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2017-11-21

anond:20171121133931

そんなことより、スーパーで売れ残った肉や魚。

肉はまだしも、魚なんてまるまる一匹の奴が売れ残ってるの見つけて

その魚の目を見ちゃうと、自分が買わなくちゃ・・・みたいな

罪悪感と強迫観念に襲われそうになる

2017-11-15

仮想通貨取引で消耗してやめた

約1ヶ月、ビットコインを手始めにいろんな仮想通貨投資トライしてみた。

自分過去に株投資すら一度もやったことがなく、人生で初めての投資挑戦だった。

最初取引所での売買のやり方も、取引所販売所は違うんだということも分からず始めたために、価格が下落したらあたふたしてすぐに売ってしまって損をし、ちょっと価格が上がっても、買値と売値の間のスプレッドの差額が大きすぎて結局また損をしの繰り返しで、どんどんマイナスが積み上がっていったが、数日前のビットコインキャッシュの大暴騰のお陰で、最終的には20ちょっとプラスが出た。

でも、時点でやめた。

20万のプラス益というものが、生まれてはじめての投資挑戦や、1ヶ月という期間で、それは良かったのか大したことないのかはわからない。

ただ、やってみて思ったのは、値動きが激しすぎて、四六時中チャートの動きを見てないといけなかったのと、ネット情報を常にチェックしなければならない強迫観念やらで、仕事どころではなくなってしまったのと、精神的に消耗しきってしまって、1ヶ月弱で20万という儲けは、全く割りに合わないと思った。

まあ、だんだんチャートの上がり下がりのクセみたいなものが後半つかめてきた感じだったので、続けていればもう少しプラスにできたか、損も少なくできたのかもとは思うし、投資に慣れた人ならはるかプラスにできるんだろうなとは思う。

自分と同じように、今、まったくの素人が、すごく儲かりそうだと思って、パチンコ程度の感覚仮想通貨取引に参加していってると思うけれど、分単位で値動きが数千円〜数万円上げ下げするような相場のものに手を出すのはリスクがあまりにも大きいと思う。

まあ、ギャンブル好きな人は、脳内ドーパミンがドバドバ出るからパチンコなんかよりこっちの方がオススメかも。

2017-11-11

英語勉強

英語の授業とかで、やたらゲーム形式とかグループでどうこうとか、先生たちは「楽しんでできるように」っていうのを何度も連呼したけど、普通に逆効果だと思うんだよね。

少なくとも、私にとっては一ミリも楽しくなくて、みんなの晒し者にされるゲームとか私のせいでグループ全体が連帯責任を負わされるグループでの発表とかは本当に苦痛しかなかった。

というか、基本的に、勉強なんだから楽しくなくて当たり前だと思う。勉強における楽しさとか面白みっていうのはゲームにおけるそれとは違うんじゃないの?っていう。いや本当のゲームテレビゲーム的な、そういうものとは似通った部分があるかもしれないけど。

例えば、英語の授業で苦痛を受けた私みたいなやつにとっては、英語=授業でやらされるゲーム苦痛みたいな、そういう思考になって、英語自体がもう嫌なものになるわけ。

最近(?)体育の授業のせいで運動が嫌、苦手みたいな意識が染みついてしまったみたいなのよく見るけど、それと同じことが英語にも言えると思う。もちろん数学にも。日本史にも。

英語の、そういう、ゲーム的でない、例えば長文読解のためにわからない単語辞書で引いたり、英文和訳するのにうまい言い回しを考えたり、文型を理解してそれに当てはめて英作文をしたりとか、そういうのはすごく楽しかったわけよ。私にとっては。

実際、無理に英語先生および"英語"のキャラクターに気に入られるような、英語ゲームなどを楽しめる明るい生徒になろうとすることはやめて、私の楽しいと思えることをガリガリやることによって、英語の成績は上がった。私のような人間にとっては、成績が上がる=楽しさにもつながる。

もちろん、今の私は英語なんて全く話せないし、TOEICだってペロペロだけど、英語=楽しんで身に付けよう!!楽しまなきゃ!!みたいな強迫観念を持っていたままだったら、英語という概念死ね気持ちは消えなかったと思う。

からECCジュニア~~みたいなそういうスタート、今小学校で実際に英語の授業として何やってるのかわからないけど、あの一面的な「楽しさ」押しのスタートっていうのは、そりゃ好きな子どもにはぴったりだろうけど、私みたいなそういうのがとにかく嫌っていう子どもにとっては、英語死ねスタートにもなりかねないのでは、と思っている。

2017-11-10

勝手リア充代弁

リア充」という概念2010年代を中心に流行している。

もちろん、彼らは人間関係仕事恋愛プライベートも超絶充実してる。インスタグラムYoutube、色んなSNSメディアで人と絡んだり、情報を集めるのが大好き。

どこからどうみてもおしゃれな一面しかみえない、みんなの憧れ「リア充」。

今日○○とネズミーランド行ってきた♡」「この美容院カラーすっごくうまいの😝」

とか、すごく充実した“報告”は、日本ならず世界中で流れている。

(もっとから流行最先端をゆく人達もいたはずだが、スマホが普及してから更にリア充は注目を集めるようになった)

もちろんリア充は、ネガティブな悩みも軽い口調で流せる術を持っている。

例:「また3kgふとっちゃった...ほんとデブ💢」「ひょっとして俺、あいつに嫌われるやつかな?笑」

でも、そんな完璧リア充たちも人間だということは忘れてはいけない。

彼らだって、常に何もかも楽しそうな感じを演出しなければならないという強迫観念を感じているに違いない。

どんなに本気で辛い時でも幸せ、楽しそうなイベントに行って、はしゃいでいる感じの投稿を1ヶ月に1回はインスタかTwitterに載せなければ、リア友フォロワーの信頼(何の?)を失ってしまうかもしれないのだ...面子を保たなければ、ある意味社会的に死んだようなもの

...まあ、世渡りが上手い人は裏アカとかで超本音を吐いている気はする。

というか、心から人生を楽しんでいそうな人もいるから一概には言えない。

その人達には上記のことは全く当てはまらなさそうなので、先に謝っておきます。すいませんです。

あなたの隣にいるリア充も、きっと本当は充実してるアピールに悩まされていることだろう...

2017-11-02

整形にとり憑かれている

初めて整形をしたのは確か20くらいの時だったと思う。

ずーーーーーっとコンプレックスだった目の下のたるみを除去する手術。

たるみというのかふくらみというのか、涙袋のようなかわいいやつではなく、政治家のおじさんとかの顔面によくあるやつ。

あれが小さい時からあって、メイクでは到底かくしきれないそれに毎日悩んでいた。


悩んで悩んで悩んで……辿り着いた解決方法が整形だった。


金額はよく覚えていないけど、たしか20万円くらい。

目標もなくバイトばかりしていたから、お金は一括で払った。


手術は思ったよりもずっと痛かったのを今でも覚えている。

麻酔はもちろんしていたけども、なんとも言えない気持ち悪さと痛みが30分以上続き、ようやく終わったと思えば鏡の中の自分は目の下を真っ青にしたお化けみたいな顔。

倒れるかと思った。

手術による内出血一時的ものだったが、痛みに耐えて初めて見た自分の顔があまりにも衝撃的だった。


その後内出血も痛みも引き、無事にコンプレックスも解消出来た。

今でも自分の整形の中で一番いい手術を受けたと思っている。(質ではなく)


その後、この7年ほどで、

二重全切開、目頭切開、そばかす除去、ほうれい線対策のためのヒアル注射、鼻プロテ……

目と鼻ばかりだが、もう元の面影は残らない。


プロテが金額的には一番高額だった。

その手術を最後に、もうこれ以上はいじらないと決めたつもりだった。

つもりだったんだが…、鼻プロからたった1年、またカウンセリング予約をしてしまった。


自分の顔が醜くて耐えられない。

今すぐいじらないと外も歩けない、という強迫観念を感じてしまった。

そんな自分病気なんだろうか。

整形依存症なんだろうか。美醜恐怖症なんだろうか。


借金しているわけじゃないし、身近な人には整形を隠さない。(自ら主張したりはしないが)

仕事にも支障のないスケジュールで行っている。


かに迷惑をかけているつもりはないのだが、自分自身で歯止めがきかないのは自覚している。

カウンセリングしたら、またきっと手術するんだろうな。

2017-11-01

anond:20171031213801

お父さんが怒り始めたら、抱きしめて「頑張るから怒らないで」と言い続けてみましょう。泣きながらでも大丈夫です。落ち着くまで決して離さないように。

異性の場合は厳しいので、お母さんにその役を担ってもらうといいのですが。(本当は父の母にしてもらうとよい)

お父さんは自身体験から受験という自称強迫観念になってしまい、一時的パニックに陥ってるように思えます。話したり行動で悟らせるのは不可能です。同じように、病院に連れて行くのも難しいですよね。なので、抱きしめる、です。

まだ入試まで3ヶ月あります。うまくいきますように。

2017-10-21

anond:20171021005150

相手のことを知っていなきゃいけないという強迫観念では。

2017-10-18

なぁ、彼女を見てると自分が惨めになる。

最近付き合いだした彼女を見ると、自分が惨めになる。


とりあえず、彼女の生きてきた軌跡や考えている中身が深すぎる感じがして自分が受け止め切れる自信がない。とにかく自分に自信がない、今。

彼女を見ていると、1日1日を超絶大切に生きようとしていて、後悔をしないように、忙しなく生きる。

もはや、ある種の強迫観念みたいのを感じてしまう。

毎日を後悔しないために、充実させるために、生きている。生きていてよかったって言えるようにしているらしい。

彼女彼女でそれに自己嫌悪するらしいが。

逆に、俺は、それを自分の生きてきた軌跡とかに重ね合わせて自己嫌悪してしまう。本当に情けない。


自分は、毎日だらだらと生きていて、これといって頑張ったことも人に誇れる経験も何かを成し遂げたこともない。

小学生の時はいじめられていて、逃げるようにして卒業して他の中学に行った。だから小学校友達なんて1人もいない。

高校部活が辛すぎて速攻で辞めた。だらだらと過ごしていた。

中高の友達は連絡取るけど、苦楽をともにしたといえるような親友はできなかった。

大学勉強したので、結構いいところに入った。なんとなく体育会にも入ったけど、入った体育会自体が弱すぎてパッとした結果は残せないままこの間引退した。

就活はそこそこうまくいった。9-17時勤務で、vorkersとか見ると30で年収4桁、誰もが羨む企業だと思う。これぐらい誇らせてくれ、すまん。

でも大学でも親友らしい親友はできなかった。まぁだから増田に書き込んでいるんだけどさ。。


じゃあ自分人生どうだったか?と言われると、結果的に「良かった」っていつも納得させて生きているつもりだった。嫌な思い出には蓋をしてた。

多分自分を表面的にしか見てない人は絶対人生easyだろって言うと思う。

でも違うんだよ。

そうやって薄っぺらい部分を隠しながら生きていたのに、彼女といるとそういうことを否が応でも痛感させられる。

こう、心の奥底にガシガシ踏み入ってきて、嫌な思い出の蓋をベリベリ剥がしにかかってくる。

彼女ことは好きなのに、先に自分の心のほうにガタがきてしまいそうだ。あぁ、辛い。


うそう、昨日、彼女フラワーカンパニーズの「深夜高速」って歌を教えてもらったよ。それが彼女にとって毎日を大切に生きようと思わせてくれる歌らしい。

帰りの電車で聞いたよ。「生きててよかった、そんな夜を探してる」「10はいつか終わる 生きていればすぐに終わる」

普段何したって泣かないはずのに馬鹿みたいに泣いてしまったよ。

なんで自分人生こんなに薄っぺらいんだよって。絶対周りの客引いてた。そんぐらい人目も憚らず久々に泣いたよ。

なぁ、取り返しつかないのかな、もう。やり直したいよ、人生。このときこうすればよかった、ああすればよかった、涙とともにそんな思い出がボロボロ溢れてくるよ。

そして、彼女を愛する自信がないな、もう。愛おしいし、好きなのに、自信がない。

彼女はきっとキラキラしている男と付き合ったほうがいいと思う。俺には無理なのかもしれない。

「生きててよかった、そんな夜を探してる」そう思える日は俺にくるんだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20171017221010

実際にプロのお呼びがかかっているわけでもない現状で、そんなに追い詰められているのは普通に考えておかしいよ。漫画家なのかイラストレーターなのかすら決めていないのに。

増田の知り合いにそこそこ音楽できる人がいたとして、作曲家なのか演奏家なのかも決めてないのに、仕事や体調に影響するくらい悩んでたらこいつ大丈夫かなって思うでしょ。

これ、実は悩んでるのは創作のことじゃなくて仕事の方なんじゃないの。増田も気付いてないだけで。もしくは私生活問題

就職時に諦めたはずなのに今またプロになりたいと揺れているのは、現在仕事が上手く行ってないことが原因の逃避な気がする。

絵を描く仕事にしてもプロ一本だけじゃなく副業セミプロという方法もあるのだから、ここまで追い詰められたり焦る必要本来ないはず。

もし、仕事にも私生活にも何も問題がないのなら以下は非常に的外れ文章だけど、まずは創作よりもそっちを解決するべきだと思う。

普通はこれだけ趣味に打ち込めるのなら、今までに挫折した経験もあるし折合いの付け方も学んでるはずだし、もっとバランスが取れているのが当然だと思う。

そもそも趣味に対してどっち付かずの状態なのに仕事や体に支障をきたして悩み続けてるのは普通じゃないし、そこから仕事を優先する方向にコントロールできていないのは常識的に考えてもおかしい。

時間ぶっ続けというのも、絵以外の作業で考えても効率が悪いことは普通わかるし、それを途中で止められないのは絵に対する情熱とか集中力とかじゃなくて、ただの強迫観念しかない。

世の中にはぶっ続けタイプ人間もいるだろうが、普通そういう人は自分で悩むよりも前に、まず周囲の方がぶっ続けの行動を心配するもんだ。増田はそういうタイプじゃない気がする。

増田就職2年で、まだ仕事のことだけで手一杯で頭の整理が追い付かなくなって、目の前の作業に無理やり没頭することで達成感を得ようとしているんだと思う。

でもそれって普通煮詰まっているだけの状態で、現に体調不良などのよくない結果を生んでるし、さらに苦しくなる悪循環にも陥っている。

もし仕事の方が上手く行っていないのなら、仕事をちゃんとこなせるペースなり環境なりをまずは整えるべきだ。上司や同僚に素直に相談するのがいい。

ここで大事なのは絵を休むという考え方ではなく、仕事を優先するという考え方。今やってる仕事生活の基盤なんだから、ここは当然はっきりさせなきゃいけないところだ。この考え方の転換ができないなら、簡単優先順位も付けられないような相当まずい状態だということは自覚した方がいい。必要なら医師に頼るべきだ。

絵や漫画は逃げない。今すぐプロデビューできるかの瀬戸際じゃないのだ。既に体調を崩したりしていて、今のやり方では絶対プロになれないこと、このままのペースではやっていけないこともわかっているのだから、今はそこを改善することに集中するべきだ。

繰り返すが、仕事差し支えても悩み続けている状態というのは、普通に異常だ。創作行為ではなく悪循環中毒になっている。

P.S. 加えて言えば、魅力的な絵を描けないというのは、一から十まで自分の頭で考えようとしているからではないかと思う。考えなくてもいいことまで無理して考えてそうな気がする。

文面からそういう固定観念が強そうな印象を受ける。

2017-10-13

anond:20171013131811

抜いても落ち着かないの?そりゃ辛いかもね…

強迫観念とか何かしらの執着の問題から精神科かなぁ…

2017-10-11

心療内科が怖い

初めて心療内科に行った

死にたい事と強迫観念のこと話したんだけど、深く話を聞かれる事もなく初診なのに時間も短かった

しまいには苦笑されたし

私の死にたい気持ちは甘えなのかなぁ

強迫性障害で薬処方されたけど、正直怖くて飲めない

先生と相性悪かったら病院変えたほうが良いっていうけど、田舎には選べるほど心療内科がないよ

都会は選べるくらい病院あるのかな?

羨ましい

2017-10-10

やっぱり鬱じゃない

今日心療内科に行った

死にたいのと強迫観念あるのを話したら鬱じゃないけど薬を処方された

やっぱり私のこれはただの甘えなんだろうか

職場の事がストレスになっているのは間違いないので、環境かえれば良くなると思うとも言われた

薬飲むの怖い

飲むの止めたとき離脱症状とか怖い

薬飲まずに仕事辞めれば良いんだろうか

こんなん考えるのしんどいから早く死にたい

2017-10-03

病院に行っていいのか分からない

最近職場上司が話してると、吐き気と泣きそうになる

暴言が多い人で、私に対して言ってるんじゃないんだけど、聞いてるだけで辛い

職場が辛くなってから強迫観念も強くなってきて、何してても何回も確認しないと不安になる

こういう症状の場合心療内科に行ってもいいものなの?

去年の今頃も死にたくて死にたくて仕方なくて、さすがにヤバイのかな?と思って心療内科に行ったんだけど、うつ病じゃないって言われたんだよね

死にたいくらいじゃ鬱じゃないのか…と思って病院行くのやめたんだよ

今の状態病院行って、また鬱でもなんでもないって言われるかもって思うと病院に行けない

心療内科って混むし、鬱じゃないのに薬は出されるし、行くなら仕事休まなきゃいけないし

相談できる相手もいない

病院に行くレベルってどういうものなのか誰か教えてください

【追記】

皆さんコメントありがとうございます

皆さん優しくて読んでて泣けてきました。

こんなに死にたくても鬱ではないと言われて、私は心療内科に行く状態じゃないんだなと思って行けないでいました。

トラバにありましたが、鬱と抑うつ状態の違いも分かっていませんでした。

きちんと話せるし、不眠の症状もなかったので、鬱ではないと言われたのかなと思います

漢方を試したり季節が変わったからか落ち着いてたんですか、上司が変わり、暴言とかを聞いていたら辛くなってしまいました。

病院に行っても良いと分かったので、前とは違う心療内科に行ってみたいと思います

そして転職することも考えたいと思います

本当にありがとうございます

anond:20171003120351

分かる気がする。自分は逆で宿題ものすごい強迫観念も持ってて、最初の1週間で宿題終わらせてあと遊ぶという事を毎年繰り返してた。均等になるように適当に予定表も立てるけど勝手に親の判押してた。

大人になっても治らなくて、プロジェクトの前半超忙しい→後半やる事ないみたいなバランスの悪い日々を過ごしてる。

2017-10-01

anond:20171001225400

強迫観念がありそうな気もするので生活に支障があるなら心療内科かに行ったほうがいいかもしれないけど

特になければそのままでいいのでは?

2017-09-27

SNSに現れる本音によって、ダイエットに対する強迫観念垣間見たわ。

今まで、アイドルダイエットとか、拒食症摂食障害ってピンとこなかったけれど。

  

メンタル病んでる女子ツイート

肉の画像上げてるそばから、吐いたって報告。

あるいは、インスタのパーソナルトレーナーの人が、大会前は、メチャ絞った。

食べなかったし、肌がカサカサとか言う書き込み観測した。

  

うわ、追い込みすぎってさ。闇深いんだね。

2017-09-25

ソシャゲを止めたら買いたいものが買えるようになった

FGOやってたんだけど、先々月やめた。

理由ガチャにかける金が無駄に感じてしまたから。

最初にいっておくと有意義に楽しんだ時間は紛れもない事実なのでソシャゲ自体批判する気はありません。

止めるきっかけは、廃ユーザーにつきものガチャ爆死。気がついたら20万くらい一ヶ月で使ってた。

それが2ヶ月続いて、ハッと目が覚めた。

この金あったら、amazonほしいもリストにぶちこんであるの買えるじゃん。

気づくのがおそすぎるのも分かってるんだけど、ソシャゲをやってる時って自分時間をフルに使って夢中になってしまうんだよね。

そしてイベントが開催される度に強迫観念自分背中を押してきて、やめられない。

どこかで歯止めが必要だったのが、爆死だった。

毎月、2万程度なら…って思っていた頃は1ヶ月2万高いわーと思っていたりして理性が働いていたんだけど、気がつけば理性がふっとんで消費しまくる金の量。

ほんと2ヶ月で40万とか廃ユーザー普通なんだろうけど、そんな湯水が湧くように金を持っているわけでもなかったか

逆に醒めやすかったんだろうと思う。これで魔法カードを使うなんて事してたら、もう人生終わってた。

で、ソシャゲを止めてから暇つぶしコンシューマーゲームを一ヶ月1本買う事にした。

これだとどんなにかかっても1万でおさまるし、20万なんて使う事もなくなる。

コンシューマーゲームは、あまり遊んでなかったせいか新鮮に感じて楽しい

ソシャゲはどこでも遊べる特徴があるけど、コンシューマーは家でゆったり遊べて良いね

止めたのは正解だったなと思う。

今の世の中はなんでも課金で済ませようというゲームメーカーが多すぎじゃないかな。

確かに手軽に遊べるし便利なんだけどね、ソシャゲ一種ギャンブルのような麻薬と同じくらいの危険性はあると思う。

途中で気づく事ができれば良いと思うけど、気づくことが出来ない人はタバコのようにそれが日常の当たり前になってしまうから危険

いや、タバコ危険というわけじゃなく、タバコを買うように気軽にお金を使ってしまう事が危険って話。

でも、不思議なのはパチやスロの業界には制約作りまくってるのにゲーム業界課金には制約らしい制約は

そんなにかかってないよね。なんか不思議FGOガチャなんか酷いと思うんだけどね。

まぁ、止めてしまうと時間に追われる事もなくなって気がとても楽になった。

先月の生活費の利用金額計算してみたら、毎月の利用金額はるかに安くなってて笑いが止まらなかった。

あぁ…こんなに気持ちが楽になるんだなー。

先月からまた貯金を始めたんだけど、貯める喜びが今はあって嬉しい。

やめてよかったよー!

2017-09-08

気楽に生きるには

とにかくどうでもいいことでストレスを背負ってしまうのをやめたい。

次の日外に出る予定があるだけで凄まじいストレスを感じ、お腹を壊す。

その予定が楽しいことであっても。


そもそも外に出る前に分刻みで行動予定を立てるのが良くないのかもしれないけど、

行動予定スケジュールを組まなければ外に出ることが出来ない。

予定がある日は起床時間、顔を洗い歯を磨く時間、朝食の時間、着替えの時間などを細かく決める。

その通りに動けば自動的に外に出ることが出来るので。


普通の人は多分こんなことしなくても外に出られるし、そもそもお腹は痛くならないんだろう。

考え方を柔軟に変えたい。


遅刻しても誰にも殺されないはずなのに、殺されるかもっていう強迫観念が心のどこかにあるんだと思う。

何をしててもそう思う。

外を歩くときは誰かにナイフで刺されるかもしれないと思いながら覚悟して歩いたり。

可能性で考えたらそんなことほぼ100%起こらないのに。

その割に知らない人に突然怒鳴られたりすると頭が真っ白になって何時間も引きずるしトラウマ化してしまうんだけど。


もっと適当に生きたい。

しか自分基本的クズなので、適当でいいやと思った瞬間から徹底的に堕落する。

何も出来なくなる。

そこそこに、ほどほどにというのが本当に出来ない。


なんでみんな気楽に生きれるんだろうか?

悪いことと良いことがあると、悪いことばかりが記憶に残る。

しかったはずの思い出もわずかな悪いことで上書きされる。

ストレスフリーになりたい。なれない。

2017-09-06

10年かかった

営業

配属された部署20代から30代中盤までが多く、若いゆえの活気で溢れていた。

仕事でも血気盛んにガツガツするタイプが多く、午前様が見えても残業は当たり前、何ならそこから飲みに繰り出すという、営業らしいといえばとても営業らしい雰囲気

一方で若いゆえかコンプライアンスはゆるゆるで、10年前といえば管理職でも大概なものであった。上場企業であるにも関わらずだ。

アルハラセクハラパワハラ縦横無尽跋扈し、新入職員は時に鬱になり、時に離職し、時に異動していった。

その矛先は当然私にも向けられ、飲みに行けば二次会三次会当たり前。カラオケに行こうものなら一気コール

用を足すふりをしてトイレに向かい、口に指を突っ込んですべてを吐き出し、涙目を隠しながら午前二時の薄暗いカラオケルームに戻ることはしょっちゅうだった。

戻ってみれば酒にタバスコが入ってる事まであった。疲れて寝そうになれば氷とお絞りが容赦なく飛んできた。

苦労して就職活動を終え、大人の仲間入りしてやる事が飲みサーの延長以下という事実はあまりに腹立たしく、土日は怒りが頭を支配していた。

酔いつぶれるのは嫌いだし、翌日の仕事にも良い影響を与えないということはわかりきっているのに、やれ「お前は潰れないからつまらん、もっと飲め」だとかで酒を注がれ、頭の悪すぎる先輩に至っては「寝坊して出社して怒られるのが新人」みたいな夜迷いごとを言いながら笑っていた。

たった10年前だ。

私はこんな職場絶対に染まるもんかと心に決めた。ニコニコしながら酒を飲み罵声を浴びてそれでも耐えた。

どれだけ辛くても定時の一時間前には平然とした顔で来て、仕事をこなした。

今思えば可愛くない後輩である。目をつけられるのも当然なのかもしれない。

後輩が来た。この子は辞めるのだろうか、残るのだろうか。その子はそう時間がかからないうちにパワハラアルハラセクハラが当たり前な人間になって行った。

どうやればこの状況を打開できるだろうかと考えた。

一つは経時的な変化を待つこと。

営業職お馴染みの異動がある。

数年ずつクソみたいな先輩は異動し、別の先輩がやってくるか新人が入る。

別の先輩がクソではない保証がないこと、新人が残るクソみたいな先輩に染まる恐れがある事から耐え忍ぶだけでは環境正常化しない恐れもあった。

二つ目自身立場を強くすること。

これまた営業職らしく数字が上がっている奴は一目置かれる。発言力が増すのは会議時に限定されない事がわかっていた。

三つ目にコンプライアンス違反通報すること。これもやんわり狙ってみたがクソ先輩共はクソ上司(直属以外でも)と繋がりがあり、まだまだコーポレートガバナンスがゆるゆるな当時はリスクしかない様子が伺え、断念した。

何なら当初コンプライアンス違反認識し(感じ)ているのは私以外に居ないような状況で、分が悪すぎた。

四つ目に後輩教育の徹底。入り口で「染まらないように」コンプライアンス遵守を求めた。

結論から言うと三つ目以外を並行して行っていった。

時の流れには人の入れ替わりを促す力とともに遵法意識を少しずつクソ先輩方に浸透させる力もあったのか、少なくともハラスメントリスクであるという認識をクソ先輩方が有するようにはなってきた。

自分の社歴が増し、一方で結果を出せたことから支店内における発言力はかなりの勢いで増していった。

時にクソ先輩の業務を引き継ぎ、いかにクソ先輩が仕事をしていなかったかを詳らかにしても、私の発言であればそれは十二分に説得力を持ち、上司や後輩、また別のクソ先輩方に響かせる事ができた。

それから間もなくして私に業務を引き継いだクソ先輩には懲罰人事が下された。

ここ数年になり、上司も変わり、ますます私の影響力は増していった。

幸いなことに、上司も遵法意識の高い方に変わった。

クソ先輩や後輩の仕事上司とすり合わせるところまで来た。何ならクソをクソと言い続けるだけでクソコンセンサスを得てクソは他部署に飛んでいった。

ここまで来るとクソ先輩方はもうただの先輩になっていて、特に脅威を認識する必要はなくなってきた。

後輩たちに関しても、少なくとも私が入社した頃のような理不尽享受することはなくなった様に思う。後輩が後輩を傷つけることも無さそうだし、仮にそんな事があれば私がクソのレッテルを塗りたくってやる。

一方でやや後輩たちの個が過ぎたり、ポリティカルコレクトネス感が強い気もしないでもないが、それはまあ私が古い人間なのか、自分が受けた苦労を無意識に美化しているのか、うまく言語化できないがまあそういう事として、ハラスメントが溢れていた時代より100倍マシとニコニコできている。

強いて言えば自分がクソ先輩になっていないかという強迫観念自縄自縛的に気になるとき最近少なくない。

ここまで書いておいて、私が職場に何か良い影響を与えられたのかというと、何だか怪しい気がしてきた。

結局辞めずに残り続けたか発言力が増しただけで、自分ハラスメントを受ける立場卒業し、後輩に恵まれただけの気もする。

それでも、この春の異動で最後のマキグソ級のクソ先輩が居なくなるとわかったとき、私は真っ先に「お世話になった先輩の送別会」の幹事を買ってでた。

サプライズとして、みんなで行った温泉海外写真スライドショーとして流してやった。

どの写真も先輩は笑顔だが、その裏で私は酒を飲まされ続け、吐いていた。

社歴を鑑みると私の異動もそう遠くない筈。

次はどのような職場に異動するのか。願わくば栄転であって欲しいが、ハラスメントなどの問題が無い所ならどこでもいい気もする。

きっと問題のある職場は依然少なくないだろうし、きっと問題のある職場は依然わが社だけではないのだろう。

クソを駆逐するのは難しいが、私は諦めない。

そして自分がクソにならない事も、諦めないでいたい。

2017-09-02

顔面コンプと、平野啓一郎世耕弘成ケラリーノ・サンドロヴィッチ

容姿ディス、失礼千万承知で書く。

から勝手に顔だけで近しさのような何とも言い難い感情を抱いてた人らが、こんなに普通の顔だったっけか、と新聞インタビュー写真二度見してしまうようなことがここ最近立て続けにあった。

平野氏、別に島田雅彦みたいなんではないけど穏やかでとっつきやすそうな丸顔になってたし、世耕氏はどことなしすっきりしてオタク感薄れてるし、ケラ氏はアク強いカエルイメージが優しそうなおっさんに後退トランスフォームしてた。

ベニントン訃報から久しぶりに洋楽ニューススクロールしてたら気のいい兄ちゃんといった風情の黒髪、誰これ?うおっピート・ウェンツぅ?フォールアウトボーイの。ゴスって絶対顔面コンプあるよなー、デブの方はよく見りゃイケメンだもんなと失礼にも思っていた10数年前から遠くここまできて、近所の三十路の善人感をスナップされたその笑顔をしばしぼんやりと眺めてしまった(その後引っ張り出して聴いた、シュガーウィーアー…)。

イケメン見てあーあ!と思う怒りのないまぜになったやっかみと同様に、才能も努力もあまりに及ばないであろうこの人らに、顔面は同じようなもんなのに!という嫉妬感じてたのだろうか?いやむしろハラハラしていたんだと思う、この顔を出して、非難されないだろうかという、それこそ自分強迫容姿コンプ内面勝手投影した思いで。メディアで顔見るたびちょっとドキっとしてたもんな。

そして非難されてほしいという、再矯正自罰みたいな気持ちもあったんだと思うわ、今にして思えば。誰も彼をも自分の中で基準容姿だけにおいて、知らず可・不可に選り分けていたんだな。

容姿ディスが日常の親の下でだいぶん強迫観念的に自分卑下してて、無駄卑下してるのは分かってたけど、周りの反応見るにそれが不当なものとも思えず、鏡の前、電車の窓に映る姿でいつまでもうだうだ己の顔を眺めていた10代、20代だった。髭と眼鏡髪型で誤魔化し隠して防御して、今じゃいつの間にか気付けば鏡を見るのは顔洗う時と歯磨く時ぐらいに減っていった。ヒゲ可の職場でよかった。

もし今自分高校生なら年中マスクしてる自信がある。ガエル・ガルシア・ベルナルの顔に生まれたかったと今でもふと思う。

宇多丸氏の映画評論下品で、本人ごと嫌いなタイプだったんだが、CSミニ番組で、10代の自分について、不細工運痴で冴えない俺は映画館に座ってこの暗闇にこのまま溶けていきたかったという回想独白してたの聞いたとたん急激に好感度が上がったし(だが評論は好かんまま)、変態仮面の人、誰だっけ、鈴木亮平か、俺は顔で勝負するタイプじゃないんだと若いころ悩んだ末に悟ったとインタビューで語ってたり(いやいや明らか男前っしょとは思うが)、こう自信ありげな人が容姿について自覚してる過去吐露してるの見ると誰であっても切なくなってしまう。

年取るとみなよい顔になるということもあるのか?人前に出ることが多いから顔がキリッとしてくるのか?写真に写るからには美しく撮るためのお膳立てにたけた様々な人が周りにいるのか?いろいろ謎。

社会的成功も、人を魅了する才能の生んだ果実の数も、美しい伴侶(世耕氏は知らん)も自分にはないが、単に彼らも自分も同じ分だけ年をとって、努力多寡はあるかもしれないが足掻きはして、美醜より他に考えないといかんこと山のようにあって、人生でいろんな人間の顔を見てきて、皆よい顔に見えるようなここに立っているのか?まあこんなことたらたら書いてる時点で自分コンプ吹っ切れてはないんだが、10数年前の、今よりずっとずっと悩んでたことと、他人を無闇に顔だけでジャッジしてたことを思い出して、なんかしんみりしたので書いた。いや違うな、「思い出す」ほどには離れてたのかと思って、そこにしんみりしたんだ。

この人らの仕事性格も知らずに顔面だけうんぬんするなとか、この人らは別に不細工ではないでしょとか、偏見内面化を上乗せしたルッキズムの極みとか、能力があれば顔は関係ないなら能力ない不細工はどうやって尊厳保ってんだよとか思われるかもしらんが、それでも持ってる自分なりの自尊心コンプとの長い葛藤というか、言及するために挙げてしまった、許してくれ

https://anond.hatelabo.jp/20170902050327

才能はどんなものも小さいPDCAの繰り返し。

こうだ?と思って→やってみる→やってみた結果はどうだろうか?と考えて→直してみる。

だって最初は下手くそよ?

それ以前に「何かしないとならない」って強迫観念に駆られてる時点で、疲れやす人生に思える。

で、頭疲れると、上の「やってみた結果はどうだろうか?」というのを冷静に見えれない。

ただ、「ああ、下手だ、ダメだ」となって余計にただ疲れるだけ。

しろ、ああじゃないとならないこうじゃないとならないというのが強い人は「やってみた結果」を冷静に見づらい傾向にあるように思える。

「ああじゃないとならない!」と考えた結果うまくいかなかったけど「ああじゃないとならない!」ことに凝り固まってるから

「世の中は、起きて稼いで食って寝て、あとは死ぬのを待つばかりなり」(一休

運命付けられてやらないといけない事なんて稼いで食って寝ることぐらいだわ。

その上で

「潜行蜜用とは、盧のように愚のように、ただ能く相続するを、主中の主となづく」(洞山)

下手くそ馬鹿でもいいから能く続けるのが一番いいことだ。ってこと。

なお、これはスティーブジョブスのラストプレゼンstay foolish stay hangry につながってるという人もいる。

まあ、禅の瞑想最近であればマインドフルネスで脳を休めるすべを身につけるのも一緒にしたらいいかも。

ただ、マインドフルネスセミナー霊感商法や、怪しい自己啓発セミナーも乗り出してるから「本+あれば付属CD,DVDだけ」でいい。

いまどきマインドフルネスはどこの図書館にも本はあるはず。

親とか地元とか日本とか

自分を産み育んでくれたモノに対しては、恩があるからどうしても引け目を感じるし「感謝しなきゃいけない」「無条件に愛さなきゃいけない」「恩返ししなきゃいけない」という強迫観念が常にあった。

30歳を目前にして、最近やっと「恩はあるけど合わないものは合わないし、嫌いなものは嫌い」だと自分気持ちを認められるようになった。

自分身の回りの事は何一つ出来ないガキのような父親も、そんな父親を心底見下しながら離婚しない専業主婦母親も、

男は家で踏ん反り返り女は奴隷のように立ち働くことを当然とする地元風習も、

ミソジニストだらけで女の人生を殺しにかかってくる日本社会も大嫌いだ。

今は正社員として働いていて、きっちり納税しているし

既婚なのでそろそろ子供を、という話も夫としている。親や国への恩返しとしては充分だろう。

ただ、こんな国さっさと滅びて伝統血筋も途絶えたらいいと思っている。

2017-08-23

母親家事を仕込まれた男

自分です。現在アラフォー独身

両親は共働きでしたが、家事育児に費やす時間は明らかに母親に偏っていました。父はいわゆる仕事中毒で、ウィークデーは帰宅が夜12時過ぎるのが当たり前の生活。で、その間の子もの世話やらなんやらは、母が仕事をしながら切り盛りしてたわけです。

からいたことなんですが、母はこの状況に強い不満を持っていたようです。自分もっと仕事がしたいのに、父は好きなように仕事してるのに、と。そしてその不満が、一人息子である自分に向いたようなんです。

といっても虐待とかではないんですが、小さい頃からとにかく家事を色々やらされました。昔のアルバムを見ると、明らかに小学校入学前の自分が、高い踏み台に登って皿洗いをしていたり、自分と同じくらいのサイズ掃除機をかけていたりする写真が残っています。母は常に「手伝え」「分担しろ」と言いました。子ども家事押し付け自分は寝ている、とかではないです。でも、家で母が家事をしている時に、遊んでるとか休んでるとかは許されなかった。

自分家事を手伝わさせる時に、母が繰り返し言っていたのは、「これからの世の中、家事をやらない男なんて結婚できないからね」でした。当時の自分はわからなかったですけど、今になってみればあれは、父に対する不満が噴出してたんだと思います

そんな家庭で育って大人になって、自分はまあ普通に家事ができるようになりました。そしてただ技術を持っているだけじゃなくて、他人家事をしているのに何もしないでいることに強い罪悪感を感じるんです。だから誰かと一緒に住んでいても、結局大半自分でやってしまうことになる。母の呪いみたいなもんなのかなあ、と思います

最近悩んでいるのは、付き合う女性がみんな「働かない、家事もしない」という、ヒモみたいな状態になってしまうことです。どうも自分は、「家事をしない男は愛されない」という強迫観念に取り憑かれていて、女性の側は「だったらやらせてあげる」みたいになって、しばらく時間が経つと自分は「この人は俺が面倒見ないと生きていけないんだ」と思い込んでる状態になっている。これって共依存とか言うんですかね。

最近、ここ数年付き合っていた女性と別れました。相手大学院を出て、「研究者を目指す」と言ってなんかやってて、でもバイト一つもしてなくて、それを自分が食わせていました。これまでもずっと似たような感じです。一生結婚できない気がしてきました。

2017-08-11

中の人ソシャゲ

課金ユーザーです。

昨今のソシャゲブームはとんでもないものだと思う。

たとえ数千円かけて10ガチャをしても、それはほとんどの場合「確定ガチャ」では無い。

お目当てのキャラが出るとは限らない。

それは何となく続けてる人でも、ファンでも、中の人でも一緒だ。

数%の確率に賭けて、皆は湯水のようにお金を使う。

ソシャゲガチャ報告は、Twitterをしてると日々TLに流れてくる。

その中には、中の人声優役者など)によるガチャ報告もたくさんある。

自分の演じたキャラ、そのキャラと親しいキャラゲームをするうちに好きになったまた別のキャラ

中の人達もまた、ファンと同様にガチャを回している様子を報告する。

たとえ自分の声をしていても、時には課金をしなければ手に入らない、課金をしてさえ手に入らない様子も窺える。

うーん……。

私の財布とは全く関係ないし、本当に楽しんでるなら外野が言うことでも無いんだけど。

その重課金は、中の人達が周囲に期待されて義務的にやっているものになってきてないかな?

宣伝活動? そうかもしれない

事務所からお金が出てるのかも? そうかもしれない

だけど白熱したガチャ報告の嵐には、「願えば出るものでもないのに出さなければならない」かのような空気になりやすソシャゲの怖さを感じてならない。

課金しただけサービスは続く、課金しただけ何らかの形で還元される。

それでもソシャゲガチャギャンブル一種であることは忘れちゃいけないし、その数千円を楽しんで使ってるのか・焦りや強迫観念で使ってないかは考えないとな、と中の人の一件からちょっと思った。

そのお金で売り切りのソフトゲームを買うべきか、この先に期待してソシャゲガチャ課金するか。

もちろん単純に否定は出来ないし、楽しみ方は人それぞれ。

だけど、何事もほどほどにしないと。

自戒もこめて。

2017-08-06

https://twitter.com/tm2501/status/893538176467324929

人間に「穢れ信仰」と「所有欲求」と「性欲」がある限り、合理的かつシステマティック恋愛不可能です。

この3つがパートナーにも本人にもない時にしか純粋経済共同体としての夫婦って成り立たないから、「恋愛問題考える時に、金とビジュアルの話ばっかするのは、違うくない?」と

<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>



逆もまた真なり(分類上恋愛だと言われるものだけでは恋愛が存続できない)もわかるけどさ…みんなが考えてることをいちいち言わなくてもいいかな…と。

件の「嘘か祈り」問題じゃないけど、本気でそれが本当だという人はいなそうだからもっと嘘と祈りを言えば?とね。

本当に本当に本当に、強い強度でそうだといい切ってる人なら、止めませんよ?

ただ、大体の人は観測範囲が狭いとか、経験がないとか、頭が回らないとかで汚染されてるケースが多いからねぇ…。

少数派や中間的な意見存在を汲み取ってないのではなく、多くの人がかかっていそうな洗脳配慮してる


@tm2501さん

から否定されているものを見ると反射的に肩入れしちゃうわけ。もしかしたらそいつ、めちゃくちゃ愛らしい何かだったりしたらどうする?っていう。どうもしねーよってとこだろうけど、おれは愛らしかったら撫でたりする。


そんなところだろうと思ったけど、確認できてよかった。読みながら「天邪鬼やな」と思いつつも、「これって一定数いるなら配慮して書いたほうがいいんだろうけど、どうなんだろう?」みたいな不安もあったから論戦に乗ってみたけど、まぁ…最初の印象通り前者やね



@tm2501さん

天邪鬼って言われちゃうとなんか寂しいけどね。まあ現実見てないのはそりゃそうだよだって目の前にいるわけじゃないし。目の前にいないものなんて全部フィクションだし思った通りだし思いもしなかったものにもなるしそんなもんだよ。ていうか見えてる世界が違うんだよ要するに。あなた恋愛と呼びたいものとは全然違うもの恋愛と呼びたい人もいて、それで何が悪いの?って。動物恋愛できる人も無生物恋愛できる人も私は神様子供を授かりましたみたいなのもその人が恋愛と呼ぶならその人と話すときはそれが恋愛なので。



哲学基準やねぇ…。そんなん言い出したら、辞書学術的な用語が成り立たなくなるからそういうものあんま認めたくない(逆に自分が間違ってた時はそっちに合わせる)けどねぇ


@tm2501さん

多くの人がかかってる洗脳のことはきっと多くの人が話してるしまあその人らは洗脳だと思ってないんだろうけど、だからってそこにそれ洗脳だぜ?って突っ込んでくのは端的に野暮じゃないの?とは思う。わたしせんのうされてるきがするの、ってあなたのところに逃げてきた誰かに言うならともかくさ。辞書は便利だけど辞書のために誰かと話すわけじゃないし辞書と違う言葉の使い方の人間が目の前にいたってまあなんとか頑張ったらそれなりに話せると思うし一度頑張ってみればいいと思うんだよ。


実際、そういう人がよく来るから、それを投影して書いているんだけどね。あまりにもありもしない強迫観念に突き動かされてる人が多いし、僕自身そういう時しんどい方に自分から行っちゃってるし


@tm2501さん

一対一の関係では多分誠実って言葉が似合うんだよそれ。でも一対多の誠実は、決めつけないことの方だと思うんだよな。私はあなたの味方です、と私はこういう人の味方です、の違い

別にどっちも悪じゃないけど、印象が同じとも思わない。

ああ、でも最初に書いた「内在的恋愛と外在的恋愛」あるいは「恋愛における内在的要素と外在的要素」に関しては、結構一般論として考えてるつもりではあるんだけどね。まあ会った時にでも話そうこれは。




というか「私はあなたの味方です」というのにたいして、青二才は「私はこういう人間の敵です」「私はこういう人間を謎の上から目線で見下します」っていってるわけ。よりたちが悪いのだけれど、青二才は一生理解できない。馬鹿から

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