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はてなキーワード: 文学的とは

2018-07-06

anond:20180706221416

物理的や認識において現実でいうと証拠というのは直接それと結びつく認識個人にあるだけのもの

何であっても「証拠」と説いたいであろう「直接因子の物理的結びつき」は見つからない

ビデオにとっていようがそれが全員に知られていようが文章でのこっていようが物理的な反応として存在していようが

「それをそのように認識してしまっている」という現象個人が苛まれ可能性はゼロではない

集団で全員がそれに陥る可能性もゼロではない

それを踏まえて「本人に私がしましたといわせる」ことが最重要でそれを代弁させるために

「本人はそれをすることができないので代理人しましたとみとめます」と判断をさせる

それを社会的にみとめどう扱うかとするのが裁判

まり裁判判決が下ると冤罪だろうと犯人だろうと「犯人」になる

証拠がこれだけあるんだから認めろといって認めるか

これだけありますからみなさん犯人だと思いませんか

判断させるための材料証拠なわけで

吹聴してみんなが納得するものであればそれが「証拠」でもあるし

証拠」をつきつけて観念するそれが証拠でもあるし

証拠をつきつけられても無罪を平然と答える真犯人もいる

冤罪であろうとなかろうと何度でも追及すれば追及の仕方で逆転が見込めることもあるだろうし

誰がどう見ても納得せざるをえない状況もある

完璧な状況での冤罪もないとはいいきれない

なので回数制限を設けることにもなっているし証拠証拠としてみとめるかどうかも

厳密に規定があり判断する者も「社会的にみて常識的である」という認可のある人間にさせる

精神的な疾患があるからといって裁判官ができないのは不平等ではないか、と言われるのであれば

その「証拠は?」と質問されている

絶対無二の確実な判断を下すべきそれ」を「証拠」と言えるだろうけれども

現時点で人間証拠と言えるのは「有罪判決にいたった要素」までが証拠しかない

実際に犯罪者として扱われている人間について証拠はなにかと問うてもそれは存在していて

検討され判断材料につかわれ結果「証拠」だった結果ものがあった故なので

今でている結果は冤罪であろうとなかろうとそれがだれかにしくまれものであろうとなかろうと

当人純真無垢犯罪意思がなかったとしても 行動をさせられていまもそんな事実認知できなかったとしても

その行動の責任があると証拠によって結果がでているので

証拠があり犯人だった」という結果しかない

もっと調べれば、真犯人がでてくれば、と無限陰謀論を展開すればいくらでも証拠はでてくるだろうし

それをどれほどの人間判断材料使用して無罪有罪かを再度判断したいと申し出るかはわからない

人が有罪である無罪であるか 永遠に問い続ける必要があるみたいな哲学的もの社会機能として

有用ではないためそんなことは行われないということは想像に容易いだろう


宗教なんかでもそうだが救われるのは非常に容易い また罪に溺れるのも非常にたやす

ジャッジ絶対的だということだけが厳密でさえあれば現実に罪かそうでないかは大した問題ではない

証拠というちりばめられた事象は傾向こそあれ関連するなにもかもが証拠となりえる

厳密にそれを起因として結果がでるという要素を確定させる定義もつこと自体重要なのだ

証拠があるから犯人だ という犯人犯罪者なのかということや証拠真実なのかということは

納得する人間が多ければそれはそうであるとなる

毎日祈りさえすれば救われる 信じさえすれば許される そういう定義が結果につながると定義されることで

証拠を得ることになる

それが実際他者に影響を及ぼすことができる存在というものまり証拠」たりえるかというと

当人には証拠だけれども他者にはそうなりえないこともある

これは人間限界で 絶対の真理というものにたどり着いた人がもしいるとしたら

罪とただしさと証拠についてそれぞれが自己なかにあるそのそれそのものを取り出して人に見せることができるだろう

たとえとして心臓だったりする表現などが文学的にあるけれども現実的にはそれは無理な話

anond:20180706120821

「読める」の定義によるな。

論文や専門書を読んで意味理解するという意味なら(内容の方が難しすぎない場合は)読めるけど、文学的なやつとかはかなりきつい。

2018-07-04

「美しい顔」について

遺体リストにまつわる記述も含めて、実際にそうだったか石井さんはそう書いた。その事実は誰かが創作したものではなく、現に起きたことなので、本来は書いた人だけが独占することはできない。そうでなければ、誰もその事実を語ることができなくなってしまうからだ。そうなると、『遺体』に記載されている事実について他の人が借用したとしても、原則的問題がないと考えられる。だから事実抽出することは構わないが、創作された特有文学的表現まで無断で借りてくるのはアウトだ」(福井弁護士)。

えーちょっとまってまって。

その話って、石井さんが

あ、こことここの描写創作です。

取材せず適当に描いた部分なんで……。

なんて喋ったりしたらどうなるの?

2018-06-23

増田文章を書いていると、たまに文学的ってコメントに書かれることがある。

どうやら文章テンポが独特らしい。

別にそんなつもりでこっちは書いていないのに、なぜそんな評価になるのか不思議に思う。

2018-06-17

文学ってなんだろう

あの150選ある100選を読んで、今まで自分が「文学」とやら何なのか今まで全く気にしていなかったことに思い至った。


目の前の便利な板曰く、「文章を使った芸術作品」「表現が内容より秀でている文章」ということらしい。

相変わらずインターネットすげえ。

馬鹿な俺にも一発でわかる明確な答えを端的に示してくれる。


凄いことを凄いと書いてしまっては文学にならないんだろう。

それは説明であって文学ではない、ということか。


「不意の土砂降りで、長年使っていた腕時計が壊れた」

より

「未練がましく乾かしていた腕時計を、結局捨てることにした。8年前に死んだ父が、大学卒業の記念でプレゼントしてくれたものだ」

の方がきっと文学なのだ。たぶん。


でも、だとしたら文学は「何を書くか」より「何を書かないか」の方が大事なのではなかろうか。

何かを書かないために、別の何かを書いている、とでも言おうか。

そうなると、読むときも「何が書かれているか」ではなく「何が書かれていないのか」を読み解くほうがきっと楽しいに違いない。


あの100選、上から読んでいくと「ちょっと不器用な人が自分なりに頑張っている話」の陳列になっているように見える。

俺にはいまのところ文学を読み解く力がないけど、今度から面白そうなエントリーは「何が書かれていないのか」を読むようにしてみよう。

2018-06-08

anond:20180608025946

いかに人を感動させるかを目的とした作品群と、性的快楽を追求するために書かれた作品群を同列に語るんじゃないよ

ポルノは今も昔も読み捨てられるモンだ

でもそれでいいじゃねえか なんでそこに文学的価値を見いだしたがるのかね

2018-05-27

わざと女にぶつかる理由想像できない人がいることにビックリした

なんか、うまく言えないんだけど例のニュースでぶつかる理由痴漢目的とか怨恨とか、すごく話題になってて、

話題になるくらいに理解できない人がたくさんいることにビックリした。

「あっち側」と「こっち側」というか、ぶつかる理由理解できない人がたくさんいる事がそもそもの原因なんだけど、

けど、理解できない人には一生理解できない問題だし、完全にぶつかる男が悪いんだけど、

善悪とか、論理性とか、そういうの抜きで、「なんでぶつかる理由をお前が言える?」って思うかもしれないけど、俺の想像だけど、なんの根拠もないけど

「ぶつかる理由」って、もう踏み込む文学的というか人間性の違いというか、まあでも「理解できる奴」と「理解できない奴」がこんなにいるんだな。


痴漢ステレオタイプイメージって、ハゲデブおっさんとか、アキバ事件加藤とかそういうイメージあるじゃん

でもこいつ、意外と小奇麗というか普通っぽい。後姿だけだけど、見るからにはイカれてない。

そう考えると、少し痴漢っぽい理由にしては意外に思わない?

ハゲデブおっさんがぶつかるのは痴漢か、単なるキチガイ理由

さっき言ったアキバ加藤っぽい奴なら、怨恨理由

けど、そのどれとも少し違う。

すんごい言語化しにくいんだけど、コイツはたぶん少し違う。

でもこういう事に及ぶ理由って、

増田にいるような奴はたぶんわかんないし、2chに書き込むやつにも、ニコニコにいる奴にも、ツイッター事件にあーだこーだ言う奴にもたぶんわかんないんだろうな。

増田にぶつかる理由がわかる奴いる?

怨恨だけど、怨恨じゃないんだよ、

コイツが完全に悪いけど、ニュースになるくらい理解されないのがきっと理由なんだよ。

イケてる奴にも、イケてないオタクにも、なりきれなかった奴ならぶつかる理由がわかるかもしれない。

イケてる奴みたいに、女に相手にされた事がなくて、女が憎くて、けど、イケてないオタクみたいに「俺非リア充w」だし、だなんて開きなおれる程じゃなくて

もうどうしたらいいかからなくなって女にぶつかるんだよ。

モテる奴なら「モテない男か痴漢目的だろうな」とか「やばwキショw」って思う

いや、違う。

よくあるオタクみたいにコイツは「童貞からw」って開きなおれなくて

リア充にも非リア充にもなりきれなくて、ぶつかるんだよ。

女に対して恨みきる事も、諦めて開きなおりきる事もできなくてぶつかるんだよ

どうしたらいいかわかんなくて、ぶつかるんだよ。


な?コレ意味わかんないだろう?

なんていうかな、

コンプレックスってのはさ、夢中が忘れさせてくれるんだよ。

モテるなら、そもそもコンプレックスじゃない。

モテなくても、アニメだろーと、何か打ち込むことがあれば、そもそもモテないなんて結構どうでもいいんだよ

ツイッターとか、はてぶでニュースコメント残す奴いるじゃん。

そいつらって、コンプレックスがあっても外に意識を向ける事ができるから重症にならないんだよ。

だって日大問題について考えてる時とか、政治問題を考えてるときとか、アニメに夢中になってるときって自分モテないとか気にならないじゃん

こうやってぶつかる奴はね、ひたすら思考がいつも内に向いていて、モテない事に開きなおりきる事も、あきらめて無関心でいる事もできなくて

もうどうしていいかからなくて、ぶつかるんだよ

スクールカーストで分類される層にいる奴は幸せだ。

そこに居場所があって、オタクにはオタクの仲間が、イケてる奴にはイケてる奴の仲間がいる。

けど、どこにも分類されない奴は、自分の仲間がいない。

インスタをバカにする奴がいる。tik takバカにする奴がいる。

けどさ、そういう流行ものバカにするのって聞きあきるじゃん。

思考プロセス

本当はインスタをくだらないと思いつつも、自分の見栄えを最大化するためとか、やらないよりはやってる方が

バカにしてる奴らよりはスタバフラペチーノみたいなのをあえてやる方が面白いからインスタをやるかーって思った末にインスタをやる奴がいるとする。

結果は「インスタをやってる」になる。

単純に友達がやってるから、とか、スタバフラペチーノがおいしかたから乗せよう、だけででインスタをやってる奴がいるとする

結果は「インスタをやってる」になる。

ぶっちゃけ流行ものニュース政治家や評論家が口を出すのはダサい大事なんだけど、なんかダサいじゃん。

そいつなりに思うことがあって、いいたい事もあるけど、そういう事を言うのはなんかダサいから黙ってる奴がいるとする。

結果は「ニュースに関心がないように見える」になる。

単純に政治ニュースに興味がまったくないから、口だししない人がいる。

結果は「ニュースに関心がないように見える」になる。

アウトプットが同じに見えて、思考プロセスによってそいつ人間性はまったく違う。

から、なんていえばいいかな。

こいつはアウトプットとしては怨恨でぶつかってるよ、

けど、思考プロセスが単純に女に怨恨があるんじゃなくて、どうしたらいいかからいからぶつかってる。

結果は同じだけど、思考プロセスがたぶん違う。

合ってるかなんてわかんないよ?俺の想像だよ?

けどね、なんの根拠もないけど、確実にそうなんだよ。


誰にもわかってもらえないからぶつかるんだよ。



がんばって言語化しようとしてみたけど、やっぱりできなかった。

ごめん。

なんでもない。勢いでかいたから、ぐだぐだになっちゃった

理解できないだろうしもういいや。

忘れてくれ。


最後

twitterより

#わざとぶつかる人、新宿駅新宿三丁目駅付近にもよく出没する。文句を言ったらお腹を殴られたので、駅の事務室に引っ張っていった。わたしエスカレータを一段空けず、男性の真後ろに乗ったことにムカついてタックルしたらしい。沸点低すぎでは…。警察の話では普通会社員とのことだった。

コイツが「普通の人だった」って言うように

からか様に、ヤバい奴よりも

俺が言うように本当の狂気ってのは、名前がつかないし、人に説明しても理解できないんだ。



以上、彼みたいに実行には移さなかったけど、何度も言葉にできない気持ちから女にぶつかりたいと思った事のある俺からでした。



追記

ぜんぜん関係ないんだけど、なんかバズったし俺がみんなに読んでほしい小説宣伝させて

ぶつかりたい奴って、こういうメンタリティに近いのかなーみたいな

http://bunshun.jp/articles/-/3526

当たり前なんですが俺は作者さんとかじゃないし何の関係もないです

2018-05-24

悪質タックルという表現は何かがおかし

自分の全体重を乗せて相手に組み付く、この暴力以外の何物でもない行為に対して「悪質」という形容を装飾する意味があるのだろうか?

「頭が痛む頭痛」と同じ類のトートロジーではないだろうか?

これが善良なるタックルなら分かるのだ。

たとえば、交通事故に合いそうな人間に組み付いて吹き飛ばしたのなら、それは善良なるタックルと呼べるだろう。

本来他人を痛めつけるだけの行為によって他人を救っているという極めて珍しいパターンタックル表現するために、善良という表現を用いて意味限定するのなら理解できる。

それと比較する文脈においてもまた、悪質タックルなどという言い方は不要であり、普通タックルという言い方で十分その悪質さは伝わる。

あえて通常のタックルより更に悪質なタックルだと言うのならば、最悪タックルや極悪タックルといった表現を使うべきだ。

悪質タックルは「小さい蟻」や「大きい巨人」といった表現と同一の物であり、文学的意味合いや何らかの文脈をもたせて使うならともかく、ジャーナリズム世界で使うような言葉ではない。

2018-04-23

anond:20180420160401

原題グラビティなのは重力テーマからだと思う。地球を描いている映画なのだ

ゼログラビティにしてしまうと、今度は女がテーマになってしまう。趣旨がだいぶ違う。

文学的解釈するよりは、美術作品として評価すべきものかなという気がする。

2018-03-30

anond:20180330145915

どっちも重要だろ。

人物を描くことすなわちストーリーを紡ぐこと。

物語を描くことすなわちキャラクターを立てること。

あえて俗流解釈するにしてもむしろ文学的ものほど人物に寄り添って内面を描こうとするもんだけどな。

2018-03-07

増田文学」ってなんなんだ

いたことはあったが一部の人ネタで言ってるものだと思ってた

だけどホットエントリちゃんとしたジャンルとして「増田文学」ってでてきた

なんだこれ

文学的エントリというならともかくただの増田ばかりだ

2018-03-06

僕が19歳の頃に書いた文章が出て来た。

引越しの為、部屋の整理をしていたら僕が19歳の頃に書いた文章が出て来た。恐らく、何かの評論を読んで感想を書いたのだと思うが、日本語として意味が通らない所もあったりして、言いたい事がイマイチからない。増田たちは分かる?

近代、近現代合理性客観性を追求する時代は過ぎ、相対主義時代がやってきて、コトバは「〜のである」「よって」「かつ」などの主体性主観感情を取り戻そうとする。

合理的客観的文章伝統として歴史に刻まれ、もう一度「(第二の)言文一致」が起こっているのではないか? いわゆる"ラノベ"的な文章である

記号の組み合わせ顔文字表現したり、終助詞・間投助詞の多用、またより口語に近い「〜っていう」「わ」など…。

これは言葉使いの乱れではなく、時代を取りまり思想・考えが言葉に表れてきたものではないか?私はいつか新口語文の天才(ここでは文章力文学的意味での)が現れると確信している。2012年8月30日(木)

2018-02-20

星新一のこと

wikipedia星新一の項目を見てたら、死後出てきた大量のメモインタビュー記事をもとに、星新一という人の人柄を追求した本が出版されていたらしい。

2007年平成19年)、死後10年目にして、星が残していた大量のメモ類と130名余の関係者へのインタビューを基にした最相葉月の大部の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)が刊行され、「ひょうひょうとした性格」と思われていた星の人間的な苦悩や「子供向け作家」と扱われていることへの不満、家族との確執筒井など後輩作家への嫉妬などが赤裸々に描かれ、従来の「星新一」像を覆す内容で衝撃を与えた。また、この書では初期には直木賞落選名誉と受け止められるほどハイブロウ存在として遇され、安部公房純文学SF両分野で評価されていた)のライバル心をかきたてるほどであった星が、後に大衆に広く受け入れられるに従って文学的評価が伴わなくなってきた変遷も描き出されている。

ってことらしいんだけど、あんまりじゃない?!

私的メモ勝手に見られたうえ本にされて暴かれるなんてあんまりだわ。没後100年の純文学作家ならともかく10年よ?

しかも飄々としてたってことはそういうの隠したい性格だったんだろうに。自分なら祟るわ。エス氏かわいそうだわ…。

2018-02-19

小説"火花"が素晴らしい文学作品である理由

火花出版されてから3年近く経ったようだが、読んでみた。

結果、素晴らしい文学作品だと感じた。その理由文章にしたくなったので、筆をとってみる。

まず、僕が思う"文学"という言葉意味を紹介したい。

文学という言葉は広く使われていて、人によって認識が異なる。

また、文学意味定義認識していないのにも関わらず、「文学香りがしない」などという人がいる。

自分スタンスを明らかにせず、批評するのは誠実ではないと思う。

僕は"僕の文学"を明らかにして、火花を絶賛したい。

僕の文学定義は「個たる人間の根源においてその社会世界宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」だ。

ゲド戦記 影との戦い岩波少年文庫)のあとがきから頂戴した。僕が思う文学を一番的確に表す言葉だ。

この言葉の補足をしよう。

文学に置いて、個人主義思想は最も重要トピックの1つだ。

夏目漱石私の個人主義を読んだ事がない人は読んで欲しい。定義では、「個たる人間」で表現している。

個人主義思想を得た人間社会世界と衝突する。

文学の1ジャンルである教養小説において、それは顕著だ。

教養小説は、簡単にいうと若者社会の壁にぶつかりつつ、自我に目覚め、他者を認め赦していく小説だ。自己形成小説とも言われる。

社会世界とのつながりを全体的に把握」「人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」とは上記のような事を指している。

宇宙との繋がり」は説明が難しいので、省略する。

"火花"は「個たる人間の根源においてその社会世界宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」にあてはまるだろうか?

答えはYesだ。

実例を出して説明する。

文章文庫火花文庫版が手元にあるので、ページ数はそちらを参考にして欲しい。

・21P

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まりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。

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神谷さんの生きる理由。そして人間である意味を表す言葉だ。

堕落論坂口安吾)では、"生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか"という言葉がある。

神谷さんは"生きよ堕ちよ"を実践した人だ。

社会の通例に囚われず、自己を見つめた人だ。

・60P

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確固たる立脚点を持たぬまま芸人としての自分形成されていく。

その様に自分でも戸惑いつつも、あるいは、これこそが本当の自分なのではないか右往左往するのである

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夏目漱石私の個人主義やそれに関する作品群を思い浮かべた。

火花徳永自己形成物語だと思った。

その自己形成に、神谷さんが深く関係している。

・153P

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神谷さんから僕が学んだことはことは、「自分らしく生きる」という居酒屋の便所に貼ってある様な単純な言葉の、血の通った劇場実践編だった。

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徳永個人主義思想を得た事を示す言葉だと思う。

・155P

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もし、世界漫才師自分だけやったら、こんなにも頑張ったかなと思う時あんねん。

周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつらがやってないこととか、そいつらの続きとかを俺たちは考えてこれたわけやろ?

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神谷さんの社会世界との繋がりを認識させてくれる言葉だ。

そして、文学的意味での繋がりを感じさせてくれる。

彼は実生活ベースでの繋がりについては、きちんと認識できない人だ。

生活ベースでの繋がりとは、社会ルールなどを差す。

物語後半、神谷さんはジェンダー論を刺激する様な行いをして徳永に怒られる。

火花は、文学的意味人間的だが実社会に馴染めない神谷さんや、芸人社会を中心とした現代日本社会を通して徳永自己形成する物語だ。

ここでいう自己形成とは、神谷認識していた文学的な繋がりと、実社会における繋がりどちらも差す。

現代日本舞台社会と折り合いをつけつつ「自分らしく生きる」事を示してくれた。

そんな価値提供をしてくれる傑作なんだ。

2018-02-15

遊具で遊ぶ僕をやさしく笑顔で見守ってくれてたのにあれは嘘だったの?

というある種文学的な話だった

本来意味マザコン

2018-02-07

ゆるい曲である限り名曲にはなりえない

あなたが思う名曲は何?と問われてゆるい曲を挙げる人がいる。ああいうのはやめてもらいたい。

名曲にはやはり序破急必要なのだドラマチックなメロディーこそが聞くものを圧倒する。もちろんゆるい曲調でも文学的歌詞メッセージ性の強い歌詞ならば名曲たりえよう。

メロディー歌詞もゆるい、そんなのでも個人的に好きな曲はたくさんある。肩のこらない良い曲だ。でもそういう曲は個人で楽しむものであって、だれかに名曲として紹介してほしくはないのだ。

2018-02-04

なろうラノベを始める前に挫折

俺オッサンだけど、ラノベって憧れるんだよね。

10数年前にはケータイ小説というもの流行して、その程度の低いデタラメ小説ネットオタク達は嘲笑っていた。しかし数年後にはケータイ小説と似たような程度の低い文章カジュアル劣化アニメみたいなライトノベルがどんどん増えていった。

アニメばかり見てる奴が書いた「漫画イラストも描けないか小説で僕の考えた最強の妄想を!」という怠惰な下心が透けて見えるほどの薄っぺらライトノベルは、嘲笑すべき低俗小説に過ぎない。

 

…いやでも俺そんなのが結構好きなんだなw。

低俗妄想でも、その作者の面白いと思うものが詰め込まれラノベは魅力に満ちている。

中身や質を捨てても内容がガバガバでも、その作者のフェティシズムに全力を注ぎこんだ文章には駄菓子のような問答無用面白さがある。質より甘さ、安くてうまい

全く高尚ではなく、むしろ俗の極み。だからこその面白さ。

ラノベにはそういった俗な魅力があると思う。

 

ケータイ小説に似たような低俗文章も、また魅力だ。

文字数行間文学を詰め込む苦労をいなくても成立するカジュアルさ。

執筆モチベーションの全てを文学的表現ではなく書きたい事だけに集中できる気軽さ。

本質のみに注力できて、高尚な事を書かずとも良いという、俗ゆえのメリット

そういったラノベ世間に少なからず受け入れられているという事実

 

ラノベといえども「創作」だ。クリエイティブな事だ。

創作には苦労が付きまとう。どういった創作であっても完成させる事は困難だし、完成させても評価される事は稀だ。それでも創作し続ける者にしか日は当たらない。

例えばラノベ投稿サイト作品をUPしても概ね9割は殆ど人目に触れないのだそうだ。俗な文章世界でも成果を得るのは困難を極める。

それでもラノベを書く事には価値がある。マスターベーションだ。自慰快楽を伴う創作が許容されているなんて素晴らしい事ではないか

 

俺オッサンだけど、そんな感じで時間のある時にシコシコとラノベを書き綴っていた。

から「こまけぇことはいいんだよ」と割り切って書くラノベ執筆のなんと楽しい事か。

昨年8月から書き始め、ある程度の段落が揃ったので、そろそろUPしようかと思って「なろう」の投稿の仕方とか調べていたところなのですが。

 

…なんだか俺の書いたラノベと似通ったアニメ放送されている!

いまからUPしてもパクリと言われかねないほど設定とか似ている!

こんな事なら完結の目処が立たないうちからさっさと公開していればよかったと後悔しながらお蔵入りとなった自作ラノベは書きあがる前に挫折したのでした。

 

侮っていたけど難しいもんだラノベって。

2018-01-17

「この地球で作られた作品だ」がすでにネタバレだよな

まず、地球人理解できない概念の登場は作品内の3割が限度だと予想できる。

それと書かれている言葉地球で使われているものか、地球人に解読可能造語だと解る。

そしてその表現文学的な要素や、言葉の響きは地球人理解可能ものであろう。

主人公などの主要なキャラクター地球上の自然文明社会による産物・ないしは地球人想像する霊的な何か・もしくは地球人想像力が及ぶ範囲宇宙的な何か、であることが推察できる。

ネタバレ要素多すぎでしょ。

2018-01-05

anond:20180105231052

真摯な回答ありがとうございます

黒人差別問題リアリティがありキモくて金のないおっさん差別リアリティがないというのは私からはとても不思議に思えます

仮に現状のまま私がキモくて金のないおっさんとしてメディアアピールしたとしても「お前より悲惨待遇人間などいくらでもいる」

(実際にそれは一定事実性はある以上完璧な再反論は難しいでしょう)などと

バッシング嘲笑の餌食になるだけの可能性が高く

また現代蟹工船を書くような文学的手法による訴えは個人的能力問題から難しいと考えています

自分にできることは当面はネットで地道な活動を続けることだけなのかもしれません

2018-01-01

ブログを探している。

頻繁に更新される。

文学的ブログ

発信するよりも内に向かって語られているブログ

何かないかな?

2017-12-27

ディスティニープランみたいのが欲しい

的中率80%程度でいいから適職を知りたい。

システムが80%を外したので俺の青い鳥は逃げてしまった、という事なら今の人生にも納得できそうだ。

俺が今の人生に納得できてないのは、自分デタラメ直感に頼って適当に生きてきすぎた結果、今ここで俺が人生を公開してるからだ。


折角だから暇なら少し話を聞いてくれ、「暇じゃないから聞かない」ってコメントをして帰ってくれてもオッケー。お帰りはあちらにある「B!」のボタンからどうぞ。

さてと、まずは自己紹介だ。

俺は昭和が終わる少し前に生まれた。少し前ってのが曖昧な言い方になってしまうが、これは文学的であろうとしているのではなくて実年齢を完全にはバラしたくないだけだ。

職業公務員をやっている。

性格最近流行りの「クラスで浮き続けて生きてきて、会社に入っても浮きっぱなしの、発達障害可能性が高そうな奴」だ。

子供の頃の夢はゲームプラグラマー(時期によっては小説家)。

今の夢は何か知らんけど突然お金持ちになってニートになること。

今までに作り上げたゲームの数は入門レベルSTGが2つぐらい。

書き上げた小説は0。

特技は無いけど職場でたまにタイピングの速さを褒められる。パソコン先生ごっこを頼まれることはあるけど、基本的に役に立てないので3回目ぐらいで頼まれなくなる。

趣味アニメゲーム漫画インターネット

典型的と言えば典型的タイプ

雑に見積もって日本人の100人に1人ぐらいはここまで自分とほぼ一致してるんじゃないかな。

将来の職業を決めようとしたことが人生で何度かあった。皆そうだし自分もそうだ。

13歳のハローワーク大学学部選び、就活本番、就活に失敗したあと再出発する時に模索した道。

最初の頃、自分IT関係仕事に就こうとしていた。

子供の頃の夢はゲームプログラマーとさっき書いたたけど、子供の頃は割りと本気でそれを考えていた。パソコンを実際に買ってもらうまでは。

自分プログラムをやっていた時期は3回ある。

まず中学生の頃、パソコン部に入ってゲームを作ろうとした。でも実際はほとんどダベって終わった。その頃に部室にあった本の内容をそのまま手打ちして作った文字通りの入門用STG人生で1つ目のゲーム

次に高校生の頃、パソコン部にまた入って今度はちゃんとゲームを作ろうとした。駄目だった。自分もやる気なかったし周りもやる気が無かった。それでも何かを作ろうと空回りしながら一本作り上げたけど、ほとんどがネットから持ってきたコピペコードスパゲッティキメラで、ゲーム内容も実につまらなかった。そして自分は、ゲームプログラマーになることを諦めた。

だって自分と同じぐらいの年齢で面白いゲームを作っている人が沢山いることを、ネットを通して嫌でも知り得たのだから。彼らの中には小学生の段階でゲーム作りをしていた人もいる。初めて1年で凄いゲームを作る人もいる。自分は合計で4年ぐらいパソコン部にいて、作れたゲームはショボいし、プログラムに使った時間の合計なんて下手すら100時間あるかどうかのレベル。熱意という点においては微塵も才能がなかった。そして、生まれ持った熱意が低いなりにプログラムに没頭できるような数学方面への才能も無かった。とにかくプログラムはよく分からなくて、苦痛だった。ただゲームプログラマーになってみたかったという夢の名残、ある種の意地が少しだけあって、それに他人を巻き込んでクソゲを作っただけ。それを目の当たりにして夢を諦めた。キラキラ業界だけあって、好きでないならやってけないほど辛いだろうなって気がしたしね。

ゲーム方面は諦めたけど大学IT系に進んだ。IT系という括りの頭の悪さから分かるように、今でも自分ITをよく分かってない。その程度の大学に進んで、その程度のことを学んだ。大学のせいというよりも自分のやる気が足りなかったんだけど。

IT系に進んだ理由は、「コミュ障でもできそうだから」「今ITブラック話題から、逆に自分就活する頃には反転してホワイトになっているのでは」「職場プログラム覚えてそれからゲームプログラムに再挑戦すれば一石二鳥じゃん」とか。全く理由がないよりはマシに見えて、実際は一見何も考えて無さそうに見える奴より何も考えてない。意識だけ高い系。

そして自分大学を出て、就活の時になってもIT系ブラックだという噂が絶えなくて、噂を聞いてる内に怖くなって、公務員になろうと思った。

何で公務員になろうと思ったんだろう。

多分、IT系不安定 というイメージの逆を全速力で駆け抜けたかったんだと思う。

ルーチン的な業務を求める気持ちもあったんだろうな。

そう。自分には正しい情報収集能力がなくて、ネット回線の向こうから仕入れることが出来るのは噂話だけだったんだ。


そして、公務員試験に落ちた。

面接グダグダだった。

点数を調べたら笑っちゃうぐらい低かった。

民間は数社しか受けなかった。

面接で失敗しているうちに何だか消えてしまいたくなって、このまま就活を続けたら頭がおかしくなって大学も出られなくなるって気がしたので、とりあえずは大学を出ることだけを頑張ることにした。

うそう、卒論をやっている時に人生で3回目のプログラムをする機会がやってきてたんだ。

卒業必要単位という餌をぶら下げられてのプログラムプログラムを書いて報酬がもらえるシチュエーションIT系に向いてるかどうかを試す良い機会だ。そして、何度もめげかけて、お情けで卒業して、自分はやっぱりIT系は駄目なんだなという確信を得て、大学を去った。

その後はダラダラと公務員試験浪人をして、たまたま相性のいい面接官にあたって公務員になった。

公務員仕事ルーチンワークじゃなかった。

仕事をちゃんと教えてもらえることもほとんどなかった。

何だか全てが曖昧何となく前例主義の積み重ねの成れの果てだった。

エクセル方眼紙体裁だけはシッカリしている事が求められるのに、中身に関しては大分大雑把な世界だ。

書類形式がちゃんとしていることを優先するあまりに、他の多くが漠然とされすぎていた。

そのくせ、書類形式が整っているというのはどういう事なのかということに対してすら、明確な定義前例主義の中に埋もれていた。マニュアルなし。根拠文書曖昧スパゲッティの中で腐りかけ。根拠根拠は多分だけどフィーリング

仕事をしているとたまに【伊集院光によるお祓い説明ハチを箱に入れたか危険だと吹聴して噂に尾ひれがついてから回収するとき駆除料をせびるあの話だ)】を思い出す。

自分がやっている仕事はまさにそれなんじゃないだろうか。

自分がやっている仕事は何かを生み出しているのだろうか。

右から左に何かを運んでいるだけの仕事、それも、それを運ぶことに意味があるのかどうかすら曖昧仕事なんじゃないだろうか、時折そんな不安がよぎる。

そういう時に、民間企業であったのならば「お金が入るならそれでいいんだよ」と言い張れるんじゃないだろうか。

たとえ仕事意味を感じなくても、その仕事で身についた技能が他の会社で応用できるのなら、そのために頑張ろうと思えるんじゃないだろうか。

公務員仕事は、その職場を出たら使えない。

何の役にも立たないだろう。

謎のルールに従っている集団の中に混じって、そのルールを一緒に真似するごっこ遊び意味はあるのか。

マナー教室と称して、自分たちバラまいたアンチマナー地雷回避方法を教えている集団と大差はあるのだろうか。

自分はこの仕事に向いていないという不安がいつも付き纏う。

ならば、どういう仕事が向いているのか。

それが全くわからない。

表題はそういうことだ。

80%の的中率でいいから何者かに自分の適職を教えてほしい。

そしてその適職当てをしたシステム責任転嫁をして生きていきたい。

自分が、噂や印象に振り回されて意味の分からない道を迷走した果に人生まるごとを迷路に投げ込んでしまったなんて事実を目の端に入れて生きていくのにはもう疲れた背中を向けてしまえば、むしろ見えなくなった事で不安が増すのだ。目の端に入れておくのが一番楽なのだ。でもそれは比較的楽なだけで全く楽とは言い難いのだ。



寝る時間なのでこの辺で切り上げる。

「ああ全くお前は実に公務員向きだよ」とブコメしたい方はあちらの「B!」のボタンからどうぞ。

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