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はてなキーワード: 晩ご飯とは

2018-07-13

anond:20180713225828

どれも言い訳に聞こえるんだろうけどまじで私がどう動いてもキレに繋がるからなぁ〜………私が晩ご飯作ったら勝手冷蔵庫の中身を触るなって怒鳴られたことあるしな………

またお母さんがキレたよ!

夜勤のお母さん、疲れてたらしくてギリギリまで寝てたよ

私を含めた子供晩ご飯作らず寝てたよ

でも疲れてるのわかってるから何も言わずに寝かせてたよ

晩ご飯が用意されていなくてお父さんがキレたよ

お父さん、私と弟の分の焼きそばを作ってくれたよ

もちろん私はそれを食べたよ

お母さん、仕事に行く準備をしながら「ごめんね」と言うから、「何が?」と聞き返したら「晩ご飯作れなくて」と言い出したので「いや、お父さんが焼きそば作ってくれたから…」と返したよ

お母さん、「あっそう!ほんならよかったわ!」って怒鳴り散らして家を出たよ

からしたらお母さんが作ろうとしていた何かも、お父さんが作った焼きそばも同じ晩ごはんだし、私がお母さんの謝罪に対して許すような言葉を出せばそれは焼きそばを作ってくれたお父さんに悪いかなと思ったんだけど、ほんとに、最近お母さんはすぐキレる

お父さんもすぐキレるけどね

2018-07-11

明日仕事か」と「あと11時間後に仕事か」と思うことの違い

後者の考え方はやばい晩ご飯食べてるときにふと時計を見て「あと11時間後には出勤か」と思ったらすごくつらくなってきた。

仕事の合間にご飯食べたり遊んだりしてるのかと思うと悲しくなってしまった。

2018-07-03

街を囲む山々のてっぺん雪化粧ですっかり白くなっている。師走も半ばを過ぎ、世間では年末にむけて慌ただしさを増していたが、私の勤める会社のは例年になく穏やかなもので、みなのんびりと業務をこなし、そこには一年が終わりに近づくしんみりとした空気と、その前に控えたクリスマスに対する浮かれた空気が混在している。

 その日も、五時を回るころには私の業務はあらかた終わってしまい、六時の終業までの時間自分の席でもてあましていた。することがなくなるなんて、普段なら考えもよらない。たとえ休日を家で過ごすとしたってなんだかんだで忙しい。いつだって体や頭を動かしているのが当たり前で、不意に何もしていない時間が訪れると、なんだか悪いことをしているような後ろめたい気持ちを感じてしまうのだ。

 何かすることはないかな、と思い、作成した書類ファイルをもう一度点検したけれど、仕事は出てこない。

八坂さん」

 居心地悪く椅子の上に佇んでいると、同期の、そして高校時代からの知り合いでもある月島君が話しかけてきた。

コーヒーでもどう?」

 彼が差し出してくれたコーヒーを受け取る。

年末なのに暇だね。この会社潰れるのかな」

 そう言って、彼は笑った。特別整った顔立ちというわけではないけれど、逞しい体と、爽やかで人の良さそうな笑顔は、会社女の子に好感を持たれている。高校時代野球部キャプテンで、当時もそれなりに人気があった。

「そのかわり、年明けからは大変そうだけれどね」

 そう答えてから、私はコーヒーを口に含みかけ、普段とは違う香りに気が付いた。

ちょっと、これ、課長私物の、あの高いコーヒーじゃない?」

「あ、間違っちゃったかな」

 月島君はおどけてみせたが、ボタンを押すだけで出てくるコーヒーメーカーのコーヒーと、間違えようがない。

「ま、課長もたまにはこれくらい部下たちにサービスしてもいいと思うよ」

 彼は微笑しながらそう言った。

「たち?」

 辺りを見回すと、課長は丁度席を外していて、シマのみんなは一様に淹れたてのコーヒーを啜っている。部屋にはいつのまにか、コーヒーの良い香りがたちこめている。

「知らないわよ」

大丈夫だよ。課長は通ぶってるけど、違いなんかわかりゃしないんだ。こないだ、コーヒーまれインスタント持って行ったけど気が付かなかったし。ちゃん確認済み」

「用意周到なのね」

 私は遂に苦笑してしまった。

「お、いいね

「え?」

「いま笑った。やっぱり笑うとかわいいな」

気持ち悪いこと言わないでよ。びっくりするわ」

気持ち悪いっていうなよ。最近全然笑わないから、心配してたんだ」

 言葉通り、微笑を消して私をのぞき込むような目で彼は言う。

「そうなの?」

「そうさ。いつも根を詰めがちだし、ため息ばっかりついてるし。疲れてるな」

「うーん……」

「まあ、俺は笑わなくてもかわいいとは思うけど」

「もう、だからそういうのやめてって」

「なに、ただ同僚として思ったことを指摘してるだけさ」

 月島君は笑う。私は困って黙り込んでしまう。

月島さーん、仕事中に八坂さんを口説かないでください」

 向かいの席の山下さんが言うと、月島君は照れくさそうに頭をかいて、自分の席に戻って行った。

 椅子の上で、いつのまにか強ばっていた背中をほぐした。私的な会話を持ちかけられると、なんだか変に緊張してしまう。

 一人になってから課長秘蔵のブルーマウンテンを飲むと、柔らかで苦みのない味わいがコーヒー特別好きではない私にも美味しくて、ほっとため息が出た。


 仕事が終わり、買い物を済ませると、私は学校あろえを迎えにゆく。あろえと私は二人で暮らしている。何をしでかすかわからないこの妹を一人にさせるわけにもいかいから、学校が終わって、私が迎えに行くまでの時間ボランティア学生が面倒を見てくれている。

 いつも通りの時間学校に行けば、大抵あろえはすでに帰る準備をしていて、私が来るのを待っている。彼女時間にうるさくて、早すぎても遅すぎても不機嫌になる。かといって、定刻に迎えに行っても特別嬉しそうな顔をしてくれるわけでもなく、無表情に近寄って来てそっと私の手を握るだけだ。

 その日も、いつも面倒を見て貰っているその学生さんから簡単にその日の彼女についての報告を受ける。普段どおりの問題はあったけれど、特別出来事はなかったそうだ。それからいまの彼女学習状況。彼女が主に取り組んでいるのは、会話の訓練だった。

「このところ、すごい成長ですよ」

 と、その深沢という名の学生は嬉しそうに言った。

「前は、何かして欲しいものとか場所に連れて行って、触らせたりしながら単語連呼するしかなかったんですが、最近ではまず言葉だけで伝えようと試していますね。もともと彼女の中には、話したいっていう欲求自体はあるんですよ。だけれど、うまく話せないのがストレスになってたんだ。普段パニックも減ってきたんじゃないかな。なんだか全体的に大人しくなったような気がしませんか?」

 彼は去年からボランティアをしていて、私たちとの付き合いもも一年半になる。

 確かにあろえはこのところ成長していると思う。その功績の大部分は彼によるところだと、私も先生も認めざるをえない。彼はいろいろと勉強してくれているようで、新しいアイデアをたくさん出してくれる。失敗することも多いが、それ以上の成果は上げている。

 会話の進歩があまり芳しくなかったあろえに、コミュニケーションブックを導入しようと提案したのも彼だった。当初は色々と不安もあったけれど、結果としては大正解だったと思う。

「ただわからないのは、言葉自体は、結構複雑なものでも理解出来ているようなんですが、簡単なことが出来なかったりします。自分名前に反応しなかったり。いや、自分をさしてるとはわかるらしいんですが、あなた、とか、お前、みたいな言葉と同じものだと思ってるみたいで、自分から人に呼びかけるときにもたまに使ってしまます。何度教えても直らないんですよ。間違って覚えてるのかな。気をつけて呼びかければ反応してもらえるから、今のままでも実生活特別な不便はないとは思うんですけれど」

「ああ、それは……」

 気づいたのか、と思いながら、私は言葉を続けた。

「むかし、家でアロエ栽培していて、母がよく話しかけていたから、それと自分名前区別がつかないんじゃないのかしら」

「うーん、そう言うのって、あるのかな。」

「ほら、犬なんかも、そうやって名前の覚え違いするじゃないですか」

「そうですねえ……」

「でも、思い付きですから全然違う理由かもしれないですが」

 彼が考え込んでしまったので、私はそう誤魔化した。

「とにかく、調べておきます自分名前をはっきりそうと知らないなんて寂しいですからね」

「すごいぜたふびーむ、つよいぜたふびーむ、じゅうまんばりきだたふびーむ」

 歩きながら、あろえテレビコマーシャルの歌を口ずさむ。鼻歌が出るのは機嫌が良い証拠で、私も安心する。

 とても歌には聞こえないその歌に、行き交う人は露骨視線を向けてくる。私も、すっかりこんなかたちで人に注目されることに慣れてしまった。それが良いことなのか、悪いことなのか知らないけれど。

 彼女手をつなぎながら、家までの道を歩いている。あろえの足取りは、バレリーナのような独特の歩き癖が出てしまっている。つま先立ちで、ひょこひょこと頼りない。ちょっと目立ってしまうけど、別に実害はないし、私の目からするとコミカル可愛いく見える。

 歩きながら私は、深沢君に指摘されたことについて考えていた。

 あろえ自分名前を覚えていないのには、深沢君に誤魔化したのとは別の理由があると思う。

 二年前まで一緒に住んでいた母はあろえを嫌っていて、医者自閉症と診断されても何一つ学ぼうともせず、適切な教育を受けさせようともしなかった。おかしな薬を吐くほど大量に飲ませたり、狐のせいだと祈祷に連れていって棒で叩かせて、活発なあろえが二、三日大人しくなったと喜んでいたが、それはただ動けないほど弱っていただけだった。当時はそんなものかと思っていたけれど、今思うと恐ろしさにぞっとする。足を捻挫しても平気に笑っているほど痛みに鈍感なあろえが動けなくなるなんて、どれだけ殴ったのだろう。

 もちろんそれでもあろえの状況は変わらず、変わるはずもなく、すると母は絶望してしまった。自分はとんでもない不幸を背負い込んでしまったと、周囲に愚痴をこぼし自分悲劇理解させることばかりに懸命になった。

 そして暇さえあれば本人に面と向かって罵っていた。周りが咎めても、どうせ本人は馬鹿言葉なんかわかりはしないのだから、何を言ったってかまわないんだ、自分はそれくらいつらい目にあわされている、と権利を主張していた。

 そして実際、当時の彼女は今よりもずっと言葉理解していないようで、何も言ってもまるで聞こえていないように見えた。それが、母の苛立ちをいや増ししていたらしい。私が高校に通っていたころ、学校から帰ってくると、母がこんなふうに語りかけているのを聞いてしまった。

「まったく、あろえって本当に迷惑子供ね。どうしてこんな出来損ないに生まれたのかしら。お母さんは本当に、あろえのおかげでいつも恥ずかしい思いばかりするわ」

 母がにこやかな表情で口にしたその言葉意味を、あろえ理解しているようには見えなかった。彼女普段どおりの茫漠とした顔つきで、言葉を聞き流し、母がくすぐると、嬉しそうに笑い声をたてる。「ほんとに頭が悪いのね」と母を苦笑させていた。

 父親が滅多に帰らない家で、昼のほとんどをあろえと二人っきりで過ごしていた母は、こんな言葉をどれだけ語りかけたのか。とにかく、この悪意に満ちた悪戯のなか「あろえ」と言う言葉はそこにいない誰かみたいに使われて、あろえ名前自分と結びつけることが出来ないまま成長してしまったんだと思う。

 もし、その記憶がまだあろえの頭に残っているのなら、自分名前など、この先ずっと知らないでいた方が良い。調べてくれると言っていた深沢君には気の毒だし、知ったところであろえが傷つくことはないだろうけれど。

「おかえりなさい」

「ただいまでしょ」

はい

 あろえは返事をしながら自分の靴をいつもの決まった場所に慎重に置いた。それから私の脱いだブーツの場所も気に入らなかったのか、2センチほど位置を整える。

 今日晩ご飯和食きんぴらごぼうポイントだ。あろえは歯ごたえのある食べ物が好きではない。これをどうやって食べさせるか、が私の挑戦である

 テーブルに向かい合って、自分食事をしながら、彼女の食べるのを観察している。きんぴらごぼうあろえお気に入りカラフルガラス小鉢にいれてある。あろえは二度、三度、視線を投げかけるが、手にしたフォークはなかなか小鉢に伸びない。

 私は彼女小鉢からゴボウつまみ上げ、自分で食べてみせる。自分領域を侵されたあろえは、じっと私を見る。

ゴボウが美味しいよ」

 私が笑うと、あろえ小鉢視線を落とす。

「食べてみてください」

「だめです」

「あ」

 彼女はいま、ブックを開かずに自分言葉で返事が出来た。簡単言葉だけれど、私は、嬉しくなってしまって、

「よく言えました」

 思わず褒めかけて、思いとどまった。返事自体きんぴらごぼうを食べたくないというわがままな内容だったじゃない。ここで褒めてはいけない。私はしばしばあろえを甘やかしすぎると指摘されていたのを思い出した。気を引き締めて問い返す。

「なんで駄目ですか?」

「なんでだめですか」

きんぴらごぼう嫌いですか?」

ごぼうきらいですか」

 褒めた傍から反響言語が出てきてしまう。しかも、どうあってもきんぴらごぼうなど食べたくないらしい。私はがっかりして、ため息をつく。

 結局、私の試行錯誤は虚しくにんじんを半分かじっただけで彼女きんぴらには手を付けずに食事を終えてしまった。

 食後には、空になった食器を私のも含めて流しに持ってゆくのがあろえ役割だ。家のことを毎日素直に手伝うのは、同じくらいの普通の子と比べても良くできた習慣だ。難点を言えば、ときに私がまだ食べ終わって無くとも持って行ってしまうくらいだろうか。

 テーブルの上に食器がなくなると、あろえ椅子に座ってテーブルに両手の平を貼り付ける。私が食後のコーヒーを出すのを待っているのだ。どうしてだか知らないけれど、この子お菓子ジュースよりも、コーヒーブラックで飲むのが好きなのだ

 私がマグカップを並べるのが遅いと、眉間にしわをよせてブックから言葉を拾い出し、コーヒーが出てくるまでその言葉を繰り返す。

コーヒーください」

コーヒーください」

 与えると、二杯目がないことはわかっているから、時間をかけて一杯を飲み干す。

コーヒー好きなのに、ニキビとか全然出来ないね

 あろえのなめらかな肌を見ながら言ってみたが、当然のごとく反応はない。マグカップを両手で包み込むようにして、まるで試験会場の受験生のような真剣な表情でコーヒーを飲んでいる。

 寝付きが悪くなることもあるし、出来れば夜にコーヒーを与えるのは避けたいのだけれど、彼女の集中した様子を見ると、生活にそれくらいの喜びがあってもいいのかなと思ってしまう。

 こうして黙って大人しくしていると、あろえは、うらやましくなるくらい整った顔つきをしていることに気が付く。そして実際、人にもよくうらやましがられる。ただ保護者立場としては、この子にとってそれは余計な危険をまねく大きな要素になってしまっているから、手放しでは喜べない。

 これでもし健常だったら、さぞモテたろう。普通学級に通って、同級生男の子と付き合ったり別れたりしていたのかしら。そしたら私たちはどんな姉妹になれただろうか。一緒にデパートに行って流行の服をああでもないこうでもないと話しながら選んでいたかもしれない。悩み事を相談しあったり出来たかもしれない。

 他人より少し風通しの悪い世界のなかで、この子は何を考えているのだろう。いくらか話すようになったとはいえ、その内容は何が欲しいとか何がイヤだとか、そういったシンプルで具体的な事柄に限られていて、心の立ち入った部分について語られたことはない。何を考えているとか、抽象的な事柄は一度も言葉したことがない。誰も彼女の本当の気持ちはわからないし、彼女の方からからせようともしてくれない。あろえ孤独を感じないのだろうか。

 食事が終わると、入浴。あろえが湯気のたつ体をパジャマに包むのを見届けたら、次は私の番だ。お湯に肩までつかり、入浴剤の爽やかな香りを鼻腔の奥まで含み、それをため息と共にはき出すと、あろえの声が聞こえる。また、歌っているらしい。きっとテレビを見ているのだろう。

 お風呂に入っている時間が、一番癒される。この町には温泉があるのだけれど、他人が入る外風呂より、一人でリラックス出来る家のお風呂のほうが安心する。私は風邪をひきそうなくらいぬるくうめるので、外のお風呂では熱いのに我慢しなければならないのだ。

 体温に近いお湯のなかを体の力を抜いてたゆたっていると、皮膚から溶けてゆきそうだ。本当に溶けてしまったらどれだけ気持ちよいものだろうかと想像する。私であり続けることには、めんどくささが多すぎる。

 会社で、笑顔がないと言われてしまったのは少なからずショックだった。外に出ているときはそれなりに愛想良くしているつもりだったけれど、私はそんなあからさまに余裕をなくしていたのか。

 もしそうだとしたら、きっとそれは先日の母から電話が原因だと思う。

「まだ、お前はあろえの面倒を見ているの?」

 母と会話になればいつもなされる質問だ。

 父と離婚したあと、この家にはもう住みたくないと母は隣町にある実家に帰ってしまった。そして、あろえをもう育てたくないと、家を売ってそのお金でどこか施設に預けようとさえしていた。そこで、丁度大学を出て仕事をはじめていた私がここに残って引き受けることで納得させたのだ。

「当たり前じゃない。お母さんとは違うわ」

 私の返事は、つい、喧嘩を売るような口調になってしまう。

「あの子病気なのよ。あんな獣じみた子が、人間と一緒に暮らせるわけないわ」

 母は私の敵意を無視して殊更に心配感情を込めて言葉を続ける。その親らしく装った態度が一層私を苛立たせる。

病気じゃないわ、障碍よ。それに、もう暴れて血が出るほど噛みついたりすることはなくなったのよ。お母さんがいたころより、随分と良くなったんだから

「じゃあ、治るの?」

「だからあろえのは、治らないとか、るとかいものじゃないんだって……」

「やっぱり一生治らないんでしょう? お医者さんも言ってたものね。頑張るだけ無駄よ」

 そんなことない、と思うが、咄嗟に断言できないのが忌々しい。私が黙ってしまうと、母は我が意を得たりと喋り出した。

「お前は充分やったわよ。もう自分のことをやりなさい。お前はまだ若いのよ? このまま回復の目処がたたないあろえの世話をしながら、お婆ちゃんなっちゃってもいいの? 良くないでしょう? あんなのに関わって、人生台無しにすることないわよ。お前もまだ一人前になりきってないのに、良くやったわ。恥ずかしがることなんかないわよ。悪いのは私だからあなた責任を感じなくてもいいのよ。あの子はお前に感謝なんかしない。お前が死んでも泣いてはくれない。どうせ何もわからないのよ」

「そんなのは関係ない」

 私の声から張りが落ちてしまっているのが、忌々しい。 「ねえ、お母さんが悪かったわ。それはわかってるの。だから、お願いだから、お前は自分人生を……」

 母が言いかけた途中で、私は電話を切った。黙り込んだ携帯電話を見ていたら、不意に涙がこぼれて、喉からは嗚咽がもれて、止まらなかった。泣きながら、自分は何で泣いてるのだろうと思った。衝動的で自分本位な母を私は嫌いだ。その言葉に泣かされるなんて、あっていいことじゃない。

 私には、どこにも行き場なんかないし、行ってはならない。ここが私の場所なのだ。そして、それは自分で選んだことなのだ。同じ環境に生まれたのに、妹より恵まれて育ってしまった私には、妹の出来ないことをかわりにしてあげる義務がある。彼女のために私の何か割いて与えるは当たり前なんだ。そうに決まっている。私のしていることはきっと間違っていない。間違っていないはずなのに。

 自分に言い聞かせていると、くらくらと目眩がしたので、バスルームを出た。体を拭き、服を身につけ、それでもまだ不安が心を支配していて、なんだか心細く、怖い。

あろえ

 テレビを見つめるあろえの横顔に、呼びかけた。聞こえているはずなのに、反応を見せてくれない。

あろえ

 二度、三度、感情を込めて呼びかけても、やはり彼女は振り返らない。

あろえ、こっちを向いて」

 私の妹は振り返らず、上半身をゆるやかに揺らしている。

 泣きそうになった。

https://www.saibunkan.co.jp/lechocolat/soft/ka_swan/images/preswan.htm

2018-06-14

正しい増田の使い方

06:00 起床

08:00 通勤開始 横断歩道でお婆さんが困っていたので荷物を持ってあげたらお礼に現金60万円をもらった

08:30 出社 インターンできている女子大生コーヒーを淹れてくれた 手紙がついており「今晩ご飯いきませんか?」と書いてあった

09:00 業務開始 クライアント社長から呼ばれて行くと3億円の案件を頂いた 今季ノルマも達成

12:00 昼休憩 部下のフランス人女性ランチ 時間がないがキスを求められる 流石に困る

13:00 会議 社長自分を次期社長候補にしたいと申してきたがそんな器ではないと思うので自体 やれやれ

18:00 インターン女子大生とディナー そのままホテルへ行く予定 

2018-06-06

anond:20180606175235

うちの人は、ご飯だけど、目玉焼き焼き魚納豆みたいな、そういう晩ご飯が好きみたい。

2018-06-04

ファミマのフラッペ飲んで泣いた話

クライアント企業わがままに付き合って労働をしていた結果、土/日/月と会社缶詰になっていた。

豊洲の綺麗な夜景を照らす蛍族としての活動が終わり、ようやく家に帰れることになった。

いっときの開放感にワクワクするものの、このワクワク感を共有していた友達も今では少なくなってしまった。

具体的には他の企業に連れ去られたり、良さそうなベンチャー企業に逃げ込んだり、実家に帰って農家をしたりするようになってしまった。

こういう時に思考は良くない方向に転がり込むもので、ファミマ晩ご飯を選びながら

夏の日の思い出とか、そういうふんわりとした言葉にならないノスタルジック気持ちでいっぱいになっていた。

しかし、よくよく考えると、夏の日の思い出とか甘酸っぱいエピソードとかそういうのは何一つ無いし、

サークル合宿だのBBQをやっても後片付けばかりしていたし、未だに好きな女の子と手をつないだこともない。

「良かった」と振り返るだけの青春自分の手元には残ってはいない。

となると、クライアント企業様にExcelを納品するために生まれてきたのか俺は...?

などと考えているうちに「あっ、もうだめ」と思った。

つらい気持ちときアイスを食べよう。

デブ特権としてアイスクリームコーナーに向かうと、なんとなく"ギャラクティカグレープフラッペ"の文字が目に入った。

2018年宇宙の味と書かれたそのタイトルを見ながら、そういえば、宇宙に関わる学問自分が専攻していたことを思い出した。

リー群表現だの共形場の理論だのAnti-de Sitter空間を触っても宇宙のことは何一つ分からなかった。

「よくよく考えても分からないことがある」という事が分かりました。 という感覚のまま大学卒業して、

「よくよく分からないままExcelを納品する日々」が始まる。

俺は宇宙のことを何一つ分からないまま、何を生み出すかも分からないExcelを納品しながら日々を無意味に費やしている。

俺は気づけばギャラクティカグレープフラッペをレジに持っていっていた。

あのとき知りたかった宇宙のことが少しでも知れるかもしれない。という淡い期待をしている訳ではない。

俺はきっと変えたかったのだと思う。何も出来なかった自分を。何も出来ずにいる自分を。

Tポイントカードの有無を聞かれ、首を横にふる。

蓋を開けて、マシンボタンを押してミルクを入れる。かき混ぜる。

いざ、覚悟を決めて口にした。


宇宙の味は分からなかったが、夏の夜にちょうどいい、爽やかな味。

レモンぶどうの味。なんつーか、その、ねるねるねるねの味だね。

俺はなんだかたまらなくなって泣いてしまった。

明日からまた頑張ろう。そんな事を考える夏の夜だった。

焼いた豆腐が美味すぎて仕事が手に付かない!!!

豆腐に豚バラ野菜やらなんやフライパンに入れて蒸したら

豆腐にいい感じに焼き目が入って美味しい!って書いたんだけど、

昨日またやってそれ良い焼き目が入って美味しかったので

やっぱりまぐれで美味しく出来たわけではなさそう。

今日はもしかしたら豆腐だけをフライパンでじっくり焼いたら

もっと焼いた豆腐を堪能できて美味しいかもしれない!!!って言うのが頭をよぎりすぎて

早く晩ご飯をそれにしたくて全然仕事が手に付かない!

早く豆腐を買って帰って、

風呂に入ってる間に水切りして

じっくり豆腐を焼いて食べたい!!!

早く豆腐焼きたい!!!

2018-05-14

サボっていると退化するもの

私は基本的にめんどくさいこと、やりたくないことをやらなくて済む人生幸せだと思って生きてきた。特にフルタイムで働きながら子どもを産み、仕事が終わったらダッシュ保育園にお迎えに行き、家に帰ってから子どもと夫のために晩ご飯を作るような生活は最低だと思っていた。義務ばかりに縛られて自分のやりたいことをできない人生なんてこの世の地獄だと思っていた。

そんなことを思いながらも、いつまでも実家の子ども部屋にいるのはいかがなものかと思い、実家を出て一人暮らしを始めた10年ぐらい前。最初のうちは頑張って料理したり毎週掃除したりしていたが、だんだんめんどくさくなり、食事スーパー惣菜で済ませ、掃除や片付けはほとんどやらず、着るものがないと困るので洗濯だけはやる日々を送るようになった。

が、こういうのってサボっていると確実に能力が落ちていくのね。元々家事の要領は良くなかったし、料理レパートリーも少なかったし、片付けも苦手だった。が、そういう能力さらに落ちて時間がかかるようになり、休みの日にお昼ぐらいまでゆっくり寝て洗濯を片付けた頃にはすでに夕方になっていたとき絶望感と言ったら…。確か一人暮らしを始めたころは、掃除までやってから夕方になっていたような気がするんだが…。

で、多少無理してもやらなければいけないことを全部さばく…というのを怠っていると仕事にも影響するようなのだ整理整頓が苦手なので必要書類がなかなか出てこないぐらいは序の口で、やらなければいけないことをきちんとリストアップして片付けていくのがダメだ。特にやろうと思った仕事で、ちょっと連絡したり確認したりしないといけない相手がつかまらなかったりするとすぐにやる気をなくし、他の仕事をやっているうちに最初仕事を忘れ去る。整理整頓が苦手だと、頭の中も片付かないんじゃないかと思う。

その点、働きながら育児をやってきた人は根性が違う。自分仕事をやりながら、私の仕事ぶりをみて危なっかしいところがあると指摘してくれる。いっぺんにいろいろなことを捌かないとやっていけない修羅場をくぐってきた人はキャパティが大きいらしい。「苦労は買ってでもしろ」っていうのはこういう意味だったのかね?ある日突然仕事の要領が良くなってびしばし片付けていけるようになるとは思わないけどせめてもう少し慣れたら仕事が早くならないかな…と思う。家で頑張って片付けとかをやると、仕事効率良くできるようになるんだろうか?

プライベートの要領の良さや家事の片付け方と仕事の出来は比例するような気がする。これはやりたくないことから逃げまくってきた私に対する罰なんだろうか。

2018-05-09

コザクラインコの一日・平日の例

コザクラインコ、1歳になったばかり。

夫婦共働き子供はいない。

とりあえず(褒められたものではないなりに)生活が安定しているのでメモ


06:00 全員起床・放鳥開始


インコも覆いを外して起こす。

すっごく嬉しそう。片足・片翼ずつ交互に伸ばしてストレッチする姿が綺麗。

ケージの出入口を開けると飛び出してきて手に乗り、特大うんこちゃんを出したら体重測定。

夜の測定より1~1.5gくらい少ないのが普通みたい。ちなみに特大うんこちゃんは0.2gくらいの重さがあるらしい。


06:30 朝食


ヒトもインコも同じテーブル食事

犬用プラ食器インコ食事場所にしている。中にシード類を入れてやると比較的おとなしく食べている。

たまにヒトの食べ物に食いつくときがあるので、インコには勧められないが短期的な毒性の出なさそうなパンと、インコの食欲をそそらない外観のおかずを朝食にしている。気が向くとパンを3口くらいかじられたりはする。

食事以外の時間勝手に飛び回って一人遊びしたり、ヒトにじゃれついたりして時を過ごす。


07:30 飼い主増田出勤・放鳥終了


どうにかしてケージにお帰りいただく。

帰ったらケージ内の餌をモリモリ食べ始めるので、とりあえず数分話しかけながら観察する。

飼い主の視線を感じながら食べるセキセイインコミックスは美味であるらしい。


08:30 増田妻出勤


増田妻は出勤まで後片付けや出勤の支度。

とりあえず同じ部屋にいれば、ケージのなかでもインコは一緒にいる気分になれるらしい。


08:30~15:00 インコだけで留守番


昼寝したりケージの中のおもちゃをどついたりして時を過ごしているらしい。

家の中にヒトの気配がすると盛大に鳴くけれど、鳴いても誰も来ないとわかっていれば無駄鳴きしない。


15:00頃 増田帰宅


日が暮れるまでは家事したり同じ町内に住む老親たちを訪ねたり、趣味時間に当てたりしている様子。

でもインコケージの中で過ごしてもらう。


19:00 夜放鳥開始


晩ご飯の支度のうち、インコがいても危険が少なさそうな作業は放鳥下でも行う。

特に野菜の下ごしらえはいろいろ食べさせてもらえるのでインコにとっても楽しいようだ。

増田妻の腕や肩に乗ってじーっと作業を観察している。そこでむやみに手に飛びつかないのは偉いと思う。

米をとぐ時はそれはそれはもう大喜びで、お米もらって嬉しそうにポリポリかじる。


19:30頃 飼い主増田帰宅


近づいてくる車の音で帰宅を察するらしく、ぷいぷい鳴きながらリビング入口を見下ろせるところに陣取る。

そして飼い主増田リビングに入ってきた途端に降下して頭を襲う。

増田妻が火気を扱い始めるので、そのときは飼い主増田と別室で遊んだりしてキッチンから引き離す。

夜の体重測定をしたり紙を噛み切って短冊こしらえたり。


20:30頃 ヒトは晩ご飯インコは就寝


インコケージに返して、静かな部屋へ移動させて覆いをかぶせる。

朝まで物音をほとんど立てずに寝てる。


夜遅いのが健康上どうなのよという話は出ると思うけれど、そこは昼寝でかなり補っている様子。

ヒトが周囲にいるときは眠たそうな様子を見せず元気いっぱい暴れまわっている。

インコを飼うときは朝に起こして日没に寝かせるのが理想と言われているけれど、共働きで昼間不在でもこんな感じで一応生活リズムを作れる。

2018-03-26

希志あいのと僕

仕事の帰り道、届いたメールに目をやると、もうすぐポイントが切れるとDMMからのお知らせだった。

最近社会人になりやっと責任のある仕事を任せてもらえるようになり、なかなかゆっくりAVを選ぶ時間を取れていなかった。

早めに仕事を終えた今日は、ポイントでどんな作品を買おうか想像を膨らましながら家路についた。

晩ご飯も食べ終え、いざ良いオカズを探そうと探すが、どうもピンとくる作品がない。

30分ほど探していたが、良い作品出会えずに今日は諦めよてブラウザを閉じようを思ったときに見つけたのが、希志あいのだ。

僕が初めて希志あいのを知ったのは2009年の高3の夏だった。

初めて画面上で希志あいのを見た時、出会って4秒で恋をした。

その夏は、一刻も早く田舎の汗臭い中高一貫男子校から抜け出したい一心で、東京のK大を目指して勉強していた。

K大に入学しさえすれば、女性とまともに喋ったこともない生活が一変し、一瞬でモテモテになると本気で信じていた。

そんな思いから、起きている時間のほぼ全てを勉強に費やす毎日だった。

しかし、そんな勉強漬けの生活にも月に一回の楽しみがあった。

それは、近くの駅にある美容室にいくことだった。

髪を切るのが楽しくていっていたのではもちろんない。

受付にとびっきり可愛い女性が居たからだ。

予約の電話をするといつもそのお姉さんが出てくれ、「あの、もし、、えーと、もし、、」くらいで僕だと気づいてくれて予約を取ってくれた。

そんなにキョドって電話をするやつは僕しかいなかったらしい。

美容室では受付の椅子に座っている時や、ちょっとした待ち時間にお姉さんはすごく優しく話かけてくれた。

しかし、なにも優しいお姉さんがいるからという理由だけでそんなにも美容室が楽しみだったわけではない。

そっくりだったのだ。お姉さんが。希志あいのに。

いつも画面越しでみる女神が受付にいたのだ。

細身で丸顔に大きな目。笑顔までそっくりだった。

月に一度、あいの姉さんを見るだけで、勉強なんていくらでも頑張ることができた。

そんなある時、予約時間に遅れてしまい、「次からは遅れる時はメールするんだよ!!」とアドレスを教えて貰った。

それが嬉しすぎて正直2日くらい勉強が集中できなかった。。

メールでは次の予約などをするだけであったが、それでもドキドキの連続で5歳は上であろうお姉さんに恋をしていた。

勉強は休まず続け、秋になり、冬になり、受験がやってきた。慣れない東京ホテルに泊まり、緊張からお腹を壊しまくっていた。

本命学部では緊張からパニックになり手応えは全くなかった。

残りの日程の学部テストだんだん弱気になっていて正直受かる気はしていなかった。

そんな夜、届いたメールを見ると、お姉さんから励ましのメールであった。

心配になってメールしてきてくれたのだ。

正直メールの内容は他の人がくれるような、ありふれた内容だったが僕には女神の導きに見えた。

お腹崩壊したままだったが気力を取り戻し、なんとか受験を終えることができた。

正直全部落たかとおもっていたが、メールをもらった翌日の学部は補欠合格入学できることになった。

すぐにお姉さんにメール合格を伝えたら自分ごとのように喜んでくれた。

何通かメールをやり取りしたあとお姉さんからも実は報告があると返事がかえってきた。

増田くんが受験終わるまで言うの待ってたんだけど、3月末でお店やめるの。実は店長結婚するの。」

ずっと前にお姉さんは僕の気持ちに気づいていたのだ。

ショックから落ち着いたタイミングで、今までの感謝を伝えに大丸ハンカチを買ってプレゼントしにいった。

プレゼントを渡した帰り道、あれだけモテたい一心勉強を頑張った大学生活に心踊らすことはなかった。

みんなにモテいかったのではい、お姉さんにモテたかったのだ。

涙をながしながら下を向き自転車をおしえていると、鮮やかな夕日がさしこんできた。

顔を上げると、そこには夕日に照らされた、咲き始めの桜が輝いていた。

始めて恋知って、始めて恋の痛みをしった春だった。

それから10年。今日あいちゃん作品を見た瞬間、いままで忘れていたその当時の春の香りが駆け巡った。

なんだかわかんないけど、涙と笑みが溢れ出た。

お姉さん、あいちゃん、いまは緊張でお腹を壊すこともなく元気に頑張ってます

来年は素敵な彼女と春を迎えれるように頑張ります

2018-03-02

anond:20180302084836

おれもそう思う。

しかし……。

うちは夫婦それぞれ小さい会社経営しているから、子育て交代制なんだけど、たぶん世の中の男は子育ての大変さを理解していない。

おれの担当はせいぜい週1~2日だけど、その1~2日をいかに乗り切るか常に必死な状況。

考えることとやることが鬼のようにあるよ。

朝ご飯をたべた時間から昼食時間を算出

・午前中お昼寝するかどうか? お昼寝している間に昼ご飯作れるか?

・作れないならどうするか?

・昼ご飯のあとはだいたいお昼寝する。そこをどう使うか。

・お昼寝のあと、どこに遊びに行くか?

晩ご飯をどうするか? 一緒に食べるか、別々にするか?

・きのううんちしたか? それによって今日のうんちも予測予測通りには行かないけど。

・お風呂どうするか?

うちはすでに乳飲み子ではなく2歳手前だから、その間ずっと一緒に遊んであげる。近所の公園に行ったり、空港近くで飛行機を見たり。家にいるときはだいたい「むしば建設株式会社」とか「ぼよよん行進曲」を一緒にうたう。

夕方にはくたくたになっており、性欲を全開にする余裕はないよ。

裁量労働制職場で激務をこなした経験を踏まえても、育児仕事より疲れると思うよ。

2018-02-28

お腹空いたなー

今日は後半晩ご飯のことしか考えてなかった

何食べよう

そばカツ丼、いなりずし、いちごヨーグルトあんかけ焼きそば餃子、、、

候補ありすぎるな

まあまだ帰れないんですけど

2018-02-23

もしかしてコロッケって完全食品なのでは!!!

昨日晩におつとめ品で買ってきた半額コロッケ

会社に持ってきてお昼に食べようと思ったけど食べ損なったので

おやつに頂く!

めちゃめちゃうめーーーー!!!

スーパーの閉店間際まで残った揚げ物って

お世辞にも美味しいとは言えないけど、

コロッケならいける!と最近やっと学習しました。

もう晩ご飯コロッケで良いよ!

2018-02-12

猫を看取った話

昨日。

晩ご飯の買い物から買って帰ってきたら、ベッドの下から「にゃあ」って声がした。

昨日まではちゃんと玄関まで迎えに来れてたのに。

ベッドの下を見ると横たわってて顔だけこっちにむけて「にゃあ〜…」って、力無い声が。抱きかかえると力無くぐったりしてる。

餌場に連れて行ってもその場でへたり込んでしまって、立ち上がる力がないらしい。確か16時頃。

仕事中の奥さんに「そろそろだよ」とLINEしたら、「撫でてあげてて。晩ごはんは買って帰るね」と返信があった。

それからはずっとソファに座って抱えて撫でてて。名前を呼ぶと顔は動かせないけど、尻尾けがタンと動いてしっかりお返事していた。

しばらくこのままだったので、今夜がヤマかなーって何となく思ってた。

18時過ぎ。

奥さんから「そろそろ帰るね」とLINEが来た頃、呼吸が荒くなって舌根が震えるイビキみたいな息遣いになってきて。胸元に手をやって鼓動を確かめると、まだしっかり、人間よりも早い猫のペースで動いていた。

奥さん帰宅

コートを脱いで猫を撫でてた。「どうかな?」って聞かれた時、鼓動が人間くらいのペースになってて「まだ動いてるけど、あかんわ」と答えたと思う。この時は瞼に手をかざしたら反応があったからまだ意識があったのかな?

その後、ふいに猫がぐぐーっと手足を伸ばしてあくびっぽい動きがあった。同じ体勢が疲れたのかなって思って、体の向きを変えてやると、もう全身に力が入っていなかった。

瞼に手をかざしても無反応。腕を持ち上げても無反応。呼びかけても当然無反応。

が、胸元に手をやるとまだ微かな鼓動があった。奥さんに「もう最期だよ」って話しかけたら、その時は鼓動が止まってた。

奥さんが帰ってから15分くらい。

奥さんの顔を見て安心したのかな、あっと言う間。

自分の腕の中で最期を看取れて良かった。

伸びをした時、その後の脱力最期の鼓動の感触は鮮明に覚えてるし、忘れる事はないと思う。

朝方に顔ペロして起こしてくる奴も居なくなったし、トイレへのドアも閉じて平気になるし、床に服を置いても毛まみれにする奴も居なくなる。

生活が変わるね」って奥さんの言葉

猫を気にした生活スタイルが、これからは気にしなくても良くなる。ただ、これから生活でそのギャップにふと気づいた時、奴の存在を思い出して悲しくなるんだろうな。

まぁとりあえず、癌の辛い闘病生活を闘い抜いた奴にお疲れさまと言いたい。

anond:20180117204956

2018-02-05

anond:20180205114635

子どもの頃、しょっちゅうその質問されたけど、正直苦痛だった。確かに食べ物好き嫌いはあったし、母もそんなものは十分承知していたけど、母が本当に相手の食べたいもの作ってご機嫌とりたい相手は父だったんだよね。今みたいに簡単LINEとかメールとか送って「今日晩ご飯何がいい?」って聞ける時代じゃなかったのと、子どもが食べたくないものを作ってしまうとあまり食べなくてめんどくさいから私とか弟にも聞いていたんだと思う。

今は母の手料理を食べるのが週1回あるかないかなので、「あんたの好きな○○にしといた」とか「野菜あんまり食べないだろうから鍋にしといた」とか言われて素直にありがたいと思えるけど、当時の母は鬼気迫る感じで怖かった。晩ご飯作りにそんなにも気と手間を使わなければいけない主婦という仕事をイヤだと思った。過去記憶のせいなのか、単にめんどくさがりなのか微妙だけど、未だに料理は嫌いでほとんど自炊してない。料理が好きとか楽しいかいう人が信じられない。義務じゃなくて気の向いたときだけ趣味として作るんなら楽しいのかも知れないけどさ。

anond:20180204222732

うわー、私の15年ぐらい前と同じ状態の人がいる。もっと離婚した当時は30をちょっと過ぎたばかりで、まだまだイケると思っていて、自由になれるってなんて素晴らしいんだろうと思っていた。

その後しばらく実家暮らしマンション一人暮らしを始めて現在に至る。結婚生活が短かった(3年半ぐらい)のと、元ダンナといちいち趣味休日の過ごし方が合わなかったので、「やりたくないことをやらずに自由にできる」というのは素晴らしいことだと思った。ただ、実家だと家事は全部母がやってくれるので暇を持て余し、休日ネットばかり見ていた。

結婚前の若いとき友達は少なかったし、休みの予定もあまりなかったので、離婚してからもあまり生活は変わらなかったけど、自分ひとり分でも家事は発生するので、一人暮らしになってから、好きなことをやる時間は減ってしまった。趣味はいちおうあるし、そのサークルにも入っているけれど、あまり頻繁に皆で集まったりするわけではなく、各自活動して成果を持ち寄るような感じなので、休日に寝過ごすと、洗濯物を片付けて実家晩ご飯を食べに行って一日が終わってしまうようなことがままある。

嫌いなことをやらなくていいというのは幸せなようでいて、自分能力可能性をつぶしているのかも知れない。料理ほとんどしなくなり、掃除も面倒で水回りだけときどきやるレベル防災設備点検とかでときどき業者が部屋に来るんだけど、「みっともないから部屋を片付けなくちゃ」みたいなモチベーションゼロ。子持ちの主婦だったらもっとてきぱき動いて私と同じ時間で何倍ものことをこなすんだろうなとか妄想する。

やらなきゃいけないことを能率的に片付けないと自由があっても時間有効に使えない。趣味サークルメンバー技術レベルがどんどん上がっていて、自分けが取り残されているような気持になることがある。旅行ほとんど一人旅。前は頑張って2~3カ月に一回ぐらい行っていたけど、最近それもめんどくさくなっている。一人旅って自分のペースで動けるのはいいけど、私のようなペーパードライバーだと交通の便が悪いところで苦労する。結局国内一~二泊の県庁所在地とかある程度便利なところになってしまう。ツアーに乗ってもいいんだけど、一人で参加するにはつらい行き先とか一人だと泊まれない宿とかあって制約が多い。

ときどき「新しい趣味に挑戦しよう!」と思ってお道具をそろえるんだけど、そこまでで終わってしまうことが多い。今のマイブーム着付けで、リサイクル着物の店で着物と帯をゲットし、小物もある程度ネットで買ったんだけど、果たしてマスターするところまで行くかどうかが問題だ。私の投稿を読んでも特に希望はわいてこないと思うけど、元増田さんも何か楽しいことを見つけられますように。

anond:20180205100135

「あたしおかあさんだから」の歌詞の件はこの投稿を読んで初めて知りましたが、本当に今どきこれはないですよね。平成のこの時代に実際にここまでやるお母さんはいないと思うけど、ちょっと古い世代だとまぁ有りうるのかなと。

自分母親も、家族のために自分の楽しみを犠牲にするタイプです。父とは同い年夫婦ですが、共に70歳を迎え、老後をのんびり過ごせるはずのところを、父が在宅であれば昼ごはん晩ご飯も作り、施設に入っている姑と実母(私からすると母方の祖母ですね)のところに時々行って面倒をみています。父方の祖母と同居していたときは、足腰が利かなくなっていたのでトイレの介助をし、好き嫌いが多いので、自分たち夫婦用とは別のメニュー祖母食事を作っていました。

もう少し祖母が元気で自力で外出できたときは、仕事が不規則な私と近場にお出かけなどしていましたが、介護生活に入ってからはそれもなくなりました。特養に入ったので大幅に手間は省けたはずですが、いつ施設祖母たち本人から連絡が入るか分からないためか、あまり遊びに出かけてはいないようです。ときどき水泳に行ったりランニングをしたりして健康には気を遣っているようですが、極力お金がかからない遊びしかしていません。

本を読みたければ図書館で借り、映画を見るのも映画館ではなくレンタルDVDなどで済ませているようです。父が好きなように外出しているのに、母はいまだに家に縛り付けられているように見えます。私が子どもだった頃は、「夕食のおかずを何にするか」「夫が何時に帰ってくるか」「洗濯物がちゃんと乾くか」みたいなことばかり心配しているようで、「専業主婦ってつまんないの」と子ども心に思いました。

私は社会人になってからもしばらく実家に住んでいましたが、「食事が出来たと声をかけてもなかなか部屋から出てこない」「お風呂に入れといってもなかなか入らない」「髪の毛を乾かすために風呂から上がってもなかなか寝ない」という母の思い通りにならない行動にいちいちイライラされてヒステリックな声を出されてました。自分毎日決まった時間に夕食を用意し、お風呂をぴかぴかにして、皆がすぐに入れるようにしておいても家族が思い通りに動かないのがイヤだったみたいです。なぜか父が夕食どきになると突然買いものやら何やらの用事を思い出し、いちいち外出するのも母の怒りに油を注いでいました。

父方の祖母の60代といえば旅行三昧で、家にいるときも「今日は○○の会があるから」としょっちゅう外出していましたが、母にはそういう自由がありません。私と一緒に外出できていたときも、「晩ご飯の支度に間に合う時間に帰る」のが暗黙のお約束でした。ごくまれ飲み会食事会の予定が入っても、その分家族の夕食を用意してから出かけないと気が済まないので、特段手間が減るわけではなく、あまり楽しみにしているように見えませんでした。

そんな母に頼りまくって育った私は家事能力が低く、あまり介護の役にも立ちません。家族のために自分犠牲にするのがイヤなので、一度結婚したけど、義理親・義理親族との付き合いに追われたり、共稼ぎなのにダンナにやたらとちゃんとした家事要求されるのに疲れて別れました。今思えば家事をてきぱきこなせると、仕事の要領も良くなるようなので、もう少し頑張っておけばよかったかもしれませんが、子供を産んだら育児時間お金を奪われるのも恐ろしくて子づくりも拒否しました。それなりに稼ぎのある仕事をしているので生活には困りませんが、どういう人生が一番幸せなのかいまだに分かりません。長文で失礼しました。

2018-01-31

食欲もないし空腹でもないけど晩ご飯食べちゃう

頭がおかしいのかな

2018-01-30

バイト辞めちゃった

はぁ。長く続けられると思ったんだけどなぁ。

7か月でした。情けないなぁ。

でも短い間だけど色々もやもやがあったので踏ん切りをつけるため最後から少し愚痴らせてくださいね

長文なのでご注意を。

在籍してたのは社員5~6人(変動多かったけど最大でも7人)のちっこい会社でした。

まず、労働条件面接で言ってたことと全然違った。

私は事務アルバイトで入ったけど、何か突然「営業成績をとるためテレアポをやってもらう!」と言われた。

でも契約事務なので、テレアポの人より給料凄く少ない。時給800円とかそんなもん。田舎なのもあるけど…。

それが入って1か月ぐらいの時だったかな。

一応、研修も受けたけど私はそもそも電話がすごく苦手で。

(事務正社員で働いてた時期もあったので、とる方は大丈夫だけど掛けるほうが……)

社員相手ロープレでさえも緊張して噛んで、顔真っ赤にしてああああってなってる始末。

それを見てさすがに上司が、あっコイツ使えねえと思ったのかテレアポはなくなって

電話対応・来客対応データ入力ファイリング等々、普通事務仕事をしてた。

そっちのほうが向いてたし、絵を描くのが好きだからチラシを作ったりして顧客に送ったら意外と評判よくて

まあ、電話しなくても大丈夫だなっていう感じになったので安心してた。

そうこうしてる間に、でもやっぱりテレアポしてくれる人は必要だよねと社長判断

事務パートより高い給料(時給1000円ぐらいかな?)でテレアポ専用の人を雇ったらしい。

けど、仕事ハードなのか人が嫌なのか。

1~2日でバックレる人、1日目終わった後に親から「もういけません。うちの娘がごめんなさい」と電話が来る人。

メールで「もう無理です」と送ってきた人。様々だけど大体1か月もたない。

多分、私が入って5か月ぐらいで7人は辞めたかなぁ。

原因はいろいろあったと思う。

ある人は、初日に足組んで頬杖ついて仕事してるところを社長に咎められて逆切れして辞めたし

ある人は、子供が熱出したのでお休みさせていただきます。と電話したら「シフト決まってるのに困るなぁ」と嫌味を言われたと言っていたし…

ある人は初日に「タイムカードはどこですか?給与明細はどのようなかたちでいただけますか?」って聞いて

「あー。うちタイムカード給与明細存在しないんですよ。ハハハ」って言われて次の日来なかった(´-`)

ちなみに、私は定時で仕事終わらせて机の周り片づけて机ふいて帰ろうとすると

「なんで定時にいそいそ帰るの?急いで帰ろうとしてる様子が鼻につく。備品でも盗んでんじゃないの?」と理不尽言いがかりつけられて辞めようかなって思った…という出来事がありました。

(※勿論備品も盗んでないし、仕事も定時までやってからそこから片づけしてました)

そう、そんな感じで結構いい加減な会社だったんだなぁ。

タイムカードがない会社は見たことあった。けど、給与明細ない会社は初めて。うーん。

でも、もう少しだけ様子を見ようって思って年末まではがんばった。

年始からは、ちょっと私が体調を崩してしま入院することになってしまって…

多少入院をずらすことができたので、会社の暇な時期に入院することにした。

けど、まあこれまた嫌味がすごい。

嫌味というか、多分本人は嫌味とも思ってなくて冗談のつもりだったんだとは思う。

社長に「このままクビにしたらいいんじゃないんですかwwww」と言ったり

必要最低限の人にしか入院のことは告げていなかったのに

わざわざ「増田さん大病で入院してもう帰ってこないんですよーwwwww」と笑ったり

(※大病ではないし、戻るつもりではいた)

初めのほうこそ「大病じゃないですよw」「復帰させてくださいよw」と笑ってたけど

1時間に一度ぐらいそのネタで笑いをろうとしてくるので腹立ってきた。し、疲れた

一応「すいません病気のことは結構デリケートなこと何であんまりふれないでもらえますか」とお願いはしたけど

結局入院するまでずーーーっといじられたなぁ。

入院してからは、私も初入院だったもので緊張しまくりで入院する前より体調悪かった(´・ω・`)

緊張して肩がこってずっと緊張性頭痛?っていうのかな、頭痛くて

頭痛すぎてついには思いっきり吐くし、緊張から来るストレスお腹壊してご飯食べられないし…

そもそも検査によっては朝ごはん抜きとかあるし、そのへんもつらかった(´;ω;`)

そんな中、会社からめっちゃ連絡きた。

入院生活どうですかwwどうせ暇でしょw仕事してくださいw」だのそういった感じのやつ。

それはまあいらいらした。そもそも何のために入院してると思ってんだと。

一番イライラしたのは検査晩ご飯抜きだった時。

病院の消灯って大体9時ぐらいじゃないですか。

そんな中、23時半ぐらいに検査に備えて寝てたら社長社員から連絡きたわけです。

三人から来るからブーブーブーブーうるさくて目が覚めたわけです。

何やこんな時間に、と思って開いたら私の大好物食べ物写メがあったわけですよ。

病院食では絶対に出るはずがない私の大好物

入院してから二週間近く我慢し続けた私の大好物焼肉!!!

焼肉の前でピースしてる社長社員写真

焼肉大好きな増田さんに報告しておきます焼肉食べますwwwwww」

わずiPhoneぶんなげそうになりました。まじふざけんなよと。何時だと思ってんだアホども。

返信はしませんでした。

でも、その後も連絡はきました。

「いつ退院するのwwいつから来るのwwそろそろ来ないと席なくなるよww」みたいなやつ。

あとは「復帰したらあなたテレアポノルマ課す。できなければ罰金」という死刑宣告。アッもう無理だわ。

7か月ため続けてたヘイト焼肉写真で爆発した気がしました。

気付けば私スマホ握りしめて病院ラウンジずんずん歩いて行って退職の連絡をしてた。

体調が思いのほか悪く復帰のめどがたたないので、温情でお休みを頂いておりましたが退職させてください。

迷惑おかけして申し訳ありません。それだけ言った。

そんで、無事退職したけど仲良くしてくれてたパートさんからさっき聞いた話。

社長は私の退職にめちゃくちゃショックを受けてたらしい。

別に私が仕事めっちゃできたとか、そういうことじゃなく

「今までずっとニコニコしていて、嫌なことなんて何もなさそうに見えた」

「やっぱり焼肉写真送ったから怒っていたのかな?」と。

ちなみに焼肉写真送ってきた社員

「なんで辞めると決める前に俺に何も相談してくれなかったんだ。一言ぐらいあったってよかった」

とぶつくさ言っていたらしい。

パートさんは「まあ焼肉写真は駄目でしょ。さすがに」とつっこんじゃった、てへって笑ってた。かわいい。好き。

もう社長に伝えるすべもないししゃべりたくないから言えないけど…

社長。「焼肉写真送ったの、だめだったかな」の疑問に関する答えはYESです。

もう、そういうことやったらだめですよ。あんまりおしろくないですよ。

以上です。

オチがなくて申し訳ない。

先日無事に退院したので体力をきっちり戻して次また頑張ります

長々愚痴にお付き合いしていただきありがとうございました。

2018-01-24

女が下方婚しないのはおかしいって言うけどさ

男女問わず下方婚を志向する上方側は「下方側は屈託なく上方側のサポートに回って欲しい」って願望を持っている場合が多いんじゃないか

これが妻>夫婚だと現状上手くいかないイメージがある

育休を取るのはどっちか?とか晩ご飯を作るのは主にどっちか?とか、夫>妻婚ならスムーズに決まるけど逆だと「受け入れてくれるかな?」ちょっと身構えちゃうよね

実際にサポート側に回った芸能人の夫がルサンチマン爆発させてニュースになったり、不安になる要素いっぱい

ガンガン働いたりサポート側に回ったりいい感じに分担したり、男女問わず自由に選べる社会になるといいよね

お互い石投げたって解決しないよ

2018-01-21

anond:20180121163704

あの、あなたが書いている「おっぱいちゃん」なる者です。

先ほど私のことをヘンなあだ名で呼びましたね。

ちゃんと聞こえましたよ。

そのあと見たらネットに何か書いてるようなので検索させていただきました。

恥ずかしいのでこんなことネットで発信しないでください。

でも「美人な同僚」って書いてましたね。

とりあえず今晩ご飯を奢ること。

それでひとまず許してあげます

2018-01-18

Twitterで…

> 最近25〜30歳の若者に「ここからどんどん仕事が楽しくなってやり甲斐が出てきてつい仕事ばかりをしてしまうだろうけど30〜35歳までに仕事の合間を

> って結婚しないとその先一気に一人で生きていく以外の選択肢がなくなるぞ」「孤独死したくなければ誰でもいいから籍を入れろ」と強く言って回っている。

というツイート結構流行っているみたいだけど、バツイチの私としては「価値観の合わない相手結婚するぐらいなら一人で暮らし孤独死する方がまし」だと思う。

私が結婚していたとき共稼ぎでだいたい同じぐらいの収入があり、家計用の口座に同額ずつ入れて暮らしていた。それは良いとして、元夫の望みは「将来実家そばに家を買って住む(できれば同居)」「子どもがほしい」「家事はなるべく奥さんにやってほしい」「将来は義理親の介護もお願いしたい」というムシのいい代物だった。結婚するときに「私は家事が苦手だからちゃんと分担してくれなきゃ結婚しない」と宣言しておいたんだけど、何だかんだ言って元夫は家事のめんどくさい部分を私に押しつけようとした。また、凄まじいマザコンで週末になると実家に行ってテレビを見てごろごろし、その間私が自由にできるならともかく、「一緒に行こう」とか、何にも着替えとか用意してないのに「実家に泊まれ」とか言われて非常にストレスフルだった。

自分はあまりいろいろなタスクを同時にこなせないタイプだったので、あまり忙しくない職場にいても、家に帰って晩ご飯を作ることを考えるだけで憂うつだった。そのうえ義理実家はやたらと親族の結束が固く、正月は必ず誰かの家に集まって宴会をし、夏やGWには親族一同の旅行に参加しなくてはならなかった。ただでさえ休みが少ないのに、その貴重な時間を全く楽しくない義理親族と一緒に過ごさねばならないことに怒りを感じていた。一度は正月我が家親族一同が遊びに来て、片付けの苦手な私は皆で座れる場所を作るのだけで疲労困憊した。結局私が「そんな大勢に食べさせる料理なんて作れない」と元夫に訴えたので、とりあえず皆は当時の我が家見学して、宴会居酒屋でやってもらったけど、フルタイムで働いていて家事の苦手な嫁に10数人分の料理を作らせようとする親族の連中を殺してやりたいと思った。

当然子どももほしくなかった。フルタイムで働きながら周囲に気を遣って定時で帰り、保育園にお迎えに行って家に帰りついたら夕食を作る…みたいな生活想像するだけでぞっとした。多少大きくなればそういう手間はかからなくなるかも知れないけど、なまじ成長すると余計なことばかり覚えて生意気発言ばかりするんだろうと思うと、子どもなんか持つよりペットを飼う方がましなんじゃないかと思うぐらいだった。

そしてなんで自分を育ててくれた親じゃなくて何の恩義もない元夫の両親の介護をしなくてはいけないのか意味不明だった。元夫には妹がおり、義妹は比較実家そばに住んでいたので、両親に何かあれば介護は引き受ける気があったようだが、元夫は「俺が長男なんだから…」と自分が主導権を握りたがった。「そんなに介護したければ妻に押しつけるんじゃなくて自分でやれ、私にだってはいるんだよ」と言ったがのれんに腕押しだった。

ちゃんと相手価値観希望吟味して、自分価値観と合うかどうか確認してから結婚しないと、フルタイム勤務で働きながら望んでもいない育児をして、自分を育ててくれたわけでもないジジババの介護をさせられるのである日本人平均寿命から行けば男性の方が先に逝く確率が高いので、結婚生活が無事続いたとしても女の方がお一人さまで後に残される確率が高いのだ。子どもがいたとしても実家に寄りつかないとか結婚していて先方の都合が優先するとかだったら丁寧に介護してもらえる保証なんてない。…ということで「結婚して子どもを作ったら孤独死は避けられる」という考え自体が浅はかだと思う。

たぶんこれからずっと一人で生きていかなければならないだろうし、両親が亡くなってしまったらどうしていいかからないのも事実だけど、「あのとき離婚を選んでいなかったら…」と思うと自由な今の生活の方がましだ。

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