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はてなキーワード: 強迫観念とは

2018-02-13

勉強なんか出来なければよかった

義務教育ときの話だ。

小学生時代、私のクラスメイト個性的な子ばかりだった。

やたら計算が早くて算数が得意な奴、誰よりも漢字を知っている奴、国と首都を全部言える奴、作文を書くのがとてつもなく上手い奴、喋るのが得意で説得力が物凄い奴、とにかくいろんな子がいた。勉学において突出した何かを持っている子が、私の友達には多くいた。

かく言う私もどちらかといえばそちら側で、特別な何かがあったわけではないが勉強だけはできた。一応。この広いネットの海からすれば井の中の蛙しかないけれども。

結論から言うと、彼らは後にグレた。ほぼ全員がだ。

グレたといっても夜露死苦とか書いた短ランを着るようなアレではなくて、教師に反抗したり徹夜ゲームしたり、その程度。

その結果(一概に100%そのせいと言い切るのも危険だけれど)、学年でもトップクラス学力能力を誇った彼らは、高校受験の際にいわゆる地区トップ校には行けなかった。では誰がトップ校に行ったのか。

答えは「優等生」だ。

優等生トップ校に行くこと自体は何も不自然なことではない。問題なのは、幼少期から突出した能力を持っていた子達(変人とも言う)が軒並み途中でドロップアウトしていったことだ。

実はこれ、学年が上がるごとに変人の成績が下がって優等生の成績が上がっているのだ。少なくとも私の観測範囲では。

これは私の体験談だが、「終わった人から帰っていいよ」タイプ課題が出た際にとにかく早く帰りたくて全力でそれを終わらせて一番に提出した。すると教師は、早すぎる、本当にちゃんとやったのか、と怒った。ちょっと理不尽すぎて書いてて腹が立ってきた。

他にも、演習問題が終わったからと宿題範囲をやっていたら宿題は家でやるものだと怒られたりもした。一理あるが、ならば演習が終わったらただ黒板を見つめていろとでも言うのだろうか。

……私が怒られすぎなだけな気もしてきたがまあいい、続ける。

こんな感じで、特に小学生時代は「周りと足並みを揃えること」を強要された訳だ。

の子と違うことをしてはいけない。他の子と同じことをしなければならない。他の子より早く終わってはいけない。他の子より上手く出来てはいけない。最早これは呪詛だ。今でも私から離れない強迫観念

特に私が小学生の時はまだゆとり教育時代だったから、競うことは良しとされていなかった。みんな同じが平和だとされていた。みんな同じでなければ平和でない、と言い換えてもいい。

そういった価値観だったから、出る杭は打たれた。突出した能力がある子達は皆そうだった。彼らは頭がよく切れたが、それも教師の癇に障ったのかもしれない。出る杭たちは打たれて打たれて、その多くは折られてしまった。周りに好かれることが得意な優等生たちは折られずに済んだ。その結果が前述した「変人ドロップアウト優等生トップ校に行った」ということだ。

私自身も当時は出る杭だった。例に漏れドロップアウトした。教師同級生から同調圧力に耐えられなかった。今でも出る杭になるのが怖くて何も出来ずにいる。

あのまま伸びていたらとんでもなく凄い奴になっていただろうなという子もいた。本当に勿体無い。

どうして出る杭がここまで執拗に打たれなければいけないのか。生徒の能力を平らにならそうとして、折角の能力を削ぎ落としてしまってはいいか。心を折ってしまってはいいか先生に好かれ、周りの生徒に好かれることがいい生徒の唯一絶対の条件になってはいいか。多少模範から外れていても、秀でた能力をせめて認めてあげることはできないのか。

折れた心は元には戻らない。騙し騙しやってはきたが、義務教育を終えた頃から小学校後遺症が目立つようになった。何がやばいかって受験がとてつもなく苦しい。出る杭は打たれる、終いには折られると刷り込まれた頭でどうやって受験しろと?

勉強なんか出来なければよかった。

できなかったら、きっともっと生きやすかった。

カッとなって勢いで書いた。支離滅裂申し訳ない。

2018-02-07

anond:20180207102224

うちは「あたしお母さんだから」が行き過ぎて強迫観念レベルになって傍からみてるこっち(子供)がキツイもっと楽に生きろよって幼児期から思ってたパターンだけど

まあ、程々がやっぱ一番よね

2018-02-04

感想苦手

まず語彙が乏しい。

ブログかに書き綴る感想ってのは詰まる所、面白い/つまらないを如何に修飾して面白おかしく伝えるかってのが肝だと思うのだが、俺の頭の中には修飾のバリエーション全然備わっていない。

というか、例えば映画から小説からアニメから音楽から、様々な情報を読み取って咀嚼して自分なりの言葉に変換するチカラが皆無なのだと思う。

いやそもそも、まず読み取れてすらいないのだ。

作者の意図を。想いを。あるいは想いの外側を。

ポケ―っと観て、聴いて、ふむふむなるほど、面白い。かっこいい。悲しい。笑えた。

あー楽しかった。

おしまい

そんなんを繰り返してきただけの人生だったわけで、そりゃ、含蓄も蓄えられない。

こりゃマズいと思い、色んな記事とかブログとかで感想を読み漁ってみて、少しは頭が良くなった気になってたけど、いざ自分で書いてみるとなると、唖然原稿用紙1枚分(400字詰め)も埋められない。

別にしっかりした、面白おかしい、為になるような感想を書けないところで誰も困らないし、俺も困らないのだが、でもなんていうか、自分がなんだかさもしい人間であるような気がしてくるというか、ちょっといい歳なんだし、もう少ししっかりした感想表現できなければ、今後俺は、俺の人生は一体……みたいな妙な強迫観念脅迫される日々。

ごめん、ちょっと盛った。

でもさ、俺、工学系の専攻だったから分からないんだけども、語彙力をめっちゃかましてくる、めっちゃ感受性高そうなブロガーとかって、やっぱ文系まっしぐらだったりするの?

やつらって文学にふれまくって感想書きまくったりとかそういう系の勉強とか必須科目なの?

そうなら敵わないよな、だって俺、コンクリートとか土とか河川勉強しかしてこなかったもの

偏見かまして唐突に終わり。

2018-02-02

感想のいらない作家

自分所謂二次創作作家だ。正確にはだった、だけど。

とにかくその時自分がハマったものを取り扱っているので旬ジャンルからマイナージャンルまで統一性が無い。

今は二次創作……というか作品を作る事自体まりしなくなったのだけど、機会があればまたしたい。

で、「感想のいらない作家はいない。一言でもみんなジャンジャン送ろう!」みたいなツイートがよくTwitterのTLに流れてくる事がある。目にした事ある人いると思われ。

自分も昔は「感想が欲しいよ~~~~!!!」って承認欲求の塊クソ野郎だったんだけど、いざ過去ジャンルでバズりまくって感想が送られてくると思ってたより大変だった。

大変だったっていうと有名人気取ってんじゃねえって思われるだろう。ごめん。

当時一番、旬も旬のジャンルにハマって漫画を量産しTwitterにアップしまくっていた。

そしたらバズって沢山の感想リプライが来た。滅茶苦茶嬉しかったし有頂天作家だった。

でも、漫画をアップしまくりバズればバズる程、クソリプとまでは行かなくとも、どう返したらいいのかわからないリプライが沢山来るようになった。

例えば、いきなりタメ口だったり、「この漫画父に見せたら爆笑してましたwww」とか(マジやめて)、漫画の1ページを切り抜いただけの画像リプとか。

イベントに出ますツイートしたら「売り子します! こき使ってください!」と全く知らない人に言われたり。とにかくそういった類のが多かった。

「返したらいいのかわからないやつ、自分から見てクソリプだと思うやつは返さなくていいのでは?」と今なら思うんだけど、

当時は全部にレスポンスしないと”冷たい作家”だと思われるのではって謎の強迫観念に駆られて語彙力/Zeroだけど一つずつ返していた。

すると段々感想来るのを恐れるようになり、通知を見たくなくなった。その頃からbioに「通知見逃しが多いです」とか書いたような気がする。

勿論見逃した事もあったけど、大体見逃してない。だけど返信するのが嫌だった。最終的には「好きです」のどこにも非が無いリプもしんどくなってきた。

この文を読んでくれている方ならお察しだろうけど、元々文章を打つのが壊滅的に下手糞なのでリプライ死ぬほど時間がかかったのも要因の一つだろう。

せっかく感想を貰っているのに、自分のせいで全部無駄しまくっているのが本当に嫌だった。

それから別垢で別ジャンル描いたりしたけど感想貰う度にモチベーションが下がっていく自分がいた。

誰のせいでも無くただ単に自分の拗らせ具合とコミュ障が原因なのだけど、あんなに感想しかったのに壁打ちが一番落ち着くようになったの何ていうか……馬鹿だなあ。

明らかにSNSが向いていないと悟りTwitterは退会した。

こんな奴、そうそう居ないと思うけど

感想いらない作家はいない」っていうのは、あながち間違いでもないけど正しくはないなって。

様々な理由感想いらないって人は1割くらいは居るんじゃないかなあ……多分。

でも、感想ってのは嬉しくない人の方が珍しいくらい大多数は喜んでくれるので、作品を拝見して頭をぶん殴られたかのように興奮したのなら迷わず感想相手のゴールにシュート! ゴー! エキサイティング!! した方がいいとは思う。

個人の拗らせたヤベエ作家の戯言なのであまり気にしないでいただきたい……

支離滅裂でごめんなさい。

2018-01-30

夢は呪いだって海堂さんも言ってた

https://anond.hatelabo.jp/20180130030322

夢追うのやめたけどあきらめきれないシンパシー自分は絵じゃないけど。

いま25歳。小中高と吹奏楽部トランペットやってきた。周りと比べるとうまい方だった。

小学校器楽隊ではじめて楽器を触ったときから音階ができた。

中学では二年で先輩を押しのけてトップに座ってた。

高校は毎年地方大会出るような強豪だったけど一年レギュラー取った。

完全に調子乗ってた。

毎日居残り練してもレギュラー取れない同級生や先輩たちを見てせせら笑って過ごした。

追われる立場のもろさも知らず。

高校二年の冬から三年の夏にかけてスランプに陥った。

今思うと成長期で口が変わってたのもあったし、そのため無理やりアンブッシュア変える訓練を強いられていた(アンブッシュアとは吹く口の形。要するに投球フォーム変えるようなもん)のもあったし、当時心酔していた先輩からペダルトーンっていう練習法(古く最良のトレーニングと言われてきたけど最近研究ではあまりよろしくないとされてるもの※諸説あり。気になる人はググれ)を教えられてたのもあった。

バカにしていた同期はぐんぐん上達し、高校三年の夏、ついにトップの座から陥落した。

それで意気消沈なんてしてられるか。自分はまだまだこんなものじゃない。まだやれる。今は調子悪いだけで、大学行けば、また昔みたいにふける。ダブルハイベーだって出る。と言い聞かせて、現状への不安や迷いは見て見ぬふりして昔から目標だった音大への進学を決めた。

この時点で今思うともう完全に周りも自分も見えてない。強迫観念と執着心だけだったと思う。

ところで、中学生のころから師事していたトランペット師匠がいた。学校とは別に個人レッスンに

通っていたのだ。

中学の時はまだそんなガチガチになっていなかったので、受験の季節に高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。それを師匠相談したら、「続けなよ。そして、僕が講師をしてる音大にもおいで」と言ってくれた。それに胸を打たれて、ちょっと無理して遠く私学の強豪校を選んだ。

そんなこんなで師匠が待つ大学入学したものの、メンタル演奏もコンディションの悪かった。当時おそらく鬱だったためか記憶があまり残っていないが、吹いても吹いてもうまくならない。思った音が出ない。音大つったってもちろん吹いてばかりじゃない。ソルフェージュ和声、副科声楽ドイツ語フランス語。どれも集中できなかった。思い通り吹けない焦りに覆い尽くされて目の前が真っ暗だった。

ほどなくして、音大をやめた。

なんで辞めたの、なんて聞かれても一言じゃ答えられない。

そりゃ食ってけなささも続けんの無理と思った理由の一つではあるかもしれないけど、そんなの承知の上で飛び込んだ世界だし、それが理由とは言い切れない。

スランプで思い通り吹けなかったことかもしれないけど、それこそとしかたないことだし、乗り越えなければならないことだから理由にならない。

しいて言えうなら、あの時はもう精神的に続けられる状況じゃなかったということが理由かもしれない。

まあそういう精神状態に追い込まれた背景としては上記のようなしがらみにさいなまれたこともないとは言えない。

しばらくは楽器見んのもいやだった。長い付き合いだったbachの180MLは箪笥の肥やしどころか忘れ去られた過去遺物だった。

大学中退後、わたし適当デザイン専門に入り、ヘラヘラ学生をし、順当に卒業就職し、4年。

今はwebデザイナーとしてそれなりにやってる。

webデザイナーを選んだのは、グラフィックより求人もあるし給料もよかったから)

(元々オタク時代同人サイトを少しかじってたのでとっつきやすかったのもある)

残業もたいしてないし、自分デザインし構築したサイトが世に出回ってるのは、なかなかやりがいも感じる。

(図らずもデザイン業界在職という点にも元増田シンパシー)

そして、実は昨年の夏からトランペットをもう一度握っている。

もうすぐ社会人五年目に突入というのもあり、社会人と呼ばれることにも慣れ、バランス感覚というのがようやく身についてきた気がしたと思ったら、トランペット無性に恋しくなった。

実家から楽器ケースを引っ張り出し、久々に吹くと音色はひどいものだったが、当時の嫌悪感は完全になりを潜めていた。

幸い高校にOBOGによる一般バンド存在したため、数年ぶりに顔を出した。

当時のい比でないほどひどい音にはなってしまったけど、随分と夢からは遠くそれてしまったけど、今は吹くのがとても楽しい

これから先の人生ではもう投げ出さないで、周りと比べたり焦ったり嘆いたりせず気楽に楽しく吹いて、少しでいいか学生の頃より上達して、いい演奏をして、当時の自分への餞になればと思ってる。

はいったものの。

たまに大学時代の友のfacebookツイッターを覗くと、自己研鑽のためドイツ留学した先でのレッスン中の写真、T●Lの鼓笛隊になるべくオーディションを受けた所感、バイトいくつも掛け持ちしながらフリーランスとして講師やエキや小さなハコでコンサートセルフ主催などしながら演奏活動を続けている様子など、あいかわらず音楽に当時と寸分たがわない情熱を傾けている様が見られる。(こういうのも最近になってようやく受け止められるようになった)

今の暮らし不自由もないし、それなりに楽しくやっているが、それでもやはり苦労やコストもなりふり構わず夢を追う彼らを見ると、憧れと羨望と嫉妬で少しだけ胸がざわつき、当時の激情を思い出す。

2018-01-28

強い人の心理

ある質問版を見ていたら、ある女性意見を見つけた。強い人間である彼女は、弱い人、つまり意見を言わない人や弱そうに見える人が大嫌いだということだった。そういった弱い人はその場しのぎで逃げまわり責任感がないこと、また人当たりはいいので強く意見をいう彼女相対的悪者に見えやすことなどを理由にしていた。

私はこの文脈で言う弱い人間側なので耳が痛かった。私自身こういった弱さに悩んでいる。彼女がいうような責任感のなさや弱く見せる術などについて、自覚があって自己嫌悪にいつも陥るし、責任感のある人間になりたいと思っている。しかし、グループワークになると、リーダーになることに本当に強迫的な拒否反応が出てくる。

組織で動く上では、誰かリーダー必要だ。しかし、余程人材の不足している組織でない限り、リーダーが誰か特定の人である必要があることは稀である。だからリーダーになる時は個人エゴが程度の差はあれ存在する。自分はそこの正当化が極端にできない。これは、今まで、自分の身近で、組織リーダー判断エゴで大きな失敗が起こった事例を多く見てきたからではないかと思う。

いわゆる強い人というのは、そこらへんの正当化はどういうふうにしているのだろうか。私は、リーダーシップ責任感を持ちたいと切実に思っているが、そのために上記強迫観念を克服したい。だから、実際にリーダーシップをとっているような強い人がいたら、自分エゴをどう正当化しているのかを聞きたい。

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2017-12-20

日本人道徳感情日本社会自身を傷つけるブーメランになっている

外国人日本社会民度の高さを称賛し、そして日本人の少数派がそれを受け入れた一方で、多数派がそのような現実を後悔する声があった。とある左翼思想家は、"日本人右派の満足した社会意識"を、市民社会合意を受入れるよう要請した事で糾弾した。ある大学生は、左派SNSに "我々は、道徳的社会観の象徴である安倍政権現代版のファシズム風潮を変えなければならない"と、激昂して述べた。通常は自公政権を支持しているいくつかの若者高齢者ですら、道徳的社会に対しては不満だと感じると述べた。ネット上での批判は日々加熱している。

ヒステリック道徳社会への反応は、日本がどのように非寛容社会形成し続けているかを示している。あらゆる種類の政治家および空論家達は、単に自らの課題を推進するため、長きに渡って道徳感情を煽ってきた。彼らは、過去から今日まで続いているのこの強迫観念日本国を停滞させている事を、気にかけるようには見えない。

第二次世界大戦敗戦後のアメリカ保護国化のもと日本先進国になったが、中高年世代の多くは、1990年代以降の急速な非寛容社会化体験している。日本が古くから抱える被差別階層などのような内部の実体が、通常、社会の病いの原因だと非難されてきた。しかし、障碍者および在日外国人への感情は、より複雑だ;しかし、彼らとの友好感情ほとんど全員に共有され、社会物語とされている:日本社会栄光は、自由価値観とは反する道徳思想妨害された。

日本蔓延する暴走する道徳感情は、社会がきちんと回らない原因になっている(例えばモリ・カケ騒動不倫なんかがそう)。特定日本権力主義者たちが、確立された普遍的事実に疑問を呈し、大衆を触発する一方で、彼らから見ての敵はより重要問題無視するための、便利な弁解を提供している。

道徳感情はまた、教育文化問題凌駕している。1990年代2010年代前半の長期不況からの増大する経済改革への要望にも拘わらず、日本は、今日までに経済成長への道を選択できなかった。

未成年あるいは高齢化する貧困公共インフラ破綻など、その他の国内問題は、脇に追いやられている。政権および野党は、歴史問題などへの政府懸念を "解決する"と申し出る事で、政府が本当に意味した事について口論している。

アメリカ保護国下による72年間の成長一辺倒の日本社会の影にある犠牲者達は、彼らの主張を押し続けなければならず、そして日本社会とその保護者たるアメリカはより良く謝罪をしてみるべきだ。システム見直し検証必要であるという、十分な証拠が有る。しかし、無数の問題のために悪人(と決め付けた人たち)を非難してきた政治階級下の数十年の後、道徳感情独自生命を持ってしまっている。日本は、昂ぶった感情を持続的に保持している。その構成員達は、その他全てを犠牲にしようともそうするように見えるが、絶えずこれらの感情に応えようとする。その全ての嫉妬ブーメラン日本社会を傷つけている。

2017-12-19

基本的になにもしないのが好き

暇つぶしという感覚がわからない

なにもせず、ぼーーっとするのがよい

お出かけするにしても、予定をきめず、ダラダラして適当な店に入るのが良い

何かしないといけいないという強迫観念でもあんの?みんなは

2017-12-16

ソシャゲ垢を辞めて

1年間やっていたtwitterを辞めて4ヶ月が経った。これは自分への戒めという意味でも文章に残しておく。

自分は長期休暇にtwitterというもの出会った。暇だったし良い機会なので始めようと思いアカウント作成。初めて1ヶ月、楽しさがわかった。その時、作っていたのはとあるソシャゲゲーム垢なるものであった。運営ガチャ更新コンテンツ追加のたびに共感しあえる人達がいてとても楽しかったのだ。自分推しキャラをお迎えしてフォロワーが祝ってくれた時なんかは特にとある日に、運営ガチャ更新の絵をコラージュ化してtwitter投稿したところ2000RTを超えた。ここから地獄が始まる。俗に言う「バズる」ことの快感を知った日から、1日中考えることはtwitterのことばかり。何かやろうと思っても行動の判断基準が「twitterで如何に多数の人にRTしてもらえるかどうか」になった。完全に脳が犯されていた。不特定多数の人々から承認欲求twitterリアルタイム性にまんまとハマってしまったのだ。そして数ヶ月にわたりそういった「ネタ」を投稿した、フォロワーも増えた。あぁ、RTを貰えるのが楽しい…その反面、懸命に考えたネタが振るわない時は勝手に落ち込んでいた。

そろそろTLが色々な人のツイートで見にくくなってきた。そして次に決行したのが「フォロー整理」、これもまた新たな地獄を呼ぶ。定期的に相互フォローしていたからか、いざやってみるとFF比が1対20という極端な数字になってしまった。このことにより、ただフォロワー人数が多いだけなのに「自分フォロー数が少ないのにこんなにも多くの人にフォローされてる、凄い!」と思ってしまうようになる。とんだ勘違い馬鹿なのだが。そしてそのような状態Twitterを続け、時が経つにつれ仲良しの人も大体固定化してきた。いつもファボをくれたり空リプで会話したりしている人達だ。いつでも「あの人はいつもファボしてくれる、自分もしなきゃ」という強迫観念と「絡むために相手が浮上してる時間に浮上しなきゃ」という義務感でがんじ絡めにされるようになる。またTLが更新しないと落ち着かないところまで精神が腐敗していた。botでも無いのに、酷い時は1ヶ月に5000ツイートを超えていた。ツイ廃と化していた。そんな状態で性懲りも無く続け、最後にはフォロワー同士の不仲という壁にぶち当たって行き場を失くした。いつもリプを送りあっているあの人達は見せかけの関係性を築いているんだ。そう思うと気持ち悪かった。わざわざ裏垢まで作っていて愚痴るとは抜かりないようで。

ちょうど一年が立つという頃にアカウントを削除した。サブ垢メイン垢含めて。

最初はとても空虚だった、twitterに費やしすぎて時間の使い方を忘れていたのだ。しかし今は断言出来る。Twitterを辞めて正解だったと。ここから別に成功譚に繋がる訳では無い。恋人ができた訳でもないし、仕事能率が上がった訳でもない。しか普通生活には戻ることができた。とても精神的に安定した生活が遅れるようになったと思う。

最後に今twitter鬱憤した思いを抱いてる人に向けて

twitter義務ではない、趣味

フォロワー数字は「あなたが凄い」ということを示す指標にはならない。

・ふぁぼ・RTなんて画面に対するタダのプッシュ動作貴方の呟きに共感したなんて誰も言ってない。

ネット上の人間関係疲れた?なら、捨てちまおう。

ここまでこんな駄文を読んでいただいた方は自分と同程度、もしくはそれ以上の悩みを抱えているでしょう。悩んでる暇があればアカウント削除、これがモットーです。早く締め付けられた心を、解放しましょう。あなたのそのTLを見ている時間、何か他の有意義な事に使えると思いますよ。

2017-12-06

anond:20171206110436

そうなのか

でも、半ば強迫観念的な姿には惹かれないわ

賢いアピールかもしれないけど、そういうのは適度に留めるくらいが良いなと個人的には思う

そもそも買う量も多いし、売ったりして処分しているんだろうけど

2017-11-30

ながーい

報告書とかの文書で物凄く長いのがいいと思ってる人がいる。あまり中身がなくても文字数こそ正義とばかりに書くやつ。読む側の気持ちを考えて欲しい。この長いは正義っていつ始まったんだ。

卒論文字数根拠なく50ページ以上の指定だったし新卒で入った会社レポートの書けるところギッシリ書くやったいたし何か強迫観念が働いてるんだろうか。スピーチもそう。外国人上司挨拶は超シンプルだったのに日本人上司はその5倍くらいの長さだった。頭おかしい。

2017-11-29

anond:20171129113349

そんな呪いのような強迫観念など捨てればいいだけ

女はとっくに呪いを捨てた

anond:20171129112139

>でも増田の憂鬱に「男なのに女より劣っている俺」と言う要素が本当に1ミリも含まれていないのか、と言うとそこは疑問だけどね。

>女であれば「女なのに男より劣ってる私」とはまずならないわけだけど。

当然増田の心の中には「男なのに女より劣っている俺」という意識は含まれているだろう。男社会価値観の中においては、男は女よりも優れていなければならない、という強迫観念があるのだから。その点では、女は楽でいいよね。そのような強迫観念が常にまとわりついている男の苦しさを、あんたは本当に理解しているの?

2017-11-21

anond:20171121133931

そんなことより、スーパーで売れ残った肉や魚。

肉はまだしも、魚なんてまるまる一匹の奴が売れ残ってるの見つけて

その魚の目を見ちゃうと、自分が買わなくちゃ・・・みたいな

罪悪感と強迫観念に襲われそうになる

2017-11-15

仮想通貨取引で消耗してやめた

約1ヶ月、ビットコインを手始めにいろんな仮想通貨投資トライしてみた。

自分過去に株投資すら一度もやったことがなく、人生で初めての投資挑戦だった。

最初取引所での売買のやり方も、取引所販売所は違うんだということも分からず始めたために、価格が下落したらあたふたしてすぐに売ってしまって損をし、ちょっと価格が上がっても、買値と売値の間のスプレッドの差額が大きすぎて結局また損をしの繰り返しで、どんどんマイナスが積み上がっていったが、数日前のビットコインキャッシュの大暴騰のお陰で、最終的には20ちょっとプラスが出た。

でも、時点でやめた。

20万のプラス益というものが、生まれてはじめての投資挑戦や、1ヶ月という期間で、それは良かったのか大したことないのかはわからない。

ただ、やってみて思ったのは、値動きが激しすぎて、四六時中チャートの動きを見てないといけなかったのと、ネット情報を常にチェックしなければならない強迫観念やらで、仕事どころではなくなってしまったのと、精神的に消耗しきってしまって、1ヶ月弱で20万という儲けは、全く割りに合わないと思った。

まあ、だんだんチャートの上がり下がりのクセみたいなものが後半つかめてきた感じだったので、続けていればもう少しプラスにできたか、損も少なくできたのかもとは思うし、投資に慣れた人ならはるかプラスにできるんだろうなとは思う。

自分と同じように、今、まったくの素人が、すごく儲かりそうだと思って、パチンコ程度の感覚仮想通貨取引に参加していってると思うけれど、分単位で値動きが数千円〜数万円上げ下げするような相場のものに手を出すのはリスクがあまりにも大きいと思う。

まあ、ギャンブル好きな人は、脳内ドーパミンがドバドバ出るからパチンコなんかよりこっちの方がオススメかも。

2017-11-11

英語勉強

英語の授業とかで、やたらゲーム形式とかグループでどうこうとか、先生たちは「楽しんでできるように」っていうのを何度も連呼したけど、普通に逆効果だと思うんだよね。

少なくとも、私にとっては一ミリも楽しくなくて、みんなの晒し者にされるゲームとか私のせいでグループ全体が連帯責任を負わされるグループでの発表とかは本当に苦痛しかなかった。

というか、基本的に、勉強なんだから楽しくなくて当たり前だと思う。勉強における楽しさとか面白みっていうのはゲームにおけるそれとは違うんじゃないの?っていう。いや本当のゲームテレビゲーム的な、そういうものとは似通った部分があるかもしれないけど。

例えば、英語の授業で苦痛を受けた私みたいなやつにとっては、英語=授業でやらされるゲーム苦痛みたいな、そういう思考になって、英語自体がもう嫌なものになるわけ。

最近(?)体育の授業のせいで運動が嫌、苦手みたいな意識が染みついてしまったみたいなのよく見るけど、それと同じことが英語にも言えると思う。もちろん数学にも。日本史にも。

英語の、そういう、ゲーム的でない、例えば長文読解のためにわからない単語辞書で引いたり、英文和訳するのにうまい言い回しを考えたり、文型を理解してそれに当てはめて英作文をしたりとか、そういうのはすごく楽しかったわけよ。私にとっては。

実際、無理に英語先生および"英語"のキャラクターに気に入られるような、英語ゲームなどを楽しめる明るい生徒になろうとすることはやめて、私の楽しいと思えることをガリガリやることによって、英語の成績は上がった。私のような人間にとっては、成績が上がる=楽しさにもつながる。

もちろん、今の私は英語なんて全く話せないし、TOEICだってペロペロだけど、英語=楽しんで身に付けよう!!楽しまなきゃ!!みたいな強迫観念を持っていたままだったら、英語という概念死ね気持ちは消えなかったと思う。

からECCジュニア~~みたいなそういうスタート、今小学校で実際に英語の授業として何やってるのかわからないけど、あの一面的な「楽しさ」押しのスタートっていうのは、そりゃ好きな子どもにはぴったりだろうけど、私みたいなそういうのがとにかく嫌っていう子どもにとっては、英語死ねスタートにもなりかねないのでは、と思っている。

2017-11-10

勝手リア充代弁

リア充」という概念2010年代を中心に流行している。

もちろん、彼らは人間関係仕事恋愛プライベートも超絶充実してる。インスタグラムYoutube、色んなSNSメディアで人と絡んだり、情報を集めるのが大好き。

どこからどうみてもおしゃれな一面しかみえない、みんなの憧れ「リア充」。

今日○○とネズミーランド行ってきた♡」「この美容院カラーすっごくうまいの😝」

とか、すごく充実した“報告”は、日本ならず世界中で流れている。

(もっとから流行最先端をゆく人達もいたはずだが、スマホが普及してから更にリア充は注目を集めるようになった)

もちろんリア充は、ネガティブな悩みも軽い口調で流せる術を持っている。

例:「また3kgふとっちゃった...ほんとデブ💢」「ひょっとして俺、あいつに嫌われるやつかな?笑」

でも、そんな完璧リア充たちも人間だということは忘れてはいけない。

彼らだって、常に何もかも楽しそうな感じを演出しなければならないという強迫観念を感じているに違いない。

どんなに本気で辛い時でも幸せ、楽しそうなイベントに行って、はしゃいでいる感じの投稿を1ヶ月に1回はインスタかTwitterに載せなければ、リア友フォロワーの信頼(何の?)を失ってしまうかもしれないのだ...面子を保たなければ、ある意味社会的に死んだようなもの

...まあ、世渡りが上手い人は裏アカとかで超本音を吐いている気はする。

というか、心から人生を楽しんでいそうな人もいるから一概には言えない。

その人達には上記のことは全く当てはまらなさそうなので、先に謝っておきます。すいませんです。

あなたの隣にいるリア充も、きっと本当は充実してるアピールに悩まされていることだろう...

2017-11-02

整形にとり憑かれている

初めて整形をしたのは確か20くらいの時だったと思う。

ずーーーーーっとコンプレックスだった目の下のたるみを除去する手術。

たるみというのかふくらみというのか、涙袋のようなかわいいやつではなく、政治家のおじさんとかの顔面によくあるやつ。

あれが小さい時からあって、メイクでは到底かくしきれないそれに毎日悩んでいた。


悩んで悩んで悩んで……辿り着いた解決方法が整形だった。


金額はよく覚えていないけど、たしか20万円くらい。

目標もなくバイトばかりしていたから、お金は一括で払った。


手術は思ったよりもずっと痛かったのを今でも覚えている。

麻酔はもちろんしていたけども、なんとも言えない気持ち悪さと痛みが30分以上続き、ようやく終わったと思えば鏡の中の自分は目の下を真っ青にしたお化けみたいな顔。

倒れるかと思った。

手術による内出血一時的ものだったが、痛みに耐えて初めて見た自分の顔があまりにも衝撃的だった。


その後内出血も痛みも引き、無事にコンプレックスも解消出来た。

今でも自分の整形の中で一番いい手術を受けたと思っている。(質ではなく)


その後、この7年ほどで、

二重全切開、目頭切開、そばかす除去、ほうれい線対策のためのヒアル注射、鼻プロテ……

目と鼻ばかりだが、もう元の面影は残らない。


プロテが金額的には一番高額だった。

その手術を最後に、もうこれ以上はいじらないと決めたつもりだった。

つもりだったんだが…、鼻プロからたった1年、またカウンセリング予約をしてしまった。


自分の顔が醜くて耐えられない。

今すぐいじらないと外も歩けない、という強迫観念を感じてしまった。

そんな自分病気なんだろうか。

整形依存症なんだろうか。美醜恐怖症なんだろうか。


借金しているわけじゃないし、身近な人には整形を隠さない。(自ら主張したりはしないが)

仕事にも支障のないスケジュールで行っている。


かに迷惑をかけているつもりはないのだが、自分自身で歯止めがきかないのは自覚している。

カウンセリングしたら、またきっと手術するんだろうな。

2017-11-01

anond:20171031213801

お父さんが怒り始めたら、抱きしめて「頑張るから怒らないで」と言い続けてみましょう。泣きながらでも大丈夫です。落ち着くまで決して離さないように。

異性の場合は厳しいので、お母さんにその役を担ってもらうといいのですが。(本当は父の母にしてもらうとよい)

お父さんは自身体験から受験という自称強迫観念になってしまい、一時的パニックに陥ってるように思えます。話したり行動で悟らせるのは不可能です。同じように、病院に連れて行くのも難しいですよね。なので、抱きしめる、です。

まだ入試まで3ヶ月あります。うまくいきますように。

2017-10-21

anond:20171021005150

相手のことを知っていなきゃいけないという強迫観念では。

2017-10-18

なぁ、彼女を見てると自分が惨めになる。

最近付き合いだした彼女を見ると、自分が惨めになる。


とりあえず、彼女の生きてきた軌跡や考えている中身が深すぎる感じがして自分が受け止め切れる自信がない。とにかく自分に自信がない、今。

彼女を見ていると、1日1日を超絶大切に生きようとしていて、後悔をしないように、忙しなく生きる。

もはや、ある種の強迫観念みたいのを感じてしまう。

毎日を後悔しないために、充実させるために、生きている。生きていてよかったって言えるようにしているらしい。

彼女彼女でそれに自己嫌悪するらしいが。

逆に、俺は、それを自分の生きてきた軌跡とかに重ね合わせて自己嫌悪してしまう。本当に情けない。


自分は、毎日だらだらと生きていて、これといって頑張ったことも人に誇れる経験も何かを成し遂げたこともない。

小学生の時はいじめられていて、逃げるようにして卒業して他の中学に行った。だから小学校友達なんて1人もいない。

高校部活が辛すぎて速攻で辞めた。だらだらと過ごしていた。

中高の友達は連絡取るけど、苦楽をともにしたといえるような親友はできなかった。

大学勉強したので、結構いいところに入った。なんとなく体育会にも入ったけど、入った体育会自体が弱すぎてパッとした結果は残せないままこの間引退した。

就活はそこそこうまくいった。9-17時勤務で、vorkersとか見ると30で年収4桁、誰もが羨む企業だと思う。これぐらい誇らせてくれ、すまん。

でも大学でも親友らしい親友はできなかった。まぁだから増田に書き込んでいるんだけどさ。。


じゃあ自分人生どうだったか?と言われると、結果的に「良かった」っていつも納得させて生きているつもりだった。嫌な思い出には蓋をしてた。

多分自分を表面的にしか見てない人は絶対人生easyだろって言うと思う。

でも違うんだよ。

そうやって薄っぺらい部分を隠しながら生きていたのに、彼女といるとそういうことを否が応でも痛感させられる。

こう、心の奥底にガシガシ踏み入ってきて、嫌な思い出の蓋をベリベリ剥がしにかかってくる。

彼女ことは好きなのに、先に自分の心のほうにガタがきてしまいそうだ。あぁ、辛い。


うそう、昨日、彼女フラワーカンパニーズの「深夜高速」って歌を教えてもらったよ。それが彼女にとって毎日を大切に生きようと思わせてくれる歌らしい。

帰りの電車で聞いたよ。「生きててよかった、そんな夜を探してる」「10はいつか終わる 生きていればすぐに終わる」

普段何したって泣かないはずのに馬鹿みたいに泣いてしまったよ。

なんで自分人生こんなに薄っぺらいんだよって。絶対周りの客引いてた。そんぐらい人目も憚らず久々に泣いたよ。

なぁ、取り返しつかないのかな、もう。やり直したいよ、人生。このときこうすればよかった、ああすればよかった、涙とともにそんな思い出がボロボロ溢れてくるよ。

そして、彼女を愛する自信がないな、もう。愛おしいし、好きなのに、自信がない。

彼女はきっとキラキラしている男と付き合ったほうがいいと思う。俺には無理なのかもしれない。

「生きててよかった、そんな夜を探してる」そう思える日は俺にくるんだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20171017221010

実際にプロのお呼びがかかっているわけでもない現状で、そんなに追い詰められているのは普通に考えておかしいよ。漫画家なのかイラストレーターなのかすら決めていないのに。

増田の知り合いにそこそこ音楽できる人がいたとして、作曲家なのか演奏家なのかも決めてないのに、仕事や体調に影響するくらい悩んでたらこいつ大丈夫かなって思うでしょ。

これ、実は悩んでるのは創作のことじゃなくて仕事の方なんじゃないの。増田も気付いてないだけで。もしくは私生活問題

就職時に諦めたはずなのに今またプロになりたいと揺れているのは、現在仕事が上手く行ってないことが原因の逃避な気がする。

絵を描く仕事にしてもプロ一本だけじゃなく副業セミプロという方法もあるのだから、ここまで追い詰められたり焦る必要本来ないはず。

もし、仕事にも私生活にも何も問題がないのなら以下は非常に的外れ文章だけど、まずは創作よりもそっちを解決するべきだと思う。

普通はこれだけ趣味に打ち込めるのなら、今までに挫折した経験もあるし折合いの付け方も学んでるはずだし、もっとバランスが取れているのが当然だと思う。

そもそも趣味に対してどっち付かずの状態なのに仕事や体に支障をきたして悩み続けてるのは普通じゃないし、そこから仕事を優先する方向にコントロールできていないのは常識的に考えてもおかしい。

時間ぶっ続けというのも、絵以外の作業で考えても効率が悪いことは普通わかるし、それを途中で止められないのは絵に対する情熱とか集中力とかじゃなくて、ただの強迫観念しかない。

世の中にはぶっ続けタイプ人間もいるだろうが、普通そういう人は自分で悩むよりも前に、まず周囲の方がぶっ続けの行動を心配するもんだ。増田はそういうタイプじゃない気がする。

増田就職2年で、まだ仕事のことだけで手一杯で頭の整理が追い付かなくなって、目の前の作業に無理やり没頭することで達成感を得ようとしているんだと思う。

でもそれって普通煮詰まっているだけの状態で、現に体調不良などのよくない結果を生んでるし、さらに苦しくなる悪循環にも陥っている。

もし仕事の方が上手く行っていないのなら、仕事をちゃんとこなせるペースなり環境なりをまずは整えるべきだ。上司や同僚に素直に相談するのがいい。

ここで大事なのは絵を休むという考え方ではなく、仕事を優先するという考え方。今やってる仕事生活の基盤なんだから、ここは当然はっきりさせなきゃいけないところだ。この考え方の転換ができないなら、簡単優先順位も付けられないような相当まずい状態だということは自覚した方がいい。必要なら医師に頼るべきだ。

絵や漫画は逃げない。今すぐプロデビューできるかの瀬戸際じゃないのだ。既に体調を崩したりしていて、今のやり方では絶対プロになれないこと、このままのペースではやっていけないこともわかっているのだから、今はそこを改善することに集中するべきだ。

繰り返すが、仕事差し支えても悩み続けている状態というのは、普通に異常だ。創作行為ではなく悪循環中毒になっている。

P.S. 加えて言えば、魅力的な絵を描けないというのは、一から十まで自分の頭で考えようとしているからではないかと思う。考えなくてもいいことまで無理して考えてそうな気がする。

文面からそういう固定観念が強そうな印象を受ける。

2017-10-13

anond:20171013131811

抜いても落ち着かないの?そりゃ辛いかもね…

強迫観念とか何かしらの執着の問題から精神科かなぁ…

2017-10-11

心療内科が怖い

初めて心療内科に行った

死にたい事と強迫観念のこと話したんだけど、深く話を聞かれる事もなく初診なのに時間も短かった

しまいには苦笑されたし

私の死にたい気持ちは甘えなのかなぁ

強迫性障害で薬処方されたけど、正直怖くて飲めない

先生と相性悪かったら病院変えたほうが良いっていうけど、田舎には選べるほど心療内科がないよ

都会は選べるくらい病院あるのかな?

羨ましい

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