はてなキーワード: ベランダとは
メゾンときわ台に住んでいる字下げについて、最近、どのようにみせるかということで、裏の匿名者が動いている形跡があるわけであるけれども、簡単にばれるし、ばれてもやっているので、
ほとんどはあるようにみせられないので、3階に住んでいるままが燃やしていて、 寝ているときは、202号室に住んでいるセナさんが燃やしている。
燃やしていることに関しては、ユナイテッド不動産の金光も関係している。 この辺はあるようにみせようとしていても、日本人しか住んでいないので、行政があるようにみせるという意味でも、
板橋区は、行政があるようにみせるものは特にありません。株式会社の恩恵を受けて暮らしている人ばかりなので、力づくであるようにみせようと思っても、この辺にはほとんどない。
大手町とか霞が関とかにいくと、バクサイの関係者もいないし、どうでもいいことをしているので、裁判官の島田一にしても、突然言ったら、どうしようもない枯れたクソ爺ということもある。
リヴァージュシティの2階には監察課の男が住んでますが私が大声を上げたことでびっくりしてカーテンを開けたのは平成31年ごろだと思いますよ
最近は違う人がそこに浮かび上がっているので、かわいい子が集まって浮かび上がってくる感じ
今夜もカレーは、頻繁にベランダにいるように、志村署の無線車からリモコンで見せている。しかし、戸田の堤防に川岸に行ってみると、遺跡のような感じで人が住んでいる気配はしない
言いたいことがいくつかまとまりとしてあるので箇条書きの形式でまとめる。
・たとえば乙女ゲーにどっぷりだったりZEROSUM読んだりしてるような分かりやすいオタクが週刊女性とかワイドショーとか見てると思うだろうか?
むしろ彼女らは世間に疎いと言われるぐらいにはそういう井戸端会議のネタになるような、市井の地に足のついた、言い換えれば「夢が微塵もない現実的な情報」は積極的に拒絶してる感じするが。ピーターパン症候群も持ってそうだし。
(むしろそういう二次元系のオタクってピーターパン症候群的な童心が残ってることがそれになってしまう必要条件で、レディコミの生々しい内容を好める成熟した大人とは対極の存在に思える)
・琥珀の夢で酔いましょうが電子書籍サイトでレディコミに分類されているのがなんだうと思った。
「メシヌマ」よりはよほど男でも楽しめる余地ある青年マンガっぽい中身に感じるのだが、なにをもってレディコミなのか
(rentaやbookliveではレディースコミックや女性漫画に括られていて、シーモアやめちゃコミでは少女漫画に括られているので、全会一致というわけでもないが)
・フィーヤンはレディコミといわないという主張があって気になったんだが文句なしのレディコミってどんな作品だろうね。グランマの憂鬱とか認知症になった魔法使いみたいな、おばあさんが主人公の作品はほぼレディコミで確定かね。傘寿まりこは少女漫画と出版社側が言ってるが。
・レディコミには「男が容姿に対して可愛いと思うようなキャラが出てこない」というのが最低条件としてあるんだろうか?
たとえば乙女ゲーで例はひと昔古くて申し訳ないが薄桜鬼やうたのプリンスさまにはヒロインが可愛いという理由で男がヒロインだけ目当てでそういう乙女ゲープレイしてる事例はあった。
しかしレディコミだとキャラが可愛くて男のファンがつく、みたいな魅力がキャラにある作品は(ほぼ)皆無じゃなかろうか。
性的嗜好を刺激するような不細工さというのでもなく、ほんとうにただだぱっとしない売れ残りの女おばさんという感じ。
それはレディコミの定義に関する必要条件みたいなものだからだろうか?またこれにはは意図的に男性をファンから排除しようとする目的もあるのだろうか?
(ほぼ、と書いたのは「アラサー独女シマちゃんのベランダレシピ」)はレディコミならが可愛いヒロインだったから」
・レディコミには今流行りの画風からは外れたひと昔以上前の画風の作品が多い気がする(流行りの絵柄と一致しないのは、逆に画風が流行りにはいままでなかった未来に進んでいるからという場合も想定されるが、そういうわけではなさそう)
とするなら、レディコミを読むのは懐漫を読む感覚を、味わいたい、あるいは懐漫の雰囲気で新作の物語を読みたいからという人も多いのだろうか。
・レディコミや、コアブックスの風刺漫画などが「漫画」という主語で言及される資格を持っている違和感。
たとえばカズオイシグロのようなノーベル賞作家の小説を読む人と、フランス書院のエロラノベ(だけを活字主体の媒体としては)読む人がいたとして、
前者は当然「小説を読むのが好き」というだろうが、後者の人が「小説が好き」とは言わないと思う。
形式的な分類では純文学もエロラノベも確かに「小説」なのだが、あまりにも書き手読み手双方が持つ文化の間では隔たりがある。
そして前者やSFでもミステリーでも大部分はそれを読んでいることに対して、「小説が好き」ということには違和感は感じられないが、エロラノベをもっぱら読んでる人が「小説を好き」といっては、単に媒体だけ共通項の文化圏が他の小説好きの文化圏を侵してるかのような感じになる。
だからこの場合は「小説好き」というのは別に他の「小説らしい小説が好きなわけではない」ことからも自己認識に遭わないから、「エロラノベが好き」というより狭い括りでの言及の仕方になるんじゃないかと思う。
同じことはレディコミ等と他の漫画のあいだの関係にも言えそうで、レディコミはジャンプに比べれば「漫画らしい漫画」というところからかなり遠いところにあるものだと思う。
夢を見せる漫画や不条理をみせるにしてもドラマティックな展開があるのが漫画の多数派ななかで、レディコミは読者投稿に基づいたりするから淡々と現実を描写するだけになる。夢も希望もない。
作者がpixivもやっていてその作品が熱心なファンの萌え語りの対象になるような漫画と、作者がインスタやっててネット記事のおまけコーナーで中年主婦のリアルを描いてるような漫画では、それを取り巻く文化圏は全く相反して交差することもないと思う。
前者は漫画の代表(求心力の中心)たりえるが、後者は漫画のコマ割りや吹き出しや感情の記号化という形式だけを倣っただけの内容面では全然別物を描いてるのにその分類に対して間借りしているだけに見える。
まさに、学習漫画や進研ゼミの販促漫画を読むのが好きだった人が「漫画好き」にあてはまるのかなあ?と同じような感じ。それに対する態度も文化も典型的な漫画好きとは全然異なっていると思う。
あるいは「絵」とは形式を抽象すれば「色の違いによって平面に表現する」ことで、この点で油絵の風景画かラノベイラストレーターも絵描きで、作られたものは絵なのだけども
そこで「絵が見るのが好き」というとき、前者と後者を両方同時に内包し得るのかなあと。両者はその供給も需要もひっくるめて生い立ちの時点で全く異なる文化圏にいるもの同士だろう(もちろん美大出の漫画家レーターもいるっちゃいて前者の文化にもなじんでる人もいるだろうがむしろ例外的)。
そういう意味で、レディコミを読んでる人に向けての「漫画好き」と、少女漫画を読む人に向けての「漫画好き」(あえてレディコミを漫画という総称的用語で言及してよいのならだが)は、言葉が同じというだけで実質別物の意味合いと捉えた方が自然じゃなかろうかと。
・大人にとっては「向け」などないようなものなのに、漫画に対して出版社がいちいち手間かけて性別の年齢で分類するのはなぜか考えたが、まさに子供のためなのだろうと思った。
つまり「少女漫画」は子供の女から読めるが、男の子にはわない。「ヤングレディース」は高校生とか大学生じゃないと楽しめない確率が割とあるし、これまた男の子やその高校生大学生は楽しめない。
そして「レディコミ」は大人になってからじゃないと楽しめないが、逆に大人からみれば少年漫画も青年マンガもルポ漫画も楽しめるという具合。
だからこそ大人の視点でみるとこういう分類ってなんの意味があるんだろうと思えてしまうことがあるが、視点を切り替えればいいのだった。
「子供にとって自分に合うものを探すには便利な目安」なのだと思った。ラノベという分類の定義はほんとうにあってないようなものだが。
4/8 追記
ブラジャー外干はありえんって意見が多かったのでググったら確かに危なそうだったんで室内に干したいんですけど、ワコールの店員さんに洗濯機の脱水は使うなって言われてるんですよ。だから自力で絞るしかないんですけど、それじゃヒモとかから水がぼたぼた垂れません?みなさんどうされてるんだろう。
↑コメ欄の方ありがとうございます!バスタオルで挟むのやってみます!
後母親と一緒に買うものだと思ってたってコメント見たけど、「アンタ胸ないのにブラなんていらんでしょ」で終わらす母だったのでそれは仕方ないです。
追記終わり
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産まれてこの方カップ付きキャミソールしか着てこず、ブラジャーを買ったことすらなかった。
ブラをする必要もないぐらいの胸の大きさだし、彼氏も居たことないので買うことすら思いつかなかったけど、ショッピングモールで偶然下着屋の前を通りがかって店員さんと目があったので店に入った。
そうしたらいつのまにか買う流れになって、なんだか暇で刺激が欲しかったのでちょうどいいと買ってみることにした。
赤とかベージュが透けにくくていいと言われたけど、流石に真っ赤は嫌だと思って薄橙色のシンプルなブラジャーを選んだ。
家に帰って改めて手に取り、自分の人生で今まで手に取ってこなかったブラジャーという選択肢が目の前にある事に少しだけ驚く。
服を着る前には洗うからブラジャーもきっとそうだ、と、スマホと睨めっこして洗い方を調べ、桶に水を張り手洗い専用洗剤を溶かして、ブラジャーをそっと持ち上げ沈める。春なのに水はまだ冷たい。
風呂桶と同じオフホワイト色に染まった水の中でブラジャーの紐が揺れる。それを手のひらで押さえるように押し洗いをすると、水の冷たさの中で薄いレースの手触りがした。ちゃぷ、ちゃぷと静かに揺れる水音に、した事もないのに沐浴を思い出す。
好奇心で買っただけの柔らかい布を、洗剤の柑橘系の匂いが漂うまで、丁寧に丁寧に洗う。
そしてハンガーの平らな部分に洗濯バサミを二つつけて、カップの部分をそれぞれはさむ様にして干す。
夏の空ほど透明感のない、紫陽花みたいな色の空が広がっている。
なるほどこれが生活か、と思う。
新生活始めた人たちへ
なかでも1階の部屋を借りている人たちへ
ティーツリーかユーカリの精油で虫除けに使う時よりさらに濃いめのスプレーを作って
それをあらかじめベランダの複数箇所に振りかけておいたり、もし猫が入ってきた時は直接顔や身体にがっつりスプレーしてやるとまじで全然来なくなったから参考にしてね
1回やってまた来たとしても最大2〜3回もかけてやれば流石に覚えるのかそれきり来なくなります
2. 噛まれたら感染して終わるゾンビ世界というより、噛まれまくって死亡したら、死体を操られる系のゾンビ。ゾンビは走る個体もいるし(欠損が激しければもちろん歩けない)、目も見える個体あるし、嗅覚は人と同じ位。
3. ゾンビ世界の建物や地形は、ほぼ今の日本と同じで、今の状態のまま。
4. 自身の身体はそのままなので、言い方によっては転生というより、転移って感じがした
5. 転生先は日本の関東圏で、ある程度の住宅地をもつxxx市って感じの場所に転生。都内まで1時間ぐらいって感じ。直感的に、千葉って感じがした。集落って印象でもあってるかも。
6. なんか支配者的な、王というか族長というか、村長というか、そういう感じの人と出会った。(その人の配下が呼び出した?)
7. 転生時のギフトは、やっぱりチート系能力だった。願ったら何でも叶う能力だった。「こうあれ」って強く思えれば叶うやつ。
1. なんか、その集落?で、女の子二人とであう。容姿は自身が好む見た目で100点。文句の付けようがない。性格も。
3. ここから全国を転々としつつ、逃げならが生活する感じがスタート
4. といっても、関東圏メインだった気がする。ご飯を廃墟や廃ビルから探して、ご飯を食べて、一時的な家を探してそこに住むというのを自分+女の子二人で過ごしていく
(感覚的に、数ヶ月間そんなかんじで過ごしたって思い込んでる。なんか伊香保温泉とかも行った気がする。)
4. 持ち前のチート能力で、善戦をするも、女の子のうち一人が死亡。
5. ゾンビたちに囲まれて逃げ道が無くなり、なぜか近くの旅館に逃げ込むも、ダメになり、千と千尋の神隠しの温泉旅館のベランダ?みたいなところから、女の子を抱っこしながら空を飛ぶ
6. もの凄い速度で飛ぶ、下に深センが見えたが一瞬すぎてどこかいった。なんで行ったことが無いのに、深センって分かったかわからんけど、アレは深センだったと思ってる。着陸前の飛行機からの眺めの3倍ぐらいの速さで飛んでた。
7. 飛んでる中、なぜか、女の子に告白される。(名前は覚えてないけど、金髪ショートで好みな容姿って記憶だけは強い)
8. 自身はフリーズして、海に墜落する。「こうあれ(空を飛べ)」って思いがフリーズして、能力が解除されちゃったらしい。
9. ゾンビの追っ手(空を飛ぶゾンビ...)は海に入れないようで、落ちて息を止めたら追うのを諦めてくれた。
窒息して、苦しい!! ハッ! って起きて朝だったので、ここから先のストーリーはありません。くそーーーー。
普通にテキストにしたら、嫁にも話せないオタクのキモイ夢で笑った。このせいで遅刻したし、アノニマスでしか書けない感じだった。
柔らかな日差しに誘われて、国道沿いのホームセンターにカチコチに乾燥した水苔を買いに園芸趣味者たちが群がる季節。
大小さまざまな植物の即売イベントがいたる場所で開催されて、奇妙な蘭に、雄々しいユーフォルビアに、グルメな食虫植物に、大いなる眠りから目覚めた塊根植物に、それから…なんだかよくわからない多肉植物にも、冬の間に貯めこんだ札束が飛び交う季節。
園芸趣味者のXを見れば氷漬けだった2月の頃が嘘のような狂乱騒ぎが繰り広げられている。
だがタイムラインの百花繚乱をよそに、ザコ園芸趣味者はボサッとしていた。ザコ園芸趣味者だからだ。
起きたらベランダの窓を開け、曇天の続く空をギラリと睨みつけ、空気の匂いを疑わし気に嗅いだあと「まだ寒い」と一言つぶやいて窓から顔を引っ込め、布団に再び潜り込む。
たしかに、背後ではいよいよ植え替えせねばならないアンスリウムが列をなしている。だが!まだ今日はその日ではない。
植え替えは根に負担が掛かる。そこにこの3月の花冷えが悪さをしたら…考えただけでも恐ろしい!春はともあれ、慎重が一番なのだ。
じっさい、ザコ園芸趣味者の「庭」はこのapple社製の数インチのスマホの中にあるといっていい。
立ち並ぶサムネイルは確かに春が到来していることを告げている。
同じころに園芸を始めたはずのあの人はいつの間にかマダガスカルから輸入されたベアルートの発根に取り組んでいるし、別の園芸素人を自称するあのひとは自宅で細胞培養するための無菌培地づくりに悪戦苦闘しているらしい。
多肉植物のために家の隣の空き地を買って温室を建てたり、熱帯植物のために加湿器を鉢の数ほど並べてフル稼働させていたり、YouTubeを始めたり、3Dプリンターでオリジナルの鉢を印刷していたり。
しかしザコ園芸者は焦らない。どうせまだ―何らかの不思議な力によって―私の家まで春は来ていないのだから。
そうは言ってもせっかくの休みなので何か園芸趣味者らしいことをしたい。
そうそう植え替えの準備をしなければ。赤玉土はまだあったはず…あれ、なんでパーライトが二袋もあるんだ?いやこりゃゼオライトじゃないか。鹿沼土は中粒はあるが、小粒が無いな。しまったまた買ってこなくては。
ザコ園芸趣味者は去年の今頃の記憶を掘り返して何を揃えなければならないかリストを作る。自分の頭はどれほど掘り返しても「水はけがよく、水持ちがよい用土」にはなってくれない。
コストコのレシートのように長いリストが出来たら、せっかくだから車で1時間くらいの大型園芸品店まで繰り出そう。
細君が椿を育てたいというから助手席に乗せて、行く途中でスタバによって、春限定のなんか良くわからない甘いやつをドライブスルーで買ってもいい。たいていピンク色をしている。
ところで、園芸趣味者はたいていのものが罹患している病気がある。うどん粉病と、この世のすべてのものが園芸用品に見える病である。
セリアのメッシュのキッチンツールスタンドを見ては「こういう鉢なら根腐れ防止にいいかもしれん」と唸り、アウトドアショップの合わせ焼き網を見ると「間に水苔を挟んだら立派な着生材だ!」と喜び、食器を見ると「味のある素晴らしい器だが…残念なことに底に穴が開いていないな」と心底悔しそうにする。
一切万事がそんな具合だから、ほんものの園芸店に入るとしばらくは感動で身震いが止まらない。
買わなければならない諸々のリストをほっぽり出して店内の隅から隅まで踏破しなければ気が済まない。
ついてきた細君は腕組みの位置がどんどん高くなる、が、あの高さならまだ大丈夫。先週はフランフランで同じように待たされたのだから、気にすることはない。
散々待たせた挙句、買ったのは近所のホームセンターでも買える用土の類ばかりだ。
あきれて無口になってる細君に向ってザコ園芸趣味者は満足げに言う「立派な亀甲竜があったね!うちのほどじゃないけど」
家に帰るとザコ園芸趣味者は買った椿に水をやる細君に講釈を垂れるのを忘れない。
「おやおや水をやるときはちょろっとじゃいけないよ。鉢底から水がしっかりあふれるまでじゃないと。そしてよく乾くまで水をやるのは辛抱すること。今日買ったのは花芽のついた枝差しだから今年は開花するだろうけど来年からは…」
すべての講釈を聞き流した妻が適当に世話をした椿がつぼみを綻ばせるころになっても、ザコ園芸趣味者が丹精込めて世話をするオペルクリカリア・パキプスは休眠からなかなか目覚めてくれない。
厳密に言うと毎朝ではなく気が向いた朝なのだけど。仕事へ向かう恋人に「今日のラッキカラーは赤!情熱の色を身につけたパワーで、会議でいつもより多く発言できるかも!」やら「今日のラッキーカラーはパープル!通りすがりのお年寄りに優しくすると金運が上がるよ!」やら「今日のラッキーグッズはニット帽!トリフンアクシデントに合わないために親指を隠して歩いてね!」みたいな、適当な占いをして恋人を見送っている。
当然、これらのラッキーカラーはウソハッピャクだ。私は適当なことを瞬時にそれっぽく言うのが苦手ではない。
恋人は、私の言うことを守りはしないけど「グハハハ」と笑っていつも楽しそうにしている。今日も「なんかそれっぽいのがいいんだよな」と言いながら、仕事に向かった。
恋人はいつも、私のしょうもない話を長年のお気に入りのラジオ番組を聴いているような感じで聞いてくれる。楽しそうにしてくれると私もニコニコになる。適当に話したことが彼のエンタメになっていると思うと嬉しい。
即席のクイズをつくったりもする。
昼間、道を歩いていて木や電線なんかを集中して見つめると、雀が何匹もジュジュン……って感じで一休みしたりしている。その様子をスマホで撮って「この中に雀は何匹いるでしょう」なんてクイズ形式で送ったりすると、休憩中の彼から「5匹!」と答えが返ってくるのだ。ときどき、彼の同僚も参加している。彼は私の写真クイズを見つけるのがとても上手い。いつもサイゼリアで本気で間違い探しに取り組んでいるから鍛えられているのだろうか。
ちなみに、鳥何匹クイズの難点は私のスマホ撮影がもたつきすぎて、いつも最初に見たときより数が5割ぐらい減ってしまうことだ。両手に収まらないほどいたはずが、片手で収まるほどになってしまう。
恋人も割と愉快な人だ。
私の外出中、家にいるであろう彼に「もうすぐ家の前!」とラインを送る。すると、ときどきだけど彼はベランダからピョイピョイ顔を出してひょっこりはんをしてくる。動画に撮るとワニワニパニックみたいな動きでおもしろい。上下運動だけじゃなくて、ときどき違う角度からフェイントで出てくるのがまたいい。他人から見たら「何アイツやべえ」だろうが。
私たちの日常は、わりとお互いがエンターテインメントだ。楽しくて愉快で、こんな日がずっと続けばいいなと思う。
毎年時期になると近所の保育園を呼んで、一緒に苗を植えたり、芋掘りの場を提供したりしている。
俺は小さな子どもが大好き(変な意味でなく)なので、数年前に声をかけてもらって以来毎年お手伝いとして参加している。
毎回汗だくで土まみれになるけど子どもたちが楽しそうにしている姿を見るのが本当に楽しく、心が洗われるような気持ちになる。
義兄夫婦は「金の余裕は心の余裕」を体現したような人たちで、このような生き方をできるのが心底羨ましいし憧れる。
俺にはそんなことをできる余裕はまだないけど、せめて余生には、近所の園児と芋掘りができるようなジジイになりたいと思っている。
だから、老いを遠ざけるために毎日リングフィットアドベンチャーで身体を鍛え、ベランダのプランターでミニトマトときゅうりを育てるなどして農業を学んでいる。
当時60代だった私のおじは、簡単なプラスチック製品を作る工場を経営しており、
薄利多売でそれなりに儲けていたが、民主党政権になって円高で中国の輸入品が大量に入るようになり、急激に業績が落ちていった。
私は中国に安さで勝てる訳がないんだから、買い手がつくうちに工場を売って、年金まで逃げ切れと言ったが、
中国製品に品質で負ける訳がないと豪語して聞き入れもしなかった。
しかし、所詮は薄利多売だけが売りの、何の付加価値もないプラスチック製品が円高の下で輸入品に勝てるはずがなく、あっさり工場は倒産。
おじは多額の借金を背負うこととなり、妻からも見捨てられることとなった。自己破産し、車も家も工場も差し押さえられ、生活保護にまで落ちた。
完全に引き際を間違えたおじに全責任がある。
しかし、彼は民主党政権による円高が倒産の原因であると思い込み、
あらゆる自分の不幸を民主党政権と強引に結びつけるようになっていった。
同時に、自民党の党員になり無料でビラ配りや雑務をこなす奴隷となった。
スマホが広く庶民に広まり、SNSが一般化すると、いわゆるネトウヨ的な思想に染まり、
安倍銃撃は暗殺であると主張し、トランプ落選はDSの陰謀であると言い、
ちなみに自民が韓国統一教会の下部組織でしかないことについては沈黙を守っている。
ついでに表現の自由戦士でもあり、公共の場にエロ広告を無制限に出させろとも主張している。70後半にもなって何やってんだよ…。
最近はかつての取引先に、空間殺菌グッズを押し売りに行くし、アムウェイの販売員でもある。
どうしようもない反社のクズでほぼ犯罪者であるが、強固なネトウヨと言うことでSNSでは一定のお友達がいるようである。
ネトウヨの愛国ネットワークは、私のおじのようなクズの相互扶助会的な役割を果たしているのだろう。
結局、現実社会に生きる場所がないクズが最後に行き着くのが愛国心なのだろう。
それしかすがるものがない境遇には同情するが、国とそこに住む人達への愛があるなら、空間殺菌グッズやアムウェイの販売員なんかやらないはずだ。
ネトウヨの言う愛国心と言うのは、自分達の反社行動を正当化する為の方便でしか無い。
おじを恥じる気持ちはあるが、ここまでおじの人生を捻じ曲げたネトウヨに対しても相当の憎悪がある。
お前らさえいなければおじさってもう少しマシな死に方もできただろうに。
尚、おじのあまりの発狂ぶりに、自分達にもいつか被害が及ぶのではないかと言う危機感を持った親戚一同は共産に入党し、そのネットワークでおじから身を守る手段を選んだ。実利目的での入党だったが、今はすっかり共産党にほだされて熱心な共産党支持者である。
「かれがそれに気づいたのは、もうすべてが手おくれになったあとだったんだとさ、おしまい。」
彼女は本を閉じると眠っている息子の肩に布団をかけてやり、部屋の電気を消し、ベランダに出て、タバコの箱を開け、一本取り出し、ライターの火をつけ、吸った。
「フーーー」
吐いた。
周囲の家々はまだ灯りの点いているところが多い。少し遠くの林は暗黒に包まれている。月は満月になる前だか後だかで、きれいなまんまるではないが、煌々としている。夜空の明るさと森林の暗さのことをなんとなく思う。
遠くで救急車のサイレンの音が鳴っている。ドップラー効果という言葉が頭に浮かぶ。
いつの間にかサイレンの音が聞こえなくなっている。ドップラー効果の音の変わるさまを聞けなかったな、などと思う。
指ではさんだタバコをプラプラさせる。昔は夜ふかしが好きだったことを思い出す。ただ夜中に起きているというだけでなぜだか楽しかった。深夜テンションというのとは違う。多分。今でもまだ楽しいとは思うが、昔ほどではない。
昔。戻れることなら過去に戻って、あれやこれやの失敗や後悔を消し去りたいとは思うが、それをしてしまうとバタフライエフェクトで今の生活が大きく変わってしまうわけで、そうなるとやっぱり過去には戻りたくないかなぁ。ということを彼女は二、三日に一遍は考える。くだらない妄想だよなぁ。と彼女はこの妄想のあとで必ず言う。心の中で。
ふと、近くの室外機か何かの音が止まって、少し静かになったことに気づく。あくびが出る。寒い。
「歯磨いて寝るか。明日も早いしな。」
余裕で足りるよ
電費で言えば3kwh程度で100円くらい
中型のエアコンを24時間つけっぱなしにするのと同程度の電力量
こうイメージしたら足りるっぽいのわかるでしょ?
夏場のピーク時間とかはさすがに飽和するが、そこまでEVが普及したらスマートグリッドで夜間充電割みたいな料金制度でピークシフト策は講じてくる
大規模に送電網をスクラップアンドビルドみたいな規模の話にはならない
ちなみに電力会社がEVに後ろ向きなのは諸刃の剣だからなんだわ
EVの普及が進むと電力会社は経営的にヤバい、存在価値が失われる
バッテリー価格が下がれば電気を電力会社から購入する必要がなくなる
太陽光で発電してテスラのパワーウォールみたいなのに貯めて使う
1週間の長雨でも蓄電だけでイケる、それだけの大容量のバッテリーが格安、みたいな世界
計算上、太陽光パネルの発電効率が40%程度まで行くと5階建ての低層マンションなら屋上と壁とベランダでイケるようになる
そういう世界になるのはもはや不可避で
私⇒30代、子ども二人
広い方がいい。狭いと予想以上にストレス。ベビーカーとか置くのはもちろんのこと、子どもがいなくても大きめの荷物(宅配物)とか一時的においておきたいもので案外場所をとる。玄関は広くしよう。
庭
芝の管理が面倒すぎる。夏場は2週間に一度は芝刈りをしないと草ボーボー。1~2時間つぶれる。汗びっしょ。狭いし虫もたくさんいるし野良猫の糞もあるしでまったく使っていない。結局芝を全部引っこ抜いて人工芝にした。とても快適。芝刈り機はメルカリで売れた。夏場にプール出して子どもと遊ぶとか、家庭菜園をしたいとか、明確な目的があるんだったらいいと思う。要はメンテするコストに見合った価値があるのかどうか。うちは無いからあきらめた。砂利を敷き詰めても良いと思うよ。雑草が生えにくいように防草シートはちゃんと敷こうね。
木
邪魔。なんであるのかわからない、と思ったけどお隣さんの玄関の目隠しになってるっぽかった。緑があるに越したことはないんだけど、放置するとこれも草ボーボーで通り道をさえぎられるから仕方なく定期的にメンテやっている。これ全部抜けば駐輪場スペースが新たに生まれるから数年以内にやろうと思う。
外壁
汚れてきた。特に北側。もう少ししたらヒビが出てくると思う。定期的に塗りなおししなきゃいけないのが憂鬱。お金もかかる。家建てるときには案外考えていなかった費用。ちなみに田舎の実家は20数年間で一回も塗り直ししてないからいたるところにヒビがある。
宅配ボックス
置き配が浸透して使用頻度減ったけど、まあまあ使っている。割と入りきらない荷物も多いから選べるなら大きめ(奥行)のを選ぶといいと思う。
いらない。洗濯物は乾燥機と浴室乾燥が毎日だからもう何年もベランダを使っていない。何年も使わないと汚くなるから余計使いたくなくなる。布団も布団乾燥機だ。雨漏りの原因になるからメンテしなきゃいけなくて少し憂鬱。これが無ければもっと家が広くなったかもしれないのに。
日当たり
冬場は特に超重要。晴れの日はカーテン開ければエアコンいらないくらい暖かくなる(窓には目隠しシートを貼ろう)。太陽は偉大だ。分譲住宅でどの家にするか選ぶときに、事前にマップみながら日当たりの一番よさそうなところを選んだよ。これが正解だった。お隣さんとか日中でも向かいのマンションにさえぎられて真っ暗だもん。Shade Map(https://shademap.app)がすごい。日当たり具合が地図で確認できるよ。試しに我が家も見てみたけど正確。
郊外といえど土地に限りがあって、一階に廊下が無くて二階への階段と洗面所&脱衣所へはリビングから直接アクセスする間取り。子どもが大きくなったらお互い気を遣いそう。せいぜい7-8年くらいだろうけどね。地元の姉の家は廊下があって羨ましい。
広い方がいい。特に一階のトイレが狭い。でも優先度は低いかな。二階は広めだからそっちを使っている。あと、トイレタンクの中は数年に一度は開けて掃除した方がいい。えげつないことになってるから。
5年で一回しか使ってない。しかも間違えてOnにしてただけ。快適だったけどね、別にエアコンで暖かいし?とか思うと別に使わない。
自動洗浄の機能はいらない。きれいにならないし業者に頼むときに料金割り増しされる。結局プロに一年に一回キレイにしてもらうのが一番。先日数年ぶりに掃除してもらったら黒い水がドロドロ出てきて、そのあと明らかにエアコンの効きがよくなったから驚いた。
照明
ちょっと高くても調光調色のやつがいい。特に夕方から夜にかけて、段々暖色に変えていくと大人も子どもも徐々に寝るモードになる。スマートリモコンで自動的に設定している。夜に真っ白のライトはもう無理。まぶしすぎ。
ご近所づきあい
最高。分譲住宅だから同じような世代、家族構成(小さい子どもがいる)、みんなその土地は初めて、みたいな家族ばっかりだからすぐに仲良くなる。子どもと一緒に何度もお互いの家々で遊んでる。どんなに立派な家でも周りの人間関係が最悪だとストレス半端ないからこの点すごいありがたい。都心に近い郊外だからもっとドライかなって思ってたけど、結構ウェット(いい意味で)。賃貸だとドライだけど、持ち家だとみんなそこに長期居住する前提だから、自然と関係を築こうとするマインドが働く、気がする。
立地
メインの道路沿いはマジでうるさい。できれば住宅街がいい。片側一車線でもうるさいバイクや車は一定数いるから避けられるなら避けたい(これまでの賃貸アパートの経験)。一軒家だと防音性能高めだから気にしないのかな?よくわからん。あと庭が道路に面していると人によっては子どもと遊ぶときに人の目を気にするかもしれない。あ、あとハザードマップ的には割と終わってる場所だった。100年に一度の大雨で河川が氾濫するとおしまい。これは祈るのみ。何年か前の台風直撃でも大丈夫だったから若干楽観的。はてなにある、家が浸水した時のまとめはちゃんと保存して定期的に見かえしている。
満足?
満足。いろいろ不満言ってきたけどトータルでは大満足。コロナ前で住宅価格が上がる前だったし。純粋に家が広くなったし子どもの足音とか叫ぶ声とか夜泣きとかあっても周りを気にしなくていいし、周辺の人間関係が良好なのも大きい。注文住宅とかおしゃれな家憧れるけどねーーー。でも吹き抜けで天井付近にある窓とかみて「あれどうやって掃除するんだろ?いまたぶんホコリめちゃたまってるよね?」とか思ってしまう。無意識な僻みもあるのかも。これ妻に言ったら「そういう余計なこと言わない」って怒られた。
中古戸建の我が家の3階には部屋が2個ある。片方にはベランダがあるのだが、もう片方にはベランダは無く窓が2個ある
将来的には子供の部屋にするのだがベランダの無い部屋のエアコンはどうしようか悩んでいる
前の住民は3階から1階までホース降ろして室外機を置いていてそのカバーも残っている。その場所は家の正面から見て右側の隣家との境目部分、ブロック塀もあり地面に室外機を置くと家の奥には行きにくくなるし何より室外機の前にはブロック塀でほぼ空間が無くなる
なので取り付ける場合は
のどちらかかと思っている。ちなみに壁設置と屋根設置はしたくないと思っている。
前の家主のエアコン用穴と外カバーあるので出来れば下に置きたいけど色々追加費用も掛かるしそうなると窓エアコンとエアコン用穴を綺麗に埋めた方が安上がりなのかなと思っている。
たぶんはてな住民は各部屋にベランダあるような豪邸に住んでいるかデカい庭あって空間とか気にしない人ばかりだろうが、もしこんな狭小住宅に住んでいる人居たら是非知恵を貸してくれ