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2022-08-07

霞提越水洪水と思えないのは現代常識のため

長浜市高時川が氾濫した航空写真の件で「あれは遊水地だから洪水じゃない」と言ってる人が多いのだが、あれも洪水です。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/kentaoki/status/1555648450955735040

 

洪水っていうのは普通水が流れない場所に水が流れてる事をいうので、河川敷河原が水没しているのも洪水なのだ

から記事の「河川敷も水没」っていう記述文句言うのもおかしいのである

 

川と人間活動地が堤防で仕切られているという常識最近のもの

そもそも河川堤防の向こう側=人間の営み無しの地というのは今は常識になっているが、この常識は精々50~100年程度の歴史しかない。

人類文明有史以来水と戦ってきたが、それは必ずしも堤防で川を閉じ込めるという意味ではなかった。氾濫が頻発する箇所は氾濫するに任せておき、水が少ない季節に洪水で肥沃になった土で農業をするという方法もあった。

田んぼというのはこの最たるもので、田んぼに適した土地というのは要するに河川の氾濫原だ。水も引きやすいし度たびの洪水でぐちゃぐちゃで栄養豊かな土のある平地。

そもそも低地での河川というのは思いっきり出鱈目に蛇行したり枝分かれしたり三日月湖が残って沼になったりと無茶苦茶な流れ方をするもんである

例えばこれは熊谷の昔の河川状況を地質から推定した地図だが、見よ!この荒川の出鱈目ぶりを!

https://maps.gsi.go.jp/#13/36.175990/139.352903/&base=std&ls=std%7Clcmfc2&blend=0&disp=11&lcd=lcmfc2&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

 

そもそも真っすぐな箇所なんて皆無だったのだ。真っすぐな箇所は全て明治以降工事したもんだ。

そのままじゃしょうがいからこのうちのある程度真っすぐな河道を選んで繋げたのが今の荒川だ。しか江戸初期まで元荒川を流れて幸手とかをぐちゃぐちゃにしていて開拓邪魔なので切り替えられたのだな。

それでも蛇行しまくりで氾濫起こしてばかりの川から田んぼ集落をを防御しなきゃならない。

そこで河道から1km近く離れた箇所に低い堤防を築き、その堤防の中の田んぼや家の人は洪水の際は泣いてくれやとしたのである。これを「堤外地」と云う。堤防の中が堤外なんだな。

こうすると水の流れが弱まるし遊水地効果で水位の上昇も抑えられるから堤防に対する攻撃性が低くなる。

で、この広い堤外地があってそこが浸水すると当然泣く人も多く出るというのが当たり前の状態だったのを近代治水で無くして来た、というのが今の状態なのだ

 

から外地浸水するのを「洪水じゃない」と考えるのは現代治水が頭にあるからなのだ

一方で霞提というのは近世からある訳で、こっちは「堤防で全てが守られるのが当たり前」じゃない時代のものなので、そのせいで水没した土地を見て「これは洪水じゃない」と言っちゃうわけだ。

現代のものを見て現代価値観を援用するので、被害が出て泣く人もいる状況を「洪水じゃないし問題ない」と処理しちゃうのだ。

という訳であれもちゃん洪水です。

以上の理由から河川敷が水没するのも洪水であるのはお分かり頂けるかと思う。堤外地があるのが当然だったし今も残るので「洪水」は堤防の向こうこっちを隔てないのでありますよ。

 

地役権近代制度

地役権の事を書いてる人もいるが、これは河川工事で誰かの田んぼを遊水地にする時に設定するものだ。

例えば先の荒川でいうと、熊谷彩湖までの河川敷というのはとても広い。特に鴻巣の辺りは河川敷が2km以上あるのだな。広すぎ!

これはこの広い河川敷洪水時の遊水地にする為で、大正工事がされた。

すると当然この中の家の人は田んぼ洪水時に水没しちゃうし、家を建ててもパーになるから建てられない。

こういう時に地役権設定がされるのだ。

地役権は元々、あんたの土地を使わせてほしいから金出すよ、でも工作物とか建てないでくれよって時に、登記簿に設定する民事契約の事だ。水路引かせてとか通路引かせてっていうのが多い。

河川場合は「この土地洪水で水没するって使い方させてくれ」っていう国と地主契約だな。

一方、霞提は近世の仕組みだから、わざわざ地役権設定する動機っていうのがないので、補償を受けらるようにはなっていない可能性が高い。(農協共済で救済されるが)

 

という訳で、堤外地と遊水地、地役権といった概念時代背景がごっちゃになって、古いものを見るのに現代基準を拡大しているのが誤解の原因と思われる。

色々トリビア

これだけじゃなんなので細かいトリビア開陳すると

 

古い堤防の跡は結構残っている

昔は河川から離れた個所に堤防を作ったと書いたけど、その跡は住宅地の中の一段高い土地として残ってる事が多い。

宅地化すると土地を均す事が難しくなるのでちょっと高い土地っていうのが残り易いのだな。~~曽根なんて名前地名があるところはあやしいぞ。

こういう土地ゲリラ豪雨の時にも浸水しにくくてお得なんだけど、その近傍は水がせき止められるので水位が上がりやすく注意が必要だ。

 

外地は実はあまり浸水しないが…

外地であっても浸水しにくい箇所と水位が上がりやすい箇所がある。

例えば荒川彩湖下流の笹目橋付近が狭いのでその下流は水位が上がり難い。また熊谷彩湖中流域の堤外地に家やサーキット教習所がある所もあまり浸水しない。40年くらい水没しなかった箇所が殆どだ。

それで当初は水没して困るものは置かなかったのだが、段々とエアコンとか高価な家電設備とかを置くようになってしまい…

そこへ台風19号ですよ。当然電気モノは全滅で結構な損害を出したと聞きます

 

横提を電車が走る

近世の霞提に対して、近代治水では横提というのを使う。

広い河川敷普通堤防と直角の堤防を築いて、洪水時に河川敷の方の流れが連続しないようにする。遊水地機能をアップさせて下流の水位が上がるのを遅らせるようになってるわけだ。

例えば荒川を渡る川越線は鉄橋を渡る前に土手を走るが、実はこの土手、新たに作ったものじゃなくて横提の上を走っているのである

 

江戸川区、洪水警報が発令されてからじゃ逃げられない

江戸川区の殆ど荒川破堤時には浸水地域になると区が警告して話題になったことがあったが、荒川上記構造により豪雨発生時から水位が最大となるのに1日以上余裕がある。

荒川堤防のかさ上げ工事を行っているが、ネックになるのが鉄道の鉄橋で、鉄橋の部分だけ堤防が低い状態になっている。

まり水位が上がると一番危険なのが鉄橋であり、越水破堤する場合は必ず鉄橋付近から起こる。

以上の為に、水位が上がると鉄道が不通となるので、サイレンがなってからでは電車で逃げる事が出来ないのである

必ず前日に決断せねばならない。

 

最近まで二子玉川には堤外地住宅地堤防の切れ目があった

多摩川二子玉川駅の真下から南に掛けて、堤防住宅地の外側にある箇所があった。

たここには煉瓦造りの堤防の切れ目があった。

元々ここは料亭芸者屋敷などがある地域で、大正近代的な堤防工事をする事になったら「堤防で川が見えなくなる、商売あがったりだ」と反対されたのである

そこでここを堤外地として堤防を築造して、交通の為に堤防に切れ目を入れた。洪水時になりそうなときは2枚の板を入れてその間に土嚢を投入する(角落しという)。

角落しが間に合わない場合ニコタマ全域洪水である。堤外地料亭群は全部水没して流されてしまうが契約なので仕方がない。

ところがこの料亭群は戦争で早々に潰れて宅地として売りに出されてしまい、危ない住宅地が出来てしまった。

この為に10数年前から新たな連続堤を作っている。つまりこれまでずっとニコタマは水害的に危険地域だったのだ。

 

信玄提あまり残ってない

霞提の代表格は信玄提なんだが、甲府盆地河川近代化が進んで殆ど連続堤に改修されてしまっている。土地利用が制限されるので発展の障害なっちゃうので仕方がないな。

支流に幾つか残すのみである

2022-05-23

世界トヨタはかつて食器作りをしていた

トヨタ自動車日本で有名な自動車メーカーであることは言うまでもないことだが、その前身食器メーカーであったことはあまり知られていない。

豊田市愛知県北部位置しており、瀬戸市岐阜県多治見市と隣接している。

瀬戸市日本六古窯の一つである瀬戸焼で有名であり、東日本では陶磁器全般瀬戸物と呼ぶほどに広く流通していた。

多治見市もまた陶磁器名産地であり、アニメ化もされた「やくならマグカップも」の舞台と言えば説明が早いだろう。

豊田市瀬戸市を中心とした猿投地区古代から窯業が盛んであり、日本の三大古窯の一つである猿投窯跡群を形成していた。

今でこそ豊田市に窯業のイメージはあまりないが、トヨタ自動車製造事業化する以前は、瀬戸市多治見市と同じく窯業を主産業とする町であった。

窯業は縄文時代縄文土器から存在する生活に不可欠な産業で、時代と共に需要は大きくなっていき、明治維新によってさらに窯業製品需要は大きくなる。

西洋建築の勃興による煉瓦(れんが)の需要石油製品化学薬品を保存する甕(かめ)の需要送電線を支える碍子(がいし)の需要である

しかしながら、瀬戸焼はこうした需要に応えることはできなかった。

愛知県内で、最新の窯業技術産業を担ったのは常滑焼だった。

常滑焼もまた日本六古窯の一つだが、愛知県知多半島位置する常滑市伊勢湾に面しているので、海運で日本各地の需要を支えることができたからだ。

一方で、瀬戸常滑に対抗しようと流通力を強化するために鉄道を敷設したが(後の名鉄瀬戸線)時すでに遅く、近代産業から撤退して食器作りを中心とした伝統産業へと回帰していった。

常滑では明治時代伊奈製陶が創業して、INAXLIXIL企業名を変えながら国内の窯業で高いシェアを誇っている。

トイレや洗面器ではTOTOに次いで国内シェア2位で、タイルについては国内どころか世界で1位のシェアである

一方で瀬戸からはそのような大企業は生まれていないことから愛知県内の窯業で近代産業を担ったのは常滑ということが理解できるだろう。

ここでようやくトヨタの話になるが、明治時代豊田市存在しておらず、その前身である挙母町でも近代産業を支えるほどの陶磁器製品生産することはなかった。

そんな時代に、豊田佐吉挙母町で陶工長男として生まれた。

佐吉小学校卒業後に家業食器作りの修行をするが、父が伝統製法固執して経営が伸び悩んでいることに苦心していた。

18歳のころ、家業を立て直す唯一の道は最新技術を学ぶことと考え、東京方面出奔する。

その折で、東京上野で開催していた内国勧業博覧会を何度も見て、最新の窯業技術を目に焼き付けた。

そして東京から帰郷し、当時最新鋭の台車トンネル窯を製造した。

それ以前の窯は、製品を人力で運び入れてから予熱・焼成・冷却の全工程を何日もかけて行った後に、人力で運び出す必要のある代物だった。

種類にもよるが陶磁器焼成に1000~1400℃まで加温する必要がある一方で、人力で搬出入する際はもちろん窯の中に入れる温度まで下げなければならない。

これでは、温度の大幅な上下必要なので時間がかかるだけでなく熱効率も悪い。

一方で台車トンネル窯なら、製品を乗せた台車をレールに沿って動かすので、人が窯の中に入って搬入出する必要はない。

窯は温度分布のついたトンネル状の部屋になっており、台車トンネルを進行することで自動的かつ連続的に予熱・焼成・冷却ができるので、温度管理も簡易だ。

この台車トンネル窯により食器自動的大量生産できるようになったので、佐吉豊田自動食器株式会社設立することとなった。

会社設立後の経営右肩上がりだったそうだが、明治から大正へと年号が変わる頃には製品輸送に悩まされることになった。

歴史的挙母町の物資輸送矢作川の船運が担っており、豊田自動食器食器工場製造した食器類も例外ではなかった。

しかし、知多半島方面への用水供給目的とした愛知用水の開発により、矢作川の水量が減り船運が困難になった。

食器生産量は増える一方で矢作川の船便は縮小していき、代替としての馬車や人力車輸送にも限界があった。

それでも、当時は三河鉄道の敷設中であり(後の名鉄三河線)、開通によって挙母から国鉄刈谷駅鉄道輸送可能となるのは決まっていた。

しかし、それまで待ちきれない佐吉の息子の喜一郎は、自動車を独自製造して食器自動輸送することを考えた。

喜一郎は食器販売の滞りで需要の無くなった台車トンネル窯を分解して自動車部品にした。

そして、窯の燃焼ガスを動力台車運転する機構を応用して、台車に燃焼機関を乗せることで自動車の製造成功した。

さらに、食器自動輸送するだけでなく、自動車を製造販売することにも思い至った。

それだけでなく、喜一郎は将来自動車が大量生産されることを予測して、食器台車に乗せて連続的に生産するように、自動車も台車に乗せて連続的に生産する仕組みを考案した。

これが現在自動生産で主流となっている、ライン生産方式である

このようにして豊田自動食器に設けた自動製作部門分離独立したのが現在トヨタ自動車株式会社であることは、もはや説明するまでも無いだろう。

なお、食器工場第二次世界大戦空襲によって焼失し、喜一郎の経営判断により食器製造部門は切り捨てて自動生産へと舵を切ったので、豊田自動食器株式会社現存していない。

話は少しそれるが、トヨタ自動車前身豊田自動織機である、という誤記ネット上でよく見かける。

もちろん正しくは豊田自動食器なのだが、「食器」と「織機」で読みが同じなので誤変換してしまうのだろう。

それだけならまだいいが、トヨタミシン製造していたというヨタ話(トヨタだけに)も一緒に流布していることもある。

豊田市挙母町)で窯業が盛んだったことは地理的にも考古学上でも明らかなのに、なぜそのような勘違いをしてしまうのだろうか。

仮にトヨタミシン製造していたとして、それがどう自動車製造に繋がるのか、理解に苦しむばかりである

2022-05-15

変な夢を見た

他人の夢くらいつまらないものはない、というが、久々に文章化できた夢なので、あえて書く。

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大勢(といっても数人?)で集まって、何かしようとしている。何か作る?焼物を作ろうとしているみたい。

ある人の家に集まる。現実の知り合いのギタリストの彼だ。なぜ彼かは不明。皆、楽器などを持ち込んでいるようだ。

他にもバンド関係で知り合った人がいる。おそらく先日会ったボーカルギターの人だ。キーボード女性もいたようだ。

家は、とても古い木造だが、部屋はやたら広い。広いが何もない。隅の方にめいめい荷物を置き、皆で屯する。

焼物を作るのは別の場所なので、移動しようということになる。

自分は、大きい方をしようとトイレを借りる。

扉を開けると、和式トイレだ。

床は入口から50cmくらい低いスロープになった部分があり、スロープの先の平らなところに便器がある。床は、艶のある色濃い木でできている。

便器の蓋も木でできており、便器をピッタリ隠している。金隠しが無い。

トイレのドアがうまく閉まらない。

鍵が壊れている?

家の持ち主のギタリストの彼がやってきて、小さい金属の閂を嵌めてくれる。

トイレをどうしたか不明だが、皆で外に出て、移動しようということになる。家から出て道路渡り、その家を見ると、外観もかなりボロボロだ。

周囲の家も、ボロボロの家が多い。

一件、取り壊し中の家がある。重機が家の壁を壊していて中が剥き出しになっている。今出てきた家かと思い不安になったが、違ったようだ。

2台の車に分乗して移動。

自分は、何か重要な物を託され、小さなトラック風の車に乗る。

他の皆は大きな金色ぽいトラックだ。

自分が乗る車は、三輪トラック風の、前が細くなった車で、何かが褪色した薄いピンク色。

ほぼ一人乗り。

白いペダルと赤いペダル。白いのがブレーキ、赤いのがアクセルらしい。クラッチになったりもする。

シフトレバー。昔のバスのように長い金属棒の先に丸い球が握りとして付いているやつだ。

運転なんか随分していないので不安だったが、ギタリストの彼の大丈夫だ、という声に押されて運転を開始。

皆が乗る大きなトラックの後について行く。

車は妙にスルスル動くが、操作がよく分からず先行車から段々と遅れる。

白のペダル、赤のペダルを踏んでも、手応えがまるで無い。

道路の端に寄ってしまい、縁石のようなところに登り、煉瓦に囲まれた花壇になっている部分をそのまま走る。

そこをそのまま進み、これではまずいと道路飛び降りる。

衝撃を覚悟したが、それは無く静かに降りる。

そのうち自分の車が先行するようになる。

後ろを見ると、トラックが付いてくる。

自分は行き先も知らされていないのに、どうしようかと思っているうちに、目的地に着く。

最初にいた家と同じような部屋。

ボーカルギターの彼は別の作品を先に焼いていたようで、出来上がった、と言って周りのおが屑のようなものを払いのける。

30cm角くらいの四角い立体で、側面は左側が直角の台形で、いかにも焼いたような薄茶色をしており、紺色の素朴な線で絵が書いてある。数人で談話をしているような、そんな絵。

2022-01-23

anond:20220123103932

しかも、その全員が自分を1だと思っている。

煉瓦病院大運動会もびっくりの狂騒ぶりだな。

2021-12-03

anond:20211203071802

煉瓦やめたあたりで全く表に出なくなったな

ブログ更新もそのあたりで止まったし何してんだろうな

2021-04-15

今朝がた、いろいろ考えてしまって

眠れない

夢の中でセスナ?に乗っていた

そこから見る景色は見たことがない外国の街並みか

アニメ実写化たかのような可愛い街並みだった。

赤い屋根煉瓦テラコッタ造りの家。

観光用みたいで何故かたくさん人が乗っている。

私は1人ではなく隣に母がいた。

母も珍しそうに嬉しそうに外を見ている

ふと気が付くと、セスナスケルトンだった。

透明で、リアルというよりVRってこんなのでは?って感じ。

普通乗り物から外を見ると

窓枠があるけど、それも透明なので

すごく不思議な感じがした。

しかし物凄く天気も良くていい風が吹いていた。

もう一本みたけど、それは平凡な内容だった気がする。

母の日5月だね。

2021-03-07

村上春樹文章は「うまくはないが読みやすい」(補足あり)

https://note.com/historicalmoc/n/n284957b96801

出したな! 俺の前で! 村上春樹文章の話を! 

村上春樹作品はほぼ読んだので大体同意だけれど、肝心の文章について全く語られていないのは片手落ちしか言いようがない。こういう何かを語っているようでその内実がわかりにくい言葉を並べるからハルキストだのなんだの揶揄られるんだ。ファンなら真面目にやれ。村上春樹以外の人間村上春樹の真似したら中身がない駄文しかならないって小学校で教わらなかったのか。

つーか村上春樹文章別にうまくねえから。特徴的で読解大好き人間ほいほいってだけ。

  1. リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)
  2. 比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない
  3. めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

というこの3点が村上春樹文章もっとも印象に残る要素である。本気で語るなら時期によっての文体の変化とか、もっといえば情景描写についてもまとめたいのだけれど、とりあえず書き散らす。なお、3に関しては他作品に関する読解を含み、ひとによってはネタバレ解釈しうるものも混じるので注意。

1.リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)

実例を挙げてみる。

四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセント女の子とすれ違う。

正直言ってそれほど綺麗な女の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだし、歳だってもう若くはない。もう三十に近いはずだ。厳密にいえば女の子とも呼べないだろう。しかしそれにもかかわらず、3メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

1文1文が短い。技巧的な表現を使うわけでもない。文章から浮かんでくるイメージ閃烈鮮烈なわけでもない。日常語彙から離れた単語を使うこともない(「閃烈鮮烈」とか「語彙」といった単語が読めない人間は思いの外多いからな。ここでの「外(ほか)」とか/悪いATOKに頼りすぎて誤用なの気づいてなかった。指摘ありがとう)。ただただ「シンプル」だ。わかりやすい。

また、冒頭の1文の次にくるのは「~ない」で終わる文章連続だ。テンポがいい。あと、どのくらい意図的なおかわからないが、↑の文章音読していみると適度に七五調がまじっているのがわかる。そして、大事なところで「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断言を入れる。リズムで読者を惹きつけた上ですっと断定されると、その一文がすっと印象的に刺さってくるのである

まり別にうまい」わけじゃないんですよ。ただ「読みやすい」。それにつきる。読みやすい以外の褒め言葉あんまり信用しちゃいけない。「うまさ」って意味なら村上春樹をこえる作家なんてゴマンといるし、村上春樹の「文章」がすごいなんてことは絶対にない。うまいとか下手とかを語るならナボコフあたり読んだ方がいい。

とはいえ個人的な所感だと、この「読みやすさ」は村上春樹発見あるいは発明した最大のポイントだ。「リズムがよくわかりやす文章で圧倒的リーダビティを獲得する」という、一見してみんなやってそうでやっていない方策村上春樹が徹底しているせいで、誰でも座れそうなその席に座ろうとすると村上春樹と闘わなければならない。

2.比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない

で、そのあとにくるのが「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。」という文章である村上春樹比喩表現は独特で、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を適当パラパラめくって見つけた表現として、「不気味な皮膚病の予兆のよう」「インカの井戸くらい深いため息」「エレベーターは訓練された犬のように扉を開けて」といったものもあった。この、比喩表現の多様さは彼の最大の持ち味であり、真似しようにもなかなか真似できない。

そして何より、「100パーセント女の子である。何が100パーセントなのか、どういうことなのか、この6ページの短編ではその詳細が説明されることはない。ただ、語り手による「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断定だけが確かなもので、読者はそれを受け入れざるをえない。それはこの短編に限らない。「かえるくん、東京を救う」におけるかえるくんとは。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における〈世界の終わり〉とは。「パン屋再襲撃」はなんでパン屋を襲うのか。「象の消失」で象はなぜ消失するのか。「レーダーホーセン」でどうして妻は離婚するのか。羊男ってなに。

こういった例には枚挙に暇が無い。文章単体のレベルでは「読むことはできる」のに対して、村上春樹小説比喩モチーフ物語様々なレベルで「言っていることはわかるが何を言っているかがわからない」ことが、ものすごく多いのだ。

3.めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

じゃあ、「村上春樹作品ふわふわしたものを描いているだけなのか?」と言えば、そんなことはない。村上春樹作品には「答えがある」ものが、地味に多い。

たとえば、「納屋を焼く」という作品がある。ある男が恋人の紹介で「納屋を焼く」のが趣味だという男性出会いふわふわした会話をして、ふわふわとした話が進み、語り手は時々恋人セックスをするが、そのうち女性がいなくなる。読んでいるうちは「そうか、この男は納屋を焼いているのか」という、村上春樹っぽいよくわからないことをするよくわからない男だな……という風に、読んでいるうちは受け入れることができる。

だけれど、この作品問題は、「納屋を焼く」とは「女の子を殺す」というメタファー可能性がある……ということを、うっかりしていると完全に読み飛ばししまうことだ(あらすじをまとめるとそんな印象は受けないかも知れないが、本当に読み落とす)。それが答えとは明示されていないけど、そう考えるとふわふわとした会話だと思っていたものが一気に恐怖に裏返り、同時に腑に落ちるのである

その他、上記の「レーダーホーセン」においてレーダーホーセンが「男性にぐちゃぐちゃにされる女性」というメタファーでありそれを見た妻が夫に愛想をつかした、という読みが可能だし、「UFO釧路に降りる」でふわふわゆきずりの女と釧路に行ってセックスする話は「新興宗教勧誘されそうになっている男」の話と読み解くことができる(『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は阪神大震災地下鉄サリン事件が起きた1995年1-3月頃をモチーフにしている)。

勿論、これらはあくまで「そういう解釈可能」というだけの話で、絶対的な答えではない。ただ、そもそもデビュー作『風の歌を聴け自体断章の寄せ集めという手法をとったことで作中に「小指のない女の子」の恋人が出てきていることが巧妙に隠されていたりするし(文学論文レベルガンガン指摘されてる)、「鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」と書かせた村上春樹がその小説の中で実は死とセックスに関する話題を織り込みまくっている。近作では『色彩をもたない田崎つくると、彼の巡礼の年』で○○を××した犯人は誰なのかということを推測することは可能らしい。

何が言いたいか

まり村上春樹は信用できないのである

たとえば、『ノルウェイの森』で主人公自分のことを「普通」と表現する箇所があったが、村上春樹作品主人公が「普通」なわけない。基本的信頼できない語り手なのだ。信用できないからしっかり読み解かないといけないようにも思える。

(なお、なんなら村上春樹自分作品について語ることも本当の部分でどこまで信用していいのかわからない。「○○は読んでない」とか「××には意味がない」とか、読解が確定してしまうような発言はめちゃくちゃ避けてる節がある)

ただ、勿論全部が全部そうというわけじゃなく、羊男とかいるかホテルって何よとかって話には特に答えがなさそうだけれど、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』あたりは何がなんだか全くわからないようにも見えるし、しかし何かを含意しているのでは、あるいは村上春樹本人が意図していないことであっても、読み解くことのできる何かがあるのではないか、そういう風な気持ちにさせるものが、彼の作品なかにはある。

このように、村上春樹メタファーモチーフには、「答えがあるかもしれない」という点において、読者を惹きつける強い魅力があるのである

増田も昔は村上春樹を「雰囲気のある作家」くらいの認識で読んでたんだけど、『風の歌を聴け』の読解で「自分作品ちゃんと読んでないだけだった」ということに気づかされて頭をハンマーで殴られる経験してから村上春樹には真面目に向き合わないと良くないな」と思い直して今も読み続けてる。

……なお、それはそれとして、セックスしすぎで気持ち悪いとか(やれやれ。僕は射精した)、そもそも文章がぐねぐねしてるとか(何が100パーセントだよ『天気の子』でも観とけ)(なお「4月のある晴れた朝に~」が『天気の子』の元ネタひとつなのは有名な話)、そういう微妙な要素に関して、ここまで書いた特徴は別にそれらを帳消ししてくれたりする訳じゃないんだよね。

たとえば『ノルウェイの森』は大多数の人間経験することの多い「好きな人と結ばれないこと」と「知人の死を経験し、受け入れること」を描いたから多くの人間に刺さったと自分は思っているが、だけどそれが刺さらない人だって世の中にはたくさんいるのは想像に難くない。

から、嫌いな人は嫌いなままでいいと思う。小説は良くも悪くも娯楽なんだから

余談

マジで村上春樹論やるなら初期~中期村上春樹作品における「直子」のモチーフの変遷、「井戸」や「エレベーター」をはじめとした垂直の経路を伝って辿り着く異界、あたりが有名な要素ではあるんだけれど、まあその辺は割愛します。あと解る人にはわかると思いますがこの増田元ネタ加藤典洋石原千秋なので興味ある人はその辺読んでね。

文章うまい」に関する長い補足(「小説文章」に限定

「うまくない」って連呼しながら「『うまい』のは何かって話をしてないのおかしくない?」 というツッコミはたしかにと思ったので、「この増田が考える『うまい』って何?」というのを試しに例示してみようと思う。村上春樹に対する「別に文章うまくない」とはここで挙げるような視点からの話なので、別の視点からのうまさは当然あってよい。

小説家の文章が読みやすいのは当たり前だが、「文章が読みやすい」なら「文章が読みやすい」と書けばいいのであって、わざわざ「文章うまい」なんて書くなら、そこでの文章」は「小説じゃなきゃ書けない文章であるはずだ。

じゃあ、増田が考える「(小説の)文章うまい」は何か。読んでる間にこちらのイメージをガッと喚起させてくるものが、短い文章のなかで多ければ多いほど、それは「文章うまい」と認識する。小説のなかで読者に喚起させるイメージ情報量が多いってことだから

具体例を挙げてみる。

 長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。

 そのころのマコンドは、先史時代怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。

ガルシアマルケス百年の孤独』の冒頭。大佐子どもの頃を回想して大昔のマコンドに話が飛ぶ際、「先史時代の」という単語を選んでいることで文章上での時間的跳躍が(実際はせいぜいが数十年程度のはずなのに)先史時代にまで遡るように一瞬錯覚する。

津原泰水バレエメカニック』1章ラスト昏睡状態のままで何年も眠り続ける娘の夢が現実に溢れだして混乱に陥った東京で、父親世界を元に戻すために夢の中の浜辺で娘と最期の会話をするシーン。

「お父さんは?」

「ここにいる」君はおどける。

彼女は唇を尖らせる。「五人兄弟の」

「さあ……仕事で遠くまで出掛けているか、それとも天国かな。お母さんがいない子供は いないのと同じく、お父さんのいない子供もいない。世界のどこか、それとも天国、どちらかに必ずいるよ」

 彼女は君の答に満ち足りて、子供らしい笑みを泛べる。立ち上がろうとする彼女を、君は咄嗟に抱きとめる。すると君の腕のなかで、まぼろしの浜の流木の上で、奇蹟が織り成したネットワークのなかで、彼女はたちまち健やかに育って十六の美しい娘になる。「ああ面白かった」

 理沙は消え、浜も海も消える。君は景色を確かめ自分腰掛けていたのが青山通り表参道形成する交差の、一角に積まれ煉瓦であったことを知る。街は閑寂としている。 鴉が一羽、下り坂の歩道を跳ねている。間もなくそれも飛び去ってしまう。君は夢の終焉を悟る。電話が鳴りはじめる。

作中の主観時間にしてわずか数秒であろう情景、ありえたかもしれない姿とその幸せ笑顔から夢のなかで消えて一瞬で現実に引き戻すこの落差、そこからまれる余韻の美しさですよ。

あるいは(佐藤亜紀小説ストラテジーから受け売りで)ナボコフ「フィアルタの春」という小説ラスト

フィアルタの上の白い空はいつの間にか日の光に満たされてゆき、いまや空一面にくまなく陽光が行き渡っていたのだ。そしてこの白い輝きはますますますます広がっていき、すべてはその中に溶け、すべては消えていき、気がつくとぼくはもうミラノの駅に立って手には新聞を持ち、その新聞を読んで、プラタナスの木陰に見かけたあの黄色自動車がフィアルタ郊外巡回サーカス団のトラックに全速力で突っ込んだことを知ったのだが、そんな交通事故に遭ってもフェルディナンドとその友だちのセギュール、あの不死身の古狸ども、運命の火トカゲども、幸福の龍どもは鱗が局部的に一時損傷しただけで済み、他方、ニーナはだいぶ前から彼らの真似を献身的にしてきたというのに、結局は普通の死すべき人間しかなかった。

ふわーっと情景描写ホワイトアウトしていって、最後にふっと現実に引き戻される。この情景イメージの跳躍というか、記述の中でいつの間にか時間空間がふっと別の場所に移動してしまうことができるというのがナボコフの特徴のひとつである

散文として時間空間が一気に跳躍して物語世界を一気に拡張してしまう、この広がりを「わずかな文章」だけで実現していたとき増田は「文章うまい」と認識する。自分村上春樹文章を「うまくない」って書く時、そのような意味での「小説としての文章」を判断軸にしてた。

村上春樹は下手ではない。村上春樹に下手って言える人いるならよっぽどの書き手だし、その意味村上春樹に関しちゃ言うことはないでしょう。しかしごく個人的私見を言えば、「文章」って観点だと、文章から喚起されるイメージに「こちらの想像を超えてくる」ものがめちゃくちゃあるわけではないと思う。

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない。平易な文章を徹底しつつその内実との間に謎や寓話モチーフを織り込んで物語を構築するところがすごいのであり、そこで特段褒められるべきは構成力や比喩表現の多様さだろう。その際に使うべきは「構成力がうまい」でも「比喩表現うまい」であって、「文章」などという曖昧模糊とした単語で「うまい」と表現することはない。小説=散文芸術において「文章うまい」と表現しうるときもっと文章としてできることは多いはずなので。そして、このことは、村上春樹がしばしば(「小説」ではなく)「エッセイ面白い」と言及されることと無関係ではない。

ちなみに、増田津原泰水ナボコフ文章技巧には翻訳村上春樹じゃおよぶべくもないと思ってるけど、面白いと思うのは圧倒的に村上春樹ですよ。技巧と好き嫌いは別の話なので。

ここで書こうとした「うまさ」は佐藤亜紀がいうところの「記述運動」を増田なりに表現したもので、元ネタ佐藤亜紀小説ストラテジー』です。

2020-12-14

anond:20201214002155

横浜が今よりずっと内陸にあった頃、祖父に連れられてブックOFFに行ったことがある。当時のブックOFFは四方が赤煉瓦で囲われていて、確認した訳ではないが6面全部が赤煉瓦で囲われているに違いなかった。店に入ると地平線まで長い廊下が続いていたが、結局私がその廊下を渡ることは一度もなく、いつも入り口の側にある階段を使って地下に降りていた。私は地上の生まれだが、地下には不思議故郷郷愁を感じさせるものがある。不透明な空。錆の匂い砕けたガラスの破片。気圧で耳がツンとする感覚。目にするもの全てが新鮮さと懐かしさを兼ねそろえていた。

2020-12-01

anond:20201130124718

ヨーロッパの家とかめちゃくちゃあったかいもんね。煉瓦造りでセントラルヒーティング。夜中にトイレにたっても寒くない。日本の寒さなんとかならんのか。煉瓦造りの家作ればいいのに。

2020-10-15

写経

 瓶の底で、蛍は微かに光っていた。

 しかし、その光はあまりにも弱く、その色はあまりにも淡かった。

 僕の記憶の中では、蛍の灯はもっとくっきりとした鮮やかな光を夏の闇の中に放っている筈だ。そうでなければならないのだ。

 蛍は弱って死にかけているのかもしれない。僕は瓶の口を持って、何度か振ってみた。蛍は瓶の壁に体を打ちつけ、ほんの少しだけ飛んだ。しかし、その光は相変わらずぼんやりとしていた。

 多分、僕の記憶が間違っているのだろう。蛍の灯は、実際にはそれほど鮮明なものではなかったのかもしれない。僕がただ、そう思い込んでいただけのことなのかもしれない。あるいは、その時僕を囲んでいた闇が、あまりにも深かったせいなのかもしれない。

 僕には思い出せなかった。最後に蛍を見たのが、いつのことだったのかも思い出せなかった。

 僕が覚えているのは、夜の暗い水音だけだった。

 煉瓦造りの、古い水門もあった。ハンドルをぐるぐると回して開け閉めする水門だ。岸辺に生えた水草が、川の水面をあらかた覆い隠しているような、小さな流れだった。辺りは真っ暗で、水門の溜まりの上を何百匹という蛍が飛んでいた。その黄色い光の塊が、まるで燃え盛る火の粉のように、水面に照り映えていた。


 あれは、一体、いつのことだったのだろう。

 そして、一体、どこだったのだろう。

 上手く思い出せない。

 今となっては、色々なことが前後し、混じり合ってしまっている。

2020-07-22

anond:20200721135200

high pressure washingでYouTube検索

ケルヒャーとかの高圧洗浄機で庭のコンクリや壁や車を綺麗にする動画が見られる

業者がうちに頼めばこんなに綺麗になるんだぜって見せてる動画から冗長な部分もない

自分は車みたいなツルツルしたものよりもコンクリ煉瓦の壁が好みで

特に壁の苔や鳥のフンみたいな汚れがバシバシ取れていくのを見るのが快感

こういう動画が好きなあまり一戸建に移った時に高圧洗浄機を買った

回転式のブラシとセットで2万円くらい

前庭のコンクリブナの木から毎年落ちるドングリの油と泥汚れで黒ずんでいたが

回転式ブラシを数回滑らせるだけであっという間に綺麗になった

ここ数年で一番の良い買い物だった

2019-09-06

JINみたいな現代文明チート物語が好き

耐熱煉瓦や鉄をゼロからどうやって作るのか

現代文明チート無人島集団生活物語が見たい

んでも集団スタートするとなると個人の初期装備が自然なのは自然

高性能合成繊維タオル帽子腕時計眼鏡ベルトやビクトリノクスを持ってしまってるからゼロからスタートにできない

2019-07-22

パンティーの多い下着

二人の若い紳士が、すっかりくたびれたパンティーをかぶって、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことをいいながら、あるいておりました。

「ぜんたい、ここらの山はけしからんね。パンティーの一着も落ちてない。なんでも構わないから、早くスパンスパーンと、頭にかぶって見たいもんだなあ。」

黄色スキャンティーなんぞ、二三着かぶったら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」

それはだいぶの山奥でした。案内してきた専門のパンティ泥棒も、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。

それに、あんまり山がものすごいので、パンティーが破れてしまいました。

「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、パンティーをちょっと裏返してみて言いました。

「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。

はじめの紳士は、すこし顔いろを悪くして、じっと、もひとりの紳士の、顔つきを見ながら云いました。

「ぼくはもう戻ろうとおもう。」

「さあ、ぼくもちょうど寒くはなったし腹は空いてきたし戻ろうとおもう。」

「そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日の宿屋で、パンティーを拾円も買って帰ればいい。」

「ひもパンもでていたねえ。そうすれば結局おんなじこった。では帰ろうじゃないか

ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

「どうも腹が空いた。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。」

「ぼくもそうだ。もうあんまりあるきたくないな。」

「あるきたくないよ。ああ困ったなあ、パンティーをたべたいなあ。」

「喰べたいもんだなあ」

二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを云いました。

その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。

そして玄関には

LINGERIE SHOP 西洋下着

PANTIES HOUSE パンティー軒

という札がでていました。

「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか

「おや、こんなとこにおかしいねしかしとにかく何かパンティーがあるんだろう」

「もちろんあるさ。看板にそう書いてあるじゃないか

はいろうじゃないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ。」

 二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸煉瓦で組んで、実に立派なもんです。

そして硝子の開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。

「どなたもどうかお入りください。パンティー 。」

2018-11-22

[] 2017 台湾旅行記 第三部分

anond:20171012191320






3


3日目 午前


旅先では余り眠れない事が多い。

今日が今回の台湾旅行最後の朝だけど、グッスリはいかず、7時前に目が覚めた。


ボーッと窓の外を眺めていると、部屋の外からオバちゃん2人の声が聞こえて来た。

お客さんかな?ベッドメイクかな?

それにしても、楽しそうによく笑う。



朝食を済ませた後、ホテルのすぐ隣にあるコンビニで、スイカ牛乳japan walker、烏龍茶を買った。

japan walkerは鎌倉特集

昨日も女性誌を買ったけど、現地の雑誌というのは興味を唆られるものだ。

昨日、台北車站の地下街を歩いているとき中山地下書街」という掲示を見たが、午前中の地下街は人の流れもまばらで、場所がよくわからなかった。

わかれば本屋も覗いてみたかったんだけどな。

烏龍茶を飲んで「美味い!」と呟いた。

ペットボトルのものでも、日本のものとは香り全然違う。

あとで再購入したときによく見ると、材料表には「香料」もあったが、それは台湾人の嗜好としてこの香り重要という事だし、美味ければ大きな問題は無い。


ホテルの窓際でこの旅行記を書いていると、ザっと雨が降って来た。

台湾は雨が多いので、雨具を持って来ていたが、旅行を通して行動に困るほどの雨がなかったのは幸運だった。

雨はすぐに小ぶりになったけど、窓の外にはまだ傘の花が咲いている。

あと数時間でチェックアウトだ。



午前9:45分。


雨はとっくに止んでいる。

定刻にはまだ数時間あったけど、チェックアウトする事にした。

空港への送り迎えのため、ここには21:00にまた戻って来る事になる。

ベッドに上に「謝謝」と書いたメモを1枚残してホテルを出た。




3日目 午前


世界に展開するグローバリズム象徴スターバックスはここ台北にもある。

わざわざ海外に来て、世界中にある店に入り、ローカル微妙な違いを見るもの楽しいものだ。

150元を支払い、アイスカフェモカグランサイズを受け取って2階に上がると、そこでは男女がラップトップを開いていた。

世界のどこに行っても、スタバでやる事といえばコレらしい。


スタバで注文するのが苦手な人は一定数いる。

もしあなたがそうでも、安心してほしい。

台北にはドトールもある。

コーヒーを飲んだ直後で大してのども渇いてなかったが、入ってみる事にした。

入り口には行動を禁ずる、べからず集が書いてあり、犬とハンバーガーバツ印が書いてある。

その下に「禁止打牌」。

ペットを連れ込むな、食べ物を持ち込むなはわかるが、「トランプするな」は新鮮だ。


ドトールで頼むものといえば、ミラノサンドのA以外ありえなく、これはスタバドヤリングと同じ様式美なのだが、残念な事に、11:00以降しか頼めないようだった。

少しがっかりして、70元を支払ってアイス紅茶を頼むと、何も入れなくても甘かった。

台湾の人はアイスドリンクをなんでも甘くする。



旅行を通して概ね正しいエリーさんの助言に一つ違を唱えるなら、台湾suica、悠遊卡についてだ。

エリーさん曰く、チャージした金額有効期限は2年だし、デポジット100元が勿体無いので、頻繁に台湾に来るのでなければ購入を勧めないとのことだったが、実際に使ってみると、メチャクチャ便利。

複雑な購入手続き切符を買う必要なく、地下鉄も台鐵もバスもピッとやるだけでOK

交通機関現金決済したのはタクシーだけだった。

多少の損を補って余りある便利さの悠遊卡なので、台湾に来る際は是非購入を勧めたい。


帰りの便までまだまだ時間があるので、悠遊卡に100元チャージして、地下鉄台湾北部の景勝地、淡水に向かった。




3日目 午後


淡水は異国情緒ある海岸の街。

日本でいうところの横浜とか神戸といったところらしい。

駅前を歩けばすぐ海岸で、晴れ渡った空の下、おっちゃん達が釣り糸を垂らしていた。

ふと見ると赤い看板

台湾ではコーションは赤い看板に書かれるらしい。


「本河岸遊客衆多

 為維護遊客安全

 本路段禁止甩竿汉示」


「この海岸には観光客がたくさん来ます

 観光客安全のため、ここでは釣竿は振らないでください。」



さて、初日寧夏夜市で食うつもりで、メモまで描いたが、食えなかったものがある。

千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が食って豚になってしまったモノではないか、と言われている謎のプルプル、肉圓だ。

海岸から山の方に上がろうとして通り掛かった海の家で、「肉丸」と書かれた看板が掲げられていた。

昼時で丁度いい、食おう。

おばちゃんに「肉圓 QQ〜」と描いたメモを見せる。40元。

「それだけでは足りない」とエリーさんが言っていた肉圓だが、いざ食って見ると、正体不明のプルプルは意外とお腹にたまり、1杯で小腹を満たすに充分な量だ。

こんなものを大量にガツガツ食えば、それは豚にもなってしまうのかもしれない。


海も見て、肉圓も食って、煉瓦造りのキリスト教会も見た。

歩き疲れたので、台北に戻ろう。



台北についたのは午後14:00過ぎ。

今なら人に流れについていけば「中山地下書街」を見つけられるかもしれない。


地下街中山站方向に歩く。

やがて中山站を過ぎると、右手地下街にそって長い本屋が見えて来た。

中山地下書街」

やった、本屋だ。


「誠品書店」に入って見ると、平積みにされていたのは、謝馬力 著「女子翻轉」

女性生き方に関する本らしい。

台湾Sex and cityか?はたまた中国ジェーン・スーか。


しばらく歩くと、料理本一角

料理本って、みてしまう。

ほとんどの本が何を書かれているか、全くわからないんだけど、1冊、ピクルスの作り方に関する本があった。

美しいイラスト作ってみたくなる写真

これならなんとか分かるかもしれない。

からなくても、開いているだけで楽しそうだ。

買って帰る事にした。300元。



地下街を歩いていると「新光三越」の文字

台湾にも三越はあるらしい。

三越があるなら、正真正銘デパ地下があるはずだ。

これは是非行かないといけない。


新光三越に着くとデパ地下はどうやら地下2階。日本より小ぢんまりとして、お菓子などが中心ではあるが、これぞデパ地下という光景があった。

色々な店が軒を並べる中、お茶の店があり、白磁蓋碗ディスプレイされている。

日本に帰って、同僚とお茶を飲む為に、何か茶器が欲しかたから丁度いい。

560元は、多分日本より安い。




3日目 夕方


あと5時間で迎えが来るが、台湾でやりたい事リスト最後の項目がまだだった。


サツマイモが入った台湾式の清粥を食べる。


台湾で清粥といえば、飲んだ後に食べるものらしく、店が開くのは17:00からだった。

最近アルコールに弱くなったし、台湾では心置きなく食いたかったので、旅行中は一切、酒類は飲んでいなかった。

しかし、別に飲んでなくても問題ないだろう。

17:00ジャストに、「無名子 清粥小菜」に入った。


この店では、ショウウィンドウの中からおかずを選び、それにお粥が付いてくる。

どれにしようか?

ショウウィンドウ越しでハッキリ見えないが、美味そうな炒め物を頼んだ。


席に着くと、鍋一杯のお粥

さあ食うぞ。

しかし、運ばれて来たおかずを見て一瞬たじろぐ。

それは「牡蠣豆豉炒め」だった。

もっとよく見りゃ良かったぜ、ここは屋台ではないが、エリーさんの忠告を思い出す。

これを食えばあとは帰るだけとはいえ、もし飛行機の中で降せば大きな問題を抱える。

最悪当たるにしても、迎えのくる21:00までにスパっと終わるか、自宅に帰り着く翌10:00以降にしてほしい。

恐る恐る口に運んだ牡蠣は、豆豉の風味が効いて美味く、お粥は歩き通しの身体に優しかった。

これで、「台湾でやりたい事リスト」はコンプリートした。



無名子 清粥小菜を出て、おそらくこの旅で最後地下街を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅に出ると、道路しっとり濡れていた。

参ったな、あと一息で雨だ。

でも3日間で学んだのは、台湾の雨はすぐ上がるという事。

意を決して歩き出すと、どうも降っていたのはさっきまでだったらしく、殆ど雨には当たらなかった。

この調子で、願わくば牡蠣にも当たらないでほしい。




3日目 夜


ホテルフロントでこの旅行記を書きながら迎えを待つと、女性2人の親子連れが入って来て、フロントに尋ねた。

「この近くに喫煙所はありますか?」

日本語だ。

そんな基本的な事を聞くって事は、多分今日 このホテルに着いたのだろう。

自分は今夜、日本に帰るが、今日日本からたかもしれない人がいる。

ここでは毎日、入れ違いで人が行き交うのだろう。


しばらく待っていると、また日本から家族連れがフロントにやって来た。

お父さんが、自分の胸を指差して、現地で買ったTシャツになんと書かれているか聞くと、フロント男性は、ちょっと戸惑いながら答えた。

「えっと・・・簡単に言うとですね、『ゴキブリ』です。」


またしばらくすると、20人程の旅行客がやって来た。

話しているのは中国語で、スーツケースの大きさから見ると、多分大陸の人だ。

一団はひっきりなしに喋っていて、声も大きい。

この旅行であった人たちの中で、もっとも賑やかな人たちかもしれなかった。



嵐のような一団がフロントを過ぎると、迎えのツアーガイドがやって来た。

ガイド若い男性で江(チャン)さんという。

英語名はありますか?」と聞くと、「無いですね、僕も英語は喋れませんし」どうもみんなに英語名がある訳では無いらしい。


チャンさんは人当たりが良く、風貌イケメンというか、今風で、ちょっとチャラい感じといえなくも無かった。


空港までの車の中で、たくさん起きたことを話し、少し疑問だった事も答えてくれた。


台湾男性が機内でメガネだったのは、ちょっと上の世代伊達メガネブームがあった事。

台湾男同志性愛を描いた映像作品を観たのは、おそらく同性結婚が法的に認められたのと関係がある事。

ドトールトランプ禁止は、解禁するとギャンブルをやっちゃうからである事。

ついでに、チャンさんは実は以前に日本に来たことがあり、出逢いを求めて相席居酒屋に行ったら、40代以上の女性ばかりで少しがっかりした事も教えてくれた。

やっぱりちょっとチャラかった。


チャラいけれども、仕事をきちんとする好漢のチャンさんは、チェックインまで付き合ってくれると、出国手続きや再両替についても教えてくれた。

台湾出会う人は素晴らしい人たちばかりで、チャンさんもまた例外では無かった。


もう直ぐ台湾を去る。

台湾でしたい事の全てが予定通りに行えて、多くの予想以上があった。

言葉にすると陳腐だけど、これ以上正しい表現が思いつかない。

「全てが掛け替えのない3日間だった。ここに来て本当に良かった。」


チャンさんは日本語が堪能で、何を言っても理解してくれる。

でも、最後は、滞在中に助けられ通しだった方法以外にあり得ない。

「じゃあ、僕はここで」と微笑む彼に、ホテルの部屋で朝に書いた、最後メモを見せた。


「太棒了、台湾

2018-02-06

anond:20180205230732

 瓶の底で、蛍は微かに光っていた。

 しかし、その光はあまりにも弱く、その色はあまりにも淡かった。

 僕の記憶の中では、蛍の灯はもっと鮮やかな色を夏の闇の中に放っていたはずだ。

 そうでなければならないのだ。


 蛍は弱って死にかけているのかもしれない。

 僕は瓶の口を持って、何度か振ってみた。

 蛍は瓶の壁に身体を打ち付け、ほんの少しだけ飛んだ。しかし、その色は相変わらずぼんやりとしていた。


 多分、僕の記憶が間違っているのだろう。

 蛍の灯は、実際にはそれほど鮮明なものではなかったのかもしれない。ただ、僕がそう思い込んでいただけのことなのかもしれない。

 あるいは、その時僕を囲んでいた闇が、あまりにも深かったせいなのかもしれない。

 僕にはうまく思い出せなかった。

 最後に蛍を見たのが、いつのことだったのかも思い出せなかった。


 僕が覚えているのは、夜の暗い水音だけだった。

 煉瓦造りの、古い水門もあった。

 ハンドルをぐるぐると回して開け閉めする水門だ。

 岸辺に生えた水草が、川の水面を粗方覆い隠しているような、小さな流れだった。辺りは真っ暗で、水門の溜まりの上を、何百匹という蛍が飛んでいた。その黄色い光の塊が、まるで燃え盛る火の粉のように、水面に照り映えていた。


 あれは、いつのことだったのだろう。

 そして、一体、どこだったのだろう。

 うまく思い出せない。

2017-02-23

文脈山脈脈々受け継ぐ布煉瓦2017

「ですけど」の怖さ

「あとさぁ」の怖さ

用足しが来るのだ、、、、この足し算は割りにあわない用だぜ、、、、

2016-11-07

響け!ユーフォニアム5話 関西大会スタッフから見た感想

増田は昇降禁止お姉さんみたいなものです。(正しくはお姉さんを指示してた人)

何十回と使っててコンクール中はチーフとして動いたり、舞台装置動かせてもらえてたくらい慣れ親しんでいる場所なので、興奮しました。

(もう違うので書ける)

尼崎にあるアルカイックホールと呼ばれる会場が舞台(数年前名称変わってたな)

外観はサイトで見ていただいて分かるとおり、アニメは忠実に再現

写真をとるための広場や会場入り口あんな感じ。

楽器置場は都ホテルニューアルカイック。

吹奏楽コンクール間中はあそこが楽器置場として使われる。(繋がっている。聖地巡礼は難しいかと)

バスが止まってたところはホテル側だろうか。ホール駐車場屋根の下なので明るくないし広くない。

素晴らしかったのはホール内。(聖地巡礼たかったら吹奏楽するか芸能人になる)

下足箱が完全再現。大量の緑のスリッパに、並んだローファー。妙な狭さ。

コンクール仕様に整備された地下のリハーサル室。緑のシート。赤いカーテン(確か鏡だったかな)

指揮者台と椅子もリハ質付属のもの。完全再現

楽器を出し入れしてた場所は中の声聞こえるんだろうか?まぁいいや。

舞台裏再現。垂れ下がってるコードまで!

ただ待機場所あんなにばらけさせてはもらえない(奥の方で整列して静かにしないと怒られる)

テレビを見ているのは舞台上に学校名などをアナウンスする女性。(あとくそ忙しいのにサボってるスタッフ

あのでこぼこした反響板が一気に動くので、曲終了少し前にはあの裏に居たら超怒られる(頭打って死ぬから。あのホールで唯一気を付けないといけない場所

あのホールの素晴らしさは客席の壁が何故か煉瓦張りなところと、凸凹反響板。

書き込み完璧だった。あの反響板が関西でも音響最高と言われるホールを作り出している。(「音響家が選ぶ優良ホール100選」にも選ばれている)

ライト完璧。実際舞台から見たコンクール仕様で設置された景色

あのホールはよく目に見えないレベルの埃とライトキラキラするので、演奏家になると実際に久美子が見ていた指揮者けが浮かぶ幻想的な景色が見れる。

客席もなにもかも、そっくりそのまま。

全く気にならないけど一応現実と違う点を言うと、会場スタッフもっと多い。

地元ボランティア吹奏楽部学生OB楽器を運び、舞台設置をして、案内をしている。

コンクールメンバーに選ばれなかった生徒たちが待機するのは上手側(アニメは下手側だったかな?)

なのでアニメの倍は人が居る。

リアルを追及すると、あの裏には緊張による過呼吸などで倒れている学生が居たりする。

あとこのアニメには色々ツッコミどころはあるんだけど…………(コーチ少ないとかレッスンしてないとか赤リボンコンクールには出ないとか)

それでもリアリティが凄い!内部のドロドロや、一人楽器に向き合うからこそ起こる友人との共依存関係

モデル校の服装もなんとなくわかる。

増田の下の学年も同じ中学から大量にきて、ある時一気に辞めたので、胃が痛い

胃が痛くなりながら見ている!

全国大会には行ったことが無いので、普門館描写が楽しみ。

このアニメが夢の全国大会に連れて行ってくれるのかなぁと期待しています

リアルすぎて、いろいろ思い出して、5話は泣いちゃったよお姉さん。

2015-12-24

実は「三匹のこぶた」は差別的なのだ、という話を見かけたんだが

「藁の家」は黒人の住居を、「木の家」は黄色人の住居を、「煉瓦の家」は白人の住居を表しているのだ、みたいなやつ。

そんな話があるのかと思って調べてみたがソースがない。

唯一、アンドルー・ラングの『三匹のこぶた』では、

ブラウニー」「ホワイティー」「ブラッキー」という名前が付いているようだが、

煉瓦の家を建てるのは末っ子ブラッキーである

いくつかのブログで「三匹のこぶたには白人優越意識が込められているのでは?」という深読みをする人は存在していた。

それが次第に「白人優越意識が込められているのだ!」に摩り替わってしまったのだろうか。

「レディファーストの由来」の都市伝説が思い出される一件である

2015-04-01

マンハッタン計画はなかった

原爆なんて、原発なんて、最初からなかった—全体主義に怯える西洋の知識世界が総力を挙げて案出した虚妄世界から脱出し、全人類解放せよ!!

2015/4/25追記:ネタですた。詳細はぶくまこめ参照

2015/4/29追記:なんかロスアラモプライマーの邦訳出るんだって

2013-06-16

 瓶の底で、螢は微かに光っていた。

 しかし、その光はあまりにも弱く、その色はあまりにも淡かった。

 僕の記憶の中では、螢の灯はもっとくっきりとした、鮮やかな光を夏の闇の中に放っている筈だ。

 そうでなければならないのだ。

 螢は弱って死にかけているのかもしれない。僕は瓶の口を持って、何度か振ってみた。

 螢は瓶の壁に体を打ちつけ、ほんの少しだけ飛んだ。しかし、その光は相変わらずぼんやりとしていた。

 多分、僕の記憶が間違っているのだろう。螢の灯は、実際にはそれほど鮮明なものではなかったのかもしれない。僕がただ、そう思い込んでいただけのことなのかもしれない。あるいは、その時僕を囲んでいた闇が、あまりにも深かった所為なのかもしれない。

 僕にはうまく思い出せなかった。最後に螢を見たのが、いつのことだったのかも思い出せなかった。

 僕が覚えているのは、夜の暗い水音だけだった。

 煉瓦造りの、古い水門もあった。ハンドルをぐるぐると回して開け閉めする水門だ。

 岸辺に生えた水草が、川の水面を粗方覆い隠しているような、小さな流れだった。

 辺りは真暗で、水門のたまりの上を、何百匹という螢が飛んでいた。その黄色い光の塊が、まるで燃え盛る火の粉のように、水面に照り映えていた。

 あれは、いつのことだったのだろう。

 そして、一体どこだったのだろう。

 上手く思い出せない。

 今となっては、色々なことが前後し、混じり合ってしまっている。

2013-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20130207150827

萌え美少女で売ってない事

物理的にもライトじゃない(煉瓦本)し

そんなに文体ライトでもないし

いずれもライトノベル必要条件ではないと思うけど

http://anond.hatelabo.jp/20130207145440

一番の相違点は萌え美少女で売ってない事

例に挙げたシリーズに出てくるか? 萌え美少女が?

挿絵どころかそもそも美少女自体の圧倒的少なさと脇役感がひどいぞ

あとそんなに文体ライトでもないし京極堂と森ミスに至っては物理的にもライトじゃない(煉瓦本)し

つーか逆に「ラノベに近づいたミステリ」の実例と根拠を出せよお前は

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