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はてなキーワード: 海外旅行とは

2018-10-17

anond:20181016100139

別にそんな風には読めなかったけどな。そもそも男女平等とか言うなら仕事を辞めたがる前提なのがおかしいんだよ。

それに増田も書いてるけど、550万で専業やるなら海外旅行は捨ててもらわないとな。金の計算も出来無いのにアレコレ求めすぎ。

2018-10-16

anond:20181016092826

年収が5年前に1000万超えたけど、やっぱり女の反応が全く違うのを感じる

婚活出会いは本当に値踏み感がすごい

相手人間ではなく「年収」「仕事」「長男か否か」「親と同居か否か」

結婚後、専業主婦が可か否か」「最低、1年に1回の海外旅行」等はとにかく多い


上記を全部クリアーできる俺が相手に求めるのは

Gカップ以上」「軽く変態」「料理が上手い」「上戸彩似」「優しい」の5つだけど

から見ればアホの極みらしい


条件がアホなのはお互い様だろうと思う・・・

2018-10-15

【8】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181014230426





Day 4-5



4日目・5日目 Cảm ơn bạn! I had a great days. LOVE, Ho chi ming City.


ホテル ニューワールド サイゴンで迎えるこの旅で最後の朝。

明日の早朝便でホーチミンを去るため、今夜は空港で明かす事となり、しっかり眠っておきたかったのだが、明け方に少し微睡んだだけで余り眠れなかった。

旅の緊張と自律神経の不調の前では、睡眠導入剤の一錠では頼りなかった様だ。

変な所で居眠りをして置き引きやひったくりにでもあったら事なので、少し動き方を組み立てる必要がある。

今日明日、一番でしなければならない事は、言うまでもなく「健康財産を損う事なく、無事に帰りの便に乗る事」だ。

既に損なってしまっている自律神経に関しては仕方がない、せめて悪化しない様に易しい日程を組もう。


おそらくこの旅の栄養面で一番お世話になった、ホテル ニューワールド サイゴンでの朝食を終え、サークルKお茶や水の買い出しに向かう。

そうだ、必ず通るエレベーター前の、あの暗紫色アオザイを着たエレベーターパーソン。

毎日入れ替わるのに、全員美しい。

ちょっとだけ笑顔が欲しいな。

1Fから Ground floor 行きに乗換えを案内してくれたのは、目がクリッとした愛嬌のある美人

「Oh..., What a thing, you were beautiful agein today !」

ちょっとウケた。

「Do you want to go the ground floor?」

「Yeah, have a nice day.」

自分の軽口と美女笑顔に満足して外に出た。


サークルKお茶と水を物色していると、お土産にうってつけのモノを発見した。

インスタントコーヒーコーヒーこそホーチミン象徴だ、この旅行でも何杯飲んだか分からない。

昨夜眠れなかったのもコーヒーの飲み過ぎかも知れない。

アイス用とホット用、それぞれをカゴに押し込んで、ついでにクーラーに並んでいた「恋しいミルクティダーリンすごく会いたくて」とハート満載のラベルに書かれたボトルも押し込んだ。

日本語ではあるが、あまりスイートストレート過ぎるワードセンスカラーリング日本法人ローカル商品香港製可能性もあるが、直感的に台湾製だと思った。あの人達は歌って踊って食って恋する人達だ。

店を出て裏のラベルを見たら、やはり台北市に本社を構える食品会社のモノだった。


ホテルに戻りシャワーを浴びた後、恋するミルクティーをデスクの端に置いてタスクを整理する。

忘れ物のチェックやチップの様な、何時ものチェックアウト時タスクプラスして、荷物の預かりと、チェックアウト後のラウンジでの休憩を交渉できれば良いだろう。

チェックアウトまで1時間半足らずだが、結構やる事がある。

まずは恋するミルクティーを一口

味もやはりスイートだった。


残金の計算など幾つかのタスクをこなした後、この旅行記を書いていると、チェックアウト時刻が速足で近づいて来る。急がないと。

実は初日にこの地で発生したタスクも、今しかできない事。

ベトナムカップ麺名誉回復だ。

今度こそ調味料を正しく全て入れてお湯を注ぐ。

程なく出来上がったカップ麺は、当然初日の無味とはえらい違いで、あっさりしているが食欲のない時にも食べられそうな上品な味わいだった。

この辺がホーチミン市民の味覚レンジなのだろう。


やる事が多いので、食べながら荷物を整理し、休憩交渉メモを書く。

11:50

残りのスープをかっ込んで、ついでにメモパッドにも感謝を描き込んで、チップと共にベッドに置いて部屋を出た。

海外旅行はいつもこの手のメモを残す。

「Cảm ơn bạn! I had a great days. LOVE, Ho chi ming City.」

台湾人に当てられた訳ではないが、メモパッドにはハートが踊った。

日本人からね、そこは少しだけ控えめに。


ホテル ニューワールド サイゴンフロントパーソンは、荷物の預かりも、22:00までのラウンジでの休憩も快く応じてくれた。

さすが貨幣価値の概算で1泊6〜7万円ほどのクラスホテルだ。

日本人スタッフ電話繋ぎ意味の取り違えが無いか確認する程の丁寧さ。

このホテルに泊まれた日々は、嘘や大袈裟でなくGreat days だった。


【9】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 4-5|予言 へ >>

2018-10-14

僕は飛行機に乗れない

なんて言っても別に体質とかそういう事で乗れないわけではない。

ただ単に怖いのだ。

鉄の塊に詰め込まれシートベルトを締められ身体がグワっと椅子押し付けられるような重力を感じ機体が浮く。怖い。

…なんで怖いの?

なんでも何も怖いものは怖いし嫌なものは嫌なのだ

飛行機以外にも高いところは怖いし絶叫マシーンは好きではないし、さらに言うならエレベーターで一瞬感じるあの無重力感も苦手だ。

幽霊が怖い人が何故怖がるのかとかゲテモノ料理が嫌いな人に何故嫌うのかとか、わざわざ尋ねるか?

そんなことはどうでもいいのだ。怖いものは怖いし嫌いなものは嫌い。

今までの人生飛行機に乗ったのは小さい頃の家族旅行高校修学旅行だけだ。乗ってみたらたいしたことなかったね、なんてことはなかった。大変な緊張とストレスだった。正直もう一生分の飛行機搭乗経験は済ませたのではないかと思う。もう乗りたくない。

幸いにも現在飛行機に乗る必要のある仕事趣味も持っていないので大地に足の着いた生活を送ることができている。幸せなことだ。人の子もっと大地讃頌せよ。

まあ、嫌だと言っても命に係わる場合があれば背に腹は代えられないので乗ると思う。

ゲテモノ食いが嫌な人も、他に食料が無ければ虫を食べるしかないだろう。飛行機に乗る以外に生きる道がない、というシチュエーションになったのなら乗らざるを得ない。

でも今はそのときではない。

しか自分がそうであっても周りの人間はそうではない。仕方ないよね。だって自分自分他人他人だもんね。

友人には旅行好きな人が何人かいる。もちろん海外旅行も好きだ。それは良いことだと思うし、旅行お土産を貰ったり代え難い経験をしたという話を聞くのは好きだ。とても楽しい

そうすると友人は言うのだ

「今度一緒に海外旅行へ行かないか?」

海外に興味はあるし海外旅行という大きなイベントの同行者として自分を誘ってくれることは嬉しく思う。

しかし、しかしなのだ。友達は少なくないが飛行機には乗れない。

その旨を伝えるとほどんどの友人は言う。

大丈夫だよ。飛行機なんて一瞬だよ。なんで怖がるのかわからないな。事故心配するなら飛行機より自動車のほうが事故数は多いんだよ。

そんなことは知っている。知っている上で嫌なのだ。誘ってくれる友人達には申し訳ないが、今は飛行機という苦しみを乗り越えてまで海を越えて見知らぬ土地へ行きたいとまでは思わないのだ。同行しなくともSNSで楽しそうにしている姿や写真でも見せてくれれば充分だ。

なんどもなんども同じことを言わせないでくれ。飛行機が苦手なのだ

こうして何度も友人達の誘いを断っていると、まるで自分が人の心が無いような薄情者であるかのように思えることがある。

だがしかし、なぜ飛行機が苦手と言っている相手海外旅行に誘うのだろうか。

無論海外旅行が好きなのだろう。国内では駄目だろうか。飛行機が駄目だと伝え「なら飛行機を使わない国内旅行はどうだろうか」と返してくる人はいない。当然だ、だって彼らは私と旅行に行きたいのではなく、ただ海外に行きたいのだから。わかっている。知っている。

それはいい。構わない。旅行が好きだというのは充分知っている。だからせめて。

私を友人と思ってくれているのなら、友人が苦手だと知っているのに提案しないでほしい。私が飛行機を苦手に思っていることは知っているが、知って尚対案の用意もなくいつも同じ気休めの言葉しか出さずストレスを伴う行為を求めていると自覚しているのだろうか。

例えば、アレルギーというわけではないが苦手な料理がある友人に「おいしいよ。たいしたことないよ。みんな食べてるよ。なんで食べないのかわからないな」なんて言って嫌いとわかっている物を食べさせようとするだろうか?

私を友人と思ってくれているのなら、自分は苦手ではないからと友人の苦手を軽んじないでくれ。それだけだ。




と、ここまで書いたがもし、もしも、なにか大きな心変わりや大いなる理由があって飛行機に乗って何処かへ行くことがあるのなら

同行者は私と同じように飛行機が苦手な人がいい

空港への道を共に死地へ向かう戦士として分かち合い、ロビーで二人青い顔で目配せし、互いに生きて再び大地に足をつけることを誓うのだ

離陸する飛行機座席で手を握り数時間を戦い海の向こうに辿り着いたら息を吐き、帰りにまたあの鉄の塊に呑まれることを嘆きたい

苦しみを理解できず第一の試練を乗り越えた戦士に対し「ほらみろ、大丈夫だっただろう?」なんて言葉を掛ける相手よりは苦しみを共有する相手に隣にいて欲しい

それはそれとして、空港ですぐに気絶させて目的地へ着くまで眠らせてくれるサービスはやくできないかなあ

ピンクリボンなんか糞くらえだ

二十代後半で乳がんが見つかった。

乳腺症のひどい胸をしていて、二次性徴が見られるころからずっと胸が痛かった。

からしこりがあるのも普通だった。

二十代半ばをすぎたこから何となく胸全体が柔らかくなった気がしていたけれど、

よく触ると固い部分があるからやっぱり自分の胸はこういう胸なんだと思った。

巨乳にあこがれて、理想Eカップだったけれど、長い間Cカップだった。

がんが見つかる2,3年前に下着屋さんで測ってもらったらDカップになっていた。

Dカップも小さくはない部類だなとのんきに考えてはいたけれど、

しこりが大きくなってきているのは薄々感づいていた。

私は医療系の国家資格を持っている。

きちんとした専門の大学に行き、大学院にも通った。

大学院の同期と後輩で海外旅行へ行った。

自然乳がんの話になり、乳がん肉まんの中に梅干しタネが入っているみたいな触り心地らしいよ、と、年上の同期が言った。

肉まんの中に梅干しタネ入ってるのなんか触ったことないですよね~、と、呑気なフリをしていつもの通りおちゃらけて私は返事した。

実は私の胸にもしこりがあるんですよ~、触ってみます?と、いつも通りの雰囲気で、しかし内心焦って続けた。

のしこりは、想像の中にある肉まんの中の梅干しタネに触り心地がそっくりだった。

彼女たちは触らず、微笑みながら言った。

帰国したら検査してみなよー、安心するよ。」

帰国して約一か月、土曜日トイレぼんやりしながら、そういえば、と思い出した。

スマホ検索して、土曜日受診できる病院電話を掛けた。

何となく人気らしい病院を選んだ。院長が講演活動なんかもやっているらしい。

電話がつながったものの、案の定、初めての患者は一か月くらい診てもらえないと応答した女性は言う。

しこりがあるようなら、うちじゃなくても良いんで、一刻も早く診てもらってください」

まりにも真剣な声だった。電話で問い合わせただけの相手に言うにはあまりにも真剣だった。

予約がとれなければ面倒だからやめとこう、そう考えていた私に次の病院電話をかけさせるには十分すぎる熱量だった。

仕方なく次の病院に連絡をしたら、その日のうちに検査ができた。

マンモグラフィーは痛いものだと健診で受けたことある友人から聞いていた。

それにしても痛すぎるのではないか

それまでの人生、私は自分が痛みに強いのだと思って生きてきた。根拠があるわけではないのだけれど。

しこりのある胸を挟まれた時、あまりの痛みに体が震えて、冷や汗が出た。

検査技師のお姉さんに肩を抱かれて、一旦休憩しようかとベッドに座らされたときパニックになりそうだった。

こんなに痛い検査が侵襲性のない検査とされているのがおかしい、どうかしている、

痛みを我慢できなくて恥ずかしい、情けない、あまり働かない脳みそを使ってぼんやり考えた。

しこりの少ない胸を検査された時も痛かった。だけども反対側より随分と楽に思えた。

自分名前を呼ばれて診察室に入った時に、お医者さんからかけられた第一声は「大丈夫?」だった。

大丈夫ではなかった。血の気が引くとはこういうことをいうのかとしみじみと考えた。

若い女性にはマンモグラフィーよりも、エコーが良い。

そういう知識は持っていた。普通会社員として働いてはいるけれど、学校で習った。

エコーでお医者さんが見せてくれたしこりは、もこもこしたクリームパンのような形をしていた。

医者さんは、難しい顔をしている。モデルのように美しい女医さんだ。

良性の腫瘍の表面はつるりとして、悪性の腫瘍デコボコしている。

そういうことも学校で習った。

その後二か所の細胞診をした。帰りに次回受診の予約をした。

これがもしも何ともなければ、がん保険に入ろう。

いつも私は自分のことを病人にしたがってしまう。

から大丈夫だ、言い聞かせるように胸の中で何度もつぶやいた。

それでも不安がぬぐえない。どう考えても悪性の要素しかない。

医師の友人に連絡をとった。

友人はマンモグラフィー読影の講習を受けたばかりだから何でも聞いてくれといつになく自信にあふれていて、

安心させようと、大丈夫大丈夫と返してくれた。

エコーがこうで、というと、段々と友人の返信に元気がなくなってきた。

最終的には検査結果を待とう、としか言ってくれなくなった。

当時、転勤になったばかりで、それまでとは全く別の職種コンバートされていた。

それまでは暇で仕方なかったのだけれど、打って変わって忙しく

新しい職場単身赴任おっさんばかりで、慣れない環境に日々翻弄されるばかりだった。

残業中、ふと個人携帯に着信がある。

登録していない番号に胸騒ぎがする。折り返すと病院に繋がり、すぐにお医者さんへと代わった。

電話細胞診の結果を言うことはできない。でも詳細に検査がしたいので予約時間を変更してほしい。

結果を言うことができないも何も、それは告知のようなものではないのか。

人生を揺るがすほどの言葉を、私は残業中に、会社非常階段で受け取った。

診察室で細胞診の結果を見た。

まり詳しくはないけれど、学校で見たことのあるような悪い顔をした細胞が並んでいた。

検査施設からつけられたコメントにも『陽性』と記載がある。

確定診断のための検査は、もはや簡単な手術だ。

バコラ生検といって、皮膚を切って漫画のような太い針をした注射器のようなもの組織を吸い上げる。

局所麻酔を打つ。痛みがありますよ、なんてお医者さんは言ったけれど、マンモグラフィーの方がよっぽど痛い。

検査をしてくれた個人病院ではなく、大学病院へそのまま紹介状が書かれた。

色々な説明を受けた。

詳細な検査なしにはわからないけれども推定されるステージ予後タイプによる治療方法の違いや色々。

がんのサイズは3cmあったので、ステージⅡ以上は確定だと、悲しい顔で告げられた。

先生、すぐ治りますか」お医者さんにバカみたいな質問をした。

「うん、すぐに元気になるからね」お医者さんは、今思えばとんでもない嘘つきだった。

大学病院での検査の結果、私はホルモンレセプター陽性、HER2タンパク陽性だった。

簡単にいうと、乳がん治療薬に対して感受性が良いか治療やすタイプだ。予後も非常に良い。

その時は、結果に対して良いことだと感じた。

しかしそれが不幸なこととだと後々思い知る。

術前に二種類の抗がん剤をし、術後に放射線治療ホルモン療法をする。

卵巣の保護とがんの発育を防止するために女性ホルモンを止める注射を打ち

抗がん剤を入れるタイミング分子標的薬の点滴もする。

手術は、温存できそうであれば乳房は温存、シリコンは30年で入れ替える必要があるからおすすめはされなかったので

自分脂肪筋肉移植する方法選択した。

術中にすべてが終わる、同時再建となる。

私の乳がん治療効果が出やすい。出やすいということは、可能な限りの治療法をすべてやってしまうということだ。

予後が良いことと、元気に余生を送ることは違う。

若いから体力がある、回復が早い、とあまり知識のない周りは言う。

抗がん剤は元気な細胞ダメージを与える薬だ。

元々同い年の友人と比較しても筋肉痛になりやす新陳代謝の良かった私に副作用はてきめんに出た。

2,3回の抗がん剤でがんは柔らかくなり、一種類目の抗がん剤を終えるころには触れることさえできなくなった。

それでも、標準治療という、乳がんに決められた治療は命に関わる副作用でもない限り続けられる。

薬を検索して出てくる副作用は大抵踏み抜いた。

感染症にだけは気を付けていたので治療は滞りなく続いた。

味覚障害にならなかったことで体重はどんどん増えていってしまった。

がん=痩せる、は乳がんには当てはまらない。

病気ストレスでどんどん食べる。抗がん剤副作用吐き気がおさまれば、

副作用止めのステロイドのせいで食欲がとどまることを知らない。

ハゲデブ、年頃の女性にとって最悪の状態になる。

乳がんです、と職場に言えば早期と言った覚えもないのに早期のがんの扱いをされる。

実際に早期の分類ではあるものの、どうせ早期なんだろ、と軽くみられるのは納得いかない。

普通に接してやっている、と面と向かって言われたこともある。

咳が止まらない風邪おっさんが、俺もガンかな、と独り言を言う。

今考えれば職場環境は最低だった。

病人扱いはしない、と言われたけれど、仕事は当たり前に1人分用意されていて

懇願しないと手伝ってもらえない。

離れて暮らす家族も、会社を休むな金を貯めろとしか言わない。

確定診断の前、がんかもしれないと連絡したらいつもお前は私たちを驚かせてばかりだとなじられた。

そのあとに、あんたが落ち込んでると思って、と電話をかけてきた母に優しさは感じたけれど

最終的にはがんは自業自得だと罵られて終わった。

突然健康容姿を奪われてしまって、なおかつ職場家族理解が伴わない、そうなると当然頭がおかしくなる。

抗うつ剤睡眠導入剤が追加された。

手術はうまくいった。乳首も残せた。傷跡も自分ではそれほどは気にならない。

少しずつ萎縮しているようで、元々がん抜きにしても健側の乳房より大分おおきめだった乳房がかなり小さ目になっている。

今計測してもCカップいかもしれない。

それでも医療機関で新しいスタッフ出会うたびにきれいだと褒められる。

執刀医がその分野での大権威だったことは幸いだった。

分子標的剤とホルモン療法は副作用のため途中で終了。

術後4年とそろそろ半年がくるが今はがんのためには何もしていない。

時期的にはそろそろ寛解といっていい。

しかし体に残るダメージは癒えない。

手術痕はきれいなものの、剥がれた背中筋肉や、弄り回されて傷ついた神経は軽い疲れや天候不順で大いに痛む。

ホルモン療法のせいで腱鞘炎がひどく、手術もした。

この手術がうまくいっていないようで周辺のスジがひどく痛むし、こうしてキーボードを打っていても

薬指や小指のあたりに力が入らない。

抗がん剤で傷ついた手の表面の神経はいまだに感覚が怪しく、ざらざらした布を撫でると奇妙な不快感を覚える。

足も不意に菜箸でつつかれるような痛みを覚えるときがある。

ついでに、おそらく不妊症になってしまっている。

私は元々婦人科系のホルモン疾患があって、ピルを飲まなければ日常生活を送ることすら困難だった。

しかし、ホルモンがエサになるタイプのがんだから使用することができない。

倦怠感、睡眠障害PMS自律神経失調症気象病

ホルモンの乱れ、心身に蓄積したダメージ、見た目が元気そのものからこそ理解されないタイプの不調を抱えている。

こんな体調だし、あまり弱みを他人に見せることが好きではないか彼氏はいない。

そもそもいたこともないので作り方もわからない。

太ってしまったものの、髪の毛は生えてきているし、我ながら顔は普通レベルには整っている方だと思う。

だけれど、結婚して、子供を産んで、ということは私には夢物語だ。

人生で一番色恋にうつつを抜かさなければならない5年間私はひたすらに体調が悪くて自分の世話さえままならない。

がんそのものでは死なないかもしれない。

がんが連れてきた不調によっては死に至ってしまうかもしれない。

かに抗がん剤はつらかった。

幾度も孤独な夜を越え、みじめさと苦しさと痛みに、毛のない頭を抱えてもだえ苦しんだ。

粘膜が弱って、鼻が蛇口になったのかと思うほどの量の鼻血が出たこともあった。

ホルモン療法を始めてすぐはひどい鬱状態に陥り、首を吊りたい欲求を抑えることに必死になった。

それと比べれば瞬間最大風速は今の方がぬるい。

でも、終わりもないし先が見えない。

次にがんができたら、そう、一度でもがんを体験したことのある人間なら頻度はともかく頭に浮かぶだろう考え。

私は次にがんができても積極的治療はしない。

できれば死にたい

お酒たばこもしないので、非難される要素はあまりない。

病気で死んだとなれば、外聞も悪くない。

ピンクリボン活動が声高に叫ばれている。

何もなくて、安心を得る人もいる、見つけて、切って、はいおしまい。で済む人もいる。

でもそうでもない人もたくさんいることだろう。

死ぬよりつらい地獄に引き込まれることもあるだろう。

こういう地獄があるんだよ、と説明することも大事だと思う。

地獄入り口になるかもしれない責任を持つべきだ。

ピンクリボンなんて、かわいらしいイメージではよくない。

そもそも私は乳がん検診適用の35才より若くに自分病院にかかったか

まり恩恵を受けてはいない。

がんサバイバーがエネルギッシュな姿をさらすことは勇気を与えるかもしれない

でもサバイバーがエネルギッシュにならなければいけないという無言のプレッシャーがある。

現に、私の母は新聞で見た乳がん患者はこんなに元気なのに、あんはいつまで病人気取りなんだと叱責してきた。

元気がある人しか声を上げないのだもの

元気がない人にも声を上げさせてほしい。

下手にがんが見つかるとこういう辛い思いをして、死ねずに生きる羽目になる。

からそれでも生にしがみつきたい人だけが検診をする覚悟を持てと。

やさぐれて、どうしようもなくて、地の底を這いずり回って泥水すするような気持ち毎日を送る羽目になるぞ。

末期で見つかっていれば、大事な人にありがとうと、嫌いな人へ呪詛を伝えて心軽く天国だか地獄へ行けていただろうに。

病気になる前よりずっとずっと性格が悪くなってしまって悲しい。

長い長い、そろそろ自分乳がん患者と呼ぶのにためらってしま三十路女の独り言

追記(10.15)

たくさんの方に愚痴に付き合っていただけたことに、少し気分がすっきりしました。長くてすみません

Amazonの欲しいものリスト!?公開したら物をいただけるの!?さもしい私は飛びつきそうになりましたが、三十路レディなので澄ました顔で見ない振りができます

お肉食べたい!不眠改善のために良い寝具欲しい!楽して痩せるダイエット器具

物欲は止まることを知りませんが、あなたの周りの少し元気がない人に美味しいご飯おやつをごちそうしてあげて下さい。

回り回っていつか私がご相伴に預かることになるかもしれません。

◆母のこと◆

クソ!母親が!!うちひしがれている娘に!!!そんなことを言うだなんて!!!と、当時発狂しそうに悲しんだんですけど、母も恐かったんでしょう。

恐がりなんです、恐がってる自分を受け入れられなくて、私に当たることしか出来なかったんだと思います

今も、私が一刻も早く普通に戻れることを期待しています。私の体調が悪いこと、気持ちの落ち込みがあること、すべてを気の持ちようで片付けようとしています

私は、母の中では病人であってはならないのです。あって欲しくないのです。

からと言って、娘に言って良いことと悪いことの区別がついていない理由にはなりませんが。

母は、母なりに私に愛情を持っていることだけは誤解されたくなくて追記しました。

内弁慶で臆病なおばさんなんです。

ちなみに、近親者で乳がんは父方の祖母(60代発症)だけで、姉も、おばや従姉妹、その他男性、他に誰も乳がん患者はおりません。

遺伝性のものではなさそうなので、単純に運が悪かったのです。

職場について◆

国家資格は取得しているものの、勤めている会社ではその資格を使ったお仕事はしていません。

ですので、デリカシーのないおっさんらもあんまり医療知識がないです。

とは言え、どう考えても非情対応をされたことは間違いありません。

もっと貶してください。

叩いて下さい。

あの頃耐えて笑っていた私が報われます

今は優しい人達の多い職場に転勤しています仕事にも人にも恵まれています

泥水をすすりすぎて、濾過した雨水うめぇ水道水最高!って言っている状態なのかもしれません。

分子標的薬で心不全症状がガンガン乳がんだけに)出ていた最中引越しを伴う辞令を出した会社には多少わだかまりはあるものの、結果オーライ職場環境は確実に改善されています

それでも体が辛いものは辛い。

ピンクリボンへの八つ当たり

そうなんです、八つ当たりなんです。

わかっているんです。

気軽に乳がん検診に行こう、それで簡単処置で助かる命がある、それは尊いことなんです。

ファッション感覚ピンクリボン、ウェーイ!としている女子が妬ましいんです。

ウェーイしている女子いるからこそ気軽に検診が出来る、それが本来目的なんでしょう。

ただ、若年性乳がんって、乳がん全体のほんの数%なんです。貧乏くじ引いてしまった感が否めないんです。

元々ちょいちょいツイてなかった私が、こんな所でもツイてなかったかー、と。

妬ましく思っても許して下さい。

ネルギッシュに闘病体験を語って、良い感じの活動をしている先輩サバイバーを見て、そうはなれない(なりたい訳でもないけれど)不定愁訴しんどいんです。

残っている後遺症のようなもの障害レベルではなくて、1個1個は誰しもが抱えている何らかの不調なのかもしれません。

不調の数が多すぎて、歯車がガタガタで、支える気力も尽き果てた状態が今の私です

ぶっ飛ばさせて、レッドリボン軍だか、クリボーだか、びっくらぽんだかのアイツを。匿名のこの場でくらい。面と向かっては、きっと吐き出せないので。

優しい言葉ありがとう、長い愚痴に付き合ってくれてありがとう

嵐のような感情の発露は鍵付きのTwitterだけで行っていました。

初めて書き散らしたこの場で、思いもよらずたくさんの方に見ていただけて、嬉しく思います。 

大好きなアーティスト懇願して(服の上から)触って貰ったことあるので、本体の私は乳のせいで地獄のクソ煮込みをわんこそばで注ぎ込まれている割に、乳だけは世界で1番幸せ者かもしれません。

欲しいものリスト我慢するので、私と彼が結ばれる結末を祈って下さい。

2018-10-13

【2】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013201124





ベトナム名誉


両替に関しては、市内の両替商の方がレートがいいということで、空港では7000円だけ両替した。

小ぶりの札束を大量に手渡されたが、これがどれだけの価値があるのかさっぱり分からない。

札束に描かれているのは全部ホー・チミンで桁数も多く、なんかパッとみ どれも同じに見える。

要は慣れなんだろうけど、ベトナム人はよくこれで混乱しないものだ。


ネット情報でボッタクられないという噂のタクシー会社車両を捕まえてホテルに向かう。

いきなり問いかけられた言葉がわからないが、「I want to go hotel new world saigon.」というと出発した。

これ位のディスコミニュケーションを気にしては一人で海外旅行などできない。

もちろん日常会話の英語くらいは軽くこなせなければいけないというのは確かなのだが。


ホテルチェックイン時のディスコミニュケーションぶりもなかなかのものだったが、前回やらかしたチェックアウト時刻の確認も済ませ、無事チェックイン

New World Saigon Hotel歴史ある名ホテル日本で言えばホテルオークラのような格式で、通された部屋は「俺、一人でこんな部屋泊まったことないよ」というものだった。

タクシーに払った残りを落ち着いて数えたら1,016,000ベトナムドン。

もう一度言う。

どれだけの価値があるのかさっぱり分からない。

貨幣価値感覚が変になりそうだ。


タンソンニャット国際空港光景ちょっと元気になったものの、やはりメンヘラ直前の身でいきなり外食ハードルが高く、近くのコンビニ適当に買って夜食にすることにした。

まだ食欲自体はある。

ホテルのほど近くにサークルKがあるらしい。日本のそれと関係あるか謎だが。

サークルKまでは距離にすると100mも無いのだが、ベトナム交通事情というのが、これがいつまで経っても途切れないスクーターの波をタイミングを計りつつ渡る避けゲー状態で、僅かな距離をなかなか踏破できない。

これは油断すると死ねるヤツだ。

自律神経失調症で長期休暇を視野にも入れているというのに、蓋を開けてみれば交通事故で死にましたでは、なんだか話がよく分からなくなってしまう。

最新の注意を払い、ついでにコンビニサンドイッチカップ麺飲み物の代金も払って、なんとかホテルに戻り夜食にありついた。

日本人も含めてアジア人は大体カップ麺が大好きで、そうそう間違いなかろう、でもちょっと異国風味もあるかななんて期待していたら、出来上がったものはどうも味がない。

ベトナム料理はタイ料理と比べて優しい味わいであり、またやはり日本と比べれば完成度の差があるのかも、こんなものかな。

いやまてよ、自律神経失調症も重度になると味がしないっていうから、俺の味覚が妙なことになっているやもしれぬ、などと思って食い終わったら、調味袋を丸々1袋入れ忘れていたことに気がついた。

そりゃ味がしない筈だよ。

ベトナムカップ麺名誉回復する為に、俺は正しい調理法でまたこれに挑まなくてはならない。


【3】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 2|2日目 アリゾナ州立大学 へ >>

【1】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013111225





Day 1



1日目 成田ベトナムの翼、タンソンニャット


羽田深夜便だった前2回の旅行と違い、今回は成田発で、昼出発。

しかもややメンタルに不調を抱えているとあって、余裕を持った出発を心掛けたかったが、時間勘違いして、ギリギリ成田エクスプレスに駆け込み、その上方向を間違えて折り返すという失態を演じてしまった。

南国ホーチミンに行く前に国内でもう汗ダクだ。

肝心な時には何かバタバタする傾向がある自分なので、「またやってしまったー」と思ったが、どうやらチェックインには間に合いそうで、成田エクスプレスの車窓から畑を眺めながら、「この旅行に行って何になるんだろう」と愚にもつかない事を考えた。

別に何が起こるわけではない。

ただ若いからずっとボンヤリあった心象風景、雨のベトナムで川を眺めながらお茶料理を食べる、その画をこの目で見て来るのだ。

メンタル不調なんて、ボンヤリするのに格好の舞台装置じゃないか


前回の香港旅行では、事前に広東語フレーズをいくつか覚えて行ったが、「話せるものの聞き取れない」という致命的な見落としがあり、結局中学校時台成績2の片言にもほどがある英語と、メモによる筆談で乗り切ることになった。

ベトナム語も広東語と同じ声調言語(音の高低と発音意味が決定する言語)であり、しかもその声調というのが「コブシを効かせるようにいちど下げて上げる」「波のようにうねって上げ下げして上げる」という難解極まるモノで、もう「ありがとう」「これください」「トイレはどこですか」以外のコミニュケーションは投げている。

今回も筆談翻訳機とGoogle mapが頼りだ。


今回搭乗したベトナム航空は、ベトナムフラッグシップのようで、エコノミークラスといえど、タイガーエア台湾香港エクスプレスとはモノが違う。もちろんTGATやHKEXが悪いって訳じゃないけど、地上職員日本語ができるし、機材も大型で安定していて、シートには枕やブランケットが用意され、機内食も出る。

さらに、シートにはモニターが設置されていて、映画その他も見られる。

海外に行くときはその地のポップカルチャーを予習して行きたいのだが(香港前に発見したアガサ・コンは最高だった)、ベトナムはまだYoutubeでの情報が少なく、これと言った映画アーティスト発見できずにいた。

そこでモニターポチポチやっていると、果たして良さげなベトナムアーティスト(多分)を発見したのだった。

ホアン・ティエン・ミン・トリ

英語詞の曲とベトナム語詞の曲が半々。音楽性はR&BEDMダブステップの様な強めじゃないムーディーなやつ)とジャズを掛け合わせた様な感じで、ジャスティン・ティンバーレイクを思わせる。

これでラップが入ってきたら完璧だ。

機内では検索できないので、あとで調べよう。

朝飲んだ安定剤が効いているのかな、憂鬱な気分が後退してきていい感じだ。


ややあって、海外旅行なら一度は聴いてみたい、「pork or fish rice ?」というフレーズと共に機内食サーブされた。

ベトナム航空会社なのに機内食和食が出るという不思議仕様でもっぱら噂のベトナム航空だ。

ここで「fish」と答えれば和食が出て来る事は間違いなく、折角の海外旅行しかも出発便の機内食和食というのもどうかという事で、「pork」と答えると、豚の唐揚げ煮物チャーハンぶっかけたようなご飯と、海鮮春雨サラダパンデザートが出てきた。

春雨の方はヤムウンセンとかそれに類するもので明確にアジア料理だが、ぶっかけご飯の方はなんだか分からない。

付け合わせが椎茸煮しめだったり、桜の形に型抜きされたニンジンである事も地味に混乱する。

味はというと、エコノミーでこれだけの物が食べられれば充分満足で、その後、暖かいコーヒーサービスがあったり至れり尽くせりだったのだが、あれはベトナム料理だったのだろうか。

カラトリーがまとめられた袋の底に、スパイスの小袋が入っており、「甘利香辛食品株式会社」と書いてあった。京都伏見会社であるという事だった。


機内食で腹を満たし、少し微睡む。

眼が覚めると機内は消灯されていた。

英語スポーツチャンネルを見ながら、「早くホテルで横になりたいな。でも何を楽しめるんだろう?テレビをつけても何言ってるか分かんないだろうし」という思いが浮かんで来る。

チャンネルでは、MTBアーティスト大木バランスボール建築物ワインディングロードなど様々な障害をキッカーにしてトリックをキメていた。インスピレーションを色々なものから受けて、驚くべきビデオやショーを生み出すらしい。

他の人から無意味に見えるもの価値見出して楽しみ、アートを生み出している。

意味不明に見えるけど羨ましい。

普段自分もそういうキャラなんだけど、ダメかもなぁと感じてしまう。

多分、朝飲んだ安定剤が切れる頃合いだ。

自律神経失調症で襲って来る不安無力感安定剤を飲んで感じる旅行への期待。

正常と狂気の境は曖昧だと思っていたが、こうして自分のものだと思っていたものが揺れ動くと、もっと根本的な、「自分」や「個性」というものが虚ろなものに思える。

深追いはしないでおこう。

しばらくして血糖値が安定すれば、少し収まって来るに違いないから。

今日はまだ頭痛は襲ってきてない。


「間も無く、当機はホーチミンに到着いたします。到着は19:30、ホーチミンの気温は38℃です。」

機内アナウンスに耳を疑った。

今年の異常熱波関東平野都市化が高気圧をブーストしており、バンコクより気温が高い、なんだったらユーラシア大陸で一番高いとさえ思っていたが、勝手思い込みだったようだ。飛行機を降りると湿った空気を感じる。日本人の歪んだプライドは常夏のホーチミンの湿った熱波が吹き飛ばししまった。


19:50、国際空港入国審査というのはどこか陰鬱雰囲気ものだが、イミグレーションを抜けてもタンソンニャット国際空港は静かだった。

思った以上に質素空港

香港国際空港羽田と比べると、まるで石垣空港みたいだ。

改めて旅程について説明しておくと、3泊5日というのは、帰国便がこのタンソンニャット国際空港 6:25発であり、ホテルのチェックアウトが当日では到底間に合わないので、前日にチェックアウトして空港で出発便をまつ、という事だ。

帰りはここで夜を明かすんだろうか。

そう思って建物を出て驚いた。

なんと半解放の広大なスペースに待合ベンチが設置されている。

軒を並べる飲食店、溢れる活気、びっくりするほどの騒がしさ。

タンソンニャット国際空港はこの半野外のスペースも含めての空港だった。

こんな空港日本ではまずない。

「ははは、スゲーな!」薬が抜けてるに決まってる時間帯だが自然に笑ってしまった。

たことがない光景だ。やっぱり先生の言う通り、この街に来て正解だった。


【2】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 1|ベトナムの名誉 へ >>

2018秋、ベトナムホーチミン





Day 0



出発前


「でも旅行、行きたいでしょ?」

心療内科先生能天気さに面食らった。


ベトナム旅行計画したのは夏前。

何となく、この歳で目覚めた海外旅行の感動がまだ冷めない今年の内に、憧れのある国には行っておきたかった。

その後、訪れた生まれて初めて経験するような猛暑

うだるような暑さの中、突然起きた喘息、2年来続く人間関係の秘めた悩み、家族からの今更の衝撃告白など、色々な事が起きたりおきなかったり。

解決出来ないことは保留にして、目線を逸らすように仕事に打ち込んだ、その結果、秋に入って突如、生まれて初めて自律神経失調症になってしまった。

日中でも襲ってくる二日酔いのような頭痛と食欲不振、将来への絶望感。

「これは旅行は中止かなぁ」そう思いながらかかった心療内科先生対応はあっけらかんとしたものだった。


安定剤睡眠薬出して起きますから、しばらくそれで様子を見て、休むのが一番なんで、会社相談できれば長期で休むのがいいですね。不調で休んで旅行に行くのは聞こえが悪いですけど、まあ割り切りましょう。名所も行きたいでしょ、せっかく計画したんだし。」

「でも精神に効く薬って税関で止められたりしませんか?」

「それはあります。でも新興国って緩いですよ。あっちも外貨欲しいんで。自分で使わないような大量を持ち込んだらダメですけど、私もポーチ睡眠薬とか詰め込んで行きますもん。」

「はぁ。そういうもんですか」

「じゃあ私も明日から旅行なので、次の来院は2週間後でどうです?」

そういや待合室にノルウェーだかフィンランドだかの雑貨の本があったな。

先生旅行激推しするのは本人が旅行趣味からかも知れない。


こうして生まれて初めての自律神経失調症を抱えながら、生まれて初めてベトナムホーチミンを訪れる事になった。今回も台湾香港に引き続いて一人旅だ。先生がどこに行くかは聞かなかった。


旅程は3泊5日。

長いので分割して、順に旅行顛末を書く事にする。

読んでくれたら嬉しい。


【1】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 1|1日目 成田、ベトナムの翼、タンソンニャット へ >>

初めての海外旅行香港に行った

大した金もプランも無いが、なんとなく香港に行ってみようと決めて、てきとーに楽しんだ。

印象に残ったことをだらだらと。

欧米人の見た目じゃないのでどこに行っても最初中国語で話しかけられるけど

英語で頼んだら英語で答えてくれる人が多かった。まともに喋ったこと無かったけどなんとなく通じてうれしい。

単に見かけなかっただけかも知れないが、日本電車と違って気持ち悪い広告がない。

リクルートのフレフレ人生とか下劣言葉まみれの中吊り広告とかそういうの。

美容品、携帯教育広告が目立ってた気がする。「~~の~~」みたいな日本語のような物も。

駅前携帯ショップ屋台しかなかったが、黄金電脳商場?の中は別世界だった。メイドカフェとかは見当たらなかった。

訳あって携帯修理屋の世話になった。アニメ好きで変な日本ミームを知ってて面白い人だった。

何も知らずに入った。ゲイっぽい爺がズボンに手突っ込みながら向かってきてマジ怖かった。

フェリーで数千円程度。商店街の人混みがやばいカテドラルとモンテの砦を見に行った。

香港に戻ろうとしたときバス停を探して迷ったり行き先も間違えたりで泣きそうになった。

行こうと思ったが結局行けなかった。

宿はAirbnbで安い所に泊まった。シェアルームで3泊して1万円もかからなくて良い。寝泊まりだけして外を出歩くには十分だった。

東京と比べて全体的に明るくて疲れてない感じがした。また行きたいな。

2018-10-09

旅は人を成長させるって説

昔は旅行するのも一苦労だったから、こんな説も生まれたんだろうけど

簡単英語ができてとスマホがあれば海外旅行で困ることなんてないし、

成長なんかするかよ

2018-10-06

anond:20181006111100

35で普通って

男だと

結婚して1人以上の子供がいて

上下10万円以上のすぐに着れるスーツを5着以上持ってて

会社では遅くとも管理職になり始めてて

5000万円以上の予算の決済権があって

不倫の誘惑を受けた経験が1回以上あって

年収600万以上で

4000万以上のマイホームが建ってて

その前に大学は最低でもマーチ関関同立以上で

20歳までには童貞すててて

5人以上の女性経験があって

30までには結婚してて

国政選挙では常に自民党投票してて

年に2回以上は出張海外に行き

2年に1回以上は海外旅行に行き

年に1回以上は家族で20km以上の渋滞にはまり

3年に1回以上は嫁さんと喧嘩するも仲直りsexで絆を取り戻し

テレビバラエティ番組では違和感なく周囲と同じように笑うことができ

花粉症はあってもぜんそくアトピーなどのアレルギー性の持病とは無縁で

メンタルの不調や鬱や強迫神経症パニック症候群とは無縁で

学生時代から付き合いが続いている年に1回以上は連絡を取り合う友人が5人以上いて

休日職場の同僚先輩部下と年に1回以上精神的苦痛を感じずに遊びに行くことがあり、

自分と嫁さんのご両親ともに健康健在で

お互いの関係は悪くはなく

それでもなんかちょっと物足りない

って考えてるようなやつのことだろ?

2018-10-04

人生疲れた

僕がいつもと同じ日々を過ごしてる中あの子は彼と海外旅行

2018-10-01

子育て収入を結びつける話の気持ち悪さ

日本世帯年収ってさ30代の中央値は500万円~550万円の間で、20代ではは300万円~350万円くらいなわけ。

(この年代をチョイスしたのはこの年代子供を作るか作らないか考えてるメインの世代だと考えたから)

すげえざっくりと500万から350万円でそのまんなかくらいを425万だとしてみるよね。んでもって、相対的貧困を更にその半分だとする(本当はもっと違う計算なのだけど、ここでは話を丸める。誤差が数百万なんてことはないので)。

とすると年収425万円付近が「結婚&子作り世代普通中央値)」で、425万未満だけど213万以上くらいが「結婚&子作り世代下流だけど相対的貧困ではない」で、213万未満が「結婚&子作り世代相対的貧困層」だということになる。

この辺は別に俺の気持ちや考えの話じゃなくて、今のデータだとこうですよねって話ね。もちろん細かくソースに当たれば数値は変更されると思うけれどかと言って数十万動くことはないんじゃないかな。おおよそこんな感じなのが今の日本の姿。

んでもってさ、「結婚&子作り世代世代普通(425万くらい)」ひとが、子供を作れないってのは、やっぱり国造りとしておかしいよね。おかしい話なんだけど「だから所得を上げろ」ってのがもっともっとおかしいでしょ。だって現実に俺らの収入はそうなんだからさ。

いやもちろん、国に対して「国民所得を上げろ」って要求することそのものおかしくないよ。でも「まともな子作りや子育てできないので上げろ」ってどう考えてもおかしいでしょ。だってその「まとも」っての基準勝手でっち上げてるのは国民側なんだからさ。マッチポンプないいがかりもいいところじゃない。

結論から言うと、いまの子作り&子育て収入結論おかしいのはここで、子作り&子育てハードル一方的に上げて、そのハードルを超えられないとギャーギャー喚くっていう論理の組み立てでさ。

もちろん上を見れば上があるってのは前提の上でだけど、「結婚&子作り世代世代普通(425万くらい)」ひとが子育てしようと思ったら、その収入にふさわしい子育てがあるでしょ。「普通世帯収入の子育て」なんだから、それが「普通の子育て」なんだよ。習い事複数行かせるのとか、毎年海外旅行に行くとか、お金がかかるスポーツやらせるとか、予備校に行かせるとかは「普通じゃない」わけ。もうちょっと下を見れば、いまWeb公表すればネグレクトだと叩かれるような育児(もしくは育児放棄)――たとえば購入する衣類の数が少ないとか、昼間の間子供放置するとか、公教育以外の教育スキップするとかも、それが年収に基づくものであれば「当たり前」だと認識すべきなわけ。年収250万くらいでも子供を作って子育てして、その金額なりに首元がだるくなったTシャツとかで放任教育するのは「やって良いこと」なんだよ。そういうのを汚れた何かのように社会から滅却しようとすれば、子供なんて減って当然なんだよ。

それが普通ではないなんだか暴走した議論の渦中にあるのは、バブルとか少子化によって子供にかける投資が加熱して、それがマスコミWebっていう偏った虫眼鏡で歪んで拡散されたせいで、「これくらいは子供にしてあげるのが普通だよね」みたいな風潮が蔓延したせいだよ。すげえ露悪的に言っちゃえば、意識の高いママ&パパが、うちの子自慢(に見せかけた自分自慢)をする道具として「わが家ではこんなふうに贅沢な子育てしてます」ってのをSNSで発信して、それを見てる側が真に受けちゃったみたいな話だ。SNSグルメ自慢とおなじで、ある人が3000円のランチ写真投稿してたとしても、その人が毎日3000円のランチを食ってるわけではない。のだけれど、なんか、「その程度の生活水準普通」という共同幻想けが肥大して、3000円のランチを食べられない人たちの怨嗟劣等感けが膨らむみたいな話だよ。

「この程度のお金はかけてあげないと子供がかわいそう」「子供の将来に禍根を残します」とかはっきり言ってほとんど全部詐欺でしょ。そらまあ、大学出たほうが生涯年収上がるとか、そういうのはあるよ。あるけれども、そうであるからといって「そうであるのが当たり前で、そうでないものは当たり前未満でマウントして良い」とはならない。夏休みなどの長期休暇で子供旅行特に自然の中に)連れ出してあげないと情操教育上で「問題がある」みたいな触れ込みで、昨今、キャンプスクールとかが流行ってるわけだけどさ。そういうのに申し込みしてお金かけないと子供が劣った何かになるとか、どこの寝言だろう。みんなが大好きな高度成長期をささえた日本人は別段キャンプスクール大学も前提とはしてなかったわけでしょ。回顧ってわけじゃなく、今の時間軸に問題限定したところで他国とそこに差は対してない。

こういうこと書くとWebでは虐待主義者みたいに言われるけれど、子供なんてほっといても育つよ。っていうか、そういう前提で、なおそこから「それでもできること」を積み上げるのが子育てでしょ。そうじゃない限り無限ハードルがあがって、失格両親狩りが繰り返されるだけだよ。まあ、いまそうだから少子化なのだとは思う。

から少子化解決するのに多少援助金を入れたところで意味なんて無い。マウンティング合戦現在状況の本質なんだからお金いれても収入上がっても、無限ハードルがあがっていくだけだよ。今までの歴史海外の状況を見れば「海外留学に行かせるくらいがまともな教育で、それ以下の家庭は子供を作るべきではない」とかすぐにそこまで行くよ(発展途上国富裕層一般的発想だ)。「年収200万円以下は〜」なんてのはまさにその系譜だ。

問題なのは気の狂ったマウンティング欲求と、子育て自己表現(で他所の家庭に自慢する道具)だと勘違いしちゃった両親と、そういうのに煽られて拡大報道しているメディアであって、もっかい「今の日本の実情に沿った、身の丈に合う子づくりと子育て」を考えない限り、何の解決もしないよ。

2018-09-29

anond:20180929193548

自分が住んでる所や勤務先の飯屋や、ちょっとした観光名所みたいなところを開拓したり

たまに国内旅行海外旅行に行ったり

そういう感じですかね

君は明石書店エリアスタディーズを知っているか

最近までこのシリーズを読んだことがなかったのだが、非常に良い内容とコンセプトだった。

主に世界の各国・地域などの概要政治歴史文化などが、トピックテーマで分けられた共著形式解説されている。

特徴としては、あまり他では扱われていない地域テーマに対しても、一冊の書籍として扱っている点と、

政治歴史ばかりではなく、その国の様々な文化暮らしについても、相応にページが割かれている点など。

それから、共著形式のため、必ずしも全体で一人の著者の考え方や意図で貫かれている感じではなく、

それがかえって本シリーズニュートラルな印象を与えていて良いように思う。

内容の難易度も、難しすぎず、簡単すぎず、解説なしでさらっと出てくる歴史事項などの塩梅が丁度よい感じがする。

(知らなければぐぐれば良く、あらゆることを説明していたら凡庸な内容に終始してしまうので)

潜在的需要に対して知名度が低い気がしたので、思わず紹介したくなってしまった。

まだ四冊しか読んではいないのだけれど、どれも良い本だった。

世界の色々な国のことを勉強したいと思っている人におすすめです(海外旅行の事前学習にもおすすめ)。

2018-09-28

1ヶ月ぐらい一緒に暮らしてた恋人家族海外旅行なうってラインを寄越して来た日から1年あまり

少なくとも自分のなかで相手位置けが変わった。

あの共に過ごした時間はなんだったのかと、何も言ってなかったじゃないかと当時は思って虚無になっていた。

けど、所詮「家族」じゃないからなあと諦めがついた。

以来、これが魔法のことばになっている。

魔法が効かなくなったら別れよう。

(追記)

もちろん「家族」からって全てが共有されるわけでも、排他的に優先されるようになるわけでもない。

関係の濃淡を指すことばとして使っている、多分。

2018-09-27

anond:20180927101807

というか金のない女って普段何してるのかわからなすぎてどこで出会えるのかもわからん

金のある女は大体海外旅行とかしてイキってるからいくらでも見つかる

2018-09-26

anond:20180926105206

男は基本的に女向けの娯楽に興味を持たないけど、性が絡むものだけは莫大な興味を持って食いつくから

それを見越して男相手に「女向けの趣味はこんなにエロい」と紹介する雑誌とかネット記事は多い。

BLなんかも全部が全部ポルノではないのに(性描写がないものや、あってもあくまストーリーの一要素であってストーリーがメインのものもある)

全部ポルノであるかのように紹介されて(そういう漫画の、そういうページだけ載せたりとかして)

そういうのを読んで全部ポルノだと思い込んでる男が多い。

アンアンも中身は大した事ないのに、男向け18禁エロ本と同レベルと思ってるのが多数いるし。

少女漫画も一時期エロが多いとか言われてたけど、そういう記事を本気にして全ての少女漫画セックスだらけだと思ってるのがいたりする。

ごく一般的趣味男性週刊誌の手にかかれば「女がセックスするための場になっている」という適当な事書かれるので

それを本気にしてるバカ男もたまにいるよね。

海外旅行に女だけで行く女は皆外人男を漁るのが目的とか、料理教室に男が増えていて主婦不倫相手探す場になってるとか、そういうやつ。

2018-09-23

居酒屋社長不倫し放題なのか

うちの社長は根から水商売人間じゃないからか、どうも飲食をなめてるような気がしてる。

すぐバイトの女に手を付ける。

商売道具に手を付けるのは経営者として最低とかよくいうけど、あのダチョウ倶楽部みたいな見た目のおっさん下半身だけで生きてるので躊躇しない。

まぁ見逃してやってもいいけど、せめて海外旅行に連れてくところをSNSに乗せるな。

ひくわー。

2018-09-21

政治に興味がない若者です

正確にはでした、かもしれない。

興味があると堂々と言うことが憚られるほどに無知なので、未だ興味がない若者だと名乗らせてほしい。

私は恋愛漫画ロックフェスディズニーランドしか興味がない、二十歳になったばかりの大学生だった。選挙にも、行ったことがなかった。そもそもいつやっていたのかさえ知らなかった。

半年前、友人から勧められたのをキッカケに、主に政治関係のことを呟いているある知識人ツイッターフォローした。意味なんてなかった。就活も着実に近づいているし、政治のことも少しは勉強しておくか、という軽い気持ちからか、あるいは二人でしか遊んだことのない、多くの人に好かれるのに、誰も彼女世界に入れないような、不思議雰囲気と芯を持った同性の友人に近づきたかたからなのかもしれない。

彼女はそのアカウントを私に教えてくれたとき、こう言っていた。「日本は大変なことになってるよ。嘘ばっかりなの。」わたし彼女の、正しい日本語を使うところもとても好きだと思いながら、なんとなく聞き流した。その言葉を、その後、何度も頭の中で反芻することになる。結論から言えば、そのアカウントガチガチ左翼だった。

二ヶ月ほどだろうか。毎日ツイッターを開くたび、彼のツイートが目に入った。面白い人がたくさんいるから、私はインスタグラムよりもツイッターの方が好きだった。だからきっと、彼のツイートもすべて目を通していたと思う。たいてい話に上がっていたのはモリカケ公文書お金エトセトラ、だった。

日本は今大変なことになっている。嘘ばっかり。目眩がした。

どうして、こんなことが、と思った。

公文書改ざんされる国、と、誰もが書いていた。

話題になっていた新潟県かどこかの議員選で、 彼が応援していた野党議員落選した。悲しかった。怖かった。彼女がどのような政策をかかげ、なにをしようとしていたのか何も知らなかった。自民党議員当選したことが、ただただ怖く、悲しかった。その時、はじめて、なんとなく、彼から言葉だけで知るようになったその選挙検索にかけた。

落選した議員は、選挙活動で子供プラカードを持たせていた。私はそのことを初めて知った。友人のすすめでフォローした、たった一人の左翼と、彼がリツイートするたくさんのツイートで、毎日その選挙話題を目にしていたのに。

次に私がフォローしたのは、ガチガチ右翼だった。

本当のことを知りたいと思った。だから両方の意見を聞いて、自分の目で見極めよう。それでちゃん選挙に行こう。自分の一票が、どんなに軽くても。

そう思った。本当は中立から公平な意見を言ってくれるアカウントを探したのだが、私の目には、ツイッターには右翼左翼と無関心しかいないように映った。

右翼左翼フォローして、感じたことはひとつだ。

まったくわからない。

彼らが毎日毎日毎日毎日呟いているのは、お互いの政策欠点よりも、むしろ殆ど政治家として、ひいては人間としての欠点の方だった。

からないままなのだ。結局何も。

私は政治に興味を持った。しか受動的な学びの姿勢のせいで、増えていくのは不祥事悪事知識だけだった。

安倍総理が3選した。世の中には彼を王様のように褒め称える人と、賢そうな理屈か、見るから教養のなさそうな暴言永遠に届くことのないボールを投げ続けている人がいて、何もかもが、府に落ちなかった。

私は政治に興味がなかった。

興味を持った今も、知識はないに等しく、無知なままだ。

私が政治に願うことは、家族が、大切な人が、平和に、安全に、幸せに、暮らせる世の中、それだけだ。戦争も、貧困もない世界。それだけだ。馬鹿げているだろうか。当たり前ではないのだろうか。政治家は、平和で豊かな国をつくりたいと、この国を良くしたいと、強く思った人がなる職業ではなかったんだ、そうか、違うんだ。そう思った。

やるせない。同世代の友人たちは現状に欠片の興味も示さないが、私は彼、彼女たちに、政治の話をしたことはない。これからもしない。いつもヘラヘラヘラヘラして、授業も遅刻してくる私が、ある日突然「安倍総理の三選についてどう思う?」なんて聞いたら、驚かれるか、笑われるか。本気でとられることはまずないだろう。しかし真面目な顔つきで、ここに書きなぐったようなことを何度も何度ももちかければ、流石に本気が伝わるかもしれない。そして彼らは私から離れていくだろう。絶対にそうだ。なぜなら私でも、当然のようにそうするからだ。学生運動をする大学生気持ち悪い。様々なことを考えるようになった今でさえ、その感覚は消えなかった。政治社会問題について言及する若者なんて、普通じゃなくて、気持ち悪いのだ。私達は、新しいアイスかプチ海外旅行の記録かootdしかSNSで発信してはいけないのだ。ローラだって動物を守りたいと言い出して腫れ物扱いだ。

やるせない。

私には、友人を、恋人を、国を変えることができない。

みんな戦争が起きたら、ひとが死んだら、嫌なはずなのに。この国はいつか、誰もが気が付かないうちにまた戦争を始めているかもしれない。

さな子どものころ、平和は当たり前のものだと思っていた。でも多分、それは間違いだった。

多分この国を悪くするのは、アベでも、与党でも、野党でもなく、この空気だ。無関心な若者、無関心でいなければ、「普通」でいられない若者世界、粗探しが論点政治、結局何もわかっていない自分、どうでもいいと、思いたくなる。

政治に全く興味のなかった、いつかの自分に戻りたい。今はただ、怖くて怖くて仕方がない。

追記

このサイトを知り、ずっと一人でもんもんと考えていたことをここでなら言えると思って独り言のつもりでアップしましたが多くのコメントを頂き本当に驚いています。まずは独り言のつもりだったとはいえ不勉強にも関わらず右翼左翼、と使いやす言葉をきちんと理解しないままに使ってしまたことをお詫びさせてください。ここでは現政権に強く賛成し、野党などを批判している人を右翼、その逆を左翼と思いこみそう呼んでしまいました。すみませんでした。どちらのことも批判するつもりはありませんし、私自身は本当にどちらでもありません。というより、繰り返すようですがどちらかに傾けるほどの知識がありません。重ねて、安倍総理のことも政治理解していない今の私には批判する権利がないと思っています。恥ずかしいことだと重々わかっています

たくさんの意見いただき漠然と もうどうしようもない、と考えていた気持ちが少し晴れました。とにかく私はまずちゃん勉強しなければいけないし、その上で、どんなに小さな一票でも、選挙に行こうと思います政治の話はできないですし、できるだけの知識も今のところありませんが、選挙にいく、いこう、くらいは言えるから、できることを、ひとつずつ、と、今は考えています。頂いたたくさんのアドバイスを、できる限り試してみますありがとうございました。

死にたい

仕事はある。代理店年収もそこそこある。700万弱。お客さんの無茶ぶりに笑顔で答え続ける。無茶ぶりは答えて当たり前で、かつミスは許されないので、ミスしたら頭を下げ続ける。仕事始めてからから楽しいと思うことや笑うことが少なくなった。この間海外旅行に行ってきたのに、最初の2日間は「死にたい」としか思えなくて、3日目あたりから普通の気分になったけど、結局楽しいとは思えなかった。楽しいとか嬉しいとかポジティブ感情がなくなった代わりにお金の使い方が派手になった。あと食欲もすごくなった。電子書籍への課金がすごい。漫画読みまくり。そして休みの日は何かしらずっと食べてる。ジムで体を動かしてるけどやっぱり歳もあってだんだん太ってきた。久々に会った親にも怒られた。昔から太ったら怒られてきて、昔は罪悪感や羞恥心で泣きたくなっていたが、もはや何も思わなかった。「どうせすぐ死ぬし」としか思わなかった。でも死にたい、消えてなくなりたいって思うのに、結局死ぬ勇気がなくて、メソメソ泣きながら連休を耐えて、明けたらまた泣きながら仕事へ向かうんだろうな、と思う。仲のいい恩師に「神様は耐えられる試練しか与えないよ、修行だと思って頑張れ」と言われて、いつもなら受け入れられるのに「これから先の人生修行の先に得られる楽しいものがあると思えないから、耐える意味がわからない」てずっと思ってた。社会人になってから余生を過ごしている気分が拭えない。死にたい死ぬのが怖い。泣いてる。こういうのって病院で薬もらえば死にたくなくなるのかな。

2018-09-19

悪い九州男児死ねカス

なんだあの嫌な所を詰め込んだ人種

勿論、九州出身男性世間で言う『九州男児』の性格ではないだろうし、その様な性格だとしても良い九州男児は沢山いるだろう。

しかし、現状『九州男児』という単語に対して良いイメージを思い浮かべる人は少ない様に見受けられる。

自分場合、60超の父親佐賀県出身なのだが、農家長男で甘やかされたことも相まって典型的な『悪い九州男児』になってしまった。

ググって出て来た九州男児の5つの特徴に当てはめて説明すると、

1.豪快で男らしい

→確かにやることなすこと全て豪快だ。悪く言えばガサツ、繊細さのカケラもない。

・小便の時トイレの戸を常に開けっ放す

食器を丁寧に運べない、食べられない為異様な程床に食べ物を零す

父がいつも座ってる所はおかしの食べかすが常にこぼれていた

・洗い物を任せればシンク掃除用のスポンジで食器を洗い、ごく稀に料理をすれば汁を床に零す 家事やらせると返って手間がかかる

・片付けられない 父の周辺や部屋は基本物が散乱している 勝手に動かすと怒鳴る

が、家族のものが少しでも邪魔な所にあるとぶん投げる

節約が出来ない

節約を事あるごとに口にする癖に、当の自分は一人で海外旅行に行ったりゴルフに行ったり、電気つけっぱなしにしたりする。

2.思ったことは口に出す

3.短期でせっかち

思考ダダ漏れ男。他人がどう思うか全く考えず感情に任せて怒鳴ってくるし、ニュースを見て平気で障害者差別などの不謹慎発言をする。

テレビチャンネル権を譲らない、電気を消し忘れる(なお父親自身はよく消し忘れる)、お菓子を譲らない、自分の分だけ作って父親朝ご飯を作らない、冷蔵庫牛乳がない……よくもまあそんなに怒って疲れないものである

・これが家族だけならまだしも外でもやるから凄い。店員にも同じ調子でいきなり不機嫌になって怒鳴る。キ……

4.多くを語らない

これ2番と矛盾してない?サイトには言葉で細かく説明するのが苦手、不器用な人みたいに書かれてたけど

・只実際説明は下手くそである。理路整然としてないので話の内容がつかめない。コミュ障が辿々しく話す感じ。

また、そもそも理解力が無いのか映画を見ても大抵話を理解出来ていない

前に、逃走中ルールについて母に質問しまくっていた。最終的に母は「見てればわかる」と言って答えるのをやめていた

5.頑固

1番害悪な要素

自分の席の場所テレビチャンネルなどに異様な拘りを持つ

少しでも文句を言うと最終的に「この家のものは全部お父さんが買ったんだぞ!だからお父さんのものだ!」「誰が学費払ったと思ってる!」しか喋らなくなる。因みに土地母親のものである

・譲らない

本家族の反対は無視される。その為勝手相談もなくインコを飼い始め、反対を押しのけリビングに鳥を常駐し、何度も注意されてるのも聞かず御飯時でも鳥を部屋に放つ。お陰で羽根掃除や鳴き声に苛まれる日々である

・注意されても聞かない

いびき騒音レベルでうるさい、トイレのドアを閉めない、声が外に丸聞こえなレベルで大きい、理不尽に怒鳴る、人の食べ物勝手に食べる、家のトイレゲロを吐く、というか吐くほど飲む、洗面所で痰を吐くな……これらのことを直して欲しい理由と共に何度言われても聞き流して直そうとしない。暖簾に腕押しという言葉がまさにピッタリなのである

母に何故結婚したのかと聞いたら「とにかく家を出たくて見合いをした」と言われた。父親母親がいないと何も出来ず、よく呼びつけているが母親は疎ましく思っているようでよく愚痴を聞く

たまに母に会いに実家に帰るのだが、いつまでも変わらない父親にあまりにもイライラして吐き出してしまった。

九州男児っていうか老害おっさんの特徴か気がしないでも無いが、ネット九州男児の特徴を見ると大抵父親にピッタリと当てはまるので、何となくだがやはり九州との因果関係があるのでは無いかと思ってしまう。

唯一の長所は精々金を稼ぐことぐらいだがそれすらもエルダー社員になって収入は減り、後3年も経ったらそれすらもなくなる。そうしたらその横暴な態度を保てなくなるだろう。

因みにエルダー社員になったら、事務を任せていた女性事務社員露骨に態度が悪くなったらしい。やっぱり会社でも…

2018-09-16

anond:20180916190805

から結婚海外旅行もしたいし、生活保護お金も欲しいと言ってるの。

認められないのは差別

2018-09-14

死にたいと思ってたのに

身近な人達海外旅行に行った

一緒に遅くまでドライブした

それだけで心が暖かくなった

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