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はてなキーワード: レビュアーとは

2022-06-21

背もたれクッション欲しくて雑に選んだんだけど、今までAmazon使ってきてはじめて、例の星5レビューしたらAmazonポイント送りますかいう奴に遭遇してショックを受けた。

商品自体はまあ、書かれてる通りのものが届いたってレベルなんだけど、そんなのがあるだけで信頼度が落ちてしまう。

案の定サクラチェッカーをかけてみたらダメ判定だったし。しっかりチェックしなかった自分が悪いと勉強代になったと思おう。

というか、あそこにこれみよがしに画像付きで載せてるレビュアーみんな、怪しいhotmailメールアドレスに連絡したのか…。

2022-06-17




炎上に参加するより、みんなが手のひらクルクルするのを外から眺めてる方が楽しいよね

かつて食べログレビュアーだった

食べログって、認知が低かった初期の頃は、もっと日記要素が強く、食べ歩き好きの交流場という感じだったと思う。

12年くらい前かな。だんだん商業主義に走りだした。レストランへの悪影響が耳に入るようになり、1年以上前レビューが、理由も告げずに突然削除されるなど、おかしくなりはじめた。

公式掲示板でもレビュアー同士の論争が起こったりした。

その頃、事務局に平均点の付け方を公開して欲しいと依頼し、断られたことがある。今思えば、そりゃ公開してくれないわなと思うが、この時に舵を切り、風通しを良くしなかったことがまずかったのではないかと思う。だってあくまで私のレビューはごくごく個人的ログであり、主観によるものだった。当時、一部のガツガツした人は除き、多くのレビュアーはそうだったのではないかな。

運営商業主義的な方向性や、社会的な影響に嫌気が差して、個人的ログのつもりだったレビューは、何年も前に全て非公開にしてもらった。

それまでは書いた本人ですら、レビューの削除をすることができなかった。一度掲載されたレビュー食べログのものということなのだろう。(現在のことはわからない)

商業主義に走りすぎたことが全てだと思う。レビュアーレビュー主観によるものだ。集計して数値化できるものではない。

2022-06-14

Amazonレビューで疑問

Amazonレビューする人って、どうして自分の扱い方がおかしいって思わないのかな?

例えばさ、電動カッターレビューを読んでみると…

『真夜中にダンボールを切るのですが、うるさくて不便です』

なんてのがあるのね。

いや、お前の使う時間おかしいだろって。

そもそも夜中にそんなもん片してたら、電動カッター使わなくてもうるさいでしょ。

他にもさ、掃除機なんかだと…

『この掃除機は深夜に使うのはオススメできません」とかね…

レビューする人の頭がおかしいんじゃないかなって。


一番アホらしかったのは、飲料水だったかな。

『強炭酸水を購入しましたが、炭酸が強すぎて美味しくありませんでした』☆1


なんかもうレビューする人は小学生くらいからやり直さないと分からないのかなって。

ほんと頭が悪そうなレビュアースゴイなーって感じ。

トップガンマーヴェリック感想がみんな「悔しいっ……でも感じちゃう(ビクンビクン)」てなってて面白かった

1週遅れで見にいって感想を漁ってるのだが、

特にyotubeに感想上げてるレビュアー結構割合

「前作はあんまりきじゃなかったんですよね」とか

「前作には大して思い入れないんですが」とか

いちいち言い訳しつつ持ち上げており

わざわざつべ映画レビューあげるタイプの人たちというのは

基本的に面倒くさい系の映画でうんちく並べてナンボというスタイルが多いためだと思うが

陽キャマッチョの前作を素直に誉められないのだが、

そんな拗らせレビュアーでも言及しないわけにはいかない大ヒット続編は

前作を意識して語らないわけにはいかないという

結果ツンデレ即堕ちがすごい勢いで量産されており、

鬼畜王にがははーと問答無用で貫かれるこじらせヒロインの皆さんみたいだなと思った

2022-05-17

レビュー

1週間ほど暇になったのでアマゾン楽天などのショッピングサイトでのレビューを見て回った。

アマゾンは、べた褒めの怪しい日本語が未だに多いが目立つのオタクレビューだった。

オタクレビューは特徴的。

フィギュアはべた褒め。オタクグッズもほぼべた褒め。一般的な雑品に関しては、ボロクソに中傷レベルで貶すのが目立つ。

多く使われている言葉が『クソ』『ゴミ

普段一般的ものを使わないで生きているのか、便利なものであっても使い方が分かっていないので低レビューを叩き出してくる。

さらに触れて数分程度の使用で全てを分かった気でいるらしく、時間をかけていそうなレビューフィギュアのみ。

しかもやたらと露出が多いものに限ってレビューが濃くて気持ち悪い。

楽天は、オタクの多いアマゾンと違い一般人が多い。

一応それなりに触ってレビューしている人が多そうだが、物事根本理解しないで使っているせいか気に入らないという理由だけで低レビューしている人が多い。

アマゾンと比べると多少常識を持っている人が多い気がしたが…『梱包がしっかりしすぎてなかなか取り出せないので迷惑でした』などという頭の悪いレビュワーがいた。

それとやっぱりオタクレビュアー気持ち悪かった。レビュワーアイコンアニメアイコンでもはや救いようのない嫌悪を感じた。

やっぱりこっちでも『クソ』と『ゴミ』を多用する。

au Pay マーケットは、主にキャリアユーザーが多そうだった。

レビューが多かったが、一言二言のレビューで参考になりそうになかった。

商品が値引きした振りをして送料が高すぎて購入者が少なそうでもある。

主婦らしき人のレビュー結構ひどく、『美味しかったけど量が少なすぎて悪質』などという訳のわからないレビューを見かける。

こちらはオタクレビュアーは目立たなかった。割引も大したことない事とショップのものがその系統をそんなに扱っていないせいか人気がない。

レビューサイトをいくつか回って感じたが、ほとんどが触りという触りすら体験してないでレビューしている感がある。

あと、オタクレビュー気持ち悪い。これ偏見レベルで見ているが鳥肌の立つ嫌悪を感じてしまうくらい表示させたくない。

アマゾンレビューに関しては業者も多いが、事細やかに長所短所解説しているレビューもあって、そういうところはやはり大手といった所。

逆に通信業者のマーケット購入者が少ないのかレビューが多くなく、参考になりづらい。

2022-05-04

フェミ通って雑誌があったら……。

毎週レビューが載るんだろうな。たわわの広告とか全レビュアーが1点とかか。

2022-04-16

桃色のファンタジーって松浦亜弥が歌ってあんなにヒットしてたのに

種族レビュアーズはなんで排除されてしまったん……

2022-04-08

anond:20220408130133

「なろうを叩けばいいと思ってる奴はろくに読んでもいないニワカ」ってのが現代レビュアーの総意だぞ

そしてそれ以前になろうがキモいからってなろうを規制しようとした奴いる?

anond:20220407102502

フェミ月曜日のたわわはキモい」←ヘイトスピーチだ!規制派だ!許さん!

なろうレビュアー「なろうはキモい」←痛快!その通り!!

何故なのか

フェミ月曜日のたわわはキモい」←ヘイトスピーチだ!規制派だ!許さん!

なろうレビュアー「なろうはキモい」←痛快!その通り!!

何故なのか

2022-03-31

Amazonレビューはもう使わん

まあそもそもAmazonレビュー投稿できなくなったが。

ガイドライン抵触してるのでレビュー全削除&投稿不可にしますといわれても、何がどう抵触したのかも不明

基本的に購入済みレビューしか投稿していないし一言だけクソとか最高とかみたいないかにもな雑レビューでなく

最低限は真面目に説明を加えてのレビューしか投稿していない。


一度別のアカウントとある商品に低評価レビューした時に初めてレビュー削除を経験し、購入してないのに低評価たか問題なのかと購入したアカウントの方でレビュー投稿し直したらそれでも削除されたから購入したかどうかは問題じゃない。

YouTubeだのいろいろ検索して見ると同様の処分食らった人は少なくないようで、しかも出品者にとって都合悪いレビューは削除しようという指南動画まで存在している。

中にはベストレビュアーランクに入ってるような人でも丸ごと削除&レビュー投稿不能処分くらってる人もいた。

まあベストレビュアーなんてのも全くアテにならんが。某ウマ娘2期の円盤で役に立った集めまくってベストレビュアーに入ったあのレビューなんて競馬エアプ丸出しクソ駄文レビューだし。

そりゃライバル会社などから工作評価レビューとか愉快犯アンチコメントみたいなのもあるだろうしそれを削除するというのはまだ分からなくもないが、

素直に購入しての素直な感想意見評価が何度も消される上に、腹立つので再投稿したらアカウントごと投稿不可にされるという処遇

一応、Amazonチャットで問い合わせて復活とかい可能性もあるにはあるが、ダメだった例も多数あり、復活できたとしても再び同じようなことになるのは目に見えてる。

仮にも最も栄えてる通販サイトがこんな仕様とは呆れる。

大体理由も何もなくレビュー違反指摘ボタンが押せる(むしろ理由書きたくても書けない)んだから話にならん。

2022-03-01

anond:20220301135301

タコピー見た。俺には合わなかったから途中で辞めたけどネット漫画は挑戦的な作品を出せるのが強いよな。

雑誌だと何か問題あったら回収騒ぎになるから無難作品しか出せない。

アニメ化するんじゃないかな。放送中止になっても宣伝になるし。(異種族レビュアーみたいに)

2022-02-18

増田メンヘラにとって救済をもたらすサービスであり続けて欲しい

私は「インターネット上で故人のブログが閲覧できる」ということを知り、廃墟サイトまとめを閲覧していた。

そもそも一体なぜ私が故人のブログに興味を持ったのかということについて述べたいと思う。中学生の頃、図書館南条さんの本を借りた。当時私はリスカアムカを常習的に行っていた。そのような自傷行為きっかけで南条さんの本に辿り着いたと記憶している。

本には、南条さんという人物について、また彼女インターネット上に残したものについて書かれていた。


「死んだらインターネットで公開したものが残り、さらには書籍化されるパターンもあるらしい」

衝撃だった。

南条さんは、生存した証をインターネット上に残して死んだ。いや、「生存した証がインターネット上に残ってしまった」と言い表した方が正しいのかもしれない。


さて話を戻すと、インターネット上で閲覧できる故人のブログというのが、二階堂さんの「八本脚の蝶」という日記サイトだった。利用されていたのは「@niftyホームページサービス」で、このサービスから推測できるように、当時はまだ世の中に気軽に開設可能ブログサイトは広まっていなかったのかもしれない。

二階堂さんもまた、南条さんと同様にに生存した証をインターネット上に残して死んだ。特筆しておくべき点が、二階堂さんは南条さんと異なり「自らの意志生存した証をインターネット上に残して自殺した」という点である


私は、南条さんも二階堂さんもインターネット上でリアルタイムにて追うことができなかった。そのことについてなぜか「残念だ」と感じてしまうの自分自身気持ち不謹慎でたまらなかった。

インターネットではブログサービスの代りに増田流行り始めた。私は主にメンタルヘルスについて発信している増田を好んで見ていた。そのうちそのクラスタ内のある増田について「どうやらあのアカウントの持ち主は自殺したようだ」と囁かれている場面に何度か遭遇するようになった。

このような場面を目撃し私は、非常にモラルの欠けた発言になるのだが「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と感じるようになっていた。


さて、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化され河出書房新社より発売された。文庫化されるという情報を得た時点で既に私は、自分の心の中で妙にひっかかるものを感じていた。故人の尊厳について考えた。

前置きは長くなったが、本編の日記を読んで感じたことを述べていこうと思う。



その日記は2001年6月13日水曜日から始まっている。

はいつの間にか、2001年当時自分が何をしていたかということについて思いを馳せていた。2001年6月13日水曜日、私は小学6年生だった。私は6年生のゴールデンウィーク旅行先で体調を崩し、風邪をこじらせてしま入院した。自宅で寝ていると熱がぐんぐん上がり、布団に包まっても寒くて寒くてたまらなかった。後になって改めて親とその話をしていると、どうやら熱性けいれんを起こしていたらしい。

ところで北海道運動会は春に行われる。私は運動会当日までに退院することができた。当時の担任先生が「持久走どうする?」と確認してきたので、私は「徒競走だけ出ます」と答えた。グラウンド5周の1キロなんて走りたくなかったのである

私にとってそんな小学最後運動会が終わり、初夏なのか蝦夷梅雨北海道にも一応梅雨のような時期が一瞬だけ存在する)なのかわからない曖昧気候の中で、小学生活を送っていた。おそらくそれが、私の2001年6月13日水曜日だったのではないかと思う。


2002年4月8日、月曜日。おそらくこの日に私は中学1年生になった。中学校に進学したといっても、私が通っていたのは小中併置校だった。わかりやす説明すると、小学生の教室が校舎の2階にあって、中学生教室が3階にあるということだ。つまり中学生になると階段を上る段数が増えるだけのことである

私は新学期の校舎の何とも言えないにおいに敏感な子どもだったので覚えているが、小学生のフロア中学生フロアとでは、においが異なっていた。中学生の階の廊下教室は、やはり中学生らしい大人っぽいとでも言ったらいいのか、とにかく少し変なにおいがしたのを覚えている。

4月も8日頃となると、多くの会社にとっては新年度区切りを迎えてから日経過したというところで、まだ新しい環境には慣れていないという時期ではないだろうか。

2002年4月8日の月曜日二階堂さんにとってのこの日は、ある本に引用されていた詩を見つけることができた日ということになっている。どうしても読みたくて探していたのだという。彼女にとってのちょっとした記念日であるように感じられる。


2002年の3月末~4月初旬の彼女日記確認してみると、すっぽりと更新されていない空白の期間になっていることがわかった。年度末から年度初めは、やはり忙しかったのだろう。

彼女文学部哲学科を卒業した後、編集者レビュアーとして働いていたようだ。新年度が始まって早々しかも平日に、ずっと探していた本が見つかったという出来事日記に書くほどに、彼女は本に対してかなり熱心な人物だったんだろうとぼんやり想像する。


2003年4月1日火曜日、この日は平日だ。

平日だが、二階堂さんの日記は「その一」「その二」「その三」「その四」「その五」「その六」「その七」、これに止まらず「その八」「その九」、さらに続き「その一〇」「その一一‐一」と綴られている。私はそのことに気付き、なんだか雲行きが怪しくなってきたと感じた。「その一一‐二」「その一二‐一」「その一二‐二」と日記は続くが、いくら新年度決意表明にしても長編すぎやしないだろうかと思う。「その一二‐三」の日記の次に、彼女はやっと翌日の4月2日を迎えられたようだ。

しかしその4月2日水曜日日記タイトルは「その一」とある。この日は「その七」まで綴られているが、分割されている記事もあることを踏まえるとトータル9回更新されたということなのだと思う。おそらく当時はスマホなど普及していなかったはずなので、勝手個人的な予想になるが、彼女は自宅で夜中になるまで複数回にわたってブログ記事投稿したのではないかと考える。もしくは、職場PCから小分けして投稿していたという可能性も考えられる。しかし、2002年4月8日月曜日日記から判断する限り、彼女であれば絶対にそんなことはしないのではないかと思う。


投稿あたりの文字数は、今でいうブログ(いわゆる収益化を目的としたブログ)と比較するとかなり少なく感じられる。

しか彼女複数回に及ぶブログ投稿現代増田で例えるなら、短文の増田をかなりの回数にわたって連投しているという状態に置き換えられるのではないかと思う。多くの人はそのような増田のことを、はてなーもしくはいわゆる「病み増田メンタルヘルス系の内容を扱う増田の中でも特に思春期中高生が該当するように思う)」に分類すると思う。事実私も、一晩にかけてそのように連投しているアカウントを見かけると、どうしてもメンタルヘルス系の悩みでも抱えているのだろうかと見なしてしまう。

さて連続して投稿された日記の内容はというと、私が生きてきた中でそのタイトルも作者も聞いたことがないような本から引用である。また、彼女が数年前に受け取ったと思われる知人から手紙引用している投稿も見られる。


ふと私は、おそらく二階堂さんは思考の整理のためにブログを使うというやり方をとるタイプ人間ではないだろうかと感じた。というのも私も時たまTwitterをそのような用途に用いるかである。そしてどういうときにその思考の整理をするかというと、それは「ものすごく死にたいが、どう対処していいか方法が見当もつかないときである。これについては、もしかするとピンとくる方もいるかもしれない。そのようにしばしば私はTwitter思考の整理を行う。なぜなら自分自身脳内の回転及びそれによって生じる思考インターネットに吐き出さなければ、到底処理しきれない状態に陥っているからだ。

そしてなぜあえてインターネット吐露するのかというと、リアル社会には私の話を聞いてくれる人が存在しないからだ。私にとって、リアル社会相手の様子を窺いつつ的確なタイミングでふさわしい言葉相談を持ちかけるという動作は、極めて難しい。過去に何度も相談時のコミュニケーション挫折する経験を重ねたことがきっかけで、そのような事態に辿り着いてしまったのではないかと疑っている。


彼女本心は今となってはわからない。そのため私のような人間が、勝手彼女自身を重ね合わせ、どこかに類似点があるのではないかとあれこれ想像してしまう。

ふと、彼女の死とはこのような在り方でよかったのだろうかと思わず考えてしまう。死後に自分作品が残るとは、そういうことなのだと思う。


2003年4月に私は中学2年生になり、無事に厨二病発症した。インターネットに本格的に参入したのは、この時期だったか記憶している。休み時間には、情報担当教諭ヤフージオシティーズアカウント取得を手伝ってくれた。

やはり、当時はまだブログがそこまで一般的ものではなかった。私はまずは無料レンタルスペース(現代でいうレンタルサーバーのようなもの)を契約個人サイトを作っていた。そしてレンタル掲示板を設置し、同盟バナーハッシュタグで繋がる文化など当然存在しなかったため、共通趣味で繋がる同盟という文化が主流であった)を貼り、繋がっていた。あの頃はそのような時代であった。

私は夜な夜な日記(これはノートに綴った日記であった。というのも夜はインターネットができない家庭環境にあったのだ)を書き、アムカをするようになっていた。田舎特有地域性、そこで生じた問題、そして本来の私の性格と一体何が根本的な原因であるのかはわからないが、ちょうど家庭内でもそこそこ大きな出来事が発生し、私は混乱のさなかにあった。

やがて私は個人サイトの別館を作るようになった。それはおそらく現代でいうTwitter複垢サブアカウント)のような類に非常によく似ているのではないかと思う。私はやがて、いかにも「メンヘラポエム(笑)」と晒されそうな文章を拙いながらも公開するようになっていた。


私は日本におけるインターネット内でポエム馬鹿にされる風潮にいまいち納得がいかないので補足するが、あの頃は「テキストサイト」とカテゴライズされる個人サイトが充実していた。現代詩ともエッセイともいえない、インターネットならではの文章ポートフォリオのようにまとめた個人サイトは、当時かなり多くみられたように思う。

このように、思春期も相まって私は何かと思いつめて過ごす時間が多かった。先に述べたアムカをするようになったのは、確か半袖を着なくなった秋頃だったか記憶している。


二階堂さんの日記は2003年4月26日の土曜日更新が途絶えている。4月26日というと私の誕生日の翌日なのだが、そんなことなど今はどうでもいい。4月26日の日記は、6回更新されている。「その一」「その二」「その三」、そして「お別れ その一」「お別れ その二」「お別れ その三」という題で投稿されている。

そしてその後に、おそらくこれは投稿時間を設定したことによる自動投稿なのではないかと思うのだが、「最後のお知らせ」が更新されている。その内容は、「2003年4月26日のまだ朝が来る前に自ら命を絶ちました」という旨を報告するものである


人の死についてあれこれ憶測することが心苦しいが、おそらく夜中のまだ朝が来る前に、最期のまとめとお別れの言葉を、何人かの対象に向けてそれぞれ投稿したのではないかと思う。そして、2001年から更新が続いていた日記ありがとうございましたという言葉で締めくくり、パソコンシャットダウンしたのかどうかはわからないがきっと彼女ことなら身支度を整えてどこか高い建物へ向かい、そして亡くなったということだと思う。


インターネット死ぬとはこういうことなのか。


断っておくと、私は『八本脚の蝶』すべてを読破したわけではない。二階堂さんが好んだ幻想文学などの専門分野について私は詳しくないため全文の理解が困難であるという言い訳により、私は挫折した。しかし何とも言えないモヤモヤとした疑問が残った。

冒頭で私は「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と述べた。再度ここで明記するが、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化された。

しかするとインターネットに生きた証を残して自殺するということは最悪な選択肢なのではないかと私は思った。というのも、自らの意志に構わず書籍化され、需要編集者の熱意があれば数年後に改めて文庫化されるというパターンもあり得るということが今回わかったかである


果たして彼女はそのようなことを望んでいたのだろうかと、厚かましくも疑問に感じてしまう。世に広まるということは、全く想定していないターゲット層にまで届いてしまうということだ。もしかすると「自殺なんて弱い人間が行うことだ。自殺をする人間は敗者だ」などと主張する層に触れ議論を呼ぶこともあり得るかもしれない。

事実書籍化された『八本脚の蝶』は私のような読者にまで届いたし、加えて私は今こうしてこのような文章まで書いている。果たして私のこのような行為は許されるものであろうか。


文中で軽く触れたが、私にとって増田思考の整理のためのツールとして役立っている。

私は物心ついた頃より、「この子ぼんやりと過ごしているねぇ」と周囲から見なされることが多かった。しかしその一方で、「あなたは随分と真面目だね」などと言われる場面もたびたびあった。その理由について私は、私の脳は必要以上に過剰な思考を行っているためではないかと考えている。


私にはストレスや言いたいことを溜め込む傾向がある。「我慢しちゃだめだよ」とかなりの数の人たちから言われた経験がある。しかし、言える相手に言える範囲相談をし、さら増田で大量に噴出しても追いつかないのが残念ながら現状なのだ

私は、増田を含むインターネットとは「最後の砦」であると考えている。リアル社会で捨てきれない期待をインターネットに託している。もし私がインターネットに見捨てられたなら、どうにかして確実な方法で間違いなく命を絶つと思う。それほどまでに私はインターネットに縋り付いている。


果たしてインターネットは苦しみの最中に置かれた人間にとっての救いとなるのだろうか。

今となっては、様々な利用目的によりインターネットは利用されている。インターネット事業を興し収入を得る個人も随分と多く見かけるようになった。しかインターネット上に人が増えたわりに、一向に私はそこで救われることがないように感じる。

私はリアル社会の中で、絶望絶望を重ねている。冷静に振り返ると自滅して傷ついている場面が多いようにも感じられるが、何らかの救いを求めてインターネットに入り浸っている。もしも私がインターネット絶望しきってしまったのなら、それは完全に終了の合図だ。「死」以外に何もあり得ない。


インターネット彷徨っていると、「死ぬ以外の選択肢が無いために死ぬという選択を取った」という人間が多数存在することに気付かされる。

二階堂さんが一体どうして「八本脚の蝶」というウェブサイトを立ち上げたのか私にはわからない。もしかすると彼女日記のどこかで触れられているのかもしれない。  

しかし、私にはそのことについて何時までもこだわっている時間は無い。正直に言うと、小康状態を保ちながら生きていく上では、他人のことを気にかける余裕など皆無なのだ。そして当然なことであるのかもしれないが、健康人間にとっても同様に、いわゆる「生きづらい人」を気にかける余裕というものは本当に無いらしい。最悪の社会だと思う。

しかしその「最悪な社会」だからこそ、インターネットは救済希望者を受け入れて欲しい。私の意図することをより明確に言い表すなら、「すべての利用者インターネットを通じて他者を救済する世界であって欲しい」。


相変わらず私はぐちぐちと思考の飛躍や感情上下運動に振り回される様子を、増田のしかも匿名披露している。どうかこのことに何らかの意味があって欲しい。

私は自分自身人生について、「あまりにも辛く、ほとんどの時間を疲れ果てた状態で過ごし、さらに今にも死にたくなる瞬間がたびたび勃発してしまう」ものであるように感じている。それならば、私の不幸によって同じようにどこかで苦しい思いをしている誰かが救われて欲しい。


自分自身とよく似たパーソナリティ人物言動思考を知ること」は、抱えている苦しみを解消することにかなり役立つのではないかと思う。そのような情報医療機関提供してもらう機会が少なく、私はインターネットに救いを求めている。そういうわけで私は毎日欠かさずインターネットを利用している。

私はインターネットヘビーユーザーのまま亡くなっていったすべての人たちを観測したわけではないが、目にした限り彼らは社会に対する憎しみを叫ぶことなどせずにこの世を去っていったように思う。彼らに共通することとしては、後世に何らかの表現方法アドバイスを残し、そして希望を託して亡くなっていったように感じられる。


私は彼らから希望を託された側として生を続けたいと思う。そしてそれがいつまでの期間になるかはわからないが、インターネットに救いを求めつつも、積極的自分自身の不幸を開示していこうと考えている。

増田には、メンヘラにとって永遠に救済をもたらすサービスであり続けて欲しい。

2022-02-10

anond:20220210195222

個人的感触としてはGoogle Mapの方が異常者多いと思う

食べログレビュアーは少なくとも料理をメインにして語ってることが多いけど

Googleの方は根拠不明の「★1 愛想が悪かった」だらけ

2022-02-08

anond:20220208095228

ほんと

映画を見なくてすんで時間と金節約になる

アマプラにない映画のあらすじと解釈感想を書いてくれるレビュアーはありがたい存在

2022-02-02

anond:20220202164752

サンクトペテルブルク検察庁はいくつかのアニメシリーズロシア禁止することを求め訴訟を起こしている。申請では、世界的に人気の日本アニメの1つ『デスノートシリーズが上げられた。同様に禁止が指摘された作品として、『異種族レビュアーズ』『残響のテロル』『エルフェンリート』が上げられる。裁判所プレスサービスによれば、検察庁は同様にアニメナルト』の禁止を求めたという。

デスノート ←妥当

・異種族レビュアーズ ←妥当

残響のテロル ←妥当

エルフェンリート ←妥当

 

ロシア検察庁感覚が正常すぎる。

2022-01-22

anond:20220120200635

自分も男体化TSの傑作は2つしか知らないからここに来ればみんなが男体化TS有意義な話をしてるのかと期待したのになんだこのざまは。お前らには失望した。もっと種族レビュアーズの人魚の話とかをしろ

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