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2021-05-22

弱者男性のわしがクロワッサンして起きた変化4選

anond:20210508214201 ふむ。

anond:20210522002724 ふむふむ。


1.わしの弱者具合

年齢...40代独身彼女なし

容姿...170cm80kgデブ塩顔ブサメン丸坊主、両耳にピアス

生活...1k8畳5万、部屋きれいシャワー3日に1回、掃除洗濯最適化

仕事...一人親方貯金300万、今年度の推定年収100万円未満

趣味...ドカ食い、アル中ネトゲYoutube2chまとめ記事はてな読書

友人...男友達多め、女友達ゼロ (話はするがヤりたくなるので本音が出ない)

sex...年に数回異なる素人ノーマルなやつ。性処理は毎日

etc...アル中亭主関白父親から母への心理的DVに声を押し殺し続けた日々。他人が怒られる、不機嫌だと喉が締まる後遺症

2.読んだクロワッサン

クロワッサン 2021年5/10No.1044

https://amzn.to/2RvIvvX



3.わしに起きた変化4選

(1)好みの女性がたくさんいて"わし"が大きくなった p.12

(2)ゴリラ禍でも優しくてマメで面倒見が良いオスがモテる事がわかった p.86

(3)クロワッサンの推薦本をアマポチした p.93

(4)シュワシュワキムチを作れるようになった p.102



(1)好みの女性がたくさんいて"わし"が大きくなった p.12

アンケートに協力してくれた38組の買い物上手たち

30代以上の女の顔写真が1ページにワサッと。きれいな女を見ると頑張ろうと言う気になる、コイツらとクソやりてぇから努力しよ

本間朝子さんが一番タイプ



(2)ゴリラ禍でも優しくてマメで面倒見が良いオスがモテる事がわかった p.86

類人猿飼育者とカラス研究者の対談。動物人間習性類似性について。このクロワッサンで最高の記事

その他にも

ハシブトカラス(そこら辺にいるカラス) の「カア」という単発の鳴き声は、周波数の種類が個体ごとに決まっているので、おそらく声を聞けばほぼ誰なのかわかるんです。

あっこのゴミステーションカラスって会話しとったんか

世界観が変わって良き



(3)クロワッサンの推薦本をアマポチした p.93

これでおしまい 篠田 桃紅 (著)

https://amzn.to/3b7tcAD

この人のドキュメンタリー番組めちゃくちゃおもろかった。

紹介記事文章あなた生き方あなたしか通用しない」でポチ

p.12「38人のオシャレな生き方から p.93 「あなた生き方あなたしか通用しない」の流れが最高

ゴリラカラス対談の次に面白い


(4)シュワシュワキムチを作れるようになった p.102

たまーにシュワシュワくるキムチ無性に食べたくなる。でも甘辛い or 塩辛キムチばかり

市販品でシュワシュワキムチ出会えない。いつも期待して買い、食ってはガッカリした

このレシピでシュワシュワの原理発酵理解

甘酒ということは、塩麹でもいけるな。一生市販キムチを買わずに済む

今後キムチ自炊なので、これ知っただけでも雑誌代はペイかな

シュワシュワキムチ

4.ワシの毒特な雑記

・便利な雑貨の紹介記事

欲しいもの特になかった。40になって物増やす気になれん。厳選する段階

・便利な調理器具

同じくなかった。

ターク製の鉄フライパン載ってたが、キレイ好き>料理好きなヤツは生活の質が下がる

毎回の油ならしでキッチン周りが中華料理屋の臭いを放つようになる

食器も床もトイレの扉も洗濯機もベタベタ換気扇フィルター半月で油まみれ

ワシは一生モノカリカリ目玉焼き大好物で使ってるが

そんなもん未来のオシャレさんにすすめんなクソ

・クソポエミー

ワッサンにはポエマーが多い。記事科学的根拠引用文献がない

「私の幸せ秘訣はこうです」は全てワクワクなし。読み流し

文章熱量を感じない (p.86以外)

2021-05-18

anond:20210518160110

ホモサピエンス進化する以前、樹上生活をしていた類人猿自分テリトリーを主張するために行っていた行為の名残です

anond:20210518112303

類人猿世界では経産婦のが価値が高いし、古代でも経産婦のが価値が高い

2021-03-20

anond:20210320195745

anond:20210320195912

豚もそうだが人間類人猿に例えるのは異常だろ

こういうあだ名や芸風は、例え本人が受け入れていようが周りがやめさせるべき

渡辺直美だって江上と一緒に豚のコスプレパフォーマンスしていたけど、今これだけ大問題に発展しているわけだ

誰とも会話をせずに生きていきたい

診断済のASD(昔でいうとアスペルガー症候群当事者だ。


幼少期は、場にそぐわないことを言ったりして周囲をドン引きさせるのを繰り返してきた。

ある程度成長してそれを自覚するようになると、周囲をドン引きさせないために何を言えば良いかが分からず、誰とも何も話せないようになっていった。


大学に進学して一人暮らしを始めると、周囲に話す人間が誰もいない生活スタートした。

授業やゼミでの発表のような「論理的一方的発言」は得意だったので、そういう場は難なくクリアすることができたが、

普通の「雑談」の場で何を話せばいいかからなかったので、授業に出ても誰とも雑談しなかった。

バイトサークルも苦手意識が強くてやらなかった。


そういう大学生活をしていて気づいたのは、

俺にとって誰とも話さな生活が最高に快適である、ということだった。

誰とも話さな生活、最っ高おおおおおおおお!!!!!

もう周囲をドン引きさせることを恐れる必要もない。何を話すかで思い悩むこともない。

これぞ究極の自由だヒャッホオオオォォォォォ!!!!!

とばかりに、孤独大学生活エンジョイした。

俺は孤独耐性が高く、1~2か月程度人と話さなくてもまったく平気だったのだ。


しかしそうした生活は、少しずつ確実に俺の中の「会話能力」を衰えさせていった。

使わない能力は徐々に衰えていくものだが、大学院も含めた6年間の大学生活が終わる頃には

俺の「会話能力」はかなりヤバい水準まで低下していた。

まず舌や喉の筋力が衰え、呂律が回らなくなり吃音発症するようになった。

それから、会話をしても次に発言する言葉脳裏に浮かばなくなり、会話のキャッチボールが難しくなった。

もともとキャッチボールで大暴投するような俺だったが、投げ返すことそのものが困難になったのだ。

卒論の発表などは問題なくクリアできたのに、人との会話は1分間も続かなくなった。

まるで会話に関わる脳細胞がどんどん死滅しているようだった。


そしてそんなタイミングでやって来たのが就活だ。

俺は健常者枠で普通就活したのだが、

案の定ここから先の人生は苦難の連続となった。


学歴がそこそこ良かったおかげでなんとかまともな企業就職することはできたが、

会話能力の低さはあらゆる場面でハンデとなった。

仕事をしていると嫌でも人と会話をすることになるが、一度低下した会話能力簡単には戻らない。

報告や連絡をするだけでも、吃音のおかげで言葉が良く詰まる。

相手に何か問われた時に、咄嗟の受け答えができない。

誰とも雑談しないので職場内の人間関係がほとんど構築できず、何かあった時に頼れる人がいない。

上司や同僚との信頼関係も築けず、それが仕事を進める上での間接的な障害となる。


こんな俺でも、専門性武器になんとか10年以上働くことはできたが、そろそろ限界かもしれない。

この歳になると、マネジメント難易度の高い交渉仕事のメインになってくるが

会話がまともにできない、あるいはできたとしても大暴投する俺にはこれがかなりの無理ゲーなのだ

結局、何度かの大失敗の末にマネジメント立場からは外されることになった。


こんな俺をまだクビにせずに雇ってくれる会社には感謝する他ないが、

それもいつまで続くかは分からない。

結局、会話ができなければ生きていくのは難しいのだ。


ああそれでも、願わくば大学時代のように誰とも会話をせずに生きていきたい。

このまま会話能力が衰え、「どうも…」とか「うほ…」ぐらいの類人猿レベル言葉しか話せなくなっても、

それでもいいから誰とも会話をせずに生きていきたい。

でも無人島にでも引っ越さないと無理だろうな。

2021-03-15

増田理想恋愛観や人生観って昔の藤島康介漫画とかバブル期創作みたいなのばっかだよな

しかKKOとか男じゃなくて、フェミとかお気持ち長文腐女子かに多い

逮捕しちゃうぞアニメ版みたいなの、そういうのが読んだり書いたりしてる悪役令嬢モノも1000倍劣化コピーだけど基本プロットあんな感じ

から俺、ツイッターとかで女性差別問題とかで毎日毎日ニュースで紛糾しているの見るたびに、全然他人事のように感じてしま

多かれ少なかれ社会言論で殴りに行くやつらってのは、自分理想社会にしたいからするんだが、その頭の中の「自分の中の理想像」っていうのが異様に古いか全然理解共感もできないんだよ、こういう人ら

エヴァQ以前の男見せたシンジ君はどーでもいーよってスタンスだったネット民が、なんもできんウジウジした情けない無能の側面だけ抽出したようなエヴァQでは自分のことを言われたと感じたかのように発狂してる奴ら多いのと一緒なんだろうな、ああいうの

そういう腐女子とかクソフェミが好む漫画とか創作ってだいたいさ

ギベーーガベーギョボボ---!!!みたいな奇声まき散らして奇行に走って、サバサバ系とか称して親の教育疑うような愛想もなんもないオッサン臭いことして

それを『そんじょそこらの女とは格が違うア・タ・シ(キリッ』と悦に浸ってるのが気持ち悪ぃんだよ、純粋

そんなコンサータ飲んでないADHDみたいなキ〇ガイみたいな類人猿と付き合おうなんて奇特イケメンいるわけねえだろ、精神科医者とか精神病研究者とかなら検体として付き合ってくれるかもしれんけどよ

典型的自分のことを面白い人間と思っている対人コミュニケーションできない人間のソレ、クラスに昔一人はいたアレ

美人美女と一級の女扱いされたいから、コメディアン枠でカースト上位に入ろうとするけど

他人のことを自分をちやほやす介護要員としか見てないか総スカン喰らう人まんま

そんな無駄努力して周りに不快感まき散らすくらいなら、整形外科にでも行って顔面改造手術でも受けてきたら?ショッカー死神博士みてぇな医者にさ

2021-03-08

必読書コピペマジレスしてみる・やっぱりオススメの21冊編 (2)

戻る→ anond:20210308081829

デュマ・フィス「椿姫

個人的にはオペラよりも好きかもしれない。特に、愛した女性の墓を掘り起こして遺体に直面するシーンがあるところとか。不毛愛情というか、すれ違いや失恋ばかり読んでいたことがあり、これを読んだのもそんな時期だ(「エフゲニー・オネーギン」とか「マノン・レスコー」とか)。というか、そもそもオペラって「乾杯の歌」とかすごい好きなんだけど、台詞聞き取りにくいし、台詞を同時に歌う箇所もあるし、なんか難しい。

ちなみに主人公独白に曰く、「ああ! 男というものは、その偏狭感情の一つでも傷つけられると、実にちっぽけな、実に卑しい者になってしまものです」。……バレましたか

野尻抱介太陽簒奪者」

自分日本SFを読むきっかけになった人で、ハヤカワのJA文庫小川一水とか林譲治とかが特に好きだった。

この作品は、太陽の表面に異星から物体によってメガストラクチャーが作られ、日光を奪われた人類が滅亡の危機に瀕するのだが、若干のネタバレを言うと、最初からエイリアンには悪意が全く存在していなかった。僕はそんなところが好きだ。基本的自分の好きなシチュエーションは、他者との接触により悪意はないにもかかわらず傷つく、というのがあるのだ。

ちなみに日本SF作家をより広く読むようになったのは大森望日下三蔵の年刊日本SF傑作選のおかげ。感謝感謝

オルハン・パムク無垢博物館

三十歳で婚約者がいるのに、親戚の十八歳の女の子に手を出しちゃったダメな人が主人公結婚約束をした女性から婚約を破棄されてしまい、彼は思い出の品を集めた博物館を作りだす。イヤリングはともかく、自分が家をのぞき見た瞬間を画家に描かせた作品や、下着までも集めているあたり、ただの変態である。帯には「愛に生きた」とあるけれど、愛情というか執着や妄念であったような気がする。けれども、不毛な愛のほうが読んでいて面白い

ところでトルコという国は、女性スカーフを被るかどうかだけで政治的立場の表明になってしまう国であり(ハイヒールを履くかどうかも政治的立場の表明ではあるが、トルコはその傾向が顕著だ)、その点からも読んでいて面白い作家であった。

マヌエル・プイグ蜘蛛女のキス

映画オタクゲイ政治犯の獄中での対話劇。ゲイはどうやら看守から政治犯の様子を探るように頼まれているようなのだが、いつしか二人には友情が芽生えていく。緊張感のある対話であると同時に、ゲイお気に入り映画を語るとき調子推しについて語る幸せオタクのものである安易に神という表現は使いたくないが、語りが神懸っている。ゲイの口調が女言葉なので、少し古い訳なのかもしれないが。

リチャード・ブローティガン西瓜糖の日々」

大学時代年齢不詳の友人がいて、今も何をして食べているのかよくわからないんだけれども、今でも時々強烈な下ネタメールが来る。そんな彼が薦めてくれた小説村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の「世界の終わり」パートに影響を受けた作品を部誌に掲載したらものすごい勢いで薦めてくれた。

彼は物にこだわりがないというか、読み終えた本をよく譲ってくれた。同じブローティガン絶版になった本やシュティフターの「晩夏」などもおかげで読めた。「晩夏」はくどいのでいただいてから十年後に読んだのだが、現代小説では確実に切り捨てられる長さの風景描写を含む小説を、定期的に読みたくなる。

町田康パンク侍、斬られて候

就職のために架空宗教団体によるテロでっちあげる侍の話。時代劇の形を借りているんだけど、時代考証は完全に無視している。そして、自意識過剰人間クレーマーおバカしか出てこない語りの芸だ。だが、大体町田康作品は大体そんな感じだし、人間って元来そんなもんなのかもしれない。オチ基本的に完全に投げっぱなしだが、爆発落ちや死亡オチギャグ結構好きだったりする自分がいる。文学っていうのは自由でいいんだよ。

トーベ・ヤンソン「たのしムーミン一家

ムーミンシリーズ以外のヤンソン文学作品を選ぶべきかどうか迷ったのだがこっちにした。友人からなぜかヘムレンさんに似ていると言われていた時期があったことだし。

児童文学短篇って長篇とは違った難しさがある。短い文章と簡潔な表現という制約の中で、キャラクターを端的に表現しないといけないから。そのお手本みたいな作品がここにあり、内向的人間にやさしい世界がここにある。ちなみにとある哲学者の持っている本の名前が「すべてがむだであることについて」であり、すごく笑える。

全く関係ないが僕は萩尾望都の「11人いる!」のヴィドメニールヌームにも似ていると言われたことがある。緑の鱗に覆われた両性具有僧侶で、とても善い人で行動力もあるのだが、説明するときにやや言葉が足りない。

マリオバルガス=リョサ「悪い娘の悪戯

嘘つきで利己的で、のし上がることにしか興味がない空っぽ存在に恋をしてしまった善良な青年。「悪い娘」の人生航路は語り手の人生におおよそ十年ごとに交叉するが、一貫して彼女本位な関係に終始する。

これはどうしようもない女の子に恋してしまって、四十年間ものあいだそれを引きずった男の物語だ。地位財産もなにもかもなげうって、何度裏切られてもひたすらに与え続けた。そんじょそこら悪女ものとは格が違う。シェル・シルヴァスタインの「おおきな木」のように。

バルガス=リョサには基本的にどれも面白い

D・H・ロレンスチャタレイ夫人の恋人」。

猥褻だということで昭和時代裁判になったというので読んでみたが、どこが猥褻なのかちっともわからない。しかも、作者の思想がうるさいので文学的な美を損なっている。

表現露骨というよりも、おちんちんに花飾りを結ぶみたいなのどかヒッピー文化的な感じで、エロティシズムについては性描写の無い仏文学のほうがずっとぐっと来るものがる。しかし、時代を先取りしていていたという意味では素直にすごいと思うし、この程度で猥褻だと騒いでいた時代はさぞ不自由で息苦しかったのだろうなあとも思う。

ピーターワッツブラインドサイト

最強のファーストコンタクトものひとつで、ネタバレするとオチは「意識クオリアとはときとして生存に不利かつ無駄であり、この宇宙では淘汰される可能性がある」という絶望的な結論人間の心も愛も宇宙の中では無だ! みたいなSFが大好き。

基本的構造は「宇宙ランデブー」の変奏で、未知のエイリアン遺物の中を探検するのだが、強烈な磁場の中で意識が攪乱され様々な精神疾患一時的に患うという違いがある(実際に脳に強烈な磁場を近づけると活動する部位が変化する)。言及されるコタール症候群半側空間無視といった症状もすべて実在するが、脳科学知識がないと全部作者のほら話なんじゃないかって読者が誤解するんじゃないか若干心配

それと、ハードSFとしてはすごい好きなんだけど、どういうわけか吸血鬼が味方に出てきて(人類を捕食していた類人猿遺伝子を組み込んだ改造人間という設定)、味方のはずなのにこちらに危害を加えようとする不可解な設定があり、これは作者の吸血鬼ゾンビに対する偏愛のせいだろうが、プロットの上であまり関係がないし必然性もなく、そこが無駄に思われた。そもそもなんでそんな遺伝子組み込んだ危険なやつを作るんだ?

以上。

anond:20210307212443

君の本質類人猿だよね。匿名での罵倒芸猿真似しかない。

言葉や絵が少しわかる類人猿集団が己の欲望にまかせて求め、利害で腹を立てた連中同士で石を投げあってるだけに過ぎない

【なぜ本質がそうだと言えるのか】を事情知らない通りすがりにわかるように説得できる根拠を付けなきゃ、ただ鬱憤を晴らすために腐したいだけでぶつかってくるケダモノしか見えん。

2021-03-07

anond:20210306181117

ムラ社会タコ壺、吊し上げ、学級会といった状態こそが君らの本質であって、

そこに思想理念哲学なんてものはない。

言葉や絵が少しわかる類人猿集団が己の欲望にまかせて求め、利害で腹を立てた連中同士で石を投げあってるだけに過ぎない

2021-03-02

anond:20210302163431

障害を抱えた人の介護ネアンデルタール人ですら行っていた

マイノリティの生きづらさをマジョリティ負担することが理解できないとか野蛮通り越して類人猿未満だな

2021-02-23

anond:20210223184829

なぜ「べき」なのか

そこからまず考える必要がある

本当にそれは「あるべき」なのか

父権解体されるというのは人類史上なかったことだから

そもそも人間類人猿を分かつ起点は父親を設定して家族を生み出したところから始まると言ってもいい

その父親を支えてきたシステムを今はなくそうとしている、あるいはすでになくなった

人類はその岐路に立っている

こちらがクソというのをやめろと言っているのはまずそこをフラットにする必要があるから

2021-02-09

次元知的生命体がヒトを飼育するSFありませんか?

もしヒトを飼育するならどのような環境が適切か、いまいちうまく想像できません

小説漫画アニメドラマ映画ゲームわず、ヒト以外のものがヒトを飼育する作品はありませんか?

例えば

・その知的生命体は、ヒトの非可聴域でコミュニケーションするので言葉が通じない(イルカとヒトのように)

・大きさが違う(ネコとヒト、ゾウとヒトのように)

・ヒトは頭が良いので飼育するには工夫が必要(類人猿飼育のように)

知的生命体のコミュニティの中で社会性を持ったヒトを飼うのに、群れで飼うべきか否かと議論される

・ヒトのブリーディングのコツ

などのエピソードが描かれた作品はないでしょうか?


飼育」にフォーカスしなくても、ヒト以上の知性を持った生命体との邂逅を描いた作品でもかまいません

2021-01-27

anond:20210127000320

人体実験できなくても、類人猿胎児に色々試して人為的LGBTのような性行動をする個体を作れたら、ほぼ確定じゃんって思う。

2021-01-25

anond:20210125102227

類人猿で考えれば単純化できそうだが、女をレイプしに走る男っていうのは、そもそも争いに負けたクソザコだし、レイプできないように守れるオスがボスになってるはずなんで、そんなもんなのではないか

2021-01-15

そういえばサル手話を使えるという話は聞かないな

まり同じ類人猿ゴリラチンパンジーオランウータンに比べると一段知能が劣ると判断していい?

2021-01-03

anond:20210103195827

性格云々は置いといて

男性女性の外見にこだわるのは

ヒトの繁殖可能期間が他の人類類人猿と違って

顔かたちでしか見分けられないかららしい

ヒトはメスが繁殖可能期間を隠すことによってオスから保護を得るように進化たか

2020-12-28

続 肉を食っても(倫理的に)かまへんやんか

anond:20201228215958

限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならないを削除する

 ホッブスの言う「自然状態」を考えよう。これは自分他人倫理的な制約に縛られない状態で、誰を殺そうが誰に殺されようが文句は言えないという社会である。こんな状態では暮らしていくことが出来ないので、人々は「契約」を結んでお互いを拘束し合う。人々は「契約」によって自分自由に行動する権利を一部放棄してお互いの権利尊重あい権利を守り合うための制度規則を共同で守ることにする。もちろん、このような「自然状態」と「契約」が本当にあったのか?という疑問はもっともなものなのだが、それはまた大きな話になるので、ここではとりあえず人々は何らかの「契約」をしたという立場から動物権利を考えていくことにする。

 さて、このような「契約」を結ぶためには、例えば自分権利認識したり、その権利放棄/移譲したり、約束責任持って守ったりなど、それなりの程度の能力(以下では契約能力と呼ぶ)が必要になる。大型類人猿などの研究が進み、それらがかなりの認知能力を有していることは確認されつつあるが、それでも上記のような契約能力を持っているとは言えないだろうし、ましてや牛や豚や鳥に契約能力を認める人はいないだろう。したがって、人間動物との関係はいまだ「自然状態」であり、お互いを好きに殺して食べて良い関係だということになる。もちろん、「自然状態」だからといって牛や豚や鳥が人間を襲ってくるわけではないが、それは動物たちが「契約」を尊重しているからではない。

 一方で、人間契約能力があるといっても、その大きさは各人で異なるのは確かである。私のような凡人と、高潔思慮深い偉人との間には契約能力に差があるはずであり、それでは我々が動物を好きにできるように、偉人は凡人である我々を好きにできるとも考えられる。この問題解決するために、範囲性質(range property)という概念を導入する。これは、ある最小限の契約能力を有していれば、その差は考えずに同じだけの権利が認められるという考え方である。ここでいう最小限の契約能力がどのようなものかは議論があるだろうが、リバタリアンである私としては、「"個々人が別々に存在し、自分人生自分責任で辿る"ということを認め、お互いの権利判断尊重し合う」能力としたい。この能力から、お互いの権利尊重すること、そのために自分自由の一部を放棄することなどが直接的に導かれる。また、個々人が別々に存在してお互いの権利判断尊重することから、そのような最低限の能力を有していればその差を考えずに同じだけの権利が認められるという範囲性質も満たすことができる。

 しかし先にも書いたように、最低限の契約能力(それがどのようなものであれ)を持った人間けがお互いの権利尊重し合うという主張からは、上記のような最低限の契約能力を持たない限界事例の人たち(例えば乳児、重度痴呆症、ある種の知的障害者など)の権利制限しても良いという主張が直接的に導かれてしまう。この問に、私は「そのとおりである」と答えたい。

限界事例の人たちと動物たちをどのように扱うべきか

 ここでは、限界事例の人たちから将来に契約能力を有すると見込むことができる相手(例えば子供)とできない相手(例えば重度の痴呆症、ある種の知的障害者動物)とを区別する。

 将来に契約能力を有すると見込まれ相手に対しては、相手契約能力を有した将来のある時点から現在を見たときに、その権利制限にある程度の妥当性が有ると判断できる範囲でのみ権利制限することができる。これは別に現在日本でもおかしな話ではなく、例えば20歳になるまで飲酒喫煙禁止されているし、18歳になるまで選挙権は無い。端的に言えば、嫌がる子供を押さえつけて歯を磨くことは許されても、レイプすることは許されないということである。このため、子供についてはたとえその子供が契約能力を有する人間大人)が保護していないとしても子供本人に権利があり、契約能力を有する人間と同様の制限なしに殺したり人体実験に供したりすることは倫理的に許されない。

 一方、将来に契約能力を有すると見込めない相手については、その相手保護する契約能力を有する人間の"被保護者"としての従属的権利しか有しないとするのが妥当だろう。つまり、本人の同意ではなく保護者の同意によって本人の"扱い"を決めてよいということである。この"扱い"には子供とは違い、「その権利制限にある程度の妥当性が有ると判断できる範囲でのみ」という制限は無い。なぜなら、その判断をする将来が存在しないかである。したがってもちろん、殺して食べるという扱いでも構わないことになる。しかしながら、どんな動物も誰もが自由に殺すことができるわけではない。"被保護者"としての権利は有している以上、自由に扱ってよいのは"保護者"が居ない相手だけである。牛や豚や鳥を食べて良いと言っても、他人保護している(ペットとして飼っている)動物保護者の意見無視して食べることは出来ない。また"被保護者"に対して殺すなどの本人に害のある何らかの重大な判断を下そうとする保護者は、自分の代わりに保護したいという契約能力を有する人間が居ないことを確認する倫理的義務がある。もし、限界事例の人たちや動物たちが殺されそうになったなら、契約能力を有する人間福祉団体なども含む)は誰でも、以後は自分責任を持って保護すると約束して必要なら金銭的な保証なども含めて以前の保護者と合意することで、殺すことを止めることができる。(食べるために)殺してよいのはそのような保護者が名乗りでなかった相手だけである

まとめ

倫理判断普遍可能である

遺伝差異自体差別をする理由にはならない

動物人間と同じように苦しむ

認知能力契約能力等、動物人間区別する道徳的重要な違いとされている違いは人間同士の間にも存在する(すなわち、限界事例の人たちが存在する)

限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならない

これらの組み合わせから容易に「動物にも「人権」があり、危害を加えてはならない」という結論が導ける

ことを認めた上で、⑤を削除して肉食を擁護した。

 限界事例の人たちや動物から、将来契約能力を有すると見込まれ子供とそれ以外を区別した。前者はその子ども自身契約能力を有するようになった将来において権利制限にある程度の妥当性が有ると判断できる範囲判断するだろうと見込める範囲)でのみ権利制限が許されるとし、後者契約能力を有する人間の"被保護者"としての従属的権利しか有しないとした。ただし、"被保護者"としての権利しかさないとしても保護者が自由に扱えるわけではない。"被保護者"に対して殺すなどの本人に害のある何らかの重大な判断を下そうとする保護者は、自分の代わりに保護したいという契約能力を有する人間が居ないことを確認する倫理的義務があり、(食べるために)殺してよいのはそのような保護者が名乗りでなかった相手だけである

 最後に、この結論を受け入れた社会がどうなるかを現在との比較から想像してみたい。子供については、現在と変わらないことは説明した。それ以外の限界事例の人たちについては、現在広く受け入れられている「人権」よりも若干制限されることになる。しかし、実質的には扱いは変わらないだろう。現在でも彼らの扱いは最終的には保護者の意思で決められる。上記のような社会で誰も保護しようとしない限界事例の人たちが殺されたとしても、現在でも誰も保護しようとしない限界事例の人たちは死んでいるので同じである上記のような社会では限界事例の人たちが捨てられることになり問題だと言う人が多いならば、その人達積極的保護するだろうし、少なくとも福祉団体寄付をするだろう。介護疲れから無理心中が起こっているような現在に比べて、福祉団体に大きな人的・金銭支援がなされる社会は、現在よりも限界事例の人たちにとって生きやす社会と言える。


 以上、倫理的観点から肉食を擁護した。この結論について、私を差別主義者であり倫理的に許されないと批判したい方々はもちろん居るだろう。ただし、もしあなたが肉を食べているなら、私を差別主義者と批判しながら肉を食べることについて、その判断をどう倫理的に許容しているのか一度考えてみてほしい。

anond:20201228200758

ゴリラチンパンジーといった適当類人猿を適切に訓練すれば料理ぐらいしてもらえるのではないかと思った。

2020-12-27

コロナ対策に失敗し続けて都会のせいで地方に広がっているそうだが

なぜかというと江戸期が長すぎたかジャップの大半は隣組マインドの石投げ土人しか世間に生き残ってないんだ

お上に楯突くやつは村八分で家を焼かれるか切り捨て御免で大半が淘汰されて、僅かに生き残ったしぶといはぐれ物が伊勢紀州商人になったんだ。

われわれは500年ちかくの歴史選ばれた、なにも考えない民族、だれも動かない民族なのだ

世界最先端を行ってる品種選別改良を経たヘッドレス類人猿ミュータントなのだ

もっと誇っていいのだ

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