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2017-10-15

http://www.3banme.net/entry/age35-kekkon

こういう記事を読むと、かわいそうだと思うことがある。

多くの人がインターネットの不幸自慢を大声で愚痴る声に汚染され過ぎだろう。

夫婦となって子供を育てているほとんどの夫婦が、自信もなく、不安を感じながら結婚するし、子供を産み育て始める。

そして、初めて知るんだ。

結婚がこんなに楽しいのか」

結婚がこんなに幸せなのか」

子育てがこんなに楽しいのか」

とね。

周りへの遠慮がなければ、大部分の夫婦が大声で叫びたいはずだ。

結婚した方がいいよ!」

子供を育てると毎日楽しくてたまらないよ!」

とね。

でも、周りに不幸な人が多いから、遠慮して、

結婚はいいことばかりじゃないよ。夫(妻)がこんなに嫌なところがあってさ」

子育ては大変だよ。子供が言うことを聞かないし」

愚痴ってみせる。

子育てはもちろん、つらいことも多いよ。

基本的に、わがままで言うことを聞かないし。

言うことを聞かないという点では、パートナーだってそう。

他人はもともと、自分の言うことを聞かないものだ。

しかし、浮気をしたりギャンブルにハマったりするパートナーは少数派だし、

子供がグレる家庭も少数派。

大部分の家庭は、うまくいっているもんだ。

少数派の声がでかいから不安になるのも分かるけれども、

多数派の人々が、自分たち幸せだと告白することに遠慮している現実も知って欲しい。

結婚子育ても、本当に幸せです。

この幸せを知らないまま、人生を終える人々はもったいないと思うのに、それを断言できないジレンマを感じている。

ブログ書き手のナカヤマさんの周りで結婚を勧めている人は、多分それでも遠慮しながら勧めているんだよ。

2017-10-13

マナー啓発のジレンマ

おとなしくルール守ってる人間ばかり萎縮して肝心の層には全く届かない。

2017-10-10

anond:20171010153228

なるほど、反アベ運動家は、安倍首相だと支持しない安倍を崇めなければいけないというジレンマから脱するために引きずりおろしたがっているのか。

2017-10-05

出会い厨街コンで男8,000円、女2,500円。男性差別女尊男卑だ」

キモヲタ街コン8000円 女2500円 やはりここでも搾取されるwww 男女平等って何だろうな | やらおん

http://yaraon-blog.com/archives/114399

↑に限らず、TV男性タレントゆうきゆうとか言う精神科医もどきクズが声高に叫ぶこの理論

あのな、そうなるのは出会いコンが必然的に『圧倒的多数出会い厨ヤリ逃げ精子脳男と、そいつらを警戒して迂闊に寄り付かない女』になる構図をはらんでいるかだっての。

まず出会い厨のヤリ逃げ精子脳男というのは、現実問題オタ非オタを問わず世に恐ろしい数で存在する。リアルにもネット上にも。

SNS女性名登録しようものならその瞬間に出会い厨からのフレンド申請殺到するので、女性名顔写真は避けた方が良い」という常識存在するレベルであり、男だって軽くネカマしてみれば何匹でもたやす釣り上げられる。

彼らは365日24時間ヤれる女を求めて蔓延するウイルスのようなものだ。

そこまで酷くなくても、恋愛コミュニケーションを望む傾向の高い女性に対し、単純に性欲の解消を第一に求める男性は現状少なくない。

そんなできるだけ多くの女とヤリたいだけの手合が「街コン」なんて美味しい女食いの場に目をつけない訳がない。

通常のナンパと違い出会いを求める女が最初から集まっているのだから駆け引きの手間が丸々省けてラク、結婚を餌にすれば簡単にヤれる、人間関係のしがらみも無いので楽々逃げられるという理屈だ。

そして、日頃隙あらば襲ってくる出会い厨の猛威を思い知らされている女はそうなる事を察して警戒するので、多くはその手の街コンは避けて信頼出来る友人や同僚を経由した内輪的な合コンに参加する。

かくして必然的に無策で街コンをやろうとすれば募集状況は、性欲でギラついた男9に対して女1(最悪、男10で女0)というのが常態化する。

当然だがこれでは会が成立しない。さりとて出会い系ヤリ逃げマンを事前に抑止して、本当に誠実なお付き合いを求める男女だけを選り分けるのは不可能だ。

薄々わかっているであろう事とはいえ「1夜限りの出会い厨ヤリ逃げ精子脳男が混じってますから気をつけてください」という類の生々しい注意を改めて表に出したら、女性は嫌になってますます遠ざかる。

利用者に脅威を与えるようなドロドロした内情を決して臭わせないように、それでいて何とか男女比を揃えるための苦肉の策が、例の参加費設定と言うわけだ。

主催者側は不平不満を買い得るとわかっていても説明するに出来ないジレンマを抱えているが、それでもなおまるで効果の現れない男女参加比率を見れば誰でもお察しだろう。

それをネットで「男性差別女尊男卑だ」と騒いでいる男性達は、故意か天然か、ヤリたがり男達の集う背景をきれい無視している。

特にゆうきゆうは「男にとっての恋愛=一人でも多くの女を性欲のはけ口にする事」と考えてその欲求不満ミソジニーこじらせた典型的精子脳側の張本人で、

一体どんな神経で「会費設定は男性差別だ」と言えるのかマジで理解できない。

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とらのあなが始めたオタク専用婚活サイト『とら婚』のサービス内容がガチでヤバ過ぎるwwww 「デート当日にスタッフ密着」「婚前交渉は成婚扱い」 : オレ的ゲーム速報@刃

http://jin115.com/archives/52167242.html

悲報とらのあな婚活イベント企画男性満員御礼女性参加者0 : ガハろぐNewsヽ(・ω・)/ズコー

http://gahalog.2chblog.jp/archives/52406299.html

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というか冒頭で触れられてたとらのあな婚活街コンはこの惨状だろ?「デートスタッフ尾行します」てww

「完全に『普通結婚相談所が匙を投げるレベルのクソコミュ障底辺ぼっちダメ人間』を想定したサービスだな。婚活界の教育困難校みたいな。」とまで言われる始末。

こんな婚活以前のキワモノしか居ないのが最初から見えてる街コン、まともな女は金積まれても絶対参加しない。参加者0人は当たり前だwwwwww

しろここまで男オタクに媚びへつらった婚活サービスなんて他にないぞwwwwwww

anond:20171004211302

相手の男が変なやつであればあるほど、何をしでかすかわからいからできるだけ刺激しないようにやんわり断るしかない。

でも空気読めないやつほどハッキリ言わないと伝わらないor都合良く曲解される。

このジレンマ

関わりたくもない相手自分時間メンタルを削られる苦痛

LINEブロック機能があって良かったね。

2017-10-03

anond:20171003083607

頭いいから、バカどもを簡単に操って政権握ることもできたんだけど、頭いいから、それは許されないことだとわかってしまジレンマが辛いね

2017-09-26

私の左翼右翼

右翼左翼というカテゴリは、なぜか人に完全な説明を与えたような錯覚させる言葉だ。

一般的左翼的言説は、左翼進歩的であったり、人間中心的であったり、自他的であったり、自利的あったりする。

一般的右翼的言説は、右翼保守的であったり、自然中心的であったり、集団的であったり、個人的であったり、規律的であったりする。

これだけ雑多な概念ではあるが、左翼右翼対立していたり、対立していないこともある。

わたしは2つの概念に、どちらがより悪いかということを言うつもりはない。

これから書くのは、左翼右翼にある対するよくある誤解をできるだけ解いていこうという試みである

といっても私の力不足により、今は3つしかなく内容も不明瞭に見える。

それと誤解と断定して書いたが、恐らくは誤解であるという所だ。

なぜなら、左翼右翼完璧定義付けを、私はしないつもりだからだ。

それでは、なぜ左翼右翼に対する誤解と言うものを書けるのか。

それは左翼右翼に対してよく言われる一部の定義を仮として当てはめた時、明らかに左翼右翼思想が成り立たなくなり

そうなったときに、彼は左翼だ、右翼だと言うことがほとんど不可能になると思われるからだ。

ここで私のひとつ立場を明らかにしたいと思う。

私は"思想ジレンマ"というような言説、態度を認めていない。

どちらかのジレンマによる、右翼左翼キメラ的態度を認めないということだ。

(哲学的に言えば、ヘーゲル止揚という概念を認めていない。)

それを踏まえた上で、左翼右翼に対する誤解について書いていこうと思う。

左翼進歩的であり、右翼保守的である

左翼的言説とは、現状を改革することや、何かを変えようとの意向を持つ言説であろう。

右翼的な言説は、現状を守るときや、何かを大事にしようとするときのものだ。

これらから左翼は常に革命を求めており、暴力的であるとか、右翼は頭が固く時代遅れだなどと言われる。

まず、最初左翼的な言説に、まるで保守性がないというのは成り立たないことだ。

左翼が変革を起こす時、現状をすべて破棄するか、一部を破棄するかというどちらかを選択するだろう。

そして現在には存在しない概念を(規則など)を落ち込むことになる。

もし、その概念批判があれば、左翼はこれを守らなければならない。

その守るための言説に保守的言葉が無いとしたら、明らかにその概念はたちまち崩壊するだろう。

批判者の言説とは、おおよそこのようなものだろう。

君の進歩的概念適用された世界を認めたとして、その世界をどのように(同じような進歩的概念から)守るのだ?

次に右翼的な言説に、現状を進歩させるものではないとするものだ。

これは左翼的な言説に保守的な言説が混ざり込む以上、彼らは、その保守的な言説と戦わなければいけない。

その戦う言説が保守的ものだけであれば、ともに共存することになる。

右翼保守的なだけであれば、不純物と共存するだけである

そうではなく、現状維持のためであれば、不純物は取り除かなくてはいけない。

不純物を取り除いた後に、根本の原因である現状の変革を実施する。

劣化し始めるもの進歩し始めるのも、現状に問題があるためであり、その現状を彼らは変革するのである

しかし、その変革とは公平に見るとすれば進歩のものである

左翼保守的に見えたり、右翼進歩的に見えたりするのは、そもそも左翼進歩的であり、右翼保守的であるということを誤解していることによるのである

  

左翼相対的であり、右翼絶対的である

ここで抽象度が一気に上がって申し訳ない。

相対的であるとは、相対論自由という概念などである

(自由という概念は、相対的でないと成立しない。

もし私がりんごを食べるとして、ある場所では犯罪だが、ある場所では犯罪ではないとすれば

食べる場所によって犯罪の可否がきまるため、私がりんごを食べる自由相対的であると言える。)

絶対論とは、~べき論や、どこであろうと適用されることを望んだ言説である

これらにより、左翼優柔不断、すぐ裏切るなどや、右翼は頭が固い、傲慢だなどと言われる。

では、これも同じように左翼絶対的な言説が入り込む余地が本当に無いのだろうか?

その前に、左翼進歩的言説を行うものであることは、すんなり頭に入った人たちでも、

左翼相対的言説をしているか左翼だと認識することはあまりいであろうと思われる。

ここで相対的言説と絶対的言説について少し書こうと思う。

相対的言説とは、まさに例を取ってあげれば左翼的言説に近いもので有ることは理解してもらえると思う。

例えば自由や愛、幸福などだ。

自由を仮に絶対的定義しようとすればまさしく絶対的自由から抜け出すことこそが自由であると言うことが分かる。

こうすると、自由相対的という定義に転がり当てはまる。

絶対的言説とは、言説による力を発揮する場所定義するということである

例えば、国、集団など。その限定された場所によって、定義された言葉が、それに見合った意味となる。

さて、左翼相対的であるとのは、相対的言説を用いているかである説明した。

しかし、それは誤解である

左翼は確かに相対的言説を用いているが、よく見ればそれは、条件付きの相対的言説なのである

左翼相対的であるために、一定絶対性を必要としたのだ。

自由という概念は、他に絶対性がなければ、自由のもの絶対的ものとなってしまう。

そこから抜け出すために、一定絶対性を用意し、その絶対から自由を得ているのだ。

そのため左翼は完全に絶対的もの使用するため、完全に相対的であることはできないし望んでいない。

では、右翼はどうだろうか、右翼絶対的であろうとし、あらゆる不名誉を得てきた。

右翼絶対的たりうるための場所定義するが、その場所定義するプロセス相対的である

それは場所とは、物理的に言えば、自然によって決まっており、自然がもたらした、ものによって人が決めるのである

ある場所は良くないが、ある場所が良いといのは自然により決定している。

そして、場所定義することが相対的であるがゆえに

定義後の絶対性の担保にも相対性使用する。

こうして、右翼も完全に絶対的であることができず、また望んでいない。

左翼相対的に見える場合は、条件付けを見れば誤解であることに気づき右翼絶対的に見える場合は、場所定義確認すれば誤解であることが分かるのだ。

まり左翼相対的であることも、右翼絶対的であることも誤解である

  

左翼は実利的で、右翼は実利的ではない。

左翼が実利的に見えてしまうのは、ほとんど悪名高き功利主義によるものだ。

右翼功利主義をもたない。なぜなら功利主義幸福に関する思想であり、幸福という概念相対的言説だからである

このせいで、左翼感情のない人間という扱いになり、右翼計算の出来ない人間と言われる。

これは功利主義短期的な実利主義であるという誤解からまれている。

功利主義とはその場の短期的な視点での価値判断使用される思想ではないということだ。

もっと長期的な10年、100年というスパン幸福について考える思想なのだ

これらの左翼右翼の誤解はそもそも問題としては何なのだろう?

私が思うに左翼右翼という概念が、その人自身属性となってしまうことによるものだろう。

有る考えが進歩的であったとしても、その人自身はまるで関係ないはずである

しかし、左翼右翼とするとその場合は、人間と結合し、その人間自身左翼右翼的存在となってしまう。

本当に気をつけなければいけないことは、左翼的右翼的であることが、その本人の属性として、その本人の全人格を表すようにみていないかということだろう。

2017-09-24

なろう系の長編と、1クールアニメ相性の悪さと、今後のアニメ化

書いている内にすごく長くなっちゃいました

2017年アニメで「小説家になろう」発でアニメ化された作品は下記のような作品がある

(※ 2017年アニメの一つであるゲーマーズ!』も「なろう」ではないがWeb小説発とも言える作品しか継続してWeb執筆が続けられた作品ではないので、ここでは分かった上で除外してしましたと、一応ツッコまれない程度の知識開陳しておく)


異世界食堂』は連作短編作品なので、1クールアニメ構成する際に非常に楽な作品だっただろう。

原作ストックにも余裕があり、アニメにはなっていないエピソードもまだ多く残っていて、登場していないキャラクターもまだ多いです。

原作の方でも「常連」と言われるようなキャラはまだ他にもいて、アニメではその全員が登場したわけでもない。

この辺りの判断監督判断してエピソードを絞り、アニメ放送する上で必要最低限のキャラエピソードをチョイスしたのだろう。

常連キャラには中堅・ベテラン声優を配して、複数話に登場するようにして、うまくバランスを取ったシリーズ構成物語を仕上げたと思う。

ちなみにキチンとアニメを観ていた人は気付いたかと思うが、アニメ監督シリーズ構成脚本も兼ねて担当し、かつ全12話の脚本執筆された作品でもある。

なので他の作品ではたまにあることだが、OPEDには登場しているが、アニメでは登場しなかったみたいなキャラクターがなかった理由の一つにもなっているかと考えている。

異世界食堂』はニコニコでは動画有料で一週間無料公開なく、無料ニコニコ生放送配信となってしまったが、毎回アンケートでは90%以上の高いアベレージの高評価を保ち、最終回は97.0%の高評価で終りました。

評価だったので円盤が売れるとは限りませんが、評価が売上にも繋がることは期待したいと思います


ナイツ&マジック』は長編作品ですが、今回のアニメ化に際して物語というか、小説的な描写にかなりの圧縮を施されたかと。

大原さやかによるナレーションにより、幻晶騎士(シルエットナイト)の細かい製作過程や、敵国との関係や動き、アニメで描くと面倒な色々なところが必要最低限に圧縮されて視聴者情報として提供されたと思う。

原作ストーリーの違いが少しあったが、ほぼ大筋は変わらないし、1クール全13話で切りのよいところでまとめるとなると、こういう形になるかと思われる。

シリーズ構成であるベテラン横手美智子の手腕が大きく影響したのではないかと。

これを書いているのは最終回放映当日。最終話はかなりガンダム意識したところが多く、オマージュ要素を読み解くのが楽しいエピソードでした。

幻晶騎士3DCGによる戦闘シーンの描写は、マクロスアクエリオンなどで慣れた「サテライト」(+オレンジ)によるものなので、迫力のある仕上がりだったと思う。

1クールアニメ作品としては悪くなく、トータルで見れば良作以上の出来になっているので、これも円盤が売れて欲しい作品だと思っています


……で問題の『異世界はスマートフォンとともに。』ですが、自分放送からこの作品は1クールにまとめるにはかなり難しい作品だと考えていました。

そもそも原作大長編で、「なろう」の方の原作では大きな区切りとなるところはありますが、書籍版のHJノベルス最新10巻の方でもまだそこに達していません。

仮に今のアニメ放映のペースで区切りまで持っていくとなると、+1クールでも多分足りず、+2クールの全36話分ぐらいは必要になるんじゃないかと思っています

なのでストーリー的には半端なところで終わると思われる作品ですが、そういう意味合いも込めて、出来として考えると余り上手な作品ではないと。

そもそも問題として大長編作品を1クールにまとめる困難さがあると思います

とりあえずアニメ異世界はスマートフォンとともに。』の出来を今、論ずるよりはこの問題を抱えている今後アニメ化される可能性のある作品言及して思考した方が少しは建設的なのではないかと思い筆を走らせた次第。


今後「なろう」発の作品アニメ化が予告されているものがあります

自分が知らないだけで他にもアニメ化公表されている作品があるかもしれませんが、知っている限りの四作品を並べました。

(※ 2017年末に何か発表予定のある『ありふれた職業世界最強』もアニメ化されるのかも)

(※ 二期製作決定が発表されている『オーバーロード』は既にアニメ化されたということで除外)


異世界居酒屋「のぶ」』は、同じ系統の『異世界食堂』が好評だっただけに、比べられる後発の苦しさのようなものがあるかもしれません。

ただ同系統、つまり連作短編なので、ストーリーを1クールにまとめるのであれば比較的楽な作品になるかと思います


自分としては問題作だと考えているのは、『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』です。

正直言ってストーリー構成の面から考えると、『異世界はスマートフォンとともに。』と同じような問題を抱えていると思います

まり1クールにまとめる場合の着地点は中途半端。かと言って、2クールでも全く足りない。仮に4クールやっても終わらないんじゃないかとか思うほど、すごく長いし、区切りの難しい作品です。

明確な区切りという点では「なろう」の方のオリジナルを読んだ限り、『異世界はスマートフォンとともに。』よりも今のところはハッキリしてなく、大筋のストーリーをずっと継続している感じです。

主人公目的の一つが「この異世界観光したい」なので、ある意味で終わりのないロードムービーをずっと続けている作品という側面が。

その為、区切りという観点から考えると、主人公の行動や目的が明確な終着点のあるものではないので、それが区切り邪魔をしていると思います


盾の勇者の成り上がり』はもしかすると1クールなら、そこそこまとまる可能性はあるような気がします。

書籍版の4巻〈ISBN:9784040663210〉、コミックスの8巻〈ISBN:9784040691541〉までを区切りと考えると、1クールの尺に収まるようにストーリー構成することは難しくないかも知れません。

俯瞰的ストーリーをなぞると要所要所で強敵が登場するので、うまく区切っていけば、1クールでも二期に繋げるようなストーリー展開も可能物語だと思います


そして変な意味ネット上ではネタ枠扱いもされている『賢者の孫』ですが、凄く強引にストーリー圧縮してまとめれば1クールで完結しちゃう可能性があるような気がしま(笑)

自分が読んだ限りは「なろう」の方の原作はまだ完結していませんが、ラスボス戦は近いので、それさえ終わればストーリー的には完結してもおかしくはないかと思います

作品的にキャラはそれほど多くなく、作中の(強くなる為の成長要素を加える為の旅のような)移動も多くないし、最初から強い無双系の主人公で、ストーリーシンプルなので、もしかすると構成次第では1クールで強引に圧縮してまとめることも可能ではないかと思いますが、『賢者の孫』という作品を知っている方々はどう考えますか?とアンケートしたいところ。

良い意味で言えばあっさり、悪い意味で言えば薄っぺら物語作品……と言えちゃうかもしれないので、もしかしたらアニメオリジナルな大きな改変を入れたりして仕上がる可能性もあるかもしれないと書いておけば、もし当たらったら予想的中とちょっと自慢できるかもしれないので続く駄文






……でここまでは書いたのは前提で、やっと本題に。

自分問題視した大長編の『異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』がなぜ1クールアニメとしてまとめるのが難しいのか、その問題を考えたいと思います


この二作品主人公最初から無双できるぐらいに異常に強いことが問題かと思っています

なぜかと言うと登場する敵よりも主人公の方が圧倒的に強く、作中では一応中ボス級の敵はそこそこ出現しますが、主人公相対的にみると強敵と言えるレベルでなく、簡単に倒してしまうので話の区切りにはならず、それがストーリー構造的な弱点になっているのです。

主人公が敵とのバトルで多少の苦労する、てこずるシーンはありますが、命の危機に追い詰めらるほどの切迫感はなく、主人公の心身の成長を余り感じず、物語区切りとなるピークに達しない状況です。

異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』では、自分が読んだ範囲になりますが、自分と同格以上の強敵と相対するようなことがありません。

多少てこずることはありますが、ちょっと別の手札を使えばあっさり解決みたいなパターンが多いと思います

「なろう」の異世界での無双パターンで、「無限収納四次元ポケット系)」「レベルMAX(もしくはレベル上限なし)」「瞬間移動(転移どこでもドア系)」「鑑定&スキル学習能力魔法)」「トンデモ錬金」あたりの能力定番ですが(強さには直接は繋がらないが「和食ではなく日本での食知識による無双」もあったりします)、これらの能力複数持っていると強さに限界がないので、ドンドン強くなっていきます

特にデスマーチからはじまる異世界狂想曲』は今後発売される書籍版の12巻以降に主人公の強さ(というか正確には能力)も極まってくる設定になってしまい、『ドラゴンボール』で言えばパターン化した展開である悟空は仲間が強敵と戦っている間は別のところにいるので遅れて登場するということが多々ありましたが、この作品でもそれを踏襲というはおかしいですが、そんなパターンを何回かやっています

主人公転移能力を持っているので、ある意味ではすぐに仲間のいる現場に来れるのだが、その状況が混迷し、もしくは登場が遅れるように物語が展開しています

遅れる状況を作り出すのに苦労している描写垣間見れ、穿った読み方をしたい方は、その辺りの描写を見つけて楽しむという変な方法があることを記しておきます


話が飛びそうになったので閑話休題

例を挙げて考えると、「なろう」発のアニメ作品であるRe:ゼロから始める異世界生活』は物語全体で考えると、中盤に「王選」という主軸となりそうなストーリー提示されましたが、アニメストーリーの終わり方を考えると、「王選」を考えた場合、結局のところ多少の同盟的な繋がりと、主人公意思を味方と敵に認めさせるぐらいのことしか結果達していません。

ただしストーリーの抑揚というか、物語の浮き沈みから見ると、主人公は中盤に絶望どん底に落ちるが、そこから這い上がって復活し、そして強大な敵を倒してヒロインを救ったことで、根幹のストーリーは余り進んでいないが、主人公の大きな成長をみせたところで終わったので、印象的には凄く区切りの良いところで終わった感じのアニメ作品になったかと思います

まあ1クールではなく、2クールというそれなりの尺を使ったことも大きいと思いますが、物語にキチンとした起伏があるからこその区切りとなったと思います


まり自分と同格以上の強敵、手強い中ボスラスボスを倒すようなシチュエーションを作り出していない作品は、区切りがないように感じると思います

ひと昔前だと、原作ありのアニメ化作品の中にはたまに、1クール枠の終盤に原作にはないアニメオリジナル強敵が出現し、それを倒して終わりを飾る作品結構あったかと。

しか継続連載している「なろう」の作品だと、アニメオリジナルラスボスキャラが登場するような事態は、話に齟齬が出来る為かそういう展開に持っていくことを避けている傾向を感じます

その辺りが足枷になっているし、原作物語の展開を兼ねて考えると、そういう展開にもできないジレンマかもしれません。


ここで視点を少し変えて、原作が既に完結している「なろう」系の作品ならアニメ化可能か?という問題提示したいと思います

「なろう」発の作品で、アニメ化が発表されておらず、かつ書籍版が100万部以上売れている作品自分が知っている範囲では二作品あります

無職転生
https://twitter.com/mushoku_tensei
転生したらスライムだった件
http://micromagazine.net/gcn/slime/

アニメ化した上でシリーズ累計100万部以上売れれば大ヒット作品と呼べる言われるこの業界異論はあるかと思いますが、一つの分かりやす基準として)。

書籍版の方はまだまだ出版が続いていますが、オリジナルであるなろう版はストーリーが完結している作品です。

作品ともに文庫ではなく、単価の高いソフトカバー出版されている作品で、まだアニメ化していないのにも関わらず、現時点でこれだけの売上を誇っています

これだけの売上を記録していれば普通アニメ化の噂も聞こえてくるかと思いますが、2017年秋の時点ではまだそれらしい話は入ってきません。

その理由は今までここで考察している通り、1クール枠では中途半端なところまでしか描けない問題を抱えているからではないかと思われます

もしもの話ですが、仮に2クール枠を用意できたとしても、ラストまでアニメ化不可能だと思われます物語を凄く圧縮しても4クールぐらいには)。

これだけの売上を誇っているのならもしもアニメ化した場合、売上ブーストがかかり倍増し、ファンが増えラストまでのアニメ化を期待する方も多くなると思います

ただこれら二作品ソフトカバー書籍版で20巻ぐらいにはなるかと思われる大長編なので、ファンが多くなればなるほど、更にアニメ化した上での目指す先がかなり高い場所になっているジレンマがあるのかもしれません。


この二作品ストーリー俯瞰すると、自分考察になりますが、『転生したらスライムだった件』より『無職転生』の方がアニメ化ハードルが高い気がします。

ネタバレな感じになりますが、『無職転生』の締めはよくあるパターンラスボス撃破してのエンディング……という感じではないからです。

しかすると書籍化にあたり、大きく手を入れて修正する可能性は高いかもしれません。

それを別に考えても、前半はかなり波乱万丈なストーリーで、区切りの良いところはどこだろうと考えると意外と難しく、ストーリー構成が難しくアニメ化の際の高いハードルになっていると思います


転生したらスライムだった件』の方は書籍化に際して、オリジナルであるなろう版には登場していない新しい中ボス級の敵が登場し、大きな相違点があります

それが影響しかなり設定が変わっているキャラもいて、その辺りのストーリー全体の構成の見通しが立たない限りは、アニメ化は難しいのではないかと思っています

逆に言えば2クール枠が用意できるなら、そこそこ切りの良いところである書籍である6巻か7巻(もしかしたら10巻の可能性も)あたりまで、アニメ化するようなプロジェクトが動いていたりするかもしれません(いい加減な期待値を込めた予想です)。


編集の手が入らず自由に書かれた「なろう」の大長編作品は、アニメ化する上ではかなり難しいものが多いのかも。まだ文章あるが文字数限界

2017-09-22

食べているもの気持ち悪いと言う同僚

会社での昼食は家から持ってきているものを食べていることが多い。ごはんとおかずがセットになった質素弁当

今までは白米だったが、最近はなんとなく健康に良さそうな気がして買った玄米を食べている。玄米特別好きというわけではないが、それなりに美味しいと思う。わたしのなかで白米と玄米の美味しさは並列で、それぞれに良いところがあり序列はない。

だが昼食をともにする同僚の女性にとってはそうではないらしく、

「うげ。また玄米か。うわー」

だったり

玄米きらいなんだよねー」

とか

玄米はまずい」

などと、毎日のように否定的意見をくれる。わたしはなるべく波風を立てたくないので、

匂い苦手な人多いみたいだね」

とか

「独特な味だよね」

とか

「そういう考え方もあるよね」

などとお茶を濁してから、まあわたしは好きなんだけどね、などと独りごち、食べる。

わたしズボラ性格なので、お弁当づくりも適当である。だから先日はフードコンテナに豚の軟骨はいった醤油ベース芋煮をいれていた。特にそのことを告げず、昼食に豚の軟骨をボリボリと食べていたら、音を不審がられ何を食べているか彼女に尋ねられた。

わたし

「ごめん軟骨

とだけ言った。何かを言うとき相手にどこかしらマイナス感情を読み取るとわたしはまず謝ってしまう癖がある。

彼女

「うわー。気持ち悪い。嫌いな食べ物ベスト3にはいる。無理無理」

と言った。

人間にも軟骨あるじゃん、とわたしは言った。彼女は鳥にしか軟骨はないんだと思ってた、と言った。鼻と耳は軟骨だよと言った。どうやら硬骨もしくは肉の塊だと思っていたらしかった。

仕事が終わって道すがらこのやりとりを思い出した。すると、突如わたし尋常じゃない怒りに駆られた。は?軟骨うめえし。玄米もうめえし。

怒りの感情は膨れ上がり、悲しみを通り越し、憎いと思った。なんだかよくわからないが、その時は心底彼女が憎かった。嫌な記憶数珠繋ぎになって想起され、わたしは身動きがとれなくなった。

わたしはなんとなくだが、怒りという感情に鈍感だ。いつも適切なタイミングで怒れない。気がついた時にはすごく怒っている。

前述のできごとによって、わたしは強い怒りに駆られた。自分ではなんとなく、我慢できると思っていたみたいだった。だが毎日のように自分の口のなかにはいもの気持ち悪いとか、食べるものじゃない、と言われて、自分のなかのバケツが溢れた。わたしは家で一人でとても怒っていた。制御できなかった。

なぜこれほど腹が立つのか考えた。そうしてわたしひとつの考えに思い至った。わたし彼女好き嫌いの激しさを許容「してあげている」と思っていたのだ。本来は強く非難されてしかるべき好き嫌いの多さを、わたし非難しないで「あげている」のに、それを無下にするなんてひどい、と思って怒っていたのだ。わたしリベラルぶった偽善者だったというわけである

もともと彼女食べ物好き嫌いが激しい。そのことによって冗談交じりに非難されているところもよく見るし、親しくなりたての頃はその好き嫌い境界線マグロ刺身ダメだがツナOK)を探るのが楽しかった。しかし、なぜ好き嫌いが多いかという話になり、

「小さい頃、親がお腹こわすといけないって言って生魚とか食べさせなかったらしいんだ。それで食べられないんだと思う」

という彼女自身による原因分析を聞いてから、あまり好き嫌いに触れないようにしようと思った。それは彼女自身にはどうしようもなかったことだからだ。

誰にでも生きてきた人生がありバックボーンがある。わたし彼女が生きてきた人生を愛しバックボーンを受け入れることが、今の彼女に対し親愛な気持ちを持つことだと思って疑わなかった。だから好き嫌いについて非難したり馬鹿にしたようなことを言わないと決めた。

だがわたしにとって、食べもの好き嫌いがないことは純然たる正義だった。

人間、生きている限り徳を高めなければならないとわたしは信じ、日々よりよい人間であろうと思っている。食べ物好き嫌いなく食べることはそれの最たるものだ。馬鹿馬鹿いかもしれないがそうなのである

わたし好き嫌いがほぼなく、大抵のものは美味しいと思って食べている。そもそも向こうは命を奪われているのである。関わってきた人もいる。美味しいと思わなければ申し訳ない。そんな幼稚ともとれる考えにいまだに支配されており、わたし食べ物好き嫌いなく食べることは純然たる正義だと信じていた。

わたしは自らの信じる正義正義だと信じながらも、彼女のことを認めて「あげている」気持ちになっていた。わたし本心としては、食べもののことを気持ち悪いということは信じられないことだった。わたしは食べられないものがあることを内心恥じていてほしかったのだ。わたしわたし正義を押しつけたかったようだった。

だが、人が今まさに食べているもののことを気持ち悪いと言うことについてはやはりやめてほしいと思う。わたしはそう言われるとえづいてしまいそうになる。不快であるテレビなどで独自生活様式を持つ「部族」などと呼ばれる人が昆虫を食べる様子を気味悪がる場面があるが、あれも本当に失礼極まりないと思う。なぜ人のバックボーンを受け入れないのか。その人がそうしている歴史を受け入れないのか。わたしには玄米や豚の軟骨を食べたくなるようなバックボーン存在すると、どうして考えてくれないのだ。自分勝手かもしれないがそう思う。

わたし人間独善的な有りようは紛れもない悪だと思う。だが独善的な有りように対し決して受け入れまいとするわたしもまた独善的である。だが独善的な有りようを許容してしまうとこの世は独善的な有りようが占めてしまう。ノーと言うべきか否か、ジレンマに板挟みになる。

わたしわたしが食べているもの気持ち悪いと言われることが嫌なことがわかった。今後どうすべきか、方法は以下のとおりだろう。

①食べているもの気持ち悪がられると嫌だと伝え、控えるように言って一緒に食べる

②上記の理由を伝えたうえで一緒に食べることをやめる

③上記の理由を伝えず一緒に食べることをやめる

彼女の嫌いじゃないものだけを食べる

ぱっと見①がまっとうだが、考えるに、彼女にとって彼女の嫌いなものを目の前で食べられることがストレスなのだ想像する。また、自分の食べられないものを貶めることで、普段好き嫌いについて非難されることへのフラストレーションのはけ口にしているのではないか。よって①は却下である

②はまず伝えることへのストレスがある。④はまだ玄米が8キロある。よって③が妥当だと考える。

うだうだ人の悪口を言うような奴は勝手に一人で食ってろって話であるわたしはまずこの徳の低さをなんとかしたほうがいい。考えすぎかなとも思う。書いてスッキリたかというとそうでもない。

だが玄米と豚軟骨に罪はないこと、これだけははっきりしておきたい。わたし玄米も豚軟骨も美味しいと思います

2017-09-21

答え

行き詰まったジレンマの答えは、「なかったことにする」を選んだ後に、新しく創造すること。

2017-09-16

核ミサイル全ステふって特化した軍事独裁国家

どういう行く末になるのか興味ある。

あらゆる大国脅迫ができる反面当てたら終わるっていうジレンマ

2017-09-12

anond:20170912183021

あわよくば優勢に見せかけて相手を黙らせることができたら → 勝ち

分裂を指摘されたら → 「自演じゃねえよw見ればわかるだろ低能w」 → 勝ち

別人と勘違いした返信をされたら → 「見てわかんないのかよwにわかかよw」 → 勝ち

とにかくなんでもいいから勝ちたいけど本気で他人になりすますのは恥ずかしい、というジレンマからまれたのがこの高能戦法です

みなさん覚えておいてください

2017-09-05

天然培養デブ処女アラウンドサーティ

 物心いたころにはデブスだった。

 おおよそ30年間の内、痩せていた時期がない。

 自分自身、太っているのはよく分かっているし、それが美しくない、などという曖昧表現に納まらず、ストレートに申し上げれば醜いことも理解している。風呂上りに鏡で見る裸体は掛け値なしに本当に醜いと感じる。美醜という点でも、健康という点でも、「出来るなら痩せていた方が良い」ということは重々承知している。この「出来るならば」が曲者なのだ。私が思う痩せたい/痩せた方がいいという理解判断気持ちは、分かりやす表現すると、宝くじを買っていないのに「あ~3億円の宝くじ当たらないかな~」と夢見るようなものしかない。解決する気、つまりやる気がないのである。ちなみに私は宝くじを買っていないのによく宝くじ当たらないかな~と口にする。

 このやる気がないことはありとあらゆることに繋がっている。デブという体系以外の服飾や美容や化粧というものにもやる気がない。服飾や化粧や手入れでドブスがブス、ブスがまぁちょいブスくらいには変わるものなのかもしれないが、いたずらに耳目を集めるような汚さ/臭さ/奇抜さがなく、最低限の清潔感さえあればいいやと、仕事でもプライベートでも家でも全てユニクロを着ている。

 デブであることも運動食事療法生活習慣などを見直せば当然痩せるだろうが、努力してまで現状を変えようというガッツがない。美味いものを食って美味い酒を呑み、ろくに運動せずだらりと過ごすのが好きだ。

 幼少期から今に至るまで、テロメアに異常でもあるのだろうかと思うほどに運動が苦手であるが、克服しようという気がない。苦手なものは苦手なままでいいや、積極的に関わろうとしなければいいや精神だ。

 学生時代学業はそこまで悪くはなかった、ストレートで中の下といったそこそこの大学へ進学し、ストレート卒業した。努力をすればよりレベルの高い大学に進めたろうし、今だって勉強すれば知識は増えるだろう。でもそこまでやる気がない。

 料理掃除スキルもない。部屋は乱雑でごちゃごちゃしているし、未だに実家暮らしている上、母が料理が得意なので全てまかせている。家事スキルというのは人間として高いに越したことはない。どちらも経験を積めばある程度はレベルがあがるし、努力すれば身につくものだ。でもやらないで過ごしている現状が楽だ。

 人とコミュニケーションを取り交友関係を広げていくことは、トラブルに巻き込まれることもあろうけれども、悪いことではない。でも一人が気楽だ。

 当然、若いころは周囲も若かったのでデブであることを積極的からかわれ、なぜ自分はこうなのかと考えたこともあるが、デブであることは純然なる事実であったし、特に顔を真っ赤にして怒るようなことでもなかった。なによりそのころにそういったストレート事象で人を罵倒するタイプの子供というのは、悲しいことに得てして馬鹿だった。本当にごく一般的で、大した事のない自分よりも学校勉強すら出来ない馬鹿言葉を気にして反応する必要はない。そうしてなぜか無駄なほど高飛車形成されていた心の強さにより、そういった罵倒を全て無視した所、まぁ当然嫌がる反応を見たいからこそ投げられる暴言だ、頻度が酷く減っていき、気付けば自分も周りも大人になって、そういった言葉は投げかけられなくなった。

 本を読むこと、音楽聴くこと、歌うこと、映画を見るもの絵画を見に行くこと、そういったことは昔から今に至るまで好きだ。好きだからこそ努力していない。努力必要ない。それぞれでプロを目指している訳でもなく、自分楽しいと思える範囲しかやっていない。学生時代はかなり厳しい部活動所属して自分を追い込んでいたし、結局やめることなくきちんと務めきったが、その経験から精神を病んだり苦しんだりしながら努力を重ねるほどやりたいことではないなと思った。当然アマチュアレベルだしプロを目指すほど上手くはない。

 人と深く交流することも面倒で、必要最低限で済ませた。一人でも楽しめる趣味世界は溢れていたし、十分楽しいのだ。

 こうやってぐだぐだと思考を重ねていくことも好きで、SNStwitterだけやっている。趣味の話をする友人…と私が思っている対象もそこそこいる。

 そんなやる気もガッツも一切ないデブスなので、当然交際経験もない。処女というと性行為をしたことがない意味になるが、そもそも交際経験がないのだ。異性の友人もいるが、友人として成り立てるということは、価値観が近いということで、そりゃデブスに興味はないのである。見目麗しくなく、得意なスキルもなく、努力を重ねる高い精神性もない人間と、一体誰が好き好んで深い関係になりたがるというのか。自覚があるし理解もある。

 利益があるから好きになるんじゃない、というのが恋とか愛の定説だろう。きっとそうなんだろうなと音には聞く。他人事なのは特別好きになった相手もいないからだ。齢30を手前にして、恋とはどんなものかしら~なんて考えているなんて大笑いである。しかもそれが美しい娘が窓際で歌う小鳥ハーモニーを重ねるのではなく、ユニクロを着たデブスが乱雑な部屋で光る画面を見つめながらだ。

 承認欲求は人と同じほどあるし、彼氏/彼女は正直欲しい。女なのだろう?彼氏じゃないのか?という部分に関しては、正直どちらでもいい、両刀/バイやⅩジェンダーなのか?と聞かれても困る。なにせ交際経験がないからだ。より正直に言えば、男/女/LGBTに関わらず、別に動物でもいい。哺乳類以外も好きだ、爬虫類などね。虫は苦手だが蜘蛛は好きだ。でもまぁ彼氏/彼女と並べるなら変温動物よりは恒温動物がいいな。じゃあペットを飼えと思われるだろう。ペットに憧れはあるが中途半端に繊細なハートの持ち主なので、いわゆるペットロスペットに先立たれることに耐え切れないのが目に見えているし、やる気がないのだ。

 寂しいときに甘えられ、向こうが甘えたいときに甘やかしたい。そんな欲求ゆえに彼氏/彼女/恒温動物が恋しくなる。でもそれはつまり都合の良い相手が欲しいというだけで、苦労し努力してほど捜し求めたくない。ここでもやっぱり結局、やる気がないのだ。

 死にたい訳ではない、楽しいことは沢山ある。まぁ嫌なことも多いけれど。あと、まだ30歳前であるが、今後死に際も一人かと思うと猛烈に怖くなる。私は末っ子だ、不摂生が祟って早死にしなければ、身内と呼べるコミュニティの中では最も遅く死ぬことになる。じゃあ早死にしたいか?というと、絶対嫌だ。出来る限り楽しく生きたいとさえ思っている。じゃあ不安解消の為に努力をするか?といえば、やる気がないのである

 自分別に特別人間じゃない、ということはよくよく分かっている。つまりはこういうやる気のないが人寂しい人間というのは一定数確実にいるのだ。そういう人同士が寂しさを埋めるように体温を分け合えばwin-winじゃないかと思う。需要供給が成り立っている。でも実際そういう人間を探そうというやる気が私にはない。多分まだ見ぬ同じような存在もやる気がないのだ。

 出会えば幸せになれるかもしれないが、出会おうとするやる気がない同士なので出会えない。無気力ジレンマとでも名付けたい。

 私は生まれながらの天然培養デブ処女、年齢はアラウンドサーティン。寂しい、評価されたい、愛されたい、愛したい、頼られたい、良く思われたい、楽に行きたい、尊敬されたい、etcetc…欲望はつきない。でもその欲望をかなえるべく努力はしない。やる気がないからね。

2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820001105

ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人がいるけど、自分ポリコレを正しいと思うのはいいけど、もしかしたら他にも正しいことはあるかもしれないなっていう謙虚な態度でいた方が、より相互理解に近いしいいんじゃない?ってこと?ポリコレの見た目だけを宗教みたいに盲信しないでちゃんと自分の頭で考えて理解しなよっていう。

申し訳ないながら違います

まず前提条件として、ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人は、実は自分に自信がないためにそのような言動に走るのだ、と私は考えています

自分に自信がない人は自分価値観を持っていない。だから絶対に正しく見える他人価値観に沿って生きることで自己肯定をする。他人価値観を正しいと思っているから、それ以外の人の価値観を認めることができなくなり、他の人にも自分が正しいと思っている価値観を信じるよう求め始めてしまうのです。自信がない人が絶対に正しく見える他人価値観として採用する価値観は様々ありますが、その中の一つがポリコレです。

ポリコレに準じることで安心して、と表現されていますが、なぜポリコレに準じると安心できてしまうのか?そこがポイントです。ポリコレ絶対に正しいことだから、それに準じた自分もまた正しい。そう思えるから安心してしまうのです。

そして自己肯定のためにポリコレに準じるようにした人たちにとって大切なのは、人を尊重することではありません。正しいことです。つまり自分の考えとしてポリコレに準じているのではなく、正しく見える他人の考えに乗っかっているだけです。そういう他人の考えを心に据えてしまった人は、それ以外の人の価値観を認められない構造に陥ります。だから自己肯定のためにポリコレに準じる人たちはポリコレを認めない他人攻撃し始めてしまうのだと思います

そしてそういう人に、正しさで自己肯定をすることを止めようと言いたい。ポリコレを信じなくなってもいいから、正しくても間違っていてもそのままの自分を認められるようになれたらいい。それができるようになったら、その時初めて他の人を受け入れることができるようになるのだと思うのです。

正しさで自己肯定をしていると、自分が間違えた時に辛いです他人の間違いを認めることもできず、それも辛いです。それに、ものごとに接して現れる自分気持ちが「正しくない」気持ちだった時に、自己肯定ができないジレンマに陥る。その上、自分の正しさを守るために「正しくない」人を正さなければならなくなってしまます。これらは本当に辛い。

でも、正しさで自己肯定をするのはそれらの辛さを背負うためではありません。本当は自分アイデンティティを守るために正しさの盾を求めたはずなのです。

だとすればどうしたらいいのか?

それは、自分を認められるようになることです。正しさで自分を守るのではなく、自分自身で守るのです。正しくても間違っていても、自分評価しないことが自分を認めることにつながります

そもそもなぜ自信がなかったのか?これを考えると自分評価しないことの大切さがわかります。自信がない理由は、自己否定をしてしまうからです。自己否定をしてしま理由はたくさんあります。両親に肯定感を育ててもらえなかったパターンや、いじめパワハラにあって尊厳を奪われてしまった場合、日々の中で少しづつ自信を失ってしまうこともある。しかしいずれにせよ、自己否定をしてしまう時は必ず自分自分を悪い方向に評価しているのです。

一方で、自己肯定自分自分を良い方に評価することです。健全に使うこともできますが、これも極端に走ると困ったことになります。常に良い自分、正しい自分でいないと自己肯定できなくなる場合です。正しさで自己肯定をする人々は、常に極端に走った状態にあります。この状態では、間違えた時などに辛いのは前述の通りです。

から、この問題根本的に解決するために必要なのは自分を良いとも悪いとも評価しないことです。それがありのまま自分を受け入れるという意味であり、自分を認めるということなのだと思います

そしてそれができた時に初めて他人も受け入れることができるようになるのでしょう。

2017-08-18

"牛乳石鹸"を叩く男と結婚してはいけないたった一つの理由

ムームービーの内容に関しては散々言われてるので置いといて、"牛乳石鹸"を叩く男は実際に家事育児分担なんてしないか結婚したら苦労するよって話をする。

共働きなのにこの男はゴミ捨てくらいで不満なのかとか誕生日に飲んで遅く帰ってくるとかありえねー!奥さん可哀想

と同じ口で

石鹸みたいな消費財の買い置きって、奥さんがスーパーで買っておくケースの方が圧倒的に多いよね?パパが自分石鹸だけ買いに行くか?(行かないよ)ちゃんと市場調査やってんのかしら、電通。ターゲティング失敗してるぞ。と

え。石鹸の購買決定者は母親なんだからってさ、家事は女がやるものっていう潜在意識なら父親仕事できてりゃいいじゃん。なんで叩くの?

でも実は彼らの脳内矛盾していない。

というのも、彼らの主張する

今の時代共働き普通で男も家事育児分担すべきとは"意識"のことであって、行動に起こすことではない。

リベラル男女平等であるべき〜という言葉の中身は

・男の領域であった職場を(自分達が脅かされない程度に)譲ってやるし、男女平等から(自分の食い扶持くらいは)稼いでいい、応援するよ(本当に応援だけ)

・女の領域ケア労働はそのままだから日常生活家事育児は妻がやるもの。行動ベースではこれ。

なんなら思想と行動は別次元にあるとナチュラルに思っている。

ここから本題で、

女性は妻も働く=夫も家事育児やると考えがちだけどそれに同調する男は牛乳石鹸をボロクソに批判しない。

だって仮に(結婚相手の)男性が分担を考えてたら、育休1年に時短2年くらい取らなきゃいけない。これを今の日本で心の葛藤なしに決断できる男性がいるのか。世間の目と、無理解上司と、同期が昇進することを想像しふつふつと湧いてくる焦りを幾日もかけて洗い流さなきゃ決心できないだろう。真剣に考えている男性新井パパと種類は違えどなんらかのジレンマを抱えていて、ムービーを見れば心が揺さぶられるはずだ。

苦悩を一蹴できるような彼らはあくま思想を持っているだけで、当事者意識を持ってがっつり分担を考えているわけじゃない。だから新井パパへの要求が高い。育児介護もやらない奴に限って理想で語り少しでも粗相をすれば叩く。他人事だもん。

やたらと"誕生日なのに"飲んで遅く帰ってくることを批判するのもポイントだ。365日子供の世話してたら仮に誕生日を祝えなくたって子供は傷つかない。364日一緒に遊んでもらってるからね。だからムービー誕生日にこだわる男は育児楽しい楽なところだけやる似非イクメン可能性大。似非に限って要所要所イベントガッツリ押さえにくる。これ見よがしに子供誕生日なんで有給取りますと吹聴して回る。本当に育児してたら急病とか行事で休まなきゃいけなくて、生命である有給なんてもったいなくて取れない。

ゴミ捨てをクローズアップするのも同様で、(分別されまとめられた上で)ゴミ捨てなんて家事パーセンテージでいうとほぼゼロで、ちゃんと家事をこなしている男性なら気にならずスルーするレベルしか家事時間が短い(予定)男性にとっては存在感あるからやたら突っかかる。楽なタスクだと理解してるから、それを引き受けて家事してるって言いたいんだよね。彼らが考える数少ない家事から流石にそれを嫌がる新井パパやばいね!ってだけ。

これ結婚して一緒に生活しないと中々発覚しないらしい。しかもタチの悪いことに外にはリベラルな俺で通ってるから文句言っても他の男より手伝ってると反論され、他人愚痴ってもあんな素晴らしい旦那さんなのに!と非難轟々。味方いない、離婚しても責められるの自分から、よく考えて。

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170813014010

いや、担当好きでLiPPS嫌いな人結構ますよ。

その理由は決まって

アイドル本来個性でなく、LiPPSとして推されるのが嫌」

「グッズが全部LiPPSでしか出ない」

ソシャゲイラストでもLiPPSメンバーが映り込んでいる」

などですね。確かに、普段キャラとは違うのにカッコイイ枠に入れられてるアイドルもいますからね。

まり日の目を見ないアイドル達の担当から見れば何を贅沢な、と思うかもしれませんが、例えば、

後ピンクチェックスクールブルーナレオンズでしか担当アイドルのグッズやカードが出ない、って考えてみてください。


しかし、運営のLiPPS推しは確かに異常ですね。原因は間違いなくLiPPSというかTulipの絶大な人気ですね。

人気なんだから、言ってしまうと「売れる」そりゃ推したくなるというもの

不人気(あえてこう書く)キャラスターダムにお仕上げたユニット

ユニットのおかげで露出が増えるのは嬉しい、でもその露出が望む形ではないジレンマ

・・・わかるわ、と言おうとして書き始めましたが、やっぱり贅沢な悩みな気がしてきました(笑)


しか不思議なんですが、これトライアドプリムスも全く同じ状況なのに文句言う人見たことないのはなんでなんでしょう?

あちらは比較ユニットアイドル個性合致してるからですかね?

それと、私の周りでLiPPS嫌いな人は全員女性です。これも不思議

2017-08-09

https://anond.hatelabo.jp/20170809235154

しかし「世間」はそう簡単に変えられないわけで。

親だけで自分意志で「世間」と戦うのを選ぶというのなら勝手だが、

まれながらにそういう戦いに巻き込まれ子供はどうなんだろうな。

でもそういう子供が増えないと「世間はいつまでも変わらない、と言うジレンマ

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

最先端意味にもよるけれど、1~3は間違いなくゲーム界をリードするつもりでつくっていたように思う。

転機は4、5、6

ドラクエ4

3でロトシリーズが最高の形で締めることが出来、ストーリーゲームシステムとしても一新を考えたドラクエ4

2、3が、ストーリーシステムも「前作にプラスアルファ」という形だったのに対して、前作までの否定とも思えるほど意欲を感じた。

ファミコンスペック限界に近づいていたために、あの程度に留まったんじゃないかと思う。

最先端であり続けようという意欲に、ハードスペックが追い付かなかったという感じ。

その後に出たファイナルファンタジー4に大きく鼻をあけられた印象はぬぐえない。

ドラクエ5

最もファイナルファンタジーシリーズの影響を受けているように思う。

今までのドラクエスタンスであるドラマ主人公になるというより、ファイナルファンタジーシリーズのようなドラマ第三者的に見ているような印象があった。

意欲的だったが使いにくいAIシステムを、「めいれいさせろ」によって実質的コマンド手入力制に戻したり、かなりバランスよくまとめにきた。

一方で、目新しい部分は少なかった。

この辺が、最先端から一歩引き始めたころだと思う。

同じころにリリースされたファイナルファンタジー5と比べると、ストーリーの優劣はとにかくとして、システム面ではありきたりに思えた。

ドラクエ6

この作品では、ファイナルファンタジーとの差別化を図り、ファイナルファンタジードラマ、それに対してドラクエ主人公一人称目線ということに拘ったように思う。

ムドー戦以降、自分探しという今一つ必然性にかける旅の目的であったせいで、ストーリーの印象は非常に薄い。

どの職業にも転職できる、二つの世界自由に行き来、などなど、自由度の高さが目立ち、さしたる目的もなく好きにブラブラしてたという印象。

この頃からファイナルファンタジーナンバリングタイトルリリースタイミングがズレてきた。

制作期間の長さと否定して丁寧につくられていたが、反比例して勢いがなかった。

ストーリーボリュームグラフィックを詰め込んでも、ゲームとしての完成度につながらないジレンマが出てきたのはこの頃だと思う。

チュンソフトが手を引いたせいだと思うけれど、アイディアというのはスピード感を持って形にしないと、死んでいくということを実感した。

2017-07-27

NG機能ジレンマ

ごみくずうんこ書き込みは読むだけ時間無駄なので非表示にしたい一方で、

いったいどんなごみくずうんこ書き込みNGに引っかかって非表示にされたのかを知りたい。

たぶん手ごたえが欲しいのだと思う。

仕掛けた罠に思い通りハマって始末されていくごみくずうんこ書き込みを眺めて愉悦に浸りたいのだ。

しかしそれをしてしまうとごみくずうんこ書き込みが私の視界に入ってしまうことになる。

これは困った。まるで量子力学の観察者効果のようだ。

この場合において影響を受けるのは、観察者たる私自なのだが。

何かよい知恵はないものか。

敢えて非表示にせず、フォントサイズを極小にしてフォントカラーも薄いものにして、

読めるは読めるんだけど読まない状態にするのがよいのだろうか。

2017-07-22

壁を打倒することで自らが次世代の壁となってしまジレンマ

年功序列で大した業績もないのに出世する高齢者もとい壁なる人たち。

そんな人を打倒して若い世代活躍できる場を設けようと工面した。

その結果、どうにかこうにか何とか若い世代が伸びる場を確保した。

でもある日に何気ないことに気が付いた。

今度は僕が壁となってしまっていることだった。

若い世代には越えられるなら越えてみろと発破をかけたつもりだった。

そんな自分が疎がられる壁となってしまったのだ。

技術進歩は目覚ましく僕の技術過去遺物となる。

打倒してきた壁がせせら笑う声が聞こえる。

お前もいずれ崩される壁となるのだ。

自ら退くのが良いのか、あるいは打倒される日を待つのか。

歴史トライアンドエラーからいつかエラーでないものが現れるのか。

僕は歴史エラーしかなかったのか。

2017-07-14

はてラボ人間性センターに問われた。海のギャングと呼ばれる魚は何だ

ログインしようと思ったら、スパム防止のために、イカの質問に答えろというので、質問に答えた。ちなみに、イカの足を2桁の数字で答えるように言われたが、イカの足は8本で、2本は腕である10本ではないが、仕方なく10本と記入した。それと、海のギャングと呼ばれる魚は何だ?と問われてシャチと答えてしまったのだが、不正解と出た。確かに魚じゃないよな。魚なら答えは何なんだ。Wikipediaによると、海のギャングうつぼやサメなど12種類もあったぞ。それに、海のギャングなんて人によって解釈はそれぞれだ。子供の頃から思っていることがある。テストの答えは一つじゃないんだ。なのに、一つを求めてくる。そのジレンマ先生に言ったら、質問者意図を汲んで答えろと言われた。あー、めんどくさい。で、海のギャングと呼ばれる魚は何なんだ?

2017-07-13

食事が美味しくて困る

毎日毎日食事が美味しい。

昼飯も美味しい。夜飯も美味しい。

朝飯は休みの日しか食べなぃょ。

あーくそっ!ランチがくる!

お腹が出ているのに!止まらないっ!食欲っ!

貪欲なっ!食欲っ!

白飯!おかず!味噌汁

でも……本当お腹が出てきたから。

そばとかして抑えないと本当はいけないんだよねっ。

でも!貪欲なっ!食欲っ!

食べたいもの食べると太る。このジレンマ

食べる 太る 陥るジレンマ

2017-07-12

https://anond.hatelabo.jp/20170711165730

それそれ!めちゃくちゃ納得した!

友達とかはまだ親と普通の親子関係を築こうとしてるんだけど、同じように思ってる(はずの)親側はそうじゃないんだな。

しかにさ、自立することの実務的なハードルは低いかもしれない。俺らからするとね。

でも、こういう家庭って一人暮らしするために自分貯金をすることだったり、新しい部屋や職を探す時間だったり、

俺らが普通にできることができないことで、ハードル高くなってんじゃないかなって思う。

普通家族関係の中ではあたりまえに両立できることができなくて、親の言いなりになるしかないというか。

そこから脱出するためにはそれこそ失踪したり、縁を切ったりしないといけないというか。

普通にできる立場から見ると、とても異常な行動を取らざるをえないんだろうね。

友達とかは、それがわかってるから行動できなくてジレンマなんじゃないかなって思った。

2017-06-30

https://anond.hatelabo.jp/20170630102132

車椅子の人が健常者と同じように振る舞えないことそのもの差別

これ自体は、そうあるべき正しい理想ではあるんだよ。

ただ、今すぐにと言われても簡単ではないしね。簡単じゃないか時間を下さい、って話が通用しないときがあるのがちょっとしんどいよね。

たとえ話として適切じゃないかもだけど、自分は女なので。社会的な機会は男女平等に与えられるべきだと思うけど、産む性としてのリスク企業が見たときキャリアブランクが生まれ女性要職につけにくい…、みたいなジレンマと悔しみはあるわけ。

障害を持っていることで、こういう気持ちジレンマと悔しみを毎日生活で感じるのだろうから、これはかなりしんどいと、わが身の境遇に引き当てるとすごく理解できたりするんだよね。

これをずっと「当たり前だろ女なんだからしょうがないだろ」と言われ続けるのは勘弁願いたいけど、一方で、現在はまだ社会の全てが納得して受け入れる状況に現在はなってないなら、しょうがないその範囲内でみんなでちょっとずつ譲歩したり許容したりしてるうちに、気付いたらみんなの努力のたまもので壁が無くなってたねぇ、ってなるのが、良いなーと思う。

でも残念なことに、「社会が当たり前のように納得して受け入れる」状態になるのはかなり難しいんだよね…

よく差別解消界隈だと「こころバリアフリーを」みたいに言うんだけど、木島氏の方法は、物理的なバリアフリーを進める効果一定レベルではあっただろうけど、その代わり心の壁が高くなった人をそれ以上に生み出した可能性はあるかなーと思ってるんだよね。男女平等に近づくことで女尊男卑を叫ぶ人が増えたように。

言葉は悪いが、車椅子利用のような「目に見えて分かりやすい」不具合とともに暮らす人を、妬ましいと感じてしまうような気の毒な状況を抱えている人だって少なくない。

労働条件が悪いとか家族関係に恵まれなかったとかお金がなくてとか、分かりにくくて救いにくい不遇にも、光を当てるような成熟さが、世の中の側になかったりするのもある種の原因だろうと思っているんだけど。

その辺については、まだ日本注視して発言する人がほとんどいないんだよなぁという不満もある。新自由主義系はもちろん、なぜかこういう話をちょっと持ち出すとリベラル界隈の人たちまで自己責任風味のことを言い出しかねないし。

2017-06-21

ニートジレンマ

自分ニートだというと関係のない他人から批判される。

ニートをやめて働こうとすると社会から拒絶される。

しかたなくニートを続けていると関係のない他人から批判される。

ニートをやめて働こうとすると社会から拒絶される。

批判と拒絶が繰り返され時間けが過ぎてゆく。

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