「国労」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 国労とは

2023-06-10

JR東日本を辞めた10

労働組合

一昔前は悪名高き労働組合だが、大量離脱があり、いまはほぼ半壊状態となっている。

ニコニコ動画などにもアップロードされていたが、東日本旅客鉄道労働組合(東労組)にあらずんば人にあらずという状態であったが、

いまは大半は非組合員となっている。

大宮支社、八王子支社、千葉支社あたりはまだ組合比較的強いようだ。

組合の話も笑って話せるような部署も少なくない。

国鉄労働組合(国労)のおじいちゃん方とは特に意識することな仕事もできている。

ボーナスを貰う時だけは組合存在意識させられる。

ボーナス協議労働組合に通知した後で従業員に降りてくる。

そんなに額が変わることもないのだが、会社側は日頃の貢献を鑑みて0.1ヶ月の加算などしみったれ金額にも関わらず、仰々しく話をするし、

労働組合は2.5ヶ月を死守したなど減っているにもかかわらず、謎の成果をアピールしてる。

また、会社公表してないが、過去ボーナス額が何ヶ月分であったか労働組合ホームページで筒抜けとなっている。

特別講義

社長部長支社長などの社内の偉い人のお話を聞くこと。特講とも言われる。

講義と言いつつ研修社員教育テーマに沿って話すというよりは精神論が多い。

配属された直後だったり、社長現場視察のタイミングで行われたりする。

もちろんありがたいお話を聞いた後は作文の提出がついてくる。

なにか話を聞くたびに感動し、思いを改め、新たな気づきを得ることにも疲れてくる。

普通に全体ミーティングなのだが、端々に社内の権威付が行われている。

(つづく)

2023-02-06

共産党民主主義理解について考えた。

日本共産党民主主義的な変革を通じて、ゆくゆくは社会主義を目指している政党だというのは知っていた。

ソ連中国方向性に異を唱え、社会主義の前に、まずは民主主義確立を目指すという意味では、共産党憲法擁護者であったし、自由議会制民主主義擁護者としてふるまっていると思っていた。

そういうことを知っていたつもりだったけれども、このたび、異論を許さない態度で党首公選制を訴えた党員を除名処分にするニュースはあまりにも自由民主主義の考え方と乖離する、という違和感が強い。もちろん、50年代60年代に、ブントからさまざまな新左翼党派が生まれた経緯を反省すると、党の結束重視、分派につながる動きへの警戒は理解できるものの、なんとなく民主主義擁護している風の皮をかぶりながら、やっぱり統制好きな人たちなのか?という印象はぬぐえない。


そこで日本共産党綱領民主主義というキーワードがどういう文脈で使われているかを改めて読み直してみた。

まとめると、以下の特徴が読み取れた。

民主主義的な変革(革命)は専制政治覇権主義との闘いであ

・変革(革命)の担い手労働者、勤労市民、農漁民中小企業家、知識人女性青年学生からなる統一戦線である

民主主義が達成されたのちは社会主義を目指す


民主主義設計された所与のプラットフォームというより、【変革】により戦った【主体】が勝ち取る動的な運動認識されている。その主体定義されリスト化されており、その【統一】には社会構成員全員が含まれているわけではない、というのも注目に値する。はっきり書いてないが打倒されるべき悪しき存在匂いがぷんぷんする。昔よりマイルドになったとはいえ人民が戦って勝ち取るぞ的な歴史観がすごい。

綱領最後に、現在日本社会必要とする民主的改革の主要な内容として、国の独立安全保障外交の分野から憲法民主主義の分野、そして経済的民主主義の分野で目指すべき方向性を示している。

この中には安保破棄といったおなじみのものからジェンダー平等など最近になって共産党自身認識を改めたものも含まれている。

経済的民主主義の分野においては、労働規制食糧安保などが強調されているが、自由主義経済擁護はやはり、というか、やっぱり記載がなかった。

憲法民主主義の分野の記載で、もうひとつ特徴的だと思ったのは、民主政にとって、ある重要メカニズムが全く記載されていないことだった。

それは言論表現の自由記載だ。

ははあ、と腑に落ちたところがあった。なぜ民主政にとって、もっと重要概念が抜け落ちてしまうのか。

共産党の考え方では、民主主義は、戦いと表現されることから象徴されるように、そもそも主体的に、イデオロギー進歩として達成されるべきもの認識されており、しかもそれは社会主義革命に至る途上の段階とされる。

民主主義革命に向かう運動理解され、この革命担い手主体」がキーワードになるんだな、と改めて気が付かされた。運動主体が【統一】されるべきである、という共産党員の自画像が、今回の件で、党外発言攻撃とまで罵る背景にあるように思えた。

というのは、いわゆる自由主義社会においては、「主体」について全く異なる理解をしている。多様な主体のもとで、社会が進展するという考え方のほうが支配的だからだ。

広い意味でのリベラリズムでは、リバタリアニズムレッセフェールなど完全放任まで幅があるものの、経済社会進歩は、特定イデオロギーによって達成されるのではなく、優れたもの自然選択されるという淘汰圧客観的社会ダイナミズムとして理解されている。

表現の自由についていえば、特定イデオロギーの正しさは、歴史自然に結果を出すものであって、教会政府が真理として押し付けものではない、というのがヨーロッパでもアメリカ政治体制でも共通の前提となっている。

そのような認識の下では、多数の目から一見すると正しくない言論や行い、考え方についても、その考えが社会存在することを排除しないのが美徳となる。

差別的言論しかりであり、正しくないと思えるもの一定程度、社会蔓延するのを認容する、というのは、長い目でみて、社会進歩するための副産物と考える。

したがって、雑にまとめれば、自由主義社会制度設計では、ブルジョアプロレタリアートといったイデオロギー的な主体覚醒必要とされないし、イデオロギー的な主体覚醒人民の団結を呼びかけるような政治体制は、資本主義的な搾取構造以上に、暴力装置である、というのがリベラルからみた共産主義問題点といったところだろう。自由主義では、イデオロギー的に多様であっても、そして無自覚であっても成立し、発展しうる社会設計を構想しているのに対し、共産主義では、変革の主体が強く意識され、その主体統一戦線)されることが変革のキーだと考えられている。

翻って、共産党綱領を拾い読みすると、文脈としては

民主という言葉が登場するたびに、それは専制によって奪われてきた歴史であり、覇権主義との闘いであり、それに抗い変革を進める担い手が強調される。

そして、ひとたび担い手に注目するやいなや、担い手気づきというか覚醒が求められる。革命は待ってても自然には起こらないということだ。

これは共産主義独特の進歩史観だ。ここに、担い手教育し、同じ価値観イデオロギーを共有させようとする契機がある。

これは、党首公選制を唱えた者を破門する、という最近みられた動きと表裏一体ということになる。

綱領言論自由記載が一行も存在しないのも納得である言論自由もつ社会ダイナミズム理解しつつ、イデオロギーを啓もうすることは自己矛盾だ。

というわけで、社会の変革にとって、イデオロギー共鳴する主体醸成を重視するか、

それとも自由ダイナミズムを重視するか、ここに分かれ道がある、というありきたりな結論に至ってしまったな。

政治体制言論自由進歩史観プレイヤー
自由主義どちらかというと放置蓋然的客観的多様性重視
共産主義どちらかというと統制的必然的主体一体性重視

みたいなイメージになった。


しかし、共産党の皆さんに是非、戦後世界歴史をもう一度振り返ってもらいたいと思うのは、

例えば、黒人差別撤廃をめぐるダイナミズム

言論表現の自由がもたらす社会不協和音暴力という副産物をある程度社会が許容できたからこそ、社会運動が大きく広がった。

この運動はもちろん差別と闘う社会変革の主体抜きには語ることはできないが、過激言論民主主義副産物とする社会プラットフォームがあることによって、運動価値昇華された。

暴力性という点では労働権の暴力性(争議権)も社会改革の進展のかぎだ。今では自明性に埋没して疑いもしない労働者という言葉、実は【労働者概念】とその暴力性は、革命概念と地続きり、出自はもちろん自由主義ではありえない。

異なる出自もつつの権利争議権言論自由は、社会変革のダイナミズムに伴う暴力という意味では実は共通項だ。

他者危害原則が基本の社会において、なぜ規範からの逸脱という暴力、そして異端存在を、広く多様性という価値を認めて、一定程度、許容する仕組みを自由主義社会は構想しているのだろうか?同一コミュニティに閉じている限りは進歩進化もない、という、それはやはり、進化プロセスに対する直感が働いているといわざるを得ないだろう。

争議権というのは、学校が停止したり電車全面的に止めたりと経済に甚大な被害を与える超暴力的な行為を時に伴うが、そのような痛みを社会が許容することによって社会改善することがある。自由主義社会はこうした社会変革に伴う暴力一定コントロールに置いたうえで社会進歩を進めてきたといえる。

ちょっと余談になるが、日本での社会権の受容はGHQ改革に始まって、やや独特の経緯をたどって欧米とは異なる展開となった。

敗戦直後、それまでの動員される勤労者から主体的な労働者へ突然、主体の変換が起きた。その結果としての、労働者階級の過剰な希望、そして暴力に伴う社会的な混乱は、失望社会秩序維持へのさらなる圧力を生み、やがて国労新左翼けが残った。そして秩序を乱す奴イコールテロリスト、という空気蔓延した。

日本国労新左翼と一緒になって調子に乗りすぎた結果、争議権は骨抜きになった。日本では社会秩序と暴力が明確に対立概念となり、争議はなれ合いとなり、労使協調という言葉象徴されるように、労使間の秩序模索にすぎなくなった。ただ一方、ヨーロッパではそんなことはなく、社会権の潜在的なラディカリズムが広く受け入れられている。病院だろうが航空機だろうが、誰が困って死のうがストが決行される暴力性が顕在なのだ。なんなら革命政府転覆させるぜくらいの勢いで。

ともあれ、自由主義社会社会主義的な発想でラディカルな主体の考え方を一部取り込んでいる、という動きは、自由主義VS社会主義と単純に括ることができないことを示している。

絵画トマト投げみたいな環境急進主義しかり。ヨーロッパになぜあれほどラディカリズムがパフォーマンスを繰り広げられる余地があるかというと、そもそも自由主義社会社会変革の萌芽を言論統制などによって政府の力で摘まない社会設計になっているからだ。彼らはヨーロッパニュース上ではResistantと表現されてもテロリスト表現されることは少ない。それは「労働者」という主体を仮構したうえでの争議権の意義とパラレルなのだ

なんなら、「LGBTしかり、なのだ共産党は実は、長い間、同性愛者を差別してきた歴史がある。かつては「労働者」という概念が主役で争議権という武器社会変革上、最重要な部分だったので性的マイノリティに考えが及ばない時代だった。LBGTというイデオロギー的な主体の意義に気が付き、公式に考えを修正したのはつい3年前の2020年のことだという。

https://www.sankei.com/article/20210706-L4MJ2RSGZFLHJLGW2LWKXILBGI/

LGBT存在に気が付き、こうした修正可能になるのは、自由主義社会が、ラディカリズムも含めて、多様な言論放置できる社会からだ。そのくせ日本共産党LGBTをあたか自分たち応援団かのように仲間に入れようとするのは、労働運動が退潮し、運動屋台骨が骨粗しょう症のようになってしまった日本文脈を思い起こすと、図々しいという気もする。皮肉なことにこの記事執筆した元板橋区議の男性も、党本部から除名処分を受けている。

結局のところ、共産主義においては、社会変革のための主体を重視し、その統一をもとめるがゆえに、主体のもの議論決定論的なものになってしまい、議論されにくい。

その結果、主体自身の変革は阻害される、というジレンマというか自己矛盾はらんでいるといえるだろう。社会を変革したがるくせにね。これはある意味自らの正義の禍々しさに苦悩するヒロイズムジレンマだ。自由主義社会ダークヒーロードラマ映画プロット西部劇の昔から最近ではジョーカーに至るまで一定需要があるのは変革の萌芽は必ずしも正義によって見出されるものではないという世界観の違いに由来する。

でも、自由主義社会にいる日本共産党としても社会の変化にも気が付かざるを得ない。

その過程で、弱体化した【労働者】を補完するべく、新興の主体、LBGTグループ統一戦線の一員として、ちゃっかりと追加したりする、ということが起こったりするわけだ。

変革主体の変遷は、共産党自画像の変遷でもある。

であれば、社会主義革命を目指す共産党においても、内なるノイズをある程度、コントロールしつつ許容し、社会変革への考え方をより確実にする、という方向性もありうるんじゃないだろうか。その結果、やっぱ内ゲバコントロールできなくなって、この調子じゃ人を教育して主体構成を前提とした社会主義化って無理じゃね?となって解散するならそれもよしなんだよ。


今回の除名騒動を受けて、党内で議論すべきことは党内で、というのが統治の基本、という主張が共産党から強調されているようだ。

一見正論だが、しかし、俺はちょっと違うと思う。それは、つまり寄り合い】だ。

なぜなら、そのようなガバナンスの考えこそが組織の硬直化を招来し、日本労働運動が労使間の秩序模索堕落した一因であるし、日本組織風土に風穴があかない最も大きな要因だからだ。寄り合いといえば、かつて日本農村漁村調査した宮本常一は、寄り合いによる時間をかけた合議の意思決定を観察し、他者の信頼醸成のプロセス共同体のしきたりにない、外部社会の新しい事柄の受容のキーとなっていることを見抜いた。宮本はまた、共同体を飛び出し、放浪の旅を経て戻ってくるようなアウトロー存在を外部の知識をもたらす【世間師】として共同体が受け入れる様子も描写している。寄り合い的なコミュニケーションにおいても、異物を内部化するプロセスはあるということだ。

民主主義という視点に戻ると、言論価値、そして、争議という変革の手法組織どころか社会迷惑をかけることを前提に行われることの意味をもう一度振り返ってもらいたい。

そうであれば、組織内の問題に対しても、規範からの逸脱に対する寛容度はかわってくるのではないかな。

以上が、今回の件を機に、日本共産党綱領を読み直した感想だ。

2022-11-20

なんだっけ。忘れないうちにメモ


最近ゴッホ絵画など芸術作品トマトスープをかけたり、ウォーホルアートカーに小麦粉をかけたりする気候変動対策を訴えながら過激抗議活動が耳目を集めている。

ブクマもよくされているが、ほとんどが環境テロ、という認識で眉をひそめたコメントにあふれている。

もちろん許されない犯罪として国内外報道されているわけだが、しかし、海外メディアでは、テロという表現ラベリング)は少なく、抗議団体自称するCivil resistance市民抵抗)という表現を紹介していることが多い。正直、この種の活動で昔から有名なグリーンピースもそうだが、テロ呼ばわりされてもおかしくない運動ではあることは確かだが、報道ニュートラルに構えているのだろう。

そんなおり、斎藤幸平が、「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解しないのは、日本人想像力の欠如だ、と述べてブコメから総すかんを食らっていたのをみかけた。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/toyokeizai.net/articles/-/631285

しかそもそもテロという認識日本では強いのはわかるけれど、実は欧米での反応というのはそれほど強くなく、むしろ彼らが自称するCivil resistanceへの一定の理解の上に立った報道も多く見受けられるように思える。

https://time.com/6234840/art-climate-protests-margaret-klein-salamon/

そして、よく考えると、そもそもテロまがいのデモというのは、現代人権歴史を振り返ると、一定程度、社会変革の不可避な副産物として、憲法などのシステムビルトインしてきた経緯がある。典型的かつ最初の事例は、20世紀初頭の資本主義社会における労働環境を前提とした社会権。

この問題は二つの視点から興味深く、注視している。

ひとつは、抗議のコンセプトの抽象性。

もうひとつは、抗議運動市民社会的な価値

抗議運動抽象性について。

https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/508によると、世界的な環境活動グループ「Extinction Rebellion」の共同創設者であり、ジャストストップ・オイル活動に加わっているサイモン・ブラムウェルは、アートニュースインタビューで、若い活動家がこの抗議行動のスタイル選択した理由を次のように説明する。

「これはアートの美しさを否定するのではなく、今の私たち優先順位絶対的おかしいということを言いたいのです。アートに美を見出しギャラリーを訪れる人たちがいる。にもかかわらず、消えつつある太古の森の美しさや、日々絶滅していく何百もの生物たちには目を向けないのです」

アートの美しさを否定しないといいつつ、美の概念の相対化というか、再構築といった意味では、形而上学的な禅問答である

この説明を聞いて、素直に納得できる人の割合が多いか少ないか、という視点でみると、ヨーロッパに比べると恐らく日本人は少ないだろう。

アリストテレス時代から愛だの美だの徳だのといったことをテーマに発展した形而上学から学問が枝分かれしてきた欧米と、近代以降のすでにたこつぼ化した個々のジャンルとして完成形をみた成果を受け取ってそれを解読して発展してきた日本では、こういう抽象的なテーマの抗議の趣旨理解できるのは圧倒的に少ないだろうと想像できる。

これは、作品の美の価値が分かればわかるほど、スープをかける行動の意図もわかる、という構図でもあり、実際、被害を受けた美術館環境問題の意義に言及するなどしている。作品に接したこともなく、それこそ「ウォーホル」だ、「ゴッホ」だと資産的な記号程度にしか理解していない人ほど抗議行動の意図自体を測りかね、なんじゃこの奇行は?という反応になっているようにみえる。

そういう意味では、当然、環境急進派の行動は、そもそも抗議の意図が分からない地域では成功しない(日本ではテロ以外の認識は生まれないだろうし、絶望的に無理だろう)。

しかし、欧米では、意外と功を奏しているのかもしれないと思える。感心はしないが、ああ、なるほどね、くらいの素養のある人は日本よりは多いだろう。

おおざっぱにいうと、日本人経験から教訓を得て社会設計をしていくのが得意。いわば帰納法的な解決が染みついている。一方、欧米、ひろくラテン系言語圏含めて、日本人とは比べ物にならないほど、なにかにつけ演繹的な入り方をする。言葉定義からまり指導原理を引き、タスクを明示する、という物事の進め方へのこだわりが強い(日本人自分からみると)。

組織でも、経験常識が共有できていないと不安なのが日本人

一方、構造化された概念ルール化された行動原理(法)にのっとって行動する、という相互の信頼がないと不安なのが欧米社会。そこに、デモ過激運動の機会に、自分たちが共有していない別の概念オルタナティブとして提示されたときにみせる反応というのは、おのずと異なる。


そのもうひとつ理由が、市民不服従という考え方や人々の認識の違い。

日本人社会迷惑をかけるのがとにかく大嫌いなのだ

欧米では、恐らく日本人想像している以上に、Civil resistanceというアプローチ自体価値社会変革のダイナミズムとして認めている。

それが今回の場合、限度を超えたものであり、法的に違法である、というときに、運動趣旨理解はするが違法である、という具合に飲み込みながら。

この違法性というのは、実は重要視点。それを理解するには、市民社会根本から支える憲法など、法について考えないとわからない。

近代から現代20世紀に法の考え方が近代法が大きくバージョンアップした際に、社会権が組み込まれたのは、中学生で習う話。

日本学校では昔から社会権を生活保護など、上から目線な形で教えてきた傾向があった。

しかし、社会権のうち、争議権を思い出してみればわかるように、実際はボトムアップな契機をはらんでいる。

他者危害禁止近代法の原則をはみ出した形で、ストやピケなど市民的な抵抗暴力性を認める市民権が存在する。

考えてみれば、他者に損害を与え暴力的な行動をとっていい、というのが「労働」に関してのみ例外的憲法に組み込まれている、というのは、よくよくなぜなのか歴史を知っておく必要がある。一歩間違えれば、革命トリガーになりかねないボトムアップ暴力。これをあえて憲法に明記するのは、明記することでコントロールしたいという、上と下のせめぎ合いのようなものも感じる。しかし、なんだったらいつでも政府おかしければ転覆して革命をおこせるんだぜ、と市民に思わせておく、オーナーシップ感覚絶妙バランスで持たせる機能果たしているともいえる。

マルクス時代、そしてワイマール憲法時代社会権を育んできた思想運動社会歴史のなかで、当時「労働」が最重要課題で、社会権の大きな柱として考えられたのは自然な流れだっただろう。抵抗暴力は、労働問題を争うツールであるというのが20世紀だった。しかし、抵抗暴力資本主義社会のなかで、たまたま労働キーワードになっただけであって市民社会としては、労働である必然性はない。20世紀には「環境」といったテーマシステムビルトインされなかったわけだけど、80年代後半にブルントラント委員会が「我ら共有の未来」といって今日SDGの原型となるコンセプトを立ち上げたときに、労使間に代わる、世代間の闘争といったことがテーマになりうることはうすうす予測がついていたように思う。

なので、抵抗暴力労働問題ではなく、環境をめぐる世代問題だとしても、その新たなムーブメント市民社会における意義が注目されるのも自然な流れだ。

ここで、はい違法です、はいテロです、といってしまうのは簡単だが、思考は停止する。


一方日本では。

労働」というキーワード戦後日本ははじめて市民不服従権利を手にした。市民社会における抵抗という考え方に「労働」というコンセプトが、時代要請でむすびついていた、というのは押さえておくべき文脈

GHQの五大改革から。勤労者から労働者への主体認識の転換。

しかし、その権利過激行使は、1950年代から60年代大衆の心を猛烈にイラつかせた。

日本高度経済成長を支えた大手企業は、大規模な争議に悩まされた。

民間では、1960年三井三池炭鉱紛争など半年を超える争議も珍しくなかった。しかし、ほぼ100%ユニオンショップで、従業員全員が労働組合員という会社組織風土のなかでは、会社家族みたいなものであり、労使一体みたいなのが当たり前であり、60年をピークに民間の争議はピークアウトする。そのなかにあって、国鉄だけは年中行事のように、順法闘争ストライキを繰り返して市民生活に甚大な影響を及ぼし、会社のみならず社会的に損害を与えた。さらベトナム戦争反対や成田闘争など、新左翼政治闘争が加わっていくなかで、日本人のいら立ちは頂点に達していく。

国鉄やら共産党やら新左翼にひどい目にあわされた、という日本社会のこの経験というのは、争議だなんだといっても社会迷惑をかけてはいけない、という教訓を強く残し、憲法に組み込まれ暴力的な契機をできるだけ抑制的にするべきだ、という認識支配的になるきっかけだったんだろう。1973年最高裁は、それまでリベラル保守裁判官の間で揺れ動いていた官公労組の争議権の是非について、完全に保守化の方向に舵をきり、封殺する結論に至る。公労協のスト権奪還スト(1975年)を時代の潮目に、公社民営化路線が進められていく。争議権だかなんだが知らないが、憲法に書いてあったとしても、市民としては正直、うんざりしてしまったというところだろう。戦後、長い間、政治闘争旗手として大きな存在だった総評、そしてその大半を国労が占めていた時代は終わる。

ということで「労働」をキーワードにせっかく手に入れた不服従暴力は、迷惑をかけんじゃねーという市民社会常識を繰り返し強化する経験を重ねることにより、空洞化した。

その後の日本社会では、エスタブリッシュメントと化して長い間、社会運動の先頭に走っていた労組が今度は勢いを失うと、どういうことになるか。

例えば、正規雇用非正規雇用ギャップみたいに新たな問題が浮上してきたとしても、ユニオンショップ非正規も入れてあげたほうがいいんじゃない?、という手続き的な、上から目線的な議論の仕方に収れんしてしまう。日本社会があまりにも保守化してしまって、そもそも争議という暴力的な手法は何のために憲法というシステムに組み込まれたのか、根本的な思想がわからなくなってしまっているようにも思える。言い換えると、憲法さらメタ視点からとらえる思想的な背景がさらに弱くなっている。

歴史を振り返ると、20世紀初頭、メタ視点があったからこそ、資本主義社会の現状と課題に即して、社会権という新しい権利が組み込まれたのだが、現行憲法を頂点とし、人権普遍性憲法の最高規範性を強調してしまうと、憲法思想根拠はと問われたときフリーズしてしまう。日本では制憲者の意思議論は起こらず、代わりに基本書読め、といってなぜか憲法学者に振られるのが定番。(制憲者があいまいなのも諸悪の根源かもしれないし、ステートに対するネイションオーナーシップの違いとも思える。)

欧米環境運動というのは、あるいはLGBTも同様だけど、恐らくそうじゃないんだと思う。

既存規範に書いてないものであっても、新たなムーブメント意味真剣に見極めようとする思想文化があるんじゃないと思える。

そのムーブメント暴力性を違法認識しつつも、時代ダイナミズムとしてとらえようとする、というか。

繰り返すと、

・美の概念など、概念の構想力、概念について深く考えたがる文化の違い。

憲法など国の根本的なシステムアップデートするのに必要社会ダイナミズムへの関心の低さ。

この二つをひとまとめにして、斎藤平氏のように想像力の欠如といってしまえるのかもしれないが、因数分解すると、社会設計をするのに基本的重要な2つの能力、この二つには欧米社会と大きく差があるように思える。

2022-10-03

NHKブクマカも雑踏事故を甘く見過ぎ

インドネシアスタジアムでの暴動で多数の死者が出た事件で、NHKがあたか暴力が主原因で170人以上が死んだと取れるような報道をしているが

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20221002/k10013845461000.html

はっきり言って間違いだと思う。素手暴力でこんなに死者は出ない。

一方、雑踏の事故では簡単にこれだけの死者は出る。だからこれは観客席に催涙弾を打ち込んだ警察が原因と思われる。

日本警察であればこんな事はまず起きない。だがこれは日本スゴイって話じゃない。ちょいと説明しようと思う。

 

行政権としての警察権力

警察司法権機関であるだけでなく、行政としても強い権力を持っている。

から雑踏に関しても命令する権限があって、人が集まるイベントを届け出なくやったりすると怒られるわけだ。

店の外の行列放置していれば「ちゃん店員警備員雇って整理しなさい」と言われるし「○○という有名人が△△に来てる」っていうデマを流して将棋倒し惹起したら逮捕される。

 

警備業というのは監督官庁警察になっていて、更に警察官の天下り先でもある。また社長警察上がりというケースも多い。

元々警備業はボディガードなどから派生して色々な形態の警備を請け負うようになったのだが、実はその前から同様の警備請負をする人士達が居た。右翼である

右翼ボディガードだけでなく労働運動潰しなども請負い、暴力行使や時に殺人も行っていた。更に昔の右翼ヤクザと不可分の所も多かった。

 

昭和30年代にTVで「ザ・ガードマン」というドラマ放送されると雨後の筍のように警備業者起業されたのだが、ここに右翼/ヤクザ経営企業舎弟会社が大量に入り込んでしまったのである

警備請負というのは暴力からの防御という仕事が多い。それは即ち対抗するための暴力だ。

一方、警察というのは国家という暴力装置の実行装置だ。暴力装置たる所以暴力の独占であり、警察コピーした暴力世間にあってはならない。

また、道路工事での交通規制でも警備員必要だが、土建業というのはヤクザ企業舎弟が大変に多い分野だった。つまりヤクザ資金源になってしまう。

という事で警備業法というのが施行され、警備業は警察監督庁とする許認可事業で、前科がある人間雇用禁止警備員は法含む研修必須などが定められ、業務が完全に警察の指揮下に置かれたわけだ。

警察天下り先って事で、利益誘導の面もあって警備業の派遣先が増える結果にもなった。「これやるなら警備員を何人以上配置せよ。その配置図を出せ」って何かにつけて言われるって訳ね。

因みに以上の経緯から警備員の装備というのは厳しく制限されているよ。例えば警察署の前で長い棒をついた私服警官が立ってる事がよくあるが、あれは実は軍隊と同じ立哨で立ち方も決まっている。持っているのは「警杖なのだが、あれを警備員が持つことは禁止されてる。警棒の長さや形に制限がある為だ。

兎に角暴力装置代替ダメなのだ

 

日本で雑踏事故が少ないのはこういう戦後の経緯の末に、人が集まる事をせんとする場合警備員の配置と雑踏警備計画を提出させられるからだ。

雑踏での人の流れは流体として考える

 

雑踏警備での鉄則は「一方通行」と「ボトルネックを無くす」である。これは群衆が流体のような動きをするからだ。

 

一方通行にしない場合にどうなるというと、「クサビが噛み合った状態」になる。

例えば広いところの間にトンネル通路がある場合で、通路の両側から群衆が押し寄せた場合通路入口では「通路の半分からはみ出さない」という動機が働きにくいので通路のほぼいっぱいに広がって進行する。

だがこれは反対側でも同じなので、出口付近では人一人くらいの隙間をぬって通る事になる。

これは上から見ると三角形のクサビが噛み合っているような状態になる。効率的には最小化だ。

後ろから押されているので隊列が狭くなると群衆密度が増す。だが人は一定以下では足の歩みが出来ないので押されてやがて転んでしまう。

後ろの人間は前で起きていることが見えないので前にどんどん進行してくる→それらも更に転倒する、となって、転んだ人とのその手前の人間には数百キロ~数トンの圧力がかかり、皆死んでしまう。

これが通路を対面通行にした時に起きる雑踏事故だ。通路一方通行が鉄則なのはこういう理由だ。

 

ボトルネックがあった場合は、細くなる手前で群衆圧力が上がる。

更にボトルネック手前の壁に当たった人間通路に戻ろうとして横から割り込む→圧力が高いので弾き出される、となってそこでグルグル回って出られなくなったりする。まるで落ち葉だ。

でもそうする事でただでさえ高い群衆密度へ割り込まないとならない人が出て局地的に密度が極度に高くなる→転倒事故、あとは上記の例と同じで死亡事故まっしぐらである

から「狭くなる」箇所というのは作ってはいけない。狭い場所があったらそのずっと手前からパイロン等で狭い状態継続した状態にせねばならない。

 

ボトルネックを無くす」の類型に「通路をのばす」というのもある。

立体交差する駅で秋葉原駅階段一本で山手線総武線ホームが直接行き来出来るのに、武蔵野線南浦和駅はわざわざ遠回りして通路を歩かされる。不合理だと思った事ないだろうか?

これは秋葉原通勤ラッシュなどを然程考慮してなかった昭和初期の建設南浦和痛勤ラッシュ常態後の昭和後期開業である為で雑踏事故対策なのだ

電車の降車客は波状的なので、長い通路をダラダラ歩かせてそこで客の波を吸収してしまおうという思想だ。

秋葉原では短い階段ホームに直接客が展開してしまい、群衆密度が高い箇所がホームという危険状態になってしまう。

 

地下鉄高田馬場駅の改札はホーム端の先にあるが、2004年頃の改築でホーム中ほどから改札への通路増設した。

出口は一緒だから一見無意味な改造だ。だが長い通路で吸収して階段の手前で滞留する客がホームに溢れるのを軽減する効果があるのだ。

過去の事例

 

日本の雑踏警備に影響を与えた事故というのがいくつかある。

 

彌彦神社事件1955年

新潟神社で行きと帰りの初詣客がかちあって滞留状態になった。そこでやがて参道石垣が崩れて100人以上の死者。

だが石垣だけに問題があったのではなくて、群衆密度が上がりすぎて路肩にせり出し崩壊したものと思われる。

これは一方通行にしていなかったのが主たる原因の例。

 

日暮里駅跨線橋事故1952年

列車が遅延し、混雑が激化して日暮里駅の板張り跨線橋の羽目板が客の圧力に負けて崩壊。転落した客13人が電車に轢かれ8人が死亡した事故

対面クサビ状態ボトルネックの混合と思われる。跨線橋の角に押し込まれた客が流れに戻れず圧力が高くなって壁崩壊

 

上尾事件1972年

雑踏事故じゃなくて暴動なのだが、国労動労の順法闘争の為にダイヤが大きく乱れてカチ切れた乗客が駅員をぶん殴る、電車を悉く破壊するなどで収拾が付かなくなって機動隊が動員されて鎮圧

翌日から他の駅多数で度たび同じ暴動が発生する国電暴動となって東京カオス状態に。

大混雑と電車がいつ来るか知れないストレスフルな状態の上にアナウンスもせずにいた為に乗客の怒りメーターがレッドゾーン振り切ったの原因。

なのでこれ以降雑踏では拡声器を使ってうるさい程に行列に関する情報を与えろというのが鉄則となった。

 

宇崎ちゃん献血ポスター騒動の地と閉鎖区画フォークゲリラ集会禁止政策

数年前に宇崎ちゃん献血ポスター騒動というのがあった。セクハラっぽいポスター公益性が高い日赤が使うな!という騒動だ。

この騒動は一枚の写真から始まったのだが、このポスターが掲出されていた場所というのは新宿西口JR京王の乗り換え通路である

ここには「新宿駅西口広場イベントコーナー」というのがあり、その対面に「新宿西口献血ルーム」があって、そこに掲出されたポスターだったのだ。

この「新宿駅西口広場イベントコーナー」だが、実はここは1992年頃まで工事バリケードなどで塞がれた単なる閉鎖区画だった。

照明もなく、ホコリが積もったままで少ない資材が置かれただけの殺伐としたところで、居心地の悪い場所だった。

実はここが封鎖されていたのは「新宿フォークゲリラ」という騒動による。

ここが広くなっているのは1966年竣工西口立体化時に地下広場として作られたかなのだ1969年学生中心のベトナム反戦集会新宿フォークゲリラが開かれ、機動隊が導入されて解散させれらた。この際、広場として整備されたもの東京都は「通路」に変更するという禁じ手使用通路公道占拠道交法違反)。

だがこの後も若者が集まり勝手ギター演奏などは続いていた。

そこに起きたのが国電暴動で、新宿駅でも暴動が発生。「別に反体制学生じゃなくても暴動起こすのかよ!」と頭を抱えた警視庁東京都は、別にギター持って屯してた連中と暴動関係なかったが、万一を恐れて乱雑にこの区画を閉鎖してしまった。

 

時代が下って最早反体制なども流行らなくなり、閉鎖区画のせいで逆に荒んだ状態になっている元地下広場有効活用として即売会催事場としての活用をするようになった。

初めはしょぼかったが、やがて政策アピール掲示や地産フェアなど商売がうまくなり、綺麗な内装もされて有用イベントスペースとなってきて人の流れも出来てきた。

そこで対面に献血ルームが出来る事になったわけ。

 

上記のように日本警察は雑踏事故防止に関しては極めて有能なんだが、その反面「人が集まる事」を嫌いすぎるきらいがある。

広場否定論なんだな。あんまり人が集まるのを封じてしまうと今度は現在ロシアみたいな事になってしまう恐れもある。

で、最近だと東京駅や池袋駅西口渋谷駅(予定)みたいにロータリーを追い出して広場を作るという方に行政の方がシフトしてきている。

そういう戦後史と行政史の果てに出来たのが「新宿西口献血ルーム」でそこに掲出されたのがあの宇崎ちゃんポスターだったってわけだ。

あの騒動は色々感情的過ぎたが、でも一方でその辺知ってるとアゴラの復活でもあったって訳なんだな。

 

という訳で、統率されない人間が大量に集合すると雑踏事故が起きるのはデフォルト状態で、警察行政が力を入れて制御してるから日本じゃ事故があまり起きないのだ。

インドネシアのは警察問題があり、観客席に催涙弾を撃って視界が乏しくなった客がパニックになったらどうやったって雑踏事故になる。観客席は階段状でそこに下り階段があるという構造ゆえ先が見えなくなるから普段でも危険構造なのだインドネシア警察は雑踏警備の監督指導などを普段からしていないのではないか

1964年ペルーで同じように暴徒に催涙弾を打ち込んで300人以上が死ぬ事故があったので、そういう事例研究をしていないと思われる。

警察が私らを人間扱いしていない」との被害者コメントが報じられているが、インドネシア警察人間扱いと同時に流体扱いをすべきだった。

日本警察がこんな事をしないのは人間の扱いの違いだけでなく技術的に経験を蓄積しているかである

2022-09-30

なんで既存運動家に取り込まれます、何なら既存運動家()しかいませんってポーズ取りたがるの?

anond:20220929162623

新しいデモギャルデモ、とか目新しさと、普通の人が反対してますよを国葬原発リニアオリンピック豊洲移転といった反対運動で出そうとする割に、

スローガン原発反対、改憲反対入れたり、中核やらのヘルメット被ってみたり、国労とか出てきたり、

内輪向けな自組織アピールとか、セクショナリズムに終始してるの何なの?

50代以上の高齢者活動家には当たり前の光景なのかも知れないけど、

それで失敗して2000年以前には大衆の支持集められなくなって組織壊滅寸前なってるのいい加減気づけよ。

はてなTwitterいくら喚いても、「あーまた、同じ奴が別のこと言ってる」としか思われないだろ。

2019-12-01

多分国労おかしくなっていったのとjr東海リニア自分たちでやるってなったのの根っこは同じ

2018-06-02

anond:20180602212227

ひとつは、自民党労組つぶしを延々と行ってきたこ

中曽根自分証言している

国労総評の中心だった。いずれこれを(国労を)崩壊させなきゃいけない。民営化で、国労崩壊し、総評崩壊し、そして社会党崩壊した。一連でやったことで、意識的にやった」

http://www.labornetjp.org/news/2005/20051124m1

もうひとつは、上とも関連するが日本では企業労組しかなく、横断的な職業労組が発達しなかったこと。

企業労組ではどうしても経営陣となれ合いになりがちであり、また非正規雇用にも対応しにくい

日本に今必要なのは企業別を超えた労組運動だろうね

もちろんこれは誰かがやっくれるものではなく、労働者自分で動かないとどうしようもない

2017-05-14

共産党民進党選挙協力をしたら民進党は潰れる

なぜなら支持母体である労働組合が違うから

共産党系労働組合は、

だが、民進党系の労働組合は、

などがあって、各業界労働組合が重なっているので、労働者の奪い合いになっているのが現状だ。

ぶっちゃけ、カネ出してタダ働き(活動)してくれる労働者を奪い合っている。

末端で共産党系民進党(社民党)系が仲悪いのに国の方だけ協力するなんてちゃんちゃらおかしい!

連合は本当に労働者のために働いてくれる政治家応援すべきだ。

共産党民進党選挙協力しても得するのは共産党だけで労働者は得をしないし民進党は消えて無くなる。

2016-07-31

なんで国鉄分割民営化をしたのかっていう

 JR北海道ヤバいということで、分割民営化おかしかったのではみたいな議論が出ているから、分割民営化の経緯の要点を書くぜ。

 まず「民営化」の方。

 そもそも国鉄独立採算制であり、要するに税金運営されていたわけではない(ここ勘違いしてる人がとても多い)。しかし、それでありながら経営の最終決定権は国にあったので、だいたい以下のような具合になった(数字はてきとう)。

 自民党「これを作るように」

 国鉄「これ2兆円かかるけど、うち1兆円しかないんですが」

 自民党「いいから作れ」

 社会党運賃の値上げや人員整理は許さないぞ」

 国鉄「仕方ないので足りない分は借金します」

(数年後)

 国鉄借金の利子が利子を呼んで手がつけられなくなりました」

 「政府が金は出さないが口は出す」というどう考えてもヤバい体制であり、これなら「金は出されないが口も出されない」民営の方がマシやんけ、というわけである。これは国鉄できた当初から予見されてたことであり、産業能率会議(昔そういうシンクタンクがあった)なんかは、50年代60年代に2度にわたって「これ将来絶対破綻するから、分割民営化しないとヤバいって! せめて、公社のままだとしても口を出されないシステム改革しなきゃ!」と政府提言していたのだが、まあガン無視された。

 要するに国鉄民営化は、50~70年代政権与党の無策の尻拭いであり、「中曽根ちんが国労つぶしのためにやった」なんていうのはそれを糊塗するためのおためごかしに過ぎない(早川タダノリとかフジヤマガイチとかの有名なリベラルアルファツイッタラーがこの見解にガン乗りしてるのは謎だが。君ら本当はネトサポなのでは?)。中曽根ちんは確かに国労嫌いマンだけど、第二次中曽根内閣運輸大臣に分割民営化反対派の細田吉蔵を据えるなど、民営化に関して途中まで党内風見鶏に徹してた人でしかないし、国労80年代には主流派社会党右派)・非主流派社会党左派)・反主流派日共)の内部対立がひどくて(その結果が86修善寺大会よ)往年の力なかったから、民営化なくても崩壊しそうだったやないか。分割民営化のせいで国労崩壊したというのは、原爆投下のせいで日本は負けたと言ってるようなもんで、最後のひと押しを過大評価している。スト権ストの大敗北がミッドウェー、マル生粉砕が南部仏印進駐とみるべきじゃないですかね。マル生粉砕の成功が致命的な失敗やでほんと。

 で、もう一つの点、「分割」である

 これは、当時の国鉄が極端な東京中心地方軽視主義だったことへの対策である。いやほんと、国鉄時代時刻表JR後の時刻表と比べてみれば分かるんだけど、国鉄時代地方ダイヤってスッカスカだぞ。あと東北地方とかが本当にスピード遅くてさあ……(国鉄ローカル線用に、うんこみたいな性能でスピード出ない上に排ガスがひどく、排熱管のオーバーヒートが原因で発火しやすいので安全性もクソという、褒めるところのない内製エンジン積んだ車両しか入れなかった。地方民の利便性より内部の論理が優先されていたんであるJRになったら海外メーカーの高性能エンジン積んだ新車積極的に導入したのでめっちゃスピード上がった)。別に今のJRだってそこまで地方大事にしているわけではないが、国鉄との相対評価でいえばめっちゃ大事にしてる(各社でバラつきはあるが)。組織デカくなると、何をやるにも本社の顔色をうかがうようなことにどうしてもなるという話ね。

 というわけで、各JRはある程度小さめに分割しようという話になっており、実際当初は本州を5分割(東北上越東海道山陽の各新幹線沿線関西北陸)した8分割案が有力だったのだが、線路を共有する東北上越分割の難しさなんかがあって、予定よりも会社の規模が大きすぎる本州3分割になったのだった。東海については、名古屋大阪の下につける本州2分割案には名古屋政財界からの非常に強い反発があったため、当初の予定に近い形で割った。

 で、こうしてできたJR各社の経営状態には差があるわけだが、別にここを何も考えていなかったわけではない。本州3社には国鉄債務を渡して利子で苦しんでもらい、3島会社には債務どころか逆に「経営安定化基金」という補助金的なものを渡すことでバランスを取ろうとしたわけである。よく「JR北海道赤字になると分からなかったのか」ということを言う人がいるが、「赤字になることが分かっていたのでその対策もしたのだが、それでもダメになってきた」が正解である

 諸々の詳細については、今では『戦後史の中の国鉄労使』『国鉄最後ダイヤ改正』などいろいろといい参考文献が出ているので、気になる人はそういうのを読んでね。

 ちなみに今後のJR北だが、まあ厳しい。再国有化上下分離を言う人もいるが、国も道も沿線自治体沿線住民も、そこまでしてローカル線を残したいとは思ってないだろうしなあ。交通弱者の話にしたって、「バリアフリーとかにまでは手が回らないローカル鉄道に金を投じることが、その金をバス福祉タクシーなどの補助に全額ベットするよりも交通弱者に優しいと、お前心の底から断言できるの?」という話になる。鉄道交通弱者にも十分優しいのは都会の話であり、みなバスの強さを過小評価している。インフラ税金で維持されるべきだが、いつでも鉄道ベストかは本気で考えなきゃいけないところだぞ。中標津や音更、中札内など、鉄道廃止されてからの方が街が栄えてる例というのも道内にあるしな。

2016-06-05

今年の年末自殺します。

理由生活費の枯渇。

この日本じゃ、天気予報並みにありふれた自殺理由です。

だったら働けばいいじゃない。おっしゃるとおり。えり好みしなければワタミだって仕事はある。

ただ問題は、私がうつ病患者で、もう働いてもこれ以上の生活は望めないと見切りをつけたことだ。

 

 

順をおって話します。

現在私は36歳、独身彼女子供友達なし。

28歳のときフリーターから営業職に転身。

ここはいわゆるファミリー企業ワンマン社長建設会社というブラック満貫な会社だったが、当時の私にはそれを見定める知識も無く、30という年齢を前にあせっていた。

この3ヵ月後に民主党政権に変わり、どん底の不況に陥ったのだからある意味ではベター選択だった。

だが、ベターの中でも最悪に近いベターだった。

 

 

3年後、のどに違和感を感じた。

このとき、私は10キロ以上の増量をしていたため、てっきりネクタイシャツが首を絞めているのかと勘違いした。

半年後、落ち着かなくなった。何もかもが不安に感じ、電話がかかってくる音でさえ恐怖に感じた。

さら半年後、私は眠れなくなった。

 

 

こういう時にネットは便利だ。

すぐさま「不眠 ストレス」で検索して、会社近くの心療内科に駆け込んだ。

診断結果はうつ病職場でのストレスが原因だろうと話していた。

私はこのことを会社に報告しなかった。

営業は5人しかいない会社だった。その中でも、私の成績はどん底だった。先輩社員仕事おこぼれをもらって糊口をしのぐありさまだった。

今考えれば、ここで転職に踏み切れば、私の人生も大きく変わったのかもしれない。

なぜなら。朝4時から千葉県都内現場を3件ハシゴして夜11時に帰還。それでも深夜手当ては付かず、残業代給与の中に含まれているといわれ、10年間給料手取り17から一向に変わらない先輩がいたのだからボーナス諭吉さんが1枚ぐらいです。

 

 

クビの恐怖と仕事の恐怖、そしてクスリの相性合わせも相まって、私はどんどん精神的に追いやられていった。

そしてそれを見た社長からも、担当物件から外すように言われた。

それでも先輩は小さな物件であったが、少しずつ回してくれた。

それでも精神的に追い詰められ、決壊した。

 

 

10件ほどのタスク

それを書き出した後で、私は固まってしまった。

から晩まで机の上のリストを見続けて脂汗を流す私に、上司不審に思ったのだろう。声をかけてきた。

私は全て話した。うつ病のことも。仕事のことも。

上司は、どのように仕事を進めるか指示を出して、先輩にサポートにまわるように指示を出してくれた。

そして社長からは「もうアイツクビだな」

にべもない反応であった。

 

 

それでも1年ぐらいは雇い続けてくれた。

会社社長がいる千葉と、上司がいる営業本部がある東京の二箇所があり、社長と顔を合わせる機会を上司限界まで削ってくれた。

だが、それにも限界があった。

それとなく、自主退職上司が奨めて来たときは、地獄に突き落とされたような気分だった。

わたし労災下りいかどうか、全国労基準監督署をたずねた。

そこで知ったのが、私の健康保険に関する手当てだった。

監督所の職員さんの友人が似たような事例に陥ったとき全国健康保険協会傷病手当金を利用したというのだ。

それを聞いて、すぐさま全国健康保険協会に向かった。

相談の結果、医者の診断証明があれば手当てが下りることがわかった。

 

 

これを上司に伝え、残った有給をフルに使いGW前に仕事を辞め、5月末に依願退職をすることを上司に伝えた。上司笑顔をはじめて見た。

 

 

そして、1年が経った。

今、私がどんな生活をしているかと言うと、ハッキリ言ってひきこもりである

 

 

まず、私はフリーターを始めたときから一人暮らしであった。

20キロもいけば実家があるのだが、地元に悪い思い出、具体的にはイジメに遭っていたので、二度と足を踏み入れたくないのと、私は両親が苦手だった。

今回のうつ病の件も、失望一言であった。実家に帰れという言葉必死拒否した。一緒に暮らしたら人傷沙汰になるのは目に見えていた。

手取りが7割に下がった。具体的には、28日で174,160円。これは傷病手当金の最低受給額でもある。

そして市民税健康保険税が自分負担になった。

これだけで、かなりカツカツの生活である

年金シカトブッこいてたら、特別催告状というのがきた。

 

 

http://ferret-news.com/archives/2937

 

 

まぁ、来週にも説明しに行ってこようと思う。

 

 

友達は元々いなかった。

まれたころからそうだったので、さみしいという感情理解できない。まぁどうでもいいことだ。

風呂も数日に一回。具体的には病院にいくときと、自分かゆいと思ったときだけになった。

延々とネットゲーム時間を費やしていた。他にやる事が無いのと、機械的作業は苦になる時間を減らしてくれた。

後は思いっきり眠った。といっても6時間程度だったが、それでも快適だった。

 

 

そして、傷病手当金受給が後半年で終わる、今になって考えた。

私は今後どのような人生を送るのであろうか?

 

 

答えは簡単、今より悪くなることは確実。死ぬ確率は5割以上だった。

まず、正社員の道はない。経歴はごまかせても、そのあとの純粋試験の門が狭すぎる。30代後半・管理職歴なしが受かるとは到底思えない。

となるとパートだが、よくて12万。ここから税金を引かれたら5桁だろう。

 

 

まり、どんなに努力しようと、現状の生活以上のものを求めることは不可能である

当たり前の結論であった。

 

 

いや、最後の手段はあった。親に泣きついて養ってもらうことである

だが、最後プライドがそれを良しとしなかった。

それに、自分で稼いだ金を、自分の老後に使う。それは当然の権利だ。子供からと言って奪い取っていいものではない。

 

 

では私はどうなる?このまま仕事の道を行けば、どっちみち体か精神、どちらか・もしくは旅方が壊れることは間違いない。

それに、精神が未だに元に戻ってなかった。

うつ病こころ複雑骨折と言ったマンガコマがあったが、それに近い。未だクスリという杖を使ってでさえ、満足に歩けないでいた。

 

 

できる限り周囲に迷惑をかけない方法。それは給付金が終わった直後の自分の死に他ならなかった。

一番負担がかかり、一番収穫が望めない部分を切り取る。実に合理的で正しい手段だった。

から私は自殺をする。

 

 

できるなら保険金などを付けたいところだったが、自殺の恐れがある精神病患者等は適用外だった。残念。

あとは、国有林などで自殺しておけばいいだけのことである。そうすれば損害賠償も来ない。

遺書は、自分ポケットにでも入れておけばいいだろう。

あとは警察に「自殺します」と封書免許証でも送っておけばいいだろう。

自殺者を出した家族は恥を感じるらしいが、まぁそれは死んだ後のことだ。気にするべきことではない。

 

 

とりあえず、大体の方針が決まった後で、私はオンラインゲームに戻った。

いつも通り、なにも心に残らない虚しい時間で、それが今の私の唯一の心のよりどころである

2009-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20090108040252

 債務整理や、雇用関係相談は考えたことがあるだろうか?

 参考リンク

 芝司法書士事務所:クレサラ被害者の会

 全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会

 厚生労働省:全国労働基準監督署の所在案内

 NPO法人労働相談センター ←メールでも相談を受けてくれるらしい

 「身から出た錆」の詳しい内容はここで書く必要はないけれども、正当な解雇理由になるかどうかは、しっかりとした所で相談したほうがいいとおもう。

 労働基準監督署に世話になったことがあるが、親切に相談に乗ってくれた。

 友人に相談しても、専門家ではない限り上手なアドバイスは出来ない。やはり専門家に頼る方が良いと思う。

 

 

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん