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2017-12-13

友達に裏切られた話

あれから1週間たったけど、まだもやもやするので増田に書くことにした。

いきなりだけど遡ること10年前。

美大学生だった私は同級生のS君のことがいつの間にか好きになった。

S君は誰ともちょっと距離がある感じで深く親しい人もいなく、

かといって大学に来ないこともなく、まじめに制作に打ち込んでいる色白で髪も肩まで伸ばしていた中性的男の子だった。

その当時の私は恋人が出来ないことに焦りを感じていた。

人と人との距離感を縮めることができないというか。

なので、一定距離を保っているS君のことが増々好きになっていった。

そこで3年生になった時。同じゼミへ入ることにして距離を縮めることにした。

そして、ゼミコンパの後、よったふりをして告白してみた。

『ごめん、興味ないから』とあっさりと相手にされなかった。

それでもS君のことは諦められなかったけど、S君が大学にあまりこなくなり、

卒業たか、できたかも怪しいところだった。

それからゼミ旅行へ行った時にもせまったりしたが、

ぜんぜん相手にされなかったので、もうこういう嫌なヤツなんだと思うことにした。

それから10年が経ち、1週間前に学生時代の別の友人Mと久しぶりに

呑みにいった時に、S君の話がでた。

あいつ、●●で検索したら、出てくるよ」

すっかりS君のことを忘れていた私は、ちょっと気になり

帰宅途中の電車の中で検索したら、グーグルの上位でヒットした。

彼は、女装ブログの主だったのである

主というか、ネット上の彼は女装ブロガーとして、人気を博している上、

男の娘として、撮影会ちょっとしたアイドルになっていた。

そして、ものすごく裏切られた気分がした。

あいつ、なんで私はダメなんだよと。

2017-12-08

よく美大かにいるよくわからん作品を作る人って

それみせてなんて言ってもらいたいの?

分かる人は分かるっていう素人お断りスタンスなのですか

それとも素直に「よくわかんね」って言っていいのかしら

2017-12-06

anond:20171206203242

友達が正しい

美大の1年生なのに変な格好をしないお前の方が損してることに早く気付け

顔がたかまつなななら尚更だ

まともな格好なんていつでも出来るんだぞ

大学生になって中学生オタクみたいな格好する人間

わたしがめちゃ性格悪いってのはわかってるけど

美大

美大生だからって変な服来てる人間ばかりじゃないし奇抜な服が似合うのはその人の努力雰囲気だと入学して1ヶ月で気付いてわたし無難な格好と何にでも合わせやすい黒いリュックで登校している。

好きな赤色靴下とかマフラーに入れる程度でいつも地味な色。それでもありがたいことに服がかわいい、似合ってるって言われる。

顔は、たかまつななが頑張って清水富美加になろうとしてる感じだからどうしようもないけど、持ってる雰囲気服装持ち物のバランスが取れてると自負している。

で、友達が、ちゃんとすればわたしよりかわいいのに素材の手入れを何もしない。

ノーメイクで何もしてないのに爪をトリコロールに塗る、原田ちあきシャツを着る、猫の写真の柄のパーカーを着て宇宙柄リュックチェンジする。

難易度が高いアイテムを無課金者が身に着けるのを見るこっちの身になってほしい。

本当に似合っていない。びっくりするくらい。

 

春頃は落ち着いたエヘカソポみたいな、アースみたいな雰囲気だったのに、美大自由すぎる空気にやられていやがる。

それに気づいてないから「黒いリュックってヲタクっぽいよ」って言ってくる。

余計なお世話じゃボケ!!

こういうときなんて言えばいい?

中央線で朝から集団で座るジジババへ

中央線で朝から集団で座るジジババへ

高尾山に登る元気があるなら立ってください

寝不足大学生より

追記

課題に追われてる美大

2017-11-26

anond:20171125221637

横田さんの言うように、学生さんかもね。組織に属している、みんなでいるときほど圧力はツライよね。もし学生なら、同じ感性の人が集まるような学校あるよ、きっと。知り合い見てて思ったけど美大とか変人の集まりやったからね(笑) またその変人が多岐にわたるという。

もう働いてるのであれば、きっと感性の合うコミュニティクラブ活動飲み屋とかとか、見つけてみてはいかがでしょうか。もしかするとここがそうかも知れませんし。

2017-11-25

どうやったらあの人みたいに綺麗なコードが書けるのか

考えてたんだけど、毎日走り込んでいる人と、一年に4回ぐらいしか走らない人が、マラソン大会に出たら比べるまでもなく、つまり、書いてきた量と、そこに込めた丁寧さが違っているのだろうという結論に至った。

で、どうしたらそうなれるかというと、なれるかどうか分からないけど、自分が強くなるしかない、というただ一点に尽きる。

それはつまり、ほんとのほんとに最終的には、自分を守るのは自分しかないということで、口をつぐんでじっと黙ってる時にぐんぐんと膨らむ力なんだ。

美大なんかでもそう。絵のうまいやつは結局、書いてきた量が違ってる。

何か正解があるとすれば、やる奴が正解なんだと思う。だって、やらないとお金に値する価値なんて放てない。

今日明日じゃ変わらないから、少しずつでいいから、何か本を一冊用意して、草を生やしていきまっしょい。

そうすればきっと、ワッフルワッフル

2017-11-23

UXとかデータ分析とかその辺の勉強の仕方

仕事柄、UXとかデータ分析とか、その辺が少し強いと思われているらしい。

職場の人からその辺の勉強の仕方を聞かれたので答えようとしたら、意外と長くなりそうだったのでメモがわりに書く。

これを書いている人のスペック

UX勉強方法とかの話

そもそもUXという言葉流行りだしたのは最近の話だと理解していて、バズワードに近いと思っている。概念自体は遥か昔からあるものだし、何を今更世の中がUXというワードを使いたがっているのかが良くわからない。(が、ここでは面倒くさいので、定義曖昧UXという言葉で色々お茶を濁す

また、UX勉強するという言葉も、正直なところ違和感がある。

というのも、具体的なケースと紐づいて考えない限りは意味がない気がするからだ。文章批評ばかりしていても小説家になれないのと一緒で、UXについて本や講義だけで勉強していても、UXに強くなることはないと思っている。つまり自分たちが作っている(関わっている)サービスの中でUXを考えつくすこと自体が、一番の勉強なんじゃないかと思っているので、UXを本や何かで勉強するというのは効果は薄いんじゃないかと思っている。

はいえ、体系化出来るメタスキル的なものがあるのは事実だし、その部分の話を書いてみる。

UXを良くするって何にきちんと答えられるようになる

UXを良くしたい」という話をよく相談されるのだが、そもそもとして、UXが良くなった後の世界をちゃんと考えられていないことが多い。

「そのサービスを使ってユーザ幸せになるの?」という問いにきちんと答えられない場合黄色信号という印象。

UXUXってバカみたいに唱えている人はたくさんいるけど、自分たちサービスUXが良くなることでこんな世界が実現できるよっていう話を、具体的に、鮮明に、誰が聞いても腹落ちする形で話せる人ってどれだけいるのかな。UXを良くしたいと言っているのに、良くした後の先世界イメージできていなくて、どうやって良くしていくのか甚だ疑問なんだよね。

なので、UXを考えるにあたっては、「自分たちがどうしても叶えたい世界」があって、それが叶うことによって「世の中の誰かがすごく幸せになる」という確信必要条件だと思ってる。なので、そこがない時点でUX改善どころかサービスを作ること自体をやめた方がいい。

もし、そんな感じの祈りにも似た思いが少しでもある場合は、自分たちが作りたい世界についてしっかりと考えて、そしてそれらを検証して確信に変え、具体的な言葉に落とし込むというプロセスを徹底的に行うことを、UX改善の前に行なった方が良い。そうやって生み出された言葉が、UXを考えるにあたっての拠り所になる部分になっていくから

ユーザを観察して想像し、検証する

自分たちが作りたい世界言語化できた後は、ユーザの観察と妄想に尽きる。

課題解決系のサービスなら、ユーザに当たる人が本当に困っているのか、何に困っているのかを見極めるために観察すべきだし、何らかのバリューを付加するサービスなら、「このサービスを使ってもらうことで幸せになるのかという妄想」をいかに具体的にできるかが鍵になる。

これらの観察および、具体的な妄想をしていくこと自体UXを考えることである

炊飯器が目に入ったので炊飯器UXを考えるとした時の例で話す。

多分、こんな妄想をする。

炊飯器とか既に他の製品存在するものは、ユーザの行動もだいたい想像できるし、何より自分が使うものから妄想やすい。

逆に、全く新しいものを作ろうとする時なんかは、妄想も中々大変だと思う。バイアウトして話題CASHとかは、その辺りの参考になるものが中々なく、妄想もやり辛かったと思うので、それを形にできたUXデザイナーの人はすごいなと思う。会ってみたい。

もちろん妄想だけだとダメで、そのあとに検証が入る。

これはかなり適当に書いたが、自分たちが行なった観察に基づく妄想に対して、それらが意味のあるものかどうかを見極めていく必要がある。これがいわゆる価値仮説の検証と呼ばれるもので、妄想が本当に必要とされるものなのかを見極めるフェーズである必要とされないものなんて作っても意味がないから、この段階できちんと仮説の検証をしておく。検証については対象によって全く異なるため、都度考える必要があるので割愛

例はかなり適当に書いたが、ユーザをしっかり観察して、その上でどうやったら幸せになるかを妄想して、それらを検証していくというフェーズを、手抜きせず行うことが大事だ。これが業務系のサービスだと、業務フローを作ったりするのだろうし、C向けサービスだとカスタマージャーニーなんかを作ったりすることになる。その辺りの手法は色々あるが、ユーザを見て、考えて、検証してという基本はどれも変わらない。

観察結果をもとに解決策を生み出す

ユーザをひたすら観察したあとに、初めて解決策を考えるフェーズに移る。

解決策ありきのプロダクトだと(昔の技術先行型の日本家電だけど)、あまりいい感じにはならない。

あくまでも、ユーザの観察が先にあって、それに対する「解」としてプロダクトを作っていく。

この、課題に対して適切な解を出していくこと自体が、UXの磨き込みに当たるという理解をしている。

そして、それらが部分最適にならないよう、全体最適意識しながら解決策を考え、プロダクトに落とし込んでいく。

「ご飯は1分で炊けるけど、風呂釜より大きい炊飯器」とか、誰も必要としないよね。だけど、部分最適だけを考えるとそんなことになりがちである。そのためにも、部分を考えたら、全体を見るということを繰り返し行なっていくことが大切だと感じている。その意味では、捨てるべき部分と、活かすべき部分のバランスをどう取るかが大切になる。ここも結局ユーザが教えてくれるので、事前にしっかり観察できていれば、勝手に答えが出る。

小括

長々と書いたが、自分たちが作るサービスを使ってくれる人たちが、「どうやったら素敵な感じになるかを考え尽くすこと」が最高の勉強方法だと思っている。なので頑張って考えると良いと思う。

はいえ、何を考えればいいかからないということもありそうなので、その時は

・誰のためのデザイン

・複雑さと共に暮らす

・融けるデザイン

あたりを読んでみるのは良いかもしれない。少なくとも、何かを考えるにあたっての視野は広がるような気がする。

また、解決策を生み出していくにあたっては、ロジカルシンキングが出来るに越したことはないので、

・考える技術・書く技術

ライト、ついてますか

あたりを読んで見るのも良いかもしれない。後者は分類的にはロジカルシンキングの本ではないのだが、ロジカルに考えた時の解決策って一つだけじゃないよねということを身を以て知るためには良い本だと思う。

また、散々書いたが、UX云々の前に、自分たちが作っているサービス(だったり、炊飯器だったり椅子だったり)で「何を届けたいか」という部分が一番大事だと思う。それ抜きにはUXがどうとか議論するのは無駄というか、意味がないので、しっかり考え抜いてほしい。

データ分析勉強方法とかの話

なんかめっちゃ長くなったが、続いてデータ分析の話を書く。

データ分析というと、Pythonごにょごにょやるのがそれだと思われがちだが、一部のデータサイエンティストを除いては、基本的スプレッドシートで十分なんじゃないかと思っている。むしろ電卓レベルでも足りるんじゃないかという気がしている。(ここで話しているのは一般的インターネットサービス運営していくときの話で、気象予報とか経済予測とかそんな感じの難しいデータ分析の話ではない)

というのも、多くの場合において、四則演算以上のことをしなくてもなんとかなるからだ。

どちらかといえば

といったことの方が大事だし、そもそも「何のために分析するか」が抜け落ちていることが多い。

whyの部分が明確でない分析そもそも意味がないので、まずはなぜ分析するのかを考えるところから始める方が良い。

データ分析ときいて「統計学」や「Python」を勉強すること自体は悪くないのだが、それよりもまず先に、「なぜ分析するのか」「どんなデータ自分たちサービスキモになるのか」といった分析の前提になる部分をまずはしっかり見極めることの方が、統計学勉強よりも優先されるべきだ。それらがハッキリすれば、手法はいくらでもあるし、だいたいはスプレッドシート関数でなんとかなるので、難しい計算特に必要ない。

実務でよく使うデータなんて、売上、利益利益率、ARPUCPACTRCVCVRとかくらいだし、これら全て四則演算のみで出せる。分析といっても、平均だったりそれらをユーザ属性で割り振ったりするだけだし、中学生でも問題なく出来ると思う。ただ、重ね重ねになるが、whyの部分がない場合はいくら分析しても何も生まないので、まずはそこを見極めることに重点をおいた方が良い。

まとめ

長くなったので無理やりまとめる。

勉強<<<<<実務であることは間違いないので、まずは自分が関わっているサービスについて真剣に考えたり、真剣に考える上で必要数字が何かを自分の頭で考えることが、最高の勉強だと思う。教材とか、具体的なHowを期待していた人、ごめんなさい。でも、Howの意味で見ても、実践に勝るものはないと思っている。

貴乃花大森靖子ぽい人だと思ってる。

大森靖子騒動の時に、美大時代の話をしてた。

悪気がなく友人の作品に飲みかけのコーラを置いた同級生に対し、「そういう意識の人は芸術に関わらないで」と言ったらしい。

この人は、自分価値観絶対で、受けとる側のことを汲み取れないのだなぁと思った。

相手にも事情があるかもしれないのに、一方的断罪して逃げ場を作らない。

かに「正しい」んだけどさ、でもってなるやん。

言い方がアレなのは本人も認めてたけど。

貴乃花も実況とかで相撲道とか精神論の話が多かった。

アナと話が噛み合ってなかったのを思い出す。

大多数の人が受信できない周波数の話をしていた。

彼も彼なりの「相撲にふさわしい心構え」てのがあって、それから外れるのはどんな事情があろうと許せない人なのだと思う。

自分相撲論、精神論を正しいと思っている。

グレーゾーンがないんだよ。

それほどの信念があったか横綱になれたのだろうけど。

前々から貴乃花部屋力士twitterとか見てて、すごく意識が高くて純粋力士が多いからなんとなく怖かった。

お相撲さんとしていいことなんだけど、真面目すぎてこわい。

貴乃花の話を素直に聞けて信じることができる子たちなんだろうなと思う。

お相撲さんとしてはそれでいいかもしれないけど……。

場所幕下上位の力士twitterちょっとした騒動を起こしたりした。収まったけど。

以前若い力士や裏方さんが急にやめたこともあった。特に何も情報も無くて、何がこの部屋に起きてるんだと怖かった。

今回の騒動は水面下でくすぶってものが一気に爆発したなぁと思ってる。

貴乃花は黒か白かの人だから、清濁あわせ飲まなきゃいけない理事長は無理だと思う。

そもそも政治ができる知恵を持ってない。

2017-11-18

森次慶子は「性格は悪いが "天才的に絵が上手"」なのか?

下手糞プロ絵師です。

以下を読んだので意見を述べたい

https://togetter.com/li/1172284

https://togetter.com/li/1172310

私はアニメーターではないが商業イラストレーターだ。

この記事を書く目的クリエイターに関する理解を深めて欲しいかである

件に関しては二つの意見に集約されると思う

①発議者は業界賃金問題の話なのに「お前は下手、私は上手い」とクソリプとばしている森次は論旨を理解してない

しかし森次の絵は実際上手い。ポケモンメインキャラクターデザインしているようだ。絵描きとしては天才だけど性格が壊滅的に悪い人なのだろう

①については特に異論はない。しかし②について、つまり森次氏の実力については意見を挟ませて欲しい。

私の結論として森次氏の表面的な作画能力天才的なレベルはいえず、業界基準でいうなら凡庸程度。過去仕事をいくつか検索させてもらったがカードイラストに関しては良くて「まあまあ」、絵画作品は「少し下手」という評価をしている。絵が上手いか、下手か、という話は抽象的な議論に聞こえるが、プロ作家編集からみると顕著に評価がわかれる。もちろん理由セットで。プログラミングが分からない人に “Hello World” を表示させるコードを見せたら、さも難解なことをしているのだと思われるのと同じことだと思う。要するに無理解から来る尊敬だ。

以下、発言プロフィールなどへの突っ込み

エビの絵は「模写」である

特に話題になってたのが高校生の時に描いたというエビの絵だ。10代でここまで描けるなんて天才だろうという意見が多く出ていた。これは本人も言っているが模写である。「模写だったとしてもすごい」という人もいるかもしれないが、美大受験レベル高校生であればざらにいるレベルである。上位20-30%には入っているかもしれない。ただ模写はやってみるとわかるが想像以上に上手にかけるので、あの絵を正しく評価するには現物をみるしかない。多摩美芸大油絵科の学生に、この絵を見せても「天才」と思う人はおろか「なんで学生時代課題を公の場に晒しちゃったのかな…^^;」という反応が来ると予想する。ただ素人目にみるとすごく見えちゃうので、そこを堂々と出してくるのが逆にすごいというか、まともな神経なら恥ずかしくてできないんだけど。

ポケモンのNは多人数でデザインされている

これはゲーフリの開発体制を知らないか想像しかないのだけど、恐らく一人のスタッフキャラクターデザインピンからキリまでやらされることはないし、何を持ってして「デザイン」と呼ぶかにもよる。大げさにいうなら「髪は緑」というコメントを出してそれが採用されるだけでも「デザインをした」という実績といえる。さすがにそのレベルの実績をプロフィールに書かないだろ!と思いもしたがエビの件をみるとあり得るのではと勘ぐってしまう。

美術予備校飛び級

気になった言葉なのでプロフィールから抜粋した。そもそも予備校飛び級意味がわからないが、言い方の問題で、浪人生クラスに混じって高校の頃から授業を受けていた、ということなのではないか。これは本人が希望して時間の折り合いがつけば普通にできる。私も美大浪人したがクラスに1〜2人は高校生がいた。

森次氏自身アニメ制作に携わってた

自分アニメーションに関わってるから適当発言しているんじゃないよ?」アピールが入っている。映像仕事アニメ3DCG技能ツールも全く異なる。自分仕事領域を明確にしてないので色々謎。発議者は「自分仕事動画」だと明言しているのでこの話はフェアじゃない。この件がどうだかわからないが、大して重要ポジションコミットしているわけでもないのに「私は〇〇の仕事をした!(実際にはデバッグをやっただけ)」というクリエイターは珍しくない。

細かく突っ込むと他もいくつかあるがとりあえずはこんな感じでしょうか。なにか質問あれば追記します。

普通美大ゲーム会社で育つとまわりに上手い人いっぱいいるので「いや〜私なんてまだまだですよ…」となるのだが。本当にものっっっそい上手な人でも謙遜するくらい化け物クリエイターばかりの世界なのだが。彼女場合、そういうのをみじんも感じないので素で自分の実力がわかってないのかもしれないし、そういうロールなのかもしれない。しかし周りもその自信に怖じ気づいて「天才なんだな」って同調しているのがわりとつらい。

twitterを見ていると美少女イラストに対してのリテラシー可愛いor可愛くない)はとても高くて私も嬉しいのだけど、少しジャンルはずれると(特にリアル描写系)「よくわからないけどすごい」のような評価になってしまうのが少し残念に感じる。あと森次氏の比較対象としてあきまん氏が挙げられてたけどあきまん氏の方が性格の悪さも技術力も万倍は上だろう。それくらい差がある。

https://anond.hatelabo.jp/20171118031812

思いません

というかまとめ見た限りクソリプしか見えないのでアドバイスなのかわからないです

心が折れて辞めた体験からもっと上手ければ残れただろうかという未練があるので肯定しているように読めるかもしれませんすみません

強いて言うなら「描くしかない・練習あるのみ」は間違っていない、かもしれないけど心身壊しちゃどうしようもないし

アニメ金銭労働時間の面で心身壊すような環境になりがちと思います 徹夜長時間労働になりがちなのでバイトしながらというのも厳しいですし

仕事があって、それをこなしている人の平均的な収入が低すぎる というのが問題なのであって

実力がなくて仕事が取れないかお金がない というのとはまた違う話のはずなので

画質がよくなってより綺麗な線が求められたり絵が細かくなったりで月に描ける平均的な枚数も昔と同じではないことや必要生活費を鑑みて単価を見直してほしいと思います


芸術全然知らないのでイメージしかなく的外れかもしれませんがアニメのほうが門戸は広いのではないかと感じます 続けていけるかはまた別として

未熟な動画マン職業として一枚いくらでやっている(ただし食えてはいない)のと、美大等で見てきた上手いのに結局絵で食えていないどころか一銭も貰えない人たちなんかとを比べて

あるいは上記の人たちをひっくるめて「実力がないからでは」と言っているような気もしま

絵の世界で食えているからそう言い切れるのだと思うと正直羨ましくもあります(そういうことを上から言うような人にはなりたくないけれど)

自分が何言っても僻みにしかならないのが悲しい

実力はそりゃあほしいですけど、人手を必要とするという性質があるのだから特に、実力がつくまで生きていられるような業界であってほしいです

思えば毎日線引いてばっかで美術とか美学とか全然だったので そういう方面(に限らずいろんなもの)に目を向ける余裕が動画時代からあればよりよいとは思います

(『アニメがお仕事!』にそういう意識高い系の先輩がいて実家住みだからそんなこと言えるんだみたいな描かれ方だったけど 興味や知識はあって損はないと思うので)

ぐちゃぐちゃと長くなってしますみません

2017-11-15

お笑いコンビチョコレートプラネット」が面白すぎる

ネタ視点小道具めっちゃ面白い病院キャッチというネタとか、ポテチの袋を開ける業者とか面白すぎる。それに美大出身長田さんが作る小道具のデキが完全に商品にもなり得るほどの完成度。笑い+関心してしまうほどの出来。今日、初めてこのコンビコントを観たんだけど、完全にハマった。絶対売れるはず。

2017-11-13

おかんおとん

おかん、私、国家資格をとるために来年から講座通うねん。

50万ぐらいするねんけど、給付金?っていうのがあって、

ちゃんと出席して、無事に合格したら半額免除になるらしい。

それでも最初は50万払わなあかんし、途中で諦めたら給付金ももらわれへん。

大変な額や。

 

でもな、ちゃんと一括で払っても生活困窮せん程度には貯金もしてるから大丈夫

まぁ、ずっと言うてる引越しとかはしばらくお預けやけどな。

でも、この資格は多分、今のうちのキャリアプラスしたら絶対にいい方向にいくはずやから頑張るわ。

 

模擬試験とか見てたら、今の知識でも答えられるようなのが半分くらいあったし、

なんか実技試験もあるみたいやけど、ぶっちゃけうち、対人スキルめっちゃあるから

知識と要領さえ得られれば絶対に受かると思う。

安心してや、努力はうちのおはこや。

おとんも、「あいつは努力だけはする」って言うてたやろ。

から絶対大丈夫

試験来年の夏やけど、絶対に受かったる。

 

 

 

国家資格やで。

種類は別やけど、妹が大学4年間で学んで一生懸命とった国家資格と同じやつや。

今はこういうの、大学行かんでもとれるねんな。

大学に比べたら費用もぜんぜん安いしな。

ええ時代や。

 

自分で稼いだお金で、自分意思で、必要タイミングで、欲しいからこの資格をとるために頑張る。

絶対にとれる。大丈夫。すごいやろ。かしこいやろ。えらいやろ。

からな、もうあんたらええ加減、「お姉ちゃん大学に行かせてあげられなかった」と思うのやめなさい。

 

かにおとんはずっとろくに働かんで、おかんパートで、

うちが10代の頃の家は大大大貧乏やった。

絶対に全員の肩に貧乏神が座ってた。

 

そやのに、妹が高校のと気におじいちゃんが死んで遺産ががっぽりや。

そのお金で妹は浪人して、大学行って、国家資格とって、確かにうちよりかけてるお金はずいぶん多い。

 

そりゃもちろん最初は妬ましかったよ。当時まだ20代前半でしたからね。

 

でもな、うちはずっと、ちゃんと感謝してるねん。

 

だっておかん、うちを専門学校は行かせてくれたやんか。

あんだけお金ない中で、2年ならっていう風に言うてくれたから、

「18歳で社会に出る」という選択をせんですんだんや。

かに安めのところ選んだけど、奨学金も払ってへんやんか。これはすごいことやねんで。

 

それに、その専門学校に行きたいって言ったんは、限られた選択肢の中からやったかもしれへんけど「うちの意思」や。

介護福祉士とか保育士とかやなくて、カメラマンとかデザイナーとか安定性の低い系の学科やったけど、

反対もせんと、学資保険おかんの隠れ貯金使っていかしてくれたやんか。

 

当時通ってた学科とはちょっと方向性が違うけど、

明らかに専門学校経験きっかけで今の仕事を選ぶことができたし、

今、月収27万ももらえてる。おとんおかんが稼いだことな金額やろ。

自慢の娘やろ???ん??

 

それやのに、東京転職した私を、

東京で働くならちゃんと大学行かせてあげればよかった」とおとんが言うようになった。

おかんもそう思ってるみたいやし、妹も、「おねえちゃんかわいそう」と思ってるみたい。

 

いや、やめい。

 

かに、今周りにおる人たちはみんな学歴コンプレックスとは無縁や。

美大卒ばっかりですわ。実家もみんな裕福ですわ。

でも、別にそれで「あなた専門学校卒業でしょ」みたいな嫌味言われたこともないし、普通にやっとる。

かに、学びの基盤の差を感じるときもあるけど、「こんなもんかい」ってやつもおるからなぁ。

別に大学行ってなくても普通にやっとる。安心してほしい。

 

あとな、

うちはとにかく正社員になりたいって理由だけで大好きな地元を離れたから、長期休みは欠かさず地元に帰るで。

ほんまのこといえば、今でも仕事とか安定とかそんなん考えやんと地元に戻って、家族の近所で暮らしたい。

 

でもな、「お金使ってあげられへんかったから」とかいって何回かに一回、交通費を渡してくるの、やめい。

親孝行したくて外食お金を出そうとしても、「ええから」って逆におごってくれるのも、やめい。

たまには払わせてや。うちこの中で給料いちばんもらってんねんぞ。

 

おかんおとんええんや別に。ほんまに。

うちは人生選択に後悔なんてひとつもしてへん

お金キャリアも十分ある。

ほんでそのお金生活してな、好きな服買って、外食して、遊んで、貯めてな、

国家資格とろうってなるまできたんや。

めっちゃええ人生やん。

今はな、大学なんか行かんでも、こういうスキルはみにつくねん。

かに大学行ったら新卒採用とかあってチャンスは広がるし、

4年間学べる分、とれる資格も、学べる勉強範囲も多いと思う。

でも、行かんでも、こうやって10年くらいたって目指せたりするんや。

十分やで。

 

ていうかな、

正直、20歳まで育てるまでに十分お金つかってくれてるし、専門でもお金出してくれてるからあんたら。

  

からもう、私はこんなに立派な大人になれたんやから

 

おとんおかん、もうええんやで。

あんたらももう、「お姉ちゃんお金を使ってあげられへんかった」なんて思わんと、

私がお金出す、言うたらたまにはそれも娘孝行やと思って受け取ってや。

 

私は結婚てへんから孫の顔も見せられそうにないけどさ、

(そして年々その可能性は高まっていくばかりやけど)

そやからそれぐらいさせてくれ。

 

おかんが、自分のいろいろを犠牲にして育ててくれたん、ちゃんとわかってる。

おとんは、ちょっとさら思うなら早くどうにかしてよって思うけど、

それでも今そんな風に後悔してくれたら、もう十分や。

 

から、「ごめんね」なんて、もうやめてや。

もっともっと「ありがとう」を聞きたいし、

苦労ばっかりで悲しい顔してた分、そういう顔はもう見飽きたから、

楽しそうにしてるあんたらの顔がみたいんや。

 

次帰ったら、もう「ごめん」なんて顔やめてや。

ほんで、資格取れたら、給料ぐーんとあげるつもりやから

なんかええもんでもご馳走させてくださいね

2017-10-18

反抗的って何なんだろう

昔のことに愚痴を言うのはあまりよくないことだ、と言われてきた。過ぎたことに拘って何になるのか、とも言われた。

でもただぼやきたいだけの時もある。 人間だもの

幼少期、私はあまり言葉が上手くなかった。人並みには喋っていたと思うのだが、自分の怒りの理由不快感の根源をうまく大人言葉説明することができなかったのだ。

とても歯がゆかった。自分が感じている『何がどう、と説明できるわけではないがとにかく嫌だ』という感覚を、ただのわがままのように受け取られることが耐えがたい苦痛だった。

今の自分が遡ってそれらを言語化するなら例えば「どうして自分がやりたいと言ったわけでもない楽しくもない習い事に無理やり連れていかれなければならないのか」という訴えである

文句があるなら口で言え」と拳骨を食らわされながら育った。「お前は万年反抗期から」と厄介者扱いもされた。

だが私の記憶をどれほど掘り返しても『親からきちんと言葉を尽くして説明された』記憶は驚くほど少ない。最近記憶まで検索範囲を広げてみても、結果は同じことだ。

「それは理屈が通ってない」と私がいくら主張したところで、「お前より三十年以上長く生きてるんだから親の方が世の中の事をよくわかってるんだ」という亀の甲より年の劫理論聞く耳を持たない

或いは偉い学者先生が言ってることだから正しい。彼らの主張は大抵の場合対人論証を含んでいて、要するに『子供の言うことだから正しくない』と思っていることはよくわかった。

文句があるなら言えと言ったか文句を言ったに過ぎない。

だがどれだけ言葉を尽くして説明しても無駄だった。言い争いの結果は始まる前から決まっていて、彼らにとって私の言い分は最初から「ただの言い訳であるとか「口答え」であるとか、そんな風にしか思われていなかった。

黙って言うことを聞く以外の選択肢そもそも存在しておらず、激しい言葉を選ぶなら『対等な、意思ある人間として扱われた覚えは一度もない』ことになる。

彼らには切り札がある。経済的問題だ。

何か議論が行き詰まると必ず「誰の金で生活してると思ってるんだ」という一言に辿り着く。

「何か言いたいことがあるなら自分でちゃんと稼いでから言え」というのが親としての彼らの主張であって、それは当時の私にとっては本当にどうしようもない事柄であったので、一切の交渉不可能であることを思い知るだけだった。

大学に行きたくなかった。本当は専門学校なり美大なりに行って、何かを表現する技術を身につけたかった。

けれど、彼らにとってそれは「逃げ」であって、「お前は落ちこぼれたか受験から逃げたいだけだ」と決めつけられていたし、大学に行かないなら家を追い出す、とも言われた。

これは彼らの常套手段である経済的な支えが皆無である子供相手に「意に沿わないことをするなら経済的支援を打ち切る」と脅しをかけるのは二択とすら言えない。

高校生にもなればなんとかバイト、という手段が発生するが、それ以下の子供に対して「稼ぎがないこと」を理由発言権事実上ないものとするのは些か横柄であると言わざるを得ない。

小学生の頃には既に明言されていた指標なので、「(稼ぎのない)お前の言うことには何の価値もない」と言ったも同然である

付言すれば、私の成績が悪化たことに対して「やる気がないなら勉強したいけどお金がない他の子供に投資する」という脅迫めいた発破を常に繰り返した。

彼らにとっては「よく勉強する口答えも贅沢もしないいい子」でなければ出来損ないだったのだろう。はっきり言って苦痛だった。

常に親との致命的な価値観の違いを感じていた。

かに金銭的なことや現実的事柄というのは疎かにしてはならない。義務は果たさねばならない。ルールは守らねばならない。

けれど、人にはそれぞれ価値観がある。自分が何を大事だと思うのかは自分しか決められないことだ。

かにとって「金になるかどうか」が一番大事であることは否定しない。けれど、私はそこに重きを置かない。それだけのことだと思う。

子供の為を思わない親はいない」なんて言葉は何の慰めにもならない。「自分の思う『子供にとって一番いい』状態以外は全て問題である」という態度を取り続ける人間を、どう受け止めれば良いのだろう。

例えば対等な友人関係於いて「お前の為を思って言ってるんだから、お前は俺の言う通りにすればいいんだ」などと言われて納得するだろうか。

対等でなくても良い。会社上下関係於いて「お前は新人なんだから口答えしないで黙って働け」などと言われて納得するだろうか。恐らく十数年前ならそれが普通だったのだろうと思う。でも今そんなことを言えば間違いなく『パワハラである

家庭、というのは自由選択事実上不可能人間関係である特に子供にとっては、経済的社会的要因から必然的にその拘束を受ける。

親が叶えられなかった夢を叶える為、代理戦争を戦わされる子供もいる。

家庭内不和をどうにか修復する為、極端にいい子で居続けたり、問題児として集中砲火される役を引き受ける子もいる。

選べない環境の為に、選べる自分の振る舞いや考え方を変質させていく。

自分意思を持つことを悪いことだ、逸脱だ、とされ続けながら、ひっそりと生き延びている。或いは死にそびれている。


彼らの理論に従うなら、今現在でも私には何一つ発言権がない。

精神的に問題があり、大学に行きこそしたが「普通の人が当たり前のようにできる卒業すらままならない」人間だったので私は晴れて役立たずの称号を授かった。

彼らが私を見下しているように、私もまた彼らを見下している。

「いい大人で稼ぎもあるくせに子育て一つまともにできないような人間の言うことを聞く必要がありますか?」

喉元まで出かかる言葉をどうにかして飲み込んでいる。

『成長する為にはあなたが許さないと』

なんてのは嫌という程言われ続けている。カウンセリングでもそう。自己啓発本の類でもそう。宗教絡みも大抵は、そう。

若い頃の苦労は後々為になるから

なんてのも聞き飽きた。選べなかった人生のことをあれこれ言うよりは手持ちのカードを切るしかないという諦めを持てと、そういう話なんだろう。

ある意味で、私はもう私のことについては諦めがついていると言っても良い。

今更どうにもならないことを嘆く必要はないし、それが何かの助けになるとも思わない。

ただこうして文句を言いたいだけのこともある。

昔の私が言えなかったことを、代わりに言わなければならない、と思うこともある。

そうして多分、「今まさに昔の私と同じ状態にいる」誰かの目に留まることを、ほんの少しだけ期待しているし、あわよくば「昔の私を作ろうとしている」誰かの親になるべき人の目に留まってほしいとも思っている。

確たる主張があるわけではないが、「それは我慢するべきことなのか」「我慢させるのが当然なのか」を一度冷静に考えて貰えれば何よりだと思う。


それに、私は「私のことは諦めた」とは言ったが「私の人生ギブアップした」わけではない。

それだけは、ぼやき最後に付け加えておく。

2017-10-11

好きな絵を観るのが苦痛

私はイラスト制作や、美術館鑑賞が趣味である”はず"である

だが、その趣味が近年は苦痛である

他にやるべきことがあるのに趣味を楽しむべき時期でないとか、他鑑賞客のマナー辟易しているとかそういうものもあるが、むしろ内面的な問題の方が大きい。

絵は好きなのだが、観ていると遣る瀬なくなってきた。

私が絵画鑑賞をするきっかけは、両親の影響が強い。

私の中学時代美術部(とは名ばかりの、漫画ゲームの絵を描いていた部活だった)に所属し、毎日好きなゲームキャラクターイラストを描く、よくいるありふれた子だった。けしてうまくはないけど情熱はあったと思う。

高校受験時の進路として、美術の基礎をたくさんやれるところに行きたいとぼんやり考えていたが、親の猛反対を喰らった。

いわく、「おまえの絵にはセンスがない。基礎もなっていない。」という指摘である

基礎を学びたいからそういう学校に行きたいのだが、と伝えてみても「本当に絵を描きたいやつならば、そこらへんにあるものを題材にして描けばいいのにおまえは描かない。笑わせないでほしい。」といったことを言われた。

(確かに描くものなんぞそこらへんに溢れているし、その気になればそのへんのカゴでも満足いくまで描けばよかったとは思う。おまけに、我が家には石膏像もあるし環境としては揃っていた方ではあったかもしれない。)

家族さらに続けて「おまえは絵がわかっていない。もう少し他の画家の絵を見て、どんなもの評価されるかを勉強したらどうだ。」といったことを言ってきた。

かに漫画絵やゲーム絵ばかり見ていてもよくない。その指摘は一理あると思い、それ以来何かあるたびに美術資料を眺めたり美術館写真展示会に通うきっかけになっていった。

大学こそは美大に行きたいとは思った。しかしまたしても家族に「ああいうところは、もう既に基礎ができあがっている人間が鍛えられるところ。おまえが行くべき世界ではない。」と言われた。

他にも2~3ほど進路選択で揉めてしまい、とうとう情熱よりも面倒くささが勝って、紆余曲折があり今現在美術とは違う進路を選んだ。

(今でこそわかるが、当時我が家経済的に相当逼迫しており、お金がかかるかつ親の知識価値観からすれば将来性が不安定でありがちの美術系には猛反対したかったのだと思う。)

話は少し変わるが、私には母方に年下の三姉妹の従姉妹がいる。

その三姉妹は全員、美術系を専門にやる高校に進んだ。

加えて書くとその高校は、私の母と三姉妹の母(すなわち私から見ると叔母にあたる人なのだが)の、母校にもあたる。

三姉妹が通っていたときは母と叔母はその話でよく盛り上がっていて、従姉妹の誰々が陶芸でなんちゃらをやっているようだ、従姉妹の誰々が文化祭でこんなすごいものを創った、従姉妹の誰々が賞を獲ったらしい、などとよく聞かされた。

しかしその度に 「私も行きたかった世界なのだが。」という気持ちがどうしてもこみ上げてきてしまっていた。

三姉妹のそれぞれが高校卒業後に美術とは関係ない職業に就くことになっていると聞いたとき三姉妹には申し訳ないが「やはり美術では食えない程度の実力で、美大に進む金も度量もないのだな。」と思った。われながら性格が歪んでいるとは思う。

そうして、とりあえず美術館にいく趣味だけは残った。

おそらく私自身の絵画芸術における審美眼は、ある程度は肥えているとは思う。明らかにサブカルファッションのために行くのではなく、きちんとした芸術鑑賞であるあくまで、絵を描かない人間として、だ。

ただ、食うために絵を描くわけでも絵を観るわけでもないのに、シビアな物の見方ができているのがキツイである

アマチュアが描く絵を見て「頭蓋骨が陥没している」「手足のバランスおかしい」「内臓はどこに入っているのだ」「下手ですみませんと思うのならそもそも上げるな」「昔の絵を批判しておきながら、視点誘導もなっていない絵を平気で自画自賛するな、見苦しい」という疑問や批判が、頭の中から離れない。

もちろんお世辞で「わあ、可愛らしい絵ですね!」とコメントすることはできても、別にからその人の技量に関して賞賛しているわけではない。

その人がその絵を描くことに関する時間技能を捧げることができたことは幸福であり、それを賞賛しているに過ぎないのだ。

しかし仮に、私が美術の道に進んでいたとしても中途半端に終わっていた可能性もある。自分の絵のセンスの無さに絶望して、とりあえず美術教師にでもなっていたのではなかろうか。

(これは私の気質問題であり、断じて美術教師の職に就いている人を指して批判したいわけではない)

どうしようもない過去に想いを馳せ、ぼんやりとした暗い気持ちを抱えたままで美術イラスト鑑賞をすることが、ときにたまらなく辛くなる。中途半端に持ってしまった、虚しいプライド画力を抱えたのも相当厳しい。

なぜ自分は絵を観ているんだろう?たまに絵を描いてしまうのはなぜだろうか?

どうやれば、純粋に絵の世界を楽しめるのだろうか。なにかいっそ別の趣味を見つけた方がいいのだろうか。他にもこういう人がいないか、ついつい考えてしまう。

2017-10-10

お姉さんの年齢は素数に限る

13歳。小学校低学年の主人公ほのかな憧れを抱く、東京のいとこ。

17歳。中学生主人公親友の姉。水泳部美乳

19歳。高校生主人公が一夏の恋におちた東京女子大生主人公と同じ高校卒業生美大生の彼氏がいるらしい。

23歳。大学二年の主人公サークルの先輩の元彼女サークル卒業一年後に街で偶然出会う。

29歳。転勤で引っ越した同じマンションに住んでいる。猫を飼っている。バツイチだと思われる。

31歳。マンションの同じフロア人妻。髪の毛がいつも濡れている。

37歳。妻と死別し男手ひとつで娘を育てる主人公。娘の保育園の先輩ママ。泣上戸

2017-10-01

好きだった人と私の話

昔、姫と付き合っていたことがある。心の中で姫と呼んでいた彼と。半年くらい一緒にいて、四年くらい、想い合っていたと思う。

彼は幼馴染だった。必要な日数をこなせば、あとはあまり学校に来ないような男だった。別段仲良くもなかったけれど、ある機会に偶然仲良くなった。姫、なんて呼んだことはただの一度もなかった。いつも彼の名前をもじった普通あだ名で呼んでいた。ただ心の中ではよく姫と、そう呼んでいた。なぜ彼を姫と呼んでいたのかという話は、複雑で理解されないだろうと思うので伏せておくことにする。彼のことを姫と呼んでいたのは、おそらく心の中ですら私くらいであったろうと思う。逆に彼のことを王子様だと思っていた人間は、少なからずいた。私と出会った頃姫が好きだと言っていた女の子は、確かに姫のことを王子様だと思っていたことを私は知っている。私は彼女のことを話す姫が好きだった。ニコニコ彼女の話をする彼は、やはり姫だと思った。誰かに恋をする姫の顔が好きだった。

好きな人ができたのだとある日姫は言った。彼女とは別の誰かに恋をしたのだと。こんなに人を好きになったのは初めてかもしれないと。私は驚いたけれど、心から喜んだ。見たことのない姫の表情。私しか知らないのかもしれないと思うと胸が高鳴った。誰なのと尋ねたけれど、姫は答えなかった。代わりにゲームをしないか提案した。受験生私たちは新しいゲームを持っていなかったから、一昔前に流行っていた対戦ゲームが選ばれた。私は大のゲーム好きで、それは私が一番好きなゲームだった。無論承諾して彼と対戦をした。彼はあっさりと負け、私の名前を呼んだ。何、と尋ねたら、質問に答えているのだと姫は告げた。それでしばらくしてから、私も好きだと告げると、彼に付き合ってみないかと言われた。うん、と頷いたら彼は嬉しそうに笑って目を伏せた。笑った後に目を伏せるのは、彼の癖だった。

それから卒業から少し先まで、姫と付き合った。特別なことは何もなかった。手を繋いだりもしなかった。今まで通りの生活の中に、時折好きだというニュアンス言葉が混じるくらいだった。お互い受験生であったからというのもあったと思うが、そうでなくても変わらなかったような気もする。淡白だと友人には言われた。しかし私はそうは思わなくて、とても濃密な半年間だった。卒業して姫と共に上京した。私は都内大学に、彼は私立美大に行った。それでほとんど終わった。

姫との別れはあっさりしたものだった。お互い学校が分かれると会う機会もなかなかなくなって、向こうは美大で忙しくて。全くお互いの生活に影響を与えないような、そんな日々が一ヶ月か二ヶ月くらい続いて、それで結局そういうことになった。具体的な言葉はなかったけれど、仄めかすような言葉がお互いから出たからそうなんだと思った。例えば、新しい恋人できたか、とかそういう言葉だった。私たちはお互いに全く違うようでどこか似た者同士で、一番大切な部分を言葉にしないような、察してくれという気持ちを強く持ち合わせたような人間同士だった。互いの進路も、これから未来への希望も、夢も、何も知らなかった。二人で上京したのも示し合わせたものではなくて、ただの偶然だった。ただそういう意味で、私たちは変に運命めいた何かに導かれているのではないかと考えさせられるようなことは、度々あった。例えば連絡を取らなくなって半年くらいしたとき、この広い東京のある街で偶然姫と出くわした。髪型服装も丸っきり変わっていたけど、すぐに彼だと分かった。連絡を取り始めてからも、決して毎日メールをしたり、SNSIDを交換したりしたわけでもなかった。たまにポツリポツリと気が付いた時に連絡するくらいだった。それでも、今新宿にいるんだ、とメールすると、俺も新宿にいるんだ、と返ってくるというようなことは、一回きりではなく何度かあった。運命かなと笑い合うこともあった。

別れてから四年間、お互いに想い合っていたとは思う。姫はよくそういったことを仄めかした言葉を口にしたし、私もそれに似た言葉を返すこともあった。家に呼んだこともあったし、同じベッドで眠ったこともあった。私はその時眠りにつけないくらいドキドキしていた。その先何も起きることはなく、長い夜は明けて朝が来たけど、私が眠ったフリをしていたことはこれから先もずっと秘密だ。同じかそれ以上のことを他の人ともしているのかなと考えていたけれど、それは私にとってあまり重要なことではなかった。共通の友人から新しい恋人はいないと教えられていたが、正直どちらでも良かった。少し脱線したけれど、そういうこともまた何度かあった。

物理距離というのは、ことばや語り口、ジェスチャーなんかのコミュニケーションを通じて、初めて超えられるものであると思っている。遠ざかれば遠ざかるほど、人はことばに依るより強固な結び付きを求めるものだと。出逢うことでしかその信頼を知り得ない人間同士にそれはできない。ましてそのことばにするということがいかに難しいかを知っている人間にとっては、物理距離を超えようとするその行為自体不可能であった。

この関係が終わったのは、姫の選んだ会社大阪にあったからだ。決して会えない距離ではないのは知っていたけれど、それでも終わらせることを選んだ。故意しろ否にしろ、もう運命いたことが起きることはないだろうなと思ったし、実際あれきり、もう姫に会うことはなくなった。

別れの日、新幹線の入場券を買った。姫は新幹線切符で、私は入場券で、新幹線ホームに向かった。別れ際に姫は、結婚運命相手とじゃなくてもできるよと言った。友達とも、恋人ともできるよと。私はそれに、それでも結婚はしないよと返した。俺は結婚するけどね。姫は笑った。私はそういうところが、とても彼らしいと思った。私は最後に姫に伝える言葉を決めていた。

君って一人でいると早死にしそう。

早く新しい恋人を見つけて幸せになって。やっぱり最後までそうとは言えなかったけれど、似た者同士の彼ならきっと分かってくれると思った。姫は笑って目を伏せた。その仕草はやっぱり彼らしかった。姫が新幹線のAの席に座ったのを見届けて、新幹線が動き出して、涙を流す暇もないくらいに一瞬で彼を乗せた列車の姿は豆粒みたいに小さくなって、見えなくなった。新幹線ホームで連絡先のア行の中から彼の名前を見つけ出して消した。もう昔のことだからまり詳しくは覚えていない。ただ姫から貰った言葉はどれも大切な宝物だから、ちゃんと覚えている。これから先も絶対に忘れない。

全く後悔はしてないけど、もっとちゃんと言葉にしていたら違った未来があったのかなと思うこともある。だから今こうやって文字に起こしてみた。彼を姫と呼んだ理由だとか、一度別れたあともう一度姫と付き合わなかった理由だとか、その後私がどうなったのかとか、色々と書かなかった部分はあるけれど、このあとも敢えて書くことはしない。自由に考えてもらえればいいと思う。

今思うのは、最後くらい、ずっと好きだったのだと伝えても良かったなということ。そうしたら最後に姫のとびきり驚いた顔が見られたかも知れない。ま、そんなのはもしもの話なんだけど。

2017-09-25

anond:20170925111652

ベーカリーショップサンドイッチ用のパンの耳切り落としをタダで貰ってくるって

お金持ちの友人(美大生)が言ってた。

お金持ち程貪欲ッ!

リンク旧いけど・・・あるにはあるようです。

http://portal.nifty.com/kiji/110719145999_1.htm

これは主食になる!

anond:20170925001340

元増田です、ありがとうございます

元々絵が好きなので、美大方面へ進む道もぼんやりと考えていました。あくまで道の一つでしたが、本格的に考えてみようと思います。幸い自宅が都心なので予備校結構ありそうです。逃げてもいいんだなと少し楽になりました。

2017-09-18

anond:20170918063515

美大くらい駄々こねて行けばよかったのに

あ、予備校すら行けないか

2017-09-17

大森靖子美大時代エピソードって、見事に差別迫害なんだけど、被害者アピールしながらああいエピソード挟めるの本当にすごいしファン特にあのエピソードに引っかからないのすごい

そもそも芸術的素養と細かい気配りができるかどうかって全然関係ないと思うし・・・・・・

2017-09-13

anond:20170913153315

美大でても絵を仕事にしてない人もいれば、独学で絵を描いているうちにいろいろお仕事が来ている人もいる。

そんなに絵がうまくなくてもTwitter映えやinsta映えする絵なら昔よりも簡単商業にのることもできる。

絵を描くことが嫌いになってないなら続けてみればいい。

就職のせいで夢をつぶされた、ではなく、いままでは親の援助がなければできなかったことも、

就職するんだから誰の指図も受けずに(誰の援助も受けずに)好きなことができると考えてみたらいいんじゃないかな

いったん就職してもべつにやめることだってできるんだし

2017-09-08

幸せだけど死にたい

私には、

ピアノお菓子作りと観劇趣味設計士の母と、海外起業してその国の偉いひとと仕事してる父と、いま4年生で某有名広告代理店就職決まってる美大生の姉がいて、自分も3歳からピアノ、4歳からバレエを始めてどっちも賞取ったりしたし、県内トップクラス高校行って生徒会やったりもしてて、休日には家族や友人と出かけたり、あとはよく図書館行ったり美術館巡りしたりなんかして、

経歴だけ見たらこーんなに綺麗なのに、どうして私は朝が来るたび死にたくなってしまうんだろう。

はてな村には色んな人がいるが、何故だかその内の半分くらいは何らかの理由しんどい状況にいて、その事について愚痴っている。「死にたい」という言葉を見かけることも少なくないし、実際そんな言葉を残していった増田たちの中には、今はもういない人も結構いるんだろう。

私もたまにここを覗いて彼らのエントリを読むと、辛い境遇に置かれている人間には普通に同情するし、そりゃ死にたくもなるよなと思う。だって彼らは客観的に見て「不幸」だし「恵まれない」人たちだから

でも私はそうじゃない。たぶん私は世間一般的にはかなり「幸せ」で「恵まれた」境遇にある人間だ。だから死ぬことは許されない。

それでも私は死にたいである

死んだら周りの人が悲しむよ、と誰かが言った。それでいいのだ。私は私の死をもって、誰かの心に深く深く私を刻み付けたい。「自殺したって何も美しくない年齢になってしまったなとぼんやりおもう。」なんて言葉ツイッターで見たけど、私はきっとまだギリギリ美しく死ねる年齢だと思う。美しくて、影響力があって、多感で繊細な時期の友人が多い今のうちに、何とか行動したいと思う。

はいつも"特別"になれない人間だった。部屋の隅に並んだ数多の賞状トロフィー、それらのどこにも優勝の二文字はない。本を読んだり絵を見たりは好きだけど、姉のようにオンリーワン表現者になることは出来ない。やること成すこと全部それなりで、周りの人は多才だと褒めてくれたけど、どれかに自分の全てを捧げる程の才能がないだけだ。私はいつでも"特別"になりたいだけの人間だった。

それなりの人生、それなりの幸福。喉から手が出るほどそれらを切望する人がいるのは知っている。でも私にはそれじゃ駄目だった。それだけの話だと思う。

タイムリミットが迫っている。今なら、いま死んだなら、もしかしたら少しは特別になれるような気がするのだ。JKで居られなくなったら、もう私にチャンスはない。決断しなければ。

その前に、こんな所にいったい何人存在しているのか分からないけど、いま幸せな人教えてください。

あなたは何故「自分幸せである」と言えますか?

自分人生には満足していますか?

死にたいと思うことはありますか?

2017-08-30

美大生と広告代理店就活

※この情報オープンにされていないため、あくま個人意見として情報を受け取ってください。

■はじめに

美大生が広告代理店へのAD職の内定を勝ち取るために必要なことは情報戦である

これから来年就活解禁である3月1日(一応来年度の解禁日も3月であると聞いた)に向けて作品制作をしている学生に向けて言いたい。

私自身はAD職ではない。同じ美大卒ではあるが、しがないWebディレクターをやっている。

ただ広告代理店や有名プロダクションAD職の先輩、後輩を多数知っている、多くのポートフォリオを見てきたものとして美大生の就活に物申す。

美大生のポートフォリオ

彼らの作るポートフォリオアイデアにあふれ、非常に面白い

売れるほどの立派な作品集である

100万かけて作品をつくる先輩もいる。

留年してまでもつくる先輩もいる。

学部で失敗して院へいって内定を勝ち取った人もいる。

学部でも院でもダメ留学して内定勝ち取った人もいる。

あっさり別業界へ行く人もいる。



これだけデザインという言葉が普及している中、学んだ発想法を活かして美大生は方々で活躍している。

広告を学んだ美大生が、広告代理店以外の企業へ行く人も多くなってきた。

逆に専門学校一般大の人が代理店AD職になっても良いのではと感じている。

それでも大手広告代理店求人特定美大に集中する。それはAD職に必要手法特定美大に集中しているからに他ならない。


■AD職への就活の基本

就活情報戦である

しかし、その情報を知るもの同士の世界はごくごく狭いものを感じる。

電通へ行ったタマビの○○先輩のポートフォリオ 」であったり「博報堂へ行った芸大の○○さんのポートフォリオ」であったりが彼らの間で代々流通している。

それが社会へ出たあとも代理店AD職や有名広告制作プロダクションデザイナー同志の交流は続いていて、定期的な飲み会が開催されている。

美大生は美大生の間で群れ、社会に出てもクリエイティブクリエイティブ同士でつるむ。

(そうでない人もいる)

交流は大切であるが、身内となってしまうと危険な面もある。

(オリンピックロゴ騒動が良い例である。身内同士でコンペをやっているようにしか見えないのは半ば必然であると感じた。)

参考:http://francepresent.com/hakuhodo/


■やるべきこと

美大生の就活作品がすべてである。そのためにはポートフォリオ必要不可欠だ。

(各社審査方法は違うがポートフォリオベース作品必要)入社した先輩のポートフォリオを集め、自分なりの作品を作ってゆく必要がある。

私はこれまでに自身就活した年の直近2~3年の電通博報堂ADK東急エージェンシー内定をもらったポートフォリオを見たことがある。

年代によって求められてくるものが変わってくるため、直近入社した先輩のポートフォリオを見ないことには内定はまずありえないと感じた。

就職課に置いてあるポートフォリオは古いものも多くあまり参考にはならない。

優秀な先輩といか情報のやり取りをしておくかが内定につながると言っても過言ではない。

感性"とか"センス"ではなく"知っているか"、"知らないか"である。


その知識の一つに”広告を作ってはならない”というものがある。


■ポートフォリオ広告制作を入れてはならない。

まずポートフォリオを見る審査員広告プロである

アマチュア広告作品を見せても粗ばかりが目立ってしまマイナスポイントとなってしまう。


それ以上に、AD職になるためには”自分”という一貫性が大切である

審査員に”自分”というものを憶えてもらうためだ。

自分という広告を作るようなものである

分かりやすく言うと自分ポートフォリオテーマを付けていたのである


まず、大学課題作品という記載は一つも無かった。

確かに3年生の課題の展示で見かけたものではあるが、むしろ自分作品テーマ課題に合わせているというスタンスである

外部のコンペで入賞した作品自主制作など意識が高いスタンスがうかがえる。これらの作品も、ひとつテーマに寄り添って制作をしている。


そしてもう一つの知識、”アイデア”を出すための方法を身につけることである


■広告業界必要アイデアを生み出す秘訣とは

制作必要アイデアを生み出すのは一人で考えていると思われがちであるがそうではない。

基本的には複数人数によるブレストである

そしてそれは同じ業界を目指すライバル同士で行っている。

アイデア発想法自体既存のもので、これはAD職だけでなくどの仕事へ就いても社会へ出てから便利だ。


・KJ法

オズボーンのチェックリスト



この二点がおすすめ。詳しい説明リンクを貼っておく。https://liginc.co.jp/life/useful-info/37016

そして彼らは日夜休み時間が来ると食堂に来てはポートフォリオに入れる作品制作の打合せをしている。

これは面白い、あれをこうすると面白くなるのではないか

毎夜毎夜、いつものメンバーが集まってブレストをしている光景食堂へ行くと垣間見える。

この協力体制こそ、アイデアを生み出すための秘訣であると言える。(そして身内化してしまう原因でもある。)


■まとめ

就職をするのは個人で行うものである

しか就活集団で行うものでもある。

一人ひとりが数少ないパイを巡って争うよりも、協力体制をつくれば醜い争いをしなくて良い。しかもより高みを目指せる。

しかし変化と多様性必要である。このまま特定美大のみが代理店AD職になることはクリエイティブ業界全体の不振や成長の遅れにもつながる。

広告代理店へ行ったから偉い、有名なプロダクションへ入ったから偉い。美大ADにならないと偉くない。という価値観が広がってゆく。

毎年行われている各校のオープンキャンパスはそういった先輩たちの栄光が嫌というほど聞ける。

結局入社しても過労で死んでしまう人もいるし、逃げ出してしまう人もいる。世間さらし者にされてしまう人もいる。

私にとってこの数年の広告クリエイティブ業界不振は堪えた。

同じ美大卒が、同年代が苦しんだのだ。

(自分がそこに居ないせいかホッとしている自分もいる)

そして根本の原因は上記の閉じた知識に表れるのではないかと感じた次第である

私は美大生の作品が好きだ。もっといろんな人に可能性が広がれば良いと思う。 

2017-08-26

萌え絵業界って

最近持ち込みでそういう企業の人からアドバイスとか貰ったりしたんだけど、画力基準が何かズレてるなって思った。

あとあっちの業界デッサンって言葉が好きみたいだけど、意味本来のとはちょっと違う気がする。

自分はこのまま萌え絵を描くのにもデッサンやらデザインやらやっておいたら役に立つだろうと思って美大に入ったから、絵の土台はデッサン(写実描写)にある。

けどそういう技術って恐ろしく評価されないんだな。美大入る時なんかは絶対正義デッサン力だったのに。

萌え絵みたいな絵は写実の上に成り立つ高度なデフォルメ技術なはずだが、どうもソシャとかのアドバイスとか聞いてるとそこを無視して細かい小綺麗さばかりこだわってるような感じがする。

アートとか写実とは異なる文脈で発達した分野だろうから独自価値基準があるんだろうけど。もはや別業界くらい。

美大来た時は教授がこぞってああいコミックタッチイラストを毛嫌いしてて居心地が悪かったんだけど、確かにアート文脈にいると異様に見えるのも今なら分かる。

「そういうのは業界内でしか通用しないこと。世界では写実」と言ってたもの、今は何となくわかる。

こういうのって意外と固定観念のない非美術系のほうが順応しやすいんじゃないかって思う。

けどまあ、写実スキルあれば何でも描けるよ。自分デッサン上手い部類ではなかったけど、陰影で描く概念さえあれば背景でも動物でもモンスターやロボでも何でも。

自分にとっては線で人を魅力的に描くことのほうがよほど時間かかるし難しいと感じる。

はいえ。

業界でそういうことが求められてるんだったらそれに応じるまでだよネ、是非もなし。

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