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はてなキーワード: ナムコとは

2021-06-07

インフレ

書泉に寄ったらオールアバウトナムコの復刻版があったので、オッと思って手にとって、値段を見てそっと戻した

2021-05-04

anond:20210504185909

(続き)

といった問屋関係逸話が当時バンバン登場した。メーカーも対抗すべく(?)ダンピング出荷、返品受付などで一本でも多くソフトを売りさばこうと必死だった。このあたり、問屋小売店メーカーも、市場の異常さに気が付かずもがいていた感じが否めない。初心会二次問屋は、問屋の本分である日本全国に適正量の在庫ゲームソフト流通させる」という機能を忘れ、ただただゲームソフトを動かすことで得る利益をあげることに無我夢中だった。

ここで注意をしておきたいのが、「任天堂初心会が、一方的サードパーティ小売店から利益を吸い上げている」という既存論調は近視眼的だ、ということだ。スーパーファミコン市場に参入したサードパーティはおよそ200社。このうち途中で撤退を決めたのは10数社で、しかもこれら撤退したメーカーの多数は異業種メーカーであり、本業での業績が低下したためだったり、バブル期不動産に手を出して大やけどして倒産…といったもので、ゲームと直接関係あっての撤退ではないのだ。

小売店も同じことで、当時はファミコン-スーパーファミコンという新しい分野での市場拡大に手を出す小売店が多数いた。ただ問屋に苦しめられるだけの業種であるなら、こんなことは起きるはずがない。甘い蜜はそれなりに存在していたわけだ。ざっくり要約すると「不満はあるが儲けもある」といったところか。むしろPCエンジンメガドライブの有力ソフトスーパーファミコン移植して一旗あげようとするサードパーティのほうが多かった。それほど有望な市場であるがゆえ、いろんな輩が入り込もうとやっきになったわけだ。

市場が拡大している間はそれでもよかった。しかスーパーファミコンが円熟期を迎え、対抗馬として「次世代機」の姿がちらつくようになってきた頃に、いよいよおかしくなってきた。多数現れた三次問屋小売店二次問屋の中にねじ込み、己の利益を吸い取ろうとし始めた。手法としては品薄になりそうな人気ソフトを抱きかかえ、「小売店に小売価格そのままで」卸したりした。商圏を無視して跨いで他社の領域に食い込んで商売するところもではじめた。初心会の中にゲームソフト投機商品のように扱う問屋が現れ、二次問屋三次問屋が喜んで利益の分前を頂いた。その分小売店負担が偏り、結果的にはプレイヤーにも巡り、最終的には市場に悪影響を及ぼす。スーパーファミコン市場は歪んだまま大きくなり、そしてついに縮小を始めた。

衝撃が大きかったのはプレイステーションの登場だ。なんと問屋を使わずソニーが直接小売店ものを卸すという。革命的なやり方だった。返品なし、定価販売というところがネックになったが、どの商材も掛け率が一定であることに小売店は喜んだ。今までは問屋ごとに掛け率が違ったり、注文する本数によって掛け率が変動したり、そもそも抱合せ仕入れしかなかった(違法? しったことか!)からだ。

こんなことが可能なのはプレイステーションCD-ROM採用しているからだった。リピート生産ROMほど時間がかからない。お金も自前の工場からさほどかからない。最悪在庫になっても簡単に破棄できる。それゆえ最初こそ少量生産で行い、売り切れたら即リピート発注すればよい。こうすれば過剰な在庫メーカーも小売も苦しめられずにすむ。値崩れ・抱合せ心配いらない。

ROMカセット採用していたらすべて実現不可能なことだった。ちなみにセガサターンCD-ROM採用しているが、他社の工場での生産だったためなかなかリピートが上手く行かなかったらしい。(なお、詳しく書かないがここで上手くいった改革現在すべて崩壊している)

問屋存在意義が問われ始めていた。

一方、任天堂ROMカセット採用を64でもやめなかった。ディスクシステムに手を出してそのあまりに長いロード時間に苦慮したこと経験があるからだ。そしてこれを機にもう一度市場リセットを図ろうとした。市場にはスーパーファミコンワゴンセールが始まっている。なんとかして初心会内外にあるゲーム投機的扱いをやめさせなければならなかった。ソフトの数が少なくなれば、そのような動きはできにくくなる。そのためサードパーティソフトをとにかく減らし、少数精鋭路線で進もうとした。初心会外に取引を広げ自前で流通を行うという選択肢もあったが、これは取らなかった(実はSFC時代トイザらス日本進出をしてきたとき任天堂や各大手メーカー直接取引を持ちかけてきたが、これは上手く行かなかったようだ)。山内社長ファミコン時代の遥か昔から取引を続けていた初心会を切ることに抵抗があったからだ。それに「絶対に売れない」といってたファミコンも買い取ってくれたのは初心会だ。この前もバーチャルボーイというズッコケハードを出したが任天堂は全量初心会ハードを買い取ってもらっているので被害は最小で済んでいる。(その負債初心会が被り、さらにその負債小売店押し付けられた構図だ。)

しかしそれでも、初心会二次問屋たちは目先の利益を追い求めるのに夢中だった。

スーパーファミコン市場末期の1995年発売の聖剣伝説3は初回出荷は70万本だったが、実は初心会からの注文本数は合計140万本だった。前作がミリオン超えをしていたのでそれだけ期待があった、という表側の理由だが、ようするにこれも投機的に扱われることが明白だった(そもそも前作聖剣伝説2結構な数がワゴン行きしていた)。あまりに酷い値崩れを嫌ったスクウェアは出荷本数を半分の70万本にし、かつ卸値を10%引き上げると初心会アナウンスした。こうした動きに一部の問屋がなんと小売店に対して「スクウェア公正取引委員会に訴える!」と言いまわってしまった。もちろんスクウェア側には一切の非はない。運が悪いことに(それとも狙ったかスクウェア夏休みに入ってしまったので、小売店真相確認することができず業界の一大事が起きたのではないかパニックになったところもあるという。この話は巡り巡ってなぜか「任天堂が悪い」ということになった。PSが発売されて半年以上経とうとする頃でも、初心会危機感は全くなかった。

その年の末発売のドラゴンクエストⅥの発売にあたっては、初心会エニックスの間で注文数の予測で大紛糾だった。初心会予測は250万本。エニックス予測は300万本。エニックスは自信満々だったが、初心会はそこまで売れないと踏んでいた。初期出荷は250万できまりエニックスは自前で50万の在庫を抱えることになったが、この読みは的中する。即リピート発注がかかり、エニックス二次出荷を行った。

最終的に320万出荷を果たすわけだが、売上予測ができない問屋メーカー価値を見出すだろうか?

そして、ついに、終わりのときは訪れた。



1997年2月21日任天堂本社で毎年のように行われる初心会の懇親会。その幹部会の席上にて初心会会長である河田会長宣言した。

本日を持って、初心会解散します」

幹事会は静まり返った。関係者には事前に知らされていなかったのだ。解散任天堂山内社長と、初心会河田会長トップ会談秘密裏に行われた。今後一切の取引商品ごと個別に行われ、しか初心会内の特定10社のみそれが行われる。今までゲームソフト投機的に扱って儲けを吸っていた会社任天堂から拒絶され、二次問屋に落とされた。しかも64の少数精鋭路線のおかげでこれから商材はどんどん減る。今までのような振る舞いは不可能になった。


任天堂スーパーマリオクラブの立ち上げにより売上予測をするようになった。つまり予測ノウハウを自ら身につけつつあった。そうなれば商材を投機的にあつかう問屋不要だ。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。かつての山内社長言葉だが、流通プロプロに値する仕事をしないのなら、切られても仕方がないというわけだ。


この改革任天堂内に留まらなかった。

実はこの流通改革前後してプレイステーションでも問題が発生した。デジキューブだ。スクウェアプレイステーションに参入する条件として、コンビニ自分たちで卸すデジキューブSCE許可させた。

もともとプレイステーションはすべてSCEが自前で小売店流通することを売りにしていた。ところが後から来たスクウェアSCEを通さず自前で流通させるという。

このあたりを詳しく解説する。SCEソフトメーカー協議し、ゲームソフト初回生産量を決める(ということになっているが、実質決定権はSCEにあった)。

SCEは特約店(一部、ハピネットといった問屋使用していたが)からの受注数がその初回生産量に満たない場合SCEが自腹で在庫を抱える(ように努力いたします、という注釈付きではあった)。

掛け率はソフトメーカー一律。

と、ソフトメーカーにかなり親切のように見える。しかしこれには問題が含まれていた。初回生産量はSCEが決め、実際に流通させているのもSCE自身だ。ソフトメーカー営業しかけ多くの受注を獲得したとしても、SCEOKを出さな場合、本当にそのソフト流通しなくなる。実際に飯野賢治プレイステーションDの食卓自分たち在庫を抱えてもいいから多くつくるべきだと要望を出しても、SCEはそれを良しとはせず、結果売り切れを引き起こし機会損失を生んだことがあり、飯野賢治セガ陣営への鞍替えしたことがあった。

ソフトメーカーからしたら、リスクも多いが儲けも大きい自社流通に切り替えたがっていた時期だったが、任天堂SCEもそれを良しとはしなかった(ただし任天堂初心会通しであるため、一社が売れないと踏んでも他の問屋が受注してくれる可能性はあるし、このときPSの取扱店はまだ初心会流通よりは少なかった)。しかスクウェアだけには特例としてそれを認めるというわけだ。SCE流通に関わらず、スクウェアが直接小売店コンビニゲームソフトを卸すわけだ。当然、初回生産量も自由に決められる。

いったいどういうことだ、SCEロンチから頑張ってきたメーカーに対して不義理じゃないのか。こうした理論で反発したメーカーがいた。コナミである

コナミSCEに対して自社流通を求めた。ゲームをつくる製造委託費とロイヤリティは支払うから、お前のところの流通網は使わんぞ、ということだ。こうすることでコナミSCE流通分の費用を削ることができる。5800円の小売価格のうちの取り分を増やすことができるわけだ。もちろん在庫リスク小売店へのやりとりはコナミ自身がやらなければならないから、自社流通完璧というわけではない。結果的大手メーカーはみな自社流通になっていくが、ナムコだけは付き合いもあってか(ナムコはかなり初期からPSに絡み、ライブラリの整備も行うほどだった。自社プラットフォームを諦めたかわり、PSに注力したということだろう)SCE流通を使い続けた。

プレイステーション側でこのようなことが起きてるのだから、当然余波は任天堂側にも及ぶ。コナミは64やゲームボーイの自社ソフトに対して「これから初心会を使わず自前の流通網使いますから」と一方的任天堂要求した。かつての任天堂ならば決して受け入れるはずのない要求だろう。だかしかし、任天堂簡単にこの要求を飲んだ。そして門戸が開かれた自主流通のおかげで、ゲーム業界流通改革は全メーカーを巻き込んだ。最終的にはコナミカプコンコーエースクウェアエニックスといった大手は自前で流通網を持ち、中小サードパーティはそこへ委託流通する形に落ち着いた。つまり初心会問屋たちを全く必要としない流通を実現してしまった。


解体された初心会ボロボロになった。合併倒産が相次ぎ、その多数が姿を消した。残された10社は直接小売店取引するようになり、二次問屋三次問屋は居場所がなかったからだ。


しか任天堂から選ばれた10社も順風満帆ではない。10社のうちモリガングバンダイ系列ハピネットに買収された。石川玩具タカラ事業譲渡した。松葉屋はラスコム事業譲渡し、そのラスコムも後年自己破産している。そんな一方テンヨー、カワダ、カマヤは今でも元気に問屋業を営んでいる。(名前が出てこない他の会社は調べても出てこなかった。情報plz

そしてジェスネット任天堂の子会社となり、アジオカは事業譲渡を行って「任天堂販売」となったが、これはなんと2016年の話だ。初心会解体されて20年近くたったが、完全に自前で任天堂流通するようになった。


こうして初心会歴史の中に消えていった。良い面悪い面両方ともあったわけだが、特に末期には悪い面が強く出すぎていた。しかしこうして羅列してみると、「初心会があらゆるあくどいことを駆使して不法市場を牛耳っていた」というわけではなく「初心会市場を牛耳っていたのでいろいろとあくどいことができた」ということに気がつくだろう。その市場も確固たるものではなく急激に膨らんだ不安定ものであり、なおかつ悪行も任天堂山内社長の怒りが落ちない範囲内の話でしかなかった。

悪徳の町、ソドムゴモラは神の怒りに触れ一夜にして滅んだ。初心会も同じ運命を辿ったのだった。


参考文献

麻倉怜士 久夛良木健プレステ革命

高橋健二 スーパーファミコン任天堂陰謀

武田亨 売られた喧嘩、買ってます任天堂勝利青写真

山名一郎 ゲーム業界三国志

山下敦史 プレイステーション 大ヒットの真実

赤川良二 証言。『革命』はこうして始まった

東洋経済 1997年3.22号 盟友・初心会抜き打ち解散した山内任天堂 焦りの流通改革

参考ツイッターアカウント

岩崎啓眞@スマホゲーム屋+α @snapwith

平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH

大森田不可止 @omorita

初心会興亡記 -かの大帝国は如何にして一夜で滅んだか-

ちょっとゲーム歴史をかじったことがある人なら聞いたことがあるだろう言葉初心会』。

とにかくこの言葉へのイメージは最悪だ。「真っ黒組織」「ゲームヤクザ」「歴史の闇」「悪の秘密結社」etcetc。

そんな初心会だが、はたしてどれだけの人が正確に初心会とはなんなのか、どのような悪どいことをしてきたのか、そして最後はどういうふうに消えていったかを語ることができるだろうか? おそらく、ほとんどいないのではないだろうか。

この初心会について、私が調べたことをゲーム流通歴史を絡めてまとめて書き出すぞ。これで君も初心会マスターだ! ちょっと長いけど勘弁な!


まずは初心会のものについての解説だ。

もともとの任天堂花札屋であり、そこからトランプおもちゃを売り出したことは知っているかな? 創業明治時代だ。

1960年代前半の任天堂問屋を通じてテリトリー別に小売店団体で集め、トランプかるたの特売セールの景品といった形で温泉招待旅行などを行ったりしていた。そうした中、「ダイヤ会」という親睦会が問屋内で自然発生する。このときあくまローカルな親睦団体という形でしかなかった。

1973年2月光線銃といったヒット商品が出始めたのをきっかけに、このダイヤ会を全国規模のきちんとした親睦会の形にしようとして生まれたのが初心会だ。ファミコンが生まれるずっと前だ。そしてファミコンはこの初心会に参加している問屋(59社加盟、その中でゲームに力を注いでいたのは30社ほどだったそうだ)を通じてのみ、流通させようとした。これには理由がある。

ファミコンゲームROMカセットだ。ROMカセットCDと違って作るのが大変だ。発売日の三ヶ月前にはどれくらいつくるか数字を決めなきゃならない。一本つくるのに1000円以上かかる。もちろん任天堂は自前の工場を持っているわけではないから、他社の工場お金を払って作ってもらうわけだな。(ドラゴンクエストシリーズ京セラがつくっていたらしい)

つくってもらったゲームソフトを売る。売れればいい。残ったらどうするか? ROMカセットはとにかく廃棄しづらい。体積があるから倉庫在庫としては大変だ。処分するにも金がかかる。そのため在庫なしの売り切りスタイルであることが求められた。第一、このとき任天堂に「日本全国どこでどれほど、どのファミコンゲームが売れるか」という予測を立てる能力はまったくなかった。

それゆえ当時の任天堂社長山内初心会の力を借りることにした。ファミコンゲームソフトは全量初心会への返品なし買い切り制在庫は持たず、追加の注文が重なってきたら再販というスタイルだ。ファミコン専売権を与えるかわりに返品は勘弁してくれということだ。初心会は全国にその配下二次問屋があるので、彼らを通じて全国の小売店ファミコンを売りだした。ちなみに当初の初心会参加問屋意見としては「こんなもの絶対に売れない」だったそうだ。

ややこしいのがこの後、ファミコンの登場に衝撃を受けたハドソンナムコサードパーティとして参加することだ。当時の任天堂サードパーティが現れることを予測していなかった。というか、まさか他社がファミコンソフトを作れるとは思っていなかった。そのためサードパーティ参加用の契約書をあわてて作る羽目になったという。(このときアメリカにてアタリサードパーティであるアクティビジョン販売差し止めで訴えていたが、後に和解し、サードパーティ合法化された経緯があるため、そもそもサードパーティを認めない、という選択肢はなかったものと思われる)

このときナムコ簡単だった。ナムコは自前でROMカセットを作ることができたからだ。アーケードの雄はハードウェアを扱う力に長けていた。ナムコに対しては自社生産を認め、1本100円のロイヤリティを収めてくれれば問題ないという契約を交わした。

ハドソン問題だった。ハドソン能力こそずば抜けていたが、なにぶん会社の規模が小さかった。とても自前でROMカセットは作ることができず、任天堂に頼ることになった。

任天堂からしたらさら想定外事態だ。どうやればスマートサードパーティ用のソフト流通させることができるのか。任天堂リスクを負うことなく、かつゲーム市場が適正に伸びていくための方法模索する必要があった。

最終的な仕様は、まずサードパーティは一括して任天堂製造委託費を払う。その中からロイヤリティを差っ引き、任天堂工場ROM発注する。作る数は任天堂サードパーティ初心会の3つで相談して決める。初心会サードパーティ任天堂委託したROMを全数買取、支払いする。これで決まった。

もちろんこれが全てではない。年末クリスマス商戦を狙って多数のソフトメーカーソフトを投入してくるので、思ったような数が生産できないので任天堂が拒絶する場合もある。初心会の見込み以上に売れると意気込んだサードパーティが、自前で在庫を抱えてリピートを狙う場合もあった。ROMカセットは作るのにとにかく時間がかかるからリピート発注が来てもそのとき在庫がなければ応えられるのは早くて三ヶ月後だ(半導体在庫事情によっては半年待たされることもあったらしい)。そうなればすでに需要中古で落ち着いてしまう。そういう理由初心会の注文数よりも多くつくるメーカーもあった。そのままリピート注文が来ず在庫になった? その場合は大特価二次出荷するしかない。君はかつてゲーム屋でファミコングラディウスが新品980円で売られているところを見たことはないか? あれはつまり、そういうことだ。

この中で任天堂非難する流れがあった。サードパーティソフトを出すにあたり、任天堂はなんのリスクもなくロイヤリティ徴収していると。しかしこれはそもそもファミコンという当たるかどうかわからないプラットフォームを立て、リスクを負った会社が得るリターンとしてはむしろ当然ではないだろうか。不満があるならセガのように自社プラットフォームを出せばいい。ナムコも自社プラットフォーム計画していたらしいが、結局世に出ることはなかった。



ファミコン時代流通はこういうことで決まった。このあたりの動きでは初心会があまり悪の組織っぽくなくて意外かもしれない。こんな証言がある。スクウェア創設者鈴木尚2003年岡山大学にてインタビューを受けたとき発言である


初心会っていう問屋集団が、ある時期は全くファイナンス役割果たしてくれてたわけですよ。あまりに量が大きくなると「すみませんお金ないんですよぉ」って言うと手形をくれるわけです。その手形担保銀行からお金を借りるわけです。実質的には、ある日突然ファミコンブーム終焉しない限りは、返ってくるだろうという。

この時期はスクウェアファミコンに参入したての頃を指す。任天堂ROM製造委託費を前払いで求めてくるので、どこかが銀行の代行をしなければならない。そこで初心会が(正確にはその中の一つの問屋だろうが)その役割果たしていたということだ。

スクウェアはこの後ファイナルファンタジーで有数のRPGメーカーとして名を馳せることになるが、実は完全覚醒するまでにはもう少し時間がかかった。初代ファイナルファンタジーの初回出荷数は40万本で、これが最終的には80万本まで伸びる。次回作ファイナルファンタジー2にて70万本超えの実績を得たが、実はこれ、途中でかなり問屋内で在庫が残って大変だったという。しかファイナルファンタジー3では初のミリオン超え(最終的には140万本)を果たす。それに伴い過去作も売れるようになって、リピードがかかったというわけだ。このあたり初心会はうまくスクウェアバックアップに動いているように見える。


そう見えるのは、それはスクウェアが一流メーカー入りを果たしたからだった。ファミコン末期の他のメーカーはどうだったか? 1990年8月晴海にて「ファミリーコンピュータゲームボーイ展示会」「スーパーファミコン発表会」が行われた。年末発売のソフト中心に初心会小売店に対して各ゲームメーカー披露する展示会だ。この展示会自体1988年からやっている。

しか1990年ではついに「受注ゼロ」のソフトが出始めたのだ。しかも一つや2つではなく、この展示会で並んだソフト(約100タイトル)のうち、3割が受注ゼロだった。この時点でファミコン市場は売れるソフトと、そうではないソフトの差が尋常ではなく離れていた。

この場合メーカーには2つの道がある。一つは発売中止。もう一つは「任天堂には最低限の発注を行い、初心会には最大限の営業活動を続ける」というもの。もちろん初心会に対して売る気を見せるために大規模な広告活動をやれば発注はくるかもしれないが、その分当然損益分岐点はどんどん高くなる。もっと有効なのは卸値自体を下げてしまうことかもしれない。

そうしてギリギリの攻防が続けられなんとか出荷したゲームはどうなるだろうか? 端的にいうと、人気ソフトの添え物として扱われた。初心会問屋二次問屋小売店へ向けて1本の人気ソフトに対してこういった不人気ゲームや、在庫売れ残りゲーム抱合せで売りつけた。このときのレートによって「1対3」「1対4」などという言葉が生まれた。(場合によっては1対8なんてのもあったらしい)

さらにはバッタ屋ルートなるもの存在した。問屋の不良在庫を捨て値で買取独自ルート小売店に売る。このとき小売店ゲーム屋とは限らない。スーパーディスカウントストアリサイクルショップと様々だ。なかには「お楽しみ袋問屋」なるものもでてきて、中身が見えないファミコンソフトの詰め合わせが一山いくら世界だったそうだ。こういった不人気ソフトワゴンセールをとてもよく賑わしてくれた。

ちなみに抱合せ販売違法なので、公正取引委員会による排除勧告初心会問屋に入ったことがある。ドラゴンクエスト4の頃だ。そのためかわりに「新作ドラゴンクエストの受注を行います。なおドラゴンクエストの他にあの大人ソフト郡(大人気とは言っていない)のリピート販売を行いますので、ぜひ同時注文してくださいね」なんて手法が取られた。




これらの状況を任天堂は当然良く思っていなかった。もともと任天堂アタリショックを目の当たりにして、「クズソフトの氾濫は市場を殺す」と認識していた。そのため、サードパーティには本数制限をかけた。が、サードパーティ自体が増えれば意味がなかった。子供向けのおもちゃであるために表現規制を敷いたが、クオリティチェックはまだこの時行われていなかった。どんどん増えるソフト初心会流通在庫市場を殺す材料になりえた。どこもが不良在庫を減らそうとやっきになって価格ディスカウントしてしまえば、プレイヤー適正価格ゲームソフトを買おう、という意欲が損なわれる恐れがある。


そこで任天堂はこの状況を打破すべくスーパーマリオクラブという組織を立ち上げる。一般モニタープレイヤー2000人超を使い、彼らに発売前のゲームを二時間実際にプレイしてもらい、どこがどう面白いのか、つまらなかったのかを評価をする。評価は項目ごとに点数付けされ、集計されたデータ問屋小売店に送られる。このデータ雑誌ファミリーコンピュータマガジンなどにも送られ掲載されていたので、知っている人は多いんじゃないかな。そしてこのスーパーマリオクラブソフト売上の予測も立てるようになった。意外なことにこの素人集団予測が的中した。後年はマリオクラブ参加者自身が慣れてきてしまい、その予測が外れるようになってしまったが。余談だがマリオクラブはこの後正式任天堂品質管理部門となった。さらにその後分社化が行われ、マリオクラブ株式会社となった。

任天堂としてはスーパーファミコンを機に一度市場リセットしようと試みた。品質管理に売上予測、あまりに多くなりすぎた流通在庫。今ではピンとこない話だが、当時のゲームメーカーは「いったいどれほどのゲームが実際にプレイヤーの手に渡っているのか、どれほど流通在庫が眠っているのか」を把握する方法ほとんどなかった。商売相手小売店プレイヤーではなく、あくま初心会からこんなことになったわけだ。

当時の任天堂社長山内はこう語っている。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。これは初心会オンリー流通自己弁護した言葉と思われた。しかしこの言葉には「流通プロでもわからないのなら、任せる意味がない」ということを含んでいる。この言葉の本当の意味はこの後判明する。


そうして新たなスタートをきったスーパーファミコン市場だったが、これは結論からいうと、なんら変わらなかった。むしろますますカオスになっていった。このあたりからいよいよ初心会初心会らしい悪行が目立ち出す。厳密にいうとこの美味しい市場に目をつけた業者が、なんとか流通に入り込もうとし、初心会の中の一部(ここはもしかしたら一部ではないかもしれない)が彼らと手を組んだ結果なのだが。

スーパーファミコン本体がほしい場合アクトレイザーとの抱合せで(違法? 知りません)。しかスーパーファミコン自体の掛け率は98%。場合によっては小売超え。別売りケーブルスーパーファミコンAVケーブル別売りだった)を売るほうが利益がでる状況だ。

・80万本の出荷実績があるサッカーゲームの第二弾が登場したとき初心会とある問屋一社が初回出荷数50万のうち25万を買い占めた。この25万は発売日に大量には卸さず、自前で在庫として抱え、市場在庫が枯渇して小売店二次問屋が注文してくるのに対し、他のクズソフトとの抱き合わせ違法? 知らない子ですね)で売りさばいた。

とある問屋メーカーに対して「うちは来週から社員旅行にでかけるんで、申し訳ないのですけど一週間早くソフトを卸してくれませんか?」と要望があった。それに応じて一週間早くソフトを送ると、なんとそのまま発売日よりも一週間早く小売店ソフトが並んでいた。社員旅行なんてそもそも嘘だった。

メーカーに対してゲームソフトを大量に仕入れることを約束する見返りとして、その担当者個人の口座にリベートを送るように要求した。

問屋勝手に掛け率を決めて発注書をメーカーに送りつけた

(続く)

https://anond.hatelabo.jp/20210504185958

2021-04-15

anond:20210415110323

当時のナムコ信者ってセガより教信者的な雰囲気があった

パックラランドやスカイなんとかドラゴンバスターとか何がおもしろいの?と思うゲームを熱心にやってた

絵本的な世界観を売りにするゲーム世界的に売れないのはしょうがない

anond:20210415110323

バンナムに何を望んでるの?

今やナムコIPには絶望しか残ってないんだよ

ワルキューレはなぜゼルダになれなかったのか

ワルキューレの冒険をご存知だろうか。

ファミコン時代ゲームともなれば、今や知る人は少ないかもしれない。

英語読みでバルキリーとしたほうが色々と馴染みがあるかもしれない。

戦いの女神の称され、もともとは北欧神話から来ている。

その後ワルキューレの伝説というアーケードゲームが発売されるが、その後はリメイクやサイドストリーものがいくつか発売されただけ(他のゲームへのゲスト参加などもある。)で、完全新作と呼べるものは一切発売されていない。

このゲームは、ベースとなるストーリーや設定がとてもよくできている。

キャラクターの生みの親によるコミックも発売されていて、ゲームでは描かれなかったバックボーンを知ることもできる。

ギャルゲーという概念すらなかった当時、多くの男性ファンを魅了したキャラクター第一人者といってもいいだろう。

(当時、魅力的な女性キャラといえば脱衣麻雀キャラ達が席巻していた時代だ。)

その頃のアーケードゲーム情報を扱うゲーメストという雑誌の、はじめて女性キャラだけを扱った別冊ギャルアイランドでは、第一号の表紙を飾るほどの人気だった。

ギャルアイランドなどという下品な響きとは似つかわしくないほどの神々しい表紙を是非検索して見てもらいたい。

ナムコには他にも魅力的な女性キャラクターもいた。

カイ(ドルアーガ)、ワンダーモモアリスメルヘンメイズ)、アルテミスフェリオス)、アリーシャ(ドラゴンスピリット)、ジェニファー(スプラッターハウス)、安駄婆(源平討魔伝

そんなキャラクター達を差し置いて、やはりワルキューレは頭一つ飛び抜けた人気があった。

今でこそ自立した女性が当たり前になったが、その当時にしても凛として一つ筋の通った性格で誰に媚びるわけでもなく自らの力で道を切り開いていく姿は、この時代に置き換えても何一つ色褪せて見えない。

そんな彼女自信のキャラクターもさることながら、世界観、また、それを取り巻くキャラクターたちもどこか憎めず、ストーリーシリアスながらどこかコミカルで、それでいて最後は胸が熱くなるようなまるでディズニーの名作と比べても何ら遜色のない作りをしている。

主人公が魅力的。

神話をもとにしたしっかりとした世界設定。

サブキャラクターたちもキャラがしっかりとしていて、出てくるアイテム武器豊富

シリアスだがコミカルで感動的。

キャラクターも恐ろし過ぎず、暴力的すぎないので全年齢対象作品

BGMが神。(まじで神。飛ばし飛ばしでいいのでYoutubeワルキューレの伝説プレイ動画を是非見てほしい。)

こんなにも素晴らしい作品なのに、ここ何年も新作が発売されないのはどうしてなのか!

もしこれら特性を生かして、ゼルダのように作品展開できていたら、今や国民女神になっていてもおかしくなかったはずだ。

ゼルダリーズのどれをワルキューレに置き換えても全く違和感がないし、むしろもっと広くファン層を獲得できそうな気さえしてくる。

BoWの主人公ワルキューレだった世界線に生まれたかった。

何年か前にナムコによるカタログIPオープンプロジェクトと称して、その一環としてワルキューレが踊る動画が公開された。

https://www.youtube.com/watch?v=uPvAqueGLds

泣いたよ。声を上げて泣いた。

たかった彼女はこういうのじゃなかったけど、だけど曲がりなりにも公式ちゃんとした彼女の姿を見せてくれたことは素直に嬉しかった。

お見合い結婚をするとなったときも、お見合い相手にまず紹介したのはワルキューレフィギアだった。

最初モニターの上にちょこんと座らせておいて、相手が気づいたときに「実は、、、」と切り出した。

これを受け入れてもらえない相手とは絶対にうまくいくわけがないとわかっていたからだ。

別に散財をするほどのめり込んでいるわけではない。心の支えとしてそばに置いてあるだけなんだという説明をすんなりと受け入れてくれた今の妻には感謝しかない。

もし彼女国民女神になっていたら、同士達にこんな思いをさせなくて済むだろう。

からでも遅くない。

ギャルアイランドの表紙を飾ったときのような癒やしの笑顔や、天空から地上に降り立つ瞬間の決意に満ちた凛とした表情、神と人間や別種族の間にたって葛藤していく姿で世界を魅了してくれ。

今こそ求められているんだよ。ワルキューレ

息子と一緒に妻の前でも遠慮なく楽しめるような、ほんわかとしてそれでいて人間性の成長につながるようなしっかりとしたストーリーワルキューレのと冒険が、僕はしたいんだ。

2021-02-08

コナミ位置情報ゲームを作るとしたら

現実世界を利用したリアルバトルシティを作るのか?

追記

↓↓↓↓

乗りで書いたけど意外とつくのね

allezvous バトルシティナムコやぞ

osyamannbe その一言が、ナムコット原理主義者を傷付けた(わたしです)。

ごめん、完全に遊戯王バトルシティ編だった

versatile コナミはまだゲーム事業やってるんだっけ?スポーツジムしかやってないかと思った

ゲーム興味あってもコナミゲーム会社と思ってない人は多い。

ta-c-s 「位置情報ゲーム」の商標権を取るだけだぞ(上上下権利訴訟権利訴訟BA)

おなじみのネタだね。ちなみに「位置情報ゲーム」での商標はなくて、「位置ゲー」でコロプラ商標とってる

===

全体的に、コナミIPをどうにか位置ゲーに結びつけたいって感じかな

かにあの会社は新しいことを生み出すところじゃないからね

権利だけで食ってる

でもせめて位置ゲーっぽい回答を期待しちゃった

ごめんね

2020-12-02

背理ハイリフレ背理法

ハイハイリフレホッホー

背理法とかハイパーリフレとかすごい

一度頭に浮かぶリフレインし続けるコピーとか音楽はすごい

そういえばナムコの、クーソーしてから寝てください、のコピー考えた人は寝糞に困ってたんだろうか

寝る前にトイレ行くのは大事だよな

2020-09-30

anond:20200928200201

音ゲーって曲と譜面思い入れがあるから楽しいと思う。

譜面が楽しくて気づけば曲が好きになっていたり、

曲が好きで譜面が好きになったり、相互様々。

高難易ばかり好かれることはないと思う。

上級者でも低難易度曲好きだし(単に楽しさや指慣らしやスコア狙いなど)

そもそも上級者ってマイノリティなのに、上級者に影響されて

次回作の曲がワンパターンになっていくことはさすがにないと思うけど。

音ゲーに限らず、どのゲームマジョリティの低級者や初心者、まだゲームを初めていない層に向けての

ターゲティングはしているよ。

から、数十年前にコナミから始まって流行った音ゲーが、

ナムコセガ、様々なスマホゲーから出ているんじゃないかな。

2020-09-05

嫌いなもの蔓延る世の中(オタク界隈)

俺は2000年代初期の古のオタクだ、俺に嫌いなものは4つ、

「酒飲みのおっさんが作った弾幕STGとそれに連なるもの

「菌糸類を自称するおっさんが作った伝奇系R18ノベルとそれに連なるもの

ナムコの出したアイドル育成ゲームとそれに連なるもの

クリプトン社の売り出した萌え絵付き合成音声ソフトとそれに連なるもの

これらが好きな奴らを俺は「厨」と呼んで罵倒し、蔑み、時にはそいつらのコミュニティを志を同じくするもの(すなわち、アンチ)と荒し

ああ、今でも嫌いだ、むしろ前よりも嫌いが強まった

何故かって?全部、オタクカルチャー立ち位置を確定し、一部は一般にまで広まったからだ

弾幕STGは大々的に二次創作が行われるようになった、今じゃ太鼓を叩くゲームにすら曲が入っている、ふざけるな

伝奇ノベルスマホゲーがミリオンヒットを叩き出したし派生作品込みで何回もアニメ化している、クソッタレ

アイドル育成も同じだ、どんどんメディアミックスされて派生作品も増えてる、クソが

合成音声ソフトはもはや1人の歌手扱いだ、おまけにこれらで曲を作ってたオタクアーティスト顔でメジャーデビューしている、キレそう

ああくそ、昔は空気を読まないこれらの厨がいるからこそ堂々とブッ叩けて荒らしに行けたのに、今やこいつらはそれぞれがそれぞれで大勢力化して、我が物顔で歩いてやがる

一般作品のツラして一般にも広まってやがる






ああああああああああああああああああああ、ゴミが!

2020-07-04

anond:20200703230129

わかる。

iTunesに『Ridge Racer』というプレイリスト作ってる。

プレイしてたのは、最初アーケードから始めてPS2のVが最後だけどその後のシリーズアルバムだけは手に入れている。

Ridge Racer3dくらいまでのアルバムを持っていてコンピレーションは持ってないけど、

いまだに聴き続けてる。重複している曲も多く初出がどれかがわかんなくなってるけどひとまず星の多い奴だけ。

Synthetic Life RIDGE RACERS direct audio [Disc 1]

ゼビウスとかドラスピの3面とか流れる奴。過去ナムコの名作BGMを何曲も織り交ぜて上手い事アレンジしていてるのが大変好き。

Galactic Life RIDGE RACER 6 direct audio (Disc 2)

同じく、往年の名曲尽くし、ギャラカのイントロから始まってギャラクシアンギャラクシアン3、サンダーセプタースターブレード等、とUGSF系の曲を詰め込んだ奴。

R4のアルバムの完成度は自分的には他のジャンル音楽含め、かなり上位でこれ一枚で独立して延々聴ける。

特にカブるけどPearl Blue Soul, Motor Species, Move Me, Your Vibe あたりが好き。

RIDGE RACER 6 direct audio (Disc 2)

Radiance

あとオマケ的にデイトナUSAリッジレーサーを混ぜて光吉猛修氏が唄ってるのが、レースゲームアベンジャーズみたいで好き。

https://www.youtube.com/watch?v=zcPKS4XxZNQ

anond:20200703230129

ナムコ縛りで触れてないんだと思うけど、ゲームダンスミュージック導入黎明期においてコシロンスキームからベアナックルへの一連の流れや、ビューポイントハウス導入とか重要やろがい!と思う

2020-07-03

電音部でアイマスばかり着目されてるからリッジレーサーを紹介する

この間のASOBINOTEでもアイマス関連のほうが注目されていた気がして悔しいのでナムコは昔からダンスミュージック親和性があるってことを酒にやられた頭で書きたい。

自分リッジレーサーゲーム自体は余りやってないけどサントラは全部買ってるSampling Masters信者ゲーム自体流行りと若干世代がずれてる。

間違っているところと言わず、当時ゲームやってた人とかに是非補足してもらいたい

リンクは五個までっぽいのでリンクがない曲は各々ぐぐってくれ

リッジレーサー以前

そもそもナムコダンスミュージックの源流はF/Aっていうシューティングゲーム・・・なはず。

このゲームもあまり世代ではない。

漁れば動画出てくるけどゲーム自体はクッソ地味。それに対して音楽はこの時代でこんな尖ってたの?っていうくらい尖っているガチガチのデステクノ

最近出てるゲームでもここまでの音楽はあまりない気がする。

このゲームも全く世代ではない上に、家庭用も無ければゲーセンでもあまり見かけないのでプレイする機会がないのが残念なところ。

幸いなことにサントラ自体リマスター版が出てるので興味があればぜひ手にとって欲しい。

ま、動画見てもらうのが手っ取り早いです。ギャップが激しい。

Sampling Mastersというか細江慎治氏の曲で行くとドラゴンスピリットとかあってこっちも名曲は多いけど今回は割愛

R4までのリッジレーサーシリーズ

曲の雰囲気で行くと、このF/Aのデステクノの流れからリッジレーサーにつながっているのがよく分かる。

特に有名なこの曲

仮に自分ゲームプロデューサーかなんかしてたとしても頭おかしくなったんか?と思うけど、やっぱり革新的なのは間違いない。

ゲームで行くと今でこそ音ゲーガバとかハードコアとか普通に入るしやってる人からすると一般的だと思うけどリッジレーサーがでた93年とかによくゲームに載せようと思ったなと・・・

ちなみにbeatmaniaが出たのが97年(Wikipedia調べ)らしいので4年前にすでにこの流れを作ってたことになる。

個人的に好きな曲だと

どれも好きなんだけど、Grip初めて聞いたとき天才かと思った。

この曲は佐野電磁氏が作った曲で氏が作ったWikiでも天才自称してる。実際天才だと思う。

R4からリッジレーサーズまで

勝手大久保時代と読んでる。今ではバンダイナムコ研究所本部長という偉い人になっているらしい。beatmaniaDJ YOSHITAKA氏といい音楽出世した人は偉い人になる法則でもあるのだろうか?

特にR4はゲーム自体の完成度、グラフィック演出ストーリー音楽どれをとっても一級品というゲーム

PSPとかPS3稼働できる人は是非アーカイブスにあるのでやってほしい。

ここらへんの音楽はだいぶデステクノとかガバは鳴りを潜めてる感じなんだけど、ゲーム楽曲の完成度で色々ねじ伏せてるっぽのがすごい。当時の空気感が知りたい・・・

特に有名なのがラストコース流れる以下の曲。演出含め素晴らしいのであえてゲームプレイ動画で。

花火が上がる演出が最高

ほか好きなのは以下のやつ。R4しかない・・・

  • Your Vibe

リッジレーサーズ、リッジレーサーズ2

だいぶ飛んでPSP版。これまでの集大成感がある。賛否両論あるニトロが入ったのもこのシリーズから

ゲームとしても音楽としても過去リミックスが入ったりしていて総集編な感を感じる。

その手のことはおいておいて、個人的にでかいのは、とっくにナムコを離れていた細江慎治氏、佐宗綾子氏が復活していること。

各々方がセルフリミックスしている曲があるけどいずれの曲も原曲に負けず劣らず素晴らしい。

自分が一番最初にやったのもこのシリーズ

  • Highride

まとめ

F/Aにせよリッジレーサーにせよ数年前にクラブイベントやったりしてるあたり、ナムコサウンドは昔から親和性があったんだと感じる

このあとのシリーズサントラだけは持ってるけど疲れた思い入れがあるのはここらへんまでなので割愛

今日紹介したものとかリマスター版が買えたりiTunes結構売ってたりするのでおすすめレンタルショップにも結構見かける。

趣味が合う人からのご連絡お待ちしています

2020-06-19

75年生まれの俺を作ったゲーム10本を全力で紹介する

そういうわけで、1975年まれの俺を「構成した」ゲーム10本を時代順に紹介していく。

それはとりもなおさず、俺自身を紹介することとほぼ同義になるはずだから、長たらしい自己紹介とか前口上はなしで……では、参る。

パックランド1984/AC/ナムコ

俺にとっては、ヴィデオゲーム魔法は全て本作に詰まっていると言っても過言ではない。

結局のところ、俺の人生におけるヴィデオゲームは『パックランド』に始まり、『パックランド』に終わるだろう。

今作に出会ったのは俺が8歳の時、駅前にできた『カニヤ』というゲーセンだった。

カニヤ』は薄暗く、当世風に言うところの「ツッパリ」と「オタク」(という言葉が生まれる前のオタク大学生たち)でひしめきあい

当時の彼奴らは『忍者くん』や『ソンソン』や脱衣マージャンに興じていた。

忍び込むようにして入ったこゲーセンで、俺はこのゲームにひと目で惚れた。

パックランド』には俺がそれまで見てきたゲームとは全く違った吸引力があった。

キャラクターBGM、色彩……全てにおいて、ゲームにこれほど「魅せられた」ゲームは生まれて初めてだった。

消火栓を押した時の、水しぶきに押された時の、モンスターの頭上に乗っかた時の、妖精にもらったブーツで空を飛べた時の感動。

それは俺がヴィデオゲームと「契りを交した」瞬間だった。その契約は今なお解消されていない。

ポートピア連続殺人事件(1985/FC/エニックス

もし本作をプレイしてなかったら、初代ドラクエを発売日に購入することもなかっただろうし、

ADV」というジャンルに注意を払うこともなかっただろうし、

中学生になってから推理小説にどっぷり浸かることもたぶんなかった。つまり、俺は俺でなかった。

犯人はヤ●」は、個人的にはたいした問題じゃない。

推理小説よりもゲームブックよりも面白い推理もの」をゲームで作り上げてみせたことに大きな意味と意義があった。

シナリオ堀井雄二/制作チュンソフトゲーム史的に考えても偉大すぎるだろ。

本作がなければドラクエも(おそらく)存在しなかったってことだ。

けどまあ、そんなこともどうでもいい。これまでもこれからも、ポートピアは俺の血であり肉である

ドラゴンクエスト(1986/FC/エニックス

ポートピアと初代ドラクエ記憶が地続きになっている。

子供ながらに、「堀井雄二で、チュンソフトで、エニックスなら絶対面白いに決まってるや!」みたいなノリで近所のおもちゃ屋に予約した。

プレイ時は……のっけから震えた。こんなに面白いゲームがあって良いのかと。ゲームにはこんなことができるのか、と。

作者と開発元が同じだけあって、テキスト文体UIポートピアと一緒だな……などと子供らしくないことも思ったっけ。

そしてエンディングスタッフロールでは母親の前で号泣した。

そういえば、ここに挙げたゲーム殆ど全て泣いたな。今となってはゲームで感動して泣くことなんてそうはないけど。

それが年齢によるものだったのか、ここに挙げたゲーム凄さによるものだったのかは知らん。

ウィザードリィ(1987/FC/アスキー

通称ウィズ」。

ある種のゲームが「想像力」を膨らませる最良の媒介であるっていうことはウィズが教えてくれた。

RPG」というジャンル/概念意識したことも、ドラクエよりウィズの影響が大きい(というか、ウィズがなければドラクエもおそらくないのだが)。

種族職業キャラメイク、鑑定しなければ不明アイテム

「?ぶき」を鑑定して、「むらまさ」だった時を上回る驚きと喜びって、もう体験できないんじゃないか

もろ鳥山明ドラクエとは違って、おどろおどろしくリアルな姿/形状のモンスター末弥純デザイン)たちに慄いた。

寺院に駆け込んでも、死者が蘇生するとは限らない——人も物も永久に失われてしまうというリアリティに泣いた。

ウィズは俺に「隣り合わせの灰と青春」を理屈ではなく、ゲーム体験として叩きこんでくれた。

おおっと、故羽田健太郎氏の作ったBGMの素晴らしさについても触れないわけにはいかない。

あらゆるクラシック音楽から「いいとこどり」の手法で極上の音楽を作り上げるすぎやまこういち氏に対して、

バッハ以前のバロック音楽へのストイックな愛がびしびし伝わってくる荘厳な旋律羽田氏ならでは。

タイトル画面、カント寺院キャンプBGM永遠ものだろう。もし未聴ならyoutubeで聴いてほしい。

MYST(1994/SS/サンソフト

当時、プレステ派とサターン派でゲーオタ勢は真っぷたつに割れたが、俺は迷わずサターンを選んだ。本作をプレイするためだ。

当時は震えるほど高価だった(44800円)不格好きわまりない鼠色のハードファミマバイトして購入した。

膨らみ過ぎて破裂しそうになっていた、こちらの勝手な期待ははたして外れなかった。ポートピア以降のADV観はこの1本で刷新された。

トラベルの中でトリップし続けているような、唯一無二のゲーム。それが『MYST』。

インターネットなき時代に本作を自力クリアできた時の感動は筆舌に尽くしがたい(泣いた)。

ゲーム史的に言っても、その後の国内外RPGウォーキングシミュレーターというジャンルへの如実な影響が……や、ゲーム史云々の話はよそう。

ここに挙げたどのゲームも、俺にとっては「自分を作ったゲーム」であり、それ以上でもそれ以下でもないからな。

風来のシレン(1995/SFC/チュンソフト

つい最近まで「自分ローグライクゲームが好きなのだ」と思いこみ、それっぽいゲームには積極的に手を出し続けてきた。

が、結局、初代シレンが好きだったのだという結論に落ち着く。

当時、俺は浪人生だったが、心は勉強にも恋愛にも向かわず文字通り、寝ても覚めても今作とともに過ごした。

タクティクスオウガドラクエⅥもテイルズオブファンタジアも素晴らしいゲームだったけど、

朝晩取り憑かれたようにプレイしていた今作のせいで、この時期に出たゲーム自分の中で必要以上に印象が薄くなってしまっている。

後期SFCらしい完璧ドット絵も、和風すぎやまこういち傑作BGMも、チュンらしい快適操作UIも、寡黙なシレンも小生意気なコッパも、

ガイバラもペケジも※アスカも、どのモンスターより恐ろしい店主も、全てが愛おしかった。

手持ちのROMカセットは内部電池が切れてしまってたから、数年前、Amazonで新品を再購入。

フェイの最終問題」をどうにかこうにかクリアし、地球の裏側に再び出でた。

中年になった今でも、俺の腕と勘は(少なくとも初代シレンにおいては)まだ衰えていないようだな……。※訂正 アスカ→お竜

moon(1997/PS/アスキー

思うところありすぎて、何を書けば良いのか困ってしまう。

「昨年ついにSwitch配信されたし、もうすぐパッケ版も出るから絶対やっとけ!!!

それで終わらせてしまいたいところだが、どうも気が済まない。

数多の熱狂ファン批評家たちによってすっかり語り尽くされている感のある今作。

俺にとっては、世界の見え方をがらりと変えてしまった哲学書のような作品である

あるいはクラブカルチャーサブカル世紀末感……90年代後半、自分にとって全てだった世界をそのまま封じ込めたCD-ROM

本作はゲームでありながら、「ゲームを超えた何か」という感じがしてならない。

人生をすっかり変えてしまうかもしれない、それまで夢中になってきた「ゲーム」をやめさせてしまいかねない、超危険物

でも、だからこそ『moon』はゲーム以外の何ものでもない。

もはやゲームから素直に感動を得られなくなっていた、すれっからしの俺をもう一度「ゲーム」に住まわせてくれた、まったき「ゲーム自体」。

すまん、自分でも何言ってるかわからんくなってきた。

CONTINUEYES.

ゼルダの伝説 時のオカリナ(1998/N64/任天堂

世代的にゼルダディスクシステム時代からやってるが、正直、ドラクエと比べるとゼルダにそこまでの思い入れはない。

神々のトライフォース』も『風のタクト』も確かにめっちゃ良くできてると思ったが、「自分を作った」とは言い難い。

正直、世界中で大絶賛されたBotWもそこまでとは思えなかった。

あれがオープンワールドの傑作なら、俺はこれからクローズドワールド結構

時オカだけが俺にとってとくべつなゼルダである

なぜか? 「広がる世界」を生まれて初めて感じたゲームから

BotWと比べれば全くオープンワールドではないのだろうが、俺にとっては本作のハイラルこそ、生まれて初めて感じたゲーム内に広がる「世界」だった。

エポナを手に入れ、高原を走り回っている時以上に「世界」を感じたことは、今のところ、まだない。

夕暮れ時、ロンロン牧場マロンちゃんオカリナ演奏しながら過ごした時間よりも麗しい青春を感じたことは、今のところ、まだない。

L.O.L(Lack of love)(2000/DC/アスキー

moonディレクターである西健一氏が数少ないスタッフと生み出した傑作。

moon』が作り出したうずたか第四の壁をよじ登り、ついに超えてみせた作品は今なお本作のみと感じる。

エンディングはいい歳して号泣した(物心ついてから号泣した最後ゲーム)。

坂本教授BGMを作ったにもかかわらず、本作はろくすっぽ売れてない。

内容も恐ろしいほど過小評価されているように思う。

ドリキャスという幸薄いハードで発売したことと、高めの難易度設定に拠るところが大きいだろう)

おまけにリメイクアーカイブもないから、『moon』と違って「やってくれ」と気軽に言うこともできない。

だけどもし、ここまで読んでくれて、「こいつとはゲーム趣味近そうだな」と感じてくれたなら、どうか本作をプレイしてみてほしい。

とくに『moon』に強く打たれたゲーマー諸氏! 本作は『moon』の唯一の精神的続編と思ってほしい。やれば、わかる。

しつこく。再発売(配信)をせつに、せつに、せつに、望む。

スプラトゥーン(2015/WiiU/任天堂

本作発売時、75年生まれの俺はとっくに「中年」と呼ばれる年齢にたっしていた。

本作はそんな「まさか」という頃にやってきた、俺のラスト・オブ・アオハルだった。

そしてそのアオハルは俺を(おそらく)最後に「再構成」した。

それまでスタンドアローンしかゲームしなかった俺に、本作はオンライン/共闘しか味わえないゲームの楽しさと厳しさを骨の髄まで叩き込んだ。

その体験は視界を塗り替え、時間感覚刷新し、現実異化した。

これほど夢中になってプレイしたオンラインゲームは本作と『ARMSしか思い当たらない(やっぱ俺は任天堂シンパなのだな……)。

『PUBG』も『Overwatch』も『Fortnite』も面白かったけど、初代スプラから受け取ったJOYには届かない。

あの頃、夢中になって1日中プレイしてたイカ中毒者なら、

汗を流しながらでかいゲームパッドを握りしめていたあの2年間を死ぬまで忘れることはできないはずだ。

※※※※※※※※※※

俺を作ったゲーム10本は以上です。暑苦しい長文を最後まで(途中まででも)読んでくれて心から感謝

何年生まれか知らんが、そちらの「俺を作ったゲーム」もぜひ教えてほしい。何本でもいい。マジ知りたいから頼む。

※※※※※※※※※※

追記

まさかホッテントリ入りしてたので追記

ブコメ全部読みました。

こういう「○本」みたいな括りって、そこからこぼれ落ちた大事ゲームの思い出とか括りでは語れない気持ち排除するみたいで、

あんま良くなかったか……って書いた後はちょっと落ちこんだけど、

ブコメで多くの世代の皆さんを作ったゲームを知れて(知らなかったゲーム、やりたかったゲームがたくさんあった。やる)、

思いきって書いて良かったと思えた。心から感謝

剣呑な現世界だけど、みなさんと俺がこれから面白いゲーム出会える世界でありますように。

2020-06-06

勇者シリーズスポンサータカラ

エルドランシリーズスポンサートミー

合体してタカラトミーになったのは十分すぎる程わかる

合体メカアニメスポンサーばかりやりすぎて自ら会社的にも合体したくなったからだ

だが合体メカアニメスポンサーをしていたバンダイはわかるが

合体に無縁なナムコバンダイと合体したことは解せぬ

もしかして俺の預かり知らぬところでナムコも合体への情熱を燃やしていたのか?

2020-03-04

anond:20200304162852

そらそうやで。多分ちゃんとしたところならボタン用の消毒スプレーとか置いてあったりするんちゃうか?

ゲーセンでも消毒用の布巾とか配ってるところはあるけど、総合的に考えて営業むずいやろな。

多分今日ナムコが止めたか明日セガとかも止めて最終的にはタイトーも止めると思ってるが…

なんでゲーセン営業中止にせんのや?

映画館もそうだけど。スペイン風邪の時とかは学校中止と同タイミング映画館とか盛り場営業中止にしたそうじゃん。

ナムコ今日アミューズメント施設営業中止を発表したけど、これ本来全国規模でやらないかんことやないの?

2019-12-27

訃報2019

大山高男:舞台方面がメイン?の声優エヴァのゼーレ(豆腐)の一人とか

有本欽隆声優ワンピースの白ひげ、サイコパスのとっつぁん

鬼八頭かかし漫画家ヤングガンガンで連載中だった「たとえ灰になっても」が絶筆になった。

北尾光司プロレスラー。元相撲取り

内田裕也歌手俳優

白石冬美声優ガンダムミライさん、パタリロオバQドロンパなど

萩原健一歌手俳優

WOWAKAボカロPミュージシャンローリンガールとか。

モンキー・パンチ漫画家

関田修:アニメ演出家ガンダム(1979)~ムヒョロジ(2018)までコンスタント活躍

川久保潔声優サラリーマン金太郎社長など

小池一夫漫画原作者子連れ狼など

荻野真漫画家孔雀王など

藤本譲声優ミスター味っ子味皇など

ジャニー喜多川音楽プロデューサー

木上益治アニメ演出家京アニ作品絵コンテで多数参加。

武本康弘アニメ監督。らきすた氷菓小林さんちのメイドラゴンなど

池田晶子アニメーター、キャラクターデザイナーキャラデザ涼宮ハルヒの憂鬱(一期)、響け!ユーフォニアムなど

西屋太志アニメーター。作監日常氷菓、Free!など

大野木宣幸:作曲家ニューラリーXマッピーなど初期のナムコサウンドを支えた

森永あい漫画家ユンカース・カム・ヒア僕と彼女の×××など

中村和子:アニメーター。手塚治虫に認められて鉄腕アトムなどを手掛ける。三つ目がとおるの和登さんのモデル

園田小波漫画家りぼんチョコミミ連載中に逝去

三ツ矢新:eRONDO(エロゲメーカー社長ゲームデザイナー

和田誠イラストレーターエッセイスト

吾妻ひでお漫画家失踪日記など

八千草薫女優

中村正:声優。らんまのナレーションなど

大野木宣幸氏の訃報がびっくりした2019年だった

ご冥福をお祈りします

2019-12-14

こいつバカだろ

http://koshian.hateblo.jp/entry/2019/12/10/172042

スレイヤーズの白蛇のナーガビキニアーマってどこ情報wikipediaかにはあるけどあれは「悪の女魔道士ルック」でビキニアーマじゃねーよ!

実際公式絵でも皺がよってる描写もあるし、今の今までそもそもビキニアーマだなんて思ったこともなかったよ。

てかスレイヤーズ読んだことあるの?アニメみてた?

ナーガのアレがビキニアーマってソースどこ?教えてよまじで。

80年代ゲームに限ってもナムコワルキューレヴァリス、マドゥライの翼、DQ3の女戦士などビキニアーマというスタイル一般化した時代でそれ以降2019年の今まで一貫してあるっちゅうねん!

てか、ゲームアニメでのキャラクター表現の話なのに、主人公として選べる男女キャラに話もっててるし、最近ゲームはあとから外見をコーディネートできるのが普通から最初は男女とも無難な格好なのはあたりまえじゃん?

バカなの?てかバカだよね。

いや、こいつ中学生レベル社会素養もないのに、憲法を俺解釈してるようなもんだよ。上から目線だけどこいつヌスバウムをまったく理解できてないし、いっちょ前に小難しい言葉使ってるけど、知識がある人間専門家、あるいはまともな本を読んだひと、それどころかリテラシーがある人間小一時間ググった程度でも)からしたら、アホな事いってんなー。としかならない。

てか、オタクとして、ビキニアーマを軽んじる態度、スレイヤーズに対して無知なくせに訳知り顔って、本当許せないんだけど。

こいつバカ理解力もないし、論理展開おかしいし、自分無知なことにも気づかないくらバカから、正直「無能な味方」でスルーした方がいいと思うよ。

2019-10-11

塊魂』の人って今何してるんだろ

って思って調べてみたら、ナムコ退社後は特にゲーム作れてないんだな……。

こういうことってたまにあるから悲しい。クリエイターが退社した途端にあまり活躍できなくなるようになるの。

クーロンズゲート』の人とか『アクアノートの休日』の人もそう。坂口博信とか鈴木裕とか。

悲しい。

2019-07-14

anond:20190714001629

エースコンバット3の世界観は「私企業私兵どうしが戦争おっぱじめて主人公民間空軍傭兵として移籍しつつ戦う」的なやつだったなあ

ナムコのUGSFなんかは設定的には2040年代がそれに該当するっぽいけど

2019-06-23

ゲームについて語る

私が初めて遊んだTVゲームは『テレビゲーム15』なんだけど、当時ボールバーというシンプルデザインで正直面白いかどうかというと微妙だった。

それからファミコン』を購入したのだが、これがとても面白かった。

何が面白いかったのかというととにかく『ポパイ』『ドンキーコング』が遊べた事だった。

シンプルで、当時はゲームグルメではないので舌が肥えておらず、単純でわかりやすゲームとしてはキャラの魅力などから、『神ゲー』みたいな感じだったのだ。

その後、スーパーカセットビジョンなんかも遊んでみたが、ファミコンには勝てず『スーパーマリオブラザーズ』の登場でさらに加熱した。

そして『ドラゴンクエスト』と『ウィザードリィ』でファンタジー物語にハマっていった。

ディスクシステムなんかも買ってみたんだが面白かったのは『ゼルダの伝説』と『ファミコン探偵倶楽部』あれは名作だった。個人的には『ナゾラーランド』なんかも好きだった。

それからスーパーファミコンが発売されたが、私は購入せず、メガドライブPCエンジンに夢中になった。

メガドライブナムコ系のゲーム面白く、PCエンジンハドソン制作したゲームにハマっていた。

この頃からゲームに対して少し肥えた感じがする。

時代は変わってPSSSが発売された中、私はPC-FXを購入した。のちに購入した事を激しく後悔したが、正直あれは売り方の問題が悪かった事とハードを活かしきれないメーカー問題があると感じた。

ちなみに公開した後にPSSSを購入した。PSはやるゲームがなかったのだがノリで購入し、SSバーチャファイターのために購入した。10年早いんだよ!

そしてドリームキャストを購入する。ほぼPSO専用になる。何も語ることなPSOサイコー

PS2が発売された頃になると、もうゲーム自体グルメになりすぎて一時期面白さを感じなくなる。グラフィックが良いなどと色々変わったが、純粋楽しいと思っていたファミコンの頃と違って、どこかに難癖や粗探しをしてしま自分が居た。

XBOXも買ってみたのだが、気がつけば音楽再生機だった。たしかハードディスクだかに記録できた気がする。ほとんど憶えてない。

ゲームキューブは購入して3日後に嫁がれていった。

PS3が販売されて、またゲームへの情熱が蘇る。蘇らせたのはデモンズソウルだった。発売日に購入して心を折りまくった。

こんなマゾゲー初めてだった。ファミコン理不尽な難しさよりも繰り返すことで確実に上手くなりクリアという達成感も感じられる難しさの心地よいことよ。

DARK SOULSも当然発売日購入だった。マゾに目覚めたのだ。

そして現在は『SEKIRO』に夢中である

何が言いたいかというと、これだけ遊んできて思うのはどの時代ゲームも楽しかったなということ。

ゲームは楽しむためにあるものだ…。

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