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はてなキーワード: バタとは

2018-02-18

アジア復興

アジア蹂躙した欧米列強

中国の弱体化とともに、アジア欧米列強蹂躙された。

イギリスフランスアメリカアジアの各地を植民地にした。

日本軍アジア進出して、欧米列強アジアから撤退させた。(大日本帝国は、アジア豊富資源を欲していた)

太平洋戦争日本軍が負けて、頭を押さえつけていた重石が除去された。その結果、アジア各国は独立を勝ち得た。

 

漁夫の利

アジアの結束を分断して、再びアジア支配下に置きたい欧米エスタブリッシュメントたちは、アジアの各国同士を敵対させ、戦争させる姦計を練っている。

アジア人が愚かであれば、まんまと引っかかり、アジア人同士で戦争することになるだろう。

人種差別主義者たちは、アジア各国を分断し、弱体化させることで、漁夫の利を狙っている。

 

黒龍会の残党

戦後日本人3S政策によって骨抜きにされ、オナニーにふける馬鹿ばかりになってしまった。

黒龍会の残党は「和僑」となって世界中へ散って行った。南米ではラストバタリオンと協力して戦後復興に邁進した。

チャイナセブンロシアアジア戦争回避する方向で動いている。(利益よりも損失の方が大きいと計算

 

30億人に膨れ上がったセム的一神教ユダヤキリストイスラム

アジア破壊の導火線に使われようとしている日本人が哀れだ。原爆投下の教訓をすっかり忘れてしまっている。

再び、日本は「滅びに至る民族」の汚名を着せられるのか? それとも、世界平和リーダーシップを発揮できるのか?

その答は、日本人ユダヤ末裔セムの人々)を説得することができるかどうかにかかっている。

 

大和民族が失われた10支族の1つなら、セムの人々との対話可能である

しかし、カバラタルムードトーラー意味説明できる日本人は、果たしてどれほど残っているのだろうか?(現状の神道では皆無に等しいのではないか?)

 

anond:20180217235829

2018-02-16

産婦人科で見かけた老夫婦

今日総合病院産婦人科に来ていて、私はソファーに座って自分の番を待っていた。

待合室を抜けた奥に診察室が7つ並んでいて、その1番目の部屋の前で待っていたら60半ば~70前半くらいのどうみてもお婆ちゃんが私の隣に座った。

両手を手遊び手話をするようにバタバタ動かしていて、ちょっと変わったばあちゃんだなあと思ってた。

すると、唐突に両手で自分お腹を高速でさすり出した。

バサバサバサ!っていう服をこする音にギョッとしておばあちゃんを見たら、真ん丸のお腹しわしわの小さな手でゴシゴシこすっていた。

細くて小柄でニット帽かぶったおばあちゃんが、スイカのようにまん丸なお腹をすごい勢いでさする姿に、思わず数秒目が釘漬けになってしまった。

しばらくして呼ばれたお婆ちゃんは待合室で待っていた旦那さんと思わしきおじいちゃんを呼び寄せ、二人並んで2番目の診察室に入っていった。

程なくして私も呼ばれ診察を受けて病院を出た。

知らない妊婦さんの話をここに書くなんて下世話だけど、

あの診察室に消えた老夫婦が頭から離れず、色々余計な想像をしてしまう。

オチはない、ただおばあちゃん妊婦さんを見かけたそれだけの話だ、すまない。

2018-02-11

どちゃもん じゅにあ 1期

#01 「ぼくはしろ早く“立派などちゃもん”になりたいと願っている「しろ」。いつの日か「どちゃとぴあ」を卒業して、一人前のどちゃもんとして大活躍しようと張り切っているのだが……。
#02 「かんばんかきたい」ちゅちゅりのリクエストで、しろが働く喫茶「おいしい」の看板をかくことになったやえこ。やがてみごとな看板ができあがるが、それを見たしろはあるアイデアを思いつく。
#03 「ないしょのはっぱ」早く“立派などちゃもん”に成長したいと願っているしろしかし、しろの体は仲間とくらべてもまだまだ未熟。そんなことを密かに悩んでいたしろにあるトラブルが発生する。
#04 「ひかるたまをおいかけろ!」しろは、森のなかでフワフワと飛びまわる光の玉を見かける。おくとうぃんぐは、その玉は「どちゃだま」と呼ばれ、どちゃもんの「卒業」関係があるかもしれないと言う。
#05 「ぬいでもぬいでも」にらジーンズにはすごい秘密があった。なんと、いくらでも無限に脱げるジーンズだったのだ。でにらがうらやましいしろは、ジーンズを手に入れようとある作戦を立てる。
#06 「もりのまものどちゃとぴあの森には、夜になると恐ろしい魔物が出るという。しろは、魔物を倒して「立派などちゃもん」になろうと森へ向かう。そして、魔物と対決の時をむかえるが…。
#07 「おそるべきライバル!」どちゃとぴあのヒーロー・おくとうぃんぐ。まもなく開かれるすもう大会でも、優勝は確実と思われていた。しかし、そんなおくとうぃんぐの前に意外なライバルが現れる。
#08 「みんなでぺこぺこ」しろのもとに赤い牛のおもちゃ配達される。それは「日本」の民芸品らしいが、しろは動き出した牛を見て、どちゃとぴあ卒業していった「先輩どちゃもん」だと確信する。
#09 「たからのちず」しろたちは「宝の地図」を発見する。しかし、宝物が埋まっているはずの場所には、なぜか巨大なポテバタホクホクが横たわっていた。困ったしろたちはある作戦を立てる。
#10 「うわさのうわさ」しろは、お手伝いをしている喫茶店の新メニューを開発しようとやる気満々。しかし仲間たちの間には、しろがまもなくお店をクビになるらしいという「うわさ」が流れる
#11 「ぽくはぽてばたほくほく」大きな体でいつもボーっとしている謎のどちゃもん「ぽてばたほくほく」。ある日、しろサッカーをしようとぽてばたほくほくを誘うが、返事はなく無視されてしまう……。
#12スーパーじぇくたん」いつも口数の少ないじぇくたん。ところが突然べらべらとしゃべりはじめ、しろたちにさまざまな映像を映してみせる。それはみんなが初めて見る「ニッポン」の風景だった。
#13 「みんなでぱらぱら」絵が得意なやえこしろたちにお願いされて、みんなが登場する「ぱらぱらマンガ」を描くことになる。しかし、たくさんの絵を描くのは大変で、作業はなかなか進まない。
#14 「さよならおくとうぃんぐ」どちゃとぴあには、卒業して日本へ行くどちゃもんだけが渡ることを許される橋がある。ある日、おくとうぃんぐは、さんさんさんにその橋へ来るように言われる。
#15 「はしのむこう」しろたちが暮らすどちゃとぴあには、卒業して日本へと旅立つどちゃもんだけが渡ることを許される橋がある。しかし、しろたちは、橋の上に誤って足を踏み入れてしまう。
#16 「ニッポンどちゃとぴあから誤って日本に来てしまったしろしろは、初めて見る風景人間たちに戸惑いつつも、ついに「立派などちゃもん」になったと喜び、意外な能力を発揮する。

2018-02-10

翠星のガルガンティア 05。

チェインバーが荷受けなどの仕事をはじめた。

レドは手持ち無沙汰で笛をつくっているが、エイミーの話を聞きながら自分でも働きたいと思うようになり、いくつかの職場をまわる。

就活はうまくゆかず、牧場牛糞倉庫を見て逃げ出したのを最後戦線離脱

警報音とともに凪となる。

ガルガンティアの電源が落ち、各スタッフメンテナンスと休憩にはいる。

ピニオンとエイミー、レドをバーベキュー大会に誘う。

海に面したひとつの艀の上が会場。

チェインバーが艀の端に降りると艀は傾きちょっとしたビーチがあらわれる。

海水浴のため水着になった少女たちは戦闘服のレドを押し倒しパンツ一丁にしてしまう。

エイミーの友達や弟、主治医先生などもあつまり焼肉大会の準備がはじまる。

宇宙育ちで地球2日目のレドはカナヅチ。エイミーに手をにぎってもらってバタ足の練習

肉を焼きはじめるピニオン、電源が復旧しないことのほかにある忘れ物気づき、その調達をレドに託す。

真面目なレドは任務をもらったと意気込むがピニオンはちょっとおもしろがっている。

任務を帯びてひとり船体の奥へ向かうレド、パンイチにアロハシャツ一枚で向かうのはゲイバー街。

レドをみオカマたちは発狂、レドの捕獲こころみ追撃をはじめる。レドはおもいっき仕事オファー、それも好待遇オファーを受けるが本能的に逃走。ともかくにげまわり、さいごは塔のてっぺん階段から落下。

落下中のレドはエイミーのカイトで救けてもらい、ルートを教えてもらった上で目標付近で降下。再度パンイチ状態ゲイバー街に突撃

ゲイバー街のかたすみ、ついに目的地、占い師のばあさんの店にたどりつくレド。レド、パンツは無事だがアロハがぼろぼろ。

ともかく荷物を受け取ったレド、覚悟をきめてパンイチのままふたたびゲイバー街に突入


艀の上。

ピニオンがチェインバーの装甲板の黒いところで肉を焼き始めている。

客が増え肉はたらなくなりそう。

そこにレド、ブツをもって帰還。パンツは無事だがアロハシャツは大破、上半身と顔はキスマークだらけ。

ブツレミーマルタンの瓶だが中身は婆さん特製の焼肉のたれ。

この焼肉大会就活がうまくいかないレドをはげますたのものだった。

エイミーからもらった焼肉をほおばるレド、うまさに笑顔。こんどはタレをつけて焼肉をほおばる。あまりのうまさにショック。

チェインバーは装甲板の黒いところをフライパンにされていた。最後まで状況を理解できないチェインバー

anond:20180210172311

宛先違うぞ、

俺には勝てない?違うの?

学校がないからって

雑魚ばかり狙って

バタクんじゃねーぞ

バタつくんじゃねーぞ

あ、休みなんだから

馬場来んじゃねーぞ!

anond:20180210171741

YO オッサン 涙拭きなって

アンタの瞳はまだ死んじゃいない だろ?

明日に向かってLet's ハバタケ!

子育てでうれしかたこと2

https://anond.hatelabo.jp/20180129125711

これの続き。(間違えて消したため再投稿

時間ができたので、また書き残しておく。


子供の成長

うちの子は、立つのと歩くのが遅かった。

体は大きくなっていたのに、1才過ぎてもズリバイと伝い歩きばかりで、ハイハイもしない。

特に心配はしていなかったけど、児童館公園で会うママに、「まだ歩かないの?」とか「区の育児相談いってみたら?」とか言われるようになって、ちょっと面倒に感じていた。


夏の暑さをいいわけに、児童館から遠ざかっていた1才4ヶ月のある日。

前触れもなく子供が立った。

「うわ、立った!」という衝撃が抜けきらないうちに、今度はトコトコ歩きはじめた。


両手でバランスを取りながら、自分の足で歩いている子供の姿は、思っていたよりずっと大きかった。

毎日見ているから気づかなかったけど、本当に育っているんだなと実感できた瞬間だった。



ベビーカーと抱っこ紐

子供体重10Kgに近づいてきた頃。突然、ベビーカー拒否がはじまった。

ベビーカーに乗せればギャーギャー泣き、どうにもならずに抱っこ紐に切り替える。


抱っこしてしまえば泣き止み、今度はじっと人の顔を見てくる。

泣きもしなければ笑いもしない。

わが子の熱烈な視線を受けつつ。ふうふう言いながら、空っぽベビーカーを押して歩く。そんな毎日だった。

3ヶ月くらいでおさまったけれど、拒否がひどかった時期は、なんでこんなにベビーカーが嫌いなんだろうと悩んでいた。

その理由が判明したのは、2歳も半分を過ぎた頃のこと。


牛乳を買い忘れたのに気づき。近くのスーパーまで行こうと支度している途中で、ぱらぱらと雨がふってきた。

ベビーカーレインカバーがめんどうだ。

しかたない、抱っこして出かけよう。

そう決めて、ひさびさに抱っこ紐を取り出してきたら、子供が「だっこ? ねえ、だっこ?」と聞いてきた。

「そうだよ」と返事をすれば、今度はひざにかじりつき「はやく、はやく、はやく!」とせがみはじめる。

急かされるまま抱っこをすると、こちらの顔を見つめながら「ママ、だっこだね、だっこだね!」とニコニコ笑う。


それで、やっとわかった。

の子ベビーカーが嫌いなわけじゃなく、ただ抱っこが大好きだったんだ。

表情がとぼしく、しゃべりらない時期だったから、ちっとも気づかなかったけど、本当はあのときも「ママ、だっこだね」と伝えたがっていたのかもしれない。


結局、抱っこ紐でおでかけしたのは、それが最後になった。

でも、最後最後にとろけるような笑顔を見れて、いままでの苦労がむくわれた気がした。



消えたじいじを探しに行く

うちの父は、けっこうなヘビースモーカーだ。

それから、昔気質の頑固親父だ。

母が妊娠してもタバコをふかしていたし、出産タイミングで飲みにも行ったらしい。

この数十年間、母になんども蒸し返されているのに、笑うばかりであやまったりしない。いまだ昭和を引きずったまま、この21世紀を生きている。

そんな父だったが、初孫には気をつかう。

正直、タバコを吸うために換気扇の下に移動する父の姿なんて、想像したことすらなかった。

しかし、まだ幼い初孫には、その気づかいがわからない。

みんなが揃っている状態が大好きな初孫は、じいじがキッチンに移動するのを見れば、どうしたどうしたと迎えに行ってしまう。

なかなかタバコが吸えず、苦戦する父。

母は「禁煙したら、おじいちゃん?」と追い打ちをかける。ほかの兄弟たちも、母に同調して助けようとしない。

それでもタバコを諦めきれない父は、スキを狙って玄関から外に出た。

間もなく、じいじがいないと気づいた初孫が、大慌てで家中を探し回る。

「じいじー、じいじー」と呼ぶ孫の声にガマンができなかったんだと思う。

外に出てまでタバコを吸いに行ったはずの父は、1分もたたないうちに戻ってきて、みんなを笑わせた。


あの偏屈で頑固な父ですら、この子はかわいく思えるのかとビックリしたし、わが子をかわいいと思ってもらえてることが、照れ臭くもうれしかった。


※余談

部屋にもどってきたとき、父が「玄関まで来てくれるのはお前だけだよ……」とつぶやいたようだったけど、家族は誰も反応せず。いまも初孫けがお迎えに行っている。



トイレトレーニング真実

4月から幼稚園だ。

のばしのばしになっていたトイレトレーニングに取り組みはじめたのは、入園が決まってすぐのこと。

しかし、そのタイミング子供中耳炎になった。

抗生剤の影響でおなかを壊してしまって、トイレトレーニングどころじゃなくなった。

何度も復活する中耳炎が、快方に向かいはじめたのは1月頭。

旦那出張で不在のなか、2人でトイレトレーニングをはじめた。


怖がっていたのは最初だけ。

一度成功すれば、そのあとは順調だった。

これなら入園に間に合う。

よかった、よかった……と胸をなでおろしたのも束の間。急におもらしがはじまった。

本人はちゃんとタイミング自覚できていた。

トイレシールも喜んで貼っていた。

それなのになんで? なんで急にできなくなってしまったんだろう?

どうしよう。園からオムツを外すよう言われているのに。

外での練習なんて、夢のまた夢。でも、それじゃ入園に間に合わない。

本当にどうしよう。


一人でもんもんと悩むこと数日。

ひょんなことから、意外な理由が発覚した。

おもらしに気づいて、「残念だったね」と言いながらパンツを脱がせていたとき。ソワソワした様子で「あたらしいパンツ? あたらしいパンツはく?」と聞いてきた。

その表情と、パンツ連呼している様子を見て。「もしや……」と思いながら、ありったけのパンツを持ってきて子供に見せると、すかさずその中から一枚を選び出した。


選び出したのは、おしりに大きく新幹線プリントされているもの

買ってきたパンツを見せたとき、真っ先に手に持った一枚だった。

新幹線パンツを履かせてみたら、それ以降、一切おもらしをしなかった。

どうやら、お気に入りパンツが出てくるのを早めたくて、わざとおもらしをしていたらしい。

つの間に、そんな知恵が回るようになっていたのかとあきれ。ここまで強い愛着が育っているという事実におどろいた。


愛着が生まれたということは、自力で選ぶ力がついたということだ。

選ぶ力がついたなら、この子にとって好きなものが、身の回りもっと増えていくはずだ。

それってすごく幸せなことだな。たくさん幸せになって欲しいなと、そんな風に思った。



パパの帰宅

ひと月ほど出張に行っていたパパが、ついに帰ってくる日。

在中「パパは?」と聞きまくっていた子供に、「パパは夜寝るくらいに帰ってくるよ」と伝えた。

大喜びする子供に満足し、かわいいなあと眺めていたけれど、すぐに後悔した。

「夜まだ?」の連呼がはじまったからだ。

ギリギリに伝えればよかったと思いながら、「まだよ」と言い続け。

日が暮れてからは「夜だよ! まっくらだよ!」と繰り返す子供に、「寝るにはまだ早いよ」と返し続け。

グッタリも通り越した10時過ぎに、やっとパパが帰ってきた。


「パパだー!」と叫んだ子供は、うれしそうに笑う旦那の腕に、いきおいよく飛び込んでいった。

照れくさくて、パパとなかなか目を合わせられない様子も。

抱っこから下ろされても、めげることなバタバタ追尾していく姿も。

全部がかわいくて、思い出すだけで頬がゆるむ。



トイレトレーニングも上手くいって。長かったワンオペも終わって。ようやくひと息つけたので、長々と文章を書いている。

毎日があっという間で、かわいいこと、うれしいことをちゃんと残しておかないと、すぐ記憶の彼方にいってしまう。

もったいないから、できるかぎり残していけたらなと思っている。



※追伸

前回はやさしいブコメありがとうございました。

ちょっと煮詰まっていたので、救われた気分になりました。

書くことが自分にとって最高のストレス解消法なので、また書きにきます

2018-02-08

高次脳機能障害者の介護がクソ地獄だ。

私は20代、男。

学生ときに、父が重い病気になった。

くも膜下出血だ。

小室哲哉の奥さんと同じである

病後、例に漏れず私達の家庭も「高次脳機能障害」と付き合っていくことになった。

あれからもう5年以上も経過して、父は依然として

約束(決められた時間場所にいく等)を覚えていられなかったり、

ちょっとしたこと感情が爆発してしまったり、

記憶や話の整合性が取れなかったりすることがある。


「妻が女の子になってしまった。」

小室氏の表現は、まさに言い得て妙だ。

から罵詈雑言を浴びたり、記憶の抜け落ちにより息子だと認知されなくなったりするのは、悪意がないとしても(無いからこそ余計につらいのだが)相当、精神的に堪えるものである

今回、KEIKO氏の高次脳機能障害が世の中のトピックにあがったこタイミングで、タイムリーなことに私の父にも進展があった。

決してハッピーものではないため、増田にて書かせてもらう。長文雑文になるが、どうか一読いただければ嬉しい。



当時、いわゆる夢追い人だった私は、残された家族のため(高齢祖母、まだまだ10代半ばの弟)

父に代わって、なんて格好のいいものではなく、なし崩しなのかなんと言うか、泣く泣く人生軌道修正をすることにした。

肝心な父の状態は相当ひどいらしく、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

「生きても半身不随になるかも」

そう医者にいわれた。

わかっちゃいるが、お医者さんもすごい慣れた喋りクチだ。そのせいか、えらく事務的に聞こえる。

自分のこと、家族のこと、父のこと。私が死ぬわけでもないのに走馬灯のように色んなことが、しかも最悪の形で頭で展開されていき、

それと同時に、ただでさえパニックになっている頭の中を、物凄い情報量が通過していく。

まともに読みもしていない手術に関する合意書等、沢山の書類サインをしていく。こんどはこちらが事務的にこなす番だった。

ふと気がつけば、手術がはじまっていた。

その時になってはじめて、あんなにキライだった父のことなのに、思いきり泣いた。


手術は成功だった。

見事に父は快復。重篤的な意味で。

術前に医者から聞いていたとおり、父は高次脳機能障害とよばれるものを抱えながら生きていくことになった。

まり障害者だ。

パッと見、ちょっと痩せて目がトロンとしているくらいなのに、障害者だと思うのは不思議感覚がしたが、それも始めだけだった。

開口一番、「おまえ、誰や?」。

ああ、父の病気はまだ続いているんだと悟った。

発症から数ヶ月ぶりにコミュニケーションがとれたこともあり、必死に状況を説明してみた。

うんうんと理解したような素振りをみせたと思いきや、「なんで俺はこうなってるんだ?全部のお前のせいだ!」と怒号を飛ばされる。

悪意がない、あたまが混乱しているだけだ。と周りには慰められたが、当時まだ二十歳そこそこで、ここまで自分なりに夢や時間やと犠牲にしてきたのに、あんまりだと思った。

この段階でまた泣いた。

リハビリ施設に入って半年、父は退院することになった。

聞こえはいいが、後に詰まっている患者を入れるため、心太式に入れ替わることが制度で決められているだけだ。

要は強制退所である

怒号はなくなったが、兄弟の人数を間違えたり、架空人物を作り上げたりする父をみて、私は「これで大丈夫なのか?」と医者に問うたところ、

「これ以上の治療はできないかリハビリして現状維持するしかない」と返ってきた。

絶望だった。

もう私は一生、この現状に縛り付けられるのか?こんなあっけなく、自分コントールできないところで審判がくだされるのか?何度も自分に問いかけた。

その後しばらくして、父はなんとか勤めていた会社に復帰するまで持ち直した。奇跡的だった。

私の絶望は、どうやら杞憂だったらしい。

父は、昔みたいにバリバリ仕事はできなかったが、会社事情を汲んで軽作業仕事を与えてくれた。

うそれだけでも充分だった。やっと終われる。そう思った。

それから5年経ち、個人的にも家族的にもバタバタした時期がすぎて、なんとか人生プランを立て直す段階まできた。

そのタイミングで、また事がおこる。

つい先日、僕の電話宛に、父がいる会社社長さんから電話があった。

嫌な予感がした。どうやら5年前の絶望杞憂ではなかったらしい。

聞くと、実は1年前から仕事中だけ様子がおかしい。症状が酷くなっている。と言われた。

正直にいうと、「またか。」と思った。

もうこれ以上、振り回されたくないのが本音である

世間は、血のつながりだとか、産んで育ててくれた恩人だとか押し付けがましいことを勝手にいいやがるが、クソ食らえである

リハビリ施設からは、外来は受付してないと断られる。

ソーシャルワーカーに紹介してもらった施設は、結局のところただの相談窓口で、抜本的な解決につながらない。ガス抜きにもならない。温度間がちがう。

いまの会社では働けないのに、障害者手帳をもらうには程度が低いので認定できないと言われる。

障害者用の雇用枠では賃金が安すぎて自立した生活ができない。

基本的に周囲からは「健常者」としてみられるのだが、自分のケツをふけなくなったくせにワガママだし、仕事もできない。

この細かい矛盾が本当に納得いかない。

あんなに強かった父が、若いから「ジャマだジジイ」だなんて蔑まされてるだなんて、聞きたくなかった。

泣いてたらしいし。もうつらいです。


■追記

深夜にどうしようもない心持ちになり、完璧に勢い任せな投稿だったのにも関わらず、反響があって驚いている。

コメントをみると、私みたいな物でも誰かの役に立てそうな気がしたので、返事を書いてみる。

>>>anond:20180208054807

本当にお疲れ様ですとしか言えないな。あなたの感じる細かい行政上矛盾が少しづつでも解消することを祈っているよ。

私も二人、子供がいるんですが子供迷惑かけたくないな、と強く思う。健康大事だな。。。君も(抜けないかもしれませんが)手を抜く事に躊躇しないで欲しいです。

ーーーー

ありがとうございます

父は元々仕事人間プライドが高い人だったので、いまの状況が本当にもどかしいです。

一身上のことですが、祖母と父は養子縁組だったので血が繋がっていません。

本文では割愛しましたが、実は父には血縁関係の無い姉がいて、軽度のダウン症を患っています

そんな家庭でも、父は恩を感じているようで、私に常々と「家のことは俺が全て最後まで面倒みるから、お前は心配するな。」なんて言っていました。

なんとも救えない。皮肉な状況です。

お互い、ご飯と睡眠は大切にしたいですね。

>>>anond:20180208054807

嫌いをキライって書くやつ嫌いだわ。 苦しめ。

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不快にさせて申し訳ない。だけど、少しでも読んでくれて嬉しいです。

ありがとう

>>>anond:20180208104709

一言余計だわ。 その一言が人を殺すかも知れないのに…。

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気遣いありがとう

いまのところ死ぬ気はないです。

件のおかげで、「嫌われる勇気」は読まずとも身についたのでラッキーだったかもしれません。笑

>>>anond:20180208054807

今までと、これから先の自分を見ているようだった。

自分が関わらないことで「見捨てた」と思いながら自分だけの人生を歩むのと、

積極的に関わって「自分人生を生きられなかった」と思う人生を歩むの、

どちらの人生が良いのかとときどき考えるが、私はまだ答えが出せないままズルズルきている。

ーーーー

その気持ち、すっごくわかります

当時は経済的にもすごく不安定でしたので、よく「自分死ぬくらいなら、全員見捨ててでも生きる。」と思って日々を過ごしていました。

いまでもそれは変わっていませんが、自分のできる範囲でなにか手伝おうというスタンスでやろうと模索しています

しかし、何か在ればや私のところに連絡がきてしまうのかもですが。

>>>anond:20180208054807

障害者手帳すら出ない程度なら、後見人でもないと思うけど、本人ではなく家族退職勧奨なんてするかなあ。

もし本当なら、退職勧奨は受け入れず、解雇通告された場合には会社に対し解雇通知書もしくは退職理由証明書の発行を依頼して。

そもそも後見人でもない増田がやることではないはずだけど。

障害者枠の仕事では自立できないって言うけど、障害者枠の仕事子育てもして自立してる人もいるので、「障害者枠の仕事」と一括りにしないでほしい。

会社で勤務中だけ様子がおかしくて、主治医増田悪化が把握できないなら、会社から具体的な症状を聞き取りして主治医へ伝えることで障害者手帳を取得できる可能性はある。

そもそも介護問題というより労働問題ではないのかなあ。

大変だった時期もあるだろうけど、現在障害者手帳が出ない程度だし、具体的にどんな介護をしてるか書いてないし。

行政支援が受けられないなら、距離を置くか、イライラ溜め込まないよう増田自身メンタルケアを優先してみては。

ーーーー

なるほど、そもそも後見人概念を知らなかったので勉強します。

様子については、基本ちょっと抜けているのですが、仕事や非日常イベントなど緊張する場面になると急に症状が酷くなるみたいでした。

タイトルについては、私自身も介護問題なのか労働問題なのかは上手く切り分けられていないのですが、小室さんの件もあり介護先行で書きました。

障害者枠の仕事」も含め、相談員の言うことを鵜呑みにして思考停止している部分もあるかもです。

色々とご指摘、ありがとうございます

2018-02-06

車のドアとかバタン!と強く閉める人

うるさいから手加減してほしいんだよね。今も家の外でバタン!バタン!って閉めてる奴がいるんだけど、なぜ加減を調整できないのだろうか。家の扉や窓もそうだ。バタン!ガシャン!って、あー!うるせー奴ら!

ゆっくり自殺する自由。好きにさせてやればいいと思う。 」

https://togetter.com/li/1196808

自由なわけないじゃん

暴飲暴食怠惰のまま太く短く死ぬならいいけどああいクズほどいよいよ身体悪くなったら動揺して急に医者にかかって入院してジタバダジタバタするんだよ

もう何十件も見たけど例外はない、手遅れになってから熱心に節制を始めて死んだような生活になっても生き延びようとする

それを支えるのは家族をはじめとする身の回り人間と、高額医療費という形での健康保険から

どれほど周りに迷惑かけて家族生活人生をも狂わせて見苦しく延命しながら死んでいくと思う?

みんなは微笑ましく半笑いで見てるらしいけど個人的にはあのクロちゃんかいクズ長谷川豊に半殺しにさせてから身体がこれ以上ダメになったとき絶対周りにしがみついたり愚痴ったり保険使ったりせず潔くカラッと死ねよ?」と誓約書書かせたい

食べる量すら自制できずにバレバレの嘘つきながら盗み食いし続けるような人間権利とか責任能力とかあるわけないじゃん

長谷川豊クズでも言ってたことの半分は正しいんだよ、何度も止められながら無視して嘘ついて暴飲暴食し続けて糖尿病になるような人間自由権利なんかない

行動を国に管理されるか、自由やらせるかわりに身体壊れたら一切の支援なく早々にくたばらせるべきだ

ここで言ってるようなクズを間近で見て長期間接した経験のない人間卑怯薄っぺら綺麗事反論しないように

崩壊の予感

ベルリンの壁崩壊したとき、直前まで、そんなことが起こるなんて誰も予想しなかったことを覚えてるだろうか。

北朝鮮崩壊するなんて、いま、だれも思ってない。そりゃ、ちょっとでも長いスパンでいえば、「あれはもたない」「王朝崩壊する」と思ってる人も少なくない。けれど、1ヶ月後とか、そんな短期バタバタ急変するとは思ってない。私も思ってなかった。けど、ふと、思った。こんどのオリンピックから一気に崩れるって可能性は?

ベルリンときだって、大きく蓄積した不満が、小さなデマで一気に噴き出した。北朝鮮国内に溜まってる不満は容易に想像できる。それが小さなことで噴き出すかもしれない。そして、オリンピックで少なからぬ数の北朝鮮の人々が南を訪れる。そんななかから、何か小さな思い違い、小さなきっかけ、小さなデマが生まれないとも限らない。そして、それが大きな流れになったら、ひょっとして、止められない勢いになるかもしれない。

後のために書いておこう。私は何か、そんなにおいを感じた。

2018-02-04

〆切間近で、バタバタしながら、提出物を仕上げている。

集中力が、後から発揮されるタイプ

既に、ADHDの診断は医者から下っている。

だけど、ストラテラ、合わなかったんだよなー

瞑想の力で、乗り切ろうか...。  

  

いつまでも学生のような気分でいる。

  

2018-02-02

インフルエンザ夢日記

インフルエンザにかかって家で寝ていたら、こんな夢を見た。

実家ダイニングでテレビを見ている。仮面ライダーをやっていて、仮面ライダー銭湯で敵の一味にこてんぱんにされて終わる。

粘菌みたいなものカメラにくっついて汚ならしい。

隣のキッチンでは大きなアルミ製と思われる金だらいがコンロで火にかけられていて、中のお湯が沸騰している。

いま風呂に入っている母がやっていったのだろう。

僕はダイニングテーブルから火を消しに立ち上がるが、そのとたん強烈な目眩に襲われて立っていられない。どうにかキッチンへ辿り着いてコンロの火を消すが、目眩は終わらない。脳出血などを思い浮かべ、死を覚悟する。助けを呼ぼうと何故かトイレに閉じ籠ろうとするが、トイレに辿り着けない。

更に消したと思っていたコンロがまだ火がついており、金だらいが熱で溶け始めていて、形が崩れている。目眩バタバタしながらキッチンに戻るが、どのつまみを触っても火が消えない。どうしたらいいのか分からず叫んだところで眼が覚めた。

また、夢ではないが、眼が覚めてからこんなことを妄想して本気で涙していた。

日テレビで見た、珍しい姓のルーツを辿る番組で取り上げられていた「返脚」さんの件。

木地師の姓である小椋を木地師免許と一緒に返却したのが由来ということだったが、並大抵のことではない。

400km以上を明治の初期であるから歩いて木地師集落まで訪ねて返したのだ。

国の政策林業自由にできなくなったか廃業を決意したのであろうが、この返しに行った人物がしたためた文書が出てきたという妄想から始まる。

文書には、初代返脚氏の木地師許可職能姓を返却することにした理由が語られている。

曰く「免状と小椋姓を返納するのは、御国方針に自ら進んで協力した証を公文書として残すためである。やがて姓名の由来など忘れられようが、私が免状と姓を返却したこと公的な記録として残り、子孫の目にも留まるだろう。祖先御国施策に沿うべく行動した栄誉ある者だということが分かるであろう。」という内容で、備忘のためにこれを記すとされている。

これを聞いて当代の返脚氏は涙を流す。「良かった」と。

「何代も続いた生業を国の政策で捨てざるを得ず、私はこの人が、ひょっとしたら惨めで悲しい気持ち出自の村まで歩いて向かったのかと心を痛めていた。しかしそうではなかった。誇らしい気持ちで返却したのだと分かった。良かった」

というのが涙の理由だった。僕はそんな妄想をして軽く嗚咽するほど泣いた。全くの想像なのに。

これもインフルエンザからこそだろう。

まり、かなり精神がフワフワしているのだ。用心しないといけない。

2018-02-01

オペラはもうちょっとなんとかならなかったのかという怒り

http://www.opera-net.jp/5543/

Q.バレンタイン限定色の再販はしないの?

A.リップティント生産には原料手配を含め数か月を要すること、また全体の生産数量キャパティ課題解決しなくてはならないことから、この冬季中の再販につきましては、実現が難しい状況にございます。将来的には復刻の可能性もございますが、確定はしておりません。

Q.限定色の発売日前日に販売していたお店があったのはどうして?

A.当社は、発売日(1/26)の前日(1/25)までに販売店様に届くよう製品を発送しており、届いた製品店頭に陳列するタイミング販売店様に委ねられておりますブランド直営店での販売とは異なり、徹底が困難なことではございますが、この度お寄せいただいたお客様からのお声を販売店様にもお伝えし、今後は発売日の遵守により一層のご協力をお願いする所存です。

Q.発売日にお店に行ったのに限定色がまだ販売されていませんでしたが?

A.大雪の影響により、一部販売店様には発売日までに製品をお届けすることが叶いませんでした。天候によるアクシデントによるものであることをご理解いただけますと幸いです。

Q.イミュWEB通販での取り扱いがないのはなぜ?限定色の転売対策はしないの?

A.限定色のWEB通販につきましては、現時点では生産数量に限りがあるためお応えすることが出来ず、申し訳ありません。

将来的にはWEB通販でも十分な数量を販売できるよう、増産体制の強化に尽力いたします。

転売につきましては、当社も非常に心を痛めております。直接的な規制の手立てがございませんが、こちらにつきましても増産体制を整えることで解決に努めます

(引用ここまで)

どうせ匿名なんだから店名晒して書くわ。

オペラリップが発売される話は知ってた。もちろんあったら買おうと思ってた。

でも、私はそれより前に発売されてたリンメルのアイカラー(http://www.rimmellondon.jp/product/eyes/eyes_50.html)の3番の限定ブラシ付きが欲しくて、出足遅かったもんだからもうあっちこっちロフトとかバラエティショップうろうろしてたんだけど、3番だけどこにも売ってなくて、立川グランデュオのハンズビーならあるかもな、って思って見に行ったのが25日の19時ごろ。そうしたらもう出てる。

ここでテスターやって、ここ数日バタバタしててたから、色味だけタッチアップして落ち着いてからもっとポイントがつくロフトとかで買おうとした私が馬鹿だった。

次にコスメ見にいけたのは土曜日午後、武蔵境ロフトティントリップのバーガンディキス(8番)だけ完売してて「まじか……」って思う。

その後もしや……と思って、焦りながら立川ロフト2軒、プラザ立川ハンズビー回る。シアーリップカラーや7番はあったりしたところもあるけど、リップの8番は当然ない。ハンズビーはご丁寧に「完売しました」とのポップ。販売日前日に出してたのにこういうところだけご丁寧な対応するんだね。

普段全然降りない国分寺ロフトにも行く。ここはシアーリップカラーは両方あった。ちょうど探してたリンメルのアイカラー3番見つかって、それとこれとは別なんだけどな……と思いながら、シアーリップの色の薄い方だけとりあえず一緒に確保。そりゃあるなら全部1本ずつは買っておきたかったけど、8番完売してるから正直揃える気は失せた。

やっぱり探してる子達がいて、その子たちの話題に上がってた吉祥寺ロフトにも行ってみる。ほとんどもうなにもなかった。

ちなみに近くの子在庫聞いてたけど、土曜時点で再入荷すら未定、メーカー在庫不明だそうです。

一足遅れると、都会でも6軒回ってもなにも買えなかった。本当に残念。

木曜の夜、立川ハンズビーで色味見た時に買っておけばよかったのもあって、余計に悔しい。

販売日前日に出すような店もある一方で、大雪で発売日に届かないところもあるとかさ、明らか経済不均衡じゃん。ほんとどうなってんの。

あとこれ読む限り、いまのところ転売対策仕様がない、ってことは、実質転売し放題、ってことじゃん。ふざけんなよ。デパコスクリスマスコフレじゃないんだから

あと原料手配に時間がかかるってことは、多分3月限定色でも今回と同じような事態が起きるんでしょ…… 今から想像して、ただただ萎えるわ。

3月本数限定してweb完全予約注文制にすればいいのに、この文面見る限りそんなことも考えないってことでしょ。

たか限定なんだけど、ここまで踊らされる私も馬鹿みたい。

2018-01-31

anond:20180131083632

ちょっと違うけどたまたまサウナで身動きできないおじさん見かけたわ

全然立てないで困ってる様子で手を貸して立たせて外の風呂のヘリで座らせて別の誰かが緊急ボタン押したりでバタバタだった

あいうのは怖いね

2018-01-29

子育てでうれしかたこ

子育てネガティブな話が目につきやすいので、ポジティブな話を書いておきたい。



臨月の買いもの

妊娠38周目。

医者にはまだまだと言われたけど、なんとなく予感があったので入院グッズをまとめるために買いものに行った。(ちなみに2日後に生まれた)


行きはよかったのに、帰りに息切れして休み休み歩いていたら、後ろからきた男子中学生が「買いもの袋を持ちます」と言ってくれた。

もう限界だったので、「ありがとうございます。お願いします」と伝えたら、「…………いえ」と返事があった。

そのあとは無言だったけど、彼の耳はずっと真っ赤だった。


恥ずかしかっただろうに、勇気を出して声をかけてくれたんだと思うと、心からうれしかった。

できるなら、お腹の子はこういう風に育ってほしいと思った。



バス出会ったおじさん達

ちょっと大きな病院に行く用ができて、子連れで初めてバスに乗ったとき

ベビーカーが段差つっかえて、うまく上がれず四苦八苦していたら、近くにいたおじさん2人組が大慌てでやってきて、一緒に持ち上げてくれた。

お礼を伝えたら「おじさん、なかなかやるだろ?」と子供に声をかけてくれた。

ちょっとキュンとした。

ギックリ腰が治っていない時期だったから、感謝しかなかった。



帰宅したとき旦那

子供がトテトテ歩きから卒業し、バタバタと走るようになったころ。

パパが帰ってくると、いきおいよくドアを開け、バタバタと駆けていって「パパ、お帰りー!」と言うようになった。

帰ってきた旦那にとって、それがたまらないらしく、熱烈な抱擁をしたあげく「お前、天使だな!」とか言ってて笑った。

昔は、「子供嫌いだから絶対に持たない」とか、「俺、結婚に興味ないからしない」とか言っていたのに、いまじゃただの親バカだ。

「ぎゅー」と言いながら抱き合っている旦那子供を見ていると、幸せだなあって思える。



かにもあるけど、とりあえず今日はこの3つ。


イヤイヤ期まっさかりだし、パパは出張しているかワンオペだし、トイレトレーニングしんどいけど、今日もがんばろう。

がんばろう。


2018-01-27

土曜日のブスのみんな

増田三大悪石を見たら

気をつけろ

現場からは以上だ

バタ

2018-01-26

それぞれの猫の可愛がり方。

猫が可愛い

猫を飼いたい。

でも今住んでいるアパートでは飼えない。

YouTube動画を見て我慢する。

子猫がご飯食べてる動画特に好きだ。

理由は分からないが

見てると幸せ気持ちになる。

たまに不快に感じることがある。

飼い主がわざと焦らして

なかなか食事を与えない。

飼い主がわざとドアで塞いで

餌欲しさにジタバタしてる猫の動画もあった。

餌を詰まらせて窒息しかけてる動画もあった。

凄く不快だった。

理由は分からないが不快だった。

コメントを見ると同じく不快に感じる人もいたが

その何十倍も高評価が付いていた。

評価の人のコメント

可愛いとか、愛しいというコメントだった。

僕はてっきり猫嫌いの人が

ジタバタする猫を見て憂さ晴らししてるのかと思った。

評価の人は正当な愛を感じているようだった。

人それぞれ何を可愛いと感じるかは違うようだ。

渋谷コインチェックが入居するビルでは

コインチェックのオフィスが入る渋谷駅近くのビルの前には10人ほどが集まっていた。報道陣のほか個人投資家なのか、手ぶらで来ているグループもいた。オフィスのある3Fを訪れ、中から出てきた人にコメントを求めると「公式発表をお待ちください」を繰り返すのみ。

しばらくオフィス前にいると、一度ドアが開いたが、また閉じられてしまった。待っていると再びドアが開いて「あ、まだいる」。バタンとドアを閉められた。中からはドッと笑い声が響いた。

2018-01-24

冬の夜に想う

昨夜は都内とは思えぬほど寒い夜だった。

帰宅して部屋に入ると吐いた息がほのかに白かった。

私の住むアパート灯油ストーブが使えないのでエアコンに頼るしかないのだが、昨夜の冷え込みには力不足だったようで、私は寝酒をサッとかっ食らってとっとと寝てしまうことにした。

だけど、いつもより一時間も早く布団にくるまたからといってすぐに寝つけるもんでもない。

寝よう寝ようと念じながらとりとめのない思考を巡らせてるうちに、ふと昔のことを思いだした。

長野実家に住んでいたころのことだ。

言うまでもなく長野東京よりずっとたくさんの雪が降る。そして寒い

我が家は造りが古く隙間が多かったので特に寒い家だった。

家族が起きているうちはストーブを炊いているからいいのだけど、火の気がなくなると途端に冷気が忍び込んでくる。

夜も更け家の中がすっかり冷え切ったころ、私の部屋のふすまがガタガタとやかましい音を立てながらスッと10センチばかし開く。

そして空いた隙間からのそのそ入り込んでくるのは2匹の猫だった。

そのころ我が家で飼っていた“ごま”と“しょうゆ”だ。

2匹とも団子みたくまんまるに太っていた。

やつらはベッド前までやってくると、「へへっ、温かいところをみつけたニャ」とばかりに私の上に飛び乗る。

だいたい足下のふくらはぎの辺りが定位置だった。

たぶん二匹分で10キロ以上あったろう。

子供だった私には、たまったもんじゃない重さだった。

足をジタバタさせてもちっともどいてくれる気配はない。

私は仕方なくやつらの重みから逃げるようにして布団の中で体育座りみたく脚を畳むしかなった。

しかも、やつらの訪問は冬の間ずっと続くのだ。

おかげで大人になってからも脚を畳んで寝る癖がすっかり身体に染み付いてしまった。

私の背があまり伸びなかったのは寝姿に原因があったような気がしないでもない。

あのころからずいぶんと時が経ち、すっかり大人になった私は布団の中で脚を伸ばしてみる。

邪魔なやつらはもういない。

だけど、どうにもしっくりこなくて、私は結局いつものように脚を畳んで眠りに落ちるのを待つのだった。

そんな、東京に雪が降った日のこと。

足下のずっしりした重みがちょっとだけ懐かしくなった冬の夜のこと。

2018-01-23

星くず怖い

アイドルの脱退とは、本当に本人の意思だけなのだろうか。

バタバタと相次ぐ「あまり多くを語らない」卒業、脱退にそんなことを考えた。

考えてみれば芸能人会社員であり、サラリーマン、雇われの身である。誰しも会社とは「多かれ少なかれ理不尽場所」ではないか会社上司悪口を言いながら酒を飲んだことがない人はいないだろうし、飲んだ勢いで「クソ!転職だ!」と転職サイト登録した人もいるだろう。

アイドルが脱退するというと、つい私たちは本人のコメントをひっくり返してみてああでもないこうでもない、あの時の発言は…あの時の表情は…と邪智してしまうが、結局本当のことは永遠にからない。その「本当のこと」の中に「会社員としてのアイドル」を考えると、意味深メッセージを残して辞めていった推し気持ちが、少しはわかるかもしれないとこんな夜中にふと思った。

だってさ、脱退・卒業ってぶっちゃけ金になるじゃん。残されたファンは泣きながら言うんだ「◯◯の分も彼ら/彼女らを応援する!」。そしてグループ物語生まれる。オタクは結局誰しも古参になりたい。歴史が変わる瞬間を見届けて「昔はさ〜」なんて知った顔をしたがる生き物だ。

ある意味需要供給。そんなチャンスをがめつい運営がみすみす逃すわけないよね。結局そういうことなんじゃないかなって、ここ1週間散々泣いた後に悟った。

2018-01-19

anond:20180119144354

うそう、だから今のうちに食っとこうぜって話よ。どうせジタバタしてもいずれ食えなくなるんなら、ガマンして食うの拒否してるほうがアホだってな。

2018-01-18

自担が好きすぎる

好きが溢れて寝れない!目を閉じれば笑顔自担クール自担、歌う自担、踊る自担が浮かんでニヤニヤしてジタバタして堪らなくなる。

まず顔が良い。宇宙規模で見てもかっこいい。地球外生命体が攻めてきても自担の顔見たら「はゎ///」ってなって戦意喪失すると思う。一番可愛いのに一番かっこよくてなによりも美しいからな…全部持ってるとかもう顔がお強い。ありがとう今日顔面感謝

でもやっぱり踊ってるのが好きだな。ターンしてるの見てる時とかこの世で一番幸せなのは自分なんじゃないかってくらいだ。本人もダンスが好きで感情を乗せてらのがわかるから余計良い。

あーーーー好き!どうしようほんとに大好き!

好きっていいよね!元気になる!そこら中走り周りたいくらい好き!

今年何するのかな!?!?早く会いたいよ、三宅健さん!!!!!!!!

2018-01-16

俺がまだ工房だった頃の話。

小腹が空いたので食い物をさがしたが見あたらない。母親を探すと、洗面所の方から声がした。

「母ちゃん、なんか食べるもんない?」と言って洗面所のドアを開けると、そこには上半身ブラ1枚の

妹と母親がいた。

「きゃっ」と言って妹が後ろを向いた。どうやら、妹のはじめてのブラを買いに行って、母親につけ方を

教わっていたらしい。「なんでノックもしないで開けるの!」とか母親が怒っていたが、こんな時間

誰かが洗面所で服脱いでるなんて思わねえよ。

まあでも、「あ、ごめん」と言ってドアを閉めて居間に戻った。

夕食の時も気まずいふいんき(ryが流れていたので、とっとと食って自分の部屋に戻った。

しばらく漫画を読んでいると、「コンコン」とドアをたたく音がする。

「お兄ちゃん、入っていい?」

「あ、いいよ」

バタン。

「さっき、見たよね?」

「ああ、ごめんな。でもお前もブラなんてするようになったんだな。胸ぺったんこなのに」

冗談ぽく言うと、

「気にしてるのに……。クラス友達ももほとんどブラしてて、してないのはあたしくらいだから

お母さんに無理矢理頼んで買いに行ったんだ。売り場のお姉さんにも『まだいいんじゃない?』

って言われちゃったし…」と言って泣きそうになった。

「ねえ、お兄ちゃん。胸って、誰かにもんでもらうと大きくなるって言うよね……」

ちょっともんでくれない?こんなこと頼めるのお兄ちゃんしかいないし…。お母さんはあんなに大きい

んだから、素質はあると思うんだよね………」

そう言って妹は自分でセーターをめくると、買ったばかりのブラを上にずらして胸を出した。

工房で当然道程だった俺は

(省略されました。続きを読むにはバンコク正式名称を略さずに書いてください)

2018-01-05

彼氏ができなくてひたすら死にたい

29歳まで10年付き合った人がいた。

最後の4年は、相手が激務過ぎてEDになってセックスレスだった。

テレビ業界で常に猛烈に不規則生活を送ってる人だった。

セックスの話をするだけでもプライドが傷つくのか嫌がられて、

何も言い出せなかった。

毎日横で寝るだけで、「おっぱい触る?」と言わない限り胸も触られなかった。キスもしなかった。

相手EDな時点でそうなんだろうけど、私だって少しずつ自尊心を削られた。

それでもその彼氏に使った時間が長すぎて、別れられなかった。

でもセックスレス4年目に、他に好きな人ができた。

最後に、彼氏には思い切りEDの話をして、別れた。

病院に行く、って自分から言ってほしかった。

これだけ付き合ったんだから、他に好きな人がいたって熱病みたいなものだし

本当は、その人とうまくやれるならそうしたかった。

現象としてのセックスレスはもはやどうでもよくて、

私のためにプライドを少しだけ脇に置いて、

すぐには難しいけど病院に行くよ、って自分から言ってほしかった。

でも言ってくれなかった。

忙しいかしょうがないと思ってほしい、というようなことを言われた。

寂しいと思った。



それで、別れて、その足で好きな人に会いに行った。





そしたら振られた。



手を繋いだし、頭を撫でられたし、よく二人でごはん食べてたのに振られた。

理由は分からないけど、特定の誰かと濃い付き合いをするのが怖い人だったんじゃないかと今は思う。

本当に好きで一人で盛り上がってしまっていたので

ダメージが大変大きかった。

深夜に目が覚めると、涙が出てきた。

 

4年間彼氏に触られなくて、好きな人には振られて

でも、ここでモタモタしてたら年齢的に危険と思って

友達に紹介したりしてもらったり、合コン行ったりマッチングアプリ使ったりして色々がんばった。

でも全然楽しいと思えなくて、なんか疲れるばかりで、

そのうち楽しいと思えない自分を責めるようになって、精神的によくないなと思って

そういう場に行くのをやめた。

ジタバタするのをやめれば、逆にいい縁があるのではという期待もあった。


しかし、そこから数年たったけど、特にいい縁はなく

ジタバタしなくなったら本当に特になにもなくなってしまった。

でも、もう選んだり選ばれたりで嫌な思いしたくないし、

次に誰かに関係を持つことを拒否されたら死ぬんじゃないかって本気で思うから

なんかもう、どこにも行きたくない

お見合いパーティーもpairsも使いたくない。

がっかりすることも、がっかりされるのも嫌。恐怖。

から彼氏ができないんだけど、

毎日死ぬほど寂しくて、本当にこれからどう生きて行けばいいんだろうな…って毎日思ってる。


時間が癒やすのを待っていたらどんどん歳をとる。

20代で、誰ともうまく行かなかった人が

30代で誰かとうまく行くことなんてあるのかなって

毎日不安に押しつぶされそうになる。

周りがちゃんと彼氏がいたり結婚したりしてるのを見ると、自分の不甲斐なさに落ち込む。

走ったり、写経書道好きなので、瞑想としていいかなって)やったりしても

まり効果なかった。

どうやったらこから抜け出せるのか

文章にしたら何か見つかるかな、と思って書いた。

見つからないけど、素直に言葉にすると

ちょっと遅れて20代の私の葬式をしてるみたいで、成仏しろよ、という気持ちになった。

あと、傷付くリスクを負わずに後腐れなくいい男と

サクッとセックスするにはどうしたらいいか教えてほしい。

(一回して自尊心回復できればそれでいい)

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