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はてなキーワード: 底なしとは

2021-06-15

ウェブライターだけど過去記事マジで黒歴史でつらい

数年前にメディア業界から離れて今はエンジニアだけど、たまに思い出して悶絶してしまう。

今も本名記事が残っているから万が一誰かに見られて現在自分と結び付けられたらと思うと冷や汗が出る。

自分は以前ウェブメディア運営する会社に入って「○○する5つの方法」「ウィンドウズの設定音を消すには?」「おすすめランチ○選」みたいな記事しこしこ作っていた。

当時はそれが主流だったとはいえこんなしょうもないものを「これがコンテンツでござい!」って顔で出していたのを思い出すと本気で恥ずかしい。

今思いだすと業界全体が痛い場所だった。

こたつ記事しか作れない連中が「ウェブメディア飲み会」みたいなの開いて定期的に集まっては「メディアとは?」「コンテンツとは?」って偉そうに語っていた。

L○Gだのライ○ハッカーだのがスターのように扱われていて、そこでこたつ記事を量産しているやつらが「新聞雑誌はもう古い!これからはオレたちの時代だ!」ってでかい顔をしていたんだよね。

ほんと今から思えば寒気がするよ。

案の定、今は動画漫画などのビジュアルコンテンツに押されて記事コンテンツなんてかなり下火になっている。

なんであんなに偉そうな顔をしていたんだろう?自分もその一員だったけど、ほんと黒歴史だよ。恥ずかしすぎる。

「オレたちはちゃん取材する!」って威張っていて、その内容がオフィス街ランチを紹介するとかで……。いや、ほんと恥ずかしい。

自分業界を離れた理由は、まず同業の連中がヒ○キンとかのYouTuberをめちゃくちゃ馬鹿にしていたんだけど、実際はPVも中身も負けていたこと。

そこでなんか疑問に思うようになって、ヨ○ピーさんがありきたりなビジネス書を書かされて案の定あんまり売れていないのを見て、ここで頑張って上のランクに行ってもたかが知れてるなぁと思った。

まぁ、決定的だったのは金だったけどね。メディア運営ってマジでからいか給料もかなり低かった。

なんかの統計メディア企業の平均年収が400万って出ていてクラクラした。

そのうえフリーには1本5000円とかで発注しているからこれじゃ会社にいても独立しても底なし沼にハマっていくだけじゃん、って。

それで勉強して転職したんだけど、あのとき転職していたほんとによかった!って心の底から思う。

あのころ偉そうな顔してイキっていた連中みんないなくなってるじゃん?

暇な○子大生とかセ○山とか、いっときは勢い合ったけど今はぜんぜんじゃん。ほんとに泥舟だったよ。

でも離れたことはよかったけど、今でも自分記事顔写真が残っていることがつらい……。

2021-05-23

anond:20210514225229

女の子の欲は底なし沼。

1000万を稼いでいても、まだ上を欲しがるなんて面白いね。

2021-05-15

anond:20210515184230

その二分割思考なっちゃうのは、なんでだろうね。自分を罰することを止めたら、あなたはその成功体験どう感じるの?

他人なんて、あなた成功に至った経緯なんぞ分かる由もないし、知ったこっちゃないんだからあなたが得た結果しか見えないわけよ。要は言ったもん勝ちなのよ。

言っちゃえば、その程度のもんなの。

捻くれたやつは、重箱の隅をつついて、あーだこーだ言ってくるけど、まともな人間は「すごいね!」で終わるのよ。

自分もそうだし、気持ちはわかるけどさ。自己肯定感なんて、結局自分を認められるようにならないと、手に入れられないの。他人依存した認証欲求なんて、底なし沼よ。

2021-04-28

anond:20210428184249

the baba is youは好きだし、喜んでフルプライス払う

ソフト会社は儲けて、沢山ゲームだすといいなとは思うが

クリアできねーーよ

できたとしても、知恵熱で苦しい

楽しくない

苦痛

底なし泥沼の中を馬を引いて進むtNESのセバスチャンの気分、悪夢

もう駄目だブヒヒーーーン。こっちは助からいから先行ってくれ。ヒヒーン

2021-04-12

anond:20210412194815

陸自だと底なし沼のたぐいの軟道に対応できるかわからない。

バレあり・シンエヴァカップリング感想お気持ち

公式非公式なんでもありだ。パイロット関連のみ。

ちなみに自分キャラ幸せで有れば大体なんでもいいタイプ感想も大体ポジティブ

カヲルアスカが好きだから偏ってるわ。


























ケンアス

ここがこうなるとは思わなかったけど話の流れ的には自然だったので個人的には満足。

アスカが「ケンケン」なんて呼んでた時から怪しいと思ってたのよ。ウフフ

ポスターの配置的に公式かと言われると微妙だけどエヴァなんて脳内補完したもん勝ちなんだからこれはカップルだよ。

大人ケンスケ落ち着きあって知的な部分だけが残って、めちゃくちゃカッコ良かったね。アスカが村から出発する前「今日だけは撮らせてくれ」(ビデオを)って言ってたのセクシーすぎて震えたぜ。

アスカは正直中身28なんか?って思ったな。まぁ元々シンジよりもだいぶ精神年齢が高いからな。

村にいるときの2人はなんとなくまだ恋人ではないのではないか?と思うのだけどほぼ素っ裸のアスカと一緒に暮らしていると考えると分からない、、脳内補完情報整合性を取るのが難しい。

アスカ幸せになってくれて本当によかった。ケンスケはこれからアスカをなでなでしてあげてほしい。

②シンマリ

想像したことがなかったし他に比べて話の流れ的にも必然性がないのでまだしっくりきてはいない。が、かわいいカップルなのでこれはこれでありだ。

ワンコくんとパラシュートの人くらいの関係からシンジくんマリさんの仲になり、「絶対迎えに行く」(本当に来た)で熱い信頼関係が築かれ、、と考えるとシンジの、レイアスカなど自分不安定な時に築いた関係性ではない、自立してからの新たな人間関係というのは新鮮に感じた。(シンジ君て大体不安定だったし)

姉のような母のような、過去までひっくるめて抱きしめてくれるような優しさと底なしの明るさと強さに辛い体験をしたシンジ君は救われるのではないでしょうか(昇天

しかし昔好きだった人(女性)の息子と付き合うってすごいな。

絶対迎えに行くよ!」の強さやばかったよね。マリさん強いしほんとかっこよかった、、シンジ君と幸せになってね

③カヲレイ

ラブラブレイカヲルだと〜???!!!

美男美女ですね。もう何もいうことはありません。

劇中一度も話したことないのに!みたいな声ありますカヲルゲンドウだとしたらしっくり来ますね。(ゲンドウとカヲル君のビジュアル差(イケメン度)があまりにも大きくレイユイ比較してカヲルゲンドウの概念を脳が受け入れられていないのはさておき)

劇中1番美人カヲル君と劇中2番目に美人レイ結婚したら、、ハァ。絵が美しすぎてため息が、、

どうでもいいけど最後ホームにいたレイカヲル私服だったところ、アパレルコラボとかで散々見てきた立ち絵みたいでちょっと面白かった(伝われ)

シンジ君の幸せを思って貞エヴァやら旧劇やらループしてきたカヲルくんの事を思うと胸がギューっとなってしまう。これからレイ幸せにする事で幸せになれる人生を送るんだろうな(大号泣

カヲル君がシンジ幸せにしたいと思うのはゲンドウの優しい部分が抽出されてるからなのかな、とか思ったり)

ここまでが公式ですね。

以下は非公式です。

カヲシン

あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜

なんやカヲル君。どういう事なんや!!!!!

私の中のカヲシンはまだ成仏しきっていないので、もう一度見に行ってスッキリ成仏させてこようと思います

マリアス

ケンアス、シンマリではあったかもしれないけど、マリアスも公式だったと思うんですよね。途中まで。

姫〜〜おかえり〜〜〜💞のシーンあれマリアスじゃないですか。ほっぺにチューしてたじゃないですか!!(幻覚

このシーンもシンマリにしっくりきていない要因の一つである。更なる脳内補完必要

髪の毛切るシーンめっちゃ良かったね。

ラブラブレイシンジ

レイシンジ描写いっぱいあったけどシンジ君はメンタルがそれどころじゃなかったよね。

プログラムされてた云々はどうでも良い!レイシンジを好きになることでポカポカするならそれでいいじゃん!!

推してないけど大本命と思ってたのでアッサリ祭りもなく終わってしまい、私は悲しいです。

ラブラブアスカシンジ

アスカ昔の片想いに決着をつけられて本当によかったね、、薄着でお料理作ったりしてたの思い出してうるっときしまった。アスカ性格的に、ああいうのはもっと未練がましく言いそうだと思ったんだけどさっぱりすっきり言ってたのが印象的だったな。大人になったのと、ケンケンいるからって事を考えると納得。

⑧カヲアス

僕は最後までカヲアスを諦めませんでした。たとえ、面食い妄想wwwと言われようとも!!!!!

妄想乙でしたね。まあ、新劇カヲルくんは美しさが超越しすぎててカヲアスは違和感ある。対面したっけ?ってレベルで何もなかったしね。

(でも貞エヴァならありそうではないですか??)

今夜は某先生かわいいカヲアスを読んで泣きます。某先生またエヴァ描いてくれないかしら。

パイロット以外はどうでもいいので割愛

ミサトと加持さんのむしゅこイケメンすぎてワロタくらいですかね。

カップリングだけでこんななのに戦闘シーンとかそれぞれの成長とか考え出すとお気持ちが止まらいね!!!シンエヴァ最高でした!!

2021-03-22

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

2021-03-15

anond:20210315205120

高齢男性支配する日本社会に反発する側も古い日本的価値観に染まり切ってるのまさに日本って感じだよね。

ミイラ取りがミイラになる底なしの沼。

良くも悪くも変わりようがないわ。

2021-03-08

anond:20210308163105

何十年も止まってるのにゆとりですか

努力論者の頭の悪さは底なし沼のようです

地の底のVtuber

Vtuber活動をはじめて1年ちょっと

今、『地獄』で足掻き続けている自分がいます

Vtuber2万人時代」とも言われる今。

『始めれば脚光を浴びる』なんてもの幻想なんだと改めて実感します。

自分ステータス

バ美肉、ではないけど女の子っぽい見た目の男性Vtuber

・某有名サイト配信中(登録者数は400人にギリ満たない)

・内容はゲーム実況がメイン

・ほぼ毎日1〜2時間配信

これを1年近くやってまいりました。

からちょっとした配信はやっていたのですが、Vtuber化してから本格的に配信をし始め、

半年登録者数は従来の1.5倍ぐらいになりました。

しかし、半年を過ぎてから勢いが急速に落ち込みました。

固定の視聴者は数人ほど出来たものの、新規層には全く響かせることができず。

そこそこ知名度のあるVtuberさんとコラボ配信をしたり、切り抜き動画などを掲載してみましたが、大きな数字変動はありませんでした。

そして1周年、長時間配信と銘打っていろんな企画を用意しました。

ゲストも招いたりして流石に新規層も掴む!と息巻いてましたが、結果的には普段配信と勢いも変わらず、自分の中ではある意味『スベった』形になりました。

追い討ちをかけるように、「低評価荒らし」がきて 1周年動画は低評価まみれ。

この辺りで、自分活動無意味さを実感し、活動が徐々に億劫になってきたのが今の自分です。

現在配信活動は変わらず継続しています

半分意地です、ここで辞めたらただの恥だろうと。

ただ、何も得れないままひたすらこなすだけの実情は

まるで『底なしの沼にハマり続けてる地獄だな』、と。





そもそも宣伝を打ったところでいいねばかりでロクにRTもされない。

交流用のハッシュタグ自分宣伝ツイートだらけ。

呼びかけても『自分フォロワー少ないから...』と、常連にもはぐらかされる始末。

企画を打っても参加者はおらず、ならいっそプレゼント企画でも! とないお金を用意して準備しても何も響かず。

日々、壁打ちし続けてる感じです、誰に向けても届かないボール


自分は真に推されない存在なんだな、と。

視聴者には視聴者それぞれのメイン推しがいて自分はいつも良くて3番手

おそらく、朝の情報番組同じく、時間曜日感覚を掴むためだけに配信をただつけてるようなものだと。



周りはみんな登録者1000人だの、再生1000回、1万回だと自慢が飛び交う。

結局、人気になるのは歌い手とか元々下地があったり、人気イラストレーターに産んでもらえた人、企業勢だけ。

1から10どころか100を自分でこなす底辺」はその辺のマーケットで売られてる登録者数やインフルエンサー宣伝広告権利を買わない限りは伸びることがないのだろうと。

蜘蛛の糸という話がある。

地獄で足掻く若者天国から蜘蛛の糸差し出し... というものだ。

ただ、現実蜘蛛の糸なんてものはない。

最初から天国へ行くものと、地の底で足掻き続けるもの

この2択なのだと。


今日も、地の底で僅かな人たちと無駄足掻きを続ける。

報われることは別に望んでない、ただ、自分が壊れるか僅かな人も離れ、無になるか。

それを待つしかない。

2021-03-05

40過ぎのおっさん立場から見る「うっせぇわ」唯一の危険

思春期手前の我が子が我が意を得たりとした顔で「うっせぇわ」を歌っている姿を見て思う。

実に微笑ましい。

ギザギザハートの子守唄オマージュになっていることで、少なくとも自分は「自分にもそういう時期があった」という気持ちを思い出した。

それがおそらく作者の狙いなんだろうと思う。

この曲を聞いて頭ごなしに叱ろうとすると、若かりし頃の自分ブーメランが刺さる。

そんな構造をしている。

ナイフみたいに尖ってた若者が、社会に出た途端にしきたりや同調圧力によって丸く収まっていく。

そんな自分過去を重ねた大人も少なくなかったと思う。

この歌を微笑ましく感じる理由は一つ。

まだ何者でもない我が子が、今後迫りくるであろう高く分厚い壁に対して自らの万能感だけで勝利確信しその気持を歌に込めているところだ。

そうだ。そのまま育て。そして全力で壁にぶつかって無力を知れ。

それこそがスタート地点だからだ。

この曲は、若者に対する応援歌であるとともに、世の中の避けて通れない不条理認知させてくれる歌でもある。

「それでも抗うことをやめてはいけない。」

そんなメッセージを強烈な繰り返される「うっせぇわ」の単語にのせているような気がしてならなかった。

だとすれば、この歌唯一の危険性は、抗うことそのもの目的になってしまうことだ。

「くせえ口塞げや限界です」だなんて、口にするだけでも爽快な気分になれる呪詛を手に入れてしまったら最後、使わずにいられなくなるのも人間

知ってしまった以上、ことの拍子に口をついて出てしまったなんてことがあれば、その爽快感とは比べ物にならないほどの何かを失うことだろう。

その時、受け取る側が「ああ、あの歌の歌詞だね」って笑って受け流せるくらいに大人なら良いが、この歌自体を真に受けて「子どもに聞かせたくない」だなんて真顔をで文句をいうくらいには暇なくせに余裕のない大人ばかりな世の中にそんなことを期待するのは無理だ。

どんな正しいことでも伝え方を間違えれば、伝わるどころか自分が間違えているとさえ言われてしまう。

「うっせぇわ」の存在自らがそんな示唆を持っているような、よくできた面白い歌だと思った。

それ以外については、この歌自体が「真に受けるバカはどこの世界にも一定存在して、世代関係なくこの歌を真に受けているようじゃバカって言われても仕方ないよね。ここまで丁寧に説明してもバカにはわからないだろうけど。」というバカには一生理解のできない構造になっているわけで、真面目に批判すればするほどバカになっていく底なし沼みたいな怖い歌を世代間に分けて論じようとしている時点でバカの露呈でしかないよってことは知っておくべきことだと思います

異論反論?うるせえ。知るか。

2021-01-28

パパ活って

自分チヤホヤされ度にきちんと数字が付くのがいいのかな?

普通女子大生かにとっては1万円、2万円もそこそこのお金だろうし、

それで「自分が認められた感」を得て満足しつつ、

でも自称もっともらってる女たちをSNSなどで見てしまい、もっと高く評価してほしくて底なし沼に突き進んでいくのだろうか。

その中で肉体関係があろうがなかろうが、彼女たちにとっては意外にどうでもいいことなのか。

貞操がどうのよりも、いかに高い金額自分につけられたかの方が重要なのかもしれんな。

2021-01-25

おっさんの甘えられたい欲は底なし

からその対極として無限に甘える存在キャバ嬢みたいな)が居る

2021-01-24

anond:20210124160433

そうして知能が低く底なしの性欲がある男が強姦まがいの行為子供をこさえて

できた子供知的障害者支援施設支援を受けながらすくすくと性欲を育てて

また強姦まがいの行為子供をこさえてってなるんだなあ

anond:20210124160124

しろそういうヤツのほうが

子孫を残すには有利かも

知能が低くても底なしの性欲さえあればおとなしいオスには勝てる

2021-01-14

愛した日々に悔いはない

こんにちは

ミュージカル帝国劇場で行われるものを中心に、1公演平均3回程度の「にわか」です。

ミュージカル女優を夢見て上京したのにコロナに巻き込まれ、機会を損失してしまった

この1年で経験する筈だったものを奪われてしまった・・・

お気持ち、とても良く分かります

いいえ、私はあなたではないので「あなたの」気持ちあなた同様にわかろう筈もないのですけれど。

私はミュージカルが好きです。

レ・ミゼラブル」が「ミス・サイゴン」が「キャッツ」が「ウエスト・サイド・ストーリー」が「コーラスライン」が好きです。

舞台にあがる役者さんが、役者さんを照らす照明が、舞台転換のたびに目まぐるしく変化する大道具が、舞台を飾るオーケストラ演奏が、劇場が、案内をする人が、お土産を売る人が、劇場メンテナンスする人が大好きです。

ミュージカルは、様々な「物語」を私に見せてくれます

舞台という名の空間で行われる虚構の見せる現実

様々な人が登場し、恋にときめき人生呪い、笑い、そして時には運命翻弄され命を落とします。

何が運命を分け隔てるのでしょう。

皆必至に生きていると言うのに。

コーラスライン』という「線」を越えることが出来る人と、越えることが出来ないのは一体何故なのでしょう。

みんながスポットライトを、称賛を、磨いた技術と共に浴びたいと願っているのに。

どんなに望んでも、手に入らないものがそこにある。

どんなに悲しんでも、手の中に「あった」筈のものが失われることもある。

離したくない手が振りほどかれ、愛しい人の命が奪われる。

それが。それこそが人生なのだと。

ミュージカルは何度もそのことを伝え、それでも「生きてゆくこと」の大切さ「生きてゆくこと」の尊さを、ミュージカルは伝えてくれるのです。

人生は思い通りにはなりません。

どんなに頑張っても手にはいらないものはある。

時代という名の濁流に飲み込まれ翻弄されることもある。

あなたミュージカル女優の道を目指しているのなら、この苦難を是非「糧」にしてください。

若干炎上するような書き方になるかもしれませんし、受け入れ難いかもしれませんけれど、あなたは今まさに人生という名の劇場で、ミュージカル舞台で起きているような波乱をその身で体験しているのです。

つの日か舞台スポットを浴びたとき、今、あなた体験している苦しみや悲しみ、底なし絶望が、あなたの演技に「深み」を与えてくれますように。

そしてこの苦難が1日も早く過ぎ去りますように。

あなたの「機会」を少しでも損失させないよう、私もまた協力します。

つの日か、あなたが立つ舞台を見る日を楽しみにしています

悔やまない 選んだ道が どんなにつらく

この日々が 報われず過ぎ去ろうと

泣かないわ 好きだからこそ 命燃やした

この日々に口づけして別れよう

ああ この愛を胸にいだき

明日を生きよう

躊躇わず思いのままに

すべてを捨てて

生きた日々に悔いはない

この道をひたすら

ああ この想い胸にいだき

別れ告げよう

(悔やまない)好きだからこそ

(命燃やし)すべてを捨てて

生きた日々に悔いはない

ひたすらに この道を

2020-12-03

anond:20201202154128

IT知識なんて深堀りし続けても底なしなんだから仕事で使いたいなら

必要知識必要なだけ必要な時に」

オンデマンドで身に付けられる能力が一番重要

2020-11-27

anond:20201126044548

まり人間性別で二分化した時、本来は「女性側」に属する存在でありながら「男性側」の立場に付いて男性を守り女性攻撃する裏切り者女性なので、名誉男性と言うのだろう。

小学生の頃、クラス男子女子喧嘩した時に女子の側に付いた男子を「お前それでも男かよー!本当は女子なんじゃねーのー?」と男子揶揄うのと似たような物だと考えて良いと思う。

全然違うよバカ

そんな矮小な例えで説明できるものではない

名誉〇〇はアウシュビッツユダヤ人に看守をやらせたり、日帝軍で半島出身者に捕虜収容所の看守を押し付けていたようなもの

マジョリティ意図的憎悪煽り対立させるための手段

マジョリティ底なし卑劣さと悪意の発露に他ならない

カエサルが言う「分割して支配せよ」を忠実に実践している

マジョリティによって分断のために作られたものでないなら名誉〇〇とは言わない

それこそ名誉白人を思い出せばわかることだ

現代日本では“あの”安倍晋三が直々に議員にした『差別発言女王杉田水脈などが名誉女性代表格だな

依存心と幼少期の出来事

暑いとか寒いとか退屈だとか、部屋が汚くて不愉快だとか、お腹が空いたとか、そういう原始的欲求

そういう欲求を抱いていることに気づいて、自分で満たすのが苦手なのだと気づいた。


自分の機嫌を取って、常にご機嫌でいること。

重要だと聞いていたけど、話半分に聞いていた。

その言葉がしっくりこなかった理由が、今ようやく分かった。

私は、自分不快環境に置かれていることに鈍い。

不快環境に置かれていることが自分デフォルトであるべきだと思い込んでいる。


理由にはなんとなく思い当たる

子供の頃から、軽いネグレクトを受けていた。

うちは貧乏で、両親は共働きで、父は単身赴任だったので家には母と私だけだった。

母は朝から晩まで働いていたから、怠惰とか怠慢ではなく、単に子供に割けるリソースがなかったのだと思う。

それでも私の置かれた環境は、客観的に見てネグレクトだったと思う。


私の家はゴミ屋敷で、しかも母は私を放任していた。

なので保育園のない日は、床も見えないほどゴミの散乱した部屋で遊び道具を探しながら、ひたすら母の帰宅を待った。

暑いのも寒いのもお腹が空くのも、部屋が汚いのも、退屈なのも、全部母に解決してもらうしかない。

私は母に依存して生きていた。


私の最古の記憶は5歳で、5歳の私は必死に母に縋って生きている。

母は応えられる限りの要望に応えている。

かい家族の絵図だと思う。

でもあの時、母は私に生きるための細々とした知識を教えてくれなかった。


例えば、エアコン操作が分からなかった。

私は母にエアコン付けてとねだる。母はエアコンリモコン黄色ボタンを押しながら、「これくらい自分でやりなさいよ」と言う。

一度、留守番の時にそうしてみたら、部屋が気持ちよくなるはずが逆に息苦しくなった。帰宅した母は驚いてリモコンを見、ダンボウになっていると言った。

ダンボウの何が悪いか分からなかったが、見よう見まねではリモコン操作できないようだった。黄色ボタンの他に、様々な大きさのボタンがあったが、意味は分からずじまい。

母は簡単にそのリモコン操作する。だからきっと操作簡単なんだろう。でも私は理解できなかったし、母が察して教えてくれることもなかった。

そういうものだと思った。母は面倒くさそうに「こんなの自分でできるでしょ」と言うけど、私には何故かできない。でも成長したらできるようになるのかもしれないと思って、ひとまず自分の成長を待つことにした。


それからゴミ分別も分からなかった。生活で出たゴミを母に渡すと、三つ並んだゴミ箱のどれかに放り込んでくれる。何か規則があるらしいけれど、どんな規則か分からなかった。

規則を知るために質問たかもしれない。しかしおそらく、まだ早いからといった感じではぐらかされたのだと思う。教わった記憶がない。

から正しいゴミの捨て方が分からず、いつまでも母を呼びつけてゴミを預けた。これも「いい加減自分でやりなさいよ」と言われた。「でも、どうやって捨てればいいかからない」とある時私は言った(と思う)。すると母は、「そんなの簡単じゃん、こういう燃えないゴミはこの箱!」と言って、三つのゴミ箱のどれかにゴミを放り込んだ。

悲しいことに、どのゴミ箱が燃えないゴミの箱だったか、一瞬では覚えられなかった。しかも、「燃えないゴミ」と「燃えゴミ」の区別も分からなかった。でも多分幼い私はそういう新たな疑問を咄嗟言葉にできなかったし、母は苛立っていたから、質問をやめた、ような気がする。


とにかく耐えれば済む話だった。不快さに耐えて、母に依存し、時に嫌味を言われながらも、「いつか規則理解できる日」が来れば、自分で何でも解決できるようになるはずだった。

しかし、そんな日は来なかった。規則常識は生きていれば自然と肌を通じて浸透するものではなく、どこかでルールとして誰かに教わらなければならないらしかった。

ところが、私の周りにはそうしたルールを親身に教えてくれる人はいなかったので、私はずっとルールを知らず、知らないのを誤魔化しながら生きていたのだった。


なぜこんな話を書いたのか。それはたぶん、ついにその生き方限界を感じ始めたからだ。


きっかけは今取り組んでいる卒論である

今まで人に質問する習慣がなかった私は、大抵の疑問をネット検索して解決してきた。

ところが卒論の書き方なんてネット上に解説されてない。

初めての事態に、私はフリーズした。

文字通りのフリーズで、頭が全く働かなくなった。

空っぽの鍋の底をお玉で何度も引っ掻くように、全く手応えのない脳内に答えを求め続けた。


そうして前のゼミから全く進捗のない週を何度も経験し、自分が情けなくて何度もゼミを欠席した。

すると教授院生さんが私の異変に気づいたのか、どんな些細なことでも質問してくれていいと言ってくださったり、私がやるべきことについて詳しく説明してくださるようになった。

正直、手取り足取り教わるというのは初めてだった。

しかちゃんと手順を教わると、あれ程上手く進められなかった作業ちゃんと進むのだ。

この世はそんなに簡単でいいのか、と思った。


でも、家に帰って一人になると途端にやる気が出なくなる。

私が私のためにできることなんてないような気がする。

お腹が空いても、部屋が寒くても、部屋が汚くても、私にはどうすることもできないから耐えるしかない。

毛布にくるまりながら、あのドアが開くのを待つしかない。

そういうどうしようもない気持ちになって、どうしようもない現実を耐えて過ごすだけの人間になる。


正直この状態になると全くダメで、特に卒論作業が上手くいった日ほど大きなギャップを感じ、次の日以降の作業に身が入らなくなる。

さすがにこのままではまずいので、家にいる時の底なし無力感について考えたところ、幼少期の経験に行き当たった。


質問してもちゃんと答えてもらえなかったり、理解できるようには教えてもらえなかったこと。

教わらなくても理解しているのが当たり前で、理解していない自分人一倍出来が悪いと思ってしまたこと。

自分のやることは間違いだらけなので、自分で考えて行動するなど以ての外だと思っていたこと。

自分自分欲求を満たすような行動を勝手に起こしてはいけないと思ってしまっていたこと。


幼少期の経験から、おそらくこうした思い込みが私の中に芽生え、私をずっと規定し続けてきた。

それがセルフネグレクトや自信喪失に繋がっていたのだと思う。

母と私の関係も、悪くいえば母が私を依存させるよう仕向けるようなものだったと思う。

ただ、自覚してしまえばもう大丈夫な気がする。


卒論によって、私は生まれて初めて誰かに質問したり、頼ったりしなければいけない状況に追い込まれた。

でもそれが結果として、私に質問する習慣を与えてくれた。

人に分からないことを聞き、相手時間をいただいて教えてもらうというのは、こんなに有意義価値あるものかと知ることができた。

人生、どこでどんな発見を得られるか分からないと思う。

本当はくだらない人生だと思ってたし、自殺するために飛行機距離ほど離れた大学に進学したけれど、卒論を書くほどまで生きていたのは結果的に良かったのかもしれない。


結局とりとめのない文になった。

でも、私と似た境遇の人に読んでもらえれば嬉しい。

2020-11-26

anond:20201126093144

日本人って日本株価底なしに落ちていくのを期待しているのかなんか知らんけど売りで入るの好きだよね。

上昇相場続いてる中でインバースも含めて売りに手を出すから有り金溶かすんだわ。

日本って投資は怖いと思っている人多いけど、いざ始めると全開でギャンブラーになる奴多くて草。

さすがパチンコだけで世界一ギャンブル市場を築いているだけのことはあるわ。

2020-09-19

同僚女子の裏垢を見つけて、そのまま非実在存在に恋してしまった話

ほとんど同時期に入って、入社直後は二人でいることが多くランチとかも普通に二人きりで行ってた女子社員がいた。(以下、Aとする)

背が高くて、顔は池田エライザに似てると言えなくもない感じ。イケメンが出てくるソシャゲ乙女ゲー、2.5次元舞台にはまってると笑って言っていた。

研修が終わってから部署が離れて、お互いに同性社員とつるむようになって、二人きりで話すことは自然と減っていった。

 

ある時、ツイッターでAの下の名前と同じアカウント名で、いやらしい写真動画をあげている裏垢を見つけた。

まさかな、と思いつつなんとなく過去ツイートを見てみると、やっているソシャゲが同じで、身体的な特徴も一致していた。

なにより、先日ゲリラ豪雨に見舞われて職場からでれなくなったというツイートが完全に同時刻にあり、これは本人に間違い無いと特定できてしまった。

それは10年前に作られたアカウントで、かなり遡ってツイートを見ることができた。

AはAではなく、ネット上で別の人格を生きていた。(以下、Bとする)

 

それから、家に帰ってBを眺めるのが日課になってしまった。

いやらしい裸体が拝める優越感もさることながら、彼女過去いじめを受けていたこと、自分を殴るような男ばかり好きになってしまことなど、

普段のAから想像もできない闇を垣間見れる快感で、やみつきになっていった。

いよいよツイッターの日付指定検索コマンドを使って過去画像ツイートを遡っていくようになった。

Bは10年前から裸体を世界中晒していたから、少女だった身体が徐々に大人びていく様を時系列で見ることができた。

これまで女性交際したことは何度かあったが、ここまで異性の心と体の深い部分を垣間見たことはなかった気がした。

 

ふだんは職場で頼られ、どんな時も明るく振舞っているAだったが、ある日、上司に叱られた際に感情を抑え切れずに泣きながら反論したことがあった。

他の同僚が「Aさん、かなりストレス溜まってたのかなぁ」などと言っているなか、自分けが誰にも言えない彼女のBとしてのもろさ、弱さを知っているんだ、と思った。

Bはツイッター上でレトロゲーのイラストを描いて誕生日フォロワーに配るなどもしており、叱られた日はイラストの量も増えたりしていた。

Bなりに自我バランスをとって、Aとしての社会生活をなんとか維持しているのだな、と冷静に分析しつつ、同時に上げられる自慰動画で抜いたりもしていた。

Bは吸盤で床に備え付けた太いディルドの上で、激しい騎乗位を繰り返していた。それが昼間の泣いているAとリンクし、なんとも言えない興奮があった。

 

そのうち自然とAのことが頭から離れなくなり、恋しているとはっきり自覚するまでになった。

次第に裏垢でBとしてのみだらな姿が世界中さらされていることに我慢できなくなってきもした。

そこで自分はAを食事に誘って交際を持ちかけようと考えた。頼れる男がいれば裏垢の更新も止まり、Bは消失する(自分が独占できる)だろうと思えた。

どうやって食事に誘えばいいかについて考えたが。ツイッター上にありとあらゆる彼女の嗜好についての情報が詰まっているので、それをネタにしようと思った。

ジョジョ5部のアバッキオ推しであるとのことで、これで行こうと決めた。

 

ある日、Aと二人きりになれるチャンスがあり、それとなくジョジョネタを振ってみた。だがAは全くそれに食いつかなかった。

一瞬、ジョジョ好きを隠しているのかと思ったが、なんとなくそれとは違う、全くジョジョに触れたことがない感じの返答だった。

もともと乙女ゲーをやってることを公言しているくらいだったから、ジョジョ好きを隠すことはないはずだ。

 

その夜、家に帰ってBのツイートを眺めているうちに、BのアカウントはAとはまったくの別人が運用しているのだとやっと気づいた。

自分でも違和感を持つことがなんどもあったのだが、無意識に考えから排除していた。

「Aは現実では嘘をついており、このBのアカウントにだけ真実が書かれている」という強い思い込みがあり、

現実とズレている点があっても、身バレを避けるためにあえてやっているんだろう、などと考えていた。

本当に自分底なし間抜けだと思った。

 

ーーー 

 

現在だが、自分はいまだにAと、Bの監視を続けている。

だが、Aを食事に誘ったりしようとは思わないし、Bにコンタクトを取ろうとも思わない。

 

なぜなら、自分の中にAでもBでもない、別の人格が完成しており(以下、ABとする)、ABのことが頭から離れなくなってしまっているからだ。

 

ABは自分が求める完全な異性だ。社会生活毅然と守り皆に頼られながら、あまりにも淫靡で幼い一面を併せ持っている。

そのいびつな不完全性が自分にとっての究極の理想で、ABのことを思うと胸が焼けるような気持ちになるし、痛いくらいの勃起が止まらなくなる。

 

だがABは存在しない。ABに近づく方法はない。

こんな状態は不健全だとわかっているが、どうすることもできない。

 

俺は今日も昼間のAと夜のBをかけあわせたABの人格をもてあそんで、いじきたない自慰行為を繰り返している。

自分はどうしたらいいんだ? 

2020-09-08

anond:20200907200951

入稿データは sRGB 決め打ちで、昔のプリント技術では到底なしえなかった高度な CMYK変換が自動で行われます

そもそもいまどき4色のCMYKで印刷してるところ少なくて、独自の6色変換とかするので、

わざわざCMYKに変換して入稿するよりも、素のsRGBで入稿してもらうほうが、思った通りになるのです。

量産品なら念のため事前に色稿だして調整してもらうこともありますけど、

そのために無駄な出費をしなくても十分かなっていう感覚ですね。

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