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はてなキーワード: 強迫観念とは

2018-05-20

anond:20180520105200

出された全部食べなきゃいけないという宗教じみた考えはどうかと思う

自分の頭で考えて、自分の体に必要ものを食べよう

将来あなたの息子が

何も考えずに料理を作りまくる嫁と結婚したらどうなる?

延々と提供される大量の食物を

あなたに植え付けられた強迫観念に従って食べ続けたとしたらどうなる?

ぶくぶく太って体を壊して不幸な死を遂げるよ

君の名は

君の名は」がリリースされた2016年オタクほとんどいない私の職場でも話題になっており話の流れで「増田さんは観た?」と聞かれ正直にまだだと答えた。「面白そうだから観る予定です」と続けるとニヤニヤしながら「誰と観に行くんだ」と上司に返されたので「特に決まってないので一人ですかね」と答えたら「あほか!」と大声で怒られた。「つまんねえ人間だな!」

何かの際に恋人はいないし結婚願望も特にない事は伝えた様な気はするが他人恋愛沙汰が大好きな上司の事だ。「恋愛映画なら」男と行くだろうと思ったんだろう。(一応言っておくけれども私自身は恋人の有無や結婚願望について聞かれる事をハラスメントと捉えていないので話したけれどもそう感じる人もいるだろうから気をつけた方がいい質問だとは思うよ)(セクハラじゃなくてなんでプライベートな事をさほど親しくないお前に話さなきゃいけないんだって面の方が大きい)

友達がいない訳ではないけれども映画ほとんど一人で観に行く。そもそも元々映画は好きな方で月に3、4回は観るので、友達が同じ映画を観たいと思っているか確認するとか、スケジュールを合わせるとかが面倒だ。そしてジャンルは問わず気になったものを観ているので「君の名は」もそうした「気になった映画」の一つでしかなかった。当時無数に上映されていた恋愛映画の中で「君の名は」だけ特別「異性(同性でもいいけどとにかく気になっている人)」と観に行かなければいけないという上司強迫観念はなんだったんだろう。まあ結局は上司の大好きな「恋愛トーク♡」を今話題映画にかこつけてしたいだけだったんだろうとは思うけど。すまないね、私はあんたのエンタメの為に生きてるんじゃないんだよな。

君の名は自体面白映画だと思ったけれども正直話題に出される度、一人で観に行く事に関して「つまんねえ人間だな!」と吐き捨てられ上司エンタメ要員として消費されない事を責められた事を思い出してしまうから心の底から楽しめない。あともし今後恋人ができたとしてもぜって~~~~~~~~~~この上司にだけは言わないでおいておこうと思ったしもし結婚しても全部事後報告にしようと思った。

2018-05-01

推し貢ぐということ

ある場所での追っかけ、おたくです。

おたくであるということは「推し」がいて「現場」があって、それに付随してお金を積んだり何かを貢いだり…。

どの界隈のおたくだろうと、程度の差はあれどそういった金銭的なあれやこれやに誰しもが関わってくるはず。

わたし推し現場は多くても直接貢げる機会が少ないので(なんだか特定されそうですが)機会がある時にはとりあえず貢ぐ貢ぐ貢ぐ…。

いらなかったらそこそこの値段で転売できるようにいいものを買うから、いわゆる「推し被り」の中で一番お金は出してるんじゃないかなーと思います

そんなポジティブなんだかネガティブなんだか分からないわたしの貢ぎ事情ですが、これって果たして意味があるのか。最近とても悩みます

いくらいいものを貢いでもそれで本当に推しが喜んでくれるのかわからないし、何よりお金を出したところで目に見えて対応が良くなるかと言われると悲しいことにそうでもない。

あんなに貢いでもこんなもんか。コスパ悪い。自分感覚だと、こんな感じ。

そんなふうに感じるなら貢がなければいい話なんだけど、貢がないともっと対応悪くなるかも知れない…前よりもいいもの買わないと…。

そんな強迫観念に駆られて、回を重ねるごとに消えてゆく諭吉の人数がどんどん多くなっていくからこれはもう病気かなと。そう、悩んだりもしています

おたくをするうえで対応が全てなのかと言われると一概にそうとは言えないけれど…。わたしお金が全てだと思ってる節があるので、貢ぎの差が対応の差に出て当然だし、そこに平等とか優しさとかそういうのは必要ないと思う。

現場もろくに来ないお金も落とさなおたくと、しっかりお金を落とすおたく推しだって生活があるんだから、どっちが自分にとってプラスかなんて明白なこと。そこは、白黒はっきりつけてほしい。

推し被りは好きじゃないけど、現場での対応監視したりしたりSNS監視したりはしない(したくない)ので、わたしへの対応が他と比べてどうなのかって真実永遠にからないけれど。

そんなことに悩みつつも、不満も抱きつつも、ATM一歩手前のわたしはどんなに良い対応をされなくてもお金を出さなおたくと同じ対応しかされなくても、推しのことは無条件に好きだからこれからも黙って貢ぎ続けることでしょう。次は何を貢ごうかな。

そう考えながら、わたし明日も働きます

2018-04-18

anond:20180418130112

むりです

季節問わず日光イコール日焼けでございます

家の中でまで日焼け要素増やしたくないというのは強迫観念でなくても理解はするが、難儀だなあ


一応紫外線カットUVカットカーテンというものがあるにはあるので、これで説得してみるというのはどうか

2018-04-16

友人に会ってきて一人で勝手に辛かった話

anond:20180413102131

先日幼馴染みの友人達上記の一件の後初めて会った。友人と他愛ない話をしながらドライブしたり、ウィンドウショッピングをする時間はとても楽しいはずなのだ

今回は友人と話をしている間、唐突にに自己否定自分を責め立てる思考が始まるのが辛かった。

「お前はここにいる皆を一時的快楽のために裏切ったんだ」

「話したら最後、みんなお前から離れていくぞ、お前はそんな事をしたんだ」そう考えてしまった。

冷静に考えれば、馬鹿馬鹿しいと思えるのだが、始まってしまうとまるで自分一人だけが汚物になったかのような感覚に陥り、友人達笑顔で会話に参加出来ているのか猛烈に不安になるのだ。

性欲は女にもあるのはわかるし、それが正常で悪いことでもないのは百も承知だし、自分の中にも多少なりともあるのは以前から知っていたのだが、それでも未だに嫌悪してしまう。


もうここまで来ると強迫観念なのかもしれないと、書き出してみて思った。解消するにはどうしたら良いのだろうか…

(p.s:先日の追記に暖かいコメントありがとうございます自分が思った以上に中々根が深いです。また吐き出させてください、こういった場でないと書けないので…)

2018-04-15

ストレス耐性がさすがに無さすぎる

毎朝起きること、毎日電車に乗ること、毎日誰かと顔を合わせること自体が駄目だった。ストレスになる。

その上で仕事とかもう無理。

そう思って引きこもって仕事してんだけど

基本は簡単ルーチンワークをしてる。

臨機応変が苦手なので。

この間、少し大きい仕事が来た。せっかくなので受けてみた。

このお金に対する責任感、期待されてるプレッシャー、いいものを作らなければならないという強迫観念

作業2日目でめまいがひどくなった。

ちなみに本来1日で終わるような仕事だが、緊張のあまりやり直しにやり直しを重ねまくって現在作業4日目。

ストレスは続いている。

3日目の朝、起きてもめまいは治っておらず、加えて耳鳴りと軽い耳詰まり

今もめまいがするし、割と吐きそう。

こんなことぐらいで。

責任や期待を脳内で過剰に膨らませてるのかもしれない。

からない。しんどい。気分が悪い。

受けたからにはやらなければ。


本当はもっと気楽にやりたい。

駄目なら次から依頼来ないっしょ、くらいのノリで。

なんでそんなノリになれないのだろう。

辛い。しんどい

ストレス耐性が無さすぎる。

作業しているあいだ、呼吸は浅く、緊張のあまり歯ぎしりをし、へんな汗をかいている。

自分に実力がないせいだからしょうがないんだろうけど。

はぁ・・・

2018-04-03

anond:20180403162707

お世話になっております

こまけーことで恐縮ですが、それは妄想とは言わないのでは。執念とか、強迫観念とかではない?

2018-03-30

anond:20180330013617

仮にどこ行っても通用するようなスキルを身に着けても、ブラック案件ブラックなところに一回入った時点で、キャリアもう終了だからな。

ブラックSIer脱出してまともな会社に行ってる人も一定数居るわけだがそれについてはどう思うよ?

元増田に悪意があるとは思わないし、正しい事も言っているとは思うが、こうやって「呪い」化する事で、自分他人自分を苦しめているんだよなぁ…ブラック企業に勤めた事は、本人にとっては不運であっても、落ち度じゃないんだから。輝かしい一流の経歴みたいのだけを基準にして、それ以外はおちこぼれでゴミみたいな強迫観念が強いんだよなぁ…

この人が本当にどこに行っても通用するようなスキルを持っていたら、ブラック企業にいた事があるという理由で落す企業側の方が問題多いし未来が無いと思うけどね。正しい判断が出来ないって事だから

ブラック企業に勤めていた事を問題にする人もいないとは言わないけど、それが世の中の全てですみたいに言うのは呪いしかないよ。世の中には東大卒から「うちなんかに来なくていいんじゃないですか?」みたいに敬遠されたりもするんだよ。色んな人がいるんだから、決め付けてかからない方が楽に生きられると思う。

2018-03-27

漫画家の知人への嫉妬をなくしたい

アニメ化目前くらい人気がある人で

自分が比べるのすらおこがましいのだが、

気にしないようにしようとすると余計強迫観念にとらわれる

見ないようにしても作品がうっかり目に入ることもあるくらいで遭遇すると心臓バクバクする

自己肯定感のなさとか色々なことが原因みたいだが

どうしたものかな

2018-03-19

自分馬鹿さ加減に絶望している

四月から入社がこの上なく怖くて、一時間に一度は自殺を考えて、自分の思い描く死があまりリアルで冷や汗をかいている。

わたしは重度のオタクでいわゆる現場主義現場に行かなければ精神にしんどくなってしまう。(全通ほどではない)

そのため入社してもある程度数を減らしても現場には行きたい。しかし、暇のあるOLになれない理由があった。

どうしても実家を離れなければという強迫観念がずっとあったため、給料の少ないOLにはなれなかった。(父親が兄妹に暴力を振るったり暴言を吐く人なので、幼い頃から絶対に家を出ようと決心していた)

そのため家賃補助の出る会社総合職内定が出た時はとても嬉しかった。

でも入社直前のこの時期になるとやはり女性総合職の辛さや、総合職ならではの軍隊研修についてじわじわと知ることになり追い詰められている。

おそらく会社残業が当たり前で、ブラックでないにしろ激務だと思う。

とにかく研修がとても嫌だ。でも就活に完全に失敗していた自分内定を貰ったことに浮かれて研修内容まで知ろうとしていなかった。過酷研修で有名なあの会社委託しているらしい。自分いかに其の場凌ぎで生きているか痛感した。

親にはどうしても無理だったら帰ってこればいいと言われたが、これ以上実家にいるのは精神的につらい。

まともな会社に入る努力が足りなかったのは重々承知で、それが痛いほどわかっているのでどうしようもなく、毎日不安自殺を考えてしまう。弟が発達障害の気があり、自分くらいは親に心配をかけたくないという気持ちがあるので、親にも頼れない。

とりあえずオタクは数ヶ月我慢できるが、これからさきずっとそんな生活なら生きている意味がないと心底思う。国外に生まれればよかったとバカみたいなことを思う。

anond:20180319003730

たかだが1年終わるくらいで、無能か否かなんてわからない。

できないことが多くて凹んでいるみたいだけどさ、1〜2年目って「自分ができないことがたくさんある」ってことを知る時期なんだよ。

君が見てる「テキパキできてる先輩」だって通った道だ。

抜け出したいなら、抜け出すためには何をすればいいか考えればいいし、特に抜け出したいと思わないなら、そこにいるためにはどうしたらいいか、って考えればいいだけのこと。

自分は初期の頃の就職氷河期世代で、「やりたいことを仕事にする」っていう選択が叶えられない人が本当に多かった。

そのためもあるのか、自己分析は悪いことではないけど、最近の若者は「やりたいことを仕事にしよう」っていう強迫観念が強すぎな気がするんだよね。

仕事を難しく考えすぎと言うか…仕事生活するための糧を得るためにも存在するわけで、全員が「仕事自己実現しよう!」って思わなくてもいいと思うんだよ。

この増田とは違うけど、私も技術系の仕事している。だから技術職の世界にある「成長していかなければいけない宿命」というのは常々感じる。

そうしていかないと給料も増やせないし、管理者としても技術者として「使えない」ということになると、失職する可能だって出てくる。

でも、色々な人生を持つ人間がいることを考えた時、皆が上昇志向じゃなくてもいいかなと思う自分もいる。

部下を持つ役職者としては、全員に上昇志向があったなら、それはとても嬉しい。

でも、安定志向人間がその中にいても、いいと思っている(下ばかり見るのは困るけど)。

色々な種類の人間がいた方が、色々な危機を救える可能性が出てくるんじゃないかと思ってるからだ。

この増田に言いたいのは、今の状況は決して無能である証拠ではないということ。誰しもが通る道だ。

でも、だからと言って「わからないまま」過ごしてはいけない。

1年目は会社になれることが仕事だが、2年目は仕事を知り、できる事を積み上げていくことが仕事だ。

一足飛びで「できる社員」になれる人はいない。

この増田に限らず、最近新人はこういう思いに囚われて、勝手に病むことが多い。

やる気があって優秀な人間も多いと感じるから、本当にもったいない。もう少しハングリーさを養ってほしいと思う。

…まあ、就職氷河期乗り越えて来た人間から見ると、誰もが繊細すぎるように見えるのかもね。

上司や先輩は、いいところ見つけてくれてるかもしれないよ?

それ聞いてみるのもいいかもね。良い上司なら、部下の良いところは即答できるはずだから

彼女結婚することにした

https://anond.hatelabo.jp/20180317223206

こんなにコメントを貰うとは思っていなかったので結果と簡単な補足だけ。表題通りです、結婚することにしました。

今日気持ちを話しました。そして話す前から結婚することに決めていました。というか結婚しないのに、こんな話を出来るわけないですよね。いくつかコメントに「取り敢えず相談してみたら」みたいなもがありますけど、正直まったく理解できませんでした、そんなやり直せないことを相談しても相手を傷つけて終わりだと思います。なので気持ちを話す時は結婚決断してからと初めから決めていました。

あと彼女の方から大事お話ということで、経験人数は3人じゃないことや、浮気の話など諸々聞きました。少し呆れて笑ってしまいましたけど、まあその辺りも最初からうすうす気付いていたので気持ちは変わりませんでした。というか出会いからして逆ナンでしたし重度の面食いなので言い方は悪いけどあまり信用していませんでした。

彼女からは俺の浮気を○回まで許してあげる権、みたいな謎の交換条件を出されましたけど冗談か本気か分からなかったですし、逆に彼女浮気理由に使われても嫌なので当たり前ですけど普通に断りました。

ちなみに俺の経験人数についてのコメントが幾つかありますけど1人だけですよ、中高は過疎地域オタクでしたし大学入学後直ぐに彼女出会ったので他の女性との機会は全くありませんでした。いや、正確には機会がなかったというか全部断っていました。好きな人しかそういう事はしない、したら結婚する、みたいな強迫観念的なものがあったので。でも同じバンド友達彼女をとっかえひっかえしてたり、今考えるとそういう大学での環境コンプレックスの強化に繋がってた気がします。あと去年就職して今まで知らなかった世界会社の先輩の話とかを聞かされてっていうのもあります

でも全部彼女に話してスッキリしました。彼女からも嬉しい話、嬉しくない話含め、色々聞けたし。

まあ発作的な動悸や不安簡単にはなくならないと思いますけど、自分で決めたことなので前向きに付き合っていくことにします。

コメントアドバイスをくれた方みなさん、ありがとうございました。

2018-03-12

恋愛しないといけないという焦りを感じるんだが

中高男子校男子8割の大学に進学した。

中高も大学も名の知れた所で、まあ世間でいう高学歴ってやつなんだけど、20超えても女の子と付き合ったことがない。

男子校出身ってこともあって大学入れば半ば自動的彼女できるだろと思ってたけど、当然そんなことは無かった。

大学入学した頃は純粋彼女欲しいと思ってたんだけど、だんだんと「自分はなぜ彼女が欲しいと思うのか」とか考えるようになった。

別に性欲を満たしたいだけなら一人でいいし(というか一人の方が気が楽そう)、付き合ってもうまく心開けなさそうなだなあとか思うと、面倒くささが勝ってしまった。

そうして2年がすぎて、もうすぐで大学3年だ。年が経つにつれ「恋愛しなくてはならない」という強迫観念に駆られる様になった。

多分これの感覚は今まで、中学受験大学受験と急かされてきた感覚と同じで、恋愛して成長しないと周りに置いていかれるという不安から来る感覚なのだと思う。

そもそも恋愛を知らないから、それをすれば人間的に成長できると思い込んでいるだけかも知れないが)

こういうこと考え始めると、ますます自分が"まとも"に恋愛ができないのではないかと思えてきてしまって、もうどうしたらいいのかわからなくなってしまうのが辛い。

目標があるのに気怠い

最近になってようやく理解したが

目標に対して奮起できるのは、せいぜい1ヶ月以内のものに対してだけだ

数ヶ月、1年レベルの熱い目標があっても奮起はできない

 

テンションモチベーションを高く保つには、何であれ1ヶ月程度の目標を常に持ち続けるか

あるいはローテンションで何とか前進できるようにするかしかない

 

と思ってが、後者テンションが上がらないまま前進し続けることに違いなく

例えるなら高校2年生の受験勉強に対するモチベーションのようなもの

すこぶる気怠い

「やらなきゃ」という強迫観念だけ残って辛くなっていく

 

やっぱり1ヶ月レベル目標を作るしかいか

2018-03-04

ソシャゲとグッズのオタクが、グッズオタクをやめる。

なぜかって一言で言ってしまえば、ソシャゲでもグッズでも引きが悪いから、なんだけど。

どうせ大して好きじゃなかったんだろう、と思われるのは癪なので経緯を話そうと思う。

まず、自分がグッズオタクになったきっかけはソシャゲだった(この時点で、年月は浅いことがお分かり頂けるかと思う)。私がその時ハマっていたソシャゲは今の自ジャンルでもあるわけだけど、まだ展開し始めだった。 当時はまだ課金に抵抗があって(何よりガチャ仕様微妙だった)、 課金はしてなかったけれど、なんとか応援したいという思いもあった。そこで決まったグッズの発売。 ここは買うしかないと思って、買い始めたのが始まりだった。

そのジャンルはどんどん大きくなって、アニメにもなったし色々なところとコラボするようになった。純粋にうれしかった。新しい絵柄が出る度に買っていた。推しキャラクターはレートが中くらいで(レートという言葉が苦手な人もいるかと思うけれど、度々使います、ごめんなさい)、トレーディング商品でも手に入れやすかったことも一因としてあると思う。

大きすぎないジャンルの規模が居心地がよかったし、何よりそのジャンルは、優しい人ばかりだった。初めて作ったTwitterアカウント。ガキだったのでおそらく失礼な発言とかもあったと思うけれど、取引をして下さったり一緒にイベントに行って下さったりした方々は、とても親切にしてくれた。

ジャンルを追っていて、ある時自分は新しいジャンルにハマった。大きなジャンルだった。毎月のように新しいコラボがあって、グッズも出て。自ジャンルのグッズ収集も続ける一方で、こっちのジャンルもグッズを集めるようになった。

こちらは大変だった。自分推しが高レートだったのもあると思う。自分で引きたいと思っても自引きできない。いや、ちゃんと上限買ってる。でもって通ってる。でも本当に出ないの。自引きカスから。交換を探す。見つからない。本当はちゃん公式お金を払いたいけれど、しょうがいかメルカリTwitterに張り付いて、推しのグッズを探すようになった。

ここからは完全に個人意見なので、理解されなくても構わないんだけど、いや正直共感する人がいてくれないかなあと思ってる。自分友達が本当にいないので話させてほしい。

自分は、困っているオタクがいたら助けてあげたいと思う質だ。現地に行くのが難しいなら出来る範囲で協力したいし、ドリンクファイトも付き合ってあげたい。親しいフォロワーさんに限らず、一度取引をしたくらいのフォロワーさんでも、なんならFF外の人でも。

だってオタクを助けられるのってオタクじゃない?オタクって普通の人から理解しがたいところが少なからずあると思うし、ちょっと言い過ぎかもしれないけれど、世間から爪弾きにされてもおかしくないじゃない?だからオタク同士で相互扶助精神があるのは当たり前だと思っていた。

でも、そんなことなかったんですね。最初にハマったジャンルがあまりにあたたかかったから、それが普通だと思っていたけれどそんなことはなかった。

高レートの推しは定価の何倍もしたり、抱き合わせが何個もあったり。私は、ただ推しの人の元に届けばいいなと思って定価か定価以下でしか譲ったことなかったから、信じられなかった。自分推しが高レートだろうがなんだろうが、1つ、せいぜい2つあれば十分で、ダブったら譲ってあげたいと思っている。まあ1つも手元に来ないんだけどね自引きできないか!!!!!

譲渡ツイートに秒で送っても、条件のいい方がいらっしゃったのでだとか、フォロワー様にお譲りすることとなりましただとか、とにかく申し訳ございませんのお返事ばかり。初期からそのジャンルにいたにも関わらず、疎外感を常に感じていた。常識がなかったり、悪意すら感じたりした対応だって一度や二度じゃなかった。

自引きはできない、かといって仲良くなって信頼を勝ち取るコミュニケーション能力もない。 大体、コミュ障からオタクやってる節あるのに、オタクやる上でコミュ力必要ってどういうこと?コミュ力ないやつはどこにいたって駄目、はっきりわかんだね。

自分が思っていた相互扶助精神(笑)偽善だったんですかね。分からないけれど、なんだか疲れてしまった。嫌になってしまった。

グッズオタクをやめるにあたって、不安なこともある。公式お金を払わなくていいのかな、という罪悪感である

無料漫画サイトが話題になっているけれど、やっぱりお金を払うって大事じゃないですか。少なくとも目に見える形の応援になると思うんですよ。それに口だけで何にも買わない175に対するマウントも、少なからずある、のだと思います。そんなに意識してないけれど。

今は手っ取り早く課金してしまっているんだけど、それだって収入が少ないので大した額はつぎ込めない。推しが来た時に数万入れられるくらいだ。もっと課金している人がいるんだろうな、と申し訳なくなる。

駄目な恋人から逃れられないみたいな、半ば強迫観念みたいな「お金を払わなきゃ」っていう気持ちは、ジャンルが消えた知人を知っているからだと思う。いわく、倒産したのだと。新しいものはもう何も出ないのだと。

それって恐怖じゃない?少なくとも自分にはとても恐ろしかった。だってもう、自分にとって自ジャンルは心の拠り所で、生き甲斐から。消えてしまったらと思うと耐えられない。

そしてそれは自分の自ジャンルにとって、他人事ではなかった。ソシャゲ寿命は短い。見てわかるほどまでに、人口が減ってきている。何十日もログインしていないフレンド。下がらないイベント順位。自ジャンルを通じてつながったフォロワーは、他ジャンルツイートばかり。

ゲームサービス終了になっても、コンテンツ自体は終わらないかもしれない。でもそんなこと誰にも分からない。ゲームが死んでない限り、応援してあげたかった。そうじゃないときっと後悔する。

そういう風に思っていたからこそ、公式お金が直接回らない、大手ジャンルのグッズ収集が嫌になってしまったのもあるんじゃないかなあ。

このままでは根本的に変わることは出来ないと思う。たぶん、グッズに使っていたお金は、画面の向こうの石に変わるだけで、自分という人間本質は変われないんだろう。でもここでソシャゲまでやめてしまったら心の拠り所がなくなってしまう。

結局オタクはいずれ卒業しなきゃいけないのかなあ、だとか思うところは多々あるけれども、とりあえず今日のところはここまでにしようと思う。これでも自分にとっては大きな決断なのだ。えいやっとTwitterアカウントも消した。

最後に。Twitterでバズってたので、こういうアウトプットの仕方があるんだなあと思って書いてみたんですが、自分がバズりたいわけじゃないので、ツイートとかはしないでほしいです。よろしくお願いします。「キモイやつおったwww」みたいなの呟かれたら心が折れます。振りじゃないですよ。

ももし、万が一にも共感してくれる人がいるのなら、ここでコメント?なりしてくれるとありがたいです。

ありがとうございました。

2018-03-01

就活が始まった、らしい。

3月1日、午前0時0分、男たちが一斉にノートパソコンキーボードを叩きはじめた。スクリーンに映った空欄に、名前出自志望動機などを打ち込む。ネット回線は良好な我が家だが、全国で同じ光景が広げられているようで、マイナビwebサイト就活生の大挙によって渋滞している。

 

ついこないだ2回目の留年が決まった俺には無関係な話だが、今日世間では”就活”が開始された。22時頃、良好なネット環境を求めてうちに集まってきた友人たちは、漫画を読む俺の傍らで、エントリーする会社を選出する作業を始めた。先輩は50社エントリーしたらしいだとか、10社くらいに絞るのがコツだとか、たらたら雑談をしながら、就活サイトを頼りにイケてそうな会社を数十社抽出する。また、”とりあえず名前の知れているところはエントリーしておこう”という考えを基に、業種問わず大企業就活候補に含まれることとなる。

 

俺は、”何が何でも大企業に入りたい!”というような価値観を全く持ち合わせていないので、そのような大学生を見ると、こいつは体裁のみで生きている薄っぺら人間なんだなと、ついつい見下していた。スカした考えだなとは思うけど、誰もが知っている企業に入ったからって何が幸せなんだろうとか、安泰なんてもの絶対に無いんだからとか、そういうことばかり考えていた。

ここに集まっている友人たちがいわゆる大企業信仰を持っているというワケじゃないことは長い時間一緒に遊んでいるから分かっている。ただ、いざ就活となると、”とりあえず”大企業エントリーしなきゃ、という強迫観念に襲われるらしい。就職した先輩にエントリーする企業の一覧を見せた時に「中小企業ばっかりじゃん。大企業も受けなよ」と言われたり、家族と話す時に「受けるだけタダなんだから、一応大企業も受けておきなよ」と言われたりするそうだ。

 

特に俺らが通っている中堅国公立大学では、大企業信仰を持っているヤツが多い気がしている。ある程度名前の知れた大学ではあるが、もっと偏差値の高い大学を目指して、落ちて、ここに入学した人が多いからか、履歴ロンダリングする意味合いネームバリューのある企業に入りたいのかもしれない。OBOG、そして家族も、この大学が”ある程度”であることを認識した上で大企業を勧めているのだろう。

そして、就活からすると、自分がどの企業を受けるべきか分からない時に頼りにするのは”その企業を知っているかどうか”が大きい。大学に4年通っただけで自分の進路が明確に見える学生なんて、ほとんど居ない。大企業の吸引力は未だ健在なのは、そこにあるのかもしれない。

 

実際に今就活をしている友人たちは、3年間遊び呆けることに終始していた。彼らと遊んでいる時、”大企業信仰”を蔑視するような話題は何度も挙がっていたし、そういう考えのヤツとはソリが合わないから遠ざけていた。汚いワンルームアパート麻雀を打って、安い酒を飲んで、テキトー女の子と遊んで、貧乏暮らし満喫することが、俺らの一生だと思っていたから、就職なんてアホらしいことは遠い未来の話だと思っていた。

 

キーボード打鍵音が聞こえる横で話題について行けない俺は、彼らが就活に対する弱音を吐いた刹那に「留年すればいいじゃん」と堕落の道を促す。あと1年、俺のようにだらだら行こうよ、と。皆、一度は乗り気の姿勢を見せるが、それはただのノリに過ぎず、すぐにスクリーンに目を移す。冗談で言ったものだが、自ら口に出すとなんだか本当に寂しい気になってしまうのは我儘だなと思い、漫画のページを繰った。

2018-02-13

勉強なんか出来なければよかった

義務教育ときの話だ。

小学生時代、私のクラスメイト個性的な子ばかりだった。

やたら計算が早くて算数が得意な奴、誰よりも漢字を知っている奴、国と首都を全部言える奴、作文を書くのがとてつもなく上手い奴、喋るのが得意で説得力が物凄い奴、とにかくいろんな子がいた。勉学において突出した何かを持っている子が、私の友達には多くいた。

かく言う私もどちらかといえばそちら側で、特別な何かがあったわけではないが勉強だけはできた。一応。この広いネットの海からすれば井の中の蛙しかないけれども。

結論から言うと、彼らは後にグレた。ほぼ全員がだ。

グレたといっても夜露死苦とか書いた短ランを着るようなアレではなくて、教師に反抗したり徹夜ゲームしたり、その程度。

その結果(一概に100%そのせいと言い切るのも危険だけれど)、学年でもトップクラス学力能力を誇った彼らは、高校受験の際にいわゆる地区トップ校には行けなかった。では誰がトップ校に行ったのか。

答えは「優等生」だ。

優等生トップ校に行くこと自体は何も不自然なことではない。問題なのは、幼少期から突出した能力を持っていた子達(変人とも言う)が軒並み途中でドロップアウトしていったことだ。

実はこれ、学年が上がるごとに変人の成績が下がって優等生の成績が上がっているのだ。少なくとも私の観測範囲では。

これは私の体験談だが、「終わった人から帰っていいよ」タイプ課題が出た際にとにかく早く帰りたくて全力でそれを終わらせて一番に提出した。すると教師は、早すぎる、本当にちゃんとやったのか、と怒った。ちょっと理不尽すぎて書いてて腹が立ってきた。

他にも、演習問題が終わったからと宿題範囲をやっていたら宿題は家でやるものだと怒られたりもした。一理あるが、ならば演習が終わったらただ黒板を見つめていろとでも言うのだろうか。

……私が怒られすぎなだけな気もしてきたがまあいい、続ける。

こんな感じで、特に小学生時代は「周りと足並みを揃えること」を強要された訳だ。

の子と違うことをしてはいけない。他の子と同じことをしなければならない。他の子より早く終わってはいけない。他の子より上手く出来てはいけない。最早これは呪詛だ。今でも私から離れない強迫観念

特に私が小学生の時はまだゆとり教育時代だったから、競うことは良しとされていなかった。みんな同じが平和だとされていた。みんな同じでなければ平和でない、と言い換えてもいい。

そういった価値観だったから、出る杭は打たれた。突出した能力がある子達は皆そうだった。彼らは頭がよく切れたが、それも教師の癇に障ったのかもしれない。出る杭たちは打たれて打たれて、その多くは折られてしまった。周りに好かれることが得意な優等生たちは折られずに済んだ。その結果が前述した「変人ドロップアウト優等生トップ校に行った」ということだ。

私自身も当時は出る杭だった。例に漏れドロップアウトした。教師同級生から同調圧力に耐えられなかった。今でも出る杭になるのが怖くて何も出来ずにいる。

あのまま伸びていたらとんでもなく凄い奴になっていただろうなという子もいた。本当に勿体無い。

どうして出る杭がここまで執拗に打たれなければいけないのか。生徒の能力を平らにならそうとして、折角の能力を削ぎ落としてしまってはいいか。心を折ってしまってはいいか先生に好かれ、周りの生徒に好かれることがいい生徒の唯一絶対の条件になってはいいか。多少模範から外れていても、秀でた能力をせめて認めてあげることはできないのか。

折れた心は元には戻らない。騙し騙しやってはきたが、義務教育を終えた頃から小学校後遺症が目立つようになった。何がやばいかって受験がとてつもなく苦しい。出る杭は打たれる、終いには折られると刷り込まれた頭でどうやって受験しろと?

勉強なんか出来なければよかった。

できなかったら、きっともっと生きやすかった。

カッとなって勢いで書いた。支離滅裂申し訳ない。

2018-02-07

anond:20180207102224

うちは「あたしお母さんだから」が行き過ぎて強迫観念レベルになって傍からみてるこっち(子供)がキツイもっと楽に生きろよって幼児期から思ってたパターンだけど

まあ、程々がやっぱ一番よね

2018-02-04

感想苦手

まず語彙が乏しい。

ブログかに書き綴る感想ってのは詰まる所、面白い/つまらないを如何に修飾して面白おかしく伝えるかってのが肝だと思うのだが、俺の頭の中には修飾のバリエーション全然備わっていない。

というか、例えば映画から小説からアニメから音楽から、様々な情報を読み取って咀嚼して自分なりの言葉に変換するチカラが皆無なのだと思う。

いやそもそも、まず読み取れてすらいないのだ。

作者の意図を。想いを。あるいは想いの外側を。

ポケ―っと観て、聴いて、ふむふむなるほど、面白い。かっこいい。悲しい。笑えた。

あー楽しかった。

おしまい

そんなんを繰り返してきただけの人生だったわけで、そりゃ、含蓄も蓄えられない。

こりゃマズいと思い、色んな記事とかブログとかで感想を読み漁ってみて、少しは頭が良くなった気になってたけど、いざ自分で書いてみるとなると、唖然原稿用紙1枚分(400字詰め)も埋められない。

別にしっかりした、面白おかしい、為になるような感想を書けないところで誰も困らないし、俺も困らないのだが、でもなんていうか、自分がなんだかさもしい人間であるような気がしてくるというか、ちょっといい歳なんだし、もう少ししっかりした感想表現できなければ、今後俺は、俺の人生は一体……みたいな妙な強迫観念脅迫される日々。

ごめん、ちょっと盛った。

でもさ、俺、工学系の専攻だったから分からないんだけども、語彙力をめっちゃかましてくる、めっちゃ感受性高そうなブロガーとかって、やっぱ文系まっしぐらだったりするの?

やつらって文学にふれまくって感想書きまくったりとかそういう系の勉強とか必須科目なの?

そうなら敵わないよな、だって俺、コンクリートとか土とか河川勉強しかしてこなかったもの

偏見かまして唐突に終わり。

2018-02-02

感想のいらない作家

自分所謂二次創作作家だ。正確にはだった、だけど。

とにかくその時自分がハマったものを取り扱っているので旬ジャンルからマイナージャンルまで統一性が無い。

今は二次創作……というか作品を作る事自体まりしなくなったのだけど、機会があればまたしたい。

で、「感想のいらない作家はいない。一言でもみんなジャンジャン送ろう!」みたいなツイートがよくTwitterのTLに流れてくる事がある。目にした事ある人いると思われ。

自分も昔は「感想が欲しいよ~~~~!!!」って承認欲求の塊クソ野郎だったんだけど、いざ過去ジャンルでバズりまくって感想が送られてくると思ってたより大変だった。

大変だったっていうと有名人気取ってんじゃねえって思われるだろう。ごめん。

当時一番、旬も旬のジャンルにハマって漫画を量産しTwitterにアップしまくっていた。

そしたらバズって沢山の感想リプライが来た。滅茶苦茶嬉しかったし有頂天作家だった。

でも、漫画をアップしまくりバズればバズる程、クソリプとまでは行かなくとも、どう返したらいいのかわからないリプライが沢山来るようになった。

例えば、いきなりタメ口だったり、「この漫画父に見せたら爆笑してましたwww」とか(マジやめて)、漫画の1ページを切り抜いただけの画像リプとか。

イベントに出ますツイートしたら「売り子します! こき使ってください!」と全く知らない人に言われたり。とにかくそういった類のが多かった。

「返したらいいのかわからないやつ、自分から見てクソリプだと思うやつは返さなくていいのでは?」と今なら思うんだけど、

当時は全部にレスポンスしないと”冷たい作家”だと思われるのではって謎の強迫観念に駆られて語彙力/Zeroだけど一つずつ返していた。

すると段々感想来るのを恐れるようになり、通知を見たくなくなった。その頃からbioに「通知見逃しが多いです」とか書いたような気がする。

勿論見逃した事もあったけど、大体見逃してない。だけど返信するのが嫌だった。最終的には「好きです」のどこにも非が無いリプもしんどくなってきた。

この文を読んでくれている方ならお察しだろうけど、元々文章を打つのが壊滅的に下手糞なのでリプライ死ぬほど時間がかかったのも要因の一つだろう。

せっかく感想を貰っているのに、自分のせいで全部無駄しまくっているのが本当に嫌だった。

それから別垢で別ジャンル描いたりしたけど感想貰う度にモチベーションが下がっていく自分がいた。

誰のせいでも無くただ単に自分の拗らせ具合とコミュ障が原因なのだけど、あんなに感想しかったのに壁打ちが一番落ち着くようになったの何ていうか……馬鹿だなあ。

明らかにSNSが向いていないと悟りTwitterは退会した。

こんな奴、そうそう居ないと思うけど

感想いらない作家はいない」っていうのは、あながち間違いでもないけど正しくはないなって。

様々な理由感想いらないって人は1割くらいは居るんじゃないかなあ……多分。

でも、感想ってのは嬉しくない人の方が珍しいくらい大多数は喜んでくれるので、作品を拝見して頭をぶん殴られたかのように興奮したのなら迷わず感想相手のゴールにシュート! ゴー! エキサイティング!! した方がいいとは思う。

個人の拗らせたヤベエ作家の戯言なのであまり気にしないでいただきたい……

支離滅裂でごめんなさい。

2018-01-30

夢は呪いだって海堂さんも言ってた

https://anond.hatelabo.jp/20180130030322

夢追うのやめたけどあきらめきれないシンパシー自分は絵じゃないけど。

いま25歳。小中高と吹奏楽部トランペットやってきた。周りと比べるとうまい方だった。

小学校器楽隊ではじめて楽器を触ったときから音階ができた。

中学では二年で先輩を押しのけてトップに座ってた。

高校は毎年地方大会出るような強豪だったけど一年レギュラー取った。

完全に調子乗ってた。

毎日居残り練してもレギュラー取れない同級生や先輩たちを見てせせら笑って過ごした。

追われる立場のもろさも知らず。

高校二年の冬から三年の夏にかけてスランプに陥った。

今思うと成長期で口が変わってたのもあったし、そのため無理やりアンブッシュア変える訓練を強いられていた(アンブッシュアとは吹く口の形。要するに投球フォーム変えるようなもん)のもあったし、当時心酔していた先輩からペダルトーンっていう練習法(古く最良のトレーニングと言われてきたけど最近研究ではあまりよろしくないとされてるもの※諸説あり。気になる人はググれ)を教えられてたのもあった。

バカにしていた同期はぐんぐん上達し、高校三年の夏、ついにトップの座から陥落した。

それで意気消沈なんてしてられるか。自分はまだまだこんなものじゃない。まだやれる。今は調子悪いだけで、大学行けば、また昔みたいにふける。ダブルハイベーだって出る。と言い聞かせて、現状への不安や迷いは見て見ぬふりして昔から目標だった音大への進学を決めた。

この時点で今思うともう完全に周りも自分も見えてない。強迫観念と執着心だけだったと思う。

ところで、中学生のころから師事していたトランペット師匠がいた。学校とは別に個人レッスンに

通っていたのだ。

中学の時はまだそんなガチガチになっていなかったので、受験の季節に高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。それを師匠相談したら、「続けなよ。そして、僕が講師をしてる音大にもおいで」と言ってくれた。それに胸を打たれて、ちょっと無理して遠く私学の強豪校を選んだ。

そんなこんなで師匠が待つ大学入学したものの、メンタル演奏もコンディションの悪かった。当時おそらく鬱だったためか記憶があまり残っていないが、吹いても吹いてもうまくならない。思った音が出ない。音大つったってもちろん吹いてばかりじゃない。ソルフェージュ和声、副科声楽ドイツ語フランス語。どれも集中できなかった。思い通り吹けない焦りに覆い尽くされて目の前が真っ暗だった。

ほどなくして、音大をやめた。

なんで辞めたの、なんて聞かれても一言じゃ答えられない。

そりゃ食ってけなささも続けんの無理と思った理由の一つではあるかもしれないけど、そんなの承知の上で飛び込んだ世界だし、それが理由とは言い切れない。

スランプで思い通り吹けなかったことかもしれないけど、それこそとしかたないことだし、乗り越えなければならないことだから理由にならない。

しいて言えうなら、あの時はもう精神的に続けられる状況じゃなかったということが理由かもしれない。

まあそういう精神状態に追い込まれた背景としては上記のようなしがらみにさいなまれたこともないとは言えない。

しばらくは楽器見んのもいやだった。長い付き合いだったbachの180MLは箪笥の肥やしどころか忘れ去られた過去遺物だった。

大学中退後、わたし適当デザイン専門に入り、ヘラヘラ学生をし、順当に卒業就職し、4年。

今はwebデザイナーとしてそれなりにやってる。

webデザイナーを選んだのは、グラフィックより求人もあるし給料もよかったから)

(元々オタク時代同人サイトを少しかじってたのでとっつきやすかったのもある)

残業もたいしてないし、自分デザインし構築したサイトが世に出回ってるのは、なかなかやりがいも感じる。

(図らずもデザイン業界在職という点にも元増田シンパシー)

そして、実は昨年の夏からトランペットをもう一度握っている。

もうすぐ社会人五年目に突入というのもあり、社会人と呼ばれることにも慣れ、バランス感覚というのがようやく身についてきた気がしたと思ったら、トランペット無性に恋しくなった。

実家から楽器ケースを引っ張り出し、久々に吹くと音色はひどいものだったが、当時の嫌悪感は完全になりを潜めていた。

幸い高校にOBOGによる一般バンド存在したため、数年ぶりに顔を出した。

当時のい比でないほどひどい音にはなってしまったけど、随分と夢からは遠くそれてしまったけど、今は吹くのがとても楽しい

これから先の人生ではもう投げ出さないで、周りと比べたり焦ったり嘆いたりせず気楽に楽しく吹いて、少しでいいか学生の頃より上達して、いい演奏をして、当時の自分への餞になればと思ってる。

はいったものの。

たまに大学時代の友のfacebookツイッターを覗くと、自己研鑽のためドイツ留学した先でのレッスン中の写真、T●Lの鼓笛隊になるべくオーディションを受けた所感、バイトいくつも掛け持ちしながらフリーランスとして講師やエキや小さなハコでコンサートセルフ主催などしながら演奏活動を続けている様子など、あいかわらず音楽に当時と寸分たがわない情熱を傾けている様が見られる。(こういうのも最近になってようやく受け止められるようになった)

今の暮らし不自由もないし、それなりに楽しくやっているが、それでもやはり苦労やコストもなりふり構わず夢を追う彼らを見ると、憧れと羨望と嫉妬で少しだけ胸がざわつき、当時の激情を思い出す。

2018-01-28

強い人の心理

ある質問版を見ていたら、ある女性意見を見つけた。強い人間である彼女は、弱い人、つまり意見を言わない人や弱そうに見える人が大嫌いだということだった。そういった弱い人はその場しのぎで逃げまわり責任感がないこと、また人当たりはいいので強く意見をいう彼女相対的悪者に見えやすことなどを理由にしていた。

私はこの文脈で言う弱い人間側なので耳が痛かった。私自身こういった弱さに悩んでいる。彼女がいうような責任感のなさや弱く見せる術などについて、自覚があって自己嫌悪にいつも陥るし、責任感のある人間になりたいと思っている。しかし、グループワークになると、リーダーになることに本当に強迫的な拒否反応が出てくる。

組織で動く上では、誰かリーダー必要だ。しかし、余程人材の不足している組織でない限り、リーダーが誰か特定の人である必要があることは稀である。だからリーダーになる時は個人エゴが程度の差はあれ存在する。自分はそこの正当化が極端にできない。これは、今まで、自分の身近で、組織リーダー判断エゴで大きな失敗が起こった事例を多く見てきたからではないかと思う。

いわゆる強い人というのは、そこらへんの正当化はどういうふうにしているのだろうか。私は、リーダーシップ責任感を持ちたいと切実に思っているが、そのために上記強迫観念を克服したい。だから、実際にリーダーシップをとっているような強い人がいたら、自分エゴをどう正当化しているのかを聞きたい。

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2017-12-20

日本人道徳感情日本社会自身を傷つけるブーメランになっている

外国人日本社会民度の高さを称賛し、そして日本人の少数派がそれを受け入れた一方で、多数派がそのような現実を後悔する声があった。とある左翼思想家は、"日本人右派の満足した社会意識"を、市民社会合意を受入れるよう要請した事で糾弾した。ある大学生は、左派SNSに "我々は、道徳的社会観の象徴である安倍政権現代版のファシズム風潮を変えなければならない"と、激昂して述べた。通常は自公政権を支持しているいくつかの若者高齢者ですら、道徳的社会に対しては不満だと感じると述べた。ネット上での批判は日々加熱している。

ヒステリック道徳社会への反応は、日本がどのように非寛容社会形成し続けているかを示している。あらゆる種類の政治家および空論家達は、単に自らの課題を推進するため、長きに渡って道徳感情を煽ってきた。彼らは、過去から今日まで続いているのこの強迫観念日本国を停滞させている事を、気にかけるようには見えない。

第二次世界大戦敗戦後のアメリカ保護国化のもと日本先進国になったが、中高年世代の多くは、1990年代以降の急速な非寛容社会化体験している。日本が古くから抱える被差別階層などのような内部の実体が、通常、社会の病いの原因だと非難されてきた。しかし、障碍者および在日外国人への感情は、より複雑だ;しかし、彼らとの友好感情ほとんど全員に共有され、社会物語とされている:日本社会栄光は、自由価値観とは反する道徳思想妨害された。

日本蔓延する暴走する道徳感情は、社会がきちんと回らない原因になっている(例えばモリ・カケ騒動不倫なんかがそう)。特定日本権力主義者たちが、確立された普遍的事実に疑問を呈し、大衆を触発する一方で、彼らから見ての敵はより重要問題無視するための、便利な弁解を提供している。

道徳感情はまた、教育文化問題凌駕している。1990年代2010年代前半の長期不況からの増大する経済改革への要望にも拘わらず、日本は、今日までに経済成長への道を選択できなかった。

未成年あるいは高齢化する貧困公共インフラ破綻など、その他の国内問題は、脇に追いやられている。政権および野党は、歴史問題などへの政府懸念を "解決する"と申し出る事で、政府が本当に意味した事について口論している。

アメリカ保護国下による72年間の成長一辺倒の日本社会の影にある犠牲者達は、彼らの主張を押し続けなければならず、そして日本社会とその保護者たるアメリカはより良く謝罪をしてみるべきだ。システム見直し検証必要であるという、十分な証拠が有る。しかし、無数の問題のために悪人(と決め付けた人たち)を非難してきた政治階級下の数十年の後、道徳感情独自生命を持ってしまっている。日本は、昂ぶった感情を持続的に保持している。その構成員達は、その他全てを犠牲にしようともそうするように見えるが、絶えずこれらの感情に応えようとする。その全ての嫉妬ブーメラン日本社会を傷つけている。

2017-12-19

基本的になにもしないのが好き

暇つぶしという感覚がわからない

なにもせず、ぼーーっとするのがよい

お出かけするにしても、予定をきめず、ダラダラして適当な店に入るのが良い

何かしないといけいないという強迫観念でもあんの?みんなは

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