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はてなキーワード: スーパーヒーローとは

2022-06-13

すごいスマホは実はすごい漫画なのか?

全く主人公が凄くねえ……。

天才設定なんだけど、現状はいい人ぶりたがりの凡人。

考えのスケールルールに対する理解度が読者の常人と同じ。

それどころか天才アピールのためにガバガバ理論を決めつけで投下するのでむしろ思い込みの激しい馬鹿に近い。

馬鹿なら馬鹿アクティブなら面白いんだが……基本的受け身

なにかあってから完全な後手に回らないよう0.5手だけ取り返す感じの動き。

ヴィランと戦うスーパーヒーローならそういう専守防衛でいいのかもだけど、そういう展開じゃないからね。

すごいスマホを巡ってレースをさせられてるのにノンビリ受け身はマズイよ。

しか最初に見つけたすマホ持ちを自分の探してきた犯人だって決めつけて過剰に入れ込んでるし。

これで天才設定は笑わせる。

でもさ、小学校の頃に「末は博士大臣か」って言われてた奴なんて所詮こんなもんだってリアリティはある。

単に他のやつより考えを巡らせたがるタイプ性格してただけ。

別に頭なんて本当は大してよくない。

判断力も凡人レベルで、その癖して過去成功体験があるから自分が思い込んだら人の忠告無視して固執する。

ちょっと頭のいい凡人に凄いアイテムが渡されたらどうなるかって話になってる。

デスノート人類最上級天才同士のバトルってコンセプトがあったけど、すごいすマホはせいぜい高校入試偏差値60同士のバトルぐらいに落ち着いてる。

結果として差別化成功している。

実は、すごい漫画なのか?

2022-05-24

anond:20220524122751

挙げられてる例はあくまでも作中世界内での設定に留まってるからメタ設定ではないぞ(「現実世界製作者により"タロウ"や"ゼロワン"とネーミングされたという設定」みたいなのがメタ設定。石ノ森章太郎が登場するスーパーヒーロー戦記とか)

戦隊ライダータイトルは語呂合わせやダブルミーニングが恒例になってるけど、よく考えられてると関心することが多いな。ゼロワンにしても令和だからというだけでなくAIというテーマに相応しいタイトルになってるでしょ

2022-03-27

こんなときからこそ映画みたいなスーパーヒーローがいてくれれればと時々妄想してる

2022-03-16

anond:20220316001231

ホライゾンと変わらんくらいの評価だったかな。

サイパンと違ってかなりアドベンチャー的なゲームだと思った。

主人公キャラが決まってて、クエストでやることが「決まった場所にあるアイテムを調べる」とか「痕跡を追いかける」みたいなやつばっかりで。

アドベンチャーゲームによくある「画面上にあるものクリックしまくる」感じっていうか、「開発の想定通りの解き方を強制されてる」っていうかさ。

痕跡を追いかける」系のクエストってまあ定番だけど、オープンワールドの「移動の自由」と干渉するから嫌いだわ。

クエストマーカーでさえなるべく存在感を薄くすべきだっていうのに「移動ルートを明示しました!何も考えずこれをなぞってください!」って言われてもな。

あるエリア侵入するクエストなら、正面から押し入ってもいいし、裏口から忍び込んでもいいし、屋上から中に降りてもいい、っていうのがオープンワールド自由度じゃん。

壁を登れないオープンワールドがなぜダメなのかってそういうところだよね。

いや、ちょっと脱線したな。

それとウィッチャーのストーリーって「オーソドックス冒険ファンタジー」すぎるんだよな。目新しさを感じない。

と言うと、まあサイパンも「オーソドックスサイバーパンク」ではあるんだけど、サイバーパンクという題材自体に馴染みが薄いってことで、このあたりはゲームの出来というより題材の差か。

あとは、主人公キャラがはっきりしていて(自分キャラクリするタイプじゃなくて)、かつ主人公目的個人的で小さなものだったりすると、あんまりロールプレイきじゃないのかもしれないな。

スパイダーマンなら「スーパーヒーローになる」とか、ツシマなら「対馬を救う」とか、そういうのならクエストをこなすことが目的に直結してるし、行動や選択にも方針が定まるけど、「失踪した娘を探す」とか「潰れかけのギャング強盗をやる」とかじゃぜんぜん唆られないんだよな。どういうモチベーションでこの世界を探索するのか。

そういうのにクエスト自体のつまらなさやバトルの難しさが合わさると、かなりやる気を削がれてしまう。「このまま我慢して進めたときにどういう楽しさがある?」「最終的にどうなったらゲームクリアの達成感がある?」っていう想像がどんどん曇っていくよね。

RDR2にしろ、ホライゾンにしろウィッチャー3にしろもっとストーリーが進行して、世界の全貌が判明して、より大きな決断に関われるようになれば面白いよ、と言われたらそうかもしれないけど、そこに辿り着くまでの設計に失敗してるんだよ、と思わざるを得ないね

2022-01-14

anond:20220114112829

ほんまか?ソースあんの?

ってことで調べてみたで



https://note.com/entamenodendo/n/n3c6bb4c072052021年映画興行収入ランキング上位100位以内から洋画アニメを除外した

2021-12-28

anond:20211228181027

ハリウッドの実写ベース映画だとCGなどの表現技術が未成熟

アニメーションスーパーヒーローディズニーしか市場として成立しておらず

ちょうどハイテクサイバーパンクSF表現するには日本アニメしか技術力と産業規模の制約条件をクリアできていなかったニッチ商品だったが

マトリックスの登場でついにそのブレイクスルーが破られた、実写とCGの融合もここまできたという衝撃と

インターネットPCの急速な普及により第三次産業革命なんて言われていた社会全体に及ぼしたネットの衝撃、これがちょうど時代マッチしてあの時期を象徴する作品になったという感じかなー

2021-11-24

anond:20210914015920

あんたの代わりはいなそうだが、その女の代わりはいくらでもいそう

横だけどよっぽどのスーパーヒーローでもない限り変わりの人間っていくらでもいるだろ

2021-11-15

anond:20211114190103

世の中を陰から支えてたスーパーヒーローのその後みたいな感じ

活躍してたころのマスクとか渡したら徐々に回復するパターン

2021-11-03

自分の親が選挙投票に行ってるのを見たことない。

政治選挙に関する話題も出ない。そんな家庭で育った。

TV政治関係ニュースは聞いていてもよくわからないし、社会の授業はつまらなくてちゃんと聞いてなかったし、今でもたぶん最低限のことしか理解してない。

20歳を超えて、選挙権があるってうっすら知ってたけど、投票に初めて行ったのはたぶん30代になってから

結婚して、連れが政治に詳しい人だったから教えてもらって初めていろいろ知って考えるようになった。それで投票しにいくようになった。

投票率が低いという。

おそらく自分に直接利害が及ばない人はそもそもまり政治のことに興味がないのじゃないかなと思う。

自分はそうだった。

誰が政治家になってもあまり変わらない日常だったら、治安が良くて清潔でご飯を食べられる日常だったら、それでいいじゃないかと。

政治のことは難しい。簡単にわかりにくいし、魅力的なキャラクター政治家がまるでいないと感じる。

から維新が人気あるのはわかる。少ししか知らなくても魅力的なキャラクターの端々は感じるから

誰かスーパーヒーローみたいな人が政治家になって日常がすべていい方に変わってしまうならみんな動くと思うけど、汚職とか黒塗りの文書とかそういうニュースばかりが目に入ってきてがっかりしすぎて、今の日本の政治家に少しも期待できない。

期待できないから興味も持てない。

そんな感じなんじゃないかな。

2021-10-06

俺の人生

小5から中3まで、学校友達は一人もいなかった。家庭もメチャクチャで、父親に骨を折られたりしていた。インターネットも使わせてもらえなかったから「本当の意味でひとりぼっち」だった。この、「本当の意味一人ぼっち」ってのは凄まじい体験で、ものすごい絶望感なんだよ。小5から中3の5年間は本当に、とてつもなく長い時間で、体験しないと絶対に分からない。猛烈な絶望だった。ずっと死にたかった。

15歳のとき本当に死のうと思って、塾をサボって夜9時から時間か、公園でボーッとしてた。ロープ持って、死ぬかどうか迷っていた。でも心のどこかで、誰かがふっと現れて、僕と話をしてくれるかもしれないって心のどこかで期待してた。頭がおかしいよね。この世に一人も会話できる人がいないのに、それでも誰かを待ってた。結局死ねもせず、誰も来なくて、帰宅したけど。そのとき梶井基次郎の「檸檬」をBOOK OFFで買った。意味分かんないけど、今でも持ってる。

15歳の自分は、26歳になった今でも俺の中にいる。「死ね死ね!」とがなり立ててくる。「お前みたいな26歳になるために生きてきたんじゃねえ」と泣き叫ぶ。「今からお前を殺してやる」と言う。26歳の俺は「許してくれ、お前はあと半年うつ病になる。そして10年経っても治らない。その成れの果てが俺だ。でも俺は懸命に生きてきた。褒めくれよ、人生を投げなかった。自殺しなかった。死なないだけで精一杯だったんだ」と土下座して、泣きながら詫びる。でも15歳の俺は、「お前が死なねえなら俺が死ぬ!」って言うんだ。15歳の僕よ、お前はもう、生きることも、死ぬこともできないんだ、ごめん、ごめん、ごめん、…………

時は流れて僕は大学院生になった。あまりにも辛いときは、親しくしてくれていた大学院の同期に、どう考えても迷惑な鬼電を繰り返したり、延々と迷惑LINEを送ったりした。僕には相変わらず友達がいないから、孤独がつらいとも言った。そしたら「私達は友達じゃん!」と言われて、ハッとした。僕にも友達がいたんだと思った。次の日、突然その子の最寄り駅まで行って、来てくれるように頼んだ。「来てくれなければ死ぬ」とも言った。

4時間待った。彼女は当然来なかったけど、代わりに警察が来た。当然の結末だった。パトカーで家まで送られた。パトカーの中で、「ああ、僕は15歳のあの夜を再演していたんだ」って気付いた。スーパーヒーローヒロインでも何いいけど、誰かが僕を救ってくれると信じたかった。誰かが僕を理解してくれるはずだと信じたかった。15歳の僕を救いたかった。僕を見つけてほしかった。つらかったこと、つらいこと、色んな話をしたかった。でも結局、15歳の、誰にも助けてもらえなかった夜を26歳になった今、再演してみたら、「誰か」は来たけどそれは警察だった、という気の利いたオチだったわけだ。

うつ病の診断が下ってから、ちょうど10年経つ。結局、誰とも繋がれなかった。誰にも分かってもらえなかった。何もできなくて、15歳の僕は26歳の僕を永遠に責め続けている。「殺してやる、お前が死なないなら俺が死ぬ」と、泣き喚いている。ごめんね、お前はもう生きることも、死ぬこともできないんだよ、ごめんね、ごめん……

2021-10-04

anond:20211003123633

会社社長引きずり出して謝罪させたら大喝采フェミニスト世間スーパーヒーローになるよ。

世間が強く許せないと感じるものフェミニズム思想的に容認できないものが見事に一致してる。」

なんで嘘つくんだ

高橋まつり自殺問題になった時あんたらは「まんこから騒がれてる」って侮辱してたじゃないか

2021-10-03

フェミニストは本当の社会ヒーローになってほしい

anond:20211002214318

フェミニストがこういう会社質問状出して締めてくれたらすごいことになるよ。

そうなったら私だけでなく世間みんながフェミニスト応援するよ。

キモオタ達ですら応援すると思うよ。

会社社長引きずり出して謝罪させたら大喝采フェミニスト世間スーパーヒーローになるよ。

世間が強く許せないと感じるものフェミニズム思想的に容認できないものが見事に一致してる。

 

なんでこういうのにぶつかりに行ってくれないんだろう。

もちろん他力本願だけど、ぶつかりに行ってるのを見たら全力で応援するし拡散するしお布施するし喝采するよ。

 

アウトなのかセーフなのか微妙ラインかつ松戸だの秋葉だのの片隅にあるチンケなオタクポスタームービーに是非を掛けたって

キモオタが大騒ぎして敵に回る&キモオタ以外の世間は無関心で何の功績とも思わないってなって

言っちゃなんだけどフェミニストという集団に何の手柄も利益も積まれないじゃん。

またフェミニズム思想から言ってもああいものを狩るのが絶対必要なのかかなり微妙だと思う。

 

フェミニスト左派キモオタにやけに絡むのって

・中高年世代の捨てきれないキモオタへの蔑視意識

キモオタは変に話が噛み合うので叩くと手ごたえがあり党派意識を刺激してくれる(世間的にはコップの中の嵐

ということが理由になってないかと思うんだよね。

 

でもそういうのって報酬系バグってるだけじゃん?

キモオタと延々戦うのってフェミニスト利益にならないしフェミニズムという思想実践としてもそこまで有意義ではないんじゃないかなって感じ。

キモオタの色んな表現制限するのって社会の中で困ってる女性にとって優先度の高いタスクなのかな?

 

フェミニスト左派はもうキモオタと和睦・不干渉条約結んで

本当の社会の悪と戦ってくれないだろうか。

そうしたら絶対社会から尊敬されるしキモオタの中からすらフェミニストファンは出てくるよ。

 

キモオタはみんな電通サイバーエージェントみたいな文化大嫌いだし男性文化だって嫌ってるよ。

フェミニスト上から目線説教したりコンテンツ制限かけたりすると牙をむくだけで。

でも作品だってちゃんと見てればジャンプ作品ですらどんどん変わっていってるよ。

 

呪術廻戦とかチェンソーマンとか鬼滅の刃とか見てもジャンプ漫画は旧態的な女性観にとどまってると思う?

ちゃんと読んでから評価して欲しい。

読んだうえでの相手立場考慮した批判なら聞く耳持つキモオタだって一定数いるよ。本当に。

 

キモオタ蔑視して無理な攻撃を加えてる暇に

元増田会社みたいな誰から見てもクソな文化社会のエネミーがまだまだたくさんいて

あいうのを叩きまくればどんどん加点になるし有意義だし

そうやって実績積み重ねたら現状の反フェミキモオタですら一目置いた下手の態度になるよ。

 

本当にビジョンと志と実行次第でフェミニストヒーローになると思う。  

 

 

劣勢になれば背中から撃つクズ増田応援団。

撃ってない・・・

いまの統一教会がどうこうの泥沼もさっさと撤収すればいいのにと思いながら見ます

はっきり言ってこの話も世間的には全然興味持たれない話だと思います

note記事デマでした!今回は確認不足でした失礼!」って切りあげちゃえば終わりだと思う

鶏肋どころじゃなくて損しかしてないから即ヤメでいいと思う

 

しかしたらヤメて次の話始めようとしてるのかもしれないけど

同じ統一教会の話で次の話を始めるから延々続くのであって

全然違う話を始めればいいのにって思う

 

kuzudokuzu 「私のヒーローになって」はわざとネジ曲げると、「私のためにあなた人生を捧げて」をヒーローという耳触りのいい言葉で洗浄してるだけなので、無意識なら増田は気をつけた方がいいよ。無責任モブ論理から

2021/10/04

もちろん普通の人にこんなこと頼めないけど

フェミニストの人たちは普通の人ではないヒーロー志望者に見える

キモオタと戦うことに凄いリソース情熱を投下してて全然普通の人じゃない

それで戦況もいまいちフェイムも稼げてない感じだから

それならあっちをやった方がwin-win-winではないでしょうかと

 

真面目な話元増田の話が本当にショックで、それなのにオタクポスター10分の1も義憤の反応が集まらないのもショックだった

anond:20211003022815

そうなの?

エロ無双するおじさんというのはある種のスーパーヒーローから胸がすくけどな俺は

俺も行為後溢れ出すほどの量の射精をしてみたいぜ

2021-09-24

ジョニーデップ主演『MINAMATA-ミナマタ-』を観てきた

テーマは深刻なんだけど、ジョニーデップの持ち味の出た、面白い映画だった。


どうでもいいことだけど、昔からなぜか、

ジョニー・デップのことをしょっちゅうジョニーディップと言い間違えてきた。

これは、バングラデシュのことを、バングラディッシュと言い間違えるより恥ずかしいことだと思っている。

そのジョニーデップが写真家ユージン・スミスを演じる?というのが、

パイレーツオブカリビアンイメージがこびり付いた身には全く想像がつかない。

興味本位で観に行ったら、本人としか思えないユージン・スミスぶりに、おお、と感動してしまった(あったことはないけど)。

ユージン・スミスのことは、というと

この映画を見るまでほとんど何も知らなかったので、どういう背景があって、あの写真が生まれたのか、垣間見られてちょっと感銘を受けたりもした。

映画で描かれているユージン・スミスは、アル中で薬中。過去のいろいろで、メンタルをやられて写真家としてのモチベーションどん底にあった頃のユージン・スミスだ。

一方、フォトジャーナリズムを標ぼうしたものの、売上が上がらず、次第に、魂を売るかのような大衆迎合的な記事広告を載せ始めた、落ち目写真「ライフ」が背景として描かれている。

ピューリッツァ賞を夢見て起死回生を図るべく、次の目標に選んだテーマが、当時、世界のあちこち問題化し始めた公害だった。

当時、すでにMINAMATAの名は世界でも、

日本辺境の地で奇病だの猫踊り病だのと言われ、長い間、対応がなされず蓋をされ続けてきた公害として知られていた。

この映画は、写真家として再起を図るユージン・スミスと逆転ホームランを狙う写真誌が、水俣病に目を付けるところから始まる。

いやー、こういう不純な動機、構図。なかなか良いと思う。

水俣の記録ドキュメンタリは、これまでも土本典昭NHK、いくつかみたことがあったけれども、この目線はいままでなかった。

外国人制作するとこうなのか。

この映画の見どころはなんといっても、ユージン・スミス写真家として、親としての葛藤を描くジョニーデップの演技。

日本にきたものの、途中でやる気をなくして投げ出してしまい、大切なはずのカメラまで現地の少年にあげてしまうシーンとか。

ジョニーデップは、本当にクズっぽいシーンがよく似合う。

ただ、残念でならないのは、ロケ地

違和感があったのでググったら、なんと日本ではない。観終わったあとに読んだ町山智浩コメントによると、セルビア・モンテネグロなのだという。

どうりで、海のシーンが逆光でぼんやりしているものが多かったわけだ。

漁民も、漁民たちが扱う魚も、明らかに違和感ありまくりで、端的に貧相だった。違うだろ。。もっと豊かな海を描いてほしかった。

あと、土本作品へのリスペクト、というのもひそかに注目していたのだけど、

まあ特にないのかな、という印象だった。

映画のなかで、アコーディオン少年が出てきた。

過去記録映画を観ていれば、モデルが誰なのか、すぐにピンとくる。

ここはやはり、あれだろう、船頭小唄だろう、と思ったのだけど

アコーディオン少年交流するシーンはなかった。

そのかわり、ユージン・スミスなついて、カメラに興味を示し、撮って遊ぶ天真爛漫な少年が描かれている。

しかし、考えてみれば、船頭小唄なんぞ奏でようものなら、そのメッセージ性が強烈すぎて、

物語邪魔してしまうだろうから日本の観客向けにはむしろないほうがいい、ということかもしれない。






映画クライマックスは、水俣病歴史で欠かすことのできない、大きな事件であるチッソ株主総会

そこからの流れはとてもテンポがよく、裁判によりチッソ補償を決定するまでの激動の動きが、

ユージン・スミスもっとも有名な写真である、「入浴する智子と母」の撮影シーンを織り込んで進んでゆく。

國村隼演じるチッソ社長人間味があって、いい味を出していた。土本作品など過去のドキュメンタリ映画ではなかなか見ることのできなかった加害者視点被害者と向き合い補償決断するチッソ社長の描かれ方は映画ならではであり、圧巻と言わざるを得ない。

見事な演出だと思う。

NHKアーカイブスでも視聴できる有名なチッソ株主総会は、1970年

スミス乱闘に巻き込まれて負傷した事件は翌年の東京本社での事件なので史実とはちょっと違うが、

そのようなリミックスにさして大きな違和感はなかった。


映画は、1973年チッソ補償決断し、川本輝夫映画では真田広之演じるミツオ)が裁判での勝訴をかみしめるところで終わる。

その後の水俣病の動きはわずかにエンドロールで触れられているに過ぎない。


この映画は、ベースの設定が雑誌ライフの復活とユージン・スミスの再起というテーマを背負っていたため、

チッソ責任を認め、補償に応じる、という、ここで終わりになるのは、それはそれでエンタメ的な収まりどころ、なのかもしれない。


しかし、現実水俣病歴史は、ある意味、まさにこの裁判勝訴と、それに続くチッソ補償協定とを契機に、

チッソVS被害者団体という構図から経済優先で被害を黙認する行政VS被害者という構図に大きく変化してゆく。

この映画が第2幕の終わりだとすれば、第3幕はスーパーヒーロー不在の、果てしなき国との闘いだ。

チッソ社長が除去された水をコップで飲んで見せたことで有名な、有機水銀除去サーキュレーター

効果がないのを知りつつ黙認してきた通産省を筆頭に、高度経済成長を錦の御旗に被害に蓋をし続けてきた行政悪業が明らかにされてゆく。

最終的に国の規制権限行使しなかった責任最高裁で認められたのは、それから四半世紀後の2004年


さらに一方で、1973年被害者の勝訴判決は、チッソ患者への補償の契機となったものの、その補償協定のものが、地域社会の新たな分断の出発点ともなった。

補償をするためには、患者が症状によって定義される必要があるのは自明の理だが、補償協定の1600万円を受け取るに値する症状という形で定義・整理されてしまったのだ。

当然、要件を満たない被害者足切りが始まるわけだ。

そして、さらに、さらに、さら問題は複雑化する。

そこに絡んでくるのが厚生省と当時の環境庁だ。国の定める、公健法上の患者認定基準が、チッソ患者団体との補償協定要件に連動してしまったのだ。

どういうことかというと、国は広範囲患者認定を推進するため、公害健康被害補償法により水俣病被害者認定制度を創設したが、

そこで認定された被害者は、73年に本来は一部の患者団体と締結した補償協定適用を受けることが認められ、1600万円を受け取ることができるようになる、という仕組みだった。

しかし、1600万という高額の補償が、結果的に、チッソ補償能力を超え、被害者認定の足かせとなってしまう。取りこぼされた多くの被害者今日に至るまで苦しんでいる、というのが、

映画のその後の世界なのだ2004年最高裁被害者要件を国の認定基準より緩く認定した、にもかかわらず、だ。

そして国の重要産業である化学工業、そしてチッソ賠償破産を食い止めるため国や県が金融支援をし続ける、という構図がこの映画の後に待ち構えている世界だ。

国は当然、実態調査疫学調査消極的で、というか一度もなされたことがない。

その意味では、映画エンディングシーンである勝訴判決は、実は新たな闘いの出発点ともいえるのが水俣病歴史だ。


そのことを思い返しながら、映画の話に戻ると、この映画の残念なところは、以下の点。

風景日本でない、不知火海が見えない、漁民がいまひとつリアリティがない

写真家出版社、一部の被害者闘争リーダーという限られた構図で、実態解明に尽力した熊大や問題放置した行政が出てこない

・だから、なぜ原因企業が折れて補償に応じたのに問題解決しないかみえてこない→多分世界中の公害類似のことが起きているだろう。

エンドロールで見せている世界公害リアリティを与えるためにはやはり行政視点をどこかに織り込まなければならなかったのでは。

ただ、だからといってつまらない映画では決してなかったし、満足感は高かった。みようによっては、セルビア・モンテネグロにしちゃあ頑張って日本漁村を描いた、ともいえる。

ジョニーデップのクズっぽいキャラは最高に楽しめたし、撮影に至るまでの信頼関係の醸成など背景がみえたのは、この映画の見どころだ。

(追記

https://anond.hatelabo.jp/20210929124437

2021-08-30

いくらジェンダーギャップ是正してもその中身が高市稲田野田小池でええんか?

これまでの日本の政治家よりも飛び抜けて優れていて日本の諸問題をまるっと解決してくれるスーパーヒーロー男性の中からは現れなかったが女性の中にもいないんと違う?

2021-08-09

スーパーヒーローコスプレをして帰省なら

あ、何かの危機なんだなと思うだろう

2021-07-25

ネタバレあり、スーパーヒーロー戦記感想

セイバーもゼンカイも見てないしスルーするつもりだったけど、白倉がメタネタやってると聞いて見に行った。

割りと楽しめた

毛利脚本はほどほどに頭おかしくて安定感あるから好き。

小説家設定も生かしてたし

でもこれ死人に口なしっつーか、穢土転生ですよね?

2021-07-23

スーパーヒーロー戦記観た

セイバー+ゼンカイジャーだったけど、セイバー比率が高め

詳細は言えないけど

この前ジオウで平成メタったのを超えるための話に思えた

途中でお子さまはこの話ついていけんのかなって思うくらいには難しいことやってたよ

撮影大変だろうな

2021-06-05

anond:20210605004113

なんやワイ君はスーパーヒーローやったんか

まぁ一日ぐらいサボってどこかのしょうもない地域なりワイの寝泊まりしてる街なり爆発させても

ワイ君が一日空けても大丈夫な日程組んでへんかった人達が悪いんやからサボってええんや

2021-05-28

カタカナファンタジーが苦手である

 昔から個人的に、日本語カタカナ英語で「ファンタジー」という言葉を当てられてカテゴリ分類される作品(小説映画漫画など)の大半が苦手である。良い悪い、正しい正しくないではなく、あくま個人的な好みの話である。もしも、これらを好きな人が気を悪くされたら、先に謝りますすみません

 日本語で言う時に「ファンタジー」よりも「幻想」という硬めの言葉を当てられる作品は嫌いではない。国内作家で例を挙げれば、山尾悠子とか。

 海外SF周辺の作家作品だと、クリストファー・プリーストの『魔法』や『奇術師』は好きであるものすごく古いが、子供の頃に読んだH.G.ウエルズの短編魔法を売る店』も好きであるSF作家視点から魔法(のような技術体系)が存在する世界」を描いたような作品、例えばハインラインの『魔法株式会社』や、霊魂テクノロジーが実現した未来世界を描いたロバートシェクリー『不死販売株式会社』のような佳作も好きだ。ここまで読めばお分かりのように、どちらかと言えば私はSF寄りの人間である

 日本を含めて世界的に『ハリー・ポッターシリーズや『指輪物語(LoTR)』シリーズ劇場映画としてヒットした頃に「食わず嫌いも良くないな」と思い、これらの映画を観に行ったり原作に挑戦したりした。結果を言えば、結局だめだった。私は、これらを少しも楽しめなかった。『ナルニア国物語』も駄目だった。SF映画ジャンルに含められるが実質的には「剣と魔法世界」のようなものと言ってもよい『スター・ウォーズシリーズも、旧EP4以外のシリーズ作品は全く楽しめなかった。こんな感じだから当然ではあるが、家庭用ゲームの『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などにも手を出していない。

 「剣と魔法系統の娯楽作品の全てを無条件に嫌いかと言えば、そういう訳でもない。子供の頃にテレビビデオで観た『アルゴ探検隊冒険』や『タイタンの戦い(オリジナル版)』といったレイ・ハリーハウゼン作品は、昔も今も大好きである

 『ハリー・ポッター』などが苦手に感じるのには、別の理由も有る。たとえば、ドラえもんの「うつつマクラ」で、余りにも都合が良すぎる夢(文武両道の大天才モテモテで、教師にも親にも級友にもチヤホヤされる世界)に、のび太が興醒めしていたようなものだと言えば、理解してもらえるだろうか?学期末の成績を発表する場で、校長が「勝ったのは…スリリン!……じゃありません!大逆転でグリフィンドールの勝ち!」とか言って、バラエティ番組の「結果発表ー!」みたいな真似をしてスリリンの生徒たちを糠喜びさせたのは非道い。校長あんな依怙贔屓をするような人間からスリリンの生徒たちも性格が歪んでしまったのではないだろうか。あの校長は、教育者として失格だと思う。スリリンの生徒たちは、腐ったミカンなんかじゃない!こんなハリー・ポッターがヒットしたということは「なろう系作品」を好む人間が、日本と同様に海外でも少なくないということなのだろう。どうも私は「なろう系作品」が苦手だ。そういえば、上で挙げた『アルゴ探検隊の大冒険』や『タイタンの戦い』は、ハリウッド作品としてアレンジされているとはいえギリシア神話英雄譚がベースであり、依怙贔屓どころか、むしろ主人公理不尽な試練が課せられる物語なので、その点がツボなのかもしれない。

 LoTRが苦手なのは正義の側のキャラクター白人ベースの美しい造形または愛嬌の有る造形ばかりで、悪の側は醜悪な造形ばかりというのが、どうしても興醒めしダメだった。ルッキズム。それに、LoTRの悪の側の造形は、白人から見た有色人種イメージが入り込んでいる気がする。ルッキズム。それはそれとして、第一部で地下に消えたガンダルフが、続編で生きていたと判明し、杖一本を手に巨大な怪物相手にガキーン!ガキーン!と肉弾戦をしていたところは、正直に言うと大爆笑した。

 こんな感じでカタカナファンタジー作品の大半が私は苦手であるが、例外的に楽しめて大好きだった作品が、先ごろ惜しくも亡くなられた三浦建太郎の『ベルセルクである

 外形的には、人知を超越する異形の存在怪物魔法などが存在する世界舞台にした物語という意味で、同じカタカナ英語ファンタジーという単語が当てられていた作品ではある。しかし、私個人にとっては、ハリー・ポッターLoTRと天と地の違いが有るように思えた。もちろん、私にとっては『ベルセルク』の方が「天」であるハリー・ポッターLoTRファンの人には、重ね重ねすみません。繰り返しますが、個人の好みの話です。

 ゴットハンド名前(スラン、ユービックヴォークト)や、黄金時代篇の敵の武将名前(ボスコーン)からは、作者の原体験SF作品が有ったことは想像に難くない。だからベルセルク物語世界では「魔法のような人知を超えた事象存在する/起きるならば、その根源となるエネルギーは何処から齎されるのか」「その代償に払う犠牲は何か」といった理(ことわり、ロジック)を、作者は考えていたと思う。上でも書いたように、SF作家SF視点から魔法存在する世界舞台にした物語」を書くケースはしばしばあったので、SF好きの三浦建太郎もそれらの影響を受けていたことと推測される。ゴッドハンドの1人として転生する直前、深淵に降ったグリフィスが「ヒトの作りし神」に出会って対話を交わす場面(※単行本未収録)は、あれも「この物語世界がどのような理(ロジック)で動いているか」を読者に示すものだったと言える。

 少し脱線するが、理(ことわり、ロジック)と言えば、ハリー・ポッターのような作品を読んだり見たりしていると「あんな大きな学校が有って、そこから大勢卒業生たちが魔法使いになって世に送り出されて、就職先は確保できるのだろうか?」とか「石を投げれば魔法使いに当たるぐらい、たくさんの魔法使いがいる世界では、そもそも魔法使いの存在価値は有るのだろうか?」とか考えてしまう。モンティ・パイソンコントスーパーマンだらけの世界で大活躍するスーパーヒーロー!我らが『自転車修理マン』!」みたいになったりしないのだろうか?捻くれたSF好きである私は、おそらく「物語のような『不思議世界』が存在していて、それが自分のいる現実世界と地続きであって欲しい」という願望が強いのだろう。だから不思議世界を成り立たせるロジックを求めてしまうのだと思う。ちなみに、驚異の世界を成り立たせるような、もっともらしい理屈を付けてくれるハードSFは大好きである

 話を戻すと、『ベルセルク』の物語魔法や異形のモノが存在する世界で展開されるが、主人公ガッツ自身は、魔法による恩恵を受けていない時期の方が長かった(パックの翅の鱗粉で傷を治癒する描写とか有ったけれど)。ベヘリットによりゴッドハンド召喚され、鷹の団メンバーたちが使徒たちへの贄として捧げられた悲劇を考えれば、ベルセルク物語における魔法人知を超えた異形の怪物ほとんどは、主人公に困難を与える原因として存在したと言っても過言ではない。そんな中でガッツは、鍛錬で身につけた能力人間の業で作れる武器だけを頼りに、使徒という異形の怪物たちを相手に、文字通り満身創痍になって半死半生になりながら、ギリギリで死線を掻い潜る闘いを繰り広げていた。リッケルト、鍛冶のゴドー養女エリカの親子、パックなど少数の例外を除けば、長い間ガッツの闘いは孤立無援だった。これでは読者も、応援したくなるというものである

 それとは対照的に、地下牢で長期間に渡る拷問を受けたものの、ベヘリットを使ってゴッドハンド召喚し、彼らの1人フェムトとなり、受肉して自分王国ファルコニアも手に入れた新生グリフィスは、謂わば「うつつマクラドリーム状態を実現した、ハンサム野比のび太である。まさに、なろう系の究極形。しかも、ノスフェラトゥ・ゾッドを筆頭に使徒たちを配下に従えているのだから主人公との戦力差は圧倒的であり、まさに天と地の差である

 こういう丁寧な前フリがあればこそ、近年の主人公を取り巻く状況に変化(イシドロファルネーゼセルピコなどの新たな仲間の誕生、髑髏の騎士魔女による魔法サポート)を生じさせたことにも、説得力が生まれた。最初からガッツに心強い仲間がいて、魔法によるサポートも受けられるような状態物語が始まっていたとしたら、私のようなカタカナファンタジーの大半が苦手な人間は「ハイハイ、どうせ魔法でチョチョイのチョイと助かるんでしょ」と興醒めして終わっただろうし、多くの熱狂的なファンも生まれなかったことだろう。

 長い長い時を経てキャスカ正気を取り戻したことは、主人公ガッツにとっても読者にとっても喜ばしいことだった。しかし、それでグリフィスに対するガッツの闘いに終止符が打たれた訳ではなかった。新たな仲間や魔法的なサポートを得たとはいえ、これから先もガッツは、強大なグリフィスに対して、苦しく不利な闘いを挑むことになるのは確実だった。そういう骨太物語を、作者は描いてくれる。長期間休載は読者としては辛いけれど、長く待つだけの甲斐が有る作品を描いてくれる。これまでと同様に、これから先も、そうであろう。そう思っていた。鷹の団メンバーが、グリフィスの夢の実現を信じていたように。

 私を含めたファンの願望は、もう叶わない。三浦建太郎自身ペンによる物語の続きを、我々が読むことが出来る機会は、永遠に喪われてしまった。

 このまま未完で終わらせるのか。構想のメモなどを元に、誰か脚本家作画者を代筆に立てて遺志を継ぐのか。今後どうなるのかは、未定だという。どちらが良いのか、私には分からない。

 人は誰しも、別れを告げる時には詩人になるのだと、誰かが言った。しかし、ご覧のとおり私には詩才は無い。こんなに心乱れたままで、長々と駄文を書き連ねた挙げ句、偉大なる作家が彼の代表作の中に残した印象的なフレーズ引用するぐらいしか出来ない。

 「風が、旅の終わりを告げていた」と。

2021-05-25

日本漫画アメリカグラフィックノベルがどうこうの話

日本スゴイでもスゴクナイでもいいんだけどさ、マンガファンとしては海外にもこういう凄いコミックがあってね・・・という話をして欲しいよな。

個人としては日本スゴクナイの方がむしろ嬉しい。知らないコミックが沢山あるってことだから海外に目を向けても、知ってる日本マンガが席巻してるなんて白けるよな。統計データの話でスゴクナイんだ、スゴイって言ってるのは袋小路なんだっていう自戒的な説得より、いやいやこういう凄いコミックがあるんだから読んでみてよ・・・って言われた方が、オタクとしては気になるじゃんか。椎名ゆかり訳の『モンストレス』スゲエ面白いんだぜ? 中国系アメリカ人原作(元マーベル作家)と日本作画(と言っても活躍の場は主にマーベル)のマッチアップで、アメコミ想像されるマッチョテイストを感じさせつつもクトゥルフ幻想SFを背景にイヌネコ人間達が築き上げた文明世界権力者の思惑に巻き込まれながら戦う、少女の話なんだ。日本語版は3巻で止まってるんだけどな。『ファンホーム』は……まあかなり人を選ぶっていうか、多分に衒学的すぎると思うからよく訳したなって正直凄いと思ったよ。あれを心底楽しめる人間は相当稀だろうな。作者名を取ったベクデルテストかい名前が独り歩きしてジェンダーバイアス測定の指標みたいな面してるの、正直英語圏のやつらは作品を鑑賞する時にいちいち杓子定規を持ち出して、ベクデルテスト、うーん…合格! とかやってると想像すると、あきれてしまう。そこまで数値的な規範に頼らないと何のバイアスがあるか無いか判断できないって、それはもう手前で作品を楽しむこと自体不安なんだろうな。

話が逸れたけど、そういう個別作品の話をもっとして欲しいんだよ。それを「北米の(グラフィックノベル市場全体ではなく)一般書店で売られている紙の単行本限定したベスト20でMANGAと呼ばれる商品が独占している」だけだから結論を導くことは出来ない、実際に北米で一番売れているのは「子供向けグラフィックノベル」のカテゴリーだ、って言われても、途端に何が真実という話なのかよく分からなくなるよ。その抗弁もするだけ苦しいっていうか「子供向けグラフィックノベル」って要は児童向け絵本のことでしょ? スマーフとか想像ちゃうけど、カートゥーンネットワーク放送してるアニメボリュームゾーン。そのジャンル比較して、いや日本漫画は売り上げで及ばないし……って言われても、なるほどそんな市場規模ならコミック読んでる奴は精神的に幼いみたいな受け止め方もされるかって思うし、それにMANGAが次いで更に小規模なスーパーヒーロー大人向けグラフィックノベルってマジでさな市場なんだなってなるよね。実はゼロカルカーレの『コバニコーリング』がシニカルなサトリ世代戦時ドキュメンタリーになってて新鮮だとか、ティリー・ウォルデンの『スピン』がヤングアダルトジャンルで出色なんだとか、いやいやMariko Tamakiの"Laura Dean Keeps Breaking Up With Me"が外せないとか、そういう話で盛り上がって欲しい。

こういう愚痴ユーロマンガ誠文堂新光社の『アイデア』も黙らせてくれるので、感謝してます。読みます海外マンガであるというだけで正直かなりの下駄履かせて面白がってるように感じちゃうけれど、知らない変なコミック出会えるというだけで高評価せざるを得ない。非凡な人は全世界にちらばってるので、そういうのを見つけて楽しむのによい。そう思います

2021-04-09

なぜ弱者男性結婚に救いを求めるか

贅沢はできないにしろ、衣食住が欠けることは今のところはない。

仕事は、給料は安いし、やりがいがあるようなものでもない。ただ、今のところ、食いつなぐだけの仕事はまだ日本はあると勝手に思っている。

金のかからない趣味ならお金は回せるし、ネットなら一日そこそこ楽しめるコンテンツは山のようにある。

 

辛いのは、これが変わらないってこと。今後よくなる兆しが全くないっていうこと。普通精神状態だと何とも思わないんだけど、メンタルが弱くなると俺このままこれが続くのかという絶望感に陥る。

 

特に何の技能経験もない自分が今から給料で満足できる仕事につくのは不可能ではないにしても、なかなか希望を持つことは難しい。

から趣味で、圧倒的な幸せを感じるようなのもなかなか難しい。この趣味があれば、安月給でぼっちでもいい趣味には出会えのかも分からない。

友人関係といっても、そもそも金もないし、学生ときのようにただウェーイってやって楽しい年でもない。

それで、結婚したらなんか世界が変わって凄く幸せになれるような気がするんだよ。なぜ結婚したら、自分が救われて幸せになれるかっていうと困るけど、なんか勝手妄想を持ってしまうんだよ。

 

自分幸福度をあげるために、一歩一歩歩んでいけばいいんだけど、スーパーヒーローが現れて幸せになれるとしたら結婚しかない。

結婚してないか自分は不幸なんだと、そうすると不幸の原因は異性にもてないこと。だから女をあてがえ、女叩きが始まってしまう。

もちろん本題がそこにないことは分かっている。

コロナを抑えられるスーパーヒーローがいるという幻想

はてなー馬鹿の一つ覚えで和歌山県知事なら、和歌山県知事ならって唱えてるけど

その和歌山過去最多を大幅に上回る感染増加が起きてるのを知らないのだろうか。

ニュースとかあんまり見ないのかな。

【詳報】過去最多を大幅更新 新型コロナ和歌山県で38人感染

https://www.agara.co.jp/article/117467

速報】2日連続感染30人超 和歌山県、病床使用率60%に

https://news.yahoo.co.jp/articles/38f71f40c2bf19419343a532939cd1b050562836

そして和歌山県は去年緊急事態宣言が解除された時に「和歌山県における自粛要請レベルの引き上げ基準」(https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/011900/d00204252_d/fil/hikiage.pdf)

を定めていて現在感染状況はその基準を超えてるにもかかわらず、営業自粛要請の話も出てないし、聖火リレー祭り等も中止をしないようだ。

仁坂吉伸知事は7日の定例記者会見で「聖火リレー普通イベント大会をいちいち、禁止したりやめていただいたりする時ではないと思う」と話した。

 見物客の密集への懸念については「見に行った人はソーシャルディスタンスを取って、人がいない所で見ていただくのが望ましい。和歌山県はそんなにたくさん人口がいる所ではないので、むちゃくちゃ集まるとは思えない」と話した。



都合が悪いから定めた基準有耶無耶にして適用しないというのはかなり批判に値するムーヴだろう。

自分たまたま相反する諸事情を勘案した判断をする必要に迫られなかったから好きなように正論いたことを言えただけ、となりかねない。

もちろんいい施策もうっているんだろうけど、地理的要因を考えずに単純な感染者の絶対数だけみて人口の少ない自治体首長過大評価しすぎだと思う。

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