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2017-11-21

ゆっきー

やった!

写真いっぱいのブログ更新された!

自由人電波局なるラジオも始まるらしいし、本当に順風満帆

でも、12月卒業

2017-11-13

バンノー感とムノー感

当然、何でもできるという万能感の確信があった。

誰でも必ず一度は感じる万能感、一人よがりではなく何かをするたびに人に褒められる快感

そして、自信をつけて調子にのればのるほどうまくいく感覚

義務教育をこなし、大した苦労もせずに高校進学校!のようないいところに入れて順風満帆、これぞ人生謳歌していた。

趣味でやっていたこともそこそこ評価があり、何事もうまく行くと信じて興味があること全てに手をのばした。

何一つ欠けることがなく、本当に自分が「珠」のような存在と信じて全てにのめりこんでいった。

好きな事がそのまま技術になっていったのと、嫌いな事を覆って余りあるほどの優位性。

前のめりで自分研鑽し、試行錯誤を繰り返しながら磨き上げ、贔屓目に見ても一目置かれていた。

そうなると表舞台にあがるチャンスがあるし、掴むこともできた。

いやはや、これは才能というべきか。

と思っていたけれどもやっぱり壁はあるもので、今までと違う少しの違和感が即、無能感に直結してしまう。

今考えれば、迂回してもよかったものだったのだけれど、長年培ってきた万能感は全く許してはくれないし、

何よりも負けのような気持ちになってしまい、万能感を得るために意地でも乗り越えるため必死だった。

それを何度か繰り返し、本来なら石が珠になる過程なのを、

珠が石になっていくという感覚に囚われすぎて惨めな気持ちを味わった。

今は幼児的万能感という、誰もが体験する一つの青春なんだろうと思う。

大人になるということは出来ることもあるし、出来ないこともあるを知りながら、

自己研鑽し、可能性を見出して行くことなのかと思う。

なーんて都合のいいことがあるかと。

折られた骨は強くなって、今までやってきたことは古くなっていても、決して無駄にならない。

そして、万能感を持ち続けている人はそれを疑わない。

隠してでも幼児的万能感を持ち続けろ。

珠は転がるばかりだけど、石は坂道のどこかで必ず止まる。

2017-11-10

本当にCGアニメ時代が来たみたいだ(宝石の国

ポリゴン・ピクチュアズ東映、そしてヤオヨロズ

CGアニメ話題になった所はそこそこ出てきていたが

どうにも特殊会社が多い印象があった

 

今期の宝石の国で驚いたのは、これまで普通にアニメを作ってきた制作会社が作っているということだ

しかも今回元請けらしい

 

オレンジ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E5%88%B6%E4%BD%9C%E4%BC%9A%E7%A4%BE)#.E3.83.86.E3.83.AC.E3.83.93.E3.82.B7.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.82.BA

 

今までのCGアニメは、かならずどこかで「CGアニメだ!」があったが

個人的に今回はそれが薄い印象がある

何故かと言ったら、やはりCG以外で作ってきた会社からかもしれない

ニコ動コメントで気づくんだが、宝石の国では一部はCGではなく描いているっぽい

言われないと気づかない精度だと思う

 

オレンジがどれだけ一般的か、どれだけ特殊か私は分からないが

ようやく「普通にCGアニメができる時代がきているのではないだろうか?

 

とは言っても元請けというところをみると

やはりまだリスク要因と思われているのだろうと思う

しか最近CG化のスピードは目覚ましい

毎期新しいCGアニメが生まれたら、いずれより一般的になるのではないだろうか

 

一旦玉石混交の時期を経るかもしれないし、順風満帆にとはいかないだろうが、ナレッジが貯まればいずれよく方向に向かうだろうと思う

視聴者としては少しワクワクする

来年か、再来年

どういった表現可能なのか

誰がスタンダードを作るのか

楽しんで見ていきたい

2017-10-22

anond:20171022222655

週0.5kgくらい痩せだしたのが、別れを切り出し始めてから

これ以上はペース上がらないらしい。20か月くらいこのペースなら標準体重になるんだろうけど。

まぁ、俺も転職活動順風満帆とは言えないけど、20か月はかからないと思う。

2017-10-11

大人の恋、無理ゲーだろ

いまは昔。もう過去ことなんだけれど。

彼とは友人の紹介で出会った。前情報から趣味も合いそうだし、写真も好みだったし、早く話してみたいなと思ったうえで顔合わせ。

うん、やっぱり好みだった。なんというか、ピンときた。彼の頭のてっぺんからつま先まで全部いいと思ったし、一晩にして惹かれてしまった。人を好きになったのなんて、いつぶりなのか。

彼とは連絡先を交換して何回かデートした。おしゃべりは毎回はずんだ劇場ミュージカルを観た。おいしいクラフトビールを飲んだ。不思議かき氷を食べた。少しお高いオムライスハンバーグを食べた。デミグラスソーストマトソースかで言い争った。美術館仏像を観に行った。海辺花火大会へ行った。終電に2人して駆け込んだ。東京のど真ん中でベロベロに酔っ払った。帰り道に初めて、ほんの少し手をつないだ。

そうして、ひと夏で我々は仲を深めた。両思いだった。お互いそう確信していた。口にはしないけれど。

お互いに20代後半。

私のほうは恋人とか結婚とか諦めてた。でも、こんなふうに突然、こんな恋愛ができるなんて、人生捨てたもんじゃないって思った。毎日しかった。彼のことが好きで、彼といるととても楽しくて、知らない自分にも出会えた。

単純なことに、仕事にも張り合いが出て、新しいプロジェクトを任されたり、自分から積極的に手を挙げたりした。何もかも意欲的。うん、人生順風満帆

しかし、何事も終わりは突然やってくる。

彼とは一緒にいられなくなった。私のとある一言きっかけで「自分たちはこの先、うまくやっていけないね」と言われた。

意外にもこれは、私も同じ意見であった。そういうところも気が合ってしまうんだなー、と冷静に思う。

私のとある一言はここでは明かさないが、紛うことな本心であったので、そこで食い違うならばこの先は一緒にいてはいけないと、私も判断した。発言したのは意図的ではない。だからこそまさに本心だったわけだけれど……。

(ここで自分を庇っておくけど、友人いわく「たしかに、どっちが悪いということでもなくて、お互いに譲れない信念なんだろうね……」とのことです。毎年誕生日には100万の指輪くれなきゃイヤ!とか言ってないです)

すごく好きになった相手と、その相手から好きだと思ってもらえても、付き合ったり結婚したり、というわけにはいかないのだと、20代後半にして気づいた(もちろん私が特殊なだけだとは薄々……。好きな人結婚して幸せそうな人はたくさん見てるし)。

から?私にはもう恋愛結婚は無理だと諦めて、おととい結婚相談所登録してきた。担当の方に「一緒にがんばりましょうね!」といわれた。そうだね、がんばらないとね。

正直いうと、未練がいまになってわいてきてしまった。だからここに書いた。「思い出」として昇華してしまいたい。向こうの連絡先はもう全部消したし、共通の友人にも(ぜんぶ終わった後だけど)事の顛末はすべて共有済み。友人には結婚相談所登録たことも言った。後戻りはできない。彼のことを好きだったことも良き思い出とする。

大人の恋、っていうか自分勝手な私に恋は難しすぎた。まじ無理ゲーだろ。お互いに好きなのに!一緒になれないとか!なんなの!!!頭ではね、わかってますよ!でもね!そんなに簡単に割り切れるかよ!!!あーあ!ばーかばーか!!!

とか思うけど、まだひとこと何か伝えられるなら、

お前もせいぜい幸せになりやがれ!!!

2017-09-19

anond:20170919065152

おっちゃん増田は、人生であきらめたことがいっぱいあるので、

結婚しなかったことだけを特別に後悔しているということは無いね

人生がほぼ順風満帆で、唯一、結婚だけをしなかった人ほど、未婚を後悔してるんちゃうかな。

2017-09-17

あいもかわらず

くそネガティヴ爆発。相変わらず。何も変わらず。

職場問題はいろいろあって解決、辛くて退職することを本気で考えた時期もあったが今は順風満帆この上ない。

ただ、ただ これは前からだが、かれこれもう3年くらいそうだが

プライベートがしんでいる。もう、無気力。考えることをすべて放棄

去年の夏、元彼とセフレとして関係を持っていたが突然切られる。

新しく彼女ができた、とよくある理由である

元々、常に彼女だか女だかが居るようなタイプであったからなんら不思議はないのだが

私と関係を持っているから油断した。すっかりいいように使われたのであった。

なんとなく改心して復縁するのかな~なんて考えてた。

復縁サイトを何度も読んだし、復縁神様にお祈りしたりもした。

色々お守り買ったりしてたから、ああそれが実って復縁するんだな。今度は結婚かな。なんて。

我ながら本当にあほである

友達にもたくさん言って回った。今はセフレでいいかな~って思ってるんだ~

今思うと恥ずかしい。ほんとうに。忘れてほしい。

そのあとむしゃくしゃして大嫌いだった幼馴染と紆余曲折してヤッた。

そしてまたセフレ関係… 恋人ごっこをするのが好きなタイプの男で

またすっかり絆された。二人旅行に行った際に我慢しきれず自分たち関係を聞いた。

案の定苦笑され 付き合ってない って言われた。

結果的自分自分にとどめを刺したのだ。これまたあほである

そのあと疎遠。自分から疎遠。

相手からしたら意味わからんやつになっただろうな。すまない。

今年に入り真剣婚活することを決めた。

婚活SNS登録、一人に会ったが生理的に無理でブロック

そのあと友達の紹介で2:2で会い、紹介された方じゃない方を好きになる。

友達が先に持ち替えられる。狙ってたことはわかっていたという。友達も糞だったようだ。

その次の日に家に泊まる、やる。 セフレが増えた。

婚活続行中、別の友達に紹介してもらう。

酔った勢いで会ったその日にやる。何回かデートをかさねて付き合う話になるが結婚絶対できないという謎の条件付き。

こっちから断る。

そのあと自暴自棄が続き、出会い系アプリやら合コンやらで男を漁りまくるが

結局増えたのはセフレだけ。セフレセフレセフレ

元々行為が好きだったこともあり、最初は遊んでる女になれてかっこいいという錯覚

そして男から求められる快感を得て楽しくやっていた。

問題最近になってむなしさしか感じなくなったことだ。

よく言われているが男の人はストライクゾーンでなくとも許容範囲であれば関係を持てるらしい。

自分関係を持った人たちにとってどの位置付にいたのかはわからないが

少なくとも彼女にしたいレベルではなかったということだ。悲しい。

この年にもなると、同棲をはじめた、婚約した、結婚した、子供が生まれたなんて

ハッピーな報告が相次いで耳に入ってくるものだ。

先日も同棲を始めた友人の家に遊びに行ってきた。完全に間違えた。

ネガティヴ拍車がかかった。久しぶりに死にたいという気持ちが芽生えてしまった。

出会い系アプリで会う約束をしてる人から連絡が来なくなり鬱々としてる自分とは雲泥の差だった。

友達の少なさも相まって最近はほんとうに生きていく意味を見失っている。

誰かの役に立ちたいだとこそんな偽善で大きいことを言うつもりはないが

今の自分のままだと本当に無意味にこの五体満足健康な体をもてあまし、親族申し訳ないなあと思いながら死んでいくということになる。

どうにか自分幸福度数を下げて、今あるこの生活が充分に満たされているものだと理解

周りの者に感謝して生きていけるように対策したい。

どうしたらいいのか。


とにかく早く明日の予定を連絡してこいよ

2017-09-06

俺は、EXILEを許さな

なんだかハイローだなんだとオタク最近EXILEめっちゃ持て囃すようになってるけど俺はこれから先何があっても絶対EXILEを許さない。

これはその確固たる意思表示である

なんでわざわざそんなことを増田に?と思う人もいるかもしれないけど、俺は声を大にして叫びたいのだ。

だって、人一人の人生がめちゃくちゃにされてんだぞ。街がめちゃくちゃにされても復興できるかもしんないけど人生だぞどうしてくれんの!ねぇ!!

後、増田しかまともに聞いてくれなさそうだしリアルでこの話をすると家庭は崩壊するし弟が社会的人権を失う。かもしれないし。

簡潔に申し上げますと、俺の自慢の弟がハイローのせいでEXILEにハマって、






TAKAHIROのことをおねえちゃんって呼び出しました。

EXILEの!最近結婚発表したあの人!!あいつ!武井咲結婚したあいつ、わかる?ご本名田崎敬浩さんって言うんだねあの人。弟が言ってた。

その、TAKAHIROのことを。弟(成人済、理系大学生、(祝)就職内定)が、あろうことか、おねえちゃん、ねえちゃんって。

百歩譲っておにいちゃんならわかるけど、おねえちゃん。思い出しただけでくらくらしてきた。

俺の絶望がわかるか。ちなみに俺のことを弟は別におにいちゃんとは呼ばない。兄貴とさえ呼ばない。年が近いのもあるのかもしれないけど。

俺の弟はもーとにかく本当に自慢の弟で、頭いいし背が高くて顔も悪くないしスポーツもできるし性格いいし中高とカースト上位の人間で、まあモテて、だけどオタクの俺を馬鹿にすることもないしで、ずっと自慢の弟だった。俺は運動できないし顔は普通だと思いたいけど背は低いしでモテたことはなく、カースト底辺で震えてた人種だ。弟との遺伝的繋がりが信じられないレベルだ。それでも俺が弟への劣等感あんまり長くは苛まれなかったのはひとえに弟があまりに「出来た」奴で、家族で一番俺に優しくて、兄貴とは呼ばなくてもたまにであっても俺をちゃんと兄として扱ってくれたからだ。

それが、こんなことになっちゃって、しかちょっとは俺のせいとも言えるので、どうしようもないのがまたつらい。弟の彼女に顔向けできない。申し訳ない。

弟は、身内のオタク(俺)のこと無視しないタイプカースト上位の人間からオススメ漫画とか聞いてくる。めっちゃしかった。たぶんあいつはこの世で五本の指に入るくらい優しい。オタクで、おおきなおともだち兼任の俺を恥扱いしなかった。親にはされたけど。だから俺はまどマギとかブラボとかまあ、ソフトなやつからちょいディープなのまで色々すすめて、あいつも毎回それを見たりプレイして感想聞かせてくれた。

知り合いに何か、その人の好きなものオススメされるのが好きだって人間、善人すぎて涙出るだろ。マルチにはほんと気を付けてほしい。兄は心配です。まあ、そのせいでこんなことになってるんですけど。

中学とき、俺は弟にとても軽い気持ちBLEACHをすすめた。中2心にも師匠美学みたいのかっこよくて、あとおっぱいサイコーだったから。なんかこういうと最低の兄貴な気がしてきた。でも俺は夜一さんがすっげぇ好き。男なら更木。

そうしたら予想以上に弟はBLEACHにハマって、俺よりハマって、師匠のこと尊敬し出した。今もしてる。BLEACHのおかげで色んなことを知った、BLEACH好きな人とたくさん話してみたいってスマホを持ちはじめてからTwitterBLEACH用のアカウントを作ったりもしてた。後なぜかBLEACH全巻セットがうちには2セットあったりもする。だけど、それだけならまだ、ギリギリよかったんだけど。

からか去年、BLEACHが連載終了するってなったとき、弟はちょっとヤバかった。

脱け殻みたいになって、ぼーっとして、たかと思うとBLEACHの連載が終わるまでの日数を数えてばたばたしたり。

俺は何もできないしまあせめてと思ってBLEACHの話に付き合ったりしていた。そのとき

弟はどうやらTwitterフォロワーハイローをすすめられた、らしい。

ハイロー?って映画BLEACHジェネリックだってすすめられたんだけど、知らん?」「知らん」

それが頭のまともな弟との最後の会話だった。この後起こることを知っていたら絶対止めてた。タイムマシンがほしい。

ハイローの確か2作目を観に行って、帰ってきた弟は俺の知らない人間になっていた。

目を真っ赤に腫らして、映画パンフ大事そうに持って帰ってきた。2部あった。俺の分だった。

いい映画だったから、観てほしいんだけど公開終了近いし、だからパンフだけでも。

俺はその日たぶんはじめて弟に弟の好きなものオススメされた。めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。ただ仕事が繁忙期並みに忙しくなってしまったせいで結局映画を観に行くことは出来ずじまいだった。もし、俺も観に行けていたら何か変わったのだろうか。

弟はそれから順調にハイローにハマり、順調に一族にもハマり始めた。

そうこうしてるうちに服の系統が三代目系に傾き、聞く音楽洋楽から一族のになって。だから俺ははじめあいつは三代目にハマったのだと思っていた。弟の口から「おねえちゃん、ねえちゃん」という単語が出だしたのもこの頃だったと思う。忙しかったせいでよく覚えてないけど。

俺が「おねえちゃん」の正体を知ったのは手のつけようがなくなってからのことだった。

いわく、凛々しくてかっこいいけど、目がくりくりして大きくてかわいい、きりっとした太めの眉毛意志が強そうでかわいくて、笑うと笑窪が両頬にできて、へにゃっとしてかわいい。足がすらっと長くておっぱいがおっきくて、寂しがりで歌がうまくて動物子供に好かれて子供好きで、優しくて頑張りやさんの、おねえちゃん。

誰が男の、しかEXILETAKAHIROだと思う???俺は新手の萌えキャラかと思ったし若干萌えた。しにたい。

あんまりにも普通におねえちゃん呼ばわりするので俺の頭がおかしくなったのかもと思ったよ。違うよな、TAKAHIRO、男だよな。なんでこんなことになったんだろう。ハイローにハマったとき、好きなのはホワイトラスカル?と雨宮兄弟で、雨宮マサキが一番好きだって言ってた。その雨宮マサキをやってたのがTAKAHIROらしい。つまりハイローがなかったら弟はTAKAHIROにこんな風な傾倒はしなかったんじゃないか。憎い。ただ憎い。存在が憎い。

弟は、前からアクティブだったけど、最近輪をかけて活動的だ。6月7月舞台を観に行ったらしい。10月にはファンミがあると言って今からわくわくしている。舞台で見た、生のおねえちゃん()は本当にかっこよくてかわいくて、アカペラで聞けたとか言う歌がうまくて泣いたと言っていた。弟の彼女交際2年目)はたぶんおねえちゃんの正体を知らない。親戚か誰かだと思ってる。俺は、本当のことを教えるべきなのか否かずっと迷っている。

それで、先日の結婚発表である。俺は、正直、ちょっと期待した。結婚だ。しか授かり婚。いけると思った。弟が正気を取り戻してくれるんじゃないかと思った。違った。あいつの愛は深かったのだ。

弟は、喜んでいた。それもすごい喜んでた。

ねえちゃん、ひとりじゃなかったんだ、寂しがりの人だからそれだけずっと心配だった、ねえちゃんが幸せだって言うなら俺も幸せ赤ちゃんほしいって言ってたもんな、ねえちゃん、神様ありがとう武井さんありがとう、ねえちゃんをお願いします、幸せになって、来月のCD待ちきれない来年ライブも楽しみファンミでおめでとうが言いたいチケット当たれ、ねえちゃん、すき。

だいたいこんな感じ。

すごく自然TAKAHIROをおねえちゃんと呼んでいること以外はただただなんか聖人みたいなコメントだった。俺はよくわかんないけどファンミチケットもきっと当たるよ。お前の徳の高さには神様もびっくりすると思う。なんでこんな方向性に発揮したのかは置いといて。

弟は、もう取り返しがつかないのかもしれない。少なくとも俺はもう弟になにもしてやれない。俺がBLEACHをすすめなかったら、映画に行くのを止めていたら、こんなことにならなかったのだろうか。そう思うと悔やんでも悔やみきれない。

両親がまだ気づいていないらしいのだけが今は救いだ。おおきなおともだちの俺と縁を切りたがったこともある世間体大好きの両親がこの事を知ったらと思うとぞっとする。

俺の自慢の弟の、たぶん順風満帆のものだった人生をめちゃくちゃにしたEXILEを、TAKAHIROを、俺はたぶん一生ゆるせない。

2017-08-10

https://anond.hatelabo.jp/20170810001603

横だけど、さすがにゲイカップルの子供だったら普通じゃないってのは想像できない?

の子幸せになるか不幸になるかは分からないけど奇異な目で見られるだろうし

の子がそれを嫌だと思うなら不幸なんじゃない?思わなければ幸せってわけでもないだろうけど。

確かに前例がないから決めつけになっちゃうけど順風満帆幸せになる確率?は低そうな気がする。他の子なら越えなくてもいい障害が多そう。

ゲイカップル子供がほしいってことは片方の遺伝子だけ継いで片方は継いでないんだよね?

二人の子供が欲しいっていうより子育てしたいってことなのかな?

2017-08-02

精神崩壊する人間方程式(実話)

ここ5年間で精神崩壊した人間を3人みた。

部下の取締役取引先の社長・元上司社長

3人とも私よりも仕事がデキる優秀な人間

しかし、いまやただの廃人

マーチ以上の有名大学をでて順風満帆人生を送っていたはずの

彼らがなぜ、精神崩壊したのか?

個人的にも興味があったので彼らの共通点を考えてみた。

・酒に酔うと気が大きくなる

女好き

タバコを吸う

コミュ力が高い

利己的な性格

酒、女、喫煙に関しては優秀な人間だろうがまま見られる。

コミュ力は、社会人出世する上での必須スキルなので共通項とするには脆弱

一番の共通項は、利己的な性格だと思う。

彼らは、コミュ力仕事はうまくいっても、他人との本当の信頼関係は築けない。

利己的でも優秀じゃないやつはDQN人生で、DQN仲間とそれなりに楽しい人生をおくるだろう。

しかし、優秀で利己的な場合はキツい。

社会的レイヤーが上になればなるほど、信頼関係で成り立つ範囲が広がっていく。

学閥にしても忖度にしても、能力うんぬんより、人間人間との信頼で成り立っている。

その中では、利己的な人間必然的に行き詰まる。

賢いがゆえに、自分限界にも気がつき、正常な精神を保てなくなるのだろう。

はい御愁傷様w。

2017-07-21

学生結婚非常識なのか!?って話

大学院在籍中の後輩が学生結婚するという知らせが届いた.

彼とは二年ほどご無沙汰だったのだが, これが非常にできる後輩で, 名ばかり先輩の私は, 学生時代常にケツに火がついた心持ちだった. 緊張感と競争心を掻き立ててくれた彼には頭が上がらない.

そんな優秀な彼が学生結婚ということで, もちろん私は全力で祝福しているのだが, 彼の心中はどうにも全てが順風満帆というわけではないらしい.

それは, 遠い親戚や私の同窓達の面々のなかで, 一部批判的, 風当たりが強い人がいるというものが原因らしい.

私は正直驚いた. 今まではとても良好な関係を築いてきた(私もその同窓たちとは面識がある)はずなのに, 学生結婚したらいきなり態度が豹変, 批判的になることなどあるのだろうか. なぜだろうか. と.

私は(ちょっと悲しいことに)学生結婚という話題に全く縁がなく, ワードを聞いたことがある程度だったので, お節介だとは思うが少しネット情報収集をすることにした.

すると出るわ出るわ. 学生結婚を認めない大人たちの厳しい意見

反対意見の中でも, はやまるなというアドバイスから, 本人たちの人格否定, 具体的な貯金額の条件まで. 私の調べ方がまずかったのか, ネットでは反対意見多数派のようだ.

経済面問題か. と考えた.

後輩は大学院に在学中だが, 嫁さんの方は独立しているし, もちろん所謂できちゃった結婚ではない.

両親と親しい親族はみんなお祝いムードらしい.

結婚を期に, 後輩本人の研究就職へのモチベーションも高まっているそうだ.

彼が就職できないリスクについても話し合っての決定らしい

う~ん. 特に私には絶対にやめておけとまで言う材料は見当たらない.

しろ子供が出来たとしても, 両親の支援を受けながらだとしても, 本人たち(両親含め)が同意し, 支え合って努力しようと思っているのであれば特に問題はないのではないかとすら思えた.

そうやって幸せになっている事例をいくつか知っているし, 高卒同窓たちは, 金がない自由がないといいつつ, 子どもたちとの笑顔いっぱいの写真を送りつけてくる.

一般的に考えて」「非常識」「ありえない」「甘えるな

という批判的な同窓たちの考えについて小一時間頭を悩ませた結果行き着いた私の答えは

「俺も来月から婚活しよ」

だった. という話

2017-07-19

上坂すみれさんについて知っていること

実家金持ち高学歴声優として働き始めるまで就業経験も無く、映像企画で「アルバイトをしてみたいですぅ」という貧乏人が聴いたらドン引きするようなことを平気で言えるボンボンお嬢様

声優デビュー後も次々当たり役を引き当て順風満帆サブカル系知識を活かしてオタクを取り入り、怪しいお遊戯会を開いて変な歌を歌ってる。端から見ると完全に搾取する側とされる側だが、される側は喜んで金を出している。資本主義者め…。

twitterで一部のバカ共に目を付けられ大変な様子。唐澤弁護士粘着している連中と同じ臭いがする。1人2人逮捕された所で止まらない奴らなのでどうしようもない。インターネット徒党を組み個人攻撃して現実鬱憤を晴らしてる底辺層。試しに調べてみたらスマホゲームをどれだけやり込んだとかしょーもない事しか誇れない可哀相な人だった。例1

良くも悪くも目立つ人なので色んな人間が集まる。光に群がる虫のように。個人的には声優としては問題無いが、彼女自身と周りに集まる人間は嫌い。殺害予告クソリプ送って喜んでるガキ共は死ね

2017-07-15

不登校だった

不登校だった

今でもあの時の感覚を思い出したくない。心にぽっかり穴が空いて、どこかでとてつもなく寂しかった。両親もいて、周りからは”順風満帆幸せな家庭”だった。でも寂しかった。1人じゃないことは頭でわかっている。けれど1人だと思っていた。

そして今も変わっていない。誰かが、自分を、思いきり受け入れてくれる、そんな場所を探している。人が何かをしてくれることは多く、今までありがたいことがたくさんあった。でも、何だろう、違うのだ。心の奥は今も穴が開いたままだ。だから何かできるわけではないけれど。社会人になっても自分を痛めつけたいと思うことがあるのは、これのせいではないだろうか。どこか痛みが欲しい、今日も生きた心地を得るために。

みんなそうだよな。みんな今日も頑張ろう。

2017-07-13

https://anond.hatelabo.jp/20170713183630

https://anond.hatelabo.jp/20170713183630

この記事を読んだ。

自分非正規教員常勤講師、男でかれこれ5年目。

この記事を読むと常勤講師は恵まれているように見えるし、「時間講師と比べたら」実際相当恵まれているんだと思う。

自分場合大学を出た1年目、2年目が非常勤だった。増田よりコマ数はあったが、一人暮らしを余儀なくされたので生活はとても苦しかった。

3年目、半年任期で、病気正規教員代替になれた。

憧れの常勤講師、なんといっても給料が月額で保証されている!

生徒からもそれなりに親しまれていたと思うし、陸上部顧問として土日の練習試合引率にも行ったなあ。

ようやく巡ってきたチャンス、成果を出そうと必死だった。

半年任期が終わろうとする9月末、正規教員から診断書が届いて病休が延長、それに伴い自分任期も延びた。2ヶ月。

人として不謹慎だと分かってはいるが、このときは「頼む!病気よ、せめて今年度のうちは治らないでくれ」と思わずはいられなかった。

結局その願いは叶い、年度いっぱい勤めることができた。

クラス副担任をしていたので、堂々と卒業式にも参列し、教え子の卒業を見送ることもできた。

しかし、3月29日になっても、30日になっても、31日になっても翌年度の内示が来なかった。

4年目、無職状態4月を迎えた。

退職」後の各種書類をどこに送ればよいか、と事務担当者に聞かれたので、(内示が来ないと住む場所も分からないんだよ…)と苦々しく思いながらも「とりあえず実家に送ってください」と頼んでいたので、ハローワーク書類源泉徴収票が届いた。

親は何も言わず普段どおりに接してくれて、それがまた堪えたなあ。

気持ちを切り替えてアルバイトでも探そうか、と思っていたら、5月半ばから産休が1人出るのでそこに入れないか、という内示の電話がかかってきた。

「あぁ、自分たちは代わりの駒でしかないんだな」と思ったが、また学校現場で働くことができて、収入保証されると思うと受け入れるしかなかった。

産休代替から育休代替になり、その年度も終わった。

そして今、奇跡的に同じ学校常勤講師をしている。

新任、転任の先生たちに混ざって着任式の挨拶をさせられたときには「勘弁してくれよ…」とは思ったが、今年度いっぱいは勤めることができるだろうという安堵感を噛み締めている。

3月30日で「退職」したことになっているから勤続期間が途切れているが、6月には期末手当が出た。

生徒の進路を考えて講演会講師を探したり、保護者との面談を行って感謝されたりと、やりがいは本当に大きい仕事だ。

ところで保護者の中には、「任期付きの講師」と聞くと、「正規先生じゃないの!?技量資質がないのではないか」という目を向けてくる人が一定数いる。

違うんだ、正規教員非正規教員も、みんな所定の大学の課程を出て免許を持っている。

違いは、「県の職員として採用されているか、そうでないか」ということだけだ。

非正規から授業の質が悪い」と言われては生徒たちに申し訳が立たないから、授業をはじめ、生徒と関わることには本当に力を注いでいるつもりだ。

先生になれる!」という思いと日々の仕事でいっぱいで駆け抜けた1、2年目。

念願の常勤になれて奮闘した3年目、理不尽な思いをしながらも境遇を受け入れて働いた4年目。

新卒で「フレッシュ先生だねー」と言われた自分も、いつの間にか27歳になった。

大学の同期たちは、いろいろな人生を歩んでいる。

仕事順風満帆な者、結婚して子供がいる者、海外の支社で才能を発揮している者。

自分はこの仕事に誇りを持っていて、正規採用を目指している。

しかし、人事担当者の采配一つで、または教員の体調ひとつで、来年

の今頃は無職になっているかもしれない。

どんなに頑張ったところで、正規教員のように長期で大切に育成する対象として見られていないんだろうなと思うことが多い。

所詮、駒なのだ

この気持ちのぶつかりを、高揚と落胆を、誇りと情けなさを、どう整理して生きていけばいいのだろうと思う。

増田共感したつもりで自分語りになってしまったが、このあたりで終わりにしようと思う。

2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-05-17

知り合って9年、付き合い始めて8年、結婚して6年たちました。

私と近い価値観を持っているから話が合うし、興味があることも近く、何を一緒にしてもいつもとても楽しいと感じます。私があなたの好きなところは、私と近い価値観を持っていることでもあると同時に、あなたの私と違うところでもあって、私一人で考え込んでしまっているときも、あなたと話をするといつも目の前が明るくなります

あなた自分の興味のある目的に向けて頑張っています出会ったときからあなたのそんな姿を見てきて、あなたに憧れのような気持ちも抱いています

最近、私は仕事の方で自分能力の足りなさ、仕事の出来なさからひどい自己嫌悪に陥っています。死んでしまいたいとか、小さくなって消えてしまいたい、そんなことを考えることが週に5日ほどあります。今までの人生の中でこんなことは初めてです。うつ状態であることは、朝、ベッドで叫んで自分を奮い立たせないと出社できないことからも明らかです。でも、今もしぶとく生きているのは、あなたいるからです。

こんなにつらい気持ちになったことは初めてですが、どんなに辛い気持ちになっても、あなたのことを思うと生きながらえていられることに少し驚いてもいます

お互い30歳を過ぎた今、二人の間には大きな課題があります

私は1年の半分は仕事出張していますあなたはここ数年は海外で働いています

結婚してから二人で一緒に生活できたのは、お互いの短い帰国の期間を合計すると1年ほどではないでしょうか。短い期間ですが、本当にとても楽しい時間でした。

私が今やっている仕事は、私が中学生の頃からなんとなく憧れていた仕事で、しか社会に貢献できるというありがたい立場にいます出張は長く生活環境も厳しいですが、自分技能必要としている人たちに提供感謝され、十分なお金をいただくという恵まれ環境にいます。でも最近私は、私自身の幸せ個人幸せもっと追求したいと考えるようになりました。もっとあなたと一緒にいたい。いつか二人は死んでしまます。この一生の私にとっての一番をあなたにしたい。あなたも私と一緒に暮らしたいと言ってくれました。

私に足りないもの覚悟です。今の仕事を捨て、なりふり構わずあなたの側に行くことができないのは、外から見ると順風満帆に見られているこの仕事を手放し、手探りの状態になることで、私がどう見られるのかを怖れているからかもしれません。

でも、この手紙を書きながら、本当に恐れるべきは、あなたと暮らすために動き始めなかったことを後悔することだと気が付きました。これからは全てにおいて、あなたと一緒にいるという私の個人的幸せを最優先します。

本当に頑張りますので、よろしくお願いいたします。

決意の気持ちを込めて、ここに記します。

2017-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20170508161734

過去増田投稿を見てないからなんともなんだけども、ちょっと思うことがあって書いてみる。

今の奥さんと別れる気持ちがあるなら、完全に新しい女の子気持ちが行く前に、一度奥さんと大げんかしてみてはどうだろう?

自分が奥さんに対してもっている不満や不安を、思い切りぶつけてみてはどうだろう。

今回のケースだと、「なんで話し合いをさせてくれないんだ!」ということを特に伝えることになると思う。

話し合いができない状況のようだからケンカして一方的に伝えてみるしかない。

彼女や妻と話し合いができない、させてくれない場合は、話し合いができるような関係づくりをしないといけない。

本来これは、結婚前にクリアするべき問題だ。

毎回話し合いじゃ相手が疲れてしまうから大事になる前にサラッと伝えたり聞いてみる努力必要だし、本当にヤバイときガッツリと話し合いをしないといけない。

ちなみに、話し合いが不要夫婦もいるが、夫が亭主関白というか妻をグイグイ引っ張っていけるリーダーシップがないと難しい。

結婚8年目と聞いて、正直すごい!と思った。

客観的にみると順風満帆には見えないけど、セックスレスにもなっている状況で今までやってこれたのは、本当に奇跡だなって思うし、増田努力効果もあったのだと思う。

増田幸せになれたらいいなと願ってる。

2017-05-08

厄年なのに据え膳がマブい

結婚8年目。

こどもは男女一人ずつ。

ここまで大きな喧嘩不貞行為もなく順風満帆

ただひとつ、4年のセックスレスを除いては。

途中で話し合いをしなかったわけではないが、理由をはぐらかされては「あなたもっとがんばって」とか言われる始末。

育児にも積極的に参加して、妻へのプレゼントも欠かさず送っている。

なのに妻はいつもそっけなく、ありがとうと言われることも稀だ。

日常生活で何かがすれ違っているのだろうか。

あれこれ試してみても響くものはなく、話し合いを試みようにも疲れているからと取り付く島もない。

その辺りは過去増田でもらした時に多くの同情をもらえたので、それほど的はずれなことをしてはいないはずだ。

しかし残念ながら皆から頂いた温かいアドバイスはどれも虚しく空を切るばかりだった。

本題。

今年が本厄ということが最近わかり、出来る限り慎重に生活をしている。

もともと火遊びどころか非モテ人生を送ってきた自分にとって、休みは家の中にいるほうが幸せだ。

しかし、ひょんなことから会社同士のスポーツ行事に月一で駆り出されるようになった。

別にそのスポーツが得意なわけではない。他でもない車と免許を持っているというのが一番の理由だ。

彼女は、その行事に途中から参加するようになった別会社女性だ。

売れっ子清純派グラビアアイドルと屈託なく笑う表情までよく似ていて、誰が見ても可愛らしいといえる女性だった。

かといって別にこちらから何かアプローチしたわけでもない。

みんなの前でかっこいい姿を見せられたわけでもない。

ただ黙々と、苦手ながらに目の前のことをこなしていたら、気付いたら彼女は横にいたのだ。

そうして回を重ねるごとに彼女自分好意を持ってくれていることを確信した。

理由きっかけもわからないし、自分が既婚であることも伝えてある。

年の差だって16才もあるし、聞けば父親のほうが自分と8才しか年が違わなかった。

それに対しても、彼女は「なんだ!もっと年上だと思ってたか安心した!」とだけ答えた。

もちろんすぐにどうにかしてしまおうだなんて考えてはいない。

子供笑顔を思えばそれを曇らせることなんて出来ないし、そんなつまらないことで子どもたちから離されるのもゴメンだ。

でも、彼女といる時間はとにかく心地よかった。

スポーツ行事と皆で楽しむ夕食の間のほんの束の間、ずっと一緒にいるのもおかしいかタイミングを見てはお互いがお互いの席に行き来をした。

彼女はぼくのどんな話も興味を持って聞いてくれるし、彼女視点はどれも新鮮で面白かった。

家に帰ると不機嫌な妻がいる。

僕が顔色を見ながらお土産差し出しても、喜ぶどころかまずは自分の話から始まる。

今日、どれだけ自分が外で不遇な目に遭ったか、どれだけ平穏を乱されたか時間軸に沿って説明してくる。

それを、お土産を持ったまま適切な相槌を選びながら聞き続ける。

このお土産も、数日放置されたまま消費期限が来て捨てられるのだろう。

子どもたちに食べさせたくて買って来ても、彼女の予定に合わなければ口に入ることはない。

自分は誰のために何を頑張っているのだろう。

ノリと勢いで書ききろうとこんなタイトルにしたのだが、やはり書いているうちに辛くなってきてしまった。

このまま生き奴隷を続けるなら、子どもたちとの新しい関係を考えたほうがよいのだろうか。

おとなになって子どもたちはそのことを理解してくれるだろうか。

それとも一度でも離れたら妻の思うとおりの情報だけを植え付けられて、きっと自分は最低の父親にされてしまうだろう。

子どもたちは自分に流れる半分の血を呪うのだろうか。

妻の無関心で冷徹仕打ちの前に、何が自分にとっての厄なのかがわからなくなってきてしまった。

どうしたらいいか相談するつもりで書き始めたけど、結局自分にできることは無いのだろう。

このまま逆らえない流れが自分をどこかに連れて行くのだ。

どの道を進めども不幸ならば、すでに厄は本気を出しているのかもしれない。

2017-03-27

就活によって虎にメタモルフォーゼしてしまった先輩の話

サークルの先輩になるが、就活中にいろいろと思い悩んだ結果、とうとう発狂して虎にメタモルフォーゼしてしまった男がいた。

彼は極めて優秀な男で、幼少期からご近所でも評判の秀才だった。

大学も一流国公立に現役合格

なので、彼自身としてもエリート意識というか、周りの奴らとはひと味ちがうんだよなーみたいな気分があった。

そんな彼だったのだが、就活をしている最中に突如失踪し、そのまま行方不明になってしまったのである

失踪一年後。

飲み会帰りで酩酊状態にあったわたしは、軽くリバースしようと思って路傍の植え込みに近づいた。

すると、そこから一匹の虎が何の脈絡もなく登場。

虎はガオーとわたしを威嚇したので、ビビった。

しかし、そのガオーをよく聞いてみると、そこには往年の先輩を思い出させるような音色が多分に含有されていたため、わたし勇気を出して話しかけてみた。

すみません。ひょっとして、先輩じゃないっすか?」

すると虎先輩は悲しそうに縞模様を震わせながら、

「如何にも自分は先輩である

と答えた。

以下は本人が語ったところの、彼が虎になってしまった経緯である

先輩は順風満帆人生を送っていた。

講義最前列で聞いて教授お気に入りだったし、サークルでも部内の恋愛事情などによく精通していたし、ツイッターフォロワーもかなり多かった。

しかし、就活が始まってみると、困難に直面した。

自分アピールポイント」と言われても、はっきり答えることができなったのである

もちろん彼は自信家だったし、自分教室後方に跋扈するアホより遙かに優れた人間である確信していた。

だが、いざアピールポイントなどと真正から切り出されると、臆病な自尊心というか尊大羞恥心というか、フォロワーが増えるに従って加速度的に複雑化した自意識が、イージーな解答を阻んだ。

その結果、彼の答えは謙虚を装いつつも隠しきれぬプライドが透けて見えてくる、ウザい感じのものになりがちだった。

それに対し、彼が平素よりバカにし続けていた学生はどうだったか

彼らは、先輩基準では凡庸しか思えないようなアピールポイントを堂々と答えた。

先輩はそれを内心バカにしていたが、彼らの堂々と答える姿が妬ましくもあった。

そして、蓋を開けてみれば、内定をよりゲットしていくのは彼らだったのである

周りが東証一部上場企業内定を続々奪取してゆくのを見て、彼は思い悩んだ。

その挙句、ある企業面接中に発狂して部屋から逃走した。

丸の内面接会場から横浜辺りまで猛ダッシュしていると、両手を地面に近づけたい欲求だんだんと生じ、小田原辺りに至ると全身がむずむずして毛の生えてくる感覚があった。

正気に戻ると、虎になっていた。

一息つくと、先輩は続けた。

「お前に最後の願いがある。

これはオレが考えた最後ツイートだ。

オレの代わりに投稿しておいて欲しい。

このまえ聞いた、高校生くらいの雌虎が餌場で話してたことを元にしている。

140字に収めるにはかなり苦心したよ。

自分で言うのもなんだが極度に面白い

今までにないリツイート数になるだろう。

これを公開せねば死ぬ死ねん」

わたしは必ず投稿すると約束した。

「もうそろそろ時間だな……。

あそうそう、うちのオフクロ、多分けっこう心配してると思うから、元気にやってるって伝えといてくれ。

じゃあまたいつかな!」

そう言って先輩はしっぽをぶんぶんさせながら、遠くへと走り去っていった。

先輩のツイート世界中で評判となり、相当なリツイート数を誇った。

やはり先輩は優秀だった。

しかし、母親に対するメッセージ最後に0.05ツイート分ってのはどうなんだろうか。

我が子の失踪を大いに心配し、町内に迷子貼り紙までしていたのに。

先輩はやっぱりちょっと自己中な奴だったな、と最近は思ったりもする。

2017-02-18

窮地を乗りきって飛躍した歴史上の国家十選

歴史ネタをまとめてくれる増田をしばらく見かけないので

自分で書いてみる。

このエントリーでは基本的首都まで攻められるか、首都以外を失うに等しい状況から

反攻に出て逆に周囲に脅威を与えるレベルにまで回復した国家を取り上げる。

ナポレオン戦争は単なる大災害なので無視

※※独立戦争関係は「弱くて当然」なので極力避けています。(追記)

「落ちる時はいっそどん底まで落ちた方がいいんです。はい上がる距離が長いほど男の子はずっと強く素敵になりますから結崎ひよの(城平京


国名地域簡単な紹介
バビロニアアジアアッシリアシャムシ・アダド王に隷属する都市国家であったが、シャムシ・アダドの死後時間をかけてナイセイTUEEEで力を蓄え、マーリから兵を借りパクするなどして四方世界統一に至る。
アジア老いた大国晋の内乱で智氏ひきいる智・魏・韓の連合軍根拠地を攻められるものの、奇跡の逆転。中国戦時代には強国のひとつとなる。類似例:田氏斉(弱体化はしたので趙を選定)越(追記)
ローマ共和国ヨーロッパケルト人首都ローマを攻められ、みかじめ料を払って帰ってもらう。その後もピュロス・ハンニバル同盟市戦争などのピンチがあったが、根性でしのぎ地中海世界一円支配する強大国になる。類似例:アテナイ
パルティア王国アジアローマ帝国に何度も首都クテシフォンを攻め落とされるが、何度もしぶとく復活する(知識不足すみません)。
ウェセックス王国ヨーロッパデーン人に攻められ国王農家のおかみさんにカマドの番を命ぜられるまで墜ちるなどするが復活。いちおう世界帝国イングランドに繋がっていく。
フランス王国ヨーロッパ百年戦争ではパリ地方政権状態にまで追い込まれ局面もあった。ゲクランジャンヌ・ダルクなど国民英雄活躍イングランドを追い出し、長年のライバルをつとめる。
ビザンティン帝国ヨーロッパアジアイスラム帝国によって首都コンスタンティンノープルまで攻め込まれるもギリシア火の神通力によって撃退小アジアを奪い返す。その後もトレビゾンドゾンビ
モンゴルアジアチンギス・ハーン幼少期には一家族の単位にまで落ち込む。チンギスが成長してから庇護者のトオリル・ハーンのケレイト族すら吸収。チンギスの死後も領土を拡大していく。
ムガル帝国アジア初代バーブルはウイグル族によって故郷を追われた身。背後で敵と戦いながらインド方面進出して領土を得る。二代目のフマユーンイラン亡命する局面もあったが、最終的にインドの大半を支配する。
徳川家アジア今川家の属国状態から義元の死を機に独立。幾多の窮地をめんどうくさい三河武士の助けで切り抜けて天下を取る。類似例:毛利家。


おまけ

国名地域簡単な紹介
新羅アジア朝鮮半島統一直前も百済の手痛い反撃を受けていた。唐の参戦で一挙に形勢を逆転。百済高句麗滅亡後は巧妙に立ち回って唐を追い出す。
スペインヨーロッパ西ゴート王国から連続性が微妙なので十選には加えず。
オスマン帝国ヨーロッパアジアキリスト教徒農民を守る遊牧民ヤクザからスタートギリシアを得て、順風満帆かと思いきやティムールによって壊滅的な打撃を受ける。しかし、ビザンティン帝国が衰退していたおかげで復活の時間をえる。キリスト教世界最大の敵となる。
ズール王国アフリカだいたいモンゴルに同じ感じ。
ベルギー王国ヨーロッパ第一次世界大戦ドイツ帝国侵略を受け、領土の大半をうしなうしかし、西端国王アルベール自らが率いる軍がふみとどまり連合軍の一員として反攻を続けていく。ドイツの敗北によって全土を回復した。
イスラエルアジア現在進行形すぎてうっかり忘れていたので追記
スイス連邦ヨーロッパ最初からクライマックス(追記)
ポーランド第二共和国ヨーロッパ第一次世界大戦による誕生直後の脚がプルプル赤ちゃんバンビ状態で、同様のロシアに攻められる。しかし、ヴィスワ川奇跡と呼ばれる大勝利で逆に東方領土を拡大した。その後はお察しのとおりだよ(ブコメより追記)
サウド家アジア弱体化し一時はクゥエートへ亡命するも、第一次世界大戦の流れに乗ってイギリスと協力し、オスマン帝国からアラビア半島を切り取る。(ブコメより追記)


なんとかアフリカアメリカオセアニアの例を取り上げたかったけれど知識不足でした。

パラグアイさえあの戦争に勝っていれば……!

中国国家組織ができていないように思える内乱の浮動期を入れないようにしました。

ビザティンも最盛期をすぎているので、オスマン帝国と交換した方がいいかもしれません。

まぁ、ゲルマン人の大移動で首都を攻められた後にユスティニアヌス大帝が出ているのでセーフということで。

たいだい記憶で書いているので間違いの指摘があれば調べて修正します(いい加減)。

2017-01-29

再チャレンジを妨げる社会

リストラされた人が職を得たいと思うことこそ「自然感情」だろ。

なんでそれを叩く人が普通に社会存在することが許されるんだよ。

なんかやらかして馘首になったんならともかく、リストラなんて大概経営者責任割合が多いだろうが。

勿論リストラされなかった人よりは能力が劣っていたのかもしれんが、そんなの一概に言えんし、

ある程度の仕事をある程度の地位で、40,50になるまで問題起こさず普通に勤めてきた人なら、

そんな多少の差異ぐらいでいちいちまる犯罪者のごとく何で叩かれないといけないのか。

そんな社会だと、若者も将来そういう目に合うことに備えて貯蓄をし、結果消費が落ちるんでないか

百歩譲って、無能ということである程度叩かれるのは仕方なくても、それならリストラせざるを得なかった

経営者責任だって十分問われるべきだ。


リストラに限った話ではないが、この国では「再チャレンジ」を異常に嫌う人が多いようにも思える。

自分が失敗したときのことは考えてないのか?自分だけはずっと順風満帆でいけるとおもってるのか?

社会復帰の道を多少のことで閉ざされる社会というのは、そういう人が失うものがなくなって暴挙に走り

社会不安増長させるから、失敗を全くしない人に取ったって良い社会とは思えないんだけどな。

2017-01-13

後輩が辞める

職場の後輩がやめるらしい

求人票と何かをまとめてる姿にピンときて、本人に直接聞いたらじつは、、という形で聞いた。

悲しい。

何が悲しいって色々あるけど

仲良くやってたつもりの後輩が職場からいなくなってしまうってこととか

あとはそんな仲良くしていたはずの後輩がわたし相談してくれなかったこととか。

あとは次入ってくるであろう人がどんな人か、使えるかどうかもわからないし怖い。

でもなにより、辞める理由を聞いた時の

『4年 も 働いたし、25歳は色々考える年にしようと思って』という言葉、、、

わたしもう今年27になるし6年目なんですけど、、ってなった

そりゃ、人生の転機は人それぞれだし25になったときに何も選択しなかったのは私だけど

後輩は25になったから新しく行動しようとしてるのに、私はこの歳でなにもしてなくて大丈夫なのか?っていう漠然とした不安がすごくて泣いた

後輩には寂しくて〜って言ったけどあれは半分嘘である

自分のこれから人生不安すぎて泣いた。

後輩は顔も可愛い仕事もできるし友達も多いし性格もいいし優しい彼氏もいるしなんでも順風満帆って感じでいつもコンプレックスだった。

そうやって退職の時まで自分のやりたいようにしたいように去っていくんだねと憎らしく一瞬思って、なによりそれを憎いと思うわたしの器の小ささよ、、、

もう自分比較する対象にしてはいけないっていろんな人に言われてわかってはいたけど、どうしても同じ職業同じ職場歳も近いってことに親近感感じて比べてしまってた。

それももう終わるんだなって思うと少し良かったのかもしれないな、、

周りの人と比べて自分はこんなに不幸だからこれから人生どうやっても幸せになれない、、とか落ち込む癖をどうにか変えられたらなあ

自分が嫌いで、後輩のやること全部鼻に着くときとかもあってわたしはそんなにいい先輩ではなかったな。

最後の日まであと2ヶ月くらいあるけど、少しでもいい先輩だったなって思ってもらえるようにしたいな〜

2017-01-09

全てに勝たないといけないのか

完全完璧でないと人権すら認めないみたいな論調の人をよく見る。

例外的天才けがまともに生きられる権利があるなんて、どう考えても色々と歪んでいると思う。


小学生の頃から順風満帆で全てに打ち勝ってきてた人が、たか幼稚園とき友達が少なかったぐらいであとあと批判されるとかはおかしいと思う。

別に小学生になったら友達が少なかったのを克服できたのだからよかった、でいいじゃないか。それが今仕事をする上でそれほど影響があるとはとても思えない。

小学生の時泳げなかったとか言っても、中学生になって泳げるようになったのならそれで認めてはくれないのか。

だいたい泳ぎなんて全く必要ない仕事の付いている人にそんなところで騒ぎ立てることに合理性があるとは思えん。

2016-12-15

だいぶ前に雌ックスしたいーーーーって言ってたおっさんだけど。

自分で消したから残ってないけど。妻子がいて収入共働きでまぁまぁ。娘に幼稚園お受験させてやれるくらい。

俗に言う順風満帆

ただ、ずっとくすぶって欲望がある。経緯は省くが、俺はゲイだ。ゲイっつうか、バイだ、そんでゲイセックスをしたことがない。

ハッテンの盛んな店にいかにも無防備ですヒマしてますあさりに来てますって感じ出してんのに、通り一ぺんのお愛想だけしてさっていく。

カムアウトもしてないから、そっち方面理解にある友人もいなければ相談相手もいない。

そこで俺はもう風俗に行くことにしたのね。

背が高くてゴツそうでパワーありそうで、体格差含めて「俺を小娘みたに扱ってくれるひと」。

あと気分的な問題だけど、マジのゲイバリタチ。の人。

ネットで探して電話して、指名して、待ち合わせて、ホテルに入った。

そっからはもう天国ね。


あひぃぃぃぃぃんらめっらめぇぇぇっうひぃぃぃぃぃいあああああああダメダメダメダメ壊れる壊れる、脳みそ壊れる、おかしくなる~~~~~

えっそれ!?無理無理無理無理無理絶対入らない壊れちゃう壊れちゃう壊れあああああああああああああああああああああああああああ

そんな90分でした。天国の90分でした。夢のような90分でした。

ありがとう。一生忘れません。

この体験を胸に生きていきます

ありがとうさようなら、ヒロキさん。

また予約しますね。その時はお願いします。

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