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2018-03-26

希志あいのと僕

仕事の帰り道、届いたメールに目をやると、もうすぐポイントが切れるとDMMからのお知らせだった。

最近社会人になりやっと責任のある仕事を任せてもらえるようになり、なかなかゆっくりAVを選ぶ時間を取れていなかった。

早めに仕事を終えた今日は、ポイントでどんな作品を買おうか想像を膨らましながら家路についた。

晩ご飯も食べ終え、いざ良いオカズを探そうと探すが、どうもピンとくる作品がない。

30分ほど探していたが、良い作品出会えずに今日は諦めよてブラウザを閉じようを思ったときに見つけたのが、希志あいのだ。

僕が初めて希志あいのを知ったのは2009年の高3の夏だった。

初めて画面上で希志あいのを見た時、出会って4秒で恋をした。

その夏は、一刻も早く田舎の汗臭い中高一貫男子校から抜け出したい一心で、東京のK大を目指して勉強していた。

K大に入学しさえすれば、女性とまともに喋ったこともない生活が一変し、一瞬でモテモテになると本気で信じていた。

そんな思いから、起きている時間のほぼ全てを勉強に費やす毎日だった。

しかし、そんな勉強漬けの生活にも月に一回の楽しみがあった。

それは、近くの駅にある美容室にいくことだった。

髪を切るのが楽しくていっていたのではもちろんない。

受付にとびっきり可愛い女性が居たからだ。

予約の電話をするといつもそのお姉さんが出てくれ、「あの、もし、、えーと、もし、、」くらいで僕だと気づいてくれて予約を取ってくれた。

そんなにキョドって電話をするやつは僕しかいなかったらしい。

美容室では受付の椅子に座っている時や、ちょっとした待ち時間にお姉さんはすごく優しく話かけてくれた。

しかし、なにも優しいお姉さんがいるからという理由だけでそんなにも美容室が楽しみだったわけではない。

そっくりだったのだ。お姉さんが。希志あいのに。

いつも画面越しでみる女神が受付にいたのだ。

細身で丸顔に大きな目。笑顔までそっくりだった。

月に一度、あいの姉さんを見るだけで、勉強なんていくらでも頑張ることができた。

そんなある時、予約時間に遅れてしまい、「次からは遅れる時はメールするんだよ!!」とアドレスを教えて貰った。

それが嬉しすぎて正直2日くらい勉強が集中できなかった。。

メールでは次の予約などをするだけであったが、それでもドキドキの連続で5歳は上であろうお姉さんに恋をしていた。

勉強は休まず続け、秋になり、冬になり、受験がやってきた。慣れない東京ホテルに泊まり、緊張からお腹を壊しまくっていた。

本命学部では緊張からパニックになり手応えは全くなかった。

残りの日程の学部テストだんだん弱気になっていて正直受かる気はしていなかった。

そんな夜、届いたメールを見ると、お姉さんから励ましのメールであった。

心配になってメールしてきてくれたのだ。

正直メールの内容は他の人がくれるような、ありふれた内容だったが僕には女神の導きに見えた。

お腹崩壊したままだったが気力を取り戻し、なんとか受験を終えることができた。

正直全部落たかとおもっていたが、メールをもらった翌日の学部は補欠合格入学できることになった。

すぐにお姉さんにメール合格を伝えたら自分ごとのように喜んでくれた。

何通かメールをやり取りしたあとお姉さんからも実は報告があると返事がかえってきた。

増田くんが受験終わるまで言うの待ってたんだけど、3月末でお店やめるの。実は店長結婚するの。」

ずっと前にお姉さんは僕の気持ちに気づいていたのだ。

ショックから落ち着いたタイミングで、今までの感謝を伝えに大丸ハンカチを買ってプレゼントしにいった。

プレゼントを渡した帰り道、あれだけモテたい一心勉強を頑張った大学生活に心踊らすことはなかった。

みんなにモテいかったのではい、お姉さんにモテたかったのだ。

涙をながしながら下を向き自転車をおしえていると、鮮やかな夕日がさしこんできた。

顔を上げると、そこには夕日に照らされた、咲き始めの桜が輝いていた。

始めて恋知って、始めて恋の痛みをしった春だった。

それから10年。今日あいちゃん作品を見た瞬間、いままで忘れていたその当時の春の香りが駆け巡った。

なんだかわかんないけど、涙と笑みが溢れ出た。

お姉さん、あいちゃん、いまは緊張でお腹を壊すこともなく元気に頑張ってます

来年は素敵な彼女と春を迎えれるように頑張ります

2018-03-02

anond:20180302084836

おれもそう思う。

しかし……。

うちは夫婦それぞれ小さい会社経営しているから、子育て交代制なんだけど、たぶん世の中の男は子育ての大変さを理解していない。

おれの担当はせいぜい週1~2日だけど、その1~2日をいかに乗り切るか常に必死な状況。

考えることとやることが鬼のようにあるよ。

朝ご飯をたべた時間から昼食時間を算出

・午前中お昼寝するかどうか? お昼寝している間に昼ご飯作れるか?

・作れないならどうするか?

・昼ご飯のあとはだいたいお昼寝する。そこをどう使うか。

・お昼寝のあと、どこに遊びに行くか?

晩ご飯をどうするか? 一緒に食べるか、別々にするか?

・きのううんちしたか? それによって今日のうんちも予測予測通りには行かないけど。

・お風呂どうするか?

うちはすでに乳飲み子ではなく2歳手前だから、その間ずっと一緒に遊んであげる。近所の公園に行ったり、空港近くで飛行機を見たり。家にいるときはだいたい「むしば建設株式会社」とか「ぼよよん行進曲」を一緒にうたう。

夕方にはくたくたになっており、性欲を全開にする余裕はないよ。

裁量労働制職場で激務をこなした経験を踏まえても、育児仕事より疲れると思うよ。

2018-02-28

お腹空いたなー

今日は後半晩ご飯のことしか考えてなかった

何食べよう

そばカツ丼、いなりずし、いちごヨーグルトあんかけ焼きそば餃子、、、

候補ありすぎるな

まあまだ帰れないんですけど

2018-02-23

もしかしてコロッケって完全食品なのでは!!!

昨日晩におつとめ品で買ってきた半額コロッケ

会社に持ってきてお昼に食べようと思ったけど食べ損なったので

おやつに頂く!

めちゃめちゃうめーーーー!!!

スーパーの閉店間際まで残った揚げ物って

お世辞にも美味しいとは言えないけど、

コロッケならいける!と最近やっと学習しました。

もう晩ご飯コロッケで良いよ!

2018-02-12

猫を看取った話

昨日。

晩ご飯の買い物から買って帰ってきたら、ベッドの下から「にゃあ」って声がした。

昨日まではちゃんと玄関まで迎えに来れてたのに。

ベッドの下を見ると横たわってて顔だけこっちにむけて「にゃあ〜…」って、力無い声が。抱きかかえると力無くぐったりしてる。

餌場に連れて行ってもその場でへたり込んでしまって、立ち上がる力がないらしい。確か16時頃。

仕事中の奥さんに「そろそろだよ」とLINEしたら、「撫でてあげてて。晩ごはんは買って帰るね」と返信があった。

それからはずっとソファに座って抱えて撫でてて。名前を呼ぶと顔は動かせないけど、尻尾けがタンと動いてしっかりお返事していた。

しばらくこのままだったので、今夜がヤマかなーって何となく思ってた。

18時過ぎ。

奥さんから「そろそろ帰るね」とLINEが来た頃、呼吸が荒くなって舌根が震えるイビキみたいな息遣いになってきて。胸元に手をやって鼓動を確かめると、まだしっかり、人間よりも早い猫のペースで動いていた。

奥さん帰宅

コートを脱いで猫を撫でてた。「どうかな?」って聞かれた時、鼓動が人間くらいのペースになってて「まだ動いてるけど、あかんわ」と答えたと思う。この時は瞼に手をかざしたら反応があったからまだ意識があったのかな?

その後、ふいに猫がぐぐーっと手足を伸ばしてあくびっぽい動きがあった。同じ体勢が疲れたのかなって思って、体の向きを変えてやると、もう全身に力が入っていなかった。

瞼に手をかざしても無反応。腕を持ち上げても無反応。呼びかけても当然無反応。

が、胸元に手をやるとまだ微かな鼓動があった。奥さんに「もう最期だよ」って話しかけたら、その時は鼓動が止まってた。

奥さんが帰ってから15分くらい。

奥さんの顔を見て安心したのかな、あっと言う間。

自分の腕の中で最期を看取れて良かった。

伸びをした時、その後の脱力最期の鼓動の感触は鮮明に覚えてるし、忘れる事はないと思う。

朝方に顔ペロして起こしてくる奴も居なくなったし、トイレへのドアも閉じて平気になるし、床に服を置いても毛まみれにする奴も居なくなる。

生活が変わるね」って奥さんの言葉

猫を気にした生活スタイルが、これからは気にしなくても良くなる。ただ、これから生活でそのギャップにふと気づいた時、奴の存在を思い出して悲しくなるんだろうな。

まぁとりあえず、癌の辛い闘病生活を闘い抜いた奴にお疲れさまと言いたい。

anond:20180117204956

2018-02-05

anond:20180205114635

子どもの頃、しょっちゅうその質問されたけど、正直苦痛だった。確かに食べ物好き嫌いはあったし、母もそんなものは十分承知していたけど、母が本当に相手の食べたいもの作ってご機嫌とりたい相手は父だったんだよね。今みたいに簡単LINEとかメールとか送って「今日晩ご飯何がいい?」って聞ける時代じゃなかったのと、子どもが食べたくないものを作ってしまうとあまり食べなくてめんどくさいから私とか弟にも聞いていたんだと思う。

今は母の手料理を食べるのが週1回あるかないかなので、「あんたの好きな○○にしといた」とか「野菜あんまり食べないだろうから鍋にしといた」とか言われて素直にありがたいと思えるけど、当時の母は鬼気迫る感じで怖かった。晩ご飯作りにそんなにも気と手間を使わなければいけない主婦という仕事をイヤだと思った。過去記憶のせいなのか、単にめんどくさがりなのか微妙だけど、未だに料理は嫌いでほとんど自炊してない。料理が好きとか楽しいかいう人が信じられない。義務じゃなくて気の向いたときだけ趣味として作るんなら楽しいのかも知れないけどさ。

anond:20180204222732

うわー、私の15年ぐらい前と同じ状態の人がいる。もっと離婚した当時は30をちょっと過ぎたばかりで、まだまだイケると思っていて、自由になれるってなんて素晴らしいんだろうと思っていた。

その後しばらく実家暮らしマンション一人暮らしを始めて現在に至る。結婚生活が短かった(3年半ぐらい)のと、元ダンナといちいち趣味休日の過ごし方が合わなかったので、「やりたくないことをやらずに自由にできる」というのは素晴らしいことだと思った。ただ、実家だと家事は全部母がやってくれるので暇を持て余し、休日ネットばかり見ていた。

結婚前の若いとき友達は少なかったし、休みの予定もあまりなかったので、離婚してからもあまり生活は変わらなかったけど、自分ひとり分でも家事は発生するので、一人暮らしになってから、好きなことをやる時間は減ってしまった。趣味はいちおうあるし、そのサークルにも入っているけれど、あまり頻繁に皆で集まったりするわけではなく、各自活動して成果を持ち寄るような感じなので、休日に寝過ごすと、洗濯物を片付けて実家晩ご飯を食べに行って一日が終わってしまうようなことがままある。

嫌いなことをやらなくていいというのは幸せなようでいて、自分能力可能性をつぶしているのかも知れない。料理ほとんどしなくなり、掃除も面倒で水回りだけときどきやるレベル防災設備点検とかでときどき業者が部屋に来るんだけど、「みっともないから部屋を片付けなくちゃ」みたいなモチベーションゼロ。子持ちの主婦だったらもっとてきぱき動いて私と同じ時間で何倍ものことをこなすんだろうなとか妄想する。

やらなきゃいけないことを能率的に片付けないと自由があっても時間有効に使えない。趣味サークルメンバー技術レベルがどんどん上がっていて、自分けが取り残されているような気持になることがある。旅行ほとんど一人旅。前は頑張って2~3カ月に一回ぐらい行っていたけど、最近それもめんどくさくなっている。一人旅って自分のペースで動けるのはいいけど、私のようなペーパードライバーだと交通の便が悪いところで苦労する。結局国内一~二泊の県庁所在地とかある程度便利なところになってしまう。ツアーに乗ってもいいんだけど、一人で参加するにはつらい行き先とか一人だと泊まれない宿とかあって制約が多い。

ときどき「新しい趣味に挑戦しよう!」と思ってお道具をそろえるんだけど、そこまでで終わってしまうことが多い。今のマイブーム着付けで、リサイクル着物の店で着物と帯をゲットし、小物もある程度ネットで買ったんだけど、果たしてマスターするところまで行くかどうかが問題だ。私の投稿を読んでも特に希望はわいてこないと思うけど、元増田さんも何か楽しいことを見つけられますように。

anond:20180205100135

「あたしおかあさんだから」の歌詞の件はこの投稿を読んで初めて知りましたが、本当に今どきこれはないですよね。平成のこの時代に実際にここまでやるお母さんはいないと思うけど、ちょっと古い世代だとまぁ有りうるのかなと。

自分母親も、家族のために自分の楽しみを犠牲にするタイプです。父とは同い年夫婦ですが、共に70歳を迎え、老後をのんびり過ごせるはずのところを、父が在宅であれば昼ごはん晩ご飯も作り、施設に入っている姑と実母(私からすると母方の祖母ですね)のところに時々行って面倒をみています。父方の祖母と同居していたときは、足腰が利かなくなっていたのでトイレの介助をし、好き嫌いが多いので、自分たち夫婦用とは別のメニュー祖母食事を作っていました。

もう少し祖母が元気で自力で外出できたときは、仕事が不規則な私と近場にお出かけなどしていましたが、介護生活に入ってからはそれもなくなりました。特養に入ったので大幅に手間は省けたはずですが、いつ施設祖母たち本人から連絡が入るか分からないためか、あまり遊びに出かけてはいないようです。ときどき水泳に行ったりランニングをしたりして健康には気を遣っているようですが、極力お金がかからない遊びしかしていません。

本を読みたければ図書館で借り、映画を見るのも映画館ではなくレンタルDVDなどで済ませているようです。父が好きなように外出しているのに、母はいまだに家に縛り付けられているように見えます。私が子どもだった頃は、「夕食のおかずを何にするか」「夫が何時に帰ってくるか」「洗濯物がちゃんと乾くか」みたいなことばかり心配しているようで、「専業主婦ってつまんないの」と子ども心に思いました。

私は社会人になってからもしばらく実家に住んでいましたが、「食事が出来たと声をかけてもなかなか部屋から出てこない」「お風呂に入れといってもなかなか入らない」「髪の毛を乾かすために風呂から上がってもなかなか寝ない」という母の思い通りにならない行動にいちいちイライラされてヒステリックな声を出されてました。自分毎日決まった時間に夕食を用意し、お風呂をぴかぴかにして、皆がすぐに入れるようにしておいても家族が思い通りに動かないのがイヤだったみたいです。なぜか父が夕食どきになると突然買いものやら何やらの用事を思い出し、いちいち外出するのも母の怒りに油を注いでいました。

父方の祖母の60代といえば旅行三昧で、家にいるときも「今日は○○の会があるから」としょっちゅう外出していましたが、母にはそういう自由がありません。私と一緒に外出できていたときも、「晩ご飯の支度に間に合う時間に帰る」のが暗黙のお約束でした。ごくまれ飲み会食事会の予定が入っても、その分家族の夕食を用意してから出かけないと気が済まないので、特段手間が減るわけではなく、あまり楽しみにしているように見えませんでした。

そんな母に頼りまくって育った私は家事能力が低く、あまり介護の役にも立ちません。家族のために自分犠牲にするのがイヤなので、一度結婚したけど、義理親・義理親族との付き合いに追われたり、共稼ぎなのにダンナにやたらとちゃんとした家事要求されるのに疲れて別れました。今思えば家事をてきぱきこなせると、仕事の要領も良くなるようなので、もう少し頑張っておけばよかったかもしれませんが、子供を産んだら育児時間お金を奪われるのも恐ろしくて子づくりも拒否しました。それなりに稼ぎのある仕事をしているので生活には困りませんが、どういう人生が一番幸せなのかいまだに分かりません。長文で失礼しました。

2018-01-31

食欲もないし空腹でもないけど晩ご飯食べちゃう

頭がおかしいのかな

2018-01-30

バイト辞めちゃった

はぁ。長く続けられると思ったんだけどなぁ。

7か月でした。情けないなぁ。

でも短い間だけど色々もやもやがあったので踏ん切りをつけるため最後から少し愚痴らせてくださいね

長文なのでご注意を。

在籍してたのは社員5~6人(変動多かったけど最大でも7人)のちっこい会社でした。

まず、労働条件面接で言ってたことと全然違った。

私は事務アルバイトで入ったけど、何か突然「営業成績をとるためテレアポをやってもらう!」と言われた。

でも契約事務なので、テレアポの人より給料凄く少ない。時給800円とかそんなもん。田舎なのもあるけど…。

それが入って1か月ぐらいの時だったかな。

一応、研修も受けたけど私はそもそも電話がすごく苦手で。

(事務正社員で働いてた時期もあったので、とる方は大丈夫だけど掛けるほうが……)

社員相手ロープレでさえも緊張して噛んで、顔真っ赤にしてああああってなってる始末。

それを見てさすがに上司が、あっコイツ使えねえと思ったのかテレアポはなくなって

電話対応・来客対応データ入力ファイリング等々、普通事務仕事をしてた。

そっちのほうが向いてたし、絵を描くのが好きだからチラシを作ったりして顧客に送ったら意外と評判よくて

まあ、電話しなくても大丈夫だなっていう感じになったので安心してた。

そうこうしてる間に、でもやっぱりテレアポしてくれる人は必要だよねと社長判断

事務パートより高い給料(時給1000円ぐらいかな?)でテレアポ専用の人を雇ったらしい。

けど、仕事ハードなのか人が嫌なのか。

1~2日でバックレる人、1日目終わった後に親から「もういけません。うちの娘がごめんなさい」と電話が来る人。

メールで「もう無理です」と送ってきた人。様々だけど大体1か月もたない。

多分、私が入って5か月ぐらいで7人は辞めたかなぁ。

原因はいろいろあったと思う。

ある人は、初日に足組んで頬杖ついて仕事してるところを社長に咎められて逆切れして辞めたし

ある人は、子供が熱出したのでお休みさせていただきます。と電話したら「シフト決まってるのに困るなぁ」と嫌味を言われたと言っていたし…

ある人は初日に「タイムカードはどこですか?給与明細はどのようなかたちでいただけますか?」って聞いて

「あー。うちタイムカード給与明細存在しないんですよ。ハハハ」って言われて次の日来なかった(´-`)

ちなみに、私は定時で仕事終わらせて机の周り片づけて机ふいて帰ろうとすると

「なんで定時にいそいそ帰るの?急いで帰ろうとしてる様子が鼻につく。備品でも盗んでんじゃないの?」と理不尽言いがかりつけられて辞めようかなって思った…という出来事がありました。

(※勿論備品も盗んでないし、仕事も定時までやってからそこから片づけしてました)

そう、そんな感じで結構いい加減な会社だったんだなぁ。

タイムカードがない会社は見たことあった。けど、給与明細ない会社は初めて。うーん。

でも、もう少しだけ様子を見ようって思って年末まではがんばった。

年始からは、ちょっと私が体調を崩してしま入院することになってしまって…

多少入院をずらすことができたので、会社の暇な時期に入院することにした。

けど、まあこれまた嫌味がすごい。

嫌味というか、多分本人は嫌味とも思ってなくて冗談のつもりだったんだとは思う。

社長に「このままクビにしたらいいんじゃないんですかwwww」と言ったり

必要最低限の人にしか入院のことは告げていなかったのに

わざわざ「増田さん大病で入院してもう帰ってこないんですよーwwwww」と笑ったり

(※大病ではないし、戻るつもりではいた)

初めのほうこそ「大病じゃないですよw」「復帰させてくださいよw」と笑ってたけど

1時間に一度ぐらいそのネタで笑いをろうとしてくるので腹立ってきた。し、疲れた

一応「すいません病気のことは結構デリケートなこと何であんまりふれないでもらえますか」とお願いはしたけど

結局入院するまでずーーーっといじられたなぁ。

入院してからは、私も初入院だったもので緊張しまくりで入院する前より体調悪かった(´・ω・`)

緊張して肩がこってずっと緊張性頭痛?っていうのかな、頭痛くて

頭痛すぎてついには思いっきり吐くし、緊張から来るストレスお腹壊してご飯食べられないし…

そもそも検査によっては朝ごはん抜きとかあるし、そのへんもつらかった(´;ω;`)

そんな中、会社からめっちゃ連絡きた。

入院生活どうですかwwどうせ暇でしょw仕事してくださいw」だのそういった感じのやつ。

それはまあいらいらした。そもそも何のために入院してると思ってんだと。

一番イライラしたのは検査晩ご飯抜きだった時。

病院の消灯って大体9時ぐらいじゃないですか。

そんな中、23時半ぐらいに検査に備えて寝てたら社長社員から連絡きたわけです。

三人から来るからブーブーブーブーうるさくて目が覚めたわけです。

何やこんな時間に、と思って開いたら私の大好物食べ物写メがあったわけですよ。

病院食では絶対に出るはずがない私の大好物

入院してから二週間近く我慢し続けた私の大好物焼肉!!!

焼肉の前でピースしてる社長社員写真

焼肉大好きな増田さんに報告しておきます焼肉食べますwwwwww」

わずiPhoneぶんなげそうになりました。まじふざけんなよと。何時だと思ってんだアホども。

返信はしませんでした。

でも、その後も連絡はきました。

「いつ退院するのwwいつから来るのwwそろそろ来ないと席なくなるよww」みたいなやつ。

あとは「復帰したらあなたテレアポノルマ課す。できなければ罰金」という死刑宣告。アッもう無理だわ。

7か月ため続けてたヘイト焼肉写真で爆発した気がしました。

気付けば私スマホ握りしめて病院ラウンジずんずん歩いて行って退職の連絡をしてた。

体調が思いのほか悪く復帰のめどがたたないので、温情でお休みを頂いておりましたが退職させてください。

迷惑おかけして申し訳ありません。それだけ言った。

そんで、無事退職したけど仲良くしてくれてたパートさんからさっき聞いた話。

社長は私の退職にめちゃくちゃショックを受けてたらしい。

別に私が仕事めっちゃできたとか、そういうことじゃなく

「今までずっとニコニコしていて、嫌なことなんて何もなさそうに見えた」

「やっぱり焼肉写真送ったから怒っていたのかな?」と。

ちなみに焼肉写真送ってきた社員

「なんで辞めると決める前に俺に何も相談してくれなかったんだ。一言ぐらいあったってよかった」

とぶつくさ言っていたらしい。

パートさんは「まあ焼肉写真は駄目でしょ。さすがに」とつっこんじゃった、てへって笑ってた。かわいい。好き。

もう社長に伝えるすべもないししゃべりたくないから言えないけど…

社長。「焼肉写真送ったの、だめだったかな」の疑問に関する答えはYESです。

もう、そういうことやったらだめですよ。あんまりおしろくないですよ。

以上です。

オチがなくて申し訳ない。

先日無事に退院したので体力をきっちり戻して次また頑張ります

長々愚痴にお付き合いしていただきありがとうございました。

2018-01-24

女が下方婚しないのはおかしいって言うけどさ

男女問わず下方婚を志向する上方側は「下方側は屈託なく上方側のサポートに回って欲しい」って願望を持っている場合が多いんじゃないか

これが妻>夫婚だと現状上手くいかないイメージがある

育休を取るのはどっちか?とか晩ご飯を作るのは主にどっちか?とか、夫>妻婚ならスムーズに決まるけど逆だと「受け入れてくれるかな?」ちょっと身構えちゃうよね

実際にサポート側に回った芸能人の夫がルサンチマン爆発させてニュースになったり、不安になる要素いっぱい

ガンガン働いたりサポート側に回ったりいい感じに分担したり、男女問わず自由に選べる社会になるといいよね

お互い石投げたって解決しないよ

2018-01-21

anond:20180121163704

あの、あなたが書いている「おっぱいちゃん」なる者です。

先ほど私のことをヘンなあだ名で呼びましたね。

ちゃんと聞こえましたよ。

そのあと見たらネットに何か書いてるようなので検索させていただきました。

恥ずかしいのでこんなことネットで発信しないでください。

でも「美人な同僚」って書いてましたね。

とりあえず今晩ご飯を奢ること。

それでひとまず許してあげます

2018-01-18

Twitterで…

> 最近25〜30歳の若者に「ここからどんどん仕事が楽しくなってやり甲斐が出てきてつい仕事ばかりをしてしまうだろうけど30〜35歳までに仕事の合間を

> って結婚しないとその先一気に一人で生きていく以外の選択肢がなくなるぞ」「孤独死したくなければ誰でもいいから籍を入れろ」と強く言って回っている。

というツイート結構流行っているみたいだけど、バツイチの私としては「価値観の合わない相手結婚するぐらいなら一人で暮らし孤独死する方がまし」だと思う。

私が結婚していたとき共稼ぎでだいたい同じぐらいの収入があり、家計用の口座に同額ずつ入れて暮らしていた。それは良いとして、元夫の望みは「将来実家そばに家を買って住む(できれば同居)」「子どもがほしい」「家事はなるべく奥さんにやってほしい」「将来は義理親の介護もお願いしたい」というムシのいい代物だった。結婚するときに「私は家事が苦手だからちゃんと分担してくれなきゃ結婚しない」と宣言しておいたんだけど、何だかんだ言って元夫は家事のめんどくさい部分を私に押しつけようとした。また、凄まじいマザコンで週末になると実家に行ってテレビを見てごろごろし、その間私が自由にできるならともかく、「一緒に行こう」とか、何にも着替えとか用意してないのに「実家に泊まれ」とか言われて非常にストレスフルだった。

自分はあまりいろいろなタスクを同時にこなせないタイプだったので、あまり忙しくない職場にいても、家に帰って晩ご飯を作ることを考えるだけで憂うつだった。そのうえ義理実家はやたらと親族の結束が固く、正月は必ず誰かの家に集まって宴会をし、夏やGWには親族一同の旅行に参加しなくてはならなかった。ただでさえ休みが少ないのに、その貴重な時間を全く楽しくない義理親族と一緒に過ごさねばならないことに怒りを感じていた。一度は正月我が家親族一同が遊びに来て、片付けの苦手な私は皆で座れる場所を作るのだけで疲労困憊した。結局私が「そんな大勢に食べさせる料理なんて作れない」と元夫に訴えたので、とりあえず皆は当時の我が家見学して、宴会居酒屋でやってもらったけど、フルタイムで働いていて家事の苦手な嫁に10数人分の料理を作らせようとする親族の連中を殺してやりたいと思った。

当然子どももほしくなかった。フルタイムで働きながら周囲に気を遣って定時で帰り、保育園にお迎えに行って家に帰りついたら夕食を作る…みたいな生活想像するだけでぞっとした。多少大きくなればそういう手間はかからなくなるかも知れないけど、なまじ成長すると余計なことばかり覚えて生意気発言ばかりするんだろうと思うと、子どもなんか持つよりペットを飼う方がましなんじゃないかと思うぐらいだった。

そしてなんで自分を育ててくれた親じゃなくて何の恩義もない元夫の両親の介護をしなくてはいけないのか意味不明だった。元夫には妹がおり、義妹は比較実家そばに住んでいたので、両親に何かあれば介護は引き受ける気があったようだが、元夫は「俺が長男なんだから…」と自分が主導権を握りたがった。「そんなに介護したければ妻に押しつけるんじゃなくて自分でやれ、私にだってはいるんだよ」と言ったがのれんに腕押しだった。

ちゃんと相手価値観希望吟味して、自分価値観と合うかどうか確認してから結婚しないと、フルタイム勤務で働きながら望んでもいない育児をして、自分を育ててくれたわけでもないジジババの介護をさせられるのである日本人平均寿命から行けば男性の方が先に逝く確率が高いので、結婚生活が無事続いたとしても女の方がお一人さまで後に残される確率が高いのだ。子どもがいたとしても実家に寄りつかないとか結婚していて先方の都合が優先するとかだったら丁寧に介護してもらえる保証なんてない。…ということで「結婚して子どもを作ったら孤独死は避けられる」という考え自体が浅はかだと思う。

たぶんこれからずっと一人で生きていかなければならないだろうし、両親が亡くなってしまったらどうしていいかからないのも事実だけど、「あのとき離婚を選んでいなかったら…」と思うと自由な今の生活の方がましだ。

2018-01-04

こんなに誰かを好きになれるとは思ってなかった

彼女のことが好きすぎる。

 * * *

これまでお付き合いとかしたことなかったし、片想いすらしたことなかった僕が抱える、はじめての気持ちだった。

去年の11月文化祭期間、ひょんなことからキャンパスの近くのファミレスで、ふたりで夕食を一緒に食べた。

女性と1対1でご飯を食べるのも、はじめてに近かったかもしれない。

でも、想像したより「恥ずかしさ」みたいなものはやってこなくて、ただひたすらに、楽しかった。

つの間にか、話は哲学的なところまで行っていて、人生を生きていく方法の話とか、何かを記憶する時の方法の話とか、恋愛とは、結婚とは何か、とか、そういうことをずーっと語り合っていた。

一度だけ、めちゃくちゃ僕が興奮して(互いの価値観の一致に)、握手をしたことだけ覚えている(後で彼女に、隣のテーブルの人にめっちゃ見られてたよ、と言われた)。

トイレに行くどころか、水を取りに行くことすら忘れて、語り合った。

気がついたら閉店の時間で、店員さんにやんわりと出て行けと言われてしまった。全然、話し足りなかった。無限に話していたかった。

人と話すのがこんなに楽しいことだなんて、20年くらい生きてきて、はじめて知った。

彼女に対して、これまでの人生で抱いたことのない、まったく新しい感情を抱いた。

うまく言語化はできなかったし、今ではちょっと変質してしまったような気がするけれど、あれは、紛れもなく、僕の「初恋」だったと思う。

 * * *

それから彼女めっちゃ活発にラインをするようになった。

同性の友人とたまに議論になることはあるんだけれど、異性とあんなにラインを使ったのもはじめてだった。

緊張とか、恥ずかしさとか、そういうものはあまりなくて(「あまり」と言ったのは、多少はあったからだ)、ひたすら、楽しかった。

色々なことを話した。

互いの考えていることを何とか伝えようとして、たくさんの表現を考えて、小さな画面を見つめ続けた。翌日が休日の時、一度だけ、朝になるまでラインが続いた。

議論がすれ違いそうになるたびに、お互いそれを何とか察知して、歩み寄って、互いの考えていることが何なのか、ちゃんと伝えようとした。汲み取ろうとした。

彼女は僕に、僕は彼女に、いつしか全幅の信頼を寄せるようになっていた。それが、たまらなく、嬉しかった。

で、ですね。

議論が行き違ったというか、これは完全に僕の勘違いだったんだけど、とっくに僕が彼女恋愛的な意味で「好き」だとバレてると思っていて。

でも実際は彼女が考えているのは別のことで。互いの思ったこと、考えていることは恥ずかしがらずに伝えることになっていたから、これも伝えないわけにはいかなくて。

結局、朝4時に彼女通話をして、自分彼女好意を抱いていることは伝えた。でも、別に彼女恋人にしたいという希望は(当時は)薄くて、これまで通りに色々お話できたらいいな、と伝えた。

彼女の方は全く想定外だったようで、こっちは恥ずかしくてそれどころじゃなかったんだけど、伝えた瞬間フリーズしていたことを覚えている。「え? わたし?」的な。

このタイミングで、敬語が取れた(先輩だったからね)。向こうから提案だった。

敬語じゃなくなると、それだけで距離が縮まった気がして、嬉しかった。

 * * *

それから、色々あった。

はじめて、彼女を下の名前で呼んだ時。恥ずかしくて声は震えてたと思うし、彼女から下の名前で呼ばれるだけで嬉しさが心の底から溢れてきた。

「恋」と「愛」を定義して、ふたりの間にあるのはどっちだろうって話した時。少なくとも「愛」はぜったいあるって結論になって、「愛してる」と言うたびに、言われるたびに、心が震えた。幸せだった。

こんなのただのバカップルだねって、ふたりで笑った時。お付き合いしてないのにねって。お互い、そういう作品摂取するのも好きみたいで、夢みたいだねって言い合った。楽しかった。

そして、クリスマス

意図したわけではないけれど、一緒に晩ご飯を食べた。いつの間にか、手を繋いだり、頭を撫でたり、そういうことをする関係になっていた。

ふたりともめんどくさい人間なので、ふたり関係定義したくなった。間違っても、ただの先輩後輩の関係ではおおよそない。ふたり関係に、名前をつけたくなった。

色々あったんだけど、とにかく。

彼女と、正式に(?)、仮契約を結ぶことにした。お互いがお互いを、自らの恋人にする、そういう契約を。

 * * *

それからというもの(それ以前からだけど)、毎晩のように通話を繋いで、深夜に朝に、「大好き」と言い合う怠惰幸せ生活を送っている。

好きな人に「大好き」って言われるのは当然嬉しいし、「大好き」って言うのも心の奥がじーんとして、とってもしあわせなんだな、と。そんなことすら、知らなかった。

彼女は色々な方面での自己評価が高くない(スペックは高いのに……)。

から、僕が「かわいい」って褒めると、すぐに「かわいくない」って照れるし、その様子がまた最強にかわいい

「だいすき」って言うと、タイミングによっては1秒くらい固まったあとうぅ~って唸ってばたばたして、「不意打ちずるい」とか言ってくるのがめっちゃかわいくて、だからつい「かわいい」とか声が漏れるとまた悶えて「もうしらない……」とか言うの、最強すぎるでしょ。マジで愛してる。

通話じゃなくてリアルに会うと、お互いがお互いの頭を撫でるの好き過ぎるの。

彼女は僕が頭を撫でるととっても優しい幸せそうな顔になって目を閉じて、ほっぺまで手が降りてくるとそこに顔を擦り付けてくるのがほんとかわいい

僕は僕で、彼女が慈愛に満ちた目つきで僕を見て頭に手を置いてくれるだけで幸福感が溢れてきて、そこから髪の毛の流れに沿って彼女が手を動かすと幸せで溶けちゃいそうになる。

手をつなぐのもとってもいい。

体のどこかが触れ合ってるってだけで幸せを感じるし(オキシトシン~~)、手をつなぐのなら街角でやってても一応許されるし。

恋人繋ぎってのやったのはじめてだった。接触面積が多くて幸せ

まだ、抱きしめたことは数えるほどしかないんだけど、彼女がそばにいる実感が湧いてきて、これもとっても幸せ

もっとぎゅーってしたいし、してあげたい。

というか、全部が幸せ

あ、一応書き添えておきますとそれ以上のことはしてないです。それ以上は結婚してから。僕はロマンチストなので。

 # # #

「はじめて」に、特別感を覚えすぎているだけかもしれない。

これから人生で、いくらでも、とは言わないけれど、こういうことは何度か起こりうるのかもしれない。

それでも。

それでも、僕は。今、彼女に対して抱いているこの気持ちを、多少の変質はあるにしろ、消えることなく、ずっと持ち続けられたらいいな、と。

そう、願っている。

そう在れると、信じている。




だいすき。

2017-12-26

K先生のこと

私は某大学経済学部のKゼミ所属している。数ヶ月前、ゼミスピーチをするという話になり、私はゼミ指導教員であるK先生のことについて喋ろうと思った。口下手なので原稿を書くことにした。しかし、スピーチは結局無くなってしまい、そして今日まで原稿を書いたこともすっかり忘れていた。

今日、そのK先生学食で見かけた時に、原稿存在をふと思い出した。これを書いた時の気分がよみがえってきたので、その原稿をここで供養した次第である

普段、何かを書くとき時間をあけて冷静になった目で推敲を重ねるのだが、これだけはどうしても書いた時の気分を残したかったので、このまま載せることにした。そんなわけで読んでくれるひと、読みづらかったらごめんなさい。

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K先生のこと

みなさんはKゼミに入ってK先生に何か教えてもらったことはありますか。

僕が思い当たるのは、レポート発表の後のコメントばかりです。あるいは中間報告での指導とかも。正直、僕はこれといって何かを教えてもらったことはない気がします。K先生はあまり教育に熱心な先生ではなかったと思いますしかし、K先生から学んだことはたくさんあります今日はその中のひとつエピソードを紹介します。

僕は学食晩ご飯を食べることが多いのですが、たまにそこでK先生を見かけることがあります。四年間の学生生活で五十回は見かけたと思います

K先生を見かけるうちに、あることに気付きました。先生はいつ見かけても本を読みながらご飯を食べているのです。本を読まずにご飯を食べているところは、僕の知る四年間でただの一度も見たことがありません。一度も、です。十回見かけたくらいまではすごいなあ、とだけ思っていたのですが、二十、三十を超えると軽く感動を覚えました。

こんにち、ご飯を食べながら本を読むような学生先生を見かけますか。いつ見ても片手に本を携えているのはK先生以外見たことがありません。

行儀が悪い、といえばそれまでですが、学問教養に対する向き合いかた、ご飯を食べているときでも本を読んでなにかを吸収しようとする知的純粋さのある姿勢を見て、心底尊敬しましたし、僕もそうなりたいなあ、と思ったものでした。おそらく当の先生はそんなことは露も知らなかったと思いますが。

最初の教えてもらうことと学ぶことの話に戻るのですが、教えてもらったことというのは案外すぐ忘れる気がします。僕は毎回のK先生コメントはあまり覚えていません。みんなもきっとそうだと思います。でも、自分で学んだことというのは自分の中で深く根差している気がします。僕が暇さえあれば本を読んで何かを吸収しようという姿勢になれたのは、K先生のその姿勢を間近で見ることができたという幸運のおかげでもあります

最後になりますが、僕の好きな哲学者ウィトゲンシュタインというひとがいて、彼が「語りえぬもの存在する。それはただ示される」というようなことを言っています本来文脈とは異なる解釈になるのですが、教養の意義を説いては本をたくさん読めと言われるよりも、黙ってただ本を読む背中を示す先生を一度見る方が、本を読むとはどういうことかを学べるのではないでしょうか。そのような、ただ示される姿勢――大げさに言えば生き方は、誰かの語りから教えてもらえるものではなく、自分勝手に学びとるしかないものだと思います。そして僕はK先生学問教養に対する姿勢を見て学ぶ機会があっただけ、この大学に来てよかったなあと思えます

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もしもこのスピーチが実現したとしたら、何しろ口下手な私のことだから、それはきっとつまらなく冗長ものになっているだろう。実のところ、私はK先生を本当に尊敬しているということを、誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。

K先生はあまり目立つ先生ではないのだが、学部先生の中では一番すごい先生だと思っているし、そのすごさにみんなが気付いていないことがなかなかもどかしく、これを書いたのかもしれない。とすれば、その想いはここで達せられたことになり、そして、いつかほとぼりが冷めたころ、K先生には何も言わないままこの記事を消すのだろう。

2017-12-14

今日ご飯いらない」というだけのメールの酷さ

さらりと言うが、次のことが前提となっていないとこんな言い方はできない。

何かしらを自分担当している人なら、「今日はxxxができないけど、ごめん、代わりにやっておいて」くらいの詫びがあるはず。

そのことに気づいて大いに落ち込んでいる。

私も誰にも詫びやお願いをせずに、単身で思いつきで出歩きたいわ。仕事以外で。

2017-12-10

振られちゃった

あははー…辛いわー

2人で映画見に行ってお昼ご飯食べて買い物してルミナリエ行って晩ご飯食べるなんてデートだと思っちゃったよ

留学から帰った今でも好きなままだったら考え直したいって聞いて 試しにダブルデートみたいなことした後に上で書いたこ約束してさ

今日もずーっと好きな女の子にするみたいに接してさ うける なんなんだよ 私勘違いして今年で一番気合入れておしゃれして来ちゃったよ メイク髪型も服も靴も今日はかんっぺきに仕上げてさ 我ながらなかなかいい出来だったと思っちゃったりしてさ 例え同じ内容の1日を男友達と過ごしたとしてもやらないような言動しちゃったし 馬鹿みたいだよね さぞかし滑稽だっただろうな

っていうか悩んで付き合えないって結果出たなら今日キャンセルしてよー…それかもっと普通に友達と同じ様に接して欲しかった…

付き合えない理由は私なりに超要約すると 部活と付き合いの両立が出来ないのと 付き合いたいと強く思うような魅力がなかったってよ 前者はそういう所が好きになったからいいんだけどさぁ(相手の思う付き合いの量の5分の1ぐらいが私にとってちょうどいいっていうのはおいといて) 後者はキツかったなぁ…ここでいう魅力って外見だけじゃなくて趣味が合うとか話が盛り上がるとかってことね 私は逆に趣味とか好みが結構合うっていうのもあって好きだったんだけど 向こうはそうじゃなかったみたい

泣いちゃったよ私 おっしゃれーな街中で電車の中で 顔をグッシャグシャにしてすっごく上手くいったアイメイク台無しにしながら帰ってきた 鏡見たらひじきみたいなマスカラフィルムがめちゃくちゃ下瞼に付いてて笑った 嘘 笑えなかった

辛い もう当分恋愛はいいか

2017-12-05

飲み物飲むのがうるさい人がいたから言ったんだわ。

まりにもいつも「ずずずずー!」とうるさいので、不快だなと思って、

「いやだ、○○さん、おそばでもすすってるのかと思いましたよー!ずずー!って音がすごく聞こえてきたから!」

と言ったら、「いや、コーヒーです」と言われてそのまま「ずずずー!」って続けて飲んでたわ。

  

ここは関西京都にほど近い関西

私ならこういう言い方されたら「てめえのその音うるせえんだよ」って汲み取るんだけど、

その人も関西出身なはずなのに伝わらなかったわ。

 

この人、絶対に小さい頃友達の家に遊びに行って

「そろそろ晩ご飯時間じゃない?(帰れ)」と言われても帰らなかったタイプ人間だわ。

 

ちなみに私はこの人が大嫌いである。

2017-11-13

疲れるとSNSを見て,さらに疲れる悪循環

ひどく疲れているときほど,長時間Twitterを見てしまう。でも見れば見るほど疲れていく自分にはたと気付く。友人と雑談したり,雑談している他人独り言を言っている他人を眺めるのが好き。自分のことをそう思ってきたが,実はそれほどでもないのかもしれない。ひどく疲れて退勤した金曜日に,晩ご飯に友人を誘うか悩むとき気持ちに似ている。辛抱できず友人と過ごすと,疲労でそのあと寝込むことになり,あとで決まって後悔する。

友人には恵まれていると思う。できるだけ大事にしたい。楽しく友人と過ごせる人間こそ人間的なように思う。でもそうはなかなか在れない。ひとりひとり大事にしようと思うと,すさまじい精神力を要するようだ。でもそんな自分実在を素直に認識できず,未だ半信半疑だ。自分の疲労をなかなか認めきれない。結果,自分制御しきれないレベルに疲労をため込み,他人迷惑をかけているような気がする。

もしかして自分TwitterなどのSNSが苦手なのだろうか。でも,瞬間最大風速的に楽しいと思うことは今でもたまにあるし。ううーん。

世の人はどんなふうにSNSを楽しんでいるのか知りたい。

2017-10-29

anond:20171027164123

育った環境にもよるけど、そうやって冷静に結婚メリットがないことを早めに悟るのは良いことだと思う。無駄自分に都合の良い結婚生活を思い描いて、それがかなわないと愚痴ったり文句いったり凹んだりする人が一番始末が悪いのではないかと…。

私も自分の両親を見ていて「結婚って不自由ものだなぁ…」とは思っていた。私が生まれたころ、父は入社して数年も経たないサラリーマンで母は専業主婦、そして父方の祖母と同居だった。祖母は歳のわりには珍しく、定年まで男性と同じ待遇職場で働き続けた人だったので、退職金年金はそこそこもらえる身分だったが、家事能力が低く、きわめてめんどくさがりだった。…ということで、父も安月給で母と私と弟を養うのに苦労したとは思うが、いわゆるワンオペ育児で、子育てしながら父や祖母の分まで家事をすべてこなしていた母は大変なことばかりだっただろうと思う。晩ご飯のおかずを何にするかとか洗濯物がちゃんと乾いているかとか父が何時に帰ってくるかとか、そんなことばかり気にして生きる専業主婦ってつまんないなぁ…と思ったのを覚えている。

私は結婚生活よりも彼氏のいる生活の方に夢を見ていて、週末にはデートして、美味しいものを食べに行って…みたいなのを期待していた。が、その結婚した相手と付き合っていたときに「(特に共通趣味とかがない)男と女では遊びに行きたいところの好みが合わない」「男が女に期待しているものはかなり妄想が入っている(逆も真なり)」ということを痛感した。向こうは年齢的に結婚を急いでいて、まぁ結婚しても週末遊びに行ったり長期休暇のときに一緒に海外に行ったりできるならそれもいいかなと思ったんだけど、やっぱり間違いだった。向こうは実家べったりで、かつ遊びに行ったり外食したりすること(=ムダ金を使うこと)を好まなかった。二馬力だったので、住宅ローンを背負っていても、多少自由になるお金はあったのに、「早くローンを返して、今の家を元手に都内一戸建て(当然義両親の家のそば)を買うんだ」といって、遊ぶ金をケチった。私は家事育児住宅ローンに追われて人生を楽しめないのはイヤだったので、そいつと別れる道を選んだ。

話に落ちがないけど、結婚する前に相手欠点がだいたいわかったら早めに別れた方がいいと思う。離婚してから住む家を探していたとき不動産が言ったセリフが一番心にしみた。「家選びは結婚と同じで、イヤだと思うところが少ないものを選ぶのが一番です。その家の長所にはすぐ慣れるけど、短所は住めば住むほど気になってくるから。」ご参考まで。

2017-10-28

晩ご飯作ってて何となく思い出したこ

 

10代の頃、ばーちゃんの家で料理を教わっていたときのこと

ろくに包丁もうまく握れなかった私が、緊張しつつ1種類の野菜を切り終わり

次の野菜の切り方をデモンストレーションするために、ばーちゃんが包丁を取った

すると、包丁の柄にまだ私の体温が残っていたらしく

「あらやだ、こんなに温いの、なんか気持ちいねえ」と笑いながらばーちゃんが言った

 

ばーちゃんとしては深い意味はなく、軽い笑い話くらいの気持ちだったのかもしれないけど

私は、自分が手に持っていたもの気持ち悪いと言われて、すごくショックだった

何て言っていいかからなくて黙っていたら、そのままばーちゃんの料理教室は進行して

とうとうそれについては一度も触れることなくその日が終わり、月日がたち、ばーちゃんが他界した

 

後悔と言うほどでもないけど、あのとき何か一言、言いたかったなーと思う

でも未だに何て言えばよかったのかは分からない

2017-10-01

専業主婦家事の分担

はてブでもよく、夫の家事についてあれやこれや意見が出てますが、だいたい共働きの話ですよね?

労働時間収入に大きな差がなければ、家事は50:50でいいと思うんですが。

うちは専業主婦子供二人ですが、土日の昼ご飯、晩ご飯調理(皿洗いは妻)、アイロン、靴磨き、ゴミ出しは夫、風呂洗いは息子がやってます

これは十分なのか?

はてブ議論になってるのは、いつも共働きの話なので、比較基準が欲しい。

2017-09-17

寂しがりの父

うちの父は一人で晩ご飯を食べるのがイヤで仕方ないらしい。母一人を家において自分はどんどん友達とかと飲みに行ったりするのに、母は何だかんだと家にいて父がいようがいまいが何かしら夕食を用意しないといけないというこの理不尽さ。飲みに行っても結局家に帰ってから何かしら食べるんだよね。自分が母の立場だったら、「飲んでくるなら家に帰ってから食べるな!」って文句いうけど。何か食べたかったらコンビニでもスーパーでも行って何かしら自分調達して来いと。

はいっても祖母(母の実母)の具合が悪くなって向こうに泊まりこんだりしないといけなくなり、さすがにそうも言ってられなくなったようで、「明日おごってやるから来い」という話になった。なぜか名目敬老の日敬老の日だったら父の方が歳くってるんだから私が払わないと意味ないだろう…。父と母は同い年なので、日本人平均寿命どおりに順番に二人が世を去るのであれば、母の方が後に残るはずだけど、万が一逆転して父が後に残ったらどうしようかと思うと頭が痛い。まだ認知症ではないと思いたいが、もともと整理整頓が苦手で、何かと大事もの行方不明にして大騒ぎしては母に見つけてもらっている。基本的ものを捨てられないタイプなので、実家ガラクタで埋まっており、そんなに狭い家ではないはずなのに私が泊まるスペースもない。

あと、父はええかっこしいというか誰にも嫌われたくないみたいなところがあり、例えば証券会社お姉ちゃんから「○○の商品はいかがでしょうか?」と言われると大して儲かるとも思えない商品も買ってしまう。明らかに不要もの営業されても、何となくノーと言えないところがある。私は逆にそんな父を見て育ったので、何だかんだと勧誘電話をかけてくる営業マンにはめちゃめちゃ冷たい。たとえ仕事がヒマでも「今忙しいんで」「どこでこの電話番号調べたんですか?」「迷惑なんで二度と電話しないでください」みたいなことを言って、相手がしゃべり続けても切る。向こうのマニュアルでは「とにかく話し続けろ」ってなってるんだろうと思うけどそんなの知ったこっちゃない。

父の若かりしころ、山っ気が強かったこともあり、父はいろんな営業マンの口車に乗せられてさんざん損していた。「六本木投資マンションはいかがですか?」とか言われると自分もそれで儲かるような気がして乗っかっちゃうんだよね。いちおう入居者は入ったみたいだけど、ある程度ぼろい物件だったうえに、賃貸人がかなり汚くして暮らしていたようで、わざわざ金利の高いローンを払って買った父は最終的に損したような記憶がある。そこそこの有名企業に勤めていたので、余計なものに手を出さずに、お金管理もっと母に任せていればそんなにひどい目には遭わなかったはずだ。

…といいつつ、私の性格はかなり父に似ている。片付けが苦手なところ、やりたくないことはやらずに極力楽して生きていきたいところ、めんどくさがりで、片づけないといけないことをなかなか片づけないところetc.ちなみに個人的には不動産投資には興味があるけど、余計な失敗をしたくないので今のところ手を出さずにいる。でも毎月だまっていても12~3万入ってくるんだったらしばらくはそれがローンで相殺されてしまうにしても魅力的だよなぁ。

ああ、いらだたしいけど私に似ている父。明日は何を食べに行くんだろうか。この調子で、母が祖母の家に泊まるたびに毎回私を呼び出したらたとえおごりでも怒るよ。

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