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2017-12-12

エラそうって言われるけどわからない

言動が相当エラそうらしい。

メールとか文章書いててもエラそうってよく言われるんだけど、わからん

たとえば、いつも60点ぐらいの成果物を出してくる取引先が80点くらいの成果物を出してきたので

「今回は〇〇な箇所がよく再現されてました!」って言ったら先輩にめっちゃたしなめられた。

純粋に「今回はいいな!」と思っただけだし、どこがよくできてるのか伝えたほうが改善の指示がわかりやすい&次回から再現してもらえると思ったんだけど。

どう言ったらよかったのかもわからないし、そもそも言わないべきなのかもわからないし

どうやったらわかるようになるのかがわからない……。

★追記

みんなこんな人非人コメントしてくれてありがとう

文章稚拙さは業務量過多の中マジで落ち込んで書き散らかしてるから多めに見てくれ!!!

当面、ビジネス的語彙力を高める努力をする&謝意言語化する&評価ではなく自分主体に「イイネ」を言う!のを目標します!!

ところで病気を診断してくれるお医者さんが多いが、じゃあどうすべきなのかを教えてほしいよな。欠陥あっても自分なりに改善して働き続けるしかないじゃんな~。

俺にエラソウって思ってた人ってこういう感じなんでしょうかね!俺は「どうしてほしい」の提案も含めて伝えるようにしているが、それはそれでエラソウなのかね。

クラシック演奏会におけるオタ芸

地方におけるクソしょぼいコンサートであっても、わざわざ「ブラボー」と叫ぶ手合いがだいたい一人はいる。

最初の一人が叫んだのを皮切りに、後続がどんどん出てくるパターンにもしばしば遭遇する。

「こんなソリスト風情にブラボーとは片腹痛い。それはせめてbest everだと感じたパフォーマンスに対してするものではないのか?」

と思っていたが、ふと先日「あれは演者に対する賞賛行為ではないのでは?」ということに気づいた。

まり、クソしょぼいコンサートにおけるブラボーおじさんの叫び自己顕示欲自然な発露なのだ

基本は「誰よりも早くブラボーと声を上げる俺のなんと趣を解していることか……」であり、

すなわち「客席でサイバーファイバー(とかなんとか)って大声で唱える俺マジでイケてる……パネぇ……」の同類である

ほかの大多数がパフォーマンスを見に、聴きに、楽しみに来ている場所で、

きわめて稚拙かつ自己中心的独善的パフォーマンスを繰り出すことにいささかの躊躇もない。

人類におけるオタ芸は、我々が考えるよりもずっと早く誕生していたのだ。

2017-12-08

なんで評価されているのか分からない漫画ランキング2018を作ろう

「この漫画がすごい!」はもう飽きたんですよ。

一発ネタ限界だったんです。構造的に問題があるんですよ。何故なら、この漫画がすごい!が主観に基づいていればそれはもう単なるオナニーだし、この漫画すごい!を客観に基づいたものにしょうとすればそれはメジャー作品を再評価するだけのオナニーじゃないですか。もうね審査員がシコシコしてる音が聞こえてきますよ。ほら耳をすませば聞こえるでしょう。

じゃあどうすれば俺は満足なのかというね。この漫画がすごいと言われている理由がわからない!を選ぶべきなんです。でも今更ワンピースハンターハンターを叩いてもそれはオナニーでしょう?セックスにはなりえませんよ。セックスにするにはリアルタイム性がいるんです。そこでその年ごとにやたらと評価されているけど何かおかしくね?って作品を選んでそれを評価するのが正しいのかを語り合うんですよ。

たとえば今年ですと「僕たちは勉強ができない」なんて中々のものですね。とはいランキングだと9位ぐらいでしょうか。1位や2位に選ぶような作品はすぐには思いつかないものです。パっと思いつくようでは駄目なんです。ただのワンピース批判で終わってシコシコっとなるだけです。僕勉(僕たちは勉強ができないの一般的通称はがないと略されるのを狙ったはずの作者の思惑をぶち壊す辺りに漫画読みの陰湿さが現れてますね)はですねえ……何ていうか漫画として未熟なんですよ。未熟だからこその荒削りな面白さを評価している人も多いんでしょうが、むしろそれは未熟さを愛してしまっているんだと思うんです。漫画として面白すぎないことに安心感を覚えている層がいるんだと思うのですよ。稚拙さへの愛好。たとえばフェラチオはたどたどしい方が良いっていう気持ちわるい話ですね。そういう気持ちの悪い童貞的な、相手が垢抜けていないことに対するフェチズムによってこの漫画は支えられているわけです。同じジャンプだとヒロアカも似たような方向性ですよね。

おっとっと語りすぎました。あまり長く語ると長いというだけで読まれなくなってしまう。それはたとえばゴルゴ13やこち亀が長すぎて手に取られなくなってしまうようなあの現象です。今回はここら辺で終わりにします。いつかまた機会があったらもう少し先の話をしましょう。

卒業論文を書き終えた

卒論というものを書き終えた。苦難の連続だったことは言うまでもない。

「こんなの、完成するわけないだろ?!」って思った回数はもう数えきれないくらい。

でも、絶対書き終えられると内心は確信していたので、最後まであせることなく全力を注ぐことができたのだと思う。

おめでとう自分ありがとう協力してくれた皆さん。そして、難産となったこ

卒業論文、お前に「ありがとう」と言いたい。

これでも俺はクリエイターの端くれで、試行錯誤の末に生まれものがどれくらい尊いかということもわかっているつもりで、卒論、お前がなかなかの難産であった

ことも、よくわかっているつもりだ。

卒論よ、お前も俺の人生のひとかけらになってしまったのだね

きっと何年か後に見返したら、その稚拙さに破り捨てたくなること間違いなし。

卒論、多分君も僕の黒歴史。だけど、それでいいんじゃないかなって、最近は思ってるよ。

ありがとう卒論。これから人生、君が寄り添ってくれると思うと思うと少し気が楽になったよ。

村中璃子氏のなんとなく信用できない感は異常

受賞おめでとうございます

なのだが、ワクチンどうこうと関係なく村中氏に関するモヤ感が拭えない

たとえば受賞インタビュー

https://allianceforscience.cornell.edu/blog/japanese-doctor-wins-global-prize-standing-anti-vaccine-activists

”A daughter of the governor of Tokyo, a director of NHK, the public broadcast station in Japan, and a close friend of the victims’ organization, was keen on finding out where I lived and who my family members were. My family and I received threatening messages.”

都知事の娘のNHKディレクターから脅迫を受けたと言っているのだが、小池都知事には娘はいない

過去都知事だと猪瀬氏の娘はNHKに勤めているという噂はある

https://plaza.rakuten.co.jp/yasushinori/diary/201312200001/

ただ猪瀬氏が知事だったのは2012年から2014年3月まで、相当前の話だ

第一脅迫の話は日本語メディアでは一切出てきたことがない

また池田医師が法的な脅しをかけているように書いているが、「捏造」については村中氏ら自身が「マウス実験科学的に稚拙だという評価を言っているだけだ」と事実上捏造」との主張を撤回している

http://d.hatena.ne.jp/shimizulaw/20170215/1487150271

英語だと読まれないと思っているのか、日本語の壁を利用していいかげんなことを言っているのではないか

村中氏については過去にも疑問が出ていたが、安易に乗っかるととんでもないところに連れて行かれそうな危うさがある

https://anond.hatelabo.jp/20160622195905

https://anond.hatelabo.jp/20160624124427

なんとなくだが、某O女史に似たソーシャルクライマー匂いが拭えない

杞憂ならよいのだが

2017-12-06

同人が辞められない島中サークル

 今年で同人歴が10年になる。リアルな友人たちの結婚ラッシュはとうに過ぎ、二人目出産のニュースも珍しくなくなってきた。私は私で人生楽しいからとあまり深刻に考えず、ご祝儀支払マシンと化していた。

プライベートの充実を代償にして打ち込んだのは同人活動だ。とはいえこれは結果論であり、捧げた自覚があるのは睡眠時間ただひとつである。満足していたし、本を作るのもイベントに出るのも楽しかった。

 久しぶりに会った母から困ったように「あんたこの先どうするの」と聞かれた。はて、どうするんだろう。同人活動楽しいし、今は何の不満もないが、趣味で済ませるにはいささか時間お金と労力がかかりすぎてはいないだろうか。三十路の女になってやっと、初めてまともに趣味としての同人活動について考えた。

 社会人コンスタントに薄くてあつい本を出すには(もちろん個人差はあるが)、仕事以外の余暇時間を全て同人活動に充てるくらいの覚悟必要になってくる。漫画小説を書くにはめちゃくちゃ時間がかかるのだ。物理的な作業はもちろんだが、ストーリーを練り上げるのにとにかく時間を使う。さらに、最近オタクコンテンツメディアミックスが当たり前で、作品ますます奥行きを持ち、あらゆるものを吸収しながら多様化していく。人様の世界観をお借りして創作をしている身としては、知識としてすべからく押さえておきたい。そうして原作を追うだけでも膨大な時間お金がかかる。

 同じような状況の人はおそらくいっぱいいるはずだ。みんなはどうしているのだろう。周りの同人仲間を思い浮かべたとき、私は愕然とした。ほぼ全員が壁、もしくはそれに準ずるような規模のサークルか、商業作家になっていたのだ。これは、自分の廻りという極めてミクロコミュニティのケースであり、サンプルとしては参考にならないと理解していながらも、感情的なショックが大きかった。なんということだ。周りが全員いわゆる“大手”だ。私だけが違う。

 彼女たちは、少なくとも印刷費とイベント参加代と当日の交通費については確実に回収出来ているし、知り合いや友人やファンの数も多い。原作コンテンツ享受するための健全支出にとどめられているのではないか? 人脈づくりも出来ているのではないか? すなわち、まっとうな趣味として成立しているのではないか自分稚拙なやりくりを棚にあげ、ひどく偏った思考に陥ってしまった。

 SNSなどで新しく知り合った方が壁だと知ると距離を置いてしまう程度には大手コンプレックスを拗らせるようになった。同人というフィールドで培った繋がりである以上、同人活動人間関係をうまく切り離すことが出来ず、大手である彼女たちへの羨望と劣等感ばかりが膨らんでいく。自分には同人活動しかないと思っていたのに、同人活動すら実になっていなかった。

 何のために同人活動をしているのだろう。睡眠時間を削り、お金を捻出し、悲鳴をあげはじめた身体鞭打ち、あげく心にも影を感じながら、己の妄想を本にすることで、私のどこが満たされているのだろう。どうしてこんなに、同人活動に惹きつけられてやまないのだろう。大手サークルの華やかなSNSを指をくわえて眺めながら、今日オタク人生楽しいなぁと妄想に耽る。私はこの先どうするんだろう。

2017-12-01

知人のフェミが「社会で男が不利なことなんてない」って言うから

単純にレディース割引みたいなの存在だったり、

一方的な誤解でも男側に弁解する余地がなかったり、

から殴られたり暴言を食らった時でもやり返すことは出来ないこととか答えた。

別に自分普段ジェンダー論客やってるような人間じゃないか

それ自体はまあ確かに稚拙な回答なのは自分でもわかるけど、

それに対する返答が「男なんだからそのくらい我慢しなさい」って言うのは

なんかのギャグか何かなのか?

2017-11-30

以前から応援していた芸術家Twitterなどと同じIDはてなブックマークをやっていて、Twitterなどで触れないことにもブコメつけたりして面白いなーと思って見ていた。でもだんだんブコメの内容が男女差別的なものネトウヨ的なものが多くなっていって本当にがっかりしている。

がっかりしているブコメの内容も「まぁこういう意見もあるよね」って思うレベルのものばかりで、その芸術家がどういう活動しててどういう作品を作ってきたかを知らなくて、はてなのひとりのユーザーしか見ていなければほぼなんの引っかかりもないようなものなんだけれど、学生のころから彼女作品が好きで応援していた自分としてはこんな稚拙な考え方や差別的な考え方をする人だったのか…と幻滅してしまった。

特に独身女性に対するヘイトがすごいことがとても嫌だった。彼女サブカル好きな女子から好かれる人で、実際に彼女ファンの中には結婚していない妙齢女性も多い。Twitterブログなどでは一切そんなことを言わないのに、はてブなぞでコソコソ嫌味を言っているのを見ると本当に嫌な人間なんだなあと思う。

2017-11-29

anond:20171129122040

ファッションとしてのTシャツを、各語ロゴデザインと言い換えることは可能

可能... と言いたいところだけど、

例えば、和菓子書道道具みたいなメーカーロゴまで含めると、

逆に日本語じゃないとしっくりこないのも多いから、

Tシャツの件とは、少し話が変わってしまうのかな。

例えば街中で目に入ってくるロゴデザインの各語の数を比較するとどうなんだろう。

自分で身に着ける前提のTシャツデザインの数と比例してたらおもしろいですね。

→ 街の看板とかは、日本語自然なのも多い気がするね。

蕎麦屋寿司屋看板英語だったら、絶対入りたくないし。

日本って、デザイン化したときに、意味が直接響くより婉曲表現になるほうが美的効果が高いと感じる文化圏なのかもしれないですね。

→ 確かに

平仮名片仮名で読みをそのまま書くと

稚拙な印象があるね

ニコニコ(く)でニコ生は死んだ

1.ニコニコ(く)がニコ生崩壊の引き金を引いた

有料会員は、2017年11月に発表したデータによると、前年同期の256万人から28万人減少。

まるで、シャッター街と化した賑わいをなくした商店街のように、客と店が閑散とし、それが負のスパイラルとなって更に客と店が逃げていくような状況に陥っている。

思い返してみれば、2009年から2013年頃は配信者も、リスナーも勢いがあり、ニコ生には熱があった。

しかし、その熱は徐々に失われ、人々の感情を動かす熱情は冷めつつある。

もちろん、一部例外はある。七原くんや、加藤純一のように、未だニコ生を楽しんで盛り上げている人もいる。ここで指摘しているのは、サイト全体の空気感の話だ。

しかし現状は、Twitterを眺めても、ニコ生を愛し、毎日のように生主話題で埋め尽くしていた重度のニコ生愛好者のアカウントの多くが、ニコ生のことをつぶやくのをやめてしまっている。自分が2年前に作った、情報収集用のヘビーリスナーを放り込んだリストの3~4割が休止状態だ。

先の見えない、絶望感漂う現状に、ニコ生にしがみついている(過去の盛り上がりを忘れられない)人々は、再びニコ生の隆盛を、最後希望ニコニコ(く)に託していた。

しかし、期待はやっぱりと言うべきか裏切られた。

この発表で、乾坤一擲、人々の希望を与えられるような内容があれば、まだニコ生は数年持ったかもしれない。だが、ニコニコ(く)の発表内容は、サーバーが重い、閲覧がプツプツ止まる、とにかく見づらいという、一番利用者が望み、改善を期待していたところすら手がつかず、子供だましのようなお茶を濁した機能追加のオンパレードで、我々利用者最後希望を打ち砕いた。

もう、ニコ生に期待することはないと思うので、その死に水を取るキモチで、ニコ生が衰退した原因を考察しつつ、何故ニコニコ(く)がダメなのかを書いていきたい。

2.ニコ生衰退の原因

ニコ生が衰退した原因は、一体何だったのだろうか?

そう問われた時、その人の立場により、多様な回答が出てくると思われる。

外部サイトの隆盛、稚拙運営、逃げた配信者、通報厨、リスナーの変化、支援者…。

それらは、複合的に絡み合い、単純ではない。これらを少しでも払拭するような内容であったならと、慚愧に堪えない

(1)環境の変化
外部サイトの隆盛

2013年頃までは、競合サイト比較してニコ生の優位点が多く、ニコ生1強の時代が4年ほど続いていたように思える。石川典行渋谷キングなどの有力な荒らし配信者(当時)を外部に放逐しても、隆盛を保っていた。しかし、現状は違う。YouTubeLiveLINE LiveInstagram Storiesなどの、巨大SNSを基盤とした巨大な競合サイトの台頭が顕著になり、その他独立系ツイキャス、ふわっち、showroom、OPENRECなどがニコ生の牙城を日々切り崩し、今や見る影もない。マクロミル2017年7月に行った調査によると、これから配信をはじめる10代の視聴しているライブ配信サービストップはYouTubeLive、2位がニコニコ生放送配信しているトップInstagram Storiesで、ニコ生ツイキャスYouTube LiveInstagramLiveなどの後塵を拝し、LINE Liveと同率の6位となっている。

実感としても、配信者やリスナーの外部流出が著しく、1強を誇っていた数年前と比べるべくもなく、シャッター街となった商店街様相を呈しており、寂れた印象を与えている。外部に人が流出した上で、新規が競合サイトに吸われたため、サイトとしての熱や勢いを失ってしまったのだ。

スマホ利用者の急増

ニコ生の弱点として、よく上がるのが「スマホ対応の不備」だ。

若年層のインターネット利用の主流がスマホに移りつつあった2013年から、競合サイトであるツイキャスはそのニーズを捉え、低帯域でも閲覧が可能な高性能なスマホ閲覧アプリ提供していた。一方で、ニコ生は未だにバックグラウンド再生もできず、低帯域での再生は断続的な切断によるストレスが多く、基本機能であるアンケートにも参加できないなどのチープなスマホ対応しか行ってこなかった。

利用者の利用環境の変化に対応できなかったことにより、より使いやすツイキャスなどの競合サイト新規ユーザー獲得負けてしまった。

利用者層の変化

ニコ生サービス開始2009年から8年。8年という歳月は、中学1年生が成人するほどの環境の変化をもたらす。

配信者、リスナーともにライフスタイルの変化により、閲覧を辞めることもあるだろう。

それに加え、ライブ配信自体認知が広がり、よりライト層が閲覧を始めたことにより、2ch文化を引き継いだ、垢抜けないニコ生ギーク感(おたくっぽさ)は忌避され、よりスマートツイキャスLINE LiveInstagramなどに流れていった。(ここは、他サイト利用者意見を拾ったわけではないので、根拠に薄く、想像が含まれる。異論があれば教えて欲しい)

ニコ生時代に取り残されてしまったのだ。

(2)運営ドワンゴ
システム改善不備

ニコ生システムは今年実装された「新配信」になるまで、ここ5年ほど、ほとんど改善が加えられていない。

それは、無計画増改築を繰り返した上、低待遇技術者が大量に退職した結果、システム改修がほぼできなくなってしまたことに起因する。

 参考URLhttp://hiroki-uemura.hateblo.jp/entry/2015/09/01/230611

結果、超会議や町会議などの「イベント」を繰り返すことにより、利用者の不満をかわす方針を取ったドワンゴ。不満は見事抑えられたが、上記の外部環境の変化についていけず、緩やかに競争力を失っていった。

しかし、ツイキャスの台頭に危機感を覚えたドワンゴは、ツイキャスパクリのような「ニコキャス」をローンチするも、あまりのできの悪さに3日で閉鎖に追い込まれしまった。

それから2年、2017年システムの大幅な刷新を予告しているが、大幅な後手に回ってしまった感が否めない。

加えて、マネタイズ収益化)が競合よりも上手くいっていたことが、結果的に変化に対応するリスクを取ることができなくなったという面も考えられる。

ニコ生では、リスナーが「広告」を打つことにより、配信時間を延長できるチケット配信者にプレゼントできるシステムがある。これ、運営収益を上げることができ、配信者は延長料500円を払わずに延長でき、リスナーは目立つ形で広告を売って、配信者に名前を覚えてもらったり感謝してもらえるなど、「三方良し」の理想的システムだった。

しかし、競合サイト投げ銭システム一般的となった今、一部配信者は「自分の懐に入らない投げ銭広告)」に不満を感じ、上記Win-Win構造が崩れてしまっている。

技術的な問題と、成功体験による現状維持が原因となり、外部環境の変化に対応できず、ずるずると現状を維持し続けたことで、結果的競争力を失ってしまった。

サイト操作性(UI)とユーザー体験UX)が最悪

ニコ生は、同時閲覧数がある一定数を超えると「満員」状態になって配信をみることができなくなる。

それはシステム上の問題なのだが、ここで「プレミアム会員なら優先入場!」的なボタンが出てきて、プレミアム会員への入会が促される。渋々入会して「優先入場」ボタンを押すも、画面が1瞬切り替わって同じ画面に戻される。プレミアム会員にはいっても入場できない状態が続いているのに「こちらが入り口です」と入れない入り口への誘導が繰り返される。このような、利用者視点がまったくない操作性の悪さがサイト内に山ほど散見され、利用者ストレスを与える作りになっている。ストレスを抱えた利用者は、このような稚拙サイトを再度利用したいと思うだろうか?ユーザー体験UX)が全く配慮されていないのだ。

新規配信者のケア不足

ニコ生トップページをみると、他サイトと大きく違う点が1つある。

それは、他の配信サイトの多くが、盛り上がっている配信や、新規配信者をトップページで紹介しているのに対し、ニコ生企業配信の紹介が大きく割かれているのだ。これにより、新規配信者が配信をはじめても、ふらっと立ち寄るリスナーの数が減り、いつまで経っても過疎から脱せない停滞感が生まれる。

過去においては、ある程度の閲覧数を稼げば、ちくらん上位に掲載されてリスナーを獲得することが出来たり、ミラー大手のこざまミラー新規配信者を「発掘」してリスナーを獲得する機会があった。

また、ランダムでいろいろな配信を見せる「ニコ生クルーズ」や、配信者のコンテスト「ナマケット」などで配信者が発掘されることもあったが、今や殆ど機能していない。

現状においては、新規リスナーがただでさえ減っているのにもかかわらず、初見が最も訪れやすニコ生トップページ企業配信大手チャンネル配信に埋め尽くされ、過疎配信者は日の目を見ることもなく、ただ根絶されていっている。

ビジョンの欠如

ニコニコサービス追加は、これまで良い意味でも悪い意味でも、ノリと思いつきで行われてきた。

既になくなった機能ニコる」然り、マストドンの追加然り。

スタンプなど、ユーザーモチベーション維持に役立ったものもあったが、これらの機能追加は、裏を返すとシステムの複雑化を招き、システム改善難易度を高めていった。ニコニコ(く)において、ニコ生ニコキャスが並行して運用されるのも、複雑化した現状を整理できなかった苦肉の策だろう。

しかし、それらを今回の改定で、整理し、川上社長は、あるべきコミュニケーション像を、ビジョン提示すべきだった。

それらのビジョンなく、枝葉のどうでもいい機能追加に終始し、抜本的な根治を目指さなかったことが、今回のニコニコ(く)の失敗だと思う。

(3)配信

配信者の離脱マンネリ化も、ニコ生の衰退の一因であろう。

新規配信者の参入が困難な現状も相まって、リスナー大手配信者に固定化し、一部の大手はその座にあぐらをかいて惰性で続けている。それは、いつまでも「安泰」な地位約束されている、新規が伸びてきにくい環境からこそ、古参大手既得権益が守られ、切磋琢磨が生まれにくい環境にある為だ。

しかし、ニコ生全体の熱が失われた今、先を考えている配信者の多くはニコ生に見切りをつけ、配信環境が整い、収入源としても有望な競合サイトに流れていっている。

(4)リスナー

配信者だけでなく、リスナーも惰性で続けている人が多い。

惰性で配信を見続けると、様々な弊害が出てくる。

過去と同じことを見ていても、再放送のような気分になり、楽しみを見いだせなくなる。

しかし、配信を一度見るのを辞めると、「流れ」がわからなくなり、取り残されたキモチになる。

結果、面白くもないのに、飽きた配信者の配信をずっと閲覧することもなり、不満を抱えながら配信を見続ける。その中の歪んだリスナーは、楽しみを通報などの妨害行為に見出すようになったり、特定をして配信者を潰すなどの犯罪スレスレ好意に手を染めるものも居る。

リスナー流動性がある程度あれば、このような弊害は生まれにくいが、リスナー固定化された環境下では、このような現状になってしまうのも自明の理かもしれない。

3.ニコニコ(く)を「失敗」と断じる理由

これは簡単な話だ。

上記で掲げられた課題殆どこなすことができず、既存利用者失望を招き、期待感を生むことができなかったことにある。

期待感さえあれば、様々なニュースサイト露出し、SNS拡散され、人々の話題に上がって熱が戻ってくるきっかけになったかもしれない。加えて、一度外に出た配信者やリスナーが「古巣」を見に来ることも会ったかもしれないし、その流れで他サイトリスナーがやってきた「かも」しれない。

しかし、その機会は永遠に失われた。

この先、ニコ生は、数年前にmixi体験した、坂道を転げるようなユーザー離脱が待っている。

2017-11-21

anond:20171121101854

表現が極めて稚拙なだけでレイシストではないのではって思ったが

レイシストと見まがう稚拙表現の時点でアウトはアウトだったわ

2017-11-18

どうしたら同人活動もっと楽しめるのか

イベント

プロット考える→いいネタ思いついた!楽しい!最高!本にしたい!

同人誌を描いてる間→死ぬほど楽しい!今度こそ絶対面白い本にしてみせる!楽しい

同人誌を何部刷るか考える→楽しくない、憂鬱

同人誌入稿一歩手前→あ〜〜〜殺してくれ〜〜〜〜恥ずかしい〜〜〜〜〜こんなもの〜〜〜〜〜あぁ・・・・・何これ・・・・でも締切が・・・もう破り捨てたい

入稿後→もう知らん 全部忘れたい

サンプルおしながき作る→楽しい!まるで面白い本みたいに見えるぞ!でも実際は・・・詐欺じゃんか・・・あぁ〜〜〜

・買う本チェック→楽しい〜〜これ買うために生きてる〜〜〜〜〜


イベント当日

・会場向かう→どうせぼっちだし死にたい

自分同人誌を読む→恥ずかしさと稚拙さがひどい、何がしたかったのか分からない、意味不明、辛い、恥ずかしい

・その自分同人誌を売る→ネット情報見て来てくれたのかな、嬉しいな、期待はずれかもしれない、本当にごめんなさい、買ってくれてありがとう、ごめんなさい、恥ずかしい

・人の同人誌買いに行く→あー最高!楽しい!みんなこのジャンルにいてくれてありがとう!愛してる!

・1人でスペースに座る→もう人来ないだろ、暇、虚しい、悲しい、帰りたい

イベント帰り→あんな本を売ってしまった・・・もう誰かにまれてるかもしれない、恥ずかしくて消えてしまいたい、ごめんなさい、もうイベント出たくない、死にたい


後日

・人の本を読む→最高、なんでみんなこんなにサラッと面白くてクオリティ高いもの描けるのか分からん特に良かった本に感想送る

同人誌感想をもらう→死ぬほど嬉しい、スクショとって眺める、返信考えるのに丸2日くらいかかってしまう、死ぬほど無難な返信しか出来なくて死にたい



ずっとこんな感じ

もっと最初から最後まで楽しみたいんだけどどうすればいいの

友達かいたらもっと楽しいの?

2017-11-07

2017年11月7日日記

何にがっかりたかというと、人事制度ルールからツールに変わりました。

大きな違いは、使い方によっては、良くも悪くも使えるようになった。

今までは、自分業務目標は、上司から業務指示として与えられていた。

当たり前ですね、会社ですからしかし、今度は、業務内容を自分

考えて上司に持っていくように変わった。

自由になったなんて、無邪気に喜んでいる人もいるが、考えが浅い。

自分で考えるということは、マイナス評価をつけやすくなったってこと。

今までは、上司から与えられた業務なので、なかなかマイナスをつけにくかったが

このシステムなら、いくらでもマイナスをつけやすくなる。それが証拠に、これが

導入されてからは、全体の10%~20%の人をマイナス査定にするように、会社から

指示が出ている。

まりマイナス評価を数年続けることで、高齢者の降格をやりやすくなったということ。

地下に潜った、陰湿モラハラシステムの完成。個別に追いこむやり口ですね。

これでマスコミにも当局にも気がつかれないって、人事も考えついたコンサル

喜んだろうけどね。

しかし、あまり稚拙なやり方で、哀れみの目でしかみれないですね。

彼らの親は、そんな無意味大人になるために育てたわけじゃないはずだし、

そもそも自分家族に誇れるのかね。

2017-10-29

anond:20171029000811

エロゲ小説というかADVノベルゲーと小説比較して小説の方が面白いってなんじゃそりゃと思ってしまう。

同じ文字ベースから優劣つけても文句ないだろって思いがちだが、もうそりゃ全然別物ではないだろうか。

エロゲテキストをまんま紙に落とし込んだところで小説として成り立たない。

一体何故か?

答えは明白だ。画や音楽文字の送り方など細かいゲーム的パーツなくして表現として完成されないかである

冗長すぎるほどに冗長すぎるしょうもない小ネタを織り交ぜた長い長い会話シーンが成り立つのエロゲならではだ。

まりエロゲを単なるストーリーの骨子や妙味だけを目的として遊ぶのはそもそも大間違いなのだ

エロゲしか成立しえない表現があり、エロゲしかできない物語の見せ方がある。

子供から面白かったとか大人からツマラナイなんてのは誘導されたわかりやすい答えがよくも並んだものだ。

物語テーマや筋が稚拙なんて、面白さとはまた別のことなんだよ。

答えや思考誘導されて前提を疑わない早計さなんなのってまーた今日も思ってしまった。

おとなになったら エロゲをたくさん やるんだ

そういう妄想をしていた頃の憧れはどこにいったんだろう。

いざやってみると全く面白くない。

名作と言われているゲームが下手な文庫小説よりはずっと面白いことは分かるけど、それはヘタな小説ライバルに設定したから勝てているのだ。

ちゃんとした小説を前にすれば肉薄することすら困難を極めている作品だらけだ。

強いていうならば製作者と消費者の双方に共通した捨てきれぬ幼児からまれヒロイック幻想プライドの高さが混ぜ凝ぜになった欲望を満たすために作られた世界物語の歪さが醸し出す怪しさだけは中々の物がある。

だけど、それ以外の部分は稚拙も良い所だ。

18歳以上どころか40歳以上にすら思えるほどにおっさん臭いのに時には幼稚園レベル言動を繰り返す全く高校生らしくないキャラクター2ちゃんねらーのような喋り方をする地の文、たった一度のちゃぶ台返しだけを起伏としておきながら何十時間もかけて紡がれる物語

何もかもが低レベルだ。

絵のレベルも、名作と言われるようなゲームであっても決して高くなく、むしろ絵が上手すぎると抜きゲーとして扱われて名作という枠組みからはぶかれやすくなるのではないかという懸念すら生まれる。

18歳未満の名実ともに子供であった頃、エロゲに対して憧れを抱いたのはエロゲをやったことがなかったかなのだろう。

ゲームで一番楽しいのは購入した日の行き帰りの道だという人はいるが、その道中を延々と何年も歩き続けてきたのがあの日々だったのだ。

あぁ……あの頃は楽しかった。

楽しい道のりだった。

ありがとう

ゲーム自体面白かったとは言い難いが、いい夢を見させてもらった。

もう自分子供じゃないから、別れの言葉は前向きでお互いに気持ちよく終われそうなものを選ぶよ。

しかったよ。

本当に楽しかった。

ももう終わったんだ。

然らばこれにていざ別れ目。

今までどうもありがとう

2017-10-23

UCDはバカにしてもいいけどラップバカにするな

sbedit1234 恋愛稚拙でも初々しく好ましいが、稚拙政治的見解はただの馬鹿。ましてラップとは、流麗なメロディー/ハーモニーを作る才能と教養に欠け、楽器の達者な演奏も無理、美貌美声すらない者が行う、商用音楽底辺

音楽界隈はテーマをきちんとコンテンツに反映しろ

http://b.hatena.ne.jp/entry/beinspiredglobal.com/Interview-UCD


政治的歌詞を混ぜ込んだり、テーマにして曲を作るとかは是非じゃんじゃんバリバリやってもらいたいところ。

でも問題点恋愛テーマにした曲を歌ったフェスコンサートでいきなり政治的MCだのイベントを行うこと。

恋愛テーマにした曲で釣って、政治的な話をしたいだけなんじゃないの?


恋愛映画の中でいきなり原発反対を訴えるメインキャラクターが出てきて

2時間の内30分くらいそいつがべらべら喋りまくってるくらい違和感がある。

いや、もしくは恋愛映画の上映後に監督スクリーン上に出てきていきなり政治的思想をぶちまける位の感覚か?


こういうコンテンツの作り方って最も稚拙で情けない物の作り方じゃない?

宮崎駿自然とか差別とかあの辺のテーマ物語に織り込みつつエンタメとして仕上げるのにどれだけ考えてると思ってるんだ。

作るんなら、原発によって起きた危機恋愛意識しあう歌詞みたいな(ただの素人なので陳腐かもしれないがこの方がましだぞまじで)ちゃんとコンテンツに混ぜ込まないと駄目なんじゃないの?

もちろん一部にはあるだろうけどそんなの殆ど一部しかないじゃん。


ロック自体が反権力的なジャンルから云々」って

オタク文化カウンターカルチャーからそれだけで漫画アニメは反権威なのだ」とかそんな雑なこと今時言うか?

日本音楽界隈はただ存在しているだけで反権力なのだみたいな時代遅れの考え方はやめるべきなんじゃないのか。


フジロックなんかもそういう商業音楽から発せられるメッセージ出演者達の政治的メッセージのあからさまなチグハグさに客が混乱してるからあんなことになってると思うんだけど。

最近音楽業界のこの辺の勘違いを見てると忌野清志郎さんが亡くなったのはつくづく業界にとって痛かったなと感じるわ。

2017-10-07

50時間ぐらいかかるゲームをやった経験を5時間で手に入れたい

精神と時の部屋カンメカンみたいな効果を持った不思議機械の力で私の精神ゲーム機だけを加速させて5時間の間に50時間分のゲーム体験をしたい。

科学の発展で出来るようにならないかな。

今だとたとえばDQ11とかP4とか一度やってみたいんだけど、そのために50時間も使う気はないんだ。

はいえやりたい気持ちは確かに存在するのでこの方法によって解決したい。

『三日間有給を使って徹夜でやりこめばいい』と思う人もいるだろうけどそうじゃないんだ。

それぐらい時間があったらもっと他の事をしたいんだ。

あくまで5時間の間に50時間分の経験をしたいんだよ。

言ってることがメチャクチャなのは分かってる。

1万円するステーキが食いたいんだけど千円しか金は出したくないってのと何も変わらないもんな。

ああそうですよ私が間違ってる。

でもこの感情は確かに存在するんだ。

なんだろうなあ。

もうゲームに何十時間も使いたくないんだ。

何だか馬鹿馬鹿しくなってしまったんだよ。

かっこいいオッサン可愛い女の子と一緒に冒険したり、こつこつLV upを繰り返したい気持ちはあるのさ。

どこかで見たような話を稚拙テキストでなぞるだけのシナリオなのに、BGM演出による効果自分コントローラーを握り続けた事による感情移入のせいで大げさに感動しちまいたさ。

溜め込んだ回復アイテムをふんだんに使ってラスボスボコボコにしたいさ。

でもそれに時間を使うのは勿体無いぞともう一人の自分叫び続けてるんだ。

そんななかでダラダラゲームなんてやっても、時間価値を知らなかった中学生の頃みたいには楽しめない。

ああそうだ。

結局はあの頃みたいに、人生をジャブジャブ使っている事に無関心なままで呑気に涎垂らしてコントローラーポチポチ押してたいのさ。

今はもう駄目だ。

ゲームをやっても時間の大切さがちらついてくる。

たとえばゲームオーバーになった時の感覚が昔と今じゃぜんぜん違うんだ。

子供の頃はゲームオーバーになると、画面の中で自分が敗北したことにショックを受けていたもんさ。

自分分身が死んだり負けたりした事に心が揺れたもんだ。

でも今は違う。

ゲームオーバーになって最初に感じるのは、あちゃあクリアにかかる時間が増えちまったぞ、さ。

ゲーム目的クリアになってしまってるんだ。

過程を楽しむ余裕が無くなってる。

テキストは最高速にしてスキップスレスレスピードで読み進めてる。

ちょっと詰まったらWIKIを見る。

WIKIを見てないときでも、ロールプレイガン無視の最強装備の事しか考えない。

ルート分岐の気配を感じたら一周目からWIKIをなぞるだけの作業の始まりさ。

ネタバレを見ることよりも、分岐失敗で周回回数が余計に増えることの方が怖いんだ。

なんだこれ。

もうゲームなんてやめちまえ。

自分でもそう思ってゲームから大分離れた。

年に数本遊ぶかどうか。

でもまた味わいたいんだ。

あの頃のゲームへの没入感を。

私があの頃みたいにゲームを楽しむために、10倍の疾さでゲームをやれる環境が欲しい。

夢か現か、幻か。

面と向かっては誰にも言えないような、自分たち世界の話。馬鹿げた三文小説のような、稚拙で安っぽいものかもしれない。けれど自分たちにとっては本当にあった事だ。

幼い頃から自分の中にはたくさんの人間(今思えば別の人格とも言えるような、あやふやだけど確かに存在すると思っているもの)が居る。遊ぶのが大好きな明るくちょっとやんちゃな人。本を読むのが好きなおとなしい人。気が弱く、ちょっとたことで泣いてしまう人。ごっこ遊びが好きで、いろんな物語好きな人音楽が好きで、特に歌うことが大好きな人。怒りやすいけど言いたいことははっきりと言う人。大人のような知的で冷静な行動をとる人。日々をぼんやりと、俯瞰するように見つめている人。心優しく、他人大事にする人等。とにかくいろんな人いた。

そんな人たちが、自分身体を通して物事を見たり、感じたり、表現したりしていた。主に行動していたのは優しい人と物事をはっきりと言う人だった。

そうして日々を過ごし、普通の日々を幸せに感じながら成長していくはずだった。

そんな中、ある出来事きっかけに優しい人が殺されてしまい、自分という世界からいなくなってしまった。たくさんの人たちが驚き、嘆いて悲しんだ。その中でも物事をはっきりと言う人が一番取り乱した。優しい人と物事をはっきり言う人は双子のように特別仲が良かったからだ。殺される原因となった出来事を憎み、その出来事を起こした人物や、それを見ていて放置した人々を殺したいほどの衝動に駆られた。それを見た他の人はどうにかその怒りを外に出さないように、変わるがわる表に出て、怒りを誤魔化すように他人と会話をしたり、怒りを鎮める行動をとったりしてどうにかしようとした。

しかしそれが、自分という人の行動そのものしっちゃかめっちゃかにして、次第に他人から倦厭されるようになった。頭のおかしい人だと思われていった。

それを目の当たりにしたはっきりと物事を言う人が、ついに耐えきれなくなって、周りに当たり散らした。当時はそのおかしさ故にそこそこいじめられていたため、それに報復するような形で怒鳴ったり物を投げつけたりと、今思えばなかなかに酷い行動をとった。猜疑心に駆られていて誰も信じず、また誰にも頼ることもなくなった。

そうしていくうちに、友達と呼べる存在は少なくなっていった。

ある日、急に糸が切れたかのように、朝起きれなくなっていた。何もする気が起きず、ずっと携帯をいじっていたり、ぼうっと天井を眺めていたりした。

そうしていくうちに、睡眠障害になり、うつ病になった。自分世界の人たちも疲れきっていて、ただ黙っていた。主に活動していたのは周りを俯瞰するように眺めている人と、はっきりと物事を言う人だった。しかしはっきりと物事を言う人は、優しい人を失くしたショックで絶望していた。全てが色を失ったかのように、無気力に過ごした。

次第に自分世界に居た人々は少なくなっていき、今は両手で数えるほどになった。

今はそこそこ回復しつつあるものの、自分世界人間はやはり安定しないままで、話し方も雰囲気もころころと変わってしまう。おそらく他人から見たら相当に奇妙な人だと思われているだろう。

このままではどこにもいけないし、生きることすら難しい。

主に行動していた優しい人の残した傷痕が深く、何をするにもその出来事を思い出してしまい、まともに息すら出来なくなる。

色々調べていたが、イマジナリーフレンドや解離性同一性障害という言葉に行き当たったものの、自分たちはそういうものではなさそうだった。

じゃあ何だと言われれば何も言えなくなってしまう。

果たして自分たちは何者なのか。そればかりを考えて、今日も答えが出ないままだ。

確実に言えるのは、これから先は生きていけそうもないことだけ。毎日湧き出てくるような希死念慮とそれを誤魔化すためのネットサーフィンをして、生ける粗大ごみの如く、駄目人間として息を潜めている。

支離滅裂な上に長く読みづらい文章だけど、どこかに自分たちのことを書きたくてたまらなかった。創作でもなく、実際に感じたことだけが頼りで、記さなければ形すら得られないからだ。

こんな駄文を残すことをどうか許して欲しい。

2017-10-06

情報を正確に伝えることの重要性について

なぜ人は印象操作に走るのでしょうか。

印象操作によって得られた支持は、結局「印象操作で影響される程度」の知能レベル人間からの支持でしかなく、一過性のものだと感じます

本当に推し進めないことがあるのであれば、本来するべきは「それなりに知能指数のある人」を説得できる材料提示し、影響を与えた結果自分プラスになる相手を動かす努力をするべきだと思います

私の中で、結局印象操作に走る人間は「その場限りの数の暴力」を求めており、結果として「信用するに値しない」という結論に達します。

例えば(ここでヘイトスピーチ関連の話をするのははばからますが、良い例ですので)以下のwebサイトがあります

http://bandou.an-an.org/index.php?%E3%80%8C%E5%9C%A8%E6%97%A5%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E6%A4%9C%E6%8C%99%E7%8A%B6%E6%B3%81%E3%80%8D%E8%B3%87%E6%96%99%E3%80%80%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E5%B0%82%E7%94%A8%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

簡単に言えば「在日外国人のうち、韓国人犯罪数が多い」ということから韓国人の肩をバッシングする目的のページのようです。

バイアスがかかっておらず、普通知能指数がある人であれば、「なんで3D円グラフを使ってるんだよ」「犯罪件数じゃなくて、在日数で割って犯罪比率出せよ」と思うわけです。

稚拙印象操作逆効果になり、結局支持が得られなくなります

このデータ面白いのは、実際に犯罪比率で見ても同じ結果になりました。10分ぐらいしかデータを漁っていないので、正確なところはわかりませんが、わざわざ3Dグラフ意味不明データを使って印象操作せずとも、データ議論すれば同じ結果を出すことだってできるようです。

例えばこの人が、本当に何かをしたいなら、データで話をして、そのデータ分析するべきでしょう。でもそれをせず、単なる印象操作に走っています

ちょっとよくわかりません。

なんなんでしょうか?国会でもよくわからない印象操作がありましたね。

選挙等で、戦略的印象操作し、権力を手にしてから自分のやりたいようにやるというのは一つありでしょう。論理的です。

ただ、そのやり方は、「印象操作されない」レベルの人からは支持されにくいため、権力を手に入れてもオペレーションの部分でつまずく気がします。

なぜ人は印象操作に走るんでしょう。私の周りもそんな印象操作に動かされる人はいませんし、多分増田にもいなさそうなのですが。

私が思う以上に、世の中の人間はあまり賢くないんでしょうか。

2017-09-28

オタク界隈のウェーイがウザい

正直けもフレなんて、今どき大丈夫なのかと見まがうほどのあからさまな低予算クオリティおかしセリフ意味不明稚拙演出で、「いまどきこんなヘボいアニメ大丈夫かよ」って意味ネタとして面白がってただけなのに、そこにオタクIT界隈の意識高いオタクっぽい人たちが「ネタがわかるセンスがよくてノリもいい(プログラミングもできる優秀な)俺ウェーイ」つって乗っかって、ウェーイしたいオタクがウェーイウェーイたつきウェーイとかやっててうるさい

やってることは結局、普段おまえらがさんざん馬鹿にしてるパリピと同じウェーイでオタクはやっぱりキモい

しか日本はほんとに幼稚なものが好きで、真面目に命がけでハイクオリティものを作ってる人らが不憫でならない

どんな気持ちなんだろうなm

2017-09-24

感情的に人や物に当たる奴は死んで欲しい

感情的に人や物に当たる奴が許せない

人や物に当たるというのは「他責的行動」の一つであり精神的に自立していないからとのことだ

幼稚、稚拙、キレてる奴をそう切り捨てるのは簡単だが、一緒に仕事をしていかなければならないケースも多い

そういった連中巧く躱し、伝播する不快感を除去するのには一体どうすればいいのだろうか?

誰か教えてくれ

2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

今、二次創作界隈で起きていることをSSにした

今、二次創作界隈(主に女性向け)で起きていることについて、色々と思う事があるので個人主観SSしました。

稚拙な乱文ですが、何かしら伝われば嬉しいです。

ある車両痴漢事件が起きた。

朝の通勤ラッシュ時の混み合う車内での出来事だ。

悲鳴を上げた被害者女性は、痴漢男が胸を触ったと主張し、彼もそれを認めた。痴漢男の言い分はこうだ。

「さっきの急カーブバランスを崩してしまい、何処か捕まる所をと探したら目の前に女性の胸があった。触ってはいけないと分かっていたが、転びそうだったので気持ちに余裕がなく咄嗟判断を過った。こんな状況だし、わざとではないので女性も許してくれるだろうという甘えがあった」

勿論そんな言い訳女性が受け入れるわけがない。周囲の乗客も一緒になって口々に彼を責め立て、彼は

自分の行動は間違っていた。反省している。申し訳なかった」

謝罪をした。しかし、それでも周りは彼を許さなかった。

痴漢卑劣行為だ!」

「お前のような奴がいるから、俺たちが痴漢冤罪にビクビクしながら通勤するハメになるんだ!」

口々にそう叫び出し、やがて一人が痴漢男の胸ぐらを掴んだのをきっかけに殴る蹴るの暴行に発展した。

被害者女性は止めようとしたが、彼女の声は気が高ぶった乗客達の罵声にかき消されてしまった。

見兼ねた乗客の一人が

いくらなんでもやり過ぎですよ、次の駅で降りてもらって駅員さんにお任せしましょう」

と、割って入る。しかし、事態は収まらなかった。

痴漢を庇うなんて常識を疑う。さてはお前も痴漢なんだろう!?傍観している奴らも同罪だぞ!」

「そうだそうだ、痴漢を見て見ないふりをするお前らがいるから、痴漢がのさばるんだ。お前らも同罪だ!違うと言うなら声を出せ」

車内は大騒ぎになり、次の駅に電車が到着した時には既に痴漢男は息絶えていた。

たまたま同じ車両に乗り合わせていただけで巻き込まれ、大怪我を追う者も多かった。

しかし、痴漢男を殴り殺した正義感の強い乗客たちは

痴漢は死んだ!正義勝利だ!」

と、歓喜雄叫びをあげた。

それから数年。

朝の車内は空いていた。あの事件以来、電車通勤をやめる者が続出したからだ。

電車以外で通勤出来るサービスが次々と登場し、インターネット通信を利用して通勤せずに働く事のできる企業も増え始めている。

鉄道会社社長は頭を抱えた。

赤字経営が続いている。このままでは廃線するしかない」

2017-09-21

シンデレラガールズに対する批判について

同僚の皆さんこんにちは

最近またちらほらシンデレラガールズに対する批判と言いますか、同僚に対する批判と言います

相変わらず減らないですね~

内容を見て「あーすごく感情的になってるなぁ」と思います

すごく大事なことだと思います自分感情を隠しつつコンテンツに向き合うのはとてもきつい事ですからね。

どこかいいはけ口を見つけられれば一番いいのかも知れませんね。

そこで同じ気持ちでいる人を見つけられれば気持ちを共有できていいかもしれません。

しかし、しかしですよ?

その反対も普通にいるわけです。

なにかんがえてるの?ですとか、頭おかしいんじゃないの?とか。

批判に対する批判は当然あるものだと思います

シンデレラガールズ本体運営方針アイドルの扱いなどに不満を持つのはわかります。こんなん、自分と思ってたんと全然違う!罠や!運営の罠や!って言いたいんですよね?

でもあれなんですよ。

お前がそう思うならそうなんだろう。声の中ではな。

ってことなんです。

みんなそれぞれ考え方がある訳です。

自分の思うとおりにいかず、運営イラッと来る部分もあるかと思います

未だに自分担当デレステSSR実装されてない人や、声帯実装されていない方も沢山いらっしゃいます

不満を持つのは悪いことではありませんが、八つ当たりはやめて下さい。

もう嫌だから担当やめる!という方。

是非やめてください。

無理して続けてもストレスが貯まるだけです。

ストレスを貯めながら続けるのに相当する意味がないのなら今すぐ離れましょう。

意味存在するなら続けましょう。それだけのことなんです。

そんな簡単に考えられないよ!という方。

そもそも娯楽コンテンツということを忘れていませんか?

楽しむことが大事です。落ち着きましょう。

そろそろまとめます

担当のことでいろいろ考えるのはとてもいいことだと思います。でも担当のことで揉めるとほんとうに厄介です。

周りから見たらその担当品位を下げようとしてるの?としか見えません

その批判に対して自分担当アイドルはまだ〇〇なのにとか言ってるのも同じです

とりあえず落ち着きましょう

批判する余裕があったらその分自分担当するアイドルの良さを布教しましょう。

デレステSSR実装されてないアイドルSSR実装を夢見てトレーニングしてるんです。静かに応援しませんか?

声優さんがついていないアイドルは声がつくその日を夢見て頑張ってるんです。応援しませんか?

みんな一生懸命なんですよ。尊くないですか?私は彼女たちがとても尊く感じています

ここまで読んでいただきありがとうございました。

稚拙な文ですがご容赦ください。

最後一言

なんでも批判は消えろ

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