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はてなキーワード: 自覚的とは

2024-07-15

受験というゲームルールを作ってくれた先人がいて、そこに自分たちが生まれたまたま才能があっただけ

そこに感謝の念はあるのか?

関心があるのは自分のことばかり。

自分が「上」の学校に受かるかどうか、自分ライバルを出し抜いて有利になるかどうか、自分が「ちゃんとした」人生を歩めるかどうか。

自分が、自分が、自分が。

先人や環境への感謝はない。

メジャーリーガー棋士はその点について自覚的なのに。

学歴に関しては、自分努力のたまものと誇り、「下」の学校と蔑み、メリトクラシーに陥る。

野球将棋にできる人格形成が、勉学にはできないのか。

受験ゲームトップランカーは社会の長として君臨すべきという信念だけは一丁前。

anond:20240715090406

どう見ても釣り創作に対してこんな長文書動機分からん

どうせ釣り創作だと分かってるけど他人説教する快感得たくて自覚的にやってるのか

素なのか

2024-07-05

anond:20240705080633

まりおまえは、世界を汚してることに自覚があるわけだ

自覚的に加害するつもりで加害行為をしてたわけだ

氷河期世代攻撃的?よく言えたな?

自覚をもって相手を害しようとしてるおまえのほうがよほど攻撃的だろ

よく他人批判できたなこのゴミが!

2024-06-27

anond:20240627073256

自覚的クズムーヴして女に持て囃されてるからイラッとくる所あるよな。GTAとかマルチゲームなら活かされるけど。

2024-06-26

anond:20240626134447

日本より管理職人間性が求められるのは本当

ボス畜って知ってる?🤔

 

日本ありがちな怒鳴ったりするパワハラ系は感情コントロールできない子供っぽい人間と見なされる。

それは日本管理職じゃなくてこういう人らにいってあげてください

▼関連増田:話し合いの途中で泣いちゃう人への対処、どうすればいいの?

https://anond.hatelabo.jp/20230426081719#

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20230426081719

 → ブクマカ職場真剣な話し合いの最中に泣くのはフツー!生理現象から配慮しろ

 

あと再放送

声を荒げるのと同じく、泣くだけでハラスメントという常識インストールしてもろて

フツーの人はどういう時に自分が泣くかは自覚的になって防ごうとするんだわ

防げないなら対面は避けてテキストに切り替えるんだわ

 

つか『俺の時代は拳だって飛んできた』みたいな昭和体育会系化石マウンターや頑固ラーメン屋オヤジ自営業者ならともかく、

繊細な生きづいちゃん・くんなのに『仕事感情を見せるのを是』としているブクマカブクマカを兼ねている増田が多すぎてビビり散らかしてます

働かずお家で過ごされるか、アットホーム職場封印されていてくれ

あと自己コントロールする気がない赤ちゃんですって首から下げといてくれ 

2024-06-22

LGBTという概念自覚的性別の多様なあり方をLGBTという枠組みに嵌めようとしてる傲慢さが透けて見えるのがどうしても受け入れ難い理由ひとつ

2024-06-17

昔メルロ・ポンティ身体図式みたいな話を聞いたけど、確かにスポーツなり楽器なりって身体の使い方のシステムのようなものを作り上げていく感じはあるよなと思ってた。最も身近な所だとチャリなんかも。

はいってもそれは実体を持たない「慣れ」のようなものだと思ってたけど、練習している内にマジで神経の回路が作られるだとか整備されていくだとかいう話を最近なんかの記事で見た。

精神活動が霊的なものだとは(正確な理解は出来ないのでそういうフィクションを便宜的・自覚的に使っているにはせよ)思ってないけど、もっとなんかこう実体を持たないネットワークの動きでアレしてんのかと思った。そんなにフィジカルものだったとは。

昔の人が考えたコタツ理論が身も蓋もなく明かされてしまうのもなんかちょっと寂しいかも。まあそれでも人体の全てが理解される日は遥か先か、永久に来ないような気もしてる。

コロンブスMV肯定派と否定派の議論が噛み合わない理由

結論から言うと、SNS等での個人の発信(の集合)が力を持ちすぎて『批判的な意見を述べる』ことと『表現キャンセルする』という本来距離があるべき行いが近くなりすぎた事が根本的な原因だと思う。

コロンブスMVは何が問題だったのか

あのMVは題材としたコロンブスの行いに対する無知が原因であって、積極的コロンブスの残虐行為正当化する意図はなかったであろうことは状況証拠も含めて多くの人が納得できると思う。

また件のMVをみて『コロンブス虐殺は正しかったんだ』といった感想を持つ人は観測できなかったので、MV存在することによる直接的な問題というのはない(あるいはあったとしても非常に距離がある)ように思える。

一方で明確な問題点として題材の調査不足による表現としての拙さ、表現としての伝わりづらさなどの作品として不出来な部分があることは事実であって、それらへの批判的な意見は十分に成り立つしアーティスト製作会社にとっても有益となりえる意見だろう。

批判キャンセルあい

令和6年現在SNS批判的な意見が噴き上がるだけで表現はいとも簡単キャンセルされる。批判的な意見を述べることと表現キャンセルすること、本来まったく異なる行為は同じ意味を持ちつつある。またこれはSNSだけの問題ではなく、企業側がSNS時代対応出来ていないことで批判に対して過激な反応を起こしてしまうことや、距離が近くなったことを利用して気に入らない表現キャンセルしようとする一部界隈の問題も含んでいる。(後者に関しては鶏と卵という感じもする)

たこ現象否定派にとっては「正当な批判を行っただけ」肯定派にとっては「表現キャンセルされた」という認識の違いを生み出し更なる分断の原因にもなっている。このボタンの掛け違いがある以上、議論は一生平行線なのでまずはお互いの立場認識した上で議論を進める必要がある。

肯定派への提案

近年のキャンセルカルチャの問題について憂慮する気持ちは非常に共感できる。一方で批判的な意見もまた守るべき表現であり、長期的に見てよりよい表現を育てるために必要な物だろう。

また今回のMVのように表現意図にまで踏み込んだ話をするのであれば、批判的な意見に対してもそれが「作品の不出来な箇所を指摘する」目的なのか、単に「気に入らない表現キャンセルしたい」のかという意図についても検討する必要があると思う。

否定派への提案

既に述べたが批判的な意見もまた重要表現であって、健全表現を守るために必要な物だ。

しか芸能人SNS炎上による自死問題の際にも散々話題になったことだが、正当な批判も数が集まれ暴力になり得る。何か思うことがあったとしても『既に十分に話題として騒がれていたら言及を控える』、『悪意によらず過失や無知による行いであればトーンを弱める』などの配慮は当然に必要になってくる時代だし、それらを欠いて正当な批判をしただけと主張するのはナイーブがすぎる。

まとめ

批判キャンセル距離が近づきすぎて区別がつきづらくなっているが、本来は異なる物であるべき

肯定派と否定派はそれぞれ批判としての観点キャンセルとしての観点から事態を観察しており根本的にボタンの掛け違いがある

それぞれが今自分がどの立場から発言していて、また相手側の立場からどう見えているのか自覚的し、節度をもったインターネットの利用が求められる

2024-06-14

セス大好き人間理解していなさ

コロンブス」を題材にしている点でもうアウト。

コロンブス偉人っていうのはもう昔の感性しゃかりきコロンブス批判しないでミセス批判するのかよ!と吠えてるミセスファンもいたが、しゃかりきコロンブス時代日本だけじゃなく世界的にもコロンブス偉人だった。でもそこから見直されて「いややってきた『えらい』ところより悪い意味で『やばい』ことの方が多い」「そもそも昔『えらい』って言っていたことも『やばい』ことだった」ってなって、偉人よりに扱うことはしなくなった。

なので、『コロンブスの卵から云々』という発想の時点でダサい大分古い感性の持ち主なんですね、と思った。

コカ・コーラは見切ってひどい!知ってたくせに!

コカ・コーラ側は曲については知ってたと思うよ。でもMVという完全ミセス側の作品については知らなかったと思うよ。MVコカ・コーラマークとかついてたらごめんね。

で、「コカ・コーラ側が引き上げてミセスかわいそう」っていう人に聞きたいけど……。例えば日本企業の広告外国アイドル使って、そのアイドルが「知らずに」広島とか長崎に見える「500万年前の」土地爆弾放って猿が逃げ回ってるの見て楽しんで、そこにアイドルたちが乗り込んで猿に教育!家も改築!してるMV流したとするじゃん。ハ?原爆投下は正しかったって?いや知らなかったんですよ!土地広島かに見える?500万年前の土地って言ってるじゃないですか。猿は人じゃないです。って表明したらどう思う?って話だよね。

そのアイドル使いたい?やめてって思わん?

オタク同人誌とか文集とかと違うんだよねメジャーアーティストCMタイアップ曲って。CMタイアップ曲じゃなくてもアウトだけど、よりによって「大企業契約してる曲」なのがやばいよね。

まだ自分ライブでこういう表現したとかなら「ミセス自由だろ!」って言えたけどさ、これもう最初から「この広告で使います」っていう契約があって作られた曲でしょ?で爽やか〜な歌でさ、でMVはこれです!っていう出力がやばいよ。「曲とMV無関係です」なんて言い訳通用するわけないじゃん。

最後に「もっくんは何も知らない!差別っていってない!差別っていう人が差別してる!」っていう人へ。

差別って「やってる人」が「自分差別してます」っていうわけじゃないし、一番エグいのは「無意識で行われる差別」なんですよね。こいつを下に見ていいんだって無邪気に思ってるのが一番やべえんだわ。

海外アジア人に対する侮辱ジェスチャーで「目を指で引き上げてつり目にする」っていうのがあるけど、子供なら無知通用するけど、大人だと無理。何も知らずにクールだと思ってまねしちゃいましたっていうのはありえない。本当にそれなら自分推し子供と同じってこと。

「何も知らないで無邪気に差別表現やっちゃったんです!」が通用するのって未就学児くらいだよ。

自覚的に「差別」してる人がいいっていう話じゃないからね。

あと今回は「無知」で押し通したいみたいだけど、大分厳しいよ。そもそもコロンブス」だし、内容もそれで選んでるんでしょ?本人も「燃えるかもしれないと思ったから工夫しました」って釈明してるじゃん。何かしら燃える要素は「ある」って認識してたんでしょ?

知識愛について

ダンジョン飯ライオスが竜の知識量で好事家界隈に引け目を感じ、好きと表明できない悩みを吐露した件がTLに今さら増田単行本発売時に触れている)流れてきた。

 

無論ダン世界研究者界隈では異なるのであろうが、現実の話、自称オタクらの好きであることを証明するための知識なるものが極めてしょうもない教科書キーワード丸暗記クイズ的な代物ばかりであることにうんざりする。アクスタだぬいぐるみだ祭壇だのも気色悪い。カプ厨的ポストにも吐き気がする。この手の頓馬が令和オタクの中心的イメージだと思うと到底好きなもの他者開陳したくなくなるわけだが、そうした事象に比べるとライオスの悩みは健全に思えてくる。とはいえ私はファンダムを見限って清々している一方でライオスファンダム評価体系に共感した上で己を低く位置付け苦しんでいるわけだ。

 

問題はどうして愛を他者に表明するのか、またはしなくてはならないのかということに自覚的であることで、その見境のなさがライオスの苦しみであり物語上の魅力であり優秀なギミックなわけだが、その愛の表出を制御できるのがファリンであり、彼女はそれ故の苦しみも背負いこみつつ、後悔を免れている。愛を取り扱える者は愛から自由である

2024-06-12

[] https://anond.hatelabo.jp/20240611041149

フェイはいれました。要約すると友達に切られてクヨクヨしてます

創作仕事活躍してるリア友がいて、プロデビューから付き合いがあった。私は無産。

向こうが作品を発表するようになってから気づいたけど直接会って話したり遊んだり、SNSで絡む分にはたまに「ん?」と思って次の瞬間には忘れているくらいだった断片的な違和感全体像作品内では明確に示されていて、私にとっては悪い意味相手方価値観について符丁が合った。

それが合っているとしたら向こうは私のような人間を見下して何が悪いのかと思ってるくらい憎んでいるし、私側も理解できない。そんな価値観の違い。

でも作中人物の価値観と作者を=で結ぶのおかしい話だし、とは言え実際彼女自身発言や振る舞いからしてその価値観に関しては実際そうだったんだと思うけど、そういう不安クリエイターに向け出したら終わりなのかもなと思って、あえてその辺は思考にモヤをかけて考えないようにしてた。それがクリエイターの周囲の作法なのだろうと納得していた。

直接の交流ほとんど途絶えていたけどさっきプライベートの鍵付きインスタとLINETwitter彼女からブロックされてたのがわかった。確認したのも久しぶりだったから正確なタイミングはわからない。

当たり前だけどこっち側けがわかるわけじゃないんだよね。向こうから見てもこいつ無理なやつだなって早々にわかるだろうなそりゃ。むしろ向こうがとっくに気付いてて制作前も制作中も自覚的だったんだろうな。(配慮を求めたいという意図では全くなく詠嘆のニュアンスです。)普通にずっとストレス我慢してくれてたんだろうな。

やっぱり多少ショック&口には出さなくても大きな価値観バッティングあると時間問題なんだなーと思いました。虚勢に聞こえるかもしれないけど少し安堵感もある。

切られた側目線で見ても、作品面白いからこれからネットテレビ本屋などで彼女作品が目にはいることはあるんだろうな。そもそもアマの時点で彼女作品が好みで、一ファンとして親しくなったところもあるから、これから自分好みの作品群に近付くと、ジャンル的に目に入りやすそう。現実ワードミュート出来ないから、見かけるたびに切なくなったりするのかな。落ち込んでる時なんかに見かけたら、私が間違っていると当て付けられている気持ちになるのかな。気が重い。

著名人やそれを目指す人と親しくなることにはこういうリスクもあるのか。まあ今の時代それ気にしてもキリないけど。

もう消すなよカス

2024-06-10

anond:20240610165642

この元増田根本的に結婚に向いてないタイプじゃないの?

そこの優劣について言及はしてない、

でも単純に結婚作用(気の置けない他人と同居できるのでなんやかんや精神衛生が安定する)を得られない個人っていうのは必ずいて、

このエントリ自分がそういう人間だと自覚的になったって話かと思ってたわ

 

もしそうなら「どうすれば他人と暮らせるか」はクソバイスだよな

anond:20240610073158

ガチ反社』や『チキンレースしても稼ぎたいオタクチンピラ』や『構って』が自覚的にやってる分にはあっそうだけど、

そうじゃない人も無自覚にやってるので もうおわりだねこのくに ニャーン🐈

 

こういうの手厳しい欧米でもTPO理解できないまま社会に出る人おるのに(エンジニアや金稼ぎの才能はあったりでSNSで視界に入る)

これは『エロじゃない』とか日本大企業は平然とやってるからな。それらの人の責任でしょ

(親がいちばん悪いが、先進国は親になる権利に知能制限掛けてないので)

 

海外じゃ、確実に大手無理だったり、年齢制限つくコンテンツに、代表取締役名前を常に横に添えとけば、

すっとぼけやめるようになるんじゃないですかね

2024-06-08

anond:20230204124621

必要としてる人や作者自身の願望や信念に応じたり基づいたりしてそういう物語や描き方もちろんあっていいけどあんなに素敵だと思っていたドラマ大豆田とわ子を久しぶりに見たときのあれ……って感情に近い増田

都合よく思える部分とか構造結構近いと感じる

とわ子や夫たちの造形とか性格容姿関係性とか社会的立場とか諸々

社会不適合的な親友(違国日記の姪や他登場人物との関係性に近しい)の存在関係

音楽は今でも最高と思うけど

今見ると主人公たちを追い詰める側が大分舞台装置というか、主人公たち以外には誰も人生人格がないようにわざと扱いたいのかなという醜い描き方というか……

結局まるごと共感できる、自分は屈託なくこっち側なんだと素直に感じられて、自分もしかして醜いがために舞台に登場させられない側の人間かも、もしくは舞台装置のごとく描かれる側のように自分も誰かを傷つけているかも…とは間違っても思わずに受け止められる人のための物語なんだと思えば気が楽かもよ

次作?で警察ミステリものときに生きづらさの中心地にいるが同時に他者を傷つけてもいる人物を書いててそれはよかったけど、結局美しい世界事情の上での話だなとは思ったの増田読んで思い出した

昨日最終話だったクドカンの季節のない街で描かれてる世界の方が優しいと思うし自分の認められないきれいでないもの排除したい感覚やそうするとき同時に巻き込んでスポイルしているだろう人やものがあることすでにそれをしてることに自覚的でないといけないと思った

クドカンはそういうものを描いたんだと思ったけど本当に全話見てその感想?みたいなやつもいっぱい見たわ

排除されるべきと思われているものを愛して抱えているがかつ一方では街で他者排除を実行する自身も十分に異物(自身挫折経験からしまさんにとって立ち退きは排除というより心底自立の促しなのかもしれない)でありながら社会的成功しているしまさんの存在がその二分された価値観対立というか、現在ポリコレとそうでないとされるものの間での人間の揺れ動きを表現しているようでよかった

最後にワイフに助け出されるのも

リリコ最高だった

全話も最終話も見事だったな

全話を通じて、特にがんもどき後編の勝手ハモんないでよから明確にオカベが一番嫌いな人物になったのでかっちゃんそんなただ「かわいそうな女の子に恋して助けてる自分のこと」が大好きなだけの男でええんか?と思っていたか最終話本当にあれでよかったと思った

よくも悪くも自身が選んだことでない状況や環境に人は左右されるもので、かっちゃん場合は本当はあったけどないように扱われていたし自分でも諦めていた意思や才(あの美しいハモり!)があの街から去ることで表に出てきたのだからよかったし、オカベが跡地でしょんぼりしているのもむべなるかなという感じ

それ以前にも叔母がかつこに言ってもしょうがいか……って言うとこも好き

の子は暗愚だから…という考えがあったのだとしても、起こってしまたこと、しかも箕打が起こしたことでそちらを守らず被害を受けた側を悪く思ったり責めることを飲み込む描写、すごいと思う

街の女同士の連帯不器用に描かれており、起こった事象の表面のえぐみや醜さだけ見てあの編集者がはっきと言ったように

「こんな人たちいるわけないしw」と捨て去ることは、その内側にいる本当は連帯すべき弱い人に起こったことや事情感情生命すら無感情に、あるいは憎みながら捨て去ることなのだとあのラストではっきり思わされた

こういう描き方もあるんだよね

この辺を見たはずなのに「クドカンポリコレを憎んでいる」って結論になってた人、口当たりのよい気持ちのいいドラマに感化されるあまり対立構造に巻き込まれすぎていると思ったな

そんなこと増田みて考えた

anond:20240607122620

そういう夫さんの犠牲になる他人存在は考えてる?

 

一方的に強く肩をぶつけられてなぜこっちが我慢しないといけないの?納得がいかない。された方が黙っているとつけ上がる奴が多い

なお夫も無差別に絡みに行くわけではない。主な対象は、電車や駅でぶつかってきて謝らない人、対応の悪いタクシー運転手電車内でマスクをつけずに大きなクシャミを連発している人、レジで並ぶとき妙に距離近く真後ろに並んでくる人、うちの家や車の前でボール遊びする家族…等、日常で出くわす「あ〜…なんかヤだな…」っていう人たち

最初は「なんだお前」みたいな感じで睨みつけ、相手が応戦してきたら「お前が悪いんだろ」となる流れ。

 

夫さんは夫さんの基準で「こいつはこういう理由で悪い奴だから睨んでいい、絡んでいい」を選んでいて、社会的マナーの悪い人を選んでいるようなんだけど、その人相手なら敵意を向けていいって思って敵意向けてくるのは、同じ社会に住む住人としてやめてほしいと思うよ。

電車や駅でぶつかってきて謝らない人が故意に謝らないのかは分からないでしょ。本当に気づかなかったのかもしれない、声が小さかったかもしれない。他の、増田

日常で出くわす「あ〜…なんかヤだな…」っていう人たち

と感じる人たちにもそれぞれ事情があるかもしれないよ。悪意の可能性もあるけど

「あ〜…なんかヤだな…」って思うまではともかく、よし敵意を向けてもいいなと判断されて敵意を向けられるのは困るよ。

増田は夫さんが敵意を向ける相手が夫さんよりも強い相手だった場合のことを心配しているけど、私は「夫さんが敵意を向ける夫さんよりも弱い認定した相手」になるだろう立場なので、そういう夫さんの存在は困るよ。

 

増田は夫さんが夫さんよりも強い相手に敵意を発露して刺されたりしなければいいんだろうけど、夫さんよりも弱い相手に敵意を発露して夫さんのストレス発散材料にされる人はたまったもんじゃないと思うよ。

 

一方的に強く肩をぶつけられてなぜこっちが我慢しないといけないの?納得がいかない。された方が黙っているとつけ上がる奴が多い

我慢してください。夫さんの一方的な敵意の決めつけである可能性も高いからです。

 

夫さんは、「自分が受けた嫌な仕打ちはしてきた人に絶対さないと気が済まない」「相手故意じゃなかった可能性は絶対ない」「自分被害者であれば・こういう理由があれば、敵意を返してよい」と思ってるんだと思う。それを他人に向けられるのは困るよ。

 

じゃ増田犠牲になってねとも言えないけどさ。

でも自分の無事のために周りを犠牲にする道を選ぶんだったら、「周りの人、私の無事のために犠牲になってください。周りの人に敵意を向けられてる間は私は安全なのでよろしくお願いします」くらい自覚的であってほしい。

anond:20240608093126

「ゲージュツなんだから意味がわからなくて当たり前」というならな

それこそ淫夢動画だってその場の思い付きとしょうもない身内ノリばっかりで、外部の人間には意味不明だろ

「どうしてこの動画がそんなに草生えるのか」なんて、文脈過去の積み重ねをちゃんと踏まえた、ネット全体からすりゃごく一部の物好き以外にはわかんねーんだよ

(だいたい「草」の由来からしてそういうコンテキスト込みなわけで)

そんなものふたばみたいに身内ノリやジャーゴンが幅を利かせるタコボム社会であれば、所詮どこにでも見られる光景しかない

タコツボエコチェンなんていくらでもあるのに、現代アートけがむやみに孤高面したって笑わせるだけだわ

から結局、トリエンナーレ不自由展みたいな文化ムラが文化ムラたり得ている要素って、作品社会派・党派性まみれのメッセージそれ自体じゃないんだよね


単にこいつらの利害関係共犯関係で成り立った、いたって資本主義的な営為しかなくて(ここは元増田もある程度自覚的ではあるが)

「何が芸術か」なんて、実際のところ誰も考えちゃいねーんじゃねーのか

加害性に自覚的になったからなんだよ

俺は加害者だーってビクビクして何もしない奴より「加害もするがいいこともする」奴の方が世の中を良くしてくんじゃねえのか?

2024-06-04

anond:20240604170741

原作者は鬼介入したうえで、”脚本家の手柄にされるのが納得がいかない”旨の発言があるな(日テレ報告書

手柄にされるのが気に食わないほどの評判があったってことだから、出来上がりに一定の満足はしていたんだろう

①8~10話のやりとり ②クレジット問題 ③脚本家SNS問題

日テレと違って、ここの部分に関して雄弁に記載していないところが、小学館報告書はズルい

恐らく、意図的に端折ってるんだろうけど

で、こっから邪推なんだが、原作者がすべて介入した8~10話の受けが意外と悪く

くだんの脚本家SNSへの同情とか”それで後半はチグハグだったんですね(意訳)"みたいな意見を耳にしてしまって

自分のこだわりが、チームの作品を汚してしまったって考えから思いつめちゃったんじゃないかなあ

本業漫画家が連載をやりながら、客や現場を納得させられるドラマ脚本を書けるわけないわな

これに関しては、最初はご本人も自覚的だったようだが、強硬的な姿勢なっちゃって引けなかったんだろうな

2024-06-03

anond:20240603191905

わかるー!

「内的な不安自覚的になる方がより高く飛べる」がゲームギミックとして取り入れられているところとか泣ける。

2024-06-01

anond:20240601064100

増田だが、ワイも強制力がないと生活リズムが作れなくて、強制で何かをしていないと頭がごちゃごちゃしちゃって負のループに入るタイプだけど、

仕事の忙しさでリズムを作ってそれに乗り続けると、ある日突然にエネルギー切れが来るから、そこは自覚的な方がええど

 

それから増田みたいな仕事をしてる方が楽タイプスキル『金と仕事に困らない』は、得ることができると思うんよ。ワイもそうだしね

ただ、金と仕事に困らなくても、強制力がないとリズムが作れなくて頭がごちゃごちゃしちゃうタイプは、何かを極めたり、高給を貰える組織ボスになるのって、なかなか難しいんよ

世の中はどんどん高齢化しているから、高給で器用貧乏がテキトーかます限界が何歳で来るのかは不明だが(とりあえず40代ではないみたい)、

なんらかの理由で、かなりお給与妥協しないといけない時も来るかもしれんのよ

その時に金を稼げるだけが自分の軸だと、学年1位だったのが俺のアイデンティティだった学歴厨みたいに、簡単に折れちゃうのよ

 

お金を稼げる(仕事)以外の自分の軸、持っておいた方がええど

2024-05-27

スポーツはやることに対して自覚的にならないと1年かけても何も身につかない

これはやはり確かだと感じる

でも1年やり続けるだけでもある種の心得的な物は得られる

こうしたらより無駄なく動けるんじゃ?というような自分なりの哲学は得られる

こういうのは環境大事

割とそれだけでも少しは成長できるので厄介といえば厄介

ただちゃんと結果を望むなら指導者選びが一番大事

2024-05-26

もし次の夏コミになっても篠澤 広のエロパロ解像度が低いままだったら俺はオタク界隈を見限るかも知れない

pixivやXに流れてくるのは現状だと単なるドMに酷いことしてる作品ばかりなんですよね。

「体を張ってなんでもやる輿水幸子に対して腹パンをして分からせる」とかやってた頃から1ミリも成長してない。

当時でさえあんなのは単なる悪ノリばかりでリョナとして見ても三流の下品な遊びだと批判されていたのに、また同じことを繰り返そうとしているわけですよ。

何も分かってない。

広はただ辛いことが好きなだけの変態ではない。

自己効力感のあり方を拗らせきった変人であって、破滅願望に染まった変質者ではないのだ。

そこを理解してないなら適当オリジナル銀髪ロリでも作っとけ。

あと広は貧乳スレンダーだけど身長は159cmとそこそこあるということを忘れて汎用ロリで描いてしまっている奴もちょくちょくいて許せん。

そこを活かして竿役を普段ロリと絡ませるときより大きめに設定している作者はまあちょっとは信用できる気がするんだが、それでもまだま広というキャラクターへの理解が浅い。

まだまだ時間があるから取り越し苦労というか、本気で篠澤 広と向き合おうとしている人間ほど自分がまだ咀嚼を終わらせておらず出力出来る状態になってないことに自覚的な段階である可能性もあるな。

夏コミまで様子を見るよ。

まあそこは中間試験程度に捉えて落第レベルじゃなかったら冬コミまで待ってもいいかな。

そこまで言っても篠澤 広というキャラクターを全く理解することな作品しか出せないようなら俺はオタクを見限るよ。

単なるイナゴの群れに落ちぶれたんだなって。

2024-05-16

無自覚パパ活してた話

パパ活という言葉流行り始めたのは2015年かららしい。今回はその前の2013年地方パパ活のようなもの出会ったときの話をしたいと思う。

2013年大学卒業し、地元就職した私は友達に飢えていた。小学中学不登校だったので、いわゆる「地元友達」が居なかったのだ。

Twitterを見ていると、東京に住んでいるフォロワーがそのフォロワーオフ会をしたり、さらにそこから親交を深めて友達になっている様子がたくさん流れてきた。

家と会社の行き来ばかりで親しい関係の人も居なかった私はそれを見てさら孤独感を深めていった。

そこで、私もインターネット友達を探すことにした。mixi登録して、地元コミュニティを探して「友達募集している」という旨を書き込んだのだ。

そこで、一人の男性メッセージのやり取りをした。その男性は42歳だった。友達になりましょうと言ってくれて、まずは会いませんか?と誘われた。

アラサーの終盤を迎え、いろいろと世の中のことが分かってきた今の私では決してその誘いには応じなかっただろうが、その時の私は応じた。

理由としてはあまりにも「友達」という関係性に飢えていたことと、地元ボードゲームをする集会の中で一回りや二回りくらい年上の男性純粋に楽しくボードゲームできていたから、「この人も純粋に私と友達になりたくてメッセージしてきてくれたんだ!」と思ったかであるボードゲームの人と友達になればええやん!とツッコミを入れられるかもしれないが、当時の私にはその発想が無かった。

というわけで、地方の中でも一番大きい駅で待ち合わせして会うことにした。電車に揺られる中、「友達になれるかな……?」ととても緊張していたことを覚えている。

実際に会ったその男性の姿は、白髪交じりで小太りだった。そのことは特になんとも思わなかった。容姿なんかより友達になってくれるかが私にとっては重要だったのである

挨拶を交わしたあとは、そのまま男性駅ビルにある中華料理店に入った。そこでいろいろと話をした。

男性は既婚者であるらしい。最近出会って数ヶ月で結婚したスピード結婚らしい。「そんなに早く結婚することもあるんですね〜」と私が驚いて言ったら、「大人はそういうこともあるんだよ」と言われたのが印象に残っている。

「俺、月収いくらだと思う?」と聞かれたので、当時の私にとってはとても大金である30万ですか?と答えたところ、「もっと多いよ……」とちょっと不機嫌な顔をされたのを覚えている。女性の「私、いくつに見える?」の男性バージョンは「俺、月収いくらだと思う?」なのだなあと感じたものである

「そのうちホテルにも行きたいね〜」とも言われた。さすがの私でもホテルに行きたいの意味はその時知っていたので「友達とはちょっと違うな……?」とそこで思った。

料理も食べ終わり、その後、解散する流れとなった。男性食事を奢ってくれて、私に家族の分も含めたケーキの詰め合わせも買ってくれて、帰りの電車賃も出してくれた。「そこまでしてくれていいんですか?」と聞くと、「出したいから出してるの」と言われた。「そういうものなんだ……」と思った記憶がある。

家に帰ってからその後は、「ホテルに行きたい」という言葉からしてこれって友達じゃないなと思って連絡はしなかった。相手からメッセージは来たが無視をすることにした。

エピソードはここで終わりである。「お金を自ら出したがる人」がいるんだな〜って思ってたけど、これってもしかしたら無自覚パパ活しかけた話なのではないかといま振り返ると思う。今の人は自覚的にこれをやってるんだな〜と思うとなんだかすごいなあと思うのであった。

ちなみにその後、友達募集掲示板で同世代友達募集して300人くらいとLINEのやり取りをしたが、交友関係ができたことは全く無く、しばらくやり取りをするうちに切れてしまった。

Twitterフォローしてる人たちとはなんとなく関係が長く続いて、会ってくれたり、遊んでくれたり、友達になってくれた人も複数人いる。

やっぱり、Twitterしか勝たん。

そんな話なのであった。

2024-05-14

MBTIが記述する世界多様性について

MBTIなる性格診断ツール流行りだして以来から、長らく疑問だったことが最近自分の中で肚落ちした気がするので述べていこうと思う。

というのも、なにか当たり前のように「MBTI何?」のような質問が飛んでくることが多くて、そのたびにMBTIの名前を借りただけの16診断を何をもってそこまで信頼しているのだろう、とか、なんで当たり前のようにやっている前提なんだ、とか、我ながらひねくれたような気持ちを抱いていたんだけど、そういう人々の一部が、どうしてそんなことを聞くのかが少しわかったような気がしたんだよな(もちろん、流行っているか話題の一つとして提供しているだけの人がいるということは理解したうえで、今後の話を聞いていただけるとありがたい。俺はENTPらしい)

それは、他人自分との違いに対する理解ものすごくざっくりとしている人がおおい、ということ。これは別に俺が他人をすごく理解できるというわけではなく、むしろ俺はなぜそうなるんだ?と他人との不理解を繰り返して来た側なのだが、その根幹には「そりゃ自分とは違う遺伝子を持ってて違う環境で育っているのだから価値観能力も違うよな」という、ものすごく当たり前の事実があったからで。

しかしどうやら、ここ最近この常識と思っていたところが常識ではないのではないかと思い始めた。親ガチャ、という単語流行っていた時にも思っていたのだが、俺がその単語に対して抱いていた「親が違うのであればそこで生まれ子供自分じゃないんだから、お前はその親のもとでしかまれることができないのでは?」というような疑問を突き詰めて考えていってたどり着いた結論が、世間の「自分」の定義ものすごく緩いということだった。なんとなく生まれ変わりみたいな思想がもともとある日本からこそ、「自我」や「魂」のような不変のものが、ただ今はこの器にいるだけ、のような認識をしている人が多いように感じた。つまり自分とは「魂」っていう思考になるんだよな。

そして、それは他者への無理解へとつながってるんじゃないだろうか?例えば、容姿に優れていない人は、容姿が優れている人なりの悩みを一蹴することがあるように。自分なら容姿が優れていたらそんなことで悩まないというような論は、ただお前がブスなう想像力がないだけだと思うが、「自分があの器に入っていれば」という理想論的なものがこの無理解的な感情論につながっているように思うんだよな。

つまるところ、本人が自覚的か否かにかかわらず、「俺か、俺以外か」という、ローランド的な分類で人を見ている人がこの世にはある一定存在するのだと思う。他者NPCのようなものに見えるのであればそりゃ無責任無理解発言も飛び出すよな(勉強できる奴が勉強めっちゃやっても結果出ないやつに対して努力不足に感じるのも自身から視点しかいからであって)

で、こういう人種にとって、きっとMBTIってものすごい発明だったんじゃないだろうか。いままで自分か、それ以外かっていう二パターンもっというなら自分と波長が合う人(理解できる人)と理解できない人がいる世界を、少なくとも16種類に分けて見せたんだから。この人はこういう種類の人なんだ、じゃあたしかに私とはこういうところが違うんだろうな、っていう他人に対する不理解理解するための、大きな手助けになったんじゃないかと思う。だから最初に、この人はどの種類の人なんだろう、を聞こうとするんじゃないだろうか。その人の世界にいる人間は、ポケモンみたいに16種類のタイプけがされているのだから、確かに俺も新しいポケモンが出てきたら何タイプか、考えてしまうし。

ただそれが少し、危うくなっている人も時々見かける。そもそも言葉とか分類っていうのは、実態とは必ずずれる。実態もっとふわふわした気体のようなもので、言葉とか分類とかはがっちりとした固体のようなものだ。あてはめようとすれば必ずはみ出るところがあって、だから俺たちはいろんな表現を尽くして、なるべく実態に近似するように人を評価していく。しかし、MBTIに記述された世界に生きている人にとっては、実態よりも分類が優先されているような気がする。本当は70億の人がいれば70億通りの違いがあるはずなのに。

ガキの頃は嫌いになればそいつのすべてが嫌いだったような単純的な評価しかできなかった俺も、ある程度年を重ねてそれが他人の一面でしかなく、たとえば仲間には情に厚いところがあり、それが翻って俺に対する攻撃性になっていたんだなとか、他人の顔色に敏感なこの人はこういう家庭環境が根幹になっているのだろうかとか、少しだけ世界解像度が上がったように感じている。

偏見申し訳ないんだけれど、たぶんMBTIを信じている人とかはこういう文章を読まなそうだから別にそういう人たちに届いてほしいわけではないけれど、意外と色眼鏡を外してみたら、人は多様で面白いよ、という話をしたかった。最近DeathNoteリュークみたいになっている。リゼロの人の人生追体験できる本、ああいうのすごく面白いよなあ。

オチがなくて申し訳ないんだけれど、何となくの雑感なので許してほしい。以上。

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