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はてなキーワード: 深読みとは

2017-09-14

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170914-00000028-jij-kr

軍事的解決には賛同しづらいけど、少なくとも日本が「対話」「平和解決」「模索」という言葉を発することが国際社会では一番嫌がられるということははっきりしてきたと思う。これは深読みするとついに北にまで国内の厄介ごとを持ち込むなと言われてしまったということなのではないか

2017-08-31

ボカロ歌詞の「考察」を中高生くらいのガキが喜々としてやっていたのはただの中二病だと思ったけど、

最近はそれにとどまらず「考察深読みこそアニメ漫画の真の楽しみ」というカジュアルオタクが増えたよなあ。

アニメ漫画考察自体はもちろん昔からあったけど、当時は「拗らせたオタク深読み芸」って感じだったよね。

https://anond.hatelabo.jp/20170831161321

着いていけないじゃなくて純粋漫画として面白くないんだよ

がんばって深読みしようとしなくていいか

2017-08-25

1999年SF映画、『マトリックス』とその続編についても批評家意見は一致していない。『マトリックス』は人類を救う救世主となる白人コンピューターハッカーネオキアヌ・リーブス)が主役の映画である[16]。マシュー・ヒューイは彼の著書、The White Savior Filmの中で、「コンピューターシミュレーテッドリアリティの外側の多文化的な景観に入り込んだ白人主人公が彼の恩寵を通じて、今にも起りそうな災害から白人の人々を救い始めなければならない。」と記している[17]。ハーナンとヴェラは著書、Screen Saviors: Hoiiywood Fiction of Whitenesssで『マトリックス』を人種が異なる援助者のチームを持つ白人救世主という近頃の白人救世主物語の「最新作」として分類している。彼らは、「その映画潜在的白人人種差別主義批判は、黒人キャラクターのモーフィアスやオラクル、モーフィアスの仲間のタンクやドーザーなどの白人救世主であるネオに仕える弟子たちなどの神話プロットによって否定される[18]。」 アディリフ・ナマはこれに対して、著書、Black Space: Imagining Race in Science Fiction Filmでモーフィアスとオラクル重要任務について「概して、その探求は白人救世主によってもたらされた任務よりも、黒人男性女性によってもたらされた任務のように見える。その黒人キャラクター簡単に読み解くと、ブラック・パワー運動公民権運動象徴的で文化的試金石や、それらの残余である[19]。」

本当は怖いサザエさんみたいな深読み芸になっててワロタ

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170817225450 を読んで。

最初に要約しておくと、私もかつては助けてと言えない人間でしたが今は言えるようになってハッピーです、という自慢かつマウンティングしかない話です。

私もかつては助けてと言えない人間だった。どんな塩梅かというと例えばレポート課題試験範囲を聞き漏らした時に、誰に尋ねることもできず最悪な成績を取っていたというくらいには助けてと言えない人間だった。

当時を思い返すと、他の人の目を気にしすぎていて自分というものがなかったな、と思う。自分は困っているのに、困っている自分ということを周りに知られたくなくて何も言えないまま。困っている自分は変な自分で、周りに変だと思われたくないから素直に困っていることを表に出せなかった。もし自分というものがちゃんとあれば、周りに変だと思われることなんて気にしないで自分が困っていることを主張できたのにな、と思う。

そんな私にも転機が訪れる。

当時の私は病気だったり無職だったりと不幸のどん底で、そして何より自意識過剰に悩まされていた。自分の中にいるもう一人の自分が、常に私を責め立てるのだ。

「今お前はこう考えたが、それは違う視点から考えるとこのようになり、それは倫理的に正しくない考え方だ。だからお前は間違っている」とか、「今お前はこの人の発言を好ましく思ったが、それはこのように考えるととても傲慢な考え方であり、お前の性格の悪さを表している」とか、「今この人がお前を褒めたがそれはこう考えると皮肉交じりのお世辞であることは明らかで、素直に喜んだお前は読解力が足りない」といったように何事も悪い方へ悪い方へと解釈して、だからお前はダメなんだ、と締めくくる、よくわからない自意識自分の中にいたのだ。

ものすごく嫌な性格で常に自分に悪意を向けている何者かが自分の心に住んでいるのは、正直死にたいしか言えない状況である

もしこの悪意ある何者かが他人だったら、その人物から逃げればいい。でも、それが自分だったら逃げようがない。その上、この何者かは自分の行いではなく考えそのもの否定してくるので、本当に逃げ場がなかった。何もしてない無職であっても考えないことはできないからだ。

毎日この、視点を変えすぎて誰もそんなことまで考えねーよ的なところまで深読みをし、その上自分を一番傷つける解釈採用するという謎プロセスを踏む自意識に悩まされ死にたいと思い続け、ついにTwitterにその苦しみを漏らしてしまった。正直ただの独り言のつもりで、誰も理解しないしスルーされるだろうと思っていたのだけれど、でも違った。私の悩みをちゃんと理解した上で、「あなたは生きてていい」と言ってくれるフォロワーさんがいた。

その時点で私は号泣なんだけど、このフォロワーさんは加えて悩み相談ぐらいは乗りますよ、と声をかけてくれた。私はそこで、多分人生で初めて、ものすごく素直に「助けてください」と言うことができたのだ。

それからいろいろなことを考えた。その中で、私の人生には今まで何人も助けの手を差し伸べてくれている人はいたのに、私は等身大自分を見せたり裏切られたりすることが怖くて色々と疑いすぎてしまい、結果その手を払いのけてばかりきたのだな、と気づいたりもした。

でも、あのフォロワーさんの言葉不思議と何も疑わずに受け止めることができた。そして、人の言うことの裏を読みすぎたりせずに素直に受け取ることは大事なのだと言うことに気づくことができた。

加えて、人の言葉を受け取る素直さに気づくことができたら、今度は自分感情を素直に言うことの大切さにも気がついた。それまでは自分を良く見せたいあまりに飾った感情を演技することしかしてこなかった。困っている時も困っていないふりをしながら、でも心の中では困っていることに気づいてくれと思っていた。でも、素直に言わないことをわかってくれと思う方が傲慢だとわかった。

そうして二つの意味での素直さを手に入れたら、私を苛み続けてきた過剰な自意識は消えることになった。人の目が気になって自分というものがないという悩みも解消された。全てが良い方向に回り始めたのだ。

ちなみに例のフォロワーさんとは、そのあと実際にお会いしたりしてお付き合いすることになった。その関係の中で、この二つの素直さを実践していった。

実践の中で守った決まりごとは二つ。彼の言葉を疑わないということと、察してちゃんにならないということだ。

こうやって素直になっていたのが良かったのと、彼自身が素晴らしい方だったというのもあり、過去のおつきあいと比べてものすごく心地いい関係を築くことができた。

そして結婚をし、今に至る。

本当に助けてと素直に言うことは大事だと、私は人生を通じて実感している。

2017-08-17

牛乳石鹸のWebCMが読めない奴が多くて驚く について

https://anond.hatelabo.jp/20170816113637

これ深読みしすぎだと思う。

CMはわかりやすくつくらないといけない。WEBCMから通常のCMよりも長めに尺があるとはいえ、短い時間ストーリーを伝えるためにはディテールをわかりやすくする必要がある。

特に牛乳石鹸CMなんて対象年齢が幅広い。どんな世代、どんな文化素養のある人にもわかりやすくする必要がある。

作る立場からすると、ぱっと見でわかるようなものを作るのが普通だし、でなければダメ出しがどこかで出る。

「あのカレンダー誕生日当日だというのにプレゼントを用意してほしいという不自然さの象徴なんですよ」みたいな説明とともにコンテを提出したとして、仮に制作現場では「映画みたいでいいね」ってなっても確実に途中で「わかりにくいだろ」ってなるよ。

事実仮にこの人の言ったとおりのストーリーだとして、ほとんどの人が誤認している。

今回のストーリー場合カレンダーカット誕生日であるということを主張するためだけのもの。むしろそれをわかりやすくするためにあんカットをいれたのだと思う。

アイマスについて考えた」の続き

これの続き→(https://anond.hatelabo.jp/20170816030530#tb

はじめに

友人から教えてもらい、ツイッターふくめ何やらだいぶ反応をもらえていたようであることを知ったので(批判ばかりだったけど)、ありがたいことだなぁと思い続きをしたためますちょっとズレてます明日ようやく仕事に帰るのですよね、暇なのです。


イチローとか羽生の例えが不適切

彼らは清宮や藤井四段より遥かに上であったり、勝ち続けた経歴があるからこそ人気があるのだからなんかおかしい。といった趣旨批判いただきました。お目通しありがとうございました。


しかにそうですね、勝ち続けたからこそのドラマであると思います。ここは例えがちょっと極端だったかもしれません。要は「実力があろうとなかろうと、彼らに語ることができるだけの哲学のようなものがあるかどうか」ということを言いたかったのです。

例えば、名前ちょっと出てこないのですが、全敗しつつも走り続けたあの競走馬のようなところでもよいのです。馬に人格ドラマがどうこうという話ではないのですが、読み取ることができるだけのドラマ性があるかどうか、という話であります


「765は歴史があるからすごい、後発は歴史がないかダメと言ってるのと同じ」という指摘もいただきましたが、誤魔化さずに言えばこれはその通りです。歴史というよりはキャラクターとしての物語性による厚みの話なのですが、765アニメなどと比較して考え、「強固な物語性があるキャラクターが好き」と結論づけておりました(先の文章でもたしか)。まぁそんな感じ…そんな感じですね。


理由をつけて貶めたいだけ。ただのダメオタク

へい、まったくもってその通りでありやす。現状のデレミリは、それなりに考えてみて自分には合わないなと思い、遠巻きに応援していこうと決めてしまいました。リアル体験併用が推奨される最前線には行けず悲しいですが、やはり人が増えていると、このような強く雑な言葉を使う方々がいるものなのだなとも確認できたので、自分はやっぱり主な住所である過疎コンテンツ平和に過ごします。しかし10RTもされてるの怖いですねアレ、765もアニメ以前はあん場末感あふれる感じだったのでしょうか…。


わかる気がする

「細かいところはともかくとして、強いストーリー性とか完成されたキャラクターという点ではやっぱりエロゲーヒロインとかの方があってるような気がするんだよな、多分この人には(だから765ASがその中間にあるものとして受け入れられている)。だから生きづらさを感じるのもわかる」


ありがとうございます。まったくもってその通りであり、わかりやすい要約であります私的にはミリオンアニメがとても楽しみで、細々とCDなど購入しつつ自分が好きな方向性のものが新しく始まるのを楽しみに待っています


また引用させていただきます

「まるで後発キャラには物語や背景ないかのような言い方。ASだってコミュから読み取って保管されていったりを繰り返してバックボーンが出来上がったやん。」


後発キャラにも物語や背景があることは理解しています。ただ、自分が765アニメを観て本格的に好きになり始めた頃の「劇場アイドル」の雰囲気を感じることができず、現状はそこが重視されていないなと感じる次第です。765の各コミュが漁られている段階では、自分ニコマスを観たりたまにCDを買ったりといった程度でした。つまり自分がいま後発のアイドルに抱いている感覚とその頃の感覚は近いものなのかなと改めて考え直しています。先日の文章自分が持ち上げているのは「アニメ放送期の765プロアイドル」であった、と認識してくださると幸いです。


シンデレラミリオンアイドルと向き合わかなかっただけ

その通りです。自分は変質する時代と、それに合わせて変化したアイドルについていくためのスイッチを切り換えることができませんでした。やはり孤独ぼっち自分性格にはあっていて、765のメンバーでのニコマスアニメは楽しかったのですが、メンバーが極端に増え、ソーシャル性が求められるようになっていった結果、自分は置いて行かれました。しかアイマス全体の雰囲気はいまでも好きです。陰ながら新しいアイドルも買って応援しています


団塊オタクって感じだ

そう思います。いい語呂なので、今後はこれを名乗らせていただこうと思います


今のデレミリは「ソーシャル型」から劇場型」への過渡期

これを読んで様々な意味で嬉しくなりました。ミリオンアニメ錦織監督でやってほしいです…。


ストーリーに重きを置きすぎると解釈の幅が狭まる

アイドルの「要素」を最も大事にして、そこからまれる「物語」は8通りくらい考えておくのが、アプローチをかけるうえでベストなんだと思う」


やはりいろんな方がおられるなぁと思いました。素直にすごいバイタリティだと尊敬します。自分は出されたものをしっかり理解して、それをわかった上で応援したいタイプだと気づきました。ゆえにアニメニコマス派だったなと。みんなで解釈を共有して楽しんだり、自分ひとりでワクワクするのも自分には難しいです。団塊オタクですね…。


薄利多売なわけない。もう6年やってるんだぞ。

薄利多売ではないというのは、「ソーシャル性を重視した結果としてのちょうどよいキャラの厚み」なのだなという理解文章を書いておりました。文面にもしたと思うのですが、走り書きゆえ伝わりにくかったのだと思います申し訳ないです。


年数についてはあまり関係ないですね。上にも先の文章にも書いたとおり、ソーシャルアイドルの持っている性質として書いただけです。


うーん?

 「"「社会」が乱される" 社会の変化についてけない時に新しいものを腐す人というのが居るが、そうでもしないとそのことを受け入れられない・踏ん切りがつかないということなのだろう」


別に腐してはいません。


デレマスの界隈は遠巻きに眺めてるが

彼女らとそれを応援する彼らの爆発力も大事だしすごいと思う。自分は入っていけないのだけれど。 」


その通りですね。なんだか仲間意識を感じます


765ASさんの活躍の中で

ニコニコでのファン動画存在も大きいのではないかと思うのですけど(私が最初に知ったのもニコマス)、公式だけでなくファン(P)と一緒に紡いできた物語ではないのかしら」


その通りですね。自分としてはその集大成としてアニメ劇場版があり、完成した(させられた)様を観て、深く感動したタイプです。ニコマスは当時から好きでした、こないだ見たときはあまり765アイドルのものがなくて寂しく思いました…。


おわりに

様々な反応があり嬉しく思いました。自分普段いる過疎コンテンツは、平和というか、自分と同じように一人で完結できる人が多いため、今回ちらほらいらっしゃったような深読みしない・言葉が強い方の反応はなんだか新鮮でした。やはり怖いので遠巻きに応援していようと思います


先の文章で書いたとおり、「アイドル/神は一方的に与えてくれる存在ではない」ということを理解せず、ただ「狂信」しておられる方だなと、怖い方々がされていた他のツイートからは感じられました。コンテンツバブルお祭り騒ぎは得てして彼らのような狂信者によって支えられており、それを理解してはいましたが、今回はそれを実感として理解できたのも大きな収穫のひとつです。とじまりすとこ(団塊オタク語)。


いやー楽しいですね。よければまた、どんなものでもコメントいただけると幸いです。では寝ます

2017-08-12

おばさんに公園名前を聞かれた

都内、家の近くの小さな公園で一人で作業をしていた。

100㎡ほどの、滑り台と砂場、ベンチが2個あるだけの小さな公園。他には誰もいない。

キャンプ道具を新しく買ったので、キャンプで使う前に使い方をマスターするために、作業をしていた。

ちなみにテントタープの組み立てではない。

すると、自転車に乗ったおばさんが公園前に立ち止まり、話しかけてきた。

「この公園名前ってなんですかね?」

特に名前も気にせずいつも使っていたので、知らなかった。なので、

ちょっとからないですが、そのあたりの看板に書いてないですか?」

と返した。するとおばさんは看板のほうへ向かって歩いていった。


やり取りが終わったあとに、なんで名前なんか気にしてたんだろう、待ち合わせとか?、と思いを巡らすも、「これだ!」という明確な回答が思い浮かばない。

一通り作業が終わったので、帰る前に公園名前が書いてないか確認してみた。

すると公園入り口に石のプレートがあり、○○児童公園と書いてあった。

児童公園? 大人は使っちゃダメだったのか? と思い、注意事項の掲示板をみると

児童公園ですので、子供が遊ぶのを邪魔してはいけません」と書いてあったが、大人は使うなとは書いてなかった。

深読みしすぎかもしれないが、あのおばさんは、

児童公園子供が遊ぶ場所なので大人は使うな」

ということを遠回しにいいたかったのか、という考えに至った。

誰もいない公園で、誰にも邪魔しないように作業してるだけなのに。

大人が使っていると、子供が近づきにくいからという、電車優先席に座らない健常者みたいな配慮が求められるのか? 今時の公園は。

これは自分深読みしすぎならいいのだが、本当に公園の利用でこんな配慮をしないといけないのなら、なんて生きづらい社会になったものだと思う。

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811143017

思った。

家庭の感動話系の釣りって最近増えたね。

設定ガバガバなのがほとんどだけど。

最初チック症と途中の話があまりにも脈絡がなくて文章力なさすぎなのが一見リアリティありげだったけど

ただの深読みで本当に文才がないだけだったパターン

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808134855

から失礼します。欅ファンです。なぜ月スカという作品ができたかには一家言あるので語らせてください。まず月スカはサイレントマジョリティーという作品の前日譚となっています。このサイマジョは大人社会に対して黙ってないで主張していこうという反抗の曲になっています。だから月スカはこの決意に至った経緯が描かれています。つまり大人社会から抑圧され傷つけられている状態ですね。これは歌詞にも端的に表れています。「教師が見せかけの愛を歌う」や「幸せじゃない大人説得力あるものか」などなど。

ということで話題のように痴漢にあった人が傷ついているのいうのは違和感がありました。それだとサイマジョは痴漢に対する反抗の曲ですか?と聞きたい。そんなばかな。グループ代表する曲の背景に痴漢があった?そんなばかな。誰が喜んでそんな後付けするんでしょう。なので、そんな意図はなかったと私は考えています

月曜日の朝スカート切られたというタイトルは、ティーンの女子が抑圧され傷つけられていることを印象的に表現しているのだと私は思います。確かに人によっては嫌にな気持ちになるタイトルかもしれませんがそこに痴漢意図が隠されているというのは深読みかと思います

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170721110719

旦那擁護するつもりは一切ないけど、深読みすると、話し中に寝てしまう。人はストレスがすごすぎると寝てしまうらしい。これは仕事やばいのかもしれん。正常な判断ができないのかもしれん。仕事どうって探り入れるかな。純粋浮気なら。。。。どうしよう?笑

2017-07-19

https://anond.hatelabo.jp/20170719205442

日本場合、家問題とか嫁姑問題とかあって嫁側が極端に迫害されてきた歴史があるから

当たり前のように嫁よりも姑を優先する男への憎悪が激しいのではないか深読み

まあ猫だって生後1年もしないうちに親猫は子猫攻撃して別々の生活圏を作るんだし

いつまでもママ靴下履かせてもらってるような男はキモいって思われてもしょうがないでしょ。

2017-07-18

まとめがなんでこんなに伸びてるのかと思ったら

深読みして痛いところを突かれた気分になってる人達発狂してるだけだった

みんな不安なんや

これだけ抑えれば大丈夫!3年住んでわかった、北海道地名の読み方

北海道には難読地名が多いとされる。確かに、俺も北海道引っ越してきたばかりのときは戸惑った。とにかく地名が読めない。

でも、地名といっても所詮人間がつけたものだ。ある程度の規則性はある。だから、いくつかの法則さえ抑えておけば、北海道地名なんてある程度は余裕で読めるようになる。これから紹介するいくつかの法則は、俺が3年かけて発見した非常に有用ものだ。ぜひ憶えて帰ってほしい。

 

法則①「寄」と来たら「ヨロ」

これは鉄則。応用範囲は狭いが、的中率は100%近い。足寄、名寄などがある。ちなみに道民は最寄駅のことをモヨロ駅と読む。ちなみに近所に流れるウヨロ川にはオヨロ橋がかかっている。頭おかしい。

法則②「美」は「ビ」

ミとかウツクシとかも考えられるが、北海道場合、美と来たら100%「ビ」と読む。美瑛(ビエイ)、美幌(ビホロ)、美深(ビフカ)など。道民なら9割が気づいている法則だ。美幌ときてミホロなんて読んでいたら素人丸出しで恥ずかしいから確実に抑えておこう。

法則③「別」は100%「ベツ」「内」も100%「ナイ」

上2つは経験則からおれの知らない例外があるかもしれないが、これは例外存在しない。別は絶対にベツと読む。登別喜茂別、紋別など。内も絶対にナイだ。歌志内、中札内木古内など。なぜ断言できるかというと、ベツもナイもアイヌ語で川を意味する語彙だからだ。北海道地名は川にちなんだものが非常に多い。ちなみに近所には別々川(ベツベツガワ)という川が流れている。日本語に直すと「川川川」だ。頭おかしい。

法則④読める地名はたいてい道南

これはガチ北杜松前八雲、森、駒ケ岳、せたな、など。これらの地名比較的サラッと読めるだろう。これらは皆道南地名だ。さらっと読める地名はたいてい道南地名。これは覚えておくと役に立つ。逆に言えば道南地名はまともに読めば当たるということを意味するからだ。道南地名だということがわかっていたら深読みはせずストレートに読んだほうが良いだろう。道南から北に移動していくと、長万部あたりから急に読めない地名が増え始め、北に行くほど難易度が上がっていく。

法則⑤「幌」は諦める

札幌、羽幌、幌糠。これらはすべて読みが違う。さっポロ、はボロ、ホロぬか、だ。札幌は馴染み深いから誰でも読めると思うが、それは知っているから読めるだけだ。これらの幌が付く地名は、いずれも理論的に読みを推測することが不可能だ。どんなときホロが来て、どんなときポロが来るのか、それを予測することは誰にもできない。たとえ道民であっても触れてはいけない禁断のブラックボックス、それが「幌」という字だ。

法則⑥変な読み方しておけばたいてい当たる

留萌という地名がある。留は「ル」で良いとして、問題は「萌」だ。素人はこれを「モエ」と読んで、ルモエと読んでしまう。素人丸出しだ。こういう地名に当たったら、とりあえず素っ頓狂な読み方をしておくと正答率が上がる。この場合「モイ」だ。何故萌をモイと読むのか疑問に思ってはいけない。とにかく迷ったら素っ頓狂な読み方をしておけば良いのだ。これは先ほど上げた「足寄」なんかにも使える。「寄」は法則①を適用してヨロだとして、「足」の処理に困るはずだ。こういうときは「アシ」とか「ソク」ではなく「アショ!」と読もう。アショ!ヨロ!、アショロだ!と、こうなる。こういったプロセスで読めば全問正解間違いなしだ。多少難易度の高い、慣れが必要な技だが、ぜひ抑えてほしい。

 

ここで上げた法則1~6を理解した貴方は、初見地名であっても読みの正答率がかなり向上しているはずだ。自信を持っていい。では実践に移ろう。以下に挙げた地名を読んでみてほしい。この6つの法則理解した貴方は、間違いなくすべて読めるようになっているだろう。ちなみにネイティブ道民ならおそらくすべて読める。なぜ読めるかというと、こういった法則を深層学習的に理解しているからだ。

 

音威子府

・枝幸

弟子屈

・平取

占冠

増毛

・興部

・1839峰

2017-07-16

[] #30-4「女子ダベかく語りき」

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最終話

シューゴ:あ~、やっと最終話だ。

マスダ:主人公がまた転校するのか、となって登場人物たちがアレコレ奔走しますね。

シューゴ:最終回ということもあって、多少の物語はあったほうがよいと思ってさ。

マスダ:このあたりはオリジナル要素多めですよね。

シューゴ:まあ、最終回ということを考慮しても、そうせざるを得ないんだよな。原作の都合上。

マスダ:原作に追いついてしまったんでしたっけ。

シューゴ:正確には、既に使い切ったと言ったほうがいいな。原作漫画は全4巻で、今までも節約しながら作ってきたから。

マスダ:あー、そういえば。8話が放送されていた時くらいに、既に原作の方は終了していたんですよね。

シューゴ:ぶっちゃけると打ち切りだな。アニメ効果も虚しく。

マスダ:あれ、出版社とアレコレもめたという噂もありますが。

シューゴ:原作者と話したことがあるが、それはデマだってよ。まあ、本人談だからって鵜呑みにするのもどうかとは思うが、大きな要因は売り上げ不調だろう。マイナーかつアングラ雑誌で連載されていた漫画から仕方ねえよ。

マスダ:週刊ダイアリーってどちらかというと情報誌ですからね。連載漫画あくまワンコーナーだった。

シューゴ:『女子ダベ』が載っている当時の雑誌読んだことあるが、場違い感凄かったぞ。なんでこの作風漫画を連載させたのか。

マスダ:そして、上はどこからアニメ企画を持ってきたのか(苦笑)

シューゴ:当時はこういった作風が一大ジャンルになりつつあったから、恐らく流行りに乗っかったってことなんだろうな。この手の出版社がよくやる、迷走じみた安易企画だな。

マスダ:作品の出来自体は悪くないだけに、余計にそのあたりの残念感が滲み出ますよね……。

シューゴ:まあ余談はこれ位にして本編の話をしようぜ。

マスダ:いよいよ、クライマックスですね。劇半は地味だとシューゴさん言っていましたが、ここは結構良くないです?

シューゴ:クライマックスで盛り上がる場面だからこそ、だな。実のところ主題歌アレンジしただけだったりするんだが。

マスダ:へえ、これ主題歌アレンジだったんですか。印象が大分変わりますね。

シューゴ:最終回の盛り上がる場面で主題歌流すのは鉄板からな。とはい雰囲気に合わないから、アレンジして使っているわけ。

マスダ:上手くできていると思いますよ。最後にいつものEDじゃなくOP主題歌を流したのは、ここがアレンジって気づかせるためだったわけですか。

シューゴ:いや、そこまでは考えていない。深読みしすぎ(笑)


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マスダ:はい、これにて『女子ダベ』完走です。

シューゴ:あ~、終わっっったあ。ぶっ続けで観るもんじゃないな、これは。

マスダ:うちのスタジオとしては“色々”と感慨深い作品でしたが、出来はやっぱり素晴らしいものがありますね。

シューゴ:そうだなあ。アニメ金も時間も人手もかければ良い物できるのは当たり前なんだが、それをしっかりとこなしたという点では自分スタッフを褒めたいところだ。

マスダ:予算のやりくりが下手くそだったせいで赤字ではありましたが、アニメ自体はちゃんと評価されましたからね。

シューゴ:それが、こうして数年たってからボックスが出て。オレたちにこんな喋らせてくれる。ある種の禊感あるよな(笑)

マスダ:(笑) 利益という結果こそ伴いませんでしたが、得るものがなかったかといえば嘘になりますよね。

シューゴ:そうだなあ。原作の人とは妙な縁が出来て、今でも『ヴァリオリ』とかで脚本書いてくれることもある。

マスダ:そういえば、今は別の雑誌で描いているんでしたっけ。

シューゴ:1話でいきなりヒロイン出産シーンまでやるやつな。

マスダ:ジャンルというか、作風もガラっと変えて。新基軸として評判良いらしいですよ。

シューゴ:オレのアドバイスのおかげか(笑)

マスダ:いや、多分関係ないと思います(笑)

シューゴ:ですよねー(笑)

#30-5へ続く)

2017-06-24

はてなの中高年は今井絵理子発言理解できない

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/Eriko_imai/status/878072125252182017

全員的外れ

おそろしい。


1.今井底辺

今井について分かって欲しいのは

学力教養はかなりの底辺だということ。

まれ育ちも別に良くないうえにあんまり学校行かずに芸能活動して

スピード解散後も類友な人達と付き合って30代を迎えた人なわけ。

わかってる?

はてなインテリ中高年の皆さんと今井マジで会話成り立たないよ。

語彙が全然違うし。

はてなーの多くは底辺と接する経験が極度に乏しい上、もうアラフォーの中高年がメインだからなあ。


んで前述の通り今井ももう30代の母親だが、ああいう人は年齢のわりに若者文化親和的だということ。

まり今井の脳髄はわりと「今時の若者(ただし低学歴な)」に近い。

2.昨今の底辺ガキの使う「批判」の意味

もうわかっただろうか。

まだわかんないか

はてなー達は中高年なのと育ちよいインテリなののダブルパンチ下品コミュニティを見ない。

爆サイもしらなくてびっくりしてるような坊ちゃま嬢ちゃまだからな。

底辺コミュニティやガキ向けコミュニティをある程度覗いていれば

今の若者子供達が「批判」という言葉をなんか変な風に使ってるのに気付けたはず。


もう前置き疲れたから結論を言っちゃう

あいつらは「批判」をすっごい悪いことって意味で使ってるの。

批判」は和を乱すとか喧嘩を売るって意味しかない。ケチをつける。因縁をつける。人の気分を悪くする。

これはもちろんおそるべき低知性・低学歴の表出と取っていいと思うけど

ディベートディスカッションの訓練をしない日本公教育カリキュラムの悪影響も合流してると思う。

意見をぶつけ合うことは異常事態であって悪いこと。


あいつらには、たとえば流行りの映画感想っていうのはダチ同士みんなで同じ方向性のことを言って共感を味わうためのツマでしかない。

もしそこにはてなーみたいなのが混じって、過去作品についての豊富知識を前提とした考察とか分析とか問題点の指摘とかしてみーよ

それは「批判」であって、みんなの気分を悪くする行為なわけ。

「お前批判してるよ」って言われる。それは歩きタバコを注意するみたいなニュアンス

そこで気付いてやめればいいけど、気付かず続けたり詫びの空気を出さなかったりすればハブられる。

批判は、すごくネガティブな、ピースフルでない、縁起の悪い行いなわけ。喧嘩とかケチ付けってことなわけ。


ね。

まり今井が何を言ってるのかわかってきたでしょ。

批判なき選挙批判なき政治」を目指して、子どもたちに堂々と胸を張って見せられるような選挙応援します^^

日本語翻訳すると

ポジティブピースフルなバイブスでやってきたいのでシクヨロ」って言ってるの。それだけ。

マジだぜ。

批判なき選挙」は「ネガキャンとかしないニコニコ選挙」みたいなイメージ

マジだぜ。

(まあ不毛扇情的ネガキャン政策についての厳しい議論との区別今井にはたぶん付かないんだけど)


3.コンニャク問答すぎんだろ

washburn1975 見れば見るほど現政権とその支持者の本質をえぐり出すツイートなんだが、おそらく本人は本気でイイこと言ったつもりなのであろー。 底抜け日本 256 clicks

リンク2017/06/23 Add Starmagnus84101ai_gaminglife

からこんなの見当違いもいいところ。

インテリ中高年が底辺若者語を深読みして「現政権本質」「底抜け日本」とか言ってるのはオマヌ過ぎる。

完璧コンニャク問答の世界

もちろんこんなバカ議員にするのやめてくれよっていう自民党批判は当然されるべきなんだが…


ただはてなインテリ中高年達も

もう少し若者のことも理解していきましょーね

まりにも違和感ある言葉遣いに遭遇したとき

自分達の手持ち知識だけで判断するのは脳の硬化のはじまりってもんでしょ?

少し調べるぐらいの用心深さと謙虚さがあれば、今井が全く異なる言語を使ってることに気付けたはず


これ書いてるおれも今井と同世代のいいオッサンだよもう

でもはてなボリュームゾーンっておれより更に10歳ぐらい上のような感じがする

今回みたいなときとか、たまに年齢を感じる

2017-06-05

続・山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの続き。(文字数制限にひっかかったので分割します)

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

1183(寿永2)年、義仲軍は京都に入り、食糧不足もあって狼藉を続けた。京都にとどまった後白河法皇後鳥羽天皇即位させ、寿永二年の宣旨頼朝東国での支配権を認めるとともに、義仲軍の乱暴ぶりを口実にして頼朝上京要請するなど、政治力の強化につとめた。しかし、頼朝東国支配を固めるために鎌倉を動かず、かわりに弟の範頼・義経上京し、1184(元暦元)年、二人は義仲を打ち破った。

義仲が京都乱暴狼藉を働いたという記述があるのは、意外にもこの教科書だけでした。

兵糧不足のまま進撃して首都占領しても、どうせ軍規が乱れて略奪しまくるぞというのは、日中戦争における南京事件南京大虐殺)のことを言いたいのかなと思いましたが、それは深読みのしすぎかもしれませんね。どうなんでしょう?

  

また、これは下記の引用部分になりますが、頼朝が初めて上京したタイミングがいつだったかを明記しているのは、この教科書だけだと思います

(この点はとりわけ山川の『詳説日本史』が最悪です。頼朝西国での平家追討の仕事をすべて弟の範頼・義経らにやらせ自分はその間ずっと鎌倉にひきこもって地盤を固めていたという基本的事項すらも把握できない書き方がされているんです。)

頼朝挙兵以来、北条氏三浦氏などの東国武士たちと主従関係を結んで、彼らを御家人として組織した。そして1180(治承4)年、御家人の統率と軍事警察担当する侍所を設けて、有力御家人和田義盛別当長官)に据えた。さらに1184(元暦元)年、一般政務をつかさどる公文所(のち政所)と問注所を開設し、実務に優れた下級官人らを側近にして職務を分担させるなど、支配機構の整備を進めた。

頼朝後白河法皇要請を受け、範頼と義経平家追討を命じ、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏を滅亡させた。後白河法皇頼朝権力拡大を恐れて義経を重用し、頼朝の追討を命じたが失敗した。逆に頼朝は、親鎌倉派の公卿九条兼実藤原兼実)らを朝廷重要政務担当する議奏につかせ、反鎌倉派の貴族追放し、義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた。さらに1189(文治5)年、頼朝義経をかくまったことを口実に藤原秀衡の子の泰衡を攻め、奥州藤原氏を滅ぼした。こうして頼朝東国西国の多数の武士御家人として組織しながら、主に東国支配確立していった。

1190(建久元)年、頼朝挙兵後はじめて京都に入り、右近大将に任命され、後白河法皇没後の1192(建久3)年には、法皇の反対で就任できなかった征夷大将軍に任命され、名実ともに鎌倉幕府が成立した。」

当然ながら『詳説日本史』にも、侍所政所問注所地頭というキーワードは出てきますしかし、治承・寿永の乱とは別項に記述されているため、時系列が分かりづらくなっています

それに比べて、この教科書歴史の流れの中にキーワードを配置しています。だから時系列に即してこれらの言葉意味理解することができるはずです。

  

結びが「名実ともに鎌倉幕府が成立した」という記述になっているのも、味わい深いです。

鎌倉幕府の成立が何年かという論争を垣間見ることができます名目的には1192年に幕府が成立したと言えるが、実質的にはそれ以前から幕府政治機構ができあがっていたというニュアンスを含ませているのでしょう。

  

  

  

あとは、上記引用中の「義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた」という記述が最高にクールです。

一般には1185年、義経の捜索を名目にして守護地頭が設置されたとされていますし、国ごとに置かれた役職地頭ではなく守護だと暗記している人が多いんじゃないでしょうか?

例えば山川の『詳説日本史』はそうなっています。それによると、頼朝は1185年に「諸国には守護を、荘園公領には地頭を任命する権利」を獲得したとされています守護は「おもに東国出身の有力御家人から選ばれて「原則として各国に一人ずつ」任命され、「大犯三箇条などの職務を任とし」て国内御家人を指揮統率し、とくに東国では在庁官人支配することで「地方行政官としての役割も果たし」ました。いっぽう、地頭は「御家人のなかから任命され、任務年貢徴収・納入と土地官吏および治安維持」です。「頼朝は主人として御家人に対し、おもに地頭に任命することによって先祖伝来の所領の支配保障したり(本領安堵)、新たな領地を与えたりした(新恩給与)」わけですが、このことが御恩と奉公関係となって封建制度の基礎となりました。

  

ところが、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)によると、ここの説明がこれとまったく異なります。私が先に引用した項では、1185年の出来事として守護の設置には言及せず、地頭の設置だけが記述されていますしかもその"地頭"は国ごとに置かれたものだとされているのです。

私は最初にこれを読んだとき、わけがからなくて混乱しました。それでがんばって自力で調べてみて(独学なので苦労したナァ)ようやく理解できたのですが、1185年の文治の勅許守護地頭が置かれたとする『吾妻鏡』の記述には疑いがあり、実はこれがかつて学者の間でも論争になったテーマだったらしいのです。

1960年石母田正が新説を発表したのですが、おおざっぱに言うと、新説では、この時点で置かれたもの守護地頭ではなく、地頭(国地頭)だったとしています。それはわれわれが普通一般に知っている地頭(荘郷地頭)とは異なり、一国を統括する強大な権限を持つ存在です。この国地頭はすぐに廃止され消滅しましたが、守護前身となりました。

三省堂教科書は、次項でそのことが説明されています頼朝がはじめは国ごとに"地頭"を派遣して荘園国衙領のいずれからも兵糧米を徴収させていたこと、そのやり方がひどすぎたから反発を招いて、以後は"地頭"に代わるものとして守護を置いた、という記述になっています。またこれに続いて、頼朝は「荘郷地頭と呼ばれる地頭を任命し」、平氏没官領や謀反人の所領跡で「年貢公事徴収治安維持に当たらせた」としています

このように、三省堂教科書では、「国地頭」と「荘郷地頭」をはっきりと区別しているのです。

  

実教出版もこの新説を採用していますこちらも合わせて読んでおくと、国地頭のことが大変よく分かります東京出版は本文の記述が旧説に拠っていますけど、欄外では国地頭が惣追捕使とならび、守護前身として存在していた話をちょこっと説明しています。これらの教科書は「国地頭」論争の成果を取り入れており、学問的に誠実だと思います

それに対して山川の『詳説日本史』は旧説を採用し、1185年に守護地頭の設置が認められたとする断定的な記述になっています。これが他の教科書とのあいだに無用矛盾を生じさせているのです。私と同じようにこの点につまづいて、困惑してしまった高校生が少なからずいるんじゃないでしょうか。

  

なお、山川参考書『詳説日本史研究』にもこの新説の紹介はありません。同社『日本史B用語集』には「国地頭」という用語掲載されていて、そこでは一応説明がされているんですが、あたかも国地頭が荘郷地頭前身だったと思わせるような記述です。

地頭(じとう)⑪:1185年、頼朝要請後白河法皇諸国公領荘園地頭を設置することを認めた。当初は1国単位荘園公領支配する国地頭を設置したが、まもなく平家一族の所領として没収された平家没官領と謀反人跡地に限定した荘郷地頭となった。しかし、公家寺社の強い反対で、一時縮小、承久の乱後に全国化した。任務土地管理年貢・兵糧米の徴収治安維持など。

地頭⑤ 荘郷地頭

  

山川出版日本史B用語集』より

ですが三省堂実教出版東京書籍教科書によると、国地頭はむしろ守護へと発展的解消を遂げたという記述なんですから、『日本史B用語集』のこの説明とはやはり若干の矛盾が生じています

「国地頭」を教科書に載せている上記の主要3社の文脈に従うなら、この用語独立の項目として取り扱うか、せめて「地頭」の項目じゃなく「守護」の項目にいれて取り扱うべきじゃないでしょうか。

  

(追記 これはインターネット上の情報なので私は未確認ですが、現在は『詳説日本史』にも国地頭掲載されているそうです。近年改訂されたんでしょうか。

予防線として言っておくと、私は高校日本史Bを履修しなかったし、大学歴史学勉強したわけではありません。高校時代文転して受験するかと生半可に考えていて(結局やめたけどね)、興味本位教科書を読んでみただけの素人です。

さいしょの方でも書いたとおり最新版教科書を持ってません。はてブでバズっていてびっくりしましたが、このエントリ専門家レベルのものとして受けとるのは、恥ずかしいのでやめてください。

再追記。id:HRYKtbykさん、確認をしてくださり感謝。)

  

  

  

(追記2

複数教科書を読み比べすることで、『詳説日本史』を読むだけでは見えないポイントが浮かび上がってきます

『詳説日本史』では、前九年合戦後三年合戦のところで、「これらの戦いを通じて源氏東国武士団との主従関係を強め、武家棟梁としての地位を固めていった」とあります。これが後の頼朝挙兵につながるわけですが、それは時代を経てからのことだから教科書のページが離れすぎていて、この関連が把握しづらくなっています

ここで例えば山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)のような他の教科書と読み比べてみると、『詳説日本史』がこの簡潔な一文を通して伝えたかったことを理解することができるのです。(上述参照)

  

つぎは例えば、貫高制・石高制を見てみましょう。

『詳説日本史』によると、戦国大名性格は次のように説明されています戦国大名は「新たに征服した土地などで検地をしばしばおこなっ」て、それにより「農民に対する直接支配」を強化しました。そして国人地侍を取り込むため、貫高制を導入しました。これは戦国大名が彼らを「貫高という基準統一的に把握」して軍役を課す制度でした。それでここからすこし時代下り、別のページで豊臣秀吉太閤検地説明しています太閤検地により石高制が確立しました。それは「荘園制のもとで一つの土地に何人もの権利が重なりあっていた状態を整理」し、「一地一作人」を原則とするものです。農民は「自分田畑所有権を法的に認められることになった」わけです。

このような記述だけでも表層的な理解はできると思いますが、実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)は、貫高制について「荘園の複雑な土地制度は貫高に組み込まれ大名統一的な国内政治を推進」するものとしています。『詳説日本史』ではせいぜい石高制と荘園制の関係しかからないでしょうが、本書はこのように貫高制と荘園制の関係を明示しているのです。

この視点を最もわかりやす記述しているのが、三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)です。本書は貫高制、石高制、荘園制の全部を一つの項目に入れて記述しています。それによると、秀吉太閤検地を行い、「戦国大名の貫高制にかわって、それを発展させて全国に広げた石高制」を導入、その結果「荘園制を完全に崩壊させ」ました。このポイントを把握しておけば、中世から近世への社会の変化を、土地一元的支配確立荘園制の衰退・消滅という視点で見ることができます。本書の特徴は、貫高制・石高制をともにこの視点から語っていることと、しかもそれが荘園制を「完全に崩壊させ」たと言い切っていることです。

ちなみに、東京書籍日本史B』(日B 004)では、石高制を「近世封建制体制原理」と書いています。これがまったく新しい制度であることを強調しつつ、近世という言葉を使ってその射程を江戸時代にまで広げているのです。)

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603123836

君みたいに見当はずれの深読みする人がいなくなれば、

みんな幸せになれるのに

2017-06-02

本田圭佑の言っていることが単純に日本語としてよくわからない

本田圭佑若者自殺に「他人のせいにするな!」⇒ ネット上で物議「他人のせいにできないから...」 http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/30/keisuke-honda-tw_n_16887860.html

他人のせいにするな!政治のせいにするな!!生きていることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やっていることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!』

現在物議を醸しているツイートである

自分は身近に自殺をしたひとがいた。その立場から言えば、やはりあまりいい気持にならないツイートである

それ以上に胸に残る不快感が「単純に日本語として意味がわからない」ということである

初めて読んだ時から今でもずっと意味を考えあぐねているのが

成功に囚われるな!成長に囚われろ!』

という一言である

彼のいう成功意味ってなんだ?成長ってなんだ?成功と成長ってどれほど意味が違うんだ?

成長に囚われていれば死ななかったのか?何故?根拠はどこに書いてあるんだ?

そもそも『囚われる』ってどういう意味だ?

なんだか自己啓発書の中に出てきそうな一文だと感じた。

ヒントは『今やっていることが嫌ならやめればいいから。』だろう。

『今やっていること』これがおそらく『成功』のために実行していること、という意味なのではないだろうか。

例えば受験勉強に疲れて自殺した学生とか、職場出世しようとしてうまくいかなかった会社員とか、そういった事件想像したのかもしれない。

人より上に立つことばかり目指して(=成功自分の身と心をすり減らすくらいなら、そんなことはやめてしまったほうがいい――そう呼びかけているのだとしたら、本田圭佑選手の言っていることも分からなくない。

(ならば成功と成長とはどこまで意味が違うのかという疑問は残るが)

ただしこれは私が彼のツイート深読みした結果にすぎず、独自解釈の一つでしかない。

本田圭佑選手が本当は何を言いたかったのか、それはもう少し言葉を足してもらわないとまるで意味が分からないのだ。

本田選手言葉本田選手自身他人に伝わる形にしないと伝わらない。

ツイッター上では本田圭佑選手言葉批判する人の声が見られた。しかしその反論も、個々人の深読みだったり、あるいは一個人体験のみが根拠であったりした。

一方で絶賛する人の声もあった。しかしそれは、本田圭佑選手ツイートの中に選んだ単語が持つポジティブ意味にのみ惹かれている気がした。

私は最初に述べたように、身近に自殺者がいるという事情から「気分がよくない」とは思った。

しかし正直なところは「本田圭佑の言っていることが単純に日本語としてよくわからない」ことに一番戸惑っている。

それゆえ、本田圭佑選手言葉共感した人には、いったいこのツイートをどう日本語として読解し、どの部分に共感したのか、それを教えてもらいたいし、反論した側には、自分の感じた不快感理解しようとしてツイート深読みに陥り、本人が意図したところとは全く違う観点から自殺問題をとらえていないか心配になるのである

私が思うのは、本田圭佑選手は、自分の心にわっと沸いた熱い感情のようなものを、他人に伝えるための論理的文章に落とし込む力がまだ足りてないのでは、ということだ。

SNS初心者だというから仕方ないのかもしれない。

しか自身の影響力を考えれば、当該ツイートについて補足説明くらいはしておく必要があるだろう。

本当に彼の言っていることが日本語として理解できないから。

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531173049

表に出ている情報だけを鵜呑みにして騒ぎ立てるのもどうかと思うけど、根拠もなく深読みして事実かどうかわからないことを吹聴して回るのもそれはそれでどうかと思う。

個人的見解を言わしてもらえば、「どうでもいい」

http://anond.hatelabo.jp/20170531161657

深読みしすぎだ。

「間違ってる」と言ってるだけで、「変われ」とは言ってない。

他人を変えるなんてコストパフォーマンス悪すぎて面倒くさいわ。

ましてや匿名の見ず知らずの他人自業自得なんて、変えるメリットもない。

2017-05-25

アニメマンガゲーム男の乳首問題

そろそろ描くか描かないか統一してくれないか

 

このまま両者が分断されてると

何気ない有り・無しで作品哲学的意味合いすら深読みされてしま

  

特にゲーム上半身裸になって

ヘンタイプレイするケースが多いから不自然さが際立つ

(こどもは特にやりたがるだろう そしてなぜ描写されないか不思議に思うのだ)

 

オープンワールドだと尚更

「そこオープンじゃないのかよ!」と突っ込む野郎もも沢山居るだろうに

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170524104460

しろ乙女ゲーというか少女漫画というかそういうのでありがちなパターンを思いっき皮肉ってるのではないか、と思う。

イケメン婚約者、その婚約者の為に他の男の求婚を断り独身を通すヒロイン、愛し合ってるのに結ばれない二人、

そして非業の死を遂げる婚約者とその志を継ぐヒロイン、美しい初恋の思い出…

と言うようにいかにもそれっぽく関係性を持ち上げておいて

実はそのイケメンは他の女にも同じような事ばかりやってるただのスケコマシのクズでしたー、ってさ。

スイーツ大河とは呼ばせねえぞと言う制作側の意図があるんじゃないか

これまでの、爽やかイケメンとして描きながらどこか腹黒さや胡散臭さも感じさせる脚本も上手いし

歯の浮くようなセリフを言いながらやはりどこか心がこもってない薄っぺらさを演技で示した三浦春馬も上手い。

そういう面を見せないで視聴者を完全に騙してしまうと騙された!となるし

そういう面をあからさまに見せてしまえば何で主人公あいつのクズさ加減に気付かねーんだよと視聴者イライラ、となるけど

絶妙な匙加減だったから、視聴者も「あい胡散臭いけど深読みし過ぎかな」程度で収まってたし

いざ公式クズさ加減が示されても視聴者も「ああやっぱりクズだったのか」となるだけで不満は出ない、という。

つかNHK時代考証的に、戦国時代にスケコマシという言葉を使っても許されるのかよ。

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