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はてなキーワード: 自覚的とは

2018-10-23

https://anond.hatelabo.jp/20181021093430

言ってる内容自体特に間違ってないんだけど

SUKEBENINGENの口調まで真似して彼の発言切り貼り以上のことを何も言ってない点とわざわざ芸術を藝術と表記してる点からどんな人間が書いてるのか察する

分不相応現代アートの難解さを一般人啓蒙しようとする前に彼がディスる「偉い人の本読んで万能感膨らませて俺TUEEしてる人文」と同じことを彼のツイート使ってやってることに自覚的になったほうがいいのでは

せっかく現代アートに興味持ったんだから誰かを見下すために利用するよりいろんなことを自分の頭で考える癖つけたほうが絶対にいいよ

2018-10-17

「人気ブコメ機能がなければおっぱいコメントなんて気にもされなかっただろう

環境思考に与える影響にもっと自覚的であるべきだと思う。

2018-10-15

2018年秋の連ドラの第1話をいろいろ見ていく

まだ未消化のや未放送のが多いがひとまず。

あくま1話感想なんで、2話以降どうなってるかは関係なし。

特に気に入ったのは◎、まあまあ気に入ったのは○。

 

まんぷく

<あらすじ>

インスタントラーメン発明するらしい。

感想

15分では特に良いとも悪いとも。

アラサー安藤サクラは役柄の18歳に見えるとまでは言わないにせよ年齢不詳な感じに頑張っているが、姉のアラフォー内田有紀は素で下手すると安藤サクラより年下に見えるくらい年齢不詳なので、なんだか不思議な感じになっている。

 

警視庁捜査資料管理室(仮)』

<あらすじ>

捜査資料データ化する男が安楽椅子探偵……ごっこ?

感想

一人芝居の分量が多い分、説明ナレーションを多用したり、主人公推理の酷さを本編内でツッコまず予告でメタ的にツッコんだり、かと言って一人芝居を貫くわけでもなく……ならずっと二人芝居にした方が無理がなかったんじゃ。

 

PRINCE OF LEGEND』○

<あらすじ>

王子キャラの男達が伝説王子の座を競う現代逆ハーレムものってことでいいのか?

感想

逆ハーレムに興味なくても楽しめる程度にきちんと馬鹿馬鹿しい。

1話のメインの王子の、死んだ母親から酷い夫の代わりに理想王子として育てられたという設定はグロテスク呪いに思えたが、作り手は自覚的っぽく、ヒロインについて心酔する母の生まれ変わりかもなどと多くの女性が引くであろう台詞まで彼に言わせてるあたり興味深い。

14人の王子ドミノ倒しみたいな壁ドンアイキャッチは絵的には面白いが、王子の、延いては女性の好みの多様性否定に思える。

 

『天 天和通りの快男児

<あらすじ>

ざわざわ賭け麻雀

感想

麻雀がわからないとやっぱりもどかしさがあるのと、人生を賭けたドキドキとかべつに味わいたくないなぁというのと。古川雄輝の役も、思い上がった若者鼻っ柱を折られてスッキリという役割なのだろうがあまり酷い目にあってほしくない。おかやまはじめの追い詰められた小市民役はハマっていたが。

 

ブラックスキャンダル

<あらすじ>

木村多江の次は山口紗弥加復讐するよ。

感想

下世話な面白さは『ブラックリベンジ』同様。夏恋(字面込みで憶えやすい役名だ)って女優スキャンダルの餌食にならなかったのは都合が良すぎだが。整形前のヒロイン松本まりかの熱演もいいが、悪役平岩紙の「しろなんて言ってないよぉ」「夏恋、頑張って」の言い方がツボ。

 

このマンガがすごい!

<あらすじ>

このマンガキャラを演じたい!

感想

出来あがった実写作品(とあれで言えるかはわからないが)よりも制作過程のアレコレがメインで、テレ東一連の人気役者を使ったドキュメンタリードラマっぽいな。……このシリーズ、わざとらしくて苦手。

ガラスの仮面』でキャストにド素人集めて上手くいく話があったけど、やっぱり素人素人だと思った。

 

結婚相手抽選で』

<あらすじ>

オトナ高校』や『恋と嘘』のシリアス版。

感想

主題歌が『オトナ高校』と同じ高橋優っていいのだろうか。こちらの暗さの方が彼に合っているかもしれんが。

シリアスな分、非現実的な設定が飲み込みづらい。いや、現実にあの法案が通ることはなくても、本音では肯定ちゃうような政治家結構いそうではあるが。

主人公に真面目に申し上げておくと、恋愛できなくても欠陥品ではないし、合コンの女は酷いが、劣等感を埋める為に結婚を強いられる社会を望むのは相手のことを考えてなくてアウト。

 

深夜のダメ恋図鑑

<あらすじ>

だめんずぶったぎってすっきり。

感想

うーむ、原作から大きな改変はないけど、原作面白さが再現されてるかは微妙な感じがする。「もうちょっと聞いて貰えます?」って、ほんと、何故もうちょっと聞かずに話の流れを止めたのだろう。あと現実感がないとすっきり感も薄れるという点で、コメディ的な誇張も注意が必要だと思った。

 

『SUITS/スーツ

<あらすじ>

弁護士織田裕二が、ちょっと悪どいけど勝つ。

感想

原作海外ドラマは知らない。織田裕二が少々ダーティなのだが、準主役的な子分中島裕翔もぶっとんだ設定かつ強かさも気の毒さも欠いた微妙問題児で、感情移入のやり場に困った。

 

『過ちスクランブル

<あらすじ>

社員社長と客の三角関係

感想

仕事能力が低いからといって恋を成熟させる資格がないわけではないが、しかヒロイン応援したくなる要素が恋敵が悪女であることくらいしかないのはつらい。

 

『僕らは奇跡でできている』○

<あらすじ>

一風変わった動物行動学の先生

感想

やたら地味な企画だが、『ざんねんないきもの事典』のヒットあたりから企画だろうか。まったりと楽しくはある。あの宿題は調べるなと言われてもみんなネットで調べちゃうだろうと思ったが。あと動物行動学+人間ドラマって自然主義誤謬っぽくなりそうと思っていたが、1話童話うさぎと亀って動物行動学と関係なかった。

 

中学聖日記

<あらすじ>

高校じゃなく中学教師と生徒と恋愛もの……って今までにあったっけ?

感想

センセーショナルに思われそうな題材だが、パスワードが盗まれたりとかボヤ騒ぎが起きたりとか、高尚ぶらず普通にセンセーショナルな作りであった。

夏川結衣池谷のぶえと紛らわしい感じになっているのは役作りだろうか(年相応なだけではあるが)。

 

『GAKUYA~開場は開演の30分前です~』

<あらすじ>

演劇開演前のドタバタ

感想

会話劇としてクスリとくるところはあったもの脚本の妙を感じるまでには至らず。男二人の髪型被りに意味はなかったんだな。

 

『獣になれない私たち』◎

<あらすじ>

恋人社長も同僚も営業先も両親もみんないっぺん母ちゃんの腹の中からやり直してきな!!とぶち切れられない理性の人。

感想

いや父親は死んでるし母親は縁切ってるし会社最後に少し救いが見えたが、それにしてもヒロイン境遇のしんどさに震える。救いが見えたと言ってもタイトルからしてどこまでヒロインが戦えるかわからんし。ぐいぐい引き込まれたのはさすがの野木脚本で、今クール本命だろうという予想はクオリティ的には全く裏切られてないけど、次回以降の視聴率大丈夫か。いやここで脱落する方が後味悪いからみんな見続けようぜ。

 

リーガルV ~元弁護士小鳥翔子~』

<あらすじ>

鉄オタの元弁護士弱者を救って金儲け。

感想

主人公珍名を付けようと思いながら小鳥遊というド定番を選ぶ思考回路の謎。

初回の題材が痴漢冤罪なのはいいとしても、自称被害者は真面目な女子大生「と見せかけて実は」ホステスで金目当ての狂言でしたって世間バイアスに全乗っかりだな。次回予告でもハニートラップなんて文字が踊ってたのはまあ、次回を見てからコメントすべきかもしれないが。

 

『大恋愛~僕を忘れる君と』

<あらすじ>

Pure Soul』とその韓国リメイクの『私の頭の中の消しゴム』は憶えてるがその日本リメイクの『私の頭の中の消しゴム』というのが思い出せないが本作はべつにリメイクじゃない。

感想

合理主義的な松岡昌宏婚約する戸田恵梨香合理主義っぽいが、癒し系ムロツヨシにほだされていくのかな……と思いきやムロツヨシは捻くれてて、なのによくわからんけど戸田恵梨香が菊地・獣・凛子もびっくりの理性のなさでムロツヨシに突っ走ってて理解不能だったのだが、あれはひょっとしてアルツハイマーの症状として理解不能な感じなの? それとも単に大石脚本ヒロインから理解不能なの?(『コントレール』の肉食系で済ませられないヒロインを思い出した)

 

忘却のサチコ

<あらすじ>

大変旨~私は忘れる君を。

感想

婚約破棄、小説家長谷川朝晴、そして忘却……って紛らわしいけどアルツハイマーものではなく、グルメものというあまり興味のないジャンルだが、たしかに美味しそうだし、グルメ以外のパートコミカル演出も効いている。

2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

2018-10-11

フェミニズム女性を傷付けないのか

以下のページに付けられたb:id:rciさんのコメントに対する反論です。

http://b.hatena.ne.jp/entry/worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-d6b2.html?optimized=0

流れとしてはb:id:roulette0424さんが付けたブコメrciさんが意見した形。

roulette0424 フェミニスト理想的でない格好の女性非難するのは差別だと思う。

フェミニストNHKに出るべきではないとキズナアイ非難することが、少なくとも一人の女性を傷つけた事について考えて欲しい。

rci この記事普通にフェミニズム立場から書かれてるけど、下のブコメの人が言ってる女性を傷つけるフェミニストって一体どんな藁人形

 女性の権利を擁護する立場フェミニズムだよ。おかしレッテル貼るなよ


rciさんの主張、「女性の権利を擁護する立場から発言」なら女性を傷付けることはない、というのは明確に否だと思います

というのも、女性である自分が、今回の議論(?)の中で発されたキズナアイ(を起用したNHKも含む)批判側の発言のいくつかに傷付いたと感じているからです。

もちろん批判する発言をしていた人がみんなフェミニスト立場から発信していたわけではないと思うのですが、

特に私にクリティカルヒットした以下のツイート内の動画では明確に「フェミニスト」という単語が使われていたので、

フェミニスト立場から発された発言に傷付いたと言っていいと思っています

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/hibari_to_sora/status/1048597394223333376

自分感想としては大まかにキズナアイの今の「自我」は「本当の女の子」ではないの?この動画で語られているようなことを言わない女性は、

この動画投稿主の思うように振る舞わない女性のことは「本当の女性」と見做してくれないの?といったところ)

私の他にも、Twitter検索をかけると女性と思われるアカウント

上記ツイートなどキズナアイ批判側の意見に怒ったり傷付いたことを表明しているところが見られると思います


とはいえ私がこの記事で主張したいことは「フェミニストに傷付けられた」という部分ではないです。

今回に限らず、今までにも何度かこういった形で「萌え絵便宜上こう表現)」を題材にした話題が盛り上がることがありました。

上では「批判側」とまとめましたが、一言批判側の意見といっても個々人で主張の内容は様々です。

ただ、概ね「そのイラスト、その表現が誰かを傷付けていることやその可能性の指摘」といったところは共通していると思いますし、

一連のブコメを見る限り、rciさんの主張の中にも含まれていると思っています

ここが今回私がrciさんや冒頭で挙げたブコメ賛同した人に言いたい部分なのですが、

「人の表現の加害性を指摘するなら、自分の支持する思想が思いもよらない人を傷付ける可能性についても自覚的であってくれ」

ということです。

どんなに正しい信念から出た発言でも、誰かを守るために発した言葉でも、守ろうとした本人の心を抉ってしま可能性がある、それが表現です。

今回のように特定表現についてそれに傷付いている人が居るんだよ、気付いてくれよ、と主張している正に真っ最中に冒頭のブコメのように

自分が支持する思想の加害可能性について疑う気ゼロ発言をするというのは元の主張の説得力をガタ落ちさせてしま行為ですし、

何よりも実際にその思想によって傷付いた人間としては、そりゃねーぜ、と思うのであります


私はキズナアイノーベル賞解説サイトに起用されたことに端を発する一連の記事群へのコメントを見て

rciさんとは意見が異なると感じる部分が多かったですし、明確に反対の立場を取りたいと思ったブコメもありました。

反対はしますが、私と意見が違うからといってrciさんが自分の思いを発信することを止めてほしいという気持ちは無いです。

ただ、冒頭のブコメに書いたようなことを信じているのならそれは誤りであるし、その意図が無くとも人を傷付けてしまうという意味では

あなたが今回加害性を指摘した表現フェミニズムによる発言も同じである、ということに気付いてほしいと思います

わざわざこんなところで名前を出して絡んでしまって申し訳ないのですが、それだけです。


(書いてるうちに発端の話題も収まりつつあるので投稿しようか迷ったんですけどどうしてもモヤモヤが収まらなくて苦しかったので。

出遅れの上何かと不毛話題を引っ張ってすみません

オタク≒男」、「サブカル≒女」

サブカルオタクの「自尊心供給源」(2018-09-16)

https://anond.hatelabo.jp/20180916165915

サブカル自分より下位の者を「自尊心供給源」にする

オタク自分好みのフィクションを「自尊心供給源」にする

オタク≒男」、「サブカル≒女」といえる。男らしさ、ダンディズムを追求する男は「オタク」とは

呼ばれないが、【自分好みのフィクションを「自尊心供給源」にする】という意味では、

正しく「オタクである。「男らしさ」「ダンディズム」も「(無自覚な)フィクション」の一種から

車や酒、煙草釣り、賭け事などの趣味にこだわり、生き甲斐を求める男は、「オタク」っぽくないだけで、オタク

一般的に言う「オタク」のイメージは、非モテの男、いじめられっ子の男、だろう。

『女』が「サブカル」に多い理由は、「平均的(≒模範的)な女性像」を強固に内面化して育つからだろう。

「平均より劣る(=ブサイクデブ)」、「アウトサイダー(仲間外れ、常識外れ)」にはなりたくない、なってはならない、

という恐怖心・警戒心を常に感じているからだろう。その必然的な裏返し、反動が「サブカル化した女(腐女子?)」だろう。

女は一定の年齢に達すると「化粧」をし始めるので、自身フィクション化(虚構化)する事に対して、

男と違い、ごく自然に(=無自覚的に)「自覚的」なんだろう。

2018-10-10

萌え絵は何故女なのか? 追記

 解説ページのキズナアイの絵は正直そこまで気にならなかったんですけど(駅乃みちか露骨エロ文脈満載な絵に比べたら普通)、イメージキャラとか聞き役キャラとして出されるのがだいたい女の子一人(場合によっては二人以上)なことはもやっとします。

 刀剣乱舞とかの元々あるキャラとのコラボ以外であります? 男の子のみのイメキャラ。それも特に女性向け商品ではなく老若男女向けで。

 これは多分女の子キャラの方がより『華やかで可愛くて優しい感じがして好かれそう』というなんとなくの選択なんでしょうけど、そのなんとなくが気になるんですよ。

 男キャラだって当然『華やかで可愛くて優しい感じがして好かれそう』に描くことはできるわけです。

 にも拘わらず女キャラのみがその要素を背負わされているのは『女はそういうもの』という偏見の結果なのではないでしょうか。

 誉めてんだからいいやんという話ではありません。これは『華やかで可愛くて優しい感じがして好かれそう』になりたくない、あるいはなれない女を抑圧する思想なのです。

 『ゲイ芸術性が高い』『発達障害は並外れた才能がある』っていうのと同じですね。

 受付は基本的女性女子アナウンサーは半アイドル扱い、みたいなリアルの延長線上にある事象なのではないでしょうか。

 私たちリアルに生きている限りリアル思想偏見害悪から完全に逃れることはできないのです。萌え絵を欲するのはリアル人間萌え絵生産するのはリアル人間萌え絵を見て何かを感じるのもリアル人間

 キズナアイ萌え絵それ自体に罪はありませんが、利用し消費する『現実世界自分』の影響には自覚的であって欲しいですね。



追記

>>「老若男女に世代を超えて愛される=女性」となっているのか、まで般化してしまうと「女性は見守ってあげたい、守ってあげたい、女性というだけで恐怖心を抱かない対象である」ということになってしま

 そう、軽んじられるのと紙一重っていうか表裏一体っていうか……女性が何かを批判したり怒ったりすることを受け入れる土壌もなくなりますし。

 端的に言うと男性が「お前」って言うとき女性が「お前」って言うときの差ですね。後者の方が乱暴な印象を受けません? 私は受けます。そういう偏見意識してもなかなかなくならないんです。いわんや無意識をや。

 ジャニーズはどうなんだというご意見

 う~ん、彼らは基本的には女性向けのエンタメなのでは? AKB基本的には男性向けのエンタメであるように。双方とも老若男女向けのコンテンツでイメキャラをすることはありますが、『ジャニーズ(男)ばかりが滅茶苦茶起用される』『AKB(女)ばかりが滅茶苦茶起用される』という偏りは見受けられないので、そういう意味では『萌えキャラとして女キャラばかりが滅茶苦茶起用される』オタク向け界隈よりは進んでるのかもですね。

 男キャラもイメキャラいるよのご意見

 私の知る限りでは警察のイメキャラにはなってましたね。しか警察の得たいイメージは『頼りがいがあり誠実』だと思うのでなんとも……。

キズナアイこそが最先端フェミニズム

 この記事を読んで、自称フェミニストさん方とは『前提』が違うのが理解出来た。

http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-d6b2.html?optimized=0

 

 こちらの文から引用するなら

キズナアイこそが現代日本でのキューティ・ブロンドなのだ。」

 

 

自称フェミニストさん方は文化に対する知識が浅い為、

キズナアイステレオタイプ女性観が評価されている!」と、勘違いしているようだ。

   勿論、これは間違っている。

しかし、誰しも特定分野のリテラシーを欠いている事はある。馬鹿である事は責めまい

 日常的にネットを利用する層は

キズナアイが【自覚的】に演出する完璧ステレオタイプ美少女キャラ像がもたらす【違和感】」こそを面白がっている。

 

 

 マツコ・デラックス然り、エディー・マーフィー然り、クリス・タッカー然り、キューティ・ブロンド然り。

それぞれ自身に持たれるであろう偏見自覚的演出する事で、結果的視聴者違和感自覚させ

それこそが自身の人気も差別の解消にも繋がっている。

 存在自体が極めて高度な社会批評体現している。

 

 

 キズナアイも全く同様。

但し、意図がドギツくならないようにと、普通美少女キャラとしての人気も得られるように

両取り出来るギリギリバランスを維持してる。そのバランス感覚は普通に凄い。

 

 

殆ど個性に近いステレオタイプ美少女キャラデザイン

 +コレまた ほとんど無個性に近いステレオタイプの声でステレオタイプ美少女キャラを演じる中の声優さん

 +何番煎じか分からない程 使い古された企画と、それを堂々と やり切る胆力。

 ×あのハイクオリティー3Dモデルを作る工数と、リアルタイムで動かせる計算資源を利用可能にすべく、事前に準備されていた予算……。

=ステレオタイプを狙うが故の違和感と、その【ほつれ】からも生まれ面白さ。

 

 

 これら全て、計算された違和感の元なんだけど、自称フェミニストさん方はバカから全部 気付かない。

それは仕方が無いにしても

 少なくとも数々の名コンテンツ供給してきた NHKも当然その程度は【自覚】してキズナアイキャスティングしているよw

NHKの狙いとしてはデーモン閣下や、ふなっしーピコ太郎みたいなイロモノ出してるのと変わりない筈。

 

 

恐らく、マンガ,アニメ,ゲームポップカルチャーに疎い[一般人]が見ても

 「『漫画』の絵が喋るんだ~。今って変な時代。」としか感じないと私は思う。

[一般人]には不快にならない程度の違和感を、分かる人には3周回った面白さを、両方狙えるバランス感覚は素晴らしい。

 が、バカフェミニストイチャモンつけられるのも この特徴上 必要経費やね。

 

 

 人種差別宗教差別LGBT差別と同等程度に女性差別を【自覚的】に取り扱えるようになった事に

当の自称フェミニストさん方こそが気付いていない。という逆説。

 

 

 人種差別宗教差別,LGBT差別は、ある種分かりやすく、また被差別者不利益しかもたらさないので差別として認識され易い。

が、女性差別場合は『慈悲的差別』もあって、女性側にも受益があり、

また、そもそも社会規範や社会基盤と根強く結びついている為に[自覚]さえ困難であり、

尚更、女性差別による問題の整理、切り分けは困難を極めてきた。

フェミニズムが時に女性にさえ非難 拒絶されてきたのは、そのためだろう。

 

 

 しかし、他の差別問題が先ず【自覚】される事から改善されたように

キズナアイというステレオタイプ発明は、フェミニズムにおいてこそパラダイムシフトである評価したい。

 

 

【ここから蛇足

 

 

 そもそも[解説コンテンツ]というフォーマット上、解説員の対比として視聴者より若干無知な【キャラ】を出演させるのは必然

賢い奴しか出てなかったら視聴者は置いてけぼりだよ……。

 

 

古い活動家が最大のボトルネックになるのは社会運動アルアルだけど、フェミニズムもこれで更に1事例 追加されたよねー。

2018-10-08

anond:20181008143038

少年ブレンダtwitterを見た俺の脳内娘が全力で「お父さん、これ気持ち悪い…」と指さしてきた。

これは俺の「お気持ち」の問題だが、利用規約を読んでもピンと来なかったので少年ブレンダ行為が「アウト」なのかどうかは分からない。

皆が引用してる、

特定信条宗教政治的発言のため利用しないこと。

っていうが、信条のない言動なんてあるのか?とか思うし、

何が政治的かなんてそれこそ文脈や情勢によるとしか言えない。

これでは、くねらせてるのが卑猥だ、頬を赤らめているのが卑猥だ、服の皺が卑猥だ、と言ってるのと同じではないか

お気持ち」を表明すること自体別にいい。少年ブレンダ気持ちいからな。

でも、「お気持ち」が傷つけられたことを別の客観的指標すり替え批判するのは「性的消費」を持ち出すフェミニストと同じではないのか?

相手を「お気持ちw」と揶揄するのであれば自分達の「お気持ち」にも自覚的であれ。

一方で、これは自分たちの「お気持ち」に配慮しろと主張しているフェミニスト側が全力でオタクの「お気持ち」を踏みにじってきた案件だ。

虐げられている側が、自分たちはこういうものを味わっているんだぞとやり返す光景は色んな場面で見られるが、

(女性オタク萌え絵に虐げられているのかはさておき)

いい方法であるとはとても思えない。そう思うのは「強者傲慢」なのかもしれないが。

オタク強者とか笑っちまうよな。そしてこの気持ち強者傲慢だとしても少年ブレンダ気持ち悪い。

このままフェミオタク全面戦争焼け野原になるまで互いを燃やし尽くすことになるがそれで本当に良いと思っているのだろうか。

フェミ(主語でか)は明らかにオタクを燃やし尽くすつもりでしょ。

オタク側としても今のフェミに「譲歩」するつもりはないがね。

2018-10-01

anond:20180929144738

周りにブスだと評価されている人物自分もブスだと評価しつつ好きになる自覚的ブス専もいれば

自分はブスだと評価しないで好きになる無自覚ブス専もいるのでは

2018-09-21

小泉新次郎をdisってるはてなーに問いたい

自分がどうみられているか、というのに自覚的かつ操作的な時点で、安倍麻生鳩山や菅よりは政治家としてまともではないだろうか。

ちゃん姑息に立ち回ることができる、ということは身内の評価しか興味のない安倍一派に対する一番のアンチテーゼではないだろうか。

日本にはポピュリストにすらなれない政治家ばかりだ。

2018-09-20

anond:20180920152944

「気味悪い」は反応であるのに対し、「嫌い」は自覚的に下した判断から、ということではないだろうか

2018-09-19

anond:20180918233915

子を持つ親として、なぜか涙が出るエントリー

増田無自覚に、もしくはうっすら自覚的に感じている、かすかな親子の絆が切なくて仕方ない。

親として、離婚はしちゃいけないことだ。

というか、離婚っていうのはただの結果なので、離婚にならないような夫婦人間関係を構築していくことが子育てのあらゆるタスクの中で、最重要であるな、と思った。

当たり前過ぎることだけど、人間関係を構築する力っていうのが結局、一番大事

2018-09-18

欧州がなぜインターネット規制しようとしているのか

はてなではこの辺の話を全然わかってる人がいないようなので少し書こうと思う。

まぁ大した話じゃないので聞いてくれ。


EU一般データ保護規則(GDPR)やリンク税の推進など昨今EUインターネット上における様々な法案日本国内でも取りざたされるようになってきた。

はてブ内では批判的な論調大勢を占めるが多くのコメントを見ていてもなかなか大局的な指摘をするコメントが少ないように見える(もちろん知っている人もいるだろうけどあえて言っていないような気がするんだけど気のせい?)


これらの法案はざっくりまとめると以下のような法案だ。

GDPR

 EU域内において個人情報を扱うモノは規則にしたがって個人情報を扱わなければならない


リンク税(副次的著作権法

 リンク先のサイト著作権管理下に置かれたものだった場合リンクを張られた側は著作権料を請求できる。


また、ここまで大きくないところでも配信事業者一定自国コンテンツ流通させるようにする話も出ている。

これらの規制に関して着目すべき点は「インターネット国境などない」という点に非常に自覚的である点だ。

特にGDPREU域外企業にもEU域内データを扱う場合規則を課すというのは決定的な点である

またリンク税に関しても一定の規模以上のサイトGAFA etc...)と限定した点からも伺える。

アメリカに端を発するWWWはあらゆる国境をなくし、自由電子世界標榜してきた。

こういった、カリフォルニアン・イデオロギー的な態度は現インターネット内で大いに力を奮ってきた。

世界中の人々の情報を共有し、伝達速度を限りなく0に近づけ理想的世界を目指してまい進してきた。

しかし、近年そういったカリフォルニアン・イデオロギー、つまり新自由主義的な態度が果たしてインターネット及び現実世界によい影響を与えているのだろうか?

という疑義が巻き起こってきている。

Twitterはてブを使っているはてな民諸氏には最早言うまでもないだろうが、インターネット差別罵詈雑言、他クラスタに対する憎悪を溜め、社会を徐々に分断していった。

そういった事態は徐々に現実世界侵食し始め、極右政権の台頭やナチズム歴史修正主義の台頭を促してしまった側面は否めない。

ガンダムいわく、誤解なく分かり合える人々として定義されたニュータイプであったが、他者の真の感情理解してしまったニュータイプはむしろ憎悪つのらせ戦争プロパガンダの道具となってしまった。

インターネットはまさに同様の現象引き起こし共感歓喜を生むと同時に人々を分断する道具になってしまったと言うことだ。

EUはそういった事態認識し、今まさにインターネット上におけるカリフォルニアン・イデオロギー破壊しようとしている。

おそらく当初この事態で想定されていたのは中国である

中国の急速なAIテクノロジー進歩中国国民個人情報データ化による社会コントロールの有様を見て最早猶予余地はないと判断したように思える。

国境のないインターネットを介しての中国の影響力を回避しようとしたわけだ。

しかし、事ここに至っては想定しているのは最早中国だけではない。

近年のメインターゲットはアメリカである

英語圏の影響力が強すぎる日本インターネット圏に生息している場合気づきづらいが、インターネット社会全体が明らかにアメリカ人だけの影響を異様に受けるようになりつつある。

英語圏での主義主張ネット上に拡散させ多国間でその生息域を拡大しつつある。

先日行われた全米テニス選手権における報道で気づいた方も多いと思われるが、アメリカで行われた報道に影響される日本人が増大している。

しか事件のあらましをよく精査せずにそのままアメリカメディア)の思想を垂れ流していると言ってもいい。

これは明らかに危険兆候である

インターネット社会は各国の事情をまったく意に介さずに全てアメリカ規準物事を見てしまうのだ。

こういったアメリカ思想を全て正しいものとし、全世界に拡大することを私は"アメリカイデオロギー"あるいはより限定的に"ユナイテッド・ステーツイデオロギー"と呼ぶ。


テニス選手権の話以外にも、近年であればMeTooの事案が記憶にあたらしいだろう。

フランス女優安易MeTooに苦言を呈した話だ。

批判を受けて一部謝罪しているが、根本メッセージは変わっていない。


これは日本例外ではない。

例えばヴィーガン欧米流行し始めているが、この思想日本流行した際に発生するリスクがやはりある

日本人であれば誰でも思いつくと思うが「部落差別復興である

もちろん文脈の違う部分からおこった思想であり単純に現ヴィーガン過去日本思想比較することは出来ない。

しかしだからしてより危険なのではないかと考えられる。

部落差別であるという批判をあっさりすり抜けて肉食業者に対する過剰な批判が巻き起こる可能性があるからだ。

現在日本では比較的穏健なベジタリアン等が多いし、かなりのマイノリティの為に特に問題は起きていない。

しかし先日フランスで発生したヴィーガン肉屋襲撃を見れば想定されるべき事態は深刻である

日本では部落出身者に対する差別が横行し、戦後漸進的にそれを解消して行った。

いまだその差別は消えはしないが多少はましになったと言える。

それをアメリカイデオロギーによって再興されては困るのだ。

現代日本肉屋テロリズムを仕掛けることなどあってはならないことだ。

アメリカインターネット上の議論を見ても、ネイティブアメリカンと重ねあわされることが多いアイヌ米軍基地存在し、中国と関連してくることの多い沖縄についての議論は時たま発生しているように見える。

しか部落差別欧州はともかくアメリカではむしろ忌避すらされているのではないかとすら思える。

これは明らかに利害衝突が発生するからだ。


ともかく我々ネット住民及び日本国民、いや世界は岐路に立たされているのだ。

EUのこれらの規制はこういったアメリカ思想の過剰流入を食い止めようとしているように見える。

真っ先にコンテンツ規制があがるのもそういった思想を過剰に拡散されては困るからだ。

しかし、日本ではそのような議論がまったく巻き起こらない。

唯一そのような主張をしている人をただ一人知っているがあまり賛同は得られていないようだ。

私自身も完全にグレートファイアウォールネットを分断しろとまで言うつもりはない。

しかし何らかの形でインターネット構造再考を迫られているのは確かだ。


ちなみに私は専門家でもなんでもない。

単なる素人である

よってこの文書怪文書の類として読んでもらっても構わない。

どのような行動をとるかはあなた次第だ。

ヤバいエロが読みたいかゾーニングはして欲しい

 ゾーニング論争はエロ嫌いvs.エロ好きの戦いではないし、さらに言うならオタク嫌いvs.オタクの戦いでもない。少なくとも私にとっては。

 何故ならエロ好き&オタクの私もゾーニング派だからです。

 エロ絵そのものはいいんですけど、エロ絵を日常に持ちこむ人、それを当り前だと思っている人の感性が怖いですよね。たとえば猫虐待してる絵が表紙の本が本屋にずらっと並んでたらどうですか。ツイッターで「猫いじめさいこー」とか盛り上がってる人たちがいたらどうですか。猫の飼い主、怖くならない?

 以下、個人的な話なんですが参考までに読んでみてください。

 私はかつて小学生だったときネット彷徨い偶然エロテキストサイトをみつけてしまい、最初はあまりの衝撃に速攻ブラウザを閉じたけど徐々に好奇心が湧いてきて一通り読み漁ったという過去があります

 ここで良かったのは私が元々本好きでフィクションに慣れていたので、『これは架空物語であり特定欲望を満たすための都合のいい展開である』ということを認識できたことと、文字媒体なのでどぎつい描写モヤモヤ~とした映像しか頭に浮かばなかったこと。

 小学生が明らかに18禁小説を読むのはよろしくないことですが、ともかくそんな感じで私は『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』『とにかくエロだけを追求した話』『びっくりするほど下品であけすけな隠語』というもの嫌悪感はなかったのです。だってそれはそのサイトいかなければ読めないものだったし、自分が読みたくないときは読まなければいいのだし。

 それは刺激的で、斬新で、背徳的で、ジャンクフードのような中毒性がありました。普段は見ないけど、たまにひたすら頭の中の興奮ボタンを連打したくなったときに一気読みして、はー楽しかった、終わり、ってすっきりしてました。

 しかし同時に、私はネットでしばしば予期せずでてくるエロ広告嫌悪していました。私はあくまで刺激が欲しい時にエロ摂取したいのであって、いきなり飛びこんでくるエロはお呼びでないのです。むしろ「女を都合よく辱める創作を女に見せつけてもいいと思ってるんだ」と屈辱的な気持ちになりました。

 おわかりになるでしょうか? 「私が見たい時だけでいい、あとはいらない」と言うとわがままのように思う方もいらっしゃるかもしれません。

 これも本音なんですが、本質はもうちょっと深いところにあります

 エロテキストサイトとどこにでも湧くエロ広告の違いは、受け取り手能動性の差です。

 エロテキストサイトを見る場合、私は「荒唐無稽現実離れしてる刺激的なエロい文が読みたい」と意識してからサイトを開きます。私がそう思って行動しない限りサイトは開かれません。そして、サイトにはエロい話ばかりが集まっていますエロくない話の中に騙し打ちのようにエロい話があるわけではないので、そもそもこれはエロくてヤバい話を読みたい人向けのサイトだとわかります。つまり、「今から読む話では女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されてるけどみんなこれが架空だってわかった上のお遊びだから大丈夫」という安心感があります

 ところがエロ広告は、求めてもいないのに突然バン!と現れますしかも絵なので防ぎようがありません。日常なかに現れたドギツい描写こちらは面くらい、そして、「こんなヤバいエロ日常なかに放り込むなんて、この発信者もしかしてヤバいエロ日常を別枠だと思ってないのでは?」という恐怖を味わいます

 まぁ、今思うとエロ広告はむしろ不意打ちをこそ狙ってるんでしょうね。エロなかにあれば目立たないエロも、日常なかにあれば目立ってありがたがられますからね。ジャンプ過激化するお色気系漫画とかもそうなんでしょう。エロ漫画としてはそこそこでも少年誌の枠内では超エロ、っていう。

 でもね、人間、慣れるんですよ。

 嫌がってる人はなかなか慣れませんが、好きな人特に気にしてない人は普通に慣れますロリコン公言とかハイエースとかね、最初は「俺たち過激なこと言ってるぜ」っていう昂揚感、ヤベー奴スゲーみたいなとこから始まって、今ではすっかりネットミームでしょう。

 小学生恋愛対象に想定するタイトルとか、女の子がめちゃくちゃ露出してるとか、そういうのがありふれ過ぎて、日常浸食している。意図せず目に入ってくる。そういう状況は怖いです。

 ラノベは昔からエロ絵あったとかい意見もわかりますが、さすがにここまで多くも露骨でもなかったですよ。ホライゾンの表紙はラノベの中でもわりと異色だったように思います。少なくともエロい絵として喜ばれるぐらいには。今、特にオタクの中で話題にならないじゃないですかエロい絵の表紙。もう当たり前になっちゃったんですよ。

 露出の多い女の子が恥ずかしそうにしてるとか、乳首が浮いてるとか、パンツ見えてるとかの絵、女の子性奴隷に、だの、ロリがなんちゃら、だのいうタイトル、が『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』であり、『日常とは隔離された架空のおままごとである』という認識が薄れてきていますだって日常にあるんですもの

 大人になってから触れた人はまだいいですよ。それなりの分別はあるでしょうし、もし影響されて何かヤバいことしたとしても本人の責任です。それが大人ってものです。

 でも子供のうちにあれが日常と地続きにある環境は確実に問題があります。ただでさえ子供のうちは架空現実の境目が曖昧なんです。自分で言うのもなんですが私は特殊例で、ヤバいエロに触れるずっと前に親から子供の生まれ方や性的に気をつけなければいけないことを教わっていましたし、架空物語との付き合い方をわかっていました。だから女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』という箱を脳内に作り、これは日常とは絶対に交わらないものとして区分けできたのです。

 でも無視できない程度に日常ヤバいエロ浸食していくようになるにつれ苦痛を感じるようになりました。エロ広告ぐらいならまだ対処しようがありました。ネットを使って行くうちに、なんとなくエロ広告が出そうな場所を察知するようになり、それを避ける術を身に付けたので(もちろん取りこぼしはあります)。

 でもアニメ漫画ラノベツイッター動画サイト、ありとあらゆるところに蔓延ヤバいエロ思想オタクをやってると避けて通れない、どころか今やオタクじゃなくても目に飛び込んでくる数々の女体エロ絵。

 かくして私は『女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』を読めなくなりました。もはやそれは日常の地続きにあるからです。「お話の中ではとことんヤバいけど私は安全」とは思えないからです。

 何故ヤバいもの日常に持ちこみたがる人がいるのか、私にはわかりません。まぁ彼ら怖くないんでしょうね。女体持ってないから。でも、自分達にとって『日常にあっても怖くないし楽しいもの』が他人にとって『日常にあったら怖いもの』だということはわかって欲しいです。

 言われそうなので先に書いときますけど私は少女コミックとかもどうかと思ってます。今は知りませんが数年前に読んだときは「え~……?」と思いました。エロ描写自体はたいしてないですが、安易に性行為突入する展開が多く、さすがに注意書きとかレーティングとかがいるのでは、と。あれは表紙は無難なのでその点はラノベエロ表紙よりはましですが。

 BLの表紙も、扇情的すぎるのはキツいです。中身はエロくていいから表紙はやめてくれ。私はBLも嗜んでるんですがやっぱり日常に現れるエロは嫌です。エロ広告とかも最近はたまにBL系のやつをみかけることがあり、エロ広告の常として過激なとこを抜き出してくるので無理矢理描写とかが多いんですよね。日常人権無視思想を入れて来ないで欲しい。私は心構えをして、人権無視した話が読みたいと思って、自分で専門の場所にいったり専門の書籍を買い、そして初めて人権無視創作を楽しみたい。

 要は「これは人権無視している」という認識を確かに持った人々が愛好する人権無視創作じゃないと、「ひょっとしたら人権無視だと思わないでこの創作を楽しんでいるのでは?」という恐怖に苛まれるんです。被害妄想じゃないですよ、私結構な数の「ロリとつきあって何が悪い」って言ってる人見ましたからね……思い出すだけでキッツい。

 だからゾーニング(○歳以下禁止、表紙にエロやら辱められてる人間やら未成年との恋愛示唆する内容は出さない、コーナー作る)したいんですよ。日常とごっちゃになってるのほんと無理。殺人事件の本はあるじゃんとか言いますけど、本の表紙が首絞められてるとことか眼球に針刺されそうなとこのアップとかだったらぎょっとするでしょう?

 しかも今のネットだと「人の眼球刺すのすげぇいい」の場合

「え、刺したことあんの?(こいつヤバくない?)」

マジレスやめろよ、あくまフィクションだって

「えぇ……(大丈夫かな)」

 でしょうけど

小学生エロい、さいこー」の場合

「わかる」「それな」「JCBBA

かになりかねないわけで、この人らが内心「もちろん冗談だけど」という気持ちだったとしても字面だけ見れば既に倫理崩壊してるんですよ。正直眼球刺されそうな絵より可愛らしい絵柄の「ロリが俺のこと好き」みたいなタイトルの本の方が怖いです。これ(https://twitter.com/traductricemtl/status/1039259936453283841)の「今日から俺はロリヒモ」ってやつ、さすがに萌え絵エロ本かと思ったらMF文庫でヒィッってなりました。マジか……。

 元ラノベ読みなので別にラノベみんなこうなわけじゃないのは知ってますが、各社サイト行くと恥ずかしそうな顔で露出したり胸と股強調された服の女の子の絵ほんと多いなぁと思いますMF文庫特にヤバいな。

 露出過多で恥ずかしがってる女の子可愛いって言うのぶっちゃけいじめっ子の感覚だし、纏足して足が小さくなったせいで転んでしま女の子可愛いって言ってるのと同じですよ。

 頼むから皆さんヤバい思想には自覚的に向き合ってくださいね……。

 私はなんの心配もなくヤバいエロが読みたいです。

2018-09-15

anond:20180915025210

自覚的パンツが見えそうな構図にしてるかとタイトルとの兼ね合いやね

2018-09-14

ラノベオタクほんとに頭悪すぎるな。ラノベオタクは常に相手より自分の方が頭がいいと思ってる。それは絶対的な前提のようだ。「賢い俺たちがアホなフェミ攻撃されている」という認識がまったく揺らがない。これは一種カルトだね。きみらはフェミカルトだと思うかもしれないが、ラノベオタクも同じようなカルトしか見えないよ。

ラノベオタクは何と戦ってるかわかってないかもしれないけど、きみらが対峙しているのはネット上のキチガイフェミではなくて、「社会学」というコンテクストだ。あるいは哲学も含まれるかもしれない。

ラノベオタクは最終的には社会学や人文諸科学と対決して勝たなければならない。きみたちは文学部不要論をありがたがる人たちだから社会学哲学議論なんて理解する気もないのだろうけど。

まずは被害妄想から卒業して、自分たちの攻撃性に自覚的になってほしいところだ。ネットではオタクマジョリティなのでそうはならないというのが歪んだところだが、明らかにきみらは性暴力加害者だ。

現実として問題のあるラノベ存在しているのに、それを無視して「主語が大きい」系の反論で逃げようとする。そこにある現実に向き合う気がないのだろう。問題あるのは一部だからなんの問題もないという態度はとても誠実には見えない。その一部が問題になっていて、批判されているんでしょうが

2018-09-13

anond:20180913015814

毎回殺し文句みたいにこれ言ってぶー垂れてる奴いるけど、全然効果ないっていつ気付くんだろうか

大概の人は主観だって自覚的で、主観集合体オタクは押されてるんじゃないの。

それを指摘して勝ち誇ってる暇はないんじゃないの。

2018-09-07

anond:20180907073437

キモいとか変とか散々ニヤニヤ嘲笑してくるくせに、いざ本人がそのへんに自覚的発言すると

「お前なんか凡人だ!!特別だとでも思ってんのか!?勘違いキモいキモいキモいwww」

とかムキになる知り合い思い出した。

から愛されなかったんだろ。

2018-08-28

anond:20180828175451

性的消費」というのは、男も女ももっと積極的自覚的に行っていくべきなんだよ。

性的消費」は2次的に経済的消費に繋がるので景気が良くなるし、

性的消費」による健全な性欲の高まりは、少子化対策にもなるだろう。

古い道徳観念に従って、「性的消費」を悪いこととするのがそもそもの間違いなんだ。

2018-08-21

anond:20180821172755

これに限らず増田では、「公知事実に対して出典を要求する」的なムーブを頻繁に見かけるけど、これ何か名前ついてないんかな?

地球太陽の周りを回ってる」って書き込みに「ソースは?」っていうくらい滑稽なんだがやってる本人これ自覚的にやってるんだろうか。

地球太陽の周りを回ってる」ことも証明されたから公知事実になったわけだが。

anond:20180821172755

そいつについては自覚的だろうな。

信頼出来るソースが出ても何かしら文句つけてくるし。

anond:20180821171722

これに限らず増田では、「公知事実に対して出典を要求する」的なムーブを頻繁に見かけるけど、これ何か名前ついてないんかな?

地球太陽の周りを回ってる」って書き込みに「ソースは?」っていうくらい滑稽なんだがやってる本人これ自覚的にやってるんだろうか。

2018-08-10

anond:20180810123743

ネガコメ食らった時に「実在する人間から生の敵意を向けられている」ということに対して自覚的になるべきなんだろうなと思った。

これまで「インターネットの向こうに生身の人間がいる」というのは、傷つけるようなことを投稿するのはやめましょう、という文脈教科書的に使われてきた。けれど、むしろ傷つけるようなコメントをつけられた時こそ、それが生身の人間によって投稿されていることを忘れてはいけないと思う。バグったAI罵倒してるんじゃなく、実在人間自分に対して強い敵意を向けて書いてるのだ。削除すれば終わり、BANすれば終わりじゃない。強い敵意に基づくしつこいネガコメが削除され、投稿者がBANされたからといって、その敵意がなくなるわけではない。

はいえ、たいていの人はネガコメガス抜きできてて実際に刺しにくるわけじゃないし、削除されたりBANされたら戦意喪失するかもしれない。

しかし、削除やBANによって敵意を募らせるような異常者もいる。そして敵意を向けている人から見ると自分のほうが憎むべき加害者であり、削除されるのは卑劣加害者通報してるからという思い込みすら持たれる(実際には通報ではなく運営が消していたとしても)

警察がどうにかするしかないって言う人もいる。

しかし、単に敵意を持っているだけでまだ加害行為に至ってない異常者は、たとえ警察通報しても実際に危害を加えるまでは放置される。

これはインターネットじゃなくてもでもそう。騒音おばさんですら1年半大音量隣家を罵り続けて捕まらなかったのだし、ネット暴言ぐらいならば厳重注意ぐらいで済まされる。むしろ警察沙汰になったことで余計に恨みを持たれるのではないかとも思う。

潜在的加害者を未然に捕まえたり拘束することができない(もし予防拘禁ができたとしたら、それはそれで恐ろしい世界だ)のだから、結局は自衛するしかないと思う。

アカウントで誰かの恨みを買うようなことは書かない。炎上に加担してヒーロー気取りするのもやめる。そして増田を使う。

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