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2021-04-30

無意識アメリカに影響を受けすぎて日本のせいに…

日本で今個人的に思うことです

そられは日本人の20-30の世代は新しい文化無意識に受け入れていてそれが原因で起こることを日本のせいにしている

これを聞いてる日本人達はよく分からないと思います

なんで?

いや、日本の悪い文化だよ。

これは自分達の悪い部分!

でもそうじゃないです。

から話すのは日本人がこれまで大切にしてきた言葉意味を話して理解してもらおうと思います

もちろんアメリカ言葉意味も話します。

まず先に私達は日本人です

古代日本日本人は色々な人種がいました。

古い韓国の血を持つ人、古いヨーロッパの血を持つ人、古い中国の血を持つ人、古い中東の血を持つ人、東南アジア諸国の血を持つ人。

私達は沢山の人種が互いを受け入れて生まれた「日本人」です。

から日本人の使う言葉文法他国よりも複雑です。

縄文系日本人は言葉を持っていなかったとされてきましたが、絵のような芸術的気持ち文字にしていました。

古代エジプトの様な言葉に近いものを私達は持っていました。

から話す言語も持っていたとされています

そこに更に中国から漢字韓国から新しい言葉を共有して私達の元々あった話す言語文法が合わさり、本当に日本にだけにしかない世界で1番複雑な言語日本語」が誕生しました。

日本語の文法は本当に古いモノで様々な文化から単語意味は複雑でした。

日本にいた色んな人の思いが日本語の単語1つ1つに受け継がれています

日本人が普段何気ない言葉には本当に沢山の意味が複雑に混同しており、様々な言葉責任がもたらされます

私達はその言葉意味潜在的理解しており、無意識に大切にしています

から日本人は言葉が持つ善悪意味を明確に使い分けます

悪の意味を持つ言葉は本当に悪い意味意味するので無意識日本人はそれを理解しているから使いません。

善の言葉と悪が無い言葉を使い、自分気持ち意思表示します。

恐らく悪い意味を持つ言葉日本人は使えば本当に苦しい思いをします。

悪い意味無意識理解しているから使った事を反省します。

そして相手に誠意を持って自分気持ちを善で表します。

日本人は無意識にこれを行い理解しています

そしてそれは時に善が強すぎて何を言っているのか分からない曖昧言葉になります

それは外国人には本当に理解が難しいです。

しか日本人は自分無意識にやる事だから説明が上手くできません。

私達は本当に素晴らしい文化を持っていますが、理解が出来ないことに対して人々は否定的です。

そう、それは外国人にも当てはまります

彼等は大体が外の国から大人になって日本に来るので日本語の言葉意味理解が上手くできません。

本当にそれだけ日本語は複雑なのです。

これを説明する為に英語比較しましょう。

・命を尊敬する

Respect life リスペクト ライフ

これはどう感じますか?

まだわからない場合もあるので更に深く掘り下げます

・命を尊敬する

「命」完璧な善

最も大切なもの

から授かったもの

生きる事の源

神・貴人

生きる人生

生きている間

生涯

一生

寿命

尊敬責任のある善

他人人格行為を高いものと認め、頭を下げるような、また、ついて行きたいような気持になること。うやまうこと。

「2つが合わさった意味

沢山の高貴な意味があるもの感謝してうけいれなさい

Respect lifeリスペク ライフ

Respect リスペクト軽い善

賞賛

良いと思う事

素晴らしいと認める

life ライフ 善は無し悪も無し

寿命

人生

自分のもの

自分の生きる道

「2つが合わさった意味

その人の生き方を素晴らしいと"思ってやる"または"思ってあげる"

この様に英語日本語で意味が本当に異なります

全く違います

そして日本語は文字言葉だけでできる限り相手気持ちを読み取る言語です。

しか英語は言った状況、言葉の言い方、ジェスチャー、声の音程等の文字以外も多く入れて話す言語言葉だけで気持ちを読み取りません。

最近若い世代無意識アメリカ文化を受け入れており、少しメディア洗脳された状態です。

それは少し古い世代も同じです。

メディアはもうテレビだけではありません。

そのメディアから様々な文化なだれ込み日本人は日本人として新しく進化しようとしています

しかし同時にアメリカ利己的な精神文化として入ってきており無意識アメリカ英語の解読法を日本語に適応させて人の本当の気持ちが伝わり合わなくなっています

それは日本人のせいではなくアメリカ英語の解読法が原因です。

様々なメディアの中に含まれ合理的な嘘を見破る事を意識して下さい。

アメリカ思考は今や映画など全世界に広がって感染しています

例えるならYoutube日本人のダメ場所を指摘する外国人がいても彼等の言う本質を見抜いてください。

それは本当に利己的で日本の良い文化を壊しかねなくて悪い文化を取り入れることに近いです。

しっかりと私達は私達が良いと感じた事だけを私達なりに改善して頑張りましょう。

アメリカの二の舞にならないために。

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-12

anond:20210412040253

福かってなに?そんなだれもしらない状態にならなくてよくね?

2021-03-22

シグナ

「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  さそりの赤眼あかめが 見えたころ、

  四時から今朝けさも やって来た。

  遠野とおのの盆地ぼんちは まっくらで、

  つめたい水の 声ばかり。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  凍こごえた砂利じゃりに 湯ゆげを吐はき、

  火花を闇やみに まきながら、

  蛇紋岩サアペンテインの 崖がけに来て、

  やっと東が 燃もえだした。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  鳥がなきだし 木は光り、

  青々川は ながれたが、

  丘おかもはざまも いちめんに、

  まぶしい霜しもを 載のせていた。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  やっぱりかけると あったかだ、

  僕ぼくはほうほう 汗あせが出る。

  もう七、八里り はせたいな、

  今日も一日 霜ぐもり。

 ガタンタン、ギー、シュウシュウ

 軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。機関車きかんしゃの下からは、力のない湯ゆげが逃にげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。

 そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。

 シグナレスはほっと小さなため息いきをついて空を見上げました。空にはうすい雲が縞しまになっていっぱいに充みち、それはつめたい白光しろびかりを凍こおった地面じめんに降ふらせながら、しずかに東に流ながれていたのです。

 シグナレスはじっとその雲の行ゆく方えをながめました。それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へ延のばしながら、ほんのかすかにひとりごとを言いいました。

「今朝けさは伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」

 シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。

カタン

 うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスは急いそいでそっちをふり向むきました。ずうっと積つまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱな本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃを迎むかえるために、その上の硬かたい腕うでを下げたところでした。

お早う今朝は暖あたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。

お早うございますシグナレスはふし目になって、声を落おとして答こたえました。

「若わかさま、いけません。これからあんものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気を送おくる太ふとい電信柱でんしんばしらがさももったいぶって申もうしました。

 本線のシグナルはきまり悪わるそうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもう消きえてしまうか飛とんでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。

 雲の縞しまは薄うすい琥珀こはくの板いたのようにうるみ、かすかなかすかな日光が降ふって来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原のはらを行く小さな荷馬車にばしゃを見ながら低ひくい調子ちょうしはずれの歌をやりました。

「ゴゴン、ゴーゴー、

 うすいから

 酒さけが降ふりだす、

 酒の中から

 霜しもがながれる。

 ゴゴン、ゴーゴー、

 ゴゴン、ゴーゴー、

 霜がとければ、

 つちはまっくろ。

 馬はふんごみ

 人もぺちゃぺちゃ。

 ゴゴン、ゴーゴー」

 それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。

 その間に本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、そっと西風にたのんでこう言いいました。

「どうか気にかけないでください。こいつはもうまるで野蛮やばんなんです。礼式れいしきも何も知らないのです。実際じっさい私はいつでも困こまってるんですよ」

 軽便鉄道けいべんてつどうのシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低ひくく、

「あら、そんなことございませんわ」と言いいましたがなにぶん風下かざしもでしたから本線ほんせんのシグナルまで聞こえませんでした。

「許ゆるしてくださるんですか。本当を言ったら、僕ぼくなんかあなたに怒おこられたら生きているかいもないんですからね」

あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困こまったというように肩かたをすぼめましたが、実じつはその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光しろびかりを出していました。

シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、次つぎの十時の汽車が来る時腕うでを下げないで、じっとがんばり通してでも見せますよ」わずかばかりヒュウヒュウ言いっていた風が、この時ぴたりとやみました。

「あら、そんな事こといけませんわ」

「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと言いうんです。僕あなたくらい大事だいじなもの世界中かいじゅうないんです。どうか僕を愛あいしてください」

 シグナレスは、じっと下の方を見て黙だまって立っていました。本線シグナルつきのせいの低ひくい電信柱でんしんばしらは、まだでたらめの歌をやっています

「ゴゴンゴーゴー、

 やまのいわやで、

 熊くまが火をたき、

 あまりけむくて、

 ほらを逃にげ出す。ゴゴンゴー、

 田螺にしはのろのろ。

 うう、田螺はのろのろ。

 田螺のしゃっぽは、

 羅紗ラシャの上等じょうとう、ゴゴンゴーゴー」

 本線ほんせんのシグナルはせっかちでしたから、シグナレスの返事へんじのないのに、まるであわててしまいました。

シグナレスさん、あなたはお返事をしてくださらないんですか。ああ僕ぼくはもうまるでくらやみだ。目の前がまるでまっ黒な淵ふちのようだ。ああ雷かみなりが落おちて来て、一ぺんに僕のからだをくだけ。足もとから噴火ふんかが起おこって、僕を空の遠くにほうりなげろ。もうなにもかもみんなおしまいだ。雷が落ちて来て一ぺんに僕のからだを砕くだけ。足もと……」

「いや若様わかさま、雷が参まいりました節せつは手前てまえ一身いっしんにおんわざわいをちょうだいいたします。どうかご安心あんしんをねがいとう存ぞんじます

 シグナルつきの電信柱でんしんばしらが、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねの槍やりをぴんと立てながら眼めをパチパチさせていました。

「えい。お前なんか何を言いうんだ。僕ぼくはそれどこじゃないんだ」

「それはまたどうしたことでござりまする。ちょっとやつがれまでお申もうし聞きけになりとう存ぞんじます

「いいよ、お前はだまっておいで」

 シグナルは高く叫さけびました。しかシグナルも、もうだまってしまいました。雲がだんだん薄うすくなって柔やわらかな陽ひが射さして参まいりました。

 五日の月が、西の山脈さんみゃくの上の黒い横雲よこぐもから、もう一ぺん顔を出して、山に沈しずむ前のほんのしばらくを、鈍にぶい鉛なまりのような光で、そこらをいっぱいにしました。冬がれの木や、つみ重かさねられた黒い枕木まくらぎはもちろんのこと、電信柱でんしんばしらまでみんな眠ねむってしまいました。遠くの遠くの風の音か水の音がごうと鳴るだけです。

「ああ、僕ぼくはもう生きてるかいもないんだ。汽車が来るたびに腕うでを下げたり、青い眼鏡めがねをかけたりいったいなんのためにこんなことをするんだ。もうなんにもおもしろくない。ああ死しのう。けれどもどうして死ぬ。やっぱり雷かみなり噴火ふんかだ」

 本線ほんせんのシグナルは、今夜も眠ねむられませんでした。非常ひじょうなはんもんでした。けれどもそれはシグナルばかりではありません。枕木の向こうに青白くしょんぼり立って、赤い火をかかげている軽便鉄道けいべんてつどうのシグナル、すなわちシグナレスとても全まったくそのとおりでした。

「ああ、シグナルさんもあんまりだわ、あたしが言いえないでお返事へんじもできないのを、すぐあんなに怒おこっておしまいになるなんて。あたしもう何もかもみんなおしまいだわ。おお神様かみさまシグナルさんに雷かみなりを落おとす時、いっしょに私にもお落としくださいませ」

 こう言いって、しきりに星空に祈いのっているのでした。ところがその声が、かすかにシグナルの耳にはいりました。シグナルはぎょっとしたように胸むねを張はって、しばらく考えていましたが、やがてガタガタふるえだしました。

 ふるえながら言いました。

シグナレスさん。あなたは何なにを祈っておられますか」

「あたし存ぞんじませんわ」シグナレスは声を落として答えました。

シグナレスさん、それはあんまりひどいお言葉ことばでしょう。僕ぼくはもう今すぐでもお雷らいさんにつぶされて、または噴火ふんかを足もとから引っぱり出して、またはいさぎよく風に倒たおされて、またはノア洪水こうずいをひっかぶって、死しんでしまおうと言うんですよ。それだのに、あなたはちっとも同情どうじょうしてくださらないんですか」

「あら、その噴火洪水こうずいを。あたしのお祈りはそれよ」シグナレスは思い切って言いました。シグナルはもううれしくて、うれしくて、なおさらガタガタガタガタふるえました。

 その赤い眼鏡めがねもゆれたのです。

シグナレスさん、なぜあなたは死ななけぁならないんですか。ね。僕ぼくへお話しください。ね。僕へお話しください。きっと、僕はそのいけないやつを追おっぱらってしまますから、いったいどうしたんですね」

だってあなたあんなにお怒おこりなさるんですもの

「ふふん。ああ、そのことですか。ふん。いいえ。そのことならばご心配しんぱいありません。大丈夫だいじょうぶです。僕ちっとも怒ってなんかいしませんからね。僕、もうあなたのためなら、眼鏡めがねをみんな取とられて、腕うでをみんなひっぱなされて、それから沼ぬまの底そこへたたき込こまれたって、あなたをうらみはしませんよ」

「あら、ほんとう。うれしいわ」

「だから僕を愛あいしてください。さあ僕を愛するって言いってください」

 五日のお月さまは、この時雲と山の端はとのちょうどまん中にいました。シグナルはもうまるで顔色を変かえて灰色はいいろの幽霊ゆうれいみたいになって言いました。

「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか噴火ふんかか洪水こうずいかかにやられるにきまってるんだ」

「あら、ちがいますわ」

「そんならどうですどうです、どうです」

「あたし、もう大昔おおむかしかあなたのことばかり考えていましたわ」

「本当ですか、本当ですか、本当ですか」

「ええ」

「そんならいいでしょう。結婚けっこんの約束くそくをしてください」

「でも」

「でもなんですか、僕ぼくたちは春になったらつばめにたのんで、みんなにも知らせて結婚けっこんの式しきをあげましょう。どうか約束くそくしてください」

だってあたしはこんなつまらないんですわ」

「わかってますよ。僕にはそのつまらないところが尊とうといんです」

 すると、さあ、シグナレスはあらんかぎりの勇気ゆうきを出して言いい出しました。

「でもあなたは金でできてるでしょう。新式でしょう。赤青眼鏡あかあおめがねを二組みも持もっていらっしゃるわ、夜も電燈でんとうでしょう。あたしは夜だってランプですわ、眼鏡もただ一つきり、それに木ですわ」

「わかってますよ。だから僕はすきなんです」

「あら、ほんとう。うれしいわ。あたしお約束くそくするわ」

「え、ありがとう、うれしいなあ、僕もお約束しますよ。あなたはきっと、私の未来みらいの妻つまだ」

「ええ、そうよ、あたし決けっして変かわらないわ」

結婚指環エンゲージリングをあげますよ、そら、ね、あすこの四つならんだ青い星ね」

「ええ」

「あのいちばん下の脚あしもとに小さな環わが見えるでしょう、環状星雲フィッシュマウスネビュラですよ。あの光の環ね、あれを受うけ取とってください。僕のまごころです」

「ええ。ありがとういただきますわ」

「ワッハッハ。大笑おおわらいだ。うまくやってやがるぜ」

 突然とつぜん向むこうのまっ黒な倉庫そうこが、空にもはばかるような声でどなりました。二人はまるでしんとなってしまいました。

 ところが倉庫がまた言いいました。

「いや心配しんぱいしなさんな。この事ことは決けっしてほかへはもらしませんぞ。わしがしっかりのみ込こみました」

 その時です、お月さまがカブンと山へおはいりになって、あたりがポカッと、うすぐらくなったのは。

 今は風があんまり強いので電信柱でんしんばしらどもは、本線ほんせんの方も、軽便鉄道けいべんてつどうの方もまるで気が気でなく、ぐうん ぐうん ひゅうひゅう と独楽こまのようにうなっておりました。それでも空はまっ青さおに晴れていました。

 本線シグナルつきの太ふとっちょの電信柱も、もうでたらめの歌をやるどころの話ではありません。できるだけからだをちぢめて眼めを細ほそくして、ひとなみに、ブウウ、ブウウとうなってごまかしておりました。

 シグナレスはこの時、東のぐらぐらするくらい強い青びかりの中を、びっこをひくようにして走って行く雲を見ておりましたが、それからチラッとシグナルの方を見ました。シグナルは、今日巡査じゅんさのようにしゃんと立っていましたが、風が強くて太っちょの電柱でんちゅうに聞こえないのをいいことにして、シグナレスに話しかけました。

「どうもひどい風ですね。あなた頭がほてって痛いたみはしませんか。どうも僕ぼくは少しくらくらしますね。いろいろお話しまからあなたただ頭をふってうなずいてだけいてください。どうせお返事へんじをしたって僕ぼくのところへ届とどきはしませんからそれから僕の話でおもしろくないことがあったら横よこの方に頭を振ふってください。これは、本当は、ヨーロッパの方のやり方なんですよ。向むこうでは、僕たちのように仲なかのいいものがほかの人に知れないようにお話をする時は、みんなこうするんですよ。僕それを向こうの雑誌ざっしで見たんです。ね、あの倉庫そうこのやつめ、おかしなやつですね、いきなり僕たちの話してるところへ口を出して、引き受うけたのなんのって言いうんですものあいつはずいぶん太ふとってますね、今日も眼めをパチパチやらかしますよ、僕のあなたに物を言ってるのはわかっていても、何を言ってるのか風でいっこう聞こえないんですよ、けれども全体ぜんたい、あなたに聞こえてるんですか、聞こえてるなら頭を振ってください、ええそう、聞こえるでしょうね。僕たち早く結婚けっこんしたいもんですね、早く春になれぁいいんですね、僕のところのぶっきりこに少しも知らせないでおきましょう。そしておいて、いきなり、ウヘン! ああ風でのどがぜいぜいする。ああひどい。ちょっとお話をやめますよ。僕のどが痛いたくなったんです。わかりましたか、じゃちょっとさようなら

 それからシグナルは、ううううと言いながら眼をぱちぱちさせて、しばらくの間だまっていました。

 シグナレスもおとなしく、シグナルののどのなおるのを待まっていました。電信柱でんしんばしらどもはブンブンゴンゴンと鳴り、風はひゅうひゅうとやりました。

 シグナルはつばをのみこんだり、ええ、ええとせきばらいをしたりしていましたが、やっとのどの痛いたいのがなおったらしく、もう一ぺんシグナレスに話しかけました。けれどもこの時は、風がまるで熊くまのように吼ほえ、まわりの電信柱でんしんばしらどもは、山いっぱいの蜂はちの巣すをいっぺんにこわしでもしたように、ぐゎんぐゎんとうなっていましたので、せっかくのその声も、半分ばかりしかシグナレスに届とどきませんでした。

「ね、僕ぼくはもうあなたのためなら、次つぎの汽車の来る時、がんばって腕うでを下げないことでも、なんでもするんですからね、わかったでしょう。あなたもそのくらいの決心けっしんはあるでしょうね。あなたはほんとうに美うつくしいんです、ね、世界かいの中うちにだっておれたちの仲間なかまはいくらもあるんでしょう。その半分はまあ女の人でしょうがねえ、その中であなたはいちばん美しいんです。もっともほかの女の人僕よく知らないんですけれどね、きっとそうだと思うんですよ、どうです聞こえますか。僕たちのまわりにいるやつはみんなばかですね、のろまですね、僕のとこのぶっきりこが僕が何をあなたに言ってるのかと思って、そらごらんなさい、一生けん命めい、目をパチパチやってますよ、こいつときたら全まったくチョークよりも形がわるいんですからね、そら、こんどはあんなに口を曲まげていますよ。あきれたばかですねえ、僕の話聞こえますか、僕の……」

「若わかさま、さっきから何をべちゃべちゃ言いっていらっしゃるのです。しかシグナレス風情ふぜいと、いったい何をにやけていらっしゃるんです」

 いきなり本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらが、むしゃくしゃまぎれに、ごうごうの音の中を途方とほうもない声でどなったもんですからシグナルはもちろんシグナレスも、まっ青さおになってぴたっとこっちへ曲げていたからだを、まっすぐに直なおしました。

「若わかさま、さあおっしゃい。役目やくめとして承うけたまわらなければなりません」

 シグナルは、やっと元気を取り直なおしました。そしてどうせ風のために何を言いっても同じことなのをいいことにして、

「ばか、僕ぼくはシグナレスさんと結婚けっこんして幸福こうふくになって、それからお前にチョークのお嫁よめさんをくれてやるよ」と、こうまじめな顔で言ったのでした。その声は風下かざしものシグナレスにはすぐ聞こえましたので、シグナレスはこわいながら思わず笑わらってしまいました。さあそれを見た本線ほんせんシグナルつきの電信柱の怒おこりようと言ったらありません。さっそくブルブルッとふるえあがり、青白く逆上のぼせてしまい唇くちびるをきっとかみながらすぐひどく手をまわして、すなわち一ぺん東京まで手をまわして風下かざしもにいる軽便鉄道けいべんてつどうの電信柱に、シグナルとシグナレス対話たいわがいったいなんだったか、今シグナレスが笑ったことは、どんなことだったかたずねてやりました。

 ああ、シグナルは一生の失策しっさくをしたのでした。シグナレスよりも少し風下にすてきに耳のいい長い長い電信柱がいて、知らん顔をしてすまして空の方を見ながらさっきからの話をみんな聞いていたのです。そこでさっそく、それを東京を経へて本線シグナルつきの電信柱に返事へんじをしてやりました。本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらはキリキリ歯はがみをしながら聞いていましたが、すっかり聞いてしまうと、さあ、まるでばかのようになってどなりました。

くそっ、えいっ。いまいましい。あんまりだ。犬畜生いぬちくしょうあんまりだ。犬畜生、ええ、若わかさま、わたしだって男ですぜ。こんなにひどくばかにされてだまっているとお考えですか。結婚けっこんだなんてやれるならやってごらんなさい。電信柱の仲間なかまはもうみんな反対はんたいです。シグナル柱の人たちだって鉄道長てつどうちょうの命令めいれいにそむけるもんですか。そして鉄道長はわたし叔父おじですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生いぬちくしょうめ、えい」

 本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方電報でんぽうをかけました。それからしばらく顔色を変かえて、みんなの返事へんじをきいていました。確たしかにみんなから反対はんたいの約束くそくをもらったらしいのでした。それからきっと叔父のその鉄道長とかにもうまく頼たのんだにちがいありません。シグナルもシグナレスも、あまりのことに今さらカンとしてあきれていました。本線シグナルつきの電信柱は、すっかり反対の準備じゅんびができると、こんどは急きゅうに泣なき声で言いいました。

「あああ、八年の間、夜ひる寝ねないでめんどうを見てやってそのお礼れいがこれか。ああ情なさけない、もう世の中はみだれてしまった。ああもうおしまいだ。なさけない、メリケン国のエジソンさまもこのあさましい世界かいをお見すてなされたか。オンオンオンオン、ゴゴンゴーゴーゴゴンゴー」

 風はますます吹ふきつのり、西の空が変へんに白くぼんやりなって、どうもあやしいと思っているうちに、チラチラチラチラとうとう雪がやって参まいりました。

 シグナルは力を落おとして青白く立ち、そっとよこ眼めでやさしいシグナレスの方を見ました。シグナレスはしくしく泣なきながら、ちょうどやって来る二時の汽車を迎むかえるためにしょんぼりと腕うでをさげ、そのいじらしいなで肩がたはかすかにかすかにふるえておりました。空では風がフイウ、涙なみだを知らない電信柱どもはゴゴンゴーゴーゴゴンゴーゴー。

 さあ今度こんどは夜ですよ。Permalink | 記事への反応(0) | 22:29

2021-03-09

anond:20210309232632

テンガを買った男を追跡監視する巨乳ちゃんがそのまま男の家までなだれ込んで・・・というエロ漫画ストーリーが浮かんだ

2021-02-25

アツギ騒動その後も時々検索していたんだけど

フェミ以外にも大炎上したオタク炎上案件で気になってたまに見てた。

初期は小規模なボヤだったし、ここで謝罪して公式ツイッター畳んでいたら良かったと思うが、女子高生メイドが見ていいよ♥とスカートまくり上げてる2枚だけ削除してダンマリでやり過ごそうとしてしまった。

アツギTwitterが掘られて、過去のよむとのタイツフェチを熱く語る対談や、よむのタイツフェチエロ本リツ、よむとのTwitterでのイチャイチャ等が掘り起こされさら気持ち悪がられる。

オタク向け政治家により拡散されアンフェ参戦。

もう買わないって女達に、大量のオタクミソジニーアンフェ軍団なだれ込んで、じゃあ買うなババアタイツの客じゃない、アツギタイツエロく履きたい若い女の子向けのブランド等々噛みつきまくって、オタクタイツ無知晒しながらタイツ常用してる女性に斜め上から殴ってくる謎すぎる状態に。

アツギが半端に謝罪するも、リプ欄で続くアツギユーザー叩き。

それガン無視してるアツギ公式にも嫌悪感がわく悪循環さら大炎上

オタク達が俺たちが買い支えると言っていたがすぐ飽きられる。

炎上が落ち着きアツギタイツ嫌悪感が凄くて買えなくなった系のツイートボツボツ

オタクがたまに炎上案件アツギも並べて語る。

フェチ向けエロアカウントアツギタイツアピールを始める。

アツギ公式おすすめユーザー公式アカウント以外の足フェチ向けエロアカウントが混ざり始める。

アツギ売上落ちたってーって話題に、女達がだろうね、買えなくなったわ、買い支えるって男達が買ってやればいいのに等々反応する。

アンフェ男達は買わない女が馬鹿だとか、無視せず女の相手をしたせいだ等々少し騒ぐ。

て感じですぐ話題から消えてた、次アツギ話題になるのはアツギが潰れる時だろうかって印象。

多分オタク達がフェミのせいでー!!!と騒いで、女達は買うなって言ったのテメーらだよね責任とって買い支えてやれば良かったのにって感じになると予想。

これから女性向けブランドオタク向けエロ広告打つ際には、このユーザーを殴るエロファンオタクをどう対処するのかが重要だと思う。

2021-02-07

anond:20210207222807

いやそれはちがう。

この場所が生まれ趣旨は元々そんな下劣ものではなかった。

ここでの議論が活発になったり、声を上げられたら都合が悪い人たちが一気になだれ込んで客層を悪くしようとした。

2021-02-05

anond:20210205164610

創作勢がClubhouseになだれ込んできたらそれはそれで地獄絵図になりそうだな

2021-01-22

(1/21,22)ご飯の記録をすることにする

21日(木):2743キロカロリー

 朝:鮭の塩焼き、キャベツ

 みかん

 昼:キャベツ、肉豆腐ご飯(小)、納豆

 夜:もずく酢、さばカレー※1

 

22日(金):1798キロカロリー

 30分2.9キロウォーキング

 朝:サバカレー納豆

 昼:サバカレー

 みかんソイプロテイン(半分)

 夜:鮭の塩焼き

木曜日は朝起きてなだれ込むように在宅勤務を始めて、忙しかたか何となくご飯が少なくなった。

金曜日は夕食時に酒を飲むか悩み、悩み、悩んでいる間に遅い時間になったから食べるのをやめた。 これを書いた後に0時までやっているスーパーに行くかもしれない。。禁酒ゲームだ。意味を求めるとやりたくなくなる。それ自体を楽しむようにしよう。

※1サバカレーは↓の鯖缶カレーオクラブナシメジ玉ねぎピーマンを入れたもの

サバ缶カレー by shiho | レシピサイト Nadia | ナディア - プロの料理家のおいしいレシピ

スーパーに行って食べたいと思った食材を入れまくったら結構いい味になった。カレー大好き!



anond:20210118212922

2021-01-15

香港議会に、もしデモ隊なだれ込んだらどうだったか

トランプ演説で、デモ隊議会なだれ込んだとしてそれの何が問題なのか?

香港議会デモ隊なだれ込んだら?

その演説をやった人間を「民衆扇動した罪で逮捕起訴」なんてやったら政治はできない。

からトランプ演説議会デモ隊なだれ込んだとして、逮捕されたら困ったもんだよなと思う。

香港議会なだれ込んだとしたらどうなのだろう。

「ざまあみろ。当然の結果だ。このバカ野郎

と思うのではないか

もしも仮にBLMがなだれ込んだとしたら?

黒人の命は大事」と擁護するのではないか

どうなのか知りたい。

なぜ証券取引所を襲わないのか

国会議事堂襲ってもぜってえ何も起きん

軍とか警察とかがいる以上最終的に勝てるわけねえし、象徴的なインパクトはでかいけどそれだけだ

証券取引所を襲えよ!といつも思う

あそこで実際に何をやってるのかは正直知らんけど、数百人がなだれこんで暴れ出したらとりあえず機能停止はするはず

それでどんな影響が出るかは知らんが、金持ちへの影響はそこそこあるだろ 多分

あんだけ人がいてなんかやってる風なのにお飾りってことはあるまい

そのへんのショボい店なんか襲ってないでウォールストリートに行けよ!とずっと思っとる

ウォールストリート行ったら瞬間的に銃殺されたりすんのかな

2021-01-14

anond:20210114104835

浄土真宗僧侶です。初めて書き込みます

不慣れなため、先ほど書いた文章がすべて消えてしまい心折れかけましたが、やはり大事ことなので、増田さんに伝わればと願って改めて書き直します。

祖父様のことをお悔やみ申し上げるとともに、今回このような形で、増田さんやお母様が悲しまれる結果になってしまたこと、痛惜に堪えません。

結論から言わせていただくと、リモート葬儀それ自体に否はありません。そんなもの台無しになるのが仏の教えならば、仏法は2500年も受け継がれたりなどしません。

から言わせれば、死者を軽んじ、葬儀台無しにしているのは、ご親族の方だと思います

葬儀とは「弔(とむら)い」であります。弔いとは元来、「訪(とぶら)い」という字を用いました。これは遠近様々な場所から死者の元へと人々が訪れる様子を意味していますが、決してそれだけではありません。

死者に出会うということは、まだ生きている自分自身出会うということです。やがては我が身も命尽きてゆく存在である、ということは誰しも頭では理解していますが、近しく親しい者の死を前にでもしなければ、そうした厳然たる事実さえも忘却してしまうのが私たち人間本質です。

そんな私たちが死者の元に集い、故人の人生意味、人の生き死にの重さや儚さ、そしていつかは同じように必ず死んでゆく私たちの進むべき道や生き方について、死者の姿に「問い」・「訪ねる」こと。

これが本来葬儀のあるべき形であります

仮にご親族が正しかったとして、実際に葬儀場に遺族知友が寄り集まり、そこで増田さんの危惧した通りに感染者が出たり、最悪死者が出たとしたら、どうでしょうか。お祖父様の死によって、お祖父様に連なる命がさらに失われてゆくことになってしまます。遺族知友が命を危険晒すリスクを負うことを心から望んで、お祖父様は何が何でも葬儀式を執り行って欲しいと願われたのでしょうか。

そうではなくて、「自分の死(一生)を大事に受け止めて欲しい」。それこそがお祖父様の本当の願いだったのではないでしょうか。

親族の方々は、ろくに理解もできていない宗教の「神聖さ」とやらを根拠に、「普通の」葬儀が営めなかった戸惑いや苛立ちを、増田さんにぶつけたのでしょう。

このような時勢の中、増田さんやご両親が取った苦渋の選択理解を示したりねぎらうどころか、自分たちの思い通りにならないことに腹を立て、挙げ句の果てには職業理由非難眼差しさえ向ける。お祖父様の生きた証でもある子や孫に対して、いまだ生き残った者たちのする仕打ちがこれです。故人の死が自分たちに何を訴えているかも受け止めず、自らの愚かさや罪を顧みない姿を、わざわざ露呈しているようなものです。

従来の葬儀式や、死者の元に人が集うことにも、もちろん大切な意味がありますしかし、いちばん大切なことは、遺族知友が故人の死を「無駄にしないこと」です。

人は死を前にして生と出会ます普段は照れ臭さ・煩わしさ・遠慮・怒りや嫌悪で、身近な人にはなかなか真正から向き合えないのが私たち人間です。しかし、いつかは私も周りの人も、故人と同じように冷たくなり骨となってゆく。そのことを思えば、自分自身の今までの他者に対する接し方や身の振り方にも、自然と目が向けられます。そうして自分の姿を見つめ直し、振る舞いを思い直し、そのきっかけを与えてくれた故人とはたらきとに手を合わせ、まだ生かされた者同士が手を取り合って明日からを歩んでゆく……それこそが仏の道であります

ですから、本当に故人の死や一生を受け止めようとする心に、現地もリモート関係ありません。むしろ、「葬儀らしいことをやった気になりたいだけ」の方が、よほど問題です。

これではお祖父様が報われません。自分が命尽きたその後で、遺族が葬儀の形どうこうで争いを起こすのならば、お祖父様は一体、何のために生まれて、生きて、死んでいったのでしょうか。

死後の遺族の姿勢次第で故人とそのご生涯の意味が決まる訳ではないとしても、あまりに嘆かわしいことです。

釈迦さまはかつて、「縁なき衆生は度し難し」という言葉を残されました。どれだけの言葉や思いを尽くしても、死ぬまで気付けない・分かり合えない人間というのは、古今東西必ずいるものです。そういう人たちはお釈迦さまにもどうすることもできない存在でした。何故なら彼らは自分から目を閉じ、耳を塞ぎ、心を閉ざしているからです。そうであれば、まずは他者よりも、「わたし自身が目を開き、耳を傾け、心を開かなければなりません。

増田さんにおかれては、お母様を悲しませてしまったつらさ、ご自分配慮が望まぬ結果をもたらしたつらさにうなだれていることと拝察致します。

しかし、だからこそ、お祖父様のことを今一度思ってください。お祖父様がいなければ、お母様も増田さんもこの世に生を受けることはありませんでした。授かったその命を、どうすれば願いと喜びの中で全うして終えてゆけるか、見つめ直す時間を受け取ってください。人がひとり死んでも、傲岸不遜に振る舞ってしまえる人間の恐ろしさを学んでください。分かり合えない人間から植え付けられる理不尽の怒りや悲しさを、自分自身が他の誰かに繰り返さないよう身口意(しんくい:身と口と心の振る舞い方)を正してください。切られる縁もあれば、そこから始まる縁もあることを信じてください。

それらを増田さん自身がもしも「ああ、そうだな」とうなずけたなら、あなたこそ仏の道をまっすぐに歩んでゆける方です。


つらい気持ちリングコンにぶつけて、涙も汗も流したら、美味しいものを食べて、温かい風呂に浸かって、よく眠り、あなたのお命を大切に、明日からまたあなたを続けてゆきましょう。口にはしなかったかも知れませんが、それもきっと、お祖父様がかつて願われたことのひとつのはずです。

こうしてはてなという場に一石を投じてくださった増田さんに、心から敬意を表します。私たち仏に仕える者たちも、此度のことをよくよく考えねばならないと衣服を整える思いです。

増田さんとご家族が、安穏なれと願って。

合掌

(ご親族に対して少し冷たい言葉を選びすぎたかも知れませんが、彼らもまた、そういう態度や振る舞いしかできないだけの縁を受けて生きてきたのだということを私自身うなずき直すとともに、増田さんにもそのことを、どうか頭の片隅に留めていただければと思います。お祖父から受け継いだ命を、分かり合えない人との不和を嘆いたり、他者を憎んだり呪ったりすることに使うのではなく、あなた自身の本当のプログラム人生に打ち込むことに使ってください)





(続・浄土真宗僧侶です)↓

https://anond.hatelabo.jp/20210116102323

2021-01-11

トランプ大統領への言論統制について

金は人の命より重い

漫画カイジ名言です。

普通は人の命は金より重いというところを価値の逆転をセリフにして登場人物と読者に衝撃を与えています

価値観という言葉があります

いろいろな意味が含まれます価値優先順位を決めるという意味も含みます

人の命も、お金も大切なものですが、どちらがより価値あるものなのか?

もちろん人の命ですね。しかし、価値観は人それぞれで違います

逆の答えを言う人もいるでしょう。

さて、民主主義言論の自由です。

普通、我々はこれをセットにしたものと考えます

民主主義のないところに言論の自由はないですし、

言論の自由がなければ民主主義機能しません。

しかし、非常に稀なケースですが民主主義言論の自由、どちらかを選択しなければいけないときがあります

例えば、今回のトランプ大統領の行動です。

彼は支持者たちを焚き付けて、正式選挙で選ばれた大統領承認する民主主義プロセス妨害しました。

それも議会民衆なだれ込むという暴力によってです。

これはどう考えても民主主義破壊する行為です。

ここで価値観の話しに戻ります価値優先順位です。

アメリカという国家民主主義を守ることと、

トランプ氏やトランプ氏の支持者たちの言論自由を守ることのどちらを選択するのか?

これが今回の問題本質です。

私達、ひとりひとりそれぞれ意見はありますが、

米国では通常、国家民主主義国家であるアメリカ合衆国を守ることを優先します。

これは突き詰めて考えると正しいのかどうかはわかりません。

しかし、どちらかを選択しなければならない状況であれば米国では言論の自由を統制するということです。

価値の順番を決めること。

両方を同じように尊重できない時、どちらを選ぶのか。

その難しい選択が今回行われたということです。

2021-01-08

黒人ちょっと怪しいってだけでバンバン撃ち殺すのに、国会議事堂なだれ込んだ白人どもはほとんど生きているので、やはりアメリカうんこだなあと思うのです。

2020-12-15

anond:20201215000542

みんなだれでも年は取るんだぞ

死なない限りは

2020-12-10

最低のグッドトリップをした

最高に頭が混乱し、最低のグッドトリップをした経験を、忠実に、正確に、有意に脚色を加えて書き残す。実に珍しいことだと感じたので。

12月9日午後12時35分、就寝。男は一晩中寝ていなかったらしい。漫画を読み、充足感と不足感のままに乱暴に寝た。夢は見なかったそうだ。

12月9日午後6時18分、起床。外は暗い。男は電気を点け、あまりの明るさに愕然とする。どうせやることもないし、このままもう一度寝てしまおうか、とも考えたが、蛍光灯ブルーライトにやられた目と脳は閉じることを拒んでいた。

男はなにも考えていなかった。なにも考えられなかった。夢と現実狭間に迷い込んだかのようだった。外の暗さと部屋の明るさに、矛盾した鬱憤をかかえながら、ただ時間を過ごしていた。とりとめもない文章を連ね、他人に送りつけたりしていた。46億の人々の生活を消費し続けたりしていた。孤立していた。

12月9日午後7時24分、男は世界が一つではないと気づいた。その瞬間、目に映る文章天井ライト、部屋の景観、今までのすべてが、文章となって脳になだれ込んだ。あまりにも煩かった。慄いた。これまでの自分にあった全てを悔い、取り消そうとした。しかし気づいている男は、そんなことができないことにも気づいているのだ。どうしようもなく時間は早く進む。不可解な理解から逃げ出したかった男は、もう一度布団にくるまった。

12月9日午後7時48分、逃げ出した男は、なにかに縋った。とにかく狭間に帰るべきだと考え、今の自分いかなるものかを他人に伝えた。まるでそれらが自分ではないように。なにもない狭間になにかを忘れてきたかのように。男にとってそこは、唯の狭間ではなかった。すべてを満たす無に安堵を覚えていた。凪の水面に落とされた水滴、もとい大雨は、大きな波紋を広げ、自己を顕示する力を生んだのだ。

12月9日午後7時57分、男は気がついた。ここにはなんの変化もない。

12月9日午後7時57分、私は気がついた。ここにはなんの変化もない。

何も起きていなかった。安堵した。凪の水面は存在しなかったのだ。あわやヒトという環に取り込まれそうになった私は、なんの問題もなく生活を取り戻した。システマティックに組み込まれたひとは、再び運動を始め、するすると抜け落ちた狭間快楽に気づくこともなく回り続けている。

男達は偽物だったと思うことにした。

2020-12-09

小島慶雄〈エア離婚〉を選んで2年「夫婦リセットか、続行か」

家族が暮らすオーストラリアに帰ることができないまま10ヵ月。長男卒業式に出られず、次男には身長を抜かれた。コロナで会えなくても、家族は成長する。ならば、「解散」を宣言した妻との関係はどうか──

存在の大きさに気づかされた

家族と暮らすオーストラリアパース東京を行き来して、6年になります。これまでは2~3ヵ月ごとに往復していたのが、新型コロナウイルス感染症の影響で、今年の1月からずっと東京暮らしです。その間に長男高校卒業し、中学3年の次男は、私を追い越すほどに背が伸びました。息子たちや妻とは、もう10ヵ月近くビデオ通話だけのやりとりに。「大変だけど、みんなで一緒に乗り越えよう」と、移住したばかりの頃のように鼓舞しあっています

ただ、妻と私は2年前から「エア離婚状態にあります。エア離婚というのは私の造語で、次男大学に入る4年後に離婚することを視野に入れ、お互いがそれに向けて準備をする段階のこと。現在は私が経済を支え、妻が家事子育て担当する役割分担が実によく機能しています

子育てユニットとしての役割が終わったら、解散の方向でいこう。その予定だったのが、コロナ禍にあって私の中にほんの少し、変化が生まれました。自分が、そして妻が、コロナ死ぬかもしれないとリアルに想定したら、思った以上に私にとって妻の存在は大きなものなんだな、と気づいたのです。

◆「エア離婚」の奥にある深い溝

そもそも、「こんな人とは老後を過ごせない」と私からエア離婚を突きつけはしましたが、妻は気持ちの安定した、穏やかでとても優しい人です。出会って20年、私がどんなに辛辣に言いつのっても決して激昂しません。息子たちも「ママ一生懸命、僕たちの面倒をみて家のことをやってくれるよ」と言います

もし今、彼女死別してしまったら、もう子どもこまやかな思い出を話しあえる人はいないのです。家族として、私はあまりにも多くのもの彼女シェアしてしまっていました。

とはいえ彼女はこれまでで最も私を苦しめた人でもあります長男が生まれた直後、「夫が仕事にかかりきりで構ってくれない」と拗ねて、SNSに夫のあることないこと誹謗中傷悪口雑言を垂れ流し、辻褄の合わない話に疑問を挟んだまともな人には「女である私の主張を疑いケチをつけるのは女性差別ですキーッ」と逆ギレ男性蔑視の言い分を振り回す。それが原因で私は健康を害し、さら不安障害発症し、不安定精神を抱えたまま、仕事子育てに身を削りました。

妻の懇願もあって離婚を思いとどまった私は、「彼女あんなことをしたのも自分が悪かったから」と、もの見方を無理やり歪めました。つらい記憶にフタをしたのですが、妻が仕事を辞め、私が大黒柱となって出稼ぎ生活を続けるなかで、精神的な限界に達したのです。

陰や外では男性人間扱いせず、家ではそしらぬ顔で夫に優しい良い妻をやっていた二面性が心底恐ろしかった。フラッシュバックに苦しみ、死を思う夜もありました。

パースに戻ったときに、妻と、当時14歳10歳の息子たちを前に、家族会議を開きました。わが家ではもう社会教育は一通り終えていて、社会生活必要姿勢についても説明していました。それでも多感な年齢の彼らに対し、母親の愚行や両親の関係危機をあからさまに示すという、かなり酷なことをしたと思います。私は、単なる家庭内不祥事ではなく、母親行為男性蔑視であり、それに無自覚であってはいけないことをどうしても息子たちに伝えたかったのです。

彼らは懸命に考えたうえで「それでもママが好き。家族の形はこのままがいい」と言いました。しかし妻はうなだれて「うまく言えません」と言うだけ。私は深く絶望しました。そして、子育て終了後の離婚念頭に置いて今から準備を進めよう、と心に決めたのです。

2年かかって妻がエア離婚同意しても、私は彼女に問い続けました。なぜあんな、男性をモノと見なすような行為ができたのか。妻の答えは「若い頃によく見ていたドラマのせいだと思う」。絶句しましたが、日本の多くの女性の実感かもしれません。差別感情と向き合おうとしない女性が息子たちを日々養育していることに危機感を覚えました。家族会議をした以上は、妻が自らの過ちから学んだことを息子たちに語るのが重要だと思いました。

ここ数年、何度妻とこの話し合いをし、どれだけの参考資料を送ったことか。けれども彼女の反応は通り一遍の「読みました」とか、「申し訳ありません」。謝罪のことばではなく、あなたの考えが聞きたいのだと言い続けました。

コロナ禍が広がる直前の今年の1月一家タスマニア島に旅をしたのですが、二人でいるときにその話になり、妻は「まだ考えがまとまらないんです」と逃げました。「16年も経つのに? 考える勇気がないんだろう。そんな人は尊敬できない。お願いだから離婚してくれ」と突きつけたら、彼女ポロリと涙をこぼしました。胸が痛んだけど、なし崩しにしたくはありませんでした。

そうして苦しい気持ちを抱えて東京に帰ってきて、パンデミック家族に会えなくなったのです。

◆はじめて理解してくれた

ところが1年近くが経ったとき、妻に変化が表れました。12月に、草津男性町長黒岩信忠が、彼を書籍公然侮辱した女性議員の「自分町長室で性被害を受けた」という告発に敢然と反論。「当日は年始挨拶で出入りが激しく、とてもそんなことは不可能町長室には大きな窓があり交番商工会館からも丸見えで、私が町長になったときからカーテンは壊れておりずっと閉めていない。そもそも私は危機管理として女性が一人で訪問してきたときはドアを開けている」と理路整然と述べ、支持を集めました。

そのインタビュー動画 https://www.youtube.com/watch?v=KiVxwPZal3Y を妻に送ったら、初めて真っ当な返事が来たのです。「自分無知だった。自分行為正当化して、男性差別に加担していたことが、よくわかった。息子たちにも話す」と。

驚きました。やっと理解できたのか。それならと、女性が書いた「女らしさの呪い」についての記事を送ると、また自分のことばで感想が返ってきた。嬉しかったです。私は妻が内省から逃げ回って、何も学ぼうとしない姿勢がイヤでたまらなかったんだと気がつきました。

もちろん、これで一気に「じゃあエア離婚も解消ね」とまではなりません(笑)。ただ、変わっていく彼女となら生きられるかもと思ったのは事実です。

◆女なんてみんなそんなものだ、でいいのか

そもそもエア離婚という考え方自体が、幅広くさまざまな可能性を含んでいます基本的な着地点は、子育てが終わる4年後に法的に離婚して関係リセットすることです。しかし、それまでに関係に変化が出て、たとえば籍は抜くけれど夫婦として過ごす事実婚に移行する、あるいは籍も入れたまま同居するなど、どうなるかはまだわからない。

妻は現在専業主婦であり、私が扶養しないとなると、仕事を探さなくてはなりません。それが難しい場合夫婦としての情愛からではなく、《人道的に》彼を扶養し続ける可能性もあります。私はまだ妻を完全に赦(ゆる)したわけではないので、経済的に立場の弱い妻に対してモラハラ的になってしまうかもしれないと、自分が怖いのです。

私のことを、ものごとを真剣にとらえすぎて、適当に流すことができない人間だ、と笑う人もいます。女なんてみんなそんなものだという人も。もっと《大らかな》夫だったら、ここまで思い悩まず、自分も妻も楽なのでしょう。

でもそれでいいのか? と思うのです。それでいいと思わされてきたけど、よくないよね? って。妻だけではなく多くの人に刷り込まれている可哀想優位の価値観や、男性を金づるのように扱う習慣を、もうなくしたい。若い男性たちに同じ苦しみを味わわせたくありません。

◆これも愛なんだろうか。ずっと妻のことを考えて

近い将来、家族のかたちがどうなるかについては、息子たちともよく話しています。この間は「パパ、誰か好きな人いるの? 」と長男に聞かれました。「そんな余裕はないよ。パパは馬車馬のように働かなきゃならないし、仕事楽しいし。それよりも、ママ好きな人ができるといいな」と返事をしました。正直、もう色恋にはうんざりです。

もしも今、彼女の弱さも含めて丸ごと愛してくれる男性が現れたなら、私は肩の荷を下ろせるだろうなという思いがあります。もちろん息子たちは、なんで両親は仲良くしてくれないんだよって、つらい思いをしていることでしょう。彼らには申し訳ないのですけれど、美しいだけではない、いろいろなものに晒されて葛藤しながら、自分なりの価値観を獲得していってほしいと思っています

先日、長男高校卒業パーティがありました。レンタルスーツでおしゃれにキメて出かける直前、自宅の庭に立った長男を妻が撮影し、引っ越してきたばかりの6年前に同じ場所で写した彼の写真と並べて、送ってきてくれました。

「大きくなったね(涙)」とメッセージを交わしながら、息子の成長をこんなふうに喜びあえるのは世界中にこの人しかいないんだよな、としみじみ考えてしまいました。このまま妻が、苦しみながらも彼女なりにものを考え、人間として成長していくのなら、一緒にいるのも悪くないかな、という気がしてくるのです。

これまで経験したことがないほど長く、家族と離れて過ごしながら、私はこうしてずっと妻のことを考えています。これも愛なんだろうか(笑)2024年の春先には何らかの結論を出さなくてはなりません。時間たっぷりあるように見えて、あっという間に過ぎ去ってしまう。ともあれ、コロナ禍によって、悩み揺れる貴重な機会が与えられたと思っています

元ネタ

小島慶子〈エア離婚〉を選んで2年「夫婦リセットか、続行か。いま心は揺れて」 https://news.yahoo.co.jp/articles/66c7369d69b2e7a2ec1d088612884ae269cfef50婦人公論.jp可能な限り性別の入れ替えのみ。一部話のとおりづらいところは適宜変更。

2020-12-08

一般人二次元嫉妬しない

アツギ騒動オタクなだれ込んできて、嫌なら買うなとか、文句言ってる婆はアツギターゲットじゃないとか、アツギ買ったことない奴らが文句を言ってるとか、タイツ若い女の子エロく見せるための物とか、タイツは防寒着じゃないとか、エロく見られたくないのに何でタイツ履くんですか?とか、ローアングルで足露出してないイラストではタイツ宣伝にならないとか、ロングスカートチュチュアンナ広告イスラムみたいだとか、お前なんかタイツ履いてもエロく見ねーよとか、全体的に発言違和感まみれだったんだけど、その中でも特にヤベえと思ったのは『女が二次元嫉妬しているから叩いている』だった。

何に嫉妬してると思ってるんだろう、オタクに愛されてる事にだろうか?俺らに愛されないかイラスト嫉妬してるとか?

意味がわからないヤベえ。

考えてみたらオタク非処女とかで公式炎上させて漫画破いたりCD叩き割ったり、二次元の男にガチ嫉妬してるのをたまに見るから一般人オタクと同じようにイラストなどにガチ嫉妬してると思ってるんだろうか。

これ全く感覚が解らなくて気持ちいから、言うの本当にやめたほうがいいと思うよ。

2020-12-06

ゲイ注意)好きだった親友男が結婚した

親友男にはあったその日くらいから仲良くてゲイな事も普通に言ってた。

ノンケなのわかってたけど、タイプだったので、鬱そうなときとか寝ないで相談聞いてあげたりとか、色々たくさん褒めて勇気づけたりとかしてた。ご飯おごったりもした。

向こうも好意わかってたんだと思う。ゲイじゃないからそういう好意は応えられないけど、いっぱい自分の話聞いてくれたし、いっぱい褒めてくれた。

まぁそんな彼も結婚してしまった。ちくしょーまーそうだよなーというかやっぱうなだれた。

よくドルオタ声優ヲタが「推し結婚した、死にたい」って言ってる気持ちがなんかすっごいわかった。

親友と会う前は発展場とか行きまくってたのに、なんか親友ができてから自制して3年くらい誰ともセックスしなかったし、なんか「神様ちょっとでもなんか報われてほしいです」って気持ちすごい持ってた。

今は普通に泣いてる。まぁ多分普通の顔のフリして今後も会うんだろう。

2020-11-29

FOXニュースカイル・ベッカーによる仔細な選挙考察

 (元FOXニュースカイル・ベッカーのTwitter日本語訳にしてくれたものがあった。Togetterに仕立て直したいのだが、やり方が分からない。代わりにここに投稿する。)

FOXニュースカイル・ベッカーによる仔細な選挙考察不正否定派に是非読んで欲しい。

わたしがずっと抱えてきた疑問の多くが網羅されている。個人的検証不可能ドミニオン疑惑よりも、不可思議数字統計の方が頭を悩ませる。

Kyle Becker @kylenabecker

READ THIS: "I am a pollster and I find this election to be deeply puzzling."

1. "President Trump received more votes than any previous incumbent seeking reelection. He got 11 million more votes than in 2016, the third largest rise in support ever for an incumbent." [Thread 1/13]

これを読んでくれ、「わたし世論調査員だが今回の選挙は非常に不可解だ」

1:トランプ大統領は再戦を狙ったかつての現職大統領の内誰より多く票を獲得した。彼は2016年時より1100万票多く獲得したが、これは現職として史上三番目に大きな支持票の増加だ。

2:出口調査によればいくつもの重要人口分布帯で大きく支持を得たことがトランプの獲得票の躍進に繋がった。95%の共和党トランプ投票した。

3:彼は1960年以降最多のマイノリティ票を共和党にもたらした。トランプ黒人有権者の支持を2016年と比べ50%増やし…ジョー・バイデン黒人支持率は軽く90%以下に下落、これは民主党大統領立候補者なら大抵落選するレベルだ。

4:トランプは全米のヒスパニックによる支持を35%に押し上げた。計算上60%以下のヒスパニック支持率民主党大統領立候補者フロリダアリゾナネヴァダニューメキシコを勝ち取るのは不可能である

5:勝敗指標となる(Bellwether)州は2016年と比べても更にトランプ寄りに振れた。フロリダオハイオアイオワは全て米国メディアの予想に反し大きな勝利トランプにもたらした。1852年以降この3州を手中に収めながら選挙人の数で敗北したのはリチャード・ニクソンだけだ。

6:中西部ミシガンペンシルバニアウィスコンシンは常に彼らの御近所仲間のオハイオアイオワと同じ方向に振れる。オハイオフロリダと同様だ。現在の得票記録を見ると小都市例外を除きラストベルトはトランプ側に揺れ動いた。

7:しか雪崩れ込むようなデトロイトフィラデルフィアミルウォーキー黒人票によりバイデンミシガンペンシルバニアウィスコンシンリードを収めたことになっている。バイデンの”勝ち要因”はほぼこれらの都市有権者によりもたらされた…

8:…あたか勝利に不可欠なこれらの場所においてのみ、偶然バイデン支持の黒人有権者が爆増したとでも言うように。これらの都市と似たような人口分布地域比較しても、バイデンは同様の支持率を得ておらず、このことは大統領選の勝者においては非常にまれだ。

9:我々はバイデンがかつての大統領候補者と比べ全米史上最大の票数を獲得したと聞かされた。しかし彼が勝利した郡数は全体の17%と記録的に低い。彼は524の郡で勝利を収めた一方、2008年オバマは873郡を勝ち取っている。しかしどういうわけかバイデンオバマを超えたわけだ。

10:大統領選の勝者、特に現職大統領に挑み当選した候補者にはdown-ballot(*一枚の投票用紙で上から大統領上院下院を選ぶ。したがって上下院)の連帯勝利がある;バイデンは違うようだ。共和党上院議席を守り、下院では27の接戦で全て勝利し大きく議席数を伸ばして「共和党の赤い波」に乗った。

11:トランプ共和党州議会を一つも失わずレベルで躍進した。

12:他にもおかしな点としては世論調査やそれ以外の数字がある。党派有権者登録数、予備選の数字、各候補者の人気、SNSフォロワー数、各メディア媒体視聴率ネット検索数などが後者に当たるだろう。

更にこのミステリーに付随するのは滝のようになだれ込んでくるいかおかしなやり方で大量の票が集められ加算されたかという情報だ。

2020-11-24

作家個性を殺すな

エロマンガ家の増田なんですけどのたうち回っているので書く

エロマンガ家にはエロマンガ雑誌献本が届く。描いてない号も届く。普段はそんなに熱心にそれを読まない増田だが今日は急いで開いた。大好きな作家の新作が載っていたから。

元々同人作家でその作家の本は手に入るものは全て探して手に入れていた。もうなんかものすごく重たくて愛が歪んでいてちょっと怖いそういう歪んでる所がめちゃくちゃ可愛くてエッチ女の子を描くのだ。こんなこと誰にも語ったことはないが最高なのだ増田は滅多に好きな作家と思えるような作家出会わないのでこれはすごく嬉しいことなのだ。

自分がその雑誌に描くより大分後に載るようになった作家なので最初献本に載っているのを見たときにはめちゃめちゃびっくりした。言わずもがな最高の作品が載っておりこのときばかりは献本自動的に送られてくることに歓喜した。

さて、増田も同じ雑誌に描く作家として、編集と打ち合わせをする。どんなのがいいかな~って話す。たまに趣味を出してものすごい暗いヤツとかどうですか?と言ってみるけどやめましょうよ……と言われて素直にやめる。乳のでかい可愛い女が好いてきてセックス、みたいな全然中身のないヤツを描く。でもこれが一番喜ばれるし叩かれないよなあ、ともう無心で作っている。そこに自分趣味趣向はない。仕事とはそういうものだ。

話を戻すとさっきわくわくしながら読んだ献本には、増田の好きな作品は載っていなかった。増田お気に入り作家の描いた作品は、乳のでかい可愛い女が好いてきてセックス。という全然中身のない何かだった。

あああああ!!!!!!増田は心の中で叫びなだれた。有る意味中の人間なので何が起こったのか手に取るようにわかった。違う、違うんだよ。増田が読みたかった先生漫画はこれじゃないの!!!

ちなみに先生商業をはじめてから同人誌を出していない。それでも今まで載っていた作品は、ああ先生作品だ………と思えるような雰囲気があった。多少商業誌において気を使ったような部分は有るものの、漂う雰囲気ちゃん作家個性だった。

しかしさっき読んだ漫画には1ミリもその雰囲気がなく、ちんちんはしおしおになった。

いや、作品としてはとても素晴らしい、というか画力もものすごく上がっているし作家として言えばこれは売れそう!正しいルートだ!誰も彼もがこの作家漫画、よかったって言いそう!と感じた。

強いて何が悲しいのかと言えば、大好きな作家路線変更した事ではなく、自分の好きな路線は潰されると言うこのいつでも起こり続ける現象が悲しい。身を持って知っているからこそ作家に罪はなく、仕事ってそういうものだと言うのがよくわかる。

もう先生のあのねじ曲がっててちょっと怖い感じの女の子、見れないんだあ………。いやひとつ実験であるとありがたいんだけど………。

雑誌作家として編集相談してこようかな………とも思うけど自分が無個性に甘んじてるのになんかなあ………と思いながら暴れている増田でした。ああああああ!!!!!

*を極めようとしたらΦが入らなくなった話。

先に宣言するが、誰得だし、内容は無い。

匿名しか言えない話だが、私はアナルが好きだ。

BLが好きだが、男性向けエロアナルモノが好きだし、Pornohubやxvideoなんかでもブクマほぼほぼアナルモノ。

その程度のアナルマニアである

必然的オナニーアナルの方に偏重している。


私がアナルに目覚めてしまったのはJCの頃。たまたま聞いてた深夜ラジオのHなネタコーナーである

「お尻に単三電池入れてオナニーしてたらおじいちゃんに見られてとっさにロボットマネをした」アホな投稿だった。

だが、それを聞いて「お尻って気持ちいいの?」って思ってしまったのだ。

元々早熟で、JSの小さいころからΦを圧迫すればなんか気持ちよくなると知ってしまってた。

そこからラジオマネて圧迫オナの度にお尻にも何か入れるようになった。

お尻に処女膜はないので気軽に乾電池からまりサインペンになり、極太サインペンにと辿る。

大人になってΦの処女をうしなうと、元よりエロイことに興味が大きい私は当然の如く大人オモチャにも手を出す。

まあ色々買ったよね。ついでにアナル用も買ったよね。

で、当時付き合っていた人と別れた後、オナニーがついついお尻に偏ってしまった。

別にΦが嫌いとかそういう訳ではないし、ポルチオでイケる。でもお尻が好きだから手が伸びるのがソッチってだけである

で、そんなひとり上手な状態で、実に15年くらいソロ活動に勤しんでいた。

この15年で情報ボンボン手に入るようになり、どうすればよりお尻で気持ちよくなれるのかとか、入れた後に手ごたえのあるところがヒューストン弁だとか、もっと奥のS状結腸まで行くにはどのくらいの長さのオモチャ必要かとか、そういう知識が身についた。

割と最近S状結腸攻略できた。2年くらいゆっくりオナニーできる時に結腸攻略に挑んでいたのだが、先日結腸前の壁をこねこねしてる時にいきなりズボッと奥へオモチャが嵌った。

「おお!これが結腸か!」喜び勇んで結腸用のオモチャを取り出し入れてみた。

最大太さ3.7cmの玉が8個連なってるタイプ全長50cmもある結腸越え用オモチャ。それまでは5個目までしか入らなかった。

はたしてオモチャは入った。ちょっとしかったが50cmを納めきって根元の吸盤の付け根までずっぽり。嬉しくてそのズッポリ咥えているケツを自撮りした。


ちょっと私の開発具合に話が逸れすぎた。まあそんな性活を今までしていた。

で、話は変わるが三か月くらい前に恋人が出来た。彼女は長い付き合いの相手で、出来たと言うか15年前の恋人と同一人物である

付き合ってない間もシモの話を含めてあらゆる話をする仲だったので、私がアナルマニアなのも知ってる。

恋人アナル趣味はないのが残念だが。

その恋人と一度エッチした時、準備を特にせずになだれこんだのでΦにも指しか入れなかった。

私はポルチオではイケるが、Gスポではイケないので、正直言うと演技をした。

まあ乳首でイケるし、クリも可愛がってもらったので、Φ以外は満足だったのだが。

先日オナニーしている最中に「このままじゃだめなんじゃないか」と考えてしまった。

とりあえず、イケるとこを増やしておこうとGスポを開発してみようという気になった。

アナル用の短いプラグはGスポ開発にも使えそうだったので、よーく洗ったプラグをつっこんで、Gスポとクリを同時責めしてみた。

結果はんー?ってかんじ。クリの気持ちよさはあるのだが、Gスポが気持ちいいのかよくわからない。

まあ慣れれば変わってくるかもしれない。そう思ってた。

で、普通サイズバイブをΦに入れようとしたのだよ。私は。

入れようとしたバイブは普段はお尻に使ってるガンガンピストンするバイブだった。太さは3.2cmくらい。挿入長は15cm程度。

尻ならちょいとワセリンを塗ればツルンと呑み込む、いつものヤツだった。

それにコンドームを被せ、ローションを塗り、さあΦに入れるぞ!と押し付けた。

押し付け

入らねえ。


いや、マジで入らない。先っぽ1/3くらいでめっちゃ痛い。

私はパニクった。いや、だって処女じゃないのだよ。

よくご無沙汰のΦに対して「クモの巣が張る」なんて暗喩を聞くが、テンパるくらいに入らない。

つか、処女喪った時より痛い気がする。

もしかしてこれが噂に聞く膣痙攣か?リラックスリラックス……。

リラックスついでに他のディルドを使ってアナルオナニーしてみる。こっちはいつもどおりだ。ふつうに入る。

Φと*は8の字筋と言う筋肉で繋がってるはずなので、お尻に入るならきっと膣痙攣ではないだろう。

もう一度、いそいそと準備して、バイブを押し付けた。

入らない。

リラックス目的でやったアナルオナニーでだいぶ満足していたので、その日私はもうちょっとお尻をいじってから終了とした。


その後も何度かΦに挿入を試みてみた。

2.8cm以下のプラグディルドなら難なく入る。まだGスポは分かんないがポルチオは刺激すれば気持ちがいい。

でもやっぱり3.2cm以上のプラグディルドは痛くて入らない。


幸か不幸か、恋人Aセクなのでこっちが色々仕掛けないと手を出してこない。

私はHがしたくても、相手は基本そんな気にならない質なので難しい相手だ。

たぶんこれから先も私はソロ活動を極めると思うし、そのうち追々Φも普通普通サイズが入るようになるかも知れない。


つれづれなるままに書いたが、要は

『15年Φを使わなかっらた処女みたいになってるんだが、そんなことってある?』 って話を誰かに聞いてもらいたかったのだ。

たぶん書き捨てするからブコメで煽られても反応しないと思う。

Φに楽に普通サイズが入るようになったら、また増田に「入ったー」って書き捨てしに来ます

2020-11-19

みかんコーヒーとオトンの初恋有村架純

「みさちゃんさ、みかん食べる?」

寒い寒いと言いながら、三時のおやつでも食べようかとリビングに降りてきた私に、キッチンから父がボソッと声をかけた。

「いや、みかんはいらん。寒い暖房つけよう」

エアコンなら、母さんが業者呼んで清掃してからじゃなきゃ使わん言ってたから、つけたら怒られるぞ」

はぁ?という顔をしている私に、いらんといったのが聞こえなかったのか、みかんを手渡しながら父が言う。

「なんで寒くなる前にやっとかんかったんだって話よな。そんなこと言ったら、怒られるから絶対言わんけど」

からからと笑う父。手に持つマグカップには湯気の立つコーヒーテーブルに目をやると、みかんの皮が散乱している。

(この人……コーヒー飲みながらみかん食ってるんか)

ソファの背もたれにかかっていたひざ掛けを腰に巻いて、リビングテーブルにつく。渡されたみかんを揉みながら、

わたしコーヒー

頼むより先に父はグラインダーに豆を入れていた。ブィーンという無機質な音が部屋に響く。

「みさちゃん、昨日の夜酔っぱらって、そこまで聞けんかったけど。この後どうすんの。そこらへん、母さんとは話したんか?」

「うーん」

どうしたものかと私は少し考えた。昨夜、久々に帰省した私のために、自宅ではささやか歓迎会が催された(とはいっても少し豪華な寿司の出前をとったくらいだが)。食事を終えて、家族三人テレビを見ながらダラダラとお酒を飲んでいたのだが、父は早々かつ静かにリビングソファに沈んだ。腹に猫を乗せて、スマホバイブほどの小さな音量でいびきをかきながら寝る父をそのままに、母とは今後の話をある程度した。正味時間ほどかかったその話を、今父にするにはまだ話をまとめ切れていない。母からは同姓として理解は得られても、父にはこの冗長な割に何も決まっていない私の現状を伝えても、ただ心配を駆り立てるだけではと不安になったのだ。

「まぁ暫くは休むよ。貯金もあるし。今はまだ動けん気がするし、何より少し疲れたわ」

みかんの皮をむきながら、はぐらかすようにそう答えると、コーヒーを入れる父の手に視線を移した。暫く見ない間にまた年季が入ったなぁと、ふとそんなことを考えた。


ここ数年、私(輝く三十代独身)はアメリカ西海岸の小さな広告代理店仕事をしていた。小資本飲食店小売店なんかがメイン顧客だったので、今回のコロナによる各種制限後はほどんと仕事がなく、一部制限解除後もほとんどの店はコマーシャルを打つ余力はなかった。片手間に作っていた無料情報誌なんかは、コロナ対策コラム等を差し込みつつほそぼそと発行を続けていたけれど、いつしかそれも限界に。結果、私はあえなく「状況が良くなったらまた声をかけるから、必ず戻ってきて」とお決まりコメントと共にレイオフの網にかかったのである。こんな状況ですら私を限界まで雇い続けてくれた会社には感謝しかないが。

解雇後「とりあえず一旦リセットだな」と考えた私は、実家に帰ることにした。異性関係は、現地で交際していた男性と二年ほど前に別れた後はパッタリだったし、行きつけのチャイニーズレストランコロナで潰れたので、かの地に私を繋ぎ止めるものはもう何もなかった。大卒から今までずっと海外でもがいてきたこともあり、このひっくり返った世界を口実に、このタイミング実家ゴロゴロしてやろうと、そういうことであるしかし状況が状況なので、帰国決断した後も、やれ渡航制限だ、やれチケットの予約だと色んなことがうまく繋がらず、なかなか出国することができなかった。ようやく帰国の日取りが決まったころ、

「帰るで」

ポッと送ったLINEに、

「車で迎え行く!楽しみ!おめかししてく!」

還暦も半分過ぎた母はノリノリで返信したにも関わらず、当日派手に寝坊した。私が期待していた、到着ロビーでの感動の再会(BGM青春の輝き/The carpenters)は叶わず。実に四年ぶりの帰国はなんとも味気のなく、一人公共交通機関でと相成ったのである


「あれな、『コロナだし、やっぱ行かん方がいいと思って』って言い訳しとった」

私の分のコーヒーを手渡しながら、けらけらと父は笑った。

「ほんと昔から適当な人。あんなんと結婚した意味分からん初恋の人とか言わんでよ?」

私が次のみかんに手を伸ばしながら言うと、

初恋かぁ……」

ギリギリ聞き取れるくらいの声でボソッと言った後、父は一人モジモジしながら下を向いた。思えば父と母がイギリス出会ったという話は聞いたことがあるが、初恋話となると聞いたことがない。恐らくこの人の初恋は母とは別の人と思うが、どうせ時間もあるし、掘れば面白い話が聞けるかも知れないと思った私は、

「そしたら、父さんの初恋っていつよ?」

別に話したくなければいいですよ、ええ。と二個目のみかんの皮をむきながら、興味なさげに聞いてみた。暫く返答がないので視線を上げると、相変わらずモジモジしながら、父は照れくさそうに顔を上げた。

「お墓に持っていくほどのものでもないし、話してもいいか。母さんには内緒だぞ?」

言うと父はテーブルの上のみかんの皮をまとめてゴミ箱に入れると、ゆっくりと向かいの席に着いた。

(結局話したいんでしょうに……)

いかけた一言を飲み込んで、コーヒーをすする。


「みさちゃん墓参りの時に行った叔父さんの家、まぁあれは父さんの実家でもあるわけだけど、裏手に階段あったやろ。急なやつ。あそこを登ると昔図書館があったんよ。市立だか県立だか忘れたけど、そこそこ立派なやつがね。父さんは大学受験勉強毎日そこでしてたんだ。家だと兄弟たちがうるさいから」

父の実家西日本の某所。坂の多い海辺の町だった。遠方であることもあり、私は小学校高学年の時に祖父母墓参りに行ったのが最後、以来そこには行っていない。

「そこの自習室がさ、海に向かって大きな窓があって。部屋にストーブがあったけど、やっぱり窓が大きかったせいかな。冬場はすごい寒かった。でもそのおかげで利用者が少なくてね。少し寒いくらいの方が頭も冴えるし、父さんはそこを好んで使ったんだ。あともう一つ、別の理由もあったんだけど」

父はそわそわと立ち上がると、コーヒーのおかわりだろうか、電気ケトルに水を入れて沸かし始めた。ケトルがお湯を沸かし始める音が、私の想像の中の自習室ストーブの音と重なる。父はそのままケトルのそばから離れず、窓の外に目をやりながら続けた。

「父さんともう一人、その自習室を使う女の子がいたんだ。とても綺麗な、束ねた長い髪が印象的な子だったよ」

突如文学的表現をし始めた父をみて(これはキモイな……)と思った。初恋話を聞くのにある程度の覚悟はしていたものの、父の口から語られるそれは、なんとも中途半端恋愛小説のようで、

(これは、脳内キレイどころの女優さんでもキャスティングして、程よく補完しながらでないと聞くに堪えないな)

そんなことを考えながら、みかんを口に放り込んで聞いた。

「それが初恋の人?思ったよりチープな感じ」

今にも鼻くそを掘り出さんばかりの口調で茶々を入れると、

最後まで聞けよ。みさちゃんが聞いたんだし、父さんにとっては大切な青春の1ページだぞっ!」

父はムッとした表情で言った。

(だぞっ!って……昭和アイドルかよ)

「隣の高校女の子だったんだ。同じく受験生だった。頭のいい子でね。その部屋で一緒になった最初の数回は会話がなかったんだけど、ある時勇気を出して話かけたんだ。『どこの大学を目指してるんですか』ってね」

「ほうほう。で?」

謎のドヤ顔スルーして相槌をうつ

「目指してる大学が一緒だったんだ。まぁ、彼女は余裕の合格圏内。父さんは相当な努力を要するくらいの差はあったけれどね。彼女英語系の学部に進みたいと言っていた。将来は海外に行きたいと。当時ボーっと生きていた父さんと違って、明確な夢を持っていた彼女はとても輝いていてね。ほら、男って単純だから、一発で惚れちゃったんだ。同じ大学を目指す二人。一緒に勉強する自習室。これは、もう、そういうことだろうってね」

馬鹿なのではなかろうか」

「いや、馬鹿でなくて!」

父は鼻息荒く私を遮り、

「たしか最初一方的ものだったさ。けれど、一緒に勉強……というかほぼ父さんが教わるだけだったけれど、毎日のように、約束して、同じ時間を過ごして、そういう感じになったんだ。『一緒に合格しようね』とか『一人暮らしする時は、近くに住もう』とか、これはっ!もうっ!そういうことでしょうがっ!」

若干の金八先生口調になりながらまくし立てた。

彼女の教え方が本当にうまいもんだからギリギリの成績だった父さんも合格圏内に入るくらいになったんだ。夢の大学生活は目の前だった。ある雪の積もった日、勉強を教えてくれたお礼に、図書館の近くでラーメンを奢ったんだ。温かいものでも食べようってね。その帰り道、初めて手を繋いだんだ。女の子と手を繋いだのは、その時が初めてだ。さっき食べたラーメンが胃から飛び出そうだった。家まで送ると言ったんだけど、ここまででいいと。途中で分かれたんだ。次の日も、いつも通り会えると思った。でもなぁ……」

突然、演技派女優のようにうなだれる父。いや、でもこれは結構シリアスな展開なのでは。私は我慢できず、恐らく一番ビンビンに立っていたフラグを掴むと、

「……し……死んだとか?その才色兼備さんは……事故に遭ったとかで……」

ゴクリと唾を飲みながら聞いた。少しの間、静寂がリビングを包む。父は顔を上げると、

「あっ、忘れてた」

と言って、電気ケトルスイッチを入れ直した。ズッコケる私を一瞥しながら続ける。

「いや、死んでない」

「おい」

「死んでないんだけど、消えた」

は?という私の顔に腕を組みながらうんうんと頷くと父。

「次の日から、もう試験も近いのにパッタリと来なくなった。いなくなって三日後くらいかな、その子高校に行ったんだ。名前は知っていたけれど、家は知らなかったし、当時は携帯なんてないからな。それしか方法がなかった。今ほど個人情報にうるさくないからな、聞いたらサラッと教えてくれたよ」

ケトルからサーっとお湯の沸く音がする。部屋が寒いからか、注ぎ口から湯気が濃く立ち上る。

夜逃げしたらしい。母親がいない家庭で、親父さんがあまり真面目な人じゃなかったようでな。突然いなくなったってことだった。仕事で失敗したんだか、博打なのか知らんが……。家の前にも行ったんだけどな。バラック小屋ってわかるかな?そこまで酷くはないけれども、それに近いような、貧相な家だった。当然、明かりもついてないし、扉を叩いても誰も出てこなかった。家の前には、彼女図書館まで来るのに使っていた、見覚えのある自転車がそのまま置き去りにされてたよ」

そこまで言い切ると、父は黙りこくった。そのまま暫く何も言わず、再び沸騰したケトルのお湯でコーヒーを入れ始める。

大学は……大学はどうなったん?」

私は恐る恐る聞いた。父はいつの間に私のコーヒーが空になっているのに気付いたのだろうか。二人分入れていたコーヒーの片方を私に差し出しながら、

「父さんは合格したよ?」

知ってるだろ?と言わんばかりのとぼけた顔で答えた。

「いや、父さんでなくて、才色兼備さんは?合格発表で奇跡の再会をしたとか」

興奮する私とは対照的に、父は再び、一人冷静にモノローグに入る。

あの日合格発表の日。始発で発表を見に行ったよ。大学は遠かったからな。張り出された番号より先にまず彼女を探した。どこにもいなかった。一通り探した後、掲示板を見た。自分受験番号があった。でも全く喜ぶことができず、父さん、そこでずっと立ってた」

ヤバイ、泣きそうだ)

目の前でセンチメンタルに語られるオジさんのモノローグに、不覚にも目頭が熱くなる。

「当然彼女の番号はおろか、受験たかどうかさえ知らないからね。その日は大学の門が閉まるまでそこにいたよ。掲示板は何日張り出されてたんだっけな、もう覚えてないけど、もしかしたら今日これなかっただけで、明日見に来るのかも知れない。そう思った父さんはなけなしの金をはたいて近くの民宿に泊まって、翌日も一日中待ってたんだ」

「……でも、来なかったんでしょ」

ティッシュで目頭を押さえながら私が聞く。指先についたみかんの酸が目に染みる。

「うん。来なかった。そして大学に入ってからも、彼女の姿を見ることはなかった」

自分の話なのに、ウルウルとなく娘にもらい泣きでもしたのだろうか。ズビッと鼻を一度ならすと、

「きっと、受験できなかったんだなぁ。だって受験してたら、彼女なら絶対受かってるものあんなに行きたがってた大学だったんだから

父はしみじみそういうとコーヒーをスッとすすり、一つ残ったみかんを、テーブルの上のカゴから取り出した。


(なんて切ない話だ……)

還暦もとうに過ぎたオジサンコイバナに、悔しいけれど胸を打たれた私は、鼻水をかみながら劇場を退席しようとした。脳内有村架純あたりを勝手キャスティングしていた才色兼備不憫さも去ることながら、そこにいない初恋の人を必死に探す父の哀れさを思うと、今はすっかり禿げ上がった父にも、そこそこかっこいい俳優キャスティングしてやらねば。そう思いながら、ソファ眠る猫を抱えて二階に上がろうとした。その時。

「でも、この話には続きがあってな」

ニヤニヤとしたり顔で笑いながら、父は私を引き止めるように言った。

「父さん結婚前にイギリス単身赴任したことあるって言ったろ。そこで彼女と再会したんだ」

「えぇ!?嘘!そんな偶然ってあるの!?

私は慌てて猫をソファに戻すと、前のめりになりながら席に戻った。と同時に私は焦った。父と母はイギリス出会ったという話を思い出したからだ。そうすると、有村架純キャスティングした才色兼備の役を再考しなければならない。あの母親は……明らかな才色不備だ。

「ま……まさか……よくある話で、その女性って……」

「あ、母さんじゃないぞ」

私の焦りを察したのか、落ち着かせるように父は釘をさした。

日本人駐在員が集まるパブがあってな。仕事終わりにそこで飲んでいたら、隣に二人組の日本人女性が来たんだ。その片方が彼女だった。一目でわかったよ。向こうもそうだったと思う。『もしかして、○○さん?』って聞かれた時、夢でも見てるんじゃないかと思ったよ」

「うわぁ、本当にそんなことってあるんだ。もうそから話が止まらなかったでしょ」

「いや、お互いとても驚きつつも、一言二言交わしてその日は別れたんだ。向こうは連れがいたしね。翌日は休みだったから、また明日改めて会いましょうと、向こうから番号を渡された。その番号を見て色々悟って、嬉しくなったね」

「なにを悟ったん?」

電話番号だけで、ホテル名前とか部屋番号とかは書いてなかった。つまり定住しているってこと。ちゃんと夢を叶えたんだと」

「なるほどねぇ」

そんなに長いこと話したつもりはなかったが、いつの間にか部屋は薄っすらと暗くなっていた。父がパチッと部屋の明かりをつけると、猫が呼応するように二階へ駆けていった。


「でもさ、そんな感動の再会したら、もうそれは運命の人じゃないの?どうしてその人と結婚しなかったのさ」

話が一周して戻ってきたが、単純にそう思ったので聞いてみた。そりゃあ、今の母と結婚たから私がいてとか、そういう御託はあれど、普通ならそこでくっつくだろうと、そう思ったからだ。

「いや、彼女はもう結婚して、子供もいたんだ」

「あら、そういうパターン

「あの後、働きながら勉強して、渡英して、仕事についたと言っていた。そこで出会った人と結婚したそうだ」

それを聞いて、世の中うまくはいかないのだなと思ったのはもちろんだけれど、ふとその時父は何を思ったのかが気になった。初恋の人との運命的な再会と同時に、自分の恋が終わった時、悲しかったのだろうか。悔しかったのだろうか。私だったらグシャグシャになってしまうかも知れない。しかし、そんな私の疑問は、次の父の言葉ですぐに解消した。

「心からしかった。父さん、みっともないけど、そこで泣いちゃったんだよ」

照れくさそうに笑いながら父は続けた。

「良かった。良かったってね。ずっと心につっかえていたものが取れたような気がした。『ありがとう』っていう父さんに、あの人は『なんで?』とは聞き返さなかった。わかってくれたんだろうね。『こちらこそありがとう』と」

「どういうこと?」

今までの話の中で、父がその人に感謝することはあっても、父が感謝されるようなことがあっただろうか。

「『君が海外に行ったら、そこに僕も必ず行くから、その時はバッチリ英語観光案内してほしい。約束しよう』父さん、そう言ったんだと。全く覚えてなかったけどね」

「そんな約束してたんだ」

「『私が海外に行くことに、きちんと意味を持たせてくれたのはあなただった。約束を守るために、頑張ったから今ここにいるの』と言われた。父さんも、彼女の役に立ててたんだ」

一昔前のトレンディ俳優のようにフッと小さく笑うと、そのまま父はトイレへと消えた。

(お前はすっかり忘れてたわけだけどな)

父の背中に心の中で柔らかく突っ込みながら、私もニッコリ笑った。


それから才色兼備さんとは会ってないの?」

トイレからいそいそと戻ってきた父にそう聞くと、

「ああ。会ってない。連絡先も特に交換しなかったんだ。まぁ色々あってね」

父はテーブルのカゴにみかんを補充しながらそう答えた。

「でもさ、初恋は思い出の中に。そういうものだろう」

キメ顔で答える父に、久方ぶりに(気持ち悪い)という素直な感情が戻ってくる。

「ただいまぁ」

玄関から気の抜けた、疲れた声が聞こえてくる。

「あら。何仲良く話てるの珍しい」

リビングに入ってきた母は、そう言いながら、みっちり膨らんだエコバックキッチンに置いた。それを見て、先ほどまでの話題のせいで居心地が悪いのか、父が二階へ避難しようとする。

「なになに?なんの話してたん?」

トイレに行こうとする有村架純とは程遠い母が、リビングの出口で父に聞く。

「いや?たわいもない話だよ」

父は道を譲りながら誤魔化した。訝しげな視線を投げながら、母がトイレに入ったのを見計らって、

「ちなみにな」

父は私の耳元に口を寄せると最後にコソッっと

彼女と再会したときパブ彼女と一緒に来てたのが母さんだ」

そう付け足して、ニヤニヤしながら駆け足でリビングを後にした。

「えぇー!?なにそれぇ!」

驚く私の声と重なって、リビングのドアがバタンと閉まる。

「ねぇー!何の話なのー?」

母の切ない声がトイレから響いた。


あの人との馴れ初め話は、また後日みかんコーヒーを飲みながらでも聞こうと思う。


暇つぶしにこの話をネットに放流する許可をくれた父に感謝

anond:20201118104321

中抜きとは

もともとの「中抜き

中間業者飛ばし生産者消費者直接取引をすること

いま話題になってる議題での「中抜き

取引中間に入って、取引自体と直接関係のない事で金銭をうけとる方法

取引中間業者が入ることを「取引とは直接関係ないのに料金とって生意気」でバッシングしようというのが今の流れ

①なんで転売みたいなことしてる会社があるのか

まず法人個人の違いだけど

法人登記上人間:単位的に個人)-取締役役員資金計画)-社長以下社員(実務)

個人-自分-(存在するならば家族)-使い道・消費

この形の違いだけでまず役員など資金の部分と労働してる人との間で契約がある

約束を超長期的に結ぶことで正社員とかしたりしてるわけだけど毎月のお給料を支払う必要がある

今月の売り上げの料金でいつのタイミング仕入れ現金をつかうかお給料を振り込むかで会社資産量がかわる

マイナスになるわけにはいかないので支払いタイミングをずらすので締め日とか支払い日とかでてくる

仕入れお金がなくなってしまタイミングでお給料日がきて支払えないとなるわけにはいかないのでできるだけ安全マージンをとった日付の余裕と計画をすることになる

そうすることで都合のいい日とよくない日ができてくる 生産側と中間業者の間で都合のよいサイクルで取引をするように契約することになる

個人なら全力で貯金を使い切ってしばらく我慢しても自業自得なので我慢しつつ現金化していくということもできるし消費者ローンで即日お金も借りれる


法人代理店とかみたいな中間業者として個人転売ヤーとして話をすると


法人にしてそんな大きな量と額で取引する必要があるのかっていうと そのメリット

社員一人一人が「品物を見極める選別眼」「利益計算プロ」「仕入れ交渉上手」「新しい方向性への調査が得意」のすべてを備えていなくても一部が担えればその流通に関与できる

・よりたくさん仕入れることや長期的に約束をすることで原価を安くすることができる より安く消費者提供することで同業の市場で差をつけることができる

上記2点で売り上げを伸ばして個人能力依存にならない人財形成労働から得られる収入をみんなでわけることができる

好きな業界自分にできる範囲生活資金を得られるので職業選択の幅が広がる

できないことをさせられて怒られる会社社員っていうのも嫌なものだけど上記のとおり足りない能力を伸ばさなくてもいいのが会社なので怒られる仕事を頼もうっていう時点で会社おかしいことに気が付いていないところが多いので残念なことは多い


個人でするなら品物の仕入れから売り上げまでに必要能力知識個人次第

馬鹿みたいに売れるのが確実なもの貯金のある限り買って売ったらいい

もしそれが複数人同じ考えで行われて売り切れがでたら値段を吊り上げたらいい

目論見がはずれたら自己責任 だけど失敗しても怒られない


まず仕事したい人が拠点として構えたい場所開業する

その土地に特化して有能な人がいるかいないかは別問題

ならば特価していなくても有能でなくてもできる業務に分解して構成しよう

あわせて一つの目的を主たる業務としてそれ以外には私たち集団威力を発揮しないということを役所に届けて登記して法人になろう

その土地地域から経済活動ができるものを一人の法人として地域のみんなで運営できるので分配もできる

土地を利用してとのことなので運営無関係住民地域についても還元していこうというCSRなどもある


だれも助けてくれはしないが だれも助けなくていい


個人個人のことをまかなって一人で生きていくのは勝手だけど地域ってその人の生活圏も含めて地域なので税金は投入されてるしサービス提供してるし税金も使われてる

一人で生きていくために社会と断絶できるほどに還元しているわけでもない人が個人でそこにいる事自体にもコストはかかり続けている

ので個人だけで個人のことを完結させてる人は地域としてはあまり放置して無視というわけにもいかない


やってる事個人とかわらないし全員個人税金おさめたら法人個人中間取引してるのかわらないんじゃね?って思う人は

一日何件問合せの電話がきたら個人法人では動作がしなくなるのか考えてみてほしい

動作を止めると商売が止まるとかお金が入らなくなるとか以前に 利用してる客が迷惑することを


激安スーパーとかでもそうだけど 仕入れ業者会社運営のながれとは逆に売る側として資金の調整タイミングをはやめたい 現金取引してほしいというところはある

条件を必要とする程度に資金がほしいか品質問題あるかなどあって安く仕入れることができたりする

これをみんな定価でうるならば仕入れ業者選びと価格交渉商売の要となる けれどもこれは独自ルートを使って各社商売をしてる 価格にみあう条件に合わせて法人をおいてる

山の上なら移送する手段とか 学校前なら割引率が多く商品限定的とか ベッドタウンが近ければコアタイム以外販売をしてないとか

タイミング場所で消費するタイミングも量もちがうので最適にあわせた時点での原価がきまるし 定価を変えた商品が売れることにもなる

個人場合入荷が販売商品を購入してからなので最低価格は定価であるため実質定価の確定になる

販売方法ネットによる「全国にいるどこかの必要なだれか」がいつか買ってくれるかもしれないという「商品価値100%依存」することにもなる


売れ筋消費を扱う業界で働きたいとか それがある土地に住みたい 住んでるところで不足した能力を補わず社会生活したいとなると生産者から買い取って消費者に売るという中間業者就職することになる

生産者消費者に直接売るとなると生産者側が生産以外に販売顧客管理経理といったところから取引の仕方ややり取りについて担当する仕事を処理できる部署必要になる

生産コストリスク取引作業をする事業コストリスクひとつにしたところでまったく別のコストリスクが2倍になるだけなので一緒にしないようがお得なのはあたりまえ

いろんなベストが点在していて 苦労を少なくつなぎ合わせて生産を消費していくサイクルをつくるのが中間取引のあるしくみ


消費者が消費するためだけに先に自分で消費してその機会価値をほかの中間コストを乗せたそのまま請求して取引するのが個人


これだけではないけど とりあえずこれだけでも転売ヤー個人のやってることと法人のやってることは違うんじゃない?

結婚相談所とか派遣とかなんの苦労もなしに人紹介するだけで金とってる中間業者って抜いてるだけじゃんってところだろうけど

あれはリストを売ってる商売からその人の情報をもって連絡とか対応をして仕事先に仕事だけさせにいく業務負荷の低減をしてる分で手数料をとってるんだ

たとえば派遣経由で現場に入ったとして 次の日から派遣通さずに自分と勤め先で直接契約してもいいと思うよ

だけどもいやな事があったとき次の派遣先を自分で探さないといけないとか 必要とき電話を直接取ることになるので会社現場以外から会社対応として電話にでたり対応したりしないといけない

継続的に人数まとめて作業をするので 一人で個人事業主として会社仕事でつながる作業派遣の人にまるなげして まるなげされた派遣のほうは1件あたりの対応量は少なくてもそれだけならまとめてできるって役割分担

一人で受付応接作業会計納品請求ができるならフリーランスでやるのがいちばんだよ それができないからできる人ができる作業をもちよって団体になってる

料金の設定とか手数料とりすぎってところはあるけど それは競争がないところを付けいられてる現状があるので 高い手数料をふんだくってるやつの競合をつくればそこも下がっていくよたぶん

2020-11-14

飲み会18人

普通に回し飲みして同じ皿を菜箸も使わずにつついて

二次会カラオケコール飲みして家近い人のとこになだれ込んで雑魚寝

うん

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