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はてなキーワード: 予後とは

2019-10-03

慢性糸球体腎炎が完治したので振り返る

いや実は完治してないんですけどね。

私の場合早期発見だったので、1/3? か1/4くらいしか細胞が駄目になってなくて、一旦炎症が止まったので一安心なようです。

腎臓は今の医学では再生しないので、正確には完治ではなく、

寛解(=このまま(治療をやめ)治る可能性もありますが、再発する可能性もあります。 再発しないように、治療継続や定期的な検査必要です・・・って言う意味だって、「完治 寛解 違い」でググって一番上に書いてありました)なのです。

なので完治とかね~~~し!エアプ乙!って同病のひとにお気持ち爆撃されたら嫌だな~~~と思いつつ、

私もこの病気になるまで寛解なんて知らんかったし・・・と思って、

分かりやすいようにこのタイトルしました。

 

以上説明文おわり。

社会人一年目でこの病気になって合計で2ヶ月ちょっと休職までしたので、

寛解して感慨深くて2年くらいを振り返ってこんなのを書いちゃいました。

以下備忘録なので長いぞ!



当時私は新卒OLで、ごく普通会社で、

部署部長からBBQに誘われたり、同期みんなで金曜の夜から夜行バスに乗って富士急に行ったり、毎日面白おかしく過ごしてた。

ノロ流行ってるときに私も感染して、

2日くらい有給とってトイレと布団を行ったりきたりしつつ、

からも下からも出せるもの全部出し切ったころだった気がする。

ふと落ち着いたタイミングおしっこして、

何の気なしにトイレの中を見たら、メチャクチャ濁った赤茶色おしっこが出ていたのが初期症状だった。

ゲロ下痢発熱朦朧とした頭では、アレ?いつの間にかウンコも出してたっけ?とか思って普通に尻を拭いて流し終わったんですが、

いやわたしうんこ出してねーわと思って、絶対母親に報告しとかなあかんと思ってフウフウ言いながらリビングまで這って出て行った。

※なんでもかんでも報告するくらい母親と仲良かったので

※わざわざそのためだけにマスクまでつけた

私はせんせいあのねくらいの軽~~い気持ちだったし、言うこと言えたしまた寝ようと思ってたんだけど、

母親がほっとかなくて、一日スマホにらめっこして「茶色 尿 高熱」とかで検索してくれていたらしい。

私はチラッとググって、

「熱が出たら尿が色濃くなるときあるらしいし大丈夫だって~!」

とか軽い気持ちでいたんだけど、そのころには必死のパッチで調べてくれていた母親は「コーラ色(赤茶じゃなくてそう表すそう)の尿はどうやらIgA腎症という病気の唯一の自覚症状だという記事を調べて怯えて泣きながら大学病院まで尿検査血液検査をしに連れて行ってくれた。

し、その後数値が悪くて一週間検査入院して腎生検とか言う苦行をした。

結果としては母親の言うとおりで、国家難病指定のうちのひとつだったそれが私の病名であるわけだ。

癌みたいにステージで分かれていて、ステージによれば透析治療をしないといけなくなるらしいか結構なかなか大それた病気だ。

やっかいなのは痛みも何もないため、私みたいに血尿を出して気づくか、もしくは本当に腎臓が駄目になるまで気づかないこと。

そして、私は早期発見ステージで言えば軽い方だった。

なのですぐさま入院することになり、この病気によくある治療法で「扁摘パルス」というものを行うことになった。

まず耳鼻科に行って扁桃腺を摘出しましょう(1週間+自宅療養一週間)

そして腎臓内科に3週間入院し、ステロイドを体に入れて腎臓の炎症を抑えましょう。

というのがその治療なのだけど、何で腎臓にのどが関係あるの?っておもうでしょ。

私も思った。し、これで予後がよくならなければ今度は鼻うがいとかもしてみないといけないらしい。

なに?なんで?と思うでしょ。



まぁ細かい話はググってほしいんですけども、

要は鼻とか喉にいて普段は外からウイルスから身体を守るIgAという抗体が、熱や炎症を出したときちょっとおかしくなってしまい、

その状態血液に乗って腎臓までやってきて、腎臓細胞ウイルスだと思って一生懸命攻撃し始めちゃう病気らしいです。

※これは

明らかに分かってなさそうな馬鹿顔をしていた私にメチャクチャ噛み砕いて教えてくれた結果なので多少違っていても怒らないでください。

なのでIgAが増えすぎるとよくないらしくて、そこで扁摘パルス治療という、その抗体の巣になっている扁桃腺を摘出しちゃえ~&炎症を抑えるためにステロイドだ~という治療法が出てくるのである

なるほど、そっちのほうだったか

ってことは一生R-1ヨーグルトは食っちゃ駄目なのか?

それはよく分からない 知ってる人教えてほしいです。

yahoo知恵袋とかでもIgAとかで調べてもR-1ヨーグルトの話は出てこないし・・・。

まぁ細かい病気治療の話は専門家に聞くとして、入院なんですけどこれがまぁ~~~~~痩せた。ほんとに。6kg痩せたわ。

塩分と高たんぱくが大敵なので、もちろん間食無しで戦時中?みたいなご飯を食うわけだし、そりゃそうよね。

しかおやつが食べられないしwifiも勿論ないので楽しみといえば院内図書館と3回のご飯シャワーのみ。

ちなみに、ステロイドの前の扁桃腺摘出手術はそもそも喉の膜を取るわけなので瘡蓋ができてもずっと喉が痛ェ~~のでご飯が食えない。

しかも食えても銀のトレーにバナナドンリンゴカン!って投げ入れられて動物園サルの方がまともなもん食ってたなってくらい劣悪な環境だったので、ステロイドのために入院した大学病院ご飯が泣くほど美味かった。

しゃばしゃばしたカレーでも3日前から献立表見てカレーだ~~!って心躍らせていたのはたぶんあの広い病院内でも私くらいじゃないかしら

※お母さんにためし一口食わせたらウワ・・・カワイソウ・・・ってまた泣かれたのでたぶん病院飯はマズイです


そのあと副作用全然満腹にならなくて8kg太ったので、ダイエットのためだけにもう一回3週間入院したいなと思えるくらいだった。



まぁ病院治療の思い出もいっぱいあるのだけれど、結果として私は「早期発見」のため運がよく、「扁摘パルスという治療法が驚くほど身体に合」って、「会社理解があって」治療に専念できて、かつ、実家暮らしのためにもともと「無茶な食生活ではなかった」というラッキーが重なって無事寛解と相成った。

直母親と過ごしてなかったら血尿がでてても病院に行っていなかったし、そもそも食生活が乱れまくっていたので早い段階でもっと悪いステージに進んでいたのではないだろうか。

家族サポートがあってこそだったな~運がよかったな~と思っている。

もう私の1/3だか1/4だかの死んでしまった子球体細胞は戻ることがないが、残りを大切に生きていかなきゃな~~~と思う。

これからも私の腎臓よがんばっておくれ。


今まで2ヶ月に一回だった検査のための通院が半年に一回になったので記念に。

2019-09-07

anond:20190907144249

診断する医者が足りなくて発達障害疑いだけど診断受けられない大人が山ほどいるんだが…

子供が優先だけど地域によっては子供すら診察まで数年待ちだから

なるべく早く診断つけて療育した方が予後が良いのに

anond:20190907015331

対人で異性に夢中になって追いかけられる時点でそれなりに予後良好なんだよな

そういう言い方が許されるなら

2019-09-05

anond:20190905203737

いじめっ子いじめられっ子予後を考えると

イジメられるくらいならイジメる側にまわったほうがいいし

いくらフェミの言うこと素直に聞いても金が無かったらゴミカス扱いだし

結局保守的にムショにぶちこまれない程度な多少の悪さならしてもいいからとにかく勉強して金稼げるようになれやって

いうのが最適解になってしまう気がする…

2019-08-02

親友が癌になった話

高校生の時、僕には親友がいた。

彼と僕は三年間とも同じクラスに属し、同じ部活に入っていた。部員数はとても少なかったため、必然的に僕達は仲良くなった。授業が終わったら部活が始まるまで、二人で教室に残って宿題をした。部活が終わったら、夕暮れの中、自転車を押して二人で他愛もない話をしながら帰っていた。

高校二年の冬、彼は肩が痛いと言い出した。僕達は皆、ただどこかでぶつけただけの軽い打撲だろうと思っていたが、その痛みは次の年の夏まで続いていた。さすがに何かおかしいと思った彼が病院に行き、検査をうけると、骨の癌だということがわかった。

彼は、一言でいえば、人望があった。筋骨逞しく文武両道で、理知的だった。それでいてユーモア冗談が好きで、いつも周りの人々を笑わせていた。何よりも、彼は優しく、思い遣りのある人だった。だから、彼の周りにはいつも人が集ってきた。それは彼の入院中もそうだった。抗癌剤副作用にもめげずに、面会に来た友人達に気丈にふるまい、退院した後はどうしようかなど、将来の希望を語っていた。実際、彼は退院し、志望していた大学に入って大学生活を楽しんでいた。彼女もできたようだった。

しかし、子供の癌は進行が早い。化学療法殲滅できなかった癌細胞が他の組織転移し、彼の癌は再発した。癌切除手術、抗癌剤退院、再発して入院、手術、抗癌剤退院入院、その繰り返し。筋骨隆々だった彼の体は段々と痩せ細り、頬もこけていった。抗癌剤副作用は彼の精神をも蝕み、面会をする度にぽつぽつとネガティブ言葉を吐くようになっていった。誰が見ても、彼の予後絶望的だった。

僕にできることは何もなかった。衰弱していく彼を真横で見ていてもなお、死相の出てきた顔を間近に見ていてもなお、僕にできることは一切なかった。そのことが僕はとても悔しかった。だから何か僕ができることを探して、考えついたのが、生命科学研究者になることだった。

馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、僕は死後の世界について考えていた。人が死ぬとどうなるか、僕達は知りえない。だからこそ、死後に天国のような世界があり、そこに彼がいる、そんな可能性が存在する。死んだ後、無に帰すならばそれでいい。だが、天国のような世界があった場合、僕は生前こんな風に頑張ったと、彼に報告したい。生命科学の発達は、かつては治療する術のなかったような病気に対する治療法を確立させてきた。だから僕は生命科学の発達に貢献し、それを彼に報告したいと考えた。今振り返ってみると、なんて馬鹿馬鹿しい考えなんだろうと自分でも思う。

博士課程を卒業し、がむしゃらに研究活動を行い、数年が経った。どうやら研究者の道で成功するには、情熱、実力、コネ、運の全てが必要らしい。生命科学の発達に貢献したい、という漠然とした動機でやっていけるほど甘い業界ではない。それに最近、ある致命的なことに気づいてしまった。

僕は彼のことが好きだった。片思いだった。高校生の時にはただの憧れだと思っていたが、大学生になり、自分同性愛者だと気づいてから、彼への想いを認識した。もちろんそのことは彼には伝えていない。伝えないまま、彼は数年前に死んでしまった。しかし、死んでもなお、彼を慕う気持ちは変わらない。僕は、死後の世界で彼と逢えるという一粒の可能性に賭けて、辛い研究生活を送ってきた。

しかし、最近致命的なことに気づいてしまった。なんで今まで気づかなかったのだろう。

それは、もし死後の世界で彼に報告できたとしても、彼は僕のことを気味悪く思うだろうということだ。彼は彼女と一緒にいる方が楽しいに違いない。

彼への想いは今も変わらない。ただ、目的を失った僕は、宙ぶらりんのまま、見えなくなった将来を悲観している。

読んでくれた人へ最も伝えたいことは、大切な人には定期的な検診や人間ドックを受けさせた方が良いということだ。特に子供には。

2019-08-01

anond:20190801190217

からで悪いんだが、これは発症時期も含めて個人差がかなり大きい話。青年期に発症して、かなり早めの段階で治療に入ることができた場合は、症状の残遺もほぼなく、その後の人生を過ごすことのできる場合もある。しかし同じようなスタートであっても、残遺が比較的ある場合などは、陽性症状がおさまった後も継続して薬による治療を続けないと、また陽性症状をぶり返すことが少なからずある。それを繰り返すことは、予後悪化につながることも多い。だから、人によって違う話だし、他の人の経験的事実はあまり参考にはならんよ。ここで聞くより信頼できるドクター探す方がいいと思う。

2019-06-05

こうやって大人しいタイプの人や単身者が生きにくい世の中になるんだろうな

カネカの育休の話

こうやって炎上して「世帯持ちってめんどくせーな」ってなると断るのが苦手な大人しいタイプの人や単身者貧乏くじ引くことになるんだろうなって思うわ

この話は納得いかない部分があって、確かに子どもが生まれた直後なら特別タイミングだし、配慮しないといけない時期だろうと思う

でも育休明けは違うだろ、特別タイミングでも配慮しないといけない時期でもなんでもないだろ

同じ「○○明け」でも手術明けとか病気明けなら分かるよ、予後経過みないといけないし、気を使わないといけない

でも「育休明けなのに」ってなんだよ、「育休明けだから」ってなんだよ、気を使う必要性なんて無いじゃん、意味わからん

それで結果的に他の人に負担のしわ寄せがいく

でまあ炎上してしまったので、世の中のいろんな偉い人や会社ははイイカッコしたいか安易世帯持ちを優遇するんだろ

でもこれって「俺たち世帯持ちは住み慣れた土地家族と一緒に幸せになるから、お前らモテない単身者地方へ行けよ」って言ってるのと変わらないぜ

他人負担押し付けてるんだよ

なんつーか、「子育て世帯応援してるワタシは道徳的に優れてる」みたいな無神経な自惚れが偽善的できめえわ

無神経かつ自惚れ、この組み合わせはきちいわ

仕事配偶者子供も家もある、いろんなものを持ってる人間が、そうではない本当に立場の弱い人に負担押し付けるのは狂ってると思うぜ

2019-05-26

白い巨塔: モルモットに生まれ気持ち矜持

白い巨塔新版、「大学病院では患者モルモット扱いされる」って言葉、入れてきましたね…

モルモットになれるっていうのは、名誉なことだっていうのは分かってほしい。何の価値もない自分が、それまで治療法がわかっていなかった病気試験的な治療法のサンプルになることで、未来の誰かが助かるかも知れない。

先天性心奇形持って生まれて、日本で数十番目の実験的な根治手術のサンプルになって、根治した自分はそう思って生きてきましたよ?

自分が手術を受けた病院2001年に心房中隔欠損症の女の子の手術で、医療ミス裁判沙汰になり、自分を執刀した先生名誉教授剥奪されてしまった。白い巨塔のように、当時だいぶニュースになったよ。先天性心疾患の最先端研究をやってる大学病院で何が、とね。2001年には、僕の病気別に大学病院じゃなくても治せるようになってたし、あれで去っていった患者も多いと思う。

それでも、自分は、今でもその大学病院を去ることなく、自分を手術した大学病院新幹線で通って年一度の精密検査受けてます。なぜかって?

僕は、僕の病気を持って生まれて、根治手術を受けて生きながらえた、この国では初期のサンプルだから。僕の病気は手術しなきゃ幼児死ぬ、手術でも根治手術でなくて延命のための姑息手術だと30代で死ぬ。僕自身が、手術の何十年後かの影響を知るための貴重なサンプルであることを自覚して生きてきた。僕と同じ病気を持って生まれる人は二千人に一人。

医学に限らず、学問データがないと意味がない。大学病院というのは、何十年前でも研究有用患者カルテは保存してくれてるもので、実際、当時のカルテがとってあるのは見ている。

僕が、死ぬまで、毎年あの大学病院に通い精密検査を受け続けて、僕が生まれた時には試験段階だった根治手術の予後が、評価できるようにすること。そして、二千人に一人の確率で毎年生まれてくる、僕と同じ病気の子治療に少しでも役立つデータをため続けること。それが、モルモットに生まれた者の責務であり、責務を果たすことがモルモットに生まれた者の矜持なのです。

からモルモットになることを一律に否定しないでほしい。誰かがモルモットにならなきゃ、学問進歩しないよ。

2019-05-21

anond:20190520143930

年齢も考えたら医者子宮と卵巣の摘出を勧めてきた。

まだ30で卵巣も!?

卵巣とっちゃう更年期障害が早く来る(骨粗鬆症のおそれも)から

子宮本体を除去する場合普通卵巣のみ(一部だけでも)温存するような気がするんだが・・。

とはいえ開腹か内視鏡・経膣かで予後も違ってくるからそれでそういう決定をしたのかもしれない。

セカンドオピニオンとかもらいながら手術の上手な医者をさがしたら。

「別の病気」にも理解がある、できれば総合病院でチーム組んでくれるようなとこないのかね。

あと、こういう文章が書ける人なら疑問点・要望医者わたして問答したりして、

もうちょっとしっかり、不安なく、準備できるようにしておこう。

全身麻酔だと立会人同意わたしておいたりも面倒だろうがその人とも打ち合わせて置こう

女性は全員便秘とおもわれてるから下痢型IBSなど腸の病気がある場合はそっちもしっかり治療して

手術のための手続きでも個人特性により特別に避けるべきことがあるかもしれないのでしっかり確認しておこう。

意外とその手術やって普通に生きていってる女性多いよ。

セックス子宮なくても普通にできる。

(むしろいくらやっても差し支えない体になるって一部男性には魅力では?

これを言っていいのかはよくわからんが)

子供がほしければ養子という手もある。

子宮脱だの卵巣嚢腫だの、病気になりやすい臓器なんだよな。

生き延びることが大事だと思うよ。

 

大事

2019-04-13

anond:20190413130509

まあ、いいたかないけど、発達障害とかの発症率の低さ、予後の良さ、自殺率の低さ、犯罪率の低さなど、そういう心の強さは統計的女性のほうが上だよね。


これらは環境のおかげって理解おk?男女が同環境なら、女性も同じように犯罪犯すってことだよね?

anond:20190413120020

まあ、いいたかないけど、発達障害とかの発症率の低さ、予後の良さ、自殺率の低さ、犯罪率の低さなど、そういう心の強さは統計的女性のほうが上だよね。

で、あんまり男女の優劣とか言いたくないんだけど、増田が上げるようにスポーツとかゲームとか優劣がつく要素がある部門において、最上クラスではすごい男>すごい女が成立しても、最下位クラスになると男のほうが層が厚いってことになるとなると、社会全体をならした時に、どっちが優位とは言えない。

かつては男性優位社会だった、でも、それは男性全体にとってパラダイスってことはなくて、一般人以下の男の命はずっと本当に軽く扱われてきて、幼少期の事故だの狩猟だの戦争だの冒険だの不摂生だのでどんどん死なせるモデルになってた。下の方の男性がどんどん死ぬから結果的男性全体の平均的底上げがなされて、その結果男性優位だったわけよ。男女差別って、弱者男性差別とセットで成立してるんだよ。

2019-03-11

理想配偶者に求める10の条件

1.政治運動をしない。右翼活動左翼活動もしない。反原発運動をしないし、SNS政治的話題シェアしない。

2.自然保護環境保護活動をしない。過度に有機食品自然食品を信奉しない。

3.専門家を信じる。アカデミズムを信じる。

4.美味しそうな話を持ってくる人間詐欺師だと疑ってかかる。

5.特定イデオロギーに接近しないようにする。無意識イデオロギーに染められたら自力脱出できる。

6.理想を追求するよりも現実追従してしぶとく生き延びることを重視する。

7.文化芸術を好む。ただし情緒的に好むだけでなく歴史理論としての興味も持つ。

8.サブカルチャーが好きでもよいがメインカルチャーへの敬意を持っている。メインあってこそのサブカルチャーであると考えている。

9.中高生とき運動部に所属していること。メンタルに傷を負ったとき予後が、肉体的強さではるかに良くなるため。

10.両親の仲、両親との仲がよい。経験則として両親の不仲や離婚、心身的虐待経験した人は、人生パートナーとして支えきれないため。

2019-01-24

うまい形でのコンビニ成人誌撤去たっせい!よかった

コンビニオーナーには悪いけど自分コンビニの成人誌なんて見苦しいだけだし誰が買っとるねんぐらいに思ってた。(ただコンビニ関係者に言わせると長期間置けてダメになりにくい商品らしい。弁当は数時間ジャンプは数日で腐るのに成人誌は一週間以上置けたり)


でもそれはそれとして、コンビニ成人誌に積極的にアヤつけていくような勢力、つまりネットフェミニスト層とシュナムルフェミニズムチンポ騎士層、あの連中の因縁付けや作り話による圧力によって撤去されるのはやめてほしかった。あの手の連中にはいかなる勝利体験も与えるのはよくないから。

なので「オリンピックでお客さん増えるかられいにしちゃおうねー」という誰の手柄にもならない形での撤去の流れはとてもよかった。


書いてて思い出したけどなんか「オウムサリン弾入れるからゴミ箱撤去ちゃおうねー」に似ている。我が国では制度環境を大きく動かす時に、特定の誰かの手柄にされないような大雑把な理由をつけてほいと動かす方がスムーズにいくし予後もいいんだ。(というかこれは我が国じゃなくてもそうなんじゃないかという気がしている。)

2018-11-27

anond:20181127111534

医者さんに相談した結果「無痛分娩は辞めた方が…」と言われる、って怒ってる話だよな

医者さんはリスク考えてそう言ってるだけなのに

イデオロギーによるものと決めつける

母乳推奨だって、その方が子供の発育に良いからやるわけだが

それもイデオロギーだと思ってるよな

医師主導の母乳バンクとかもイデオロギーでやってると思ってんのかね

勿論感染症リスクはあるんだが、それを差し置いてでも母乳を使った方が予後が良いと言うエビデンスがあるからやってるのに

2018-10-15

anond:20181014032639

全部読みました。

妻は40歳ころ、血性乳汁分泌があって、乳腺外科受診し、エコーで異常なしと言われました。

半年後やはり血性乳汁分泌があって、もう一度受診したところ、乳がんで、ステージIIICでした。

ステージIIICは根治が望めない状態で、端的に言うと、再発しません。要するに、局所増大するか、異所性転移するかどちらかの予後になります

私には勿体のない良い妻で、病前と変わらず、明るく、過ごしています

まだ小学生の子供おり、私が支えなければなりませんが、私のほうが、時々不安に襲われます

しかに、ピンクリボン活動など予後の良い人たちを見ていると、妻の不運を嘆かずにはいられません。どのような健診も、100%の予防ではなく、防げる病とそうでない状態があります

防げるものはすべて防ぎたいというのがこのような活動ですから活動としては正しいのですが。

妻が乳がんになったと、親しい人にうっかりいってしまうと、「乳がん予後が良いからね」などと言われてしまい、ますます傷つくため、だれにも相談することはできないです。

相談してもどうしようもないけれど。

本当にだれかに相談したいのは、つまかもしれないけれど。

まとまらずすいません。

蛇足です。乳がん時間がたってからの再発が多いので、ステージが低くても、5年でなく10年は治療継続したほうが良いと思います。おそらく主治医からはすでに言われていると思いますが。

元増田様、どうかおからだをお大事に。

2018-10-14

ピンクリボンなんか糞くらえだ

二十代後半で乳がんが見つかった。

乳腺症のひどい胸をしていて、二次性徴が見られるころからずっと胸が痛かった。

からしこりがあるのも普通だった。

二十代半ばをすぎたこから何となく胸全体が柔らかくなった気がしていたけれど、

よく触ると固い部分があるからやっぱり自分の胸はこういう胸なんだと思った。

巨乳にあこがれて、理想Eカップだったけれど、長い間Cカップだった。

がんが見つかる2,3年前に下着屋さんで測ってもらったらDカップになっていた。

Dカップも小さくはない部類だなとのんきに考えてはいたけれど、

しこりが大きくなってきているのは薄々感づいていた。

私は医療系の国家資格を持っている。

きちんとした専門の大学に行き、大学院にも通った。

大学院の同期と後輩で海外旅行へ行った。

自然乳がんの話になり、乳がん肉まんの中に梅干しタネが入っているみたいな触り心地らしいよ、と、年上の同期が言った。

肉まんの中に梅干しタネ入ってるのなんか触ったことないですよね~、と、呑気なフリをしていつもの通りおちゃらけて私は返事した。

実は私の胸にもしこりがあるんですよ~、触ってみます?と、いつも通りの雰囲気で、しかし内心焦って続けた。

のしこりは、想像の中にある肉まんの中の梅干しタネに触り心地がそっくりだった。

彼女たちは触らず、微笑みながら言った。

帰国したら検査してみなよー、安心するよ。」

帰国して約一か月、土曜日トイレぼんやりしながら、そういえば、と思い出した。

スマホ検索して、土曜日受診できる病院電話を掛けた。

何となく人気らしい病院を選んだ。院長が講演活動なんかもやっているらしい。

電話がつながったものの、案の定、初めての患者は一か月くらい診てもらえないと応答した女性は言う。

しこりがあるようなら、うちじゃなくても良いんで、一刻も早く診てもらってください」

まりにも真剣な声だった。電話で問い合わせただけの相手に言うにはあまりにも真剣だった。

予約がとれなければ面倒だからやめとこう、そう考えていた私に次の病院電話をかけさせるには十分すぎる熱量だった。

仕方なく次の病院に連絡をしたら、その日のうちに検査ができた。

マンモグラフィーは痛いものだと健診で受けたことある友人から聞いていた。

それにしても痛すぎるのではないか

それまでの人生、私は自分が痛みに強いのだと思って生きてきた。根拠があるわけではないのだけれど。

しこりのある胸を挟まれた時、あまりの痛みに体が震えて、冷や汗が出た。

検査技師のお姉さんに肩を抱かれて、一旦休憩しようかとベッドに座らされたときパニックになりそうだった。

こんなに痛い検査が侵襲性のない検査とされているのがおかしい、どうかしている、

痛みを我慢できなくて恥ずかしい、情けない、あまり働かない脳みそを使ってぼんやり考えた。

しこりの少ない胸を検査された時も痛かった。だけども反対側より随分と楽に思えた。

自分名前を呼ばれて診察室に入った時に、お医者さんからかけられた第一声は「大丈夫?」だった。

大丈夫ではなかった。血の気が引くとはこういうことをいうのかとしみじみと考えた。

若い女性にはマンモグラフィーよりも、エコーが良い。

そういう知識は持っていた。普通会社員として働いてはいるけれど、学校で習った。

エコーでお医者さんが見せてくれたしこりは、もこもこしたクリームパンのような形をしていた。

医者さんは、難しい顔をしている。モデルのように美しい女医さんだ。

良性の腫瘍の表面はつるりとして、悪性の腫瘍デコボコしている。

そういうことも学校で習った。

その後二か所の細胞診をした。帰りに次回受診の予約をした。

これがもしも何ともなければ、がん保険に入ろう。

いつも私は自分のことを病人にしたがってしまう。

から大丈夫だ、言い聞かせるように胸の中で何度もつぶやいた。

それでも不安がぬぐえない。どう考えても悪性の要素しかない。

医師の友人に連絡をとった。

友人はマンモグラフィー読影の講習を受けたばかりだから何でも聞いてくれといつになく自信にあふれていて、

安心させようと、大丈夫大丈夫と返してくれた。

エコーがこうで、というと、段々と友人の返信に元気がなくなってきた。

最終的には検査結果を待とう、としか言ってくれなくなった。

当時、転勤になったばかりで、それまでとは全く別の職種コンバートされていた。

それまでは暇で仕方なかったのだけれど、打って変わって忙しく

新しい職場単身赴任おっさんばかりで、慣れない環境に日々翻弄されるばかりだった。

残業中、ふと個人携帯に着信がある。

登録していない番号に胸騒ぎがする。折り返すと病院に繋がり、すぐにお医者さんへと代わった。

電話細胞診の結果を言うことはできない。でも詳細に検査がしたいので予約時間を変更してほしい。

結果を言うことができないも何も、それは告知のようなものではないのか。

人生を揺るがすほどの言葉を、私は残業中に、会社非常階段で受け取った。

診察室で細胞診の結果を見た。

まり詳しくはないけれど、学校で見たことのあるような悪い顔をした細胞が並んでいた。

検査施設からつけられたコメントにも『陽性』と記載がある。

確定診断のための検査は、もはや簡単な手術だ。

バコラ生検といって、皮膚を切って漫画のような太い針をした注射器のようなもの組織を吸い上げる。

局所麻酔を打つ。痛みがありますよ、なんてお医者さんは言ったけれど、マンモグラフィーの方がよっぽど痛い。

検査をしてくれた個人病院ではなく、大学病院へそのまま紹介状が書かれた。

色々な説明を受けた。

詳細な検査なしにはわからないけれども推定されるステージ予後タイプによる治療方法の違いや色々。

がんのサイズは3cmあったので、ステージⅡ以上は確定だと、悲しい顔で告げられた。

先生、すぐ治りますか」お医者さんにバカみたいな質問をした。

「うん、すぐに元気になるからね」お医者さんは、今思えばとんでもない嘘つきだった。

大学病院での検査の結果、私はホルモンレセプター陽性、HER2タンパク陽性だった。

簡単にいうと、乳がん治療薬に対して感受性が良いか治療やすタイプだ。予後も非常に良い。

その時は、結果に対して良いことだと感じた。

しかしそれが不幸なこととだと後々思い知る。

術前に二種類の抗がん剤をし、術後に放射線治療ホルモン療法をする。

卵巣の保護とがんの発育を防止するために女性ホルモンを止める注射を打ち

抗がん剤を入れるタイミング分子標的薬の点滴もする。

手術は、温存できそうであれば乳房は温存、シリコンは30年で入れ替える必要があるからおすすめはされなかったので

自分脂肪筋肉移植する方法選択した。

術中にすべてが終わる、同時再建となる。

私の乳がん治療効果が出やすい。出やすいということは、可能な限りの治療法をすべてやってしまうということだ。

予後が良いことと、元気に余生を送ることは違う。

若いから体力がある、回復が早い、とあまり知識のない周りは言う。

抗がん剤は元気な細胞ダメージを与える薬だ。

元々同い年の友人と比較しても筋肉痛になりやす新陳代謝の良かった私に副作用はてきめんに出た。

2,3回の抗がん剤でがんは柔らかくなり、一種類目の抗がん剤を終えるころには触れることさえできなくなった。

それでも、標準治療という、乳がんに決められた治療は命に関わる副作用でもない限り続けられる。

薬を検索して出てくる副作用は大抵踏み抜いた。

感染症にだけは気を付けていたので治療は滞りなく続いた。

味覚障害にならなかったことで体重はどんどん増えていってしまった。

がん=痩せる、は乳がんには当てはまらない。

病気ストレスでどんどん食べる。抗がん剤副作用吐き気がおさまれば、

副作用止めのステロイドのせいで食欲がとどまることを知らない。

ハゲデブ、年頃の女性にとって最悪の状態になる。

乳がんです、と職場に言えば早期と言った覚えもないのに早期のがんの扱いをされる。

実際に早期の分類ではあるものの、どうせ早期なんだろ、と軽くみられるのは納得いかない。

普通に接してやっている、と面と向かって言われたこともある。

咳が止まらない風邪おっさんが、俺もガンかな、と独り言を言う。

今考えれば職場環境は最低だった。

病人扱いはしない、と言われたけれど、仕事は当たり前に1人分用意されていて

懇願しないと手伝ってもらえない。

離れて暮らす家族も、会社を休むな金を貯めろとしか言わない。

確定診断の前、がんかもしれないと連絡したらいつもお前は私たちを驚かせてばかりだとなじられた。

そのあとに、あんたが落ち込んでると思って、と電話をかけてきた母に優しさは感じたけれど

最終的にはがんは自業自得だと罵られて終わった。

突然健康容姿を奪われてしまって、なおかつ職場家族理解が伴わない、そうなると当然頭がおかしくなる。

抗うつ剤睡眠導入剤が追加された。

手術はうまくいった。乳首も残せた。傷跡も自分ではそれほどは気にならない。

少しずつ萎縮しているようで、元々がん抜きにしても健側の乳房より大分おおきめだった乳房がかなり小さ目になっている。

今計測してもCカップいかもしれない。

それでも医療機関で新しいスタッフ出会うたびにきれいだと褒められる。

執刀医がその分野での大権威だったことは幸いだった。

分子標的剤とホルモン療法は副作用のため途中で終了。

術後4年とそろそろ半年がくるが今はがんのためには何もしていない。

時期的にはそろそろ寛解といっていい。

しかし体に残るダメージは癒えない。

手術痕はきれいなものの、剥がれた背中筋肉や、弄り回されて傷ついた神経は軽い疲れや天候不順で大いに痛む。

ホルモン療法のせいで腱鞘炎がひどく、手術もした。

この手術がうまくいっていないようで周辺のスジがひどく痛むし、こうしてキーボードを打っていても

薬指や小指のあたりに力が入らない。

抗がん剤で傷ついた手の表面の神経はいまだに感覚が怪しく、ざらざらした布を撫でると奇妙な不快感を覚える。

足も不意に菜箸でつつかれるような痛みを覚えるときがある。

ついでに、おそらく不妊症になってしまっている。

私は元々婦人科系のホルモン疾患があって、ピルを飲まなければ日常生活を送ることすら困難だった。

しかし、ホルモンがエサになるタイプのがんだから使用することができない。

倦怠感、睡眠障害PMS自律神経失調症気象病

ホルモンの乱れ、心身に蓄積したダメージ、見た目が元気そのものからこそ理解されないタイプの不調を抱えている。

こんな体調だし、あまり弱みを他人に見せることが好きではないか彼氏はいない。

そもそもいたこともないので作り方もわからない。

太ってしまったものの、髪の毛は生えてきているし、我ながら顔は普通レベルには整っている方だと思う。

だけれど、結婚して、子供を産んで、ということは私には夢物語だ。

人生で一番色恋にうつつを抜かさなければならない5年間私はひたすらに体調が悪くて自分の世話さえままならない。

がんそのものでは死なないかもしれない。

がんが連れてきた不調によっては死に至ってしまうかもしれない。

かに抗がん剤はつらかった。

幾度も孤独な夜を越え、みじめさと苦しさと痛みに、毛のない頭を抱えてもだえ苦しんだ。

粘膜が弱って、鼻が蛇口になったのかと思うほどの量の鼻血が出たこともあった。

ホルモン療法を始めてすぐはひどい鬱状態に陥り、首を吊りたい欲求を抑えることに必死になった。

それと比べれば瞬間最大風速は今の方がぬるい。

でも、終わりもないし先が見えない。

次にがんができたら、そう、一度でもがんを体験したことのある人間なら頻度はともかく頭に浮かぶだろう考え。

私は次にがんができても積極的治療はしない。

できれば死にたい

お酒たばこもしないので、非難される要素はあまりない。

病気で死んだとなれば、外聞も悪くない。

ピンクリボン活動が声高に叫ばれている。

何もなくて、安心を得る人もいる、見つけて、切って、はいおしまい。で済む人もいる。

でもそうでもない人もたくさんいることだろう。

死ぬよりつらい地獄に引き込まれることもあるだろう。

こういう地獄があるんだよ、と説明することも大事だと思う。

地獄入り口になるかもしれない責任を持つべきだ。

ピンクリボンなんて、かわいらしいイメージではよくない。

そもそも私は乳がん検診適用の35才より若くに自分病院にかかったか

まり恩恵を受けてはいない。

がんサバイバーがエネルギッシュな姿をさらすことは勇気を与えるかもしれない

でもサバイバーがエネルギッシュにならなければいけないという無言のプレッシャーがある。

現に、私の母は新聞で見た乳がん患者はこんなに元気なのに、あんはいつまで病人気取りなんだと叱責してきた。

元気がある人しか声を上げないのだもの

元気がない人にも声を上げさせてほしい。

下手にがんが見つかるとこういう辛い思いをして、死ねずに生きる羽目になる。

からそれでも生にしがみつきたい人だけが検診をする覚悟を持てと。

やさぐれて、どうしようもなくて、地の底を這いずり回って泥水すするような気持ち毎日を送る羽目になるぞ。

末期で見つかっていれば、大事な人にありがとうと、嫌いな人へ呪詛を伝えて心軽く天国だか地獄へ行けていただろうに。

病気になる前よりずっとずっと性格が悪くなってしまって悲しい。

長い長い、そろそろ自分乳がん患者と呼ぶのにためらってしま三十路女の独り言

追記(10.15)

たくさんの方に愚痴に付き合っていただけたことに、少し気分がすっきりしました。長くてすみません

Amazonの欲しいものリスト!?公開したら物をいただけるの!?さもしい私は飛びつきそうになりましたが、三十路レディなので澄ました顔で見ない振りができます

お肉食べたい!不眠改善のために良い寝具欲しい!楽して痩せるダイエット器具

物欲は止まることを知りませんが、あなたの周りの少し元気がない人に美味しいご飯おやつをごちそうしてあげて下さい。

回り回っていつか私がご相伴に預かることになるかもしれません。

◆母のこと◆

クソ!母親が!!うちひしがれている娘に!!!そんなことを言うだなんて!!!と、当時発狂しそうに悲しんだんですけど、母も恐かったんでしょう。

恐がりなんです、恐がってる自分を受け入れられなくて、私に当たることしか出来なかったんだと思います

今も、私が一刻も早く普通に戻れることを期待しています。私の体調が悪いこと、気持ちの落ち込みがあること、すべてを気の持ちようで片付けようとしています

私は、母の中では病人であってはならないのです。あって欲しくないのです。

からと言って、娘に言って良いことと悪いことの区別がついていない理由にはなりませんが。

母は、母なりに私に愛情を持っていることだけは誤解されたくなくて追記しました。

内弁慶で臆病なおばさんなんです。

ちなみに、近親者で乳がんは父方の祖母(60代発症)だけで、姉も、おばや従姉妹、その他男性、他に誰も乳がん患者はおりません。

遺伝性のものではなさそうなので、単純に運が悪かったのです。

職場について◆

国家資格は取得しているものの、勤めている会社ではその資格を使ったお仕事はしていません。

ですので、デリカシーのないおっさんらもあんまり医療知識がないです。

とは言え、どう考えても非情対応をされたことは間違いありません。

もっと貶してください。

叩いて下さい。

あの頃耐えて笑っていた私が報われます

今は優しい人達の多い職場に転勤しています仕事にも人にも恵まれています

泥水をすすりすぎて、濾過した雨水うめぇ水道水最高!って言っている状態なのかもしれません。

分子標的薬で心不全症状がガンガン乳がんだけに)出ていた最中引越しを伴う辞令を出した会社には多少わだかまりはあるものの、結果オーライ職場環境は確実に改善されています

それでも体が辛いものは辛い。

ピンクリボンへの八つ当たり

そうなんです、八つ当たりなんです。

わかっているんです。

気軽に乳がん検診に行こう、それで簡単処置で助かる命がある、それは尊いことなんです。

ファッション感覚ピンクリボン、ウェーイ!としている女子が妬ましいんです。

ウェーイしている女子いるからこそ気軽に検診が出来る、それが本来目的なんでしょう。

ただ、若年性乳がんって、乳がん全体のほんの数%なんです。貧乏くじ引いてしまった感が否めないんです。

元々ちょいちょいツイてなかった私が、こんな所でもツイてなかったかー、と。

妬ましく思っても許して下さい。

ネルギッシュに闘病体験を語って、良い感じの活動をしている先輩サバイバーを見て、そうはなれない(なりたい訳でもないけれど)不定愁訴しんどいんです。

残っている後遺症のようなもの障害レベルではなくて、1個1個は誰しもが抱えている何らかの不調なのかもしれません。

不調の数が多すぎて、歯車がガタガタで、支える気力も尽き果てた状態が今の私です

ぶっ飛ばさせて、レッドリボン軍だか、クリボーだか、びっくらぽんだかのアイツを。匿名のこの場でくらい。面と向かっては、きっと吐き出せないので。

優しい言葉ありがとう、長い愚痴に付き合ってくれてありがとう

嵐のような感情の発露は鍵付きのTwitterだけで行っていました。

初めて書き散らしたこの場で、思いもよらずたくさんの方に見ていただけて、嬉しく思います。 

大好きなアーティスト懇願して(服の上から)触って貰ったことあるので、本体の私は乳のせいで地獄のクソ煮込みをわんこそばで注ぎ込まれている割に、乳だけは世界で1番幸せ者かもしれません。

欲しいものリスト我慢するので、私と彼が結ばれる結末を祈って下さい。

2018-09-30

anond:20180930000305

多分自責思考だけで考えると自分が悪いか自分が耐えよう、変わろうという発想になる。

フラットに考えられたら、ある場合はその環境から逃げた方がいいと思えるし、はたまた少し自分を変化させようと思うこともできる。

外因をはっきりさせた上での行動はモチヴェーションや将来への展望がまるで違う。

外因を明確にできれば、自分は納得していないがここにいる間はコレコレは渋々飲むという選択能動的にできる。

外因が明確でなければやり場のない不満を日々ぶつけて、腐るようになる。

外因が複雑で難しいことも当然あるだろうが、予後が違うから俺は推奨だ。

2018-08-02

性別職業

東京医大で、受験女性を減点していることが記事になった。これはすべての医学部で行われている。医師の男女比を見ればわかるが。普通に考えたらテストの点数を操作するなんて言語道断だろう。

男女は肉体的にも精神的にも差異があるので、職業によってそれぞれの性別による向き不向きがあると思うが、その向き不向きを無視すべきというのが現代的な考えなのだろうか。

まあ日本では担当グループ女性が含まれる方が予後が良いというデータがあるので差をつけるなら女性の方を増やすべきということになるが。

2018-07-26

anond:20070912035805

増田

2007年記事なので、もう見ておられないかもしれませんが・・・

増田様の記事で、ヤモリさんを助けることができました。

ゴキほいに何やら灰色のもの・・・

まだかかったばかりのようで元気だったのも幸いしました。

脇にドでかいゴキ2匹がかかっていて、こわごわさけながらヤモリさん分だけ切り取り。

最初、ただつまようじではがそうとして、しっぽ2mmほどチョン切れました。

これでははがすと死なせてしまう。ごめんね、で草の下に放置

だ・け・ど、ヤモリさんが気になる。

速攻、ネットで探して見つけたのが、増田様の記事でした。

なるほど、水と油か!

草の下からヤモリさん回収。小さいので慎重に慎重に進めました。

えらく怒っておられ、口を開けて威嚇!元気じゃん。がんばって。

で何とか救出。庭へお帰りになりました。(予後必要だったか?)

ヤモリさんは、なんとなく愛嬌もあり、家守様でもあり、見殺しにはできませぬ。

本当に助かりました。

こんな命題UPされている方がいるなんて思いもしせんでした。

ありがとうございます。京

2018-07-23

高専から大学しか全然違う学科に来ちゃう予後がすごく悪くなるんだよなあ

ただでさえ単位をかき集めるの忙しいし、3年からいきなり外様としてやってくるから留年生なみに居心地わるいし、かといってサークルも3年がいきなり入るわけにもいかんし

結局学部時代ほとんど大学で声を出したことなんてなかったわ、大学1,2年生があった人たちうらやましいなあ

2018-07-08

幸せに生きる文化」あるいは、4歳の息子が指を飛ばすところだった話

幸せに生きるためには、やらなければならない事と、やってはいけない事があると思うんです。

それは多くの場合常識文化として親から子へ伝えられるものなので、「あたりまえ」にできたり出来なかったりします。

今日、4歳の息子が指を失うところでした。

 ーー**ーー**ーー

原因は「ガードがない扇風機に指を突っ込んで切断」というものです。

普通扇風機です。前半分のガード部分が完全にありませんでした。そして、電源に繋がれ、回転して、涼しい風を送っていました。その扇風機義母の部屋にあったもので、今日リビングのすぐ前の廊下に、少し下向きにして設置してありました。

自分と息子が風呂から上がると、その扇風機はすぐ目に入る場所にありました。

息子は風呂上がりで暑かったのもあるのでしょう。

扇風機に近づき、しゃがんで顔を近づけて覗き込み、指を回転している羽根中央に、指を差し込もうとしました。自分の目の前で。

怒鳴りました。何やってんだ!って。それで息子は離れた。同時に怒鳴りました。

何考えてんだ、こんなところにこんな状態のもの置くなんて!!!

ふざけんな!!!

 ーー**ーー**ーー

指を切断って思ったけど、もっとひどいことになっていた可能性もあるんですよね。指を弾いたあと、倒れ込んできて顔に当たるとか。そうそう、髪の毛が絡むみたいな事故もあるんですよね。扇風機って。ガードがないむき出しにで使っていれば、ちょっと引っ掛けただけでグチャグチャです。

扇風機義母の部屋にあった事自体今日まで自分は知らなかったんですが、息子は義母の部屋に行くことがあるので、他の日に同じ状況になっている可能性がありました。

ブチ切れました。

そんな危ないものを平気で置いていることに。彼女にも伝わるように例えを書くなら、義理母親が息子を殴っているのを目撃した感じ。言っておくけど「危険性」はその例え話の比ではない。そんなことができる人間がいるなんて信じられない。

まあ、なんですけど、結局。

なんでブチ切れてるんだ、態度が悪い。というのが、彼女義母と義父の感想だったみたいです。義母が言うには「鉛筆やこよりを突っ込んでどうなるか見せ、あぶないと伝えていたか大丈夫だと思った」ということでした。んなわけあるかよ。

 ーー**ーー**ーー

義母は、言い訳するんですよね。すぐに。(ここは余談)

話を聞くと、義母の親が結構毒親だったらしくて。70近いですがそこから逃れることは出来なかったのかもしれません。彼女昔ながらの高級バーっぽい店をやっているんですが。妻と結婚する前、お店の中でお客さんが段差で転んで、頭に怪我をした場面に出くわしたことがあります

彼女一生懸命「そんなことが起こるとは思わなかった」「気をつけていれば起きなかったのに」って言ってました。この土地でこういう商売をしていて、このレベル対応なのかー。と暗澹たる気持ちになったのを覚えています結構高い金とる店なんですけどね。救急車も呼びませんでした。その後聞いた話によるとそのお客さんは当日一定間内記憶を失っていたらしいです。

それを見たことがあるので、彼女の店に、自分の友だちを連れて行ったことは一度もありません。これから絶対にないです。プロとしての彼女価値を感じないからです。

余談でした。

 ーー**ーー**ーー

もう一つ、事例を。自分の実父の話です。

『彼』は、兄を水の事故で失っています。『彼』が小学生になる前のことで、彼の兄は小学校の4年生だったそうです。

天気が悪い日が続き、その晴れ間のある日、川が増水していると聞いた『彼』は、慕っている兄に見に行きたいと強くせがみました。いつも見慣れた川がどうなっているのか、知りたかったみたい。詳しくはわからないのですが、彼らは二人で、少し離れたその川を見に行きました。そして足場が悪いところに入ってしまい、兄は川に流されました。後に下流遺体が見つかりました。

話を聞く限り、それを誰も止めなかったし、子供だけで川に言ってはいけないと言われてもいなかったし、川までの道すがら誰かが声を掛けて止めることもありませんでした。そこが炭鉱の町で、ほんとうの意味で「地元」の人が少なかったことや、そもそもお互いに注意し合う雰囲気ではなかったのかも知れません。

ともかく、事故は起き、『彼』の兄は死にました。

もちろん、これは人づてに聞いた昔話でしか無いので、もしかしたら本当に、ただ、どうしようもなく起きた事故だったのかも知れません。

でも、予後については問題だらけでした。

母親は「お前が殺した」「おまえは地獄に落ちるぞ」「出て行け」と『彼』に言い、宗教に逃げました。そして、三男を猫っ可愛がりするという方法で『彼』を攻撃しました。

父親ほとんどその昔話には出てきません。常日頃は面倒見のいい人だったし、仕事も出来た人らしいのですが。もともと戦争PTSDを負ってしまった人だったようで、夜中飼い犬がうるさいと言って撃ち殺したなんていう話が伝わっています。その人は『彼』が高校生の時に炭鉱事故で死にました。『彼』は自分父親のことがよくわからないと言っていました。

兄の友達からもかなりいじめられたみたいです。小学生ですからね。そしてなぜか、子供の間でも「彼のせいで死んだ」という話になっていたようです。子どもたちの間でも『彼』は、事故で死んだ友達の弟であるとか、兄を目の前で失った気の毒な下級生ではなかったんです。

『彼』は大学に行ってようやく親やその場所から逃れることができ、結婚して子供も出来ました。子供が本当に小さいうちはそれなりに接することができたみたいなんですが、その子小学生になり大きくなるに従って、だんだんと接する時間が短く、仕事に逃げるようになりました。その子供も、まあ、いろいろありまして、素直にまっすぐ何の問題もなく育つなんてことはなく……。トラブルを抱えたら『彼』はもうちゃんと向き合うことは出来ませんでした。

(というわけでその子供が自分なわけですけど)

 ーー**ーー**ーー

いっぱいあるんですが、自分が義父や義母が嫌いになった一つのきっかけなど書いておきましょうか。

ペティナイフがね。食卓においてあるんですよ。

鉛筆やハサミなどと一緒に。刃渡りでいうと15cmくらいのやつが二本。

彼女(...つまり自分の妻ですが)は、本人が持つ病気素養と、事件に巻き込まれPTSDが合わさって、彼女中学の頃からずっと鬱状態希死念慮と戦っています。常習的にオーバードーズリストカットもしていて、腕の傷跡なんか右も左も白樺みたいな、ひどい状態です。結婚して、また持病に合う薬もなんとか解りつつあり、ようやく腕を切ることはほとんどなくなりました。長袖いつも着ないといけないって、今では本人もすごく気にしているんですけどね。

ね。

ここでちゃん違和感とか、嫌な気持ちを持ててますか?「刃渡り15cmのナイフ食卓の文具立てにいつも置いてある」んですよ。

「死にたくて腕を切った次の日の朝、食卓刃渡り15cmのナイフを目にする」なんて、どういうシチュエーションだよ。どんなメッセージなんだ、それは。

刃物台所から持ち出さないとか、ちゃんと片付けるのは「危険物に慣れさせない」という意味もあるし、ふつう、この状況になったら刃物は一切遠ざけるでしょう……。

妻も、義父も、義母も、たぶん息子も、違和感を持っていないでしょう。それが「あたりまえ」だから

 ーー**ーー**ーー

もちろん、事故とか怪我とか病気とか、犯罪に巻き込まれるとか、本当にどうしようもないことって起きます。だから、不幸に原因を求めることは「絶対に」「絶対に」良くないことです。

それは、自分の実父を責めた人たちと同じ行為です。

ただ、確かに、「幸せに生きるための文化」があれば、起きなかった「かもしれない出来事」ってあるんですよ。危険確率だけは減らせるんだ。そして、もし仮にどうしようもなくそれが起きても、フォローしたり、助けたりするために「やらなければならないこと」「やってはいけないこと」は確かにある。

そうすれば、悲しいことはそこで終わらせることができるはずなんだ。

 ーー**ーー**ーー

ちなみに、彼女は二度目の妊娠中なんですが、タバコを辞めていません。(お酒ナマモノをやめたのは評価してます

彼女お金の使い方がわかってなくて、リボ機能カードの残枠埋めながら、夫には嘘をついて使い続け、任意整理に追い込みました。年収600万くらいにようやくなったんで、債務整理副業含めればなんとかなるとは思うんですけど。

上記文章の通り同居なんですが、義父名義の家のローンも終わってなくて、娘婿から取る家賃は15万/月。税金逃れのために「家賃」ではなく「分担金」と呼びます。もし離婚したりして家賃が入らなくなったら家を売るしかなくて、義父・義母も仲悪いか一家離散するでしょう。その上で、孫を危険さらし、それに対してふざけるなと怒鳴った娘婿は追い出す気みたいです。彼女は夫より息子より、自分の親との関係大事だってさ。

ちなみに、書いてないだけで、まだまだいろいろあるからね?笑

ははは。

ね?わかる?

文化って、怖いよね。

 ーー**ーー**ーー

ねえ、君は、ほんとに、どうするの?

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