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はてなキーワード: ドストエフスキーとは

2024-02-28

anond:20240228124951

めちゃくちゃ感情的なことと論理的なことって両立可能だと思う。ドストエフスキー作品とかまさにそんな感じだし。

2024-02-01

anond:20240201084306

ドストエフスキーの本に「本一冊すら読み通したことがない人間」というディスり文句が出てきたのが印象に残ってるんだが、古今東西無能の人というのは大体そんなもんなんだろうな。

2023-12-26

anond:20231224205347

ドストエフスキー作品で繰り返しテーマになってる題材だけど、ドストエフスキー作品場合無神論者は最終的にみんな自○してしまうんだよな。

ちなみに無学なのでよく知らんのだけど、哲学倫理って科学なのだろうか。

2023-11-26

anond:20231126180739


「あとドストエフスキーニーチェ的なのではなく、ニーチェドストエフスキー無神論に影響を受けてる。」そういう話をしてるんではないよ、ニーチェ読んでみ。ドストエフスキー的なものとは全然違う。

「楽しんでいる人たちの大多数はもっと感覚的なところで素朴に純粋に楽しんでいる」

ここで目にする増田に比べると君は本読んでそうだけど、「感覚的なところで純粋に楽しんでる」なんてそれらしいだけで中身のない雑な表現をしてきて残念だよ。文化資本がなければその「感覚」がないって話をしている。そしてたとえば草枕を読んだり徒然草を楽しめる感覚と、フリーレンを楽しめる感覚は似たセグメントにある、という話をしてるんやで。

anond:20231126175631

草枕徒然草ファウストフリーレン的だと思わんかった?ドストエフスキーニーチェ的だとは全然思わん。夏目漱石を楽しめるならツァラトゥストラも楽しめるはずだと思うけど。あとは古典SFファンタジーじゃね?四畳半神話大系シュタインズゲートゼーガペインにグレッグイーガンが多大な影響を与えているのは確かだけど、知らなくても説明的だから楽しめるんじゃね?フリーレンは説明感情抑制してるから教養ないと楽しめないって言われるんだろね。

草枕徒然草ファウストフリーレンと関連づけるという発想そのものが出てこなかった。

あとドストエフスキーニーチェ的なのではなく、ニーチェドストエフスキー無神論に影響を受けてる。

古典SF四畳半神話大系シュタインズゲートゼーガペインにグレッグイーガンは一切履修してない。完全にそのあたりの知識は欠落してる。自分が知るファンタジーゲームRPGほとんどかもしれない。それが原因なのかも。

今回、ネットSNSフリーレンの感想を漁ってみたんだけど、楽しんでいる人たちの大多数はもっと感覚的なところで素朴に純粋に楽しんでいるように見えた。

なので、教養がないと楽しめないというより、教養があるとより楽しめる作品なんじゃないかな、というのが個人の感想

それはフリーレンに限らないけれど、フリーレンはどちらかというと起伏があまりない作品なので、その傾向がより顕著になるんではないかなと。

anond:20231126174653

草枕徒然草ファウストフリーレン的だと思わんかった?ドストエフスキーニーチェ的だとは全然思わん。夏目漱石を楽しめるならツァラトゥストラも楽しめるはずだと思うけど。あとは古典SFファンタジーじゃね?四畳半神話大系シュタインズゲートゼーガペインにグレッグイーガンが多大な影響を与えているのは確かだけど、知らなくても説明的だから楽しめるんじゃね?フリーレンは説明感情抑制してるから教養ないと楽しめないって言われるんだろね。

anond:20231126173559

ファウスト異邦人失楽園徒然草草枕は読んでるな。ツァラトゥストラニーチェ)は読めてなくて恥ずかしいが、ニーチェが多大なる影響を受けたドストエフスキー、彼の作品ではカラマーゾフの兄弟罪と罰白痴、貧しき人々、地下室の手記は読んでる。

漫画アニメドラマ映画で最低限の教養って他に何がある?

2023-11-11

anond:20231111034643

ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟で例えると、神の存在を信じられない(というより受け入れられない)イヴァンが、神の存在を無邪気に信じているそこらへんのおばさんを心底羨ましいと感じているようなもんか

でも「強烈な魅力」とまではいかないから違うかな

一種性癖みたいな? 性癖についてはあまり詳しくないか分からん

なんの役にも立たない返事でごめんちゃい

2023-10-16

有名な作品企画展があると美術館に行ってみたくなるタイプだけど、有名な画家の有名な絵が観れるらしいし行ってみる程度だからぜーんぜん作品の良さとか時代背景とか作家名前とかもわからんし、最近パンダ見に行くようなもんだなと割り切ってる

なんとなくふんわりパステルの点描とかグラデーションみたいな描き方の風景の絵が好きだな〜って思ってるけどそれもなんとなく好きなだけで作家名前とかは正直わからない

あと美術館名前が全部似てるから全然覚えらんない

上野に何件もあるし、あとは六本木竹橋に行ったことある気がするけどどこが何なのかはいまだにわからない

最寄駅で判別してるから上野まで辿りついてから途方に暮れることもあるし、なんなら駅間違えて慌てることもある

せっかくだから勉強したいなと思って美術史についてのYouTube動画とか見るけど〇〇派とか〇〇主義とか〇〇運動とかたくさん出てくるけど全然わからん…と毎回挫折してしまう(動画が合わないだけかもしれないが)

日見に行った企画展で、ドストエフスキー小説挿絵になってるという絵画があって、初めて芸術現実って地続きなんだな〜と思ったくらい、身近じゃないものだと思ってる

子供の頃、出身地田舎美術館にも巡回展でミュシャが来たことがあって、上京した後でミュシャスラブ叙事詩企画展を見に行ってみようかな!と思い立ったのがきっかけだったから、あん田舎までわざわざ有名な絵を持ってきて見せてくれた人たちのおかげでこの娯楽に辿り着いたのだと思うと企画してる人たちに感謝の念を送りたい

最近美術館カフェ企画展コラボメニュー食べたり、物販でちょっとした小物買ったりするのも楽しい

この趣味も、都会に住んでるからこそできるんだよな…

2023-09-27

友人「ドストエフスキーも読んでないような人に読書語ってほしくないんだよね」

ワイ「原書で読んでからイキれや」

友人「ファルコンパンチ!」

 

ワイが悪いんか?

2023-08-12

anond:20230812145912

ドストエフスキー地下室の手記だろ

(追記:真上に書かれてんのに見逃してた。すまん)

書き出し(安岡治子訳)

俺は病んでいる……。ねじけた根性の男だ。人好きがしない男だ。どうやら肝臓を痛めているらしい。もっとも、病気のことはさっぱり訳がわからないし、自分のどこが悪いのかもおそらくわかっちゃいない。医者にかかっているわけでもなければ、今まで一度もかかったこともない。医学医者は立派なものだとは思っているのだが……。そのうえ、俺はこのうえもなく迷信深いときている。まあ、少なくとも医学を立派なものだと信じこむほどには迷信深いわけだ(迷信馬鹿にする程度には、教育も受けているはずなのだが、とにかく迷信深いのだ)。いや、金輪際、医者なんぞに診てもらうものか。意地でも嫌だ。ここんところは、誰にもわかっちゃもらえまい。まあいいさ、俺にはわかっているんだ。もちろんいったい誰に嫌がらせをするつもりでこんな意地を張っているのか、そんなことは俺にも説明できやしない。俺が医者に診てもらわないからといって、医者にとっちゃ痛くも痒くもないだろう。そんなことは百も承知だ。こうして意地を張り通して、損をするのは他の誰でもない、たった一人俺自身だけだってことぐらい、俺だってよくわかっているんだ。しかしそれでも、俺が医者にかからないのは、やっぱり腹立ちまぎれに意地を張っているせいだ。肝臓が悪いなら悪いでかまうもんか、もっとうんと悪くなりゃあいい!

こいつが、道で知らん将校に肩ぶつけられたことを数年間ねちねち恨んだり、昔の同級生選挙出馬するってんで呼ばれてもないパーティ行ったり、たまたま出会った娼婦にクソ説教かましたりする話。

とにかくずーっと最悪なことしかしない。

 

ただ一つだけ言えるとしたらこいつはいわゆるFIREをしているので働かずとも暮らせてる。

地下室でだし基本金に余裕はないけど。

2023-06-09

中出し

再生数稼げてよかったですね。素晴らしい人間性です。

●上沼さんも、東野さんも、ホンコンさん中田の事を思っての忠告だったのに、その諸先輩方を小バカにするようにいじってしまう。

●後輩巻き込んでおいて「見てる〜? 巻き込んじゃいけないって養成所じゃならわなかったんだもん。」と小バカにする。

松本の優しい呼び掛けには逃げる。

この件でかかわってくれた人全てを半笑いおちょくるような動画

回転寿司醤油を舐めた少年と似ていますね。炎上させて再生数を稼ぎたかったのですね。素晴らしい人間性です。

自分に注目が集まることに喜びを感じる。それを見て不快に感じる「誰か」のことは考えない。「再生数だけが正義」の世界観だと思いました。

中田失笑されるのは、漫画と本の紹介をしているYoutuberが「ドストエフスキー級の笑い」言うからですよね。

そもそも松本さんが「遺書」を執筆した時は、すでに松本さんは、お笑い芸人断トツトップだった。ごっつの2時間SPの後、ガキ使の2時SP放送されたくらい、まだ31歳と若かったし尖ってた故の発言で、でもちゃんと実績があっての言葉なので失笑はなかった。そもそも松本さんのオマージュなら、なぜ後になってからコソコソ該当部分を削除なんてしたのか?

半笑いボケどころか寒いぐらいのスベリまくり。こんなレベルでよく松本さんに噛み付いたなぁという印象。今の新人芸人なら簡単に超えられそう。

さすがにもう他の芸人は関わらないでしょ。そしたら俺に関わるなと圧力をかけてるとかいう匂わせで再生数を稼ぐのでしょうね。無敵の人なっちゃった

子どもができてから個人として思ったこ

 家族は夫一人、未就学児の息子一人、今現在フルタイムで働いている。

 ずっと子どもなんて欲しくなくて、結婚しても欲しくなくて、夫と二人であちこち旅行に行ったり美味しいものを食べたり、楽しく暮らしていた。

 子どもがいてもいいかもな、と思ったのは三十代になってから就職した時からすごく良くしてくれていた上司が倒れて、ふと、このままずっと同じようには暮らしていけないんだなと気づいた時だった。三十代になって年齢的なこともあったんだと思う。先のことを考えた。あと四十年、五十年、生きられるとして、このままどうやってやり過ごして行けばいいんだろう? このまま楽しく暮らしていくことはできると思う。だけど、変わらないことを願いながら生きるにはこの先があまりにも長い。そう思って子どものことを考えた。そしてそう、夫と話をしたら、ちょうど夫も似たようなことを考えているところだった。

 そしてなんやかんやで子どもが生まれて、本当に、幸い、運よく元気にすくすく育っている。歩いているのを横で見ているだけで、びっくりするほど掛け値なし可愛い

 もちろん、心配なことはいっぱいある。この先の日本大人になるこの子は、大変だと思う。まあ、自分たち世代くらいまでいなくなったら楽になるかもと楽観的に思ったりもする。ままならないこともたくさんある。喧嘩なんかしたこともなかった夫と喧嘩することもある。保育園に通わせはじめて、自分が「学校」が大嫌いだったことも思い出した。友達の誘いを断るしかなくて、気を遣われているなと思うことがある。大好きだった仕事でも迷惑かけている。風邪ひくことも増えた。自由に辛い物も食べられない。旅行も好き勝手は行けない。

 だけど、私は、子どもがいてよかった。

 子どもと一緒に道を歩く。保育園の帰りに公園に行く。生えている草を見る。だんごむしを探す。一緒に鉄棒をする。ベランダで星を数える。家で子どもの好きな食べ物を作る。スーパーでたくさん牛乳を買う。どうしても、時折、自分の子供の頃のことを重ねあわせる。母親のことを思い出す。父親のことを思い出す。子供の頃好きだった本のページ。つまみ食いしたご飯長靴で泥濘を歩く感覚母親を呼ぶ自分の声。ずっと忘れていたそういうことを一つ一つ思い出すたびに、震える。驚きと、そしてたぶん嬉しいのだと思う。自分は親から、たくさんのものを貰っていたと、やっと気づけた気がする。これは辛い人には辛いことだと思う。だけど私にはとても大事気づきだった。

 十代の頃に読んだドストエフスキーカラマーゾフの兄弟の一節を思い出した。

何かよい思い出、とくに子ども時代の、両親といっしょに暮らし時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益ものはないのです。(中略)自分たちが生きていくなかで、そうした思い出をたくさんあつめれば、人は一生、救われるのです。もしも、自分たちの心に、たとえひとつでもよい思い出が残っていれば、いつかはそれがぼくらを救ってくれるのです。

 思春期に拗らせていた私と同じように、息子も生まれてこなければよかったと思う日が来るかもしれない。私も子ども反抗期に泣くかも。大っ嫌いだと言われるかも。何にせよ、ずっと心配し続けるのかもしれない。夫だって同じだ。どうしたってきっと私も最後は一人で死ぬ

 そう言えば、阿佐ヶ谷姉妹の「私たちにとって仕事は思い出作り」という言葉が好きだった。

 勝手言葉を広げてしまうが、生きることも全部思い出作りだとするならば。

 私は子供ができたことで、きっとこの先もこの瞬間を思い出して生きていけるだろうと思うことがたくさんできた。夫と息子が笑い合っている写真を何度も見ている。こうした思い出をたくさん集めて、この先も、私は救われるんだと思う。

2023-04-18

なぜ日本自称教養人が絶賛する「名作文学」はつまらないのか

実際、そういうものはつまらないし、彼らの信奉する文学理論時代遅れなのである

から世間で持て囃される「名作文学」とやらがつまらないと感じても、べつに「自分教養が無いせいだ」などと思う必要は無い。

たとえば、「父親殺し」という主題がある。

これは、フロイトドストエフスキーを論じた際に持ち出したものだ。が、これには全く根拠が無いし、今日まともな文学者でフロイトの論を支持する者はいない。

今猶、フロイト受け売りドストエフスキーを絶賛してる評論家とか、「父親殺し」の作品を作っちゃったりしてる作家こそ恥ずかしい。

まあ、要するにそういうのを支持してる連中こそが「名作を読んでる俺SUGEEE」っていうスノビズム権化みたいなもんであって、滅茶苦茶恥ずかしいってことだ。

2023-02-27

太郎戦隊ドンブラザーズってド

ストエフスキーの『白痴』だったんじゃないのかと気づく

なんか天然気味で空気を読まず一方的だがド正論を言う主人公

周囲の人間やれやれと言いつつしだいに主人公を慕う

元は敵対してた人物まで主人公に感化されて仲間になる

そして最後主人公ボケてどこかに去ってしまう……

――宇宙戦艦ヤマトの着想の原形が西遊記だったぐらいには似てる

井上敏樹意識してなかったのに結果的に似た可能性も

江川卓野球選手じゃなくてロシア文学者の方)の本によると

白痴主人公ムイシュキン公爵の原形はドン・キホーテらしい

もっと遡ると新約聖書イエスという見方可能なのだとか

(実際に聖書をきちんと読むとただのよくキレる俺様おっさんである

なんかこの物語図式に当てはまる作品

ドストエフスキーよりもっと古い作品から

現代漫画アニメまでほかに結構ありそう

2023-01-05

世界名言(半ギレ)

真の男は誰に対しても憎しみを持たない(半ギレ)──ナポレオン・ボナパルト

夕方、私は千匹のハエを殺した。

それなのに、早朝、私は一匹のハエに起こされた(半ギレ)      

              ──ゲーテ 

問題時間にあるのではなく、あなた自身にあるのです(半ギレ)     

         ──ドストエフスキー

失敗なんかしちゃいない。うまくいかない方法を一万通り見つけただけだ(半ギレ)

        ──トーマス・エジソン

私に触るな(半ギレ)

         ──イエス・キリスト

2022-11-10

anond:20221109170231

そりゃもちろん救うな。

 

この問い、古典的にはドストエフスキーから出てくるものだよね。

罪と罰主人公がやったことは最悪だと思う。

それを通して検討はもう済んでいるので、俺は簡単に、もちろん救う、と断言できる。

2022-10-21

なぜ昔の人間ロシア文学をありがたがったのか?

日本人が接する文化といえばまず日本ゲーム音楽映画

次に来るのが欧米特にアメリカ文化だろう

たまに変わり種のエスニック料理みたいに韓国中国が入ってくる、インドが好きというやつも稀にいる

ところでロシア文学だが、昭和文豪とか妙にロシア文学をありがたがってる奴が多い

ドストエフスキーとかトルストイとかな

現代日本人が読むのは結構な苦行で要約本やマンガでわかるロシア文学ぐらいが限界全然面白くない

まずキャラクター名前が覚えられねえ

まらないのでもう誰もロシア文学なんて読んでない

なんで昭和人間あんなにロシア文学をありがたがっていたんだ?

昔はあれだよなソ連アメリカが二大大国扱いだったので、

アメリカ文学読むような感覚ロシア文学読んでありがたがる時代があったってだけなんだろな

現代日本人にとってはロシア文学なんて一部の文学マニア以外はどうでもいい代物だからそんなにありがたがるようなもんでもない

2022-10-11

anond:20221010215654

みんな大作を挙げるから短めだけど「こういうのが文学」の例として

ヘミングウェイの『老人と海

登場人物はほぼ爺さんの漁師一人

オチはさんざん方々で知られてる

ところが海の風景や爺さんの心理描写でひたすら読ませる

「あらすじ」だけ知ってても意味がなく

オチを知ってても楽しめる

文章のもので読ませる

こういうのが「文学」なんだろうと思ってる

そういう作品もっと長いのが大量にあるが

さすがにドストエフスキーとか容易に薦めにくい

本作は文庫で120pぐらいしかいから楽

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