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はてなキーワード: エンターテイメントとは

2021-05-07

俺たちにも言葉の刃を握らせてくれ

拝啓ヒプノシスマイクくん。

ずっと君に伝えたかたことがある。どうか俺たちも、ラップでバトルをさせてくれないだろうか。

このことを言いたくて言いたくてずっとモヤモヤしていたので、今日匿名で吐き出せる場所をお借りして、ヒプノシスマイクくんへの思いを伝えたいと思います


ここ数日(いや数ヶ月)、ヒプノシスマイクオタク界隈はザワザワしている。バトルシーズンからだ。

今でこそ、界隈はそれなりにザワついている。けれどヒプノシスマイクくんはバトルシーズンの手始めに、高いクオリティと圧巻のパフォーマンス配信であることを生かしきった演出と、何より演じている方それぞれの魂がこもった素晴らしいライブを見せてくれた。

昨年3月コロナウイルスの影響によって配信にならざるをえなかったライブだって、もちろん素晴らしいものだった。でも今回のライブは、バトルであるという特性上「勝ちたい」という演者の方々の思いがビンビンに伝わってきて、その熱量とか気迫にグワッと心を掴まれものだった。画面越しなのに、こんなに熱くなれる、こんなに泣いて笑えるエンターテイメントがあるのか。そんな風に思わせてくれるライブだった。

この配信ではじめて聴くことになった新曲たちも、そのチームらしさが全開だったり、逆に今までにない曲調や歌詞だったり、心を鎮めないと冷静に聴けなかったり、逆に中毒になったように再生してしまったり、「待ってました!」と手を叩いて喜んだり、逆に「こんな風に来るの!?」と度肝を抜かれたり、どれも本当に最高だった。

それぞれのバトル曲も、言葉応酬と韻の踏み合いとそれぞれの信念のぶつかり合いを感じられて、どれも違う味わいながらも、たしかな満足の得られる仕上がりだったと思う。

視聴期間中、毎朝毎晩繰り返し観てもまだ足りないぐらい、プロフェッショナルによる最高のエンターテイメントを存分に味わわせてもらうことができた。関係者ご一同には、本当に頭が上がらない。早く円盤購入という形で感謝を伝えたい。

そしてここでは、観た人がどちらかのチームに一票を投じることができた。ひとつライブにつき一票。単純明快で、シンプルな仕組みだった。

「良すぎて選べない」という贅沢な悩みこそあれ、最終的に投じる票はひとつしかない以上、どちらかを選んでボタンを押すしかできなかった。

そしてこの時点で我々は、この一票が後に控えた投票形式での「一票」と同じ重みとして扱われるのかどうか知らなかった。(と、記憶している)いま思うと、それが不穏な空気前触れだったんだろう。

最高なライブの余韻の醒めないまま、現金投票券に換えてCDを積む形式のバトルが始まった。

前回のバトルでは、街からCDが消えたとか、相手チームのファンを装ったアンチ偽装工作をするとか、「〇〇のアニメイトにはもうCDがありません!」みたいな虚偽の情報が流れたりしたらしい。それは怖いな、と思っていたけれど、個人的な印象では、案外そうでもなかった。

から判明したところによると、「サイレント投票」といって、相手方に悟らせないように黙々と積むことが推奨されていたらしい。投票期間が終わると、「微力ながら〇票を投じました」というCDタワーの画像タイムラインに乱れ咲いていて、なるほどこれが令和のバトルか、と思った。

まあでも、外から見ている分には、比較的穏やかなまま過ぎていった期間だったように感じられる。

そのCD積みバトルが終わった段階で、中間発表をするのだと言われていた。

正直、なんでだろうとずっと不思議だった。戦いの火蓋が切って落とされた当時、我々は三次投票にあたる「VRバトル」の詳細を知らなかった。MAX一人6票らしい、というような情報はあったかもしれない。

とすれば、中間発表で僅差でも大差でも、ファンの母数が急激に変わらない以上、結果に大きな影響は与えられないだろうに。それなら、たくさんCDを積ませるためにライブでの投票が終わった時点でいちど結果を出せばいいのに。

不思議なことをするなあ、という疑念を抱きつつ、「VRで積めない可能性があるなら、実質CD勝負するしかない」と覚悟して積んでいる方々を見て、そういうものだろうかとアッサリ流していた。

で、中間発表があった。大差のついた戦いと、僅差の戦いと、逃げ切り/逆転を狙いたくなるような戦いがあった。(これ、あまりにも綺麗な分かれ方だったけど、ヒプノシスマイクくんの予想通りだったんだろうか)

そして中間発表と前後して、「VRでも積める」ことが判明した。しかも、一票あたりの単価が最もお得だ。(ライブはたしか四千円ぐらい、CDが二千円、VRは千円)そして、金額によって票の重みが変動することはないらしい。たぶん。

阿鼻叫喚、ってこのことか、と思った。タイムラインを眺めていると、めちゃくちゃに人間感情が乱高下していて、見ているだけで酔いそうな感覚になるほどだった。

すでに(単純計算で)十億円を超えるカネが動いていて、その上まだ、ヒプノシスマイクくんは人のカネと感情を動かすつもりらしい。

せめて少しでも巻き返したい、という気持ち

このまま圧勝したい、という気持ち

なんとか逃げ切りたかったり、猛追して逆転したかったりする気持ち

同じチームを応援する者同士の連帯感が高まる一方で、自陣への不信感を募らせたり、相手方への攻撃に転じたりする心情だってある。そして、今まで投じてきた票の意味を自問したり、疲れて何かが折れてしま気持ち

金銭によるバトルをはじめて間近で見る身として、ものすごい世界だなあと溜め息が漏れた。

中間発表の形式タイミングは、ここまできて振り返ると、それなりの合理性があったのだろう。

単に「VRも始めたからみんな観てね」って言うよりも、ずっと効果的に多くの人にアプリインストールプラットフォームへの会員登録をさせられる。

現金」や「CD」という物理空間での制約を受けない形式での投票は、よく言えばエコだし、わるく言えば金銭感覚をより麻痺させる。

中の人」を表に出して結果を発表するグロテスクだって結果的にはこの札束バトルを過熱させる要因のひとつになっている。

ごく個人的見解では、収益化のうまいコンテンツは見ていて信頼できる。そういう意味で、カネの集め方や人の心理誘導の仕方として、ヒプノシスマイクくんには一定の信頼を置いている。そのうえで、私は思うのだ。

ダッセーーーーー!!!!!

と。

ダサいあんまりにもダサい。やってることが格好悪い。ヒップホップってもっとイカした世界観じゃないのか?ここは昭和でも平成でもなくて令和、あるいはH歴じゃないのか?なんでこんなダサい商法を、君は性懲りもなく続けられるのか?答えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

ヒップホップとか、ラップミュージック歴史にあまり明るくない人間でも、少なくともこのジャンルは「富める者によって独占されるべき音楽」ではないんじゃないか突っ込みたくなってしまう。資本主義が一番偉いから、カネや地位権力のない人間は虐げられて一生地べたに這いつくばってるべきだっていう世界に反逆できなくて、何がペンは剣よりヒプノシスマイクなんだ?教えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

私には純粋に、それが疑問なのだコンテンツの維持にはお金必要なのは百も承知で、それでもなお、音楽(あるいは魂)の在り方と商法の相性が悪くて、これじゃああんまりにもダサいんじゃなかろうかと思ってしまうのだ。ダサすぎて仕方なくて、コンテンツとして廃れてしまうんじゃないだろうかと思って、そこに私はずっとヒヤヒヤしているのだ。


から、私は提言したい。せめて、俺たちもラップで戦わせてくれ!と。言葉がいまやマシンガンであるなら、ライムが脳漿をかき回せるなら、金銭以外のフィールドでも戦わせてくれないだろうか。

たとえば、CDを買ってシリアルコードを使って普通に投票すると、それは一票としてカウントされる。でも、リリックを添えて投票すれば、それが二票としてカウントされる。そういう仕組みはどうだろう。

こういう仕掛けなら、お金はあるけど時間のない人は、CDをたくさん買って黙々と投票すればいい。逆に、時間はあるけどお金のない人でも、リリックを練り上げることで力添えができる。今までたくさんヒプ生で学んできた知識も生かせるし、日本語母語としない人でも参加できるんじゃないだろうか。

日本語ラップ押韻判定が難しそうだけど、それを見極めるために人が雇われれば雇用の創出になるし、AI的なシステムを作ればラップの発展に貢献できるかもしれない。

今までプロとして歌詞提供してきた方々も、ひょっとしたら参戦してくれるかもしれない。それを見て、まだヒプノシスマイクに触れたことのなかったラッパーの方も、面白いと感じて参加してくれるかもしれない。総力戦である

こうなってくると、同じ「二票」になるのなら、CD二枚を買うのではなくてリリックを考えることを選択する人も出てくるだろう。演じている方への愛を伝える手段としても、体温のこもった一票を投じることができるというのは、悪い選択肢ではないはずだ。

それで、できれば、そうやって集まったリリックを選び抜いて、それを楽曲に使ってくれないだろうかと思うのだ。

それもまた、想像すら及ばないほど難しいものなんだろうということは、今まで世に出てきたヒプノシスマイク楽曲を聞いていればわかる。一連の曲の中で無駄フレーズなど一つもないほどに、リリックというのは緻密に組み上げられているのだ。

でも、たとえワンバースであっても、自分リリックが使われるかもしれないという可能性が見えていたほうが、ずっと張り合いがあるしドリームがあるじゃないかCD一枚、二千二百円に全身全霊をこめたリリックを乗せて票として投じて、それが「推し」のパンチラインになるかもしれない。そんなビッグドリームを抱けずして、何がヒプノシスマイクなのだろう。

ラップミュージックは、その人の人生を背負う音楽なのだという。だとしたらやはり、キャラクターへの愛やヒップホップへの造詣の深い人がより力を持つ投票の仕掛けとしても、リリックバトルをやってみてくれないだろうか。きっと面白いだろうから。それで盛り上がる世界を、私が見てみたいから。そんなムーブメントを巻き起こせるだけの力がヒプノシスマイクくんにはあると、私は特段の根拠もなく信じているから。

数年後には、「来たぜホンモノのDRB(絵文字) 燃やせ闘志入れてけよ気合い(絵文字) リリックバトルこれこそ新時代(絵文字)」みたいなフザけたお知らせとともに、本気でリリックバトルをブチ上げて欲しい。そういうヒプノシスマイクくんであってくれると嬉しいなと思っている、一人のファン気持ちでした。

なんだかんだ言いつつも、私はこのバトルシーズンをそれなりに楽しんでいるので、まずは今のバトルの結果を最後までキッチリ見届けたいと思います

2021-05-01

anond:20210430222051

日本ゲームより海外ゲームのほうが面白い→だから日本ゲームはもう駄目だ」という問題認識自体がもうむちゃくちゃなんだな。世界地図たことあるのか?という

日本」と「海外日本以外のすべての国)」という比較なんだから、そりゃ後者が勝つに決まってる

国別で見たら、アメリカダントツ(これはどのエンターテイメントでもそうだから当然の結果)すぎるだけで、そこに差をつけて日本イギリスカナダあたりのグループがある。いまだ日本ゲーム開発強豪国と言える。その下にフランスポーランド中国グループがあって、その下にそのほかの国々が並ぶ(これは具体的には2020年のTGAで各賞を受賞したりノミネートされてるゲームをチェックした)

2021-04-27

anond:20210427120940

100億持ってるやつが破滅するエンターテイメントを見れるープライスレス

配る金じゃなくて金持ち破滅すると気持ちいい方が大きい

本を読んでると不安になる

自分にとって本を読むってエンターテイメントでもあるけど「勉強」なんだよね。

勉強」してると自分が正しい方向に進めているのかが気になってしまう。

「この"勉強"方法でいいのかな?本当はもっと違う方法が、もっと違う勉強があるんじゃないか」と不安になってしまう。

漫画映画アニメ純粋エンターテイメントからどうでもいい。

方向性なんてどうでもいい。楽しめればそれでいい。

でも本は正しい方向に進めなくてはいけない気がしてしまう。

から本が読めない。

っていう言い訳

ゴールデンウィークは本を読みたい。

2021-04-25

民主党は政権交代をエンターテイメントにすることへ成功したけどその先がなかった

政治エンターテイメントにすることへ長けていた、というか政治エンターテイメントにする人材がよく登場するのは自民党だけれど、自民党から離党した人たちが中心となって作った民主党はその手法を真似て政権交代エンターテイメントにし政権交代を果たしたけれど、その先がなかったよね。

しかも悪いことにその成功体験現在まで尾を引いてしまっていて、どうもエンターテイメントのもとじゃないと政権批判すら出来ない体質になってしまっている。

日本人政治を真面目に捉えがちでエンターテイメントへすることへ表面上は否定するけれども、これもまた日本人の悪い癖でお祭りが起きれば参加したがる傾向にあり、しかも「我々は真面目な話をしているんだ」と政治というオモチャで遊んでいるのに遊びじゃないふりをする。

はてなーだってその例には漏れず、政治エンターテイメントとして「消費」して遊んでいる。情報化社会で怒涛に溢れる面白いコンテンツの1つとしか政治を捉えていない。

俺もそのうちの1人だけど、そろそろ認めるべきだよね。政治面白い俺達のオモチャだって政権交代しても俺たちに責任はないって考えてるって。

食品業界の闇

と言う名のエンターテイメントってあるよね

 

「私達が普段食べているもの問題がある」

安全性環境の面でリスクが有る」

もっと素晴らしい食べ物があるはず」

 

問題がある、あってほしい

そういう思想ってどこから来るんだろう?

2021-04-18

コロナ疲れだけではなく、コロナ元気もある

オフィスに出勤できず、仲間と会いづらく、顔を合わせづらい現状。

最高の社会が来たなと思っている。

 

もちろん観光飲食エンターテイメントなどに多大なダメージがあり、経済的にも疫学的にもメチャクチャやばいので、速いところ収束してほしいのは間違いない。

「最高の社会」というのも、コロナでみんなが苦しんでいる社会が最高!と言うことではなく、「出勤しなくていい」「飲み会に行かなくていい」「社会人の雑談をしなくていい」「会議も余計な話題が出ない」「完全成果主義

これらの点があまりにも性に合っていて、前よりも生き生きと仕事ができているという事だ。

要するに生きやすいのである

 

まあ社会不適合者とか、コミュニケーションに難ありということではあるのだが、「今のほうが楽だ」という声が取り上げられることは少ない。

業種的にもむしろ儲かっているような業種だし、「みんながみんな辛いんです!」というような論調を見ると「なんだかなあ」という気持ちになる。

 

新型コロナ流行経済的にと言うよりは精神的につらい人がほとんどだと思うが、今感じている苦しみを以前のようなの社会の時に我々は感じていたということをなんとなく感じてもらえれば良いなと思う。

謝罪を求めるとかマウントを取るとかそういう話ではなく、価値観の違う他者理解する一助としたいというところである

2021-04-09

anond:20210409173250

「ストライサンド効果」という用語は、アメリカ合衆国歌手女優エンターテイメント界の大物、バーブラ・ストライサンドに由来する。

2003年バーブラ自分邸宅が写っていたネット上の画像の公開を差し止めようとして裁判を起こしたが、

かえって世間の関心を集める結果になってしまった。

トライサンド効果(ストライサンドこうか、英語: Streisand effect)は、ある情報隠蔽したり除去しようとしたりする努力が、かえってその情報を広い範囲拡散させてしまう結果をもたらす現象意味するインターネット・ミーム

2021-04-06

七草にちかにかけられたソレは果たして本当に「呪い」なのか?

あるいは呪いにかかっているのはシャニPもしくはアイマスPなのではないか


 以下は苦言でも要望でもお気持ち表明でもなく、単なるアイマスPの断末魔なので悪しからず放っておいて欲しい。

 

 七草にちかをやった。「やった」というのはつまり、W.I.N.Gを勝ち、W.I.N.Gに負け、喜びと悔しさと悲しみと夢と絶望とを一通り味わったということだ。

 

 シャニマスくんさあ……君はアイマスを、アイマスPをどうしたいの? そもそもシャニマスくんが作りたいのはアイマスなの? それとも仮面ライダー555なの?

(当然、シャニマス新アイドルの『七草にちか』に関するネタバレあり)

 いや、我々に非がないとは言えないよ。確かに我々は天井努で盛り上がりすぎていた。あまりにもにちか本人を放っておいてあの男をいじり倒すのに夢中になりすぎた。いや、もしかしたら、あの見た目に特徴の無い、いろんな意味フラットな外見であるにもかかわらず背後の関係性だけが妙に複雑でその矢印が暴力的なまでに天井努に向かっている設定を見るに……もしかしたらSHHis発表後の天井努を廻る喧騒すらもシャニマスくんの掌上の出来事だったのか?

 あまりにも「普通」の女の子を……「普通女の子アイドルにするってのはこういうことなんだぞ」を、よりによってノクチルの後に、樋口円香の後に、『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に叩きつけてくる所業は、天井努の件を抜きにしたって人の情があまりにも無さすぎる。むごすぎる。

 アイドルを夢見てアイドルになったのにアイドルとしての幸せを見つけ出せなかった天海春香ifとして、人に夢を見せる笑顔すら本人を傷つける茨でできた仮面となるアンチ島村卯月として、アイドルを続ける夢や動機すら他人からの借り物である春日未来オルタとして、そして何より「普通であって特別じゃない。なのに普通じゃない夢のような事を”できてしまった”」櫻木真乃殺しとして、あるいはそういった「夢」と瓶に書かれた毒を飲み込めない天道から最も遠い者として、シャニPどころかアイドルスター歴史のものを、今まで「普通の子アイドルに!」の物語を無批判かつ無責任に受け入れ紡いできたアイマスP達を殴りつける存在七草にちか。

 樋口円香が放った「あなた責任が取れるんですか」パンチをかろうじて受け止められそうなシャニPを追撃で殺す少女七草にちか。

 “明”るい部屋を、「やりたいことがわかっている葉月」と共に探したシャニPを刺しに来た少女「やりたいことがわかっているつもりの日花」。

 あまりにも平凡で普通なのに舞台に上がってしまった、上がれてしまった、上がり続けることができてしまった、上がり続けることを約束されてしまった少女七草にちか。

 大袈裟な言い方かもしれないが、彼女の登場はシャニマスの……いや、アイマス価値観根本から変えた。にちかの平凡さから逆説的に語られ始めてる真乃や智代子や小糸の「やっぱり普通じゃない普通さ」だけじゃない、そもそも「『普通の子』がアイドルなんかやったらこんなんなっちまうんだ」「今までプロデュースしてきたアイドル達はこういうぺんぺん草を燃やしてきたんだ」という現実提示。あるいは天海春香から始まる「普通の子」の歴史、もしくはいつのからか語られていた「普通の子アイドルになるシンデレラストーリー」そのものへのネガ七草にちかのあの“笑顔”がそれら全てを「ちょっと待てよ」の俎上に上げる。「アイドルをやるってことを甘く見てないか」「板の上に幸せはあるのか」「舞台の上に楽しさを見つけられなかったら、それでも続けなきゃならないのか」「じゃあ舞台から引きずり下ろせば幸せになれるのか」「そんなことも今まで考えたこともなかったのか」……。今までのアイドマスター15年をもう一度1から検証し直さなければならないほどの問いを、あの色の定まらない瞳が投げかけてくる。

 ただ、じゃあそれは「呪い」と呼ぶべきものなのか? とも考えてはいる。

 

 七草にちかの200%は曲がりなりにも、13,000越えのアピール数値を叩き出しW.I.N.Gの決勝審査員を吹き飛ばした。七草にちかはそれを「できてしまった」。それにより、確かににちかは月まで伸びる赤い地獄の道をこの先も歩き続ける羽目になってしまったが……それは果たして本当に「呪い」であったろうか。

 よしんばそれが呪いと呼べるものであったとして、ソレは本当に七草にちかにかけられた呪いであったろうか。

 確かにアイマスは、プロデューサーかいおっさん少女達に救いを与えるだけの物語であるけがない。逆に15年ものおっさん達に救いを与えてきた物語であるはずだ。 

であるならば逆に

 「普通少女達が普通にしているだけというかけがえのない時間の輝きに『アイドル』という体裁を与えて人々に提示できるエンターテイメントにするのもプロデューサー仕事だ」とシャニPに言わせた『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に、この「アイドルの道をただ歩いているだけで幸せから遠ざかりそうな少女を、なんとかして幸せにする」ミッションをシャ二Pに課したシャニマスくん。あまりにも反アイマス的であり、「それは純然たるアイドルプロデュースである」という意味ではあまりにもアイマス的でもある。

 そういう意味で、あるいは七草にちかの物語シャニPにとっての、あるいは俺らアイマスPにとっての呪いではなかったか

 確かに七草にちかの輝きは彼女の前に地獄の道を伸ばしたかもしれないが、逆に言えば、そんな地獄の道の上にも確かに輝きはあった。そんな輝きを拾い集めてにちかにとって地獄ではない道に変えなければならない。それもあの天井努と七草はづきとノクチルら先輩アイドル達がいる中で。そんなシャニPこそ呪いの中にいるのではないか

 言われてみれば確かにアイマスにおいて夢は呪いだった。無印アイマス天海春香ドーム勝利エンドの先へ進ませたのは、アイマス2で如月千早を殺そうとしたのは、デレアニで島村卯月を苦しめたのは、etc.etc.....それは彼女ら彼らの夢と表裏一体になった呪いだった。そしてとうとう、アイデンティティのものの中に夢という呪いを組み込んだアイドル……いや「女の子」があらわれた。そんな七草にちかがアイドル道を、シャニマス世界を、アイドルスターを、どうやって歩んでいくのか……。にちかの登場はアイドルスターを大きく切りつけたが、それ故に、新たな切り口でアイマスを楽しめそうな気がしてならない。アイマスに新しい角度を与え、新しい視点を作った七草にちかの物語……それはもしかすると「祝い」なのかもしれない。

 しっかし新アイドル一人目の登場だけでこんなんなっちまって……二人目の緋田美琴が出てきたらどうなってしまうんだ? 本当に「わたし(she)がわたし(she)」になれるんだろうな? そもそも「(she)」ってまさか彼女」ってことじゃないだろうな?


 

 

 それはそれとしてこういう邪悪物語大好物。正直シーズン4くらいになると「そうだよ。これからも君はこの道を歩いて行かなきゃならないんだよ(愉悦)」と思っていた部分もある。

 なのでどんどんやってくれ高山

2021-03-21

渡辺直美存在イデオロギー化している

例の電通おじさんによって、渡辺直美という芸人をどのように見なすかが真っ二つに割れているのではないか

1.エンターテイメントの本場アメリカで認められているパフォーマー

2.不摂生デブ自分を見せ物にして踊り芸で成り上がった芸人

世間評価の一つとしては、渡辺直美世界活躍できるエンターテイナーとする見方がある。

これはプラスサイズモデル容認するという意味合いからポリコレ親和性が高い。

そして電通おじさんのように、渡辺直美容姿自虐芸で笑いを取る「見せ物芸人」として見なしている考え方の二つ。

電通おじさんのLineは、このイデオロギー紛争の争点を浮かび上がらせたということだと思う。

2021-03-15

キャラ萌え映画は復習の後で

農村部分の押しつけがましい価値観イマイチ演出ストーリーの雑な回収に全然共感できなかった。

旧劇新劇全て観たけれど、今回はエンタメとしては特に楽しいものではなく、クソ映画とは言いすぎにしても、駄作ではあったと思う。

プロットには何の驚きも捻りもなかったし、わざとにしても前半の農村は書き割りというか単調というか、演技も大根だし、後半のSci-Fiも格好良くはなかったな。最後の親子の戦いだってセルフオマージュにしても絵面的にきついものがあった。

振り返ってみれば、エヴァQはまだ新規性意外性やディストピアっぽさ、あと絵面の面白さはあったと思う。うろ覚えだけど。

庵野監督私小説とかはどうでもいい民なので、もう少しエンターテイメントとして楽しめるものであって欲しかったです。

あるいは、「アニメ映画として楽しめない」ことを狙った映画なら事前に「これはつまらなく作った映画です」と言ってほしい。間違ってもそんなことはないと思うけど。

そんなわけで月曜日の「プロフェッショナル」は怖い物観たさで録画予約した。

今回のは、登場人物に対するキャラ萌えとか以外の楽しみ方をするものではないと思った。

あのアニメ映画を楽しみたいなら、少なくとも新劇場版を全て復習してから劇場へ足を運びましょう。

そうしたら各キャラストーリー回収に大団円共感くらいはできたかもしれない。

しかしもう一度観に行くのも億劫だし、とても残念だ。大まかなストーリーくらいは覚えてたんだけど、キャラ愛が足りなかった。

2021-03-11

お前ら演劇大好きすぎワロタ

日本演劇界が停滞しているのは「チケットが高すぎるから」か「給料が安すぎるから」か?

https://togetter.com/li/1679865

ここのブコメさあ

演劇のことまっっったく知らんやつが何とかなんかしら言おうとしすぎだろwwww

ほんとは演劇めちゃ見たいんだろwwww

舞台沼とか言ってる人たちが羨ましいんだろwwwwwwww

と思った。

演劇に一切興味なかったらそもそもコメントしないでしょだって

個人的に興味のないエンタメ、たとえばサッカーにあまり興味がないんだけど、

サッカー業界がどうやってこれから発展していくかみたいなまとめにコメントしないもの

そもそも書けることがないし書きたいとも思わんし

なぜわざわざ、知りもしないことを語ろうと思ったの?

好きなんだろ、ほんとは見てみたいしはまってみたいんだろ?

有名な役者舞台応援しててワシが育てた顔してみたいんだろ?

(なお堺雅人はワシが育てたんでよろしく

テレビでは単なるアイドル的人気かと思ってた俳優の思わぬ身体能力演技力に驚嘆したりしたいんだろ??

三浦春馬身体能力はほんとに素晴らしかった、かえすがえすも惜しい)

高橋由美子めっちゃうたうまいしいまだにめっちゃかわいい



ただなーはてなーには演劇楽しむのが難しいってのはねーわかるようんうんよくわかるー

ていうのも演劇って一度「批評する自分」をはずさないと楽しめないからねー


そこはライブと少し似ていると思うんだが

ライブで細かい演奏ミス歌詞の間違いなんかを気にしてCDと同じ音質を聞こうと思ってたら楽しめないわけじゃん

でもその場の生の体験プレイヤーと同じ場にいて観客席の中で震える空気を直接感じとる体験をするときやはりそれは得難い喜びがある

家で音源を聞いてるとき批評的な目線は一度ストップする

なぜかというと、そのライブの場を「楽しかった」ものとして記憶するには、

そのパフォーマンスを「楽しむため」に感覚を全振りしなくてはならないか

集中して、手を叩いて、声をあげて、音楽を楽しむためだけの自分になろうとするし

それが舞台の上に伝わるのがわかる

そうして聞く音楽特別体験になる

家でごろごろしながら聞き流す音楽とは別物になる

演劇はわざわざ「騙されにいく」エンターテイメント

舞台の上の人たちと一緒に自分自分を騙そうとする

そこに火はないし水もない、絶世の美女もいないし犬もいない

舞台女優は近くで見たら案外普通だし夜の月明かりは単なる色セロファン

でもそれを、騙されるために見る

彼女は絶世の美女で、あのカップには酒が入っていて、血も吹き出ないけど彼は切られて死んだし、いきなり歌をうたいだすのは普通のことだ

そんな風に、自分意識舞台の上の人たちに協力的に向ける

そういう意識の開きかたをした先に、演劇しか味わえない喜びがあるし

そういう意識の開きかたを、よい舞台というのは力ずくに仕掛けてくる


なお一応書いておくと

演劇のサブスク配信はあり(結構な量が無登録無料で見れる)

https://v2.kan-geki.com/

演劇映画館で見れ

http://www.geki-cine.jp/

https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/sp/

https://www.ntlive.jp/

https://broadwaycinema.jp/

演劇テレビでもやっていて(BSが主だが)

http://www.moon-light.ne.jp/news/tv/

なに見たらいいかわかんない人は普通に賞とったやつ見ればいいと思う

https://www.hakusuisha.co.jp/smp/news/n12020.html

https://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20191217150000.html

ところで冒頭のまとめ、今の日本演劇の現状に課題がないとは思わんが

別に停滞してないんで何ソースでいってるのかさっぱりわからん

しろ市場規模は拡大してるし

有名どころのチケットはとりづらくてかなわんくらいだし

から賢いはてなーの皆さんは来なくていいですよ

むりでしょ? 演劇楽しむの

半笑いで斜に構えてバカにするとこ見つけられる方がかっこいいと思ってるもんね?

いいよいいよそのままの君でいてくれ

・・・

追記

ふつうに興味のある人向けに真面目に演劇関連のリンク張ったところで

演劇題材という時点でにわかウエメセ説教フェチの遊び場になるのが目に見えてたか

とりあえずそいつらがアホに見えるように明らかに文体変えて煽りをおいといたんだが

まさかそれにマジレスちゃう読解力の人がトップブコメになると思わなかった

あの煽りマジでカチンと来てる時点で自分の日頃の行動の浅薄さを白状してるようなもんなのにな

2021-03-10

[] #92-7「サイボーグ彼女

≪ 前

「私の怪我は、両社で行われた催しが発端なんですよね」

はい、おっしゃる通りです。テナントを奪うための戦い、という体で……」

「その戦いに参加させてもらえないでしょうか」

「ええっ!?

みんな困惑していた。

この催し自体、もはや中止という方向で両社共意見が一致していた。

それを再開するどころか、被害者が自ら乗り込みたいと言い出したのである

自分をこんな目に遭わせた、いわば死地といえるような場所なのに。

しかし、母はこんなもの死地だなどと思いたくなかった。

クダラナイ茶番の幕を、自らの力でもって閉じる。

それこそが、自分が前に進んでいくのに必要なケジメだと考えていたんだ。

「いや、しかし、この戦いはロボット同士によって行われるもので……」

「今の私だってロボットみたいなものでしょう」

無理筋だったが、ここまで押しが強いと断るわけにもいかなかった。

自分たちの過失でこうなった以上、被害者要求は飲まざるを得ない。

まあ、莫大な賠償金だとか法外な訴えをされるよりはマシだという打算もあったのだろうが。


この出来事は、世間に驚きをもって迎えられた。

企業同士の争いに巻き込まれ少女が、機械身体に生まれ変わって戦いを終わらせる』

ロボットVSサイボーグ少女

……なんていうストーリーは傍から見れば分かりやすく、極上のエンターテイメントのものだ。

もちろん実在する被害者を、そのようなストーリーで消費しようとする姿勢について疑問視する声もあったが、大局的には肯定的な声が多かった。

企業側にとっても、“本人たっての希望”という建前があり、信頼回復のため催しを再開できるのは願ったり叶ったりだった。


母はシックスティーンへの復讐という名目のため、一応はラボハテ側のチームとして参加。

そうして行われた第一戦、勝負は圧倒的だった。

母の一人勝ちである

ラボハテ側に味方ロボットもいたが活躍はないに等しく、実質一人で全滅まで追い込んだ。

観客からすれば怒涛の展開に見えるだろう。

しかし、事情を知る者からすれば必然的な結果だった。

以前、説明されたように、この戦いにはレギュレーションが設けられている。

これのせいで、ロボットは程ほどの強さにしかできない。

対して、母のスペックは周りのロボットよりワンランク上だった。

更にロボット側が、母に万が一のことがないよう更に武器威力を下げていたのである

母がそうしろと言ったわけではないが、相手はこの件で大怪我を負った被害者

手加減や忖度とまではいかずとも、技術者の間で遠慮や気負いがあったのかもしれない。

また、この時点では状況判断力人間の方がまだ優れていた。

機械情報処理時間をかけている間に、母は既に間合いを詰めて攻撃を行っている。

次 ≫

たぶん認識問題

A:ストーリーうんこ劣化EOEで庵野とモヨコの私的物語だったか

増田投稿したストーリーへの言及トラバ無しだったけど

映画サイト投稿したのは反応付いたので

まぁみんな思っていることは同じかなって思った

  

 

B:所信表明を守らなかった庵野絶対に許さなマン

最後に、我々の仕事サービス業でもあります

当然ながら、エヴァンゲリオンを知らない人たちが触れやすいよう、劇場映画として面白さを凝縮し、世界観を再構築し、

誰もが楽しめるエンターテイメント映像を目指します。

 

庵野秀明総監督ヱヴァンゲリヲン新劇場版所信表明映画ポスターgigazine

https://i.gzn.jp/img/2007/02/17/evangelion/big_message.gif

"所信表明を守らなかった庵野絶対に許さなマン" は、エヴァお金を落とす人たち、

それもエヴァ大金を注ぎ込んできた人たちが多いので仕方がないかなって気はする。

 

ワイは破はゴミの極みだと思っていてQで歓喜した派だけど、

そんなワイがエヴァ関連で落とした金は、EOEとQのDVDゲーム5作とCD1本と貞本版漫画映画館de映画くらいで

ぜんぜんエヴァに金を落としてないからな。エヴァ関連の殆どをサブスクで済ませてる

 

 

C: CP爆破、キャラ爆破

CP厨が発狂している。

一貫してアスカの扱いが酷い、破の綾波(個人的には気持ち悪かった)をQで爆破した批判を受けて反撃、

ここまではいもの庵野くんなんだけど、シンで念入りにすべてのCPを爆破した

過去ガイナ名義でBL含めてキャラCPれるゲームを出していたのにである

 

ぶっちゃけていうと関係萌えは好きじゃないのでザマァと思わないでもないのだけど、

Bの所信表明を守らなかった庵野絶対に許さなマンと同じく、

エヴァ大金を落としている人たちが多い

金持ちオタク向けに、100万、1000万するアイテムとかも出してたしなぁ

庵野運営する会社お金が入らないからどうでもよかったのだろうか?

 

 

D:繊細ヤクザオタク

周囲に気を遣って傷ついていないフリをするよりは気持ちを表明した方が遥かに良いので別にいいけど

自己愛パーソナリティ障害の過敏型かな?って感じる

 

 

  

E:隙あらば氷河期

ノーコメント

 

 

  

 

anond:20210310113802

anond:20210309164507

庵野よ、聞け。

お前は「卒業式」をやってるつもりだったんだろうが、みんなはとっくに『新世紀エヴァンゲリオン』なんて作品卒業してたんだ。

お前が作ったあのどうしようもない投げっぱなしの『Air/まごころを、君に』とかいエヴァ完結編があったろ?

お前が宮村にフられたからってアスカをズタボロにしたり、自分作品否定したオタク意趣返ししようとしたあの作品だよ。

お前があの映画でみんなに伝えた「現実に還れ」というメッセージはきちんと俺たちに伝わったよ。

アニメ漫画登場人物たちに「自己投影」することは無くなった。

感情移入」はするかもしれんが、キャラクター自分だと思い込んだりはしない。

キャラクターキャラクターのまま楽しむし、キャラクター応援する。

アニメ漫画ゲームストーリー自分人生だと思うことだってない。

エンタメエンタメだって、作り物だってそれを分かった上で楽しんでる。

みんなそうやってエンタメコンテンツに向き合ってる。

「まるで自分が描かれているようだ!」と錯覚したお前の素晴らしいエヴァからそうやってみんな卒業していったんだ。

その上で2006年にお前は所信表明出したろ?

なんて書いてたか覚えてるか?

『誰もが楽しめるエンターテイメント映像』を目指すって書いてたんだ。

もう卒業したエヴァだったけれども、お前の私小説じゃないエンタメ作品としてのエヴァが見られるかもと思ってワクワクしたよ。

ついでに終わって8年かそのくらい経って久しぶりに語りたくなったのもあったよ。

同窓会」だと思って、もう一度エヴァに向かったんだよ。

序は良かったよ。

あの時の映像を今風にするとこうなるのかーって素直に感心した。

破も良かったよ。

中盤まで第十二使徒以降暗くなった本編をエンタメに寄せるとこうなるのかと感心して、最後シンジが決意を決めるところはEOE以降なんどもシンジがそうなる二次創作を書いてきた俺には報われたような気持ちになったよ。

同窓会」は大盛り上がりだ。

なんでか知らんがそこから入ってきた奴らに得意げに昔のお前の投げっぱなしを語ったりしたよ。あの投げっぱなしも良い思い出になってたんだ。

から見てたやつらは、エヴァの後にハマったのは何か?で大盛り上がりしたよ。

口を揃えてあいつら「ハルヒ」って言いやがるんだ。

もちろん俺も好きだったよ。

良い同窓会になるって本気で思ってたんだ。

ゴジラだ、ウルトラマンだと好きな道で遊べそうなのに「早くエヴァを作れ」と言うオタクが嫌だったんだろ?嫌いだったんだろ?

ムカついたんだろ?

ガイナエヴァ権利関係で揉めて、「エヴァンゲリオンがあるからダメなんだ」と思ったんだろ?

今まで一人のキャラクターだったシンジにまたお前が乗り移ったのをQで見たよ。

どうにもならないのを責め立てられてる可哀想自分

なにをしてもうまくいかないと厭世的になってる。

Qからきちんと伝わってきたよ。

お前、鬱だったんだな。

つのまにか同窓会葬式へと変わってたよ。

そしてシンだ。

ちゃんという現実に救われたお前にとって、虚構エヴァオタクを縛ってしまったのを申し訳なく思った。

作中のシンジ言葉を借りるならば「落とし前」をつけるべく「卒業式」をやろうとした。

しかも二度と戻ってくる気力が湧かないように全部を瓦礫に戻して。

でもな「卒業式」なんかしなくてももうみんな卒業してんだよ。

虚構現実の違いなんてみんな分かってんだよ。

現実を生きてきたんだよ。

そうじゃなかったのはお前だけだ。

エヴァ監督と紹介されることが多かったからなのか、エヴァ以上を作れなかったからなのか「エヴァ呪縛」に苦しんでたのはお前だけだ。

卒業できてなかったのは庵野、お前だけだ。

お前だけだよ、未だにキャラクターキャラクターと思えずに自分や誰かのアバターだと思ってるのは。

昔好きだった女の宮村=アスカを、作中のオタクだったケンスケに渡したのは俺たちへのご褒美のつもりだったのか?

庵野=シンジが昔好きだった宮村=アスカに「好きだった」って言うところなんか気持ち悪くて泣きそうだったぞ。

最後にモヨコ=マリと一緒に駆け出していくところもそうだ。

みんな幸せにしてたラストの駅のシーン、アスカだけ一人だったのは離婚してる宮村への当て擦りか?

そんなにフラれたのがムカついたのか?

まぁもうどうしようもない。

今週末にはこの葬式を見に行くやつも大勢増えることだろうよ。

せいぜいこの葬式が派手に燃えてくれることを祈るしかない。

今なら人類補完計画を目指したゲンドウの気持ちが分かるよ。

シンエヴァかい葬式について

庵野よ、聞け。

お前は「卒業式」をやってるつもりだったんだろうが、みんなはとっくに『新世紀エヴァンゲリオン』なんて作品卒業してたんだ。

お前が作ったあのどうしようもない投げっぱなしの『Air/まごころを、君に』とかいエヴァ完結編があったろ?

お前が宮村にフられたからってアスカをズタボロにしたり、自分作品否定したオタク意趣返ししようとしたあの作品だよ。

お前があの映画でみんなに伝えた「現実に還れ」というメッセージはきちんと俺たちに伝わったよ。

アニメ漫画登場人物たちに「自己投影」することは無くなった。

感情移入」はするかもしれんが、キャラクター自分だと思い込んだりはしない。

キャラクターキャラクターのまま楽しむし、キャラクター応援する。

アニメ漫画ゲームストーリー自分人生だと思うことだってない。

エンタメエンタメだって、作り物だってそれを分かった上で楽しんでる。

みんなそうやってエンタメコンテンツに向き合ってる。

「まるで自分が描かれているようだ!」と錯覚したお前の素晴らしいエヴァからそうやってみんな卒業していったんだ。

その上で2006年にお前は所信表明出したろ?

なんて書いてたか覚えてるか?

『誰もが楽しめるエンターテイメント映像』を目指すって書いてたんだ。

もう卒業したエヴァだったけれども、お前の私小説じゃないエンタメ作品としてのエヴァが見られるかもと思ってワクワクしたよ。

ついでに終わって8年かそのくらい経って久しぶりに語りたくなったのもあったよ。

同窓会」だと思って、もう一度エヴァに向かったんだよ。

序は良かったよ。

あの時の映像を今風にするとこうなるのかーって素直に感心した。

破も良かったよ。

中盤まで第十二使徒以降暗くなった本編をエンタメに寄せるとこうなるのかと感心して、最後シンジが決意を決めるところはEOE以降なんどもシンジがそうなる二次創作を書いてきた俺には報われたような気持ちになったよ。

同窓会」は大盛り上がりだ。

なんでか知らんがそこから入ってきた奴らに得意げに昔のお前の投げっぱなしを語ったりしたよ。あの投げっぱなしも良い思い出になってたんだ。

から見てたやつらは、エヴァの後にハマったのは何か?で大盛り上がりしたよ。

口を揃えてあいつら「ハルヒ」って言いやがるんだ。

もちろん俺も好きだったよ。

良い同窓会になるって本気で思ってたんだ。

ゴジラだ、ウルトラマンだと好きな道で遊べそうなのに「早くエヴァを作れ」と言うオタクが嫌だったんだろ?嫌いだったんだろ?

ムカついたんだろ?

ガイナエヴァ権利関係で揉めて、「エヴァンゲリオンがあるからダメなんだ」と思ったんだろ?

今まで一人のキャラクターだったシンジにまたお前が乗り移ったのをQで見たよ。

どうにもならないのを責め立てられてる可哀想自分

なにをしてもうまくいかないと厭世的になってる。

Qからきちんと伝わってきたよ。

お前、鬱だったんだな。

つのまにか同窓会葬式へと変わってたよ。

そしてシンだ。

ちゃんという現実に救われたお前にとって、虚構エヴァオタクを縛ってしまったのを申し訳なく思った。

作中のシンジ言葉を借りるならば「落とし前」をつけるべく「卒業式」をやろうとした。

しかも二度と戻ってくる気力が湧かないように全部を瓦礫に戻して。

でもな「卒業式」なんかしなくてももうみんな卒業してんだよ。

虚構現実の違いなんてみんな分かってんだよ。

現実を生きてきたんだよ。

そうじゃなかったのはお前だけだ。

エヴァ監督と紹介されることが多かったからなのか、エヴァ以上を作れなかったからなのか「エヴァ呪縛」に苦しんでたのはお前だけだ。

卒業できてなかったのは庵野、お前だけだ。

お前だけだよ、未だにキャラクターキャラクターと思えずに自分や誰かのアバターだと思ってるのは。

昔好きだった女の宮村=アスカを、作中のオタクだったケンスケに渡したのは俺たちへのご褒美のつもりだったのか?

庵野=シンジが昔好きだった宮村=アスカに「好きだった」って言うところなんか気持ち悪くて泣きそうだったぞ。

最後にモヨコ=マリと一緒に駆け出していくところもそうだ。

みんな幸せにしてたラストの駅のシーン、アスカだけ一人だったのは離婚してる宮村への当て擦りか?

そんなにフラれたのがムカついたのか?

まぁもうどうしようもない。

今週末にはこの葬式を見に行くやつも大勢増えることだろうよ。

せいぜいこの葬式が派手に燃えてくれることを祈るしかない。

今なら人類補完計画を目指したゲンドウの気持ちが分かるよ。

anond:20151219074050

庵野よ、聞け。

お前は「卒業式」をやってるつもりだったんだろうが、みんなはとっくに『新世紀エヴァンゲリオン』なんて作品卒業してたんだ。

お前が作ったあのどうしようもない投げっぱなしの『Air/まごころを、君に』とかいエヴァ完結編があったろ?

お前が宮村にフられたからってアスカをズタボロにしたり、自分作品否定したオタク意趣返ししようとしたあの作品だよ。

お前があの映画でみんなに伝えた「現実に還れ」というメッセージはきちんと俺たちに伝わったよ。

アニメ漫画登場人物たちに「自己投影」することは無くなった。

感情移入」はするかもしれんが、キャラクター自分だと思い込んだりはしない。

キャラクターキャラクターのまま楽しむし、キャラクター応援する。

アニメ漫画ゲームストーリー自分人生だと思うことだってない。

エンタメエンタメだって、作り物だってそれを分かった上で楽しんでる。

みんなそうやってエンタメコンテンツに向き合ってる。

「まるで自分が描かれているようだ!」と錯覚したお前の素晴らしいエヴァからそうやってみんな卒業していったんだ。

その上で2006年にお前は所信表明出したろ?

なんて書いてたか覚えてるか?

『誰もが楽しめるエンターテイメント映像』を目指すって書いてたんだ。

もう卒業したエヴァだったけれども、お前の私小説じゃないエンタメ作品としてのエヴァが見られるかもと思ってワクワクしたよ。

ついでに終わって8年かそのくらい経って久しぶりに語りたくなったのもあったよ。

同窓会」だと思って、もう一度エヴァに向かったんだよ。

序は良かったよ。

あの時の映像を今風にするとこうなるのかーって素直に感心した。

破も良かったよ。

中盤まで第十二使徒以降暗くなった本編をエンタメに寄せるとこうなるのかと感心して、最後シンジが決意を決めるところはEOE以降なんどもシンジがそうなる二次創作を書いてきた俺には報われたような気持ちになったよ。

同窓会」は大盛り上がりだ。

なんでか知らんがそこから入ってきた奴らに得意げに昔のお前の投げっぱなしを語ったりしたよ。あの投げっぱなしも良い思い出になってたんだ。

から見てたやつらは、エヴァの後にハマったのは何か?で大盛り上がりしたよ。

口を揃えてあいつら「ハルヒ」って言いやがるんだ。

もちろん俺も好きだったよ。

良い同窓会になるって本気で思ってたんだ。

ゴジラだ、ウルトラマンだと好きな道で遊べそうなのに「早くエヴァを作れ」と言うオタクが嫌だったんだろ?嫌いだったんだろ?

ムカついたんだろ?

ガイナエヴァ権利関係で揉めて、「エヴァンゲリオンがあるからダメなんだ」と思ったんだろ?

今まで一人のキャラクターだったシンジにまたお前が乗り移ったのをQで見たよ。

どうにもならないのを責め立てられてる可哀想自分

なにをしてもうまくいかないと厭世的になってる。

Qからきちんと伝わってきたよ。

お前、鬱だったんだな。

つのまにか同窓会葬式へと変わってたよ。

そしてシンだ。

ちゃんという現実に救われたお前にとって、虚構エヴァオタクを縛ってしまったのを申し訳なく思った。

作中のシンジ言葉を借りるならば「落とし前」をつけるべく「卒業式」をやろうとした。

しかも二度と戻ってくる気力が湧かないように全部を瓦礫に戻して。

でもな「卒業式」なんかしなくてももうみんな卒業してんだよ。

虚構現実の違いなんてみんな分かってんだよ。

現実を生きてきたんだよ。

そうじゃなかったのはお前だけだ。

エヴァ監督と紹介されることが多かったからなのか、エヴァ以上を作れなかったからなのか「エヴァ呪縛」に苦しんでたのはお前だけだ。

卒業できてなかったのは庵野、お前だけだ。

お前だけだよ、未だにキャラクターキャラクターと思えずに自分や誰かのアバターだと思ってるのは。

昔好きだった女の宮村=アスカを、作中のオタクだったケンスケに渡したのは俺たちへのご褒美のつもりだったのか?

庵野=シンジが昔好きだった宮村=アスカに「好きだった」って言うところなんか気持ち悪くて泣きそうだったぞ。

最後にモヨコ=マリと一緒に駆け出していくところもそうだ。

みんな幸せにしてたラストの駅のシーン、アスカだけ一人だったのは離婚してる宮村への当て擦りか?

そんなにフラれたのがムカついたのか?

まぁもうどうしようもない。

今週末にはこの葬式を見に行くやつも大勢増えることだろうよ。

せいぜいこの葬式が派手に燃えてくれることを祈るしかない。

今なら人類補完計画を目指したゲンドウの気持ちが分かるよ。

anond:20151219074050

庵野よ、聞け。

お前は「卒業式」をやってるつもりだったんだろうが、みんなはとっくに『新世紀エヴァンゲリオン』なんて作品卒業してたんだ。

お前が作ったあのどうしようもない投げっぱなしの『Air/まごころを、君に』とかいエヴァ完結編があったろ?

お前が宮村にフられたからってアスカをズタボロにしたり、自分作品否定したオタク意趣返ししようとしたあの作品だよ。

お前があの映画でみんなに伝えた「現実に還れ」というメッセージはきちんと俺たちに伝わったよ。

アニメ漫画登場人物たちに「自己投影」することは無くなった。

感情移入」はするかもしれんが、キャラクター自分だと思い込んだりはしない。

キャラクターキャラクターのまま楽しむし、キャラクター応援する。

アニメ漫画ゲームストーリー自分人生だと思うことだってない。

エンタメエンタメだって、作り物だってそれを分かった上で楽しんでる。

みんなそうやってエンタメコンテンツに向き合ってる。

「まるで自分が描かれているようだ!」と錯覚したお前の素晴らしいエヴァからそうやってみんな卒業していったんだ。

その上で2006年にお前は所信表明出したろ?

なんて書いてたか覚えてるか?

『誰もが楽しめるエンターテイメント映像』を目指すって書いてたんだ。

もう卒業したエヴァだったけれども、お前の私小説じゃないエンタメ作品としてのエヴァが見られるかもと思ってワクワクしたよ。

ついでに終わって8年かそのくらい経って久しぶりに語りたくなったのもあったよ。

同窓会」だと思って、もう一度エヴァに向かったんだよ。

序は良かったよ。

あの時の映像を今風にするとこうなるのかーって素直に感心した。

破も良かったよ。

中盤まで第十二使徒以降暗くなった本編をエンタメに寄せるとこうなるのかと感心して、最後シンジが決意を決めるところはEOE以降なんどもシンジがそうなる二次創作を書いてきた俺には報われたような気持ちになったよ。

同窓会」は大盛り上がりだ。

なんでか知らんがそこから入ってきた奴らに得意げに昔のお前の投げっぱなしを語ったりしたよ。あの投げっぱなしも良い思い出になってたんだ。

から見てたやつらは、エヴァの後にハマったのは何か?で大盛り上がりしたよ。

口を揃えてあいつら「ハルヒ」って言いやがるんだ。

もちろん俺も好きだったよ。

良い同窓会になるって本気で思ってたんだ。

ゴジラだ、ウルトラマンだと好きな道で遊べそうなのに「早くエヴァを作れ」と言うオタクが嫌だったんだろ?嫌いだったんだろ?

ムカついたんだろ?

ガイナエヴァ権利関係で揉めて、「エヴァンゲリオンがあるからダメなんだ」と思ったんだろ?

今まで一人のキャラクターだったシンジにまたお前が乗り移ったのをQで見たよ。

どうにもならないのを責め立てられてる可哀想自分

なにをしてもうまくいかないと厭世的になってる。

Qからきちんと伝わってきたよ。

お前、鬱だったんだな。

つのまにか同窓会葬式へと変わってたよ。

そしてシンだ。

ちゃんという現実に救われたお前にとって、虚構エヴァオタクを縛ってしまったのを申し訳なく思った。

作中のシンジ言葉を借りるならば「落とし前」をつけるべく「卒業式」をやろうとした。

しかも二度と戻ってくる気力が湧かないように全部を瓦礫に戻して。

でもな「卒業式」なんかしなくてももうみんな卒業してんだよ。

虚構現実の違いなんてみんな分かってんだよ。

現実を生きてきたんだよ。

そうじゃなかったのはお前だけだ。

エヴァ監督と紹介されることが多かったからなのか、エヴァ以上を作れなかったからなのか「エヴァ呪縛」に苦しんでたのはお前だけだ。

卒業できてなかったのは庵野、お前だけだ。

お前だけだよ、未だにキャラクターキャラクターと思えずに自分や誰かのアバターだと思ってるのは。

昔好きだった女の宮村=アスカを、作中のオタクだったケンスケに渡したのは俺たちへのご褒美のつもりだったのか?

庵野=シンジが昔好きだった宮村=アスカに「好きだった」って言うところなんか気持ち悪くて泣きそうだったぞ。

最後にモヨコ=マリと一緒に駆け出していくところもそうだ。

みんな幸せにしてたラストの駅のシーン、アスカだけ一人だったのは離婚してる宮村への当て擦りか?

そんなにフラれたのがムカついたのか?

まぁもうどうしようもない。

今週末にはこの葬式を見に行くやつも大勢増えることだろうよ。

せいぜいこの葬式が派手に燃えてくれることを祈るしかない。

今なら人類補完計画を目指したゲンドウの気持ちが分かるよ。

anond:20151219074050

庵野よ、聞け。

お前は「卒業式」をやってるつもりだったんだろうが、みんなはとっくに『新世紀エヴァンゲリオン』なんて作品卒業してたんだ。

お前が作ったあのどうしようもない投げっぱなしの『Air/まごころを、君に』とかいエヴァ完結編があったろ?

お前が宮村にフられたからってアスカをズタボロにしたり、自分作品否定したオタク意趣返ししようとしたあの作品だよ。

お前があの映画でみんなに伝えた「現実に還れ」というメッセージはきちんと俺たちに伝わったよ。

アニメ漫画登場人物たちに「自己投影」することは無くなった。

感情移入」はするかもしれんが、キャラクター自分だと思い込んだりはしない。

キャラクターキャラクターのまま楽しむし、キャラクター応援する。

アニメ漫画ゲームストーリー自分人生だと思うことだってない。

エンタメエンタメだって、作り物だってそれを分かった上で楽しんでる。

みんなそうやってエンタメコンテンツに向き合ってる。

「まるで自分が描かれているようだ!」と錯覚したお前の素晴らしいエヴァからそうやってみんな卒業していったんだ。

その上で2006年にお前は所信表明出したろ?

なんて書いてたか覚えてるか?

『誰もが楽しめるエンターテイメント映像』を目指すって書いてたんだ。

もう卒業したエヴァだったけれども、お前の私小説じゃないエンタメ作品としてのエヴァが見られるかもと思ってワクワクしたよ。

ついでに終わって8年かそのくらい経って久しぶりに語りたくなったのもあったよ。

同窓会」だと思って、もう一度エヴァに向かったんだよ。

序は良かったよ。

あの時の映像を今風にするとこうなるのかーって素直に感心した。

破も良かったよ。

中盤まで第十二使徒以降暗くなった本編をエンタメに寄せるとこうなるのかと感心して、最後シンジが決意を決めるところはEOE以降なんどもシンジがそうなる二次創作を書いてきた俺には報われたような気持ちになったよ。

同窓会」は大盛り上がりだ。

なんでか知らんがそこから入ってきた奴らに得意げに昔のお前の投げっぱなしを語ったりしたよ。あの投げっぱなしも良い思い出になってたんだ。

から見てたやつらは、エヴァの後にハマったのは何か?で大盛り上がりしたよ。

口を揃えてあいつら「ハルヒ」って言いやがるんだ。

もちろん俺も好きだったよ。

良い同窓会になるって本気で思ってたんだ。

ゴジラだ、ウルトラマンだと好きな道で遊べそうなのに「早くエヴァを作れ」と言うオタクが嫌だったんだろ?嫌いだったんだろ?

ムカついたんだろ?

ガイナエヴァ権利関係で揉めて、「エヴァンゲリオンがあるからダメなんだ」と思ったんだろ?

今まで一人のキャラクターだったシンジにまたお前が乗り移ったのをQで見たよ。

どうにもならないのを責め立てられてる可哀想自分

なにをしてもうまくいかないと厭世的になってる。

Qからきちんと伝わってきたよ。

お前、鬱だったんだな。

つのまにか同窓会葬式へと変わってたよ。

そしてシンだ。

ちゃんという現実に救われたお前にとって、虚構エヴァオタクを縛ってしまったのを申し訳なく思った。

作中のシンジ言葉を借りるならば「落とし前」をつけるべく「卒業式」をやろうとした。

しかも二度と戻ってくる気力が湧かないように全部を瓦礫に戻して。

でもな「卒業式」なんかしなくてももうみんな卒業してんだよ。

虚構現実の違いなんてみんな分かってんだよ。

現実を生きてきたんだよ。

そうじゃなかったのはお前だけだ。

エヴァ監督と紹介されることが多かったからなのか、エヴァ以上を作れなかったからなのか「エヴァ呪縛」に苦しんでたのはお前だけだ。

卒業できてなかったのは庵野、お前だけだ。

お前だけだよ、未だにキャラクターキャラクターと思えずに自分や誰かのアバターだと思ってるのは。

昔好きだった女の宮村=アスカを、作中のオタクだったケンスケに渡したのは俺たちへのご褒美のつもりだったのか?

庵野=シンジが昔好きだった宮村=アスカに「好きだった」って言うところなんか気持ち悪くて泣きそうだったぞ。

最後にモヨコ=マリと一緒に駆け出していくところもそうだ。

みんな幸せにしてたラストの駅のシーン、アスカだけ一人だったのは離婚してる宮村への当て擦りか?

そんなにフラれたのがムカついたのか?

まぁもうどうしようもない。

今週末にはこの葬式を見に行くやつも大勢増えることだろうよ。

せいぜいこの葬式が派手に燃えてくれることを祈るしかない。

今なら人類補完計画を目指したゲンドウの気持ちが分かるよ。

2021-03-09

シン・エヴァの乗り切れないところ

ネタバレあります

TVシリーズも旧劇もリアルタイムでは見ていないが、新劇の前には一通り見ていた、程度の思い入れ

解説サイトとかはつまみ食いするけれど、資料集とか一次資料などにはほとんどあたったことがない。

からガチ勢からしてみたら頓珍漢なこと言うかもしれない。

 

シン・エヴァ観て率直に思ったことは、普通になったな、と。

いや、面白かった。観てよかったし、何度も観に行くと思う。

特にミサトさんが良かった。撃たれるシーンや突撃のシーンとか泣いたよ。

(撃たれて壁によりかかってるシーンは、アウトレイジ大友の「何かってえと腹やられるな」というセリフがふと浮かんだ)

終盤のそれぞれのストーリのところは。右隣のオッサンがいちいち嗚咽してたから急に冷めたけど。

それはよいのだが、乗り切れないのはラストシーンだよ。

 

俺が、特に旧劇を観てエヴァがいいなと思ったのは、ハッピーちゃんちゃん♪で終わらせてない点だった。

普通映画なら「色々辛いことはある。でも、他人がいる世界を望むんだ!」となったら

エンディングアスカと手を取り合って世界を再建していくみたいな雰囲気で終わるだろ。

でも、ホント現実はそんな生易しいことはない。

他人と触れ合えて幸せを感じても、結局ひとりになる瞬間はあるし、恐怖を抱く瞬間も必ずある。

それに映画ラストシーンで終わるが現実死ぬまで続く。その人生終焉が不幸で終わるということもある。

その両面性を見せずに美味しい上澄みだけ掬って提供されるのが普通映画だと思っていた。

エンターテインメントとして、そのような楽しさは理解しているし好きではあるのだけれど、

「でも虚構よな。現実はこんなんじゃないじゃん」という心の声が常に響いていた。

 

だけれど、旧劇は「気持ち悪い」で終わった。

ハッピーだけじゃなぞ甘ったれるな、という現実っぽさも入っていた。

からエヴァが好きだった。

キャラクター映像も好きだったけれど、俺にとってリアリティがあったから好きだった。

からこそ、逆に救いみたいなものを感じていた。

 

それがシン・エヴァでは、徹底的に破壊された世界がいつの間にか再建されて平和日常になっていた。

(実写だからイマジナリーという演出でもないんだろう)

そして未来に向かってつがいが走っていくという陳腐ラストシーンだった。

最後最後でそれかよとズッコケた。

エンターテイメントとしては100点なんだろう。爽快感はあるし。

でも、庵野丸くなったなあと思って、イマイチ乗れなかった。

2021-03-08

シンエヴァ見てきた(ネタバレあり)

シン・エヴァンゲリオン見てきた。

Twitter会社チャットもお通夜ムードというか絶対に触れるなって雰囲気で、この見た後の誰かと語り合いたい気持ちをどこで発散すれば???

となったので熱が冷めないうちにうだうだ書いてみる。

以下ネタバレで、絶対初見劇場で見た方が良いと思うので、見てないひとはここでもどった方がいい。

なんか、やっと大人になれた気がした。


シンジくんたちと同じぐらいの年齢でエヴァ出会って、追いかけ続けて、Qで衝撃を受け、そこから8年放置。長かったよ流石に。

だって自分結婚して子供まれちゃったもん。

シンジくんたちチルドレンに感情移入していたのに、ミサトさんのくだりが一番刺さったもん。ふしぎ。


もうさ、最初に第三村???ってなって、あ、これトトロじゃんってなって。

でもたぶん庵野のことだから鬱展開くるっしょとなったら8年寝かせただけあってささっと次のシーンにいって感動したし。

アスカケンケンくっついてるし、トウジとヒカリ大人対応も、子供との生活も刺さる刺さる。



アヤナミレイがパシャっとなった時にもっかい鬱展開かと思ったら違ったし。シンジ君8年でおっきくなったね・・・


で、南極いくじゃないですか。

なんかナディアみを感じるなと思ったらナディアなの。もうね庵野天才

ボタンポチひとつとってもエレクトラしなの。UKERUNE。


ここら辺からめちゃ熱い展開からの怪しげな雰囲気を感じ取って、良く調教されたエヴァファンとしては身構えるわけですよ。

アスカの目からアンチLシステム生えてきた時なんか「あっ」って感じですよ。これ以上アスカが可哀そうな目に合うのはやめてちょんまげ

宇宙以降の精神世界なんてもう、TV版の終盤や旧劇ラストフラッシュバックしていつ庵野暴走するかとハラハラしてましたよ。



でもね、8年越しのエヴァエンターテイメントとして高い完成度になっていた。

たとえ説明的だと言われても、ゲンドウやアスカ、他のキャラクターの想いやこれからをしっかりと描いたのは涙が出るほどうれしかったし。

ゲンドウがあっさり下車して、男前シンジ君が戻ってきたときなんかもう親目線で見てました。感情めちゃくちゃだな自分


シンジ君じゃない・・・彼は・・・シンジさんだ・・・!!!!!!!!


って感じ。

ネオンジェネシス下りちょっと意味わかんなかったというかまさかTV版にループさせる気か庵野ォ!と一瞬日和ました。すみません

でも、これまでのエヴァのシーン、タイトル諸々全て映して、緒方恵美最後セリフが「さよならすべてのエヴァンゲリオン」ってのはとてもすっきりしました。


そして最後のシーンはもう考察班にまかせますが、自分は「大人になってエヴァ卒業しような!な!」と受け止めました。


やっぱりエヴァって自分の中でとても大切な作品だし、濃淡はあるもの人生の中でこれほど熱くはまった作品ってなかったと思うのですよ。

考察も語りあうときも、リアル人生でいろいろあった中でもやっぱりずっと追ってきてたし。

すっと追ってこれたのはやっぱり不完全燃焼なところがあったからだし、庵野ォ!シンゴジラ作ってる場合じゃねーだろ!名作だけど!!!!となったりしながらも、やっぱりエヴァを待ち望んでいたんだなと。


最終作もいくつもの考察ポイントがあって、昔取った杵柄を振り回そう(?)としているいにしえのオタクたちが腕まくりして待っていると思うので、その考察を眺めながら今夜は余韻に浸りたいと思います

ありがとうエヴァンゲリオン、最高の作品でした。

で、マリって結局誰だったんだ・・・鳥頭

あとやっぱ「アスカが好きだったんだ」はグサッときた。そう、昔はアスカが好きだったんだよ・・・

ーーー

追記

戦友で旧友なオタクと話していて大事なことを思いだした。

親となった立場としてゲンドウがシンジを抱きしめて「そこにいたのかユイ」と気づいたのは鳥肌だった。

そう、模造品を作ってもユイには辿り着けなったのに、一度は捨てたユイの血を分けたシンジにはユイが宿っていることを感じたというのがすごい。

エヴァ初号機にはユイの魂がある、ユイゲンドウを重ねた初号機と13号機が槍を突き刺すシーンにもつながる秀逸な場面だった。

2021-03-07

anond:20210307114048

ネトウヨとの比較はどうかと思うけど、内向きのグループを作ってそこで特定方向性文化価値を高めようとする、だけでは失敗に陥ることがあるってことだと思う。

文化的な価値を生み出すためには評論研究役割必要だけど、それが広く一般に伝わって商業的な成功に繋がるには、肝心の作品がどれだけエンターテイメントとしての強度を持っているか重要、という。

内向きグループ形成には気をつけよう、ということで。

2021-03-04

日常系エッセイをちらりと見た時に、なんかイラッとする気持ちの正体

エッセイって、結局書き手主観物語が進行するから、誰かを一方的悪者してしまえるし、もしそれを指摘されても「そんなつもりじゃなかったんですぅ~~」って言い逃れできるよね。

分かりやす表現手法を持っている人が自分の過ごす日常を切り取って他人に読ませるのはたしかに素晴らしいエンターテイメントだろうけど、書き方ひとつで誰かの人生に影響を与えてしまう、使いようによっては洗脳手段ひとつだと思う。

そこに性別バックグラウンドってあまり関係がない。

病気職場性自認育児恋愛趣味、その他諸々のエッセイが世の中にあるけど、フラット目線エッセイって存在しないんじゃない?って、こう考えてる自分主観でモノ言ってるんだけどね。

そもそもフラットがどの位置あるかなんて決まってもいないし。

まあ1番拗れるのは人間人間からってのもあるんだろうな、嫌な思いをした時に悪人を1人用意するだけで、自分擁護してくれる意見を待つわけだから

もちろん、書きたいから書いてるだけって人の方が大半だとも思うよ?

でも、他人に発信する時点で「こんな酷い目に遭いました!こんな酷いことをされました!自分かわいそう!!」というアピールしか見えなくなってしまったので、他人エッセイはチラ見がベターなんだと気づき、最終的には【自分悪者にしない著者の、嫌な部分しか目につかない】自分の心が狭いって悟りましたとさ。

2021-03-02

要はマウンティングフィールドSNSに移っただけのことなのよ

若者は車を買わないだ、腕時計を買わないだ言われてるけど、1番の理由マウンティングフィールドリアル空間からSNSに移ったってことなのよ

昔はモノこそがマウンティングの道具であり、その手段は実物を実際に見せつけることしかなかった

でも今はTwitterとかYoutubeとかのSNSが普及して個人が容易に、リアルタイムに、不特定多数に発信できるようになったよね

このマウンティングフィールドリアル空間からSNSに移ったことによって、マウンティングネタリアルなモノから体験に変わったのよ

そりゃ大金出して車とか高級時計買うより、旅行とか食とかの映えの方に金出すようになるわな

そしてSNS性質それ自体体験によるマウンティング親和性が高いわけよね

もちろんモノの写真撮ってSNSに上げてマウンティングするってことも当然あるから、そういう需要は今後もあり続けるけど、不相応な高級品・ブランド品に使う金は減っていくし海外旅行とかエンターテイメントに使う金は増えてくだろうね

がん闘病ブログを読む楽しみ

がんの闘病ブログを読むのが好きなのだがおおっぴらに語りづらい趣味なのでここにその醍醐味を投下しておく。

闘病ブログに何を求めているのかといえば、自分の死についてのシミュレーション代わりに、というのが一番大きな理由になるだろう。自分もいつか死ぬわけで、その時にどのような考えを抱くのか。どのような苦しみを抱くのか。それを、他者の闘病経験を通じてシミュレーションしたい。いろいろな闘病ブログを読み漁ってきたが、迫真の筆致で綴られる生への希望、そして死への恐怖は、こちらの胃まで痛くなってくるような切迫に満ちている。ぜったいにこうはなりたくないと思う。

いくつも読み漁っていくうちに、そこに明らかに自分エンターテイメント性、おもしろさを感じているし、それを求めていることに気づくようになる。たとえば、50代とか60代の、いってしまえば死ぬことに何の不思議もない年代人間死ぬ闘病記よりも、20代や30代や40代といった働き盛りの自分ががんになって死ぬなんて考えたこともないような人間の闘病記の方が、やはりおもしろい。その年代の人々には子供家族がいるケースも多く、なぜ自分が、という絶望が、深く刻み込まれている。絶望は深ければ深いほどおもしろい。子供がおさなく、自分が死んだあとこの子は、家族はどうしたらいいのかという苦悩が書き込まれていると心が踊る。

それどころか、いつしか闘病記を読む時に、死んで終わってくれと願うようになった。自分の死のシミュレーションとして読んでいるので、生き残ってしまわれたら困るのだ。闘病記は、だんだん執筆者がまともに文章を残せなくなり、最後家族がその死を報告して終わるべきだろう。そう思うようになった。何十もの闘病ブログを読んできて、治って元気になってしまった時ほどガッカリすることはない。死んでこの暗い欲望を満たしてくれ、それもできれば、少しでも生きようという希望と、死に対する恐怖を細かく書き込みながら、と願ってしまう。

こういう欲望を持ちながら闘病記を読んでいる人は数多くいるだろう。口では奇跡祈りますとかなんとかいいながら、心の底では死を願っている。これまでもたくさん楽しませてもらったので、せめて、自分余命宣告レベルのがんになった時は、できるだけ自分理想とする闘病ブログを書き上げてしんでみせようと思う。

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