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2022-06-23

弱者ポリコレに冷ややかな目を向けるのは、彼が絶望してるから

自分弱者なのにポリコレに冷ややかな目を向けがちで、むしろ自己責任思想に接近しがちな人たちがいる。

そういう人は強者ではないのに弱肉強食指向するのはおかしいと言われがちだけれど、自己責任に寄っていく感覚もわからなくもない。そこには絶望があるんだと思う。

ポリコレという名前を付けなくても、時代が変わるにつれて価値観は変化するし、概ね道徳観は向上していると思う。

でも、ここ数十年の変化の方向が軒並み自分の生きやすさに繋がらない状況が続いてるなら、「ああ、少なくとも私が生きている時代道徳の救済対象からは私は外れてるんだな」って絶望するのはわかるよ。

救われないか絶望するなんて甘いこと言ってないで自分で声を上げろって言いたくなる人もいるだろうけど、まあちょっと声をあげても民間レベルでは叩かれるし、トランプみたいな大統領誕生させるという「快挙」を果たしてもそれが世界の潮流を変えなかったという失敗経験絶望を強めるに足る。



日本自民党が一強だし世界でも保守派が強くなってるのに、世界の潮流がポリコレ寄りとはおかしい」と言いたくなる人もいるだろう。

去年カズオ・イシグロがリベラルに苦言を述べた記事が話題になった時も、彼のリベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけないということです」という発言に、非リベラルの方が政治的権力が強いじゃないかとの反論があった。

それについては、ジョセフ・ヒースがインタビューで紹介している考え方を踏まえれば、カズオ・イシグロの指摘も理解しやすい。

文化政治を追求するのを選ぶ際に,左派の方が実はすぐれた戦略採用していたとバノンの方は考えていた,という点です.『我々はホワイトハウス占拠したが,かたやリベラルハリウッド占拠するのに専心している』と彼は発言しています.つまり右派国家支配しているけれど,左派文化産出の道具を支配しているというわけです」という部分だ。

ポリコレ的な思想が、ハリウッドSNSキャンセルカルチャーSDGsを主導したことで、ある種の人間には「これから私たち待遇はよくなりそう」と希望を与えたが、その希望の分配から取りこぼされた(にもかかわらず他人希望実現のための協力は要請される)人間ポリコレ絶望したくなるのだ。

取りこぼされている人でも、最初の頃は素朴な正義感によって「今は私には直接益がないけど、でもマクロでは良いことだろうからポリコレ支持しよう」と考えることはあるだろう。

でも色々な物語現代文化が自分を省みない方向に変化していく傾向が続き、私生活では自分老いていく、そんな生活の中で絶望に接近する人が増えてしまう。



から、これまでポリコレ思想が後回しにしてきたり、なんなら反省ばかりを促してきた「弱者とされない弱者」層にも、燦燦とした希望を与えなければいけない。

そのための物語ポリコレリベラルの名の下に作らなければいけない。

最近だと同性婚禁止合憲であるという地裁判決が出たが、それでも今後十年でパートナーシップ制度は広がっていくだろうし、改憲が行われれば同性婚保証される目は十分にあるという希望は力強いままだ。

それと同種の希望を、弱者男性とか喪女とかインセルとかロリコンショタコンとかトーキッズとか地方おっさんおばさんとかプアホワイトとか反社反グレとかマイルドヤンキーかにも見せなければ、彼ら彼女らの絶望弱者強食自己責任への接近を防ぐことはできないだろう。

雑踏で凶器を振り回す物語、暗黒啓蒙物語面白パフォーマンス政治立候補者投票して世間を困らせる物語戦争が起きて皆が大騒ぎの物語自殺物語、それらよりも魅力的かつ彼ら彼女らが主役になれる物語必要なのだ

2022-06-20

ヒトラーにも優しい心があった」

ヒトラー山荘金髪少女交流しているところを写した心温まる写真、これを証拠に「ヒトラーにも優しい心があった」とツイートするスットコドッコイがいて、それにいいねが何千件もついちゃったりするんですよと授業で紹介したら、受講生がドッと湧いた。

https://twitter.com/tanosensei/status/1537378344656060417

このツイートに対して、「「ヒトラーにも優しい心があった」と主張するだけでスットコドッコイ扱いするなんて許せない!」と喚いている輩がいるが、国語現代文勉強からやり直せとしか言いようがないな。

問題とされているのは、ナチプロパガンダ産物である写真を「証拠」にヒトラーの「優しい心」を立証しようとするアプローチ知的態度だろうに。

つくづく、ツイッタラーの大半は文章もまともに読めないのだと実感するわ。

2022-06-19

   次の患者に関する事例文を読んで、後の問いに答えよ。

  私は昭和58年に生まれましたが幼少時の頃に何をしていたかははっきり覚えていない。団地の子供というのはいたがはっきり言って何もしていなかった。

  母親が近隣にある商業高校卒で、ママサンバレーに行っていた。昭和63年にゆりかご保育所に入れられたと同時に、父親パソコン通信給与をつぎ込み

  母親給与を渡さなかったことより次第に喧嘩が発展、父親昭和64年に知り合いの建築士に依頼して2000万円で一戸建てを立てて移住したが、

  平成元年頃より家で母親がドアをけ破るなどの喧嘩平成2年頃に母親は車でいなくなり、父親から、母はもういないぞなどと言われた。

  祖父母からは何も指摘はない。ゆりかご保育所では様々な園児が様々なことをしていたが、誰が何をしていたのか何も記録がない。当時の同園では水泳教室だけ

  力を入れてやっていたがそれ以外のプログラム適当という感じ。延岡市内の水泳教室が入っていた建物平成時代を通じて廃止になり現在では廃ビルになっている。

   平成2年に南方小学校に入ったが体育とか行事だけをしっかりやる学校勉強ほとんどない感じ。2,3年生になっても同様。勉強不在、体育だけしっかりやり

  それ以外はあいまい平成4年に永田真知子が担任になるといじめが激化したので登校拒否になって平成5年は祖母の家に逃げていた。

   平成6年になると高千穂小学校に転校したが、学校には行きたがらない。当時の高千穂小学校では、3,4年次の児童は既に幼稚化が進んでいたが、5年次の児童だけ

  は異常に健康で屈強な生徒が多く、私はそんな中を過ごした。勉強の方はほとんどない学校だったが、かなりの児童が、水泳も体育も行事も活発にやる感じの中で

   私は何もしなかった。家庭では父親から食べさせられ過ぎたせいでかなり太っていて学校でも多少のいじめにあった。平成7年になってからも同じような感じ。

   どの児童がどんな感じの児童だったかなどはほとんど記憶がない。極めて健康優良児のような田舎の子供独特の人も多ければ、自閉気味の児童もかなりいた。

    平成8年3月に、卒業旅行で、ANAに乗って東京の親戚の家に行ったりしていたが、ANA乗務員などから自閉症ではないかとはみられていた。しかしここでいう

   この子自閉症ではないかというのは恥ずかしがり屋だとか自閉気味だというだけで、広汎性発達障害すなわち、低年齢において発現する脳機能障害であって

    社会的コミュニケーションの円滑な実施障害があるなどという程度のものではなかった。平成8年に西階中学校に入ると屈強な部活動生徒に囲まれ、太りすぎ

    であることから、奇異な目で見られていた。しか部活動を通じて細身の体型になった。勉強は不在の学校である平成9年にはインターネット漬けの日々になるようになり

   学校勉強はしない。他のほとんどの生徒も勉強はしていなかったと思う。冬頃に家族と大喧嘩をすると勉強で見返してやると言い出し、作戦的に教科書をひっぱり出して

   勉強、  中学校での成績もどんどん上昇し、優等生になって卒業した。平成11年に延岡西高校に入ったが、異常なまでの積極的猛勉強で、担任井上修から

    断トツの成績だと言われていた。平成12年1月に実施された進研模試では偏差値85をふりきり、ヨヨゼミナール模試でも名前掲載されたため市内に激震が走っていた。

   平成12年4月に担任井上自分の授業ではお前を東大に入れる自信がないといてZ会の受講を進めたが、基礎講座のうちはどの科目も概ねできていて優等だった。

    高校では体育や行事に参加したがらず、こんなレベル高校東大なんか行けるわけないだろと次第に愚痴をこぼすようになった。平成13年からZ会の講座が

   東大対策講座になると、現代文ほとんどできない、どんな解答を書いても赤ペンでズタズタにされてほとんど点数になったことがない、他面、小説古文漢文はそれほど

    悪くなかった。 数学では異常な難問にも没頭し、添削先生から数学への興味関心が高いとして100年に一度の逸材というコメントがあった。

     問  患者昭和63年に広汎性発達障害自閉症)と診断されているが、上記事例からこの診断が適正かどうかについて論ぜよ。

2022-06-17

歴代ノーベル文学賞受賞者と、受賞理由

https://moriishi.com/entry/nobel-prize-in-literature-early20c

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

面白かった。ウィンストンチャーチルも受賞してたの知らなかった。

日本人

1968年 川端康成 (1899 – 1972)

日本人の心の真髄をすぐれた感受性をもって表現し、世界の人々に深い感銘を与えたため

受賞講演 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A7%81%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BA%8F%E8%AA%AC

1994年大江健三郎 (1935 – )

詩趣に富む表現力を持ち、現実虚構が一体となった世界創作して、読者の心に揺さぶりをかけるように現代人の苦境を浮き彫りにしている

2017年 カズオ・イシグロ (1954 – )

壮大な感情の力を持った小説を通し、幻想的な世界とのつながりの感覚の下にある深淵発見した

───────────────────

1901年 シュリ・プリュドム(仏)

高尚な理想主義芸術的完成度の形跡、心情と知性の両方の資質の珍しい組み合わせを与える、詩的な構成物に対して

1902年 テオドールモムゼン(独)

彼の記念碑著作"ローマ史"を代表作として、存命中歴史著作家の中では最大の巨匠であること

モムゼン ローマ歴史I―ローマの成立―

1903年 ビョルンスティエルネ・ビョルンソン(ノルウェー

その感化の鮮度と精神の希少な純度の両方において名高い、高貴で壮大、且つ多彩な詩に敬意を表して

アルネ

1904年 フレデリックミストラル(同時受賞)(仏)

プロヴァンス言語学者としての重要な業績の他、自然景観と人々の土着の精神を忠実に反映した、彼の詩作の新鮮な独創性と真の触発に対して


1904年 ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ(同時受賞)(スペイン

独創的で個性的手法スペイン演劇の偉大な伝統を復活させた、数多くの鮮やかな構成物に対して


1905年 ヘンリク・シェンキェヴィチ(ポーランド

叙事詩作家としての顕著な功績に対して

1906年 ジョズエ・カルドゥッチ(伊)

念入りな学究とその成果を評価するとともに、創造的なエネルギースタイルの新鮮さ、詩的な傑作を特徴づける叙情的な力に敬意を表して

1907年 ラドヤード・キプリング(英)

この世界的に有名な作家創作を特徴づける、観察力、想像力独創性、発想の意欲と、叙情非凡な才能に対して

ジャングル・ブック

1908年 ルドルフ・クリストフ・オイケン(独)

真実のための本格的検索思考の一貫した力、視野の広さ、表現の暖かさと強さによって、数多くの作品の中で人生理想主義哲学実証したこと

1909年 セルマ・ラーゲルレーヴスウェーデン

その著作を特徴付ける崇高な理想主義生気溢れる想像力精神性の認識を称えて

ニルスのふしぎな旅

1910年 パウル・フォン・ハイゼ(独)

叙情詩人、作家そして世界的に知られた短編小説家としての長年の創作活動を通して世に送り出してきた、無上の芸術性、理想主義の浸透を賞賛して

1911年 モーリス・メーテルリンクベルギー

多岐にわたる文学活動特に戯曲の数々を評価して。豊かな想像力と詩的な空想は、時に御伽話の形を装いながらも、それぞれの作品神秘的な方法で読者ひとりひとりの感性に訴え想像力を刺激する間、深い創造的発想を明らかにする

青い鳥

1912年 ゲアハルト・ハウプトマン(独)

主に、演劇の分野での豊饒で多様、且つ顕著な功績に対して


1913年 ラビンドラナート・タゴール(印)

西洋文学一角なす英語思考表現された、至極の技巧による彼の深く敏感な、鮮やかで美しい韻文に対して

1914年該当者なし

1915年 ロマン・ロラン(仏)

彼の文学活動の高尚な理想主義に、人類の異なるタイプ描写した思いやりと真の慈愛に、敬意を表して

ジャン・クリストフ

1916年 ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム(スウェーデン

我々の文学における新時代を率先的に代表する者としての重要性を認めて

1917年 カール・ギェレルプ(同時受賞(デンマーク))

崇高な理想に触発された、彼の多様で豊かな詩に対して

1917年 ヘンリク・ポントピダン(同時受賞)(デンマーク

デンマーク現代生活の本格的な描写に対して

1918年該当者なし

1919年 カール・シュピッテラースイス

1920年代

1920年 クヌート・ハムスン(ノルウェー

彼の記念碑著作"土地の成長"に対して

ヴィクトリア (岩波文庫)

1921年 アナトール・フランス(仏)

格調高い様式人類への深い共感優美さ、真なるガリア人気質からなる作風による、文学上の輝かしい功績が認められた。

神々は渇く

1922年 ハシント・ベナベンテ(スペイン

スペイン演劇の輝かしい伝統継承する、幸福手法に対して

1923年 ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド

芸術性が高く精妙な詩歌によって国民全体の精神表現した貢献に対し

1924年 ヴワディスワフ・レイモント(波)

彼の偉大なる国民叙事詩"農民"に対して

1925年 ジョージ・バーナード・ショーアイルランド

他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した事に対して


1926年 グラツィア・デレッダ(伊)

まれ故郷の島での生活人間一般的問題を深く人工的に明快に描写した、理想的な天来の著作に対して

1927年 アンリベルクソン(仏)

彼の豊かで活発な発想と、それが表現された鮮やかな技巧に対して

時間自由

1928年 シグリ・ウンセット(ノルウェー

主に、中世北欧生活についての力強い著述に対して

1929年 トーマス・マン(独)

主に現代古典としての認識を広く得た傑作『ブッデンブローク家の人々』に対して

ブッデンブローク家の人びと

魔の山

1930年 シンクレアルイス(米)

活き活きとした写実的描写技術および機智とユーモアを伴った、新しいタイプ人物を造形する能力に対して

本町通り

1931年 エリクアクセルカールフェルトスウェーデン

エリクアクセルカールフェルトの詩に対して

1932年 ジョン・ゴールズワージー(英)

"フォーサイト物語"で頂点を極めた、優れた物語芸術に対して

林檎の樹

1933年 イヴァンブーニンソ連

散文によって古典的なロシア伝統継承した厳格な芸術に対して

呪われた日々、チェーホフのこと

1934年 ルイジ・ピランデルロ(伊)

劇的且つ美しい芸術を、大胆且つ独創的に復活させたこ

月を見つけた

1935年該当者なし

1936年 ユージン・オニール(米)

悲劇の独創的な概念を具現化する、彼の戯曲の力強さ、誠実的さ、深い感情に対して

楡の木陰の欲望

1937年 ロジェ・マルタン・デュ・ガール(仏)

"チボー家の人々"で、現代生活のいくつかの基本的な側面のみならず、人間葛藤を描いた芸術の力と真実に対して

チボー家の人々

1938年 パール・S・バック(米)

中国での農民生活の豊かで真に叙事詩的な記述と、彼女の伝記の傑作のために。

1939年 フランス・エーミルシランペー(フィンランド

1940年代

1940年該当者なし

1941年該当者なし

1942年該当者なし

1943年該当者なし

1944年 ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン(デンマーク

広い視野知的好奇心と大胆で新鮮な創造スタイルに結びつけられた、彼の詩的想像力の類稀なる強さと豊かさに対して

1945年 ガブリエラミストラルチリ

その力強い動機に触発された抒情詩によって、彼女の名が全ラテンアメリカ世界理想主義的な願望の象徴と化したこと

1946年 ヘルマン・ヘッセスイス

古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する、大胆さと洞察の中で育まれた豊かな筆業に対して

車輪の下

1947年 アンドレジッド(仏)

人間問題や状況を、真の大胆不敵な愛と鋭い心理洞察力で表現した、包括的芸術的重要著作に対して

狭き門

1948年 T・S・エリオット(英)

今日(こんにち)の詩文学への卓越した貢献に対して

1949年 ウィリアム・フォークナー(米)

アメリカ現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して


1950年代

1950年 バートランド・ラッセル(英)

人道的理想思想の自由尊重する、彼の多様で顕著な著作群を表彰して

哲学入門

1951年 ペール・ラーゲルクヴィスト(スウェーデン

人類が直面する永遠課題に対し詩作により解を探ろうと試みる芸術的活力と真の意味での精神的自立に対して

バラ

1952年 フランソワ・モーリアック(仏)

彼の小説人間生活ドラマに浸透した、深い精神的な洞察力と芸術的な強さに対して

テレーズ・デスケル

1953年 ウィンストンチャーチル(英)

歴史や伝記の記述熟達に加え、高揚した人間価値についての雄弁な庇護であること

第二次世界大戦

1954年 アーネスト・ヘミングウェイ(米)

"老人と海"に代表される、叙述の芸術への熟達と、現代ストーリーテリング形式に及ぼした影響に対して

老人と海

1955年 ハルドルラクスネスアイスランド

アイスランドの偉大な物語芸術革新した、彼の鮮やかで壮大な力に対して

1956年 フアン・ラモン・ヒメネス(西)

高邁な精神芸術的純度の一例を構成する、スペイン語による彼の叙情的な詩に対して

1957年 アルベール・カミュ(仏)

この時代における人類道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要文学創作活動に対して

1958年 ボリス・L・パステルナークソ連

現代風の叙情的な詩、および大ロシア歴史伝統に関する分野における、彼の重要な功績に対して

ドクトル・ジバゴ

1959年 サルヴァトーレ・クァジモド(伊)

古典的な火で現代生活悲劇的な経験を照らし出す、叙情的な詩に対して

1960年代

1960年 サン=ジョン・ペルス(仏)

我々の時代の状況を先見的に反映した、彼の詩の高らかな飛翔と喚情的な形象に対して

1961年 イヴォ・アンドリッチユーゴスラビア

自国歴史主題人間運命を叙述した、彼の偉大な力量に対して

宰相の象の物語

1962年 ジョン・スタインベック(米)

優れた思いやりのあるユーモアと鋭い社会観察を結びつけた、現実的で想像力のある著作に対して

怒りの葡萄

1963年 イオゴス・セフェリス(希)

ヘレネ世界観への深い感情から着想を得た、優れた詩作に対して

1964年 ジャン=ポール・サルトル(受賞辞退)(仏)

アイデアに富み、自由精神真実の探求に満ちた彼の作品が、私たち時代に広範囲な影響を与えてきたことに対して

嘔吐 

1965年ハイル・ショーロホフ(ソ連

彼の「ドン」の叙事詩によって、ロシアの人々の生活歴史的な段階を表現した芸術の力と整合性に対して

静かなドン

1966年 シュムエル・アグノン(同時受賞)(イスラエル

ユダヤ人の人々の生活モチーフにした、深遠に個性的な叙述の芸術に対して

1966年 ネリー・ザックス(同時受賞)(スウェーデン

イスラエル運命を伝える優れた詩と劇作に対して

1967年 ミゲル・アンヘル・アストゥリアスグアテマラ

ラテンアメリカ原住民伝統国民性に深く根ざした、鮮やかな文学的業績に対して

マヤの三つの太陽

1968年 川端康成日本

日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現世界の人々に深い感銘を与えたため

雪国

1969年 サミュエルベケットアイルランド

小説戯曲の新たな形式の中で、現代人の悲惨を描き、その芸術的な偉業を果たした彼の作品に対して

ゴドーを待ちながら

1970年代

1970年 アレクサンドル・ソルジェニーツィンソ連

ロシア文学の不可欠な伝統を追求したその倫理的な力に対して

収容所群島

1971年 パブロ・ネルーダチリ

一国の大陸運命と、多くの人々の夢に生気を与える源となった、力強い詩的作品に対して

1972年 ハインリヒ・ベル(西独)

時代への幅広い眺望と鋭い描写によって、ドイツ文学刷新に貢献した

1973年 パトリックホワイト(豪)

文学新大陸を導入した、叙事詩心理的叙述の芸術に対して

ヴォス―オーストラリア探険家の物語

1974年 エイヴィンド・ユーンソン(同時受賞)(スウェーデン

地域および各時代俯瞰しつつ自由のために奉仕する語りの技法に対して

1974年 ハリーマーティンソン(同時受賞)(スウェーデン

露のひとしずくを捉えて宇宙を映し出す作品群に対して

ニアーラ

1975年 エウジェーニオ・モンターレ(伊)

2022-05-21

anond:20220520233119

件の議員は「必要ない」なんて言ってなくて「専門知識として学ぶもの高校生全員が知る必要ない」って言ってて元増田にも書いてあるのに何でこんなレスが出るのか意味不明

現代文未履修だったのか?

2022-04-30

「逆に言えば」の間違った使い方

高校時代現代文の授業で寝てるとこうなる

https://youtu.be/qGy2ABAFwQ4?t=131

2022-04-22

anond:20220422102218

擁護派の人って、すぐに人の主張を「気に食わない」というレベル勝手に引き下げるよね。まずは相手の主張に対して、現代文試験を受けているつもりで普通に理解しよう。

anond:20220422101755

殺人レイプ現実に起こりそうな描写で、かつ娯楽として提供するエンタメ規制されるべき」としか読めない

現代文試験だっだったら0点だよ?

「たわわ」擁護派の屁理屈がひどい

現実社会違法とされている事はエンタメでも基本表現制限禁止するべき」というご意見を見かけたが、行ったこともないニューヨークを二度ほど壊滅させた私なんかどうなるんだろうか?

https://twitter.com/JULY_MIRROR/status/1517027908455657473



ここまでひどい屁理屈は見たことない。

元々の主張は「殺人レイプ現実に起こりそうな描写で、かつ娯楽として提供するエンタメ規制されるべき」としか読めないけど、これに「SF漫画都市を壊滅させる」が入るわけないだろ。現代文試験だったら0点だよ?

「たわわ」の擁護派やオタクの人たちは、「性的に見えるお前のほうがすけべだ」に代表されるように、とにかく賛成とか反対とか以前に、議論に嘘やごまかしや屁理屈がやたらに多いんだよね。規制派やフェミニスト議論に隙がないとは言えないけど(特に法律の実務の問題に弱点がある)、少なくともこうした屁理屈を弄してはない。

2022-04-18

現代文古文の作者の気持ちを答えろって設問があるけど

古文は作者が死んでるから想像しかいから諦めるとしても

現代文はまだ作者が存命な事があってなのに作者の気持ちを答えろとあって

更に正解が存在するのっておかしくないか

作者に直接聞いたのかというと、あるラノベ作家(物語書いててアニメ化もした人)はそんな事言った事ないというし

勝手解釈なんじゃないのか?

あれって一体誰が考えた正解なんだろうな。

2022-04-14

表現の自由戦士くん来ないで

「見れる」「食べれる」「来れる」のような、いわゆるら抜き言葉がめちゃくちゃ苦手だ

自分絶対使わないし、使ってる人を見ると冷めた気持ちになる(口頭では気にしないが、文面だとかなり気になる)

「そういう」が「そうゆう」になっているのもイヤだし、「尊み」「しんどみ」「わかりみ」のようなよくわからない文法活用も苦手だ

別に活字中毒とかそういうわけでは全くないし、本も新聞も読まないし、そもそも現代文の授業とかそんなに興味なかったし俺はギリ理系である

自分絶対にすべて正しい日本語を使っている!という自信ははっきり言って全くない。

それでもなんか上記例の日本語に、すさまじい違和感を覚えてしまって面倒くさい

これが巷で言う老害懐古厨ってやつなのか?!一応まだ20代前半なんだけど…

2022-03-14

anond:20220314204727

あーやっぱりそういう感じなのか

私は逆に定型故にフィーリング現代文解いて間違ったりしていたけど、小説は確実に文に書いてあるもんね

そうするとアンニュイ邦画とかが増田にとっては一番分かりにくい部類なのかな

生活の会話だと余計キリがなくて分からないよね 自分気持ちをはっきり言う人に増田出会ますように

教えてくれてありがとう

anond:20220314203755

人によるとは思うけど、

私の場合小説心理描写がしっかりしているから、対人よりも理解やすかったように思う。

暗喩表現もある程度パターン化して覚えているから、ありがちなものなら読み取れる。

基本的現代文テストは直接的な表現で書いてあったので、困ることはほとんどなかった。

自分で言うのもなんだが、国語の成績はかなり良かった。

映画に関しては表情や雰囲気の読み取りが多くなるので小説より難しく感じる。

アニメは誇張表現お約束パターンが多いか実写映画よりわかりやすい気がする。

そういうところだぞクソ文系

入試国語選択問題の「正解」について――早稲田大学教育学部説明責任

https://synodos.jp/opinion/society/27796/

大学入試国語問題において、

大学側が示した正解

大手予備校各社が考えた正解

問題文として引用された文章の著者が考えた正解

複数異なるという問題

1点の上下で合否に影響が及ぶ入試において、こんな解釈に幅があるにも関わらず、

正解が論理的根拠なく問題作成者の気分一つで限定される。

これだから文系はクソだ。

数学理科系科目なら問題の不備として潔く認めるだろうが、

入試問題への問合せについては,個別にお答えはしていませんので回答は差し控えさせていただきます.」

と逃げに徹しているところが、解釈の違いで延々と逃げる卑怯文系らしくて素晴らしい。

ブクマには『現代文は「文章から何が(論理的に)読み取れるか」の試験』とか分かった風な意見が出ているが、

だったら何で問一は三通りにも分かれてるんだよ?

上記三者のうち二者は論理的でないってか?

百歩譲って、著者は文章に書いていないことを無意識思考に入れこませているから不適格と仮定しても

大手予備校三社と大学とで解釈が一致しないのはおかしいだろうがよ。

2022-03-09

20年間絶望的に人の話を聞けなかった話

幼少期から自分は物凄く覚えが悪かった

例えば、家庭科の授業では、1の次に2を説明されると、もう2の話の時には1を忘れているもんだから全く班の役に立たず「どいて」と言われる始末で、先に1から10説明されるともう1しか覚えていなかった

そんな経験を何度もしたんで、「ああ自分は救いようのない馬鹿なんだな」と思うようになった

中高合わせてずっと塾に通っていたが、高2の偏差値現代文を除いて各科目の偏差値が38ぐらいだった

高校生の時は日曜日を除いて毎日塾の自習室に通っていたが、あまりに成績が悪いんで、化学教師にこいつは全く勉強しないやつなんだなと勘違いされて、ちょっとした冷遇を受けたりもした

一応そんな馬鹿でも受け入れてくれる大学があったのだが、そこは最終的に国家資格を取ることをゴールとする大学だった

入るのは簡単卒業するのは難しい大学で、自分案の定ついていけず挫折しかけたが、解決策を求めて勉強術と銘打たれた本を漁っているうちに、自分なりの勉強法を見つけた

それは、「ヒストンは八量体Gタンパク質である」という文章があったら、一度脳内テキスト化して、ヒストンと八量体Gタンパク質にはA=Bという関係性を覚えるというもの

人との会話にもこれが応用できないかと思い、聞いたことを一度脳内に入れるという作業をするようになってから、今まで自分絶望的に人の話が聞けていなかったことに気づいた

「この漫画めっちゃ面白いから読んでみ、まだ一巻はそんなに面白くはないんだけど」と人が喋った時、自分は『この漫画』『面白い』『一巻はそんな』という部分でしか人の話をとらえることができなかった

なぜなら、人の声を耳に入れていただけで、頭の中でその文全体をテキスト化あるいはイメージ化するということをしなかったためだ

今は相手に話しかけられたら、一文ずつ脳内テキスト化するようになったので前より人の話が覚えやすくなった

人の話が聞けない人というのは、いろいろな理由があるので一概には言えないが、人の話を一旦頭に入れることをしていないのも原因の一つではないか?

2022-03-03

最近はてブ集団ヒステリーになってない?(日本政府の宇避難民受入れへの反応を見て)

下記ニュースについた上位ブコメ陣が意味からない。

岸田首相 ウクライナから避難日本への受け入れを表明 | NHKニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20220302/k10013510691000.html

記事本文の岸田首相声明を読めばわかるように

国際社会における重要局面で」という状況限定で、

ウクライナの人々との連帯さらに示すべく」という対象限定した政治的判断で、

ウクライナから第三国避難された方々のわが国への受け入れを」という、直接ウクライナから受け入れるのではなくウクライナ難民大勢受け入れてる第三国(つまりヨーロッパ諸国)が大変そうだから手伝うよ、というヨーロッパ諸国に対する配慮がその主意である

 

まり国際的ウクライナ支援しないといけない状況だからウクライナ人を受け入れればヨーロッパ諸国に貸しを作れて日本国益になるから、今回だけ特別に受け入れるよ、と思いっき限定してるわけである

 

人道的、人権的な配慮から受け入れを表明したのではない。

首相声明で、受け入れ理由に人道や人権という単語をあえて入てないのは、他の難民に波及することを防ぐためだ。

(人道や人権理由にしてしまうと、今回のウクライナ人だけ特別扱いする理由が成り立たなくて、野党から「他の難民も同様の人道的観点から受け入れを」と要求されちゃうからネ)

 

その後に

「まずは親族や知人が日本にいる人たちを受け入れることを想定しているが、それにとどまらず人道的な観点から対応する。」

と言ってるが、ここでの「人道」は、受け入れがウクライナ限定なのが当然の前提としたうえで、

日本に親類知人がいるウクライナ人(そんな激レアさんどれだけいるんだ?そのうち欧州にとどまら日本への渡航希望するなんて数人単位じゃないか?)に限りたいので今はそうするが、日本に親類知人がいないウクライナ人もいずれは人道的観点から受け入れる”かも”しれないよ、と非常に限定された文脈での「人道」である

狭い狭い針の先ほどのケツ穴を、ほんの少し1ミリくらい広げる”かも”しれない理由としての「人道」である

難民受け入れをすること自体理由に人道を挙げてるのではない。

 

そういう岸田首相声明を踏まえたうえで、上位ブコメを1位から順に見ていくと・・・

 

redra22 「これから」についてを考える機会にしよう

政府的には考える余地なさそうですよ。

 

Clock0311 ええ、素晴らしいことだと思います。では、次に、今までに日本に来た難民について、ちゃんとした扱いをするようにしましょうか。

首相が「国際社会重要局面からウクライナとの連帯アピールするためね」って思いっきり前提条件つけてるやん。他の難民なんて眼中にないよ。

 

takhino 今までの対応をなじりたい気持ちは分かるが、何事も「初めての日」がある。難民については今日がそれだったということだ。大事なのは今日だけなのか、明日にも続くのかだ。

明日も続くよ。戦争が収まるまでは、ウクライナ限定で、今回限りの特別扱いだけどね。

ただし戦争が終わって国際社会の関心が下がって「重要局面」でなくなったとたんに、ウクライナ難民達は日本社会の邪魔者扱いされて追い出されそうな気がしてならないけどな。

そんで「特別扱いの恩恵はもう終わりだ」と国外退去命令が出されて、帰る場所のないウクライナ人が不法滞在者になって入管収容拘束されたりして。

そんでヤフコメで「今まで日本にいられただけ有り難いと思え、命令に反抗してさっさと出ていかないんだから入管で殺されても当然」てコメント殺到したりして。

 

gnta これは日本にとって歴史的政策転換。

別に難民政策自体を変更したわけでなく、難民受け入れ基準も何も変わってない。

今回限りの政治的判断国益のために特別扱いしますよというだけ。転換する気なら難民受け入れ基準改正してるよ。

これは政策転換ではないし、歴史的でもない。何いってんの君。

 

 

もうさ、上位ブコメ揃いも揃って、まともにニュース本文読んでんのか。

ちゃん首相発言読み込んで、行間(=真意)を読みとれよ。

現代文試験なら0点だぞ。

こんな文盲ブコメに大量のスターが集まって最上位4件になるって、ブクマカまで文盲揃いになっちゃったのか?

ウクライナに利することなら何でも前向きに捉えて褒め称えないといけない」ていう集団ヒステリー状態になってて、まともな読解力や判断力や思考能力を失ってないか

2022-02-12

anond:20220208233934

グーグルスカラーという科学論検索サービスがあってそこにはサボテンの中でもウチワサボテンだけとかいろんな論文がみられるのだが

そういう短い論文をまとめた専門書籍も一応掲載されてることがあるやで

 

あと毎年4月にいろんな大学の履修要綱に教科書リストが出る、それもそこそこ専門向けやで

同じような専門書にみえても最新版やないと定説が覆されたあとから古い定説=嘘が平気でかいてあるから気を付けてな

ファンタジー辞典とか科学ユーチューバーの本(とされてる漫画)とかも嘘や大げさがおおいぞ

科学法学日進月歩からコンメンタールとか最新のを買えよ

まあ大学やろな…

私立文系大学だとなんか古臭い初級者向けでとまってるせんせいおるけど…(十年間ずっと同じ英国古典児童文学だけで授業持てたりする)

一般的現代文化でいうと

アジアの酒を飲みまくった日本女性の本」と

アフリカアフリカファッションをきまくって自分写真集出版した日本女性の本」はおもしろそうだった

さがしてもこれしかでてこなかった

https://www.amazon.co.jp/dp/4594064361

https://www.amazon.co.jp/B004L9NV1G/

どっちも違うやつだからあとは増田にまかせた

おっと後者はこれだ

https://www.amazon.co.jp/dp/4594074847

https://www.amazon.co.jp/dp/4866070056

前者もみつけた

https://www.amazon.co.jp/dp/4822247031

2022-02-10

anond:20220210175237

そういう話ではなくて、この話はもう「助けるべきではない」で終わってる文章なの。

そこに議論余地はない。

実際にこういうシチュエーションがあったらもちろん助けたほうが良いかもしれない。

でもそれは「常識的に考えてそうだろ」って話であって。

現代文時間常識で判定するなって言われなかったか

問題文をしっかり読んでそれに回答するってことと、自分知識から勝手に回答を導くのは違うことなの。

それがわかってないから「ちゃん文章が読めない人」って言われてるんだよ。

俺の友人が変わり者なんだがアドバイスがほしい

高校時代からの友人ですげえ良いやつなんだがのんびりし過ぎてるというか変わってる。

市役所に受かって働き始めたと思ったら数ヶ月で辞める

篠原涼子吉高由里子の見分けがつかない(篠原涼子を「ハイボールの子」と呼んでた)

流行に全く興味がない。(中島みゆきを延々と聞いてたり、jazzばっか聞いていて周音楽の話が合わない)

・かと思えば陶芸(こひきの焼き物?)とか絵画とか文芸が詳しかったりする(高校の頃に現代文教師ヘッセだのサン・テグジュペリだのの話をしてた)

・人の顔と名前を一致させるのが苦手

・待ち合わせ先に行ったら友人と見知らぬ美人がすげえ楽しそうに喋ってて、友人が俺に気づいて美人と別れたんだけどあの美女が誰か聞いたら「前の職場で一緒の人だったらしいんだけど誰だか思い出せないんだよねー」と笑ってた

同級生鈴木くんをずっと卒業まで中村くんと呼び続けていた

彼女いない歴年齢(三十路手前)

・顔が中性的イケメンの部類で、高身長で細身なせいか高校時代普通にモテててたが、それ以上に変わり者ランキング1位みたいな扱いを受けてた

・俺の彼女も友人と遊びたがるので、友人と遊ぶとき時々一緒に連れて行く

・優しくて人当たりが良いが一人行動が好きらしく、時々一人旅行った先の土産とかくれる。

・すぐに眠くなるらしく、一日10時間寝てるらしい。

・眠すぎて仕事やっていけなくてやめたことがあった。

・喋ってると電池が切れることがある。(遠くを見ながら「うん」「あー」とだけ相槌を打ち出す

・色んな面で結構忘れっぽいが人の好きなもの誕生日をよく覚えてる

彼女新宿御苑に行った時見覚えがあるやつが芝生で寝てると思って近づいてみたら友人だった。一人で寝てた。

なんか発達障害とかなんかなのかな?でも発達障害特有人間関係トラブルみたいな事もないし、なんなら優しくて気遣い出来て凄い良いやつなんだけど、どうしても人と一緒に居続けると疲れちゃうっぽい。仕事が続かないのもそれが起因してるらしい(結構ジョブホッパー)

俺が仕事精神やられた時に友人の変らない態度とか精神疾患への理解にすごい救われた事があったんだが、俺も友人が助けを求めてるときは助けてあげたい。

しかし、友人みたいなタイプ社会に出てからも一人も見たことがないので、このタイプ人間特性について詳しい人とかいたら色々アドバイス欲しい。

今の仕事も辞めるかもなぁーと笑ってたので多分やめそう。

2022-02-01

共テス追試を受けてきた

共通テストの追試を受けてきた。

まず驚いたのは会場に向かう途中にマスコミの方々がワサワサいたこと。イメージ撮り鉄みたいな感じ。めっっっちゃローアングルでバシャバシャ撮ってる人もいたし。

試験会場の門にたどり着くには目の前の信号を渡らなきゃいけないから、受験生はみんな立ち止まる。その隙に、手当たり次第に話しかけてくるってわけ。

私も某テレビ局の女の人に話しかけられた。

内容は、「追試験受けるんですか?」「なんで受けるんですか?」「質問が2.3個あるのでこたえてもらえませんか?」って感じ。

一番最初試験科目は知識系だし、立ち止まる間で少しでも整理したかったし、話しかけられると余計にドキドキしちゃうし、テスト中に思い出して「悪いことしたかな…」とか「断る言い方は失礼じゃなかったかな…」とか考えちゃうから正直迷惑だったわ。女の人はかわいかった。2日目は誰もいなかった。

話題になった数1A、本試を家で解いたら50点台だったんだけど、追試の1Aは19点だった悲劇、、………総合点も今年の本試より100点以上下がったわ……悔しい。なのにみんな全然話題にしなくて追試の立場の低さに泣く。母数は正義だわ。

かに本試は家で落ち着いて解いた影響もあるかもしれんけど、やっぱり追試験の方が難しいって本当だったんだなって身に染みた。

あっでも科目ごとに難易度バラツキがあったな。歴史系と理科基礎だけは本試験よりも簡単だった気がする。

国語現代文も、文章は難しかったけど問題簡単だった!満点だった!ほめて!すごいだろ!(自慢したいだけ)

でもまぁ私が得た教訓は、本試験を受けろってことですね😭

2022-01-26

「つぎ現代文よろしく」に「どう使うのか」と尋ねたら、連絡途絶える…共通テスト流出

組織化してるんだろうな

統計不正するような奴が日本エリートの全員だからセンター試験不正まみれなんだろ

2022-01-13

センター試験過去問国語現代文90点は安定して取れるの、自分でもよくわかんない 一切勉強した事ないし、勉強しろって言われてもどう勉強すれば……ってなる……。漢字とかは昔めちゃくちゃ勉強たからあれだけど。

2022-01-10

Good Bye My Teens

西武新宿のこの場所にくるのは、随分懐かしいねアキちゃんは元気かな?



−懐かしいね。どうだろう。器用だからね。きっとうまくやっているんじゃないかな。

コーヒーなんて美味しくもなかったけど、一番安いからといって我慢して飲んでいるうちに、すっかり中毒だよ。


大学受験の時、独学で浪人をした。よく勉強をしに来たね。19時半に仕事が終わって、1時間かけて新宿まで戻ってくる。電車の中で問題を解いて、閉店23時までの2時間半を、答え合わせと復習の時間に充てる。古文が壊滅的だった。現代文ばかりに費やしたツケがきたね。偏差値はガクッと追い抜かれて、焦ってた。

平塚ではちゃんぽんを奢ってもらったね。当時、19歳なのに26歳だと思われてさ。相当くたびれた浪人生活だったんだろうね。応援してくれた。

仕事の先輩に山崎さんがいたね。当時はクソ舐め腐ったことを言ってしまったけど、すごく救われた。生き方を教えてもらったようなもんだ。本人は全く自覚がないだろうけど。山崎さんにも、奢ってもらった。お酒を飲んだ。

初めて飲んだお酒地元の集まりで行ったはなのまいで、いちばんいたことがあるからっていって、カシスオレンジを頼んだ。ビール全然飲めなかった。年確はなかったから、なんとか入れたんだっけ。

今では家にラフロイグボウモアが常備されているし、魔王水割りで飲んでいる。勇者よりも魔王が好きだからね。バーにいけば、ギムレットを飲む。マティーニもだっけ?マティーニ店員さんによって味が違うんだ。微妙にね。僕は辛いのよりも甘めのほうが好きだね。ギムレットを飲むようになったのは、小説の影響なんだっけ?




2年もかかった。今日のこの日は大雪だった。東京でも類を見ないほどの大雪で、2~3回しかいたことのない革靴はすぐにぐちょぐちょになった。コートを持っていなかったから、ジャケットだけで、寒かった。高校卒業式東日本大震災で中止になった。僕たちはそういう代だった。としまえんは閉店したよ。この戦争の影響でね。もちろん、ずっと前から言われていたことだったけど。とにかく大変だった。社会はとてもつめたくて、残酷で、どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだろう、って思ってた。それでも希望だけは忘れまいって、すごく大変だったけど、なんとか切り抜けることができたんじゃないかと思う。どうだろう?



−どうだろうね、結果なんて誰にもわからないというか。どの地点の結果を見るかによるしね。



今でも夢に見るよ。もう一回やり直す夢を。なんでそんな夢を見るのかわからないんだけど。多分、まだ終わってないんだと思う。



−なにが?



なんだろう、抗いが?

うん、きっとそれだと思う。自分が何と戦っているのかについて、戦っている本人がいまいちよくわかっていないっつーことはあるあるなんだ。昨日の晩御飯に何を食べたかからなくなるくらいにはね。


同様に、自分が今までどうやって生きてきて、結果としてどうなって、今どうしているから、これからどうなるだろうかなんて、誰もよくわからないはずなんだ。

自分だって、まったく見当もつかなかった。そうでしょ?



−うん。



思うに、遠回りをしちゃったんだと思うんだよ。だけど、自分しか通れない道だったっぽくて。



−どんな道のりだったの?



話すとだいぶ長くなる。結論から言えば、仕方なかったんだ。



−仕方なかった。





そう、仕方なかった。

仕方なかった。




ただ、そう悲観的に捉えていたわけじゃないんだ。なんつうんだろう、ほかに方法がないかをずっと探していたんだ。普通そんなことしようとは思わないじゃん?でもさ、僕はずっと不思議だったんだよ。どうしてそんなに平気な顔をしていられるんだろう?って。自分がまだクソガキのままで、自分が考えなくていいようなことを、もしかたらみんなは一度は考えたことがあったり、自分なりに答えを出していたり、なにかしら割りきったりしているんじゃないかって。




−言っていることはすごくわかるよ。




そうだよね。だから時間がかかった。簡単に言えばね。答えがでたわけじゃないんだ。いや、答えなんて最初からないんだと思う。答えがあるように感じてしまうのは、僕のよくないところなんだろうね。おかげで、前に進めるようになったんだ。




−それで、なにか教訓のようなものがあるとしたら、それはなんなの?




どうだろうね、あるのかないのか。たくさんありすぎて話しきれないかもしれないし、もしかしたらなんの一つもアテになることがないのかもしれない。

一つ言えることがあるとしたら、僕は僕の幸せのために生きているということだけかもしれないな。



−本当に?





多分ね。もし僕がそんなことを言い出したらびっくりするかもしれないけど、きっとそういうことなんだと思う。自分幸せのために生きている。そのことをずっと忘れていた。そういうことだと思う。





−それじゃあ、あんまりじゃないか





から時間がかかったんだよ。自分だって、何を言っているのかよくわからないけど、そうとしか説明がつかないんだ。それに、もしそこにこだわってしまったら、うまくいくものもうまくいかなくなるかもしれない。こういうのにはきっと順番があるんだよ。






−そのことはどうでもいいって決めてたはずじゃん。






そう。そうだったはずなんだよ。でももし、自分が一番にこないといけないシチュエーションが仮にあるとしたら。それを10年も前から想像がついたと思う?想像がつかなかった。その手の生き方存在していることに。自分はあまり無知無能で、世の中のコトワリに無頓着なまま、漫然と構造的な理不尽に対して敵意を向けたまま、ぼんやり暮らしていたんだよ。



−最悪だよ。そんなことが聞きたかったわけじゃない。



そう言うと思ったか時間をとったんだ。僕はバカ無知で、その割に調子に乗っていて、社会っていうのは自分を中心に回っていないと気が済まないとでも思っていたんだ。そうじゃないことを知ることがあまりに遅すぎると、なんにものこらない。

人に迷惑をかけるだけだよ。





・・・



でも、僕はどうして社会がこうなっているのか、知りたかったんだ。どうしても。

綺麗事を言いたいわけでも、なんでもない。根本的に僕は、自分幸せのために生きている。その結果として誰かを不幸にしているわけではないんだ。それから自分のために生きたからといって、誰かに不幸だと言われる筋合いもないんだ。


もう29になる。10年だよ。一瞬だったように思う。大学卒業して5年だ。10年もあれば、それなりのことを考えられるようになる。社会がこれからどうなっていくのか。自分人生がこれからどうなっていくのか。周囲の友人関係がどのように変わっていくのか。ライフスタイルがどのように変わっていくのか。その見通しを結実させるためにやらなくてはならないことをこなしていくこととか、その繰り返しから逃れられないこととか。その分、なんか大事ものを失っているんじゃないかって思うこともあった。どんどん汚れていってしまうんじゃないかと思うこともあった。そうやって僕が嫌っているような人間と同じような運命を辿ってしまうくらいだったら、いっそ全てを投げ出してやりたいとも思った。

でもね、違ったんだよ。僕が嫌っていた人たちは確かに悪魔のように見えたかもしれない。わかったんだ。まあ、本当のところはよくわからないけどね。本心ではもしかすると、人の心が本当にないのかもしれない。あるいは、失くしてしまって気付いてないのかもしれない。でもそれは必要だった。必要だったから、その現象は起きたんだ。

必要じゃないことは起こらない。






僕はその必要意味を探っていったんだ。




あとね、自分なりに折り合いをつけたんだよ。自分存在に折り合いをつけるのは大変だったし、自分存在一般化して語ることは間違っていると認められなかったんだ。

でも、多分もう大丈夫。また何回かやらかすとは思うけど、気をつけていこうと思う。





−さっきから何を言ってるのか全然からないよ。



そうだよね。でもそれでいい。それでいいんだよ。わかっても、わからなくてもいい。そういうものなんだよ。




そうだね、たしかに僕は、僕がなにかしらのロールモデルになればいいと思っていた。でも、それは必要ないってことに気づいたんだ。なんせ世界もっとえげつないスピードで進んでいるからね。僕が誰かのロールモデルになる必要はないし、将来の僕のような存在は、きっと僕のような存在を見たからといって、どうにかなるわけじゃない。そうじゃなくて、きっと僕のような存在は、僕と同じように、誰に言われるまでもなく、このどデカくてうすら寒い国境を越えてくるんだよ。






そうして気づくんだ。そうか、そういうことだったのかって。

かに言われて「はあ、そうだったんですか」と納得するような類のものじゃないんだ。こればっかりは、自分で越えるしかないんだ。


今のこの世界必要に応じてしっかり動いているよ。そのことはよく覚えておくといい。必要に応じて変わっていく環境に、どう適応していくか。その程度のことしか僕にはできないよ。






−これからどうするつもりなの?



からないよ。だけど、今のキミのようにまたわけのわからないことを言われることになるんだ。きっとね。僕は何か物事理解するのに、人よりも時間がかかってしまタイプから、そのときになってみないとわからない。





決断には時間がかかるもんなんだ。そしてそれには時間をかけていい。

さて、そろそろいくよ。




−どこにいくの?




からない。もしかしたら、羊をめぐる冒険をするのかもしれない。けど安心してほしい。キミはこれから降り起こる数々のことに傷ついたり、ひどく落ち込んだり、人間不審になることもあると思う。そしてその傷を癒すのに途方もない時間がかかるかもしれない。もしかしたら、どうしようもなくなるかもしれない。離婚するとわかっていて結婚するようなもんさ。でもそれは僕が選んだことなんだ。キミを失望させることにはならないよ。




から泣かなくていい。

仕方ないさ。必要だったんだから

2021-12-22

anond:20211221175832

そもそもテレビお笑いする必要ある?

これは典型的マニア(オタク)特有の考え方だなという感じ。

エンタメ芸能で本当に好きな人だけ見れる場でやる、一切表に出ない、をやってしまうと2つの問題が発生する。

1. 市場として先細る

好きな奴だけしか残らないということは、新しいお客さんの流入既存客のコミュ力に大きく依存する形になる。

いわゆる口コミとか布教ってやつだけど、それがマスコミや大規模なPRに勝る流入をたたき出すことはほとんどない(ブームの起爆する起点にはなるけども)。

ということは演者に落ちる金がどんどん無くなっていくので必然的自由度が無くなる。

もっとも、1人あたりの客の支払う金額が多くなっていけばこの問題は辛うじて回避できるが、

結局新規客が入らないなら既存客の死とともにジャンル死ぬ

2. 表現が先鋭化しすぎる

表現者も所詮売り手に過ぎないので客の反応は常に気にする。客を気にせず独自路線を突っ走れる人間なんてほんのわずかだ。

すると今居る客に最適化した形にどんどん表現を変えていく。楽屋オチだったり身内ネタだったり過激すぎるネタだったりそれは様々。

最適化しすぎると今居る客以外、まったく訳の分からず楽しくもないものがひたすら生産され続ける。

すなわち新規客が入らなくなるので既存客の死とともにジャンル死ぬ

このあたりの問題に既にぶち当たってるのが伝統芸能方面で、

解説を流してくれるガイダンス装置を貸し出したり、ボカロアニメなどの現代文化を取り入れた新作を作ってみた試行錯誤して

何とか新しい客を呼び込もうとしている。

まあ、偉い評論家先生や既に形成された信者のようなファンが気に入る難解な表現けが流通する

狭い芸術系方面のようにしたいのであれば専用チャンネルに引っ込めてもいいかもね

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