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はてなキーワード: 歴史観とは

2020-04-30

昭和天皇戦争犯罪人」か、について

@nabeteru1Q78

昭和天皇は、自分の命と地位が惜しくて、沖縄戦原爆投下ソ連参戦を招いた戦争犯罪人だし、本当に国民申し訳ないと思ってたら、最高の戦争指導者として責任を取る手もあった。マッカーサーに対して命をかけて国民を守ったなどというのは虚偽であり、とんでもない。

時々こうして凄いことをさらっと言っちゃう人がいるんだけど、

まず生まれついて自分地位を選べなかった立場の人に「命と地位を投げ出して国民を守れ」と臆面なく言えるのは差別主義者以外の何物でもないし、

あそこで聖断が出来たのだからもっと早く出来たはずだとか、近衛上奏文一つで沖縄戦/ 原爆投下/ソ連参戦の責任を問うとか、そんな薄っぺら歴史観に囚われてしまうのは、nabeteru氏もまた大貫俊夫氏の言う「一つの出来事によって歴史の大きな流れを一括りにとらえたいという欲求」の奴隷からだ。(中世ペストに関する3つの誤解 https://bit.ly/3d77mff

昭和天皇実録、および山田朗氏による実録批判宮中祭祀から昭和天皇実態に迫った原武史氏の著作など、多面的昭和天皇の生涯を追えば、そんな言葉は出て来ようがない。

昭和天皇が単なるお飾りに過ぎないとか過度な平和主義であるとのイメージが誤りであることと、昭和天皇戦争犯罪人に値することがイコールであるかに述べることは欺瞞的だ。

実際は、nabeteru氏は山田朗氏の著作すら読んでいないのではないか。読めば分かるが、山田氏は天皇戦争犯罪人だなどという主張は1ミリもしていない。

山田氏はむしろ、当時の日本においては複雑な戦争遂行するだけのシステム存在しなかった、権限責任も縦割り分散型で、全てを統括しているかに見える天皇存在も建前で、むしろシステム阻害要因ですらあったと述べている。山田氏の実録批判とは、そのようなものだ(山本七平の「日本にはミリタリズムが存在しなかった」にも通ずるものがある)。

原武史氏の著作は、戦争への不安皇太后への恐れから、それまで宮中改革に熱心ですらあった昭和天皇宮中祭祀すなわちカルト的な神がかりに没頭してゆき、虚実の区別すら怪しくなりリアルポリティクスからの逃避をはかり、またそこから立ち直る様を描いている。天皇存在や言行に大きく宮中祭祀が影響することを描いている点で、現在天皇制をも批判の射程に含むユニーク観点だが、天皇が守ろうとしたのが「自分の命や地位」などではなかったことは明らかだ。

いずれにせよ、何がnabeteru氏のような人を誤らせていくかというと、歴史に対する問いが「昭和天皇戦争犯罪人であるか否か」に終始するからで、歴史はそのような問いに答えを出すための道具ではない。

2020-04-28

anond:20200428181851

宇野常寛サブカル歴史観にいつも穴があるのを思い出した。年表は大事だけど、年表だと理解できないこともあるんだよなぁ

2020-02-16

50代リベラルネトウヨ

アラフォーくらいの、2ちゃんねるの創設期と大学生活が重なった世代リアルタイムネトウヨ誕生を観察してきた世代だと、「自分たちの受けた平和教育人権教育は間違っていた、左翼偏向教育だった」と「気付いて」「自分勉強して(真実に目覚めて)」愛国者誕生した、というネトウヨ発生論が常識だと思うんだけど、(ちょうど2ちゃんねるが産まれた頃は、『ゴー宣』や新しい歴史教科書をつくる会の『教科書が教えない歴史』がベストセラーになっていた)、50代くらいで最近ネットを始めたような世代リベラルだと、「学校右翼教育を受けたor平和人権教育が行われなくなった」から子供右傾化ネット右翼誕生したという歴史観の人がいるんだとツイッター見てて気付いた。

そういう人は、左派教育をすれば左派人間が育つ、右派教育をすれば右派人間が出てくると単純に信じているし、学校教育を信頼しているんだよね。学校教育への反発から学校で習わない「真実」に目覚めた、という構造が思い付かないみたい。たぶんその人自身自分の受けた教育を疑っていなんだろうな。

あと、ついでに。

中学高校でひどい左翼偏向教育を受けた!と言っている「保守」は多いんだけど、大学左翼教育を受けた!だが自分勉強して「真実」に目覚めたって言っている人はほとんどいないよな。中学高校教師よりも大学教師の方が左翼リベラルは多いと思うし、大学の授業の方が中立性は低いのに。

きっと大学で「左翼教育」を受けても、学生は聞き流すだけで反発すら覚えないんだろうな。中学高校管理教育とセットで「平和人権教育」を受けると、あとですごい反発が起きる。

ネトウヨ左翼偏向教育を受けたと被害を訴えるその本質とは、実は教育内容そのものではなく、人権を抑圧する機関としての学校で過ごしたネガティブな思い出なんだろう。

ふだん生徒をガチガチに抑圧している教師が、「在日」やら「同和」の人権を説いたところで、反発が生まれるのは当然。

ま、90年代の話ですが。

2020-02-13

anond:20200207185501

 今更だけれど思ったこと書くね。

 エンタメに飽きたら、世界史勉強をするのがいいんじゃないかな。

 この元増田の言っていることの全部が正しいとは思わないんだけれど(たとえば「海外ドラマはお子様向けを卒業した十二歳向け」みたいな表現ね)、娯楽をある程度摂取するとパターンが見えてきちゃうのは本当だと思うし、たくさんの作品を鑑賞していると、脚本術について詳しくなくても、「この場面で伏線を張っているな」とか、「今このキャラクター物語をたたみに向かってるな」とか、何とはなしに見えてきちゃうよね。

 それに、月9ドラマなんかだと作業しながらでもそれなりに理解できるようにストーリーを作っているので、まどろっこしく感じちゃうのもよくわかる。自分全然見ない。映画なんかも、友達と付き合いで行く以外は、こじらせ芸術映画をたまに見る程度。なんでかっていうと、アート映画脚本術に従っていない、従っていたとしてもあからさまじゃなくて、どういうストーリーになるかほとんど予測がつかない。そこが楽しいから

 で、この増田勉強することにしたみたいだけれど、なんだかんだ言って、教養を得ることに向かうってのは、いい考えなんじゃないかな。

 自分なんかは、世界史をざっくりと勉強してみると楽しかった。ちょっと古い本だけれど、中央公論社から出ている「世界歴史シリーズ全三十巻を、数年前に読んでみた。正確には、学生時代に流し読みをしたものの再読だ。

 世界史を知っておくメリットはいくつかある。ニュースを流し読みしても大体のことが頭に入ることだ。でも、それとは別にそもそもすごく楽しいってのがある。いろんなファンタジーとかゲームとかの元ネタを見つけるとわくわくするし、遠い国の人たちの暮らしを知って空想するだけでも、毎朝の通勤時間が豊かになる。

 それと、このシリーズは、歴史地域ごとに分かれて書かれているので、ある出来事複数の巻で重複して触れられることがある。たとえば、モンゴルによるバグダッド破壊なんかはイスラームの勃興期と遊牧民を扱った巻にそれぞれ出てくるし、トルキスタンで起こったムスリムの反乱は、近代イスラームの巻と清朝末期を扱った巻の両方に出てくる。

 それの何が面白いかっていうと、同じ出来事見方によって評価全然違うってこと。当たり前なんだけれど、ある国では救国の英雄だけれど、別の国では冷酷な侵略者になっていることなんてざらだし、時代が変化することで評価が逆転したり、忘れられていた人に急に光が当たったりする。チンギス・カンモンゴルではヒーローだけれどほかの国では災厄以外の何物でもないし、バッハフェルメールといった人物も、忘れられていた時代があった。この世界史シリーズも著者によってバイアスがかかっていて、そこがかえって読みごたえがあるんだけれど、モンゴル担当した人が個性が強くて、「遊牧民文化は定住民のせいで低く評価されすぎ!」みたいな本を出していて、おかげでモンゴル残酷行為が若干省かれちゃっているのが難点。

 これってまさに芥川龍之介の「藪の中」みたいな感じで、互いの証言矛盾しているから頭を使わないといけなくて、下手な娯楽よりもずっと面白い。いや、自分現在起こっている日本中国韓国との証言の食い違いは、あまりいい気持がしないんだけれど、それがたとえば何百年も昔のことだと、それがとてもロマンチックに感じられる。聖地奪還の情熱燃えていた十字軍も、アラブから見れば「なんか辺鄙なところから蛮族が来たぞ」みたいな印象しかない、みたいな話だ。

 話がそれてしまったけれど、自分が言いたかったのは、頭の中に複数物語を併存させておくことで、自然物事に対して客観的になれるメリットがある、ってこと。しょっちゅう増田表現の自由だとかセクハラだとかいろいろと炎上したりしているけれど、ある人の意見絶対視しなくて済むようになる。Aという視点ではこうだけれど、Bという観点からだとこういう意見が当然出てくるだろうな、ってのが読めてくる。読めてくると、「この人ならこういう反応をするだろうな、この専門家ならこういう発言をするに違いない」ってのがわかってきて、こっちも必要以上に感情的にならなくて済む。元増田は「悪化する大衆メンタリティ」という表現で、そういう荒れがちな場をちょっと下に見ている感じもないではないけれど、議論にすらなっていない議論から距離を取ることができるようになると、余計なストレスを感じなくて済むのは確かだ。

 それに、複数見方ができるようになると、例えばムスリムから世界史を見たらどう見えるだろう? 女性史の観点からならどうだろう? って、多くの人に受けいれられている歴史見方を疑ってかかれるようになるので、やっぱり楽しい

 他にもいろいろメリットがあって、基礎的な知識があると、ほかのことを勉強していてもすごく楽しい古典文学を読んでいてもすごく面白いし、百年前のあの憧れの人と同じ本を手に取っているって興奮できる。文豪たちと同じ詩を読んで感動するのはいものだ。科学医学歴史についてざっくりとでもいいので学ぶと、自分生活は先人のものすごい技術的蓄積の上に成り立ってるんだなって思うし、自然科学の基礎的な素養があると、ぽっと出のインチキ治療法には引っかからなくなる。哲学史について軽く触れるだけでも、学生時代にしたような哲学的思索は、ギリシアインドが二千年前にとっくに通過した場所だってわかってはっとする。女性地位がどう変化したかをたどってみると、「女性は『常に』被害者だった」みたいな極端な意見には大きな疑問符をつけることができる。

 それと、こうやって三十巻ざっと読んで思ったのは、自分歴史観はバイアスがかかっていたんだなってこと。たとえば、ギリシアローマ歴史は一巻にまとまっていて短すぎるって思ったし、中国歴史ももう少し細かいところに触れてほしいって思ったけれど、たとえばムハンマド時代からアッバース朝滅亡までが一巻ってのはちょうどいいって感じられて、これってつまり自分イスラームのことをまだまだ知らないってことだよね、って思えたりして、バランスが悪いなあって。自分の考えは、ちょっと偏っているかもしれないって、疑えるようになるってのもまた、勉強する楽しさの一つだ。

 あと、いろんな知識が増えると、いろんな人が自分よりも前に書かれた本について言及しているのをたくさん見つけることになるんだけれど、この世界がまるで巨大なシェアードワールドみたいな感じがして面白い自分古典を読むのが好きな一番の理由がそれかもしれない。さっき述べた、互いに矛盾するような証言でさえ、この世界がどれほど「作りこまれいるか」、いいかえると複雑なのかを教えてくれているみたいで、興奮する。

 自分通勤時間と昼休みしか読書をしないエンジョイ勢だけれど、こういう勉強ってのは一生やっても飽きない気がしている。娯楽を馬鹿にするわけじゃない。でも、「娯楽の場がぎすぎすして嫌だな」ってときには、ほかに楽しいと思える遊び場を持っておくのは、いいことなんじゃないかな。

2019-12-09

APA社長レイシスト?教えてはてサ

友人がなにげなしにSNSでAPAカレーを紹介した。

普通カレーと思いきや最後夫人の顔のパッケージが出てきて笑けるやつ。

そしたら、「APAはレイシスト会社です!それを紹介するなんてレイシストに加担してるとみなしますよ!」

と言ってきた人が。何やら反差別でがんばってるらしい。

ちなみにすごい先鋭的な方で山本太郎批判してた。余談。

なにやらそっち側の人たちでは「APAはレイシスト!」で決まってるらしい。

んで何をやらかしたん?と調べたら南京大虐殺慰安婦問題否定的な本をホテルに置いてるとのこと。

これで中国人の誰かが宿泊しないと騒いだ模様。

けどAPAは「中国人泊まるな」なんて言ってないし(否定してる)

単に歴史観が違うだけで差別的なことはしてないんだけど?

こんな差別をした!だからAPAはレイシスト!と言い切れる

何か資料はあるでしょうか?教えてはてサの人。

2019-11-03

萌え絵擁護のために少女漫画を巻き込むな!」って言ってる女オタク、「最近ジャンプ腐女子に乗っ取られた!」って言ってる男オタクミラーリング感がある。歴史観の欠如。

2019-10-30

味方を増やすチャンスを生かそうよ

韓日右派左派をそれぞれ一人ずつ、計四人で討論する面白い番組

しか韓国視聴者からは苦情が殺到したらしい。

産経新聞は、韓国国民の一部からは「極右嫌韓新聞」とみられている。その産経新聞記者発言を「濾過」せずに思う存分語らせたことで、司会者のイム弁護士の元にも「売国的だ」という批判殺到したのだった。

産経新聞への批判というと、日本では左派から批判の声が上がることが多い。

それが韓国では「売国的」という右派から批判が上がったようだ。

韓日では左右が逆転していると言われており、今回も日本左派と同じ立場韓国右派が回った。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.j-cast.com/kaisha/2019/10/29371294.html?p=all

さて、ある出来事ポジティブ表現ネガティブ表現、どちらで表現すればいいの。

せっかくならポジティブ表現を使って味方を増やしたいよ。

grdgs アホウヨの使う「正論」とは「いいがかり」の意味

Gl17 産経発言は「被害者被害側と言うのは歴史観の歪み」と言ってる訳でそら怒るわ。日本側で嫌韓日本が悪いと放送したらもっと反感あるだろう。記事と同手法最近国内報道揶揄すればエライこと書けてしまうぞ。

quick_past 他国に殴り込んでまで営業活動

せっかくのチャンスなのに、こういったコメントは損だよ。

産経新聞いかに酷いかじゃなくて、そんな酷い産経新聞も討論の場に呼ぶ韓国の器の大きさを、多様な意見尊重する姿勢を褒めたいよ。

ポジティブ表現を使えば、韓国右派日本左派の味方がもっと増えるはず。

いつも怒ってばかりいるんじゃ、いくら正しい内容でも怖がられてしまう。

あいトリを叩く韓国左派日本右派と違って、器の大きさを示したい。

2019-08-22

南北統一へ向けて

本当に統一する事を考えているのであれば、道筋はどうなるのか?

1.金書記権力を手放して統一を認めることはほぼないと思われる。したがって、南が北に吸収される形で統一される。

2.北と南の権力がそのままの形で統一される。すなわち、書紀+大統領制とする。可能かどうかはよくわからないが書記事実上名誉職となる?

対中、対米、対ロシア政策において、北・南、どちらの政策を引き継ぐかも問題

過去歴史観から親中反米方向性となる?

2019-08-11

個人観測範囲が個々人の歴史観と直結する世界

ネット史論の究極はコレだと思う。

個々人が見てきたその当時の世界が全てとなってしまう。

これがテレビラジオや本だったら世界の広さに限界があるけど、ネット世界に果てを設定しようとすると悪魔の証明が始まる

百田尚樹が急に正気を取り戻してて草

珍しくマジで言うね。

議員立法ゼロ質問ゼロ質問主意書ゼロでは、何もしていないのと同じ!

かつて田中角栄は凄まじい数の議員立法を成立させた。

安倍晋三若いから教科書問題など様々なテーマ活動をした。それがホープと呼ばれる政治家

進次郎は選挙客寄せパンダしかイメージがない。

結婚ニュース小泉進次郎スポットが当たっている。

私は彼がどんな国家観や歴史観を持っているか、また安全保障憲法に関してどんな考えを持っているか何も知らない。なぜならそれらを一言発言していないからだ。

これでは政治家とは言えない!

なのにドヤ顔ものを言うのを見てると呆れる。

https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1160161244109656064?s=19

どうしたんだろう自民党批判なんて。

2019-08-08

あいちトリエンナーレについて

話題になっているあいちトリエンナーレについて個人的に思うことが色々あったので書こうと思う。細かいことを話して特定されると普通に死ぬのでぼかすが、一応運営ボランティアとして展示に参加している。

クソ長い。

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表現不自由展・その後」について

最初に断っておくと、今話題になっている「表現不自由展・その後」についてだが、私はぶっちゃけ見ていない。今となっては炎上が勃発した時点で見に行っておくべきだったと後悔しているのだが、いやだってまさか3日で終わるとは思わねえもん。

と、いうのも事前のボランティア研修とかで「表現不自由展・その後」に注目している人は私の知る限りほぼ皆無だったからだ。一応警備対応とかの事情説明は受けたがそれについて「楽しみだ」とか「心配だ」とか言っている人は居なかった。別に目を逸らしていたとか重大性を認識していなかったとかではなく、ちゃん理由もある。

他の人は知らないが、個人的には「表現不自由展・その後」については「色んな理由で各地の展示会から撤去された作品を集めてみました」くらいの認識だった。面白そうな企画だ、地獄デスマッチ感がある。しかし確かに面白そうだが、言ってしまえばそれだけなのだ

話が変わるが我々ボランティア研修で何をやっているかと言うと、作品知識を蓄えるのではなく、自身感性に従って自由に鑑賞する、所謂対話型鑑賞とかVTS(定義微妙に違うのだが)と呼ばれているもの実践している。具体的にどんな感じかというと、背景知識はほぼなしで作品を見て

「すごく煌びやかで綺麗、幸せカップルの絵に見える」

「画面は綺麗だけど、人物の顔が悲しそう、破局予兆しているのでは?」

関係ないけど雲の形が昨日食べたたこ焼きに似てる」

などとそれぞれの感性経験に基づいて解釈を語りあうのだ。これが結構楽しい。例えるなら深夜のファミレスオタクが集まってエヴァ最終回について語り合っている状態に近い。割と何分でもやっていられる。

だがそういった観点から見ると、「表現不自由展・その後」があまり魅力的でないことは分かってもらえると思う。「近代化」、「ジェンダー」、「作家自身の半生」、トリエンナーレには複雑なテーマを持った鑑賞しがいのある作品が沢山出品されている。「表現不自由展・その後」は企画としては面白いがある意味企画落ち」なのだ。事前に具体的な作品内容が分からなかったというのもあるが、それ以上掘り下げようがない。寧ろ中止になった今の方が色々語れる。

そんなわけで「表現不自由展・その後」がここまでの話題になったのはかなり意外だったし、多くの人にとってあいちトリエンナーレ第一印象がそれになってしまったのは少し残念でもある。

慰安婦像インパクトコンテクスト

さて「表現不自由展・その後」の中でも特によく燃えていたのが慰安婦昭和天皇絡みの展示だと思う。政治的インパクト抜群だからだ。だがここまで千字くらい駄文を読まされて大分心と頭が冷え切っているところだと思うので、少し冷静に展示のコンテクストについても考えて欲しい。

表現不自由展・その後」は「あちこちの展示会で撤去されたやつを集めて展示する」というコンセプトで行われている。よってこの企画で展示されているのは慰安婦像それ自体ではなく、あくまで「どっかから撤去された慰安婦像なのだ

ソウル日本大使館前慰安婦像が設置されたときメディアはこぞって大使館慰安婦像が一緒に映った映像放送したと思うが、あの報道に対して「不快から映すな」と怒った人は居ただろうか。まあ居なくはなかったかもしれないが、多分映さない方がもっと怒られるだろう。怒らないのはそれが「大使館の前に慰安婦像が設置されたという報道」だとコンテクストも含めて理解しているからだ(勿論どちらの場合制作サイドの意図別にあるのだが)。

今回の展示ではそこのコンテクストおざなりにされたまま、日本に実物の慰安婦像が展示されているというインパクトと、SNS上の断片的な情報事態が拡大してしまった感がある。

また若干話が大きくなるが、余裕があったら歴史的コンテクストについても一度考えてみて欲しい。慰安婦像というと直ぐに反日というイメージに結びつけがちだが、何故そう思うのか。

そもそも慰安婦なんて居なかったと考えている人からすれば一応理屈は通っている、悪意のある捏造ということになるからだ。

しかし、詳細については諸説あるが、そういうもの存在したということだけについては歴史的資料も揃っているし、両国見解も一致している。つまるところ歴史に認められているのだ。

負の歴史を展示し続けることは未来に生きるだれかにとっての悪意になるのか、日本を始め第二次世界大戦に関わった各国には慰霊碑モニュメントがある、ドイツカンボジアには国内虐殺記憶するモニュメントがある、それを見て不快になる人はいるだろうし、寧ろ不快になるべきなのかもしれないが、ならそれらは排除されるべき悪意なのか、そもそも悪意は無条件に「悪」なのか。

場所によって反応も変わる、オバマ広島原爆資料館に行ったが、アメリカスミソニアンエノラ・ゲイ展示をやろうとしたとき退役軍人たちからバッシングが来た。そういった反応の違いは展示の意味、ひいては歴史意味に影響を与え得るのか、得ないのか。

そして誰の、誰に対する悪意なのか、人の属性は一つでないし必ずしもはっきり分類出来る訳でもない、あなたが引いた「味方」と「敵」の線など気にも留めず他人は好き勝手踏み越えて生きる。例えば、韓国人男性日本女性慰安婦について議論しているとして、彼らは一体どの立場にいるのか、そこに存在する先入観は何か。

話が大分概念的になってしまったが、何が言いたかたかというと、コンテクストというのはそれだけ膨大で複雑なのだ

勿論コンテクストには政治だってまれる。慰安婦像純粋歴史的モニュメントというより政治的に使われているのは明らかだし、恐らくそれは大半の日本人のせいではないので、あん一触即発もの見たくも聞きたくもない、というのは分かるし別に普段はそれで構わないと思う。

ただ死ぬほど暇なときにでも少し考えてみて欲しい。メディア報道を見ていると日韓政治的同意が得られれば慰安婦像撤去されていると考えている人もいるようだが、その必然性はない、だって歴史に認められているから。というかそれで撤去されたらマジで純粋プロパガンダだったって言っているようなものからやめろ。

像はコンテクストの中で存在し続けるし、今回の展示もそのコンテクストの一部である

批判するにせよ擁護するにせよそこに対する考察がなければそれはインパクトに押された感情任せでしかないだろう。

それでも慰安婦像許せないし完全に撤去したいんだけどっていう人はどうすればいいかって?そこも歴史に学ぼう。

アメリカコロンブスとかリー将軍の像が次々撤去されているのはニュースで聞いた人もいるだろう。時代の変化とともに歴史観は書き換わる。虐殺奴隷制擁護者としての側面が評価され、彼らは英雄ではなくなった。もはや歴史に認められていないから像だって撤去される。

個人的には英雄として評価されていた歴史も含め展示するのも面白いんじゃないかとも思うが、少なくとも公共の場モニュメントとしてはふさわしくないと判断されているのだ。

まり慰安婦像撤去したいのなら何らかの方法歴史観を書き換えれば良い。そして歴史学の徒は全力で戦って阻止すれば良い。

トリエンナーレ側の対応について

トリエンナーレ運営が「表現不自由展・その後」の公開を取りやめたことについて、ネット上では様々な意見が飛び交っている。これについては「脅迫に屈した」とか「作家許可をとっていなかった」とか確かに色々と問題がある気はするのだが、津田総監督大村知事が会見で言っていた「安全管理上の問題」という観点からは正直仕方がないと思っている。

第一に展示施設自体問題だ。あいちトリエンナーレには複数の会場があり、「表現不自由展・その後」が展示されていたのは愛知県文化センターの8階、所謂「県美」だ。関係者の名誉のために言っておくが、日本災害が多いだけあって美術館博物館といった文化施設安全管理にはそれなりに注意が払われている。耐震設備に水害対策防火設備さらには盗難破壊防止のための監視員監視カメラが多くの施設で導入されている。

しかテロ大人数による襲撃までは対応出来ないというのが現実だろう。海外博物館ではそういった事態も想定して手荷物検査などを実施しているところもあるが、日本でそれをやるのは割に合わないと言わざるを得ない。

第二に運営側の問題最初に言っておくがあいちトリエンナーレのような文化事業というのは基本的にクソクソ&クソ金がない。

かに税金から拠出予算10億は大金だ、これだけあれば50回くらい安心して老後を過ごせる。しかしそれでアーティスト100人くらい呼んで75日間展示会をやれと言われたら難易度ルナティックだ(他に寄付金とかもあるので実際の予算規模はもっと大きいはずだが)。

よって私も含めた運営スタッフの多くはクオカード1枚で半日働くボランティアである。加えて事前に結構勉強もしないといけないし、当然交通費とかも出ない。

これだけ聞くと何が悲しくてそんな苦行をとか思われるかも知れないが、最初に言った通り美術館とか博物館とかも含めて文化事業は取り敢えず金がないので、もうそういう人たちがいないとほぼ成り立たないのだ。そこで講習会とかバックヤード体験を餌にこじらせ教養オタクたちをボランティアとして釣っている、というか釣られている(※個人の感想です)。言っていて悲しくなるし話が逸れるのでそこら辺は省くが、つまるところ何が言いたいかというと、テロとか起きると我々はタダ働きの挙句何も出来ずやられる。勘弁して欲しい。

最後に若干抽象的な話になるのだが、良くも悪くもあいちトリエンナーレは寄せ集めというのがある。

運営側の細かい事情は知らないが、直前までどんな作品が出るか分からなかったりしたので、少なくとも運営作家が一体となって特定テーマに沿った展示を作るという感じではないと思う。恐らく「情の時代」とかいぼんやりしたコンセプトに基づいて作家を招待して展示スペースを用意している感じだ。

表現不自由展・その後」だって別に運営企画した訳ではなく、かつて行われた「表現不自由展」を招待しただけだ。

展示施設職員に至ってはそれを公務員業務として受け入れているだけである

よって、運営の中心スタッフ、末端のボランティアスタッフ施設や関連団体スタッフさら作家間で一人一人が一つ一つの作品に全て賛同しているとかそんなことはあり得ない。まあそれはある程度の規模の組織では当然のことだと思うし、そうでなければ大規模で多様性のある展示会なんて開けないだろう。なので断っておきたいが、会場とかSNS関係者に絡んで「トリエンナーレ見解」とやらを聞き出そうとしてもそんなものはない、せめて総監督に聞いてくれ。

そんな緩い結束でつながっている人々を「脅迫に屈しない覚悟」に巻き込むのは正直言って無理がある。

それらを踏まえてトリエンナーレ運営対応はある程度仕方なかったとは思うのだが、しかしそうせざるを得ない状況には大きな問題がある。

表現自由について

先述の通り、施設組織問題テロ脅迫対応することは出来ないし、安全上の問題を考えると「表現不自由展・その後」の展示中止は仕方ない側面もあると思う。

しかし考えてもみて欲しい、そもそも武器とかガソリン持った奴相手に対抗できる団体個人がこの国にどれだけいるのだ、極真空手総本山とかか?結構大企業だって本気で襲撃されたら対応出来ないことの方が多いだろう、必然的にそれを仄めかす脅迫の時点で相手側の要求を飲まざるを得なくなる。

暴力による権利への挑戦に対しては個人レベルでなく、社会全体として対抗しなければならないし、行政側には憲法に基づいてその義務がある。

最初特定されたら困るから匿名意見すると書いたが、そもそも身の危険を感じて発現を躊躇しなければならない状況自体おかしいのだ(勿論それとは別に自衛はするが)。

また、津田総監督が会見によると脅迫と並んでまずかったのが「電話」らしい。

抗議の電話でまず事務局回線パンク、結果つながらなかった人たちが県美や文化センターに掛け、何の対策もしていない職員罵声を浴びせられる、しか公共施設なので切らずに対応しないといけないという事態になったらしい。所謂電突」と呼ばれるものだ。

ネット炎上とともに話題になることの多い電突は、市民による集団的抗議の形態とも見做せるが、一方でインターネットという新興メディアによるメディアスクラムともとれる、特にやられる方からすればそうだろう。

かに組織には説明責任がある、取材報道自由もある。けどそれが対象となる人々の生活を過度に制限するようになればそれは権利が守られている状態とは言えないし、何かしらの法にも触れそうなのだが、恐らく相手不特定多数ということで対策が難しいのだろう。スクラムを仕掛けた側を罰しろとかではなく、対象となった側を守る為の社会整備は必要だと思う(と、ずっと前から言われている気はするのだが…)。

誤解しないで欲しいが、ここでいいたいのは抗議をするなということではない。

表現自由というのは反論されない権利などではない、ただやり方の問題だ。

話がまた大きくなるが、個人的にはどれだけ平和主義を語っても「戦い」なんてものはなくならないと思っている。政治も、経済も、受験も、スポーツも、婚活も、創作も、結局は「戦い」なのだ、ただそれをいか物理的な暴力を伴わず決められたルール範囲内でやるかが、人類が積み上げてきた理性とか法治とか文明指標なのだと思う。

抗議は存分にやればいい、カウンターとなるアート作成しても良いし、ネットに長文を書き込んでも良い、署名デモでも良い。そして表現自由と言っても万能ではない、脅迫罪、威力業務妨害罪侮辱罪、名誉毀損罪、プライバシー権著作権憲法に定められた公共の福祉概念に基づいてそれを規制する法律なんてごまんとある。そのうちの何かに抵触してそうなら訴訟という手もある。ただやるからには全て合法的にやれというだけの話だ。

pixivで気に食わねえ解釈を見つけたら自分解釈を倍の質と量で投稿して相手の筆を折るのが仁義というものだろう。すまない今のは完全に個人意見から忘れてくれ。

じゃあこの場合どうしたらいいのか。

少し話が飛ぶが比較のため「コンビニエロ本問題」について話させて欲しい。「コンビニエロ本問題」とは女性客などからの抗議を受けてコンビニから18禁の本が撤去されている事態のことだ。あれを表現自由と結び付けて語る人もいるが、私はそうではないと思っている。

何故ならあくまコンビニ民間営利団体からだ。コンビニ業界に詳しい訳ではないので話半分に聞いて欲しいのだが、もしコンビニ側が「エロ本撤去しないとタピオカを積んだトラックで突っ込む」とか脅迫を受けているならば、それは許すべからざる犯罪だ、しかし多分そうではないだろう。

抗議が原因と言われているが、恐らくより正確には「エロ本絡みの抗議や客足減退に対してエロ本の売り上げが割に合わない」が原因なのだと思う。

コンビニ18禁本を最後に買ったのはいつだろう、正直質はともかく量と利便性ネットの方が格段に上だと思う。正確な売り上げは知らないが、エロ本だけで月々1兆円くらい純利益が出ているなら、あの容赦のないコンビニ業界Permalink | 記事への反応(15) | 22:16

2019-08-02

anond:20190802063258

仏像盗難ときかな。

靖国批判してたぐらいは歴史観の違いで済むけど、倫理観の違いまで踏み込んじゃうとやばいわ。

2019-07-16

anond:20190715111531

そもそも現在国家とは、外部的な必然性である軍事、内部的な必然性である交易

最大化が目的として産まれたのであって、人間DNAが持っている感覚とは何の関係

も無い。

から本当の歴史を学んで国家必然性を学ぶことでしか個人必要性を実感でき

ない。逆に言うと歴史観を国民から奪ってしまえば、国民自分の事ばかりに興味を

持って国家の事を疎かにするだろう。

問題現在国家とは力を集約して力を倍増(100倍)するように出来ている。だか

他国簡単破壊することが出来るし、逆に自国簡単破壊することも出来る。

2019-04-25

anond:20190425085438

その時代の正統的な歴史観なら歴史のある出版社から出てる

日本の歴史」全〇〇巻とかの通史で新しいやつ選んどけばいいんじゃない

イデオロギーといえばウヨサヨだけじゃなくマルクス主義とかフェミニズムとか民衆立場とか世界システムとか叙述の観点問題でもあるしそれを相対化できる視点できるまではある程度初期に読んだ本に影響受けるのはしかたない

2019-04-08

anond:20190408110131

欧州だけをヒストリーとみる西欧中心主義から脱却していない悪い歴史観です。

 

やりなおし。

2019-03-19

自称サヨクにとっての慰安婦問題

自分はどっちかというと左寄りで左翼だと思う。

選挙でも常に労働者側の主張をする政党に入れてきているので自民党に入れたことは20年間1度もない。

所謂氷河期世代」というやつで、今は転職を繰り返して割とまともな職場で働けているがそれまでは労働環境でいろいろと苦労もした。

歴史観

自分戦争オタクなので戦争兵器のことを調べるのは好きだが、まず根底には少なくとも米国との戦争は間違っていたと考える。

米国との戦争が避けられなくなった直接の原因は南部仏印進駐だが、そもそも日中戦争が泥沼化しなければそれも必要なかった。

そしてその日中戦争(正確には、日米開戦までは志那事変)についても何度か終了できるはずのターニングポイントがあった。

トラウトマン和平工作を潰したのは陸軍だが、講和戦争が終わってしまえば困るという陸軍の思惑通りに蔣介石との和平条件を大幅に釣り上げた近衛内閣責任も重い。

そもそも何故軍が勝手に兵を進めるのか、「功績さえ挙げてしまえばそれでOK」という流れを作り出した石原莞爾責任が重い。

満州事変のものの是非についての賛否理解するが、関東軍独断専行政府許可を得ようとしても得られないことから自体はれっきとした罪であり罰せられるべきであった。

日韓関係について

日韓の離間で喜ぶのは北朝鮮であることは理解するものの今の韓国北朝鮮はどちらも同じくらいに嫌いだとはっきりと言っておく。

リベラル自称する自分としては、民族主義国粋主義的な考えが好きになれない。

から民族主義国粋主義韓国は嫌いだ。

韓国人の友人はいるし韓国人そのものが嫌いというわけではない…が、自分の知る限りは彼等も韓国を嫌っている。

情報が偏っている理由としては、日本に来ている韓国しか知らないからというのはあると思う。

慰安婦問題について

色々とおかしい点があるのは理解するが、まず結論としては「慰安婦に謝ること自体」には賛成だ。

ただ、現在韓国の求めに応じた場合日本軍は朝鮮半島女性狩りをして20万人強制連行して戦地強姦しまくった上で用済みになれば殺した」ことについての謝罪になってしまう。

そんなことはしていない以上は、韓国の求めに応じてはいけない。

ただ、だからといって慰安婦を「遠征売春婦」というような呼び方をするのも好きになれない。

公募高収入あったもの過酷な重労働を強いたことは事実で、そこは現代における経営者-労働者視点で見るべきなことだと考えている。

「強いられた」という表現を使うと反感を生みそうではあるが、これについては南方で飢えと戦いながら戦争を続けた兵士たちについても同じことが言える。

戦地が飢えとの戦いになったのは米軍輸送船が沈められたからではあるのだが、そもそも無茶な戦争/戦略国民を突き合わせた責任は当時の政府や軍にある。

なので、「慰安婦については、当時戦場で戦って散って行ったり帰ってきた兵士たちと同じくらいには敬意をもって接するべきでは?」とかんがえている次第です。

米国との戦争は確かに国民が焚きつけたということもあるが、「一億総責任論」は当時の軍や政府責任曖昧にする悪習だと思っている。

慰安婦にも謝罪」「兵士にも謝罪」「徴用者への謝罪」…少なくともその人たちが本物であれば必要なことだと思う。

ただ、謝罪をするからには「20万」「強制連行」「朝鮮人だけ」のような誤解を解くこととセットである必要もある。

2019-01-26

例のルーベンス批判ってホイッグ史観なんじゃない?

https://tbyml.com/2019/01/25/coping-with-misogyny-in-art-history/

ココらへんとか見ると、あれコレってホイッグ史観なんじゃない?っていう疑念が湧いてくる。

ホイッグ史観が何かと言うと19世紀イギリスホイッグ党自分たち歴史の正しい側に立っており、

歴史とは進歩的な我々と遅れたあいつらの戦いである(もちろん勝つのは我々)という歴史である

そのために当時の価値観などを無視して現在価値観過去の人物等を評価断罪するのである皇国史観などもホイッグ史観の影響を受けている。

ホイッグ史批判科学史においては重要位置を占める。

なぜかといえば我々は科学の答え合わせを知っているのでどうしてもその観点から間違った科学者と、正しい科学者という二分論に陥ってしまったという過去があるからだ。

美術史についてはよく知らないがコレを読む限りではこれホイッグ史観なんじゃね?という気がする。

2019-01-25

金正則

@kin_kim

日本ドイツのように分割されなかった。代わりに朝鮮半島が2つに分かれひどい戦争になった。

なにげに北朝鮮」という言葉を何かのネタにする人にその歴史観はない

金正則

@kin_kim

70年間、まだ終わってない朝鮮戦争終結平和

日本積極的賛同の意を表して欲しい。残念ながら、そうは感じられない。少なくとも邪魔はしないで欲しい。

https://mobile.twitter.com/kin_kim/status/1088100313666486277

日本ドイツのように分割統治されるべきだったが、朝鮮半島はそのかわりに分割された。分割されたのは日本のせい(??)というのがあちら側の史観なのかあ。

2018-12-25

anond:20180803165102

この投稿が気になってたのとついでもあったんで資料館再訪したんだけど

いま(元の増田家族訪問当時も)建物3分の2は工事中で見られないし、残ってる展示はめっちゃくちゃマイルド

パネルざっと歴史の流れを追ってるんだけどそれがわかりやすくてよかった。

山川教科書みたいなサラっとしたノリ。基本的淡々としてる。

語り部的な人の話を聞いてしまうとグロいし感情に訴えかけようとする上、伝聞で放射能の話をするので中立性を欠くとは感じたが。

ちなみに私は関東人間で、偶然同じく8歳のとき資料館見にいったけど、何か偏った歴史観を植え付けられたとかそういう印象はない。

2018-12-03

anond:20181203020200

ではLGBT女性も全員がイジメられていたわけではないのですから差別存在しなかったというのがあなた見解になりますよね

私はそうは思わないので歴史観の違いということでこれ以上話す意味がないと思います

2018-11-17

歴史ってそんなに「ファクト重要か?

日本国紀で歴史クラスタなんかがあーだこーだ言ってるけど

歴史真実重要なのは授業や学者の中での話であって、一般人の認識社会風俗においては歴史真実性なんてどうでもよくない?

坂本龍馬戦国武将三国志の話だって虚像物語のほうが受け入れられて広く浸透してるし

宗教歴史観なんてファンタジーだらけだけど、それがもう教義文化になって社会根付いてるわけでしょ?

何であんな血眼になってるのか理解できん

2018-11-16

anond:20181116175829

そらそうよ評価主義ってのは資本主義評価主義っていう歴史観で語られるものなわけだけど、資本(金)が無属性比較的移動が自由であることに比べると、評価は属人で移動が難しいわけだから、当然資本主義よりも一代の格差は大きくなるよ。

資本主義問題点資本が移動可能であることから遺産という形で血族に格差が遺継承されちゃうことなわけで、評価主義はそれに対してアンチしてるわけだから継承されない格差については評価主義のほうがよほど厳しい。

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