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はてなキーワード: 自覚的とは

2017-07-01

ひとまとめに「障害者は~」って書いてあると馬と鹿の違いがわからずに動物語る人みたいな印象を受けてなんとも言えない気分になる

「男は~」「女は~」っていうのも一緒だけど

物事を雑なくくりで扱ってしまう知性の程度に自覚的であってほしい

自称プロ障がい者のオッサン

あらためて色々記事が出てるけど本当に嫌いな人種だ。

結果に関する善悪や良し悪しについては分かる。バニラエア空港改善すべき点は確かにあったし、改善が促される結果に至ったのは良いことだ。

でもあのオッサンは明らかに嫌な奴だ。「相手に非がある場合は、大手をふってやっつけても構わない」とナチュラルに思っている感じが本当に嫌だ。

俺は権利自由を「勝ち取るべきもの」とする考えが大嫌いだ。その考え方は争いしか産まない。誰かが何かを「勝ち取る」時、一方では誰かが何かを「負けて失う」事になる。「勝ち負け」を軸にした関係構築とはそういうものだ。

あのオッサンがその事に自覚的なのか否かは分からないが、彼の振る舞いは「悪者」を生み出して「負かし」ている。そうして得られた自由権利は、本当に社会全体の公益寄与する物なのか?

あのオッサンは、そんな事は、一切考えていないのだろうな。明確に害悪だと思う。

2017-06-26

セッ◯スアンドザシディ滅びろ

ど直球なドラマタイトルを目にするたびにゲンナリするのをどうにかしてくれ。あと女の下ネタや下世話な話を「赤裸々なホンネ」とかいマジックワードで崇める風潮も闇に帰れ。あんなの、はしたなさを誤魔化してるだけだ。中年同士の愚痴大会女子会とか称するのもウザいから辞めてくれ。女子女子と言えるのはせいぜい中学までた。それらの言動日本女性自身品位を落としていることにいい加減自覚的になってくれ。あーあと俺もドラマの中身は見てねーからノーコメント

https://anond.hatelabo.jp/20170625153549

2017-06-25

マジでやめにしようぜ同意のないセックス

「~~をしたらセックス同意したとみなされるか」みたいなのが話題になってるけど、ちゃんと言葉同意した場合だけに決まってるでしょ。

これまではそうじゃなかったのかもしれない。なにかしらのサイン符丁があってセックス合意としてたのかもしれない。それで男も、女も楽だったのかもしれない。

けどそのせいでレイプまがいのことやレイプが起きてるとわかったいま、そういう習慣をつづけるのは半分加害者みたいなもんでしょ。

 

もういいかげん、双方がちゃんと言葉にして同意してないのにセックスしようとする人間は男であろうと女であろうとクズってことにしようぜ。

というか口頭だと証拠が残らないから書面にしよう。恥ずかしいとかいってる場合じゃない。

そもそもそれが標準になれば恥ずかしいとも何とも思わなくなる。

いまは違和感があるひとが多いかもしれない。

けど、書面で同意しないでセックスしようとする人間クズである、って認識が広まれば、いまある最悪な事態犯罪の何割かは無くなるだろうし、過ごしやすい世の中になると思う。

から「ってことにする」「ということにする」。自覚的に、そういうものだ、と認識する。これをみてるあなたたちから。そういう認識を広めてほしい。

 

どうせ未来はそうなる。倫理的にそういう答えしかまずないんだから。その未来ちょっと早めるだけで、救われる人はかなりいると思う。

2017-06-22

AKB結婚宣言問題

恋愛禁止という条件でそういう売り方をしてるのに結婚宣言をしたのは悪いことだ」なんてことを平気で抜かす思考停止人間が多いことに驚かされる

そんな人権無視した条件はそもそも最初から無効であって、そんな提示鵜呑みにすることこそ悪いことだ。少し常識があればそんなもの実質的な効力がないことはわかることだ

契約書を交わした契約でさえ、条件があまりにも異常であれば法的に無効判断されることがあるのは常識だろう。流行りの過払い金請求なんてその代表例だ

どうしてAKBのすべてのメンバーが「本当はいつでも勝手恋愛結婚をしてかまわない」権利を有していることに気づかないのか

もちろん「よりにもよってあの場所で発表するのは最悪で、配慮が欲しかった」というくらいの苦情をいう権利ファンにあるだろうが、

根本的に「恋愛禁止」なんてこと自体がおよそ現代社会で認められて良いものではないことには常に自覚的であってほしい

https://anond.hatelabo.jp/20170622013411

酒は本来それだけ怖いものだってことを肝に銘じてもらえればと思う

セクハラされた人としては良い迷惑だったろうし、取り返しは付かないかもしれないが、今後女性ふたりきりで飲む時に心構えはできるよね

アルコール人間から自制心を取り除いてしま効用があるけど、その自制心の部分込みで人格からあなたは今後アルコールに対しても自制する心構えを持てればいいのだ

個人的には自分加害者になる可能性について自覚的な人の方が、その怖さを知ってるって意味人間的に信頼できると思ってる

ドンマイ

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620183938

でも出版社作家本人も特にラノベだと名乗ってない場合が大半だよね?

ラノベという言葉が知られていなかった昔はもちろん、

現在だって必要なけりゃ敢えて「ラノベ」なんて名乗らないよ。

講談社ラノベ文庫みたいにラノベをもって自任するのは稀で、

たいてい「ラノベだと言ったほうが話が早いから」くらいの使われ方。

電撃文庫みたいに自覚的ラノベだと名乗らないレーベルも、

MW文庫新潮文庫nexみたいに「ラノベではない」と宣言するところもあるし、

それらがラノベレーベルかどうかは読者によって判断が分かれてる。

ラノベレーベルからラノベ」なんて単純には言えないよね?

https://anond.hatelabo.jp/20170620012548

涼宮ハルヒ自体には承認欲求はねえだろ。むしろまらない世界積極的否定したいっていうロックマインド持ってるやつだぜ。

ついでに言うとハルヒサブカル女じゃねえし、オカルト自覚的オカルトだと理解した上で言語として使ってるぞ。

キチガイではあるが、メンヘラでもない。それほど今のラノベありがちな類型にも当てはまってないしそれは憂鬱から驚愕まで一貫してると思うがな。

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170426231119

すでにTBで回答されてるけど「ちんこ入れてる方が攻」で「入れられてる方が受」だよ。

男女のSM場合で女が男にサービスする場合は「女攻め」と「男受け」、あるいはM側が「男責め」みたいになるようなもんだ。

ここまで前提。

元増田が言ってる「精神的な部分」は「シチュエーション萌え」として解釈されている。

二次創作場合、同じカップリング ((「A攻×B受」と「B攻×A受」は、作品キャラが同じでも実質的に【完全に別ジャンルであることに注意。)) でも人によってキャラクター解釈は違うし、人によってキャラクター二人の関係性の受け取り方も違う。

から同じカップリングジャンルでも「飛影はそんなこと言わない」は大凡発生しまくるし、その状況にも「地雷」という名前がついている。

「攻が受に依存する」というシチュエーション女性向けの中では王道中の王道で、「依存萌え」と名前がついている。攻が受がいないと生きていけないという状況はロマンチックで人気があるし、それを実は受が操っていたというシチュエーション悪女萌え典型だ。pixiv なら作品ジャンルによっては「黒(受キャラ名前)」などのタグが付くくらいに定着している。

で、攻×受が2パターンしかないのに対し、シチュエーションは星の数だけある。それにいちいちラベリングして棚を作っていくのは難しいし、描き手にしたって自覚的でない場合もある。

からアニメイトが棚をカップリングの攻/受で分けるのは実利にかなっている。まんだらけだって20年前からそういう風に棚作ってたし、そもそもコミケサークル作品/攻・受で配置を決めるんで、ちょっと同人を知ってる人なら「今さら何言ってんの?どこの世界から来た人?」っていう感じではある。

そのように「●●(のアナル)が△△(のペニス)を強姦するので『●△』のタグ付けときますね(はぁと」みたいな奴が発生して「それは襲い受だ」と即ボコられているのを偶に見かけるくらいには、攻受の概念固定化されています

それがいい悪いは別の話だし、細かい部分では「●+△」「●△●」「同軸リバ」などの概念もある。

そこからも外れたい人は「カップリング表記なし/主要キャラ」「オールキャラ」のラベル選択していく。

 

 

男性向けの棚では人気ジャンルだけはそのコーナーがあるけど、その他は「百合」「ショタ」「男受け」「母子もの」と性癖(と作家)の区分で棚を作っていく。それに対して、女性向けは作品キャラで棚を大きくわけて、そこからキャラ関係性(攻受)>作家、と並べていく傾向にある。

どちらも顧客が何を求めているかが反映された棚作りをしているわけですね。

現実歪曲フィールドの持ち主アピールしてる人

見かけたら裸足で逃げ出せ。

ウェブ系のベンチャー企業とかには自分現実歪曲空間の持ち主だと思い込んでる(だけのただの凡人)がちょいちょいいる。

実際には自分でも信じているわけではなくて、自分の言うことを聞かせるためのただの演出だったりすることもある。

無自覚だろうと自覚的だろうと、まあ彼らは結局、奴隷が欲しいだけだ。君を何でも言うこと聞くイエスマンにしたいと思っている。

ちょっとでも何か演出っぽいなって思ったら逃げろ。何か用事を思い出したことにして、強引にでもいいから全力でその場から逃げ出せ。

そういう演出をする人たちってハリウッド映画の見過ぎなんだと思う。

絶対に捕まるな。

2017-06-11

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 55話

アグニの演技はこれまで周りに翻弄された結果、無意識に行うものばかりだったけれども、前回や今回のはかなり自覚的かつ自分本位利己的な使い方をしている印象がある。

本作における「演技」という概念が、テーマにおける何らかのメタファーになっているという予想はこれまでもしてきたけれども、今回のが何を象徴しているか判断しにくいなあ。

アグニの現状や心境の変化を表現している見方もできなくはないけれども。

僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!! No.79!!

お茶子たちの心情は理解できるが、デク側が節操なく露呈してしまったケースならいざ知らず、あちらからわざわざ首突っ込んでおいてヒかれるってご無体な話だよなあ。

から見れば理解されにくい属性であったとしても、個々人が善良であるならば基本的問題ないことなのにね。

まあ、でもこれはコメディなわけで、そこらへんを気にすること自体が無粋ではあるんだけれども。

属性を過剰にするか欠如させてキャラクター表現するのは手法としては極めてオーソドックスなわけで、それはオタク(爆豪風に言うならナードだって例外じゃないだろうし。

地球人テラちゃん 4話

ちょっと銀魂イズムを感じるエピソードだったかな。

下品な話をとことん壮大にしつつ、ダブルミーニングを持たせたりして、何だか良い話っぽく語るって感じが。

つの要素で話を転がしつつテンポよく展開を進めているのは好感触なんだけれども、後半から話のテーマ提示して纏めに入ったためにギャグが控えめになってしまったのは残念なところ。

ギャグ漫画はいえ終始ネタを放り込みまくりものよりも、緩急のある構成の方が私は好みではあるけれども、その配分バランスについては繊細さが要求されるかもしれない。

青のフラッグ 12

後半に出てくる子猫がすごく舞台装置的だなあとは思いつつも、見せ方が上手いからそういう粗探しする気持ちが吹っ飛ぶね。

あの場面でのトーマの視点意図的に省略して描いているんだけれども、そこを不自然にしない構成なのは感心する。

あの場面での第三者目線描写は真澄なわけだけれども、前話を踏まえると最も適任だから自然なんだよね。

前回で真澄のエピソードを語りつつも、今回の太一フラグもたてていた。

で、今話の前半によって、後半の事態の重さを否応なしに理解させている。

構成だけで見るとやや露骨にも見えるけれども、丁寧な情景描写でゆったりと見せているからそれが緩和されている印象。

フルチャージ!! 家電ちゃん 51話

今回のプロット破天荒であることは明らかではあるんだけれども、それを大真面目にやればコメディになるっていう典型だね。

パロディ元があって、それがあからさまであるなら尚更。

結局、パロディって元ネタ受け手に伝わらないと面白さが半減するから、やや大衆向けに露骨にやったほうがいいんだろうね。

ギャグとしては話の説明自体は一応の筋が通っているせいで、イマイチ昇華し切れていない箇所もあるが(まあ、パロディ元もSF要素の強い作品ではあるんだけれども)。

2017-05-31

座布団

女性生理の時にパンツの中に敷くナプキン座布団というらしい

確か、何かの漫画

座布団貸そうか?」

みたいなやり取りがあって知ったのだと思う


あっ僕が伝えたいことは、せんせいのお時間が長期連載すぎて

今読むと一巻の生徒たちは完全におばさんの言動じゃないか! ということです

みか先生北川好意自覚的なシーンが好きです

アメリカ旅行中に

松本先生が「北川さんのオススメのお店なのに美少女揃いだわ!

みたいなことを言って

みかせんせいがしょんぼりするところはもう涙が出る

2017-05-30

引用」を学者専売特許だと思ってる連中が予想外に多くて頭痛

例のpixiv論文の件な。

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

pixivは会員制だから勝手引用しちゃマズいんじゃない?」とかの主張は、まあ、間違っちゃいるけど素朴な感覚としてまだ理解できるんだけど、

学者はなんでもかんでも『引用』していいと思ってるのか?」

「『引用』は生得権利じゃないから乱用するな」

「存命人物からの『引用』は基本的禁止にしよう」

みたいな主張がワラワラ湧いてきてて、えっ? そこから? ってなった。そこからわかってなかったのお前ら。

引用学者専売特許じゃねえええええええええ!!!!!!

お前らだってしょっちゅう使ってんだろ!!!!!

あのさ、記事の一部をコピペしてURLを添えて、「面白い」「ここ笑った」「考えさせられました」「なるほど」とか投稿してるでしょ? それ引用

好きな本や漫画の一節や一コマを呟いて「ここすごい好き」「名台詞」とか陶酔してるでしょ? それ引用

おかしなこと書いてる論文があったら変なところを抜き出して「これはおかしい」とか論評してるでしょ? それ! 引用!!!!!!

しか!!! 無断引用!!!

ほんとに何なの? そもそもこの件が騒ぎになるまで引用って言葉を聞いたことがなかったの? 聞いたことはあるけど意味がわかってなかったの?

いや一般人なら別にいいよ。でもお前らオタクだろ? クリエイターだろ? 表現規制ハンタ~イとか叫んでただろ?

なんで著作権法重要事項の一つである引用」をまるで理解してないの?

しかクリエイターとか著作権法でメシ食ってるわけじゃん。エロゲシナリオライターがそれ理解してないって何なの? 副業で講座開いてる奴がわかってないとか何なの?

http://anond.hatelabo.jp/20170527223230

引用禁止とか制限とか、正気で言ってる? お前ら日頃読んでるニュースサイトブログマンガラノベエロゲ、その内容を引用しまくってんじゃねーか。非公式の名台詞ランキングとかやってるじゃねーか。ソシャゲスクショうpりまくってんじゃねーか。ヲタ馬鹿にした奴がいたら発言を引っ張ってきて叩いてるじゃねーか。それ全部引用だよ。いちいち著作権者許可取ってねーだろ? それは引用は誰でもどんな公表された著作物からでも作者に無断でやっていいって著作権法に書いてあるからそういうことができるんだよ。

学者引用って言葉をやたら持ち出すのは、単にあいつらがそれに自覚的ってだけで、お前らだって日常的にやってるんだよ。テキトー引用をしたら怒られる学者と違ってお前らは厳密な引用とかしなくても誰も怒らないから気にせず生きていられるだけなんだよ。

引用権利がなかったらオタクQOLがどんだけ下がると思ってるんだ。ていうかそれ普通に表現規制だろ。自由言論の一部には自由な論評(感想も論評だからな)が含まれて、その論評を支えるのが引用自由なんだけど、それがなかったらどんだけ息苦しい社会になると思ってんだ。自分引用されることを防ごうとしたら自分引用する自由も奪われるってちゃんと理解してんのか。

何が悲しいって、表現規制ハンタ~イ表現の自由を守れ~とか言ってた連中が、こうもあっさりと表現規制賛成派に転ぶことだよ。お前ら本当は表現の自由とかなんも関心なかったんだな……って思うわ。表現規制反対派の看板今すぐ下ろしてくんない? 同じ反対派として迷惑です。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170518013524

妥当とは言い難い前提を元に長年に渡って合理的思考を重ねた結果、妥当でない観念が染みついてしまった事例。

増田は、「人の価値は才能で決まる」「才能のある者が本業以外に関わるのは、全てリソース無駄である」といった教条を無批判に信奉しているように見える。

おそらく、人文思想から離れた学問を専門としていて、自己思想のありようについて自覚的に学んだり人と対話して理解を深めたりする機会に恵まれなかったのだろう。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

「でも履いていないと、履いている人間と比べて不利になる。」←これが真かどうか本当に確認した?

履きたくない人はどんどん履かないでいってるよ。

社会マナーが変わらないと自分の行動を変えられない」と言う人は結局自分社会マナー維持に貢献してることに自覚的になって欲しい。

本当にマナーを壊したいと思ってるならまず自分から破ればいい。

昔は一般的だった結婚退職出産退職が、しなくてもよくなってきたのは、「空気を読まずに」実際に仕事を続けた人たちのお蔭だよ。

そういう人たちが結婚しても、出産しても仕事は続けられるんだって証明し続けてきたから。

履かなくてもちゃんと仕事はできますってあなたが見せればいい。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505022252

今まであまり自覚的でなかったのですが、

おっしゃって下さったとおり、仕事を任されたり高めの肩書を得たりすることにも

(悪い意味で)強いプレッシャーを感じがちでした。

(任されたら任されたで、頑張り過ぎるくらい頑張るのですが。)

今はまだペーペーなので大丈夫ですが、今後の事を考えると仕事にも支障をきたすかもですね…。

率先して何か役割を担うことが本当に苦手で、その辺も自分恋愛観と関係しているのかもしれません。

恋愛に関しては「まあ、しょうがいかなぁ…。」くらいのスタンスでしたが、

仕事が絡むとなると、ちょっと改善していかないとまずいな、という気がしてきましたね…。

貴重な気づきを与えてくださり、誠にありがとうございました。

仕事恋愛、双方で改善策を練りたいと思います…。

僕は恋愛ができない

なんかラノベタイトルみたいになってしまったが。

恋愛定義を「異性とお付き合いをする」とすると、僕は本当にこれが出来ない。

割と真剣に悩んでいて、このままだと結婚とかできないんじゃないかと思い始めてきた。

これに自覚的になったのはは高校1年生の時。

入試を無事突破した僕には初めての彼女が出来た。相手はかなりモテる人だった。

付き合う前は結構キドキしてたのだが、こっちから告白して、いざ付き合おうとなった次の日から急激に冷めた。

お付き合いしてる期間は何度か謎の腹痛やら吐き気やらに襲われた。

そんなこともあり、結局2ヶ月くらいで分かれてしまった。

高校でもう一人、大学でも一人の方とお付き合いさせていただく機会があったが、結果は似たような感じだった。

箇条書きで、僕のスペックやら症状(大げさか??)やら個人的に思うことなどをまとめておく。

スペック

男性

顔は多分中の上くらい。

そこまで身なりに気を遣ってるわけでもないが、酷いわけでもない。

学歴もまあまあ。そこそこ大手会社入社現在20代前半。

コミュニケーションスキルは中の下くらい??

病的なコミュ障とかそういうのでは決してない。

あとLGBTとかではなく、女性が好きです。

▼症状

・友人として絡んでる分には普通に楽しいのだが、異性としての好意を向けられたりすると強烈な嫌悪感に襲われる。

・付き合ってる期間も「○○の彼氏」という肩書に変なプレッシャーを感じてしまう。疲れる。

▼思うこと

・『やがて君になる』と言う作品をご存知でしょうか??

「好きになられる≒期待される」ことを嫌がり、登場人物の一人が「絶対に(??)自分を好きになってくれない人を好きに」なったりするお話なのですが、現時点で一番自分と近いものを感じています

ちょっと傲慢かもしれませんが…。

アドラーには怒られるかもしれないが、人間関係に関する過去トラウマやらと関係しているのだろうか??




周りが普通に恋愛している中、自分がよく分からん悩みを抱えてしまっていることに最近妙な焦りを感じています

なんか思い当たることとかある人いたらコメントください。

2017-05-02

バチェラージャパンを観て少子化問題を考える

Amazonプライムに加入していると、Amazonプライムビデオというサービスが使える。

Amazonプライム配信している映画ドラマなどは見放題という、暇つぶしには最適なサービスだ。

そこに「バチェラージャパン」という独占配信番組があるのだが、先週末に放送が終了したので、感想を書いてみようと思う(盛大なネタバレあり)

「バチェラージャパン」はもともと海外放送している同名の企画番組日本に輸入したものらしい。

企画内容を端的に説明すると、バチェラーと呼ばれる超絶ハイスペック独身男性一名が、

数十名の年齢も経歴もバラバラな女性たちと各地のリゾートやら保養地でイチャコラしながら、

毎週「ローズセレモニー」という儀式で脱落者を選び、最終的に残った一名と運命婚約を果たすというものだ。

一応やらせなしのそのままの男女のドラマが繰り広げられるということで、いわゆるリアリティ番組と言われるジャンルとして喧伝していたらしい。

番組の内容的に、上品と言えるものではないので敬遠する人も多いと思うが、個人的には毎週楽しく見ていた。

番組の前半は恋愛番組というよりむしろ女性同士の心理戦サスペンス要素が強く、

場を仕切る女性や、泣き出す女性など、女性内面に迫るのではなく、キャラ関係性を際立たせた構成で、

いや、こいつ番組の都合上残してるだろ、みたいなツッコミを入れながら見るのが楽しかった。

後半になるにつれ、当然と言えば当然だが残った女性一人一人の人格がフィーチャーされ、よりドラマ的な演出が増えていった。

しかしながら本人が本気で言っているのかわからないような、自分から落とされるような発言をしたりして、

駆け引きと言える場面もなく、正直言ってだんだん飽きてきてしまった。

最終的には、ゆるふわ系で22歳の高学歴女性最後の一人となり、運命女性としてバチェラーに選ばれる。

大方の予想も覆されることもなく、平和シーズン1(シーズン2もあるらしい)は終わりを迎えた。

さて、そんなバチェラージャパンだったわけだが、非常に示唆に富む番組であったように思う。

超絶スペック男性を多くの女性が奪い合う形式は、現代婚活市場を正しくそのまま可視化しているし、

最終的に選ばれる女性が、若くて美しく、そして何より高学歴であったことは非常に現実的な結末であるように見えた。

(35歳のバチェラーロリコンだ何だと非難を浴びているが、彼にとって極めて合理的選択だったのだろう)

そして何よりバチェラージャパン象徴なのは参加者の多くの女性が、一時的はいえバチェラーに選ばれる経験をし、

その夢のような世界に身を置くことができる点だ。

(低スペック男性可視化されない=その場に存在しないことも極めて現実的である

退場していく多くの女性たちが、その事に自覚的で、バチェラー感謝を示し去っていくシーンが多くみられ、印象的であった。

そして現実でもそんな逆シンデレラのような状況に多くの女性が陥っている。

多くの女性は、きらびやか世界を知ってしまっている。

そこから現実に向き合い、現実的結婚をすることに大きなハードルがあることは、容易に想像がつくだろう。

もちろん、同窓生や身近な関係者の中から相手を見つけ、社会人数年目には結婚するという、極めて牧歌的結婚果たしている者も当然多い。

しかし、多くの男女はそのタイミングを逃し、いわゆる婚活市場と呼ばれる泥沼に足を突っ込まざるを得ない状況になっている。

男性は多くの女性にとって自分可視化されない現実に、女性は向上することのない生活水準にそれぞれ向き合わなければならない)

婚姻関係出産が大きく結びついている日本では、この問題は避けては通れない。

低所得者の増加や育児環境の未整備など、社会的な要因も当然重要だが、根本的な男女間の価値観はやはり考える必要があるだろう。

そう、バチェラージャパンは、「逃げ恥」のような現代的な理想恋愛を見せるのではなく、現代的な現実恋愛を見せるという意味で、

確かにリアリティ番組としてのリアルを持っているのだ。

繰り返されているテーマであるがゆえに、2017年の生きたサンプルとして、バチェラージャパンを是非様々な方に見ていただきたいのである。(おわり)

2017-04-30

アニメとか漫画の細かい描写理解できない

けもフレ最終話紙飛行機意味がようやくわかった

あれは、手先が不器用で火を怖がってたサーバルちゃんの成長を意味してたんだって

あのさ、冗談じゃなくてマジで聞くんだけど、みんなそういうことどうして理解できるの?

おいらそういう機敏みたいなのがよくわからない

なんかこう「ふわあああ」みたいなのを感じるだけでうまく言葉にできない

ブリーチソウルソサエティラストの「雨が止んだ、気がした」ってどういう意味

スパイラル推理の絆の「あなたを悲しませずにすんだ」ってどういう意味

クロボンゴーストの「その時はまたわたしが指をさすよ」ってどういう意味

くいっくすたーとのラストでどうしてフミは泣いたの?

ワタモテのうっちはーなんでキモいって言いながらウンコ食べたの?

めしばな刑事タチバナ代々木さんは本当は村中ちゃんのことが好きなの?

せんせいのお時間ミカ先生北川好意にどれだけ自覚的なの?

ううき版パトレイバー最終話サブタイトルって何がどう意味深なの?

犬のアニメ監督はなんでメカ音痴って言ったの?

メカ音痴はなんでそれでもーいったいこの僕に何ができるっていうんだー憂鬱な箱庭の現実を変えるために何ができるのー人生の半分もまだ僕は生きてないの?

メカ音痴の同僚の病気ときへその緒ばくばく食べ色黒レゴブロック大好きアニメ監督が選ぶ女性声優はなんであんなに可愛いの?

メカ音痴はなんでそばが入ってないお湯しか入ってない丼をすする演技をしたの?

文芸部伊藤くんはどうして離婚したの?

ううきまさみは絵が上手いだけじゃダメなんだよナガノくんってマジで言ったの?

明るいイデオン計画ってなんなの?

長谷川裕一貧乳女性ってなんであんなにえっちなの?

ガンダム系とダイソードは全部読んだけど、次は何がオススメ? 設定だけ見るとクロノアイズが気になる

から結局、GはなんのGなの?

要するに手塚るみ子諸悪の根源なんでしょ?

2017-04-29

消防団員食事騒動に見る差別意識

以下のまとめを途中まで見た。時間無駄なので読む必要は無い。

https://togetter.com/li/1105343

二人の差別主義者が登場する。

Aは消防団員外食するのはみっともない、見苦しいと主張する。ただの差別主義者だ。

もう一人BはAに対してその差別的な主張の根拠を求めている。Aは支離滅裂発言で応えると、論理的でない、話を逸らそうとしている、などと徹底的に責め立てる。

Aと二、三言葉を交わした時点で、BはAがただの差別主義であることがわかったはずだ。差別主義者の差別的発言感情論以外の根拠はないので、それを問いただすことに意味はない。なのにBはAにしつこく絡む。

まりBは、差別主義であるAを徹底的に否定することが目的となっている。楽しんでやっているのだ。自覚的かどうかはともかく。つまりBもただの差別主義者だ。

最近差別主義者に差別的な人が増えてきて困る。

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425135337

あれはなんとかなると思って泣き叫んでいるのではなくて、何も考えずにただ泣き叫んでいるだけ

ただ泣き叫ばれると周りが迷惑からなんとかしようと動いてしまうだけ

本人にはなんとかなるからそうしているという自覚はない場合が多い

自覚的に泣き叫ぶ人間も中にはいるかもしれないが少数派だろう

2017-04-24

岡村俊一騒動から見える人力飛行機ソロモン

2.5次元演劇作品の出来に不満を持つファンが不満の声を上げているようだけど、構図としてはニチアサ特撮番組古参新規ファンとの間で起こっていた諍いと同じ構図に見える。

元々から作品を楽しんでいたファンからすれば不出来に感じたものでも、それを楽しんでいる層が一定数おり、製作サイドからすればそちらを優遇したい。

その判断製作側がしたのだから、仕方がないのだ――

自分観測する範囲だと、当時の新規ファンはそう主張していた。

渦中にいる演出家は、故つかこうへい系譜にある人なんだそうだ。

「元来役者なんて河原者」なんて言い回しを好んだのは唐十郎だったが、つかも同様だった。

お客が望むパフォーマンス第一で、役者人権なんて豚に食わせろ、という狂った部分が見えた。

そのために阿部寛は客席の男性(仕込み俳優)とキスさせられたし、女優は頭で大根をかち割った。

それに別の理屈をつける人もおろうが、自分は「客に受けるためなら何でもやる」だと解釈している。

その意味において、客が喜ばなかったのならば、素直に失敗を認めるべきだ。

演出家自分で言うように、俳優のことを第一に考えているのなら、彼がすべきことは俳優のためにおのれの失敗を認めて、土下座をすることだ。

客に文句を付けるなんてのは、スベった芸人言い訳と何も変わらない。

ただこのような場合、スベったかどうかを判断するのは、いつも製作サイドだ。

演出家は、不満を持っているファンたちが主張するように、問題のある人なのかもしれない。

でもそのうえで製作サイドは彼を必要としたのはなぜか。

それは既存ファンたちの支える力だけでは不足があったからでないのだろうか。

既存ファンを満足させていけば、このまま安泰だ」と製作サイドは思えなかったんだと考えられる。

その判断は間違っていないと、個人的には思う。

顧客を絞って先細りしていったコンテンツは、いちいち例に挙げる必要のないほどたくさんある。

から客層を広げる努力が行われ、そこに不満を持つ人が出てくるのも仕方のないことだと思う。

作品世界観を壊す改変が、失礼な行為だという主張もある。

ただその考え方は諸刃の剣だ。

原作至上主義の人たちからすれば、2.5次元舞台のもの世界観破壊にほかならない。

ドラマ映画化が手放しで喜ばれないのと同様に、メディアミックスは誰もが喜ぶ展開というわけではない。

それらはすべて「推しを人質に取られた」と感じるファンが出る危険性を持っている。

また演出家が「話題性のために世界観を壊してもいいと考えている」と信じるのなら、批判はいっそう注意が必要だと自分は思う。

なぜなら、TLで不満が飛び交っているこの現状が彼が望んだものだとしても不思議はないからだ。

現在言葉でいえば『炎上商法』と呼ぶこの状況だけれど、他の表現も出来る。

かつてそれは街頭劇と呼ばれていたが、それの変化系とも言い換えられそうだ。

つかこうへい以前だが、日本演劇界現実虚構のカベを取ってしまおうと考えた人たちがいた。

例えば街角喧嘩しているカップルがいれば、誰もがそれをちらりと見てしまう。

それを俳優が演じていれば、それは立派に演劇だと言えるんじゃないか、という具合だ。

そう考えた作家名前は、寺山修司という。

街中で堂々と行われたショウは喝采を集め、当時のメインストリームですらあった。

エントリにも入れた人力飛行機ソロモンというのは、彼の街頭演劇代表作の題名だ。

一般人生活狭間で上演された街頭演劇の周囲では、何も知らない一般客に迷惑がかかることもしばしばあった。

突然あらわれた奇天烈な隣人にギョッとさせられれば、それを不快に思うのは当然で、それが問題になるのも仕方のない話だ。

からその芝居をそのままの形で再演することは、どの演劇祭でも不可能になっている。(今では参加者が寺山のお面をかぶるまりになることが多い)

ただその混乱そのもの価値を見出すアングラ感、それに酔いしれる観客の気持ちもとてもよく分かる。


そして電脳世界において、今回の炎上パフォーマンスでない保証はない。

演出家自身が言うように「少人数で炎上が起こせる」のだすれば、騒動自演であると言い切ることも出来なくなる。

演出家はどのタイミングだって釣り宣言をして、「ショウアートでしたプギャー」というカードを切ることが出来る。

本来であれば最終的に客に受けなければ成立しない言い訳ではあるが、アンチがいう通りの身勝手演出家ならばそう主張したっておかしくないだろうし、また「そういう役を演じたんだ」と言うことだって出来る。

演劇的な逃げ道が残されている上に、騒動によって新たに興味を持つ人も出てくるかもしれない。

おそらくそこで入ってくる人は、古参の嫌う『マナーの悪いファン』なんじゃないか想像する。

そしてそういうご新規さんを排除しようとする既存ファンの有り様こそなんとかしたいと、製作側は願っている可能性もある。

もはや古参がどんなにお金を落としていようと、製作サイドからすると客としての旨味はないのかもしれない。製作が観客の新陳代謝を求めているんじゃないか

逆に「どんなことをしても集客に繋げる演出家」の価値が上がったとしても不思議はない。

そういった意味で、ファンとして批判するならもう少し慎重になった方が良いと思う。少なくとも目的地を見据えて行動すべきだ。


と書いておきつつも、自分ファンでないので自由に書かせてもらう。

まず演出家が客に文句を付けるなんてのは論外だと思う。

俳優のことを第一に考えているならなおのこと、客に責任をなすりつけるべきではない。

それは自分自尊心という殻を破れずに消えていった俳優をこれからも増やすことに繋がりかねない、危険思想だ。

つかの舞台自分面白いと思ったのは、いつだってその殻を破った俳優たちがいる作品だった。

逆に変に大物が出演してたりすると、弾けた感じにならず、面白い作品とは思えなかった。

つかこうへい自身演出を行わない「つか作品」が面白く感じられた試しもない。それはつかこうへい劇団においてすらそうだった。

円盤などでつかこうへい演出作品を鑑賞すれば分かるように、彼の作品俳優個性と密着している。そのため文字通り「その俳優しか演じられない役」なのだ

しかも苦労してせっかく作り上げたキャラクターは、演出家の思いつきで日々全く違う形になっていく。

たぶんこの過程俳優自尊心という殻も破られるんだろうと、自分勝手想像している。

だが2.5次元作品の役はそうではない。

元々のキャラクターに近づこうと真摯努力すればするほど、演じる自分自身と離れていく。

それを『かぶりもの』と表現するのは(ことば選びが適切かどうかはさておき)なるほどなぁと思う。

おそらくこの辺のバランスもっとも巧く取ってる演出家の一人が西田シャトナーだ。

つの舞台の中で俳優モブなど別の人格が与えられ、ある程度自由にそれを演じさせる。

演じたキャラ以外の部分も観客に見せられるため、俳優個性担保されて、俳優と観客にそれが共有される。

24時間ぶりっこし続けられる女子がいないように、俳優にも自由になる時間必要なのだ


さて話題がそれたが、本題に戻そう。

演出家がああも自信たっぷりに「自分役者たちの将来のことまで考えている」といっている以上、製作サイドも「観客はそうじゃないだろうな」と思っていると認識してもいいんじゃないかと思う。

自分制作者たちがどれほど努力しても興味を失えば去る観客はゲスだと思うし、でもそれで構わないんじゃないかと思う。

たとえそうじゃないとファンが主張しても、その声を真摯に受け止めてもらえる状況ではないだろう。

騒動がその状況をふまえた上で演出家自覚的燃え上がっている可能性は捨てられず、問題が大きくなればなるほど、彼の求心力は高くなる可能性もある。



じゃぁいったいどうすればいいのか?

それは一人一人が「製作者たちにとって『良いお客』ってどんなだろう?」と考えて、それに近づいていくよう努力する以外にないと思う。

本来であれば、製作者たちが客の望むもの提供するのが道理だ。

だけど真のファンであれば、その力関係あべこべになることに不思議がることもないだろう。

どうしても受け入れられないなら観に行かないという選択をすべきだし、それも出来ないのなら自分たち上演権を手に入れるほかない。

同人誌を描きはじめる動機の一つとして「自分の望むものを書いてくれる人が、誰もいなかったから」というのもある。

それもまた一つの『良いお客』の形だと思う。

それぞれのファンが持つ原作への愛情の深さを疑うつもりは全くない。そしてその愛情に応えて貰えなかった落胆の大きさも、想像するにあまりある。

しかしその不満を演出家炎上させるかたちで表すことが、真のファンがすべきことなのかどうか。そこについてはもう少し考える余地があると思う。









などつらつら書いてきたが、もちろんこの文章演出家本人によって書かれたものでないという保証もない。

炎上を含めた一連のやりとりの中で、プロレスが行われているだけと考える人もいるだろう。


隣にいる人はその役を演じている俳優に過ぎず、自分が生きている世界は誰かが用意した箱庭なのかもしれない。

そうした疑念の風を受けて、SNS飛行機ソロモンゆっくりと空に舞い上がっていく。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170422041407

哲学専攻ならわりと辿り着く考え方だと思う。

自分自覚的科学教の信者なんだが(だから科学教などと言ってるわけだが)

個人的には他宗教との併存を是としていて(自分非科学的なフィクションも大好きだ)

無自覚信仰者が改宗を迫ることをよく思っていない。

水素水EM菌?本人が気に入ってんだからほっとけや。

ただし、当事者が困っている場合においては科学知識を以て手助けすべきである

2017-04-17

自民党支持者は野党マスコミの言う事は「何一つ」聞かない

今のご時世に「政党を支持する」というのはそれなりに重みがあることだ。

無党派層がふわっと「安倍やらせときゃいいじゃん」というのとはわけが違う。

自覚的に「今の自民党自民党総裁を支持する」という人が国民の30~40%くらいを占めている。

こうなると生半可なことでは支持率は下がらない。

野党が何か政権問題を指摘しても、この人たちには「野党からそう言っているんだろう」としか取られていない。

何を言っても政権を貶めるために言っていることだとしか思わない。

こういう状態の人は、具体的に実害を被らない限り支持しなくなることはないだろう。

誤った政策のせいで失業した、大損した、税金が大幅に上がったとかがない限りは、安倍政権を支持し続けるだろう。

そういう人が30~40%いるのなら、内閣支持率も40%より下がることはまずあり得ない。

これではスキャンダルいくら追及しても暖簾に腕押し。

野党はひたすら政権与党経済政策での失策を待つしかない。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

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