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はてなキーワード: 芸術的とは

2020-07-07

圧倒的加害者として生きて

昨今は、書物タイトルにもウェブページにも、沢山「生きづらさ」について書かれていますね。私は「生きづらさ」を感じたことはありません。都合よく生きていますぶっちゃけ他人に生きづらさを感じさせる「圧倒的加害者側」の立場からだと思います。辛い目にあわせてしまった人たち、ごめんなさい。

今まで生きてきて沢山の天才出会ってきました。勉強は勿論のこと、イラスト音楽的や、料理セルフプロデュースなど芸術的な才能、コミュニケーション能力洞察力、周囲への気配りといった対人関係を圧倒的有利に傾けさせる力といったところでしょうか。私が手に入らなった、文才を持つ人も何人も目の前に現れました。 

私は凡人です。ですが、天才を沢山殺してきました。暗喩ですが、本当に殺してきたと自負しています簡単に言えば、私のせいで、心理的肉体的負担を与えて潰してしまたことです。一人一人お詫びして回りたいですが、そういった被害を被った天才たちは私の顔も名前も思い出したくないでしょう。詫びの金品も欲しがらないと思います。私が逃げているだけでしょうが。こういう罪の意識ははっきりとあり、残りの人生は隠れ住むように生きます結婚子どもも作りません、娯楽という概念を捨てます。一生罪を償っていきます。とふとした拍子に思います。どうしようもなく生きています。すぐに死ぬのが正解なのですが、勤め先に迷惑がかかるなどと言い訳をして生き延びます。正直、今だって、職失って、家を解約すればすぐ実行に移せるはずです。少し前に、引っ越しきっかけに自分の所持物を9割くらい減らしたとき、この世に私の痕跡ほとんど消せた、やっと死ねると思いました。結局己の愚鈍さに負けて飛べませんでした。人を現世に縛るのは、なんでしょう。なんとなく生きたくないを引きづって生きることに絶望しています。こういったです。私は天才達の死体の上をスキップしています

2020-07-02

anond:20200702162259

芸術的レベルが高いものが売れるわけじゃない

大衆が見たいと思うものが売れる

ヒーローモノをロボットアニメプロに作らせれば大衆が見たがるのだろうか

ディズニー好きな人が欲しがっているのはキラキラした世界でのリアルラブストーリーじゃなく

キラキラしたプリンセスたちのメルヘン

カネの世界というのはそういう風にできているので

本当の芸術にとって、人気があるないは本質に直結しない

創作は作者が自己満足できることが終着点であり、見る側はわかる人がわかればいい

レベルの高い作品を生み出せることと、儲けるために作ることは関係がないんだ

2020-06-16

やはりADHDで鬱は生きてはいけないのでは

先に結論だけ書いておくと、これはダメ人間が書いた掃き溜めだ、読む価値はない、これを読む時間聖書を読む時間に当てた方が有意義なことを保証する。

自分はいわゆるADHDで鬱というクズだ。税金公共料金は滞納し仕事先延ばしにしケアレスミスを多発する、ただ会社の金を貪り尽くす蛆虫だ。いや蛆虫の方が医療等で活躍できるため自分よりはるか有用だろう。

これら先延ばしのこと等は自分の中ではやらなければならないとは思っている

税金公共料金をきちんと支払い、お金管理する

・まだ実装できていない機能実装し、残っているタスクを消化する

インフラの構築を見直しバグを細かくチェックし修正する。

書類作成し、提出する

など、どうしなければならないか道筋は頭にあり、またそれを実行しさえすれば解決できるものである確信している。

しかしなぜかできない、なんでと言われても自分でもその理由がわからないので答えようがない。

これらは自分の中ではやらねばならないことだと認識しているので、やれないことに対する不安だんだん心の奥底に鍾乳洞から滴り落ちる水滴のように溜まっていきいつかこぼれるのだと思っている。いやすでに溢れていてそれが現状の鬱なのかもしれない。

自分社会で最低限必要なことができないクズだ、ADHDや鬱がなければまともになれたと思うが現状まともでないのでクズであることには変わりはない。

おそらくこれを読んでいる方の中には「やればいいじゃん」と思ってる方もいらっしゃるだろう、まさにその通りだ。やればいいことでやれば終わることだ、しかし今の自分にはできない。今の自分にできるのはだた陰鬱とした感情吐露することのみである

もしできることな自殺できたらと思う、迷惑をかける自分存在は周りにいる人や社会にとって明らかにマイナスなのだ

これら特性は今に始まったことではない、大学では引きこもり本を読むか(自分以外に無意味な)コードを書く日々を過ごしていた。この時も本来やるべきである勉強をしていなかった。(私は物理系の学科だが情報系の勉強ばかりをしていた)

大学生だというのにまともに交流勉強もせず無下な時間を狭い6畳一間の部屋で過ごしていたのだ。さら大学中退してしまった。

もっと昔に遡れば高校の時も嫌になった部活委員会から逃げたり、中学校の時も嫌な勉強から逃げたりしていた。

こう見てみると自分人生は「逃げ」か「嘘」しかない空虚ものだと思う。結局ADHDとして生まれた時から自分人生には「逃げ」か「嘘」しかったのだとも思う。

最近人生をやり直せたらと思うことが多くなってきた、現在20台半ばだがすでに未来は暗い、丑三つ時の夜空の方がまだ明るいだろう。

スキルもなく、人格も悪い、事あるごとに「逃げ」か「嘘」を使い、全ての事象から目を覆うダメ人間未来などない。

昔は自分人生は素晴らしいものになると思いていた、自分で言うのも恥ずかしいがIQは高く、記憶力に優れ、芸術的センスも平均以上にあり、会話や交渉が得意、これらの才覚があれば自分は素晴らしい人生あゆむ素晴らしい人間になると錯覚していた。

しかし、これらはあくまで"普通のことができる"、"努力ができる"人間であればと言う話だ、自分はおそらくこれらの代わりに"普通のことができる"、"努力ができる"と言う一番大切な能力を失ったのだろう。そのせいで無駄に悪知恵が働き、無駄なことを覚え、よくわけのわからない表現をつかい、他の人を騙す、最悪の人間になってしまった。

厄介なのが自分の中に自分理想像があるのが一番厄介だ、もし自分理想像がなければ現実との解離で苦しむことはなかったのだろう。

しかし、現実現実だ。

如何しようも無い現実存在し、それからは逃れられない。現実から目を背けても無意味などころかより悪い状態に陥る、しかし目を背けずにいられない。

どうしてこうなってしまったのだろうか。

もし、自分中学生の頃までにADHDだと診断を受け、適切な治療を受けていたら?

もし、大学生の頃、鬱傾向が出た時にきちんと精神科治療を受けていたら?

もし、ADHDや鬱がなかったら?

これらはあくま現実と解離した無意味なIFにすぎない。しかし、当事者である自分からしてみると考えずにはいられず、またありえたかもしれない世界という逃げ場所を失うと言うことを避けたいのだ。

ここまでで自分無為さを書き連ねたが、最初の話に戻ろう。

自分はいわゆるADHDで鬱というクズだ。税金公共料金は滞納し仕事先延ばしにしケアレスミスを多発する、ただ会社の金を貪り尽くす蛆虫だ。

しかし、今までの文章からわかるように改善はもはや見込めない。ただこれからも周りに害を振りまく人生を過ごすだけだ。

もうどうしようもないのだ。

自分自分で愛せない。

殺意すら芽生える。

死にたい

もし、自分と同じようにADHDで鬱の人がいればせめてこのような人間にならないことを願う。

2020-06-12

anond:20200612130517

芸術的にすばやくて丁寧な店員がいるのでその人がいるときはそこ並ぶわ

存在が有名過ぎて、その人のところだけ列が長いし、レジに並んだカップルが、見てろよ、ほんとにすごいんだから...とかコソコソ噂話してたり、貼り出されてるお客様の声にも「◯◯さんのレジはいつ見ても本当に惚れ惚れします」とか書かれてる

いつかなんかでテレビネットに取り上げられないかなと思ってる

2020-05-27

anond:20200527205046

低俗ファン低俗運営者もいるけどそれとは距離を置きつつ、慣例化したアレゲビジネススキームに飲まれないよう欲をコントロールして賢く付き合えば

文芸的にも映像的にも総合芸術的価値はなかなか高い作品もそこそこあるんだよ

オタク文化らしい先進的な価値観についていけるなら意外と高尚に楽しめる

時代の核心をつくような表現に打ち震えて涙するような場面も個人的には何度も経験してきた

まあ玉石混交の中から光るものを選ぶコンテンツ選びが肝要なんだけど

少し触れてみて思想性を感じるものアート的に洗練された雰囲気のものを選べばそこそこアタリ率が高い

良いものが売れているかどうかはまた別なんだけど、そこがまた奥深いところで発掘の楽しみもある

2020-05-25

anond:20200523115226

前にラブドールの展示を見に言ったことがあるが、あれはあれで芸術的世界だと思う。そこいらで売られている人形さんよりも、緻密で繊細で、まさに美しさを詰め込んだような芸術品の域だった。あれらを限られた予算お客様に届ける技術者たちは、どれだけドールのために心血注いできたのかなと想像したほど。

もし規制するとして、ドールを買うにあたってのハンデ(小児を相手にする職業か否かの確認)などはある程度あっても良いかもしれないが、ああいった文化を貶めたり、全体的に排除するのは良くないと思う。

何がその人にとって普通かなんて人それぞれだしね。

2020-05-24

クソ曲ってある?【追記あり

※ほぼ主観です。具体的なソースは出さない点、申し訳ないです

クソゲー、クソ映画、クソ漫画、クソアニメ

広く流通しているエンタメコンテンツ各種の中で、

音楽楽曲一般的上記のような表現酷評されるのは稀、というかほぼ見ない気がする。

もちろん、某アイドルグループ楽曲とかが定期的に炎上したりしているけれど、それは楽曲とりまコンテキスト含めての評価であって、

楽曲自体ひとつ創作物としてみたとき芸術的価値はさておき、その造形の完成度の水準で貶される状況は、

既存楽曲に似ている/盗作である

ボーカル歌唱力が低い

くらいのモノサシくらいしか思いつかない。前者については、ちょっとこれもコンテキスト領域評価で、造形そのものの完成度の評価とはやや次元が異なる。

歌唱力については、マスタリング過程リズム音程ともに補正できちゃうのでそもそも問題になることは特に近年は稀に思える。

自分の知る範囲でクソ曲としてよく挙げられるのは

The Beatlesのオブラディオブラダである、というのは何となく知っているけれど、

イギリスはじめ海外はいざ知らず、日本において本曲がクソ曲として扱われるということはなく、

しろかなり人気のある部類だろう。イントロピアノはさすがにどうかと思うけど……。

(もちろん英国本国でも批評家のぞき一般的には人気がある可能性もあるけど)

日本でも宇多田以降、一時は「小室ファミリー」的なる状況が邦楽音楽の水準を下げた、あるいは多様性を失わせたみたいな言説があったように思うけど、ある楽曲単体の出来の巧拙の具体的な評論評価があったかは思い出せず。

映画ゲームが、コンテキスト抜きでパッケージングされた創作物としての評価

カジュアルに「クソ」の烙印を押される一方で、少なくとも日本においては楽曲がそれらの評価から自由なのはなぜだろう。

いくつか仮説を考えてみた。

コンテンツ価格が各種エンタメの中で低く、拘束時間も短いため、損を感じにくい

音楽言語と相性が悪く、そもそも評論と不向きであるコンテキスト抜きでの楽曲評価の知見が不足しているか広く共有されていない

コンテンツに関わる人数が比較的少なく、クオリティコントロールが容易

●最低限リズム音程破綻していなければ視聴する人間不快にならないのかも

視覚的な表現に対して、聴覚依存する表現リテラシーが低い(というか生体的な感覚器の精度が視覚と比べてやや大雑把な可能性)

●「ヘタウマ」という言葉がある通り、実は表現巧拙はそこまで重要じゃない(この辺、おとなりの国と結構対照的な気がする)

●「実験作だから」と言えば何でも許されるスキームがある

と、何となく考えたところで、日本において(ある程度名の知れたアーティストリリースした)クソ曲って存在するもの

また、楽典とか音楽の専門的教育を受けた人からすれば、実は楽曲の造形的なよしあしって明確に見えてたりするものですか?

(展開/フレーズ効果のあるなし/要素の相互関係など)

====

【以下追記】5/25 0:50

予想外に伸びててびっくりした汗

読み返したら超読みづらい上に誤字脱字多く恥ずかし…

トラバブコメ感謝です。めちゃ勉強になりました。ありがとうございます

もう事実上活動していないあるバンドのある楽曲がめちゃくちゃ好きで、

というかひとつ作品としてものすごく美しさや言っちゃえば聖的なものさえ感じるのだけど

自分にはそれを言語化することが一切できなくてずっとモヤモヤしてて。

ボーカル音程危ういし抜けが悪いし、サビらしいサビもなく(10分ほどある曲のうち多分半分もメロディーラインがないのでは)

個人的にはすげー好きな展開も冗長といえば冗長かもしれずで(天国への階段いかも)

多分何てつまらない曲なんだと感じる人がほとんどだろうなーとも思うわけです。

5月末の何日だかがそのバンドボーカルギターの命日だもんで

毎年この時期になるとその曲の凄みみたいなものを何かしら言語化できないもんかなと思いつつ、

やっぱ無理ね、となるのです。

楽曲言語で評するって難しいなーと思うと同時に、

じゃあ明らかに作品として不出来と評されている楽曲って流通してるもんかな(自分は知らないので)と疑問に思い

増田投稿した次第でした。

ただクソ曲っていう強く不快ワードしたこと反省してます…。

特に音楽業界の方申し訳ないです。

おっなんか表紙のデザイン芸術的できれいと思ったらミュシャパクリな上、毎回同じ背景・デザイン使い回してた・・・

2020-05-23

感情移入ってなんだよ

映画レビューとか見てると「感情移入できた/できなかった」のが作品評価する上で重要指標とする人が一定数いるのだけどそもそも感情移入って何? 

登場人物の行動原理とか感情機微共感して「わかるううううううううう」みたいになるやつ?

それとも没入しすぎて鑑賞している自己登場人物が溶け合って区別がつかんくなるような感覚

で、そうだとしてそれが作品芸術的価値みたいなのを決定づける要因になるの?

つか誰よこの感情移入がどうこうみたいなモノサシを一般化させたのって。

夏休み読書感想文か?

え、みんな普通に感情移入」みたいな状況、理解できてるもんなの?

感情移入した作品キャラか知らんけどそういうのあったら教えて欲しい。

2020-05-02

風俗嬢のツイを観測している

普通に会社員やってれば中々出会えないレベルコミュ障不細工と性行為するストレス常軌を逸するようで、往々にしてミサンドリー発症する。

日中、ありとあらゆる罵詈雑言を尽くしてコミュ障不細工批判する様は醜悪を通り越して芸術的ですらある。

また、彼女たちは往々にしてストレス解消の手段としてホスト女性風俗にのめりこんでいく。

ストレス昇華できず人生時間や金を浪費しているという意味で、やってることは彼女たちの下に通う客と大差ないし、

そもそもそんなことをせずに貯蓄に励めばそこまでストレスフルな職場に身を置き続ける必要もないのだが、

そこを認めると自身を保てないようだ。時折いか自分たち悪所通いは高尚かを説きはじめる。

2020-05-01

バニーガールによるメイドへの差別問題

 常々バニーガールのキワッキワの谷間とか、ギリッギリの鼠蹊部とか、アミアミタイツを見てハッピーになりたいなと思っていた。2019年12月末。久しぶりに会った大学時代の友人と2人で飲んでいた時、ちょうどエロの話で盛り上がったので、一緒にバニーガールバーへ行くことにした。

 バニーガールバーは古い雑居ビルの4階に入っていた。2階には「マッサージ、ドデスカー?」的なお店。3階にはメイドバー……という、いやらしい匂いがぷんぷんと漂うビルの狭い階段を、ドキドキムラムラしながら友人と登った。

 俺たちを迎えてくれたバニーガールは期待通り股間に訴えかけるものが多分に含まれ芸術的衣装で、さらに愛想も良く、俺はハッピーになり始めていた。俺と友人の仕事の話だとか、網タイツしょっちゅう破けて困るだとかそういう話題を経て、このバーが入っているビル話題になった。俺はなんとなく「下のメイド達と交流とかはあるの?」と聞いてみた。するとバニーガールは、眉をひそめ「メイドやばいコばっかなんですよ〜」と言って話し始めた。

「あのコら、あの狭い階段で全ッ然道譲らないの。あのスカート、広がっていて邪魔だッていうのに、全く知らん振りなんですよ!」

 友人が「メイドやばいのおもろいな〜! どこのメイドやばいんかな?」と言うと、バニーガールは一層嫌悪感を露わにして

「いや、絶対そうですよ。前メイド喫茶でバイトしてましたけど、あのコら無断欠勤かめっちゃするし、礼儀とか全ッ然身についてないし、頭おかしいコばっか。メイドにまともなコなんてほとんどいないですよ!」と言い放った。

 

 彼女メイド差別的発言をしたと感じた。その場は「へーそうなんや」と言って別の話題に切り替えたが、友達と別れた後にジリジリと不快になってきた。

 この「不快」というのは、友達同士との何気無い会話の中で、特定人種の人々に対する、本人にとっては悪意のない差別的発言と直面した後にも迫ってくる。だがそれらは決して差別的発言のものに対する、怒りだとか、悲しみといった不快感という意味ではなく、自分感情のあり方にぐるぐると悩み初め、その取り扱い方に困ってしまう、という不快感だ。

その後振り返ってみて俺はどう感じたか

 メイドへの差別的発言を目の当たりにしたが、咄嗟のことだったので「そんなことを言ってはいけないよ」とバニーガールに指摘すべきだったが、できなかった。そのことについて悔しさに震えた。

 いや、それは違う。単にバニーガールの機嫌を損なうのが恐しく差別的発言を指摘できなかっただけだ。それをメイド糾弾されるのも恐ろしく、「悔しかった」と言って誤魔化し「咄嗟のことだった」と言い訳をしているに過ぎない。結局俺は周囲を顔色を伺ってばかりいるような人間なのだ。俺は自分の臆病さを情けなく思った。

 いや、本当に考えるべきことは、差別的発言を指摘できた・できなかったという次元ではなく、そもそもなぜバニーガール彼女メイド差別的発言をしたのか、という点かもしれない。彼女自身について少し考える。どうやら彼女は、自身が「ヤバいコが多い」と感じていたメイドをやっていたようだ。それに、彼女とは別のバニーガールアームカットの跡で肩がまるで焼きイカのようになっていた。彼女のことはよく知らないが、働いてきた中で結構追い詰められていて、メイド差別し見下していないと自分肯定できない状態に陥ってしまっていたのかもしれない。俺はそんなバニーガール境遇に同情し心を痛めた。

 いや、これはバニーガールを「メイドを見下さずには自分肯定できない」と見下すことによって、俺は自らを肯定しようとしているのかもしれない。それを偉そうにバニーガール境遇に対する同情だとか言い繕うなんて、なんて高慢卑怯なんだろう。俺は自身卑劣さに悲しくなった。

 いや、そもそも悔しさに震えるのも、臆病さを情けなく思うのも、同情し心を痛めたのも、卑劣さに悲しくなったのも全部嘘で、結局どれも「差別はよくない」という世間に受け入れて貰うための薄ら寒い演技に過ぎず、本心はただ寂しさを埋めるために差別問題を利用しているだけではないだろうか。いやいや、それもまた違って……。

 差別的発言に直面すると自意識という触手にがんじがらめにされ、一体自分がどう感じているのかが全くわからなくなってしまう。鏡合わせの空間に迷い込み、どの鏡に映る自分が本物なのかわからなくなってしまったような不安に陥る。そういう意味で、差別的なシーンはとても不快だ。

 こんな不快な思いはしたくないし、バニーガールメイド共存し手を取り合い、2人で俺を笑顔で迎えてくれる社会になるのであれば、それはとてもとてもハッピー社会だと思う。なのでこのバニーガールによるメイドへの差別問題がなくなれば良い、とは思う。

 しかし、差別問題について解決しようだとか、どうこうしようだとか考えるのは、メイドでもバニーガールでもない第三者の俺にとっては想像以上に体力を消費するし、例の不安な気分に陥ることになる。こんなことに頭を悩ます位ならば、例えばマイクロビキニ女の子について考えていた方がハッピーだし、有益時間を過ごせるだろう。よし、というわけで今度はマイクロビキニバーへと行くことにしよう。

演劇人がなぜ偉そうにみえるのか説明してみる

行政支援を求める演劇人、偉そうですね。他業種を見下し、自分たち特別

存在であるかのような語り口ですね。平田オリザ野田秀樹ケラリーノ・サンドロヴィッチ

あと若手(知らん)。

彼らは、別に偉そうにしてるつもりはないんですが偉そうにみえます。なぜかということを

説明してみたいと思います。どこまで説得力があるかわかりませんが。

劇団設立からずっとボスから20代の頃から座長であり演出家であり先生から

若造ときから偉そうに振る舞って「俺は知ってる。お前は知らない。俺は作る俺の世界

というポジをとってないと死んじゃうから別にぶってるわけじゃない「俺が絶対にして至高」

以外の話し方を知らない。20歳から何十年も民謡歌った人、何歌っても民謡になるんだよ。

今回名前の上がっていない劇団もだいたい独裁者+取り巻きスタイルだよ。

から偉そうにみえるんだよ。

その初代独裁者が年をとって芸術的才能が劣化したら、劇団はそれで終わり。日本には

レベルの高い演劇を生み出し続けるシステムがない(*1)。

欧米ロシアとは比べモノにならないレベルの低さ。

であるにもかかわらずまるでヨーロッパ芸術監督よろしくふるまう。彼らの文脈と語り口はすべて

モノマネ大衆は彼らが実はただの一発屋なのを直感で見抜いてる。見抜けてしまう。そのレベル

から偉そうにみえるんだよ。

その証拠に、能や狂言歌舞伎文楽(*2)に税金が投入されることに反発をあまり

たないだろ? 野村萬斎が突っ立ってるだけでなんかこのおっさん凄そうと意味もわから

わず敬意を持ってしまうだろ?全く偉そうに見えないだろ?なんなんだよあれ。それは

俺もわからん一発屋じゃないことはわかる。凄いな伝統

(*1) 宝塚歌劇団例外だと思います

(*2) 除く橋下徹

2020-04-15

anond:20200415001124

そら今の状況からすりゃ「いか芸術的コロナを封じ込めたか」が勝利条件なんやから感染者増加数のグラフが右肩下がりのなで肩になってたら勝ちやで。

割とこれは今評価されるべき指標やが。

anond:20200415001124

そら今の状況からすりゃ「いか芸術的コロナを封じ込めたか」が勝利条件なんやから感染者増加数のグラフが右肩下がりのなで肩になってたら勝ちやで。

割とこれは今評価されるべき指標やが。

2020-04-10

[] #84-10幸せ世界

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・・
・・・
・・・

「ほら! 起きて! しっかり!」

朧げだが、既視感のある声が聴こえる。

俺はゆっくりと瞼を開いた。

「あ、やっと起きた。あの後キミはぐったりしちゃってね。ボクの船まで運んで、休ませていたのさ」

どうやら、また気絶してしまったようだ。

短期間で二度も気絶って、人生でそう体験することじゃないな。

「……いつつ」

全身の倦怠感と共に、頬に僅かな痛みを感じる。

俺を起こそうと、ガイドがまたも引っ叩いたのだろう。

短期間で二度もぶたれるとは、これも人生初だな。

全くもって嬉しくないが。

大丈夫? メディカルキットで見る限りは大きな創傷はないようだけど……」

現状を把握しきれていない状態だったが、俺はとりあえずガイドに拳骨をお見舞いした。

それだけは真っ先にやっておこうと、潜在意識が働いたのだと思う。

「あたた……ひとまず元気そうなのは分かったよ」

こんな漫然と暴力を振るったのは初めてだったが後悔はしていない。

今回の出来事は大局的に見れば、こいつが原因じゃないのは分かっている。

それでも俺に対して、払うべきツケがないといったら嘘になるだろう。

なし崩し的に酷い目に合った身から言わせれば、むしろ拳骨一発はリーズナブルだとすら思っている。

「で、今どういう状況なんだ」

「おかげで次元の再結合は果たされた。後は因果力によって、裂かれた箇所は自然と修復されるだろう」

「そりゃあ、何よりだな」

やれやれ、これでようやく帰れる。

時間は大したことないのに、フルタイムより疲れた

「ほら、モニターを見てみなよ。次元の縫い目が出来て、徐々に接合されて、跡すら綺麗に……って、あれ?」

もう完全に休憩モードだったのに、ガイドが不穏なリアクションをする。

俺はそれを見なかったことにして、そのまま寝てしまたかった。

当然そうもいかないのは分かっていたが。

「なんだよ、その反応は。再結合は成功したんじゃないのかよ」

「いや、それは成功したんだけど、分裂箇所が不自然でね……」

俺もモニターを覗いて確認してみるが、イマイチよく分からない。

そもそも俺は何が自然か知らないんだが、何がどう不自然なんだ」

「“綺麗に分かれすぎてる”んだよ。自然に破けたら、こうはならない」

そう言われてみると、確かに次元が分かれた箇所は平行に破けている。

いや、これでは破けたというより、まるでハサミで切り取られたみたいだ。

「じゃあ、何か? 誰かが意図的に、次元を分裂させたってか?」

「恐らくね。それでも、ここまで芸術的な分かれ方は……まさか!?

ガイドの素っ頓狂な声が船内に響き渡る。

どうやら心当たりがあるようだ。

「これは……“フラッガー”の仕業だ!」

また妙ちきりん固有名詞が出てきたぞ。

現状でも雰囲気理解しているだけなのに、次から次へと。

これだからSFは面倒なんだ。

次 ≫

2020-04-09

anond:20200409062245

使っていてなんだけど、便所の壁にうんこなすりつけるような場所だしね。

ちょっとしたキ〇ガイをする場所じゃん。

凄い高名な画家が、このなすりつけたうんこをみて『芸術的だ!』と発狂しない限り何も起きないよ。

2020-03-29

anond:20200329175020

音楽ってのも絵画と同じように芸術的に相当多様なもんだと思うんだよね。

キュビズム絵画を見たとき「感動した、泣いた」ってなるより「なんだこれは…興味深い」ってなる人の方が多いと思うんだけど、それと同じように音楽の味わい方も色々あると思うんだよね。

ともかく、人間を侮っていると芸術全般がそのうちダメになってしまうから、そういう受け取り方には自ら世界をつまらなくしていく人のような危うさを感じるね。

2020-03-13

弟の自己肯定感を奪ってきた

anond:20200313103330

これをすまん……すまん……と思いながら読んでいた。増田は長女である

元増田姉御さんとは確実に別人なのだが、まるで自分に当てられたかのように深く突き刺さる。

他ならぬ私が、弟の自己肯定感を奪って生きてきた姉だからだ。

エピソードは色々あるが、ともかく「優秀なお姉ちゃん」として育ってきた。

中学までは成績はクラストップ、部活レギュラーだった。

一方、弟は中学最初テストで大きくしくじり、親にこっぴどくしかられる。

習い事は弟と共通して通ってきたものが多いが、

ピアノ子供教室首席まで登りつめた姉の傍ら、弟はすぐに放り出し、珠算水泳階級でも姉を上回ることはなかった。

同じ高校受験したが弟は落ちてしまった高校受験、などなど。

その度にこちらの意思とも関係なく、弟は姉と比較され続けた。

特に象徴的なエピソードがある。

弟が小学校低学年のとき自由研究として地域文学コンクール俳句を応募することにした。

ところが後に理系となる弟には文学的興味が全くなく、作業は難航。最終的に頼まれて私が9割考えたものを持っていくことに。

ところがその俳句が、なんとあろうことかコンクール入賞してしまったのだ!

私も同コンクール小説部門で受賞した為、兄弟受賞と囁かれ、共に授賞式にもいった。

このとき感情といったら、「やってしまった……」というほかない。

「元はといえばお前が自分で考えず人に頼んだりしたからだ」と非を責めることは出来る。

が、そういう問題ではない。私が弟の自己肯定感を奪ってしまったのだ。

弟はその後も自分のものでない功績で人に誉め続けられた。学校表彰され、成績表に書かれた。

本当は自分のものではないのに。

果たしてどんな気分だったろうか。




幸いなことに、弟はその後THE末っ子気質パリピコミュ強に進化した為、彼が深く思い詰めるようなことは起こっていない。

私が高校時代勉強より芸術に傾倒し、どうしても行きたい専攻が難関校になく低学歴で終わったこと、

弟と私の得意分野が芸術的な文系コミュ強な理系真逆であること、

弟もまた高校以降優等生になったこと、

親と確執を持ったのが自分の方であったこと、

など数々の状況に恵まれ、今でも週末一緒に遊べるような良好な兄弟仲でいられている。

だが、ふとした時に「増田の方が俺よりずっと優秀だからね」とか寂しそうな顔で言われると、つけた傷がまだ残っていることに気付かざるを得ないのだ。

君のが数学が出来て学歴も良くて友達も多いのに何言ってんだ。もっと自分のいいとこ見てろ。

2020-03-08

欧米底辺やっぱヤベェなって

日本にもインスタやSNS狂いおるけども比較にならないよね

すごい構図の写真を見てすごいなぁ絶景だなぁ芸術的だなぁって感動するけど

あっこれ合成でもスタントマンでもねぇやって気づいてヒュンってなる

まぁ侵入登頂出来るってことはおそらくプロスタントマンに準ずる活動をしている人だと推測されるので、

あとはその国々の法律にお任せするとして、

幼児子どもファンタジー写真を撮ろうとする方々の多さよ

日本にもいるので欧米にいないわけがないとは思っていたけど、野生動物レンタル動物あんなにくっつけたらシャレにならないと思うんだ

明らかに光源や動物の体格サイズおかしい微笑ましい合成写真もあるけど

これ合成と違うよな?ってのもチラホラ

これら全ての写真フォトショッパーが本気を見せたもの!!野生動物レンタル動物と濃厚接触したキッズたちはいなかった!!!それ含めてファンタジー!!!だといいけど

合成元にする写真キッズらをどんだけ拘束したら撮れるの?って写真なのよね

ママパパが喜ぶから頑張ってるんだろうなって思うとすごく微妙気持ち

欧米日本と比べものにならないくら子ども権利が強い国じゃない?

でも都市部以外は底が見ないなって改めて思いました

なお、写真クオリティーは素晴らしかったです

すべての芸術いちばん大事なことは何も考えない事なのかも知れない

2020-02-20

100万回のアイラブユーが嫌い

楽曲的におもんない…歌詞特にクリエイティブじゃないし…。いや、ていうか、あの歌をしたり顔で歌ってる連中が嫌い。それ、別にお前が作曲した歌じゃないよね?カラオケしたいならカラオケ屋いけよ。May. Jかよ。

清水翔太とか、Aiとか、湘南乃風とか、まあ、あと、ロッキンジャパンに出てるアーティストの「君を〜思うだけで〜勇気が出るよ〜愛してる〜」みたいな独りよがりJPOPクソ歌詞のやつらとか、新宿駅で持ち歌じゃなくて、他人の歌を歌う歌ウマの人たちとか。「ああ、毎日よく練習したんですね」みたいなつまんないやつ。上手さだけで聴衆の耳目を集めたいなら、別にお前らじゃなくても、音大卒のやつらの方が上手いわけで。「ダメなんだよ、ダイうまいのはゴマンといるんだわ」ってブルージャイアントでも言ってたでしょ。一定量練習すれば到達出来るもの、って芸術的には特筆される価値はないよ。3000時間かければ受かる資格試験みたいなものなので、技能としてはすごいけど、アートではないよね。それがアートたり得るなら、みんなグラミー賞取ってるし、芥川賞映画祭必要ない。

2020-02-15

anond:20200215205625

なんで?

それが資本主義じゃん。

それとも自分たち大事にしてる物事が高尚で芸術的もの不可侵だとでも?

そもそもこういう世界からこそ、アンタらも安全に潤沢に趣味享受できてるんじゃないの?

anond:20200215121818

映画に対する意識の差かな。

欧米ポスターシンプルでどちらかといえば芸術的だけど、日本では映画はみんなで流行にのって楽しむものから硬そうなのは敬遠されるとかそういうのかと思った。ポスターだけかっこよくて内容微妙とか最悪じゃねとか思ったり。

2020-02-07

治りがいまいちな感じの増田寿磨の人家那智今井がリオナ(回文

おはようございます

今月の月刊手洗い3月号みた?

巻頭カラー6ページにわたっての特集は「しっかり手洗い慣行」よ!

から今朝はもうしっかり手洗いしちゃったわよ。

この今の時期な雰囲気で。

マクドナルドで働いたことある人なら分かると思うけど、

あの徹底した二の腕まで洗う手洗いは業界屈指のキレイキレイだわ。

そんなことよりさ、

風邪が治りきったのか治ったのかよく分からなくて

薬で抑えてるから治ってるこの瞬間命を燃やせ!って行こうと思っても、

なんだか薬の効き目が切れたら恐怖だわ。

いっそのことカーンと熱上げちゃった方がお熱のがお好きなんじゃない?

何言ってるかよく分からないけど、

いっそのこと38℃ぐらいの体温のキープして体内のウイルスというかそういうのを

うそうあの

北斗の拳みたいな漫画肩にトゲトゲの肩パットを装備してる敵の人が消毒だー!って火炎放射器で焼き払おうってしてるシーンの

身体の中でのいい免疫システムの人がそれやってくれる感じで、

中で一所懸命頑張ってくれた方が

もう逆に治りが早いんじゃないかしら?って思っちゃうのよ。

私は熱上がってしんどいけど、

から燃やしてバババババーってやってくれてもいいし、

あのナウシカ巨人兵があの女の人名前知らないけど、

命令されて口からビームで一面を焼き払おうとしたシーンの

身体の中でのいい免疫システムの人がそれやってくれる感じをイメージしてくれたらいいんだけど、

そのぐらい燃えたいの!ドラゴン

そのぐらい幸せになりたいの!ブータン

微笑みの国なのはタイ

海老で釣れるものと言えば!鯛!

だってじゃないとさ、

完治させないと銭湯も行けないし、

っていっそのことサウナの110℃ぐらいのカーンとした熱でって

それは外から効くのかしらね?よく分からないけど、

バカな私でもさすがにそれはバカ作戦だわって思うので辞めようと思うわ。

アントニオ猪木医院ってあったら、

元気があれば何でも出来るー!って主治医アントニオ猪木さんの横にいる看護師蝶野正洋さんが最後バシーンってビンタ処方してくれた方がまだしもだわ、

処方してくれるのはアントニオさんじゃないのね!アントニオさんじゃ!って

たぶん身体ダルさより

ほっぺたの痛さの方が勝って治った気がするわってなると思うの。

って言う夢を見ました!

って言うのはウソで、

のど自慢ゲスト中条きよしさんだったとき最後に歌を歌われたとき

司会の小田切千アナウンサーが、

中条きよしさんで『うそ』でしたー」っての紹介には、

ウソだったんかーい!ってちょっとずっこけそうになって笑っちゃったわ。

にしても小田アナこのクダリ何回するのよ!っても思っちゃったわ。

ということで、

手洗いにうがい、マスクはしっかりしなくちゃって思うから

ちゃんとしなくちゃね!

うふふ。


今日朝ご飯

初めて行ったパン屋さんで玉子サンド買ったのね!

それが美しくてメインの具は玉子なんだけど、

薄ーくハムレタス玉子のサイドにも挟まってるの。

そのライン芸術的に細く綺麗で美しくて

サンドイッチの断面に現れるほんの1ミリぐらいのレタスグリーンハムピンクラインに感動したわ!

なんかそんな酔狂なことをしちゃうこだわりがあるんだなーって関心したわ。

味もとても美味しいからまたリピする!

こんな目でも美味しいサンドイッチなんて初めてだわ!

わず食べ終わった後ブラボーってやっちゃったし、

今度そのことをそのパン屋さんの大将に伝えなきゃって思った次第よ。

デトックスウォーター

薄ーくピーラースライスしたキュウリウォーラーメインので

何故かというと、

キュウリカリウムパワーでむくみを解消ってわけ、

最近どうも全快ではないので

運動不足なのかしら足がむくみクリマクリスティーなの。

ちょっとそれ期待しちゃうわ。

ちなみに味はキュウリ味であんまり美味しくないので、

味の強い柑橘系のものを混ぜてもいいかもしれないわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-01-25

YOUTUBERきらい

YouTuberが嫌いだ。いや、嫌いというのは正確ではないかもしれない。理解できないものへの嫌悪との峻別がまだ十分にできていないような気がする。ある友人が仕事を辞めてYouTuberを目指す、と言い出してから本格的に分からなくなってしまった。人生を賭ける価値のあるものだとは思えない、というのが率直な感想だった。

しかし、人生を賭けて「YouTuberを目指す」と「野球選手を目指す」、あるいは「ミュージシャンを目指す」、「芸人を目指す」というのは本質的に違うことなのだろうか。直観として違う、とは思うのだけれど、未だに自分自身を納得させるだけの答えを見つけ出せていない。もしかして自分YouTuberという新しい職業理解できず、腹の底の方で単に舐めているからなのではないのだろうか、と。

「他と比較して圧倒的に高い能力提供を対価として生活の糧を得る」というものプロフェッショナルだと思っていたが、YouTuber果たしてそうなのだろうか。以前、HIKAKIN24時間に密着した動画を観たことがある。彼は本当に休む間もなく赤い目を擦りながら、セブン惣菜をかじりながら、働き続けていた。その時は「これはプロ仕事だ」と確信した。ただし、そのプロ仕事から出力される作品の魅力についてはあまり理解できていなかった。

単に流行りの、取るに足らないブームである、と結論付けるのは適切ではないと思う。そして、天ぷら屋で10師匠仕事を見続ける、あるいは有名どころの前座をし続ける、みたいな下積みのなさにその原因を求めるべきでも無いと思う。それでも30年、50年残り続ける、ある種の芸術的な強度みたいなものも感じられない。

自分無知ゆえなのか、これをうまく切り取るフレームが見つけられない。何を勉強したら理解できるようになるんだろうか。

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