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2021-05-09

anond:20210509224558

なにで怒ってしまうのか、が重要だと思う。

それは、不正解だったから?

宿題をする態度が悪かったから?

はやく答えを出せなかったから?

不正解だったからなら正解まで手ほどきすべきだし、態度が悪かったのなら怒らずに叱ったほうがいい。はやく答えを出せなかったのなら、それは子供勉強の仕方や慣れの問題かもしれないから、怒るべきではない。

何にせよ、怒ってしまうと、子供宿題=怒られるもの認識して勉強自体が嫌いになってしまうだろうと思う。

2021-05-08

義務教育が成長しなさすぎててワロタ

今年中学になった子がいるが

・このデジタル時代にもかかわらず、相変わらずの教科書利権すごいな。「子どもには重い教科書を背負わせて成長曲線を緩やかに!かつ苦痛を味わせるべし!」みたいな二宮金次郎崇拝でもあるのかと思うレベル

宿題無理やりやらせてると本当に勉強嫌いになる可能性見えてます?(あっ、そもそも奴隷勉強きじゃなくてもいいのか)そしてスクールGIGA構想で一体何がしたいんすか?SDGs掲げてるんだったらもうちょっと多様的用途あるでしょ?(そうか格好だけでやってんのか〜現場大変だしね〜)

・「連帯責任」という大義名分を掲げ、同調圧力を煽るなよ

・人様の子どもに主観的評価を下す内申制度、まだあるんですね?笑っちゃいます

ここまで書いても腹立たしいけど、文科省経産省仲良くやってるくせにこれは酷いわ。イーター計画ムーンショットなんかぶっ飛んだ構想掲げているくせにこれはあんまりじゃないの。相変わらずの「奴隷教育

考えるな!従え!!

そしてよき駒であれ!!

(我が子には、無理だとおもったら直ちに抜けろと伝えてある)

追記

予想通りゆだぼんアンチ沸いててワロタ

もっと真面目に言うと、支配構図が変わらない限り日本公教育はまず良くはならない。これが分からないなら話にならない。おそらく大多数はこの話の意味すら分からんだろう。可能なら親(自分)がかけられるだけの金を子ども投資するもよし、(但し将来見返りがなくても子どもを責めるなよ)支配構図の影響が出来るだけ及ばない生き方模索するもよし。ちゃん自分の頭で考えましょう。

2021-05-05

anond:20210505164932

宿題したくなくてお腹が痛い

宿題の質によるね。

単純な漢字計算を嫌がるのはいけないと思う。

2021-05-02

anond:20210502103959

学生荒らしている まちがい

学生はいつもヒマだからいつでも荒らせる たしか

つうか休みの日は宿題学生は忙しい たしか

休みの日がヒマでいつも忙しい人が荒らしてる たしか

まり荒らしているのはブラック企業に勤める負け組社会人 なるほど

2021-05-01

[]BS1スペシャル「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~」

プロフェッショナルよりは面白かった

ナレーションなしでうまく本人とかまわりの人間言葉でつないでてよかった

ただ、やっぱり毎日完全密着というわけでもなかったのと、

特に後半コロナになってからはかなり時間が飛び飛びになったのが残念だった

前半の鬱屈とした行き詰まりをどこで打破して制作が動き出したのかが結局よくわからなかった

プロフェッショナルとの違いでとくによかったのは、故郷山口取材シーンが追加されてたこ

同級生と話したり、中学美術先生と話したVTRが追加されてた

宿題で絵をかけっていったらマンガでもいいですかってきいたうえでヤマトの絵をかいてきたってこと

もうおじいちゃん先生になってたけどいまだにおぼえてるほど印象深かったんだなって

コンテも電線電柱カットをやたら入れたりしてた

でもうざかったのはBGM

エヴァへのオマージュクラシックを冒頭に入れる程度ならいいけど本編でもちょいちょい入ってくるのがすごいうざかった

入れるのはいいけどもっとボリューム落としてほしかった

BGMのせいでインタビューのボソボソ声が聞き取りづらくなっててかなりイライラした

bgm自体もそこまで盛り上げたりとか効果とかあんまなかったし

終始BGMなしでよかったのに

イントロクラシックed残酷な天使のテーゼだけでよかった

あとはこれはプロフェッショナルときからあったけど、エヴァ終わったら即次ってのがまじですごいと思った

ぶっちゃけカネだけ考えるならもう何もしなくていいくらいなのにそれでもやるってのがほんとすごい

クズみてえに消費するだけの俺みたいなオタクとはそこがケッテ的に違う

2021-04-29

スマホレポート作成提出してくると聞いて驚いたことはないか

イマドキの一部の学生スマホレポート作成提出する。
少し前まではスマホパソコン代用とするなど鼻で笑われたものだが、鼻で笑うオジサンバサンの反応をよそにイマドキの一部の学生スマホの小さな画面でレポート作成し提出してしまうのだ。

それと似たようなことがChrome OSが注目される今現在で起きている。オジサンバサンたち曰くChrome OSWindowsMac代用とはならないそうだ。
Chrome OSには○○がないし△△が出来ない。スマホときにも似たような主張が聞こえてきたが、次の時代を担う新しい世代スマホレポートである

今回偶然にもChrome OS日常的に利用する若い世代接触する機会を得た。
笑ってもらいたいが切っ掛けはウマ娘である。なんとウマ娘プリティーダービーのAndroid版はChrome OS動作するというのだ。
DMM版では面倒くさかったウィンドウ周りの仕様スマホのローテーション仕様完璧サポートされておりDMM版よりも快適で、しかChrome OSノートパソコンタブレット選択肢豊富にあるのでウマ娘に最適だとのこと。

Chrome OSウマ娘プリティーダービーが向くことはわかったがコチラの興味は「なぜChrome OSを常用するのか?」に注がれる。
若者は言う「ウマ娘だけじゃないんですよ。スマホと同じアプリパソコンで使える。これはすごく便利です」と。
「ツイもインスタもディスコスマホと同じものが動く」のように略語を連発され思考フリーズ仕掛けたが、なるほどこれは若者に魅力的かも知れないと感じ始めた。

正直に言えば、スマホレポートなんて老眼足音が聞こえる自分には拷問だとしか思えないが、若者スマホレポート作成してしまうほどスマホへ慣れ親しんでいるわけだ。
いつものアプリがいつものとおり動くというのは若者にとって価値あるものなのだろう。自分会社だっていつもの書類をいつものFAX送信しているし、慣れ親しんだものを変えるというのは非常に億劫である

レポートGoogleスプレッドシートドキュメント友達とボイチャしながら共同編集してやってます
「は?共同編集!?えっじゃあ何?1人でうんうん考えないで皆で宿題やってるってこと?」
「そうですね。Chrome OSGoogleなんでそのへんの相性も良いです。講義ノートドライブで回ってきますよ」

唖然とした。自分ボキャブラリーでは唖然という言葉しか選択できない。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
諸君、信じられるか?レポート、いや格好付けた言葉遣いをやめよう。イマドキの若者宿題ネットで共有し手分けしてやってるんだぞ?あの宿題をだ!

Chrome OSWindowsMac代用にはならないなんて主張で止まっているオジサンバサンはよく理解すべきだ。
イマドキの若者Chrome OSWindowsMac代用として使ってない。そんな段階はとうに過ぎてイマドキの若者Chrome OSChrome OSとして使っているのだ。

Apple信者たちよ「MacWindows代用にはならない」なんてことを言われたら鼻で笑うだろう?MacMacであってWindowsじゃないと言い返すだろう?
イマドキの若者にとってChrome OSはもはやその段階なのだスマホアプリも動かないWindowsMacみたいな不便なものでなくスマホアプリが動く便利なChrome OSを使いたいという域に達してしまっている若者一定数居るのだ。

Chrome OSを使えとまでは言わないが若者が支持し始めているChrome OS評価を改めないことは、FAXを使い続ける企業を鼻で笑う資格などないのではと思わざる得ない。

anond:20210429031232

ホンマせやな、ワイらには、「8月31日に宿題ぜんぶやる!」イズムが父祖の代からもーDNAレヴェルで染み付いとんのやなァ(哀)

2021-04-27

anond:20210427182111

出るのが難しいのは「大学院」。

新井紀子でも博士号落ちた。

出るのは簡単なのは学部」。

アメリカ学部が難しいってのは1970年代の話だろう。あの時代日本は中卒でも息してたからね。


大学院は本当に難しく、紙ぺら一枚の「修士」でやめる人が普通にいる。

宿題をめちゃくちゃに出しまくるため、すぐギブアップという人もまだいる。

よく、アメリカ学部はすぐやめる人が多い、とかいうのをきくが、それはもう50年前の話ではないか

学部ギブアップなんて聞いたことがない。

2021-04-26

切迫早産で入院した話

ほぼ愚痴です。

妊婦健診行ったら切迫早産と診断されて1ヶ月ほど入院してたんだけど、あれって退院するまで24時間ずーっと張りどめの薬点滴するんだよね。

次の日の尿検査で尿糖出たか糖負荷試験もやらされたら妊娠糖尿病判定も出てしまってダブルパンチで泣いた。

そこから血糖値1日7回測定する羽目になり入院中の唯一の楽しみだった食事もしょぼいのに変えられて精神崩壊すると思った。

中々血糖値下がらないから分食になったけど、そもそも動いてないかお腹空かないから2回目の食事なんてほとんど食べられなかったし。

何回も血液検査するしなんか太い針で注射されたか注射の痕がしばらく残っている。ついでに点滴の痕も。

注射針が太いと言われたのは看護師さんから。言ってくれなかったらそもそもいかどうかも気付かなかった…)

安静命じられてるからシャワーは1日2回、トイレ以外は基本寝たきりで暇すぎてやる事なさすぎてスマホしてるかタブレットで本読んでた。

大部屋の真ん中で外も見れないし、コロナで面会禁止から病室はずーっと静かで、同じ部屋の人とも全く話さないまま、とりあえず正期産迎えたので退院した。

ていうか点滴外したら血糖値下がりまくってて笑えるんだけど、なにこれウケる

自己測定器は入院から同じ機械で測定してるけど圧倒的に自宅で測定する方が低いんですけど。

大体妊娠糖尿病引っかかったのも点滴してたらブドウ糖ずっと注入されて血糖値上がるのも当然だし、尿糖だって入院したストレスで上昇したんだから医療関係者の夫と話しててたんだけど、滑稽過ぎて馬鹿らしくなってきたので今適当に過ごしてる。

そもそもうちは玄米ご飯小麦粉古代小麦全粒粉使って、野菜ふんだんに使った徹底的に糖質オフ食事作ってたし、普段生活血糖値上がりようがないんだよ。

夫婦両方の家系にも糖尿病の人いないし。

本当に馬鹿らしい。

なので余計に何で検査引っかからなければ良かったと思ってずっと悔しい思いをしている。

これに加えて血圧毎日測れだの胎動チェックしろだの提出する宿題が多すぎてやる気が出ない。

しろ管理されまくってる状態ストレスでこっちが妊娠的に悪いのではと思うんだが。

後もうちょっとの辛抱だから何とかやり過ごしますけど。

(余談)

トドリン48時間以上の点滴投与効果について医学エビデンスはなし、内服は副作用の方が問題欧米では使用中止勧告が出ている話を見つけたので驚いた。

2021-04-25

みんななんのために生きてるの?

最近ほんと楽しいことない 4月から社会人なったけど、一気に人生拘束されてる感 自分のものじゃなくなったみたいな感じ 

熱中できる趣味はない、土日もすることないし

恋人もいないし

8/31まで宿題やらないけど宿題のことが気になってはいるみたいなタイプから、なんだかんだ勤め人が向いててフリーランス向いてないだろうし

anond:20210424185039

これはもう当事者じゃないとわからんと思うわ。

うちもこれほどひどくはないけど、学校行けんかったことあったから。

外野ときは、親の対応が悪いんじゃねーか、学校対応もまずいよねとか、好き勝手言って批判できたけど、

いざ当事者になるとオタオタすることばかりだったよ。

発端の娘さんの件だって、なかなか担任が原因って疑うってできるもんじゃない。基本的には担任といい関係信頼関係を築きたいと思ってるわけだからね親は。

ゲーム機バケツ事件だって最悪だけど、わからんではない。

子供不登校って「日常」じゃないわけよ。非常事態なの。

非常事態がずーっと続いてて、それを打開するためいろいろ動いて考えてってやってたら、本当ストレスたまるもんよ。

だって人間からね。非常事態が続いてるとこに体調やら精神状態やらの加減が重なると、何かの拍子にブチって限界越えちゃう時もある。

あきらめてそれが「日常」だと思えばいい、親も一生懸命になり過ぎない方がいい、って思うだろうけど、

そこまで腹くくるにはもがいたり足掻いたりする時間必要なんだよね。

「散々、色々な関係機関への相談や、色んなことをしたけれど、何も出来なかった」

っていうのも実感できること。

うちも散々いろいろ相談したけど、結局決定的な打開策はなかったし、子供時間を待つほかなかったって感じだよ。

何がきっかけで学校に行けなくなったのか、そして行けるようになったのかもよくわからんかった。

その間、違う先生からは「原因がないなんてあり得ない、なにか原因があるはずだ」とか言われたりとかさー、

じゃあどうすりゃいいわけ?どうやって聞き出せばいいわけ?って思っちゃったわよ。そんなん言うんならうちの子と話してよってね。

もうなんか非常事態の間は、自分視野狭窄に陥ってんなーってわかるんだけど、最中はどうしようもないのよね。

今思えば、原因はたぶん一つじゃない、子にも要因があり、親にも要因があり、学校にも要因がありって感じなんだろうけど、

じゃあその親の要因、私は夫はどうしたらよかったのか、どうすればいいのかって、最中暗中模索状態なのよ。

もう一度言うけど、一人で悶々考えてんじゃないのよ?学校にも相談機関にも散々話してるのよ?決して一人で勝手に抱え込んだりしてないよ?この増田もそうでしょ。

スクールカウンセラーには発達障害可能性も提示されたりして、いや違うんじゃないかなーって思いつつ、病院予約する一歩前までいったこともある。

(のちカウンセラーから必要ないと判断されて止められた。幼い頃から見てきても、当てはまる要素がほとんどなかったし。)

でも本当にもう悩みつつも、その状態である子供を受け入れるしかなかったというか。

殴打事件も褒められたもんじゃないし、暴力肯定する気はないけど、結果的には決定的な打開策になったような感じだよね。

だけど、この親子の事例で、結果的に良い方向に進んだってだけで、すべての引きこもり事例に当てはまることじゃない。

こうすれば解決するよみたいなもんがない、いつまで続くかもわからない。先が見えないって本当に地獄だよね。子も親もね。

結局は子供の力を信じて待つしかないのかなーと思いつつ、何もしないで手を拱いてるわけにもいかないし、というジレンマ

追記学習面はどうしてた?というコメがあったので。

不登校以前から算数だけ進学塾に行ってたので、算数だけはなんとか手当てできてた。不登校中も通塾や習い事だけは意欲的だったし。

学校宿題もできる限りやってたし、保健室テストを受けることもあった。担任学習面の心配はしてなかったかな。

中学年だったのでなんとかなってた感じ。理科とか、のちのテストのでき具合見て、あー不登校時に抜けてたところだなと思うこともあった。

高学年とか中学生とかで、塾も嫌がって、勉強もしたくないとかだと、どうしてたかなーとも思う。

2021-04-17

悪くない人生だった

36歳男。

今朝、死ぬ夢を見た。

路上で倒れて俯瞰視点になって誰も助けてくれない。

目が覚めてから走馬灯のように人生を振り返った。

結婚もしてないし女性とお付き合いした経験もない。学生時代栄光もなければ仕事活躍したりもしてない。そして今コロナ職場を追われその日暮らしをしているが、それでも悪くはないなと思えることも多かった。

幼少時に両親が離婚し、母親に育てられた。

2年の時だったか、「お父さんの仕事についてお話を聞いてきましょう」という宿題が出て、俺は母親に聞くしかなかったからそれを発表したら「何でお母さんなの?」みたいになって、教師の大したフォローもなく大泣きしながらそのまま帰った。

その日から不登校になったが、あの宿題の出来は結構良かった記憶

文化祭タイミング教師がうちに来て、文化祭は来ような、みたいな感じになって「ふじまる」という相撲取りの役をやった。あれはイマイチだった。

学校に行ったおかげで山下という親友ができた。読書お笑い趣味が合い、本や深夜の番組を録画したテープを貸し借りした。今でも仲が良い唯一の友達だ。

それから泣かず飛ばず義務教育を終え、なんだかんだあって公立高校に行ったが、2年の時に母親乳癌で亡くなった。あらためて、本当に育ててくれてありがとう母親と出かけた記憶は本当に良い思い出が多い。

叔父の助けを借り、近所の寮付きの材木屋で働き始めた。

特に目立つようなことは出来なかったが、「お前飲み込み早いな」と褒めてくれた人がいたのは今でも覚えてる。

お金がある程度たまったので安いアパートに越してフリーター生活を始めた。

倉庫での仕分け仕事だが、割と評価してくれたのか1年で正社員にしてもらえた。

いうても給料はそんなに上がらなかったけど、人生で初めて認められた実感を得た。

一眼レフを買って写真を撮りはじめた。原付適当場所にいってパシャパシャと撮って、たまに雑誌投稿したりしていたら掲載してもらったことがある。この時も本当に嬉しかったな。

本や映画面白いのをたくさん見れたし、現状でもかなり満足。

増田全然だったな。

一回100ブクマ超えたけど「三大○○」というアンケート系であんまり満足出来なかった。

働いてたのは食品を扱ってる倉庫だったんだが、去年の緊急事態の時に大幅に売り上げが下がって切られた。

今はとりあえずウーバー配達員やってる。

コロナ時代からか、配達先で凄い感謝されることが多く、なかなかやりがいがある。

ま、文字にすると本当に些細なことしかないしこれを小さな幸せ()と笑う人もいるだろうけど俺には贅沢すぎるぐらいの喜びなんだわ。

豊かな暮らし結婚生活に憧れがないといえば嘘になるけど、完全に俺好みにしたワンルームは最高だし俺が作るからあげはめっちゃ美味しい。

人を殴ったこともないし悪いこともしてない。

良くはないけど悪くもない。

明日からも頑張るわ。

2021-04-16

「無理して学校なんて行かなくていい!やな宿題は全部ゴミ箱に捨てちゃえ!」

言うとおりにして子供人生台無しなったら、唆したヤツは責任取れんのか?

anond:20210415222840

文系問題点は成績判定が甘すぎるところ。

バイトインターン就活をしてる時間がないくら宿題レポートを課してトレーニングすべき。

実習や卒業論文卒業試験義務付ける必要がある。

2021-04-11

anond:20210411172421

アラフォーだけど、

人生色々やり残した感もあるし、

嫌でもやらなければならない宿題責任が一杯残ってる感があるけど、

このへんで死んで逃げ切りたいと思っちゃうけど、

そこまで思い切れなくて生きちゃってるけど、

2021-04-10

妻に自覚がない

俺には一応自覚がある。

性格いいわけでも、要領がいいわけでもない。

なので、子どもが怒られるようなことをしても、俺の子からしょうがないなと思いながら甘めに注意する。

おそらく妻にその感覚がない。

子ども宿題しなかったり、準備が遅いだけで烈火の如く怒る。

俺と自分の子どもなんだから出木杉君が生まれるわけはない。

子どものころからちゃんとしてた男なんて見たことない。

2021-04-07

男女の幸福度格差の正体と、それを解消する方法

俺はもっと家事をしたい。家事労働はヒトを幸せにする。掃除洗濯や修繕や調理を通じて、また、傾聴や会話やスキンシップを通じて、妻や子どもに尽くしたい。それこそがヒト(俺に限らない)の幸せに直結することだからだ。

幸福は「与えた」愛情で決まる

ヒトは群れで生活する動物だ。他の構成員ケアし、食べ物を分け合って一緒に食べることに幸せを感じる。これは本能だ。また、ヒトは子育てする動物だ。同じ性質を持った他の生物と同様、子育てに喜びを感じるようにあらかじめプログラムされている。

ベンジャミン・フランクリン効果(助けた相手のことを好きになるという認知的不協和)も無視できない。手がかかる子ほどかわいい、という結果は、手をかけたという事実が生むものだ。家族に尽くせばつくするほど、家族への愛着は深まる。

幸せというのは、受け取った愛情で決まるのではなく、与えた愛情で決まる。愛されているか幸福なのではなく、愛しているから、愛を表現しているか幸福なのだ。実際に手をかけて、家事をし、話をし、食卓を囲むことで、そのように愛情を行動に移した者の幸福度が上がる。家事はその担い手幸福にする。

男性家事育児事実上の制限を受けている

しか現実、俺の家事負担は小さい。週にわずか6回、土曜の昼食から月曜の朝食の調理(買い出しと後片付けを含む)を担当しているのと、家や家財や車や自転車などの修繕全般担当しているほかはすべて手伝い程度で、家事らしい家事は何も担当できていない。俺が長時間の賃労働に縛り付けられているためだ。

家事だけではない。育児限定的だ。子どもの世話をしたり、子どもとともに食卓を囲んだり、さまざまな話をしたり、勉強料理スポーツを教えたり、宿題を手伝ったりといった、育児にかかわる時間の大半を賃労働に奪われている。これもまた、俺のヒトとしての幸福を大いに損なっている。

本邦の男女には世界一幸福格差女性幸福度が高く男性のそれは低い)がある。これを男性視点説明するなら、賃労働負担の大きさと、家事参加の少なさという両面が原因だ。とりわけ家事の少なさは重大だ。我が国男性世界一家事をしない。多くの男性幸せを賃労働に奪われているのだ。

男性が恒久的に時短勤務やパート勤務をする道は狭い

我が家結婚当初は、夫婦両方がフルタイムで働きつつ、平等家事を分担し、夫婦の両方が幸福を感じていた。だが子どもができて夫婦で話し合った結果、俺がフルタイム労働さら残業を増やして家計を支える中心となり、妻はパートタイム労働兼業主婦になることにした。

俺がパート主夫になる案も真剣検討したものの、却下せざるを得なかった。理由は、当時30代前半だった俺が昼間にパートまたは時短で働けて、家から近い職場がないことだった。ジェンダー平等を実感したのはこのときだ。オッサン兼業主夫になるのは非常に難しい。

結果、俺は大半の家事を妻に任せ、ごく一部しか担当できなくなってしまった。うちの場合家事全般について妻より俺のほうが得意であるあくま自己評価だが)にもかかわらず、だ。逆に、賃労働能力は俺よりも妻の方が高い(と俺は思う)にもかかわらず、彼女フルタイム労働を失った。

俺は、この国のジェンダー平等を恨んでいる。俺を賃労働に縛り付け、家事子育て(つまり俺の幸福)を奪ったからだ。

また、ほどよく分担できていれば、家事労働はそれをする者を幸福にする。だが、過分に割り当てられてしまえばそうも言えない。俺の妻はそれほど家事全般が得意でないにもかかわらず大半の家事負担しており、せっかくの家事労働の多くが単なる面倒なタスクになりがちだ。これは幸せなことではない。

ジェンダーギャップ労働問題に過ぎない

ジェンダーギャップ幸福格差不公平家事負担、結果としての男女の賃金格差などはすべて、要するに労働問題だ。男女で賃労働家事を公平に担当しにくい現行制度に原因がある。なので以下のようなことを強力に推進すれば、諸問題はすべて(少なくとも我が家が抱えているものはすべて)解決する。

意識アップデートでは男女平等は実現しない

俺は「意識アップデート」だの「意識改革」だのというものには期待していない。そんなものに期待していたら、ジェンダーギャップ永遠に解消しない。なぜならジェンダーギャップは、制度的な介入をせずに放置していれば自然に拡大していく性質を持っているからだ。

これは良い悪いの話ではない。生物としての自然本能と、適応の結果に過ぎない。

まず女性上昇婚志向がある。これは世界中のどんな社会にもあるものだそうなので、生物としての本能と言える。より多くの資源を獲得する能力を持つオスに魅力を感じることは、生物としてまったく自然だ。そして、ヒトのオスがそれに適応しようとするのもまた本能であり、生物としてまったく自然なことだ。

ただし社会全体でこの本能適応すればするほど、ジェンダーギャップは拡大する。女性上昇婚志向適応した男性たちは、すべての資源男性たちだけで独占し、資源へのアクセス権を女性から剥奪する。前世紀まで、まさにそのような社会世界中で構築された。

このようにヒトの本能ジェンダーギャップを拡大し固定化する方向に作用するため、ジェンダー平等自然に実現することはない。相手無意識下の本能だ。意識改革では解決できない。制度改革しか実現できないものだ。

クオータ制による解決

現実的な解は、強制的なクオータ制の導入だ。繰り返すが、意識本能は変えられない。だから制度を変えるのだ。クオータ制は、結果平等観点で厳格なものであればあるほどよい。

政治家企業役員はもちろん、あらゆる職種で男女比が1:1なるように枠を設け、罰則付きで厳格に運用する。外科医も、看護師も、消防士も、保育士も、研究者も、レジ係も、漁師も、助産師も、土木作業員も、歯科衛生士も、自衛官も、すべて男女同数にする。当然、仕事内容も拘束時間賃金男女平等にする。

当初は各職業における職能水準の低下が問題になるだろう。しかしそんなものは、ほんの20年か30年もすれば解消される。学齢期や新卒時を見ればわかるとおり、平均的な女性能力は平均的な男性のそれを上回っている。クオータ制の導入で一時的に起きる職能水準の低下の問題は、ほどなく時間解決するだろう。

労働家事労働も、男女がどちらか一方に押しつけることなく、平等負担し合う。夫婦のそれぞれが週に20〜30時間ほどずつ賃労働負担し、あとの時間生物として家族としての幸せを追求できる世の中になるのが理想だ。

夫は兼業主夫、妻も兼業主婦だ。

こうなるともはや、主婦主夫)という概念崩壊だ。だがそんな概念産業革命以降にでっち上げられたもので、男性を賃労働で使い倒すための便利な、そして非人道的ジェンダー・ロールだ。こんなものは徹底的に破壊し、すべてのヒトがヒトとしての幸福を追求できる社会を目指したい。

男女がともに幸福を追求できる世界を望む

最後にもう一度強調しておく。家事労働制限されることは、幸福制限されているに等しい。より多くの賃労働負担している者は、幸福度において劣後する。

しかし、現行の制度の中で各家庭が個別部分最適化を進めれば、多くの家庭では、夫は賃労働奴隷、妻は兼業主婦、という形をとることになる。これは不幸なことであり、制度のものを改めるべきである。そして、ここまで述べてきた制度改革の過半は、すでにアイスランドなど北欧諸国において実施されている。

で、こういう男女平等を目指す社会運動ってある? あったら参加したいんだけど。

シャニマスにこれまでの何もかもを否定されたって話

愚痴です。

七草にちか、天井努(社長)やそのストーリー好きな人は閲覧非推奨

※にちかWINGコミュネタバレ

自分感情を整理したくてただ吐き出すだけなので文章ゴチャゴチャしてます




4月5日アイドルマスターシャイニーカラーズ(以下シャニマス)に新アイドル七草にちかが実装されました。

Twitterトレンドや界隈の盛り上がり、宿題ミッションもありまんまとサポヒナ編成でやってみました。

感想

私は何を見せられたんだ???

何このギャルゲで全ヒロイン攻略した後に解放される真ルートみたいなコミュ。これもうほとんど天井努のコミュじゃん。

これまで私が担当してきた、推してきたアイドル達はサブヒロインだったのか?壮大なる天井物語の土台でしかなかったのか?

なんでこれ一人のアイドルコミュでやろうと思った?八雲なみ関連の繋がりがとかそういう問題じゃなくて。

プレゼンフォーユーとか明るい部屋みたいにイベントでやればよかったんじゃないのか??

お隣の新アイドル優遇とか目じゃないくらいの超絶特別待遇受けてんじゃん。

にちか自身のことも掘り下げられてはいたけど、それ以上に天井努が出しゃばりすぎてる。色んな人の感想ほっとんど天井努の話になってるじゃん。

そしてなんでこれを滅多に限定復刻されない(ほぼ有償闇鍋)状況で"限定入り10連ガシャチケ"をニンジンにしてまで強制的に見せようと思った???

いやもう運営がなんとしてでもこの形で見せたかったってことはこれがシャニマスのメインストリーってことなんだろうけど、

私はアイドルプロデュースするゲームをしていたんじゃないのか??

なんでcv津田健次郎おっさん物語をほぼ避けようのない形で無理矢理押し付けられてるんだ?

どうしてもこれやりたかったならシャニマス外伝でもなんでもとにかく外の媒体で、もしくはイベントでやってほしかった。

自分が好きなアイドルが、ユニットが、これまでの物語が、全部全部土台だったんだ、サブストーリーだったんだって思い知らされてしまった感覚

てゆうか天井努の過去清算を何でシャニP(ユーザー)がせなならんねん。責任持って天井がにちかプロデュースすればいいんじゃないんですかね。憧れの八雲なみちゃんプロデュースした人にプロデュースされてにちかちゃん幸せなんじゃないですかね。

なんかもうにちかコミュ内のシャニP他のアイドルのPと色々違いすぎる部分も目立つ(ライター違うんだろうけど)しもう何もかもが"異物"としか思えない。

これがメインストリーってことは避けようがない、例えにちかをプロデュースしなくたって絶対何かしらの形で目にすることになる。

トレイライト実装された頃に戻してほしい。絶対運営くんユーザーシリアス系のコミュとか天井とか褒められて調子乗ったじゃん…

エイプリルフールの冬優子のアレ見る限り運営バリバリエゴサしまくってるんだろうな…

ノクチルも未だに異物感あるって意見チラホラ見るしもうストレイまでの有能なスタッフほとんど残ってないんじゃないかな。ライター絵師も。

私の担当シャニマスしかいないから辞めるに辞められないけどいつまでこの天井物語見せられるんだろう。いつになったら原点の担当アイドルと向き合うスタイルに戻ってくれるんだろう。少なくともこの1年は天井努とかSHE'Sとかその辺ばっかりになるんだろうな…。

2021-04-05

朝誰も質問に来なかったとキレて授業を放棄する先生がいた

ほぼタイトルがすべてなのだが、10ちょっと前の日記を見つけたので書きたくなった。

自分がその数学教師に当たったのは中学3年の頃。

年度初めに移動してきた教師の一人だった。

最初の授業は滞りなく進んだと思う(最初からヤバければ違う印象だっただろう)。

次の日、数学時間初めに怒鳴られることには、「昨日の授業から誰も質問に来なかった。前の学校では放課後や朝方に生徒が並んでいた」のだそうだ。

母校は当時さほど質問が活発なところではなかった。特に放課後に関しては部活強制学校なこともあり、宿題なり自主学習は家に帰ってから、という認識だった。

朝といえば、4月初めは下手をすると雪寄せを終えてから登校する生徒もいた(*1)。

現在どうかはわからないが、バリバリ進学のため勉強する、という空気もない(*2)。

自分の周りだけがそうだったのかは知らないが、そんなわけで誰も質問に行かなかったのだろう(まあ年度始めの授業一発目でそれほどつまずく箇所があっても困る)。

授業初めに怒鳴られ、数学教師教室を出ていった。

クラスメイトは途方に暮れ、どうやって職員から彼を連れ戻すかの相談後、説得を重ねどうにか第2回目の授業始めさせた。質問に行く生徒はいなかったが、授業の放棄までされると困るのである

その後不要に怒鳴られたくない有志が集まり対策を考えた。

問題集の中で一つ質問に行く問題を決めて、朝の短い時間解説を済ませてもらえるように最後最後で躓いたような計算履歴を装うのだ。

これならいいんじゃないか、と思った問題を皆で解いてたら「解けちゃった…」となり何度か”間違え直し”をしたのを覚えている。今思えば無用な労力だった。

クラス担任学年主任にも相談はしたはずで、しかしそれほど効果はなかった気がする。

数学教師は苛立つとまず3色ボールペンチョークを黒板にぶつけ始め、やがて教室を出ていく。質問に行かないかもしれないが、義務教育の内容は全うしたい生徒が追いかける。嫌いな教科ではないはずなのに憂鬱時間だった。

PTAの力が弱いせいで県内問題教師の掃き溜めになっているのだ、という噂もある中学校だった。従順でない男子糾弾するために女子意見させるが、男子距離が近い女子生徒は発言の順番を飛ばすような学年主任もいた(この件に関しては後に親に謝罪があったらしい)(当人への謝罪はなかったようだ)。

どうにか1年を耐えきり自分卒業したが、あの数学教師は今も母校にいるのだろうか。

*1. 年初というと春の印象だが、雪国のど田舎だったためまだ冬の開けきらない頃だった。5月運動会のため、陽の当たらない校舎裏の雪を溶かしに行った記憶がある

*2. 5科目の実力テストで大体何点ならこの高校、とほぼ受験期前に(教師の間で?)決まっていた。自分偏差値という概念実用されているのを高校で知った。それまでドラマコミックでふんわり出てくる単語程度の認識だった。高校がほぼ決まっている、というのは楽でもあるが、進学させたい教師VS(家業のためもあり)農業科/商業科に行って早くから働き始めたい生徒、のような言い合いも起こる。自分商業科に行きたかったがレスバに負けて田舎によくあるエセ進学校に行った。結局空気が合わず高卒認定商業大学ルートを辿ったのでもっと粘ればよかったなと思っている。

今週のちびまる子ちゃん

山里「さあさあさあ始まりましたちびまる子ちゃぁ~ん!今日はどんな1日になるのかなぁ!?

まる子「今日宿題はやりたくないね

山里「ちょ、ちょ、まるちゃぁぁ~ん!ちゃん宿題はやりなさいよぉ~~!?

友蔵「まる子や。和菓子を買ってきたぞ」

山里ちょちょ、友蔵さぁ~ん!まるちゃん和菓子よりスナック菓子の方が好きでしょうよ~!!!

山里「後半へ続くぅぅ~!!!!」

2021-04-04

今週のちびまる子ちゃん

山里「さあさあさあ始まりましたちびまる子ちゃぁ~ん!今日はどんな1日になるのかなぁ!?

まる子「今日宿題はやりたくないね

山里「ちょ、ちょ、まるちゃぁぁ~ん!ちゃん宿題はやりなさいよぉ~~!?

友蔵「まる子や。和菓子を買ってきたぞ」

山里ちょちょ、友蔵さぁ~ん!まるちゃん和菓子よりスナック菓子の方が好きでしょうよ~!!!

山里「後半へ続くぅぅ~!!!!」

痩せ型女としての24年間 - 子ども時代から続く葛藤から今、思うこと

敢えてハッキリ言うと、私は痩せている。

容姿風貌に関しては客観的指標を出すことが難しいと思われるが、体型はある程度数値で示すことができる。

24女性現在の体型は

身長157.5cm

体重37.1kg

BMI数値14.96

参考までに

身長157.5cmの標準体重(日本肥満学会では、BMIが22を適正体重(標準体重)とし、統計的に最も病気になりにくい体重とされている)は54.57kg

日本肥満学会での判定基準においては、BMI18.5未満を低体重(痩せ型)としている。

以上を踏まえると、私の体型が標準体重からも、低体重とみなされるBMI18.5からも逸脱していることがわかる。

私は摂食障害を患っていないし、ダイエット特にしていない。

しかし、あまり認めたくはないが他の人よりも食べる量が少ないのは事実だ。

酷い時は36キロ台まで体重が減る時もあり、そうなると正直、普通に生活してても息が上がり苦しくなる。

幸い、月経は毎月きちんと続いている。


私は元々から痩せ型だった。生まれた直後は3000g近くある、健康的な赤ちゃんだったが、

幼稚園時代から今日に至るまで、ずっと細い細いと言われ続けてきた。

幼少の頃はとにかく偏食で、少食だった。

給食で出されたものほとんど食べられず、当時は食事を残すことや人に譲ることは禁じられていたため、幼稚園時代小学生時代の私に昼休みなどなかった。

皆が昼休みを終え、教室掃除を始めても、隅っこでずっと給食と向き合っていた。無理なものは無理だ。そこで、見かねた教師給食室の残飯入れまで私を連れて行く…というのが日常だった。

辛かった。

どうしても無理なのに、ワガママでやってるわけじゃないのに、悪いことをしているとみなされ、同級生から怪訝な目で見られ、無理やり食べられないもの、食べきれない量のものを食べさせられることが、苦しかった。

中学校弁当制だったため、強制的に食べ切るまで残されることはなかったし、母親が私が食べられるもの、量を毎朝作ってお弁当に入れてくれたため、昼休みをようやく手にすることができた。

食べられないものを無理に食べさせられるプレッシャーから解放、他の人と同じように食事をとり、昼休み満喫できたことがとても嬉しかったのを憶えている。

ところで、私は元・優等生だった。敢えて元とつけたのは、中学校2年生の終わり頃から優等生を辞めてしまたからだ。

小学生時代、私は教師の言うことに歯向かったことはないし、何か悪さをして立たされたことなどないし、他の人がやりたがらない学級委員長などの仕事も率先してやっていたし、行事にもきちんと取り組み、宿題をきちんと提出するのは当たり前、テストは毎回100点を取らないと気が済まなかった。

真面目でいなければならない、ルールは守らないといけないと、今の私とは比べ物にならないくらい、厳しく自分自分を律していた。

それなのに。

これだけ優等生として振る舞い、教師や周りからも真面目な子だと評判だったのに、こと給食に関しては学校の誰も、私の叫びを聞いてくれなかった。

私はワガママを言うような子じゃなかったのに。

日々の生活でこうあるべきだ、こうしなきゃと考え、模範的であろうと努めていた私であっても、どうやら食事に関しては全く別の話のように扱われた。

今思うと…たとえ誠実であろうと、真摯であろうと振る舞っていても、それで周りからもてはやされていても、結局学校の誰も私の苦しみに耳を傾けてくれなかったじゃないか

「あの真面目な子があんだけ給食に関しては難儀しているということは、何か問題があるんだろうな」という発想は浮かばなかったのだろうか?

もっと言うと、いい子ちゃんでいても誰も私のこと信じてくれないんじゃ意味ないじゃないか

…と憤る気持ちでいっぱいである。

小学生の頃はそこまで考えが至らず、

自分が悪いんだ。と自身を責めるだけだったが、

今の私は…無理なものは無理なんだよ!仕方がないだろう!と開き直るし、当時の私にもそう言ってあげたい。

ここでひとつ私の大好きなTHE HIGH-LOWSの曲を紹介する。

ゲロ」(アルバムロブスター」収録)

苛立つ私の気持ちを爽やかに代弁してくれている曲だ。中学生時代に初めて聴いた時、「ホントになぁ…」と深く共感したものだ。

さて。

幼稚園小学生時代までの恨みつらみが長くなってしまったが…

中学校に入ってからは、私の偏食は少しずつ解消され、食べられる量も増えてきた。

朝ごはんは食べられてもご飯一杯だけだったが、その分昼と夜に(自分としては)たくさん食べていた。

昼は母が作るお弁当、夜は母の手料理を食べていた。

間食もしていたし、高校時代に至っては放課後、街へ遊びに行きマクドナルドサイゼリヤ、時には一蘭替え玉までしてガッツリと食べ、その後遅めに帰宅し母の作った夕食を食べる…

今の私だと確実に翌日までダメージを喰らいそうな食べっぷりだったが、胃を壊すこともなく元気に過ごしていた。

それでも痩せ型なのは変わらなかった。

身長は今と同じ、体重はおよそ42キロ弱だった。

現在よりはまだマシな気がするが、それでも低体重なことには変わりない。

周りからは「細いから何してても面白い」とからかわれ、

当時好きだった人からは「細すぎ、もう少し肉をつけた方が魅力的だよ」と言われてしまった。

その言葉がズーンと響き、ダイエットならぬデブエットを始めたこともある。

当時は「糖質制限ダイエット」なるもの流行る前、ろくな知識もない私は「タンパク質体重を増やしてくれるだろう」と何故かそう思い至り、いつもの食事とともに ご飯納豆と溶き卵をかけ、それを二杯食べる…という行動をとった。

結局それは長く続かず、体型も変わらなかった。

当時何より悲しかったのが、内科かかりつけ医が私の体型、体重を見かねて

「親御さんはきちんとご飯を食べさせてくれていますか?」と訊いてきたこと、

時々周りの人たちが母に向かって「○○ちゃん(私)にもっとちゃんご飯食べさせてやらんといかんよ」と言ってきたことだった。

冗談混じりで「○○が痩せているから私が文句言われる〜」と度々母から言われたことがあったが、正直本当に申し訳なく思った。

母はちゃんガッツリご飯を作ってくれるし、私の体のことも理解してくれているのに。

これは私の問題なのに、私が未成年ということもあってどうしても親に矛先がいってしまう。

今はもう、私もいい大人なので「自己責任」としてみなされるため、ある意味気楽なもんである

大人になっても、社会人になっても痩せ型なのは変わらないどころか余計に酷くなっていた。

冒頭で述べた通り今の私は体重が37キロしかない。最後に40キロを超えてたのはいつだっただろうか?

家族からは「そんなに体重が落ちるのはいくらなんでもおかしい、病院に行きなさい」と心配されてしまっているので、近々健康診断も控えているし…一度病院にかかり、相談してみようかと思う。

しかし、痩せ型の人に対しては医師も冷淡なものだ。

前の健康診断では体重を見た医師から「元々そういう体型ですか?」と問われ、「そうですね」と答えると、「それなら問題ないでしょう。我々は太り過ぎによる生活習慣病を問題視してますから」と言われ、それで終了である

しか生活習慣病のリスクはそんなにないかもしれないが、低体重による他の病気リスクはあるのに。

現に今、あまり体調が万全ではなく、冒頭でも触れたように息が上がり、変な動悸があり、仕事終わりには疲れ切って何もできないほど体力が落ちている。

この文章は今朝、起き抜けに勢いで書いたものだ。

私は何故いきなり4000字以上に及ぶこんな長文を書いたのか。

はっきりとした動機はないし、誰かに何かを強く伝えたいわけでもない。

ただのぼやきというか、私の個人的な振り返りに過ぎないところはある。自分語り的な側面が強い。

しかし、太っている人には

「太ってますね」「デブ」と面と向かって言ってはいけないという世間一般道徳観念があるにもかかわらず、

痩せている人に対してはその観念が欠如している人があまりにも多いことへの疑問・不満、

好きでこの体型になったわけではないのに「過度なダイエットはよくないよ」「多少肉あったほうが男ウケいいよ」というクソバイスを浴びせられたことに対しての憤り、

そして…世の中には「痩せ型」であることに悩み、体重を増やしたいと本気で思い、あれこれ考え行動している人がいるということ、その証言

このような感情で書き連ねたといったところかと思う。

世の中にはダイエット情報商品摂食障害にまつわるあらゆる研究考察が流布されているが、

元々低体重の人への言及はあまりにも少ないと感じている。

もちろんTwitter検索したら私と同じように体重を増やしたいと悩んでいる人は何名も見受けられたが、あくま当事者だけだ。

そうでない、外野の人からの真面目な考察は見当たらない。

正直なところ、「大した問題じゃない」とみなされていることを嫌でも実感させられる。

私は昔に比べて自分の体型が嫌だと思うことはなくなり、周りから色々と言われても「自分自分」と、割り切ることができるようになった。

自分のことを認めてあげられるようになった。

上記で書き連ねた言葉以外にも、実はもっと心を抉られるような発言をされたことがあるが、敢えてここには書かないしそれで自分自身が揺らぐことはない。

ただ、その人のことを一生赦さないというだけだ。

しかし、やはり体重が体温並みになってくるとさすがに日常生活に支障がでてくる。

現在、平日フルタイム仕事をしているが、こんな状態ちゃんとやっていけるのか?と不安気持ちは拭えない。

健康になりたい、と願う気持ちは強い。

自分の体質だとMAXでも42キロが精一杯といったところだが、それでも今よりはずっとマシである

とりあえず日々の生活習慣改善から進めていこう!と改めて決意し、この雑文を終えることにする。

2021-04-02

ひんやり冷たくてほよほよでたゆんたゆんのおっぱいの話

成人式で、乳を揉ませてくれた同級生地元に戻ってくるらしい。

トイレで書いてたら興奮のあまり長くなりすぎた。全部読んでも大したことは書いてない、すまない。

彼女同級生の中でも結構金持ちの家の子で、長い髪をお嬢様むすび?(アイマス橘ありすみたいな髪型)にして、授業中はメガネをかけていた。学区は近かったけど俺は野球をやってた上に、彼女はたいていデカ外車に乗ったお母さんが送り迎えをしていたからあまり学校帰りに一緒になることはなかった。

彼女とはただの同級生しかなかったから、思い出が特にたくさんあるわけではない。俺が外で遊んでいる時、彼女教室で本を読んでいた。あんまり、関わりはなかったように思う。

4,5年生の時だ。宿題が終わらないで居残りさせられていたら、見かねた彼女が手伝ってくれたことがあった。それから漢字の書き取りが多すぎると愚痴っている俺に「送り仮名が長い言葉を選べば少し楽じゃない?」と言って、例に挙げられていた「原因」ではなく「因みに」と書けばよいと教えてくれた。「ちなみに」という読み方を、この時知ったのを覚えている。

彼女はいから年賀状をくれるようになった。母ちゃんに「あんたにくれるなんて律儀な子だね〜」とからかわれるのが嫌だったけど、流行ってた丸文字じゃなくて大人っぽい字で、俺の名前と何らかのひとことを添えてくれていた年賀状は未だに捨てられない。

中学生になると、男女の溝がくっきりするようになった。彼女優等生の真面目な女子に、俺は野球部のイジラレ役になって、接点はまた少なくなった。たまに話す機会もあったけど、そのうち俺は彼女敬語を使うようになった。彼女は授業中も眼鏡をかけるようになって、髪型ポニーテールになっていた。彼女は県外の進学校に進み、俺は地元工業高校に行った。大学は知らないけど、多分有名なところだと思う。俺は、地元会社就職した。

成人式の日、着物彼女は遠目にしか見られなかった。黒っぽい高そうな着物を着ていたことだけはわかる。乳を揉ませてくれたのはその日の夜だ。俺の地元では、成人式の日の夜に中学校ごとの二次会が開かれる。

彼女ピンク色のドレスみたいなひらひらの服を着てやってきた。小さなブランドバッグを持っていて、やっぱり金持ちは違うな〜といじられていた。俺は誕生日3月から先生がいる2次会で酒は飲ませてもらえない。もう眼鏡をかけてはいない彼女ビールを美味しそうに流し込んでいて、大人になったんだなあと妙な感想を抱いたりした。

先生達が帰って、三次会居酒屋に移動したあと、彼女と話す機会が訪れた。「久しぶり、変わらないね」という彼女いかにも育ちが良さそうな喋り方は変わっていなかったし、俺は相変わらず「うっす」くらいしか言えなかった。隣に座った彼女は顔色1つ変えずお酒を飲んでは笑い、俺にお代わりをねだってコップを差し出してくる。こき使われているような状況もちょっと心地よかったのだが、彼女高校から付き合っているという恋人の話もしていて、ああ、彼女はもう俺の知っている眼鏡女の子ではないんだなと悲しくなったりした。

そうしているうち、不意に彼女がこう言った。「小学校の時、熱出した私にジャンバー貸してくれたでしょ。あれはときめいた」口ではそう言えばそっすね、なんて言ったけど、彼女が俺との思い出を残していることに驚いた。そう言えばどころではない。俺は、早退する彼女が返してくれた上着を着ずに持ち帰って、抜いた。首にあたっていたあたりからほんのり甘いような、新品の教科書のような匂いがしてしばらく置いておきたかったが、母ちゃんに洗われた。

「なあなあ、おっぱい超でかくなってね?」俺が甘酸っぱい思い出に浸っていたら、野球部のツレに耳打ちされた。

かに、昔から彼女巨乳だった。合唱部だった彼女は外で走ったりしないし、学年いちの巨乳だった陸上部女子ランニングする時ゆさゆさ揺れていたのでゆさパイと呼ばれていた)に隠れていたけど、多分学年で2,3番目にでかかったと思う。

ドレス姿の彼女の胸はだいぶ破壊的で、谷間は見えない清楚な感じのデザインにもかかわらず、その大きさは十分わかった。

「ひと揉みさせてやってよ!こいつ、こんなでっかいおっぱい触る機会なんてないと思うからさ」ツレが彼女にそんなことを言ったから、顔がボッと熱くなった。真面目な彼女から無視するか、不潔!とか言われるだろうと思った。なのに、彼女は笑って「こんなのでよかったらどうぞ?」と言って、胸を差し出してぴったりしたドレスの胸元をぺろんと開けた。

俺は取り敢えずいいっすと断ったけど、耐えきれず触ってしまった。酒に酔ってるはずなのに、彼女の胸はひんやり冷たくて、この世で一番柔らかかったと思う。三次会からは酒を飲んでたし、おっぱいの衝撃でその後の記憶ほとんどないけど、ツレの話だと他の男には揉ませていなかったという。女子は数人もんでいたらしい。

彼女は「明日普通に大学なの、辛い」なんていって、明け方まで飲んでそのまま電車に乗って帰って行った。それっきり、もう10年近く会っていない。そんな彼女が、地元に帰ってくるらしい。在宅勤務が増えたから、骨折してリハビリ中のおばあさんのために月の半分はこっちで暮らすのだとおばあさん本人が言っていた、と母ちゃんづてに聞いた。

俺は、ふうん、そうなん、と言ったけど、ほんの少し浮き足立った。別に、好きとか嫌いとかではない。連絡先も知らないんだし、どうということもない。でも、あのひんやりしてほよんと柔らかいあの乳が、俺の地元にあるということが嬉しくなってしまっただけで。反芻しすぎて食傷気味だったあの柔らかさが、また息を吹き返したみたいだ。今夜は思い出して抜こうと思う。

2021-04-01

社会人になって気づいたこ



なお、自分理系エンジニアです。

ぶっちゃけ技術論理筋道がしっかり整理されているから、上で挙げたことが出来たら歳とった後でもある程度追いつける。

ただ、上で挙げたことはサボってたら追いつくことが難しい。

勉強ができても社会じゃ通用しない」を言語化たらこれと同じ感じになると思う。

2021-03-31

生きるのって辛い

私は20代女、公務員だが休職中。復職絶望的だろうと医師から見解。診断はADHD気分変調症。そして回避性パーソナリティ障害

休職とは関係ないが持病で脳血管疾患(難病)とハウスダストアレルギーと成人アトピーがある。

両親や親戚はおらず、精神障害を持つ年の離れた兄がいる。

まり詳しく書くと身バレが怖いが、時々辛くなって自分語りをしたくなる。

正直現状めちゃくちゃに生きずらい。薬がないとまともに生活を遅れないが、目に見える形の障害がないため健常者として生活を無理やり送ってきた。くそ長いけど私の人生を知ってください。

まず小学校中学年まではそれなりの生活を送ってきた。一軒家で両親健在。収入はそれなり。

問題子どもへの愛がなかったことくらい。衣食住に金をかけてもらえず、幼稚園のころから同じ下着をずっと着ていたり、朝食は8枚切りの食パン半分だったり(朝食が出るだけ良いかもしれない)したが、その年頃の子どもは家庭内世界の全てなのでそれが当たり前だった。

父親仕事ほとんど帰らず家は母親の天下だった。帰宅すると宿題をやった後、母親マッサージ。兄が帰ってきたら交代して、両親が買ってきた教材をやる。母親の機嫌を損ねるとヒステリックに怒られたあと無視され、ご飯を抜かれる。テストの結果が100点以外でも似たようなことになる。たまに甘えたくなり母親に近づくと「ウザいから近寄るな」と突き飛ばされる。触れ合った記憶は機嫌が良い時に耳掃除をしてくれたことくらいしかない。なので父親が帰ってきたとき必死父親に甘えていた。母親はそれを冷ややかな目で見ていた。

両親は外聞を気にするタイプだったので、私たち下着ボロボロでも服はそれなりに綺麗なものを着せられていた。外での母は優しかったが、そこではしゃぎすぎると帰ってから調子に乗るな」と怒鳴られ叩かれる。いつも母親の顔色を伺っていた。

ある日の夜、私は全身麻痺を起こして倒れた。前々から半身麻痺の症状が出ていたが、両親に話してもまともに取り合ってもらえなかった。私は救急車を呼んで欲しいとお願いしたが、「救急車を呼ぶと近所で噂になる」という理由拒否された。結局麻痺が収まら呂律も回らなくなり、父親の車で救急病院に連れていかれた。1週間ほど入院したが、病院生活がとても楽しかたことを覚えている。

半年後に手術をする予定ですすめていたところ、母親くも膜下出血で倒れる。私の病気母親から遺伝だった。この際、母親我が家貯金を全額実家横流ししていたことが発覚して両親が離婚する。私たちは両親のどちらにつくか選ばされたが、こんな状態父親以外選べるはずもなく兄妹ともに父親について行く。手術は無事に終わった。

父親と兄と3人で暮らすことになり、平和になるかと思えば、父親母親と似たような人間だった。特に父親プライドが高く、少しの意見も口答えも許さなかった。まだ小学生だった私には生きるためにも父親の顔色を伺いながら生活を送るしか無かった。やはりテストの点は満点しか許されなかったし、褒める時は「俺の娘は他のバカとは違う」貶す時は「こんなの俺の前に出して恥ずかしくないのか」と常に父親が中心の声掛けをされた。そのうちテスト学校で捨ててくるようになったが気が付かれなかった。週に1回父親と家の掃除をやり、週に2回父親に連れられて買い物に出かける。父親は「年頃の娘と仲の良い父親」像に固執しており、出かけることを拒否したり、外で不満を口に出すと家に帰ってから怒鳴り散らされた。少し抵抗するような態度をとれば「俺にそんな態度とっていいとおもっているのか」と怒鳴られ、物をぶちまけられて脅された。この頃には自己主張ができなくなっていた。おまけに父親は娘を育てる知識がなく、極少ないナプキンしか買って貰えずしょっちゅう服や寝具を血まみれにしたし、ブラも買って貰えず膨らんできた胸が目立つのが嫌だった。生理ショーツや胸パット付き下着存在もこの頃は知らなかった。

兄は父親に反抗し帰宅が遅く、部屋に閉じこもりがちだった。父親は兄に興味がないようで成績以外で構うことがなかった。だが、お金ほとんど渡していなかったようなので兄の生活は苦しかったと思う。(進学校バイト禁止だった)父親からは兄の愚痴を聞かされ、兄から父親愚痴を聞かされた。

父親地域の人との関わりを嫌い、学校行事にも一切顔を出さなかった。保護者ありきの授業参観運動会はとても惨めな気持ちになって辛かった。周りに頼ることは恥ずかしいことだと教えこまれ、誰にも何も言えなかった。自己主張ができない私は友だちも少なく、地域との繋がりも希薄で家が世界の全てのようなものだった。中学生の時は部員との交流はあったが、土日に友だちと遊ぶことに父親が良い顔をせず深い仲にはならなかった。小学校高学年のころいじめあい学校行きたくない父親に打ち明けたが、「ゲームを買ってやるから行け」と言われてちゃんと行った。ゲームは年に1回誕生日にだけ買って貰えるものだったので、いじめに耐えるだけで新しいゲームができるならそれでよかった。これ以降父親になにか相談することはなくなる。

中学生になった私はADHD特性が顕著に現れるようになった。遅刻したくないのに遅刻してしまう、授業に集中したいができない等のストレスから解離症状が出るようになり、色々な場面で意識を失うようになった。他にも色々と要因はあった(父親洗濯を正しく行えず体操服がいつも生臭かったり)(家庭内でも意識を失うようになり起きていられなかったり)で不登校気味になっていった。その頃には父親学校に行かないことに文句を言わなくなっていた。それだけはありがたかった。

そんな最中父親会社をクビになる。私が中学生の時のことだ。パワハラモラハラサボりが原因だ。父親会社営業本部長で実質No.2(本人談)だったが、母親離婚してからどんどん帰宅時間が早くなっていった。職場まで車で2時間かかるのに最終的には朝は9時に家を出て、17時半には帰宅していた。あまりにも出勤時間が短いので大丈夫なのか聞いたことがあるが、営業先に口裏を合わせてもらって出張扱いにしているらしかった。とんでもないことだがさらに、「俺は他のやつらより効率よく仕事をしているから早く帰っても問題ない」と言っていた。今思うと頭がおかしいとしか思えない。そして女性社員気持ち悪いメッセージを送り、新人愚痴を言いふらす……典型的なとんでもパワハラクソ上司だった。そんなだったので部下から告発を受け会社を即日クビになったのだ。本人は「不当な解雇だ。裁判を起こせば俺が勝つ」と何度も言っていたが、自分に非があることはわかっていたのだろう。裁判は1度も起こさなかった。

クビになったタイミングが悪く家を立替えた直後だったため、収入必要だった父親コンビニ店長をやると言い出した。しかし、コンビニ経営するには連帯責任者としてもう一人人員必要になる。父親には友人が一人もいなかったし、親戚も一人もいない。そのため、他社に内定が決まっていた成人したての兄を連帯責任者として引っ張りこんだのだ。今まで見たことがないくら必死拒否をする兄を力で脅して内定辞退させ、結局二人でコンビニ経営することになった。

その後研修のため2週間家を空けるとの事で、私は児童養護施設一時的に預けられた。そこで、我が家生活が異常だったことを知る。皆が好きなように時間を過ごし、ルールをこっそりやぶって笑いあったり、ご飯がまずいと文句を言ったりのんびり団欒を過ごしたりする。私はそこで初めて家庭の温かみを感じた(違うかもしれないが)、家庭の会話に温度を感じたのが初めてだったのだ。予定は2週間だったが、直前で兄が家出をしたため結局1ヶ月をそこで過ごした。兄は警察保護され、父親研修を受け、私は最終日に家に帰りたくないと大泣きした。そしてコンビニ経営スタートする。

そこから半年ほど私は廃棄のコンビニ弁当だけで生活をした。父親と兄はローテーションでひたすら無休で働いていた。生活リズムはめちゃくちゃだった。兄は父親への反抗で風呂に入らず出勤したりしていた。4日風呂に入っていない兄は汚くて臭くて嫌だった。これでコンビニ接客してるのは今考えてもやばい。私は父親に捨てられることが怖くて、反抗はできなかった。食器を並べる時、父親の箸を少し崩して置くのが小さな抵抗だった。父親メニエール病発症していたがそれでも休むことはなかった。「このままじゃ破綻すると思う」と声をかけても「私への誕生日プレゼントとして休みを取ってほしい」と声をかけても「俺の仕事に口出しするな」と怒鳴られ物を投げられて終わった。いつか父親死ぬだろうなと思った。死んだ。

中2の冬のある日。父親が死んでいた。

その頃の私は起きられている時に父親学校に送迎してもらっていた。その日もいつも通り学校へ乗せていって貰おうと思っていたが、寝室に父親がいない。トイレにもリビングにもいない。家中探してもいない。けど、外に車はある。そうして車を覗きに行くと、眠るように死んだ父がいた。最初普通に眠っているのかと思ったが、こんなに寒いのに白い息が出ていなかったため何かがおかしいと思った。大声で何度も父親に呼びかけるがピクリとも動かない。何度も何度も呼びかけても動かなくて混乱した私は中学校の先生電話をかけた。

それからはあっという間で先生が来て、警察が来て、救急車も一応来て、警察の人に「恐らく煉炭を使用した一酸化炭素中毒による自殺事件性はない」と説明を受けた。兄はコンビニに出勤していたので、事情聴取は私が受けた。警察の人に色々教えて貰って、家族葬の予約をとって父親を骨にした。

父親のために生きていたようなものなのに捨てられたんだなぁと思った。私と兄はみっともなくあがいて生きてまでどうにかしてあげたい存在ではなかったんだなって。

この時から私の内側の時間は止まっている気がする。

ちなみに母親は、父親の死を知り家に押し入って来て、殊勝な態度で「また一緒に暮らしたい」と言ってきた。どの口がと断るのだが断った途端に豹変し、ズカズカと家の奥へ踏み込んで家探しをして貴金属を持ち去っていった。

兄は対人恐怖症で私以外とまともに会話ができないので、来客や自治体等の対応は今も昔も私がしている状態だ。

なんか思い出してつらくなってきた。

この後のことは簡単説明する

・しばらく兄妹で生活する

精神科入院する(半年ほど)

退院と同時に児童養護施設入り(中3)

・入れ違いで兄が入院

高校進学。兄、就職

・兄が家事できず家がゴミ屋敷になる

・またも解離症状が出るも施設から理解がない

施設に馴染めず入院から退院

・安定して通学できず単位が危うくなるも担任先生サポートでなんとか進学

ADHDの診断を受けるがやはり施設から理解がない

・薬でなんとか通学できるようになる

公務員を目指す

・なんとか内定をもらい高校卒業する

施設を出て家に戻る(ゴミ屋敷)

公務員就職

パワハラやら元々の特性やらでぐちゃぐちゃになり休職

半年くらいの入院生活人生で1番楽しかった。

ゴミ屋敷支援員の方々の協力で脱却した。別に綺麗ではないけれど。

休職して半年ほど経つけれどいまだに無気力で何も出来ない。人とのコミュニケーションが怖いし、他人を信用できない。体調が良くなっても性格が、性格が良くなっても、特性人生邪魔をする。

目の前のことに必死すぎて友達ほとんどいないままここまで来てしまった。というか人の頼り方がわからなくて信頼関係が誰とも築けない。誰と話しても気を張ってしまう。相手不快にさせないようにと顔色を伺ってしまうし、自分自分を大切にできない。

兄は給料が少ないことと友達がいないことを度々気にしながらも、趣味ゲーム息抜きしながらなんだかんだ楽しそうに生きている。今はウマ娘にハマっているようだ。よく私に育成の楽しさを語ってくれる。

現状生きてれば良し、面倒なことは後回しで良くも悪くも細かいことは気にしない性格なのだ。私もそうなれたら良いのだが。

なんか今まで色々、色々あったけど社会に出たら一人の人間しかない。親ガチャの失敗のせいにしたいけど、毒親持ちでも立派にやってる人はたくさんいて、自分を褒めてなんてあげられない。

これからどうしたらいいのかビジョンも何も浮かばないよ。死ぬのは怖いから生きたいけど、生きるのは辛いよ。

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