はてなキーワード: 払拭とは
ゼルダの多様性: 黒人のゼルダ姫の必要性
プリンセス・ゼルダは、助けを求めるお姫様から、力強い政治家、研究者、魔術師、戦士、リーダー、そして伝説へと成長した多面的なキャラクターです。その複雑さによって、ゼルダはゲームごとに性別の役割を打破する、刺激的な女性キャラクターです。シリーズ35年の歴史を通じて多くの変化がありましたが、ゼルダは常に白人であるという点は残念です。これは遺憾なことですし、有色女性に彼らが伝説的な存在になる可能性を示すための逸失した機会でもあります。
アメリカの黒人女性は現在、彼女たちが重要ではない、劣っている、尊敬に値しないといった内容や声に絶えずさらされています(社会の最高層まで)。黒人パワーの象徴は、これらの攻撃を和らげるために大いに役立ちます。そのため、黒人のプリンセス・ゼルダは、黒人女性が単なる脇役や敵対者ではなく、重要な存在であり複雑な英雄的な人物であることを伝えるメッセージとなります。
変化の必要
ゼルダとリンクが常に白人として描かれることは、白人だけが世界を守ることができ、そして正当にそれを支配しているということを暗に示唆しています。これは、任天堂のゲーム制作者たちの意図ではないかもしれませんが、制作者の間に暗黙的な偏見がある可能性を示しているかもしれません。この変化は、同じキャラクターが毎回登場するのではなく、主要な三人組が時間を超えてトライフォースの独自の具現化であるこのシリーズでは特に可能です。さらに、元の女神、勇者、邪悪の存在と血のつながりを要求する解釈であっても、これらの人物により多様な表現が排除されるわけではありません。なぜなら、血統が時間を超えて全く異なる人種間の交配を経験しないとするのは非常に不可能だからです。また、過去の存在とは異なる人種的な体を持つ同じ精神が宿ることはできないとは言い切れません。
黒人女性への影響
黒人女性は何でもできる存在であり、私たちが共有するメディアもそれを反映すべきです。『ブレス オブ ザ ワイルド』のゼルダは知識欲の旺盛な頭脳派であり、彼女に自分自身を重ねることで、黒人の女の子たちも同じように知的好奇心を持つようになるかもしれません。特に、ゼルダは家族やコミュニティに献身的であり、制度的な不平等に立ち向かおうとする多くの黒人女性と同じように、重い負担を背負っています。ゼルダの政治的な手腕も彼女のキャラクターに自己を反映させる素晴らしい要素であり、幸いなことにアメリカの政治もそれを反映し始めています。
ゼルダが一般的に超能力を持つことも重要です。黒人女性は、黒人のゼルダが光の矢を放つか、スーパースマッシュブラザーズで競争相手を圧倒する姿を見ることで、自分たちも力と魔法を駆使できる存在として感じるでしょう。そのため、プリンセス・ゼルダが黒人であれば、スピンオフ作品やカメオ出演、マンガ、ファンアートなどで彼女が黒人である可能性が出てきます。この重要なキャラクターが黒人として描かれることは、単一のゲームや単一のメディアでの表現以上の意味を持つかもしれません。
このシリーズは、最も重要なキャラクターの人種を変えることが比較的容易でありながら、ほとんど説明を必要としません。ただし、プリンセスの人種を物語の一部にすることを避けるとは思いません。彼女の性別は過去に問題になったことがあり、兄が自分自身がトライフォースの力を持つ権利があると考え、ゼルダIIでは彼女が男性のシーカーに変装しなければならなかったことがありました。したがって、ハイラルの王族の一員が黒人である場合、任天堂が人種の問題を繊細に扱うことに関して、任天堂がためらいを示すことはないと思います。
話は変わりますが、ハイラル王国を統べる王族を黒人として描くことは、黒人が王族として描かれる数の増加に貢献します(『ブラックパンサー』、ビヨンセの『Black is King』、『She-Ra and the Princesses of Power』、『ブリジャートン』など)。これらすべてが、黒人であることが特定の経験に限定されるものではなく、人々に白人によって伝統的に描かれてきた役割を占めることを許してくれるものです。
広い意味での影響
同じ質問をリンクについても簡単にできます(実際、2013年に行いました)、その分析結果も似たような結果となり、黒人男性を勇敢で決断力があり、忠実で親切で、時に愚かで善行を行う人物として描くものになるでしょう。これらの質問は特に意義深いものとなります。トライフォースを持つ唯一の非白人キャラクターが権力に飢えた敵役として描かれる場合、メディアでは人種やLGBTQ+の個人を陰謀を企てたり、非道な攻撃者として描くことがよくあります。人種の異なる人々がよりポジティブな役割で描かれることは、ステレオタイプの払拭と、それらを代表する人々の自己イメージの向上に大いなる助けとなるでしょう。
アメリカにおける黒人と白人の関係がこの文化的瞬間にどれほど困難であるかを考えると、黒人のプリンセス・ゼルダを見ることは、勇敢で優れたヒーローである黒人女性を堅く認めるものとなるでしょう。それは任天堂からの連帯の声明であり、また、ビデオゲーム業界ではしばしば十分に評価されていないコミュニティに対する、非常に目立つかつ大きな影響力を持つ肯定的な表現となるでしょう。最終的には、プレイヤーに黒人の女性キャラクターに共感し、彼女を気にかけ、彼女が重要であると認めることを促すでしょう。
「ゼルダの多様性」は、レジェンド・オブ・ゼルダが包括性に取り組むアプローチを紹介し、関連するキャラクターを重視し、マーガライズされたコミュニティのゼルダのファンと対話するシリーズです。このシリーズのインストールメントが開かれた心で受け入れられ、読者間での建設的な議論が奨励されることを望んでいます。
「NEED」を「SHOULD」と捉えてるんすか?
沢山コメントいただいたのでお返事を書きました
https://anond.hatelabo.jp/20230531204102
不運にも就職の失敗とコロナが重なった私の友達が東京で食うや食わずの生活を4年も続けた結果完全にぶっ壊れてしまい今や他人からの借金を前提にした無茶苦茶な暮らしをしているのに何の罪悪感も感じないどころか金を貸さないと自殺未遂とかして私を脅してくるようになって私もその友達に依存してるのはわかってるけどどうすればいいのかもうわかりません
彼女とは高校時代に知り合ってすぐ仲良くなり同じ軽音部で3年活動し、一緒に他府県の芸大に進学、ルームシェアで共に4年間を過ごす
私
2019年、新卒で県内の土木(造園系)の仕事に就いて2年後国家資格を取りようやく雑用を卒業し、コロナ以降自宅で出来るデザイン等の副業を始めて現在年収400半ば程度で猫x2と同居中
高3の終わりに両親が離婚して色々あって父とは絶縁、母ともずっと会ってない
同じく新卒で都内大手アパレル企業に就職するもデザイナー志望のはずが新米だからと売り場に飛ばされ、そこで運悪くクソ上司に当たり毎日めちゃくちゃいじめられた結果バックレるように仕事を辞め、それから転職活動しつつバイトを転々とするも翌年コロナが流行り始め、緊急事態宣言を期に無職に
それ以後心身ともに病んでアル中になり、実家からの仕送りと私を含む複数の友人からの借金を財源に半年以上も綱渡り生活が続く
2021年初頭、電話で私にド叱られて漸く禁酒し、再び就活を始めてなんとか出版社に入社するも鬱と酒で脳をやられてるので仕事が全く覚えられず、二ヶ月でクビ
その反動でまた酒に手を出すようになり、挙げ句の果てに個人売春に手を出すなど見事に畜生道に堕ちる
で、オリンピックやってた頃に彼女の家を訪ねたんですが、絶句しましたよ
家賃9万って聞いてたけど名古屋ならこんなの高くても3万円台だろっていう、廃墟みたいなボロアパート
そして部屋の中には食品の包装や空き缶が詰まったゴミ袋がぎっしり、その中に布団が敷いてあるという、途上国のスラムの一室みたいな光景で…こんなとこ住んでたらそりゃ頭おかしくなるわ
幸い車で来てたんでその足で最低限の荷物積んでコイツ連れて帰ろうと思ったんだけど、無理でした
そして、そのときなんで彼女がそこまで東京に執着するのかがようやくわかった
要は地方でどれだけ頑張ろうが「マイルドヤンキー」にしかなれないと
もう、心底呆れた
じゃあ私はあんたの嫌うマイルドヤンキーなの?と聞いたら「全くその通りで地方都市でダサい仕事していくら金稼いでも所詮は底辺だよ」って
それで頭きてビンタしたら掴み合いの口論に発展し最終的にはご近所に警察呼ばれて署に連れて行かれその日は解散、という最悪の日になってしまったし、思い出したらまた泣けてきた…
大体なんだよマイルドヤンキーって知らなかっけどネットのアホ共が流行らせたくだらん造語だろうに真に受けやがって
彼女の母親は大学時代に身ごもり上京してキャリアを積むという夢が潰えて以降、ずっと東京なるものに執着して地方を憎悪(言っても神戸だぜ?)していたので、母親っ子の彼女はだいぶ洗脳されてたと思う
私に対しても上京しろ、男と関わるな、女は地方と男に殺される、みたいなことをいきなり言ってきてはぁ?てなったことがあったので
彼女の父親にも相談したがお金が尽きればいずれ帰ってくるよ、とか無責任な事を言い出してこの人も当てにならない
私がなんとかしないともう駄目だと思ってとりあえず仲介会社経由で彼女宅の大家に連絡を取り、騒ぎを起こした事の謝罪と借主が家賃滞納したらとりあえず私に連絡してくれ、家賃は私に請求してくれ、なので追い出すのはやめてと頼んで合意してもらった
そうこうしてるうちに彼女のtwitter、自分のヌード画像(辛うじて局部は隠してる)をRTするようになって「モデルしてますお仕事募集中」とか言い出してなんだそれって連絡したら「写真家にスカウトされてモデルやってる、ちゃんとお金もらってる」と
いや明らかにそのフォロワー数二桁の自称写真家、確実にエロ目的でお前を撮ってるしなんか裸で縄で縛られてるのもあるしいつか犯されるぞ、とは思ったけど収入を得ているのは間違いないらしく、うーん…
確かに彼女は小さくてロリ系のかなり可愛い外見だしそういう仕事なら無限に来るだろうがお前それマイルドヤンキーどころか…私なら死んでもやらないわ
お次は派遣会社に登録してエロい格好してパチンコ屋のドサ周りしたりするイベントコンパニオンときた
3月の地震がきっかけであのボロアパートを立ち退きになり、立ち退き料で彼女はようやく人間らしい住居に引っ越しする
が、まん延防止なんとかが解除されたにも関わらず未だ自粛ムードが続き、その影響で接客業で基本給+歩合制だった彼女の仕事も振るわない
そしてtwitterでは日に日にネガティブな愚痴が増え鬱が頂点に達していたときに「月曜日のたわわ」炎上事件でブチキレてしまう
彼女自身は何も言及しなかったものの、たわわ叩きのツイートをRTしまくり、いいね欄は女性の性的消費がどうとかいう、男に対しての怨嗟の声でびっしり
そりゃ、男に肌見せて媚びへつらうことでしか食っていけない今の状況は相当に屈辱的だろうし何か八つ当たり先が欲しい気持ちは共感できるんだけど、これ以上ほっとくと今度こそ壊れちゃうと思い、私は二度目の連れ帰りを決行した
まずはお互い去年の大喧嘩のことを改めて謝罪し、近況を聞いてみたらやっぱり仕事が無くカツカツだと
アパレル業界も壊滅状態でマネキンすら求人が無くひとまずデザイナーの夢は捨てたってことで、じゃあこっちに帰ってきたら?って言うとまたあれこれ屁理屈を並べて話を逸らしながら酒をグビグビ飲みやがる
そして同年夏頃から電話に出ない、LINEは既読スルー、twitterも更新が無くなり嫌な予感がして再び自宅を訪ねたらもぬけの殻
彼女の両親に行き先訪ねても手掛かりなしで警察に探してもらおうとしたら彼女の親族連れてこないと無理だと断られ無念の帰宅、後日彼女の親に行方不明届を出してもらう
例の自称写真家のアカウントも消えてるし彼女の東京での交友関係も把握してないし警察からの連絡を待つ日々
毎日毎日心配で仕事に集中出来ず飯の味もわからないし頻繁にいやな夢見るしいい加減にしろマジで
そう、この頃になるといつの間にか彼女の為というより私の不安を払拭するために連れ戻し手元に置いておきたいという動機にすり替わっていた
今度は結構広めの1LDKで、お、頑張ってんなと一瞬思ったけど親を始めかなり色んなとこから金を借りてようやく入居出来たと
仕事も件数は盛り返して来たものの大型案件は殆ど芸能人が割り振られるようでやはり稼げないらしく、給料も殆どが家賃と光熱費に消えてるので近いうちに詰むだろう
それと例の写真家はやはりモデルに訴えられたらしくそれで消えたみたい
久々に一緒に大晦日と正月を過ごす予定で来たのでまずは彼女の寝具をクリーニングに出しその間に大掃除して、連れてきた猫用のトイレやタワーを設置して買い出しに行っておせちを作ったりと、年越しの準備をする
まあ全部私がやったんだがね
コイツホント家事出来ないなっていうか同居中にやらせなかった私が悪いのか
まあ3〜4日至れり尽くせりな猫のいる生活を味わえば彼女も帰ってくる気になるんじゃないかという魂胆もあったんだけど
そして彼女の好きだった料理を作ってあげて同居してた頃の昔話に花を咲かせていたらポロポロ泣き出して、遂に堕ちたか!?という瞬間もあったが…
そりゃ4年も居れば新しい友達も出来るし街に愛着も湧くのもわかるけど、帰り際に「困ったら私が助けてくれるから引き続き東京に住み続ける、自分も猫飼いたい」とか言い出しやがって、もう全てがぶち壊し
で、3月末に電気代4万円請求されたとか泣きついてきてもう私は払わないよ自分でなんとかしろつったら市販薬ODして救急搬送されやがって結局病院代も電気代も私が払っちゃって後日彼女の親に全額返してもらったけどもうどっちが困ってんのかわかんないよ私だって一家離散して後ろ盾がもうないんだからもしもに備えてお金貯めておきたいし普段の生活もめっちゃ節約してんのに自殺未遂とか卑怯だろ
ていうか地方だ田舎だマイルドヤンキーだと若者の劣等感を煽って無理にでも上京させようとする社会の風潮とそれを煽る連中クソすぎだし全員死んでほしい
日曜の今日、気晴らしに、ほんの少し高めの寿司を食べに行った。
赤酢のシャリは久々だったが、自分好みの固めのシャリで、案外うまい。
お高めの寿司屋は普通は量が少なめだけど、ビールをよく飲む自分には、むしろ程よい。
雑誌か何かで見つけた店で、Google Mapに登録したまま訪れたことはなかったのだが、日曜でも案外、空いていた。
駅から少し離れており、少し分かりにくい場所にあるから、かもしれない。
焼き魚の香ばしさが上手なお店だと思った。
最近は酒の量を控えていたが、気持ちいい日だから2杯も飲ませてもらった。
仕事で悩むことはたくさんあるし、将来を不安に感じることもあるけど、
不安を払拭するには行動するしかないし、自分の意思で転職して「ここの会社にしよう」と決断して入社したから、
年収結構上がったから、辛いことにも耐えられる、ってのはあるけど。
将来、何が起こるか分からんけどね。
コナミが先出ししてサイゲがかぶせてきた奴だからまぁつぶしあえ~~って感じだったのが最初の感想だったし、
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2305/17/news189.html
ゲームを楽しんでいるユーザーから遊びを奪うことが目的ではございません。判決が出るまでにユーザーの不利益にならない形で対応をしていただけることを期待しています。
https://pdf.cyberagent.co.jp/C4751/CaoZ/PPcZ/R319.pdf
「ウマ娘 プリティーダービー」の特許権侵害に基づく損害賠償等請求
場合によってはゲームだけじゃなくてメディアミックス含み全たたみの可能性あるでこれは。
裁判で多少の減罰?とかはありそうだけど、アプリ提供が止められたらプラットフォームからの課金ができなくなるし、
サーバや回線が差し止められると今やってるユーザーが遊べなくなるし、
「生産、使用」が止められるとなると新しいコンテンツは作れないし今まで作った画像や音楽などのリソースも使えないのでアニメもマンガもグッズ展開で食いつなぐ道も途絶えるで。
Cygamesはまぁ他のゲームあるからなんとかなりはするだろうけど、親のサイバーエージェントは収入源がパタッと止まるのでキレ散らかしそう。
ちなみにコナミが悪印象持つような事由はないって言う奴も出てくるだろうけど、悪印象を払拭する必要がないか、払拭する力がないとも言えるで。
先日、ASD傾向強めの発達障害と診断された。これまでの人生を振り返って、何もかも辻褄が合ったと思った。
正直「救われた」と思った。
夫の落胆した顔を見るまでは。
私はアラサー既婚女性で、大手日系企業に約10年間勤めている。その間、数回休職している。産休とかじゃなくて、メンタル不調によるものだ。
なぜかみんなと同じように人と接することができないし、みんなの言う「適宜さぼりながら働く」が全く実践できない。実際にさぼろうと思って少しiPhoneいじってたら上司に叱られた。「仕事で見返せ」と言われたので発達障害お得意の過集中を発揮してみんなの3、4倍の事務仕事をこなしたけれど、機械的な仕事しかできないから評価はされない。当然だ。
曖昧なルールが分からないから頭から煙がでるほどマニュアルを熟読して接客にも臨むけど、少しでも想定外の質問をされると回答に詰まる無能っぷりも発揮しちゃう。そもそも人の話を聞いてる最中、自分の意思と関係なしに集中力がハサミで切断されているようにぶつぶつ途切れるのだ。
でも上司や同僚たちはめちゃくちゃ優しい。基本良い人だらけの職場にいる(「あんただけできてないんだよ!」って怒鳴るババアもいたけれど、なんか私が結婚した途端「そんな人だったんだ」みたいな目で見るようになって露骨に態度を変えてきた。まじでクソババアの鑑である)。
だから人間関係で悩んでいたわけじゃない。それなのに身体が悲鳴をあげて出勤できなくなって数回目の休職に突入した。
元々、不眠症と原因不明の身体の不調でメンタルクリニックに通っていた。気分は生まれてこのかたずっと落ち込んだ状態なので、別に医者に話すほどじゃないと思ってるし、約30年間、自分はずっとそういう性格なんだと思っていた。毎日1回は死にたいと考えているし、みんなそんな風に人生をやっているのだろうと思ってた。でもこれってきっと鬱とか「生きづらさ」とか言われるやつなんじゃないのって、最近うっすら思うようになったんだ。
自分は人と比べたらかなり恵まれた境遇だと思う。親は貧乏だけど普通に愛情はあったし、勉強は苦手じゃなかったからMARCHと括られる私立大学には通えたし(もちろん奨学金を借りた)、何より容姿にそこそこ恵まれた。
「アイドルっぽいよね」とよく言われる。これは世間で言われるアイドルの面々を思い浮かべて平均値を割り出すと、私には畏れ多いほどの誉め言葉だと思ってる(ガチの美人はこんなことを言われたらきっと自尊心が傷つくのだろう)。
大学時代の友人に「朝ドラにいそう、でも朝ドラ止まりの子」って言われたときは手を叩いて笑った(身に余る光栄です!)。
だから友人たちの間では「不思議ちゃん」とか「なんか手の掛かる子」として処理されてきた。
でも、なぜか交友関係が維持できない。友達グループの輪に入ることはできるのに、卒業旅行に行くほど仲の良い友達も作れなかった。これは未だに払拭のできないコンプレックスです。
思えば母親も、ずっと私のことが育てづらそうだった。
私はちょっとしたことですぐパニックになって火がついたように泣くし、物忘れが激しいし、何度指摘しても度を越したマイペースが治らない。
「どうして普通にできないんだ」と、よく母にテレビのリモコンで頭をガンガン殴られていた。
母に虐待傾向があったわけじゃなく、たぶん私みたいな子供を育てたらみんなリモコンでガンガン殴ると思う。父はロボットみたいな人間で完全に子育ては放棄してたし。
「なんで普通になってくれないんだ」と、母に髪の毛をつかまれて引きずられたりもしていた。
私は成長するにつれてますます些細なことにイラつくようになったので、母親にされる前に自分で壁に頭をガンガンぶつけて自分でブチブチ髪の毛を抜くようになった。手首切るのは痕がつくのでやりませんでした。痕が見つかって人に突っ込まれたら面倒くさいことになるのは目に見えているので。私はそういうせこい損得勘定は働く、さもしい人間なのである。だから自分は鬱じゃないと思ってた。だって実際鬱になったらそんなのなりふり構ってられないでしょ?
でも子供部屋の窓を開けてベランダに出るたび飛び降りたいと思ってたし、車の群れを見るたびに突っ込みたいと思っていたし、駅に行ったら電車の下敷きになる感覚を想像したりしていた。というか、今でもそうなんだけど、普通にこれって軽度の鬱とかかかな?
また話が逸れた。「発達さん」なので許してほしい。
入社一年目に、あまりに仕事が出来なくて早々に診断書をもらって休職した。そしたら普段めったに話しかけない父が家にいる私を見て「なんかニートみたいだよ」って言ってきたんだよね。母は「恥ずかしいから外に出ないで」って言ってきたんだよね。
は?
あれから数年たって今現在、父と母が立て続けにメンタル不調になってふたりで散歩に出たりしているらしいんだけれど、正直私はどんな顔をすればいいのか分からない。それなりに育ててくれた両親がメンタルを病んだのは心配だけど、人に外に出るなとか言ったくせに散歩してんじゃねーよボケが、とも思ってます。最悪な子供だと思う。
そんなこんなで先日、一緒に暮らしている夫が私を「何か他の人と違う」と思ったらしくて、メンタルクリニックで生活の困りごとを話すように勧めてきた。さっそく私はスクリプトを作って相談したら、医者の顔がみるみる曇っていって、なんか検査をやるはめになった。結果、私はこだわり傾向の強い発達障害であり、ASDもADHDも両方兼ね備えているとのことだった。正直私は「単に自分が怠け者で、性根の卑しい人間ってわけじゃなかったんだ」と思ってほっとしたんだ。
でもさ、それを夫に伝えたら、みるみる夫の飲酒量が増えていっちゃったんだよね。
「君がいてくれれば、それでいいんだよ」なんて言ってくれてるけどさ、これ本当?私がアルコールを通して夫の寿命を縮めているようにしか思えないんだよね。「僕は君を支える側にならなくちゃいけない、しかもそういう立場の人はつらいとか言っちゃいけない……」ってぽそっと呟いていたんだけどさ、完全に私、彼の重荷じゃん。
子育ての話とかだってしていたのに「発達障害って遺伝の可能性もあるんでしょ?」とも言われちゃいました。ごめんなさい。発達障害の無い人と結婚すればよかったですね。というか、もっと早く診断していれば良かった。
何が一番つらいって、私が夫にとって急に「発達障害の人」って扱いになったってこと。急に私が片腕とれたとか、歩けない人になったとか、夫の中ではそんな感じになったんだろうね。私は彼と支え合っていきたくて結婚したのに、急速に彼にとっての「重荷」になっちゃいました。こうなったら離婚が最良の手段だと思うんだけど、夫はそれは嫌なんだって。もう、こうなったら無理にでも復職して定型発達に擬態して、自分に鞭打って人生やっていくしか道は無いように思う。
専業主婦は考えていません。とにかく、彼の重荷にはなりたくないので。
ズラズラ書きましたが、とりあえず結論として別に誰も悪くはない。悪役の登場しない人生でした。これからもそうだと思います。自分だけが恩知らずで、自分だけが悪い人間なのだと、常に感じています。自分だけが悪い世界は地獄だよ。
いつも、手を伸ばせば死がそこにある感覚だ。
世界が冷たいんじゃなくて、自分だけが冷たい。死にたいというか、既に自分が死体のように思えるんだ。
まとまりのない文章を、ここまで読んでくれてありがとう。もしもあなたがこの文章を読んで嫌悪感とか怒りを感じてしまったとしても、その感情はある種の温かさでもあるから、攻撃をしてくれたってかまわない。どうか読んでくれたあなたたちの周囲には、温かな世界が広がっていてほしいと思う。
あまりにも多くの温かいコメントを読んで、私自身が、匿名性の高い場に対して偏見を持っていることに気が付きました。自分が失礼すぎて恥ずかしいです。自分の醜い面を「みんなもそうでしょ?」って一般化するのは最悪だね。本当にごめんなさい。
みんなのコメントのおかげで、自分がASD特有の課題と自分自身(生い立ちとか、思考のクセとか)の問題を混同していることに気づけたよ。ありがとう。
予想以上の反響を受けて、この記事が発達障害の方々への偏見を助長させそうな恐怖を感じたので、今は記事の削除を検討しています。とりあえず少し様子見かな。
でも、嬉しかった書き込みとか具体的なアドバイスとかは、手元の日記帳に書き留めて大切に保管しておく。いくつか実践もしてみる。本当にありがとうね。
優しいコメントをくれた人たちにはもちろん、こんな暗い乱文を読んでくれた人たち全員に、何か良いことが起こってくれると嬉しいな。
体育でバスケットボールしてて、ゴール下でディフェンスしてたら相手チームの子に言われた「増田キモい」が頭から離れない
それはそうと運動に対するマイナスイメージを払拭したくてスラムダンクを見た
ディフェンスの動き、私がやってた動きだった
やっぱり本気でやったらあの動きになるよね?!
キモいって言われる筋合いなくない?
いや、違うんだ
体育の授業なんて本気でやる必要なかったんだ
いや本気でやるのは良いんだけど本気の方向性が違った
カースト上位の子に華を持たせて褒めて気に入られることを覚えるための時間だったのに、私はどうして必死になってゴールを守ってたんだろう
本気の運動は部活とか有料のスポーツクラブでやるべきことなんだよ
体育の先生の「真面目にやれ!」は運動を真面目にやれって意味じゃないんだよ
真面目の方向性がわかってない、その頭の悪さが不気味でキモいんだよ
でもわかんなかったんだよ
あーあ
もう人と関わりたくないなあ
こういうかんじ
私達「日本会議」は、美しい日本を守り伝えるため、「誇りある国づくりを」を合言葉に、提言し行動します。
万世一系の皇統と悠久なる歴史を持つ皇室と日本の伝統文化を尊重し、自国の文化に誇りを持てる社会づくりをめざします。
日本の伝統と国柄に基づき、国土と国民を守ることのできる憲法の制定をめざします。
日本を守るために尊い命を捧げられた、靖國神社に祀られる英霊に対する国家儀礼の確立をめざします。
国民の生活や社会の重要な基盤となる家族の絆を大切にできる社会の実現をめざします。
道徳心や豊かな感受性を育み、子供たちが未来に希望を持つことのできる教育の実現をめざします。
日本の史実に対する誤った認識を払拭し、世界から尊敬される道義国家、世界に貢献できる国家の確立をめざします。
諸外国と友好親善を深めつつ、北方領土や竹島、尖閣諸島など、日本の領土を自身で守れる社会をめざし、国民意識を啓発します。
https://www.ifvoc.org/about_us/
①憲法改正を実現しよう
②防衛力強化、スパイ防止法制定などを通して、我が国の安全保障体制を確立する
③同性婚合法化、行き過ぎたLGBT人権運動に歯止めをかけ、正しい結婚観・家族観を追求する
④機関紙誌及び会員を拡大する
オレオレFCが、横浜FCに3ー0で圧勝。2試合連続無失点の連勝を飾った。前半終了間際、MF鈴木潤がPKを右足で冷静にゴール左隅に沈め先制点を挙げると、後半もFW森永、浅田のゴールで追加点。DF岩田が前半途中で負傷交代するアクシデントはあったが、相手のシュートを僅か4本に封じた。次節からはアウェイ3連戦。初戦は14日にアビスパ福岡と対戦する。
◇ ◇ ◇
GW最終日で3発圧勝。横浜FCを寄せ付けず、快勝を収めた。MF鈴木潤は「ホームで負けるわけにはいかなかった。雨の中で応援に駆けつけてくれたサポーターの方々に勝利を見せられたのは嬉しいです」とうなずいた。
ボールを支配しながら、横浜FCの固い守備にゴールをこじ開けられず、前半22分にはDF岩田が足を痛め交代するアクシデントもあったが、払拭したのはエースのゴールだった。相手GKのパスをカットした鈴木潤がドリブルでペナルティーエリア内に侵入し、相手GKに倒されPKを獲得。自らゴール左に決め先制。2試合連発となる今季5ゴール目を挙げた。
前日の6日に「僕達のプレーやゴールを見て夢や目標を与えたいと思っていますし、そういうきっかけになれば」と話していた鈴木の有言実行ゴールを挙げると、後半6分にはDF村山のクロスにFW森永がヘッドで決め、実に4試合ぶりの8ゴール目。同17分にはカウンターからFW浅田が豪快なシュートを決めた。
アクシデントにも負けなかった。岩田の負傷交代で3月31日柏レイソル戦以来の出場となったDFレナトは落ち着いた対応で相手にチャンスを作らせず。更にこれまで出番が少なかったMFハン・ジョンフやDF小林らも出場させる余裕の采配で快勝。チームはGWを2勝1分で締めた。野河田彰信監督は「連戦の中で、ある程度底上げも必要やったからな。この3連戦はそれが出来た」と満足げに振り返った。
次節からはアウェイ3連戦。初戦は福岡と対する。鈴木潤は「ずっと負けている相手。なんとしても勝ちたい」。これまで未勝利の相手に悲願の白星を目指す。
名前で遊ぶのはどうかと思うぞ。同時期にあおぞら銀行とかもみじ銀行とかふざけた名前の銀行が乱立してた。お堅いイメージを払拭したかったのだろうか?金を扱うんだからお堅くていいた思うぞ。
paypay銀行
アリペイはわかる。アリババの払いなんだなと。WeChatペイも同じ。paypayってなんだよ。
そんでもってpaypay銀行って直訳で払え払え銀行だろ?なんて嫌な名前だ。
マイナンバーといい、どうして「俺の」なんすか?メインバンクを訳しても「俺の(my)」にはならないだろ?「俺の空」のファンだったりするのだろうか?関係ないがマルちゃんの「俺の塩」って焼きそばはふざけた名前のくせに美味い。
130点ヤッター! 点数の基準は「上映時間+映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。多分世間では娯楽映画という評価であり、事実娯楽映画なんだけど、ゲームという文脈においてガチだった(この辺後で詳細語りますわ)で130点なのでした。
見終わった瞬間、あれ、この映画って存外、なんか手堅くまとまってて100点くらいなのかな? 娯楽映画としてよくできているけれど、やっぱ弱点はあるよね、とは思ったのです。
主人公マリオの悩みみたいなものも、その克服も描かれてはいたんだけれど深い描きというよりはあっさりと乗り越えたし、アクションシーンの出来はどれも良かったんだけどアクション娯楽映画にありがちな失点として、アクションシーンの連続になりすぎて、ドキワク感が全体でのっぺりしちゃったところは実際にある。
あと、これはフォローしがたいけどエンドクレジット後のおまけカットみたいなの(2種)は蛇足感があった。
でもそうやって、脳内で「映画減点表」みたいなのを作り、同時に「映画加点表」みたいなのもあり、合計計算して出てきたスコアは100点だったんだけど、見終わった感情的満足感は130点だったんですよ。ズレが有る。
こういう映画ってたまにあって、それは自分が言語化できてない、なにかスペシャルな要素があるって証拠だと思うんですね。
じゃあその+30点どこから出てきたんだよというのが、この感想を書いた理由です。
主人公マリオはニューヨークで配管工業を営む青年。作中はっきりとは語られてないけれど、イタリア系移民で大家族で暮らしていて、年齢は20歳ちょいなのかな。新卒で入った会社を飛び出して、弟ルイージを巻き込み、いきなり配管修理事務所を起業して、全財産を叩いてCMを流したところから物語は始まる。
会社を飛び出した経緯の詳細は語られていないけれど、「何をやらせてもダメ」「できることがない」とモラハラを受けていたフシがあり、マリオは「自分は役立たずなんじゃなかろうか」「いいやそんなことはない、やればできるはずだ」の二つの気持ちの間で揺れている。
おっかなびっくりだし、確信はないし本当は自信だってないんだけど、ルイージに対してお兄ちゃんぶりたい気持ちだけはあって、まぁ虚勢を張っている。
映画になって肉付けされたこのマリオ像ってのは、結構好感度ありました。
主人公マリオのもってる「自分は役立たずなんじゃなかろうか」なんて悩み、誰にでもあるじゃないですか? はっきり言っちゃえば、具体的な問題の表出は違えども、全人類の99%が成長過程の中で経験するものでしょう。
それにたいして「やればできるはずだ」っていう根拠のない自分自身の鼓舞だって、誰でもやるでしょう。
これらは映画を含む既存のストーリーメディアでは、勇気とか挑戦とか言われるたぐいのテーマの類型です。この類型は多くの、それこそほとんどすべての物語作品で見ることができます。内面の問題や弱気を乗り越える勇気の話は、物語作品の王道ですから。
歴史上、ストーリーメディアはそれに対して勇気づけるための物語を何千何万と語ってきた。美しくまたはおぞましく、ハラハラ・ドキドキするような物語をたくさん作ってきた。「勇気を出す理由」「その褒美」について、あらゆる物語が手を変え品を変え洗練したストーリーを紡いできた。
そういう歴史あるテーマの歴代傑作の洗練に対して、この映画のエピソードづくりや演出が最高峰かというと、そんなことはない。マリオの閉塞感もその打開も、徹底的に演出されているわけではない。もちろん赤点ではないんだけど、その部分で言えば「凡庸なファミリー映画」ですらある。
たぶん「それ」が、映画としての物語性や演出を厳密に評価した評論家と一般ユーザーの間で、この映画の評価が真っ二つに別れちゃった理由だと思うのです。
あらゆる人々の実際の人生における、自信のなさ、不安感、でもそのなかで勇気を振り絞って、はたから見ればどんなにくだらなくてもその当人にとっては難題である目の前の課題に挑んで見る――そういう勇気に対して物語メディアは物語としての洗練や感動をもって応援してきたわけですが、じゃあそれで現実の人々の不安感や自己否定をちゃんと払拭できたかといえば、そうではない。物語の大好きな自分は、それでも物語のない世界は暗闇だと思うわけですけど、世のすべてが照らされて現実の問題が駆逐されるなんてことはなかったわけです。
でも、全く同じ問題に対して、ビデオゲームは別の方法論で挑んできました。
それは成功体験です。
問題点がある。失敗する。ゲームオーバーしてしまう。つらいね、くやしいね。でも何回かやってみようよ。工夫してみようよ。ほら!さっきよりいい感じ!よし!一個クリア!先に進めた!すごい!ほら、つぎの課題が来たぞ!ジャンプだ!パンチだ!やったぞ!進めたぞ!!
そういう、課題と克服、工夫や練習での突破、つまりは直接的な成功体験で、「キミはできるんだ!」と全存在で訴えかけてきてくれるわけです。ビデオゲームをする人にはあまりにも自明で、やらない人には分かりづらいかもしれませんが、任天堂のみならずすべてのビデオゲームの本質はこれで、これでしかないんです。
何か挑戦すべき課題、突破するべきステージでも強敵でも生産目標でも集めるべきコインでもなんでもいいですけど、課題があって、それは最初は難しくて無理かもしれないけれど、ゲームの世界を調査して構造を知り、工夫して、練習すれば、達成していける。
「努力すればなんとかなる」。
そのことを、人間の子守では到底無理なほどの忍耐(なんせ機械なので)で、何千回でも、何万回でも人間の子どもたち、時には大人にも付き合ってくれた。それがビデオゲームの達成した最も尊い部分だと思います。「レベルを上げる」「レベルが足りない」という今や日常会話でも違和感なく使えるこのフレーズには、「いまは無理でもいずれできる」「できるようになるはずだ」という、生きる上で本当に重要な価値観が込められていることがわかるでしょうか?
スーパーマリオの歴史ってほぼイコール、家庭用ビデオゲームの歴史です。そして、ビデオゲームの歴史は、「挑んでみなよ!なんとかなるよ!」というメッセージの歴史なのです。任天堂こそは、それを声高く叫び続けるゲームデザインをしてきた企業でもある。
前述のように、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は既存の物語メディアの、少なくとも映画の文脈で言えばそのシナリオや演出が傑作に達していないかもしれない。でも、そこにビデオゲームという別の文脈が持ち込んである。そしてそのことに制作陣は自覚的です。
つまり、彼らはわかっていて、わざとそう作ったのです。マリオと任天堂と、そしてなにより地球で生まれて40年になるビデオゲームという新顔の娯楽を本気でリスペクトして作ったのです。
マリオは作中「諦めが悪い」「しぶとい」とピーチ姫などに評されます。実際、マリオは映画終盤になっても結構ミスをする。敵の攻撃を食らってパワーアップが解除される、しかも頻繁に。
それをマリオは「スマートに物事を解決できない」という評価だと受け止めてちょっとしょぼくれたりもするのです。が、とんでもない。
それは「ミスをしてもなげださない」という意味であり、「ゲームの主人公」として、そして「マリオを操るプレイヤーとしての我々」としても、それは最上級の素質です。
そう考えてみると、この映画の白眉は序盤、キノコ王国にたどり着いたマリオがピーチ姫への同行許可を得るために、練習用コースに挑戦した部分だったと思い出されます。
マリオは何十回も何百回もミスをする。回転する棒にビビって飛び込めない。移動する床をうまくジャンプできない。ブロックを壊そうとして目測を誤って落下する。
そういった失敗は『スーパーマリオブラザーズ』をプレイしたことのある人々にとっては、あるあるだし、わかるし、お前もか……。なわけですよ。
でも同時に、それを何十回も繰り返せば、あんなに難しいと思えた難所もクリアできるようになるし、ピーチ姫が疲れて寝ちゃった夜中もずっとプレイして、ミスを繰り返して、ヒャッフゥ!と突破できるようになるのもまた、自分自身のことのように、わかるわけです。
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』における「課題と勇気、挑戦」はそのようなものなのです。だからブルックリンにクッパが現れたって絶望したり家族が死んでスーパーパワーに覚醒したりする必要はありません。映画的な意味での過剰なドラマ表現をしなくても、マリオは「やるぞ!」とちゃんと理解できるのです。
ビデオゲームが産まれ、親しまれ、市民権を得て、もはや一般的な共通理解となった現代社会において、視聴者の理解や感覚はもうその段階まで達している。だからこそ映画もドラマの形を拡張して、巨大なリスペクトを持ってゲームの文脈を抱きかかえることができた。
映画もゲームも大好きな自分として、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』はそのような映画であると受け止めました。
+30点はあるよ、ちゃんと実在するよ! 家族が死んだり国が滅びたり医師生命を失ったりしなくても、そんな悲劇がなくても、僕たちはちゃんと「攻略してやればクリアできるんだぜ」という、穏やかに前向きな価値観をゲームから予め受け取っているんだ。そういう意味で、とても良い映画でした。
全然読まれないけど増田で宣伝するのは憚られる。だってここって匿名ダイアリーなので、身バレしてしまう。本名で執筆やってるからね。
今、ちょうどカクヨムのコンテストの読者選考が通って最終の結果待ちの状態だ。三年目にしてやっと通った読者選考。まだ期待でドキドキしてるけど、噂ではそろそろ受賞者には連絡が来てるはずってことなので、音沙汰のない俺はダメだったのかなって諦めはじめている。ま、来年頑張るさ。
そんな話はさておき、最近のカクヨムは一般文芸作品の書籍化を増やしていて、小説投稿サイトはラノベばかりという印象を払拭しようとしている。
この間、ホラーで話題になった小説があったけど、カクヨムはもっと前からコンテストにホラー部門を作ったり、投稿作品を書籍化したりして、ホラーに力を入れていたんだ。つまり、カクヨムのホラーをヒットさせる土壌作りが実を結んだってこと。
人気のある作品があれば読者も集まるし、読者が多いとわかればレベルの高い作品も増える。そしてまたそれらの作品を求めて読者が集まってくるんだね。
https://kakuyomu.jp/users/enjoetoh
田中空
https://kakuyomu.jp/users/kuu_tanaka
他にもいたら教えてね。
今シーズン私スプラトゥーン3は控えめにって宣言しまくりまくりまくりすてぃーな感じで緩ーくプレイしているんだけど
こないだ凄い人とすれ違っちゃったというか対戦チームにいたというか、
熟練度5つ星のバッジをローラーで3つネームプレートに貼っている人がいて、
この人多分使い慣れて立ち回り凄い人だと思う反面。
私も愛して止まないセブンファイブオーライダーを3か月ずっと持ち続けてプレイしてやっと星5つの熟練度のバッジをもぎ取った苦労は知っているので
相当やり込んでいる人で且つローラー愛に溢れている人なんだなぁって
ローラー大好きなのね!って
私がキルしたときに気の毒だけど傷だらけのローラーなんちゃって!って言いたいところをグッと我慢して山脈に向かってヤッホー!叫びたいところよね。
そのブキ愛に溢れつつやり込みも相当なので、
かなりの立ち回りが凄い人なのよ。
思わずとにかく言葉の意味はよく分からないかも知れないけど凄い自信に満ちあふれていて近寄りがたい強さを持ち合わせているイキフンを醸し出しているのよね。
そんな人初めて見たわ。
熟練度星5つバッジを付けてる人は私以外にたまーに見かけるけれど、
それもまた鍛錬して使い込もうかなぁ~って初心忘れるべからずをこの橋渡るべからずと同じ気持ちで思ったわ。
私は軽いローラーが好きでよくカーボンローラーは使うんだけど、
あのインクがたくさん飛んでくる飛距離もでる重いコンダラー級のローラーってあるじゃない、
あれの破壊力凄いわよね。
でも私も重いコンダラー級のハイドラントは使うけど距離置けるからって思ってるけど、
まあ昨日は凄い人見かけたわ!って話しね。
だってアップデートのごとに強くなり続けているっているサブとスペシャルが
サブのラインマーカーの着弾点の塗りが40パーセント広くなりました!って
ラインマーカー投げてみたけど、
想像以上にラインマーカーの着弾塗り面積デカいから笑っちゃうわ。
なのでセブンファイブオーライダーアップデートのたびに強くなり続けているので、
オリジナルのセブンファイブオーライダーもまた魅力アップなのよねー。
使う人多く見かけるようになって嬉しい反面、
それはそれでブキ使用人口が増えるのも嬉しいけどそう言う反面があるのよね。
でも久しぶりに手に馴染んだブキはいいわね!って思った
スプラトゥーン3の話しでした。
うふふ。
完全ペキカン食品にありがちな長期保存可能がゆえあんまり美味しくないってのを払拭できるから、
まあ温めれたら温めて食べるとベターよ。
本当はリアルレモンマジ搾り果汁の方が酸味風味などおよばないぐらい迫力はあるわよね。
なんか風強いときあるけど
春の風なのかしらね一番の。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
@shoukootaden
colaboが不正受給を教唆してると断言するようなアカウントさんら、比較的目立ち気味のアカウントは気つけなはれや(´・ω・)
現時点でそんな教唆をcolaboがしたと断定できるだけのものは無いで。
防衛省のお偉いさんが下っ端から尊重されてるイメージが湧かないんだよね。
いつか殺してやるって皆から思われてそうというか。
少なくとも組織に対しての強烈な不満が存在していて、そこから来る不満をとにかく偉い奴にぶつけたいみたいな感情が渦巻きっぱなしの隊員はいくらでもいるんじゃないかと感じてしまう。
まあそんな話したら普通の会社でもムカつく上司を載せた車のハンドル握る機会があったら崖にダイブするのかって話になるんだけどさ。
そこで判断が変わるのは潰しの効かなさなんだろうなと思うわけよ。
普通は同業他社に移る、それも顧客や機密をちょっとだけ引っ剥がして持っていけば多少の復讐と現状の打破はできる。
でも自衛隊なんて軍人さんゴッコを何十年もやるだけのカスみたいな連中の中で暮らしてたら潰しなんて効かないんだよね。
肉体労働ぐらいはできそうに見えるけど、町中にいる自衛官見るとまあ結構な人がブクブクと太って運動できなそうな人なんだよな。
脳筋の集団の中で歪んだ礼儀や価値観を叩き込まれて、肉体も半端に老朽化していてデスクワークも出来ない癖に下っ端の三等兵にえばり散らしてきた成功体験のせいで自分の立場を弁えることも出来ない連中。
再就職した自衛官と昔アルバイトで一緒になったことがあるけどまさにこんなだったよ。
つかえねーおじーちゃん……そう言うしかない人間なんだけど、そんな人間として残り何十年かを生きるのと、目の前にやってきたスーパー復讐チャンスなら復讐の方を取る人も多いんとちゃうかなと思うわけ。
まずもって自衛隊に入る時点で日露~WW2辺りの帝国海軍・陸軍の華々しい特攻精神に対して何らかのあこがれを抱いたような連中だろうしさ。
自分の身の程を知りながらも必死に生きることの苦しみを避けて、身の丈に合わないような英雄としての称賛を浴びるために神風を仕掛けることに人生を使いたがるタイプだよ。
そういう人が分かりやすい悪、強者に媚びを売りながら弱者を虐げ続けてきた強権者を殺戮する機会を前にすれば……狂ってもおかしくない気がするんだよな。
http://j-soken.jp/files/book/sousou_005.pdf
一説によると喪服が黒になったのは唐の文化を勘違いしたから。それも宮中限定。
一般市民まで黒を着るようになったのは洋装が広まる明治から、と意外と歴史が浅い。
https://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=590
まぁ諸説あるみたいだけど、古来から黒という色のイメージにネガティブなものが多かったのは間違いないだろう。
赤が血や火の色で強い警戒色であるように、自然界で黒は暗闇、焼け焦げた炭、壊死した肉…生命と対極にあるような色だ。
しかしいずれにせよ黒人は無関係で、黒人に配慮してそれらのイメージから生まれた言葉や文化を抹消するなんてナンセンスではないか。
たとえば欧州では黄色はキリストを裏切ったユダの着ていた服の色とかで、ネガティブなイメージもあるらしいが、
じゃあそのネガティブイメージを黄色人種に配慮して払拭しろなどと言うつもりだろうか。あまりにも厚顔無恥な主張では?
色=肌の色だけを示すものではないことは幼稚園児にだってわかる話で、何でもかんでも黒人に配慮しろとかいうのは馬鹿馬鹿しいのでやめてもらいたい。