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2020-05-19

MAAS

ブッダが「悟りへの道」だと言い切った「自己観察」とは?

いかなる意識状態意味しているのでしょうか? この問題を解くうえで頼りになるのは、科学的なマインドフルネス運用法を知ることです。

多くの研究いかマインドフルネスを測定しているのかがわかれば、ある程度は言葉による把握が可能になります。 

現在もっとも多くの研究で使われているのは「MAAS」です。

2003年バージニアコモンウェルス大学のカーク・ブラウン氏が開発した尺度で、これまで数百を超える研究妥当性が確認されてきました。「MAAS」は15の質問構成され、誰でも自分マインドフルネスレベルを診断できます。まずはすべての質問に答えて、自分マインドフルネス度を計ってみてください。採点が終わったらすべてを足して平均を出してください。おおよその得点の目安は次のようになります given elsewhere

マインドフルネスが、決して何か特殊精神状態行為だとは考えられていない

点です。「MAAS」の質問を裏返せば、マインドフルネス意識とは「その時の感情自覚している」「いまの状況に集中できる」「つねに自覚的に作業を行う」といった状態意味します。いずれも、私たち普段生活で気をつけている平凡な要素ばかりでしょう。

マインドフルネスとは心を無にするような困難に挑むことではなく

たんなるリラックス幸福感の言い換えでもなく、スピリチュアル宗教的至高体験でもない、ごく日常的な意識のあり方です。

これは狩猟採集民の時間感覚に近い

詳述したとおり、狩猟採集民はすべての体験現在ととらえて時間を超越し、それゆえに未来不安から解き放たれています。誰から教わることもなく、彼らはマインドフルネス状態暮らしているのです。

このテスト平均値の目安は以下の通りです。

3.84ポイント前後=平均的なマインドフルネス

3.95ポイント前後=平均よりも上のマインドフルネス

4.38ポイント前後=平均よりもかなり上のマインドフルネス

6点満点

1: ほとんど常にある

2: とても頻繁にある

3: やや頻繁にある

4: あまりない

5: めったにない

6: ほとんど全くない

日常マインドフルネス度を計る15問

  • その時の感情を、後になって気づくことがある
  • 不注意や考え事が原因で物を壊したりこぼしたりすることがある
  • 今の状況に集中できないと思うことがある
  • 過程を重視せず、目標にたどり着くために急ぎがちである
  • 本当に気になるまで、身体的な緊張や身体違和感に気づかないことがある
  • 初めて聞く人の名前をすぐに忘れがちである
  • 自分のしていることをそれほど意識せず、自動的に何かをしているように感じることがある
  • きちんと注意を払わずに、急いで活動しがちである
  • 達成したいゴールのほうに目が向き、今そのためにしていることには意識が向かなくなることがある
  • 自分のしていることを意識せずに、機械的仕事作業をしている
  • 何かをしながらも、同時に他人の会話に聞き耳を立てていることがある
  • 無意識のうちにどこかに向かっていて、後から考えるとどうやってそこに着いたか思い出せないことがある
  • 気がつくと未来過去のことで頭がいっぱいになっている
  • 気がつくと注意を払わず物事に取り組んでいる
  • 気づいたら間食をしていることがある

2020-05-17

影響を受けない人

質問者あなた人生に最も影響を与えた人、あるいは本や映画、歌など、何でもいいのですが、その名を挙げ、あなたはそれにどう影響を受けたのかを教えてください」

回答者「何もありません。

親や教師、友人とは概ね円満関係だったと思いますし、本や音楽にも親しんできました。しか自分の考え方や行動がそれらの人や物から何らかの影響を受けているとは、少なくとも自覚的には全く考えられません。もちろん親のしけが現在自分生活規律に反映されている面はありますが、それは人生観に与える影響というものとは少し違うでしょう。

年齢にもよると思いますが、それなりの年月をかけ自分の中で培ってきた考え方が、他人言葉一曲の歌、一枚の画に触れたぐらいで劇的に変わるなんて、名を成したその道のプロインタビューを読めばたまにそういう話を目にすることはありますが、そんなことがそうそう誰にも起こり得るのでしょうか?」

質問者「誰もがあなたのような答えしかさないのであれば、こんな質問をする意味はありません。この質問をされた人の多くはあまり間を置かずに、でも言葉を選びながら、しっかり答えてくれますあなたはなぜ答えられないのですか?」

2020-05-11

anond:20200511163605

責任必要ないが、

無責任立場から発言しかないことには自覚的でいたいし、他の人もそうだといいと思ってる。

2020-05-09

岡村隆史の件の踏み絵力の高さ

まず、4月30日放送分の岡村発言矢部の「結婚しろ発言への批判根本的に正しいという立場です。ただ、あちこちで流れてくる要約で知った気になるのはマジでやめた方がいいです。矢部岡村の会話に関してはホントに音声を一度聴くのをオススメします、最悪全部じゃなくてもいい、矢部岡村がどんな感じのトーンでどういう雰囲気の元、会話をしてるのか。その辺りの肌感を知ってないと発言ニュアンス全っ然つかめないです(って書いたあとに文章放置してたらもう聴けなくなってた。ごめんね)。

岡村ってこの放送中ずっと謝ってるんですよね。謝る以外のことが何一つできない地獄のような20分があり「あ、これはダメだ」と思った矢部放送乱入する。そしてそこからまた1時間近く、30年来のつきあい人間が、岡村人格分析を、ゆっくりと、ずっとゆっくりと続けるんですよ。この回、端的に放送事故ですからね? 矢部が部屋に入ってくる時の扉の音をマイクが拾ってるところとか、全部聴いた人ならわかるけどラスト10分のはがき職人大喜利コーナーで岡村はがきを読み上げるところの絶望的な空気感とか、本当にヤバいですからね?

それで、この放送ポイント岡村に横柄なところが全くないんですよ。本来ならまともなラジオトークの一つや二つはするべきところ、それすらもできなくなってる。とにかくマジで参った感じだし、ずっと謝りつづけてる。何より怖いのがここ。

なぜなら、矢部が一番最初に持ち出した岡村への指摘は「岡村さん、表でしか謝らへんのよね」という言葉からです。「まともに放送できないくらいに責任を感じている」けど「それをカメラマイクの前以外では出すない、出す勇気がない」、だから公開処刑のごとく生放送で伝えることしかできなかったという問題根深さ!

そこから矢部岡村言動を長年どう見てきたかを話す。岡村普段ちょっとした振る舞いの、ささいなことだけど違和感の感じたことを、ゆっくりと、一つ一つあげていく。

お茶持ってきたADさんにありがとうを言わない、鬱での休業の復帰回後に矢部に送られてきたメールが一行だけだったこと、そういった、本人が気づいていないレベルの「岡村がどう人間と接してきたか」、そしてそれらを矢部が素朴に「引いてしまう」こと、そういうのが滔々と語られる。

話題の中心は基本的に対女性関係のことになりがちだけど、矢部とのこととか仕事でのこととかも含まれてるので根本的には人間一般に対する態度、つまり岡村性格の話をしてる。会話の中でぼんやり示唆されてるのは、岡村他人に対する「甘え」が「対応が雑になる」かたちで出てるのではということ。ただし流石にそれは明言されない。間違ってるかもしれないしね。そう、その意味でも矢部は慎重なんです。岡村人格について断言はしなくて、基本的言動の話しかしない。もしかしたら、矢部自身はそのあたり自分で気づいてほしいと思ってるのかもしれない。だから言葉を慎重に選んでいる。

その中で語られる「結婚したら」って、もう色々なニュアンスが含まれてるんですよ。たとえば、矢部岡村の昔の会話で「彼女のご両親にご挨拶しに行ったことある?」「あるよ。高校生のころ」というやりとりに(いい大人が素でそういう[女性と遊んでる割にまともに結婚をふまえた挨拶したこともないって]答えする!?)と素で引いた、みたいなエピソードとか、スタッフメイクさんの女性と遊びに行くときに「宿代は出すよ」と岡村が話したりしたことに「飛行機代の方が高くつく」という不満なんかが本人ではなく矢部の方に飛んでくるみたいな話(後述しますが、この本人には伝わらないことが恐ろしい)、女優さんとデートする企画が振ってきたら「笑われるのが嫌だから」と自分は断り別の既婚者を推した話、そういう「女性デートには誘うし普通に関わりを持つのに、深い関係にならないし場合によっては逃げる」という岡村普段の行動パターンさらには矢部の「自分結婚したら妻へのリスペクトが増した」という実体験、そういった、放送中に出てきた会話やそのとき雰囲気全部込みでの文脈でのことなので「40代独身男性女性積極的に関わりたいと思うなら女性リスペクトして女性から逃げるな」くらいのニュアンスが多分に含まれてる。

そういう様々なあの場の質感が、発言箇条書きとか録音文字起こしだと全然からないのですよ……。

あ、一応言っておくと、そういうことを全部踏まえた上でも、「結婚したら?」発言はかなり唐突でしたし、乱暴発言ではありました。

それでですね、放送を全部聴いてやっぱり思うのは、「この岡村をこれ以上責めるの辛くない?」と思っちゃうし、反省の色を見せている岡村隆史をdisるのには少し違和感があるんですよ。

これは自分価値観問題がたぶんに含まれますが、人間ってどこかしら不道徳価値観を持ってるのが当たり前だと思って生きているんです。だから他者との関わりでは「それをどう隠していくか」(ここでの「隠す」は「他人を傷つけないために努力する」のニュアンスをかなり含む)が重要だと思ってて。人格がゆがんでても、人格がゆがんでることそのものが隠せてたら人間は生きててもかまわないんじゃないのかなっていう。それを露出してしまった以上批判されることに異論はないし批判されるべきだとは思うけど、でも少なくともどこぞの松江哲明やら大澤昇平やらに比べたらまだまともでは?とは思っちゃうんですよ。比較で善し悪しを語るのは良くないんですけど。

まあ時折「これ大丈夫なのか?」みたいなエピソード結構目にしてたので完全に隠してたわけじゃないけれど、それでもたとえば矢部が「カメラの前では謝る」みたいなエピソード聴くと、「少なくともカメラの前では取り繕えるくらいの価値判断は持ってるんだな」って俺は思っちゃうんですよね。30超えると人間は変われないと言われがちな世の中で、50でそこそこ取り繕えるってのは大事なことだと思うんですよ。それとも岡村さん社会的に殺します? 

なんでここまで岡村に甘めの感覚を持ってしまうかといえば、最近よく、どのタイミング自分社会的死ぬかわからないなあと思うんです。

岡村の件の何が一番怖かったかって、矢部が指摘したことの多くが「無意識言動」だったことですよね。自覚的に行動を変えようとしても、無意識言動は言われないと自覚的に変えられないじゃないですかもっと言えば認知がそこからゆがむ可能性もある。

たとえば、ここまで書きながら「女性視点での批判感覚が欠如してる」と自分で強く思います。この原因ははっきりしてて、自分男性として生きてきたから「女性がどう感じるか」についての直感共感が働くのが遅いんですよね。反射的に「別にしたことないのでは?」と思ったあとに、「いや、でも女性視点で見たらこれはこうだろう」という理詰めで価値判断を下す。たとえばですが、一応自分にも女性の友人はいから「この件、俺は岡村に同情してしまうけど、きっと彼女らは岡村に同情できる要素がないんだろうな」くらいの想像は、まあできる。でも、けど女性の友人が多いわけじゃないから、日々の生活女性への気遣い必要になる機会も、世間の人に比べると相対的に少ない立場だと思う。その意味で、女性へのリスペクトは忘れないように心がけてるつもりだけれど、でも結局のところ本当にできてるかはわかりません。他人自分欠点をおいそれと指摘してくれないからです。岡村隆史の放送が示したのってそういうことでしょ? 人は黙って去って行くんですよ。

から、今回の件は、「どのタイミング自分女性から批判されて、社会的制裁を受けることになるかわからない」という恐怖で、どうしても岡村共感してしまうんですよ。

そして、もちろん、この件は女性にとって「自分コロナ不況でいつ生活が困窮し、風俗で働くことになるかわからない」という恐怖の共感と反発の方がおそらく強く働くのだろうなと思います。これ、残念ながら男性には「我が事のように想像する」ことがなかなか難しい部分ではあるんです。なぜなら、「生活に困るから風俗で働く」というジェンダーイメージ女性だと根強いものの、男性だとそうではないから(純粋に男女のジェンダーで分けられない人のことは申し訳ないが一旦話から省きます。たとえば率直に思い浮かぶのはゲイ風俗ですがそれをこの件に絡めると「性嗜好の一致しない相手性的行為をする」ということの問題が絡んで話がややこしくなるのでその方面の話は当事者に任せた)。

から、この件って共感ベース立場を決めてしまうと、おおよそきれいに男女の立場で反応がわかれてしまうという、絶妙案件だと思うんですよね。これって伊藤詩織さんの件みたいに「加害者反省もしていない案件」とは全然様相が異なる。なまじっか反省しているように見える人間をどこまで責め続けるか。

「このような価値観を許していたら自分たちがいつ貶められるかわからない」という女性側の怒りはよくわかる。でもその反対にいるのは、「このように糾弾されるのを許していたら、自分たちがいつどのタイミング社会的に殺されるかわからない」という男性でもある。この間の溝を埋めるのは、並大抵のことじゃないだろうなぁと思いました。

書き手である増田本人は、少なくとも今回の件は岡村が悪いと思ってるし、「どっちの味方」につくかと問われたら共感ではなく倫理を優先して岡村批判します。俺にとっての「他者尊重する」とはそういう価値判断をしていくことだと思っています他者立場想像して、他人に嫌な思いをさせない。そこには必ずしも共感必要ではなく、共感しなくても他人尊重していく。

ただ、そもそも「どっちの味方」かという話をしている時点で、溝を埋めることはできないんじゃねえかなぁ、と思うんです。どちら側の人に対しても。なんか、この手の踏み絵ものすごく増えている気がする。踏み絵の後に待ってるのは処刑じゃないですかね。どちらの側にとっても。みんな、処刑合戦したいんです?

2020-05-02

自粛警察」を擁護する

コロナ禍の中、感染対策をしながら営業を続ける飲食店等に対し、自粛を求めて張り紙怪文書の配布を行う市民を「自粛警察」としてマスコミが取り上げ、ツイッター等で批判対象になっている。

いわく「行き過ぎた正義」「正義暴走」らしく、「頭のおかしい奴がやっている」「全体主義日本の悪癖」だそうである

しかし、である。本当に自粛警察は「一部の暴走」として切り捨てられるものなのか?

政府自治体が何を求め、マスコミが何を伝えているか

接触の8割減、ステイホームである

最初テレワークや3密営業のお店の自粛から始まった。

しか自粛対象はどんどん広がっていく。

いまや感染リスクの低い登山サーフィン釣りまで自粛が求められ、公園は閉鎖され、知事は「うちの県に来ないでください」という。

日々の買い物であっても3日に1度にするよう求められている。

本当に「ステイホームしか許されなくなっている。

エッセンシャルワーカー以外が外に出ればそれだけで非常識、それが現状である

そんな中で、いくら感染対策をとっているとはいえ不要不急の店が営業するのが許されるのか?

感染リスクゼロにできない限り営業すべきではないのではないか

こんな考えが市民の中から出てくるのは自然だろう。

その一つの表れがパチンコ店の晒上げだ。

クラスターを発生させた理・美容室業界営業継続する一方で、これまで一度も感染者を出していないパチンコ業界が休業に追い込まれている。

人々、そして政府自治体判断基準は、「感染リスクの度合い」から不要不急か否か」に変わったのである

感染危険性だとか対策が十分かどうかはもはや関係ない。

不要不急の営業を続けること自体が悪なのだ

パチンコ店に石を投げた人は自粛警察に石を投げてはいけない。

自治体マスコミもそして我々市民もその片棒を担いでいることに自覚的であるべきだ。

2020-04-26

anond:20200426142502

汁物飲んだあとうるさい人は意外といる

んで本人全然気づいてない

麺とか啜る音には自覚的なのに興味深い

2020-04-21

楽天の「新型コロナウィルスPCR検査キット」に感じる欺瞞

https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2020/0420_01.html

サンプル採取の難しさなどの細かいことは一旦置いておいて、私が首をかしげるのは次のふたつの文。

今回、提供する「新型コロナウィルスPCR検査キット」は、厚生労働省新型コロナウイルス感染症について相談受診すべき目安として挙げている特定の症状は出ていないものの、不安を感じられる方を対象としています

検査キットを用いたリスク判定は、いかなる意味でも診断や医行為を行うものではありません。

不安を感じている人が本当に欲しているのは検査キットなんかじゃなく、「あなた感染していません」という言葉だろう。

そんな人に、この検査キットは「新型コロナウイルスに特徴的なRNA配列が含まれいるかどうかの判定報告」を送りつける。

この判定報告は「いかなる意味でも診断や医行為を行うものではありません」と書かれている通り、COVID-19 に感染しているか否かという結果ではない。

しかし、人は信じたいことを信じる。

不安に駆られて「自分感染していない」ということを信じたい人がどう受け取るかは推して知るべきだろう。

不安を感じている人に向けている点については自覚的なのに、検査結果の受け取られ方については故意に目を瞑っているように見える。

ここに最大の欺瞞を感じる。

このキットが偽陰性によって安心した感染者の量産キットにならないことを祈っている。

2020-04-20

GB

その日最初に目があった人を親だと思い込み日中後ろをついて来る病気のおじさんが増えてるらしい。付き纏われた人は日が沈むまでにおじさんから距離を離さないと自分もその病気になる。だから厳密に言えばおじさんに限った話ではないんだけど、便宜上おじさんって事になってる。そういうところにまだジェンダーバイアスが残ってるんだよね。すぐには無くせないけど、せめて自覚的である必要はある。

2020-04-15

anond:20200415234201

濃厚接触は手洗いじゃ防げないぜ。

というか「自己責任」論にするとスーパーカリフラジリスティックエクスピアスプレッダーが自覚的感染症広げるのを罪にできなくなるんよ。

新コロ広めてやるぜおじさんが多発するの嫌やろ? なら、「他責」にしておく方が今はいいんやで。

2020-03-25

主語を大きくして客観的を装うやつは一番終わってる

政治の話とか、最近だとワニ関連でもいたんだが、

「~~~なんて言っても今更誰も信じない」

みたいな大きめの主語を使うやつは、終わっている

 

やつらの思考回路は、

 

①俺は信じない

②でも主観的物言い説得力に欠ける…

主語を大きくして客観的雰囲気出したれ!(その主語自分one of themとして包含する)

 

という流れを無自覚にやっていて手に負えない

敵対勢力の言うことは何も信じない!って言ってるやつの方が、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い状態になっていることに自覚的な分だけまだマシ

冷静な判断ができていないという点ではどっちもどっちだけど、まだマシ

2020-03-21

anond:20200321210246

大事なのは世間が騒ぐバズの蜜の香りに惑わされず、自分にとって価値があると思えることの方を優先して注意力リソースを注入する振る舞いを自覚的に行えること

SNSなどを見れても見ない、見ても相手しない、という選択ができる自己コントロール力、それが俺の考える情操リテラシーとでも言うべき観念

テレビスマホながら見してヤジを飛ばしつつダラダラ食事するような態度とは正反対で、食事に専念するか目の前にいる家族や友人と対話をした方が良いという考え方に近い

街は死にますか?(2) 〜 自己連続性の否定

まったく同一の遺伝子を持つ双子であっても環境出会う人たちによって

発現する遺伝子が変わり性格も変わってしま

それは、 まったく同一の遺伝子を持つアリにも個性があることから自明だが、


クローンペットは、600万から1100万円を超える費用が掛かっても大盛況

[NHK]永遠の命!? 広がる“クローンペット

https://www.google.co.jp/amp/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20190712/amp/k10011989001000.html


非常に高額な費用が掛かるので ユーザーの多くは常識的教養があり、

クローン元と同一の存在ではない』ことに自覚的だ (ググった限りでは)


でもこれって、当たり前の話のようで結構すごい話だと思う


同じ遺伝子と肉体を持っているだけでは、クローン元と同一の存在とみなさないって

本質的には、自己連続性すなわち、

自己同一性(identity)否定の話だから


過去自分と今の自分組織からして物理的に違う

記憶だって五感を伴うものから身体組織が違っていれば思い出しても感じ方は違う

(似たような環境で育てたとしても完全に同じ個体にならない理由がまさにそれ)


感じ方以前に記憶インディックスを失い、読み取れなくなるかもしれない


そうなるともう完全に別個体じゃん?

過去自分と今の自分クローンと同様に連続しない “別のなにか” だよね


ただ、“別のなにか” であっても姿形が同じであったり、過去との現在になんらかの共通点を見出せる場合、通常は別人として扱わないよね

また、姿形が変わろうと、呼吸と脳と心臓活動が止まって外部とのコミュニケーションが取れなくなるまで、

“死んだ” とは見做さないし見做したくもないよね



生き物は ”活動停止“ というわかりやす区切りがあるけど、”街” はどうだろうか?

街に寿命はあると思う

どんな状態になったら死んだ状態なのだろうか?


やはり人が1人もいなくなったらなのだろうか?

(例: 松木村)


1人でも残っていればそれは ”死“ ではなく ”変化“ なのだろうか?


だとしたら、ほとんどすべてのことは変化であって、滅多なことで街は死なないのかも知れない


とてもすっきりしたので夕飯にしたいと思います



スッキリした増田


スッキリしなかった増田

( ↑ 答えは出てないよ!世界中分子量子力学視点から研究中だよ)

anond:20200318010616

エロゲ界隈が15年ぐらい前に通過した奴ーーー!!!」とかクソブ入れようとした途中で

「あーそういえばKeyって割とエロゲルート構造について自覚的に色々な試みしてたのかなー」とふいに思い立った。

KanonKanon問題だし、Airトゥルーエンド論だし、CLANNADルートが分かれる構造自体に意義を持たせたし、リトバスは個のヒロインではなく「皆」を選んだし

そう言う意味では、アニメのABとかシャーロットとかでルート構造を使えなかったのって、だーまえかなりやりにくかったのかなーって思った

2020-03-17

一人暮らしを始める奴は、ピザを食え。マジで

アドバイスはこれだけだ。あとは何をするのも自由だ。

無駄調理器具を買えば、何よりも「自炊しなきゃ…」という無駄な罪悪感まで背負うことになる。メンテナンス必要になる。場所必要になる。いいことはない。

炊飯器は買うな。箸も買うな。茶碗も鍋も買うな。ガスコンロも買うな。契約するな。場合によっては包丁すらもいらない。

自炊和食幻想は捨てろ。今のところはな。

毎日ピザを焼くことができる者だけが次のステージに進むことができる。和食ゲーム終盤にならないと解放されない高度スキルと心得ろ。

まずは黙ってピザを焼くんだ。

なぜピザなのかを説明しよう。

ピザこそは料理王者であるからだ(アメリカ調べ)。

何を合わせても旨い小麦と、トマトソースと、チーズからなる。しか特別調理器具がいらない。オーブンだけだ。アルミホイルに載せて焼けば皿もいらない。

野菜も唸るほど食える。むしろトマトソースチーズだけで「油欲」は満たされるので、特別に肉を乗せなくてもいい。カット野菜適当に散らせばそれでいい。

この生活は相当にお勧めだ。

ピザ野郎」と言うとだいたいデブ想像するが、そうではない。単にピザを食い過ぎたやつがデブになっているだけだ。

そんな周りの無知蒙昧な輩は無視しろピザを焼くんだ。

自炊ピザに固定するメリットは計り知れない。先述したが、まずもって調理器具食器を大幅に減らせる。そして調味料ガツンと減らせる。塩すらも必要なくなるからな。

必要なのはオーブン機能付きの電子レンジ(でかめ)と、アルミホイルと、冷蔵庫だ。冷凍庫が使いやすく、広いものを選べ。

中途半端に「両親が作ってくれていたいつもの食事」を再現しようとするやつは死んでいく。それが自炊戦争現実だ。

両親が維持してくれていた毎日食卓は、高度なスキルによって維持されている高等技術だ。お前にできるものではない。だからまずお前はピザを焼くんだ。

一人暮らしを始めて、無謀にも自炊を始めた愚かな者ものキッチンを見るがいい。そこには賞味期限の切れた調味料の山、山、そして山だ。結局料理するとき調味料も買ってくるというわけだ。そしてまた山が大きくなるというわけだな。

それに比べて…ピザ野郎はどうだ?ピザ生地冷凍庫から取り出す。アルミホイルの上に置く。ピザソースをかける。チーズを唸るほどかける。カット野菜をばらまく。あとはオーブンに25分だ。

火加減など気にすることなく、ゲームでもなんでもやればいい。時間がたったらアルミホイルをそのまま持ってきて食べる。旨い。確かな満足。

いつまでも自炊しなきゃな…」とか言っている罪悪感君には至れない至高の高みにピザ野郎はいるというわけだ。

ついついピザ野郎と言ってしまったが、女性にもピザお勧めだ(アメリカ調べ)。

いやまぁ、ネタではない。

ピザ=太るというのはまやかしだ。

単純に炭水化物と、食事の総量で太るか否かは変わる。市販冷凍ピザ生地一枚じゃ食い過ぎなんじゃないかと思うなら、それを半分に割って、半分だけで作ればいい。カロリー調節は自由自在だ。

さらに極みを目指すなら、全粒粉を使って自分で作ればいい。5分もかからない。それで確かなダイエットができる。マジだぜ。

さて、ここまで読んで何か言いたげな顔をしている非ピザにはもう少し説明を加えよう。

諸君らの考えはよくわかる。食事バランスが、だとか脂質が、とかアメリカ人の体系を見てみろ、とか言い出すわけだろう。わかっている。

まず、食事バランスだ。

ぶっちゃけ脂質は大した問題ではない。脂質は取れ。炭水化物も取れ。ただし炭水化物の撮り過ぎは良くないので、適宜ピザ生地を半分にするとか、潔くピザ生地半分食わないとか、全粒粉自作するなりいくらでもやりようはある。

そして、野菜カット野菜冷凍ブロッコリーなどで唸るほど食える。確実に毎日牛丼よりは健康だ。確実にな。

それに米は極めて面倒くさい。例えば米を炊くとしよう。もう考えるだけでうんざりだな。米を炊いて食い終わるまでにどれほどのステップ必要だ?

重い米を買ってきて容器に移しておいて、そこから米を計量し、研いで、水入れて、炊飯器にセット、50分後に炊けて、茶碗によそって、食って、茶碗と箸を洗って、余った米は冷凍して、釜も洗う。

しか炊飯器食器を置くスペースまで必要だ!おお、神よ!ピザならぬ身をお赦しください!ピザならこんな懲罰必要ないというのに。何が楽しくて現世で懲罰を受けるのか。ピザを焼けば解決するのにな。

自炊をするにしても、段階と言うものがある。「毎日ピザを焼く」というミッションを楽しく完遂できたら、そのうち本格的に自炊もしたくなってくるというものだ。

いきなり和食自炊しようとしてホコリまみれの調味料マンになるか、毎日熱いピザを食べて心身ともに充実しきったピザ野郎になるか。答えは一つ。ピザを焼くんだ。

脂質教徒にはもはや何も言うことはない。そういう輩に限って、オリーブオイルジュワッジュワのパスタとか食ってるんだよな。自作ピザ野郎の油はチーズのものだけだ。目に見える固形の油を扱うピザ野郎のほうが油に自覚的だ。もこみちオリーブオイルを使いまくるのを自覚している。自覚する者こそが強者。脂質教徒今日からピザを焼くんだ。

アメリカ人が太っているのはハンバーガーホットドッグ清涼飲料水のせいなのでピザ関係ない。

…とはさすがに言い切れないが…

これも先述したが、要するに量だ。それに日本人アメリカ人みたいに太る前に糖尿病になって痩せていくからアメリカ人のようにはならないからな。冗談だが。

しかピザが太るという言説の意味分からんな。炭水化物と脂質は3大栄養素だ。それを合わせて食って何かいけないことがあるのか?要するに量だ。カロリー神話は捨てろ。量だ。

カロリーとかPFCバランスとか、まぁピーピーと吠えよるわというところだな。糖質制限?笑わせるぜ。ピザを焼け。

ピザ野郎なら当然気づいてると思うが、自宅ピザダイエットに最適だ。

まず、食べる炭水化物の量を自分で選べる。ごはんのように作り過ぎて冷凍などと言う手間はない。食べる分だけ切って使えばいい。ピザは円形でなければならんとか言う心の中の原理主義は殺せ。

さらに先にも言ったが全粒粉いくらでも調節できる。チーズの量も自在だな。カット野菜自由自在だ。多少量が多すぎてピザ生地が生焼けでも気にすることはないからな。

また、ピザを焼くまで25分かかるので、「もっと食いたい」と思っても食えるのは25分後になる。そのころには満腹中枢が働く。

焼いた肉さえあれば無限に食えてしまう米とは違う。ピザは己を律するシステムでもあるのだ。もうこれでわかったな?ピザを今から焼くんだ。

「そうはいっても、ピザしか食わないって人間としてどうなの」という人もいるだろう。残念ながらな。アメリカなら人権を失う発言から気を付けるんだ。

そもそもピザを食え」と言っているわけで、「ピザ以外を食うな」と言っているわけではないことに注意してほしい。

ピザ以外を食いたければ外食するんだ。それで全部解決だ。無駄食材調味料調理器具は家に持ち込んではいけない。

ものを買うと、それは負債になる。賞味期限以内に食べなきゃいけないという恐るべき呪いに自らかかりに行っているということだ。

まぁ、ピザに乗せて焼ければ別にいいんだが、妙な気を起こしてオシャレな調味料とか買いこんじゃったら大変なことになるぞ。

自炊しなきゃいけないけど、できない…」という呪いが何を引き起こすか教えよう。

まず、罪悪感からその買いこんだ調味料をあまり見ないようになるな。そうすると当然賞味期限は切れるんだが、まぁここまでは良い。

罪悪感を嫌って調味料の置いてある場所を見なくなるから掃除もしなくなるな。するとホコリダニ、フケ、皮膚、髪の毛がうじゃらうじゃらと混じったざらざらしたきったねぇホコリが溜まりまくる。キッチンの床に飛び散った油がそれらを強力に粘着する。

とすれば結果は一つだ。その素晴らしいごちそうを目当てにG先生が雲霞のごとく押し寄せるというわけだ。

それはすなわち、君の死を意味する。

調味料を買ったら死ぬ

そう覚えておこう。

ピザならそんなことにはならない。すべてが冷蔵庫オーブンの中で完結する。掃除も楽ちんだ。

もうわかったね?ピザを焼くんだ。

ここまで読んだら、さしものバランス原理主義者や脂質教徒などのカルト野郎も押し黙る頃だろう。

ここからピザ生活をするための具体的な方策を練りに行こう。

とはいえ、単純だ。

まず引っ越しに当たり、どの調理器具を買うのかはもうわかったろう。電子レンジ付きオーブン冷凍庫広めの冷蔵庫だ。むしろ冷蔵庫一人暮らしに不釣り合いなデカさでいいと思う。

ピザを作るために買い物も単純だ。

トマトソース冷凍ピザ生地カット野菜チーズ。終わり。

高めの概算をして、だいたいピザ一枚400円という計算かな。

このピザ生活の利点は、買うべきものがはっきりとしているので、ディスカウント通販を使ってどんどん安く済ませられるようになるのもポイントだ。

最初は全部買え。そしてピザを焼け。当然旨い。すると自信がみなぎってくる。

よし、じゃあ次はもっと安いのを狙うか…とか、まとめ買いして原価を抑えるか…とか、ピザ生地くらいは自作するか…とか、野菜くらいは切るか…とか、どんどん正しい方向へ進む自分に驚くはずだ。

基本をピザに置くことで、秩序を持った料理拡張が行えるようになる。どうしてもうどんが食いたければうどん生地にしてピザを焼くとか、可能性は無限だ。

包丁や皿は必要な時に、テンションの上がるものを最小量揃えること。使わないな、と思ったら即捨てて基本のピザを焼こう。

自分にとっての確かな土台があるということは何よりも大きな自信になるはずだ。

一人暮らしが寂しいときも、恋人を部屋に入れたときも、別れて悲しいときも、金がなくてやべぇ時も、ピザを焼いている自分に気づくはずだ。

寂しさをペットで癒そうとする者もいる。心の傷を酒で埋めようとする者もいる。しかし、結局立ち返るのはピザだ。アメリカ人もそうしている。俺もそうしている。お前もそうなる。ピザを焼け。

家飲み友達が集まってきたとき、とりあえずピザを焼く君は強い。冷蔵庫には野菜以外入れておくことがないから、飲み物お菓子をたくさん入れて置ける。それも強い。

友達が買ってきたつまみピザの具にするのもいいだろう。それは実に強い。

男女関係なく、「すげぇ、なんかピザが出てきたぞ!」と盛り上がる。ピザというのはそういうものだ。

アメリカ人がやたら陽気なのはこのピザ文化による(俺調べ)。

クソな社会がお前を貶めるとき、人は神とピザを求めるものだ。聖書にもそう書いてある。

ヨハネによる福音書6章33節「神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである

これがピザだ。求むればすなわち得ざらしめん。人々はイエスピザを願った。そういうことだ。残念ながらな。

そして神なきこの世界には、ただピザが残った。それが答えだ。

ところでピザの具は基本何でもいいが、ひき肉とかの油めっちゃ出る奴はやめておいた方がいい。油があふれてオーブンがひどいことになる。忘れたころにやっちゃうんだよな。

まぁ、ひどいことになるのはオーブンだけだから掃除も楽だけどな。

あと、全粒粉とかでピザ生地作ろうって時、たいていはまずレシピを見ると思うが…世のピザ生地レシピはクッソ面倒すぎてピザ野郎を殺しにかかっているとしか思えない。

全粒粉強力粉薄力粉を混ぜて、イースト砂糖、塩、バター自殺しろと言っているようにしか聞こえない。

なので、面倒なら全粒粉に水入れてコネてそれっぽく成型しただけで充分だ。チーズトマトが君を助けてくれる。無残な味にはならないか安心してくれ。

それでも思考ピザを求めるのなら、俺は止めない。大いにやってくれ。極めたとしても、調味料材料冷蔵庫をひっ迫することにならないからな。

あと、ピザ生活が板についてきたら業務スーパーなどで冷凍カット野菜を扱っているところが近くにないか探っておこう。通販段ボールが溜まるから困りものからな。ゴミが溜まるとそこにホコリが溜まり…あとはわかるな?

俺はピザのために引っ越して、ホテルなどに卸している業務食品専門店の近くに移り住んだ。快適すぎて異常なくらいだ。

長々と書いてきたが、まぁ、ピザを焼こうぜ。体を大切にな。いつか両親が作ってくれたような温かい食卓を築ければいいよな。がんばってくれ。

ピザがその最初の一歩を手助けしてくれるだろう。

2020-03-16

anond:20200316194917

性欲に自覚的な上で別にマッチングアプリで女を引っ掛けたいとは思わない人が大多数。

2020-03-04

anond:20200304204022

本当に単に頭が悪いだけなのやろか?


専門職研究だって

イデオロギーで暴れる(敵味方コンテンツ)が好きな人たちもおりますやん?


でも彼/彼女らは文章読めます情報を取捨選択できますやん?

イデオロギーごっこポジショントークをする際に不都合情報があれば

見ない見ないすることもあるがそれは自覚的ものじゃない?


頭が悪い以前になんらかの病気なのではないか?って思っているけどそんなことはないのだろうか?

2020-03-03

最近に限らんと思うが、ニュース報道自体ファクトチェッカーとしてふさわしくない程度にアホなケースが頻発してる

人を呪わば穴二つというか、「人にツッコミを入れようとするものはまたほかのツッコミからボケていないか注視されている」ってことに自覚的でなさすぎる。

あまつさえは少しツッコミ入ったら書き込み消すとかさぁ…

「間違ってたでやんすてへぺろ!」って言えばいいだけなのに。ホンマそういうとこだぞ…

高学歴と「中流階級」について

(はじめて投稿します)

ある大学生一部の人の「中流階級」という言葉定義の違いからその大学生Twitterが小さく炎上している。

その学生東大学部入学式祝辞と今年の入試現代文文章引用し、自分が恵まれいたことを振り返っている。

その際、自分の生まれ東京中流階級であったという発言をし、その後の恵まれていた環境が多くの人の中流階級定義から逸脱するようなものであったため、炎上している。

その後学生自分定義として社会学者定義引用し、批判の一部を反論を述べず晒しあげ、同調する人にのリプライをした。

また、リプライの表示設定をよりプライベートものにするという提案リプライ賛同している。

以下ではこの件について意見を述べる。当該学生攻撃する意図は全くない。むしろ私がハラスメントを受けているようにすら感じている。

=====

祝辞現代文で扱われた文章メッセージについて、今回の話に関係する範囲については、次のように捉えている。

祝辞努力したら報われるという思考は恵まれ環境で育ったからこそ与えられる。それを忘れるな

入試文章現代では教育媒介として格差再生産されるが、その仕組みは一見平等に見える

当該学生自分が恵まれていることに自覚的であることは重要である解釈して、その旨を説明していると私は捉えているが、

多くの批判学生が自信を表現した「中流階級」という言葉定義の差からまれているようであった。

言葉定義の差なので当該学生ツイートになんら誤りはないが、学生世間知らずとして批判されている。

祝辞入試で扱われた文章から多くの人が連想すると考えられる、一部のインテリ自分努力への自信や他者への誇示(努力マウンティングと呼ぶことにしている)の原因として、

世間知らず(自分社会階層での位置を知らない)が強い要因であることは間違いないと考えられる。

学生の「中流階級」の定義引用元については、おそらく20年以上前社会階層を元に定義されていて、

現在社会改装で「中流階級」を定義し直せば世論を反映するような、全く異なるものになるであろう。

ここ20〜30年程度の中流階級喪失などはインテリなら一度は耳にしたことがあるだろうし、それを想起すればそういった使い方はしないだろうが、学生は知らなかったのであろうか。

学生が後からツイート定義を付け足す様子は強引に見えるし、本来なら世間一般定義を用いるべきであろう。

もし私が祝辞入試問題の背景、さらに当該学生意思を正しく捉えられているなら、

当該学生はまさしく祝辞入試問題の背景にあるような世間知らずのインテリなのかもしれない。

また、中流階級喪失インテリの「世間知らず」をさらに加速させるのは明らかで、この不適切定義使用皮肉ものであるように自分には感じられる。

現代の著名な社会学者」という、内容ではなく発言者の権威自分の主張の裏付けをとるような引用の紹介も、一応理系であった自分には不適切に感じられる。また、自分学生より無知であるのは強く痛感しているため、むしろ小馬鹿にされている印象も受けた。

批判ツイートを、(裕福な家庭に生まれ、ゆがんだ社会構造の下で集められた税金提供される高度な教育を受けた人間が当然義務を有すると考えられる)

理論的な反論をなしに、感嘆詞のみで引用リツートしているのも、意地悪さを感じてしまい、憤りと悲しさを覚える。

加えて、不愉快批判リプライを表示しない設定を勧められ、その実施宣言している。議論放棄しているようだ。

こういった態度が、インテリへの不信感を生み、民主主義における反知性的政治家の台頭を助長しているのではないか

自分はこの20年ほどで先進国特に日本アメリカでは富裕層貧困層の分断が進んでいて、それが人類の次なる悲劇に繋がるのではという悲観論を持っている。

そのためインテリによるこの分断を促進するような発言を強く嫌っている。

また学生炎上に対して、学生を励ますようなツイートも見られ、それらの多くは学生の元々の認知の差について言及せず、嫉妬放置しろなどといった態度も見られる。

自分判断する限りそれらのツイート主も、分断の上側に属しているようだ。

このような分断を感じさせるやりとりを以前にも見た記憶がある。東京大学ミスコンテスト東京大学でこのような催しが未だに行われているのは理解しがたい。ブサイク・ブスで東京大学勉強をしに来ている学生気持ちを考えて欲しい。テニスサークル男女差別より遥かに重要性が高いと思う)の候補学生があまりハイスペック炎上した(のだったと記憶している)際に、多くの東大生が、嫉妬は気にすんなよとリプライしていた。

また、学生はこういったツイートをすることで自分努力をしていないと考えらえるのは嫌と感じるとしている。

私が例の入試現代文文章を読んだ限りでは、努力の因子も環境から与えられるため、努力やその能力他人に対して優劣をつけるものではないと解釈できる。

ただ、私が文章を読んで思ったのは、負の環境努力に正に働きかけ、しかしその中での努力精神的に相当な苦痛を与えるであろうから、その苦痛の中での努力に対しては同情的な賞賛を送ることができるかもしれないということだ。

私の解釈範囲では、学生文章をあまり理解していない。

もちろん私はアメリカの素晴らしい大学院合格していないし、勉強も全くしてこなかったため、私の推測は間違っているだろうし、推測も論理構成も正しくても、私は誤っているだろう。

なお、学生に対して、嫉妬は気にせず頑張れよなどとリプライを送っている人々に対しては、

私の考える範囲では、インテリに限り、どうして批判殺到しているのかを理解していない場合は愚かだし、理解している場合は指摘するべきだ。

これらの類のリプライには嫌悪感を覚える。

一応自分もこういった人たちと同じような大学卒業しているが、こういった発言インターネットで衆目の前で行う人間と同じ大学卒としてラベリングされるのは非常に苦痛だ。

なお、私は中流下流の間くらいの家庭(過小評価している可能性は多分にある)で育ち、貸与・給付奨学金を利用しながら大学に通った。

経済的理由で、家族の泊まり旅行が5年に1回程度しかない家庭だ(海外旅行20年で1度だけあった)。

進学実績のある高校入学した時も、裕福な家庭出身学生の多さに驚いたが、東京大学入学した時の驚きはそれ以上であった。

裕福な家庭出身で、仕送りを沢山もらって一人暮らしをしていたり、お小遣いをもらいながら実家から通っている学生が多くいるように見えた。

彼らと同じように青春謳歌しようとしたが(当時の自分サークル活動恋愛へのコミット強迫観念を抱いていた)、家事アルバイトの手間が多く、勉強がおろそかになった(文章から滲み出る頭の悪さから理解いただけるだろう)。

理系だったので学年が上がるにつれ忙しくなり、しかしついぞ一度も集中して勉強することはなかった。

牢獄とも呼ばれる三鷹(場所が悪く通学時間が長い)にある大学の寮で、裕福な学生に対する嫉妬自分の惨めさを日々感じていた。

都内一等地に住む学生から、前年度に親が休職していたため、授業料免除収入基準クリアすることができた、と聞いた時には本当に気分が沈んだ。

就職活動においても、裕福で勉強に集中し、高い能力を身につけた学生に幾度となく遭遇し、格差を実感し、嫉妬と悲しみを覚えた。

貧しさが原因で、留年したり、退学したり、失踪したりする学生を何人か見た。例えば貧しい地方出身学生が、家事アルバイトをこなし、貸与・給付奨学金を適切に申請し、その上で勉強に集中するのは、私には非常に難しいことに思える。

炎上した学生は違ったようだが、私にとって東京大学はまさしく教育媒介として格差再生産されていることを強く教えてくれる場所だった。

GDP世界3位の資本主義国家の、最も優れた大学である東京大学は、当然教育媒介とした格差について詳しく調査し、国内外に発表する義務があると思う。

私が知らないだけで、学生アンケートをとって学生の家庭の親の年収資産調査したものなどが公表されているのだろう(道義的公表しないはずがない)(追記公表されていました(https://anond.hatelabo.jp/20200304112604]))。

多様性を謳い女子学生の増加に日々努めている東京大学は、私が知らないだけで貧困な家庭で育った学生の増加にも日々努めているのだろう。

(本件とは関係ないが、現役の東大生が東大における女子学生の少なさと貧困について考える にて女子学生の少なさと貧困が語られている。私の推測では、東京大学では学生の家庭の経済状況の分布性別でかなり異なっている。私より貧しい家庭出身で、在学中苦しんでいた男子学生を私は何人も挙げられるが、女子学生については1人も思いつかないのだ。(追記あり))

追記

一部のコメントへの返信

東大ミスコンでも美醜を争うの? 賢さは争わないの?

美醜以外の要素でも争っていると思いますが、賢さは争っていないように見えます

でも格差再生産された結果大学に入れずキモくて金のないオッサンになってしまった人は自己責任であると決めつけ叩いてもいいんですよねわかります

そういう自己責任論を否定する理論が、祝辞現代文では展開されていると捉えています

ID:IthacaChasmaって奴は鶏並みのバカなのかな? この増田はこいつみたいな奴に対する批判に読めたけど。 https://b.hatena.ne.jp/entry/4682255784618895810/comment/IthacaChasma

記事を読みましたが、大学入試が才能と努力量の掛け算の下で公平であること、また格差を生み出す元であるより良い教育を得るため頑張る価値があることは間違いではないと思います

しか入試で求められる才能(努力できる才能も含め)、努力できる環境の全人口への配分は明らかに平等になっています

東大生の親の資産調査したものがあるかどうかは分かりませんが、世帯収入については学生生活実態調査調査されているのでリンクを貼ります議論の参考になればと思います

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/edu-data/h05.html

ご教示いただきありがとうございますこちらの資料学生生活実態調査(2018年)

の39〜42ページに出身地や世帯収入家計支持者の収入が、男女別も併せて記載されていますね。

このようなデータがあることを知らずに上のような言及をしてしまったのは間違っていました。

東京大学入学した学生の貧富の調査公表を私の価値観の範囲では正しく行なっています

世帯収入出身地について、2007〜2008の間に特異的な変化があるものの(リーマンショックの影響でしょうか)、基本的にはより裕福な学生首都圏に住んでいる学生が増えているようですね。

特にその傾向は女子で顕著であるようです。そういった傾向を反映してか、東大が以前に女子学生向けの住まい支援施策として新たに「月額家賃の一部を補助(月額30,000円)」を実施していました。

当時の私としては、その傾向を理解できてはいたのですが、それはすなわち男子学生の方が在学中に貧しい生活を送っていることを意味しているため、非常に悲しい気持ちになりました。

こいつも、頭が悪いことでは差別してもいいと考えているんだよな。件の東大生と同じ。

努力のできる才能を持ち、努力のできる環境で育ったような特にまれ人間には、勉強をする義務があると考えています。そういった人間不勉強については反射的に批判してしまうのですが、もしかしたらその態度は間違っているのかもしれません。

2020-02-23

anond:20200223111031

価値観自覚的にはなれたけど、行動が改められない。

カウンセラーに話しを聞いてもらっても、

この人は仕事から話を聞いてくれてるだけだからなぁ・・って思い出しちゃう

自己承認これで解決

anond:20200222181235

やたら自己肯定感が低い人たちは意識高い系の診断受けると良いと思うよ

ストレングスファインダーとか自分の強み弱みを診断するヤツ

自分価値観自覚的になったり、ラベリングされたら、症状落ち着くと思う

あとはカウンセラーにひたすらプロの傾聴をして貰う

尊重されてると感じる、話を聴いて貰える、そう感じる機会が圧倒的に足りなかったのだと思うよ

2020-02-21

ファンタジー(略)世代間格差を感じた話」に違和感を覚えた話

ファンタジーの世界観設計における世代間格差を感じた話 - swatanabe’s diary

筆者は「ダンまち」の1巻を初めて読んだときスキルステータス(作中ではステイタス)という概念が登場した点に違和感を抱き、しばらく拭い切れませんでした。こうしたゲーム的な概念ファンタジー世界所与の設定となっている点に、ピンとこなかったからです。

こうした経験値ストックによる断続的な成長や、成長に伴うスキルの発現という発想はとてもゲーム的だと感じます

そりゃそうでしょ(^_^;)

なろう始めweb小説全体でのゲームっぽい要素の一般化傾向の話ならともかく(ダンまちの初出はArcadia)、ダンまちは2巻あとがきではっきりこう書いてる。

この作品世界観こそファンタジーとなっていますが、設定そのものゲームの内容を意識していますゲームプレイする上では気にならない経験値などのシステムを、物語を語る上でどうすれば破綻することな説得力を持たせ溶け込ませることができるのか、四苦八苦しながらよく考え込んでいました。

ファンタジーゲーム的な要素を持ち込むことに完全に自覚的なわけ。

そして、最近ライトノベルは全体的にゲーム化しつつあるなという気が個人的にはしていますステータススキルという概念が当たり前に登場するようになったのも、その流れなのかなと

ジャンル全体で「当たり前」ではなかったけど、 80年代末のフォーチュンクエストの時点で、レベル概念ファンタジーラノベに登場してる。漫画も含めれば、たぶんもっと実例があるだろう。

たとえば、筆者は小学生時代ドラクエにはハマれず、FFには熱中しました。

ドラクエにハマれなかった理由は、少年少女が旅に出るという週刊少年ジャンプ的な設定が受け入れられなかったからです。少年少女凶悪モンスターに勝てるわけないじゃないかと。

対して、FFRPGとして一定説得力を感じていました。

たとえば、最初プレイしたFF4は、セシルもカイン王国兵士。そりゃ強いよね、たくさん訓練してるんだろうし、モンスターくらい倒せるよねと

初めてプレイしたのがFF4だというから仕方ないけど、FF3の主人公は開始時点では特に修行とかしたわけでもない4人の少年だよ(クリスタルに選ばれた光の戦士という設定もあるけど、それならロト勇者天空勇者も変わらん)

主人公が喋らないのも違和感がありました。「喋らない人なんて、いるわけないじゃないか」と(なんてムカつく小学生だ)。その影響で、なんで冒険してるのか分からなかった(主人公が語ってくれなかった)のも長続きしなかった要因ですね。

自覚あるだろうけど、めぐりあい宇宙に、何で宇宙に海があるの?とか言い出すのと同レベルツッコミ

その後、90年代後半〜2000年前後あたりから、その流れが少しずつ変わっていく印象を抱いていました。ゲームの基盤となっていたSFファンタジーが、どんどんゲーム化していくような気が。

個人的に大きな契機となったゲームは、奇しくもFF7。「マテリア」というシステムの登場に大きな違和感を抱きました。似たシステムであるFF5のジョブは「職業を変えて研鑽を積むと、それに応じたアビリティが身につく」という一定の納得感もあったのですが、武器防具にセットしただけでアビリティが身につくマテリアは、どうにもピンときませんでした。

FF1〜3は、魔法を「買う」システムなんだけどどう思う?(アビリティと違って魔法魔法からすぐ覚えられても違和感いか?)

キャラクター面でいくと、もうぜんぜん端点を覚えていませんが、どんどん弱年齢化が進んだなという印象だけは間違いなく持っていましたね。そもそも若い世代も戦って当然」といった世界観なら、しっくり来るんですけど、現実世界普通中高生が戦う感じの作品は、受け入れられるようになるまで、けっこう時間がかかりました。

ただ、このあたり上手く作られた作品もたくさんありました。ペルソナなんかは代表例ですね。それまで普通生活していた高校生がいきなりペルソナ覚醒して、あれやこれやに巻き込まれていきますが、その設定・流れに違和感がなくてすごいなぁと感じたのを覚えています

ペルソナには、「喋らない人なんて、いるわけないじゃないか」と思わなかったの?

特にムービーシーンの登場は、個人的にけっこう大きな転換だった気がします。というのも、ムービーではキャラクター武器や格好がデフォルトのままなので、「装備どうしたんだよ」「ダメージ負ってたのに傷ないの?」とか思ってしまうんですよね。性格が悪いので (苦笑)。

(苦笑(性格が悪いので))

 

そうした違和感に悩まされることな純粋に楽しめたゲームは、どんどん減っていった気がします。当時だとメタルギアソリッドくらいでしょうか。

MGSは、かなりリアルでしたよね。スネークは外見的にも設定的にも強くて当然ですし、ストーリーにも説得力がありました。ステルスゲームというジャンル世界観にピッタリ。個人的に「リアルゲーム化したゲーム」の代名詞存在でした。

サイコマンティス戦とか、「パッケージの裏」とか気にならないの?「RPGゲーム化」は気にするような人が?

他にもツッコミどころ山ほどあるだろうけど、あとは詳しい人に任せた。

2020-02-17

ラブコメは最も執念があった人に勝ってほしい

お話の中ぐらい公正世界を求めたいです。

恋愛における公正とは、執念の順に望みのものをゲットするということです。


恋愛とはつまりは執念、執着です。

みっともない、正しくないものです。

たとえば「相手幸せであれば自分のものにならなくてもいい」というのは

よりステージの高い心であって恋愛ではありません。


相手幸せは願うとしても

それは当然自分と一緒での幸せでなければならない。

断じて他の人間に渡したりはしない。

ライバルを押しのけてもいじましいアピールをしても相手を手に入れたい。


そういう欲望エゴ、みっともなさ、

仏教三毒人間根本的無明である貪欲

それが恋愛です。


具体的に何が言いたいのかといえば

『5等分の花嫁』のあの勝者は私には面白くないということです。


の子は確かに立派です。

道徳的です。

姉妹のうちで最も心が清いと言ってよいでしょう。


けれども恋愛は心の清い人が勝つべものではありません。

長い期間片思いというなの執着を燃やし続けたり、

普段なら絶対やらないような行動に出たり、

好きな相手や親しい人に必死でみっともない姿を見られたり、

そういう恥さらしな人こそが勝つべきなんです。


からニセコイも当然小野寺さんが勝つべきでした。

長年片想いしながら意中の人を観察し続け、

機会を掴んでは本人なりに必死になって距離を縮め、

ようやく手にした快適な友人関係を失う覚悟告白する、

こういう欲望と恐怖と勇気を見せてくれた人に勝ってほしいでしょう?

そういう人を差し置いて、後から来て物語終盤で恋愛感情自覚した人に余裕綽々でホイホイッともっていってほしくないんです。


5等分で言ったら、

最初敵愾心むき出しで暴言を吐きまくってたのに

途中から好きとか言い出して、誰が見ても突っ込みたくなる恥さら状態

自分でもディスアドバンテージ自覚しながらそれでもがんばるという人とか、

姉妹の中でお姉ちゃんとして常に自分を抑えて大人の振る舞いをしていたのに

ちょこちょことせこい贈り物作戦好感度稼ごうとして反応に一喜一憂していたり

途中からぶっ壊れて妹達に変装して情勢操作をもくろむという大反則に打って出る人とか、

そういう人の方ががぜん応援したくなるんですよ。


あの勝者の子は何ですか。

見苦しい手や汚い手を一度も打たなかった。

誰に対しても恥ずかしくない振る舞いしかしなかった。

ライバル姉妹を出し抜いてでもアピールするような心がなかった。

モラルを捨てて汚い人間になって恥をかくことをしなかった。

こんな子に勝たせちゃダメでしょ。



男の方も不見識です。

ただただ一番自分のことを支えてくれた、害を及ぼさずに利益を与えてくれた女を選ぶんです。

なんてつまらない男でしょう!



追記

ストーカーヤンデレ、腹黒属性のあるキャラが必ず勝っていつも正ヒロインになってしまうってのはちょっと多様性がないと思わんかね

あーもー長々例示つきで書いたのにこういう全然わかってないレスが来るとがっかりちゃう

小野寺さんはストーカーヤンデレや腹黒だった?

長女と次女だって別にサイコ的な人物じゃないでしょ?


ヤンデレとかストーカーとかそんなもんなんにも面白くないんだよ

それらはそういうジャンルキャラ造形として最初から設計されて宣言されて受容されるっていう退屈なお遊びだよね


ちゃんとまともな社会的人物として生きてきた、普段そんなことしない人として立てられたキャラが、

そこを踏み越えて汚いことや恥ずかしいことをしちゃう、そういう総体がいいんだよっていってるでしょ


というかねえ、ヤンデレだのストーカーだの腹黒だの、人の人格をそういう極端な類型説明してしまうような創作あんまり程度高くないと思います

そんなんばっかり読んでるからもう少し解像度の目の細かい話してる人間に向かって「つまりヤンデレやな?」みたいな粗雑なまとめでかえしちゃうんですよ

あなたの脳が粗雑な創作によって型にはめられているってことなんですよそういうのは、もっと危機感持った方がいい


まり増田姉弟子派だな!

モチロンソウヨ

イカちゃんも期待してたんだけどまさに粗雑なヤンデレキャラという第一印象のままフェードアウトしてしまってもう影すらない

ジョバーと化して小学生大天使にすら負けるし、女子最高の才能とはなんだったのか・・・

anond:20200216204655


kuzudokuzu 残念ながら増田の言い分自体が「俺には執念がある!だから俺の執念を通せ!!」なので、それに気づかない人ぐらいしか「よしやってやろう!」と話に乗ることはない。

2020/02/18

誰が「俺の執念」とか、私個人の話やリアルの話をしてるんですか。

「よしやってやろう!」というのも何をやってやるのかわからないし。

上の雑な人と違って何言ってるのか全く分からない。

大丈夫なのかこの人。


追記

お話の中ぐらい公正世界を求めたい」はフィクションに対する愚弄であるフィクション現実的であってもなくても理想的であってもなくてもよいのだ。皆、好きに作るべきだし、私も好きに読むし、君も好きに読め。

2020/02/18 リンク Add Star

こんなの勿論私の趣味・私のお気持ち表明であってこれが世間ルールになるべきとは思いません

ただ自分趣味をこうやって整理して熱弁したらみんなもその趣味をどう思うかとか自分趣味はこれであるとか言ってくれるでしょう



自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」って言ってた人が負けるのは許せない派?

これは確かに断りを書き忘れた私の落ち度です

学園ラブコメで言ったらライバルいじめ対象にして蹴落とすとかそこまで行ったら肯定しません。

私が挙げたキャラもみんなそこまではいってない。

また、ジュビロそもそも恋愛を描いたのではなく「執着が人を不幸にする」という世の真理の方を描いたと思います

一時期萌えおじさんになって恋愛を描いてましたが(蛇足と言われてるけどあの村の3姉妹とか好き)、

「行き過ぎた執着で自分も周りも不幸にした悪のおっさん」を描くことのほうがずっと多いです。

ニセコイで一番執念あったのマリーな気もするが

設定的にはその通りなんですが

ぶっちゃけ作者から「この子の目はありません」という目配せのような扱いのギャグさがあったのと

マリーを例にすると特定キャラへの思い入れで言ってると思われそうなので

千棘と最後まで競る形だった小野寺さんを挙げました。


追記3

まぁ押しが強いキャラって、当て馬というか、主人公ガンガンアプローチすることで正ヒロインがやきもち焼いたり、気付いていなかった恋心に気付かせる役割ばっかりなので、まず勝てないってのは哀しくはあるな…。

その問題は原因が3つあると思っていて

1.積極性が強い=「遊び人」「フシダラ」という古来の非難や敵視の目線

2.創作において古来から固まったパターンを疑わない踏襲主義

3.押しの強さの中で粗密やドラマを作るという複雑なことに挑戦出来なかった技術不足

ですが、

どれも現代では解決されてると思います

そういう意味では2が本当の敵かなと。


ごめんなさい、truetearsとschooldaysがまじったタワゴトを書いてました。

どっちもしってて全然違うのになんだこれ怖い。


その論で行くと、マリーさんは千葉県に嫁ぐことになるな

あの漫画の中で最も執着と献身性、純白の狂気を見せてくれたのは千葉県さんだからね、しかたないね


恋愛は執念ではないわ。見た目等の自分の売りのステータスを伸ばし相手好感度を上がる選択を選ぶのが大前提!突き進むだけの猪では現実でもバウムクーヘン確定よ。/変態仮面は清楚では無い二号ヒロイン選んだな。

恋愛ゲーのあのシステムも一面の正しさを含むかも知れないけど、それ以上にあのはっきりしたステータス主義の結果として「そうか、中スペの自分恋愛は無理なんだな」と考えて身を引く奥手男性結構生み出したのではないかと思っています

ステータスを伸ばしてからどうこうっていうのがそのまま役に立つの恋愛というよりむしろ婚活のような気がしますがボリューム世代で未婚が増加した後の日本ではもう手遅れなかんじ


伝説藤崎詩織さんのあの振る舞い(デフォステータスでは一緒にいるのが恥ずかしいといって偶然出くわして一緒に下校することすら拒む、ステータスが上がると寄って来るし高ステータス時にデートに誘わず放置してるとキレる、これで問題のある高慢ヒロインではなくメインヒロインという設定)を作った人

恋愛工学創始者並みに恋愛シニカル嫌悪ながら見てたのではと思う


お前の攻撃には執念が足りんぞ

あの概念凄く好きです

昔の少年漫画で敵が言ってくることとして相当凄いですよね

お前の攻撃には欲望が足りん、執念が足りん、そういうアドバイスが出てくる世界

その後の無想転生は我執を捨てた境地ですが


伊藤伸平先生「素敵なラブリー・ボーイ」はいいぞ。電子書籍版は驚くほど画質が悪くて驚くけど。どういうデータなんだよ

読んでみます

伊藤伸平は『はるかリフレイン』がすき。

夕焼けでぱっと終わるラストシーンがね。


自分の考えが支持されないのはどう考えてもお前らがおかしい」というお気持ち表明。春だなあ。

いやそういう話じゃないって言ってるでしょう。

あなたがそんな読解力のないコメントをするのは意外だし残念です。

書き換える前のコメントの方が良かったな。


完全にストーカー理論やんけ、怖いわ。むしろ恋愛がもたらす煩悩的な執着をしないほうを人は選ぶよね、というメッセージとして作品が成り立ってるのに。自分だって執着するだけの相手選ばないだろ…知らんけど

なんかやたらストーカーストーカー言う人達がいるんですが、

この人達は「ノーマル恋愛」を清いものだとかいかぶっていると思います


増田ToLoveるについての見解を聞いてみたい

ちゃんと読んでないからアレなんですが、あれは恋愛漫画じゃないと思います

確か宇宙人の妹がハーレム志向提唱しだしていたとおもいます

一種の優しい世界としての勝ち負けなしのハーレムで終わればいいんじゃないですか。

そういう風に終わったのかは知らんけど。


五等分の花嫁は読んでないけど、「ただただ一番自分のことを支えてくれた、害を及ぼさずに利益を与えてくれた女」って主人公に一番尽くしてるってことじゃないの?公正さを求めるなら、むしろ選ばれて当然なのでは。

「私の考える」「恋愛における公正」がなんなのかは文頭で説明しましたよね?

あなたが言ってるのはあの子が一番性格が清くて善だということです。

それは私も同意しています

あなたも私の話をよく読んでください。


増田根本的に勘違いしている。これは読者層で違うんだよ。少年漫画なら、控えめな優しい女が勝つ。少女マンガなら、努力する気丈な女が勝つ。例。「恋はつづくよ どこまでも」 / 男の願望と女の願望は違う。

そうでもないです。

少女漫画でも気丈に努力してアピールしてきたハイスペ美人が振られて途中まで「あいつのことなんてどうも思ってないし」とかとぼけたこと言ってた主人公が勝ったりします。同じくそばでジッと主人公を狙ってた男もよく振られます

ヒロイン失格」はどうや?イケメンの幼馴染という特別地位に甘んじて舐めプしてた主人公ノーマークの地味喪女BSSされたショックをバネに物凄い顔芸を繰り出しながらイケメンに縋り付くパワー系ラブコメ

あれの作者は主人公イケメン偏差値低そうな人間ばっかり自覚的に描くのがすごいですね

このみ確立してて作家性だと思う

アマゾンレビュー主人公が卑しすぎるとか最終巻表紙の笑顔マジキチすぎるとか怒ってる声多いけどわたしは楽しみました

ただし逆転で捨てられた地味子がベタメンヘラビッチになるのだけはいらなかったと思うけど

主人公イケメンのやったことがそれぐらい人を傷つけることだと作者は自覚し認めてるんですよね

同作者の次の漫画がまた主人公友達イケメンの先輩(たしか留年)も全員偏差値低そうな感じで笑いました

うどんちゃん世界を楽しくポジティブに生きてる感じ


追記4

気持ち分かるけど空灰で野球で落ち込んでる男にウザく絡みまくった幼なじみが振られる話好きなんだ

あれはフィクションでやたら予定調和的に上手く行く「あえてきついことを言って奮起を促す」コミュニケーションが実際は上手くいかんやろみたいな試みですよね。

ただあの子最初はそんなことしようと思ってなかったけど全然取り付く島がなくてああなったんだし怪我のことも知らされてなかったしあの場のコミュニケーションを間違えたというより最初から上手く行く選択肢が出てなかった感じ。

そしてあの球児のほうは何の誠実さもなく甘やかしてくれるだけの青田買い打算女に励まされて復活するのですが、次の試合ぐらいでメタくそに打たれて敗退することが別の話で示唆されています


スネイプ先生最後に勝つハリーポッター的な?もうお母さん死んでるけど。

スネイプ先生はしょせん最初から最後まで死者を追い続けてるので自分は何も報われずに死すところまでが美しいんですが、

ハリー女生徒だったりスネイプ先生女性だったりしたら一点してキワキワの危険人物になった可能性ありますよね。

そのケースの生の匂いと厄みが増大したスネイプ先生も見てみたかったです。


ラブコメではないが、ハイキューの田中と潔子なんかは増田にとって理想のゴールインだろうなあ

あそこはあんまりそういう目で見てなかったので「え!?」ってなりましたよね。

潔子先輩が大好きなんですが、それゆえに後日談でもあの中の誰かとくっついたりしないだろうなと思ってたら

え、田中? 一途に頑張れば普通に手が届く存在だったんだ???

みたいなちょっとリアル不思議気持ちを味合わせてくれたのでそっちの意味であのオチはとてもよかったです。

振り返ってみるとちょっとしたハーレムもの主人公みたいな田中

2020-02-11

[] #83-1「キトゥンズ」

きっかけは、弟がテレビを観ていたときだった。

「今週も始まりました、『みんなのアニマルパーク』! 今回は動物に関する映像特集です!」

俺は学校課題に取り掛かっており、テレビから背を向けていた。

音声だけが耳に入ってくるという状態だ。

「ん~? なんだこれ~? なんだろう~?」

「うわ~すごいなあ」

「テコテコ、バシバシ、メキョッ」

耳に入ってくる情報だけでも、その負担は凄まじい。

強い拒否感を覚えた俺は、咄嗟に近くにあったリモコンへ手を伸ばした。

「ちょっ、兄貴! いきなりチャネル変えるなよ」

別にどうしても観たい、楽しみにしてる番組ってわけでもないだろう」

わざわざ公言することでもないが、俺はこういう動物バラエティが苦手だ。

テレビ的な、過剰な演出が多用されたもの特に

出演者リアクション、足されたサウンドエフェクトナレーションドラマティックなストーリー

アフレコ動物を喋らせているのは最悪だ。

あらゆるものが神経を逆なでしてくる、低俗番組だった。

そりゃあ低俗には低俗なりの良さはあるし、必ずしも高尚な作りの方が良いとも思わない。

しかし、この番組は俺のポリシーに反する。

兄貴って、こういうの観たがらないよな。ウチだって猫いるのにさ」

「……だからこそ、だ」

ふと同じ部屋にいる、キトゥンに目を向けた。

何食わぬ顔で飯を食っている。


セールスマン政治家セミナー講師匿名未来人。

この世に胡散くさい人間ゴマンといる。

そしてペットのことを「家族」だとかいう奴、これも胡散臭い

だって、そうだろう?

自宅に軟禁して代わり映えしない生活を強いて、挙句には去勢するんだからさ。

そんな「家族」を彼らはテレビネット見世物にしている。

家族からの了承”なんてとっているはずもない。

そんなことをしても問題にならないのは、結局のところ愛玩動物しかいからだ。

或いは彼らがいう“家族”ってのは、そういう意味なのだろうか。

彼らにとっては“愛しい玩具”の延長線上なのかもしれない。

じゃあキトゥンの飼い主である俺は何なのかっていうと、もちろん例外じゃあない。

飼うようになったのも、そうしなければ駆除される寸前だったからだ。

一時の感情に流された結果である

その過程に、肝心要の猫の意思は介入していない。

とどのつまり自分の心を守るために、たった一匹の猫を守る選択をしたわけだ。

それは動物を慈しむ心だとかではなく、極めてエゴイスティックものに近い。

他の生物と身近になるというのは綺麗事じゃなく、そういうものだ。

あいつにキトゥンという名前をつける前から、俺はそのことに自覚的だった。

からこそ、ああやって無邪気に動物を弄び、それをさも尊いかのように見せる番組が苦手なんだ。

まあ、共感を得られるかというとビミョーだが。

現に、これについて説明を試みたものの、弟の反応は素っ頓狂だった。

「うーん、よく分からないけど……たぶん兄貴はさ、自分キトゥンにどう思われてるか自信がないんじゃない? だから、そういう斜に構えた感じになっちゃうというか」

俺の話をどう聞いたら、そういう解釈になるのだろうか。

自信のあるなしなんて関係ない。

もし関係があるとして、そんなものはないほうがいいんだ。

「弟よ、お前の言う“自信”ってのはな、ほぼ“幻想”と一緒なんだよ。動物の心情を、人様が都合よく思い描いているに過ぎない」

それこそが、あの動物バラエティがやってることだ。

そう語気を強めて言ったつもりだったが、弟は怯まなかった。

「だったら、キトゥンの気持ちが分かればいいわけだ!」

しろ意気揚々と、おこがましいことを言ってのけ、その勢いで足早に出かけていった。

何かアテでもあるようだが、あり得ない。

キトゥンの気持ちが分かるだって

それができれば苦労はしない。

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2020-02-05

フェミニストオタクの食い違いの正体

実際にあったやりとり

表現に関する騒動でのフェミニストの主張は分解すると

1.「何かに気持ち悪さ(の強弱)を感じる」→2.「(強キモ物は)セクハラからやめさせろ」

となる。


それに対するオタク反論

セクハラではない。セクハラであるならそう言える論理提示せよ」

というもの


その反論を受けたフェミニスト

事実こんなに気持ち悪いのに何を言う。とぼけてるか、よほど感覚がまひしてるかだ!」と怒る。

(「とぼけてる」とか「麻痺してる」的な言説は沢山あったのでちょっとやりとりウォッチしてた人なら見てると思う)



ズレの正体

なんで延々ずれるかというと

オタ側は2を論点反論してて、

フェミ側はそれを1への否定として受け取ってるから


オタからセクハラじゃないはず、セクハラだという論理を示せ」と言われると

フェミは「気持ち悪いという私の心の動きは現実なのに、それを否定するのか!」って感じて怒る。



混線の原因

なんでそんな混線が起きるかというと

フェミ側の多くの人がたぶん

自分の主張が1と2の二段階で出来ているとか、1が即2とはならないとか、

そういうことをあまり把握・意識してない。

自分が感じていることと、それを他者社会に疎通させる為のコードの部分との区別ぼんやりしている。


そしてオタ側の多くの人がたぶん

キモい」という指摘に対して不感症で、

そう言われてもフェミ側が期待するような問題意識を持たない。

キモい」というところからセクハラ」「規制すべし」まで到達するにはかなり理屈の橋を架けなきゃいけないはずでしょ?その提示は?

という点ばっかり気にしている。


オタ「説明して?」フェミ「もうした!とぼけるな!」というやりとりが延々繰り返されてるのはこのため。



 ちなみにオタ側が「キモい」に対して不感症な理由

 まず言われ慣れてるっていうのがひとつと、

 コンテンツ消費者として自分にとって不快表現への対処という問題に直面してきており

 自分向けでないと判断したコンテンツを心で受け止めないという訓練が比較的(いまだ不十分なりに)出来ているため。

 (そしてこれは長年の不毛オタク内の喧嘩で徐々に培われてきたものだがそういうことを自覚的に考えていない。)




たぶんズレの理由まで気付いてる人物

多くのフェミニストは大真面目にやっている。


また、参戦してきた大物のうち学者先生は(なぜかわからないけど)たぶん天然。

アカデミック規定されたセクハラ定義を満たせないまま論を展開して

オタ側弁護士からおかしいですよと突っ込まれたりしていた。


じゃあ誰が気付いてるのか、

言い出しっぺの弁護士先生だけは確実に気付いてる。

陣営論理が1から2にワープしてる部分の自覚がある。(本来論理プロなので)


からtweetではほのめかしやRTを駆使した戦略的突撃の号令や撤退の引鉦鳴らしに徹しており、

決して自分から1と2の間の論理を述べようとはしない。

いちばんケイケだった突撃時でも延々論点1を情緒的な言い方で繰り返し圧迫することによって相手から2を引き出そうとしている。


先生扇動されている者達はそういうとこまで見えていないので

1と2をつなぐ論理について思い思いの迂闊な説明を出しては反論されて大物も下っ端も討ち死にしていったが

先生だけは最後まで討たれていない。

だって反論可能論理なんか何にも出してないからね。


ちゃん検討反論可能論陣を組んださえぼう先生の方が知的に誠実であっても

喧嘩クレーマーとして強いのは弁護士先生の方なのだ

中身のあることを言わなければ言質も取られないし反論もされない。


問題ですよ」「連絡を入れました」と言い続けて相手がなにか差し出すのを待つ。

あの先生けが隔絶した大人視野と戦法を使いこなして利益を追求しており

他のフェミニスト先生が笛で操る畜群となっている。


このように物事を分解して観察することで

目的も知能も知性の種類も違う人間達が仮初の集団形成したり解散したりする

この社会ダイナミズム面白さを感じないだろうか。

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