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2019-11-27

anond:20191127131306

増田、気をつけて!

自由意志幻想だという情報を与えられた被験者は、モラルに反する動向を示すことが多くなるということである。今年2月に発表された最新研究では、人は自由意志存在を疑うと、不正行為に走り、他人に協力することをやめる、といった傾向が強まることも報告されている。

どうやら人間は、自由意志への信念を捨てると、自分倫理的責任を問われる存在だとみなさなくなる傾向にあるらしい。決定論を受け入れると、われわれは心の奥底にある闇の部分におぼれてしまうようだ。」

https://wired.jp/2016/06/13/free-will-research/

2019-09-07

行動主義心理学10分で理解する

はじめに

行動主義はJ.B.Watsonが最初提唱した心理学哲学だ。この哲学は、現代では下火のように見なされてたり、あるいは棄却すべき対立仮説のように扱われることが多い。

しかし、実際には認知心理学者、あるいは認知科学者が槍玉にあげる行動主義は、誤解に基づくものか、そうでなくても「その行動主義自称している行動主義者は現代はいないよ」と言わざるをえないような藁人形論法であることが少なくない。

そこで、行動主義誕生から現代的な展開までの歴史について、ごくごく簡単にまとめてみようと思う。

Watson の行動主義

行動主義は、Watson が 1913 年に提唱した。

Watson の基本的な主張は、ご存知の通り「心理学対象客観的に観察可能な行動に限る」というものだ。

当時の心理学は Wundt の提唱した「内観法」を用いて人間の持つ「観念連合」を記述する、というものであった (余談だが、内観法は単なる主観報告ではない。これもよくある誤解である。Wundt の提案した心理学は、繰り返しの刺激に対し、同じように報告するよう徹底的に訓練することにより、人間の持つ感覚の組み合わせについて首尾一貫とした反応を得ようという研究方針である)。

Watson が反対したのは、Wundt の方法である人間自己報告」を科学データとすることである。それに代わって、刺激と反応という共に客観的に観察可能事象関係研究対象とすべきであると主張した。Watson は Pavlov の条件反射概念を用いれば刺激–反応の連関を分析可能であるし、人間の持つ複雑で知的な行動も刺激–反応の連鎖に分解できると考えた。

また、情動や愛のような内的出来事は、身体の抹消 (内臓筋肉) の微細運動から考察された。Watson の心理学が「筋肉ピクピク心理学」と揶揄される所以であるが、現代身体性を重視する心理学認知科学を考えると、(そのまま受け入れることはできないにせよ) あながちバカにできない部分もあるような気がする。

さて、認知心理学者、認知科学者が批判するのは多くの場合 Watson の行動主義である場合によっては、次に登場する Skinner と Watson を混同して批判する。

注意しなければいけないのは、Watson の行動主義立場を取っている行動主義者は、この地球上にはもはや存在しないという点である。従って、Watson 批判歴史的な批判以上の何物でもなく、現代科学議論ではない。

では、行動主義を自認する現代研究者が寄って立つ立脚点は何なのか? その鍵になるのが、Skinner の徹底的行動主義である

Skinner の徹底的行動主義

Skinnerは、Pavlov の条件反射を「レスポンデント条件づけ (いわゆる古典的条件づけ)」、Thorndike の試行錯誤学習を「オペラント条件づけ」として区別し、概念、および実験上の手続きを整備した。そのためあってか、Skinner は20世紀で最も影響力のある心理学者 1 位の座についている。

Skinner は、科学目的を「予測 (prediction)」と「制御 (control)」とした。ここでは説明しないが、そのためにの強力な武器として概念としては「随伴性 (contingency)」、方法論として「単一事例研究」などを導入した。 彼の心理学は他の心理学とは大きく異なる用語法、研究方法を持つため、「行動分析学」と呼ばれる。

徹底的行動主義では、Watson が扱ったような客観的に観察可能な「公的事象」に対し、「私的事象 (ようは「意識」のこと)」もまた、同様の行動原理によって説明できると主張した。つまり、内的出来事も「行動」として捉えられる、ということだ。文字通り「徹底的」に行動主義なのである。実際に、Skinner の著書の中には「知覚」「感じること」「思考すること」といった、内的な事象についての考察も多く、それらは行動分析学重要対象であるとはっきりと述べている。

逆に Skinner が反対したのは、「心理主義的な説明である。心的な活動実在するし、それ自体研究対象ではあるが、「心的な活動によって行動が駆動される」という因果的な心理主義に対しては、Skinner は反対であった。つまり、「原因としての心的概念」の導入に反対したのだ。この点を間違えると、Skinner を完全に誤解してしまう。

ただし個人見解としては、行動分析学ほとんど顕在的な行動以外実際には扱っていないし、扱うための具体的な方法論を発展させてもいない。そこに関しては批判を免れないとは思う。

行動分析学の他に重要な特徴として以下の 3 つが挙げられる。

(1) 「反応」を運動パターンとして定義するのではなく、「どんな結果事象を引き起こすのか」から定義する機能主義
(2) 人間の営みを超えた真理探究ではなく、行動の予測制御という現実的有効性の上昇を目指すプラグマティズム
(3) 仮説構成体・仮説群から研究演繹するのではなく、実験結果から法則抽出する帰納主義

なお、帰納主義については「え?でも科学って演繹帰納の両輪で回ってるんじゃないの?」と考える人いるかもしれない。

Skinner は「行動について我々は知っているようでまるで知らない。そのような若い科学にはまず、具体的なデータ必要なのだ」と考えた。そのため、Skinner は環境 (刺激) と反応の間の関数関係データの蓄積を重視した。

まりあくまで当時の知的状況を鑑みての方針だったということは重要な点だ。

ちなみに、Skinner は自身の徹底的行動主義区別するため、Watson の行動主義を「方法論的行動主義 (methodological behaviorism)」と呼んでいる。

また、次に述べる Skinner の同時代の行動主義も、同様に方法論的行動主義とまとめられることが多い。

Skinner と同時代の行動主義 (新行動主義)

Watson のアイデアを発展的に継承したのは Skinner だけではない。

ただし、Skinner 以外の新行動主義に与している研究者は、現代には皆無なので、あくま歴史的な展開として捉えるべきである

Guthrie

Guthrie は刺激と反応の間にできる連合は「時間的接近」によって生じることを述べた。また、Hull や Tolman と異なり、心理学研究対象客観的に観察できる行動に限定すべきであるという姿勢は堅持した。

Hull

Skinner と大きく異なる点として、Hull は「仮説構成体による演繹」を重視した。「習慣強度」という潜在変数を導入したモデルを考案し、その潜在変数挙動の変化により行動の予測に挑戦した。

Hull の研究問題点は、いたずらに潜在変数いくらでも増やせてしまい、理論肥大化する危険はらんでいるためである特に Hull や Skinner の時代は、行動に関するデータがまだまだ少なく、行動研究には強固な地盤がなかったのである。Skinner は「理論必要か?」という論文理論研究批判していているのだが、Skinner が批判たかったのは Hull の心理学だったのである

Tolman

Tolman は刺激と反応の間に「仲介変数」を導入した心理学者だ。いわゆる S-O-R の枠組みである。彼は「潜在学習」の研究によって、「学習」と「成績」は必ずしも一致しないことを見出した。そのことから、刺激と反応の間には、それを仲介する隠れた変数がある、と考えた。

Tolman からすると、「感情」「期待」といった内的な出来事も、刺激と反応の間に存在する仲介変数である

現代視点で見ると、認知心理学下地になるアイデアを提出したのが Tolmanだ。

ところで、Tolmanと地続きである認知心理学もまた、徹底的行動主義立場からすると方法論的行動主義立脚した心理学である。そう、私たち現代心理学徒のほとんどは、意識せずとも方法論的行動主義なのだ

なぜか?認知心理学でも、公的事象と内的事象を分ける。内的事象には直接アクセスできないので、公的事象の「操作」と計測を通じて内的事象研究をする。公的事象操作 (実験条件) を通じて、内的事象定義を行う。これは、Stevens-Boringの「操作主義」と呼ばれる。操作主義では、操作と計測の対象公的事象であり、内的事象については「研究者間での合意」に基づいて議論される。つまり、例えば「この条件によって反応時間に変化があったら、作業記憶に影響があったということにしようね」というのが、研究集団によって暗に共有されている、ということだ。これが、認知心理学が「方法論的行動主義」と呼ばれる所以である

Skinner 以降の展開

1980年代以降、Skinner の弟子筋の研究者たちの間で、Skinner 以降の行動主義を巡って、研究方針多様化しつつある。その中でも最も影響力のある 3 つについて、簡単に紹介したい。

Heyes の機能文脈主義

Skinner の行動分析学プラグマティック科学であると言われているが、実は Skinner 自身は表立ってプラグマティズムに述べていたわけではない。例えば、近い時代を生きたパースジェームズデューイを直接引用して主張を行なっていたわけではない。一方、Heyes の機能文脈主義の特徴は、Skinner の徹底的行動主義の持つプラグマティズムをより明示的に推し進めた点にある。

Skinner は心的概念を導入することを否定した。私的出来事 (内的過程) は外的な行動の原因ではなく、それ自体独立した行動として捉えるべきだと考えたためだ。また、心的概念による説明は、行動分析学目的である予測制御寄与しないと考えたことも一因である

Heyes の場合、そのような概念でも、予測と変容 (influence) に寄与する場合は、十分に有用であると考える。

具体的には、「態度」を測る質問研究が好例だ。質問紙で測る「態度」は Skinner であれば「質問紙に回答行動」として見なされる。しかし、Heyes の場合「そのような研究問題点は、測ったところで、実際の行動を変容させるための操作変数が同定できないことだが、最終的に行動の予測と変容を目指すという目的がぶれない限り、足がかりとしては有用である」と主張する。

このような、伝統的な行動主義比較してある意味で軟化した態度を、Heyes は「行動主義心理学自由主義化」であると述べている。

少し脇道に逸れるが、Heyes は行動の「制御 (control)」とは言わず、「変容 (influence)」と表現する。これは、「制御」だと決定論的に操作できる印象を受けるが、実際の行動には確率的な変動性が必ずついてまわるため、表現を柔らかくする意図である

また、機能文脈主義では、研究の真偽の真理基準にも明示的にプラグマティズムを導入している。

行動主義科学には必ず目的がある (多くの場合、それは現実問題解決と結びついているが、そうでないものもある)。Heyes の標榜するプラグマティズムは、目的にかなうかどうかが、研究の真偽を決める、ということだ。

これは、「うまくいけばなんでもok」という主観主義ではない。問題解決としての科学として、発見というよりは創造プロセスで知見が生まれるということだ。ただし、解決されるべき「目的」の方はどうしても恣意的にはなってしまう、と Heyes は述べている。

Baum、Rachlin の巨視的行動主義

巨視的行動主義の特徴は以下の 2 つにまとめられる。

(1) 分析単位として「随伴性」ではなく「相関性 (correlation)」

Skinner はレスポンデント条件づけは刺激−反応という 2 項随伴性、オペラント条件づけは刺激–反応–刺激という 3 項随伴性によって定式化し、随伴性こそが考察されるべき基本単位であると考えた。

巨視的行動主義は、そうは考えず、よりマクロな「強化子–反応率」の相関性行動主義心理学分析単位であると主張している。

まりミクロな刺激と反応の関係を捉えるよりも、マクロ環境と行動の関係を捉えることを重視しているのが、巨視的行動主義である

行動主義心理学目的予測制御に置くならば、結局はマクロ記述で十分であり、その方が有用であるというのが彼らの主張だ。

(2) 内的出来事の導入の拒否

Skinner は外的な行動とは別に内的な出来事もまた行動として捉えられると考えた。巨視的行動主義ではそうは考えない。

彼らは、内的な出来事を「潜在的な行動 (covert behavior)」と呼んでいるが、心理学はそれを直接対象とする必要がないと論じている。なぜなら、潜在的な行動が実際に効力を持つならば、最終的には顕在的な行動 (overt behavior) として表出されるためである

このことを彼らは「時間スケールを長くとる (temporally extended)」と表現している。瞬間瞬間に我々には豊かな精神活動 (mental life) があるが、それを相手取らなくても、長い時間観察すれば、観察可能な行動として現れる、ということである

Staddon の理論的行動主義

Staddon の主張は、他の行動主義と大きく異なる。彼の場合は、心的概念の導入を許容する。そして、それを用いた「理論」こそが心理学必要であると考えた。その点は、実験結果から法則抽出する帰納を重視した Skinner の立場とは異なる。また、「心的概念による説明」は Skinner の反対した「原因としての内的過程」でもあり、それを採用する点も Staddon の特徴である

行動主義心理学目的は、予測制御だけではなく「説明」にもあると彼は主張した。Staddon の言う「説明」とは、概念同士の関係によって、現象記述することである。わかる人にとっては、David Marr の「アルゴリズム表現」の位置心理学位置づけている、と考えればすっきり理解できるように思う。

Staddon はやや言葉遣いが独特で、概念連関による記述を「メカニズム」と呼んでいる。そのメカニズムは必ずしも生理学的基盤を前提しないで、あくま心理学レベルでの記述である

ようは、行動のアルゴリズム的な理解なのであるが、事実 Staddon は「私の言うメカニズムとは、アルゴリズムのことである」とも述べている。

Skinner は反応率 (時間あたりの反応数) を分析の基本単位としたが、Staddon はより多元的である。ただし、なにを分析単位とするかは、それ自体研究立脚点を示しているものである。それを Staddon は「The model is the behavior」という言葉表現している。

それでは認知心理学となにが違うのか?と思われるかもしれない。Staddon いわく、行動主義心理学伝統的に堅持してきた「強化履歴」は理論的行動主義でも重要であるというのが大きな違いらしい。つまり、行動や内的状態は、それまでの環境との相互作用に基づいている歴史性を有しているとういうのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、その点を強調するか否かである

また、Staddon は「動的過程 (dynamics)」を重視した点も特徴である。他の行動主義は、基本的には刻一刻と変化するような過程というよりは、安定した反応の推移を対象としてきた。ややテクニカル議論ではあるが、現代では複雑な時系列データを扱う方法もたくさん用意されているので、動的な過程を取り上げるのは科学として自然な展開であると思う。

一方、認知心理学では「コンピュータアナロジー」のように、入力–出力関係を固定して考えることが多い。動的に内的状態は推移していることを重視した点も、Staddon の理論的行動主義認知心理学を分ける特徴の 1 つであるしかし、個人的にはこの差異は徐々に埋まっていくのではないかという期待もある。

おわりに

以上、行動主義 100 年の歴史簡単に振り返ってみた。

色々なアイデアはあるものの、基本的現在「行動主義」を標榜している人がいれば、Skinner の徹底的行動主義である。Watson、Hull、Guthrie、Tolman に依拠している者はいない。従って、歴史批判ではなく、科学議論として行動主義批判したければ、Skinner を相手にするべきである

行動主義はとにかく誤解されがちである。それは行動主義心理学者サイドにも問題があるにはあるのだが、科学において、無理解責任基本的には不勉強側に帰せられるべきだろう。

個人的には、アンチ信者より詳しくあってほしい。認知心理学者も、自分たちが寄って立つフレームワーク出自はどこにあって、なにに対するアンチテーゼだったのかをきちんと理解してみたら、何か発見があるかもしれない。

2019-08-31

世界ゲームシステム理解している異世界住人がlv999チーターを倒す方法

ゲームシステム理解されているので養殖された経験値効率のいい魔物を殺し続けることで

兵士がlv99まで訓練されているのはあたりまえとなる

一度に戦闘に参加できるのは8人で、1人の最大行動受付時間は255秒なので

チーターを7人で囲めばシステム的に30分はチーターを行動不能にできる

そのあいだにダイス技師乱数テーブルを進めて必ず5%保証ミスに持っていき

こちらの攻撃は防御力無視計算式でダメージが決定するクリティカルが出るようにする

戦闘に入る前に名乗りを上げてイベント戦闘フラグを立て、逃走は不可能にしておく

 

ちなみにこの異世界の偶然は基本的にすでに万人に知れ渡っている乱数テーブル

よって決定するが、人間自由意志はその例外であり決定論的な世界のなかで

人だけが未来を決められる特権的な力を持っている

2018-12-09

まれつきの不平等について

はじめて書く

きっかけはこの記事https://anond.hatelabo.jp/20181130212224

大企業派遣として働く女性正社員の持つ文化資本などに対する劣等感を綴ったもの

僕はどちらかと言ったら大企業正社員になるレールを歩いてきた人間で今某有名私大生だがまもなく就活を迎える。

文化資本の不平等について、それに恵まれている人間がどれだけ考えているか僕にはわからない。僕が人よりそれに気がかかるのは、高卒の両親を持ち、母の教育熱心の為無理して中学から私立へ入れてもらったからだと思う。金が限界で妹はずっと公立である東京貧乏地域から私立中学へ行くとやはり全てが違って、その時僕は世の中には色んな人種がいて、自分のいる環境はその一つに過ぎないと知った。

例の記事を読んで、筆者は海外旅行観劇趣味であるような人種劣等感を抱いているらしいが、自分劣等感からそういう人種自分を育てた。それが出来たのは首都圏に住み、自由学校に通い、なおかつネットのある時代からこそだろう。クラシックが大好きだし我ながら美術文学の造詣も深いと思うが、自分出自を考えると鹿鳴館猿真似のようでたまに可笑しくなる。

無理して私立に入ったから常にそのコミュニティの中では経済的に最下層にいたと思う。教養はその劣等感と共に育んだもので、今でも親が教授医者だったり(なんと多いことか)すると、「お前の今の地位は全くお前の能力努力とは関係無いんだぞ」と内心劣等感丸出し。そのくせ僕は自分だってまれている方の人間だと知っているのだ。知っているだけマシだと思う。

こういう考えを延長すると、全ては生まれ環境。つまり運。努力出来るかさえも運。ある種の決定論になる。これだと何するにも気力が湧かない。僕は今この状態に近い。

成功」した者はそれが自分努力能力所為だと思いたいし、「失敗」した者はそれが自分がどうしようと覆せなかったものだと思いたい。両者は分かり合えるのか。

僕含め、社会の上流にいる者、生まれ環境に恵まれていた者は、それだけである種の原罪を背負っていると思う。この原罪自覚すべきだと思う。慎重でなければ単なる上から目線の、オリエンタリズムに陥る危険はあるけれど。

まれた人は、もうこんなことはとっくに考えていて、自分なりの答えを出して生きているのかもしれないと考えることもある。

しか自分の中で折り合いをつけるだけでなく、恵まれ人間は、そうでない人間との断絶についてもっと考えるべきなのではないか

以上が記事を読んで思ったことです。長くなったけれど。

2018-12-02

神は信じるが経典は信じない anond:20181202165803

自由意志決定論も信じないが

パトスと神は信じるそんなワイちゃんは、

神様ちゃんと見てくれているから、よい行いをすれば必ず自分に返ってくる」

そうした考えはいいことだ。

善人や善行を生み、犯罪モラルの低下を抑制する。

これを否定する

そんなものあろうがなかろうがってヤツである

共感性は社会動物の持つ当たり前の特性である

anond:20181202030239 anond:20181202030430

自由意志を信じる>努力を信じる>決定論信者 ってことが理解できたならば何より

確定しないのだ

なにも

2018-11-26

anond:20181126202707

結構あるぞ。2次創作

オリジナルは「なろう系」以外で思い浮かばないな

2次創作元ネタSFでもなんでもないのに

SFやSCPやクトゥルフ自由意志決定論的信念や多重世界ぶち込んでくる群が

本当にすこ

2018-11-25

anond:20181125015431

元増田の言うことがいまいちわからんのだが

努力したのかよ!」ってのはどっちなんだ。

たぶん、

元増田:不幸自慢の話をつい人前でしてしま

聞いてる人:「お前は実力がない/人脈がない」

元増田:(努力したのかよ!)と心の中でつっこむ

元増田:「なんでそんなに努力みたいなストーリー求めるん?」ってタイトル増田に書き込む

 

行動が趣旨一貫してなくね?

自他に努力ストーリーを求めてるの元増田だけじゃん?

 

もうちょっと説明がないところを増田全体によく見られる主張で補うと、

元増田:「実力がない」っていわれるということは自分が実力がないのではなく努力がないといわれている気分になる

元増田:そういうお前は相応の努力をして実力だの人脈だのを手に入れたのかと突っ込みたくなる

元増田そもそも相応の努力って全員に必要?俺には必要なくね?と思う (←このへんものすごくわかりにくいぞ)

元増田努力みたいなストーリー求めるん?との増田投稿する

 

増田努力いらないとか決定論者かよお前(タイトルしか読んでないけど)

 

という流れだと思うんだが。

 

そもそもの例示会話では、お前が求めるべきは実力とか運とか人脈って話だろ? 

大して努力しなくても実力/運/人脈がある人は多いし、

足りなければ努力以外のもので補える場合もあるんでは?

というわけでこのわかりにくさみてると

はー、なーるほどーーみたいな感想しかでてこないわ

anond:20181125023708

こんどは決定論者ですか?

もっと、なぜ人は努力的なストーリー他者に求めるか的な方向にシフトしてもらえませんか?

anond:20181125015431

決定論の人なのやろう

巨視的スケール実在性の破れは実証されたと教えて差し上げろ

2018-11-18

[]2018年11月17日土曜日増田

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2018-11-17

anond:20181117021800

超心理学スピリチュアル(オカルト)が決定論無理筋やないの?

共感性の発露は社会動物の当たり前の反応や戦略って体での決定的論ならわかるけど

そもそも『おかげさまで』という感謝は超常的な何かにだけではなく

周りすべての者に対してやで

まぁ言うほどしてないが

anond:20181117021248

神や超自然的な物に感謝するなら決定論と大差ないのでは?

anond:20181117015010

それ自体が思慮が足りないというか幻想から

まぁそういう信仰でキミが救われるのならええんやないの

ワイは自由意思自体を信じてない

ただし決定論者ではない(三度目)

anond:20181117014145

野球出来る環境や体に生まれたのは努力じゃないやろ

それ以前に皮肉でもなんでもなく、ウンコシッコ出来るのですら

努力じゃないだろ

努力という信仰がキミにとって大切なモノなら話は終わりだけど

健康環境 以前に 自由意思すら科学的には 気のせい だぞ

なお、ワイは決定論者ではない(二度目)

2018-07-03

うどん蕎麦

天つゆのような少し甘めの出汁で食べるかき揚げうどん蕎麦が旨いと思うのだ。

そして立体的なかき揚げは、氷山のように出汁の外に出ているプレーンな部分のサクサク感と、少し出汁に浸かった部分のサクとろ感、そしてしっかり出汁に浸かってもはやトロトロになったぐじゅぐじゅ感が奏でる絶妙ハーモニーは、至高の幸福感をもたらしてくれるのだ。

食べ始めは無論七味唐辛子を入れない。

初期状態のまま食べるのだ。

かき揚げ出汁に浸からなければ話にならないが、浸かり過ぎてもダメだ。

そして食べ進めるうちに状態は変化してゆき、前述の三態が偶然にも最高の比率で揃いグラデーションが織り成された瞬間に七味唐辛子を投入することで僥倖が訪れる。

七味唐辛子の量は「その時どう思ったか?」だけを基準に決定されるものであるべきなのだ

迷いにより僥倖を逃すことは、なんと言う不幸であろうか。

意識してはならない。

かき揚げ状態人為的に作られたものであってはならない。

集中すべきは「食べること」ただ一点である

その上で瞬間的に現れる絶好のチャンスを逃すことも許されない。

そしてその好機がこの世界に顕になった瞬間、すでに数秒先の未来脳裏に浮かんでいるはずである

すなわち、ほのか香りと味わいを求めているのか、多めの刺激が必要なのか、あるいは挑戦とも言える程度の辛さを欲しているのか、それは事前に決まっていることである

これは決定論である

すべての運命に抗い逆らうことはできないのである

従うことでのみ、その先にある幸福をも手に入れることができるのである

たかも瞬間は偶然であるかのように述べたが、実は必然である

「瞬間」は必ず訪れる。

逃すな、諦めるな。

君たちは、必ずうどん蕎麦を美味しくいただくことができるのだ。

2018-06-30

ふと気付くということ

全てにおいてではないがこれは努力ではどうにもできない側面がある

から私は運命論決定論というものを信じている

もちろん意志否定しているわけではないしどちらかというと運命かに懐疑的

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