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はてなキーワード: テロリストとは

2020-10-29

自己レス:自動要約サービス使ってみた

ーーーー 自動要約サービス ーーーーー

 当然電車なんて走っていない。、ファミレスもないし、地方都市象徴と言われているイオンなんてものはない。

周りがなぜ同じようにできなかったか理解できなかった。

 運良く私の家はBS契約してくれていたのでNHK BS でやっている昔の名作などを録画しては見ることができたが、面白そうな新作映画テレビYoutube予告編しか見れないものだった。

 って明らかに馬鹿にされたような顔をされた。

 ガソリンスタンド仕事ができるぐらいの意味しかなかった。

 発音馬鹿にされるものであり、英語などは隠れて勉強していた。

 あのとき挫折して、引きこもりになっていたかもしれない。

 もしかしてテロリストのようになっていたかもしれない。

 でも書かずにはいられなかったし、誰かの目に止まって嘘松認定いいねの一つでもしてもらえたら、頃の私の自尊心が少しでも満たされるかもしれない。

 追記1、めでたく嘘認定されたので、ちょっと補足しますね。

ーーーー こ こ ま で ーーーーー

 

  

はてなーこと増田ブクマカ(https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20201026003439)の知能ってほんとどうなってるんでしょうね

 

なによりの人生の山場が大学受験や専門・大学に在学中のお勉強ってほんと言葉を失う

低所得会社行きたくない病なのってマジでなるべくしてなった結果だよなって

年がら年中まとめサイトが喜びそうなネタにしがみついて消耗しているのも

そらそうでしょうねとしか

びっくりするくらいステレオタイプそのまま

この人らはどうしてこんなにも自分人生自分で切り開く気がないのでしょうね?

ボンクラボンボンとっとこハム太郎から

でもこれこそが多様性なのか?弱き命も豊かさで守られた的な?

しろまだ溢れる命があるから更に保護出来るなら保護しましょう的な?

 

今の自分自身があるのは考えれば考えるほど運であるって結論しかならないけど

こういう嘘増田共感ブクマカ見てるとやっぱ今の自分があるのは運では無いのでは?他がやることやってないだけなのでは?って呆れ果ててしま

いやまぁ呆れ果てようがどう考えても自分100%運なんだけどもさ

 

どうでもいいけどお前らオタクじゃん?

松たか子声優やった劇場アニメブレイブ・ストーリー」の主題歌「決意の朝 (Aqua Timez)」って知ってる?

自分アニメは未視聴だけどめっちゃ売れた曲だから曲だけ知っている

そんでいろんな人が 商業・YOUTUB でカバーしていて SAO の ReoNa もカバーしているんだけど

歌詞がまさに 増田ブクマカから聴いてみると良いと思う

 

他人の痛みには無関心

そのくせ自分の事となると不安になって

人間を嫌って

不幸なのは自分だけって思ったり

与えられない事をただ嘆いて

三歳児のようにわめいて

愛という名のおやつを座って待ってる僕は

アスファルトの照り返しにも負けずに

自分の足で歩いてく人達を見て思った

動かせる足があるなら

かいたい場所があるなら

この足で歩いてゆこう

 

https://youtu.be/XI_G6vMD1KY?t=1m24s

2020-10-28

anond:20201028153514

貴方テロしていないなら、じゃあ自殺するの?

貴方理論だと、生存権行使するとテロリストになるのが義務になるんだよな

2020-10-26

日本から捨てられた土地で生まれ

この話をフィクションと思われてもいい。嘘松認定されてもいい。誰かの目に触れるだけで嬉しいから。

私は北国の相当の田舎で生まれた。コンビニも車がなければ行けない場所にあるようなところだ。当然電車なんて走っていない。ファミレスもないし、地方都市象徴と言われているイオンなんてものはない。地方都市とも言えない部類の地域だった。

私は小さい頃から勉強ができた。少なくても幼稚園の頃にはひらがなはかけたし、繰り上がりの足し算も誰にも教えられずにできた。漢字は一度見たらすぐに覚えた。だから読んでいた物語に出てくるような高学年向けの漢字も2、3年生の頃には書くことはできた。周りがなぜ同じようにできなかったか理解できなかった。

そんな私を親も当然理解できなかった。周りの大人は中卒と高卒しかいなかった。学校を出れば男は工場だの大工だの漁師だの農家だのになるもの、女はさっさと結婚して子供を2、3人は生むのが当たり前で、勉強なんてする必要のないものだった。スーツを着る仕事といえば役場の人か車のセールスマンぐらいだった。親も親戚も半分高卒もう半分は中卒という環境だったから、私は突然変異のなにかだったのだろう。私が勉強ができることを何か嫌な目で見ていた。私は親から勉強をしているところを見られるのが嫌で家で勉強をすることが全くできなかった。

家にはパソコンが無かった。インターネットも当然なかった。私の情報手段テレビ新聞学校図書室だけだった。町には本屋もなかった。

私は決して学校勉強から遅れることはなかった。地元中学校から高校に進学するにあたっては、地元に一つある高校ではあまり偏差値が違いすぎたため、バス電車を乗り継いだ地方都市にある校区の最上位高に進学することになった。通学時間は片道2時間以上かかる場所にあった。私の中学校からそこに進学する生徒は数年ぶりだったらしい。交通費がそれなりに掛かる場所にあったが、親は文句一つ言わずお金を出してくれた。ものすごく感謝している。

あと、高校進学とともにスマートフォンが手に入った。ただ、当時スマートフォンを使っている人など一人としていなかった。都会では当たり前だったけど、田舎にはそんなものがなかった。私はインターネットをするためにどうしても必要だった。ガラケーでいいと主張する親をどうにかなだめて、スマートフォンを買ってもらった。iPhoneなどではなく、Androidポンコツだったが、インターネットにつながるというだけで私には十分すぎるものだった。町の中で完結していた私の世界が急に広がった。Twitterを初めてオバマ大統領アカウントフォローした時には、テレビ新聞世界を飛び出した自分が誇らしい気持ちになった。ただ、Twitterでは痛い発言をして、炎上というほどではないクソリプをもらって恥ずかしくなってアカウントを消すという10代の恥ずかしいことも経験した。

同時に高校では人間関係も様変わりした。周りの子たちはよく勉強をよくやっていた。そこで初めて予習復習の必要性を知った。教科書にかかれていることだけやっていては不十分だということだった。大学受験ではそれ以上の問題が出てくるという。私は教科書は一度読めば覚えるものだったので、まともに勉強したことがなく、それだけでは点数が取れない、という経験を初めてやった。参考書も初めて買った。高校があった街は私の住んでいたところよりは何十倍も都会と呼べるところだが、いわゆる地方都市の一つで本屋さんはショッピングモールに一つあるだけだった。私は午後6時にはその街をでないと家に帰れないので、学校が終わっての僅かな時間本屋に向かい、そこで少ないお金で買える参考書立ち読みしながら一つ選んで繰り返し繰り返し勉強した。何冊も買う余裕はなかったし、予備校に通うような時間もなかった。また私は乗り物酔いをしやすいので電車ではともかくバスでは本を読めず、スマートフォン参考書自分朗読した音声を吹き込んでそれを聞いて覚えるようにした。

その後私は大学受験をする。私の地元にはそんなことをする人は誰もいない。私の親は大学受験することは認めたが国公立大学限定した。仕送り必要だし、お金がないからだ。奨学金だって借りる必要がある。私はどうしても東京に行きたかった。東京じゃなくても東京に近い横浜でも千葉でも埼玉でもどこでも良かったが、とにかく都会に住みたかった。田舎の何もなさにうんざりしていた。私は映画が好きだったが、映画というのはテレビしか見れないものだった。運良く私の家はBS契約してくれていたのでNHK BSでやっている昔の名作などを録画しては見ることができたが、面白そうな新作映画テレビYoutube予告編しか見れないものだった。アカデミー賞カンヌを取るような映画は大抵東京最初にやって、その後に地方に回ってくるが、それも大都市限定される。私の住んでいたところはツタヤもなかったのでレンタルすらできなかった。私の憧れは渋谷ミニシアターヨーロッパのどこかの映画を公開初日に見に行くことだった。今思えばそんなつまらない理由だったが、東京に住むという強いモチベーションになった。また、東京には私のような地方から出てきた学生優遇してくれる寮もあった。一人暮らしなんて贅沢はとても言えなかった。

私はどうにか大学受験をして東京とある国立大学に進学することができた。親は私の入学式に出るために人生で2度目の東京の土を踏んだ。私がそんな都会で暮らすことに不安を覚えたらしいが、進む大学も住むところも何もかもすべてを一人で決めてきた私に言えることなど何もなかった。私は親の手には負えない存在だった。

初めての東京に私は圧倒されることになる。一番驚いたのは電車だった。SUICAや本数のことではない。広告の多さだった。駅も電車内も外も広告で満たされている。歩いているだけで色んな情報が入ってくる。私が子供ときに見ていた日曜日昼の番組中吊り大賞などというのがあって週刊誌記事を色々取り上げていたけど、中吊りというものが何だったのかを恥ずかしながらそこで初めて知ったのだった。とき週刊誌卑猥コピー小学生の頭の上で揺れているのにも衝撃を受けた。電車で立っているだけで世の中のことについて情報が入ってくる。それが東京最初に印象に残ったことだ。

私はよくありがちな大学生としてサークル活動も始める。そのサークルインカレでいろんな大学の人とつながることになった。私の出身地のことを話しても誰も知らなかったので、自己紹介では東京から私の町までどうやって行くのかを話すのがつかみとして大いに受けた。

そこである東大慶応学生たちと出会たことが、私の人生そして性格にも極めて大きな影響を与えることになった。お互いの情報交換をするなかで家庭の話になった。私の父は町の工場で働いていた。トヨタなどの大企業ではなく、ただの町工場従業員として何十年も変わらない仕事をしていた。それを話す私のことを動物園の珍しい爬虫類を眺めるような、そんな目でみんなは見ていた。そんな人は誰一人としていなかったからだ。ある男の親は商社マンだった。私が「商社ってなんですか?」と聞いたら何言ってるんだこいつ?って明らかに馬鹿にされたような顔をされた。私は三菱商事三井物産を知らなかった。三菱といえば車か銀行だった。三井遊園地だった。またある女の親はファンドマネージャーで、別の女の親は広告代理店、ある男は外資系企業渡り歩いているらしかった。全員都内実家があった。

私は、自分と彼らの家庭環境のあまり格差の違いを見せつけられる事になった。最大の違いは勉強する目的だった。何を勉強するとどのような仕事につくことができるのか、そのためにはどんな資格を取る必要があるのか、その仕事につけばどれぐらいの年収が得られて、どこでどんな生活ができるのか、それらを彼らは親や親族仕事から知っていたのだ。私はテストで点を取る以上の目的がなかった。テストで点数を取れればこれぐらいの高校大学に行ける、それ以上の意味がなかった。さっき書いたが親兄弟を含めて全員中卒か高卒なので勉強をすること仕事というのはほとんど無関係と言ってよかった。せいぜい工業高校で乙4を取れば、ガソリンスタンド仕事ができるぐらいの意味しかなかった。私は大学に入って、彼らと知り合うことで、大学によってその後の人生が大きく変わることを知ったのだ。

他にもある。勉強する環境だった。彼らは小学校から塾に通って勉強をして私立中高校の一貫校に行っていた。私は中学受験というものも知らなかった。そして中高一貫校では高校1年生などで高校カリキュラムを終え、その後の2年間で大学受験勉強をひたすらにするということも知らなかった。更に学校帰りには予備校に行き、夜遅くまで勉強をするのだという。私は興味があって、知り合った一人から予備校テキストを見せてもらった。そのテキストは私が受験勉強で解けなかった問題を非常にわかやす説明していた。こんなテキストは私の手に届く場所にあった本屋にもなかった。そのテキストを読んだときに私は涙をこぼしてしまった。彼は動揺していた。私は気づいてしまったのだ。

私は東京に生まれて彼らと同じ環境にいれば東大合格できた。

私にとって東大というのは雲の上で超天才がいく学校という印象だった。東大過去問を一度やってみたことがあるが、ほとんど解けなかった。それは私が頭が悪いからだとずっと思っていた。まあ、国公立大学に入れるぐらいなんだからそれでいいよね、というのが私の自分への評価だった。でも違ったのだ。私は勉強をするにはあまりに彼らと環境が違いすぎていた。勉強する友人にも小学校のうちからまれていた。誰も勉強ができることをバカにしたりはしない。親も勉強への投資を惜しまない。彼らが望まなくても英語勉強のために夏休みカナダ語学留学をさせて、ネイティブ発音などを身に着けさせていた。私は英語勉強が好きだったが、流暢な発音馬鹿にされるものであり、英語などは隠れて勉強していた。小さな声でMP3ダウンロードした英語スピーチを繰り返していた私とは違った。彼らは圧倒的重課金と、息をするだけで情報が入ってくる恵まれ環境により、私よりも進んでいただけだった。私が布の服と木の棒で戦っている間に彼らはトマホークミサイルを連発して、敵を木っ端微塵にしていたのだ。

私は自分人生を激しく呪うことになる。生まれ場所が違うだけで、家庭が違うだけでなぜここまでの差をつけられなければいけないのか。彼らは別に頭がいいわけじゃないが、環境だけで私よりもずっと高い学歴を獲得していた。それが悔しくて仕方なかった。私が入った大学別に悪い大学ではない。学歴としては十分に評価されるところだ。でも私は環境さえよければもっと上に行けたのだと。

私はショックだったが、私が住んでいたのは寮だったので部屋に一人で閉じこもって泣き崩れることもできない。私は一人でどんどん悪い考えに蝕まれていった。そして一つの結論に達する。私の住んでいた町は日本から捨てられた土地なのだと。

私が出会った家庭環境に恵まれた彼らは手に入れた学歴武器にこの後は一流企業就職したり官僚になったりするだろう。日本というのは東京大阪に住む一部の裕福な家庭から出てくる人たちで回せるのだと。私のようなど田舎に住んでいる人間そもそもいらないのだと。だから勉強する環境手段も与えられることはない。だから黙って地元で油にまみれて仕事をするか、子供をぽこぽこ産めと。

私が大学卒業した後の話だが、昨年文部科学大臣大学試験について「地方学生はそれなりに」といった発言をして相当問題になった。あれは政府本質なのだと思う。東京に住んでいる人間だけで日本は十分なのだ地方土地以上の価値はないのだ。今地方はどんどん衰退していっている。政府は口先では地方創生などと口走るが、実際はただただ衰退しているだけである高齢化が進む町にだって子供はいる。彼らを救う手段を国が与えたことがあっただろうか。

また、インターネットがあればどこにいたって勉強ができるという発言もよく聞く。あれは戯言だ。東京で使うインターネット地方で使うインターネットはまるで別物であるインターネットを使いこなすためにはまず存在をしらなくてはいけない。例えばPCプログラミングというもの存在を私の田舎認識することは極めて困難である。ただ、都会に住んでいれば、今となっては子供プログラミング教室などに通って小さいころからそういうもの存在を知ることができる。あるいはさっき書いた駅の中吊り広告だっていい。色んな情報が目に入るのだ。田舎では色んな情報存在を知る事もできない。そのような情報格差がある状態インターネットを使ったところで、格差が開く一方なのは容易に想像がつく。インターネットがあれば壁を超えられるというのは、何もわかっていない持っている立場人間発言に過ぎない。孫正義が優秀な子供奨学金を与えたりしているけど、田舎の子供は目立つ手段も知らなければ、そういう行動も取ることができない。結局ああいうので評価されるのは都会で恵まれた親からまれ子供だけである田舎の頭がいいだけで何も知らない子供はただだた埋もれていくだけだ。

話が脱線してしまったのでもとに戻す。

私は田舎を飛び出して東京まで来てしまった。田舎に私を受け入れる場所はどこにも残ってはいない。そして東京にも私が必要とされている場所はない。私のような田舎もの必要とする会社があるのだろうか。私は結婚をすることができるのだろうか。私は鬱々とした気持ちを抱えながらも、彼らに負けたくないと勉強に励むことに大学時代を費やした。奨学金も借りたしバイトもした。得たお金で高い専門書を買って、もとを取るように読みまくった。英語勉強も授業以上に独学でやった。ただ、海外に行ったのは一人でいった卒業旅行の一回だけで、そのときは非英語圏を選んだ。英語は今のところ仕事では役に立たないけど、日常生活での情報収集には役立っている。

とにかく必死だった。帰る場所必要とされる場所もないのであれば、自分で作るしかないのだと。そうがんばれたことが私にとって一番幸運だったということが今ならわかる。あのとき挫折して、引きこもりになっていたかもしれない。もしかしてテロリストのようになっていたかもしれない。あるいは当選の見込みがない政治家を目指そうとしてたかもしれない。そのどれにもならず、今私は社会人としてそれなりのお金を貰えるようになった。ただ、そのお金奨学金の返済を行っている。東京に生まれた人々は奨学金を返す必要もなく入ったお金自由に使って遊んでいるのだろう。私はまだ過去日本が課した呪縛から逃れられていない。

こんな意味のない文章を長々と書いてしまった。ここまで書いてしまったので誰かにまれたらいいと思うけど、おそらく増田の早いタイムラインの中で埋もれてしまう。私が日本が見捨てた小さな田舎で誰にも気づかれることもなく勉強をしていたときのように消えていく運命だと思う。でも書かずにはいられなかったし、誰かの目に止まって嘘松認定いいねの一つでもしてもらえたら、田舎でもがいていた中学生だった頃の私の自尊心が少しでも満たされるかもしれない。

追記1

めでたく嘘認定されたので、ちょっと補足しますね。今は業務休憩中。

高校には社長の息子とか医者ゴロゴロいたでしょって話について。

同級生にいたのは板金塗装屋の社長の子はいたよ。社長はそれぐらい。医者はいなかった。そういうお金持ちの子もっと都会の私立学校にいくのでは?うちは公立だったし。東京と違って地方公立の方がレベルが高いので。

同級生でいい家って言えば市役所の人。これは間違いない。あと警察官とか? 大手企業で働くお家とか? そういえば市議会議員の子もいたのを思い出した。つながり殆どなかったけど。

友達床屋さんの子どもとか、どっかの工場で働く人とかが多かったです。

でもみんなよく勉強してました。

同級生殆ど地元を出たはず。みんなどうしているんだろう。繋がりが切れてしまったので分からないので、あまりわかりませんが、facebook検索したときインターネット系の大手で働いている人はいました。

追記2

追記を書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20201027203138

2020-10-19

35歳定年説ってIT以外にもあるのになんでIT系だけで問題になるんだろう

IT系ばっかり言われてるけどその他にも

新聞記者

プロスポーツ選手

スパイテロリスト

普通科自衛隊員

現場警察官(SATとか機動隊とか)

グラドルコスプレイヤー

他にも色々あるんだけれども

なぜかIT系以外ではセカンドキャリア悲惨な話を全然聞かないよな

これってすごい不思議

特に戦闘に関連する職種とか下手すりゃ重犯罪者転職する危険性あるだろ

いくら警察官だろうが飯食えなきゃヤクザになるわけだしな

2020-10-18

anond:20201018170829

リベラルは「ムハンマド風刺画掲載することは差別だ。テロは許されないが、シャルリー・エブドもひどい」と言っていた。


しかしその理屈でいけば、シャルリー・エブドを襲撃したテロリストたちも本来差別被害者」ってことになる。

その分の情状酌量減刑を行わないと、筋が通らない。

テロリストにも同情するべきか?

リベラルは、「ムハンマド風刺画雑誌に載せることはイスラム教徒への差別だ」と言っていた。

それならば、我々はテロリストにも同情するべきなのか?


例えばイジメ家庭内暴力を受けている被害者が、長年の恨みをためこんで殺人に及んだ場合情状酌量余地がある。減刑を認められるはずだ。

それじゃあ、「ムハンマド風刺画雑誌掲載されて傷ついた」という動機で、イスラム教徒がその著者・出版社を襲撃したときはどうするのか? 我々はそのテロリストにも同情して、減刑を認めるべきなんだろうか?

2020-10-13

日本戦車必要ない

こういうことを言うときっと「事情通」とやらに叩かれてしまうのだろうが……。

戦車所詮は100年前に考案された兵器であってマイナーチェンジを繰り返しててはいるが時代遅れ感は否めない。

21世紀現代に、もう100年前の常識通用しないのだ。

航空兵器が登場したことによって戦車は主力兵器の座から引退した。

B-29のような高度10000mのからの爆撃に対して、戦車はただただ無力である

とっくの昔に戦車は主力兵器ではなくなっているのだ。

現代ならヘリコプターを利用すれば戦車ほぼほぼ一方的破壊できる。

ところで、ある映画ではロケットランチャーによってヘリコプター破壊されるシーンが話題を呼んだ。

戦車破壊できるヘリコプターをも破壊できるのがロケットランチャーという近代兵器だということだ。

戦車の装甲は頑丈だ」などとメーカー広報担当者調子のいいことを言うだろう。

しかヘリコプターをも破壊可能ロケットランチャー攻撃されればどうか?

戦車ヘリコプターに弱く、ヘリコプター兵士に弱く、兵士戦車に弱い。これは三すくみ関係なんだ」

恐らく事情通はこう言うだろうが、果たしてそうだろうか?

実際の戦場ゲームとは違うのだから、そう都合よく三すくみ関係が成立するとは思えない。

かに戦車1対兵士1ではたとえ兵士ロケットランチャーを装備していたとしても戦車に軍配が上がるだろう。

なぜなら最新鋭の戦車チョバムアーマーによって一発だけならロケットランチャーにも耐えられるためだ。

だが実際の戦場では、常にタイマン・バトルが成立するとは限らない。

兵站ロジスティクス考慮すれば50トンの戦車は100kgのフル装備兵士500人分にも匹敵する。

想像してもらいたい……、RPG7を装備した500人の兵士RPG7を手にして一斉攻撃を仕掛ける姿を。

映画のように「アールピージー!」などと叫ぶ間もなく戦車は一瞬にして破壊されるだろう。

しか兵士は一箇所に集中せずに分散して配置することができる。

500人の兵士で以って包囲殲滅陣を仕掛ければいか戦車といえどもひとたまりもない。

さらRPG7は一度攻撃すればそれでおしまいではなく爆弾を再装填して再び攻撃することさえ可能なのだ

数千発のロケットランチャー攻撃されれば戦車が生き残れる可能性は万に一つもない。

以上により戦車よりロケットランチャーを持った兵士のほうが強いことは事情通といえど否定できまい。

また戦車には現代では見逃すことのできない致命的な欠陥がある。

一般的戦車には3〜4名のパイロット必要であるとされる。

このとき問題となってくるのがパイロット間での情報伝達の遅れだ。

音声による情報伝達にはどうしても伝達の遅れというものが出てくる。

なぜなら音声は音速スピードである秒速340m以上のスピードでは伝達できないためだ。

ITテクノロジーの普及によって情報伝達のスピードは100年前とは比べ物にならないほど早くなった。

故に100年前の開発当初では無視されていた情報伝達の遅れが現代では致命的な欠陥となりうる。

100年前ののどか牧歌的戦場と違って、現代戦場は一秒一刻を争うのだ。

さら戦車長と呼ばれるチームの司令塔とも言うべきパイロットは車外に体をむき出しとするような運用常態化している。

素人考えかもしれないがスナイパーライフルのような装備さえあれば戦車長を無力化することはそう難しいことではないだろう。

スナイパーライフルは秒速340mの音速を超えるスピードで飛行してヒットするよりあとに銃声が聞こえるのだという。

戦車長が銃声に気づいたときには時すでに遅し……、というわけだ。

戦車長を失った戦車など頭脳を失ったバッファローと同じことだ。

日本固有の問題以前に戦車という兵器現代戦場では無用の長物である理解していただけただろう。

さて、日本においては以下のような言説が支配的だ。

戦車配備されれば海外敵対勢力戦車に対抗するだけの武器を用意しなけばならない。そのため戦車抑止力となりうる」

なるほど確かに島国である日本海外から戦車を持ち込むのは困難だろう。

では敵対勢力特殊部隊が極秘裏に潜入してきたとしたらどうだろう?

基地に潜入した特殊部隊戦車捕獲することができれば敵はまんまと戦車を手に入れることができるわけだ。

皮肉にも日本においては戦車配備されていることで敵が戦車調達できる可能性があるのだ。

ではテロリストが実際にそのような作戦を実行していないのはなぜだろう?

恐らく戦車が盗まれないのは戦車を入手したところで大して役に立たないからではあるまいか

まともな判断能力を持った人間であれば現代戦では無用の長物である戦車を盗もうなどとは思わないだろう。

仮に戦車泥棒成功したところで戦車よりずっと強いヘリコプター破壊されるのが関の山だ。

ただし薬物などで判断能力の低下した人間戦車を盗もうと考える可能性は十分あり得る。

そのとき戦車愛好家の主張する強さや恐ろしさがすべて跳ね返って帰ってくるのだ。

もっとも前述の通り数千発のRPG7攻撃すれば最新鋭の戦車といえどひとたまりもあるまい。

チョバムアーマーによってロケットランチャー攻撃を防ぐことができるのは一度きりなのだから

しかも生身の兵士がわざわざRPG7を手で持って突撃する必要も実はないのだ。

どういうことかというと、第二次世界大戦時代ゴリアテのような装備を現代の最新技術で作り直した上で、それにPRG7を装備して突撃させれば兵士が身を危険晒す必要さえないというわけだ。

そもそも、それほどまでに戦車が優れているというのなら、すべての軍用車両戦車にしてしまえばいいのだ。

それをしないことが戦車無用の長物であることの確かな証ではないか

2020-10-12

anond:20201012175907

人類もだいたいは良識的なのにごく一部の犯罪者テロリストのせいで滅亡させたくなるよね?

2020-10-11

ヴィーガン否定中国共産党の夢を見るか

ヴィーガンになると精神が病んでしまうのも無理ない

https://togetter.com/li/1605085

コメント欄より

なかなかおもしろいやり取りだったので、備忘録として


議論の流れを変えない範囲コメントの順番を入れ替えた

また誤字脱字が明らかな場合はそれを補った


箱のなかの海 @kawa_machi

他者権利侵害すべきでない”という一般的道徳観を動物まで広げるなら、ヴィーガンのような主張になるのは自然なことではある。

人と動物は違うと言うなら、その線引きをどこに置くかの明示は必要だけど、論理的妥当基準を出すのはかなり難しいよ。

自分リバタリアニズム消極的自由から肉食を正当化できるか悩んだことがある。

今のところ子供(→契約主体になりえない存在)に対する パターナリズム対応を援用して考えてるけど、お肉を食べたいがために無理してないと聞かれたらちょっと困る部分も無いとは言えない。

お肉美味しいから食べるけど。

倫理判断普遍可能である」「遺伝差異自体差別をする理由にはならない」「動物人間と同じように苦しむ」「認知能力契約能力等、動物人間区別する道徳的に重要な違いとされている違いは人間同士の間にも存在する(すなわち、限界事例の人たちが存在する)」「限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならない」、これらの組み合わせから容易に「動物にも「人権」があり、危害を加えてはならない」という結論が導ける。 (Wikipedia 動物権利)

他者を食べることを倫理的に正当化するには、これらの前提のどれかを弱める必要がある。

ヴィーガンの多くは「植物動物人間と同じように苦しむ」を弱めて、植物を食べているように思うし、 自分は「限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならない」を弱めて肉を食べている。

kusorip @kusorip2

人権は人の作った道具に過ぎないので、人が快適に過ごすために如何様にも定義変更可能なんだが 勝手に都合よく定義を狭めて理論ぽく仕立ててるだけでガキの屁理屈まりなんだよなぁ

箱のなかの海 @kawa_machi

人が作った道具であり、適宜変更ができると言うのはそのとおりなんだけど、その快適に過ごすべき”人”って何なのかという話。

人と動物の違いは何を基準にどこで線引きすべきか? 遺伝情報? 認知判断能力苦痛を感じる能力YHWHがそう定めた?

他者危害を加えることを正当化するのってちゃんと考えるとホント難しいよ。

誤: 人と動物の違いは

正: 快適に過ごせる”人”とそのために危害を加えても問題ない”動物”の違いは

人権定義問題なのではなく、人権適用される/されない対象定義問題にしている と言ったほうがわかりやすいかな。

スリーS @Super_S_Shoborn

危険危険でないか、だよ。人間集団危険性を保障し合うが、動物はそうでないか区別可能

箱のなかの海 @kawa_machi

危険性を保証し合うと言うのは、法律(してはいけないこと)の概念をを持つという理解で良いですか?

そうなると、ある種の知的障害者や1, 2歳までの子供は人間ではないので殺していいことになりますがそれで良いですか?

逆に、ルール概念を持てる動物(例えば、ある程度以上の哺乳類はそうでしょう)は”人間”なので殺してはいけないことになりますね。

スリーS @Super_S_Shoborn

知的障害者だろうが幼児だろうが、その家族報復しうるし、その境遇に陥るかもしれない人間が次は我が身次は我が子と考えて排除しうるので、危険性は保障されてますので問題ありません

危険性が保障されてるから危険からやってはいけないという簡単ロジックです

大ざっぱに言ってしまますと、全ての人間任意人間から危険性を保障されているので、その危険性が保障された人間安全に取り扱う為に人権に沿う必要があります。言い換えれば、人権人間安全に取り扱う規範だと言っています

箱のなかの海 @kawa_machi

なるほど。しかし、「危険からやってはいけない」は「危険でないならやってもいい」に繫がりますよね。

例えば、家族がいないまたは家族報復しないことを約束して譲る場合どうでしょうか。悲しいことですが、親から虐待を受けている子供障害者など、可能性は十分考えられると思いますが。

また、次は我が身、我が子と考えるかも微妙だと思います

食用の豚は殺されていますが、だからといってペットとして豚を飼っている飼い主(保護者)が「次は自分の豚が殺されるかも」とは考えないでしょう。

親が自分の子供を殺す(故意または未必の故意)場合報復危険は無いので問題なくなりますね。

パチンコ中に車の中に放置されて亡くなった子供がいたとして、その親が近くに暮らしていたとしても、「自分自分家族が殺されるかも」とは思わないでしょうし。

危険性を保障されているという言葉定義がよくわかりませんので、もう少し詳しく説明ください。

家族報復する危険報復しない、できない場合は?

周囲の人が次は自分と思って排除してくる危険→そう思わないような場合は?

また、 「人権人間を取扱うためのものである人間とは人権で取り扱われるものであ(動物はそうではない)」 はトートロジーです。何を基準人権で取り扱われる”人間”を決めるのか?と問うています

スリーS @Super_S_Shoborn

家族が居ない、または見捨てられた等の天涯孤独者は天涯孤独者同士危険性を保障し合っています。では天涯孤独乳児はどうか。普通の子供でも親が死ぬ等で天涯孤独になります。親の危険性の保障から外れえる子供を守るために「危険でないならやってもいい」という人間排除するでしょう。

からも見捨てられ誰も報復せず次は我が身我が子だと考えて誰も排除してくれない子供はどうか。子供にそういう危険性がないことを調べる必要がありますが、それを調べることもまた危険であるのでやってはいけまん(続く)

家族報復する危険報復しない、できない場合は? 周囲の人が次は自分と思って排除してくる危険→そう思わないような場合は?』

かに必ずしも家族や同じ境遇の人が報復排除をしてくれる訳ではありません。そのような危険性が保障されない人間が潜在しています。彼らは自身危険性が無いと判断されることは死刑宣告にも等しい。従って危険性を判断するような人間排除するでしょう。つまり危険性がないことを調べる事自体危険でやってはいけないことなのです

さながら、危険性が保障されない人間危険性を保障された人間擬態するように。山に生えるキノコが可食か毒か見分けがつかず、見分けることも危険であるならば、山に生えるキノコは全て毒と判断して食べてはいけないと判断するように

箱のなかの海 @kawa_machi

なるほど。 ある程度以上の知能を持つ動物も、自分自分家族、群れを傷つける他者排除しようとしますが、それらの動物危険性を保障しあっていないのでしょうか。

人間がそれらの動物を傷つけた時に報復危険性を感じないのは単に人間がそれらの動物より強いからですが。

動物の(勝手な?)代弁者である動物愛護団体などから報復危険性を感じないうちは動物には”権利”がなく、彼らが強大な力を有した段階で”権利”が生じるとなりそうです。

それは、過去王侯貴族が下々の者の人権を決めていた時代と何が違うのでしょうか?

実際のところ、権利は力の獲得とともに増えてきたという歴史はそのとおりではあるものの、

少なくとも理念上は、

力の有無や数の大小ではなく、一人ひとりが等しい人権を有しているというのが現代では概ね合意であるはずです。

動物には力がないか人間にとって危険性がなく、だから動物を傷つけても良いという”危険性の論理”はこの合意に反しますし、弱者マイノリティへの攻撃に容易に繋がりかねないのではないでしょうか?

スリーS @Super_S_Shoborn

医療食料問わず動物資源人間生命であるので、その使用禁止生存手段放棄であり自殺行為です。また、人間から動物資源という生存手段剥奪はその人間から排除対象となるので、これもまた自殺行為。二重の意味危険行為なので動物権利を与えてはいけません。

全ての人間任意人間から危険性を保障されている(自分はそう主張している)ので、弱者マイノリティへの攻撃に容易に繋がりません。

動物報復しますが、人間にとって大した危険ではなく、それ一頭を銃等の動物では認識出来ない武器で殺せば再報復されません。人間危険なのは動物と異なり火や毒、自動車銃火器等の過剰な攻撃力を持っているからです。毒を使う動物はいますが、それを報復には使いません。『過剰な攻撃力』を持ち、かつそれを『報復等に使用する』生物はただ一種、ヒトのみです。故に人間にとって人間特別です。他に該当する動物が居るのでしょうか?

箱のなかの海 @kawa_machi

2点教えてください。

1. 過激動物保護団体は多く居て、その中には銃火器などで武装しているものも有りますよね。 単に危険性の大小なら、下手な人間マイノリティよりもよほどある種の動物のほうが危険性を保障されている(報復可能性が高い)と思いますいかがでしょう。

2. 本当にすべての人間同士で危険性を保障しあっているのでしょうか。 例えば、ウイグルの人々が中国共産党上層部報復できるとは思えないのですが。 仮に米国を動かして、米中戦争が起きたとして中国が勝った場合は?

端的に言うと、 「どうしていじめダメなの」という問に対して、 「先生に怒られるから」と答えられてるような感覚があります

それは実際には大きな理由ではあるのだけど、それをメインで答えるのはまずいだろうという感覚です。

スリーS @Super_S_Shoborn

1. 危険性の保障を代行・専門化・強化した警察司法という組織の方が基本的に有能です。

2.国家という組織人間運用すれども人間のものではありません。人権は『人間が』人間安全に取り扱う規範ですので、国家個人では基本的機能しません。中国みたいに強い国家にとって人間は脅威ではないので、中国人権を守る必要がありません。では何故人権を守る国家があるかというと、国家比較的弱いか国民運用している国民主権国家からですね

箱のなかの海 @kawa_machi

1. 確かに警察司法のほうが優秀です。しかし、危険性で問題になるのはどちらが大きな力を持っているかではなく、ある閾値以上の力を持っているかでしょう。

戦車戦闘機よりマシンガンの方が弱いですが、普通の人にとってはどちらも脅威です。

2. 人権とは、単に人間であるということに基づく普遍権利。「対国家権力」または「革命権」から由来している。ブルジョア革命資本主義革命)によって確立された権利であり、「近代憲法の不可欠の原理」とされる。 人権は人が生まれつき持ち、国家権力によっても侵されない基本的な諸権利であり(略)  Wikipedia 人権

えっと、その人権定義は少なくとも一般的に受け入れられている定義ではないですよ。 対国家、つまり自分より強い相手に対するものです。

箱のなかの海 @kawa_machi

ちょっと議論が発散してきたのでまとめますね。

人と動物との違いはなにか?という問いに対して、

1. 傷つけた時に報復される危険があるのが”人”で危険がないのが”動物

2. この危険とは殴る、噛むなどではなく、銃火器などの過剰な武力を指す

3. 報復するのは傷つけられた本人ではなく、それを見た他人でも良い

という基準が出されました。

それに対して、

1.例えばクジラを傷つけた相手銃火器を用いて報復すると宣言する愛護団体存在したら、クジラは”人”の基準を満足しますよね?

2.銃火器などを苦にしない強い個人や団体(国家)は、弱い立場ホモ・サピエンスを傷つけても倫理的に問題ないとなりませんか?

という2点を質問しています

スリーS @Super_S_Shoborn

警察司法の方が基本優秀なので、過激動物保護団体テロリスト認定して取り締まってその保障無効化してますね。

銃火器などを苦にしない強い個人(超科学異星人だろうがスーパーマンだろうが)や団体(国家)が弱い立場ホモ・サピエンスを傷つけても、その個人や団体(国家)にとっては問題ありません。同じように強い力である台風が我々の人権を慮ってくれるんです?

箱のなかの海 @kawa_machi

なるほど。そこまで力を信奉し、強者は何をやってもいいとお考えならそれはそれで筋が通っていると思います

願わくば、その考えが弱い立場に向かないように、また貴方強者蹂躙されませんように。 どちらにしても、中国には住まないほうがいいと思いますよ。

攻め方と守り方は非対称で、普通は攻め方が大幅有利です。本当に取り締まり完璧にできるなら、アメリカ911を受けずにすみました。

同じ様に、畜産業者は過激愛護団体に対して警察を完全に信用できないでしょう

スリーS @Super_S_Shoborn

自分スーパーマンでも独裁者でもないことを知ってますし、立場が弱かろうが強かろうが人間ちょっかい掛けて好き好んで危険を被ろうだなんて思ってないのでご心配なく。

それに『安全』というのはリスクゼロという完璧を表す言葉ではありません。人間対象に限らず、危険性を小さくする為に安全な取り扱いを行っていますが、自動車安全運転してたって事故は起きます警察を信用しないのは自由ですが、警察という抑止力がなければもっと被害を受けていたのは想像に難くないでしょう

BLM運動警察機能不全に陥った結果を見ればわかることです

箱のなかの海 @kawa_machi

警察がなければもっと被害を受けていた と 警察があっても被害を受ける危険がある は矛盾しませんよ。

報復される危険があるなら(実際に日本では太地町が有名ですし、海外ではもっと大きなテロも起きています)、あなた基準ではそれは”人”であり、傷つけるべきではないのでは?

スリーS @Super_S_Shoborn

報復排除による危険性を無制限正当化するのもまた危険です。極端なことを言ってしまえば『貴方の周りの空気保護する。吸えば貴方に対して報復する』ということも殺人正当化悪用されてしまますね。従って人間への危険性が最小になるように線引きする必要があります。今の所設定されているベターな線引きはヒト及びヒトに所有される(動物含む)物ですね。

その線引きに動物まで含めてしまうと、動物資源によって生存している人間及び今後そうなるかもしれない人間(つまり万人)は生存手段を奪われた形になります。鯨も飢饉時は立派な食料です。狩猟には継続的経験必要ですので、飢饉時だけは鯨を殺していいと言われても狩猟出来ずに餓死ですPermalink | 記事への反応(1) | 10:35

2020-10-10

ブラジルニワトリモロッコタコ

anond:20201009213934

太平洋のかなたのブラジル養鶏場で生まれ落ちたタマゴが,ブラジル従業員の手で育てられて,

また違うブラジル人の手でシメられて,毛をむしられて,精肉に加工されて,

これまた知らない工場冷凍処理されて,トラック運転手に運ばれて,船に積まれて,

数万キロもの船旅を経て日本上陸して,無数の倉庫工場を経てワイのレンジで加熱されて食べられるとか。

アフリカの左上の,ぶっちゃけ地図見るまで場所もわからなかった国の漁師が捕まえたタコが,

しかも現地人は食われないのでキモがられながら捕まえてて,

それを現地で頭とか除去して足だけにされて,

何語なのかもわからん言葉日本商社が買い付けて,

船に載ったら富豪からテロリスト宗教家のひしめくスエズ運河を通ったりアフリカ南端の喜望峰を経由したりして,

はるばるインドの沖合を運航してフィリピン台湾を経由して陸揚げされて,

スーパーで陳列して二日目の夜中ぐらいに半額シール貼られているのを俺が買って

いいぐらいのサイズに切り分けてしょうゆ・にんにくわさびなどなどで食べるとか。

目の前にあるモノに詰まったとてつもないドラマ空想ではなく現実なのだと思うと,きょえええええええええええってなるよな。

2020-10-09

バスボム

バスボムは"風呂(バス)を爆弾(ボム)に変える"能力者。どの家にも備わっており、それなりの大きさをもつ風呂を起爆できる能力凶悪で、不定期に街を爆撃しては日本を恐怖の底に叩き落とす。

スニーカーソックスは"スニーカー靴下(ソックス)に変える"能力の持ち主。スニーカーを履いた人間は靴を奪われ、靴下だけで走らざるを得なくなる。機動力を下げるという点で地味に有効だが、スニーカー以外の靴には効果がない。

ウォーターメロンが持つのは、"水(ウォーター)をメロンに変える"力。コップ一杯の水から硬く重いメロンを生み出せるこの力は、特に雨天時に猛威を振るう。

ペーパーナイフケチテロリストで、"紙(ペーパー)をナイフに変える"能力飛行機を襲った。

ハンドガンは"手(ハンド)を銃(ガン)"に変える能力。不可逆変化だし、身体の一部になるわけではないというところがポイントで、実質的に瞬間的に手をちぎり取る能力として機能するのが恐ろしいところ。

サングラスは"太陽(サン)を眼鏡(グラス)に変える"という破滅的な力をもつ。一度でも行使されれば地球人類の滅亡は避けられないと目され、一度も力を使ったことがない身でありながら政府の厳重な保護を受けている。

2020-10-06

anond:20201005214014

男が産まれてこなければいいだけの話では?

非モテ女性はそんな見苦しいマネしないし。

社会治安人質にとって自らの欲求を主張するインセルテロリストしかないし、

男性が産まれることそのもの公共安全を脅かすことに他ならない。

2020-09-27

anond:20200927111141

国というかテロリスト支配している地域だけどな

国家主体台湾(中華民国)でそれは中国共産党も認めてる(ので一つの中国と言ってる)

anond:20200927140318

ちょっと水がかかっただけで爆発する発電所を作る会社はなぜかテロリストではないのな

anond:20200927123645

やっぱりパヨクってテロリストなんだね

そんな戯れ言言ってないで海外幸せに暮らせよ

2020-09-26

銃社会じゃなくてよかった

ちょっと前にトルコ旅行しに行った時、情勢が緊迫してたからかその辺にでかい銃持った軍服のニイちゃんがたくさんいた

すげー怖かった

国の人なんだろうしそりゃいきなり撃ってくるはずはないんだが、人間いつ気が触れて乱射したくなるかわからない

それに俺はみすぼらしいし挙動不審なのでテロリストかなんかに間違えられて撃たれる可能性もなくはない

あの筒の先端をこっちに向けて引き金を引かれたらそれだけでほぼ死が確定するのか、と思うとかなり身がひきしまった

日本、そうそう長銃もった人がいないから良い

警官だって滅多に撃たないって言うし、剥き身で拳銃持ってるのなんて見たことない

銃が遠いってのはかなりありがたいことだと思う

街中で破裂音がしてもビビる必要がない 

海外で後ろから破裂音がしたときとか相当ビビったもんな いま腹見たら真っ赤に染まってて、なんじゃこりゃあ〜って言いながら死ぬハメになるのでは?なんて思った記憶

日本だと車の音とか風船とかだろうとまず思えるので安心感が違う

マジで銃社会じゃなくてよかったし、軍人が銃もってウロウロしてる社会じゃなくてよかった

2020-09-22

わかってるのにできない

どこまで自分を言い表しても

絶えず浮かび上がる恐怖本能

自分判断し行動することすべてにおいて否定的感情感覚衝動思考

止めどなく現れ、結局こうなるんだ。

将来のやりたくないことが多すぎてもういやになっちゃって。

なんでそんなに未来を見てしまうのか今を生きることができないのか

何かをするのに未来を見てちゃ何もできなくなっちゃ

学習していくには今ココに意識を向け続ける必要がある。

でも今ココに向けたら向けたで未来はこれでどうにかなるのかという不安

止めどなく溢れてきて視界と意識ジャックされて思考タイムスリップしてあり得る

最悪のifの世界に浸ってしまう。

表現せども、口に出しても

止めどなくひたすらあふれ出でる源泉のようで

蓋を閉じることもかなわなければそれに意識を向けず無視するのも難しいの。

一度最悪なifを考えてしまったらもうそれが現実に起こり得るかのようで

何をしても無駄なんだと思ってしまう。そう確信してしまう。

根拠もないのに何の根拠もないののに

僕の遺伝子設計された死を防ぐための行動が自分人生死ぬまでにやりたいことを

阻んでしまってる。

恐怖本能の意のままにされてる。

勿論これは俺自身を守るためのものであることは事実

ただそれに振り回されたとしても現代社会を生き残れる可能性は

限りなく低い。

圧倒的に進化が追い付いていない。

ビビる必要のないものビビ

不安にならなくてもいいものを恐れてしまう。

そのくせ、生産性のない動画視聴やゲームといった

ものには莫大な集中力時間を費やしてしまう。

前頭葉を介することが出来ず

原始的本能に赴くままの行動をしてしまう。

これじゃ意味のない遺伝子奴隷だ。

こんな人生を俺は望んじゃいない。

幾度となく度重なる自己批判が湧いてくる。

こんな文章書いて詩人のつもりか作家のつもりかと、

知った言葉の中で難しそうな言葉を選んで書くことによって自分はこんなに

言語知性があるんだと思い込んでやってるのか?そんな

薄氷優越感に浸ってもなんの生産もできないのに

みたいな。

こういう無益無駄で無価値醜悪で愚劣な

思考が沢山、それこそ無限ともいえるほどに出てきてそれが真実だと捉えて

何一つ現実に、周りに周囲に、皆に世界に影響を与えることもできずに

何一つ介入できず、ただただ席に座り傍観者のように自分や周りを見ている。

ただただ本能の赴くままに行動をする自分

一切の合理的な行動を取らずただただ気分や感情さらされコントロールされる自分

唯々見ることしかできないで

それはまさにテロリストハイジャックされてるみたいでさ。

ここに行きたいんだけどこいつらが脅すからその目的地に着けないみたいな。

でも実際はハイジャックは実銃じゃなくて、脅しはするけど打てずに害を加えることもできない臆病者であることを知っているにもかかわらずに

それらの知識があるにも関わらずそれに対する有効な手立てを打てない自分が腹立たしくて

無力に感じ無益で無価値無味無臭の虚無な人生を嘆きに嘆いて

ちょっと進んだと思ったら下がる。

そしてその下がる要因を突き止めることが出来ずなんども考え思考施策し実行し

やっとの思いでちょっと進んだと思ってちょっと気を抜いたら

すごい勢いで後退して…

それを何度も何度も繰り返して

ありとあらゆる精神的苦痛を味わいしゃぶりつくし噛み砕き飲み干しても次から次へと責め苦が

なだれ込んできて咀嚼することも困難になって息すらまともにできずただただ絶望に瀕して

嗚咽を漏らすだけの人形になってて。

分かってるのに理解してるのになぜか体が動かない。

そんな気分でさ。

例えるならさ、ロボットを操縦しててさ。

操縦してる方は元気で何も問題ないのにロボット側が故障してて

右手を動かすレバーをひっきりなしにあげさげしてるのにうんともすんとも言わないイメージ

なによりこれだけ自分の状況を言葉に置き換えたとしても、この連休中に

自分のためになることを9割出来ていない自分が変わることは無くて

過去を悔やみ未来を嘆き今に生きず、ただ最悪のifを永遠ヘッドマウントディスプレイを被って見せられてる感覚でさ。

乗り越えたいのに無視したいのに、

それでも俺は人と絡みたい人と関わりを持ちたい良い影響を与えたい良い関係を築きたい。

良い介入をしたい、ただただ世界をよりよくしたい。

そう思ってるのに思ってるのに何もできずただただ嘆くことしかできない自分はこれ以上何ができるんだと。

わかってるよ。やる、出来なくても全力でやって死ぬってことは決めてる。

ただただ、ただただできない。やれない。行動ができない。不安すぎて、恐怖が強すぎて。

この行動をしたら誰かに批判されるのではないか否定されるのではないか

拒否されるのでは拒絶されるのではいじめられるのでは馬鹿にされるのでは

軽蔑され侮辱されるのでは、痛めつけられるのでは人権剥奪されるような惨い行いをされるのでは

そういう不安で恐怖で何も考えられなくなる感覚が多々あってね。

数えるのが億劫になるぐらいそんな体験をしてきて

最近やっとそれを感じなくなったと思ったら自分が突然制御不可能になって。

未来に起こる多大なるストレス不安を抱いて今に生きれず今の時間有効活用できず

有効活用できないか未来が良くならず良くならないか未来を憂い今に生きれず

この負のループを描いてるのも間近で見て何とかしなきゃって言ってるのになにもできない。

こういうたとえ話や状況を把握して言語化してるのにも関わらず、

解決策を見出すことすら億劫でもう死んでしまうのではないか

まともな認知機能行使するまでもなくただひたすら遺伝的に設計された進化する上で必要

な要素を組み込まれタンパク質等で構成された肉塊が意思を持たず単調なプログラミングの元動いてる

生命体になってる気がしてさ。

それはもう虫と変わらないんじゃないかなって思ってさ。

人間じゃないの、本能の赴くままに生きる原始的サル

ボノボですらないの、こういう恐怖にさらされてるときは。

2020-09-21

批判のための批判反吐が出る

ムハンマド性的虐待者であり人間の屑?』

https://togetter.com/li/1595038

  

結婚性交を一緒にするな」「ムハンマドが実際に性交したのは15歳になってからである」「現代価値観で裁こうとするな」

始めにムハンマド被告席に座らせた脳筋は誰だ?

この批判は「9歳のアーイシャ結婚を完成させたムハンマドさんがダメだというなら」と言い出した人に向かうべき批判だろう。

  

イスラム教教義では預言者ムハンマド冒涜した者は死刑とされる。」

現代価値観歴史人間を裁くなというのに、現代日本人イスラムの法で裁こうというのは許されるのか?

日本人日本でした発言日本の法で裁け。イスラムの法で裁こうとするな。

イスラムの法で裁こうとするやつは犯罪者テロリストだ。イスラム価値観ではテロリズム容認されるから日本人へのテロも許せというのか?

  

ムハンマド侮辱たか問題」?

そんなものキリストだろうが偉い人だろうが幼児とやったらアウトのほうが筋が通っている。

その行為否定するのか、その人の人格侮辱するのか区別を付けろ。

  

文化価値観普遍的ものは無い。これはその通り。

だが、人間の発達時期は大して変わっていない。特に第2次性徴の年齢に関しては数千年、それこそ普遍といってもいいほど大きな変わりはない。

女児身長加速のピークは1112歳ごろ。加速のピークなので1112歳でもまだ身体的に未成熟。それ以前の児童ではサイズ的に大丈夫なのか考えろ。

事実、未熟な身体負担がかかる若年出産に多いフィスチュラという医学的な問題がある。

普段医学的な話題で「偽医学・反ワクチン宗教」とか散々バカにするくせに「ムハンマドがやってたから」「イスラムではOKから」で許し続けるのかよ。

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