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2019-01-09

強姦免罪事件烈火の如くキレてる正義の味方のみなさんへ

死刑制度に関しては不思議と何も発言しませんね?

 

死刑になれば6年ふいにするより遥に残酷な結末がまってるし

いつ誰が標的になるか分からない点じゃ

今回の免罪と何一つ変わりないのに

 

なぜか「男が対象になりやすい」刑罰に関しては

やれ人権ガーと権利持ち出して

厳罰化に反対したり、被疑者をやたら擁護する

女側をクソ味噌に叩く

死刑判決が下った死刑囚にはなんの疑いも持たない癖に

 

あなたはその怒りを

一瞬でも死刑制度へ向けたことがありましたか

まさか少年犯罪厳罰化なんて求めてはいないでしょうね?

2019-01-06

早漏の思い出

【はじめに】

知識が少なくハッキリとは分からなかったが、オナニー時に一瞬でいけるから早漏なんだろうと思ってた。

電話片手に半日ロウロして人生初めてデリヘルを呼んだ時(可愛かった)、最初シャワーでいってしまバツが悪くて2回戦も無理だった。ただ、根拠のない自信があって、いざ本番になれば大丈夫だろうと思っていたのだが、ある時ふいに考えを改めた。彼女できたこと無しで30才を過ぎたくらいの時期だった。

この年だし風俗で一回ぐらい体験しないとと思ったのだが、このままお店に行っても暴発して最後まで辿り着けないのではないかと感じた。もしも彼女ができたらどうしようという不安もあった(ポジティブ!)。


【訓練】

何とかしなければと、ざっくり計画をたてた。今までの経験から自分は楽観主義でいきなり大きな目標チャレンジして失敗することが多く、刻んでいった方が成功やすいのは分かっていた。目標達成はざっくり半年くらいで設定した。

1.早漏について勉強する(1ヶ月くらい)

2.オナニーで訓練する(1.と並行して2ヶ月くらい)

3.ライト風俗で訓練する(2.が片付いた後。3ヶ月くらい?)

4.本番風俗で事前暴発なく目標達成(半年後くらい?)

勉強のためにWebを読み込むと共に、体系だった知識を身につけるため本を数冊Amazonで買った。同じテーマの本は複数冊読んだ方が良い。複数視点が手に入る。結果は全然役に立たなかった(昔の話なので今は違うかもしれない)。精神論だったり、根拠がなかったり、コンプレックス商材の購入に繋げる前振りだったり。商材は腹が立つので買わない。唯一役にたったのは括約筋に力を入れると萎むということ。これは試してみると確かにそうだった。継続して力をいれるにはコツがいるみたいなので、移動中、歩きながら10カウントの間力を入れたまま維持し、10カウント休憩。これを繰り返す訓練をすることにした。外出時はこれを行った。

オナニーについては、より時間をかけてすることと、より本番に近づけようと考えた。今だったらVRがあるけど当時は無かったから、部屋でAV流しっぱにすることにした(これは頭おかしいね!)。勃起時間が長くなるからいかと思った。後、リアル店舗アダルトグッズ専門店オナホを2種類購入した。別にオナホ気持ちよく無かった。自分は興奮を感じる割合において視覚情報が強い気がする。次に聴覚で、同率で触覚と嗅覚。味覚には特に無い。視覚65%、聴覚20%、触覚15%くらい。みんなオナホって気持ち良いのか?

寸止めして、何回か我慢してから発射するようにした。


このような、厳しい(?)特訓の後、いよいよハンド中心のライト風俗へ向かった。修行の成果をいかす時! 負けた。一瞬で敗北です。おねーさんにいく時は言ってと怒られてしまったよ。ごめんなさい。

もうこれは慣れるしかないのか。と思って定期的に通うようにした。お金関係もあるので週次くらいだったかな? 覚えていないけど、期間空けすぎると経験値がゼロになってしまう気がして、ある程度の密度で行こうと思ってた筈だから。こんな感じで、ライト風俗行っていたが、そうこうしているうちに、目標としていた時期になってしまった。あまり成長は見られなかったが、いやまあ、もう何とかなるんじゃね? という往来の楽観主義が発動して突撃した。

まあ撃沈ですよね。とはいえ数秒(3秒くらい?)もったよね。もったから良いよね。一応卒業だね。おめでとうね。


まあ、こんな状態で終わってしまい、その後も隔週ぐらいでライト風俗に行って修行したけど、ハッキリ言ってどうにもならんかったわけなんだが、ある日ふと悟りを得た。これってコミュニケーションなんだと思うようになった。

いきそうだったら、いきそうだからチョット待って。と気負いなく言えるようになった。最初からそうすべきだっていうのは頭では分かっていたんだけど、いざコトとなるとどうにも上手く言えなかったのだ。恥じらいやプライドがあったのか?


しかも、結局のところ悟ったのって、初回から期間をおいて行った2回目の本番のお店(1年半後くらいか)で、何かの拍子に、自分何となく頭に思い描いていた本番と似たようなことができたから。もちろん完璧じゃないんだけど、手応えがあった。

これで、なんか憑き物が落ちた。条件が揃っていれば俺もちゃんとできるんだなって自信になった。そしたら、ちょっとしてからコミュニケーションなんだなって、腑に落ちて、気負うことがなくなった。

結局のところ早いのは今でも克服できてないけど、前よりマシになったし、協力してもらって長持ちさせることができることが分かった。


最後に】

・似ているようなことでもステージが違うと全然違うことがある。勘違いするなよって話だけど、やってみないと分からなかったりする。

・次のステージではあまり役に立たなくても、前のステージでやったことは行動の勇気をくれる。オナニー訓練がライト風俗に行く勇気をくれた。そしてライト風俗が本番の勇気をくれたのだ。

・頭で分かってても、気持ちがついてこないと難しいことはやっぱある

・結局のところコミュニケーションが大切

新年目標として早漏を何とかしようとしている人は参考に。もろもろ自己責任で。誰かの役にたつと良いな(人の役に立ちたい)。


おわり。さらば。

自分に何かあれば

何かがあれば

何かがあれば、もっと充実した日々が送れるのかもしれない

自分には何もない

ふいに虚しくなる

虚しくなるけど、これが自分

生きてる意味をただただ考える

2018-12-19

簿記2級

なんかふと思い出したんだけど社会人2年目位に何を思ったんだか簿記2級を取ろうと思って勉強して取ったんだよ、確か。

友達に「簿記2級?普通に取れたけど?」みたいなことを言った記憶ふいに蘇ったのだけど、合格証みたいなのがどこにあるのやら分からない。そもそもなぜ取ろうと思ったのかも分からないし、勉強してたのは確かだけど本当に受かったのかも怪しい。

調べたら商工会議所合格証明書を再発行してくれるらしいのだけど、受験年と受験地が必要とのこと。全く覚えてないけど。

別に合格証とかいらないんだけどさ。

2018-12-16

入院するかもしれない

からよく高熱を出す子供だった。

小学生の頃よく吐いてしまい、親に迎えに来てもらうことなんて当たり前で、点滴を打った回数も覚えきれないほどだった。

中学生の頃に過敏性腸症候群で何時も無自覚にオナラをしてしまい、クラスメイトに遠巻きにされた。ファブリーズをかけられたこともある。

緊張するとお腹が痛くなり、運動神経がない(バレーのレシーブもできないレベルで)から体育が憂鬱で緊張するものになって、結果お腹が痛くなる。見学になったり保健室で休んだり。体育の先生には嫌われていたと思う。

3年生になると受験ストレスで体調を崩してしまった。自律神経がおかしくなった。3学期にはほぼ毎日早退。過呼吸をよく起こし、授業も受けられず先生には心配された。数少ない友達にも焦りから辛辣にあたってしまい、遊びに誘われることもなくなった。

受験は倍率2倍の高校入学でき、さて新生活だと意気込んでいたけれど、膨大な課題につき寝るのは12時、7時からの朝学ための5時起き、満員電車ストレスコンボ5月意識を失ってしまった。救急車で運ばれ、一体何が原因なのかと色々質問されたが結局はなにもわからなかった。親に心療内科に連れて行ってもらったけど、何もわからず。その1年はただ眠って過ごした。次の年になったら復学できるように祈ることしかできなかった。

結果から言うと、復学はできなかった。それどころか体調はもっと悪化した。体がそわそわと落ち着かず、ずっと吐いていたし、海にいけと何度も何度も幻聴が聞こえた。行ったけど何もなかったが。

そして1番最悪だったのは夜中に外に出ることだった。記憶にはないけれど、親によると雨の日の深夜2時に大きな通りの1歩手前でぼうと立っていたらしい。もしかしたら車に轢かれていたのかもしれないと思うと今でもぞっとする。

これはさすがにおかしいと心療内科先生相談、即日保護入院が決まった。一応と頭のレントゲンを撮って、肉体的な病気ではないと診断される。

そこから3ヶ月の精神病棟での入院生活が始まった。

私は隔離病棟に入れられた。

最初はずっとトイレで吐いて、歩き回らないと足が死んでしまいそうで、心臓が嫌に跳ねていた。落ち着きがなく、貰えないとは分かっていたけれど(一日2回4時間あけての薬だから)ナースステーションで何度も薬を強請った。

あとご飯が美味しくない。高齢者が多いから納得ではあるのだが、若い私はもっと洋食を出して欲しかった。しかも量が多くて食べ切れない。残したら食べた方がいいよと言われ、口に詰め込んだがすぐにトイレで吐いてしまった。

夜寝る頃になると相部屋の人がボソボソと呟き出す。お母さんごめんなさい、とか、なんでそんなことせないかんと、とか、あんたらが悪いから私はこうなったんだ、とか恨みつらみを一通り呟いて泣いていた。私は眠れなかった。

そんな生活にようやく慣れたのたとき仲良くなったのは自傷癖のある人(今後Aさんとする)と二重人格の人(今後Bさんとする)。どちらもいい人なんだけどBさんは被害妄想が酷く卑屈だった。

お見舞いに来た私の父(初対面)に突然「生きててごめんなさい」って言ったぐらい卑屈。3人で話している時に「私その話苦手なんでやめてくれませんか」とか言ってくるしAさんと話してたところ入ってきて「私の悪口ですよねすみません」って言って勘弁してくれって思った。「私年下の子を見ると嫌悪を感じるんですよね」私もその時精神的に不安定だったからしんどくて。私も年上の方と話すの苦手です、ぐらいしか言えなかった。とある日、ふいに人格が現れた。どうやら主人格のお兄さんらしい。暇すぎて何往復もしていた短い廊下で呼び止められ「こいつお前の社交性があって素直な性格嫌いだから」って言われてそうなんだ…とちょっとだけ傷ついた。

1ヶ月経たころ、人数の関係で病室移動。アルコール依存症かつ躁鬱病の人、統合失調症の人、夫に自殺きっかけに鬱になってしまった人と相部屋になった。色々身の上話をし合って、色んな人がいるんだなあと思った。

今日は眠れなかった」は挨拶みたいなもので、決して不健康アピールではないのだと知った。

いきなり叫び始めて八つ当たりし始めたおばあさん、食後お腹痛くなったらしくて看護師さんに「ご飯に毒を盛りましたよね」とか言ってる人などもいた。

私はパーキンソンの症状が出て体の震えが止まらなくて常に視線が上を向いて口から泡が出そうになった。夜になっても眠れない時に看護師さんに言ったら「我慢出来るならしてほしい。皆そうだから」って言われた。あいにく土日を挟んでいたので、その2日間はその状態が続いた。出勤してきた主治医に症状が辛いから何とかしてくれと頼んだら「えっ、なんで」との反応。パーキンソンの薬はちゃんと出すように言ってあるとのこと。「あー、薬が切れてるみたいですね…ナースセンターにっと言っときますね」っていう明らかに病院側の過失だった。

特に謝られることもなく薬は出された。飲んだら治ったから、まぁ、よしとしよう。

入院して3ヶ月目、高校はどうするかのはなしに。さすがにこれ以上留年するのは…と思い通信制高校を探し始めた。

退院間近になると外泊や外出で外からの刺激を受けて大丈夫かどうかのテストをした。そこで何も無ければOK。私はポケモン映画を見に行った。

何も無かったから無事に退院することが出来た。

退院してからはなるべく刺激を受けないように、テレビ動画を見ないようにと忠告された。眠たくて眠たくて、昼も夜もひたすらに寝ていた。

すると指で広げないと目が開かないという状況に。眼科に行ったけど、ドライアイの薬しか貰えなかった。

通信制高校は登校が楽そうなところを選んだ。暫くはゆったりとそこに通っていた。しかし今年の2月悪夢をよく見るようになった。人を殺す、人が死ぬ自分が殺される、など。しかもどれもがリアルで起きた時に感覚が残っていた。首が痛かったり、虫が肌を這いずる感覚があったり。

それがきっかけだったのか、私は記憶をなくした。

小学4年生から記憶がなくなっていたのだ。朝起きると難しい漢字が読めない。上手く計算もできない。けれど記憶をなくしたのは3週間程度だった。よかった。

記憶が戻った今も精神年齢は10歳な気がする。その頃から家族に、それこそ子供のように甘えるようになった。

それからはまた家でのんびりしたり登校したりしてゆったりと暮らしていた。開かない目のことが気がかりだったが。

しばらくすると6月になって、また幻聴が聞こえ始めた。今度はひたすらにしねしねしねと耳元で囁かれるような幻聴

鬱が酷くなる。

それからは高い建物を見るとあそこから落ちたら死ぬかな、風呂に入ってるとここで寝たら溺れるのかな、睡眠導入剤をたくさん飲んだら眠るように息絶えるのかなとずっと死ぬパターン妄想していた。

そこで現れたのはヒョウモントカゲモドキ

ペットショップ一目惚れをした。元々爬虫類が大好きな私にとってその子はとても魅力的に感じた。親と相談して買ってもらい、毎日かごを眺めるようになった。すると生活が一変する。ヒョウモンに餌をあげるために、と義務感が湧いていたのか、今まで夜型だった生活から夜8時に寝て朝4時に起きるようになったのだ。毎日3食、十分な睡眠時間の確保など健康的な生活を送ることが出来た。

そうなると気になってくるのはやはり目が開かないこと。神経内科はどうだろうかと主治医に言われ、紹介状を書いてもらい行ってみた。結果は特に異常なし。それを主治医に報告すると、もしかしたら薬が悪いのかもしれない、とのこと。あまり主流じゃない副作用から確信は持てないけれど、これ(薬の名前は忘れた)減らしますねと薬を出された。それから体調が悪くなった。吐いて寝込んで精神的に不安定になって泣き出して。1週間後に予約を入れたのでふらふらとしながらも病院へ。目は開かない、具合は悪い、最悪な状況だった。次の薬で良くならなかったら入院してもらいますね、と薬の量を増やして服用している。

それで今日に至るのだが、目は開くようになった。吐き気もない。ただ睡眠時間が狂ってるだけ。

これは入院しなくていいのだろうか。そう思う午前1時。

2018-11-03

知り合って10年たつ(元)彼氏

なぜ(元)なのかと言うと、今、自分ではどういう関係性なのかよくわかっていないからだ。

彼とは結婚を考えてた。

10年色んな事があった。

楽しいことのほうが多いと思っている。

まぁ、でも、よく喧嘩もした。

主には、よく見聞きするカップルのように、私が感情的になり、気持ちが落ち着いて、誤って仲直り。

そんな感じ。 

理由は決まって「私のことを理解してくれてない。」「気持ちをわかってくれてない。」

喧嘩のお終いには「もう、続けていくのは無理だと思うから別れる。」

で2,3日後には「感情的になりすぎた。」と言って

もとさや。

そんな繰り返し。

結婚に向けて、親に挨拶をしようとなった。

半ば強引に、彼を急かして、会う算段をつけた。

でも、いざ、2日後に会う。となった日に、彼から母親が会えないと言ってきた。理由は…、あまり言いたくないけど、言わないのも違うと思うから伝える。『その娘の家柄とウチはあわないし、私はうまくやっていける自信がないから。会いたくない。あなたもその娘の事が本当にいいのか考え直したほうがいい。まだ結婚だってしなくたっていい。』と言われたから、会えなくなった。」と、言われた。

もう3,4年も前のことで、正確になんて言われたのかは覚えていないけど、傷ついた。

元々、私は、自己肯定感が低くて、自信がないタイプの、おそらく世間的にはめんどくさい女だ。

それを差し引いても、なかなか心にくるご意見だった。このご時世に「お家柄」と来たか

もう、全てが闇に包まれた気がした。

まぁ、わかってた。

彼=地方公務員(教師)一家長男、当時32歳公務員

私=海外育ちのハーフ、片親、父(自営)海外在住の派遣介護士、当時27歳

では、まぁ、田舎での体裁ってもんが守っていけないだろう。

だとしても…

1回ぐらい会ってくれてもいいじゃないか

会った事もない人をつかまえてよくそんな事が言えるな。しかも、元教師なのに。

と、当時は思ったが、会った事もないからこそ言えたし、会ってしまうと何も言えなくなってしまうかもしれないから、会う前に叩きのめされたのだろう。と今では思う。

それでも、強行突破会いに来るほどふたり気持ちは強いの?と、試されていたのかもしれない。

(いや、本意はどうあれそう思わないとやってられない。悲しい。悔しい。侘しい。家柄とか、私の育った環境とか、私にはどうすることもできなかった事で拒否されてしまっては…、私は、打つ手だてゼロだし。自分だって育ってきた環境、親、境遇にさんざん悩んでるのに、そこを攻められてしまっては意気消沈だ。)

そんな、幸せ結婚を思い描いていたふたり(主に私)の鼻っぱしらは折られ、人生で親に反抗したことのなかった彼は呆然としてしまい、その呆然としている彼に私は頼りなさと薄情さを感じてしまい、私から結婚の話はここでお終いにしよう。」「ふたり恋人という関係性もお終いにしよう。」と提案した。

この時、はじめてと言っていいぐらい、彼も感情的になって喧嘩した。気がする。

でも、引き止められはしなかったと思う。

彼は自閉症スペクトラムがちだと言うことが、その頃わかった。

私が、よく彼に対して感じていた「私のことを全然わかってくれない。」という気持ちは「わかってくれない」ではなく「わかれない」のだと言う事が判明した。

言葉真正から受け止めてしまうこと、自分のペースを乱されるの事に不快感を感じること、相手気持ち空気)を察するのが苦手なこと。今までぶつかってきた原因の殆どが、彼の特性からくるものだった事がわかった。

そんな彼は、当日私がどれほどの思いだったか、知る由もないだろう。

距離を置くだの、置かないだの、と私がひとりでわーわー喚いていたが、時間がたつにつれて、日々そんな話をするのに疲れていまい、なんだか男女関係結婚出産、そう言った肩書き通りの「女の幸せ」というものが、どーでもよくなった。タイミング良くかまってくれて、困ってる時に助けてくれて、定期的にSEXができれば何でもいいや。と思うようになった。

そんな破滅的な私に、彼は「ちょうどいい人」になった。

彼の特性も判明して、気持ち理解してくれていないのではなく、理解できないのだから仕方がない。と思えるようになったし、彼氏ではなくなったから、そこまで嫉妬することもなくなった。「理想彼女」でいる必要もなくなった。結婚を考えて計画的にいろんな事を考える必要もなくなった。

共通趣味はそのまま続けられて楽しいし、食の好みや映画の好みもわかるし、頻度は劇的に減ったものスキンシップを求めれば拒否もされず、ムードが作れればSEXもできる。

金銭面で困れば、何かと理由をつけてはお互い納得したうえで援助もしてくれる。

こんな楽なことはない。

Win-Win関係であるかは、彼の気持ちを確かめたことがないからわからないけど、彼から変化を求めてこないとこを見ると、彼もこの関係に納得しているんだろうと思う。

LINE既読スルー文句が言えない。とか、いつどこで何をしてるのか詳細に把握できなくなった。とか、突然の予定変更があってものしかなくなった。とか、今までは言えてた文句が言えなくなったりして、我慢することもでてきた。

でも、それは、今までの関係が密すぎただけだったように思う。

夜寝る前は必ず通話する(話してるうちに2時間とかフツーにすぎる。)とか、週末は必ず会うとか、平日も1日は会うとか、むしろ男女関係としては今の方が健全なんじゃないかと思う。

ただ、そんなぬるま湯関係がふと怖くなるときがある。

彼に何かしらの出会いがあったら?彼がこの関係に突然違和感を感じて離れていってしまったら?そんな事を考える。

そうして、彼のいなくなる未来を予想しては、結局、自分の中で「ちょうどいい人」と言う看板に付けかえただけで、実際は何もかわってなくて、彼の人の良さにつけ込んで私がただ寄生してるだけのように思えてくる。

彼にとってこんなのがぶら下がっていると迷惑なのでは?

いつか、それが重荷になってふいに放り捨てられるのでは?

そんな気持ちになる。

そうなると、「彼の特性理解してもらえていない」と言う事実を忘れてしまい、だいたいそういう時は、仕事私生活でなにかしら支障があったり体調をくずしはじめていたりする時で、『私は、今、こんなに落ち込んでいるのに、寄り添ってくれない。きっと私に愛想が尽きだしているんだ。』と言う気持ちになってくる。

そして、彼から切られるのが怖くて、言われる前に自分から絶とうという気になり「もうあなたとの関係を辞めにします。」と唐突に言ってしまう。

そんな繰り返し。

彼のことは、多分好きだ。

多分て言うのは、これが長年の情からくるものなのか、純粋気持ちなのかが、わからいからだけど。

離れようとすると心がざわつく。

依存してるものから離れる拒否反応なだけかもしれない。

頭の回転が早いとこ、文章力があるところ、笑いのセンス、優しさ、冷静さ、物事に対する考え方、そんなところが好きだ。

ただ、特性からくるものとはいえ絶望的なまでに自分本位というか、相手立場にたてない、コミュニケーションがはかれない部分が、私の心の余裕が試される部分で、ネックだ。

残念ながら、彼の実家に入ると言う前提であるなら、(あっていない人のことをとやかく言う点では同類になってしまうが、)あんな親のいるところには嫁げないと思ってしまっているので、彼が家を出て、私は親(になる人)と距離をとってもいいと言う条件でなければ、結婚はできない。

こんな寄生虫のような不健全な関わり方は辞めなければと思うが、依存度が高すぎて離れられないし、捨てられる覚悟もできてない。

彼との繋がり大事にしたいし、彼のことを好きだとおもう。

でも、できれば、今のままの何も変わらずにぬるま湯でいれるならそれがいいと思ってしまう。

こんなワガママなやつに、今のところ愛想尽かさずに付き合っているんだからホント彼は人がいい。

2018-10-21

あいはふかくておもかるい

夫が昨年倒れてからもうすぐ一年が経つ。

今は手術もして、成功して、退院して、休職中で自宅療養しながらもリハビリ出勤の話も出てくる、そんな回復度合い。

死んでてもおかしくなかったので、今こうして家にいて、無理はしちゃいけないにしろお酒飲んだりご飯を食べたり外を歩いたり車を運転したり旅行に行ったりできてること自体、小さな奇跡の積み重ねなんだと思う。

それでも、病気の段階によって人の抱える悩みは少しずつ変わってゆくのだな、ということが実感として感じられる。私は聞いていることしかできないのだけど。

最初からずっと夫の意識はあるので(手術のための麻酔時と就寝時以外は入院中もずっと普通に話せた)、未だにそんな大病だったのかしら…と思うときもあるのだけど、6時間にもおよぶ手術をしたんだから軽い病いではないことは確かだ。

入院当初はなんでこんなことに…からはじまって、今は仕事に復帰することへの不安と、昼間ひとりでいることで外とのつながりがないことをとても不安がっている。

私はただ聞く。

私はもともとただ話を聴くことがすごく苦手で、アドバイスをしてしまっては「そういうことじゃない、解決策なんか自分でも分かってる!」と怒られた。私の周りには似た者が集まるせいかアドバイスして欲しい時しか愚痴らないので、しばらくただ話を聴くということが難しかった。

食事も多少塩分に気をつけるくらいなので、調味料を全部減塩にして、野菜意識的にとって…といろいろ工夫はしているけど、そんなに厳しい制限ではないのでゆるゆるとやっている。

私には趣味があって、それでかなり発散しているところはあるんだけど、病気の段階によって変わってゆく夫の不安を聞いて、貯め込む自分が時々しんどくなる。世の中にはこんな程度どころでない悩みの人々がいることは重々承知しているが、軽い悩みをたくさん抱え込むことによってだんだん重くなってくることもあるのだと知る。

仕事から早く帰りたいのに遅く帰りたい。

寄り道がしたい。

もちろんどこそこで買い物して帰るから遅くなる、と言えばいいよ行っておいでよという答えが返ってくることも分かってるし、それは病気でなくても同居人がいるのなら事前に伝えるのは当然のことなので当たり前なのであるが。

(つづきは後ほど)

と書いたもののそんな大した話ではなくて。

今までも普通に仕事帰りに予定があれば伝えていたし、ふいに寄り道したくなればそうメールして伝えれば特に制限されたこともない。

でもここまで回復するまでに、私は彼からいくつかの本音を聞いてしまっている。

手術後に原因不明利き手のしびれと痛みが取れなくて、しばしばイライラしていた。しかし私は無事に夫が退院できて、生活ができていることが楽しくて、少し浮かれていた。ちょっと調子にのっていたのだ。

そしてイライラした夫から、元気だった頃に私が趣味遠征していたことをよく思っていなかったのだと言われた。

反対されたことなどほとんどなく、いつも笑顔で送り出してくれていたのだが、そうではないときもあったと知った。夫はそれを言ったあと、しまった、という顔をした。今でも時々思い出しては「イライラしてたからってあんなこと言ってごめんね」と言われるし「これからも気にしないで行きたい時は行っておいで」とも言ってくれる。

言葉に甘えて一度、行ってみた。

それは思っていた以上に楽しくて、ひとりで眠ることもふいに予定を変更することも、夜ちゃんホテルに着いてこんなことやあんなことがあったよと夫に電話で話すことも、すべてが楽しかった。調子に乗ってまた行こうと思うほどに。

それでも彼から本音を聞いたことはたぶん忘れないだろうし、それを根に持ってどうこうしたいわけでもない。

ただ、そう思っていたということを覚えているだけだ。

からなんだよ、とこれに目を留めた人は思うだろう。

ただ、今私に溜まっている小さな愚痴の数々のかたまりを、ポロッと出しておきたいだけです。

回復度合いで変わっていく小さくも大きな不安を、ただ聞くことしかできない私が、抱えきれなくなってすべてが嫌になる前に、ただ出しておきたいだけ。

夫を好きな気持ちが変わってしまわないように。

病めるときも健やかなるときも、変わらずあいしつづけられるように。

2018-10-18

日本語書くのが面倒くさい瞬間

気取ってるわけでもないし英語は得意じゃないんだが

PCつかってるとふいに日本語つのが面倒くさい時がある

やっぱタイプ数の問題だろうか?変換が挟まるから

 

あとから自分で読んでいらっとするんだけど

2018-10-05

マンガの累

読んでたら途中でふいに銭ゲバ思い出した

ビジュアルとかテーマとかなんとなーく似てない?

2018-10-03

不倫しかけてる

妻とはもう何年も男女の関係にはなれていない。

何度か誘ったことはあるが、「頑張ってください」という意味不明な返答ではぐらかされただけだった。

その後何かを頑張った気がするが何かが改善することはなかった。

これ以上何を頑張ればいいのだろう。

そもそもどうして僕が頑張らなくてはならないのだろう。

妻は不倫した女性報道を見ると「親になったなら女捨てなきゃだめだね」という。

ちょっとまって。何勝手に捨ててるの?パパの前では女でいてよ。パパはまだ男捨ててないし捨てられそうにもないよ。

そんな中、結婚する前に少しだけ好きだった女性と急接近するできごとがあった。

酒の席でのことということもあるが、いまさら完全に油断していた。

たまたま仕事終わりにお互いの時間あいたので、少し飲みに行こうという話になった。

誓って言うが、このときは本当に下心はなかった。

二人での食事が久しぶりということもあり、話す内容は昔のことばかりだった。

長年仕事を一緒にしてきたこともあり、苦労も多くともにしている。

そんな話をしているうちに、お酒はみるみる進んでいった。

二人ともがかなりフラフラになった頃、手洗いから帰ってきた女性が突然後ろから抱きついてきた。

笑いながら悪ふざけのような様子ではあるが、その時ふいに「あー、好きだったのにな!結婚ちゃうんだもんな!」と言ってきたのだ。

結婚するちょっと前にも二人で食事に行ったことがあるが、そのときにも同じように酔っ払ってしまい、次の日からお互いがなんとなくギクシャクしてしまたことがあった。

僕はそれですっかり嫌われてしまったものだと思いこんでいた。自分だけの一方的好意なのだと、自分から身を引いてしまったのだ。

妻との距離が遠くなっていたこともあるが、不意に背後から抱きかかえられた瞬間の心地よさは、なんだか長い時間忘れているような安らぎを感じさせてくれた。

何も抵抗しないでいると、彼女から笑いが消え腕の締め付ける力が少しずつ強くなっていった。

僕はどうしていいかからず、彼女の頭をひとなですると「嘘つけ!」と一言強がった。

彼女はそれを受けて一瞬おどけた様子を見せると再び自分の席に戻った。

その後は何を会話したかも覚えてないが、会計を済ませるとろくに見送りもせず、フラフラとした足取りで家まで帰ったように記憶している。

翌朝、妻からは深酒したこと、帰りのコンビニで買って帰った弁当で部屋中が臭いことの説教から一日が始まった。

から冷たい言葉視線を突きつけられるたびに、彼女に背後から抱きしめられた時の心地よさが蘇った。

以前のような気まずい空気になってはまずいと、とりあえずこちらが飲みすぎてしまたことの非礼を詫びるメール彼女に送った。

明るい様子で帰ってきた返事を見る限り、とりあえず気に病んでいる様子はなかった。

あの日、ろくに見送りもしなかったのは、おそらく、そのままもう少し一緒にいれば間違いなく彼女の家まで行ってしまったであろう自覚があったからだ。

そして、彼女もそれを拒むことはしなかっただろう。

おそらくこのまま次の誘いのメールを送れば彼女は喜んで受け入れてくれるのではないだろうか。

飲みすぎたことも弁当で部屋中をくさくしてしまたことも素直に謝った。

でも、妻の不機嫌はまだしばらく直りそうもない。

妻に対する愛はあるが、自分の男の部分だけが黙殺されてしまっている日常は正直に辛い。

あと僕は何を頑張れば、妻は女性を取り戻してくれるのだろう。

こんな虐げられた毎日を強いられながら、浮気をすれば男性けが罪に問われるのは納得ができない。

お願いだからうそれ以上冷たくしないでくれ。お願いだから、もうそれ以上優しくしないでくれ。

でないとあとは自分を傷つけることしかできなくなってしまいそうだ。

2018-09-26

マンガ響~小説家になる方法~」がくっそおもしろくなる方法

響~小説家になる方法~」は青二才氏が書いているようにアスペ俺TUEEEEするだけで巻を追うごとに面白くなくなっていく。

引用青二才氏のブログhttp://tm2501.com/entry/post-20733

残念だ。残念で仕方ないから三巻以降のストーリー勝手に考えてみる。作者は三巻から書き直すべきなのである

響は新人賞に応募するが、作品に住所や本名を書いておらず、結局その原稿はお蔵入りとなる。

同じ文芸部の凛夏の才能が先に発掘され、凡庸ではあるがエンタメ性の高い彼女が先にプロデビュー

その関係出版社編集が響のいる文芸部に出入りするようになる。

響は相変わらず生意気な態度を取り、編集の男と小説の話をしても「これはゴミ」などと暴言を吐く。

ある夕暮れ時、部室には誰もおらず編集の男はふいに響の言葉にカチンと来てしまう。

「今の発言はさ……ちょっとおいたが過ぎるんじゃないのかい?」

編集は響の手を軽くひねる。響は抵抗しても良かったのだが、その編集それからどのようなことをするのかが知りたくて、

抵抗せずにされるがままになる。

「初めてだろうから普通にしてやるよ」

響は初めて自分女性性を意識させられた。小説の中でしか知らなかった、胸の突起がどれほど感じる場所であるのか、

そして雌穴こそ鈍感であったが、表側にある女性器が自分に与える快楽を始めて知った。

小さく震える響を見て編集は「今日はここまでだ、あとは合意の上でないとしない」と言った。

響はその編集と定期的に会うようになった。合意の上ということでもう編集も遠慮することは無い。

最初女性器の表面を掌全体で擦ることでイカせていたが、やがて指先で転がすようにしてイカせ、

乳首を刺激しながら同時の刺激でイカせた。何度も何度も会って編集は響の体を開発していった。

挿入はしていたが、それは響にとって最重要ものではなかった。響にとっては他の場所から得られる快楽の方が大きいと感じていたからだ。

編集もそれをわかっており、会うたびに女性器の表面で何度もイカせて、挿入は最後にそっとするだけであった。

ある時から編集は「吸引バイブ」を使うようになった。響の小さな女性器の核は、開発されプックリと丸く大きくなり、

吸引の刺激も快感ととらえられるようになっていた。

吸引の刺激を味わってしまった響は快楽の海に溺れていった。

「だいたいわかっただろう。これを全部文章にして書け。設定はマッサージ師と女性客だ。できるな?」

響は編集に言われた通り、女性快楽に堕ちていく物語を書き上げた。それは黒い背表紙の本となり書店に並んだ。

響のデビュー作は「敏腕マッサージ、何度もイカされて……」であった。

その後も義理の父や義理の兄から快楽責めを受けて堕ちていく作品を何本も書いた。

執拗すぎる責めが一部のコアなファンに受けた。

響は昼間は官能小説を書き、夜は編集と夜の遊戯をした。

その頃には雌穴の中も二か所感じるようになっており、「欲しいの……入れてください」と言わされてから挿入されるまでになっていた。

作風ワンパターンになってきたので、編集は別の編集者を紹介した。「今日から担当が変わるから

はいきなりの担当替えに驚いたが、よろしくお願いしますと挨拶をした。

新しい編集者は「おい、これがあの態度の悪い高校生か? 随分おとなしいじゃないか」と言った。

「外では相変わらずのじゃじゃ馬だ。しかし俺の前では可愛い女になったよ。後任よろしく頼むぜ」

後任の編集は前任の編集と違い、若干肥った男だった。汗のにおいがした。

ネタ切れ起こしてるって聞いたから、新しいお話を書けるようにしてあげるよ」

後任の編集は響と一度だけ普通行為をし、二度目からは後ろの穴の開発を始めた。

「う、うう……そこは嫌です……」

響は抵抗を示したが、後任の編集は慣れた手つきで響の小さな菊の花にワセリンを塗っていく。

ゆっくりゆっくり、擦りこむようにワセリンを塗るその手が優しくて、響の心は開かれていった。

ぬぷ……と指が入っても響は深く呼吸をしていた。響の呼吸に合わせて菊の花が小さく開閉する。

その流れにそって少しずつ指を奥に届かせていく。

つぷん。編集の指が抜かれた時響は「ああっ」と声をあげた。

「続きは次回ね」

次回はあっという間にやってきた。

今日ちゃんと準備してから前と同じことするから編集はそう言って注射器の形をしたプラスチック

洗面器からぬるま湯を吸わせた。身を固くする響を編集は後ろから優しく抱き、胸やわき腹を愛撫し、

菊の花にワセリンを塗った。その流れで編集は響の雌穴を確認するように触った。そこはぐっしょりと濡れていた。

「期待してるのかな。いいよ、期待してて。もっともっと良くなるから

編集は響を四つん這いにさせ、頭を枕に押し付けるように指示した。菊の花を大きく開く体制を取らされ、

響は恐怖を覚えた。

「お水が入るけど大丈夫からね」

編集スムーズに響の菊の花にぬるま湯を入れていく。「んっ……!」響はすぐにトイレに行かせてくれと懇願したが、

編集は「あともう1回、我慢して。できるから」と言って合計200ミリリットルぬるま湯を響に入れた。

編集は響を立たせてユニットバスに連れていく。「いいよ、トイレに座って」

「あの……一人にしてもらえない……?」「何かあったら困るから見てるよ」

響はユニットバスの個室から出ていかない編集と、迫りくる便意狭間で激しく悶えた。

「もう……出ちゃうから……」「いいよ出して。きれいになるから

「ああもうダメ……!!」

ピュウ……と最初の水が出るまでは音を我慢できたけれど、その後ビチビチ……という排泄音が響き、

はいやあと叫んだ。声で排泄音を隠そうとした。

編集は立ち上がり、響の背面に回って右手で響の口をおさえた。そして左手と足で響の足を開かせた。

様式便器の中に排泄された響の排せつ物の匂いがただよってくる。

浣腸による排泄のため、細くなって出てきた茶色い塊が見える。響は恥ずかしさで喉奥から叫んだ。

しか編集に口を押えられているため、その声はむなしい高音となって浴室に響くだけであった。

はいやいやと首を振り、しかし腹の中のものをすべて便器に出し切った。

「全部出た?」「……はい」響は半泣きで返事をした。

その後二人でシャワーを浴び、響の気持ち落ち着けるために編集は通常の愛撫を行い、

その後菊の花に細いバイブを入れた。

この遊戯は何度も繰り返され、逢瀬のたびに響は開発されていった。

この頃になると響は前任の編集とも定期的に会い、女としての一般的快楽を追求していった。

前任編集には情のようなものもあり、ご奉仕積極的に行うようになっていった。

適度な大きさの男性器を口に含み、側面を舌でしごきあげ、やわらかな袋を掌で遊ぶ。

後任編集とは後ろの穴を使ったり拘束具を使った遊戯をする。

響の書く官能小説は幅広いジャンルわたり監禁モノや連続アクメを上手に書けるようになっていた。

そんなある日、響は官能小説界における小さな賞を受賞した。

授賞式当日、響はワンピースを着て壇上に上がっていった。用意していたスピーチ原稿を開くと……

ブルルルルルル……

響の雌穴にはバイブが挿入されており、女性器の外側には防水テープで貼り付けられていた。

バイブとローターが同時に、小さく振動し始めた。

足を閉じて立っているため、ダイレクト女性核に当たるのを止められなかった。

「ほ、本日は……このような賞をいただき……んっ」

響は長期にわたる開発によって、刺激を受けたら必ず逝く体になっていた。この刺激もあとどのくらい続いたら逝くか、

自身よく理解していた。スピーチを早く終わらせて壇上から降りたい……そんな一心で響は原稿早口で読み続けた。

ありがとうございます、これからも様々な作風、幅広いジャンルに挑戦し……」

そこで会場にいる前任編集と後任編集と目が合った。

彼らの手にはリモコン。前任編集女性器の外側に貼ったローターのリモコンを、後任編集は響の中に収まっているバイブのリモコン

二人は同時にリモコン操作し、強度を徐々に上げていった。

一気に上げるのではなく徐々に上げることで響が逝きやすいことを二人ともよく知っていた。

「……っ!! ……より読者の方に楽しんでいただける作品を……ああああああああっ!!!!」

響はその場で崩れ落ちた。

床に突っ伏す形で小刻みに震える響の股間から、透明な液体がとめどなく流れていた。

その後、この授賞式は伝説となり、響の名は永遠に文壇刻印された。

おわり

2018-09-18

anond:20180918120625

私はもう、再婚もしないし子供も産まないと決めた。

この部分から既に肉体関係を持った人がいるのかなと邪推してしまった。

それなら情にほだされないよう頑張ってほしい。


夫の面影子供見出ししまったようだけど、

今回のことで夫と義母子供あなた面影を見出すようになるだろう。


おそらく、子供は相当苦労する。


あなたがそうだったように、夫も義母生理的嫌悪から逃げられない

子供権利はおろか、あなた権利さえも自分の一存でふいにするような人間に、生理的嫌悪には抗うような理性はないよ。

嫌悪というとても冷えるもの家族血縁に感じながら育つと、金銭だけの繋がりが言い訳しか感じられなくなる。

金を稼ぐということは尊いけど言い訳にもできることだから

あなたの夫がそうだったでしょう。


よって、稼いだお金あなた自身のために使うのが一番いいのにと最初からずっと思っている。

人間から過ちはあるし、親だからといって過剰に責任を感じる必要もない。

親権を手放して離れた以上もう他人から早く忘れて人間として一個人幸せを追求しなよ。

あなたも誰かの子供だったのだし。


これは、金銭しか繋がりのない親を持っていた人間の嫌味です。

女だけど親権押し付け離婚して、それから

https://anond.hatelabo.jp/20180906123716

もうすぐ2回目の養育費の支払い。毎月こどものまれた日付に振り込むことにした。

もう興味ないかもしれないけど、後日談みたいなものを書くね。

養育費について

養育費について思うのはまず「やっっっす!!」。弁護士相談して決めたんだけど、私が時短勤務だったとはいえ、あまりに安くて驚いた。進学や医療費に多額のお金がかかった場合は追加で払うことにはなってるけれども、月々たったこれだけのお金育児から手を引けて、一応『責任は果たした』ことになるなんてヤバすぎる。ちょっとずつ貯金をして、子供が成人する時にでも渡せればいいなと思う。

②元夫について

子供を強く希んでいた。子供好きで、結婚から姪と甥をすごく可愛がっていた。

「僕は子育てを『手伝わない』。僕たち二人の子なんだからふたり平等に助け合おう」なんて言ってたのに、早々にお手伝いに成り下がった。不倫相手が出来てからは、お手伝いさえほとんどしなくなった。彼が欲しかったのは意思の疎通が出来る子供の子育てファンタジーで、夜泣き、排泄、よだれに癇癪各種手続き、そういうリアルはいらなかったらしい。手が汚れること、匂いのあることは特に嫌がった。

ワンオペ育児がつらすぎて、もう少し早く帰ってこれないかとお願いした時、

子供のためにも仕事を頑張る、それの何が悪いんだ」とため息をつかれた。結局私が謝ったんだけど、残業の半分以上は不倫相手とのデート(笑)だったと知った時、申し訳なさが怒りに変わった。

義母が良くできた人だったからか、母親という存在神聖視しすぎているように感じた。疲れていても子供に笑みを向け、家事をきちんとこなし、愚痴を言わない。欲しいものは「子供のもの」。母親自分の靴や服なんていらない。華美なものにも興味がなくなると本気で信じていたらしい。私がそれに反するといちいち驚いていた。「えっ、そんなのまだ要る?ママなのに?」

彼がメルカリにハマったときコテ(髪を巻くやつ)やブランドピアスを「これ使ってないなら売っていい?」と悪気なく聞かれて死にたくなった。ちなみに不倫相手は、ふわふわの髪に揺れるタイプピアスを身につける女だった。 

不倫相手について

実家内容証明を送った&本人には到底払えない高額慰謝料をふっかけたので親が出てきた。親子ともどもしおらしく謝罪。本人は慰謝料を払い終えたら彼(元旦那)と結婚したいと涙ながらに訴えていたけど、親が猛反発。(私の前だったとはいえ)元旦那が「妻と別れても君とは結婚できない」と言っても意志は揺らがなかったのに、旦那親権を持つと知った途端に引いた。他人旦那を奪うなら、子供ごと引き受ける度量を見せてほしいと思わなくもないけど、子供のことを考えるとそれでいいんだろう。

大事な箱入り娘だったらしく、彼女の両親と元旦那で揉めていたっぽいけどもう興味も沸かなかった。最終的には相場よりちょっとだけ色のついた慰謝料をいただいておしまい

④元夫の母親について

離婚騒動の前までは、関係はかなり良好だった。旦那ともめれば私に味方してくれるような義母だった。

旦那浮気を知った時は、真っ先に旦那の頭を叩いて怒鳴りつけた。それから、私の手をとって、ごめんね、ごめんねと謝ってくれた。態度が変わったのは、私が親権を取らないと言い出してからだ。

義母慰謝料なしで女手ひとつふたりの子供を育てた人。そんな人から見たら、母親子供を手放すなんてありえないだろう。

私の両親は地方在住の上、母は闘病中で父はその介護をしている。近くに元気な義母がいて、ローンの支払いのない広い家(夫の実家)がある元旦那側の方が、よっぽど環境が整っている。それを伝えても、母親そばにいないことが何より子供を不幸にすると、彼女は信じて疑わなかった。だから誰よりも怒っていた。

養育費もいらないと言われたが、「子供権利あなたの一存でふいにしないでください」と目を見て返せた。夫相手には強気を貫いていた私の足は、その時ガクガク震えていた。

子供について

不倫に気づいた時、旦那に対してだけじゃなく子供への愛情も一気に引いて、そういう自分ドン引きした。気づいてる人もいたけど、子供旦那にとても似ている。子供に罪はないと何度も思おうとしたけど無理だった。愛情がなくなると、子育ては苦行でしかなかった。義務感・責任感でこなす育児は本当にしんどい。変な話だけど、失ってから愛情母性?)の凄さに気づいた。タスクは変わっていないのに、精神的な疲労の度合いが全然違う。

離れてからしばらくたって、子育てタスクから解放されてから、やっと他人ごとめいた感覚が消えた。確かに自分の子だなと思う。愛情についても不倫騒動の前ほどとは言わないけど、ある程度戻ってきたような気がする。でも、親権をとらなかったことに後悔はない。あの子にとって最善の環境元旦那の、いや、義母のところだ。私はもう、再婚もしないし子供も産まないと決めた。だからたったひとりの子供のために、できる限りのことをしたい。親権を捨てた母親に、どれほどのことができるかはまだわからないけど。

前回の記事にすごい反響があって、騒がせてすみませんでした。ブコメトラバ全然流れが違うんですね。読める限り全部読みました。最低限、子供金銭面で不自由はさせないように、頑張って働こうと思いますありがとう

2018-09-16

anond:20180916215916

何も言わず「今、怒られているが、怒っているこの人は鼻毛が出ている。鼻毛が出ているのだ」と怒る人の言葉を真に受けないための拠り所にするのが正解。

君の魂の消耗は、上司(めちゃめちゃ厳しい人達)がふいに見せる鼻毛(やさしさ)によって防がれたのだ。

2018-09-14

どうしても見つからないゲームがある

1980年台後半だと思う

駅前デパ地下にあるナムコ直営ゲームコーナーで、忘れられないできごとがあった

その頃、自分はまだ小学生だった

それなのに毎晩のようにそのゲームコーナーに出没しては、お金ももたないままに他人プレイを目を輝かせながら眺めていた

理由は親の仕事にある

両親は夫婦自営業をしていた

いわゆる夜の仕事(といっても性風俗ではない)をしていたために、夜には家に誰もいなくなってしまうのだ

そのため、学校から帰るときまって母親に連れられて店の片隅でテレビを見ながら仕事が終わるのを待つ毎日だった

そんなときに見つけたのがデパ地下ゲームコーナーだった

何かの買い物で連れられていったデパ地下商店街の片隅に、宝石箱のような世界が広がっていた

それが自分人生ではじめてのゲームとの出会いでもある

それからというもの、親には本屋にいくと嘘をついてウキウキした気持ちデパート階段を下った

デパートの裏口から直接つづく階段ホールに入ると、広い空間にほんのりと響くリブルラブルトイポップBGM身体を包んだ

階段を降り地下への入口をくぐった瞬間にこもったような音からクリア音楽に変わる

その瞬間の心がときめく感覚は、この歳になっても全く色褪せることなく当時のまま思い出すことができる

お酒を伴う夜の仕事は、親の醜い部分を露呈させた

お客にゴマをすり頭を下げる姿、酒に乗じて大騒ぎする姿、帰りのタクシーで酔いに任せて悪態をつく姿

でも、ゲームコーナーにいる間はすべてが無縁だった

一つ一つ置かれたゲーム機を覗き込めば、そこにはいくつもの夢のような世界が広がっていた

しかし、自分には唯一、お金がなかった

普段ゲームデモ画面を眺めては妄想にひたり、誰かがお金を入れてゲームを始めれば怒られない距離を保ってその様子を眺める毎日だった

その距離を保っていたのは、ある時、ノート片手にゲーム攻略する人の横に座って眺めていたとき店員さんに注意されたのがきっかけだった

うまく行かなかったことの理由にされたのであろう

それでも店員さんはお金を落とさな自分にもとても優しかった

いつも話しを聞いてくれたし、つぎにどんなゲームが導入されるのかも教えてくれた

「君がゲーム邪魔になることで他のお客さんが来なくなると困る」そう優しく教えてくれたから、自分も素直に従ったのだ

サイドアームの、デモ画面でも合体した直後の数秒間だけ操作ができることを教えててくれたのもこの店員さんだった

それからというもの、その数秒を操作したいためにデモ画面を食い入るように見入ったものだった

たまにほんの少しのお小遣いをもらったときは、どのゲームプレイするか真剣に悩んだ

悩んだところで自分の腕前では持って3分はやければ数十秒でゲームオーバーを迎えるのが関の山だった

他人プレイを盗み見して自分なりの攻略は持っているつもりだったが、自分スーパーヒーローか何かだと勘違いしているその世代にしてみれば、目の前の堅実な攻略よりも頭の中のスーパープレイができると信じ込んでしまっている

当然そんな状態でまともにゲームができるはずがなかった

それでも店員さんは、自分スーパー裏技攻略プレイ妄想話をいつもニコニコした顔で聞いてくれていた

そんなとき出会ったゲームがある

店員さんから新しいゲームが入るとよ前々から聞かされていたものだった

ここから記憶曖昧なので、嘘がまじるかも知れない

そのゲームゲームコーナーの目立たない位置に導入されていた

大体以下のような内容だ

ガントレットのような360度方向に動かすことのできる見下ろし型のアクションゲーム

・画面はスクロールたかもしれないししなかったかもしれない

主人公というもの存在していて、攻撃のメインは投げナイフだったと思う

・飛距離はそれほど長くないが連射ができた

ステージクリアー型のゲームで、ゲイングランドのように道中で仲間を助け出すと、プレイヤーキャラクターついてまわって攻撃の補佐をしてくれたように記憶している

・3ライフ制、同じキャラがその場で復活する

・おそらく2人で同時に協力プレイができた

近未来舞台

・当時の中ではグラフィックが綺麗で緻密だったように感じた

その当時よく眺めていたと記憶しているゲームは大体、魔界村ドラゴンバスター妖怪道中記ワンダーモモパックランドイシターの復活、などだ

からおそらく1989年ごろまでの話だと記憶している

その日は他人プレイするのを眺めては、いつものように自分攻略妄想を広げていた

次の日、たまたま50円の小遣いをもらうことが出来たので、そのゲームへとまっしぐらに向かっていった

店員への挨拶もままならないまま、すぐに筐体に50円を投入してスタートボタンを押した

すると常連客の一人、大学生くらいの男性が突然近づいてきて自分に声をかけた

「なんだよ。ゲーム始めちゃったのかよ。終わったらすぐにどけよ。」みたいなことだったと思うが、そういうとその男性はすぐにその場を去った

普段ろくに会話をしたこともないのにその日に限ってなぜだろうと不思議だった

せっかくの新しいゲームプレイするトキメキ台無しになったと思ったように記憶している

かくしてそのゲームはかなり難しかった

ステージ1をクリアできるかできないかで、自分の残機はなくなった

ところが、悔しくていろいろなボタンを押していたら、スタートボタンを押したときふいに自分キャラが復活してゲームが再開された

自分はその時、とうとうスーパー裏技攻略プレイ発見したと思った

その後も仲間を助け、敵にやられるを繰り返し、残機がなくなるとスタートボタンを押せば復活できた

ゲームが下手な自分でも、何ステージも進めることが出来たことにとても興奮していた

しかし、とうとうスタートボタンを押しても復活できなくなってしまった

理由はわからなかったが、何故かその時、仲間がいる間は復活ができるのだと自分の中で解釈していた

ゲームが終わると、すぐに店員さんのもとに駆け寄りに嬉しそうにそのことを話した

しか店員さんはとても煮え切らない顔で「そんなはずないのにな、、、」というようなことを口にしていた

とうとうスーパー裏技攻略プレイ発見した自分は興奮を抑え切れないままに、そのゲームのもとに戻りデモ画面を眺めていた

何かすごい偉業を成し遂げてしまったような気分だった

するとそこに、先程の男性が戻ってきた

そして戻ってくるなりこちらを睨みつけて、「ふざけんな!お前全部使っちまったのかよ!」と怒鳴りつけてきた

自分には何のことかわからずただキョトンと相手の顔を眺めているだけだった

男性の顔はみるみるなにか言いたそうないらだちで満たされる

しかし、その直後に椅子ひとつ蹴飛ばすと、だまってゲームコーナーを後にしてしまった

けがからないままに立ち尽くしていると、店員さんが近づいてきて、すべてを理解したような顔でこういった

「あー、彼がいれたコイン全部つかっちゃったんだ。おかしいと思ったよ。今度あったときに返さないとまずいんじゃない。」

それですべてを悟った

男性は、そのゲームをしっかりと攻略するために予めゲームクレジットを入れてあったようだ

しかし何らかの理由で席を離れなくてはならなくて、その間に自分が座ってゲームを開始してしまった

子供相手にどけとは言えず、終わるのを待つことにした(そしてまた何らかの理由ですこし席を離れた)

その間、自分は彼の入れたすべてのクレジットを使い切ってしまった

そしてそれをスーパー裏技攻略プレイだと勘違いした

というもの

子供相手からと、男性もそれ以上は詰め寄ることはしなかったのだろう

再び困ったように店員さんの顔を見る

しかし、店員さんは自分にできることはなにもないといった様子で、冷たい視線を送ってくるだけだった

いつもは仲の良いと思っていた店員さんだけに、幼心にその視線はあまりにも辛かった

何回くらいコンティニューしたのだろうか

おそらく10回はくだらないだろう

その当時の自分にしてみれば500円はあまりにも大金だった

返せる宛もなく、店員さんの冷たい視線を思い出すとそのゲームコーナーに近づく気にはなれず、あれ程通っていたにもかかわらずそれ以降そこには行かなくなってしまった。

今はその場所を離れ別の土地生活をしているのだが、数年前に、地元テレビ番組で映し出されたときにこのことを突然思い出した

その後軽い気持ちでそのゲームを探し始めたのだが、有名メーカー情報過去アーケードゲーム網羅するようなサイトを見てもそれと言えるゲームをどれだけ探しても見つけることが出来なかった

うっすらとした記憶の中に、そのゲームが導入されることを導入前から店員さんと話をしていたような気がするので、もしかしたらロケテストのみ行われて販売されなかったゲームなのかもしれない

しかし、ナムコでは過去、そのようなゲームが開発中止になったという情報を見つけることは出来なかった

実はこの記憶自分の中で捏造されたものかも知れないという疑惑さえ生じてくるほどに悩んだ

だとしたらどうして自分はこんな記憶捏造するに至ったのだろうか

一体どこまでが正しい記憶で、どこから捏造なのだろうか

ゲームの画面といらだちに満ちた男性の顔だけは今でもはっきりと思い出すことができるというのに

何ぶん30年近くも前の話で申し訳ないのだが、誰かそんなゲームがあったかもしれないという記憶をお持ちの方はいないだろうか

2018-09-12

方言はあった方がいい

東京にいたけど、数十年ぶりに自分田舎に戻りました。

今まで仕事中でも何でも一応方言は控えていた。それがたまに地味にストレスに感じていた。

でも地元なら、堂々と方言を出せる。訛りを気にせず話せるな~と思っていた。

いざ帰ったら、特に若い世代がほぼ標準語東京とかわらないくらい。

こんなに田舎なのに。けっこービックリした。

多分皆、方言田舎くさい、恥ずかしいって思ってるからだと思う。

でも私は方言はあった方がいいと思う。

今は田舎でも、すげー田舎くさい、野暮ったいファッションの子はそこまでいない。垢抜けてる。

そんな子がふいに訛りを出した時、きっとギャップ萌えを感じると思う。

どこか旅行に行った時、皆味わいたいのは非日常だろう。

普段見れない景色。食べられない名物。聞きなれない方言

そんな物を味わうのが旅行の楽しさだろう。

方言も、十分観光資源になり得ると思う。

食べ物も習慣も景色も、そして言葉も、違ってた方がきっと面白い

堂々と方言を使ってほしい。

どんな地方言葉でも残していってもらいたい。

騒音絡みで「被害者側が神経質・頭がおかしいと思われては問題だ」っていうのは理解はできるんだけど

実際耳にふいに音が入ってくる生活が続けば神経質にもなるから前後関係おかしいし封じ込めようとするのは無理がある。

頻繁に暴力を受けてた人が、ふざけ半分であげられた手にビクッとなるとか恐怖がぶり返すとかよく話にも聞くだろ。

音もそれと同じだという理解が広まってほしい。

2018-09-06

私が夜道をキョロキョロしながら歩く理由

以前、「俺が来たらキョロキョロしたり小走りするのが嫌だ!」って増田が居たと思う。

思い返してみたら、私もキョロキョロしていた。

そう、昨日キョロキョロしていた。

なぜかって言うと「歩きながらオナラ」をしていたから。

女の場合同棲していると家でもオナラが出来なくなる。

彼氏は「俺の居る前でオナラするな」と言ってきたし。寝ながらは仕方ないと諦めているけど。

ふいに、オナラが出ちゃったときに「女捨ててる」とか言われたら最悪だよね。

トイレに行けば良いじゃん」と思うかもしれないし、彼からも言われるけどオナラは都合よく待ってくれたりしない。

お腹は張り続けるし、寝ながらオナラをしてたとか言われたことが多々あるし。実家に居たときは寝ながらオナラとかしなかったのに……。

私は実家ではガスが異常にたまるのでブーブーしてたからかもしれない。父と並んでブーブーしてた。

私にオナラをするなと言ってくる彼は、私が近くに居てもオナラブーブーしてるけどね。

男性のオナラだと笑って許すみたいな考えになるの何でだろう。女性だと「ゲッ」て思われるのも何でなのかな。

会社トイレでもオナラし辛い。音姫だけじゃごまかせない存在がそこにはある。

別にしたっていいんだろうけど、手を洗うときに顔をあわせたくないし

なにより「すごいオナラしてたwwwww」って思われたくない。悲しくなるから

しかたなくガスピタンとか薬飲んだりしてる。でも、オナラは出るけどね!!ゼロにはならないけどね!!

女性に逃げられた!!と嘆く男性のみなさん。

夜道をキョロキョロしながら歩いていた女性はオナラしてたから恥ずかしいんです!きっと!

とりあえず私はそう!SO!

2018-08-09

誕生を祝う気持ちとほの暗い感情

自分は、16歳で卵巣全摘出となり、子供を産めない、世間でいうところの「生産性のない」女となった。

当時はなんで自分がという気持ちで、この事実を受け止められなかった。

今でも正直受け入れられてない。

産婦人科病棟のベッドの上で、

婦人科病気赤ちゃんを産めなくなった自分とすぐ隣にいる出産を控えた妊婦さんや出産後の経産婦の人々。

ここは、地獄天国が同居しているんだと思った。

それから10年以上経ち、

できるだけ考えないようにしてもふいに考えてしまう。

そのせいで恋愛という存在に対しても、自分恋愛しても赤ちゃんが欲しいという彼氏に答えてあげられないという気持ちが先に立ち、

自ら遠ざかって行った。

というより、言い訳をして恋愛はめんどくさいといい、わざとそうしているのだと自分に言い聞かせてきた。

そうしてやっと自分を保っていたが、先日姉が妊娠した。

「よかったね、おめでとう!」と声を発してみたが、私は笑えていただろうか。

気づかれていないだろうか、この心の奥底の暗い感情に。

本当に誕生を祝う気持ちはあるのに、同時にこの奥底のほの暗い感情も湧き上がってしまう。

自分は本当に嫌な人間だと思い知らされる。

聖人ではないが、喜びを分かち合えるニンゲンでいたいのに、お前はそうじゃないだろと突きつけらる。

この感情とどう付き合っていけばいいのだろう。

2018-07-28

世界ウルルン滞在記って面白かったなあ

世界ふしぎ発見を見ててふいに思い出した。

あそこまで現地に溶け込む番組最近では見かけない。

異国の地を見物するだけではなく、自分を受け入れてもらうっていうプロセスがあるのは子供ながらに面白いと感じていた。

いまは海外トンデモ文化お笑い芸人体験しました、おかしな人に会ってきました、みたいな番組けが残ったように感じる。それはそれで好きなんですけどね。

題材は海外文化じゃなくてもいいんだけど、「知らない世界に飛び込んで何かをやり遂げる」系の番組面白い

その系統だと仕事ハッケン伝っていう番組面白かったのに、いつの間にか新シリーズが作られなくなって残念。

ただそういう番組企画が大変なんだと思うけど。

受け入れ先の確保は相当苦労するだろうから

あい番組ができたのはテレビ局お金があったのもあるのかな。

うーん、骨のある番組が見たい。

2018-07-27

性別が入れ替わったら気になること

転校生とか君の名は。とか色々あるけど、仮に性別が入れ替わったら圧倒的に性器の扱いづらさにビックリすると思う。

おっぱいの有無とかコミュニティとか色々あるけど。

男にぶら下がってるものふいに元気になりやがるし、女のものでは立ち小便できないし。

2018-07-26

男も勃起がおさまらないのを生理と呼ぼう

ふいに勃起ちゃうとあるよな

今日生理がきつい...休もうかな...」

2018-07-16

人類の半分がこちらを性的な目で見ているゴリラ

自分よりも大柄で背も高いゴリラ電車で尻を触ってくるゴリラ。今触りましたよねって言った途端、触ってねえよって唾を飛ばして怒鳴るゴリラ。それを何も言わずに好奇の目で見てくる周りのゴリラ

夜歩いていたら自分の5m後ろにいるゴリラ。家までの帰り道、後ろについて来るゴリラふいに襲ってくるゴリラ自分を殺そうとしてるのか犯そうとしているのか分からないゴリラ

ニコニコしながら何を考えているのかわからないゴリラ。話しながら全身を舐めまわすように見てくるゴリラクラスメイトの顔をアリかナシかで判別するゴリラ

渋谷センター街を歩いていても半分がゴリラ。一度も犯罪を犯したことがないゴリラ。馴れ馴れしく話しかけてくるゴリラ無視したら舌打ちして足を蹴ってくるゴリラ

人類の半分がこちらを性的な目で見てくるゴリラこちから性的な目で見ていないにもかかわらず性的な目で見てくるゴリラ

2018-07-13

悲しい出来事があると僕は一人で夜の街をただひたすら歩くんだ

背中丸め俯いて 行く当てなんかないのに雑踏のその中を彷徨

すれ違う見ず知らずの人よ

事情は知らなくてもいいんだ、少しだけこの痛みを感じてくれないか?

信号を待つ間にちょっとだけ時間をいいかい?この気持ちがわかるはずだ

きっと誰だってあるだろう

ふいに気づいたら泣いてること

理由なんて何も思い当たらずに涙が溢れる

それはそばにいる誰かのせい

言葉を交わしていなくても心が勝手共鳴するんだ

みんなが信じてないこの世の中も思ってるより愛に溢れてるよ

近づいて「どうしたの?」と聞いて来ないけど世界中の人が誰かのこと思い浮かべ遠くのしあわせ願う

から一人では負けそうな突然やって来る悲しみさえ一緒に泣く誰かがいて乗り越えられるんだ

ずっとお互いに思いやればいつしか心は一つになる

横断歩道で隣り合わせた他人同士でも、偶然…

泣いてる人のために僕もどこかで何も気づかずそっと涙流したい

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