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はてなキーワード: マザコンとは

2021-05-11

anond:20210511002328

>>男の間引きフェミニスト本音であることは、日本代表するフェミニスト学者が数十年前から一貫して主張していることによって裏付けられる。

>>さすがに「死ね」「殺せ」とは言っていないが、フェミニズムマザコン男、コミュ障男、性的弱者絶滅要求する優生思想であることはよくわかる。

tps://note.com/prof_nemuro/n/nfeb637b39b94

2021-05-06

anond:20210506222339

いくつか抜粋してやる。手柄を横取りしているようで気が引けるが。

「子孫を残すために男は必要だが、数が多い必要はない」と男性間引きする案も女性から出るようになる。」

実際、男性は何人ぐらい必要なのか。考えてもみよう。男は危険だ。犯罪の大半は男が起こしている。男は知的に劣り、勤勉でもなくまじめでもない。男は筋肉ペニスものを考える。男のほうが病気にかかりやすく、国の資源を食いつぶしている。子供を作るために男が必要なのは言うまでもないが、そのために何人ぐらい必要だろうか。女ほどの数は必要ない。善良で清潔で従順な男なら、もちろんつねに居場所はあるだろう。しかしそれは何人ぐらいなのだろうか。たぶん十人にひとりぐらいではないか

マザコン男性とその母親が「母子坂、手をとりあって」(宮迫)滅びに向かってくれれば、こんなに平和なことはない。問題は、マザコン男性が身のほどを弁えずに結婚したり、権力を握ったりして、ハタ迷惑になるからである

自然史的・人類史的に言えば、マスターベーションしながら死んでいただければいいと思います

彼らが間違って子どもをつくったらたいへんです。

子どもに一流の遺伝子を与えてくれる恋人を見つけてやろう。

冷静沈着、自信、楽天性、能率のよさ、忍耐力、勇気決断力、知性、野心。女性はこうした資質に魅力を感じる。

男性の大変そうなところ

女の私から見ても以下のことについて男性は大変そうだなあと思うんだよね。

弱者男性」が流行ってるみたいだけど、別にスペックどうこうじゃなくて普通に生きてて嫌だなあ不便だなあと感じればドンドン断っていけばいいと思うよ。

男性同士の変なノリ、遊びに参加しなければいけない(漢気ジャンケンとか意味わからんよね。フツーに割り勘しろよ)

公的な場では一人称を「僕」か「私」にしないといけない

権力能力人間関係順位けがされやすいこと

恋人配偶者がいないとイジられやす

男性同士で仲良くしていると「ホモなんじゃないか」的に揶揄われる

母親大事にしているだけで「マザコン」と揶揄われる

・朝勃ち等自分意思とは関係なく勃起する現象(シンプルに不便そう)

飲み会では多めに払わないといけない

アルコールに弱いと馬鹿にされる

タバコを吸えないと仲間外れにされる

身長が低いだけで恋愛対象から外される可能性がかなり高い

PC機械類に詳しいと思われがち

地図は読めて当たり前と思われがち

女性といると重いものを持たされる

女性といる時は車道側を歩かされる

・理数に強いと思われがち

・体力があると思われがち

・冷静、論理的であることを求められる

男性産婦人科医は敬遠されがち

産休、育休が取りづらい

長男は両親の介護をするものというプレッシャーがある

・髭を剃らなければならない

ファッションアイテム服装バリエーションが少ない

スキンケア商品が少ない

2021-05-03

anond:20210503210111

マザコンにならなくてよかったニャンよね。

何食べても美味しいデショ。

わたしBLEACHの話、あるいは一生に一度の大失恋の話

※近年まれに見る気持ち悪い内容です。読後の苦情は不可、まあ匿名から全然いいけど

 さて、BLEACHの話をしようと思う。

 と言ったけれど、多分その言い方はあまり適切ではない。これはある意味わたし一世一代の大失恋の話なのである。そう、タイトル通りです。もう2度とあんな恋はできないと思うなあ、ほんとに。

 彼(BLEACHのことですが)との出会い中学時代だった。当時仲良しだった先輩に貸してもらったことがきっかけで読むようになり、なんだこれ面白い、とめちゃくちゃはまった。

 多分本誌はまだ尸魂界編の途中だったかな。とにかく藍染はまだ柔和な笑みを浮かべてるような頃だったと思う。や、死んでたくらいかな。あいつの演技はほんとアカデミー賞もらえるレベルだったよ。

 それこそ中学生なので、周りの友達はその頃誰が好きだとか、あの2人は付き合ってるとか、そんな話でもちきりだった。

 今みたいに大々的にオタク人権を持つ時代ではなかったので、わたしオタクであることをひた隠しにして生きる他なく、恋愛話題にもちゃんと乗っかり、それらしく擬態してはいたけれど、本当はクラスのAさんBくんの甘酸っぱい恋愛なんかより、わたしはずっと一護ルキアのことを考えていたかったのだ。てか考えてたけど。

 驚きの気持ち悪さだと自覚はあるけれど、事実なので仕方がない。あの頃のわたしは、なにより一護ルキアの行く末を思って胸をときめかせ、涙を流していた。

 それこそ自分の恋で泣いたことより、2人のことを思って泣いたことの方が多いくらいだ。人生トータルしてもそうかも。だって当時の日記には、一護ルキア未来を憂う病みポエムまであった。まじでやべえな、我ながら。

 作品も、現世編、尸魂界編、ここまではもう最高に大好きだった。今でも一護白哉を倒し、そこから怒涛のように藍染が天に立つところまでの流れは凄すぎると思っている。

 尸魂界編の最後ルキアが現世には一緒に帰らないと言った時だって悲しくはなかった。一護、いい表情してたから。はいはい、強がっちゃってねとは思ってましたけど。

 そしてその後始まった破面編。いやそれだって最初は良かったのだ。あまりに強い敵に心を折られる一護。そこではい登場!俺の光。最高でしたね。

 だけど、少しずつ雲行きが怪しくなっていった。

そして忘れもしない、第237話『goodbye,halcyon days.』 

 もう無理かもしれないぞ?と思った。なんぞこれ?ってなった。でも、まわりの男友達複数名あのシーン好き!って言ってたから男からしたらいいのかもしんない。5回生まれ変わっても好きになられたいのかもしんない。まじかよ。わたしはどうせなら毎回違う男と結婚したいですけど。

 ちなみにその男友達たちにはどうせおっぱいだろ!って理不尽にキレといた。情緒不安定かよ。こんなキチガイ友達でいてくれてありがとう

 ちなみにもはや言い訳になるけど、織姫のことだって最初から嫌いなわけじゃなかった。初期の彼女はすきだったよ、ほんとだよ。

 いやわかってる、単純に一護のことがめちゃくちゃ好きなんだってことはわかってる。いい子……なんだとも思う……思いますよ……だけどもう鳴き声みたいに黒崎くん黒崎くんといいだしてからは、どうしてもこれは無理だ……!ってなった。

 

 でもまあ、その後もしばらく読んだんだよね。一応最終章に入るまでは追っかけてた。でもやっぱりどうしても段々と作品自体を愛せなくなり、勝手批判ばかりが頭に浮かぶようになった。その時もうわたしはこのコンテンツのお客さんではなくなったのだと感じた。

 嫌なら見るな、まさにその言葉通りだ。だから読むのをやめた。それでも大好きだった気持ちは忘れられなくて、漫画を捨てることはまだその時はできなかった。好きだったところまで嫌いになる必要はないと思ったし、そんな簡単じゃなかったから。

 そのままずっと、みないままでいた。封印してた。

 だけど、何事もそうであるように、BLEACHにもやはり終わりはやってきて。いよいよ来週最終回だという噂を耳にした。さすがにどうなったんだろうと思って、ネット検索した。あれは確か会社からの帰り道、多分木曜か金曜か。そこでわたしはいわゆるネタバレサイトが何かを元にしたんだろうネットニュースをみてしまった。

 そこには一護織姫結婚して、恋次ルキア結婚した、と書かれてた。信じない、信じないぞと思いながらも、多分震えてしまってたと思う。

 そして来る月曜日。いやーぜーんぶ本当に本当でした。そうして想い出は、粉々に砕け散った訳だ。

ほらね?これは一世一代失恋と言っていいのでは??自分失恋なんてもはやほとんど覚えちゃいないのにね。

 その後、捨てられないでいた既刊は全てBOOKOFFさんに売りに行きました。わたしはもういよいよ作品の読者として相応しくない存在となりましたので。元々なってたけど!

 いやーーーでもさあなんでああなったかなあ?真咲と織姫太陽として描写されていたから、こうなるのでは?っていう考察ブログもあったんだけどさ(いやそのブログはまじで凄いんだけど)

 結局黒崎一護はお母さんを護りたかったあの日からなにも変わらなかったということでしょうか。井上織姫は母の代わりの太陽ですか?男の子母親に似たひとを好きになる理論強すぎか??そりゃマザコン男による離婚騒動永遠になくならないわけだよ。しかもなんだかんだ同じ世界に生きるもの同士でくっついちゃうんですか?お互いに背中を支える月のような彼女ではだめだったんですか?

 うん、だめだったんだね。少なくとも、男女として生きる相手にはならなかったんだ。いやしかし、男女の辿り着くゴールが必ずしも性愛であるというのも逆に古いのか?もしかしてわたしの方が固定概念に囚われているのか?

 でも最後負け惜しみを言わせていただくと、わたしはやですけどね!!自分を護ってくれるけれど。そのために何度でも立ち上がってくれるけど!女として愛してくれるけど、家族になったけれど、それでも彼の後ろにはあの小さな背中が一生ちらつくなんて。

 ふんだ。

 あ、でもね!ただひとつ言っておくけれどBLEACHという作品は今でもすごいなあと思っている。めっちゃ面白い

 わたしわたし特有のめちゃくちゃ気持ち悪い理由で読めなくなってしまったけれど、あのポエムといい、キャラデザといい、唯一無二にも程がある。

 世界の多くの人よ、もしもまだ読んだことなかったら、そして暇だったなら、この何もできないGWにはぜひともBLEACHを読むといいと思う。

 あの〜ところで白猫コラボやったら、唯一織姫けがガチャで出たんですが?これは何かの嫌がらせでしょうか?しかも意外と使い勝手いいじゃねーか、育てちゃったよくそ

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-20

anond:20140401134200

夫の側で「夫と娘」「舅と妻」のようなペアのずれが起きづらいのは、恐らく夫のペア補填先は「愛人」や「仕事」「趣味(酒や賭博も含む)」等、家庭外で容易に調達できる場合が多いからだろうね。

いやいやそれは夫がその母親ともうペアになってるからじゃん 最初からマザコン息子の話だろうよ

anond:20210420084456

こういう発想って自己愛強すぎるマザコンからまれるんだろうか

2021-04-10

考えてみれば庵野氏も富野氏も宮崎駿氏もどちかといえば母性がメインなんだよなあ

日本アニメ作家マザコンなんだろうか

という冗談はともかく、エヴァは父殺しの話でもあるが母性は少なくとも二人登場しているように思う

碇ユイはもちろん、葛城ミサトシンジにとっては上司であり、母でもある、憧れだったお姉さんでもあるだろう

富野氏はガンダムシャアララァ母親になるはずだった人だと言わせてるし、

富野作品もどちらかというと母性を感じる、∀ガンダムディアナとキエルもそうだろう

宮崎駿氏もクラリスナウシカシータを始めとしても母性を感じる、母性メインなように思う

自分毒親というか、家事料理も駄目な母親であったように思うので、あまり母性というのが納得できない

といっても、ファザコンというわけでもない

それは自分男性だということも関係しているのかもしれない

異性愛者だからだろうか、同性に対して母性を感じることもない

考えてみれば、∀ガンダム洗濯ガンダムを使っているが、

この描写自体は寧ろロボット工学的にも素晴らしいと思うのだが、

一方で、家事といえば洗濯?みたいに思うところがないわけでもない

一人暮らししていれば嫌でも洗濯をせざるをえない、嫌々でも洗濯をするものであって、

しかし、ここで女性洗濯をやってもらえたらなあ、とあまり思えないのである

いや、誰かに面倒な洗濯をやってもらえたら、と思わないわけでもないのでウソになるか…

しかし、それが異性である必要性をまったく感じない

もし、自分お金に余裕があるならば、男女問わない、

寮やホテル洗濯を請け負う業者シーツなどを回収しては洗ったものに交換するシステムがあったが、

自分場合お金があるなら、まだまだ当面生きていけるならそれで構わないと考えている

結婚しなかったら、孤独死だよ?誰も助けてくれないんだよ?というのも理解できるが、

最悪部屋で身動きできなくなり、長い時間をかけて餓死しても仕方がない、という感さえ最近はある

そもそも、そういったトラブル回避するために異性と結婚する、異性を利用する、

それが母性であり母性にすがる、というのは、私はあんたのママじゃない同様、

他人事でありながら非常に失礼にさえ思えてくる

そう考えると、キリスト教父性の方がしっくりくるような気もするし、

少なくともセカイ系のような物語において、たしか母性で描かれることに感動さえするものの、

どこかでしらけている自分がいるように感じるのである

そんなに母性って良かったかな、という感じしかないが、それもこれから時間とともに変わっていくのかもしれない

自立することをやたらに父殺し、母殺し、というが、

考えてみればガンダム特に初代ガンダムはその点では面白く対称的に描かれていて、

アムロは落ちぶれた父親出会って父殺しするが、

ギレンは本当に父を殺す父殺しをやってしまい、皮肉にもそれを理由キシリアに殺されてしま

富野氏がどう考えていたのか、

そもそもガンダムのようなアニメ脚本複数によって書かれていたと思うので、

その本心はよく分からないのだけれど、

自分としては、本当に父を殺害する、というのも立派な父殺しのように思っているし、

それは母殺しも同様だと思う

アムロの母殺しも実際に母を殺害するということではなかった

すべての人は女の股からまれてくる、

いやいや帝王切開があるではないか、というのはマクベスだが、

大地だのを母神として考えるのは理解できる

社会的男性が優位であるように思えて、なんだかんだすべては女性の手のひらの上なのだよ、

といった話も納得することが多々ある

しかし、毒親とまでは言いたくないが、機能不全ではあったのだろう

そんな家庭で育ったが故、もちろん育ててもらった恩は感謝しきれないほどある一方で、

どこかフィクション特に日本アニメのようなものに描かれる父性母性に納得できない自分がいるのである

まり、アンビバレンツというか、アンビバノンノというか、いかりや長介も志村けんももういないのである

2021-04-09

anond:20210409103528

片親のマザコンサイコパスから

普段綺麗事言ってるけど心の底では結局人間は育ちで決まるし、育ちの悪い人間クズだらけって知ってるんだよ。

2021-04-04

anond:20210404163022

発達障害なんてそうそ存在しない

ただ、ママがやってくれてたから女にやってほしいだけ

こどおじ弱者男性様はママの代わりが欲しいだけのマザコン

まり今後の子供にはちゃん家事労働をさせなければいけない

あるいは父親家事労働をする姿を見せなければならない

2021-04-03

雑誌映画秘宝』の記憶(38)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.13)

 「毎回、長い」と言われたので、引用は細切れでいこうと思います

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p124]

【※】『X-MEN2』の話題

 町山:ハル・ベリーといいファムケ・ヤンセンといい、『X-MEN』の女優エロいブライアン・シンガー監督ホモなのになあ。

 柳下ホモは女に対する嗜好がないか記号的なグラマーを選ぶんですよ。淀川さんも巨乳女優が好きだったし。

 町山:あれはマザコンだろ。『X-MEN2』ってシンガーのせいで、男優イアン・マッケランアラン・カミングゲイばっかり。ヒュー・ジャックマンは彼らの視線を感じたろうな。「まあ、素敵なお尻、食べちゃいたい!」とか思われてるんだから

 柳下:いや、意外に連中の趣味ミュータント狩りの元締めのブライアン・コックスかもしれませんよ。フケ専のヨゴレで(笑)

(初出『映画秘宝』03年vol.43)

感想

 「せいで」「ばっかり」「ヨゴレ」という表現に、町山智浩柳下毅一郎の「同性愛者の存在=悪」という差別意識如実に現れています

 同性愛者の話題を出す時に「視線を感じる」「襲われる」という類いのことを言って『犯罪者予備軍』扱いするのも、同性愛差別典型例です。

 引用を細切れにする分だけ、今後の投稿回数も増えて長引くと思いますが、今回の投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-02

anond:20210402115610

でもイタリアと聞いたら女は「イタリア男は家族仲良しで格好いい!」

聞いた事ないが

しろイタリア男=マザコン、はよく知られてて地雷扱いだと思うが

(まあそもそもイタリア男と付き合うとか結婚するとか考える日本の女自体がごく僅かでしかないと思う)

イタリアって少子化激しいんだよね

やっぱマザコン男の国は子供増えないんだろうな

2021-03-22

松本人志ってはてなーよりもずっと人権派だよな

はてなでは松本のこと古くさい価値観おっさん的に言うひと多いじゃん

けど誰よりも家族思いで決して弱者を見捨てない人権派だってことが良くわかる文章見つけた

はてなはいかに親の世話、親の介護を国負担にして他人押し付けることしか考えてない

けど、松本はこう考えてる

それが以下の文章

『「松本から以下抜粋

どこの母親でも、子に対する愛情は強いだろうが、うちのババアは、なんというかパワーが違うのだ。

俺は学校というものが嫌いで嫌いでしょうがなかった。不思議なことに、夜になると右足の太ももあたりが熱を持ち、ハレあがり、痛くて痛くてねむれなかった。今にして思うと、登校拒否からくる神経的なものであったのだろう。半年ほど学校に行かない日々が続いた。

(途中省略)

俺の家は、かなりの貧乏だった。普段生活でも苦しいのに、毎日のように病院通いというのは、かなり、それはもう、きつかっただろう。といって診療費を節約するわけにはいかない。とすれば、普通交通費節約を考えるのだが、足が痛いと言っている子供を歩かせるわけにもいかない。

そこでうちのババアが考えたのが、乳母車である。どこで借りてきたのか、拾ってきたのかわからないが、ぼろぼろの乳母車に俺を乗せて、病院めぐりをすることになった。小学校3年生とはいっても、体はそこそこ大きい。その子供を乳母車に乗せて押している母親は、道行く人には、かなりのインパクトだったろう。ハタからみれば、ちょっとした乞食親子に映っただろう。家のババアときたらそんなことにはいっさいおかまいなし、淡々とオンボロ乳母車を押し続けていた。まさに、

「母は強し」というところだろう。

俺とババアの間には、言葉にはできない絆のようなものがあるように思える。普段テレビ母親のことを口にするのもそのせいなのかもしれない。

きっと、それはマザコンなどという次元のものではないだろう。オレは、ただ単純に、ババアが今よりももっとボロボロになったとき、今度は俺が代わりに、その乳母車を押してやろうと思っているだけである。』

自分の手を汚さず弱者を大切にしてる振りだけして、実際は国負担介護師に押し付ける実質現代乳母捨て山を支持してるやつは反省しろ

2021-03-20

マザコンは2種類ある

創作上のキャラクターの好きな属性としてのマザコンとか母性とかインナーチャイルドとかアダルトチルドレンみたいなそう言ったものについて考えてるんだけどマザコンは大きく分けて2種類あると思っている。

一つはオーソドックスな『母親愛情依存するタイプ

母親愛情を過剰に受け取って育ったり母親意識的/無意識にも神格化しすべての女性基準母親人間。二言目には「うちママはこうだったけどな」とか言うタイプ

わかりやす既存キャラクターで言うとドラえもんスネ夫がそれである

もう一つは『母親愛情を充分に受け取れなかった為大人になっても母親の愛を求めているタイプ

死別とかネグレクトにより本来子供のうちに得られるはずだった母の愛を得ずに大人になってしまい、いつまでも母の愛情を求めてしま人間

既存キャラクターを使って例を挙げると、その中でも母の愛を配偶者とか恋人に求めるタイプガンダムシャア母親本人に求め続けるタイプブレンパワードジョナサンだと思う。2作とも富野由悠季ですまなない。

私はこの後者母親愛情を充分受け取れなかったタイプマザコンキャラクターが好きだ。女性キャラクターだとエヴァアスカも好きだ。

普通子供は親から与えられる愛情を受けて育ち、成長とともにそれを受け取らなくなる。そしてそれを今度は恋人配偶者に貰ったり、自分が愛を与える側になったりして大人になってゆく。

しかしこのマザコンは年齢だけを重ねて見た目は大人になったけれど中身はいつまで経ってもママの愛を求める子供だ。

現にシャアは(ロリコン発症している為)年下の少女ララァを母になってくれるかもしれなかった存在として死に至るまで彼女の幻影を求め続けたし、自身父親を求めたクェスのことは受け入れられなかった。30も半ばをすぎていてこれだ(見た目は頼り甲斐のある大人男性シャアの中身がアムロにも引かれるくらい子供を拗らせているというギャップが好きだ)

ジョナサンのほうはもっと悲惨だ。彼は幼少期に多忙母親と過ごす時間を充分に得られなかった為大人になってもいつまでも母を求めている。ジョナサンの有名なセリフクリスマスプレゼントだろ!」にそれは凝縮されているが、大人になって自ら母親と離別してからもずっと子供の頃のクリスマスの悲しい思い出をひきずっている(彼の方は母親にも問題がありそれを指摘されたことで母親までも発狂してしまうのだが)

そんな悲しきマザコンたちが私は好きなのだが、この愛情を与えられた者、与えられなかった者、正反対の2者がどちらも「マザコン」という雑で大きなくくりで呼ばれるのが少し悲しい。かと言って別の呼称も思い浮かばない。

マザコンというとマイナスイメージが強い印象があるが、この悲しき愛を得られなかった大人たちは創作上のキャラクターとしてはとても魅力的だと思う。

2021-02-12

必読書コピペマジレスしてみる・海外文学編(2)

(1)はこちら。anond:20210212080317

キャロル不思議の国のアリス

好き。ただし、当時の人にしかからないパロディジョークが多く、というかこの本を通じてしか残っていないのもあるので、純粋に笑えるかどうかはわからない。とはいえ、わからないなりにナンセンスさは楽しく(「ぽっぺん先生シリーズにも引き継がれている)、トーベ・ヤンソンなどいろいろな人の挿絵も楽しめるし、こじらせ文学少年文学少女とも仲良くなれるかもしれない。大学時代読書サークルは楽しかったなあ。

ドストエフスキー悪霊

ドストエフスキー小説基本的に頭がおかしい。ドストエフスキー自身ギャンブル依存症ユダヤ人嫌いのヤバいやつだし。

登場人物基本的自己主張が激しくて感情に溺れやすく、数段落数ページにまたがって独白する。プライド無駄に高くて空想癖がひどく、思い込みが激しくて人の話を聞いちゃおらず、愛されていないのに愛を語る。そしてそんな奴らが大好きだ。

ぜひとも増田ロシア文学沼に落としたいのだが、いかんせん「悪霊」を含む五大長編から挑戦するのはハードルがあまりにも高いので、「永遠の夫」か「賭博者」か「地下室の手記」か「白夜からおすすめロシア文学はいいぞ。

ところで、高校時代の友人曰く「ドストエフスキーにはまるのは自己愛自己嫌悪の衝突を必死プライドで支える人間、言い換えるとモテない」とのこと。ひどい。

チェーホフ桜の園

こっちはスマートなほうのロシア文学一家が没落して家や土地を売らないといけないのに、家の経済状態をわかっておらず(認めず)すぐに物乞い金貨を上げちゃう現実の見えていないお母さんのキャラが強烈。ギトギト描写するドストエフスキーに対し、勘所をびしりと抑えるチェーホフ

実家のお母さんと(特にお金関係で)うまくいっていない人におすすめ

チェスタトンブラウン神父童心

未読。怪作「木曜日だった男」は読んだんだが。ミステリはあまり読んでいないのでそのうち読む。

プルースト失われた時を求めて

誰もが冒頭のマドレーヌの香りから想起されるママンとの思い出についてしか語らず、たぶんみんなちゃんと読んでないかなのだが、実は無職マザコン自分の性の目覚め(野外オナニーを含む)やソープ通いや失恋の思い出について延々と語っている話で、何度語り手に向かって「働け!」と言いたくなったことか。

しかし、実のところ登場人物の九割がLGBTという当時としては非常に先進的な小説で、さらに当時炎上していたドレフュス事件という両陣営を真っ二つに分断した冤罪事件ネタにもしているので(今でいえばMeTooやBLMに相当する)、実は差別反差別についていろいろ語っている増田たちにすごく刺さる内容だと思う。俺差別してないし~、あいつは〇〇人だけどいいやつだよ~、的な態度もぐさりとやられている。最高でしかない。

ちなみに、金に苦労しないボンボンがうだうだ恋愛で悩む小説が好きになったのはこの本のせい。「アレクサンドリア四重奏」とかね。

カフカ審判

不条理ギャグすれすれで訳もわからずひどい目に合う小説。いきなりこの小説チャレンジするのはしんどいので、まずは「変身」か岩波文庫短編集を読んで、カフカのノリが気に入ったら読むといいんじゃないかな。

読んでいるとカフカがお父さんのことめちゃくちゃ苦手だったってのがびりびり伝わってきて気の毒(カフカは線の細い文学青年、父は叩き上げビジネスマン想像できるでしょ?)。お父さんとの関係がこじれている人におすすめ

魯迅『阿Q正伝』

最高のダメ人間小説精神勝利法なることばはどこかで聞いたことがあるんじゃないだろうか。作者は当時の中国人意識の低さを批判したつもりらしいが、万人に刺さる内容。

ちなみに自分ダメ人間、情けないやつ、どうしようもないやつが大好きなので「指輪物語」のゴクリ(ゴラム)だとか、「沈黙」のキチジローだとかが大好きです。

ジョイスユリシーズ

さえないおっさんが妻の浮気を知りながら一日中ダブリンの町をウロウロするだけの寝取られ小説で(途中で女の子スカートをのぞいて野外オナニーもする)、このリストの前に出てきた「オデュッセイア」のパロディでもある。

これだけだと何が面白いのかよくわからないのだが、実は当時の反英的な機運の高まっているアイルランド空気活写している。それだけではなく小説の様々な実験手法の見本市みたいになっており、和訳もすごい。たとえばある章では英文学の様々な文体歴史順に真似て英文学の発展をパロるのだけれど、和訳ではその章は祝詞に始まって漢文になり、漱石芥川文体を経て現代小説になるという離れ業で訳している。これがもっと無茶苦茶になると「フィネガンズウェイク」になるのだけれど、すでに言語の体をなしていないのでまだ読めてない。

上記説明ドン引きしないでください。「ダブリン市民」をお勧めします。

トーマス・マン魔の山

結核療養サナトリウム小説北杜夫ファンの間で有名な「ねーんげん的」の元ネタ。あらゆる知識を山のサナトリウムで吸収した主人公運命いかに! 「ノルウェイの森」で主人公京都山中精神病院にこの本を持っていくのは村上春樹なりのジョークか。

ただし、やっぱり長いので美少年萌えな「ヴェニスに死す」か陰キャの悲哀「トニオ・クレーゲル」にまずチャレンジするのがおすすめ

はまったら「ブッデンブローク家の人々」や「ファウストゥス博士」を読もう。

ザミャーミン『われら』

洗脳エンドのディストピア小説なんだけど、増田で「一九八四年」が古いと言われてしまうんだったらこれはどうなるんだろ。読むんだったら他の「すばらしい新世界」とか「ハーモニー」とかと読み比べて、ディストピア概念現実社会の変化に合わせてどんな風に発展してきたからを考えながら読むと面白いのかも。

ムージル特性のない男』

未読。長すぎる。

セリーヌ『夜の果ての旅』

未読。

フォークナーアブサロム、アブサロム!

文学サークルの友人に勧められて読んだんだけど、とんでもない小説だった。あらすじとしては、野望に取りつかれた南部人種差別主義者自分帝国を作るために理想女性結婚するが、その女性黒人の血が混じっていたために離婚して別の女性結婚することから始まる、二つの家系因縁なのだが、時系列しっちゃかめっちゃかなのでとにかくその男の妄念とその子孫の不幸ばかりがじりじりと迫ってくる。あまりにもすごかったのでフォークナーの他の作品は読めておらず、黒人差別を扱った小説も怖くて読めていない。

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

未読。

サルトル嘔吐

読んだがよくわからなかった。うつ状態ときには時間の経過さえも苦痛で、それを救ってくれるのは音楽だけだ、的な話だったか。とにかく本を読み漁っていたころ、新潮文庫サルトル短篇集を意味も分からず読んでいたのを思い出す。わけもわからないままヌーベルヴァーグを観ていた頃だ。さっき出てきた高校時代の友人曰く「フランス映画のあらすじはセックスして車で逃げて殺されるだけだ」とのことだが、起承転結還元できない小説を楽しむようになったのはこの頃からだった。

ジュネ『泥棒日記

未読。

ベケットゴドーを待ちながら

短いのですぐ読める。ゴドーはいまだに再臨しないキリストアレゴリーだという説もあるが、実際のところはよくわからない。意味の分からない話だけど、僕らの人生結構意味不明だよね、みたいな感じか。

ロブ=グリエ嫉妬

未読。「消しゴム」は数年前に読んだが理解できなかった。

デュラス『モデラートカンタービレ

未読。「愛人」は読んだが記憶のかなた。まだ幼くて没落する富裕層とその爛れた愛を十分に楽しめなかった。

どうでもいいが自分が年上萌えに目覚めたのは「海辺のカフカ」のおねショタシーンです。

レム『ソラリスの陽のもとに』

レムの作品の中では一番好き。たとえ出てくる科学技術描写が古くなっても(SFだとこういうことはよくある)、理解できない対象として立ちふさがるソラリスという惑星描写は古びない。

SFは考えうるあらゆる可能性を検討し、人類の達成しうることや宇宙の中での意味について想像力の境界をどこまでも遠くまで広げていく文学だ。中には人類がろくでもない理由で滅亡してしまったり、人間など取るに足りないという悲観的なヴィジョンに至ってしまったりするものであるが、それでさえ美しい。なぜなら、想像力がヒトという種の肉体に縛られまいと羽ばたいた結果なのだから

最近SFをろくに読んでいないが、元気が出たらまた読みたいものだ。

ガルシアマルケス百年の孤独

初めて読んだラテンアメリカ文学。起こりえないことが起こり、名前がややこしいので誰が誰だかすぐに混同され、しかもそのすべてが意図的である。混乱してもとにかく読み進めてほしい。目の前で起きる不可解な出来事をまずは楽しもう。

慣れてきたら、これが不条理しか言いようのない南米歴史の縮図だとかそんなことを考えてみるのもいいかもしれない。この本のおかげでボルヘスに、バルガスリョサに、ドノソに出会うことができた。

一説によるとこの本が文庫化されるとき世界の終末が近づくという本の一つ(未確認情報)。新潮社がなぜか頑なにハードカバーしかさない。ちなみに「薔薇の名前」にもそうした風説がある。

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

インド独立の瞬間に生まれ子供たちが全員テレパシーの使い手だった! こんな話があの岩波文庫に収録されるんだから世の中わからない。

主人公は裕福な家で育つが、じつはそれは出産時の取り違えによるものであり、誤って貧しいほうで育ってしまった子供復讐にやってくる。それも、真夜中の子どもたち全員を巻き込む恐ろしい方法で。

インドパキスタンの分裂、人口抑制政策、そういったインド歴史ちょっと頭の隅っこに入れておくと面白いが、昼ドラ的な入れ替わりの悲劇の要素のあるSFとして娯楽的に読める。権力を持った強い女性に対する嫌悪感がほんのりあるのが難点か。

ちなみに、「悪魔の詩」も読んだが、(亡くなった訳者には本当に申し訳ないが)こっちのほうが面白かった。あれは当時のイギリスポップカルチャーがわかっていないと理解が難しい。

ブレイクブレイク詩集

独自神話的なヴィジョンで有名らしいんだが、邦訳あったっけ?

ベルダーリンヘルダーリン詩集

未読。

ボードレール悪の華

卒業旅行パリに持って行った。たぶん時期的には最高だったと思う。とにかく血だとか死だとか堕落だとか退廃だとかそういうのに惹かれる人生の時期というのがあり、まさにそのときに読めたのは幸せだった。もっとも、所詮自分はそれらを安全から眺めていただけだったが。

ランボーランボー詩集

同じく卒業旅行パリに持って行った。残念ながらフランス語はわからないのだが、フランスサンドイッチは最高だった。当時はまだピュアだったのでキャバレーフレンチカンカンは見に行っていない。

エリオット荒地

未読。

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

未読。

ツェランツェラン詩集

未読。詩をあまり読んでいなくて申し訳ない。

バフチンドストエフスキー詩学

ドストエフスキー作品カーニバル的、つまり一斉にいろんな出来事が起きてしっちゃかめっちゃかになって、日常価値観が転倒する、みたいな内容。確かにドストエフスキー作品爆弾抱えた人間が一か所に集まってその爆弾が一斉に大爆発、的な内容が多い。

ただ、これ以上のことは覚えていない。実はあまり文芸批評は読まない。

ブランショ文学空間

未読。

以上

疲れたので続編をやるかは不明日本文学哲学思想海外文学ほど読んでないし。まとめてみて、遠ざかっていた文学に久しぶりに手を伸ばしたくなった。

皆様も良い読書ライフを。

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