はてなキーワード: キドとは
出社に2時間3時間かかった人がいて、在宅にすればよかったんじゃないかなあと思った
そのうち、帰れる人は帰れるようにというアナウンスがあったので帰宅したが、道路が封鎖されている交差点では車の列ができていた
幸いにも自宅は通行止めされている方向とは逆だったので、いつも通りの運転時間で帰宅できた
側溝から水が溢れ、家の付近の道路は大きな水たまりのようだった
突然スマホから聞いたこともないアラートが聞こえてきて、近くの川が氾濫したという通知が出た
該当地区ではなかったが、その後も2回ほどアラートが鳴ってドキドキした
そこからしばらくして雨はやんだ
ワイ男なんだけれど、時々名前から女だと思われることがあってな、そういう時に嫌だなーと思うからワイの性自認男なんだろうな。
当時は町内会が小学校入学時にいろいろとプレゼントしてくれたんだけれど、そのプレゼントがピンクだったか赤だったかで (当時、赤やピンクは女子の色) なんか自分が否定されたような気分になったものだった。親を通して抗議して、男の子らしい黒とか青とかのに変えてもらった。
いろんなところから参加してくる習い事の合同合宿で、受付で部屋番号を告げられるシステムだったのだが、部屋に行ったら女子しかいなかったとかも結構ショックだったな。
その部屋にいた先輩 (女) のアドバイスを受けて、本部にその旨を伝えて、部屋を変えてもらった。
ドキドキしたり好感を抱いたりする相手はふっくらとした同じかちょっと上くらいの歳の女性ばかりだったから、性指向は女性だったんだろうな。
多分、性自認はどちらにカテゴライズされることに納得感があるかだと思う。
その文化におけるステレオタイプをどれくらい受容できるかは多少はあると思うけれど、あまりそれにこだわるといけないのかなって思う。
かつては車は男のものって感じだったけれど、今は女のレーサーも評論家も見るしな。
かつては短髪は男のものだったけれど、今は短髪の女性もたまに見る。
かつては女はスカートだったけれど、ズボンをはいた女も普通に見るしな。
時代が変わればステレオタイプとされるものは変わるので、それになじめないからと言って一生変えられないスティグマを打ち込むのはいかれてるってことを言いたいだけ。
もうすぐ誕生日を迎えて33歳が終わるので、いい機会だと思って平成初期生まれである自分のロマンス観の奥底に眠る作品について、水面まで引っ張り上げて雑語りしてみた。なお性別は男。
目次
タイトル | シェーラひめのぼうけん |
作者 | 村山早紀 |
挿絵 | 佐竹美帆 |
筆者と同世代か、もう少し下ならば読んだことがあるかもしれない児童文学。たぶん、自分の記憶の最も深くにある恋愛観についての思い出は、このシリーズのとあるシーン。
当時、筆者はたぶんまだ小学生。隣町の図書館に足しげく通う図書館っ子でまだまだ児童向け書架の常連だった頃だと思う。ローワンシリーズや、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの魔法使いシリーズやハウルの動く城シリーズなどにハマっていた。佐竹美帆さんの挿絵が好きだったので、シェーラひめのぼうけんを手にとったのも、挿絵繋がりだったかもしれない(正直まったく覚えていない)。その中で、胸に響くロマンス表現に出会った。
シェーラひめのぼうけんは、主人公の少女シェーラが幼馴染でお供で子分の少年ファリードを怪力で振り回しながら、大人でも解決が難しい問題を剛腕で切り開いていくような物語。世界のあちこちへ旅をして、仲間たちとワクワクドキドキの冒険をしながら、悪い魔術師に石にされてしまった故郷の王国を復活させる方法を探し出すシェーラたちの話が紡がれる。
恋愛表現に疎かった当時の自分にとって、魔法が使えるけどひ弱なファリードがひめさまとシェーラを慕い、シェーラは幼馴染の兄貴分として彼の面倒を見るという二人の関係性は友情のものとして好ましく感じられた。もちろん男女の恋愛はちびっこが見るディズニー映画の中でも散々と描写されていたので、なんか男の子と女の子は仲良くなったらキスするんだ〜程度の認識はあった。だけどそれは「そうなるもの」であり、自分の中で情緒に紐づいて腑に落ちる描写ではなかった。だから、当時は恋愛でキャッキャするよりも、男女の友情関係の方がずっと自然に思えていた。ウブなボーイだったからね。(今から考えたら、ハイルとミリアム辺りとかは恋愛描写があった気がするけど)。
そんな中で胸がドキッとするような出会いがあったのが、最終巻近く。記憶だけを頼りに書いているので、間違っているかもしれないけど、確か、最終巻の一つ前の巻で、それまで一緒に旅をしてきたファリードが、実はシェーラの王国を崩壊に導いた邪悪な魔法使いの血筋で、彼もその強大で忌まわしき力を宿していると判明する展開がある。この時、確か、ファリードが敬愛するひめさまをその力で傷つけてしまい、自分の力に絶望して力を開放してドラゴンとなって空の彼方へ消え去ろうとするけど、当のひめさまからあなたが必要だと説得され、再び仲間になる的なエピソードがあった(はず)。
シェーラの目の前でドラゴンから人間の姿に戻った幼馴染のファリード。旅に出る前は少女の自分より身体が小さくてひょろひょろしていたのに、旅の終わりに近づいた今では、自分の方が彼を見上げるくらいに彼が成長していたことに気が付く。その時、シェーラのなかで、ファリードが頼りなくて守ってあげなければならない幼馴染ではなくなった……的な描写がある(ったはず)。
これがクリーンヒットだった。ここで以後の人生に永劫に刻まれる体格差萌えを発症してしまった。挿絵があったかは忘れたけど、自分の心の奥底には、ファリードと彼を見上げるシェーラの二人の姿が佐竹絵で深く刻まれている。
その後、図書館のティーンズコーナーで少女小説(主に小林深雪先生)にハマったり、同時進行で大人向けの棚の新宿鮫などのサスペンスやあとがきでいつも自作を傑作と書く夢枕獏の作品(闇狩り師とか陰陽師)を開拓していったりした。
実はシェーラひめのぼうけん2は途中までしか読んでいなんだよな〜。これを書いている今、サウードおじさまの便利キャラっぷりを最後まで確かめたくなってきてしまった。
彼氏は大学時代の友達(元彼とは別コミュニティ)で昔から恋愛の相手としては考えていなかった。
数ヶ月前に開催された大学の同期会で再開して以来ご飯に行ったり電話するようになった。
それでも異性としては見ていなかったけど、一ヶ月前のご飯の帰りに彼から「好きになっちゃった。好き。付き合いたい」と言われた。
ドキドキしたけど「ずっと友達だった人と恋人としてやっていけるかな」と迷った。
結局向こうから押し切られる形で付き合うことになった。
この一ヶ月間、会うたびに好きって言われたり、電話したり、遊びに行ったり、朝まで過ごしたりするうちに付き合った時の懸念はどうでもよくなるくらい大好きになってしまった。
今日も「彼は今なにしてるかな」って考えながらぼーっとしてたら、向こうから「声聞きたくなっちゃった」って電話が来て、話してるうちに一緒に出かけることになった。
迎えの車を待っている今の気分は「テトラポット登って、てっぺん先睨んで、宇宙に靴飛ばそう」って感じ。
好きよボーイフレンド。
俺みたいな中3でグロ見てる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは
あの山本が(山本って誰?)ところであいつ(誰?)今日来てないよ(誰か来てないの?)あー、あいつね(誰?)ってかんじで全く合わなかった
別に学校に生存確認しにいっているんじゃねーの…でもなんか、「ひま」ってかんじで…
ずっと引きこもってるやつらって、普通の奴らより充実してるように見えて羨ましいよね
大して楽しくもねーし、人一倍ひまつぶしにあれこれやってるってのに
万引きとかはしたことあるけど、「悪いこと」っていうより、「スリル」とか「捕まえられそう」とかそっちの方が気になってた
捕まえられなかったから、慣れ初めて味覚が無くなっちゃったけどね
だけど今でも気になるよ
あのスリル感
そして、なんつーか、「淋しい」んだね
独りでいいの?って
でもオレは一人が好きなんだ
というより、自然となんだよね
よく朝目が覚めるころ、外から人の声とかするじゃん
そんな世界狂ってるよ
それなら、いっそ悪いことしてた方がいいんじゃね?
俺もこの間見た!
きっかけは友人!妻に言われて病院行ったら、少し動きが悪いですねえと言われたらしく、俺も怖くなった!同級生だから!
これで見た!まあいるかいないか、動いてるかどうかくらいわかればいいかと思って!
見た後に容器に出す時間!薄いカステラがはいりそうな四角の浅い容器にどうやってこぼさず君たちはだすのか!
俺は前屈みでたって出した!たってるのは当たり前だって?うるさい!
容器に無事出したら次のドキドキがある!
見るまでの時間!
いるのか、いないのか、いるのか、、、いなかったら、
いなかったら怖い!
この時間が怖い
俺の場合は、、、
いた!
いたらいたで次の衝撃が待っている!いや!感動かもしれない!
なんかたくさん、たくさん動いてる!せわしなく!
俺は毎日ぐーたらと生きてるだけなのに、、このちっぽけな、レンズで拡大して拡大して拡大してやっと見えるくらいのちっぽけな存在が、たくさん、こんなにも!激しく!生きている?!
これが俺からでてきたのか?!!あーーー!
俺は、いつから俺だった?!!
俺は俺じゃなかった?!!誰?!!
そしてこんなちっぽけな存在から人間の目や口や脳そして四肢ができるのか?!俺が昔々の人間であれば、まさか!ここにちっちゃい人間がはいっているに違いない!!
そして散々観察して、片付ける。
液体にティッシュを当てる。
一応またレンズでみてみる。
もう、みんないない。
あれほど、たくさん、激しく蠢いていた俺のカケラはもう姿形もいない。一瞬で。
なんということだ。
そしてこれまでたくさん捨ててきたティッシュの中にもたくさんたくさんの精子がいたと思うと、俺はいてもたってもいられず、鎮魂の碑(ちんこんのひ)をつくることにした。
7/13 驚いた。コメントを返しておく。
https://anond.hatelabo.jp/20240713003005
筆者の友人の女性との話題で、女友達が妊活に苦労していて大変そうみたいな話をよく聞く。身の回りの男性もすでに既婚者となるなか独身を貫く筆者にはおおよそ無縁な話であるが、女性の子供が欲しいながら恵まれなかったという話に相槌を打つのである。
しかし教養として知る話として、不妊の原因の半分は男性にあると言われている。子供ができないことにヒステリックになる背景に、男性が他人事になって検査もしてくれないと聞く。プライドはわかるが検査はした方がいいと思った。
それはそうとして、そもそも諸君は自身の精子を見たことがあるだろうか。毎日出している白いやつと言えば半分は合っているのだが、実は精子は白くないのを知っているだろうか。そもそも毎日向き合っているものを知らずして他人に押し付けてよいものなのだろうか。
「精子は青い」そう教えてくれたのは、高校の保健の先生だった。高校生とはいえ筆者の性の目覚めは遅めだったので、当時はフーンというくらいに聞いていたが、大人になって不妊治療だとか性教育とかそんな単語が現れると、ふと思い出すのであった。
そんな中、あるネットニュースで「精子観察キット」というものが紹介されていた。スマホのカメラに顕微鏡のようなレンズを取り付けて精子を可視化できるのだという。興味が湧いたが、それを読んだ当時はそんなものを買う度胸はなかった。
転機が訪れたのは2020年、新型コロナウイルスのワクチン接種が始まった頃。
「ワクチンを接種すると精子の質が落ちて不妊になる」という噂話がSNSを駆け巡った。今後これを読む人のために補足をすると、今でこそワクチンデマと一蹴されるこうした根拠のない医療情報が、当時は社会問題になったのである。そんな中、コロナ対策チームはよく頑張ってくれたと思う。
人類の新たな危機と言える新型コロナに対抗すべく、一個人としてできることをやらなくてはならない。そんな使命感に駆られた筆者は、自らの精子を精子検査キットで観察し、ワクチン接種の前後で精子がどう変わるのかを調べてみることにした。
まずはキットの選定が重要だ。童貞の筆者は知らなかったのでここで啓発しておくと、コンドームや精子検査キットはアダルトショップで買うものではなく、妊娠検査薬などと一緒にドラッグストアに普通に並んでいる。当時はリクルートが発売していたSeemというサービス(サービス終了)と、TENGAが提供していたメンズルーペという商品があった。試しに両方買ってみることにした。レジに持っていくとスッと茶封筒にしまってくれ、こんな配慮サービスがあるのかと驚いた。化粧品の充実したドラッグストアだとレジ前に女性が多いので少し勇気がいるが、気になるならペットボトルでも買ってカゴに混ぜておけば良いのだ。
いずれも箱の中には精液採取用の道具とレンズが付いている。これをスマホカメラに装着し、レンズに精液を垂らすと、カメラに精子が映る。この動画をサーバーに送ると、精子を画像認識し、精子の数と、よく泳ぐ精子の割合を示してくれるのである。
性教育をあまり受けてこなかった人のために補足すると、精液は精子のほかに前立腺など様々な液が合わさってできていて、射精直後は粘り気の強い塊になっていて、一丸となって送り込まれる。そして時間が経過すると透明でサラサラになり、卵子めがけて泳ぐ精子を助ける潤滑剤となるのである。つまり、活発に泳ぐ精子を見るためには、精液を30分ほど放置してサラサラにしなくてはならない。
ところが実家暮らしの筆者にとってこの作業は困難を極めた。筆者の部屋にはわりと気軽に家族が会話しに来訪するので、普段はトイレでこっそり致している。ということで、部屋で致そうとすると緊張して奮い立たないし、隠しておくにしてもビクビクしている。ビクビクしているゆとりもないのだ。偶然もらったお菓子の空缶があったので、そこに隠して放置する。サラサラになった精液をスポイトでレンズに注入すると、精子が見える。測定上の注意事項として、最近のスマホのレンズは大きいので、ここに傷がついていても飛蚊症のようになり綺麗に映らないので注意が必要だ。そしてLED照明など点滅する照明を顕微鏡のライトにするとチカチカしてとても見るに耐えないので、ライトにも気を配る必要がある。
ドキドキの対面である。精子の姿がスマホに映った。Seemのレンズで見た精子は、確かに青かった……。
早速精子を動画に撮り、サーバーに送ると、しばらくしてその結果が送られてくる。筆者の精液には1mlあたり2400万の精子がいて、そのうち活きているのは6割という結果だった。TENGAメンズルーペには精液採取のカップに目盛がついていて、量を測ることができた。測ってみると5〜6mlの範囲に収まっている。これも保険の教科書通りだった。基準はWHOが定めているので気になった人はググってみて欲しい。
ワクチン接種は筆者にとって地獄であった。腕はパンパンになり、高熱が出て1週間寝込んだ。精子は熱に弱いので、この熱では死んでしまうのかもしれないと思った。しかし少し落ち着いてから測定してみると、4200万匹、運動率は6割でほぼ倍増である。減るどころか増えているではないか。色々考察してみたが、夏の筆者は繁忙期で、寝ても覚めても仕事していた。これがワクチンの熱で1週間寝たきりになったことで、睡眠不足が改善されて精子が増えたのではないかという仮説に至った。
2回目の接種でもためしたが、寝込んだ後に精子を調べると精子の濃度が高くなることがわかった。そして年末の繁忙期にも試してみたところ、この時期になると精子の運動量が2割程度に落ち込むのである。主観的な意見と言わざるを得ないが、精子が疲労のバロメーターになっているように感じられた。
つまり、我々は日常的に精液を放出しているつもりでも、その中にいる精子は健康状態……たかが寝不足程度でも、日々増減したり、中身がほぼ死滅していたりするのである。女性は月に一度しか妊活のチャンスがないと言われるが、一方で男性にも毎日チャンスがあるわけではないということをこの実験は示した。
自分の身体にこんな秘密が隠されていたとは思わず、外出自粛の間、メンズルーペを使って精子を調べることに没頭した。画面の中で精子たちは、腕時計の中で動く歯車のようにピコピコと機敏に動いている。そうやって頭を振りながら泳ぐ精子たちを観察しているうちに考えたことがある。それは
「女性だけが命を宿すことができるというが、男性だって命を宿している」ということだ。
精子は人体で最も小さい細胞であるが、父親の遺伝子を母親に届けるという役割のために泳ぎ回っている。確かに赤ん坊は女性から生まれるが、この精子たちもその命の構成要素の一つだ。精子は生きていた。この目ではっきり見たのだ。
顕微鏡に注いだ精液は、スマホで観察するために照明に照らされ、蒸発しやすくなる。その中を泳いでいる精子がどうなるか知っているだろうか。だんだん身動きが取れなくなり、必死に尻尾を振りながら息絶えていき、やがてレンズにはさっきまで活発だった精子たちの死骸が映るのである。いくら単細胞とはいえ、ふだんトイレに流していた命の源を直視すると、少し堪えるものがある。
卵子が受精する瞬間を奇跡とか神秘とか称する教育ビデオは学校でも見てきた。確かに命は尊いものだ。ただ精子を一人称とすれば、彼らは生きた状態で放たれるとも限らず、その行先もゴミ箱やトイレやゴムの中かもしれない。生涯に1兆匹生み出されながら、ヒトとして生を受けるのは数匹である。1匹や、0匹かもしれない。生存競争にすら立てなかった精子の生き様を見て、掴んだ命に誇りを持って生きていこうと思った。本当は身近な人にこそこういう話をしたいが、頭のおかしい人だと思われたらどうしようという思いで二の足を踏む。誰かに届くことを願って、ネットに垂れ流しておこうと思った。
さて、それぞれのサービスの違いだが、Seemは1回3000円という結構お高い装置だったが、鮮明に精子が泳ぐ様子を眺めることができた。いっぽうTENGAメンズルーペは1500円で4回分というお買得な商品だが、そのせいか鮮明さでは少し劣るところがあると思う。しかし安いので、定期的に精液チェックをするにはもってこいである。
それとは別に、ロートが精子観察用のレンズを売っているそうで、ピント調節もできる高性能なものらしく、大いに興味を抱いている。しかしこれが通販でしか買えないらしいので、家族にバレないように買う方法を探している。
最近はスマホのカメラがAIで画像を補完するようになり、精子の動きがカメラの古典的な画像処理なのかAIの補完なのかわからなくなってしまったようで、いい映像が撮れない。この影響か、テンガもついに解析サービスをやめてしまって、目視で精子を見るアプリと化した。なのでこの手法で手軽に判定することはもう叶わず、定量的な評価をするには泌尿器科に行かなくてはならない。だが1500円ほどで精子が見れるので、一度は自分の目で我が子の泳ぐ姿を見る経験をしてもいいのではないかと思う。
というか、妊活する男性にとってはこれこそがチントレであろう。精子は簡単に弱る。せっかくなら自分の精子の動きから戦闘力とか算出して遊ぶゲームとか作ったら楽しそうだなんて妄想すらする。流石にゲームは難しいかもしれないが、少なくともただ排泄する粘液と思わず、自分の生み出す命と気軽に向き合ってみてもいいじゃないか、という気がした。
私はある。なんなら今の夫である。
私達はゲーム内のチャットから知り合ったのだが、その時点でどうやらタイトルどおりのことをお互いに相手に対して思っていたらしい。夫いわく、「どんな形であれ一生付き合っていくのだ」と思ったとのこと。
というわけで、タイトルのような体験談を募集したい。夫婦じゃなくても同性でも異性でもなんでもいい。パズルのピースがピタリとハマるようなそういう感覚を出会った瞬間に感じて今どうしているか知りたい。
ちなみに私は夫と出会い5年が経とうとしているが、最初からドキドキなんてものはなくて、ハマったという感覚があった。あと、出会ってからの人生がすごく早く?なった感覚がある。幸せ……というより生きてる、とか充実してる感覚がある。
みなさんはどうですか?
今日ふと思いついてやってみて、正直クセになりそうになっている。
足首までズボンとパンツおろして、シャツと下着を首の方までたくしあけまるだけでいい。
視界の範囲で裸であればいい。
水玉コラージュみたいなものだ(もしかして今の時代にはもうないのか……?)。
目の前に広がっている自分の裸。
「あれっ、これってやっていいことなんだっけ」というドキドキ感。
パソコンと向き合っているだけでは湧き上がらない種類の、もっと本能的な不安と高揚感。
さっと服を戻して、何食わぬ顔で個室を出て行き、手を洗って出る。
自席に戻りながらふと、「そういえば今、仕事のこと考えてなかったな」と気づく。
その頃にはきっと心も軽くなっているだろう。
FF比率同数、200前後のいわゆる普通のアカウントで、ツイートもまぁ、使ってた時は毎日、ぼちぼち、くらいの全く健全な普通のアカウント何だけど、
まぁ、ちょうど1年くらい?ログインしてなかったのよ。 で、久しぶりに普通にログインして、有名人??のツイートにリプライしたんだけど
結構過激な事言ったのに無反応でさ。 過激言うても罵詈雑言とか放送禁止用語じゃなくて、まぁ、空気読んでない、人によっては失礼ととられかねないギリギリな感じのね。
初対面で送るべきではない距離感のリプというか、まぁ、友人同士なら問題にならない程度のリプよ。
別アカウントでログインしてWEBから見ると、じぶんのリプがスパムにも表示されてない。
元ツイは万単位の表示で、ぶら下がってるリプも4000とか8000は表示されてる。
AIがスパムしてる、自動こぴぺのインプレゾンビのスパムリプですら400とか表示されてんの。
スパムかもしれないリプってところに隠れてもAI botか手動か知らんけど、他人のリプをまるまるコピペのリプでも400表示。
俺の魂を込めたリプは7表示。
泣けるね。
俺の声は届かない。
スパム以下。
でもいつまでもコンプレックスなままなのもどうなのか。そう思い、一念発起して食べに行ってきた。
お店の扉を抜けると柔らかい笑顔が特徴的な、優しいおじさんに出迎えられた。まずはテーブル席に案内されると俺は壁に目をやり、思った以上に種類があるのを知った。
迷いながらも結局は先にホームページで確認して決めていた通り”ガーリックチーズナン”を指名した。ドキドキしながら待っているとガーリックチーズナンが運ばれてきて、写真で確認したものよりもり艶やかで、可愛かった。
ガーリックチーズナンはニコニコしながら俺を出迎え、俺は少し挙動不審だったのかもしれない。だから「実はこういうのは初めてで……」と先に申告した。ガーリックチーズナンは驚く様子もなく、微笑のまま「そうなんだ」と言ってくれた。
水で口の中を清め、さっそくいただくことにした。一口、小口で慎重に頬張ると口の中でチーズがトロトロに蕩けた。「あっ……」とガーリックチーズナンが卑猥な声を上げる。俺は興奮した。あまりに旨かったのだ。続けざまにガーリックチーズナンを頬張る。しかし焦らず、慎重に。あくまで少しずつ、相手が嫌がることは駄目だと自分を咎めるように。だが止まらなかった。気付けば貪るようにガーリックチーズナンを求める自分に気が付いた。まるでずっと忘れていた野獣のような本能を思い出したかのように。
心を満たすような満足感と共に心の何処かでは”こんなもんか”といった冷める自分もいた。
だがこの行動自体に対する後悔はなかった。自分はこれでもう”チーズナンを食べたことがない”といった、一種のコンプレックスからは解放されたのだから。
確かにチーズナンは美味しく、そして心を満たすものがあるように思えた。
それでもどうして人はそれほど頑なにチーズナンを求めるのか?未だ理解し切れないところがあるのも事実だった。単に自分の経験不足のせいかもしれない。そんな気もしていた。
オタクインフルエンサー暇空茜が、少女支援団体Colaboを潰そうとしたきっかけになったのが、温泉むすめ炎上だ。
オタク達を見たら、なんの問題もない温泉むすめに放火したから放火され返すのは当たり前だ!と言う意見が主のようだ。
温泉むすめは観光庁が後援し、政府観光局の訪日誘客キャンペーンで、ポケモンやハローキティと並んでに選出されている、日本の温泉を宣伝するためのコンテンツだ。
少女達が夜這いにドキドキしたり、特技スカートめくりだったり、30前には人の目には見えなくなる設定が物議を呼んだ。
でも国が後援するコンテンツとして一番ありえんと思った温泉むすめのPVは、ほとんど話題にならなかった。
どう見ても10代前半くらいの全裸少女の胸や股間にカメラが動くあれ。
まずカメラが温泉むすめ達の体の上を動き、最後に顔が映ると温泉むすめもこちらに気が付き微笑んだり照れたり涙目になったりする。
温泉に入ってる温泉むすめ達が男性に見られて反応を返すというシチュエーションだと思う。
今は消されてほとんど残ってないのでまとめサイトで失礼するが↓これ。
リベラリズムから考えるんだったら当然職業選択の自由はあって、何人たりとも職業によって人を差別してはならないってことになると思うんだけど、その職業に就いたら差別されてもしょうがないっていうのはどういう理屈なんだろうか…って思う。
そういう職業によって健康を害するっていうことなら労働環境を良くするように働きかけるとかは当然あって然るべきだと思うし、バーチャルにできるとかならそれもいいと思う。
でも「一度でもその職業に就いたらそういう扱いを受ける」っていう話はそういうこととは別の話だよね…?同じこと?
別にだからって男性はそういう人とも好き嫌い言わず結婚しろとかそういう話をしてるんじゃあなくて、まあそういうのがいやな人は当然いるだろうし好きにしたらいいと思うけど、それをなんかスティグマみたいな感じに表現されると、はて…?ってなるなー?
下手したらここからやがて日本はかつての東南アジアみたいに買春ツアー客とかくる国になったらどうしようってドキドキしてるとこ。
そういう職業があることはいろんな事情があると思うので別に咎める必要はなくて、つまり国の状況がそういう職業を作っちゃうってことじゃん…?
ああいった過酷な職業が存在する国が本当に先進国の姿なのか?って他の人も言ってるけど確かにその通りで、その職業があることが悪なのではなくて、そういう状況に追い込まれる人が出る社会に病巣があるんだと思うなー。