいいんだよきっと。いやわかんねえよ、それでどうなれるかは全然わかんないけどやろうよ。できるにはできると思うから

後はさ、怖くてもチャレンジしてこうよ。才能とかセンスとかはさ、からっきしなのはわかってるからさ、否定されても大丈夫だよ。当たり前の事、わかりきってる事なんだからさ。今更でしょ?

そうやってちょっとずつできそうな事だけ頑張っていってさ、10年後、いや20年後。今の俺には才能もセンスも何も無いんだからさ、評価されるわけはないよ。たださ、20年、いやもっと先かもしれないけどさ、それだけ経ったら、もしかしたら何かで世界一になってさ、誰もが知ってる人間になれるかもしれないじゃん。20代評価される天才と比べんなよ、意味ないよ。

多分、みんなそうやって生きてるんだよきっと。だからさ、ちょっとずつだけできそうな事を頑張ってさ、できるだけチャレンジしてみようよ。

後はさ、実は友達かにほんのちょっとだけ言われた褒め言葉とかさ、あるんじゃないか?「お前の歌うあの歌聴きたいなぁ」とか無かったか小説、「好き」って1人にでも言われた事無かったか?確かにただの世辞かもしれないよ、俺才能ないもん。でも、もしかしたら本心かもしれないだろ?そういうのも大切にしてこうよ。もしそういうのが無かったとしても、まぁ才能ないから当たり前だよ。気にすんな。

少なくとも今は何者にもなれないけど、才能もセンス経験値もないから当たり前。一年や二年頑張ればどうこうって話でもねえよ。甘えんな

そうやっていって、20年後20年後だ。20年経ったら絶対勝ってやろうぜ。「積み重ねは天才を超える」って、もう人生20年経っちゃってからの、ほぼゼロ積み重ねだけどさ、やってってさ。絶対勝ってやろうぜ。才能もセンスも頭の良さも無いけど、経験値だけはたくさん積んでいって、見てろよ、世界20年後に俺は勝ってやるぞ。絶対だ。もし20年後ダメならまたその20年後だ。また経験値積み直すだけだ。その経験値だけで俺は頂点に立ってやる。見てろよ。

(追記):吐瀉物みたいな文章を書いてしまったし、読んだ人には無駄時間を過ごさせてしまったんじゃないかと思う。

もうこんなクソみたいな文章は二度と書かないよ。善く生きるよ。

正直、「勝つ」とか「世界一」とか自分でも書いてて一切意味わかんないし具体的にどうなりたいか、どうなれるか全然わかんないけど、とりあえずそれがこんな文章を書く事なんじゃないというか、こういうのがやりたい事じゃないのはわかった。とにかく善く生きて、生きて、生きて、生きて……。もう何が何だかわかんないや。

善く生きる、キーワードは「誰かの為、自分の為」だと思った。気持ち悪がるなよ。それが一番良いと思うんだよ。

ホント書いてる事しっちゃかめっちゃかだな、流れとか一切ないわ。もう終わり。

とりあえず、善く生きようぜ。以上。

2018-02-11

anond:20180206162625

若くして子供を産んだ母の子もやっぱり若いうちに産むという、早熟血筋と言うのがあるんだと思う。

あと20年もしたら、孫の子が生まれるに違いないよ。

2018-02-10

anond:20180210222923

なるほどねー

注目されるのが早すぎたのが要因かな...?

ある程度普通人生経験積んだ後だったら、

好きな将棋お金も貰って、

世間から注目されてる時点で満足(というか安心)するけど、

ひふみん早熟天才故に当たり前過ぎて何も感じないんだろうねー

凡人からしたら贅沢な悩みだけど

2017-12-31

天才とは

早熟子供に対する形容詞であって、卓越した人間を表す言葉ではない。

ただし、ごくわずかの例外はある。

2017-12-11

IQ子ども早熟度?なんてトンデモが広まったら苦労する子増えそう

anond:20171211221502

早熟とは、

言語理解記憶や反射や思考能力等が、

実年齢と比較して卓越していることですね。

これらの能力は大体加齢に伴って向上します。

そのため、加齢ともに高いスコアが出にくいように調整されます

IQってのはさ

小3あたりから一生変化しないもの

IQはその人の一生変わらない知能の高さだよ。行動力とかとは別物だから、分けて考える必要がある。

ところで早熟度って何やねん。

anond:20171211220751

もちろん、wiki も読んでますよ。

それら、知能指数定義を踏まえた上で

子ども早熟度と要約したのですが、

異議ございますでしょうか?

anond:20171211215834

IQ子供早熟度ではないですよ。一生涯変化するものではないので、IQが低い子供晩年知能的に成熟するということは有りません。

そもそも子供早熟度とは一体?

anond:20171128150025

IQってのは子ども早熟度だから

まり大人には重要尺度ではない

といっても学力との相関関係はあるよ。

2017-11-30

明治昭和初期に活躍した欧米への渡来経験がある人の履歴みてると、

なろう小説でよくある10代のうちに活躍しすぎ話がフィクションに見えない。

母校つながりで話せば、高橋是清の渡米経験は、中学生とき

その頃、俺は...俺は....

本好きの下剋上」とか大好きだけど、話を読む傍で一年を1.5倍くらいにして

なんとなく脳内変換で5歳くらい勝手に歳を後ろにずらして

それでもしっくりこない早熟さに違和感を覚えることもあった。

それはやっぱり小学校中学校高校大学入学年と年齢とリンクした思春期学習曲線を

無意識のうちに描いているからで、その枷を外せば個人差はもの凄いんだろう。

歴史が全てを語っている。

明治と今を比べれば、生きるために必要なこと以外にかけられる時間は今の方が遥かに大きいはずなのに

その時間の割り振りは、歴史上の偉人達ほど、自分のは徹底したものではない。

いつになっても焦燥感反省も絶えることはないし、悔しさばかりが募る。

2017-09-07

IQテストって知的能力の発達具合を見るためのテストなんだから

子供の頃には高かった」というのは単に早熟って意味しかいからな

例えば、5歳の児童が、10歳の平均的な児童と同じ知能を示せば、IQは200になる。そして、IQ100の11歳児とIQ200の5歳児を比べれば、平均的な児童であるIQ100の11歳児の方が、IQが突出して高いIQ200の5歳児よりも知能は高いことになる。

2017-09-03

[] #35-2「非人道的な寛容」

「おい、うるさいぞ! 黙らせろ!」

どこから野次が飛ぶ。

どうやらミミセンよりも先に耐えられなくなった人間が出てきたようだ。

「はあ、やれやれ

俺はため息を吐くと、そう言った。

確かに赤ん坊の泣き声は耳障りだが、怒ったところで泣き止むものでもないだろうに。

あいったバカ大人にはなりたくないもんだな。

かといって、あん大人説教しても意味がないことも俺は知っている。

事態が余計に煩くなるだけだ。

俺が気になったのは、どちらかというとミミセンだ。

明らかに様子がおかしい。

耳当てを押さえつけて、更に何かぶつぶつと呟いている。

「お、おい、大丈夫か」

極端すぎる行動に、俺も心配になる。

だが、そんな俺の声すら今のミミセンには届かない。

そして、とうとう耐え切れず他の車両に小走りで逃げてしまった。

赤ん坊の泣き声もそうだが、それに怒り狂う人の罵声、これもミミセンにとって聞くに堪えない雑音であったようだ。

それが同時に襲い掛かったことでミミセンのキャパティオーバーしてしまったのだろう。

俺は心配になって後を追うことにした。


「マスダの兄ちゃん……心配かけてゴメン」

別に保護者ってわけでもないし、そんなことを俺に言う義理はないさ」

俺が追いついた時には、ミミセンも幾分か落ち着きを取り戻していた。

耳当ても外しており、俺の声を聞く程度の余裕はありそうだ。

「いきなりブツブツ言い始めたときは、さすがにビビったぞ」

「周りの音を気にしないよう、自分の声に意識を集中させていたんだ。最終手段だね」

「その最終手段でもダメだった、と」

目的地までは、お互いもうしばらく時間がかかる。

俺は話を聞いてやることにした。


「僕、嫌なんだよ。赤ん坊の泣き声が。でも同じくらい、それで怒り狂う人間の声も嫌なんだ」

「まあ、それは何となく分かる」

「それでも何とか対処してきたのに……こんなにキツい状態になったのは久しぶりだよ」

「長く生きていけば、似たような状況には何度か遭遇するぞ。バスとかで移動すれば?」

バスで遭遇する可能だってある。それにバスはそれ以外の雑音が酷いし、他の車両に逃げることすらできない」

自転車とかで移動するか?」

耳栓をつけながらは危ないよ。僕の家から図書館までは距離が遠すぎるし」

「じゃあ……我慢するしかないな」

彼の苦悩に対して、我ながら不甲斐ない返ししか出来ない。

俺の言っている程度のことは、耳にタコができるまでもなくやっているだろうからだ。

それでも看過できないから、ミミセンはここまで苦しんでいる。

「音もそうだけどさ、それをツラいと思ってしま自分の心が何より嫌なんだ。いつか自分赤ん坊の声に怒り狂って、あんな風に忌み嫌う雑音の一員になってしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方がないんだ。でも、どうすればいいかからないんだよ」

ミミセンはかなり参っているようだった。

なまじミミセンが物分りのよい子供だったが故の悲劇といえる。

理想現実自我

それらに自分の体が帳尻を合わせられず、ギャップに苦しんでいる。

成熟していく過程で折り合いはつけられるものだが、ミミセンは早熟すぎて身体精神バランス感覚が狂ってしまった。

このままではミミセンは青い果実のまま腐り落ちるかもしれない。

荒療治が必要だ。

というか正直、こんなところでミミセンにまで泣かれたら俺が困る。

(#35-3へ続く)

2017-06-27

初恋女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋女の子引っ越してきた。

彼女社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。

確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女大学高田馬場から東西線で一駅のところだったか車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心邪魔をしてしまう。職場青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女中井で降りる気配を感じる。夏目漱石こころiPhoneインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。

こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスドイツスイスフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。

それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間小説ビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山広告代理店パリッとクリエイティブ仕事をしているのなら、意外と二子玉川武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女住まいが閑静なローカル線住宅街で僕の家から走って2分だなんて。


初恋女の子が僕の通っている小学校引っ越してきたのは4年生の時だ。

学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。

控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。

そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性タイプ確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。

僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。


高校1年生のとき、僕たちの間で前略プロフィール流行った。

僕もその当時ノリノリでプリクラプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。

今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園同級生だったモデル女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。

「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りますだおかだ岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。

ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡ミルクキャラメルが欲しいと言った。

僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニバイトをしていたことを彼女は知っていた。

彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかい適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。

僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。

僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。

バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。

そこから僕たちは小学校卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。

当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。

たとえばニコ動面白いとか、彼女御三家クラス女子校に通っていたので、自然とヲタ趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間コピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。


次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。





正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死入力している時間勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的勉強をしているような子だった。

僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。

勉強なんて、くだらない」

「どうせやったって役にたたない」

学校先生馬鹿に見えて仕方がない」

僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。

僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。


「あの時いったこと、なかったことにしてください」

これが彼女から送られてきた最期言葉だった。







そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分大学進学ができることを知ってから、たまら勉強をしてみたくなった。

早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。

もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。

「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」

僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。

僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試志望校には早稲田法学部慶應法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。

僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックス勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。

幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田国際政治学科に入学したと聞いた。

ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。

彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。

そして今、外資系広告代理店に努めている。

彼女はきっと大学ケインズハイエク勉強するような感じではなかっただろう。

きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。

僕の方はどうだっただろう。

見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。

でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。

彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界ブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。


努力というのは貧しいもの必要とされるものであってほしい。

まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。

社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピー勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。

彼女のそれはエリートに他ならないではないか

彼女政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。

彼女広告代理店就職したように、僕も卒業したらネット広告生業とするだろう。

どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまこと勝手に息苦しさを感じている。



おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。

僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。

それは小学生ときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。

あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。

国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。

一度空いた穴が塞がることはないのだろう。

僕も彼女に穴を空けてしまったこと、もう一度ゆっくり話してみたい。

2017-05-13

女とか男とか差別とか区別とか…。

あくまでも一般的にはであるが、男児よりも女児の方が精神的に早熟であると言われている。

肉体的にも思春期頃までは、女児の方が体格や力は強い傾向がある。

思春期以降、男女において肉体的な差が出てくるが、身体日常的に鍛え上げている女性と、ごく普通男性とであれば、

女性が負ける可能性はかなり低い。男性の筋力などの肉体的能力が、女性のそれの2倍以上になるなど、それほど極端な

差異は生じることはない。

少なくとも、実際の肉体的能力男性の中でも相当に開きがある)を見ずして、男性であることを理由に重い荷物を持つ

役目を担わせることは合理的とは言えない。

非力な方の男性ひとりよりも、普通女性ふたりがかりの方が、力は上である

また、素手の男性よりも、武器を持った女性の方が、戦闘力は高い。

女性男性とで、一般的に脳の発達が異なることも言われている。

女性の方が左右の脳をつなぐ脳梁の幅が広く、「ものごとを並行して進める事がしやすい」と言われている。

男性の方が論理的思考力があるとも言われている。あくまでも一般論であり、もちろん個人差の方が強い。

世の中の多くの人々は、性差理性的合理的に捉えていない。

男性は言われるほど力強くもないし、女性はそんなにか弱くもない。

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