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はてなキーワード: アメコミとは

2017-11-21

anond:20171120235424

アジア人エンジェルもいいとはおもうけどなぁ。アジア人モデルが入ることで、VC路線ががらりと変わるなら反対だけどね!

ブラとか、ルームウェアとかフレグランスとかもわりと手ごろ。ショーはファンタジーだけど👼

私たち欧米人ルックスに憧れや美をみるように、あちらもアジア人にはエキゾチシズムは感じてると思う。

太陽の下の18歳」旧い映画でも、ちょっとそういう表現あるし。

普通に黒人モデルさんもいるよね。顔立ちはアメコミ顔。白人至上主義というより、美形のるつぼ的、なんでもあり。

多様性を云々というのもあろうし、こないだ中国でショウしてたし、市場開拓意味合いでも、アジア系モデルいてもいいと思う。

身近にそんな人いないだろ!ってくらい手足の長いスタイル美女いであることに変わりはないでしょ。

ファンタジーであることが重要

ファッションイラストレーションから抜け出てきたようなエンジェル達がランウェイを闊歩するショウは一度は見てみたいけれど

私は自分が気に入ってるモデルさんが出来ればいい歳までエンジェルやっててほしいと思う。

海外通販でブラも服も部屋着もサテンの寝具カバーセットなども購入してた人の、一個人意見です。

2017-11-17

anond:20171116220817

いや、どんどん長期コンテンツ化してってるじゃん。

しろ同じキャラ体系を死ぬほど使いまわして何度も物語アメコミ方式が来るよ。

2017-11-05

anond:20171105105640

デカイのはアメコミはいっぱいいるんだが、

日本認知度が低いだけかもな

まだ映画版だとあんまり出てこないからな

スパイダーマン3サンドマンとか、アントマンの巨大化版ぐらいか

2017-10-31

anond:20171031181032

映画世界中でヒットしてるやん

国内アメコミだけ細々売り続けるようには戻らないだろうな

2017-09-30

https://anond.hatelabo.jp/20170930091504

斜め読みスマンのだけど、表情のパターンが少ないなと思った

絵柄がリアル寄りで結構クドいから、そう見えないようナチュラルな表情が描けるようになるといいか

今のままだとアメコミ的な止め絵の連続絵物語マンガに見える

それを目指してるならいいけど

ジャンルに限らず(それこそ子ども向け絵本からアニメ少女漫画まで)の絵を模写してリアクション・表情集を作ってみるといいのでは?

あと他の人も言ってるけど効果線をあまり使っていないのでアクションが見えず、それで絵がとまっているように見えるというのはある

よくあるベタ演出もっと真似しちゃういいんじゃないかな

ポテンシャルは感じる(偉そうな言い方でゴメンね)ので書き続けていって欲しい

2017-09-16

anond:20170915153747

観ないと思ったから読んだけど、すごく面白かった。

観てみようかなって思うほどに。

でもアメコミ系はあまり得意じゃないから、もっととっつきやすそうなのから入っても良いのかな。

私は言葉が下手だから上手く言えないけど、あなたの読解力と文章力は素敵でうらやましいよ。

2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-09-07

自走式彼女

俺の嫁さんは自分で走る。特にプログラムされずとも、自分で考えて走る。

出会いは俺が二十八の時。働いている会社新卒採用が全くなく、若いのが入らないので代謝が悪かった。その会社にしては珍しく新卒入社だった俺は、六年経てど部下はおろか後輩すらできず、ずっと続く「若手扱い」に辟易してた。そんなある日、自主退職者の補填として彼女が来た。当時二十七歳。見た目も少し近いが、雰囲気シン・ゴジラに出てきた市川実日子まんま。会社外資系だったこともあり、人事も面白みがないよりは風変わりな人材を好む傾向があったため、第一印象は「まためんどくさそうなのが…」という感じだった。


彼女必要以上に人と馴れ合わないけれど、飲み会は割と顔を出す(ただし質問されない限り会話はせず、淡々と飲んでる)し、仕事完璧なもんだから一年たつ頃には「ちょっと変わったミステリアスな人」みたいなキャラで定着し、重宝される人になっていた。ある日、業務で少し関わることがあり、彼女ブースを訪れた。「○○さん、これなんだけどさ」と話かけると、机上の写真立てに淑女(欧米人)の白黒写真が入っているのが目に留まった。

俺「ん?誰これ」

嫁「祖母です」

俺「え?ウソ?○○さんクオーターなの?」

嫁「ウソです」

俺「???じゃあこれ誰??」

嫁「知らないです。ネットで見つけて印刷しただけなんで」

俺「????」

それを全て一切こちらの顔を見ずに(PC見たまま)真顔で言うもんだから、何がホントで何がウソかもわからないし、それ以上に(コイツ…予想外に面白いヤツだ!)と急激に魅かれてしまった。


後日、またブースを尋ねると、写真はなぜか白黒のキャプテンアメリカに変わっていた。

俺「○○さんアメコミ好きなの?」

嫁「アメコミっていうか映画が好きです。しょっちゅう見てます

俺「で?なんでキャプテンアメリカなの?」

嫁「なんとなくです」

(おそらく当時新作が公開されていたので、その影響)


それ以降、コーヒーを入れるついでに彼女ブースに顔を出すようになった。フワフワして掴みどころのないところや、微妙に噛み合わない会話が癖になっていた。暫くした頃、彼女に「俺さんが私の席で会話してること、あまり周囲の心証がよくないかも知れません」と突然言われた。確かにアットホーム自由風土会社とは言え、ほぼ毎日男が女の席で雑談しているのはあまりよろしくないかもしれん。いや、それ以前に多分彼女は、遠回しに俺に「迷惑です」と伝えているのだろう。ショックだが、もうちょっかい出すのはやめよう。そんなことを考えていると彼女が突然、「私、今日外食するんです。会社で話し足りなら、来ますか。外でならいくらでも話せますよ」と言った。意外過ぎる誘いに、反射的に二つ返事で答えた。あとになって(あれに返事したってことは『あなたもっと話したいです』と認めているようなもんじゃいか)と気が付いて一人悶絶した。


それからプライベートで頻繁に会うようになった。流れはいつも同じ。俺が聞かない限り彼女は何も言わず、俺が「週末なにすんの?」と聞くと、「XX行ってXXしてXX食べて帰ります。来ますか。」と返される。それに俺が乗る。この流れ。それでも彼女といると居心地が本当に良くて、いい加減告白しようと決心した夜、突然彼女が「私、今まで異性と付き合ったことないんですけど、俺さんならお付き合いしたいって思うんですよね。付き合いますか。」と真顔で先制攻撃され、正式彼氏彼女になった。同僚はそれを聞いて「いいなぁ。俺の彼女なんてXXしたい、XXしてーばっかりなのに、お前の彼女勝手に走るのな。自走式彼女だな」と表現し、まさにその通りだなと思った。

ちなみに詳細は割愛するが、彼女はかなり複雑な家庭環境で育っており、それがゆえに風変わりな性格になっているようだった。仲良くなってから聞いた話、写真立てについても「家族写真を机に飾るってどんな気持ちかと思って」とのことだった(うちの会社外人をはじめ、結構家族写真を机周りに置いている人が多い)。そんな一見すると強いけど、実は脆いところもあるというか、繊細なところも彼女に魅かれた理由だった。


同棲しても付き合いのスタイルは変わらず。大抵の休日は起床後、俺の「今日何すんの?」に始まり彼女はそれに「XXしてXXする。一緒に行きますか。」と返す。基本的彼女自分のしたいこと、することがハッキリ決まっており、こちらが誘いをかけない限りは、一人で勝手に動いている。大体そんな感じで一年一緒に暮らし、「よし、結婚しよう!」と決意し、柄にもなく良いレストランを予約し、指輪を買って、明日プロポーズという金曜日の夜。ベランダタバコを吸っていると、彼女が戸を開け、何の前置きもなく突然、「俺さん、私、結婚なんてしなくていいと思ってたんですけど、俺さんと出会って、この人となら結婚したいって思ったんですよね。一年一緒に住んで、その気持ちがより強まったので、私は結婚したいと思うんですけど、どうでしょう結婚しますか。」とまたしても突然真顔で先制攻撃をされ、結婚することになった。(さすがにその時は「ちょっと待ってくれ」と言って、翌日俺からプロポーズし直したが)。


そんなこんなで結婚して一年ちょっとになるが、ずっと変わらないと思っていたスタイルが今週月曜夜に少し崩れた。

俺「週末なにするの?」

嫁「土曜の朝一で大阪行って、一泊して日曜夜に帰ってくる」

俺「は!?(女友達いないのに外泊!?まさか堂々の浮気宣言!?)」

嫁「エキスポティダンケルク見に行く。土曜昼に見て、夜うまい飯と酒で〆て、日曜朝もう1回見て、たこやき食べて箕面ビール飲んで帰る」

俺「……」

嫁「……」

俺「……へぇー」

嫁「……行こうよ」

俺(…行こうよ!?

嫁「先週聞いたとき予定ないって言ってたから…。ごめん。映画チケットホテル勝手に2人分とっちゃった…」


変わったらイヤだなと思っていた彼女が少し変わってしまって、正直驚きを隠せないが、それがまた可愛くて可愛くて、今週は一日一日が過ぎるのが待ち遠しくて、どうしてもちょっと自慢したくなっちゃって、結果ニヤニヤしながら増田に書いちゃった。早く週末にならないかなー!

2017-09-06

anond:20170904194521

アメコミ映画のソレの稚拙さはほんとにどうにかしてほしい。あの程度を称賛するアメリカ映画批評業界滅びろっていつも思う

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822020248

少年誌」だからって何やってもいいわけじゃないだろ

ジャンプみたいに市場を独占してるもの

多様性を打ち出す他の媒体の取り分も奪う訳だから

amazonの横暴みたいなもんだ 独占企業には責任が伴う

アメコミ映画は女、LGBTヒーローも出現してる

 

そもそも少年と言う教育必要な層に

女にとって不都合思想を覚え込ませることに何の反論もないのもちゃんちゃらおかしい話

まさかと思うが、コンテンツに影響力が無いとでも?

 

漫画芸術学校でそういう教育しろ

学校は学びの場、親がそういう教育しろ

「親は忙しい、娯楽でそういう教育しろ

 

責任転嫁し合ってるだけだな もはや

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808012124

何が哀しいかって、現代価値観から微妙に逸れてることだよな

 

アメコミリブートうまい事、新たな市場であるマイノリティ女性キャラ活躍させて

衣装アイコンは残しつつ、タイツからミリタリーチックに昇華させて

の子供が見ても「カッコいい!」と思えるものを作ってる

無論、ブロックバスター以外の媒体ではオタク層にもウケるように

ピチピチスーツコンサバティブヒーロー供給してる

 

一方、日本コンテンツ原理主義的に昔の成功体験固執する

メインコンテンツでも容赦なく昔と変わらない味の作品を作ってしま

結果的懐古趣味の一握りのおっさんしか見ないような

時代遅れ半端ないリブートばかりできる(最近009とかもやってたけど誰が見たよ?)

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170802230348

アメコミだと反乱者とかゲリラとかが主人公正義というのがよくあるけど、日本ではほとんど見ないよな~

2017-07-24

Cygamesシャドウバースを殺された

どうしてこうなった

シャドウバースっていうのは、エロメンコだとか、コイントスだとか言われているCygames産の本格スマホカードバトルだ。(注意 DTCGではない)

このシャドウバースは同社の神撃のバハムートというよくあるポチポチゲーの世界観カードバトル(注意 カードゲームではない)に落とし込んだハースストーンライクだ。

私はあまりBlizzardゲームが好きではない。(オーバーウォッチはすき) なぜかというと、やはりアメコミ強さがあるからだ。アメコミが嫌いなわけではなくいちいちキャラクターが濃いのが苦手で特にオーバーウォッチは大好きなんだけど、ソルジャー76もリーパーも大好きで、「やめて!争わないで!」という平和ボケ思考の俺には刺激が強く、そういうのがあたりまえにあるのでBlizzardキャラクターは苦手なのである

でも、神撃のバハムートは昔、アイドルマスターシンデレラガールズコラボから触っており、スライムを重ねてエロいスライムを作ったりした程度には思い入れもあるのですんなりとシャドウバースは受け入れることができた。

システムとしてはほとんどハースストーンパクリなので面白くないはずがない。コインヒーローパワーが無いだけで大きくシステムは変わらず、進化という神撃のバハムート特有システムもしっかり引き継いでいる。

冥府エルフ流行る前までは、ビショップがパワーが無いかな?ってぐらいで大体のリーダーバランスが取れていて「これは流行るぞ」と感じ取り、即座に課金デッキをたくさん作って遊んだ

新パックの「ダークネス・エヴォルブ」が実装されて、冥府エルフ以外はほとんどバランスが取れていた。まぁ、その時は天敵のビショップがかなり強くなり自分がよく使うネクロマンサーは長きに渡り不遇を迎えることになるのだが。

ここまではいい。ここまでは素晴らしかった。1枚1枚のカード価値があったように思えるし、極端につよいカードはもちろん会ったにはあったがカードゲーム(注意 カードバトルではない)の基本の「アドバンテージ」や「バリュー」の概念があった。ひっくり返せない盤面になることも当然あるが、そうなるのも基本的に7ターン目以降だった。そして、流行デッキが変わるたびに採用カードも変わっていってデッキをいじる楽しさがあった。メタが回っていた。

バハムート降臨から状況は一気に変わる。

まず第一に上げられるのが「ドロシー」だ。このカードはすごい。どの角度からみても、どういう視点から見ても「強すぎる」と感じるカードなため、このカードは次弾パックがでるまで大した弱体化もされずに猛威を振るうことになる。

そして、「バハムート」や「サラマンダーブレス」といった全体効果もこの時に出てきて、「アドバンテージ」や「バリュー」の概念はなくなり、バリューを意識し猛威をふるった乙姫ロイヤルはこの頃から完全に姿を消す。この時からエロメンコ」と呼ばれだす。ハースストーン信者流行らせようとした「ヘンタイストーン」は全く呼ばれなくなる。

ただし、プレイヤーには希望があった。

たまたまこのパックは調整をミスっただけかもしれない」

「今回のパック担当ちょっとカードゲームからなかった人間なのかもしれない」

遊戯王だって、2チームあって片方が悪行を繰り返すけどもう片方は楽しいカードを出している」

今となってはそんなことはなかったが、ディレクターシャドウバース初期に「勝率からしっかりカード調整をする」「極端に強いカードはださない」「CPU思考プレイヤーカードプレイの質を高めるためのものにする」などを豪語していたので期待していたのである

そして、「神々の騒乱」によって「ネクロドラゴンの2強環境」が出来上がり、調整能力のなさを露呈してしまう。

不遇だったネクロマンサー使いの俺は狂喜乱舞し、果ての果てまでBPを貯めてこの時にマスターランクに昇格する。でも周りの人から評価は散々であった。

「軽くて強いフォロワーを横に並べて戦うロイヤル」の特性ネクロマンサーは奪い、横に並べるのはネクロマンサーの十八番になる。

ドラゴンはもともとマナアップの特性を持っていたのだが、そこにさらビショップの「回復してしぶとく生き残る」を奪う。

迷走。

リーダー特性は互いに食い合う状況になる。

そして1枚のカードに強い効果を入れたがためにどんだけ「バリュー」や「アドバンテージ」はどんだけ積み重ねいようが返されるようになる。安定した爆発力。エロメンコに拍車をかける

そして、リーダー特性は一枚のカードによって「無くなる」。

今回実装された「ワンダーランドドリームズ」。まさかの「ヴァンパイア1強環境である

しかしその蓋を開けてみればヴァンパイア1強の下には「不思議の探求者・アリス」の存在があった。

このカードはすべてのデッキに入れることの出来る「ニュートラル」で、このカードのせいで、ほとんどのリーダーの序盤の動きは「123アリス」といわれる動きになる。

この動きをしないリーダーも居るにはいるが、先行をとった「123アリス」はもともと「先行有利は後攻のほうが進化を一回多く使えることで打ち消せる」といったゲーム展開を完全にぶち壊す。

詳しくは各自でググって動画とか見てもらえばわかると思うが、このカードのせいで「後攻はプレイミス」と言われるほどになった。これが今の状況でまさに「コイントス」と呼ばれ「じゃんけんのほうがまだ駆け引きができるので難しい」と言われる。

私はシャドウバースが好きだ。大好きだ。神撃のバハムートが好きだし、アニメ神撃のバハムートなんかみてるとやっぱりケル子が可愛いって思うし、ルシフェルが出てきてテンションがあがったりする。

でも、残念なことに、その神撃のバハムートの生み出したCygamesシャドウバースを生み出したCygamesが、シャドウバースを殺しているのだ。

7/30にカード調整の詳細が発表される。しかし、その知らせは滑稽なもので「レジェンドを含めた5枚以上」とのことだ。

そもそも壊れたカードがあるならそれのレアリティが何であっても調整をするのが当たり前なのに「レジェンドを含めた」とかわざわざいっているのが不安にさせる。

そして今の状況はどれだけ好意的に見ても「バハムート降臨から壊れているのに「5枚以上」という宣言。少なすぎる。残念だが、最初のパックも含めて調整が必要なの状況なのだがどうやら理解ができてないように思える。

なので、今回の調整は間違いなく「ワンダーランドドリームズ」で実装された5~8枚ぐらいを調整するぐらいだろう。

もう一度いう。

私はシャドウバースが大好きだ。

そして、今声を上げて「今のシャドウバース」を批判している人間も「シャドウバースが大好き」だろう。

大好き故に、楽しく遊びたいのだ。私たちシャドウバース批判する。批判するがそれはゲーム批判ではない。シャドウバースというコンテンツ批判でひいてはCygamesへの恨みの声なのだ

シャドウバースCygamesに殺されるだろう。

7/30に多くの人間笑顔になって欲しい。その一身でこの増田を残す。

2017-07-06

アメコミ映画以外にもさ

ジョンウィックとかジャックリーチャーとかキングスマンとか、ハリウッドだと中堅どころの映画ですらシリーズ化してファンを喜ばせてるのに、どうして邦画はそうならないの?

桐島NEVER GO BACKとか葛城事件2とかやればいいのに

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170627163542

アメコミ」でググって一番最初に出てくるブログの内容って「引用」に当たるんかね?

あの行為OKならネット上の画像無断借用って、ほとんど合法になりそうな気がするんやが

彼女いたらエロゲしちゃいかんのか

土曜日彼女が急に下宿に来てその時俺はイヤホンしてエロゲオナニーしてて。

彼女がそれを見て裏切られた私がいるのに何でそんなのでオナニーするのお前精神状態おかしいよって泣いて。

はいやそれはおかしくないだって俺が貴方と一緒にいるのはお前で抜きたいからじゃなくて人見知りがひどい俺にも優しくて興味もないだろうに一緒にアメコミ映画観に行ってくれて話聞いてるの面白いって言ってくれたからで

別に貴方監獄戦艦みたいなアへ顔晒して失禁してくれなんて思ったことないって。

言えばよかったのに平謝りしてブラックリリスコレクション全部その場でアンインストールしちゃったことに今でも後悔してる。

DMMアカウントに残ってるからまたDLすればいいけど。

性欲処理と精神的な充足は全く別物で、彼女がいても自慰する事由が男にはあると思うんですけどどうなんだろうな

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626142012

人類の大半が何らかの組織に属するか自営業かなのに主人公にやたら社長が多いアメコミ特殊性の話だろ?

https://anond.hatelabo.jp/20170626080441

はてな民ってなんだかんだ日本のことしか知らん奴が大半だからアメコミがどうとか全く語れないでしょ

少女漫画家って本当に人の画だけ描ければ成り立つ、画力いらずの不思議ジャンルだよな

アメコミがどんどん一枚絵の画力重視にシフトして、日本普通漫画が動き重視にシフトしてっていうのは面白い違いだと思うけど、少女漫画のあの紙芝居方式進化?はなにきっかけなんだろうな

顔のアップと八頭身の体型だけ描ければ漫画になるってすごくね

2017-06-04

映画『ローガン』を受け入れられない(ネタバレ注意)

考えれば考えるほどこの映画が無理。


まず私は、X-MEN映画ファンです。アメコミ未読です。

ブライアン・シンガーX-MEN1から好きでした。

X-MEN2も大好きです。


でもファイナル・ディシジョンで死んだ。


あのときは、『こんな中二病展開をX-MENでやるな!やりたきゃ他の映画でやれよ!』と思ったものですが、

まさかローガンでも似たような心境になるとは思わなかった。


あんなに絶賛されていて、見るのをとても楽しみにしていたローガンなのに。

見た後の心境としては、

社会派西部劇がやりたいなら他の映画でやってくれ』

でした。


私は、少年ジャンプのようなX-MENが好きだった。

スコットやローガンやジーンやストームが、それぞれの能力を活かして戦い、最後には、暗闇はあるけれど、希望もあるという終わりを

見せてくれるX-MENが好きだった。

それはファーストジェネレーションになっても変わらず、若きマグニートープロフェッサー、ビーストミスティークが、能力を活かして戦う。

娯楽作の中にリアルを落とし込み、暗闇はあるけれど、希望はある。そういう終わり方を見せてくれた。

だけど『ローガン』は、ガラッとトーンが変わる。

娯楽の中にリアルを入れるのではなく、リアル路線の中に娯楽を入れた。

まるで社会派西部劇だ。パンフレットでは『許されざる者からインスパイアが語られていたけれど、まさにそう。

娯楽としてのアメコミ映画から社会派へ転身しようとした。

(付け加えると、シビルウォーはかなり現代問題を取り込んでいたけれど、それでもまだあれは娯楽作品だと思う)


そして、社会派への転身のために、学園のキャラたちは殺され、しかもそれを行ったのがプロフェッサーであるという、救いのない設定になっている。


この設定、『ローガン』のためですよね。

閉塞感や、誰も助けに来ない、救いのない雰囲気を作るためだけに、ほかのキャラを殺したよね。


そもそも

ミュータント世界中で生まれているはず。世界中の人々の飲食物に薬を混入して、ミュータント発生を防ぐなんて不可能だろう

・もし、可能であるとしても、遺伝子学を専門とする教授が何も気づかず見過ごしたのはおかしいだろう

ミュータント誕生率が減少する一方なのに、X-MENは何も疑わずに看過したのか

・それに教授テレパス制御が聞かなくなったら、フューチャーパストのように『他人の声が無差別に聞こえる』となるのが普通

・力を信奉するマグニートーに対して、力の制御を教えるのが教授だったのに、その教授を力の暴走人殺した設定にするのが不快

・だいたい、アポカリプス覚醒したフェニックスがいれば、教授暴走を抑え込めるはずだろう


……等々のツッコミどころはあるんですが、設定の矛盾に関しては、X-MEN映画ではよくあることなので、まだ飲み込める。

ただ、そのすべての矛盾が、『ローガン』という映画の救いのない空気を作り出すための踏み台になっているのは無理。


学園のキャラたちを殺して、教授人殺しにして、それで『ローガン』という名作を作りましたと言われても、受け入れられない。



……といっても、監督ヒュー・ジャックマンも、こういった批判理解してるだろうとは思います

パンフレットに、ヒューのインタビュー

『(『ローガン』で一番気にしていたことは)あらゆる抑制を解いて、このキャラクター(ローガン)に取り組むことだった。』

とあって、やっぱりそうなのかと思いました。


この映画は、ローガンというキャラクターのためだけに作られた映画で、

そのために、今までのお約束はすべて無視した。それが『あらゆる抑制を解いて』ということだと思う。


もちろんそこには、映画年齢制限だけでなく、

ミュータント各自能力を活かして戦うという展開

マイノリティへの差別など、現実問題を加味しつつも、あくまで娯楽作品という路線を崩さな

などのお約束を捨てたことも含まれているんだろう。


これはローガンというキャラのことだけを深く掘り下げて、ローガンというキャラのことだけを最大限に描くために作られた映画だ。


これが映画正史にならないことを祈る。


でも、ヒューがウルヴァリンから引退を表明している以上、次作はこの『ローガン』を踏まえてのものになるんじゃないかと思ってしまって

それが怖い。

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