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はてなキーワード: スーパーヒーローとは

2019-05-21

anond:20190521153031

おれも聞いたことあるサッカーボールかのように身体を軽く扱われて衝撃だったって。マーベルスーパーヒーローとやってる気分になったって。

2019-05-17

anond:20190517125639

これな。

アメリカスーパーヒーロー物は日本女性に人気ねーからランキング上位行くのかなりきつい。

基本的日本映画館女性支配的だし。

子供向けなら男の子の付き添いで言ってくれる母親いるけど。

2019-04-11

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

2019-03-06

アンパンマンってスーパーヒーローなのか

かにマント羽織ってるしな。

でもスーパーヒーローって感じはしないな。

なんでだろう。

舞台のどかな村で、全体的に可愛らしいからかな。

海外インフォグラフィック見てたら

先進国白人の中で架空スーパーヒーローコンテンツが発展したのは

植民地主義のおかげで、彼らの人種代表する

解放ヒーローがいないかだっていうのにハッとした

2019-02-25

推しヒーローになって育児から救ってくれた

と、勝手に思っている話。

初めて彼女を見た時、なんて可愛らしい子が入ってきたのかと驚きました。それから天使の見た目と裏腹なキャラクターに惹かれ、完全に心を奪われました。

工藤遥さん。いつ振り返っても全てが愛おしいです。

モーニング娘。でのデビューが決まった時は心から嬉しく、ショップ写真を手に取った時の感動は今でも思い出します。

かわいくて、かっこよくて、頑固でまじめで一生懸命で。

活力をくれる彼女を、出来る限りのオタ活で推していました。

そんな中、自分妊娠出産というライフスタイルの変化が訪れました。

今まで気ままなオタクとして生きてきた反動なのか、情けない事に現実の変化に心が追いつきませんでした。

夫に上手く頼ることが出来ず、産後鬱に気付かず騙し騙しの育児で時は流れ、気づけば子供との接し方が分からないノイローゼ状態になっていました。

生活無気力趣味への興味も薄れ、可愛いはずの我が子を見るたび負の感情が湧いてくる。手をあげる妄想が止まらなくなり、心療内科受診しました。


薬を飲む生活になりました。

少しずつ気持ちが楽になってきた気がしたので、楽しかった事、好きだった事を思い浮かべました。

モーニング娘。の歌。工藤遥さんの笑顔

それらに半ば依存するような形でしたが、なんとか立て直してこれたかなと思っている時でした。

彼女卒業。突然のことに驚き、しばらくは悲しみ、追えなかった無念さなどが頭を巡りました。

が、アイドルから女優という新たな夢へ一歩踏み出そうとしている彼女オタク依存不要なんだ。頑張るならば応援しよう。と徐々に思えるようになりました。

その頃には子供と会話が繋がるようになっていましたが、体調は十分でなくコミュニケーションに困ったらテレビの子番組に頼る日々でした。

そこへ、再びの発表。日曜朝のヒーロー新番組快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー

女優として、彼女はそのメンバーの中にいました。


工藤遥さんは、新しい世界で頑張っていました。キラキラ輝く姿と、希望を、TVを通じて届けてくれました。

毎週子供と一緒に見て、なりきり遊びをするようになりました。自分の影響か、子供彼女の役を気に入っていました。

それから、買い物に行くようになりました。おもちゃカードお菓子ゲーム…わくわくしながら楽しさを共有しました。

ヒーロー以外でも、子供自然に遊べるようになりました。

映画やショーにも行きました。

薬は要らなくなりました。楽しそうな子供を見て、自分笑顔になれました。


そしてこの冬、再びのショーで彼女にまた会えました。今度は子供も一緒に。

がんばれ!と本気で応援する子供を見て、胸が熱くなりました。

最後挨拶、役名を呼んだ子供「ありがとう」笑顔で手を振ってくれたことは、一生忘れないと思います

こんな人間が会場にいたことは彼女は知ることもないでしょうが「ありがとう」を伝えたいのは自分なのです。

どうしようもない人間希望をくれてありがとう

新しい挑戦をしてくれてありがとう

活躍を見せてくれてありがとう

書いても書いても伝えきれないほどです。

役としては来月のイベントで終わってしまうけれど、きっかけをくれた推しはこれからもずっとスーパーヒーローです。

本当にありがとう

2019-01-21

女性自明の前提を理解していない

とくにフェミニスト

暴力から身を守る為にも同じ暴力必要なのをまるで理解していない

プリキュアスーパーヒーロー現実はいない

警察事件が起きてからしか動けない

anond:20190120222925

2019-01-08

春の増田七草と言えばエイト作名灘酢魔のルは(回文

みんなは七草粥食べたかしら?

おはようございます

大根ニンジンゴボウサトイモネギシメジ、豚バラ

と、言えば春の七草

違う違う、そうじゃない春の豚汁祭りよ!

昨日七草だってこと今気付いたわ。

そんでさ、

昨日はなんか思いっ切り料理とは言えないけど料理したい気分だったので、

特に何かを切り刻んでグツグツと煮たい気分!

思いっ切り豚汁お鍋なみなみに具だくさんのを作っちゃいました。

帰りが遅かったので、

豚汁できあがったのが深夜2時!

ちょっとだけ出来たてを味見っ!

あの野菜の旨味が溶け出して、

バラのコクがをそれらを全部包み込んでいく包容力

んまいわ!

深夜の豚汁フェスティバル

豚汁フェスって言っても過言ではないわ!

そんなサンバリズムで踊りたくなりそうな豚汁フェスティバルがひっそりと開催!

お祭りの続きはまた明日食べます

もうさ、

この時期の豚汁は最高よね!

でさ気付いたんだけど、

あんまり今まで意識してなかったんだけど、

バラ肉って豚ちゃんのあばららへんの肉なのね。

豚肉バラバラな肉の詰め合わせだと思ったらそれは細切れなのかしら?

で、ふとまた気付いちゃったの。

野性爆弾クッキー野性爆弾ってクッキーキャッチフレーズだと思ってたら、

あれってコンビ名なのね。

おなじく、

バカリズムさんも

一人なのにコンビ名みたいなのね。

ほんとコンビだと思ってたわ。

豚汁たまに作ってみるといいわね。

うふふ。


今日朝ご飯

海老サンドタマサンド

この組み合わせにサンドーしてくれる人!

はいはいハイ!私は大好きよ!!!

デトックスウォーター

白湯ホッツウォーラーイン塩昆布

塩昆布というスーパーヒーローを忘れていたわ。

ナンにでもお料理にでも使えちゃうすぐれものよ!

これ一発で味が決まっちゃうから

正に優等生

から温まるわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-12-23

https://yuchrszk.blogspot.com/2018/12/blog-post_23.html?m=0

スーパーヒーロー映像を観ると親切心上がるってことは、今期グリッド摩やってたから、アニオタ自分比数割増で親切になったのかね。

2018-12-20

エルサゲートへの誤解が多いか反論する

ハサミで突然、耳を切る…子ども向け装う残虐動画が横行

https://www.asahi.com/articles/ASLCH6479LCHUTFL00V.html

このブコメがあまり無知コメントが多いので批判する。

まず子どもにそんなもの見せるな、とか言うやつ。エルサゲートは視聴後の自動再生や関連動画に紛れ込んでいるから悪質なんだよ。例えばクレしんを見ていた次にクレしんエルサゲート流れるんだ。エルサゲートYouTubeアルゴリズム悪用していて、親が好きで見せているわけじゃねえんだよ。

次にYouTube Kidsを使えとか言うやつ。エルサゲートKidsにも紛れ込んでくるから問題になってんだよ。それぐらいわかれ。既存対応回避できるんならニュースにならねーよアホ。

そして、エルサゲートFlashアニメ時代ビックリオチみたいだとか言っているやつ。あのな、エルサゲートオタクがやる寒いパロディみたいな、既存キャラが予想外なことをしてアハハ、みたいなのんきなもんじゃないんだよ。1つでもいいから見てみろ。なんで何も知らねえのに「似てる」とか言えんだよ。見てないものを「似てる」ってどんな頭してんだ。何と何を比較してるんだよアホ。

あと何でこんなものを作るのか、ってやつ。エルサゲート子どもが大好きなものものの寄せ集めなんだよ。バイオレンス子どもが好きな一要素だ。スーパーヒーローとかトランスフォーマーとか、そういうものの延長だよ。好きなキャラクター、バイオレンスカラフル。まだストーリーとかそういうのを咀嚼できない子どもには、それが一番惹かれるんだよ。

これは子ども趣味嗜好を悪用したとても悪質な動画群なんだ。どんな影響があるかまったくわからないし未知数だ。プラットフォームアルゴリズム悪用して一儲けしてやろう、って奴らがたどり着いた最新の精神ハック金儲けなんだ。子どもが好きなキャラをいっぱい出して子どもが好きなカラフルバイオレンス映像を垂れ流して、それを順列組み合わせで自動生成してアップロードしまくって、関連動画にぶち込んで儲けようとしてるんだ。こういう奴らは今までもいた。身近なものだと広告の誤タップ狙いとか、そういうのな。けど、それが子ども趣味嗜好を悪用しようってところまできてんだよ。それはなにか倫理観崩壊していないか? おれはエルサゲートを作っているやつらが暴かれてほしいよ。人としてやっちゃいけないことをやってるんだ、こいつらは。

2018-11-16

助けてほしい

現実には子供のころに見たようなスーパーヒーローはいない。

よって救われることがない。

わかっている。



毎日毎日死にたい逃げたいって思っていて、

最近なぜか憧れの先輩がお話してくれていたから、

生きていたいって思ってしまっていた。

浅はかだった。

先輩と会えなくなって、

先輩の隣にはこんな陰鬱自分は似つかわしくなかったことを思い出せた。


どうしようもなく毎日逃げたいとしか思えなかった気持ちが、

先輩のおかげで延命されていた自殺願望に飲まれた。



ヒーロー現実になんていない。

誰も助けて何てくれない。




死ぬより逃げろと言ってくれるのは、

無責任責任なんて何一つ取ってくれない人たちばかりだ。



どうしたらいいのかすらもう考えられない。

逃げたい。

死にたい

死にたい

死にたい

死にたい

願わくば助けてほしいし、生きていたい。もう一度やり直したい。



でも自分のいた場所から耐え切れずに逃げ出した自分を、

きっと社会も、親も、友達も、先輩だって

みんな許してはくれない

ならいっそ可哀想な子のまま死んでしまいたい。

誰か助けて

2018-11-12

大学院から逃げたい。

どうしても誰かに聞いてほしいけど、

時期も時期だし、付き合いのある人たちはそれこそ研究室の人たちになっちゃうから

こうして匿名ブログに書かせてもらおうって思った。

だって、たまに会う社会人友達にこんな愚痴を聞いてもらうの申し訳ないし。

こぼすこともあるけど。

大学院から逃げたいんです。

助けてヒーローって叫べば助けに来てくれるスーパーマンかいないし。

から今日研究室に行って、ごくまれに、軽い口調で研究辞めたい、大学やめたいって言いながら、

データをとって、論文を書く。

進学してからずっとずっとずっとずっと劣等感と虚脱感しかなかった。

周囲との熱意の差がすごくて、「少なから研究したいから院に来てるもんな、俺ら」って言葉に、

内心よくわかんないって思いながらも、へらへらしてる。

へらへらしてるし、なんも考えてないように思えるかもしれないけど、

ずっと苦痛だった。

苦痛で仕方なくて、ストレスがたまっていってた。

もともとそんなに体は強いほうじゃないから、正直しんどい

から大切な人たちには、「大学院に行くな」って言ってる。

これを見て、大学院やめようって思ってくれる人がいればいいな。

あそこは、「研究することが苦痛じゃない」人たちがいくところ。

苦痛になる可能性があるとか、卒論ですでに辛いとか、それでも社会に出るより学生してたいか大学院残るって人は、

本当一回ちゃんと考えてみてって強く言いたい。

強く強く言いたい。人生後悔してからじゃ遅いし、学部卒でもいいんじゃないかって。

研究室なんて、かなり独自色出る場所だし、

自分のいる場所がそういうのなだけかもしれないが、

すごくすごくすごくつらい。

求められるもの結構高い。

自分研究以外に役立てるためにも、多くの知識を求められる。

例えばだけど、統計は使ってもガッツリ数学とか使わんよって思いながらも数学知識とかを学ばざるを得ない。

学部生じゃないから当たり前なのかもしれないけどさ。

全然いいけどね。勉強になるし。

ってずっと思って、思い込まなきゃやっていけなくて、

壊れた気がする。

もう限界です。

寝ても覚めて研究研究研究データ論文研究論文研究

から、どうか大学院に行くなら、研究苦痛じゃない人が行きますように。

同じような境遇の人が救われますように。

稚拙文章で、言いたいことだけ書き殴ったので見にくいな。

読んでくれた人がいるなら、ありがとう

もう限界だし、心身にヒビが入ってる感じは否定できないけど、

それでも今日研究室へ行くから

スーパーヒーローがいてくれるなら助けに来てくれますように。

2018-10-31

和製フランチャイズハリウッド実写化キープレイヤー

ギレルモ・デル・トロ

 大規模な実写化案件を調べると彼の名前が浮上することがよくある。

 日本文化に影響を受けたパシフィック・リムは彼の作品だし、銃夢キャメロンに紹介したのは彼。

 また、進撃の巨人監督を務めるアンディ・ムスキエティMAMAという作品でムスキエティ監督を勤めデルトロ製作総指揮を勤めた


マシ・オカ

 ご存知、ヤッター!の人。

 日本まれアメリカ育ちの日本国籍。

 ガチガチの理数系であり、映画などのSFX制作するデジタルアーティストでもあった。

 同時に役者でもある。

 オタクを表明していて、日本漫画が好き。※きまぐれオレンジロード浦沢直樹作品が好きらしい

 デスノートロックマン進撃の巨人は彼がプロデューサーとして参加している。

 日本語と英語をどちらも高レベルで喋れる裏方で有名なのはおそらく近年だと彼くらいしかいない。

 それだけに日米で挟まれ疲弊するのを若干心配


レータ・カログリディス

 脚本家

 本業脚本家のため、あまりニュースにはならないのだが深く調べると彼女名前がちょくちょく出てくる。

 アバター制作総指揮だったためキャメロンと付き合いがある。

 近年だとオルタード・カーボン脚本監督を務める。

 SAOパイロットフィルムを作っているのは彼女

 当初は銃夢脚本も作っていた。

 また攻殻機動隊の実写案件にも当社携わっていた。

 しかし、どの案件も途中で抜けていることが多い。

 ただし、これはハリウッドではよくあることではある。

 SAOで今度こそ本格的に和製IPコミットできるか?


東宝

 いよいよもって海外進出し始めた日本映画界の巨人

 ゴジラ及びアニメゲーム漫画案件武器海外へ打って出ようと画策。

 従来の日本映画海外進出映像をそのまま買ってもらうか、翻案件を売る程度であった。

 しかし、株主発表会などで海外進出を明言。

 ゴジラ君の名は。ポケモンでは映画製作自身も本格参加。

 資金投資している。

 近年アニメ業界への進出が熱心なのもこのためだと思われる。※ヒロアカはTOHO製作

 はたして吉とでるか凶と出るか。


レジェダリーピクチャーズ

 近年やけに日本IP実写化で浮上する。

 パシフィック・リム(これは日本製ではないが)、ゴジラポケモン、ヒロアカガンダムはすべてレジェダリ製作及び製作予定である

 中華企業が買収したためアジア圏での和製IPの影響力の強さを買っているのかもしれない。

 今の所成功を収めた和製IP作品All You Need Is Killゴジラバイオハザードくらいしかなく、特にゴジラ大成功と言っていい。

 同じようにHITする作品がでるだろうか?


パラマウント

 ソニック子連れ狼君の名は。パラマウント担当

 レジェダリーほどビッグではないがつぶ揃いの作品が揃う。

 君の名は。はそのなかでもJJエイブラムスプロデュースするとのことで期待。


誰かが言っていたのだがハリウッドには日本IPマニア連合みたいのが存在するらしい。

出ている情報で推察すると

デルトロキャメロンタランティーノ、レータ、マシ・オカ辺りが該当する用に見える。

それぞれSF時代劇など分野は違うが好みの作品があるように見える。

他にも情報交換している人はもっといるのかもしれない。


しかし、気になるのはこれまでに日本IPの大ヒットがゴジラくらいしかないのにあまりに次々と実写化ニュースになることだ。

しかもどんどん大規模かつ具体的な案件が多くなっている。

銃夢制作費200億円だし、ポケモンも相当お金をかけているようだ。

進撃の巨人プロデューサーだけではなく監督制作会社まで既に決まっているため、実写化する確率が高いのではないかと見られている。

一体何が起こっているのだろうか?

まぁハリウッド脚本不足がそこまで激しくなっているということなのかもしれない。

マーベル代表されるスーパーヒーロー映画は大盛況だがあまりに立て続けに実写化されたため一部ではクソマント物(capeshit)などと揶揄する人も出てきた。

知名度比較的高くないヒーローまで実写化され

アクアマン」って誰だよ。

とか突っ込まれることもある(ファンにはすまんがw)

MEGロック様のような少し前のダイ・ハードのようなアクションもの作品が大ヒットしているのを見るに若干アメリカ人も飽き始めているのかもしれない。

それでも大ヒットはするんだけど・・・


いずれにせよ、これらの作品の内どれかが大ヒットすれば和製IP実写化案件さらに加速するとみられる。

期待したい。


----------------------- 過去海外調査案件記事 ------------------

日本アニメ配信業界地殻変動

https://anond.hatelabo.jp/20170807163708


日本IP実写化案件

https://anond.hatelabo.jp/20181025161748

----------------------------------------------------------------------------

2018-10-27

平凡な人生だと思う。

普通学生生活を送って、受験普通に受かって普通大学に行って、人並みに就活して普通中小企業で働いた。仕事はあまり合わなくてすぐに転職したけど、転職先もまあ普通企業で今も普通に働いてる。良いパートナーを見つけて結婚もした。なにか劇的なことがあるわけでもなく、でもずっと劇的なことを望んでるような気がしてる。

もうスーパーヒーローシンデレラ海賊王にはなれない。でも、スポットライトを浴びるような主人公を夢見ている。

ちょっとだけ漫画が描きたくなった。

明日日曜日だ。

2018-09-14

どうしても見つからないゲームがある

1980年台後半だと思う

駅前デパ地下にあるナムコ直営ゲームコーナーで、忘れられないできごとがあった

その頃、自分はまだ小学生だった

それなのに毎晩のようにそのゲームコーナーに出没しては、お金ももたないままに他人プレイを目を輝かせながら眺めていた

理由は親の仕事にある

両親は夫婦自営業をしていた

いわゆる夜の仕事(といっても性風俗ではない)をしていたために、夜には家に誰もいなくなってしまうのだ

そのため、学校から帰るときまって母親に連れられて店の片隅でテレビを見ながら仕事が終わるのを待つ毎日だった

そんなときに見つけたのがデパ地下ゲームコーナーだった

何かの買い物で連れられていったデパ地下商店街の片隅に、宝石箱のような世界が広がっていた

それが自分人生ではじめてのゲームとの出会いでもある

それからというもの、親には本屋にいくと嘘をついてウキウキした気持ちデパート階段を下った

デパートの裏口から直接つづく階段ホールに入ると、広い空間にほんのりと響くリブルラブルトイポップBGM身体を包んだ

階段を降り地下への入口をくぐった瞬間にこもったような音からクリア音楽に変わる

その瞬間の心がときめく感覚は、この歳になっても全く色褪せることなく当時のまま思い出すことができる

お酒を伴う夜の仕事は、親の醜い部分を露呈させた

お客にゴマをすり頭を下げる姿、酒に乗じて大騒ぎする姿、帰りのタクシーで酔いに任せて悪態をつく姿

でも、ゲームコーナーにいる間はすべてが無縁だった

一つ一つ置かれたゲーム機を覗き込めば、そこにはいくつもの夢のような世界が広がっていた

しかし、自分には唯一、お金がなかった

普段ゲームデモ画面を眺めては妄想にひたり、誰かがお金を入れてゲームを始めれば怒られない距離を保ってその様子を眺める毎日だった

その距離を保っていたのは、ある時、ノート片手にゲーム攻略する人の横に座って眺めていたとき店員さんに注意されたのがきっかけだった

うまく行かなかったことの理由にされたのであろう

それでも店員さんはお金を落とさな自分にもとても優しかった

いつも話しを聞いてくれたし、つぎにどんなゲームが導入されるのかも教えてくれた

「君がゲーム邪魔になることで他のお客さんが来なくなると困る」そう優しく教えてくれたから、自分も素直に従ったのだ

サイドアームの、デモ画面でも合体した直後の数秒間だけ操作ができることを教えててくれたのもこの店員さんだった

それからというもの、その数秒を操作したいためにデモ画面を食い入るように見入ったものだった

たまにほんの少しのお小遣いをもらったときは、どのゲームプレイするか真剣に悩んだ

悩んだところで自分の腕前では持って3分はやければ数十秒でゲームオーバーを迎えるのが関の山だった

他人プレイを盗み見して自分なりの攻略は持っているつもりだったが、自分スーパーヒーローか何かだと勘違いしているその世代にしてみれば、目の前の堅実な攻略よりも頭の中のスーパープレイができると信じ込んでしまっている

当然そんな状態でまともにゲームができるはずがなかった

それでも店員さんは、自分スーパー裏技攻略プレイ妄想話をいつもニコニコした顔で聞いてくれていた

そんなとき出会ったゲームがある

店員さんから新しいゲームが入るとよ前々から聞かされていたものだった

ここから記憶曖昧なので、嘘がまじるかも知れない

そのゲームゲームコーナーの目立たない位置に導入されていた

大体以下のような内容だ

ガントレットのような360度方向に動かすことのできる見下ろし型のアクションゲーム

・画面はスクロールたかもしれないししなかったかもしれない

主人公というもの存在していて、攻撃のメインは投げナイフだったと思う

・飛距離はそれほど長くないが連射ができた

ステージクリアー型のゲームで、ゲイングランドのように道中で仲間を助け出すと、プレイヤーキャラクターついてまわって攻撃の補佐をしてくれたように記憶している

・3ライフ制、同じキャラがその場で復活する

・おそらく2人で同時に協力プレイができた

近未来舞台

・当時の中ではグラフィックが綺麗で緻密だったように感じた

その当時よく眺めていたと記憶しているゲームは大体、魔界村ドラゴンバスター妖怪道中記ワンダーモモパックランドイシターの復活、などだ

からおそらく1989年ごろまでの話だと記憶している

その日は他人プレイするのを眺めては、いつものように自分攻略妄想を広げていた

次の日、たまたま50円の小遣いをもらうことが出来たので、そのゲームへとまっしぐらに向かっていった

店員への挨拶もままならないまま、すぐに筐体に50円を投入してスタートボタンを押した

すると常連客の一人、大学生くらいの男性が突然近づいてきて自分に声をかけた

「なんだよ。ゲーム始めちゃったのかよ。終わったらすぐにどけよ。」みたいなことだったと思うが、そういうとその男性はすぐにその場を去った

普段ろくに会話をしたこともないのにその日に限ってなぜだろうと不思議だった

せっかくの新しいゲームプレイするトキメキ台無しになったと思ったように記憶している

かくしてそのゲームはかなり難しかった

ステージ1をクリアできるかできないかで、自分の残機はなくなった

ところが、悔しくていろいろなボタンを押していたら、スタートボタンを押したときふいに自分キャラが復活してゲームが再開された

自分はその時、とうとうスーパー裏技攻略プレイ発見したと思った

その後も仲間を助け、敵にやられるを繰り返し、残機がなくなるとスタートボタンを押せば復活できた

ゲームが下手な自分でも、何ステージも進めることが出来たことにとても興奮していた

しかし、とうとうスタートボタンを押しても復活できなくなってしまった

理由はわからなかったが、何故かその時、仲間がいる間は復活ができるのだと自分の中で解釈していた

ゲームが終わると、すぐに店員さんのもとに駆け寄りに嬉しそうにそのことを話した

しか店員さんはとても煮え切らない顔で「そんなはずないのにな、、、」というようなことを口にしていた

とうとうスーパー裏技攻略プレイ発見した自分は興奮を抑え切れないままに、そのゲームのもとに戻りデモ画面を眺めていた

何かすごい偉業を成し遂げてしまったような気分だった

するとそこに、先程の男性が戻ってきた

そして戻ってくるなりこちらを睨みつけて、「ふざけんな!お前全部使っちまったのかよ!」と怒鳴りつけてきた

自分には何のことかわからずただキョトンと相手の顔を眺めているだけだった

男性の顔はみるみるなにか言いたそうないらだちで満たされる

しかし、その直後に椅子ひとつ蹴飛ばすと、だまってゲームコーナーを後にしてしまった

けがからないままに立ち尽くしていると、店員さんが近づいてきて、すべてを理解したような顔でこういった

「あー、彼がいれたコイン全部つかっちゃったんだ。おかしいと思ったよ。今度あったときに返さないとまずいんじゃない。」

それですべてを悟った

男性は、そのゲームをしっかりと攻略するために予めゲームクレジットを入れてあったようだ

しかし何らかの理由で席を離れなくてはならなくて、その間に自分が座ってゲームを開始してしまった

子供相手にどけとは言えず、終わるのを待つことにした(そしてまた何らかの理由ですこし席を離れた)

その間、自分は彼の入れたすべてのクレジットを使い切ってしまった

そしてそれをスーパー裏技攻略プレイだと勘違いした

というもの

子供相手からと、男性もそれ以上は詰め寄ることはしなかったのだろう

再び困ったように店員さんの顔を見る

しかし、店員さんは自分にできることはなにもないといった様子で、冷たい視線を送ってくるだけだった

いつもは仲の良いと思っていた店員さんだけに、幼心にその視線はあまりにも辛かった

何回くらいコンティニューしたのだろうか

おそらく10回はくだらないだろう

その当時の自分にしてみれば500円はあまりにも大金だった

返せる宛もなく、店員さんの冷たい視線を思い出すとそのゲームコーナーに近づく気にはなれず、あれ程通っていたにもかかわらずそれ以降そこには行かなくなってしまった。

今はその場所を離れ別の土地生活をしているのだが、数年前に、地元テレビ番組で映し出されたときにこのことを突然思い出した

その後軽い気持ちでそのゲームを探し始めたのだが、有名メーカー情報過去アーケードゲーム網羅するようなサイトを見てもそれと言えるゲームをどれだけ探しても見つけることが出来なかった

うっすらとした記憶の中に、そのゲームが導入されることを導入前から店員さんと話をしていたような気がするので、もしかしたらロケテストのみ行われて販売されなかったゲームなのかもしれない

しかし、ナムコでは過去、そのようなゲームが開発中止になったという情報を見つけることは出来なかった

実はこの記憶自分の中で捏造されたものかも知れないという疑惑さえ生じてくるほどに悩んだ

だとしたらどうして自分はこんな記憶捏造するに至ったのだろうか

一体どこまでが正しい記憶で、どこから捏造なのだろうか

ゲームの画面といらだちに満ちた男性の顔だけは今でもはっきりと思い出すことができるというのに

何ぶん30年近くも前の話で申し訳ないのだが、誰かそんなゲームがあったかもしれないという記憶をお持ちの方はいないだろうか

2018-09-09

anond:20180909165935

ガールズパワー好きな人って、「スーパーマン女性版(スーパーヒーロー権利男性から勝ち取る)」や「スターウォーズ主人公役を男性から勝ち取る(007も?)」ような方向性を全肯定しているのかな、という点は気になる

男性から勝ち取る」という発想に縛られすぎて自由な発想が出来なくなっているようにも見えるが、そうでもないのか

日本で言うと、ドラゴンボール悟空女性版が欲しい、みたいな欲求を持っているのか、という点

2018-08-30

他国侵略した国、民族ほど空想ヒーローが発達する説

日本アニメ漫画

アメリカ白人アメコミハリウッドアクション映画

イギリスシャーロックホームズアーサー王007

 

逆に侵略を受けた国や民族人種には

大抵抑圧に対抗したリアルヒーロー存在するので

架空存在でっち上げずとも

歴史ドラマ映画スーパーヒーロー需要が満たせるという

 

ただし、EU圏は特殊

侵略側の仏伊は映画に関しては鎖国状態

ドイツ戦後まりにもイメージ悪化共産主義紆余曲折したせいで

ヒーローどころの話ではなく

映画産業はクソみたいな状況に陥った

現在国内コンテンツで一番人気なのはコメディ系だそうだ

2018-08-20

Mr.インクレディブルを見ていると悲しい気持ちになる

今日風邪で早退した。

タオルケットにくるまって、鼻水をすすりながらネットぽちぽちしている。

怖い話読んで怯えてみたり、

美味しいカルボナーラの作り方を調べてみたり、

最近流行りの映画は何かと調べて見た、特に意味のないことをするのが最高に楽しい

くだらないこと is 人生

ピクサーMr.インクレディブルの続編が公開中らしい。

家族愛テーマに据えたこ作品はそこそこ好評のようだ。

Mr.インクレディブルという映画が、私はあまり好きではない。

嫌いというわけではないけれど、苦手だ。

世の中には、特別な人とそうでない人がいるんだよ。

そういう風に言われている気分になるからだ。

それっぽい言葉で言うと、選民意識ってやつかもしれない。

私がこの映画を見たのはまだ小学生の頃のことで、当時そんな言葉は知らなかったけれど。

前評判も妙なすりこみもないまっさら状態で見て、作品中に流れるそんな空気を感じた。

このことを誰かに言ってもあまり共感されたことはない。

両親に言うと、「はいはいあんたは特別人間だよ」とテキトーに返された。

例えば、保険会社で働くボブは神経質な上司に悩まされ、鬱屈している。

スーパーヒーローだった輝かしい過去を忘れられない。

俺はもっとすごいやつなんだ、こんな身分自分にふさわしくない。

じゃあ、彼の言う、こんな仕事しかできない普通の人たちはいったい何なんだろう。

若い頃、ボブは自分ファンである子供シンドロームを無下にした。

そりゃあ、危険仕事最中だし、仕方ないと思う。

しかし、私には、普通の人が特別な人に並び立ちたいと願ってはいけない、と言っているように見えた。

その後、それが遠因となって大問題となったあとでも、後悔する様子もなければ、謝ることもない。

それから、最終盤、「ゆっくり」走って徒競走で2位になるダッシュ

私が1位の子だったら、妙な手加減されてすごく嫌な気分になると思う。

そもそも、この映画におけるスーパーヒーロの行動原理は良いことをしたい、家族を助けたい、ではなく能力を思う存分使いたいであるように見える。

それは人として当然の欲求かもしれない。特別な力や才能を持つ人は得てしてそう思うものなのかもしれない。

でも、その様子が、「俺は一般人とは違うんだ。こんなやつらとは一緒にしないでくれ」というように描写されると、一般人たる私は何なんだろうな、と悲しい気分になる。

今作におけるヴィランであるシンドロームスーパーヒーローとしての能力を持っていないことも印象的だ。

訴訟を起こし、ヒーロー引退きっかけを作った人物もそうだった。

彼らヒーローたちにとっての敵は、常に好意的でない一般人たちだった。

私は、自分特別人間ではないという自覚がある。

あの物語に私が登場するのだとしたら、すっ転んでモンスターから逃げ遅れたところをヒーローに助けられて、ありがとう!さすが!すごい!という役どころだと思う。

もしくは、冴えない保険会社オフィスにぴったりな冴えないOL

シンドロームにすらなれないだろう。

この映画好きな人自分のことを特別だと、スーパーヒーロー側の人間だと思っているのだろうか。

そちらの方が健全なような気もする。

うがった見方だろうなとも、私が卑屈すぎるだけとも思う。

じゃあ、どういう展開なら納得したんだ、と言われても答えることもできない。

ただ、なんとなく悲しいなあと思う。

anond:20180819025305

映画館の男女別の客のデータは正直見ないほうがいい。

あんまり言いたくないけど、日本女性ステレオタイプがもろに表出されてて、日本映画面白くしたい、売れるようにしたい、海外で見てもらいたいとか思ってる映画好きの男性映画好きって言ってる女性をたぶん嫌いになるよ。

とある映画批評家がミソジニーをもろだししてしまった理由が端的にわかる。

まぁ俺はそもそも実写邦画みないからどうでもいいんだけど。

からみてて日本の実写邦画好きの男って哀れだなぁとは思う。


イケメン俳優しかみない、ストーリーはどうでもいい、映画館男性より女性客が多い等々

今の邦画海外でなぜ受けないのかっていう理由のほぼ全てが映画館女性からアンケートとかで列挙されてるのが見れる。


アメリカだと映画館若い男性けが主流で女性のことは全然考えてくれないとかいう嘆きを言ってるんだよね。

でも実は日本だと映画館女性のもの男性のものではない(これは種々のデータからはっきり出てて、日本映画館男性客より女性客のほうが多い)

さらに実写の企画男性向けは少なくて女性けがめちゃくちゃ多い。

日本女性が好むものばかりにすると金をかけるのはイケメン俳優だらけで脚本にまったく気を配らない漫画実写映画ばかりになる(少年漫画ストーリー若いイケメンばかり出てくるからね)

しかも金が足りなくてちゃちい学芸会みたいな。

あるいは女子高生向けの恋愛もの

一時期大量に流行ってたけど。

いまでもやってんのかな。


アベンジャーズ日本流行らないってTwitterで言ってる人も以前いたけど、これも理由ははっきりしてて、女性に受けないから。

スーパーヒーロー物はアメリカじゃ基本的若い男性にターゲッティングした映画若い男性に受けてるから、あれだけ興行収入が図抜けてる。

でも日本映画館では女性に受けないと興行収入が伸びない。

象徴的なのが名探偵コナンで、あれは若い女性に受けてるのがデータではっきり出てる。

から興行収入がのびる。


日本映画界を海外と同じようなスタイルにしたいならまず、若い男性映画館に引っ張ってこないとだめなんだよね。

「下部構造は上部構造規定する」


からメンズデーを最低でもレディスデーと同じくらいの比率採用しないとだめだとは俺も思うんだけど。

映画館男性がいてもいい場所なんだ」

っていう意識をもたせなきゃ日本映画界はまずスタートラインにすら立てないと思う。

2018-08-17

「あの夏」の終わり方

“あの夏”、から一年唐突ですが、どういう思いを抱いて彼らを応援しているのか、を自分語りとして綴ることにします。(お友達は一部既出ですが・・自分なりに整理をしました)いろんな巡り合わせだったり偶然を運命を呼ぶことにしたわたしは、森田美勇人Love-tuneTravis Japan)出の美勇人なのだな、と思います

2016年出会いの春、それはLove-tuneが結成された季節です。少クラガムシャラ、そして兄ガチャに嵐バック。2014年からあらちかを筆頭に、まがいなりにもTravis Japan意識していた人間としては、みゅうとくんが公式グループ兼任することも、顕嵐くんがいつのまにかそこでマイクを持っていたことも、待って待って…と思うばかりだった。

だけど顕嵐くんが、輝くべき場所で輝けるのならそれは素敵だよとなぜか腑に落ちていて。目線を合わせずに背中を委ねる宮近くんとはもう長い付き合いだったこと、骨折しながら青山劇場に通ってTravis Japanで居てくれたこと、「やっとA・RA・SHIを歌えました」と言ってくれたこと、グループの顔として存在しようとしてくれたこと。だいすきな顕嵐くんがいくつもあるけれど、アイドル阿部顕嵐”としての最善の道を邁進しようとする生き様が、彼らしいなんてふうに思った。“あらちか”が隣同士でなくなってしまうのにはどこかズキッとして、終わりを迎える日を「宮近ももってけドロボー!」なんてまだまだ傷心を誤魔化すように、それっぽく野次をとばしてみたりした。2016年を振り返る際に、意思を持ってトラジャへ合いの手を入れる顕嵐くんが瞬間咎められる姿に、心のめそめそは止まらなかったけれど、それぞれのファンとの関係大事にする彼らの優しさだったんだろうなあ、と思う。(銀河劇場でコンテを狂舞する顕嵐くんを、博品館Shall we dance?する宮近くんを、同時に観れちゃうんだ あらちかはず〜っとドリームだよ!)

そんな事実が対比として、8人になったTravis Japanを引っ張ろうとさらに踊りだしたみんなのみゅうとくんに、どうしてもTravis Japanでいてほしくて、青山劇場さよならをして終わりかにみえTravis Japanが、兄組・弟組別から改めてグループとして動きだしたTravis Japanに、そのままのグループでいてほしくて、そんな勝手な願掛けでブーメラン呪いをかけはじめた。

両方の登場場面で現れた出ずっぱりな少クラ美勇人くん、嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、DIGITAL BOYSセンターで笑って、アイランドゲストガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。木星から金星へ、その場でジャケット羽織ってTravis JapanからLove-tuneへ変幻する美勇人くんにハートは奪われたし、仮面ライダーって実在するんだ、と思った。精神的な切迫を考え出すとキリがなかったのに、呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みダンス留学なんてしちゃう。誰よりアイドルをして、歌って奏でて踊りまくる美勇人くんがいて、もう充分すぎるほど君を見つめていたし、たくさんの衣装を着まわす姿を思わず数え「今はどっち?」と離れて行きそうな彼への、典型的な重い女な執着心を抱き“リア恋枠”を称したのは、心の奥底でこうなる「いつか」を恐れて、1mm責任や傷を負わないよう距離を図っていたのだろう。「いつか」来る「いつか」を知ってしまったとき自分を最大限傷つけないよう「担当」と呼ばない逃げ道に立って、大好きなのにすべてを100%応援できない、身勝手自分肯定していた。それでも、2つの顔を邁進する美勇人くんのやさしさや強さが憎いくらい眩しくって憎むことなんて滅相もなくて、ほんとうはずっと、「いってきます」を言うと「いってらっしゃい」を「ただいま」に「おかえり」を返してくれる、Love-tuneというTravis Japanという君だけの特等席はあたたかすぎるほど輝きに満ちていたのに。

2017年ジャニーズJr.祭り、会いにいったTravis Japanは7人になっていた。アイランドで氷のような張り詰めた美麗さを纏った宮近くんはだからだったと合点してしまうことが切なくて、“兄組”という4人の青春尊大だったし、僅か数ヶ月前「やる気スイッチTravis Japan」だとメンバーの顔を振り返っては破顔するキングオブTravis Japanな最年長が、今「なんで?」とついつい息巻いた。それでも彼は過去否定することなく夢を夢のままにせず歩みだしたし、親友たちは今でも存在をたくさん生かしてくれるのに、今も昔も変わらず己を武器にするところ本当に拡輝でヒロキだね〜。舞台の上で、今も踊る姿を演じる姿を大きな笑顔をみつけられること、希望しかないよ。

ユニットと肩を並べたこステージで、魅せようと一体に燃え盛るTravis Japanは7人でも最高に情熱的だった。唯一オリ曲を持っていないのが切なくて虚しくてたまらなかったけれど、「本物のアーティスト」になるべく温存された玉虫衣装を纏ってソークレ・スパノバを踊る彼らのため心臓は動いたし、『山の手外回り』を選曲して、大阪では2番の「御堂筋線」を歌う姿はなんの誇張もなく天才的で愛くるしかった。

Love-tuneでありTravis Japanである森田美勇人は、キレッキレのNaFで世界観に引き込んだと思ったら、マスピではセンターをぶっちぎって腰を回すし、パリマニで花道闊歩してCha-Cha-Chaで低音ラップする人一倍な出演に膝から崩れ落ちてしまう。そんなふうにTravis Japanへの信奉と美勇人くんへの好きが目の前に打ち寄せる。ついつい神経質になる私を宥めるかのように、トラジャのジャケットのうえにらぶのジャケット羽織ったり、らぶのジャケットのうえにトラジャのそれを羽織ったり、同じくらいの交互にする美勇人くんはとてもやさしくて。横アリラスト開演前、早売りとして流れてきた「どちらも100%」「最後の一人になってもTravis Japan」の言葉と、そう言ってくれた事実、今となっては真偽は分からないけれど、心のやらかいところお陰で君に染まっていて、ただ単純に嬉しくて愛しくて天日干ししたお布団みたいにあったかかった。

ジャニーズJr.なのに」と卑下せず、「ジャニーズJr.から努力を選んだ。ベースラップダンスも、誰よりカッコいい美勇人くん。両グループのまんなかを歩いては、どちらでも0番になれた美勇人くん。ほんとうに最後まで、どちらも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、ほんとうのみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーだった。ジャニーズ銀座では、森田美勇人Love-tune)と森田美勇人Travis Japan)のフォトセットが別々に発売されたこと。グレちゃってたくせに、「もりたさんきょうだいでまわしてる」なんてひらがなで言うこと。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない顔をすること。トラジャを引っ張って、らぶを底上げして、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当にほんとうに凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、ついにオリジナル衣装オリジナルの曲をもらったこと。多分、あと寸前のところで、影に覆われてしまわなかったのは、舞台班だったはずが、毎週の少クラコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneTravis Japanでいてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思いたくて。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。

あの夏、つまりはキントレトラジャ単独公演。美勇人くんのために悪戯っ子みたいに踊った弟組、美勇人くんのために揺れる最後の“白”、涙を包み隠すような如恵留くんの『時を刻もう』。雨が降り続けた六本木で、“今さら「なんで?」ってなんて言わないよ”なんて、まさになしめちゃんの『雨』。「最後はこれしかないだろー!」なSupernova。“明日になれば全てが嘘だとしても i wanna rock your world” 。泣いちゃった宮近くんと、「そのままでいてくれーー!」なうちゃんあんなに泣きじゃくったのは最初最後の夜だったし、すべてのエネルギーが注がれた救世主は、それでも逞しく踊り続けるから、強くて儚くてそして美しかった。「お仕事がんばって!」と笑っていうアイドルないつも通りすぎる美勇人くんは6人へ拍手をしたし、体力の限界まで踊りきるTravis Japanはただ格好よくて前しか向いていない、宇宙で一番熱いグループだった。6人の『夢のハリウッド』をお披露目したのに「オリジナル曲」と言わず、命の限り7人だったジャニーズJr.アイドル森田美勇人くんとTravis Japanと“あの夏”、がずるすぎるくらいに愛しくて愛しくて大大だーいすきなんだ!『夢のハリウッド』は間違いなく、7人のTravis Japanが掴み取った曲だったし、今も7人のための曲だね。

翌日からの、Love-tuneTravis Japan合同公演に当たり前のように森田美勇人Love-tune/Travis Japan)でいたことが当たり前だけどカッコよすぎて、やり抜いたオーラスCan do! Can go!でEXシアターを一周する姿は、やっぱりファンのためにしか生きていなかった。帰路にて不意に、「あっちの立場じゃなくてよかった」と聞こえてしまたことが悲しくて、そしてひどく羨ましかった。嫌いになれればどんなに楽か、なんて思ってしまうけれど、みゅうとくんは最後最後まで一途に筋を通し続けちゃうから、誰よりファンのためのそんな生き方から、嫌いになれるわけなんてないよ〜〜。

立ち会うことになった『Love-tune Live 2017』、後ろのカッコの中身が減ってしまってもキラキラに輝いて「好きなんだよ」「泣かないで」と恋させてくれる罪なアイドル森田美勇人くんが、たしかに泣けるくらい好きだった。デザインしたネイビーとホワイトTシャツを、半分ずつに繋いで着こなすみゅうとくんは、誰のことも置いていかない100%アイドルでさー!

Love-tuneは、完璧すぎるからずるい。熱を呼応させる高い求心力も、まんなかで指揮する最小最年長を含め、もはや二次元バランス個性も、魂から魂へ奏でる音色も。なのに努力できる才能、幸せを作る力と信念と、思わず恋する運命共同体な笑顔バンドだけじゃないダンスだけじゃない、7人じゃなきゃLove-tuneじゃないLove-tuneに、ときめかないわけがないし、勝ち負けではないと言いながら私自身が完敗だった。出会う順番やこんな欠点のなさにも理由をつけて、「私なんか応援しなくたって完成されているじゃん」と卑屈になったり、当たり前ながら当たり前に「ファン」する方に引け目を感じて縮こまったり、羨んでしま自分がどうしても存在してしまったけど、そんなどうしようもない気持ちも、好きを表す賞賛ひとつにしていいのかな、なんて。

そんな頂点で、アクセントになればとなにより踊って奏でる素晴らしいみゅうとくんは、お茶目に熱い愛を沸かすし、使命を果たしてくれたみゅうとくんによって、どこかで「言ってはいけないこと」と決め込んでいた無意識解放され、言っていい言葉になった。「Love-tuneが好き」を、わたしも言うことができる!Travis Japanで魅せる美しい美勇人くんも、Love-tuneで魂をぶつける勇ましい美勇人くんも、ほんとうのほんとうは、ちゃんと大好きだった。それ以上にも歴史のある人だけど、語らずにも区切りをつけて、今をありったけ生きてくれている今の美勇人くんを、「好き」だと言っていたい。

Love-tune Liveから約一週間後の『ABCジャニーズ伝説2017』。日生劇場客席には、みゅうとくんが見学にいた。ステージにいるTravis Japanは5人になっていた。アグレッシブダンスとお顔を一目見れば、“気になる存在”になってしまう最年少。笑いをとりにいく姿勢も、軽快にMCを回すキーマンだったのも、突然いなくなったのも、こっちが「オマエのそーいうとこ嫌い」だもう!!!大嘘)夢ハリの増えたパート自分のものにする宮近くんやうみちゃんTravis Japanのまっすぐな瞳を見ては、涙が溢れてしまうばかりだったけど、“5人でも大丈夫”なことを高らかに宣言するように、透明な空気を纏いピカピカと輝きを魅せるそこはまさにハリウッドだった。見せ場のアドリブ、ここぞとばかりなのえしめを呼んでひっちゃかめっちゃかするうみちゃんはよくぞやってくれただし、ショータイム完璧美勇人くんへ指差しウィンク・指の隙間から時を超え5starsする宮近くんは客席一番後ろへ目配せをして、楽しそうに嬉しそうにこれでもかと“Dance for you”するTravis Japanがたまらなく愛おしかった。

命が減っても不死鳥のように生き続け、魂を磨き上げるTravis Japanは、真っ先に火を灯したい至高のエンターティナーだ。悔しい悲しい切ないでドロドロになってしまうのに、一瞬でその汗と笑顔に魅了されてしまうから、嬉しくて楽しくて最高の「生きる」をもらってしまう。わんぱくどろんこはちゃめちゃなのに、パフォーマンスとなるとキリッとお澄ましをして曲の世界へ誘う青年たち。どうしようもなく愛おしくなるし、彼らのパフォーマンスになにより心が揺れ動いて、ドクドクと血は巡り、体温が何度だって上がる。誰もわるくなくってどうしようもできなくって、それでもちゃんと、彼らは幸せを描いていた。

「報われてほしい」と言われることも少なくないけれど、過去もずっと今もずっと、“誰も歩いたことない道を歩く”Travis Japanは、出会った私はしあわせだったんだよ〜。Love-tune美勇人くんを、100%好きだと言い切れない自分が負い目のままだったけど、美勇人くんを好きなTravis Japanを、Travis Japanを好きな美勇人くんを、まだずっと、好きでいいんだ、と幸せの渦に巻き込まれているようで。

そうして美勇人くんの誕生日更新されたジャニーズWebボイスは、数ヶ月前に私もリクエストした、ちゃんTravis Japanだった証をプレゼントしてくれたみたいなあの一言だった。

それからというもの、季節はすぐにめぐり巡ってしまうけれど、思えばしあわせなことしかなかった。何かが幕を開ける始まりの度、いつかまた、戻ってくれるんじゃないか…また誰かを失ってしまうんじゃないか…と淡い期待や不安を抱いてしまうはずが、Travis Japanは、一生一緒の最強シンメを迎えて7人になった。大事記憶や脆さに蓋をしながら、ファン確認をしながら、颯爽と次のステージにいるらしい。もう彼の戻れる場所はなくて、探すのはやめようと誓った晩秋自分場所自分でつかみ取れ、帝国劇場Travis Payneの構成振付を高らかに踊りつづけた新春。Endless SHOCKカンパニーの一員、豹変したように踊るこの2人がメンバーだなんて恐ろしい程だとまるで裏切られた立春横アリドリームステージ、「オレたちの第2幕」。7人の新生Travis Japanの汗と笑顔しあわせの鐘に涙・始まりまりの春。初めての7人でのツアー双眼鏡の中でISNを踊る宮近くんがやっぱり宝石みたい、電光石火3年前を思い出した初夏。

今までのわたしは結局自分のしあわせしか考えていなかったけれど、ジャニーズJr.祭り2018を通して、ちょっとみゅうとくんのしあわせを考えられる大人になったんじゃないかなぁ。みゅうとくんを抱きしめ迎えてくれるLove-tuneがいることが嬉しくて嬉しくて、マジパネェ太郎さんがとなりにいるなんてめちゃくちゃ心強くて。見学席へみゅーと!みゅーと!とピーチクパーチクするトラジャは変わらずでなんだか懐かしくなって、YouTubeに連載にセルフィーに…。彼らにとっても私にとっても“初めて”を大事に育むれっきとしたグループトラジャがもうとびきりな非日常を運んでくれているし、代わり映えしない毎日から救ってくれるのはLove-tuneなんだよ。長い長い春休みだけど、わたしTravis Japanを好きなこと、Love-tuneを好きでいられること、みゅうとくんがアイドルを生きた最高の証で、大事ギフトだって思います

こうも好きだと、1週間後には誰かトラジャの担当となる可能性が大いにあってしまうけれど・・(笑)今度は私が信じる番、天下無敵な最強スーパーアイドル美勇人くんがステージで輝ける日、心の底から願って信じて待ってます!!!ダンスバンド中途半端でいたくないという美勇人くん、どうかたくさんの努力と才能、大輪笑顔を咲かすことができますように。平成最後のこの夏、Travis Japan世界で一番熱く平和に夢へと駆け抜けられますように。諸君最高で最強なドキドキわくわくを今年、これでもかと両手に抱えられたらなあと思うよ。

Travis Japanだった9人も、8人も、7人も、6人も、5人も。そして、Travis Japanが、森田美勇人くんが、大大大好きだ!世界中の愛を届けられるように、踊りつづけるDancerでね。上書きするわけではないけれど、長かった“あの夏”をついに終えれる気がしている。今年は、どんな夏がどんな君たちが待っているんだろう。絶対絶対、楽しもう!ね〜〜!(賛成〜〜!)

2018-08-02

声優になりたがる女の精神分からん(直球)

アニメ業界は男社会だし

硬派系も軟派系アニメ

ひたすら男に媚びるような萌えキャラばかり

監督原作者のように自分創作物メッセージを発せられる訳でも無い

ひたすらデブなブ男ラノベ作家のマスかきに付き合うんだぞお前ら?

 

アニメキャラミソジニー発症(大抵してるけど)してりゃ

同族のことさえ糞味噌に貶して演技

バカげた表現の自由聖戦ごっこに付き合わされるわけだ

 

映画ドラマは(海外だと)俳優権限が強かったり

インスタや慈善活動スーパーヒーローごっこで自己顕示欲も満たせるだろうけど

声優あくまアニメキャラを立たせるための裏方で

稼ぐために表に出ようとすると叩かれる

 

そのくせ、最近アイドル声優()だの

アイドルより劣ったルックスあほくさい衣装着て

AKBにすら劣るダンスを長時間してしか薄給

貧困から脱出するための婚活ファンにバレんようこっそりこなす

 

君らよくそんな「他人依存」する職業に就こうと思うよな?

その依存スキルを磨く努力で他の高給の仕事探したらどうよ

2018-07-24

anond:20180414201932

シン・ゴジラ」に「ステレオタイプな人型」しか見つけられない(多くの観客の)死んだ感性こそが、元増田の一番批判したい点だろう。

「過剰演技」こそが気持ちの悪い誇張に過ぎないものではないのか。そんなのが「ステレオタイプではない人間性の発露」だと思っているのだろうか。そういうリアリティの欠如をなんとかしたくて、庵野は、過剰演技を避け「お涙頂戴の家族恋人ハートフル脚本」を避けて、「ごく普通の人たちのいる普通社会ゴジラがくる話」を描いたんだよ。「シン・ゴジラ」はむしろ元増田理想の一つの現れた形だろう。

シン・ゴジラ」における「人間性」は、過剰演技でなく徹底的にディテールとして表現されていた。深夜の掃除であるとか、おにぎりおばさんであるとか、崩れていく家の中で避難準備する家族であるとか、逃げ遅れた老夫婦だとか、汚れたシャツだとか、ラーメンどんぶりであったりとか…etc。中心人物矢口自体スーパーヒーロー(過剰なキャラ)ではなく、目の上のたんこぶ的な閣僚たちがゴジラに一掃されたらあっさり錯乱して一晩中歩きづめで無口でヒステリックになったりする「ただの青二才」(普通の人)で、非常事態から中心にいるけど当然そんな彼に全部を任せられないので仕事人らが周りを固める体制になってる、そこに(フィクションなりの)リアリティが生まれているわけで、カヨコや泉はもとより、里見(後継総理)、財前(「仕事ですから」の自衛隊の人)みんなが「それぞれの思惑で」矢口に協力していることは、普通映画を見てたら十分感じ取れるように描かれていたと思うよ。何より、ラスト近くで尾頭が「よかった…」と漏らす笑みに、「ステレオタイプではない人間性」を感じ取れないとしたら、相当どうかしてる。それらの演出が「肌に合わない」というならまあ好みの問題で済むが、こういった演出をまるで無視して「全員が指導者命令に従って機械のように動く」というのは、それこそ味の濃い「過剰演技」に慣らされたあまりに底の浅い物の見方ではないかと思う。

増田は、まず自分感性自体がどうかしてる可能性をもう少し疑った方がいいのではないかと思う。「普遍化された演出」によって駄目になったのは、新作映画の方ではなく増田感性の方ではないか

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