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はてなキーワード: 一休とは

2019-10-10

anond:20191010172738

一休さん

将軍様に50本の扇子を贈り物しようとしたら一本壊れて49本

 ↓

始終苦しむ(49)ってことか!って将軍様激おこ

 ↓

七福神に7本ずつでちょー縁起いいっすよ(7x7=49)by一休

という話を思い出した

一休さんは掛け算がパッとできて偉いですねみたいなナレーションがあったが、将軍様生意気なこと言うクソガキなんか叩っ斬ればいいのにと子供心に思った

2019-09-30

VR一休さん

一休よ。この屏風の虎を捕えてみよ」

かしこまりました。それでは虎を屏風から追い出していただきとう存じます

「このごーぐるを付けよ。虎が屏風から出てくるのが見えるであろう。さあ、捕えよ」

「上様もごーぐるを付けられませ。この一休、ぶいあーる空間にて虎を縛り上げてご覧に入れましょう」

やさしい世界VRは人命と希少動物を救う。

2019-09-24

地声が泣いてるみたいな人がいた

一休みで寄ったカフェの近くの席で、女性二人が話してるうちの片方がそうだった

何度も泣きながらしゃべってるように聞こえてギョッとするんだけど、

よく聞き耳立てると(すみません)、別に悲しい話じゃないし何なら談笑してたりする

世の中は難解だなあ

2019-09-09

一休「では選挙を屏風から出してください」

おじいさんは山へ芝刈りにいきました。

2019-08-28

anond:20190828013527

一休「ではまずその女子を私の前に連れてきてください」

2019-08-23

[] 40

いいねをもらって人気会員のようになればかわいい女の子と仲良くなれるかと思ったが、なかなかうまくいかない。

今仲良くしてる女の子も、写真見る限りかわいいとは思うのだが、実際会ってみないとわからない。

このアプリをやっている女の子が5〜10万人と仮定して、20代と30代前半の関東4県の人口20万人×15として300万人。1/30にアプローチできるのを、多いと見るか、少ないと見るか。

数をこなさなければいけない以上、1人の相手への気持ちが薄くなってしまう。

入れ込みすぎる方だから、薄くて良いは良いのだが、楽しいかと言われると。

ブリデイエブリタイム浮気者みたいな自分が嫌になる。

アプリが出してる成功事例みたいなの少し読んだが、意外とそこまで美男美女いなくてびっくりした。ってか、美男美女全然いなかったかもしれない。

しかしまあ、微笑ましかった。

増田を書いたときはあれほど嫌ってたマッチングアプリにここまでズブズブになるとは。

実はナイナイお見合い作戦みたいなの結構好きだから顔写真見てるだけで微笑ましい・・・

焦らない焦らない、一休一休・・・

2019-08-02

anond:20190802154525

え?

俺は「やめさせようと」なんてしてないよ?

それをやったのは名古屋市長

ただちょっと一休みしてるだけさ。選挙も終わったしね。

anond:20190802133318

びしょびしょ汗だくせっくすのあと、飲み物のん一休みしてから、一緒にシャワーあびたい

2019-08-01

もしも小説採用されてアニメ化してたとして

もしも京アニ放火犯が才気あふれるクリエイターだったら?

どこかに小説投稿し順調に評価されてアニメ化されるとしよう。

アニメ化にたどり着けたものワナビーの中でも勝ち組だろう。

アニメ化を望んで、それでもたどり着けない人間は無数にいる。

だがアニメ化された時点でエンドロール流れるわけでもない。

アニメ化は失敗して駄作に終わるかもしれない。

賛否両論にさえ至らず誰にも見られず語られず終わるパターンだ。

最初のチャンスで失敗すれば二度と次のチャンスは与えられない。

そして成否は個人の才能だけでどうこうできるものではない。

よしんば運に恵まれアニメがヒットしたとしよう。

次は「それ以上」を求められる。

その次は「さらにそれ以上」を。

そしてその次は「さらさらにそれ以上」だ。

要求は際限なくエスカレートしていく。

一休みして力を蓄えることも許されない。

現代時間の流れの速い時代だ。

走るのをやめたら、あっという間に忘れ去られる。

短いスパン作品を発表し続けなければならない。

アニメオタクは恩知らずだ。

少しでも気に入らないことがあればすぐこき下ろす

クリエイターは毎回綱渡りを強いられる。

一度でも失敗すれば「落ち目」とされる。

一度落ちればあとは落ち上がる一方だ。

失敗すれば、どうなるか?

小説家などの個人責任を負わされ会社追放される。

穢れは祓われ会社は存続する。

才能がなかったか逆恨み放火した?

結局、どんなルートを迂回しても終着点は同じだったのかもしれない。

アニメ業界構造自体憎悪を生むのではないか

2019-07-16

anond:20190716040507

一休「ではまず子供に『おちんぽ丸』と名付けた親を連れてきてください」

2019-07-12

anond:20190712081825

妻子持ちって全てを投げ出して一休みするのが許されないから大変だよね

結婚、後悔してない?してないといいんだけど

2019-06-23

満員電車でお年寄りに席を譲らないことにした

先日、仕事帰りで満員の山手線にお年寄りが乗ってきて座ってる私の前に来た。

荷物も多く、大変そうだった。

だが私はその人を見て見ぬふりをしたし、今後同様のことがあっても席を譲らないことにしようと決めた。

そして何か言われたら

タクシー使ったらどうですか。」と言おうと思う。

年寄りに必ず金があるとは思っていないが、日本不景気理由の一つに

年寄り大企業が金を使わないからというのがあると思っている。

からケチらないでタクシーを使うなり、喫茶店一休みして混雑を避けるなどすればよいのだ。

とりあえず、お金を使えということだ。

ミクロ視点では大いに間違っているし、暴論であることは分かっている。

なので誰かこのちっぽけで独りよがりな暴論を論破して欲しい。

2019-06-15

有給が取りにくいのは問題

からずっと変わらない考え方で、休まず通うべきというのがある。

皆勤賞に代表されるように、1日も休まず通い続けられるのを美徳とする所がある。

かにそれ自体やろうとすると意外と難しい事なんだけど、そのせいで休みってとても取りにくいものになってしまってる。

そもそも学校には休まず通うべきというとこから始まってるのだ。

一日休んだだけで取り残されてるような気分になったのをよく覚えてる。

そしてそれを過ぎるともはや取り返しがつかないかの如く学校に行きたくなくなる。

まあ義務教育課程では自発的に休むのはなかなか難しいだろうけど、何故か大学になった途端みんな自由になり過ぎて単位を平気で落とすようになったりもするのは不思議だ。

さら不思議なのは社会人になるとみんな全然休まなくなる。

どうしても休みたい人は仮病を使って「申し訳ない…」とか言いながら休む。

もっと気楽に有給を使うべきなのだ

最初半年から一年消化しなければあとは有給で月一休みの予定を入れるくらい楽勝になる。

考えてみるべきだ。毎月一回は三日間休める日が出来る事を。週一しか休みが取れないなら2日休める日を設ける。

これはとてつもない可能性を持っている。3日休みがあればめちゃくちゃ色んな事ができる。

たまにためこんだ有給連休にぶつけて長い休み数珠つなぎにする人もいるが、そういうのはかなり計画的に進めないといけないのでイベント感が強すぎる。

そうではなくてあくま日常的な有給消化だ。

誰もが来月の三連休はいつにしよう、という考え方を持ってもいいはずだ。

特に予定もないしテンポも悪いか有給はなんかあったときのために取っておく。

この考え方が多いとは思うが、結果使わずに捨てられてる有給が多すぎるはずだ。

数日分は残しておくにしても、もっと気楽に「有給消化でこの日休みます」と言っていいのだ。仮病とか必要ない。

anond:20190615180315

一休に限らず、禅やってるひとはみんな頭がおかしいから。

一休ってアスペじゃん

このはしわたるべからずでわたるとか

2019-06-05

anond:20190604223140

君は「どう思われたい」というのが強すぎる。

どう思われたいというのは、順調にいってる時は、自分を奮い立たせるガソリンになるが、順調に行ってない時は無駄自分を苦しめる要因。仏教で慢の感情という。

更に苦しんでいる状態では疲労が強い。疲労が強いと自分自身の行動を変えれない。

まず、休め。そして、どう思われたいという感情を消して、どう思われてもいいと一度思い直すんだ。

その上でできることを積み重ねていったらいい。

所詮人生なんて起きて稼いで食って寝て、後は死ぬのを待つばかり(一休)だぞ。どう思われるかなんて些細な問題だ。

なお、猛烈にどう思われたいと思い、廻りに迷惑をかけまくったが落ち着いた僧侶がいてな。そいつらの本も役に立つだろう。小池龍之介草薙龍瞬だ。

学歴で言えばこいつらも文系の超高学歴だぞ。

2019-05-06

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


【6・了】2019 春、韓国、釜山・光州  6日目|ありがとう/カムサハムニダ へ >>

[]【2】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506090011




2일



2日目

クルクルパーマと韓国女子


旅行初日はいつも眠れない。

疲れて深夜のチェックインになってもいつも通り眠りは浅かった。

チェックインしたばかりの釜山東横INN2だが、10:00にはチェックアウト予定。

初日釜山には1泊だけして、西部バスターミナルから、光州に向かうことになっていた。


近代化している韓国からなんとかなるだろう」と、ちょっと緊張感が薄いまま成田を発ったが、初日の予定外でやはり外国である事を思い出した。

今日はまず昨日手に入れることができなかったT-moneyカードを入手しないといけないし、西部バスターミナルに向かう前に、西面の両替所で両替しなくてはいけない。

ついでに西面でうどん風混ぜ麺、カルグクスで昼食をとろうと思ったが、予定通りに食事が取れるとも限らないので、いつもはスルーしがちなホテルの朝食をしっかりいただくことにした。

どこでも一緒の東横INNの朝食でもキムチがあるあたり、やはりここは韓国だ。


チェックアウトして釜山駅へ。

近代化している韓国」ではあるんのだが、朝9:30の釜山駅前には路上にゴザを引いて人参ナムルを売っているクルクルパーマのオバちゃんがいる。

昨日は気づかなかったが大気汚染もまあまあだし、そこかしこ工事中で、全体的な印象としては1980年代後半から90年代前半の日本という感じがした。

ネット環境K-popなど、一部は日本より先をいっている部分もあるものの、90年までは軍事政権だった国でもある。

社会経済もまだ発展の途上にあるんだろう。

絶賛工事中釜山駅のコンビニに入って、クルクルパーマのオバちゃんに声をかけると、昨日とは違いあっさりt-moneyカードを購入できた。

これで移動が便利になって一安心だ。

コンビニを出ると、迷彩服青年が歩いていた。

うそう、韓国名目上は今も戦争なのだった。


釜山駅で一休みした後、レートが良いと評判の西面、ナヨン両替所へ。

地下鉄は昨日のような匂いはしなかった。

路線時間帯によるのかもしれない。

西面で降り、繁華街路地裏にある両替所に向かうと、行列の奥ではクルクルパーマのオバちゃん作業服っぽいなりのオジちゃんの老夫婦が古びた紙幣カウンターと缶々を前に次々と客を捌いている。

路地裏の20㎡ないんじゃないかという店の夫婦2人が近代的な大銀行の向こうを張って大行列を作っている様はなかなか格好いい。


両替も済んだので、モウモウと湯気を上げている混ぜ麺の店、「キジャンソン カルグクス」で昼食。

カルグクスは刀削麺的な汁そばで、青菜ニンニクゴマトッピングされた麺が赤いスープに浮いている。

見た目ほど辛くはなく、塩味も薄め。

味の強い印象のある韓国料理も多くは辛味や酸味で、塩味は強くない。

良く韓国人が日本料理を「しょっぱい」というが、あれは多分本音だ。

韓国人がという問題ではなく、日本料理はアジア圏ではやはりかなりしょっぱい。

昼時ともあって客は引きを切らず、赤い麺は次々とサーブされ、店内では老若男女が麺をかっ込んでいた。


腹も満たされたので店内を出て西面の路地を歩くと、路地にはおでん屋台が軒を連ね、おでんを煮るクルクルパーマのオバちゃんの前で、お姉さんがおでんを食っていた。

屋台で出されたもの屋台の前ですぐ立ち食いする」という光景は其処彼処で見られ、それが小綺麗なお姉さんだったり、中高生だったりするのは面白い光景

社会を平すと1980-90年代あたりの日本」という印象はここでも感じるところで、「日本から見る韓国って、なんかある意味、変に期待値が高すぎるんじゃないかなぁ」と思った。


西面駅から地下鉄に乗って沙上駅で降り、最寄りの釜山西部バスターミナルで光州行きのチケットを買い求める。

メモを見せて買い求めると、指示されたバスの出発は10分後だった。

異国の地だというのに時間の余裕がなくて焦るが、なんとか乗車。

バスは直ぐに発進した。


窓の外に連なる緑の山々を見ながら、度々遭遇するオバちゃんクルクルパーマや韓国女子ファッションについて考える。

若い子たちは男も女も洗練はされているのだが、どうもテイストが一緒で、オバちゃんの高いクルクルパーマ率にしても、どうも社会の均質性が高いように感じられる。

よく聞くのは熾烈な受験戦争や、男がひたすらに目指し、自慢するという高スペック

この社会で、勝てる奴やハマれる奴は過ごしやすいのだろうが、そうでない奴にとって、韓国社会はキツそうだなぁ。



光州へ


3時間の乗車の後、バスは光州 バスターミナル U・SQUAREに到着した。

熱気と緊張感あふれる釜山と違って、降りた瞬間になんとなくユッタリとしたムードを感じる。

韓国第4の都市とは言っても、街の様子も釜山とはまあまあ差があるようで、バスターミナル最寄りの農城駅からホテルのある尚武駅まで地下鉄で向かうと、地下鉄も空いていて、街行く人もまばらなノンビリした地方都市という感じだ。

すれ違う人のファッションも違いがあり、釜山よりはリラックスしていて、素朴だが小綺麗なナリをしている。

自分のしたい格好を勝手にしているという意味ではこっちの方がオシャレなんじゃないかなぁ」と感じる。

そしておそらくは、だが、光州、全羅南道の人は、きっと釜山と血の意味で、人種ちょっと違う。

ことなく顔がより日本人に近かった。

かつて日本にやってきた渡来人は、この地方朝鮮人だという話を聞いたことがある。

日本ではあまり有名とは言えないこの地は、実際はより日本に近縁なのかもしれない。


ラブホと見まごうばかりにオシャレなデザイナーズホテル hotel stay 53にチェックイン

部屋もベッドも広くて清潔で、「この値段でいいのか」と思うほどリーズナブルだったが、オシャレすぎてアメニティがみつからなかったので、最寄りのロッテマートで買い出しに行き、ついでに市内散策


地下鉄で数駅移動して見て気づいたのだが、光州は夜が早く、大方の店は22:00には閉まってしまう。

夕食にあてにしていた店もラストオーダーに間に合いそうもなかった。

予定を変更し、バスターミナルのあった農城駅に引き返して徒歩15分ほどの場所にあるらしい24時間営業食べ放題の店に向かう。


地図を頼りに歩くが、沿道の小規模な店舗は尽く閉店しており、ほとんど人とすれ違わない。

「本当にここであってるのかな」と思った矢先に、ガソリンスタンド脇にその店があった。

オロジベッパンマン(ひたすら白飯のみ)」

どうも殆どタクシーちゃん地元の人しか来ないような店らしい。

席に座ると、自動的にオバちゃんご飯スープとデジカルビを持ってきてくれる。

あとは中央にあるお惣菜を自ら盛って食うシステム

何をいくら食べてもお値段一緒、6000ウォン

ビュッフェといういうにも素朴すぎるスタイルだし、店内もオッさんとオバちゃんしかいない学食といった雰囲気だが、食の都、光州の惣菜はどれも美味しく、食べ放題白飯が進んだ。

初めて訪れた街の夕食としては上出来だろう、会計を済ませて、レジのオジさんに覚えたての韓国語で感想を伝えた。

「マシッソッダ(美味しかった)」


【3】2019 春、韓国、釜山・光州  3日目|5月、1980 - 2019 へ >>

2019-04-03

わたしはこうしてアカデミアに潜り込んだ

学部

専門科目にまったくついていけずぼっちで息をするように一留一休

院試勉強は手につかず、ほぼノー対策で入れる大学院に移る。

博士前期

研究活動というものに適正と活路を見出す(なんとか効果)。

就活からの逃避を主目的として、実験にいそしむ。

博士後期

己の無知・無力さを自覚し始め、もれなくウツる。

就活なるものをしてみるが、当然のように無い内定

インパクトファクターなにそれ的な専門誌で博士号を取得。

ポスドク

賃金をいただいておきながらまともに働けず、ガチウツる。

回復期の途上でコネ採用の話が舞い込み快諾するも、プレッシャーウツる。

助教

どん底で辞める気だったがなんとか踏みとどまり、少しずつ自我をとりもどす。

科研費はとれたが、新しい仕事論文をだす目処が立たない。

雑感

末端の大学は、教員学生も深刻な人材不足です。

沈む船にしがみつく勇気があり、雑務もなんなくこなす気概があるなら狙い目かもしれません。

40くらいでブルーカラーに転身することも視野に入れています

2019-03-23

anond:20190323195542

一休さんって知ってるかい

昔、京都で粋に暴れまわったっていうぜ。

今も世のなか荒れ放題。

一休みしてると後ろからバッサリだ。

とんちとんちも、とんちとんちも!

一休宗純

一休さんって知ってるか。

大昔有名だった坊さんで、アニメ化とかもされてる。

あれで「一休一休み」っていうセリフがあるんだけど、

よく考えたら、アレって抜いたあとの賢者タイムの事を

指し示してるんじゃないかって思うんだよ。

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