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2019-04-19

死んだあとにお世話になりましたツイートしてもらうのってさ

フォロワー1桁アカウントでもやった方がいいのかな

パスワード遺書に書いとこうかな

2019-04-16

から遺伝したようなうつ病

母方の家系精神疾患を持っていた人が多かったみたい。私は自分でも母の気質があるというか性格が似てると思うことがある。

母は私が中3のときに駅のホームから飛び降りて死んだ。祖母は躁うつ?というかヒステリックな人だったし、私ももうすぐ28歳の誕生日28歳といえば母が私を産んだ歳で、遺書とかもなくてでも家で横になってることが多かったから多分うつ病だったんじゃないかなと思う。

脳の機能病気なんだからきっと多少の遺伝があるよね。妹は父に似て明るくて元気だけど自分根暗だし歪んでる。遺伝なら治らないしこのまま生きていくならもう生きるの終わってもいいなって思うことが増えた。

でも誰かから反応がほしくて増田書いてる嘘松とか私もあれくらい創作できたら逆にいろんな人に関心を持ってもらえてよかったかもしれないな。

美大に行きたかったけど学力も実力もなくて専門学校行ってデザイン習って、下請け下請け的な会社Illustratorいじって帰って寝れなくてクマの目立つ顔でまた会社行ってIllustratorいじってる。私名義のデザインなんか一つも残らない仕事して食いつなぎだけしてる。

2019-04-14

anond:20190414183012

あのな、世間が動いたのは死んだ本人である女子供だけではなく、

本人オバサンがちゃん遺書書いたり遺書かけない年頃なら主に母親、近所のオバサンとかがいるから。

 

おまえらはオバサンは空気奴隷しかおもっていないし、

そのうち「今日は外に出ないの?」ってきいただけで

逆鱗に触れて「ババア死ね」とかわめき出すけど

ちゃんおまえらのこと見てくれた上で、

社会との高い意思疎通能力翻訳能力で伝えてくれるのはそいつらくらいだぞ。

救われないってほざくなら救ってほしくないって態度をまずやめりゃいいのにな。

まあ自覚ないんだから無理だろうけど、テロ教唆なんか話し合ってなんになるんだろうな。

増田蠱毒

2019-04-05

貯金を頑張る事にした

誰に言っていいかもわからないし、言っても困らせてしまうだろうし、それでもどこかに吐き出したかったので書いていく。

ここ一年くらいでもう生きていたくないという気持ちが強くなっている。

もも自分が死んだら、のシミュレーションをしてみるとどうやっても誰かしらに迷惑をかけてしまうのを避けられなさそうで、最後はいつも無理だという結論に落ち着いていた。

日々そんな事を考えながら生活していたが、先日親との会話の中で、病気になった際の介護や看病、延命行為についての各々の意向話題が及んだ。

そしてそこで気付いた事があった。

以前から私は「もし万が一私が(原因が何であれ)親よりも早く死んだら、葬式は出さないで欲しい」と遺書を書いておくつもりで居たが、多分この意向は叶いそうにない。

親の性格親心を考えるにきちんと子供を送り出してあげたい、と思うであろうし、親族も例えそれが自殺の末の死であったとしてもちゃんとしたお別れをしたい、と思ってくれるだろうと予想ができるからだ。

そして本人が遺書葬式は出さないで!と書いたとしてもそこに法的な効力はないらしいので、結局は遺族の意向次第になるっぽい。

葬式は故人の為というよりも、遺される人間気持ち昇華する為の機会という側面が強いと思う。

私としては私の事など捨ておいて欲しい、いっそ存在を忘れて欲しいと思っているが、家族親族の心残り・心の負担にはなりたくないので、まず何よりも先に葬式代を用意することにした。

どうせ死んでから迷惑をかけるのならせめて自分葬式代を稼いでからにしなければ…。

ただ、今まで正直葬式なんてしてもらう気が更々なかったので、ごく一般的葬式でかかる費用についての知識がなかった。

調べた相場では大体100万円程度もあれば充分そうだが、貯金額は予算に遠く及ばない。

自分収入などの諸々から考えるに、最低でも3~4年はかかりそうだ。

現在精神状態でそこまで我慢できるのか?という感じではある。

でも私に遺せるお金なんてほぼないのだから、死後の親の収支がマイナスにならないようにしたい。


こんな感じで自死について真剣に考え始めたら当面死ぬ訳にはいかなくなった。

よかったのか悪かったのかわからない。

まだまだ辛い時間が続くが、目標を心の支えに頑張るしかない。

2019-03-27

1クール毎に死んでいる

わたてんが終わり、ケムリクサが終わり、かぐや様が終わる

よし死のう

 

とか言っといて、来期に生き返る

まりこれは輪廻転生である

1回の人生12〜13週で構成される

 

1週目は6歳くらい

5週目で30歳くらい

12周目で72歳くらい

 

そういう気分で生きたほうが分かりやすい気がする

今は70歳くらい

遺書を書こう

2019-03-25

anond:20190325133155

宇都宮市宇都宮城公園で爆発があり、元自衛官の男が死亡する事件が起きた。ほかに男性3人が巻き添えで重軽傷を負った。ほぼ同じ時間帯に、近くにある駐車場に止めてあったこの男の車と、男の自宅も炎上した。

栃木県警は死亡した男が威力の強い爆発物で自殺を図ったとみて調べている。公園では当時、市民らによる「宇都宮城址まつり」の真っ最中だった。爆発の場所タイミングなどによっては、大惨事になった可能性もある。

見つかった遺書などから自殺家庭内問題が背景にあるとみられるが、犯行様態欧米で相次ぐローンウルフ(一匹おおかみ)型のテロを思わせるものだ。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO08748600V21C16A0EA1000/

2019-03-13

googleアカウント無効化管理ツールを使って遺書的なものを書いた。伴侶・実父・実母に向けたものだが、自分が死んだ前提で手紙を書くっていうのはなかなかしんどいものだった。死んでから(というかアカウントが使われなくなってから)3か月後に自動的に贈られるメッセージという事で考えながら書いたが、胸がぎゅーっとなった。幼稚な表現ですまん。

生前に親に親自身の死後の相談葬式どうしたいかとか、相続はどうすればいいかとか)をすると怒るっていわれるけど、その気持ちがなんとなく味わえたような気がした。一気に書こうとするのはしんどすぎて無理だからちょっと書いて少し時間を置くとかメッセージ分散させる(icloudメモ)とかするのがいいと思った。

2019-03-10

anond:20190310221320

どうせこれからしばらく生き甲斐絶つなら、これまで抱えてきた感情とその感情を向けてきたあらゆる対象もろとも心中するくらいの心づもりでいようと思ったので巨大感情をぶつけてから一時撤退することにしました。

誰が見てくれなくてもいいけど見てくれた誰かが刺されてくれたら、それで好きだったその人から嫌われてももう良いやという気持ち文章します。

遺書かな。もうそれでもいいや

後を濁す気満々で申し訳ない。

私としては巡り巡ってファンレターだと思って書きます

(一部方々におかれましては重複してお伝えしている内容ではありますが良かったら今一度受け止めて下さい。)

(一度鍵垢でべらべら喋って怒られたことをまた喋ってるのでいよいよ距離を取られたら寂しいなあと思っていますが極力これきりにしたいので許して下さい、出来ればやっぱり嫌われたくないです)

私は根本的にSNSに向いてないと常々思っていました。

というのも数値や関係が一目で可視化されている文化圏の中で交流を兼ねながら創作活動をするということが自分には致命的に向いてないと思ったからです。

数値が見えるというのは時として嬉しいものなんですが時としてすごく残酷だと思います

とりわけ数値で自己他者とを比較できてしまうという点においては自身の実力を図る手段であり、時として自信になり得る要素でもありましたが、交流していくにあたっては自分にとってはデメリットしかありませんでした。

まず、自分創作物というのは贔屓目も謙遜も抜きに見ても、描けない人から見たら描けてはいもの、絵の上手い人から見たら稚拙だと思われる傾向のものだったと思っています

なまじ創作物解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたので、そのときジャンルCPによっては目に留めてくれる人が多く、その中にはとても絵の上手い方もいらっしゃった、くらいの。

その辺りの側面はひとまず抜きに、「好み」とかの話でなく、絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を私は持っていませんでした。

主観的ものなんだから一概にそんなことはない、なんて言い出せばそうなんですが創作活動を続けていく中で「絵を描く層」を限りなく客観視したとき自分が感じた自身立ち位置は少なくとも「どちらかといえば上手くない」というものでした。

(「上手くない」「どちらかといえば上手くない」「「どちらかといえば上手い」「上手い」の4段階として)

私が今から話すのはフォロワの中でも上記4段階において「上手い」に属する人=神絵師の方々に対しての感情です。

「神絵師」という判定こそその人の主観いくらでも変わる認識ですがpixivで1千ブクマを安定して得てるとかフォロワが何万居るとかそういう数値的なものでなく、此処で記す「神絵師」というのはあくまで『絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を持てていると私が判断している人』というものであることをまず始めにご理解下さい。

前述の通り、私は自己脳内ヒエラルキーにおける絵が上手い人種ではありませんでしたが、

前述の通り、なまじ創作物(主に漫画ことなんですが)に解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたのでそこを見てくださった方であったりあるいは横の繋がりであったりで神絵師の類にあたる方々との繋がりがそこそこにありました。

絵がどうとかどうでないとかありにしても無しにしても、とにかく自分と繋がって関係を築くことを良しとしてくださった方なわけですから、その時点で神絵師だとかそうじゃないだとか抜き交流していければ完結する話なんですが、自分に関してはそれができなかった為しちめんどくさいことになりました。

好きな作品についてや日常雑談について語るにあたっては「同じ路線感性」があれば絵の良し悪しとか関係なく楽しめます

でも、関係を持った人たちが「絵を描く人」である以上、日頃の会話の中にはどうしても「自分たちの作品について」の話題が時として出てきます

特に女性間で顕著なんですが作品を作る人という括りであればどっちにしろこういった話題が出てくる瞬間が私はとにかく苦手でした。

「Aさんは本当に絵が上手い」「そういうBさんの絵に私は憧れてるんだよな」

フォロワの間でそういう話になる度に私は心底しんどくてたまりませんでした。

そういう流れになるたびに身を潜めて出ていかないようにしました。

実際Aさん、Bさんは自分の中では神絵師で、私自身本当に大好きな作品を生み出す方々ではありましたがその流れで私が「わかる、AさんもBさんもどっちも最高なんだよな」とか話題に乗るなんて死んでもできませんでした。

万一にでも「そういうムツさんだって漫画上手いじゃん」とか言われたらそれがその人にとっての本心であろうと私は本当に死にたい気持ちでいっぱいになるからです。

それがその人にとっての本心であろうと。

何でしょう、流れの中とかでなくふと出てきた言葉だと真に受けられるんですけど。

万一にでも気を遣われたという可能性が拭えない流れの中で褒め言葉を貰うのは作品に限った話でなくて苦手なんですけど作品に関しては過剰になってしまいがちです。

というのも私は自分の中で完全に勝手に「神絵師」と「そうでない自分」とを区切ってしまっているからだと思います

はいくら親しい人であったとしてもその人が自分の中で神絵師という括りとして認識されているだけである一定話題に対してはその人達に対して勝手距離感を感じてしまっているように思います

そういう垣根抜きに自分作品を良いと思って下さってる方に対してその認識が失礼なことなんだと分かりながらも区切らずにはいられませんでした。

自分のことを目に留めてはくれない神絵師が多いのは自分が神絵師ではないから、という落とし所が必要だったからです。

…例えば、金銭的な問題を考えなくて良いものとするのであれば安くて味はそこそこのものより高くておいしいものばかり食べていたいと思うのは普通感覚だと思います

性格が同じような人であれば顔が普通の人より良い人を選びたいと思うのも普通感覚だと思います

自分の絵は誰が見ても上手いものではないから絵の上手い人が自分作品を見てくれているというのは基本的にすごいことだと思っていて、ありがたいことだと思っています

(絵を描く人描かない人関係無しに、自分作品を見て下さってる方々には感謝しかないのですが「顔の良い人達とばかり付き合いのある顔の良い人が普通自分と付き合ってくれている」ことが特にすごいという話です。)

普通、神絵師はそうでない自分作品をまず目に留めようとしないんだという当たり前の現実をそれでも私には受け入れて納得するための理由必要でした。

作品柄であったり人脈であったり、万人が見てくれる創作物なんてまずありません。

ただ、割合的な問題としてやはり「自分と繋がりのある神絵師達」と繋がりのある神絵師には私は見て貰えない傾向にあったなと思うので。

尚、ここまで誰がどうとかそういう話でなく自然の摂理の惨さを私が受け入れるのが下手くそという話です。

誰も悪くはなくて強いて言うなら勝手意識している自分ただ一人が悪いです。

作品を見てくれる人が一定数いる」という事実がまず本当にありがたいことでその点については本当に本当にありがたいと思っていて、

正直、神絵師でない括りの中で自分作品を見て何かを感じて下さった方は本当に多い方だと思えていて、自分はむしろ贅沢な類なのだと思っています

贅沢な類だと思えていたからこそ神絵師の括りには居なくても自分創作者としての現状にはとても満足していました。

それでも自分が神絵師の括りには居ないことで発生する「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」に対する現実は神絵師とそうでないもの区切りがあるという根拠を踏まえておかないと納得しきれませんでした。

から私は神絵師になりたいとかそういうわけでなく(いや朝起きて気付いたらなってたとかならなりたいですけどそもそもとして私は絵を描くのが好きなわけでなく自己解釈アウトプットする手段として絵を描いてるタイプなので絵を描く努力とかしたくないか結論として「なりたいわけではない」になるんですが)、それでも「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が自分より大きいという意味で「神絵師」という人達が羨ましいと思っています

(ある神絵師に先日とうとう「神絵師になる努力もしてないのに羨ましいって感情一方的にぶつけてくるのはずるいと思う」的なことを言われてしまいましたが神絵師になりたいわけでもない(=厳密にはなるための努力を諦めきっている)のに一方的理不尽感情をぶつけるのは確かにずるいなと思いました。本当にごめんなさい。)

そんな具合で、私は自分の中で持てているものを見て頂けてることを最大限ありがたいと思いながら、それでも自分では持てないものを持てる人達を私は心底羨んで憧れていて、大好きだと思いながらも一線を引いてしまっていてそんな一線が交流をすると、時々とてもめんどくさい感情自分の中で生み出していました。

完全に特定できる物言いでめちゃくちゃ申し訳ないんですけど、

最近だと神絵師分類のフォロワ2人と限界さぎょいぷで盛り上がっている最中「次のイベントどうする~~申し込もうぜ~~」みたいな流れでやいやいするまでは良かったんですけど

「隣接しよう~~~」ってなったとき正直私は心底死にたいと思っていました。

そこで嫌と言えば良かったのかもしれないですけどフォロワ2人的には「仲の良い人が隣に居て欲しい」以上も以下もない感情から出た提案しかなくて、そこに自分みたいな神絵師だとかそうでないだとかの汚い区切りとか全然加味されていないことが完全に分かっていたので自分の薄汚い感覚でNOとは言えなかったし言ったとしてその理由が「神絵師の隣は現実を思い知らされて嫌だから」だとか完全に「えっ…」て感じだと思うし自分自身、垣根抜きに親しい付き合いをしてくれる二人と気の合う関係を築けてることが何より嬉しかたからNOなんて言いようがなかったんですけど。

絵師サンドされた日には死ぬと思っていましたが実際サンドされて死にたいと思っていました。

ジャンルでの活動が長く、自分の本を楽しみにしてくださってる方が一定数いてくださったことは知っていたので両隣は大盛況で自分のスペースだけ閑古鳥なんて事態にはならないことは分かっていたんですがそれでも胃は少し痛かったです。

実際、両隣のフォロワと繋がっているもの自分とは繋がっていない神絵師の方が自分のスペースを避けて両隣に挨拶しているとことか見えたりしたので。

よく見てるなって感じですけど私はたまに神絵師フォロワのフォロワを覗いてわあ、こんなに神絵師からフォローされてる…とか思いながら薄暗い感情になったりとかする性悪自滅くそ野郎なので

(いやでも必要なんですよ…とある絵師(私は一方的に好きなだけ)の作品についての話を神絵師フォロワ(神絵師とは相互)とするにあたって相手相互フォロワの気安さとして喋るけど私は一方的好きな人としての温度差がそこにあることを予め認識して精神を防護しておく必要があるから…)

この辺りをくまなく喋ると大体「見なくて良いとこまで見て、考えなくても良いとこまで考えすぎてるところが生き辛そう」って言われます

本当にその通りだと思います

いやそれでもそうやっていろんなところに目を向けるからこそ自分を見てくれる一人一人に対する有り難みを感じられているとも思っていて、だからこそ持てる力の範囲でも自信を持てているとも思っているので私は一長一短なんだと思っています

逆に自分なんかよりよっぽど「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が遥かに広い神絵師のはずなのに自己肯定感の低い人達見ると本当に嫌になります

大体そういう人達って軒並み「ネットの外のリアル自分人間的に問題がある」ところを引きずってるんですけど、そうでなくて、少なくともネットにおける「絵が描ける」ことそれだけで「描けない人」がどう逆立ちしても手に入らない沢山の自信の種と関係の間口がごろごろしてることに気づいて欲しいなあと常々思います

いやまずフォロワの多さといいねの多さとブクマの多さに目を向けて欲しい。

あいつら大体「カップリングの力だから」「旬のジャンルから」「女の子から」とか何とか言うんですけど、過大評価を真に受けない保険にしてるんだか知らないですけど、私からしたらその発言は軽はずみだとしても本当に好きな人も多くて付けてくれてるであろう何百何千の人達からいいね蔑ろにしてるようにも取れるから私はそうやって付けられる自信を一向に付けない人を見るのが腹立たしくて嫌いです。

(と思う感情すら自分劣等感正当化するためのエゴだと言ってしまえばその通りだとも思うので押し付けるのは良くないですよね、本当に各位には申し訳ない。でも言わなかったとしても内心そう思ってることには変わりなかったです。)

でも気の合う話ができて一緒に居て楽しいと思う人達だってその人達です。

私はその人達の人柄が好きで作品が好きで絵柄が好きで、何より一緒に居て楽しいと思えるからこそ、少しでも自信を持って欲しくてついついそういう感情吐露しがちなんですが先日いよいよ怒られました。

そういう感情ネット上では見せたくなくて、少しでも信頼してる自分からこそ打ち明けた部分だったのにSNSで鍵垢で、主語こそださなかったもの特定されかねない形で引用してしまったので。

本当に申し訳ないことをしてしまったなあと思うと同時、それでもやっぱり私は大好きなその人がいつまでも持てる自信を持てないままでいることが嫌で嫌で仕方なかったです。

という感情だけ主張しておけば何かまだ良い感じな風に見えなくもないんですけど私そこに対して「自分の持てないものを持ってる人が自信が無いと惨めな気持ちになる」ってろくでもない私情までぶつけてるから駄目なんですよね

すいません、ごめんなさい、結局私は自分感情エゴ込みで吐き出さずにはいられない性分のクソ野郎でした。

でも本当に、もうどうしたら伝わるのか私には分かりませんがそういう感情を吐き出した人達のことが、自己肯定感が低いところを除けば私は本当に大好きです。

前述したようにその神絵師当人にとっては「親しい人との関係」の中に自分の神絵師物差しみたいなくそ概念を突っ込まれ区別した上で会話をしてしまうから、私個人が抱く劣等感由来のあらゆる感情って本当に仲良くしていく上で心底不要ものなんだなと痛感しています

それでも私にとっては自信の糧になった部分もある切っても切り離せない要素です。

そこを踏まえない友達付き合いを私が徹底できれば何よりなんですけど、付き合いを続けていく中でどうしても一方的劣等感押し付けしまう場面というのは今後どうしたって出てきてしまうように思っています

冒頭で述べたように極力これきりにしたいとは思いますけど性根としてそういう感情根付いてることには変わりないです。

ああ、なんか、そういう見方をされていたんだなあと感じてしまったらどうしようもないのかもしれませんがこんなくそみたいな性根を抱えた自分とも、また喋ったり遊んだりして頂けたら嬉しいなあと思います

本当に一方的で身勝手感情だとは思いますが。

自分のことだと思ってる思ってないに関わらずとにかく私というろくでもない人間関係を築くことを良しとしてくださってるあらゆる方々、本当にいつもありがとうございます

本当にろくでもない性悪なので自分から遊びに誘うことも憚れる上、実際これからしばらくイベントを断つ身の上でお会いできる機会なんてフォロワが関西に遊びに来てくれるときくらいしかないと思いますが遊びに来た際には誘って頂けたら喜びます、と誘い受けをして締めたいと思います

あと良かったら前述の記事同様に拡散の上、思ったこと述べて貰えたら嬉しいです。

賛否や縁を切りたい等内容は問いませんのでご意見感想お待ちしております

最後最後までろくでもないな

ここまで吐き捨てきってしまって、またSNSというかツイッターフォロバする形で性懲りも無く再開するかは正直ちょっとからなくなってきましたが、ひとまず今まで本当にありがとうございました

またお会いできたら嬉しいです。

それでは。

交流してくださっていた神絵師の皆々様へ

どうせこれからしばらく生き甲斐絶つなら、これまで抱えてきた感情とその感情を向けてきたあらゆる対象もろとも心中するくらいの心づもりでいようと思ったので巨大感情をぶつけてから一時撤退することにしました。

誰が見てくれなくてもいいけど見てくれた誰かが刺されてくれたら、それで好きだったその人から嫌われてももう良いやという気持ち文章します。

遺書かな。もうそれでもいいや

後を濁す気満々で申し訳ない。

私としては巡り巡ってファンレターだと思って書きます

(一部方々におかれましては重複してお伝えしている内容ではありますが良かったら今一度受け止めて下さい。)

(一度鍵垢でべらべら喋って怒られたことをまた喋ってるのでいよいよ距離を取られたら寂しいなあと思っていますが極力これきりにしたいので許して下さい、出来ればやっぱり嫌われたくないです)


私は根本的にSNSに向いてないと常々思っていました。

というのも数値や関係が一目で可視化されている文化圏の中で交流を兼ねながら創作活動をするということが自分には致命的に向いてないと思ったからです。

数値が見えるというのは時として嬉しいものなんですが時としてすごく残酷だと思います

とりわけ数値で自己他者とを比較できてしまうという点においては自身の実力を図る手段であり、時として自信になり得る要素でもありましたが、交流していくにあたっては自分にとってはデメリットしかありませんでした。

まず、自分創作物というのは贔屓目も謙遜も抜きに見ても、描けない人から見たら描けてはいもの、絵の上手い人から見たら稚拙だと思われる傾向のものだったと思っています

なまじ創作物解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたので、そのときジャンルCPによっては目に留めてくれる人が多く、その中にはとても絵の上手い方もいらっしゃった、くらいの。

その辺りの側面はひとまず抜きに、「好み」とかの話でなく、絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を私は持っていませんでした。

主観的ものなんだから一概にそんなことはない、なんて言い出せばそうなんですが創作活動を続けていく中で「絵を描く層」を限りなく客観視したとき自分が感じた自身立ち位置は少なくとも「どちらかといえば上手くない」というものでした。

(「上手くない」「どちらかといえば上手くない」「「どちらかといえば上手い」「上手い」の4段階として)

私が今から話すのはフォロワの中でも上記4段階において「上手い」に属する人=神絵師の方々に対しての感情です。

「神絵師」という判定こそその人の主観いくらでも変わる認識ですがpixivで1千ブクマを安定して得てるとかフォロワが何万居るとかそういう数値的なものでなく、此処で記す「神絵師」というのはあくまで『絵の技術的な側面において「絵を描いている人込み」で比較的誰が見ても「絵が上手い」と思われるものを生み出せる技術を持てていると私が判断している人』というものであることをまず始めにご理解下さい。

前述の通り、私は自己脳内ヒエラルキーにおける絵が上手い人種ではありませんでしたが、

前述の通り、なまじ創作物(主に漫画ことなんですが)に解釈感情を埋め込む行為に関しては長けている方だと思ってはいたのでそこを見てくださった方であったりあるいは横の繋がりであったりで神絵師の類にあたる方々との繋がりがそこそこにありました。

絵がどうとかどうでないとかありにしても無しにしても、とにかく自分と繋がって関係を築くことを良しとしてくださった方なわけですから、その時点で神絵師だとかそうじゃないだとか抜き交流していければ完結する話なんですが、自分に関してはそれができなかった為しちめんどくさいことになりました。

好きな作品についてや日常雑談について語るにあたっては「同じ路線感性」があれば絵の良し悪しとか関係なく楽しめます

でも、関係を持った人たちが「絵を描く人」である以上、日頃の会話の中にはどうしても「自分たちの作品について」の話題が時として出てきます

特に女性間で顕著なんですが作品を作る人という括りであればどっちにしろこういった話題が出てくる瞬間が私はとにかく苦手でした。

「Aさんは本当に絵が上手い」「そういうBさんの絵に私は憧れてるんだよな」

フォロワの間でそういう話になる度に私は心底しんどくてたまりませんでした。

そういう流れになるたびに身を潜めて出ていかないようにしました。

実際Aさん、Bさんは自分の中では神絵師で、私自身本当に大好きな作品を生み出す方々ではありましたがその流れで私が「わかる、AさんもBさんもどっちも最高なんだよな」とか話題に乗るなんて死んでもできませんでした。

万一にでも「そういうムツさんだって漫画上手いじゃん」とか言われたらそれがその人にとっての本心であろうと私は本当に死にたい気持ちでいっぱいになるからです。

それがその人にとっての本心であろうと。

何でしょう、流れの中とかでなくふと出てきた言葉だと真に受けられるんですけど。

万一にでも気を遣われたという可能性が拭えない流れの中で褒め言葉を貰うのは作品に限った話でなくて苦手なんですけど作品に関しては過剰になってしまいがちです。

というのも私は自分の中で完全に勝手に「神絵師」と「そうでない自分」とを区切ってしまっているからだと思います

はいくら親しい人であったとしてもその人が自分の中で神絵師という括りとして認識されているだけである一定話題に対してはその人達に対して勝手距離感を感じてしまっているように思います

そういう垣根抜きに自分作品を良いと思って下さってる方に対してその認識が失礼なことなんだと分かりながらも区切らずにはいられませんでした。

自分のことを目に留めてはくれない神絵師が多いのは自分が神絵師ではないから、という落とし所が必要だったからです。

…例えば、金銭的な問題を考えなくて良いものとするのであれば安くて味はそこそこのものより高くておいしいものばかり食べていたいと思うのは普通感覚だと思います

性格が同じような人であれば顔が普通の人より良い人を選びたいと思うのも普通感覚だと思います

自分の絵は誰が見ても上手いものではないから絵の上手い人が自分作品を見てくれているというのは基本的にすごいことだと思っていて、ありがたいことだと思っています

(絵を描く人描かない人関係無しに、自分作品を見て下さってる方々には感謝しかないのですが「顔の良い人達とばかり付き合いのある顔の良い人が普通自分と付き合ってくれている」ことが特にすごいという話です。)

普通、神絵師はそうでない自分作品をまず目に留めようとしないんだという当たり前の現実をそれでも私には受け入れて納得するための理由必要でした。

作品柄であったり人脈であったり、万人が見てくれる創作物なんてまずありません。

ただ、割合的な問題としてやはり「自分と繋がりのある神絵師達」と繋がりのある神絵師には私は見て貰えない傾向にあったなと思うので。

尚、ここまで誰がどうとかそういう話でなく自然の摂理の惨さを私が受け入れるのが下手くそという話です。

誰も悪くはなくて強いて言うなら勝手意識している自分ただ一人が悪いです。

作品を見てくれる人が一定数いる」という事実がまず本当にありがたいことでその点については本当に本当にありがたいと思っていて、

正直、神絵師でない括りの中で自分作品を見て何かを感じて下さった方は本当に多い方だと思えていて、自分はむしろ贅沢な類なのだと思っています

贅沢な類だと思えていたからこそ神絵師の括りには居なくても自分創作者としての現状にはとても満足していました。

それでも自分が神絵師の括りには居ないことで発生する「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」に対する現実は神絵師とそうでないもの区切りがあるという根拠を踏まえておかないと納得しきれませんでした。

から私は神絵師になりたいとかそういうわけでなく(いや朝起きて気付いたらなってたとかならなりたいですけどそもそもとして私は絵を描くのが好きなわけでなく自己解釈アウトプットする手段として絵を描いてるタイプなので絵を描く努力とかしたくないか結論として「なりたいわけではない」になるんですが)、それでも「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が自分より大きいという意味で「神絵師」という人達が羨ましいと思っています

(ある神絵師に先日とうとう「神絵師になる努力もしてないのに羨ましいって感情一方的にぶつけてくるのはずるいと思う」的なことを言われてしまいましたが神絵師になりたいわけでもない(=厳密にはなるための努力を諦めきっている)のに一方的理不尽感情をぶつけるのは確かにずるいなと思いました。本当にごめんなさい。)

そんな具合で、私は自分の中で持てているものを見て頂けてることを最大限ありがたいと思いながら、それでも自分では持てないものを持てる人達を私は心底羨んで憧れていて、大好きだと思いながらも一線を引いてしまっていてそんな一線が交流をすると、時々とてもめんどくさい感情自分の中で生み出していました。

完全に特定できる物言いでめちゃくちゃ申し訳ないんですけど、

最近だと神絵師分類のフォロワ2人と限界さぎょいぷで盛り上がっている最中「次のイベントどうする~~申し込もうぜ~~」みたいな流れでやいやいするまでは良かったんですけど

「隣接しよう~~~」ってなったとき正直私は心底死にたいと思っていました。

そこで嫌と言えば良かったのかもしれないですけどフォロワ2人的には「仲の良い人が隣に居て欲しい」以上も以下もない感情から出た提案しかなくて、そこに自分みたいな神絵師だとかそうでないだとかの汚い区切りとか全然加味されていないことが完全に分かっていたので自分の薄汚い感覚でNOとは言えなかったし言ったとしてその理由が「神絵師の隣は現実を思い知らされて嫌だから」だとか完全に「えっ…」て感じだと思うし自分自身、垣根抜きに親しい付き合いをしてくれる二人と気の合う関係を築けてることが何より嬉しかたからNOなんて言いようがなかったんですけど。

絵師サンドされた日には死ぬと思っていましたが実際サンドされて死にたいと思っていました。

ジャンルでの活動が長く、自分の本を楽しみにしてくださってる方が一定数いてくださったことは知っていたので両隣は大盛況で自分のスペースだけ閑古鳥なんて事態にはならないことは分かっていたんですがそれでも胃は少し痛かったです。

実際、両隣のフォロワと繋がっているもの自分とは繋がっていない神絵師の方が自分のスペースを避けて両隣に挨拶しているとことか見えたりしたので。

よく見てるなって感じですけど私はたまに神絵師フォロワのフォロワを覗いてわあ、こんなに神絵師からフォローされてる…とか思いながら薄暗い感情になったりとかする性悪自滅くそ野郎なので

(いやでも必要なんですよ…とある絵師(私は一方的に好きなだけ)の作品についての話を神絵師フォロワ(神絵師とは相互)とするにあたって相手相互フォロワの気安さとして喋るけど私は一方的好きな人としての温度差がそこにあることを予め認識して精神を防護しておく必要があるから…)

この辺りをくまなく喋ると大体「見なくて良いとこまで見て、考えなくても良いとこまで考えすぎてるところが生き辛そう」って言われます

本当にその通りだと思います

いやそれでもそうやっていろんなところに目を向けるからこそ自分を見てくれる一人一人に対する有り難みを感じられているとも思っていて、だからこそ持てる力の範囲でも自信を持てているとも思っているので私は一長一短なんだと思っています

逆に自分なんかよりよっぽど「見て頂ける人の母数・持てる関係性の上限」が遥かに広い神絵師のはずなのに自己肯定感の低い人達見ると本当に嫌になります

大体そういう人達って軒並み「ネットの外のリアル自分人間的に問題がある」ところを引きずってるんですけど、そうでなくて、少なくともネットにおける「絵が描ける」ことそれだけで「描けない人」がどう逆立ちしても手に入らない沢山の自信の種と関係の間口がごろごろしてることに気づいて欲しいなあと常々思います

いやまずフォロワの多さといいねの多さとブクマの多さに目を向けて欲しい。

あいつら大体「カップリングの力だから」「旬のジャンルから」「女の子から」とか何とか言うんですけど、過大評価を真に受けない保険にしてるんだか知らないですけど、私からしたらその発言は軽はずみだとしても本当に好きな人も多くて付けてくれてるであろう何百何千の人達からいいね蔑ろにしてるようにも取れるから私はそうやって付けられる自信を一向に付けない人を見るのが腹立たしくて嫌いです。

(と思う感情すら自分劣等感正当化するためのエゴだと言ってしまえばその通りだとも思うので押し付けるのは良くないですよね、本当に各位には申し訳ない。でも言わなかったとしても内心そう思ってることには変わりなかったです。)

でも気の合う話ができて一緒に居て楽しいと思う人達だってその人達です。

私はその人達の人柄が好きで作品が好きで絵柄が好きで、何より一緒に居て楽しいと思えるからこそ、少しでも自信を持って欲しくてついついそういう感情吐露しがちなんですが先日いよいよ怒られました。

そういう感情ネット上では見せたくなくて、少しでも信頼してる自分からこそ打ち明けた部分だったのにSNSで鍵垢で、主語こそださなかったもの特定されかねない形で引用してしまったので。

本当に申し訳ないことをしてしまったなあと思うと同時、それでもやっぱり私は大好きなその人がいつまでも持てる自信を持てないままでいることが嫌で嫌で仕方なかったです。

という感情だけ主張しておけば何かまだ良い感じな風に見えなくもないんですけど私そこに対して「自分の持てないものを持ってる人が自信が無いと惨めな気持ちになる」ってろくでもない私情までぶつけてるから駄目なんですよね

すいません、ごめんなさい、結局私は自分感情エゴ込みで吐き出さずにはいられない性分のクソ野郎でした。

でも本当に、もうどうしたら伝わるのか私には分かりませんがそういう感情を吐き出した人達のことが、自己肯定感が低いところを除けば私は本当に大好きです。

前述したようにその神絵師当人にとっては「親しい人との関係」の中に自分の神絵師物差しみたいなくそ概念を突っ込まれ区別した上で会話をしてしまうから、私個人が抱く劣等感由来のあらゆる感情って本当に仲良くしていく上で心底不要ものなんだなと痛感しています

それでも私にとっては自信の糧になった部分もある切っても切り離せない要素です。

そこを踏まえない友達付き合いを私が徹底できれば何よりなんですけど、付き合いを続けていく中でどうしても一方的劣等感押し付けしまう場面というのは今後どうしたって出てきてしまうように思っています

冒頭で述べたように極力これきりにしたいとは思いますけど性根としてそういう感情根付いてることには変わりないです。

ああ、なんか、そういう見方をされていたんだなあと感じてしまったらどうしようもないのかもしれませんがこんなくそみたいな性根を抱えた自分とも、また喋ったり遊んだりして頂けたら嬉しいなあと思います

本当に一方的で身勝手感情だとは思いますが。

自分のことだと思ってる思ってないに関わらずとにかく私というろくでもない人間関係を築くことを良しとしてくださってるあらゆる方々、本当にいつもありがとうございます

本当にろくでもない性悪なので自分から遊びに誘うことも憚れる上、実際これからしばらくイベントを断つ身の上でお会いできる機会なんてフォロワが関西に遊びに来てくれるときくらいしかないと思いますが遊びに来た際には誘って頂けたら喜びます、と誘い受けをして締めたいと思います

あと良かったら前述の記事同様に拡散の上、思ったこと述べて貰えたら嬉しいです。

賛否や縁を切りたい等内容は問いませんのでご意見感想お待ちしております

最後最後までろくでもないな

ここまで吐き捨てきってしまって、またSNSというかツイッターフォロバする形で性懲りも無く再開するかは正直ちょっとからなくなってきましたが、ひとまず今まで本当にありがとうございました

またお会いできたら嬉しいです。

それでは。

2019-03-07

ようこそジャップランドへ(full ver.)

Welcome to ようこそジャップランド

今日も消えたい死にたい大騒ぎ

ぷー! ぐしゃー!

高らかに笑うは政治家フレンズフレンズ

犯罪をすっちゃかめっちゃしても揉み消し(揉み消し)

残業しても給料は出ない

本当の闇はここにある

ほら 今日カフェイン飲んでデスマーチ

(ファッ キン シット!)

Welcome to ようこそジャップランド

今日も消えろよ死ねよと大騒ぎ

姿考え十人十色から貶し合うの

SNS意見ちょっと呟いたら

失礼します(失礼します) 不快から消せよ

ぷー! ぐしゃー!

ニュース見ればあちらこちらで犯罪犯罪

なんてこった

不正に粉飾捏造改竄 とまんない(うーん)

お金くれれば 大目にみるよ

みんな下請け末端に そう 全部押し付ければ大丈夫

(M! J! L!)

Nice to meet you ジャップランド

今日までどうもありがとね

いつもいつでも苦しい社畜

電車待っていたの

開かない扉(ゲート)

遺書荷物 下ろしたら

ごめんなさい(ごめんなさい)

乗り越えてくグレイトジャーニー

Oh 東へ吠えろ 西へ吠えろ

世界中を叩け ナショナリズム(Welcome to ようこそジャップランド!)

Welcome to ようこそジャップランド

今日も消えろよ死ねよと大騒ぎ

姿考え十人十色から貶し合うの

SNS意見ちょっと呟いたら

失礼します(失礼します) 不快から消せよ

ぷー! ぐしゃー!

少子化 高齢化 Oh, Welcome to the ジャップランド

不寛容干渉まれクソリプ

嫌なら 出ていけ Oh, Welcome to the ジャップランド

五輪が 終わるとともに 地獄へ旅立ち

中世 ジャップランド

2019-03-04

親に歴史あり

‪おばあちゃん(母方の祖母)が病気をして弱ってるらしく、入院中2人っきりになった時に

あんたのお母さんには悪いことをした」

「◯◯さん(母が父の前に付き合ってたらしい人)との結婚を許さなかったことを後悔してる」‬と言い出した。

えーーーなにそれ初めて聞いたーーー。

えっていうかその人と結婚すれば良かったってこと?それ父と血の繋がった孫にいう?そういうとこやぞおばあちゃん。無神経がすぎるぞ。

まぁそう言いたい気持ちは分かる。

うちの父は自殺してまして。

それで母はかなり苦労したと思う。

幸い優秀な人だったんで、父の跡を継いで個人医院をやって今は自立している。

その、前付き合ってた◯◯さんとは恋愛で、父とは親が持ってきたお見合いだってんだからまぁ祖母は後悔はするよなぁ。

(ていうか祖母祖父駆け落ち同然で結婚したらしいのに、娘の結婚には反対するんだって大変びっくりした)

父が死んだ理由はわからない。

遺書にはなんか迷惑をかけて申し訳ないみたいなことが書いてた気がする。詳しくは忘れた。

私は発達障害(診断済み)なのだが、母はそのケが無いので父由来かなぁと思っている。何となく生きにくそうな人だという印象だったので。そんで二次障害かなんかで精神を病んでいたんじゃ無いかって。まぁなんの確証もないけど。

それくらい原因がわからん死に方だった。

死んでからほぼ父の話はしたことがなかったけど、いつだか母が

「お父さんのこと絶対許さんのんじゃ」

えーーー何それーー。私その人の血を継いでるんですけどー。と思ったけどそれは言わなかった。かと言って母に共感して父の悪口を言うことはできない。だって父を否定するのは、自分否定することに繋がりそうだったから。

母は、父と結婚しては幸せだっただろうか。その、別れさせられた◯◯さんと結婚していたらどうなっただろう。

そうなったら私は今この世に居たんだろうか。

ドラえもん理論でいけば、結婚相手は誰でも私が生まれてくるはずだが、科学的には違うと思う。少なくとも◯◯さんは大阪にに住んでいたから、◯◯さんと結婚していたら私は大阪弁をしゃべっていただろう。

私は父の血を受け継ぐものとして何となく申し訳ない気持ちで母と接し、

少なくとも子供(私)が生まれたことは良かったと思って欲しくて、たまに親孝行をするのだ。

2019-02-26

anond:20190225205015

中庸と呼ばれるポジションを確保するのに、通常は大きな努力必要だということを我々は大いに知っている。

人生に興味がなければ、こんな文章を書くこともないだろう?

増田なんかで自分語りしたら、普通は斧が飛んでくるんだから

平凡な人生には最も似つかわしくない場所だよ。

増田は今それが死後読まれることを想像してワクワクしているんだろう?そのワクワクが生きることだ。人生の興味だ。

俺が小学生のころに遺書を書いたときもそうだったよ。人生絶望しているのに、不思議な高揚感があった。

死ねなかったけどな。

増田自分のことを知ってもらいたいのではないかな。

懸命に凡庸な生を生きてきた自分を、その裏にある凡庸でない考えを。

そしてそれは、生きてるうちでもできると思うよ。

まあどうせあなたは死なないよ。自殺なんかしたら凡庸じゃないもの。それはあなたポリシーに反する。

から普通死ねよ。子供と孫と友人に囲まれて。老衰事故か、死因ナンバーワンのガンかなんかでさ。

それが叶わない凡庸未満が世界に半分以上いることに思いを馳せながらさ。

2019-02-09

anond:20190209173321

はえーなおい。今から行くわ。ちょっと支度するから待ってて。

遺書書いたり便所行ったり銀行から預金下ろしたりしなきゃいけないか時間かると思うけど。

2019-02-02

anond:20190202032629

同胞よ、反応があって嬉しい。おれは野良哲学愛好家だ。知的生命体の邂逅を描いたSFが好きだ。人類学が好きだ。歴史が好きだ。地学が好きだ。知的駆け引きが好きだ。研ぎ澄まされた統制術が好きだ。肉体的限界を超えようとする挑戦が好きだ。地道な研究による技術の発展が好きだ。ユーモアが好きだ。人類の英知が好きだ。親が好きだ。兄弟が好きだ。兄弟家族も好きだ。妻が好きだ。質や量を問わない様々な情報の統制機構がおれだ。おれは公私があって、人格を持っている。特に説明のない語は、現代日本語の辞書をググってなんとなく多数派なふわっと一般的意味で捉えてほしい。誤解の可能性のある語や別の定義を仮託したい語は、云々とは、と書く。

早口っぽくて申し訳ないが、これはまもなく命を失う可能性のあるおれ個人遺書であり、遺伝子であり、知性の漣を発生させる小石であり、財産相続であり、ディープインパクトであり、ネット上の記号であり、図書館ガラクタであり、くだらない承認欲求衝動的発露なんだ。紙媒体にも書いたが近親者しか読まないだろうし、読まない可能性もある。肉体的末裔を遺せない知性的個人としては私(し)を遺しきれないと思ったんだ。悪く言えば知性的通り魔だ。すまない。

野良なので語の定義ガチャガチャだ。批評してもらえると嬉しい。

 

世界とは、場、範囲。すべての社会。ここでいうすべてとは、意識上、無意識下のみで、不可知を含まない、限定的意味社会とは、複数個人の集まり。まるで機械のようにふるまったり、大きな個人のようにふるまうこともできる。個人とは、人類のうち、外的要因を受けて認知し、内的要因を加えて表現し、社会取引する主観個人社会の主であり、友であり、子でもある。個ではなく個人とした理由は、時代的背景として保留したい。肉体的生命人間新人ほ乳類動物生物とその無生物的ふるまい、無生物生物的ふるまい、ミーム、知性体、人工主観、共有された主観などを考慮する必要性もあるが、保留したい。主観とは、客観に対する語であり、subjectや主体とは別け、現代日本語的に理解してもらいたい。機械とは、入力に応じて定まった出力を行う機構

平和とは、状態。穏やかで、かつ調和が保たれている状態。穏やかとは、①不信、不満、不可逆性、不確実性を内的要因に含まない、個人状態。②主体性をもち、共感しうる、個人状態。③肉体的闘争の無い、社会状態。不信とは、信用や信頼のないこと。不満とは、欲求権利などが満足しないこと。主体性とは、意識上の表現を実現する能力可能性。肉体的闘争とは、個人の臓器や器官の機能を減退させる、個人個人個人社会社会社会干渉現象犯人逮捕、子の虐待、直接的死傷者が出る国家間戦争などを含むガバガバ定義闘争とは、場の範囲を別ち干渉し合う現象。関連して、個人闘争とは、感知と認知表現の隙間や意識無意識の隙間や主観と肉体の隙間などの、個人の内的な場に起こりうる干渉現象教育先入観体感的獲得、気分障害倫理観などを含むガバガバ定義思考個人闘争である意識とは、感知して統制できる一部の主観調和とは、①主体性をもって個人たりうることを保証し合う社会。②内的要因と表現された自己疎外が正の関係にある、個人状態

狭い意味としては、調和の①の意味複数個人まり社会が、互いを外的要因として認知し合い、内的要因を加えて表現し合うことに合意した状態。広い意味としては、調和の①の意味に加えて、穏やかの③の意味を含める。別の意味としては、すべての個人人権が実現する世界状態世界平和観測者は個人である。おれとあなた世界平和は別だろうが不可知だ。

 

ちなみに狭義の社会現実的社会は、定義を荒く削り出すと、人権対秩序の闘争だ。

以降は省略する。訂正加筆する。最後まで駄文を読んでくれてありがとう

2019-01-28

アホなことして生活に困窮していたのに

よくあるアホリーマンパターンで、35年ローンで新築分譲マンションを買うなどというあまりに無謀なことをしたがために、十年以上の長きにわたって生活に困窮した俺。

妻と子供二人、妻はもちろん働いているがパート収入が月10万を超えるのがやっと。

で、俺はまぁ色々あってマンション購入後に転職2回で、給料は右肩下がりジェットコースター

二年ほど前には遂に、生活に困窮のあまり消費者金融に手を出し、破産は秒読み段階だった。

 

まさか、それがあっさり解決するとは思いもよらなかった。

私の親がそんなに大金持ちだなんて全然知らなかったんだ。

急逝して、遺書があるというので読むと、概略、一人息子の私に全部相続するとあった。

口座を調べて驚いた、マンションローンなど造作無く消え去る額だった。

相続税払っても痛くも痒くもない。

 

どちらかと言えば、あまり実家には寄り付かなかったし、親不孝な方だった俺。

墓に足を向けて寝られない気分になった。

尤も遺書には、遺産は俺の為ではなく「孫を思って」と書かれていたわけだが。

2019-01-22

友人(存命)の部屋に行ったら遺書があった

先日、一人の友人の部屋に遊びに行った。便宜上、彼のことは〝彼〟と表記する。

〝彼〟とは中学生の頃からからもう8年来の付き合いになる。

初めて会った時から変なやつだとは思っていた。ろくに授業も聞かず、学校部活もサボってばかりいる割にテストの点だけは良くて、ラノベ主人公みたいだという印象があった。

帰り道が同じ方向なので、僕はしょっちゅう〝彼〟と一緒に帰っていた。話してみれば面白いやつだった。僕も根は真面目ではなかったので、〝彼〟とは仲良くやることができた。

進んだ高校は別々だったが、もう一人別の友人を交え、僕たちは三人でことあるごとに集まった。

いつも遊ぶ場所は僕の家だったが、ある時〝彼〟の家に遊びにいく機会があった。

〝彼〟の家はすごく辺鄙な立地で、信じられないくらい細い路地を進んだ袋小路の先にあった。

外観はゴミ屋敷だった。銭湯下駄箱とか、シーサーみたいな動物の置物とか、そんなもんどこで拾ってくるんだよと尋ねたくなるようなゴミで溢れかえっていた。

内装バカの家だった。玄関のドアを開けるとまず真っ先にバカみたいなサイズ水槽の中に入った故の知れぬナマズみたいな魚と、明らかに飼い主の手に余っている気性の荒い大型犬が三頭出迎えてくれた。当然床はゴミであふれていて足の踏み場もない。大量の段ボール箱とか、いつ食ったのかもわからないコンビニ弁当のガラとか、とにかく生活感のあふれるゴミがわんさか転がっていた。あと窓ガラス割れていて、ビニールテープで雑に補修してあった。

多分〝彼〟のご両親は頭がおかしいんだろうなと思った。先生の話を聞かないのも、一番身近な大人ちゃらんぽらんから敬うことを知らないせいだろうと思った。

のちに聞くと、彼の父はDV常習犯躁鬱病患者、母はそんな夫を見限ってまだ幼い息子二人と娘(〝彼〟には二歳下の妹と六つ上の兄がいた)を放って家を出て行ったのだとか。本当に両親揃ってダメ人間だった。

現在、〝彼〟のTwitterアカウントFF比が3くらいあって、2000人くらいフォロワーがいた。投稿内容はアルファツイッタラーもどき気持ち悪いツイートであふれていた。マッシュ頭に丸メガネというテンプレート通りの外見の自撮り投稿して囲いのメンヘラ女を喜ばせたり、学問の話をして身内と盛り上がったりしていた。

あと〝彼〟は常に病んでいた。メンヘラというより厭世主義者で、誰かにかまってほしいから病んだふりをしているというより、本質的に狂っているような感じがあった。なにが面白いのかさっぱりわからない上に、なにか僕の感性根本的な部分が拒否反応を起こすので普段ミュートしている。

〝彼〟の感性普通ではない。太宰や芥川作品のような雰囲気を纏う芸術の類ばかりを愛で、普通恋愛とか、人間関係にはほとんど関心を示さなかった。恋人はいたし、その相手とは僕も交友があったが、やはりどこか壊れている女ばかりだった。援交でお金稼いでるとか、エロい自撮りを鍵もかけていないアカウントで上げているとか。

〝彼〟の感性普通ではないから、部屋で遺書を見つけた時もただの悪ふざけかと思った。だって遺書(これは常備のものなので私が死んでいない時には読まなくてよい)」とか書いてあるんだもの。けれど、悪ふざけにしては度が過ぎている。自殺する気があるのかどうかは知らないが(決してないとは言い切れない)、少なくとも常人よりは死を身近に感じているような雰囲気があった。

少し迷ったが〝彼〟は階下で僕と飲むためのお茶を用意してくれていたので、その隙に僕は勝手に内容を検めた。好奇心に負けた。

遺書封筒にすら入っておらず、B5のコピー用紙の片面に印刷されているだけで、その乱雑さも〝彼〟らしいと感じた。

中には男女1人ずつのフルネームと連絡先が記されていた。男は大学で同じゼミ所属している人間で、女は元恋人だった。男には〝彼〟のスマートフォンの完全な破壊を、女には引き出しに入っているという手書きメッセージを引き取るよう指示してあった。流石に女に宛てた手紙勝手に読むことは良心の呵責が許さなかったが、いったいどんな手紙を残したのだろうか。(すでに良心が〜とかどの口が言うんだ、くらいのことをしているとは自分でも思うが)

遺書は、ただの作業指示書だった。

〝彼〟は無駄なことをわざわざする人間ではない。誰にも発見されないかもしれないのに手の込んだネタを仕込むようなお茶目なやつでもない。

からあの遺書は多分、本気で書いたものなのだろう。本気で彼はスマホ破壊と、童貞を捨てた相手メッセージを伝えるくらいしか自分が死んだ後に望むことがないのだ。

言葉にし得ない虚しさがあった。育ちや環境に同情するには遠過ぎた。ただ、哀れに思った。

こんなことを考えるのは不遜にもほどがあるとは思う。人の遺書勝手に暴いてこんなところに晒しておいてケチをつけるとは何事だと、これを読んでいるあなたはきっと思っていることだろう。

けれど、僕は悲しいのだ。仮にも数少ない友人である〝彼〟の人生が、こんな詰んだものであることが。

遺書には男の名を指して「君くらいしか頼める相手がいない」と書いてあった。

僕を頼れよ、とは思わない。だって僕は彼を救いたくないから。本当に気色悪いと思っている。

ただ、彼の人生が詰んでいるのが、ひたすらに悲しい。

〝彼〟はまだ生きている。3年前と同じことをツイートしている。

どうか、せめて長生きしてくれ、友よ

そして、僕の知らないところで人知れず死んでくれ。

2019-01-20

自己肯定感高いけど希死念慮しかない

都会生まれだった、両親がデザイン系の専門職だった、オシャレだと言われた。

不細工なわりには明るかった、コミュ力が高かった、面白いと言われた。

趣味があった、センスがあった、漫画物語毎日書いていた。

必要努力ができた、受験勉強を中高大と勉強を頑張った、やりたいことがあって、世界一行きたい大学に行けた。

成長過程において、おそらく正しい失敗もできた、たぶん正しく成功もした。

自分よりバカなやつを見た、自分より圧倒的に頭が良いやつにも出会った。

自己肯定感はあるが、驕るのは恥ずべき行為だと考えることができた。

大きな会社正社員になって、信頼を培って結果を見せて、物語を作る仕事に就いた。

30を超えて、好きにできるプロジェクトを任された。

死ぬほど大変だった、本当に死ぬかと思った、でもやり遂げた。

満点じゃないけど、できる限り頑張った。

愛する物語が生まれた。

結果。

死にたい

いや、死にたい死にたいしかない。

まず疲れた

死ぬほどやりたいことやった結果まじで疲れたしかもおわんない。関係作業おわんない。

わたしが夢見た世界はこんなにも地獄なのか、つらい。

頑張りたい、頑張る、疲れる、死にたい

頑張ってきた人生の先がマジで死にたいしかない、とか死にたくない?死にたいわよ。

泳いでないと死んじゃうマグロみたい、死にたい

去年も死にたかったし、今年になって切り替えようと思ってたけど、

残念、無念、この女、やはり死にたいである

からマメに死にたかったけどなんでなんだろ?まるでわからない。今は死にたいピーク。

みんな希死念慮どうすんの?

燃えるゴミの日とかに出したいんだけど、燃える燃えないわ、すっごい不燃だわ。

空虚だ、疲れた

遺書の書き方を調べたけど遺書とか残さず死にたい、というか消えたい。誰にも知られずに消えたい。

身辺整理したい、子供の頃書いた大量の落書き帳を捨ててない、恥ずかしい、どうしよう。性癖しか描いてない。

厨二病ときノートとかヤバイ、恥ずかしい。

死神統夜(ししんとうや)とか産んでるもん、地獄

貯金あるけど使い道ないし、欲もないし。

結婚してるけど、この世は頑張って生きても希死念慮に苛まれるんだが!?って感じの結論イマココなので、命を誕生させるわけにはいかない。

不幸のループを止めたい。

不幸じゃない可能性もあるの?マジで?わかんない、私にできるかな?知らんわ、死ね

いやだから死んだ方が良いって、いいのか?

物語つくってても、死んじゃいけないかどうかについては未だに結論出ない。

だってそれは救いのひとつものね、違うのかな?

そりゃ、死なないで欲しい人はいっぱいいるけど、それとこれとは別やん?別やんね…。

疲れた死にたい…助けて…。

2019-01-14

死のうと思って被り物とおしめを買った

特に借金があるとか人間関係とかでトラブったわけじゃない。何だか耐えられなくて死のうと思った。

もちろん生きてるし、案外だらだらとこの先も生きるかもしれない。

前まではスーパーで働いてた。

普通にやってたつもりではいたんだが、どうにも耐えられなくて、上司に連絡いれて、そのままバックレた。

手先が不器用だったし、接客も辛かった。仕事の流れがどうにも理解できなかった。メモはせっせと取ってたが、相手自分への言い訳で、効果はでていなかった。

仕事を少し覚えると、自分はまだ何ができないか分かって、余計辛かった。知れば知るほど自分間抜けさが際立った。

目立つミスがあったわけじゃなくて、ただキツくて耐えられなくなった。恒常的なミスに耐えられなかったとでもいうか。

病院に行こうと調べたが、色々あって面倒だった。予定がどう症状がこうが理解できなくて諦めた。

理解して調整して通って何なのか、とも思った。

文章が読んだり書けたりはできる(つもりでいる)から、たぶん心因性なのだと思う。

興味というかやる気というか、もっと手前の何かがない。

空腹も案外慣れた、ほんの数日だから、より長期間なら、また意見も変わったかもしれない。

水は普通に飲んでた。気力がなかっただけで、餓えて死のうとまで思ってなかった。

ふと、死んだら終わるなと気づいた。

賃貸から公園にいこう、死に顔みた誰かさんがかわいそうだしなにか被ろう、漏らしたら後片付け大変だろうしおしめもつけよう。

そこまでパーっと頭に浮かんで、大変な名案に思えた。

介護用のおしめやパーティー用の被り物(なんかキリンのやつ)意識なくなってから落っことさないよう、固定用のガムテも買った。

事件性があると誤解されたら、見しらぬ誰かが捕まるかも知れない。遺書を少し書いた。家族にはさよならと、家族への連絡先を載せた。

深夜に公園に着いて、鉄棒は低かったしブランコでしようと決めた。でも俺はバカだった。

ロープを忘れた。

用意すらしてなかった。思い付かなかった。

帰る気になれなかった。

ごく単純に、ベルトで代用を思い付いた。

ブランコの上によじ登り、転げ落ちないようしがみつきながら作業をした。

持ってきてたガムテで、ベルトをブランコの柱に固定して、被り物を被った。上着と被り物を張り付けて、暴れても外れないことを願った。

飛び降りたら外れるかもと、ゆっくりぶら下がった。すげぇ苦しい。

頭にプクーっと血がたまってくのと、息ができない。多少こらえたがやはり暴れた。

走馬灯は見なかった。

早朝に目が覚めた。被り物は脱がされたのか無意識に脱いで投げたのか、どこにもなかった。

尻と肩を擦りむいたが特にどうもない。

馬鹿馬鹿しくてそのまま帰った。まだガムテは引っ付いているかもしれない。

全部無駄だった。

ここで物語なら、美しい出会いでもって人生が変わるところだが、俺には何もなかった。

低学歴コミュ障もハンデだが、新しく何か身に付けたいとか思えない。何か欠陥なのかもしれないが、それをどうにかするスタートも切れない。資格若さもない。

打開する気力がない。

死ぬのもどうにもならんらしい。

なんでこんな追い込まれるのかわからないし、追い込まれてるのに生きてるのも良くわからない。

特に落ちもないのに糞みたいな自分語りを読ませてすまない。

ただそういう奴がいたってことを知って欲しかった。

みんなは元気でやってくれ。

2019-01-11

自分の中での復讐完了した

小さい頃、虐められていた。

最初発言が気に食わない、とか調子に乗ってる、とか

そんな感じで、からかい程度やいたずら電話みたいな軽いものから

金を取られる、暴力をふるわれる、家の車や窓ガラスを壊されるといった

明確に犯罪ものまで、今でも大きな傷になっている。

そのせいで人間不信になり、

何度も死んで遺書に全部書きなぐってやろうか、

それくらいじゃあいつらは何も思わないから殺して死んでやろうか、

そうしたら残った親兄弟がまた標的になる、

ということをループしているような毎日だった。

幸いにして成績だけは良かったので、

地元公立中学を出た後は進学校に進み、国立大学へ進学した。

高校以降は(地元では相変わらず嫌がらせみたいなことはあったが)

そういうものとは無縁で、友人にも恵まれ楽しい生活をしていたが、

ふとした瞬間に過去を思い出して、ふさぎ込むこともあった。

今が楽しくても、思春期にずっと暗い影を落としていた。

就職地元を離れて、新人の頃はサービス残業や土日出社もして、

何とかそれなりの稼ぎをもらえるようになった。

去年結婚して、子供ができて、昨日子供をお風呂に入れてた時に、

ふと幸せだなーって感じて、涙が止まらなくなった。

自分の、過去や当時の相手に対する憎しみとかに使っていた時間を、

妻や子供に向けることができているとわかって、嬉しかった。

自分が人並みの幸せをつかめていることに安堵した。

今でもその時携わったやつらのことは許してないし、これからもそれは変わらないけど、

うそんなものに捕らわれなくてもいいんだって思ったので記念カキコ

2019-01-09

エントリにぶら下げたけどただの怨嗟になった

関係ないがばあちゃんが死んだ時孫名義で貯めてた貯金遺書がないからと問答無用で親のもんになったわ。

貰った途端に韓国旅行やら温泉やらいきまくってんじゃねーよクズ

五十台まで親の年金から小遣い貰って子の養育費一切出さなかったクズが!

温厚で社交的な実の祖母に「アレは屑だから」って言われて生前に貯蓄があるからこれ使いなさいとわざわざ親不在の時に教えられたというか親がクズとか言われた表現出来ないショック!あと希望しかしばーちゃんあなたの子は、あなた想像の上ゆく屑でした。

嗚呼ばあちゃん死んじゃって悲しいよ、じいちゃんそっちはどうですか……?

あなたの息子は相変わらず運転手なのに酒飲んでますアル中じゃありませんと言いながら、絡み酒がひどいし定期的に飲んでるし飲んでない時は呆けてます

ばあちゃんじいちゃん、じい……会いたいよ。でもみんなぴんぴんコロリだったから今死んだらあの世で「クズの子クズ」って言われそうで悲しいから生きるよ。

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