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はてなキーワード: 遺品整理とは

2020-09-24

納屋整理は遺品整理もで  

食器も含めれば祖母祖父

叔父母の物別れがある

っちゃある

生きてるやつの分も含めりゃ

叔父叔父姉姉の子孫その他僕の分の物別れ

麻雀パイの箱見てなんか

ムカついたし並べるの辞めるかな

けどあそこの納屋

空いたとしていい事あるんかな

まあこれもやってみなけりゃ分からないレベル

まあ大きなプラ衣装ケースに見えなくしとけば空いた感出るんかな

駄目だまた妥協した

いやいや妥協じゃねえよこれも挑戦だよ

2020-09-22

これが男性差別とわからない人がいるのか

しかにこのツイート男性自殺ではないけど、死に対して男女差を明確にしてるよね。

後続のツイートでも自殺を男女に分けて勝手理由創造して決めつけている。

遺品整理クリーンサービス公式】”のような、男の自殺にだけ、公正世界仮説適用する人間がいる限り、男の自殺問題化すらしないのだろうね。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/akihiro_koyama/status/1307855842138492928

2020-08-19

親が死んだ話と金の話

母が去年死んだ。母子家庭のたった一人の家族だった。

まさか20代で親がいなくなるとは思わなかった。

来月一周忌を行うはずだったがコロナ帰省ができず親戚が法事を行ってくれるそうだ。

母が死んで一年眠れない日が多くあり、

夢には母が出てくる、

夢の母は喋らないことが多い。

たまに生前の時のように普通に会話する夢を見て泣きながら目覚めることもある。

死因は病院に行っていれば治療はできた病気なのに、

個人でやってる仕事場で亡くなった。

亡くなったあとバタバタ葬式の手配、

母の友人への連絡を行い

葬儀が終わったと思えば書類手続き遺品整理

それらをやってるときにいろんな人から最近の母の状況をきいた。

よく行っている病院先生から大きな病院に行けと言われたらしい。

行かなかった母が悪い。

でもなぜいかなかったのか、多分きっとお金がなかったからだ。

何年か前に入った保険は数ヶ月未払いで解約となり受け取れなかった。

なにかもっとしてやれなかったのかという後悔と、

自業自得だろうと責める気持ちの半分半分でここ最近毎日このことを考える。

職場の同僚と話していた時に宝くじが当たったらなにをするかという話で、「全部寄付するかも」って言っていた。

心の底からお金がなくて苦労したことがない人は羨ましい。お金があったら母は仕事休み病院に行けたんだろう。無理して死ぬまで仕事をしなくてよかっただろう。

一周忌を迎えることで気持ちを切り替えることができると思っていたのにまた毎日母のことを考えて過ごしていくのが辛い、辛い。

2020-07-06

在日なのに選挙権を欲しいなんて図々しいにも程がある

私は祖父在日人間だった

在日三世と言えるのかは分からないけど、私は国籍日本人

倉庫にあった家系図祖父遺品整理確認たか事実であろう

しかし、私はさこれまで1度も自分がいわゆる在日家系だとも親が話さないので知らなかった

から日本人として生きている

勿論、日本国籍を所持し選挙権もある

多分ハーフである母が二重国籍だった為、日本国籍選択たかなのだろう

母と祖母には選挙権があったからね

多分あの家系図帰化申請に使ったものなんだろうな

当時祖父地元とだと大きな会社経営をしてたらしいし

そんなに選挙権が欲しいなら帰化しろよ!

私の元同級生医学生は、医師免許を取った時に帰化したぞ

その方が今後の仕事やりやすいからと思ったからと

本当に選挙権が欲しくて国に何か物申したいなら帰化すればいいのに

帰化しないで主張ばかりするから図々しいって思われるんだよ

2020-06-08

anond:20200607211802

死の間際だからこそ

のしがらみもなくやりたいことをやれるんだよ。

遺品整理を見越した見栄説もあるけど。

2020-05-12

伴侶を失ったおばあさんが身綺麗にしだした

近所に長い間病気で寝たきりだったおじいさんがいたんだけど4年前に亡くなった。

当初つきっきりで看病をしていたおばあさんはショックで寝込んだり入院したりで、

いつ後を追ってもおかしくない位に気落ちしていたんだけど、半年経った位から

次第に明るくなり白髪だらけでボサボサだった頭も綺麗に染めてパーマをかけ、

すっぴんだった顔もバッチリ化粧をし、地味な色合いだった服装もこじゃれた華やかな色合い

になってすっかり別人のようになり「彼氏でもできたんじゃないか」と近所で噂になっていた。

ある日、私と母が犬の散歩をしていると道端でおばあさんに会い「お茶でも飲んでって」と家に呼ばれた。

その時に母が「最近明るくなったよね」と言うとおばあさんは「そうなの!これ見て!」と

旦那さんの遺影が飾られている仏壇から手紙を取り出して見せてくれた。

それは遺品整理の時に見つけたと言う旦那さんから最後手紙との事で

非常に丁寧で柔らかい筆跡で「僕はあなたより先に行きますあなたには本当に迷惑をかけた。

僕はあなたの明るく溌剌とした笑顔に惹かれ結婚を申し込みました。

どうか僕が死んだらあの時のようにいつも明るく元気でいて下さい。

存分にお洒落をして沢山遊んで笑って下さい。僕はあの世からあなた笑顔を見ています

だいたいこんな内容

「読んだ時、嬉しくて嬉しくて…だからしょげてられないって思って月に2回美容院行って、

なるべく綺麗にして外に出るようにしてるの」とニコニコなおばあさん、

そして涙腺崩壊の母。私もウルッと来た。

これだけだとしんみりした話なんけど、衝撃だったのはその後。

元々旦那さんは野球をやっていてそこで知り合ったとの事で

「夫の好きだった野球を観に行こう」とちょくちょく野球観戦に行くようになり、

そこからサッカー観戦、バスケ観戦、バレー観戦ととにかくスポーツ観戦ばかりをするようになった。

もう80歳過ぎてるんだけど、出かけているうちに体力ついたらしく見る度に姿勢が良くなっていた。

兄はサッカー場で2度、私は野球場で5回くらいユニフォーム着て

地元チーム応援してるおばあさんに会った。

しかも「このバッター、去年は盗塁○個だったけど今年この時期でまだ○個じゃ心配ね」とかサラリと詳しい。

そして今年、東京ドームで行われたWBC試合の時に青いユニフォーム着て

観客席ではしゃいでる姿がTVに映っていて「何か1人で行ってるっぽいぞ!」と近所中で話題になり、

「次はイタリアでACミラン試合が観たいの」とどんどんとアクティブになって行くおばあさんに

衝撃を受けた。

2020-05-03

anond:20200503175226

葬儀場に連絡するやつおるんか?

死んでるのすら知らんのに連絡しないだろ。

地域コミュニティにもろくに属してないからそこは安心

相続については相続関係者自分しかいないので大丈夫

一人っ子からね。

遺品整理はすべて廃棄するから問題ない。

anond:20200503165044

遺品整理だってあるし相続だってあるだろ

葬儀場に問い合わせ来るとか、地域コミュニティの噂話とか

そういう自分コントロール出来ない場所で連絡が絶対に行かない/来ない自信があるならいいんじゃない

遺品整理ヤフオク使う

障害者手帳が発行されるほどの病気で先が長くない(1か月以内に頓死しそう)ので、これらの品を生前整理(か遺品整理)で世話になった知人に頼んでヤフオクに出品する予定。

100円未満で設定しておいて価格吊り上げようと考えているけど実際どうなんだろうか。

出品の手間も考え儲けは世話になった知人にある程度寄贈する予定(遺族にも残すようには伝えます)。

 

院生シンクタンク勤務の頃研究で使っていた専門書(主に社会科学系)とかもあるけどヤフオクじゃ売れないかパス

職務領域に関連する専門書はかつて勤めていたシンクタンクに寄贈する予定。

服は…うんちやおしっこがべっとりついたパンツとか売れないでしょ。スカトロマニアマイノリティだし、カストロの支持者より圧倒的に少なそう。

2020-04-09

新築ワンルームマンション引っ越し

ミニマリストみたいに暮らしたい

自宅に余分なものがあると

それだけで憂鬱

他人私物勝手に捨てたりしないけど

邪魔ものばっか

自分が死んで

家族遺品整理をするとき

これしか持っていなかったんだね

って言われるような生き方をしたい

だって

あの世ものは持っていけないもんね

片付けに手間どらせたら悪いし

2019-11-17

死ぬ

私の父親は私が小学生の頃、自宅で首をつって死んだ。

それ以降、命日の前日は毎年必ず父親が死んだ日から出来事の夢を見る。

もう10年以上経っているのにそこそこ鮮明で、リアルで、頭にこびりついてしまっているんだなぁって悲しくなる。

できることなら忘れてしまいたい。

死んだ当日よりも後日の遺品整理が私にはトラウマで、父親手帳の1ページに母親名前とごめんな。と書かれていたのを見つけるシーンを夢で見ると動悸が酷くなって苦しくて起きる。

毎年そこで起きる。

父親は私のことなんてどうでもよかった、という事実が未だに受け入れられない。いい年した大人なのにみっともない。

父親が大好きだったが故にショックを受けすぎて、高校生くらいの時はまだズルッズルに引きずっていてよく死のうとした。

でも飛び降りる直前とか、ロープに首を掛ける直前とか、自殺を実行する直前になると全部一気に思い出してしまって死ねなかった。

父親が死んだあとの苦しさとか寂しさとか、私以外の家族の苦しんでる様とかをすべて思い出してしま

そこに残ってしまった人がどうなるかを知っているせいなんだと思うけど、死にたいとき死ねないのは最早呪い

今年ももうそろそろ命日だが、またあの夢を見るんだろうか。

いつになったら忘れられるんだろうか。

2019-08-24

実家に帰りたくない

毒親遺品整理が、死後2年以上経っても終わらない。ゴミ屋敷だったからね。

実家に帰ったら片づけなきゃいけない。でもやりたくない。

死んでから迷惑掛けるなんて最低だな!まあ死んでくれてありがたかったけどな!

2019-07-25

亡き父は晩年なぜブクマカになってしまったのか

 元号が令和から変わって間もなく、父がこの世を去った。映画小説の中の「息子」のように父の死を哀しめない自分がいる。そんな自分に対して人として何か欠けたものモヤモヤ感じつつ2度目の月命日を迎えたころ、わだかまり輪郭がくっきりと浮き彫りになってきた。

 晩節の父は、どうしてはてなに染まってしまったのだろうか? 

 遺品整理として父のノートパソコンの中を覗くのは、大きな心理的苦痛を伴う。ブラウザトップに出てくるはてなブックマーク。偏向を通り越してまず「トンデモレベルはてブの数々。生前の父は立ち歩けなくなる直前まで地域福祉住民ネットワーク作りに奔走していたが、デスクトップにはそうした業務ファイルに交じって、ファイル名そのものが「睡運瞑菜」とされたエクセルデータがあり、中身は有名ブクマカブコメリストだった。

 はじめは、あれ?という違和感程度だったように思う。

 久々に帰った実家で、几帳面に整理された父の書斎デスクや枕元に何げなく置かれた「増田」のプリントアウトの数々。その頃は、相変わらず知的好奇心の幅が広い男だなと思った程度だったのだ。父はとにかく多方面好奇心を示す人物だったし、退職しても即座に語学留学するような向学心の塊だったからだ。

 病院にいると、「パンティー」とつぶやく。「ゴミを貼るな」と、誰に向かうでもなく言う。JKに向けての露骨性癖を口にする父に、言葉を失った。元増田なんて言葉を使う時点でどんなコンテンツに触れているかがわかるし、あたかもそれが誰にでも通じる共通言語かのように語る時点で、閉鎖的なコミュニティの中で父が常識を失っていることを感じた。

 そうした父の言葉のすべてを、僕は黙ってスルーした。

 貪欲な向学心を持ち、時代の波にそれなりに揉まれ10年ぐらい同じスレッド書き込み続けて吉野家牛丼を選んだ、どこにでもいるオヤジだった父を想う。

 こんな形で彼を失ったことを、息子はいま、初めて哀しく悔しく感じている。

それほど遠くない未来、こんなことを書かれるんだろうなあ。

2019-07-10

https://anond.hatelabo.jp/20190710000706

うちは17ときに父が亡くなって、その後数年して母に恋人らしい相手ができたのだけど、兄と私が結婚するまではそんな浮ついたことは許されないと思い込んだのか、結局ずっと2人の関係のことはぼかしていた。

最終的にその相手男性は亡くなった。亡くなる前、もういよいよ危ういとわかったときに、母は「次退院したら一緒に暮らしましょう」と言ってたらしい。せめて希望をもってもらうために。でもそれは現実にならなかったし、現実にならないことをわかっていての約束だった。一緒に暮らすことを口実に、一人暮らし相手の部屋を引き払って荷物トランクルームに預けたのも、遺品整理を楽にするためだった。

私の母はほんと馬鹿だ。私も兄もそんなこと一切気にしないんだから、とっとと再婚して一緒に暮らしてたらよかったんだ。そうすれば、相手寿命だってもっと伸びてたかも知れない。(母は健康オタクだ)

増田のお母さんも、私の母のように増田大人になるまで待つべきだったかも知れないし、実際、そういう意見を言ってる人もたくさんいる。子供より女を優先するなんてひどい母だと。けれど、母を見ててわかったんだけど、人生結構短いんだ。ましてや、相手男性遺伝子を残したいと思うなら、それが実現できるタイムリミットはある。

上手く言えないけど、増田人生と親の人生は別のもので、その交わり方が幸福な形にならなかったのはつらいとおもう。

でも、たぶん、そこで増田のことを慮って増田の母が幸せを棒に振った場合増田はおそらく一生後悔する。そうならなかったのだから、今はしんどいけど、あとで絶対よかったって思えると思う。それはお母さんを許すとかい問題でなしに、自分とは違う人の人生自分が悪い関わり方をせずにすんだというだけでも、救われてると思うよ。自分のせいで誰かが不幸にならなかったんだから

2019-04-07

メルカリはじめて1ヶ月

おっす!オラおたく

使いもしないグッズ収集グセがとにかくひどい。

先月からふと思い立ってメルカリ登録していらないグッズを出品してる。

そこで思ったことあれこれ

・思ったより高く売れない。

メルカリ金額って送料込販売手数料込が基本だから、意外に結構金額差し引かれる。

ローカルルールがある。

購入前に「購入してもいいですか?」等挨拶コメントを残す残さないの決まりがあるっぽい。

・値下げ交渉がある。

値下げをお願いされるとだいたい相場として5~10%値下げするらしい。(断っても可)

評価簡単に悪くなるらしい。

挨拶しないとかで評価されたりするらしい。出品数取引数多い人に多い印象。

・招待コード

これ、全く知らなくて突然登録したので失敗したって思った。簡単に言えば電子マネーを300円分貰える。

・なんかキャンペーン

初回購入された記念とかで電子マネー貰えた。色々合計したら3000円くらいになった。(それぞれ期限があり)

電子マネー(メルペイ)はコンビニ等で使える。

おサイフケータイ登録するとコンビニだけじゃなく提携してるイオンスーパーとかでも使えた。

メルカリ便便利

地域の送料考えなくていい、荷物サイズで一律いくらになる。コンビニからでも金額変わらず発送できる。

匿名配送便利

宛名かかなくていい!

評価されないと入金されない

これは到着してるのに評価遅い人にはちょっともやっとする。

・出品して5分で売れることある

速すぎて驚く。でも、売ろう!って気持ち萎える前なので気持ちが楽。

増田は前は一人暮らしなのに3LDKの家に住んでたんだ。

田舎過ぎてファミリー向けしかなかった。家賃独身用の方が下手したら高いというレベル。そんな感じなので、社会人の金にモノを言わせてグッズ(未開封)を買い漁ってたんだけど、転職して田舎から都会に引っ越しを気にドバッとグッズを断捨離した。何せ部屋はいくらでもあるので片付けても片付けてもグッズがあったの悪夢だった。すごくしんどかった。これが10年前。

引っ越し先はワンルームからってグッズは買わないように厳選してたんだけど、今また10年たてば塵も積もるわけで。

色々昨年中は災害とかもあったし、病気もしたし、まだまだ生きるつもりでいるけど、オタクの部屋を突然実家家族遺品整理とかする羽目になったら…って思ってさ。というか、価値のわからない家族に、ただ捨てられる未来想像して辛くなった。

まだまだグッズはたくさんあるけど断捨離スイッチ入ってるうちに片付けた方がいい。

あとは猫と暮らしたいんだ。

もちろん、全てを捨てられないけど残したいもの以外は処分したい。頑張るぞー!

グッズの他になんの整理もされてない本棚がいくつかあるけどな…

2019-04-06

ロスジェネ非正規の職探し

アラフォー非正規場合、どういう仕事に就けばいいのか考えてみた。

考えるポイント

老後の生活

年を取っても働ける仕事経験を蓄えたい。

警備や清掃はまだ早い

60歳過ぎてからでもすぐに見つかるような仕事もったいない

少子高齢化社会

中年になったロスジェネ世代若者世代相手にされると思ってはいけない。

そして年寄りが爆増する世の中で何ができるか考えなくてはならない。自分の親も年寄りだ。

具体的な仕事

調理師とか理美容師とか

お金があったら手に職つけるための学校行って資格取る。店さえあれば死ぬまでできる。

家電量販店とかケータイショップ店員

こういうものに疎い年寄り相手スタッフはこれから時代必要人材

農家になる

ポツンと一軒家のテレビ番組を見ていると、農地と家さえあれば生きていけそうに思う。

庭師

庭つきの家に住む高齢者自分で庭の手入れが出来なくなってくるから

葬儀屋遺品整理みたいな仕事

時代ニーズ

伝統工芸職人

後継者不足は長年言われているし、中年からでも奉公先さえ見つかれば60になる頃には職人になれるのでは。

家業があるなら跡を継げ

サラリーマン家庭に生まれると、商売をする資本がない。ローンのついた家ぐらいしかない。

親とはいろいろあったかもしれないが、頭を下げて家に帰ろう。

「親の代で廃業かな…」って思ってるなら譲ってくれ。

他になんかある?

もっと思いつくかと思ったけど思いつかなかった。

2019-03-10

死んだ父の日記に書いてあったこ

母親遺品整理のついでに父親の書いた日記を引っ張りだして来た。

あんなことが書いてあった、こんなことが書いてあったと楽しげに報告してくる。

今日は一日雨だったとか、誰とゴルフしたとか。日記というよりは日報のような代物だ。

だけどそれってどうなのかなあ。

そもそも他人に読まれることを前提に書かれたものではない訳だし。

死者への尊厳云々は別としても、もう死んだ人間日記を読みふける精神状態ってどうなんだろう。

この前も「日記にお前のこと書いてあったよ」と言ってきたのでぞっとして「もうやめろよ」と怒ってしまった。

書いてあったのは、何時に帰ってきたとか、そんなレベルの事だったそうなのだが。

母曰く、日記を読んでいると父に会ってる気分になるそうなのだ

つくづく、自分日記なんでものをつけてなくて良かったと思う。

PCスマホデータも綺麗に消していこう。

2018-12-30

この話が私のもとに巡ってくれば

今年5年勤めた仕事退職した。

社員登用を目指していたけれど、結局うまく行かず退職してしまった。

年齢としてもギリギリアウト、自業自得といえば本当にそうで言い訳も弁解も出来ないレベルまで来ている。

今は就職活動をしながら夕方からパートとして働いている。基本一人で動く仕事だけに気持ちも楽ではある。

家族特に父親はこの件について珍しく私を叱ってきた。

から何かあったとき母親が私をこっぴどく叱ってきて父親フォローを入れるというのは常態化していた。

母親の叱り方に耐えきれず私は実家と疎遠になったわけだけど、今回父親が口を出したのには衝撃だった。

仕事においてあーだこーだ言われるのは覚悟していたし、想定内ではあった。

しかし「お前、うまくいかなかったら首吊ればいいと思ってるだろ。失敗したら死ねばいいと思ってるんだろ」と言われた。

そんなことはないけど・・と言葉を濁した。濁したんだけど実際はばっちりそう考えている。

それこそ「本当に何やっても駄目なら死ねばいいし」ぐらいの感覚である。お父さん、伊達に私のお父さんやってないな!と感心してしまったし、

見抜かれたくないところを見抜かれたようでびっくりした。

死ねない理由結構しっかりある

大切な人がいる、結婚も考えてる。友人たちがそれなりにいて、友人たちに私が死んだことを伝えられる手段がないのも大きい。

友達からは「うまくいかなかったら結婚しちゃえばいいんだし、そこは女ってことを上手に使えよ」とも言われた。

それこそ「いつでも死ねる」ぐらいに考えていたほうが気持ちが楽になった。

しかし、死んだら今住んでいる家のこと、恋人友達のこと、遺品整理とか諸々が気になってやっぱり死ぬのは無理だなと感じてしまう。

きっと両親は「やっと死んだか」ぐらいにしか考えないだろうし、悲しむこともないのだろう。

誰かが生きたかった明日が云々とか高尚なことを言う人はきっと幸せ人生を送ってきて、

悩みも些末で可愛らしいものだったんだろうなと邪推してしまうわけで。

どうか人生関わることな平穏に生きていて欲しい。

最後に、私はどうしても人生詰んだ死ねばいいと思ってる。

でも実際はまだ詰んでないし、大事で守りたいたくさんの人達ものがたくさんある。

よく心療内科に行くことを勧められるけど、「性格問題」って言われたから通院はやめなさいと親に言われてそれっきり。

性格問題なんで死ななきゃ直らないもんです。なので人生詰んだらそれなりにきれいに死にますんで、

それでひとつ勘弁して頂けませんでしょうか。

私がこの日記を忘れた頃に客観的に見ることが出来たら面白いだろうなあ。

2018-11-17

anond:20180515221222

“(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。”

なるほどなぁ。遺品整理業者ゴミ屋敷処理業者インセンティブ理解できたわ。

2018-10-23

不思議な話をしよう

場合によっては怖い話に分類されると思うのだが

個人が怖くなかったし、実際に語ってみてもやはり怖くはないか

これは不思議な話なんだ

中学生の頃、学校から家に帰って玄関を開けると、管楽器の音がした

それは、私が玄関に入った途端、まるで、楽器を吹いていることを知られたくないような様子で消えた

私には、2つ上の兄がいたが、兄は当時から友人にギターだのアンプだの借りては母に注意されていた

から私は、また兄が友人から楽器を借りて、それを知られたくなくて急いで吹くのをやめたのだと思った

案の定、兄の部屋へ逃げるように身を滑り込ませる人影を見た

私は、隠したいなら好きにさせようと、深追いはしないでその時は見て見ぬふりをした

母にはその日の夜に、兄がまた友人から楽器を借りたようだが、私達には知られたくないようだからそっとしておいてあげてくれと言った

結局、母は兄に楽器のことを言ってしまったが

しかし、そうするとどうも様子がおかし

兄は友人からそのような楽器は借りていないし

私が音を聞いた日は、そもそもその時間家にいなかったし

よく考えたら、玄関を開けてから聞いたその音を、玄関の外では私は聞いていなかった

話は少し遡るが

小さい頃、うちは両親が離婚して、私は母に引き取られた

何年も会っていなかったが、私が中学生の時、父方の祖母から父が死んだと連絡があって葬式に呼ばれていた

遺品整理の際、父が使っていたホルンを、私が譲り受ける約束になっていた

私一人では取りに行けず、しばらく祖父母に預かってもらっていたのだが

しかしたら、早く楽器を取りに来いという父なりの合図だったのではと思っている

2018-08-31

anond:20180831163543

滝行とかしちゃえば!

囚われていた悪いものがおちて、

ピコーン!」とひらめくかも。

男だったら滝行いってみたい

遺品整理してたら父が滝行してるときのがあって、

おなかもぽっこりだったけど

なんか良さげだなぁって思いました。

2018-06-15

anond:20180615175114

遺品整理の一環としてPC内のエロ画像を日々紹介する増田書いてみてくれ

本気で死のうと思った結果、何事にも準備が必要ということに気付いた

ここ数日本気で死のうと思っています

 

 

出来る限り迷惑の掛からない死を模索していました。

それとなるべく綺麗に死にたいと思っています

 

 

そのために考えなければならない事

・綺麗に死ぬ方法

迷惑の掛からない死に方

・死後に掛かる迷惑を最大限に薄くすること

 

おおざっぱにこの3つかなと思いました。

迷惑の掛からない、綺麗な死に方について検討しました。

 

首吊りリストカットも考えましたが痕が残るのが嫌なので止めました。

 

そうなると服毒になりますが、市販薬、処方薬で苦しまずに

綺麗に死ぬことは難しいと判断しました。

死ぬとしても吐しゃ物を詰まらせて死ぬことになりそうです。

いから嫌です。

 

服毒で次に考えたのは会社から劇薬を持ち出して飲む方法ですが、

これは思いっき会社迷惑をかけるのでNGです。

今の会社は好きなので、絶対迷惑を掛けたくありません。

 

ということで、オーソドックス練炭選択しました。

 

練炭使用する場所について考えました。

自宅の浴室が一番簡単で便利な場所ですが、

これは賃貸会社大家迷惑をかけてしまます

今の部屋はとても好きなので事故物件にはしたくないのです。

 

次に考えたのが車です

レンタカーダメです、迷惑です。

じゃあ車を購入して適当場所で、と考えましたが

これは遺族に負担をかけてしまます

車の廃車って結構面倒なので没としました。

 

場所公共の場で、テントを張れる場所にしようと考えつきました。

密室性の高いテントを購入して

人目の少ない公共の場でゆるきゃん△することにします。

 

これがぼくの考え得るベストな死に方となります

公園テントを建て練炭を焚き死ぬ

公園テントを張っていれば両日中には発見されると思いますし腐ることないと判断しました。

 

 

次に死後に掛かる関係者への迷惑の軽減です。

それに必要もの結構大変そうでした。

遺書

これはマストです。

遺書現在作成中ですが、こちらのブログにも

公開できる部分は公開するようにします。

 

 

遺品整理

これが結構大変です。

部屋にある衣服書類家具などの整理です。

分かりやすく言えば「断捨離してミニマリストになる」

死ぬ前にミニマリストにならなければならないことに気付きました。

めちゃくちゃアホらしいです。ですが、遺族の負担を最小限に抑えるためには必須です。

現在衣服を最低限の量まで減らしました。

家具食器の整理もしなければなりません。

これがかなり億劫死にたい気持ちに鞭を打って頑張っています

骨が折れます。すでにこころが折れているので、骨が折れると満身創痍です。

 

 

契約物の解約

クレジットカードや各種会員などの解約手続きです。

事情ネット最後まで使用する必要があるため、家ネットのみ解約して

携帯は遺族に頑張ってもらうことになるかもしれません。

かいい案がないか検討中です。

DMなどの停止も行っています

契約物で大変なのが「雇用契約」と「賃貸契約」です。

どちらも検討中ですが、基本的には会社は辞めようと思っています

賃貸契約についても更新時期に改めて更新なしと連絡をしようと思います

しかし、更新なしの場合更新日よりも1か月は前に死なないと遺品整理が出来ません。

その辺も考慮して死ぬ時期、引っ越すか否かも考えます

 

 

 

遺産の整理

遺産の整理についてですが、死後に口座から現金を引き出すのが難しくなると

いたことがあったので、全額引き出して金庫にタン貯金することにしました。

これは死ぬ数日前に行えばいいかなと考えています

1点遺産で難しい点があります仮想通貨です。

この点がまだ未確定なのでこの辺は遺書に書こうと考えています

出来れば遺族に運用してほしいと思っています

・遺族、関係者への連絡

遺族へは警察から連絡がいくので大丈夫だと思いますが、

友人へ連絡が難しいなと思っています

TwitterfacebookLINEでのお知らせになるかと思います

この辺は大変申し訳ないですが、友人に協力してもらいたいと考えています

本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

葬式・墓について

ぼくは葬式についてはしなくて良いと思っています

ぼくの死で発生する金銭のやりとりは遺産譲渡のみにしたいです。

香典やその他についても一切なしにしてもらいたいと考えています

この点については遺族に負担をかけてしまますが、最低限の負担はこれかなと思っています

墓については母方の祖母と同じ墓に入れてほしいです。

でも墓に入れるのってお金かかるんですかね、ぼくの遺産でまかなってください。

賄いきれない場合は共同墓地でも畑でもいいです。

検討しているのはだいたいこんなところです。

本当は今週中にでも死にたかったんですが

これをやりきるには数か月くらいかかりそうです。

これをやりきる頃に死にたくなくなっていればいいですけど・・・・・

とりあえず、死ぬ準備は進めていこうと思っています

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

2018-04-14

書きなぐりたくなる稀によくある話。

私は性格はとてもネガティブ。頭も顔もスタイルは中の中といったところだ、決して美人ではないがブスでもない。キツめな顔立ちだがそれなりに告白もされたし結婚を申し込まれたこともある。ごくごく平凡だ。そしてとても親不孝者だ。

父は既に他界した。

記憶にある限り父は働き通しの人だった。成人式一般的な家庭では記念に家族写真を撮るだろう、我が家でもそうだった。しかし私は写真を撮るとき笑顔が作ることが出来ない。どうしてかいからかは分からない。自分が醜いと心の底から理解したときなのだろうか。他人からの世辞も鳥肌が立つし告白言葉友達言葉もどうせ嘘だろうと受け止められない、そういう捻くれた心のせいなのか自分笑顔吐き気を感じる。当然のように「ハイ、笑って」と言われる写真は心底苦手なものだ。振袖を着て、ドレスアップした家族写真館に連れて行かれたとき私は笑顔を浮かべることがどうしてもどうしても出来なかった。頬が引き攣り動悸が激しくなり涙が溢れた。一生に一度の記念写真を撮ることすらままならない。写真館のスタッフ家族困惑したことだろう。写真が嫌いなことを知っている母でさえそれ程とは思っていなかったのだろう、自分まで涙を浮かべていた。本当に申し訳ない。どうして笑えないのか、どうしてそんなことも出来ないのか。そんな当たり前のことも出来ない自分に情けなさと悔しさと悲しさと全てで苦しかった。結局安くない代金を支払い、記念となるはずだったそのアルバム家族の誰も受け取りに行っていない。もし私が普通の子たちのようにカメラ普通に笑うことさえ出来れば普通撮影を終えることが出来ていたのなら、仕事ばかりであまり写真のない父の遺影になっていたかもしれない。遺影写真を母と探したときにひっそりと申し訳なさで涙が出た。仲が良い家族とは言えなかったが大きくなってから家族写真は本当に一枚もない。

両親どちらの祖父祖母も既に他界している。

親の兄弟含めても私が初孫だった。だから一番に甘やかされさぞ可愛がられたことだろう。姑に少しいびられていた母から私がどんなに祖父祖母から甘やかされ放題だったかという話を思い出話とセットで昔よく聞いた。みんな私の結婚式に出たいと孫の顔がみてみたいと言っていた免許を取ったらドライブに連れていって欲しいと言っていた。私が心配だと言っていた。最後を看取ることは出来たがみんな意識が戻らぬ状態のまま亡くなったので誰とも最期言葉を交わすことはなかった、父とも。もし言葉を掛ける時間があったとして、私に何か声を掛けることが出来ただろうか。父の遺品整理ときに常に持っていた財布から私が子供の頃に書いた手紙を見つけた。頭が痛くなるほど泣いた。なんて親不孝者なんだろう。

母はまだ元気に笑っているが私は彼女申し訳ない気持ちしかない。

彼女は賢くはないが明るくよく笑い周囲に気を使うことが出来る。カウンターで隣り合わせになった相手ともすぐに打ち解けられ店員とも友達になるようなタイプ。そんな彼女子供が大好きだ、から彼女自身も早くに結婚して子供を産んだ。私にも学生の頃から貴女の子供が出来たら可愛い子供が出来たらいつでも面倒見るからねとあれがしたいこれがしたいと話をされ、同級生の誰ちゃん赤ちゃん産んだみたい抱っこさせてもらった可愛かったよと笑顔で話をされる度に私は子供きじゃないからと嫌々と返していた。申し訳ないが本当に苦手なのだ、小?中?学時代の子供の頃から既に例え結婚したとしても子供は産まないだろうとずっと思っていた。私は自分自身が大嫌いだから自分の子供も愛せないだろうとその事実子供の頃から気が付いていた。しかし成人をとうに過ぎ三十路を迎え婚活必要性を友人に説かれたとき、ふと自分が好きなところを見つけて結婚に至れる相手の子ならば愛せるかもしれないと思った。母が大好きな子供を、初孫を抱かせてあげえることも出来ると思った。それが唯一出来る親孝行のような気がしたのだ。結果として婚活は中断しているが、きっとこの先も独身のまま天災に巻き込まれるかどこかで孤独死するのだろう。結婚相談所に入会することを母が気付いたとき彼女は喜んでいた、退会を伝え孫はもう無理だろう諦めてほしいと伝え面と向かって謝罪したとき彼女は泣いていた。ある日、母の友人に孫が産まれたという話を聞いていると「もし私に子供出来てももう丸一日面倒見てあげることは出来ないね、私も取ったんだなぁ」と言われた。前は孫とどうしたいと理想を話してくれた、近年はその度に申し訳ない気持ちでごめんねと返していたが段々とそのやり取りもなくなってきた。きっと自分が娘を産んだ時から私のウエディングドレス姿や孫を抱く日のことをそれはそれは楽しみにしていたんだろう。それすら叶えることが出来ない不出来な娘で親不孝者で本当に申し訳ないという気持ちで苦しくて、突然涙がこみ上げる夜がある。

SNSを眺めていると頭がおかしくなりそうになることがある。鳥肌が立ち吐き気に襲われることがある。

どう見ても可愛いと思えない子の自撮りした笑顔が流れてくることがある。どうしてそんな笑顔写真に写ることが出来るんだろう。その写真を見て気持ち悪いと思われるとは思わないのかその顔が周りを不快不愉快にさせるとは考えないのか。もし私がその顔に生まれていたら即整形している。その姿でどうして幸せそうなのだろう。わからない。

どう見ても可愛いと思えない子が母になり子供との笑顔が流れてくることがある。性格が良かったんだろう料理が上手かったんだろうもしかしたらその顔が好みだったのかもしれない。そうだろう理由なんてそれぞれに山とあるのだろう。どうして私にはそれすら叶えることが出来ないのだろう。どうしてどうして。マウンティングという言葉を聞いたときなるほどなと感じるが私のそれはもっと根本的で病的なものだ。あの子不細工からというところに強調がつくのではなく、そこに劣るほど自分が駄目な人間であるというところに強調をつける。私はどうしようもなく醜く駄目な人間なのだ

明るく社交性が飛びぬけている母とは違い不器用な人だった父。

私たち家族は仲の良い家族ではなかった。みんな帰宅してもそれぞれの部屋に籠るような生活になっていたし父が死ぬ前数年間は言葉も交わすことも少なくなっていた。父が倒れる前の晩、最後に声を掛けられた私が返した言葉は「なんでもない」だ。本当にどうしようもない。それでも血縁者であり家族であることに変わりない。父に似ているとよく言われたことが多くある。どこでこうなったのかわからない、不器用な人だった父もきっと生きるのは大変だっただろう。それでも一般的恋愛結婚仕事を貫いた点で彼は私と比べるまでもなくまともな人間であったのだろう。もし私が母に似て愛嬌たっぷりになっていたのなら人生は違っていたのだろうか。私には愛想笑いすらとても難しい。笑顔での接客対応ですら必死仕事終わりには顔が痙攣することもある。いつも笑顔の母とは似ても似つかない。

両親の兄弟を思い返しても血縁を切ったような相手しかかばない。もしかせずとも我が家家系はここで途切れるのだろう。かもしれないと別の可能性を見出すことすら出来ない。私が母と出掛けねば手入れされていないお墓を想像がつく。祖父祖母申し訳ないと思っていた、両親に申し訳ないと思っていた。ほんとはそれだけではなくもっともっと多くの人に申し訳が立たないんだろう。私はどこまでも親不孝者なのだ

先日母に頼まれ年金保険というものに加入したが受け取る日はこないだろう。痴呆が始まるようになった日には自殺しようと心に決めている。吐き気がするほどネガティブな私にもいまが幸せだと思う瞬間はあった、それを忘れてしまうくらいなら自分で幕をひく。家系的にそう長生きするタイプではないか平均寿命いかないだろう、きっとあと40年もない。30年程とすればゴールまで折り返しだ。憎まれっ子世にはばかる渋柿の長持ち論で性格の悪さから長生きする可能性もあるが、それを上回るメンタルの弱さで心からまれているのでことわざ効果は大いに打ち消してくれていることだろう。人生死ぬまでの暇つぶしに過ぎないという言葉を聞いたときほんの少しだけ心にある澱みが軽くなったような気がした、そのまま日々ゆるりと死に向かっている。最近体調がすぐれないこともあるが無性に眠い。抗えない虚脱感と眠気に襲われるときこのまま死ぬのだと毎度感じる。いつの日か本当にそのまま死ぬのだろう。何を産み残すこともなく継がせることもなく。誰に何を返すことも出来ず。本当にごめんなさい。

どこかに書きなぐりたくなった。

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