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はてなキーワード: 抽象化とは

2021-05-18

anond:20210518121001

そら抽象化された概念の先には当然具体物はあるよ。

ただ、抽象化されたものを用いて話をするのと、その先に具体物があるのは全然別の話じゃん。

つか、「弱者男性」という言葉抽象的に語られる程度には、その文章における「女性」は抽象的な概念であろうと想定するのは自然でしょうに。

何がひっかかってるのかわからん

2021-05-14

anond:20210511011851

これ話を抽象化すると

ジャンルジャンルBのコンテンツを見て

AのファンがBに興味を持つなんておかしい!

みたいなこと言ってるよね

かなり無理あると思う

2021-05-13

anond:20210506152834

違います

オブジェクト指向の(オブジェクト指向に限らずあらゆるプログラミングパラダイムの)目的は「関心の分離」です

すなわち、

と言うことです

インスタンス化や継承はその手段ひとつであり、ポリモーフィズムはその結果生じるものです

まあしかし、メンバ変数オブジェクトインスタンスごとにスコープを持つことは、保守性に大きく寄与することは事実です

2021-05-11

anond:20210510192735

なんでまともに抽象化もできていないのに例え話を作ったの?順序逆じゃない?

2021-05-10

anond:20210510170149

差別されたら寿命が短くなるとは言えない。

差別されると寿命が延びる、差別から解放されると寿命が減る可能だってある。

 

その一例として、肺がんを挙げる。

たばこ喫煙者は年々減少しているけど、女性割合はどんどん増加している。そして、男性肺がん患者は減少しているのに対し、女性肺がん患者は増加している。

女性喫煙者が増えているのは女性は人前でタバコは吸わないってジェンダーロールから女性解放されていることを起因するが、残念ながら女性肺がん罹患率を上げることにも貢献している。

女性肺がん患者が増えたのは女性への差別が増えたからではない。女性解放されたから、肺がん患者が増えた。差別から解放されると死ぬも成立する。

 

未婚男性弱者男性)の話に戻ると、男性差別されてないか寿命が短い、女性差別されてるから寿命が長いとの仮説を立てることも可能

女性料理をする、見た目を気にしてダイエットする、カロリー気にして野菜を食べるなどのジェンダーロールに縛られていることが寿命を延ばす面でポジティブ副作用を引き起こす。一方、男性料理を外部や女性押し付けることができる、酒たばこを存分に楽しんでも白い目で見られない、女性ほど見た目を気にしてダイエットに励む必要もなく肉や味の濃い食べ物を楽しむことができるアドバンテージ健康面でネガティブ副作用引き起こしている。

  

そもそも女性ホルモンが動脈硬化を抑えるみたいな医学的要素は無視しているのでツッコミどころ満載だけど、寿命が短い=差別されているって単純なロジックではないってことを言いたい。

ホームレス男性ばかりも同様。ホームレス男性が多いともいえるが、女性ホームレスが”少なすぎる”と考察することも可能。いろいろ書きたいけどビール飲みすぎて文章がまともに書けないので次の機会に。

  

 

個人的には孤独な未婚男性長生きしたところで楽しみは少ないだろうから、好きなもの食って死ぬ人生を選ぶのもいいと思います

id: dubist いろいろ言ってるけど、もし女性のほうが平均寿命が短ければ、間違いなくフェミニストはこれこそ女性差別証左だと言っていると思う。

そう思う。実際、弱者男性差別証拠だと主張しているし。

id: sewerrat 「管理職政治家男性ばかりだからといって女性差別があるとは限らない」(より抽象化すると「結果の不平等」は「機会の不平等」を証明しない)に同意できるか否かだと思いますね。僕はどちらも同意しますよ(笑)

管理職政治家男性ばかりは差別です。大丈夫ですか?

秋田県民の寿命が他県と比較して短いのは、秋田県民への差別かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。寿命が短いか差別というのは短絡的です。

2021-05-05

この数日、弱者男性というキャラクターがざっくりとしたラフイメージから詳細な作り込みを経てまるでそこにいるようなリアリティが与えられつつある

ただどの論も実在人間からパターン見出し抽象化したものではなく存在するであろう人物からの作り込みであるのは残念だ

いまだ架空キャラクター創造であるという粋を超えてない

来週くらいには作り込まれモデルから逆算して、芸人あいつは弱者男性だよなとかそういう広がりがあるんじゃないかなと期待してる

2021-05-04

音声による伝達を日常的に行うのもうやめない?

飛沫感染リスクというのはコロナが無くなったあとも通常の細菌感染症インフルエンザでも起こるよね?

そもそも論として音声による伝達は文字発明によって言語抽象化を完成させた人類にとってはレガシーツール以外の何物でもない。

文字存在しない時代は「伝達したい事象イメージ」→「音声言語化」→「発声」→「認識」というプロセスだったが、今は「伝達したい事象イメージ」→「文字言語化」→「音声言語変換」→「発声」→「文字言語変換」→「認識」というプロセスを踏んでいる。

プロセスの間に変換工程が挟まることによって齟齬が生じるリスクが発生する。

いわゆる「空耳」と呼ばれる現象だ。

また外国語話者場合は「発音」という壁が発生する。

外国語習得の際に文字だけでなく発音法についても学ぶ必要があり余計なコストがかかる上に、発音法の習得は長い時間外国暮らしていても身につかずいつまで経っても会話成立において障害となりうる。

これは同じ言語を使っている国や地域であっても、方言としてのイントネーションの違いとして発言する場合もある。

文字言語を開発し、それの安定運用を終えた我々があえてまだ日常的に音声通信使用を続ける理由はなんだろうか?

歌や演劇といった文化を残したいのなら普通に残せばいいだけで、それが日常的な情報伝達を音声で行うことに固執する理由になるのだろうか?

チャットアプリに慣れ親しめば会話するのと同じ速度で文字入力できる。

また、通常の会話以上の速度における入力をした場合も、早口で捲し立てるよりかはずっと正確に情報が伝わりやすくなる。

誤変換リスクがあるという反論を思いつくかも知れないが、それは音声によって伝達する場合においては常時つきまとうものであり、イントネーションによって解決しているという理論方言存在によって完全に打ち消されてしまう。

なぜ、21世紀にもなって音声による伝達に固執するのだろうか?

アップデートの時が来ていると考えるべきなのでは?

2021-05-02

デジタル庁の話、

徹底的に単純化抽象化することで、馬鹿でも分かるようにしてメンテナンス性を上げるとか、(もちろんドキュメントちゃんと書け

技術者の本懐だと思うんだけど、無暗に複雑化したい、見栄えを良くしたいという考え方がまったく理解できない

そもそも、お役所関係仕事ってフリーランスでもみんな避けたい案件で、

先にガチガチ予算は決められてしまうし、

一度作ったら保守とか改善をしたがらないし、それはお金の決め方が民間と違うからそうなるわけで、

逆に、余ったか道路工事みたいに予算消化に協力してよみたいになって寧ろバグセキュリティーホールを埋め込んだりとか、

予算がないならないで公務員勝手にいじられて無茶苦茶にされたりとか、

Google Mapsなんかも公的サイトとか企業とかはGoogleお金払わないと使えないわけだけど、

それも決められた予算内でだったり、稟議の遅さとか、普通のお客とは大きく異なるわけで、

あと、なんか政府も含めて、DXだのカッコイ表現をしたがったり、ナウでヤングな開発スタイルやるぜ!みたいなノリだったり、

そういうの止めた方が絶対にいいと思う

そんなの当たり前じゃん、馬鹿なんじゃないの?と思われるぐらい単純化抽象化するのが論理的思考の基本中の基本であって、

そこまで落とし込んでもいないのに、余計なことをするもんではないと思う

俺の技術凄いでしょ自慢なら別の場所でできるだろと思うわけで

手書きHTMLが温かみがあるwみたいに馬鹿にする輩がいるが、

元の文章Markdownなりはてな記法なりで書いて、静的HTMLに変換して、基本的CSSで充分見栄えも良くなる

というか、マイナンバーカード申請しても返信がずっと来ないので、さっきまで国のマイナンバーカードのページを眺めていたのだけど、

文言が下手」「文章冗長」「同じことを繰り返し書いてないか?」「FAQが読みづらいレベル

という感じで、これ住んでる県とか市のWebもそうなんだけど、もっと端的にズバッて書けるんじゃないの?

デジタル庁の採用ページも必要ないエフェクトとかアホかと思ったが、文言も駄目、やりなおしレベルだと思う

思うけど、なんかポエム書く人の方が出世したりする世の中だったりするのでウンザリする

要は、その上のオッサンや老人を感動させなければいけないみたいな圧力に従った方が出世したりするわけだけど、

戦争もそうだけど、そうやって目上を忖度して負けたんだけどな

まあ、ティム・バーナーズ=リーとかだったら最近はどういう意見を言うのか、JavaScriptアリアリでしょと言うのか、

単純なテキスト相互通信するのが基本だから、みたいに言うのか興味はあるけど

いずれにせよ、公的案件普通案件と同じに考えると痛い目に遭うし、

デジタル庁ではそういうのはやめて、モダーンでナウでヤングバカウケな開発スタイルでやるぜ!

とか正反対に全力疾走されても不安になるんで、そういうのはやめてくださいとしか思えない

個人的には、こういうことを言うとまた馬鹿にする輩が出てくるんだろうけど、

jQueryみたいなのちょっと添えるぐらいで、それでもJavaScript切っても動作するように書けるわけだし、

とにかく、最新最近のやり方じゃないとか馬鹿にされても、余計なことをしない、

そうすることで仕事量を減らす、

基本的JavaScriptがなければ成立しないようなページを国が必要にするようには思えない、

フォームで充分なわけで、寧ろレガシー寄りで5年10年、下手すると20年安定することを考えるべき

一方ロシア鉛筆を、Intelではなく並列処理させたZ80を使った、

みたいにローテクでも確実に長期に動作させることを考えるべきだと思う

あと、どこまで行ったって国の予算税金なわけで、

JavaScriptフレームワーク流行り廃れが変わる度に無駄税金を使われてたまるか、

という気もする



あと、Nuxt.jsについてはちょっとしか知らないけど、

なんかトラブルになったときNuxt.jsソース読まないと困ることってないの?

Lodashだったか何だったかちょっと失念してしまったのだけど、

動作おかしかったのでソース読んで、時間をかけて間違いを発見して、

報告とかプルリクしようと思ったらタイミングの差で修正されてたこととか思い出すんだけど、

例えば、中国とかLinuxを国が採用したら、

中国国家公務員としてサイバー攻撃を含むハッカーが高給で雇われているわけで、

自分中国だったらソースを全部読ませると思うんだよなあ

頻繁にコードリーディングとかレビューとかやらせて、

から隅までLinuxなり、敵国から盗んだ技術なり、戦場で墜落したドローンとか戦闘機を拾ってきたり、ワリャーグとかそうだし、

徹底してリエンジニアリングさせると思う、自分にはそういう優れた技術力はないけど

もちろん、そうやってリエンジニアリングした組み込みOSなり、

そういった知見から独自リアルタイムOSを開発するなりして、

それをミサイルなり戦闘機アビオニクスなりに応用していくわけだ

(というか、最近組み込みOS界隈とか中国も含めて熱いように思ってる

から最近AWSとかを中心にした開発だと当てはまらないけど、

例えばApacheとかNGINXとかだったら、本来はそのソースもくまなく読むべきだと思う

使用しているユーザーが多いから、エコシステム機能しているから、セキュリティーも安全だろう、

みたいな発想は国のシステム軍需産業では相応しくないように思う

まあ、だからといってミッションクリティカルシステムしろとかまでは思わないが、

w3mで読めるように作ってもバチは当たらないというか、

最近ネタで言うなら、シンエヴァちょっと盛り上がってたわけだけど、

庵野さんが、オネアミスは足し算、エヴァは引き算で作った、みたいに言ってた気がするけど、

この徹底した引き算って凄い大事な考え方だと思うんだよなあ

もちろん、テレビ版のエヴァは徹底的に引き算してもあの様になってしまったわけだけどw

庵野さんって意外とコンピュータとか苦手そうだけど、

徹底した足し算から、徹底した引き算に移行した、というのは凄く良い意味理系的発想だと思う

(でも噂から想像されるシンエヴァは徹底した引き算でもなさそうなので家で観るつもりだけど

あと、神エクセルとか誕生するのも、結局は庵野さんとかの言う徹底した引き算、

単純化抽象化が下手な人間、つまり論理的思考が下手な人間が携わるからあなるんではないかと思うんだよなあ

anond:20210501234811

これは仕方ない面もある話だけどSFMLはIME対応をバッサリやらないとフォーラムだったか作者だったか書いてたよなあ

でもGLFWのIME対応日本人のプルリクが受け入れられてたはずで、今は日本語普通に入力できる

もちろん、中国語韓国語も同様に入力できるようになった

アルファベット圏の人たちはほんと多言語対応あんまりしたがらない

(まあ、最近ちょっと違うかもしれない。あとSFMLは余計なコードを入れずシンプルなままでいたいのだとは思う

なんだったかな、日本人がプルリク出したら却下されたんだけど、中国人強気で出してやっと採用されたような話があったはず

コミュニケーション能力というか、ゴリ押しコミュニケーションなんだよなあ

そう考えると、多人数によるプログラミングコミュニケーションのウェイトが高くなりすぎて駄目になる可能性があるわけで、

当たり前だけど、だったら一人でとぼとぼ書いてる方が気持ちは楽なんだよな、気持ち

集団やチームワークならではのパワーが発揮されなくなるけど

まあ、でもプログラミングの良い点としては分割されているというのがあると思うし、

論理的思考をしているならば正しく分割、単純化抽象化されているはずなので、

例えば閉鎖的なコミュニティーとか人種差別とかそういうのが嫌でも、そのライブラリをとりあえず使えばまず最低限動かせる

次にそのモジュール既存コードに頼らずに再実装するとか迂回して、それにそげ変えればいい

どっちかというと、こういうのはライセンスの話が多いと思うのだけれど、こういう点がプログラミングの良い所だと思う

あと、GIMP昔はゼロから比較的楽にビルドできた気がするんだけど、今のGIMP自分ビルドできそうにない

GEGLとかコンセプトはいいんだけど、なんか移行してたり移行してなかったりが混在してたり、ややこしくなった感がある

Blenderの復活劇とは対照的な気がする

というか、ほんとBlenderは化けたよなあ

BlenderPython操作してモデリングできるぐらいPythonなんだけど、Python言語として生き残ったというのもあるなあ

2021-04-27

anond:20210427122342

野菜を切るそこまでの抽象化が出来てるか否じゃん? センサーの感度がやばいというか 具体的の深度が高すぎる人はいるよ

2021-04-26

anond:20210425022947

共通言語たるドメインモデルを、そのままコードと1対1対応しなければならない、という思い込みや風潮。

既存のWAF(Web Application Framework) の利点を潰してどうする…」

こういう誤った思い込みエンジニアにさせているのは、ドメイン駆動設計の原典であるエリックエヴァンスドメイン駆動設計」が、いか抽象的な内容で、ある意味では哲学的であったかを、明示するものでは無いか

プログラムとはメタファーであり、現実を、もしくはそれに準ずる写像的な世界観を、コードに忠実に再現するものでは必ずしも無いと考える。この記事増田は「過度な抽象化」とも書いているが、プログラムというか、そもそも言語のもの物事の全てを表象できるものではなく、ある一側面の一イメージしか切り取れない不完全なものだし、それ自体問題ではない。現実ソフトウェアの溝を、ユーザーエンジニアの溝を、ドメインソースコードの溝を、いかにして埋めるかというのが、ドメイン駆動設計の本質だし、その埋め方についてはエリックエバンスは一例を示しているに過ぎない。EntityやValueObjectなど、必要なら使えば良いし、不要なら使わなければ良いのだ。ただし、元々何が問題なのか、問題だったのかという点について、いかにして向き合うかが肝要であり、それは技術論や方法論の話ではない。

ドメイン駆動設計の記事を書いたり、勉強会で発表をしている人間は、原典やそれに付随するドキュメントの内容を、無批判に信奉し、そのようにしなければならないという強迫観念に追われているのではないかそもそも、本当に理解しているか怪しいし、不安から教科書の内容にしがみつこうとするのだろう。さらにこの手の連中は、昨今のCQRSやイベントソーシングマイクロサービスなどとも絡めて話をし出すから、タチが悪い。「ドメイン駆動設計はこの手の技術スタックと相性が良い」という言葉を何度も見かけたが、技術的な方法論はそもそも無関係だったはずだし、そうやって安易に結びつけてしまうからユーザーが置き去りになって来たんじゃねーのと、暴言でも吐きたくなる。問題本質はどこにあったのかを、聖典の内容や、流行り廃りの技術とは切り離して、エンジニアは三思九思すべきだ。

別にこうあらなければならないという法律や決まりは無いし、好きにやれば良い。モデルと1対1にならなければ、分割する事を選択するのも一つの向き合い方だ。ドメイン駆動設計の信者にゃんにゃん写真でも撮られて、ばら撒くと脅迫されているのであれば勿論話は別だ。恥ずかしい写真魚拓されたくなければ、とりあえずEntity、ValueObject、Repository、Service(笑)位は最低限、用意するのが身のためだろう。

自分の頭で考えて、自分責任判断するという当たり前の事に立ち返りたいものだ。ドメイン駆動設計という盲目的な宗教からいかにして抜け出すかが今後のエンジニア課題だろう。

追伸

増田ドメイン駆動設計が大好きです😘

2021-04-25

anond:20210425022947

日本のアホだけど偉い人名言集に加えておけ

?「よし、AIだ」

?「よし、ディープラーニングだ」

?「よし、ブロックチェーンだ」

?「よし、DXだ」

?「よし、マイクロサービスだ」

?「よし、DDDだ」

共通して言えるのはアーキテクト不在の技術ゼロ企業ほど、この傾向が強い

でも増田の言う通り、要所要所適度な加減で取り入れるのは賛成。ユビキタス言語とか、日本語使う我々が、更にSIerでもなければ何の意味もない。

過度な抽象というのは自分DDDに対する理解と異なるな。どこまでを抽象化するかは触れていないはず。ユースケース層は必ずしも最上レイヤーのみで収まる話ではないから、どこまでが抽象化の対象となるかはアプリケーションによる。

2021-04-24

anond:20110423193038

人の気持ち察するってのは単に他人の都合の良いように動けって事になるやろ

人の気持ちなんか分からんから相手に嫌じゃないかコミュニケーション取るんだろう

他人を傷つけるような間違った事をしたら叱るだけで良いんじゃないのか?

他人気持ちを察しろみたいな抽象的な事を言い出すから他人の顔色を窺う人間に育つんじゃね?

抽象化するの良くないよ

殴られたら殴り返せが正しいよ。何で左の頬を差し出すんだよ。それも具体的な理由ねーじゃん

何でも頭使って何が正しいか考えろ

2021-04-20

anond:20210420174453

時間か頭か金を使わないと気軽には遊べないって話でもあるな。ゲームに対するコストをそこまで抽象化して得手不得手の範囲に含めて良いなら否定はしない。

2021-04-19

anond:20210419223507

いや、同じでしょ。

細部が違うことを指摘しても抽象化してる部分は例えとして妥当

anond:20210419100242

抽象化した話をしてるときに都合が悪くなると重要でない点に逃げるのやめてもらっていいですか

2021-04-18

anond:20210418142642

うーんそういう抽象化が下手なのは経験して克服していくしかないな

まあ石を投げられながら覚えていきなさい

エヴァンゲリオンを乗り越えて、あるいはその手前で

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。という言葉が、自分身体を上から下に駆け抜け、僕はそれで、頭から血が抜けていったように感じた。その言葉は、ある意味では間違っていなかった。けれど、間違っているといえば、全面的に間違っていた。

 目を凝らしても見えてくるのはパソコンの画面と荒れ果てた部屋しかない。右手の小指と薬指がその付け根にかけて少し痺れている。特にキーを叩いていたわけではない。パソコンの画面をつけて、何をしようかと思っていただけだ。すると、僕に言葉がやってきた。それは僕が望んだ言葉ではなかった。この暗い部屋は、僕が望んで生まれものだった。この荒れ果てた部屋は、僕がどうしてか生み出したものだった。あの言葉は、ただ、とても嫌いな言葉だった。

 望む、望まないなんてことを考えたことはほとんどなかった。あるといえば、望まないことばかりだ。いろんなことが嫌だ。特に、望むことは何よりも嫌だ。自分が何かを望んでいると思うだけで気分が悪くなってくる。自分が何かを望まなければ生きていけないのだとしたら、死にたくなる。何も望みたくない。何も望まれたくない。そうして僕はこの場所を作った。僕が今望んでいること? それには答えられない。ただ一本の煙草が吸えたらいいと思っているだけだ。それが望みなんて大きなものに含まれるのだとしたら、今すぐにでも僕は首を吊ってやる。セブンスターソフトは残りわずかだ。一本取り出して、口に咥えた。火を付けずにパソコンの画面を見た。

 さっきまではTwitterホームが映っていたが、僕はもう少し孤独になりたくて、ウインドウを閉じた。デスクトップ画面には、雑多なファイルが、まるでこの部屋みたいな雑駁さで並んでいる。それの後ろには描かれた美少女アニメ美少女なのかどうかはわからない。インターネットで見つけた、絵の美少女だ)が憂鬱げに体育座りをしている。彼女右手には安全剃刀が持たされている。左腕にリストカットの痕はない。安全剃刀は文字通り安全なのだ少女の足元には薬瓶が転がっていて、その転がる移動を堰き止めるように、本が置いてある。フェルナンド・ペソアの本らしい。表紙の白い部分には血痕のようなものが伸びている。

 灰を落としてみると、煙草の1/3はなくなっていた。僕は考えごとをする前に、なにかと準備運動必要みたいだ。考えるべきことというのは、僕の身体を駆け抜けて行った言葉についてだ。

 僕は「望む」なんていう大掛かりなものが嫌いだ。望むとも、望まざるとも、嫌いなものは嫌いだ。だが、そこにばかり注目していては次の文がわからない。次に進む。すると、それがあらわれているという。

 それがあらわれている。それはお前が望んだものだ。

 というのであれば、僕はわかるような気がする。まずはじめに「あらわれ」があって、その説明、あるいは定義けがされる。これは、わかる。あると思う。いや、あるべきなのだ自分がいまどうして存在しているか? こうして暗い部屋で、食事に使って洗わないままで転がっている食器や、ゴミの類いが転がっている、この雨戸が閉められた部屋で、僕の身体は、パソコンは、煙草は、まず、「ある」。そして僕がその「あらわれ」を何らかの形で受け取る。受け取ったものには、それ相応の制限がある。それが説明であり、定義でもある。こうして抽象化すれば、わかる話だ。話がわからなくなっているのは、そこに「望む」という言葉が出てきているからだ。煙草を灰皿にすりつぶした。

「こうしていても埒があかない」

 そう呟いた。こう言ったところで、あの言葉が離れていくわけでもなく、これから行動をとったところで、あの言葉が離れていくわけではないだろう。精々気晴らしにはなるだろうが、自分の中にある嫌悪感がぢくぢくと膨れていくか、いつの間にか消滅しているか、そのどちらかだ。経験的に、後者の方がよくあることだ。いつの間にか消滅するには、原理的に時間必要から

 家を出ると小雨が降っていた。庇の外に左手をかざすと、ほんとうに細やかに、少ない量の水が手のひらに当たった。深い青空全国的に深夜であることを告げていた。振り返って家に鍵をかけてから、僕は肺にあるどんよりした空気を深い青の空気と入れ替えた。まるで僕の肺が一つの世界になっているみたいに青い深夜だった。その世界は二つあった。そのうちのどちらかに、隣部屋のお風呂匂いが流れ込んできた。歩き出した。傘はいらないだろう。煙草お菓子を買ってくるだけだ。

 思った通り、雨ざらし階段はそれほど濡れていなかった。足を滑らせる心配はなさそうだし、きっと降りはじめてすぐなんだろう。階段を降っていくと、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という、声がした。言葉ではなく、声がしたのだ。階段を降りている感覚が薄れて、ゲシュタルト崩壊してしまった。階段構成する線と線の繋がり、それがなす直角と、段差、線の全てが空白もしくは混沌世界に放り込まれた。ポケットに入れていた鍵は、僕の拳から飛び出すことなく、音を立てることもなかった。目を閉じた。「うわあ」と思った、その頃にはもうすでに階段の一番下まで辿り着いていた。でも服は汚れてしまった。階段から転げ落ちたのだ。頭の裏、腕の曲がらないところ、脚の曲がるところ、何より腰が傷んだ。それから遅れて左手に妙な感覚があった。座り込んだまま、左手を開いてみると、家の鍵を強く握りすぎたからか血が出ていた。鍵に何かキーホルダーをつけていたわけではないから、純粋に鍵で傷ついたのだ。親指の付け根に小さな切り傷が付いていた。思ったより血が出てくる。なんとなく、右の人差し指中指でそれを拭い、右の頬に付けてみた。この、なんとなくの一連の動きは、シネマスコープの中に映し出されているといいな、と思った。身体中が痛かったけど、おもしろかったから、よかった。僕は立ち上がることにした。雨は本当に少しだけ降っている。

 ここからコンビニに行こうとしている。それなりに汚れてしまったが、仕方がない。自転車を見た。自転車に乗って行こうか、いや、この程度の濡れ具合で滑って転んだのだ(たとえ変な声が聞こえてしまたからといえど。またあの変な声が聞こえないとも限らない)、大事をとって、あと気晴らしのために歩いていくことにしよう。自転車を金網越しに見た。僕は歩いてコンビニに向かう。決めたからだ。ぶらぶらさせていた右手を鼻の前にかざして、匂いを嗅いだ。鉄くさく、砂っぽかった。これでコンビニに向かおうとしているのだから、笑えてくる。いや、これは気晴らしにすぎない。コンビニ店員も、適当事情を察してくれるだろう。コンビニ店員は本当に飲み込みが早いから、わかってくれるはずだ。

 そんなことを考えていると、下には列車が通る小さな橋に辿り着いた。水色の塗装ははげかけているが、子供が手すりで遊んでいて怪我をするほどではない。おしゃれみたいに朽ちている。その下では電車が通る。橋の真ん中に辿り着いて、ここから落ちたら死んじゃうだろうと思った。いや、生きちゃう? 電圧注意と書いてあるから、落下して骨が折れたり、死んじゃう前にびりびりっと身体破壊されてしまうかもしれない。それにいま僕は濡れている。電気はよく通ることだろう。でも、痛そうだ。さっきの落下でさえ痛く、血を流してしまったのだ。僕というのは風船みたいに壊れてしまときには、弾けるように壊れてしまう。そして、壊れてしまうと、びっくりするし、うるさい。毎度この橋を通るとこんなことを考える。死ぬことはないだろうとは思うが、死んでいいかもしれないと思う。そして、橋の真ん中で線路を眺めるのをやめ、先に進もうと体勢を変えると、昼間子供達がよく遊んでいる公園が見えてくる。深夜の公園だ。いやらしいことを考えないわけではない。でも、重要なのは、いやらしいことを考えたその時には、もうすでに水色の手すりから離れて、コンビニに向かって歩きはじめていることだ。

 公園に面した道路を進むとコンビニがある。だからコンビニに向かうまで、橋の上、橋の下り、道路、と少なくとも三つの視点から公園を眺めることになる。意図して見ないときもあるが、この場所から見た公園をその時に考えてしまっているから、大体いつもみているようなものだ。道路に面している側には遊具はない。公衆トイレがあって、それを二本程度の灯りが照らしている。公衆トイレほとんど立方体の形になっていて、二つの光源から伸びるそれの姿は、三つの視点、どこからみても美しい。道路から見たとき前景に公衆トイレがあると、その後景にブランコがあって、その間くらいに滑り台がある。ジャングルジム砂場公衆トイレに隠れてしまう。

 今日こうして家を出てきて、コンビニに向かっているのだけれど、いつもは見かけない、変な影が三つの視点全てにあらわれているのを見た。人影というには小さく、あまり動いていない。でも横に長いわけではないから、犬や猫の類いではないと思われる。霊でも無さそうだ。霊に影があったら、僕はその霊と仲良くできるだろう。

 よくわからないその影は少し揺れているだけで、歩いたりしている様子ではない。ブランコ周辺でただ揺れている。こういうのはあまりない。不審な影を見かけることはよくあるが、それはその人物不審から影も不審に見えるのであって、影が独立して変な雰囲気を纏っているのはなかなかない。それに、徹底して影の主が見えてこないというのも、変な話だ。影しか見えない。特に怖がることはなかったが、

「変だなあ」とは思っていた。そのまま、コンビニへ向かった。

 その前に、円柱状の灰皿に吸い寄せられていった。右ポケットには忘れずにセブンスターソフトと、ジェットライターが入っている。ジェットライターは素晴らしい。片手で着火できるというだけで、なんだかカッコいい感じがする。喫煙にかっこよさを求めたことはないけれど。客観的にそう思う。絵になるというか。

 セブンスターを咥えて、右ポケットからジェットライターを取り出して、先端に火を付ける。ゆっくり吸う。強く吸うと美味しくない。けれど今は若干の湿気があるから、どちらにしろ美味しいのかもしれない。

 煙草を吸っていると、気分がいい。家から出てすぐ深夜の空気を吸ったように、身体の中の空気を違う空気で入れ替えているように感じる。手軽に自由を手に入れてるような気がする。これが自分の望んだものなのだと言われたら、認めてしまうかもしれない。この一本の煙草が僕の自由に繋がっているなんて、ちょっと詩的だ。けれど……

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。

 これはどういうことだったんだろう。

 こと?

 あれははじめ、「言葉」として僕の身体に降りかかってきた。「言葉」が身体を貫くような感覚は、実はよくあることでもある。だからそれはいい。問題はその「言葉」が「声」になって聞こえてしまったということだ。「声」になって聞こえたということは、誰かがそれを喋ったのだ。あのとき、僕の近くには誰もいなかったから、僕の「言葉」が「声」に聞こえてしまった(?)ということなのかもしれない。つまり幻聴のようなものだ。幻聴ということは、幻? 幻には思えなかった。なぜなら、まずはじめに「言葉」が降りかかってきたからだ。幻にふさわしいのは、何の予兆もなく、何の脈絡もない「声」が聞こえてくるということではないのだろうか。あるいは、僕を貫いた「言葉」は「幻の声」を予知していた、とか。ファンタジーじみてきた。同時に自分精神的におかしいと思われる(思われてしまう)ことを毛嫌いしていることに気づいた。言葉に則して物事判断している。まるで、そうしないと生きていけないように。セブンスターは半分になっている。そうしないと生きていけないということは、僕は「言葉に則して物事判断することを望んでいる」のかもしれない。それのあらわれとして、部屋があんなことになっているのかもしれない。数日間シャワーの浴びていない自分がいるのかもしれない。言葉に則して物事判断することを望むというのは、ここまで代償が必要なんだな、とひとりごちて、笑った。口から煙草の煙が飛び出た。

 コンビニでは煙草お菓子を買った。煙草はいものセブンスターお菓子適当チョコ、なんだか寝付きが良くなるらしいチョコがあったからそれと、イカのゲソを買った。ゲソを買うとビールに手を伸ばしそうになる。でも僕はビールはあまり好きではないから、好きなのはゲソとビールという組み合わせだけだから、やめることにする。結構そこで戸惑う。けど、ビール自分には必要のないものだ。煙草チョコイカのゲソは、自分必要ものだ。

 帰り道、公園が見えてきた。あの影はまだ居るだろうか? 僕としてはいないほうがいい。帰りは行きと違って、目に入ってくる視点が二つなくなっているからだ。橋の下りと、橋の上では、振り返らない限り公園の姿を捉えることができない。公園の姿を素で確認できるのは、今、この公園に面した道路でだけなのだ。だからこそ、ここでしっかりと、あの影がまだ居るかどうかを確かめ必要がある。そうしないと、公園を背にしてからが怖い。

 立方体公衆トイレが二つの光源に照らされて伸びる影の先には、ジャングルジムがあり、わずかながらジャングルジムの影も砂場に広がっている。幾何学的な影は、砂場の凹凸に習って、あまりユークリッド幾何的ではない形になっている。ブランコにはあの小さな影はなく、滑り台にも影はない。灌木を含め、公園全体を見渡してもあの小さく、揺れていた影は見当たらなかった。僕は一安心して、煙草を口に咥えた。少しだけ、雨が強くなってきた。火をつける。

 とりあえずは安心てところだろう。もともと霊とかは考えていなかったから、特に恐れることはなかったのだけれど、一応だ、一応の確認必要だと思ってだ。それから公園から目を離して歩いてみた。なぜかまた右手の小指と薬指が痺れてきた。コンビニで買ったもの左手で持っている。右手煙草を吸うために放っている。それにしてもあの影はなんだったんだろう。影があるのだから、影の主はいるのだろうが、僕はそれを見ることができなかった。するとやはり、影は独立したまま存在し続けるのかもしれない。僕の中でも。世界の中でも。

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という声があらわしていたものは、僕の考えていたように、ものごとの素朴な存在を認めろ、ということなのかもしれない。だからこそ、影にはその元があるとは考えなくて良いし、「声」のものも、「言葉」のように独立したツールとして、その元を探る必要はないのかもしれない。だが。

 そうしたことを伝えるのであれば、やはり「言葉」に留めておくべきではなかったのだろうか? 「声」でこのことを伝えるというのは、そのもの矛盾しているからだ。通常のものの考え方ではたどり着くことができない。「声」には人を必要とするという考えは、どれだけ複雑な回路図だったとしても、確かなものからだ。僕はそう思う。「声」独立して、僕に警鐘を鳴らしていたというのは、考えられない上に、警鐘ですらない。現状の説明を、何か「声」を使って説明する必要はどこにあったのだろう。必要? では「言葉」で表す必要はどこにあるのだろう。普遍的で、使いやすいのがキーなのだろうか。それが必然に関わっているのか。でも、こうしてみると「声」も「言葉」も大差ないように思える。すると、なぜはじめに「言葉」があり「声」が生まれたのか、が問題なのかもしれない。僕はあの言葉から逃れられていない。いまだに考え続けている。もうすぐ橋を渡り終えるというのに、家に帰ってもずっと考えてしまうのだろうか。橋の下階段に足を付けると、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ!」

 明らかに声がした。それもあのときに感じた「声」ではなく、方角があり、ちゃんとした輪郭を持った声だった。だが、どこか浮世離れしている。それでも僕はびっくりした。何しろ深夜なのだ。僕は振り返った拍子に咥えていた煙草を落としてしまった。湿っていた地面に落ち、火が鎮む音がした。そこから煙が立ちのぼった。雨が止んでいた。

「お前がどう考えても何も変わらないが、お前はなぜか望むことができる。お前はそれを否定しているだろうが、それは、お前が望むことができてしまうことに勘づいていたからだ」

 橋を上ってくる音が聞こえる。人にしては軽い音だ。

「お前が何かを望んでいたとしても、それが叶うことはまれだ。まれということは、叶うこともある。お前はそういう能力を持っているのだ」

 橋の上に立って僕を心持ち見下してきたのは、高校一年生くらいの少女だった。それにしては身長が小さいし、逆光だからか影しかみえない。

 僕は思ったことを言った。

「でもそれって、僕以外の人にも言えることじゃないですか?」

 なぜか敬語が出た。

「そうなの?」

「たぶん」

 影の少女はため息をついた。マジで……と呟いていた。僕は聞き逃さなかった。

「お前が考えていることは、実は大切なことだ。これ以上ないくら大切なことだ。あまりそういうことを考える人はいない」

「そうなんですか。ちょっと煙草吸ってもいいですか」

わたしにもくれ」

 それにしてもこいつはなんなのだろうか。深夜に高校一年生くらいの少女と一緒にいて、通報とかされないのだろうか。僕は影の少女煙草を渡すために近づいたが、影の少女は、「少女」になることはなく、影の少女を保っていた。なんなのだろう?

ありがとう今日煙草が美味しい日だ。君が思ったことだよ」

「そうだったかもしれませんね」

「だが、お前には足りないものがある」

「なんでしょうか?」

 そこで少女は本当に長く時間をあけて、煙草を吸った。とても長い時間だったが、次に出てくる言葉がわからなかったから、僕は待っているという気分ではなかった。僕も僕で煙草を吸っていたのだ。

「お前は実は求められて、存在している」

「え?」

「お前はそれを拒絶している」

「そうかもしれませんが……」

「お前は求められているから、存在しているのだ。お前が求められなくなったら、存在しなくなる。死ぬとはまた違ったものなのだがな」

わたしはお前に求められて存在した。類を見ないほどひねくれたやり口だったがな」

 そういって影の少女は僕の手を取った。左手の血は止まっていて、傷になっていた。影の少女が、その手をぎゅっと握ると、傷はなくなった。影の少女は、影の少女にふさわしく、とても冷たい手をしていた。

「お前の考えていることは基本的に正しい。が、まずい考えでもある。それを警告しに来た。お前には知ってもらうことがひとつだけある。そのために来た」

 そう言うと、影の少女は地平線の向こう側に指を差した。何も見えない、と言うと、耳を澄ませ、と言われた。それに従って耳を澄ませていると、軽く、高いが地鳴りのような音が聞こえてきた。信じられないだろうが、線路中に列車が猛スピードで走ってきている。どの列車も見たことがない。ここは新幹線は通ってないだろうが、新幹線と同じくらいのスピードで走っている。だからか、電車にも見えない。謎の列車が猛スピードこちらに走ってきている。深夜なのに。どういうことなのだろうか。

「お前に足りないものは」

 影の少女は、橋の手すりに立った。そこで、影の少女少女になった。制服を着ていた。白いパンツが見えた。胸は小さく、確かにあった。ショートヘアだった。見覚えのある子だった。だが、会ったことはない。会ったことはないが、見覚えのある子だった。可愛い少女煙草を咥えたままだった。

 夜が静まりかえっていた。少女が決然と橋の手すりに立って僕を見下しながらも、夜空にはたくさんの星がきらめいていた。青い深夜は地平線見渡す限りに広がっていた。少女は僕を哀れむように見ていた。空間が張り詰めていた。それを揺らす列車の轟音。少女がふらっと動いた。

「圧倒的な喪失だ」

 制服少女は橋を飛び降りた。少女が地面にたどり着くころに、列車は飛び込んできた。衝突する。血が流される。さっきまで話していたあの謎の影は少女で、彼女飛び降り自殺をした。僕が手を伸ばした時点で、少女は見えなくなっていた。なにもかもわけがからない。僕は止められたかもしれなかったのに、影の少女から少女になったところで驚いて、何もできなかった。もしかしたら、なにもするべきではなかったのかもしれない。彼女は僕が求めたか存在したのだ。だが、彼女は自ら消滅することになった。ということは僕は彼女自殺を願ったのだろうか。彼女 Permalink | 記事への反応(0) | 11:49

2021-04-14

anond:20210414214310

前者はスポーツ専門家ではなくて、競技専門家なので討論の能力低いでしょ

前者が負けるって分かっていってるんだと思うんだけど、必然すぎて何にも面白くないよ

逆に面白いと思えるならあなた抽象化能力に欠陥がある

欠陥があると言っても訓練次第で向上できるので努力してください

2021-04-10

動画ゲームよりも小説デジタルであることを理解してもらえなくてキレそう

ラジオテレビゲーム活字なら活字ダントツデジタルだろ。

声や映像情報は高い連続性を持っているし、そこに乗るファジー情報だって多い。

声色やBGMだけでなく、タイミングや間といったそれ以外のやり方で抽象化できない要素が多分に含まれてる。

活字はとにかく離散的で、逆にそこが独特の趣を生み出すことがメインのコンテンツだ。

行間と呼ばれるものは、実際には全ての単語の隙間一つ一つに詰まっているし、その単語のうちどれを選択するかによって生まれ効果の影響は音として情報を載せられないからこそ強烈になる。

「一流の役者は、「はい」や「いいえ」だけでも幾万通りもの演じ分けが出来る」というが、活字は逆にそれが出来ないことによって生まれ情報の欠落を武器にしているところがある。

ドット絵AAがコレに近い。

情報の離散性が高いことによって、隙間を想像する余地が生まれ、だが同時に離散性は残り続けることで、離散的な情報連続的な情報の重ね合わせを生み出せる。

実際の所、我々が普段得ている情報も離散と連続の重ね合わせだが、多くの場合その順番は先に連続情報を得てから認識を深くするために離散化している。

対して活字ドット絵場合はまず離散的な情報が入ってきて、そこから脳が瞬時に連続的な情報を組み立てることによって2つの重ね合わせが成立する。

自然界とアベコベであることこそが離散性の高い情報伝達方式の強みなんじゃないのか?

故にネット回線越しに大容量で情報伝達が容易に行える時代であっても活字ドット絵を今でも熱心に愛する人がいるのでは?

という話がしたくて

活字ってマジでデジタルって感じがしますよね」

「は?活字が?デジタル?」

「?動画ゲームって割とアナログな部分があるじゃないですか」

ゲームアナログ???

「え?」

「いや、最近ユーチューブとかってもう限りなく情報アナログじゃないですか」

ユーチューブが??アナログ???お前何いってんの!?

みたいになったんだけど、俺はどうすればよかったの?

整理すればするほど俺何も間違ったこと言ってなかったことが確信へと近づいてくんだけど

マジでキレそう

2021-04-09

弱者男性に対する憎悪表現はてな運営通報しました

社会にとって死んでいい存在のことだよ。死体堆肥にできないか下水流れるティッシュペーパー以下の価値しかない。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700975005177983234/comment/turnriv01

一夫多妻シングルマザー支援少子化解決独身男性税で財源確保。高齢弱者男性安楽死弱者を殺せば問題解決するのに、強者男性たちは何を迷っているんだろう?

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700974277180730850/comment/turnriv01

こういった憎悪を向けられているのが弱者男性です。

増田にも似たような憎悪表現侮蔑表現が数多く投稿されていますが、そちらには通報窓口がないので放置するしかありません。

何かしらの共通した思想を持っているとみなされ、ネット上で「憎悪を向けるべき存在」として抽象化され、誰かのストレスのはけ口のように扱われる。そういった状況を終わらせたいだけなんです。

2021-04-08

anond:20210407234604

これに関しては「思考」という部分に関しては今も対して変わらん。

人間だってそうだろ?

目的地への電車が来ているか→来ていたら乗る

目の前に料理があるか→食べる

おはようと言われた→おはようと返す

とまあ、入力して何かを返す、というのは結局のところif文の羅列で表現することになる

現代ゲームAI分野とその時代ゲームAIが最も違うとしたらそれは「入力情報の爆発的増加」だ

例えばこの時代AIっていうのはお化け屋敷AIって言われていてな、いわゆる「客がある一定まで近づいてきたら出てきてびっくりさせる」っていうAI

このAIはいわば「設置型」でプランナーが一個一個手作業で置いていって、なんとなくそれっぽい反応を仕込んだり選択肢を仕込んでプレイヤー選択したら反応するってもんだ。ドラクエの村人みたいなもんだな。

ただこれが10個20個ならいいが100や200、1000個置かなきゃならないなんてことになるともうプランナーも大変だ

おそらく3000超えた辺りで把握やかぶりがないものを作るなんて無理になってくる

ましてこれがオープンワールドなんてものになってくると、そんな膨大なやつに設置するなんて不可能になってくるわけだ。

ここでAI進化することになる。

まずどういう技術革新があったかって言うと、AIが「地形」というもの認識出来るようになった

穴にまっすぐ走っていって落ちるNPCって嫌だろ?それにプレイヤーをどこまでも追っていくなんて敵ってAIっぽいだろ?

なんでこの辺りの地形認識処理が発達した。いわゆる「入力情報」が増えたわけだ

さらに地形が分かってくると今度は「視界」が欲しくなる。いわゆる見つけたらよってくる奴らだな

こいつらは罠とかを張ってもその情報認識、「入力」してうまいこと避けるルートを見つけられるようになった

こういった感じでどんどん「入力情報」を増やしていったのがAI革新

さて、しか入力情報いくら増やしたところで「色んなもの避けて、寄っていって、攻撃してくる」の色んなものを避けて、が強化されるだけだ

どうせなら「攻撃してくる」の部分も変化させないとすぐに飽きが来てしま

ただ入力情報に対して一個一個対応を考えていくと馬鹿みたいに入れなきゃいけない対応行動が増えてくる

ここをなるべく「対応行動」を抽象化してうまい具合に行動の組み合わせを作ってそれっぽくなるようにする手法が開発された

しかし、それでも大変だ。「対応行動」っていうのは本当にリアルに作るとゲームにならない場合があるし、そもそも世界観ファンタジー場合どういう「リアル」を持ち込むんだ?ってところから議論スタートする

なにがこのゲームに最適か、はゲームを作ってる側のセンス依存する部分がまだまだ大きい

(まあここを管理するためにレベルデザイナーっていうそれ専門の役職おけって話になるわけだけど)

ただこの部分も最近機械学習やらなんやらでパターン洗い出して、数の暴力で最適っぽいやつを短時間でみつける方法自体アプローチはされてたりする

(そのための評価値ぎめの数式やパラメータって何よっていうのがゲームに寄ってバラバラなんでなんとも言えんけど。将棋チェス囲碁みたいなやつは見つかったけどね)

さて、ここで本題のガンパレの話なんだが、ガンパレ自体がなぜあそこまで「生」っぽくキャラクターを動かせたかって言うともう作ってたクリエイターが狂ってたとしか言えねえ。あの時代お化け屋敷AI入力値とかフラグ管理だけであれを見せるのは技術とか以上に執念としか言えないところがある

もしガンパレっぽいゲーム上記のようにAI技術が上がったとして、それがユーザー側の体験上がるか?と言われるとあんまり変わんねえかもしれないが本音

けど作る側は当時よりある程度技術的な例が多いので少しは楽になっている可能性はある

今だったらこの子は校門からスタートして、この時間渡り廊下周辺にいる、とか別に数値入れなくても正確とお気に入り場所を入れることで勝手に歩いていくことも可能だろうからな。

キャラ文言だっての子のっぽい喋り方をいっぱい考えて機械学習させて、プログラム側でひねり出すことも可能かもしれん

ただそれはガンパレ面白さの本質ではねえわなあといったところだ

2021-04-07

anond:20210407160334

プログラム的にはかなり被る気もする

ギャラガというかギャラクシアンで、背景に地上をただスクロールさせるだけでもゼビウスっぽくなる

そして、地上の攻撃対象物も空中の敵と同じように表示、管理するとしても、

背景に合わせてズレないように動かせばいいわけで、

まりプログラミング必要抽象化という概念カーチャンは優れているのかもしれない

2021-04-06

「包装業増田」を見ていると思うこと

弱者男性という話題で「包装業の男性は4割しか結婚できない」というネタ伝家の宝刀とばかりにひたすら繰り返している増田がいる。それをここでは便宜的に「包装業増田」と呼称する。

おそらく彼は何かの調査結果で「男性既婚率の一番低い業種は包装業でその割合は4割」というデータを目にしたのだろう。それで自分の言いたいこと「弱者男性は不当に虐げられている」を補強する「ソース」を見つけたと喜んでひたすらそれを振りかざしているのだと推察される。

数学的に証明された事実あるいは十分に確立された自然科学理論でもない限り、普通ロジックデータというものは使いながら検証されアップデートしていくものだ。特に人文社会系のデータなどというもの曖昧性や不確かさが付き物であるから突っ込みが入ったらそれを検証してデータを集め直し論を作り替えるアップデート必要だ。そうすることでその論はより蓋然性が高まり「強く」なっていく。

「包装業増田」はそれをしていない。「包装業」という単語を壊れたラジオのように繰り返しているだけなことからも明らかだ。論を検証アップデートすることをしていないのは明白で、それはたまたま見つけた自分に都合の良いデータいつまでも固執しているということを想像させる。その様子は端的に言ってダサく、「包装業」などという個別具体的すぎて抽象化されていないことが丸分かりの用語連呼する様子には、子供が今ハマっている戦隊ヒーロー世界で一番かっこいいものだと信じて話してくるのを聞いているかのような居た堪れなさを感じる。

でもそういった検証更新ができないことこそが「弱者であることを表してもいる。包装業増田は紛れもなく弱者男性なのだなと文章を見るだけでわかる。願わくば包装業増田が自らを客観的に見ることができて、勉強試行錯誤をするようになり「弱者から抜け出せればと思う。

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