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はてなキーワード: 原子力発電とは

2021-05-29

anond:20210529203814

火力発電が許せないからって、原子力発電を認める血迷いごとを言ってなかった?

火力も駄目だけど人類にとって原発が一番駄目だろうに。

2021-05-14

今更だけど世界は元々

毎日何千人も感染者が出ることも、

常にマスクをしていることも、

飲み会が無くなったのも、

一年もすると当たり前になってきた。

元々、

外を歩けば当たれば即死する鉄の塊が行き交い年間数千人が死ぬ事も、

誰かが飛び込んでダイヤが乱れても顔色一つ変えずに肉の塊が清掃されるのを待つ事も、

中東で罪の無い人々の家に砲弾が落ちる事も、

毎日おびただしい数の動物人間の都合で生かして殺して大量消費して大量廃棄する事も、

放射能汚染されて二度と人間が住む事が出来ない地域がすぐそこにあるのに原子力発電が無ければ賄えない電気毎日消費し続ける事も、

女性の裸が検索するだけで大量に出てくる事も本人が願っても二度と消せない事も、

単位税金中抜き業者が何度も何度も何度も何度も巻き上げていく事も、

きっといつのまにか当たり前になった。

そうだ、世界は元々

2021-05-09

anond:20210509103019

原子力発電比率が大きかった頃は夜間に電力が余っていたけど、今はほどんど火力だから(発電量をコントロールできるから)蓄電の必要なんてないんだよね。

今じゃ、揚水発電設備の利用率は10%以下だぞ。

2021-05-06

anond:20210506142856

資本主義福島原発の非常発電装置屋上に設置するのを阻み、放射能漏れパニック日本汚染島に変えたんだよ

ソ連チェルノブイリ原子力発電事故の後に急速に転落したように、日本福島大爆発の映像世界同時ライブ中継で信用を失った

2021-03-29

anond:20210329125405

同じようなものかもしれんが米国原子力発電運転協会(INPO)も原子力業界人の間で大真面目にインポ発音されている。

原子力規制委員会の審査会合YouTubeで公開されているが、電力会社のお偉方や高級官僚ががいい歳してインポインポと言い合っているのはなかなか趣のある風景だ。

2021-03-10

anond:20210310165540

グレタさん本人は世界の持続可能性をしっかり考えており、まともすぎるほどまともなんだけどね。

化石燃料に頼る電力社会はやがて環境負荷無視できなくなり、破綻を迎える。

グレタさんの言うように、例えば原子力発電など、脱炭素エネルギーとなる代替手段を本格的に検討すべき時期にさしかかっているんじゃないか

2021-02-28

かつや渋谷道玄坂店の座席に関するレビュー(1件)

増田増田がもう5年前ぐらいにメモしておいて後で図を追加してブログ投稿しよーっとと思っていた記事です。

結局めんどくさくなって図を書かないまま寝かしていたんですが、さっき見たらなんか世に出して供養してあげたくなったので増田に。

内容ですが"コショカー"と勝手定義した1人での外食(個食)を好む人向けのガイドというコンセプトの文章です。いきなり"コショカー"が出てくるので驚かないでください。

まるで、図があるかのような口ぶりですが、書くのはやはりめんどくさいのでぼやっとしたイメージを浮かべていただけると助かります

それでは、かつや渋谷道玄坂店の座席に関するレビューをご覧ください。

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この店では2階に回されるとコショカーは辛い。

2階には2種の席があり1つはコの字型のカウンター

1辺に3席ずつ計9席の構成となっているがほぼ全席がDead Chairなのである

まず2つの角に位置する4席。角席to角席が近い、すっごく近い。

隣りに座るのが橋本環奈ちゃんならまだいいだけど十中十十一(じっちゅうじゅうじゅういち)は知らないおじさんが座る訳ですからもう角席だけは避けたい!

というか橋本環奈ちゃんでもこんなに近くに居られたらなんか辛くなるのでやめて欲しいレベル

そしてその上に定食なんか頼んだ日にはお盆お盆ごっつんこでもうどうしていいかからない。

から出た方は体の正面からお盆がズレざるを得ないので体のバランスが崩れる!体幹が狂う!

やだ!あたしピラティス先生に怒られちゃう




そして次にコの字の上辺、下辺に位置する4席。特に端の2席は辛い。

なぜかというと単純に道が狭い。手前の座席に人がいるとぶつからざるを得ないレベルの狭さなので、

まずはここしか席が空いていない場合には座るまでに1度きまずい思いをしなければいけない。

そして食べ終わって出るときになると決まって隣の席が一般的なサイジングよりアップサイジングされた

スーパーサイジンガー人の方に変わっているものからもう出れない。

ただサイジンガー人のかたは10倍界王食が使えるので出入りが早い。

食べ終わって出るのを待って一緒に出ようとするのだが、あまりにすぐ出るのもあからさまに

てめぇがボトルネックで出れませんでした、むしろボトルネックというよりギッチギチのコルク

出る隙間がございませんでした、と言わんばかりの行動になってしまうので、ちょっとだけ時間を空けてから席を立とうと思っていると、

すぐに橋本真也ちゃんが隣に座ってくるのでもう私はかつやに住むしかないのではと思ってしまう。さすがに出るけど。




残るは各辺の真ん中の3席、上辺下辺の2席は前述の通り、隅の方の出入りのボトルネックになってしまうので、

隅や角よりはまだ良いが食事中に後ろの出入りを気にしなくてはいけないのがちょっと悲しい。

となるとalive chairはど真ん中1席だけとなる訳であるしかしこのど真ん中であっても辛さを味わう可能性がある。

それが次のファクター(フィクサーと同じイントネーションで)だ。




このカウンター席のアイテム、何より配置が悪い、悪すぎる。最悪を追求したのではと思うほどの悪さ。

メニューと箸、がこの配置である

これらのアイテムから遠い席に座ったら最後食事している人の前に手を伸ばしてメニューや箸を取らなくてはいけないのである

そしてお茶セルフなのは構わない。構わないんだけどポット2個って!2個ポットって!(倒置法)

こんな状態になってたらもう物理的に取れない!ダルシムがブロッケン

もしくは原子力発電パンチでおなじみの原子力(はらこつとむ)なら取れるかもしれないけど常人にはムリ!

でも、でも基本的にはみんな気を遣いあってお茶を入れたら比較的みんなが取りやすいところに置くんですよ、

2個なので片辺ずつこのあたりに。




そう、おわかりだろうか。これが唯一のalive chairの弱点。弁慶の泣き所。安室奈美恵ポンキッキーズである

ポットが2個故、みんなが取りやす位置にポットを置こうとすると真ん中の席からは非常に取りにくくなるのである

しかし、しかし恐らくこれが最適解。どう配置しても取りにくい人間は出てくるのでそれならば、

席的な不利が無い真ん中の席にこれぐらいの不利は負って欲しいのである。もしくはポットを3つ置いて欲しいナリ。



そしてもう一種の席がテーブルである基本的にコの字カウンターが空いていると通されるのだが、

有無を言わさずコショカーはコショカーと相席にされてしまうのである地獄確定である

そりゃもちろん聞かれる「相席になりますがよろしいでしょうか?」と。でも断れるか!!

2階まで上がってきたんだよ!安価にカツが食いたくて上り詰めたんだよ、このかつや渋谷道玄坂店の頂点にな!

今更、どの面下げて相席嫌です。帰ります。なんて言えるんだよ。相席で食べるよ!

でもさ、私は知らない男と面と向かってカツが食べたい訳じゃないんだよ。面と向かなくたってさ、下向いてたってさ、

相手のカツとご飯が減っていく様子は視界に入るんですよ。そして相手の視界にも私のカツとご飯は入っているんですよ。


君の瞳に私の瞳ではなくて私のカツが映るだなんて、さっきまでは思ってみなかったのに。

( 君のカツに恋してる / Dreams come true('85) )




と散々書きましたが。揚げたてのカツがサッと食べられるかつやは最高!

店員さんもテキパキ動いてて気持ちが良い。お昼時の2階を1人で回してるとかほんとにすごいです。

その様子を見ているからこそ、見ているからこそお茶ポットが空でもお茶くださいとは言えない!

もうポットの位置取りとか関係なくお茶飲めないけど仕方が無い!

それも含めてのかつや、おいしいですが2階に通されるとコショカーにとっては思わぬ痛手を負うかもしれません。

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-08

「〇〇には怒るけど✕✕には怒らないのは矛盾論法やめろ

「森には怒るけど拉致問題には怒らないみなさん」とか

女性の権利獲得にはうるさいけど男の自殺率には無頓着な女さん」とか

お前は小学校社会の授業で「家庭ごみを少なくするにはどうするか考えよう」とか話し合ってるときに「家庭ごみには話し合うけど原子力発電放射性廃棄物には目を向けない皆さん」とか言ってたのか?

Aについて話し合ってるときに話すのはAなんだよ! BとかCとか今はいーの! Aについて話してんの!

2021-02-01

anond:20210201221430

原子力発電事故の原因って結局何だったん

ここ数年で話題になってる金属の強度偽装とは関係ある?

2020-12-30

というかな

ともだちが庭で原子力発電つくっちゃった

びっくりだよね

っていうやつにも俺は友達であまりちかづきたいとは

思わないぞ

とりあえず その話は黙っとけ

 

ふつう友達が庭で原子力発電しない

2020-12-28

エコ活動のやりすぎで火力原子力発電できなくなり電力が足りなくなっても自然な姿で生活すればいいとかいって

時機械につながれて生命維持してる患者がたくさんいるのはどうすんのよ

救命医療の発達で医療ケア児も増加しており原子力発電火力発電による安定的な電力供給こそが多様性尊重社会一里塚となる

2020-12-27

すべての車、交通運輸機関電気駆動にしたところで環境破壊の度合いってかわらないだろ

だってプラスチック使うじゃん。

プラスチックって石油からできてるじゃん。

プラスチックの素を石油から生成して、じゃあ残りの石油成分はどうするの?

船も飛行機も車も電気にしたから、余るよね。捨てるの?核廃棄物のように?本末転倒じゃね?

っていうか、そもそも電気どうするの?環境のために発言する人隊は、原子力発電も許せないんだろ?

じゃあ、火力発電を増やすってことになるけど、石油やすんだから意味ないじゃん。

しかも24時間ずっと燃やし続けるんだよ。

工場だったり病院だったり飛行場のような国際的交通機関は夜中の3時でも止められないからさ。

まぁ、ピーク時に比べて確かに使う量少ないけど、発電所ってでかいからゲームのように数秒で出力調整できないじゃん。

からピーク時と変わらない量の石油を燃やして稼働を続ける。環境破壊じゃん。

もともと電気自動車を普及させる考えって

事故原子力発電がずーっと発電する前提だったから、

それが使えない今、いくら推進したところで環境は良くならないよ。

東京は本当にEV進めていくつもりなら、福島原発再稼働させないといけないよ?

2020-12-13

実家の裏山が切り崩されてソーラーパネルが設置されることになった

その一報を父から聞いて胸中に去来したのは、幼き日の思い出ではなく、むしろ長じてから度々意識した故郷の衰退のイメージだった。

元より地場産業として誇れるものが取り立ててあったわけではない地元は、緩やかだが確実な経済的衰退と人口減少の影響を受け、公共施設老朽化や各種インフラ経年劣化という形で自治体としてのほうれい線を隠す術を失っていった。

それでも、いや、それゆえに明確な転換点などなく、ただゆっくりとした老化から鈍感なふりをし続けた首長自治体、そして何より住民が半ば共犯のように地元の腐敗と死滅とを看過していった。

からこそ、いまさら太陽光発電などで延命を図ろうとする醜さにほとほと嫌気が差した、その実感があった。

それでも友人の結婚式に出席するために数年ぶりに帰省してみると、どうも聞いていた状況と乖離があったために改めて確認を取ったところ、どうやらこの度設置が決まったのはソーラーパネルではなく、例の宇宙太陽光発電の受電設備ということらしかった。

年齢を重ねたが故に知識と語彙の更新をやめた父をいまさら責める気も起きず、数か月前にニュースサイトで多少話題になっていたトピックに思いを馳せることで2次会の無聊を慰めていた。

令和4n-21年に決定された第n次エネルギー基本計画では、ついに原子力発電の占める発電電力量の占める割合が0%になった。

平成震災とそれに連なる事故以降窮地に立たされていた原子力産業はついに時勢に降参し、明るい未来エネルギーから歴史教科書上の記述となることを選んだ、という建前を本気にしている奴は少々イデオロギーに傾倒しすぎているきらいがある。

現実は、国内ソーラーパネルメーカーの開発した、そこまで安価とは言えないまでもそこそこ効率改善の図られた新型パネル推したい産業界が、細々と開発を続けていた国産ロケットペイロードの使い途を探していた経産文科省に仮託した、おままごとのような科学技術国威発揚煽りを受けた全廃、と言ったところだ。

どこまで行っても消極的な退場に、却って日本という国を感じざるを得ず、左派メディアのこじんまりとした勝利宣言にわざわざ難癖を付ける余力もなかったと見え、平成後期から令和初頭に掛けてあれほど紙面を賑わした役者とは思えぬほど粛々としたレームダック期を享受していた。

実際、人々とメディアの関心は、中国による、気前の良い提供と、経済協力を人質に取った押し付け中間の様な形で供与された受精遺伝子改変技術をどれだけ受け入れるかという議論にあった。

(科学技術という側面において現代日本中国に対して如何にサブジェクト・トゥしているか、という話だ。宇宙太陽光発電所はさながらパクス・シニカに立ち向かうドン・キホーテのようだ、と明に暗に揶揄された。)

米原子力協定の次回更新がないことは誰の目に見ても明らかであり、山のように余っているMOX燃料の行き先はIAEAも知らないようだった。

そんなことだから中間貯蔵施設という名目の、事実上最終処分場たる六ヶ所にすべてを押し付け政府行政と大多数の国民NIMBY精神遺憾なく発揮することで各々の精神の安寧を獲得していった。

とにかく、ことの主犯たる国産宇宙太陽光発電所は「ひかり」という、加齢臭むせ返る横文字候補からはなんとか逃げ果せた通称を拝命し、20GWもの大電力を供給し始め、東京万博会場の灯りが一斉に点った日をもってひとまずのプロジェクト成功と見る向きもあった。

(日本による宇宙開発の数少ない世界成功に肖って「はやぶさ」なんてネーミングを推す動きもあったが、流石にこの国にも一抹ながら恥の概念は残っていたらしい。また、「まりし」などという旧動燃残留思念、いや怨念が具現化したかのような案も提出されていたもと聞くが、真偽の程は定かではない。)

実際、こんな大規模プロジェクトを実行する能力エネルギーをこの国がいまだに持っていたことに驚いた。

ただ、ひかりから降り注ぐ高密度マイクロ波分散して受電する設備、すなわち受電所の立地が不足していると言う問題は依然として解決の目を見ていなかった。

安全よりも安心を求める国民性に変わりはなく(「焼き鳥デモ」の映像を見たときは流石に乾いた笑いしか出なかった)、電源交付金雀の涙と来れば宜なるかな積極的に手を挙げるごく少数の自治体は奇異の目で見られた。

とはいえ、大流量の循環水系のために沿岸部であることが求められる汽力発電でもなく、大規模な河川と高低差が求められる水力発電でもなく、只広い土地さえあれば良いというだけの必要十分条件は今まで大規模電源立地となることなど考えもしなかった自治体の目には福音として映ったらしく、それらの首長は新たな時代権益ホルダーとなることを選んでいった。

反対に、新規基準適合審査の遅々とした進展と繰り返される住民訴訟、そして最終的な結論としての廃炉の影響をもろに受けた原子力立地の反応はさっぱりであり、政治の影響をもろに受ける歳入に頭を悩ませられるエネルギー立地はもう懲り懲りと言った風情で、役人の誘いをアイリスアウトの向こう側に押しやっていた。

結局、ひかり設計容量のすべてを受電するに必要な30GW分の受電所を運開当初から用意することを諦め、漸次募集という名の先送りを決定した政府は経産文科省を矢面に立たせることを選び、自らは飄々としていたというのだから大したものだ。

結局、運開から5年が経過した段階でもひかりの擁する200k㎡に及ぶパネル3分の1は折り畳まれたままであり、白衣十人黒衣五人などと不必要比喩披露した大臣メディアの総バッシングを浴びる権利を恣にしていた。

そうした、古式ゆかしい伝統的な時勢の中で、2次立地募集に手を挙げた自治体の内の1つが、我が郷里だったのである

「親父が色々動き回ってたみたいなんだけど、さ。正直言うと、あんま関わりたくないなってのがあって」

私の友人であり本日の助演男優、またの名を新郎が、半分ほど空けたアサヒビールのジョッキをテーブルに慎重に据えながら、疲労を隠さぬ赤ら顔で言う。

彼の父親町議を務めており、「太郎」というシンプルすぎる名前出馬を見越して付けた名前だと言っていた。

(国政選挙に出るわけでもないのにな、とは彼の自嘲だ。)

その親父さんはどうやらこの度の誘致に際し懸命に旗を振っていたという。

しかし、僅かばかりとは言え受け取る交付金と、"多少の"造成による環境破壊と、電源立地になるという誇り(この価値観だけは共有が出来なさそうだ)と、それら3つをとりまく可愛らしい権力闘争の予感に、父親の説得と説教とに玉虫色の回答を重ねることでのらりくらりと回答の明言を避けてきたのだという。

彼のこの手の身のこなしは素直に凄いと思うし、そうした人付き合いに嫌気が差していた、というのは私の上京に係る動機の半分を占める。

「でもお前、今更そんなこと訊いてくるだなんて、本当にここの人間じゃなくなっちまったんだな」

この地でこの話題が取り沙汰され始めたのは軽く2年以上は前だという。

誘致か否かで侃侃諤諤の論争があり、どこに建てるかでまた侃々諤々の論争があり、さら用地買収に係るあれやこれやのトラブルがあり、それでも最終決定がなされたのがひと月前というのだから、どれほど地元の世情に疎くなっているかを実感させられる。

あるいは、上京して好き放題やっている(ように見える)私に対する軽蔑嫉妬の念が多少なりとも混じっていたのかも知れない。

なるほど、確かに私には家庭もなく、親族との濃密な付き合いもなく、仕事周りの土地付き合いもなく、自由気ままにやっていると言われても反論する材料がないことに気づく。

であるなら、こんな日くらい友人の愚痴と誹りを受ける義務も果たすべきだろう。

そう思って、コークハイを傍らに、言葉少なに彼の言葉に相槌を打つことに決める。

まったく、本当に大変な役回りだと思う。

返す返す、自分には出来る気がしない。

翌朝、久々に実家の自室で目を覚ますと(物置と化していなかったことに驚いた、こうした面に関する母の義理堅さには感謝しても仕切れない)、やはり気になっていた裏山に足を伸ばした。

アルコールが多少残ってはいたが、丁度良い運動だと体に言い聞かせて路を辿っていく。

子供の時から変わらない、というのはフィクションの中にだけ許される情景で、長らく人の手が入っていないことを伺わせる荒れ様には流石に心のどこかが痛んだ。

…いや、いや。

地元を出て戻らぬお前に心を痛める権利などあるのか?

よそ者同然と化したお前が捨て犬に見せるような仏心を発揮して碌なことになるのか?

もはや何も言う権利などないことに遅ればせながら気付き、せめて在りし日の遊び場の記憶が損なわれぬよう、路の途中で踵を返した。

もう2度と見れぬであろう山の景色を視界から追いやり、そういえば客先から急ぎの問い合わせを受けていたな、などと頭からも追いやり、足早に帰路に就いた。

帰路。

実家への帰路か、東京への帰路か、自問せずとも回答は明白だった。

思い出深き裏山は、もはや私の裏庭ではない。

2020-12-03

anond:20201203152916

世界に先立つ原子力発電技術をもってすれば

前回のように資源不足で負けることはない。



者ども刀を取れ!戦の準備じゃ!

八紘一宇大東亜共栄圏を築くのぢゃ!

2020-11-29

電気自動車よりガソリン車のほうがエコである

少なくとも今の日本では。以下、計算してみた結果。

今の日本の発電量のうち、火力発電によるものが6割ある。一見4割ほどエコであるように見えるが、そうではない。

まず、発電所から車の充電池電気が行くまでに少なくとも10%の伝送ロスが発生する。

次に、今の日本では発電した電力のうち実際に使われているのは7割くらいだ。3割のロスがあるが、これは発電所にはため込めないためそのままロスになる。

そして車に毎日乗るわけではない人が大多数だ。充電したら1週間放置と言うこともよくあるだろう。その1週間で5~10%ほど電力が飛んでいく。

計算すると、今の日本ではガソリン車の方がエコなのだ電気自動車の方がエコということにするならば、火力発電割合を減らして原子力発電を増やすしかない。

2020-11-21

最小で最大の効率

ってのが原子力発電意図だったはず、

なのに、

今の体たらくはなんなんだよ?

・・・その辺にある、ごく微量の元素で、実用に足る発電できなきゃウソだろ?

そもそも、お湯わかすだけのために、なんであん危険物質を、あんな大規模な施設運用せないかんのだ?)

2020-09-24

anond:20200924084917

老人どころか、普通に翌日からデメリットを受けるわけだが

メリットだけを強調して

デメリットを黙っている

政治

メリットだけを聞いて

投票するやつが過半数を超えたとき

くにはますますメリットを強調するだろうな?

原子力発電クリーンな夢のエネルギー安全です。君の家の隣に立ててもいいよね

2020-08-09

30年後に隕石人類が滅亡するってなったら

どう生きようかな

仕事するのはアホくさい気がするが、辞めて生きていけるほど短くはない

社会がムチャクチャになる気もするし案外正常性バイアスで大した騒ぎにならない気もする

30年後に死なせるなんて…つって子供を作るのを迷う人が増えそうだけど、それを言うなら今みたいに60年間働かせることのほうがよっぽど申し訳ないし、出生率は意外と大して変わらんかな

環境問題が実質解決みたいになるのはウケるな 原子力発電もやり放題、化石燃料も燃やし放題!なんなら貴重生物絶滅させ放題かもしれない まあでもそこまで吹っ切れるのはあと5年とかの地点かしら

遠いけど確実に生きてるうちに来るくらいの距離感の滅亡を描いた作品読みてえよ

2020-07-25

原子力発電は今の半額で出来る

間抜け規制を無くせば。

グレーデッドアプローチ、の意味をもう一回、よーく考えろ。

2020-07-20

anond:20200720070633

じゃぁ、逆に 肺がんで それもいる

そっちは葬式はいかないれべるだったが。

そうきいている。

しょうがない。そういうこともある。どちらがいいかは、本人が決めること

ただ、煙のせいで 私にも被害が それはしょうがない。

周囲ではすわないようにしよう。

大気汚染・・・いやそれは火力発電原子力発電も使えなくなる。程度問題

ただ、小型の電子タバコとかきんえんぱいぽでむせられても それは難しい

anond:20200720065204

改善?なにが善?

大気汚染?そうするとスプレー一つ使えない。

火力発電、そういえば、原子力場合によっては使えない。そうすると電気をつかうものがすべてつかえない。

火力と原子力発電使うなんてあのひと大気汚染してるわ

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