はてなキーワード: サザンオールスターズとは
ケーブルテレビSTBでは見られない場合が多いようなのでBSパススルーとか
地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報要確認
・03 なでしこ
・04 インパルス
・05 [3択]『ロッキー』
・09 [近似値]4万5300
・15 利休揚げ/利久揚げ
・16 鈴木敏夫 すずきとしお
・18 YOSHIKI
・19 [ふるさとクイズ][秋田県大仙市]スマイルソーセージ)ハイチーズ
・21 かわぐちかいじ
・22 1(番目
・26 グスタフ・クリムト
・27 [3択]サル
・29 虎(の巻
・30e サザンオールスターズ
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | |
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2012 | 『真夏のSounds good!』AKB48 | 『GIVE ME FIVE!』AKB48 | 『ギンガムチェック』AKB48 | 『ワイルドアットハート』嵐 | 『ハピネス』AI |
2013 | 『恋するフォーチュンクッキー』AKB48 | 『さよならクロール』AKB48 | 『ピースとハイライト』サザンオールスターズ | 『Endless Game』嵐 | 『Calling』嵐 |
2014 | 『GUTS!』嵐 | 『心のプラカード』AKB48 | 『ラブラドール・レトリバー』AKB48 | 『誰も知らない』嵐 | 『Bittersweet』嵐 |
2015 | 『R.Y.U.S.E.I.』三代目 J Soul Brothers | 『Sakura』嵐 | 『愛を叫べ』嵐 | 『青空の下、キミのとなり』嵐 | 『Dragon Night』SEKAI NO OWARI |
2016 | 『翼はいらない』AKB48 | 『前前前世』RADWIMPS | 『恋』星野源 | 『君はメロディー』AKB48 | 『世界に一つだけの花』SMAP |
2017 | 『恋』星野源 | 『シェイプ・オブ・ユー』エド・シーラン | 『打上花火』DAOKO × 米津玄師 | 『不協和音』欅坂46 | 『二人セゾン』欅坂46 |
2018 | 『Lemon』米津玄師 | 『U.S.A.』DA PUMP | 『ガラスを割れ!』欅坂46 | 『打上花火』DAOKO × 米津玄師 | 『ドラえもん』星野源 |
2019 | 『Lemon』米津玄師 | 『マリーゴールド』あいみょん | 『Pretender』Official髭男dism | 『白日』King Gnu | 『馬と鹿』米津玄師 |
2020 | 『夜に駆ける』YOASOBI | 『Pretender』Official髭男dism | 『紅蓮華』LiSA | 『I LOVE…』Official髭男dism | 『白日』King Gnu |
2021 | 『ドライフラワー』優里 | 『Dynamite』BTS | 『夜に駆ける』YOASOBI | 『炎』LiSA | 『怪物』YOASOBI |
2022 | 『残響散歌』Aimer | 『W / X / Y』Tani Yuuki | 『ベテルギウス』優里 | 『ミックスナッツ』Official髭男dism | 『ドライフラワー』優里 |
(ビルボード・ジャパン 年間チャート HOT100より)
2010年代前半はとにかく嵐・AKBがチャートを支配していて、その次の2016〜2018年あたりは目ぼしい大ヒット曲が『恋』と『Lemon』しかないような状態、からのヒゲダン・King Gnu・あいみょんが一斉に登場した2019年、っていうね。もう日本の音楽業界はこのまま終わって、K-POPに蹂躙されるのかと思ったところで、有望な若手が次々に出てきて試合をひっくり返したって感じよな。
「米津玄師」「Official髭男dism」「King Gnu」「あいみょん」「YOASOBI」のJ-POP四天王から、最近の「優里」「Tani Yuuki」「Vaundy」「藤井風」あたりまで、いずれも若くて自分で作曲をやっている人たちばかり。高音や転調を駆使した歌唱の難しい曲が増えていて技術的にもハイレベル。海外でのヒットも珍しくなくなった。
サブスクの普及・ボカロの定着・TikTokの流行といったあたりが上手く噛み合ったんやろね。才能あるやつがどんどん作品を発表してバンバン発掘されている状況。ええことやね。
まだサザンオールスターズが爺婆集めてコンサート開いてる国ですから
subtitle/Official髭男dism → 副題/公式髭男主義
ダンスホール/Mrs.GREEN APPLE → 踊り場/既婚赤りんご
TSUNAMI/サザンオールスターズ → 津波/南国傑物揃い
WHITE BREATH/T.M.Revolution → 白い息/貴教が革命を起こす
WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント/H Jungle with t → おぅおぅ今夜〜時には起こせよ運動〜 浜田と小室
Get Wild/TM NETWORK → 野生になれ/多摩通信網
habit/SEKAI NO OWARI → 癖/世界の終わり
紅白のトリを見ながら、国民的大歌手とは誰なのかということを考えてみた。これ自体荒唐無稽な前提かもしれないが、国民的大歌手=紅白の大トリ、と考え、来年以降の紅白の大トリを誰にするかみたいな思考でもある。
個別の候補ごとに下記の項目ごとに5点満点で評価し、合計点で競うことにする。評価ポイントの選定および評価点自体は勿論、俺の完全な主観である。(8項目40点満点)
・50代以上認知度
・お茶の間適合度
・ヒット曲の数
・話題性
・大御所度
・歌唱力
・50代以上認知度 5点
・お茶の間適合度 4点
・ヒット曲の数 5点
・話題性 5点
・大御所度 5点
・歌唱力 3点
・50代以上認知度 5点
・お茶の間適合度 4点
・ヒット曲の数 5点
・話題性 5点
・大御所度 5点
・歌唱力 5点
・50代以上認知度 2点
・お茶の間適合度 3点
・ヒット曲の数 2点
・話題性 2点
・大御所度 2点
・歌唱力 5点
・50代以上認知度 4点
・お茶の間適合度 5点
・ヒット曲の数 3点
・話題性 3点
・大御所度 2点
・歌唱力 3点
・50代以上認知度 4点
・お茶の間適合度 4点
・ヒット曲の数 5点
・話題性 4点
・大御所度 4点
・歌唱力 5点
・50代以上認知度 5点
・お茶の間適合度 4点
・ヒット曲の数 5点
・話題性 5点
・大御所度 3点
・歌唱力 3点
・50代以上認知度 3点
・お茶の間適合度 5点
・ヒット曲の数 2点
・話題性 3点
・大御所度 3点
・歌唱力 3点
・50代以上認知度 4点
・お茶の間適合度 4点
・ヒット曲の数 3点
・話題性 3点
・大御所度 1点
・歌唱力 1点
・50代以上認知度 1点
・お茶の間適合度 3点
・ヒット曲の数 1点
・話題性 2点
・大御所度 1点
・歌唱力 5点
点数の上では、サザン、ドリカム、ユーミンというあたりで、穏当な結論ではある。評価指標を何にするかで合計点が決まる出来レースではあるので、やってて虚しさがある。ただ、自分で手を動かしてやってみれば分かると思うが、どんな指標を選んでもMISIAや福山はそれほど点は伸びない。そこを敢えて彼らをトリに持ってきているNHKの意図については語られて然るべきだと思う。私個人はMISIAのファンなので、ここ数年MISIAを推してくれているのはすごく嬉しい。
トラバとブコメについてるのも点数つけてみた。どうしても年寄りの有名人やタレントだとかで露出が多いと点が出やすいという問題点がある。
中島みゆき 34点(2,4,5,4,4,5,5,5)
山下達郎 25点(1,3,4,2,2,4,4,5)
宇多田ヒカル 32点(3,5,4,4,4,4,3,5)
椎名林檎 29点(3,5,3,3,3,4,3,5)
矢沢永吉 27点(1,3,5,3,2,4,5,4)
バウンディ 19点(4,3,1,2,1,2,1,5)
米津玄師 34点(5,5,3,4,4,5,3,5)
何人かに突っ込まれているが、俺は40代のおっさんで、最初にあげた「国民的大歌手候補」の中でも、乃木坂あたりはほぼ聞いたことなくて、なんならメンバーも曲の名前も全く知らんかったので、そこはその程度のもんだと割り切ってくれ。20代以下と50代以上の知名度がおかしいのもそれが理由だ。
また、相対評価に関わる仕事を自分で組み立てる形でやった事がある人間は分かると思うが、指標の選定と重み付けで結果はほぼ左右されるのも、何人かに指摘されてる通りだよね。
インタビュアー(以下イ):こんにちは。本日2023年1月1日に岡波総合病院が移転し、コトノハオールスターズがコトノハデビューして15周年となり今回はコラボ記念インタビューとなります。
コトノハオールスターズ(以下 KAS):こんにちは、よろしくお願いします。
イ:早速ですが、岡波総合病院についてはどのような印象をお持ちでしょうか?
KAS:まずは移転おめでとうございます。これもスタッフの皆様の努力と地域の皆様の信頼によるものだと思います。
こちらの病院の存在は、皮肉にもクリスたん氏による誹謗中傷の書き込みが元で知ったのですが、色々と調べてみると地域のために患者のために色々と取り組まれていて、長年地域の皆さんに信用され愛されているなと思います。
クリスたん氏のご両親も岡波さんの世話になっているようですが、逆恨みであり得ない誹謗中傷をしているのはとても残念ですね。
イ:やはりどこのサイトでもクリスたん氏の書き込みについて違和感を持つ人が多いようですね。
KAS:あからさまですからね、そんなに酷かったら新しい病棟を作って移転なんて出来ないですよ。
イ:そしてコトノハオールスターズ氏がコトノハでデビューして15周年となりますね。
KAS:正確には2007年末頃だったと思いますが、最初はYASUや拝啓、谷啓。と名乗っていました。
紆余曲折経て、コトノハや私が長続きするようリスペクトする 大ベテランのサザンオールスターズから名前を拝借しました。
イ:どのような経緯で参加されたのでしょうか?
KAS:当時、調べ物でググっているとコトノハが上位に出てくることが多かったのです。そのうちに面白そうだから参加してみようと思い登録しました。
イ:最初はどのようなPostをされたのでしょうか?
KAS:私が好きな鉄道関係ですね。駅名が主で投稿数制限がなかったので連投していましたがそれにクレームを入れてくるユーザーもいましたね。
イ:当時は全盛期で多くのユーザーもいたので心の狭い人もいましたね。
KAS:そういうクレーマーの意見は無視すればいいのにオオヒダ氏が真に受けて、投稿制限をかけてマニアックなPostがしにくくなりコトノハがつまらなくなっていきましたね。
イ:たくさんのコトがあったほうが面白いですよね。
KAS:そうですよね、いろんな種類のコトがあったほうがたくさんのニーズに答えられますし、マニアックなコトでも意外と結構回答数があったりすることもあったので、
ありきたりで差し当たりないつまらないコトばかりではユーザーが離れていくと思います。
イ:purprin氏やオオヒダ氏がいなくなり、コトノハオールスターズさんが実質管理するようになりましたね。
KAS:やはりコトノハを守りたいという気持ちが強かったですね。
私のやり方に異を唱えて誹謗中傷してくるユーザーも多かったですが、再び活気づいて新規や出戻りユーザーが増えている現状を見ると間違いではなかったんだなと思います。
Spotify等に入ってる「ストレスMAXの時に歌う曲」プレイリストから抜粋しました。
だいたいの曲はカラオケでもよく歌います(歌えるとは言ってない)けど、カラオケ用のプレイリストは別にあります。
なるべく1アーティスト1曲縛り。
この曲良いよ!とかあったら教えてください。
気が向いたら追記するかもです。
みんなが運転中に歌う曲も教えて欲しいです!
あ、大都会と山本彩の六甲おろしだけは現状YouTubeでないと聴けないです。失礼しました。
このリストは深夜テンションで暗い部屋のなか音楽聴いてひとりニヤニヤしながらスマホでポチポチ入力してたんですが、今考えたらSpotifyのプレイリストを公開してURL貼付け…はユーザー名見えちゃって嫌なんで、Google Sheetsにコピペしてウェブに公開すれば良かったですね。深夜テンション怖あ。
一旦コピペしちゃえば後はZapierとかで公開したリストの更新も自動化できそうです。他のサブスクとの統合もできそうですね。
暇だから91年生まれのワイが各ミュージシャンを初めて認識した曲を書き出してみた
認識とはCMでなんとなく聴き流してたとかではなく、歌番組で観たり動画を検索したり自主的に聴きに行ったタイミングとする
年代の切り分け方が変と思うかもしれないがそこはなんとなくで決めている
アーティスト | 曲 |
小田和正(オフコース) | Yes-No |
松任谷由美 | ルージュの伝言 |
山下達郎 | クリスマスイブ |
竹内まりや | カムフラージュ |
サザンオールスターズ | いとしのエリー |
松田聖子 | 赤いスイートピー |
CHAGE&ASKA | YAH YAH YAH |
アーティスト | 曲 |
Mr.Children | innocent world |
スピッツ | チェリー |
ユニコーン | 大迷惑 |
L'Arc〜en〜Ciel | HONEY |
エレファントカシマシ | 俺たちの明日 |
JUDY AND MARY | そばかす |
B'z | ギリギリchop |
LUNA SEA(河村隆一) | BEAT |
DREAMS COME TRUE | LOVE LOVE LOVE |
福山雅治 | 虹 |
椎名林檎 | 本能 |
アーティスト | 曲 |
くるり | ばらの花 |
スーパーカー | YUMEGIWA LAST BOY |
ナンバーガール(ZAZEN BOYZ) | KIMOCHI |
ゆず | 桜木町 |
aiko | ボーイフレンド |
平井堅 | 楽園 |
森山直太朗 | 夏の終わり |
MISIA | つつみ込むように… |
cocco | 音速パンチ |
ゆらゆら帝国 | 空洞です |
BUMP OF CHICKEN | 車輪の唄 |
アジカン | リライト |
ストレイテナー | Melodic Storm |
ELLEGARDEN | Red Hot |
フジファブリック | 虹 |
10feet | River |
BEAT CRUSADERS | FEEL |
チャットモンチー | ハナノユメ |
Perfume | チョコレートディスコ |
AKB48 | ポニーテールとシュシュ |
アーティスト | 曲 |
RADWIMPS | 25コ目の染色体 |
サカナクション | 三日月サンセット |
ゲスの極み乙女。(indigo la End) | 渚にて幻 |
セカオワ | 幻の命 |
Official髭男dism | 恋の前ならえ |
あいみょん | 生きていたんだよな |
YOASOBI | 夜に駆ける |
緑黄色社会 | またね |
Awesome City Club | アウトサイダー |
King Gnu | 白日 |
藤井風 | 矢島美容室のカバー |
もうすぐ神楽坂ゆか生誕祭である。昭和のアイドルっぽさを感じさせる彼女は、もともとは「田村ゆかり」という名前でデビューしたと記憶している。
ところで、たまたま先日購入した1978年10月「ゴーサントオ」の時刻表復刻版がある。
https://jtbpublishing.co.jp/topics/CL000461好評の「時刻表復刻版」第6弾 特急時代の幕開け!「ごお・さん・とお」(1978年10月号)ダイヤ改正号 『時刻表復刻版 1978年10月号』 2022年5月23日(月)発売 | 株式会社JTBパブリッシング
https://www.amazon.co.jp/dp/4533149782/
この年は音楽番組「ザ・ベストテン」の放送開始の年でもあり、「レッツゴーヤング」「トップテン」「ヒットスタジオ」といった番組がゴールデンタイムを彩った時期でもある。キャンディーズが解散し、レコード大賞をピンクレディーが獲得し、山口百恵が活躍していた。
いま挙げたようなレジェンドともいうべき女性アイドルたちが全国ツアーを開催していたかどうかは定かではないが、もしもそんな昭和時代に我らが田村ゆかりの全国ツアーがあったなら、皆どういう感じで移動していたのだろうか…などと、時刻表を見ていてふと考えてしまったのが懐古鉄オタの性というもの。
そんなわけで「もしも昭和のトップアイドル・田村ゆかりが全国ツアーをやっていたら王国民はどうやって民族大移動したのだろうか?」というテーマこそ壮大ながら実際は老眼に抗って縮刷版の時刻表とにらめっこして連敗した駄文をそっと放流したいと思った所存。
今年もツアーはあったが、過去最大25公演を誇る2021年の*Airy-Fairy Twintail*の開催地からいくつか選んで当時の時刻表に沿った旅程を考えてみたい。
なお毎日運転ではない季節列車・臨時列車は極力排した。仕方ないね。
1
当時はソニックシティはまだなく、大宮商工会館なる施設が同じ場所にあったらしい。1979年にはサザンオールスターズが公演しているらしいので、昭和のトップアイドルもひょっとしたらステージに立っていたかもしれない。
https://www.livefans.jp/venues/1204
この頃は上野東京ラインも湘南新宿ラインも、埼京線さえも存在しなかった。国電京浜東北線の103系か東北本線・高崎線の115系で到着した大宮駅の片隅には首都圏色の川越線気動車が、反対側には東武野田線の吊り掛け駆動車が見られたはずだ。
2
北陸新幹線のないこの時代、東京から金沢に向かうメインルートは信越本線だった。
上野発916の特急「白山1号」に乗れば、長野経由でおよそ7時間後の1611には金沢駅に着き、前の年に落成したばかりの本多の森ホールにどうにか開演時刻ギリギリに間に合う計算だ。少し余裕を持ちたいなら上野819発の特急「はくたか1号」で1504金沢着。こちらは長岡経由である。
翌朝、今度は金沢から松本に向かう。筆者はAFTでは北陸新幹線に長野まで乗り、そこから特急「しなの」に乗り換えて松本に向かったが、この時代は乗り換えなしの列車がある。それが金沢949発、おそらくキハ58の、時刻表ピンクのページによれば堂々10両編成の急行列車。後ろ3両が松本行き急行「白馬」、中ほど4両は秋田止まりで前寄り5両は青森までロングランする急行「しらゆき」だ。間違わずに後寄り3両に乗れば、途中の糸魚川で青森・秋田行き「しらゆき」から切り離され、進行方向を変えて大糸線に入って1435松本着だから公演には余裕を持って臨むことができる。編成分割をする糸魚川では正午を挟んで8分停車するから、えび釜めしなど駅弁を買う余裕もあっただろう。
ただ、逆にいうとそれしか手段はない。ましてキハ58はいわゆる「直角椅子」のクロスシートでリクライニングも方向転換もできない。7時間近くも乗っていたらそれだけで相当疲れてしまう。
さらに松本公演が終わった日曜の夜。筆者はAFTのときは最終「しなの」で長野に出て一泊し、翌朝の北陸新幹線で出勤した。しかしこの時代なら松本発2056の普通列車新宿行きがある。423に新宿駅に着くから一度帰宅してシャワーを浴びて着替えて出勤する余裕は十分にある。ただしこれもまた「直角椅子」どころかおそらくセミクロスの115系だったろうから、少しでも居住性を求めたければ2359発の急行「アルプス18号」のグリーン車に乗れば良い。新宿着は500だから余裕を持って出勤できるのは言うまでもない(出勤した後のことは例によって保証できない)。
3
新幹線はすでに博多まで開通していたし、熊本空港には全日空の3発ジェット・トライスターか東亜国内航空のDC-9が就航していたが、鉄道好きとしては1645東京発1058熊本着の西鹿児島行き「はやぶさ」か、1700東京発1123熊本着の「みずほ」を推したい。食堂車で夕食・朝食の2食をいただくのんびりとした旅である。
ただ、昨今の「サンライズ」などとは違って当時の寝台特急にはシャワー室はなかった。「はやぶさ」「みずほ」には個室もなければ女性専用車もなかったから、今や全国民の1/4に迫らんとする女性王国民の遠征には不向きだったかもしれない。まして当時の長距離列車は喫煙可能が当たり前で各ボックスシートの窓際に灰皿が標準装備されていた。
しかしもう少し前の1970年頃に青春時代を過ごした我が母親によれば、当時のスキー列車はいつも満席で男女問わず通路やデッキに新聞紙を敷いて座り込んだというから、たくましい遠征女子も実は相当数いたかもしれない。
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東北・上越どちらも新幹線はこの時代は絶賛工事中。開通は4年後の1982年だ。しかし上越線には「とき」、東北本線には「ひばり」というエル特急が毎時1本ペースで運転されていたから往路はどうにでもなる。
新潟の帰路、私は最終新幹線に飛び乗れたが、この当時なら2300新潟発の急行「佐渡8号」で506上野着か、横になりたければ2312の秋田から来る急行「天の川」で555上野着。新津まで普通列車で出ておいて040発の急行「鳥海」で642上野着でもいい。
仙台からは公演後だと2320発の急行「新星」がおすすめだ。仙台駅には早々と入線しており2130から発車前の寝台を利用できるのが嬉しい。上野到着は536だから一度帰って身支度を整える余裕もありそうだ。このほか、仙台2257→上野519の青森発常磐線経由の急行「十和田2号」や、座席車なら仙台2336→上野542の急行「いわて4号」も便利であろう。なお急行「十和田」はこのあとも4号・6号が仙台に停車するし、特急「ゆうづる」2号・4号も利用できる。
そうして考えてみると、まだまだ高速道路網が未熟だったこの頃、寝ている間に移動できる安価な手段は鉄道しかなかったのだということを改めて感じさせられる。1970年代でも長距離バスは運行されていたが、都内と新潟が高速道路でつながったのは1985年、仙台は87年。歴史でいえば線路の方がはるかに長い。
なおこの当時、上野→仙台が特急「ひばり」で4時間以上かかっていたので、羽田空港から仙台空港への航空便も全日空により1日4往復運航されていた。
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ならばその先はどうか? 札幌公演に行くにはこの当時でも飛行機が当たり前の選択になってきていた。筆者は81年の夏に北海道の親戚を訪ねる旅に出たが、祖父母に連れられて上野駅から青函連絡船を経て親戚の住む苫小牧まで20時間ぐらいかかったように記憶している。まだ青函トンネルは開通していなかった。
それでは札幌公演に陸路・海路で挑むとすればどうなったであろうか?余裕を持って開演に間に合わせるならこのルートである。
2140上野[特急ゆうづる5号]705青森or2221上野[特急はくつる]711青森
1140函館[特急おおぞら5号釧路行き]1550札幌or1145函館[特急おおとり網走行き]1558札幌
急行自由席に乗れる周遊券を利用するなら上野1908→青森617の「八甲田」や函館1150→札幌1630の稚内行き「宗谷」も良い選択肢であろう。
やはり北海道は遠い。時間に余裕のない向きは素直に飛行機を利用すべきであろうが、千歳空港と国鉄の駅が接続されるのは2年後の1980年のこと。この時刻表の時点では札幌駅前からバスに乗るのが普通の手段であった。
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そして福島公演はエクストリーム出勤の宝庫であった。終演後の福島駅発上野行きを見てみると、
2350 急行「あづま4号」437
043 急行「新星」536(寝台あり)
056 急行「いわて4号」542
このほかにも夏休みシーズンだけに季節列車・臨時列車も運転されていたと思われるので、かなりの席数が利用可能であったと推察される。
座席車の特急はいわゆる「直角椅子」であるが、寝台車連結の急行列車では短時間でも横になって移動できる利点がある。これは現代の夜行高速バスでも(実際に運行されてはいるが)まだまだ一般的ではない。バスは鉄道車両よりも小さくて何両も連ねて運転されるわけもないから、寝台は不可能ではなくても困難が多いのであろう。
7
国鉄監修時刻表を見る限りでは、東名阪のバスは国鉄ハイウェイバスしか掲載されていない。関西公演からの帰り道は2240大阪駅→815東京駅の「ドリーム2号」か2200京都駅→643東京駅の「ドリーム4号」しか見当たらない。
鉄道ならば京都2237の特急「出雲2号」、同015発の「出雲4号」なら700には、大阪2358の特急「瀬戸」や同005の特急「あさかぜ2号」でも730には東京駅に着けるから、エクストリーム出勤勢の強い味方になり得たと思われる。なんなら関西勢と感想を語り合いつつ酌み交わす余裕は十分にある。しかもこれらは当然寝台車であるから、予約さえ取れれば会場内外で充実至福のひと時を過ごしたのちに千鳥足でベッドに潜り込んで目覚めれば東京駅も間近に迫り、どうかすればまだ夢見心地のまま出勤せざるを得ないベストコンディションを通り越した邪悪な何かを感じずにはいられない有様である。
なぜ新幹線ではなく在来線を推すのかと問われれば、その当時の東京行き最終「ひかり116号」は新大阪2034発であるから、フェスティバルホール(当時は改築前)から終演後直ちに最寄りの四つ橋線肥後橋駅に走ったとしてもけっこうタイトな時刻設定であることが第一に挙げられる。梅田の地下に慣れない関東勢が四つ橋線西梅田を出て乗り換えに手間取ると、最終の新幹線は慈悲もなく出発してしまう…それは正直恐ろしい。
筆者は鉄道好きで鈍行やら夜行やら多少は乗ってきた経験とノスタルジーがあるので満更でもない旅行だなとほくそ笑みつつこの文章を書きつけてはいるが、冷静に考えてみれば当時は今よりずっと不便で居住環境は悪かったように思う。なりふり構わぬ男性、特に体力に自信のある若者にはなんということはない行程だったと思うが、女性にはあまり優しくない環境だったし、筆者も若い頃は大きな鞄を抱えて夜行連泊するような旅をしてきたけれど今この歳になってふたたび体験するのは懐古趣味を差し引いてもためらいが多めに残る。
とはいえ不便で時間のかかる旅を楽しみたい向きが今もなお大勢いるのは承知している。そんな黒鉄の人々に机上タイムトラベルを提供できたら幸いかなと。ただそれだけ。
本文に田村ゆかりは出てこずに時刻表を読み解くだけだったが、10月に横浜で公演があるのでよければバスや飛行機よりも鉄道を乗り継いで参加して紀行文と公演感想文を読ませてくだされば筆者はDouble Fascinationになれる。
それはともかくできる限り多くの客席を埋めて盛況の公演としたいので、関心のある方は下記から申し込みいただければ幸甚に存じます。
1990年1月の3位。わざとらしく東北弁を効かせたデュエットソング。90万枚の大ヒットだったらしい。
地方出身のアーティストが真面目に歌っている…というわけではなく一種のコミックソングの扱いだったようだ。
1990年2月の8位。90年代前半に活躍した女性アイドルグループらしい。
おニャン子とモー娘のあいだの「アイドル冬の時代」において気を吐いていたアイドルの一つという感じか。
パッと聴いた感じは徳永英明や稲垣潤一と似たような印象を受けた。
1990年3月の16位。ホコ天で人気のあったロックバンドらしい。
当時のヴィジュアル系ってだいたいメタルやパンク由来の「硬派」「尖ってる」感じを出してるイメージだけど、
このAURAは、ヘビメタ色の薄いコスプレ的な見た目、コミカルなほど明るい曲調など、後年のヴィジュアル系にかなり近いと思った。
いかにもプリプリの影響を受けて出てきましたという感じ。時代を感じる。
1990年8月の19位。CoCoと同じテレビ番組から登場したアイドルグループらしい。
1990年9月の18位。レベッカのNOKKOが、NORMA JEANの元ギタリストと組んで、レベッカの解散直前に一曲だけ出したもの。
ギタリストの人がNOKKOのヘアメイクを担当していた繋がりらしい。
1990年11月の19位。正統派な感じのヴィジュアル系ロックバンド。
Wikipediaによると「日本一下手なバンド」として有名だったらしい。
1990年11月の20位。テレビドラマ「スクールウォーズ2」の主題歌ということで、1の主題歌「ヒーロー」を意識した洋楽カバーにしたんだろうか。
他の曲を聴いてみると、もっと大人しいアイドル然とした曲を歌っていたようだ。
1991年1月の18位。NHK「みんなのうた」からヒットしたという演歌調の曲。歌手は当時16歳。
消費税導入で(端数を支払うための)1円玉に注目が集まっていたという背景もあるらしい。
学校に提出するぞうきんのことを歌った明るいユーモラスな曲。
先日亡くなった俳優・宝田明の娘らしいが、宝田明もあんまりピンと来ないな…。
1991年5月の6位。爽やかで癖のない男性シンガー。ビーイング系っぽい(ビーイングではない)。
1991年6月の13位。松任谷正隆のプロデュースでデビューした女性シンガーソングライター。
歌唱力で売っていた感じなんかな。ちょっと広瀬香美を思い出した(デビューは障子久美のほうが先)。
1991年8月の19位。楽曲を聴いただけではあんまり引っかかりのない普通の曲だという印象。
当時からいろんな歌手に楽曲提供して実績のあった人らしい。その中でいちばん有名なのは今井美樹の「PIECE OF MY WISH」か。
昨年亡くなったらしい。
1991年10月の7位。ヒップホップ系。まだヒップホップが広くは定着してない頃だよねたぶん。
テレビの企画「高校生制服対抗ダンス甲子園」で優勝してデビューしたらしい。
1991年10月の15位。何だと思ったらサザンオールスターズの桑田佳祐だった。
1991年10月の20位。何だと思ったらウッチャンナンチャンの南原清隆だった。
1991年12月の7位。ピアノを弾きながら歌ってる映像を見て「愛は勝つ」のKANかと思った。
ピアノ弾きながら歌う系男性シンガーがちょいちょい出ていた時代だったのかな。
1991年12月の16位。名前で女性かと思ったら男性シンガーだった。
「X'mas in the Blue」と「Christmas in the Blue」とがあって発売時期も違うみたいだが何が違うかよくわからない。
1992年2月の13位。声のいいおっちゃんが歌ってるソウルっぽい楽曲。
ZOOの「Choo Choo TRAIN」とブラックビスケッツの「Timing」の作曲者なのか。そう聞くとなんかすごい。
1992年2月の19位。アーティスト名も楽曲名も歌詞も英語で洋楽かと思った。
妖しげでトリップ感のあるサイケな楽曲。時代を感じさせない。個人的にいちばん気に入った。
1992年3月の12位。これは洋楽カバーなのか。ミュージカルっぽい発声…と言われたらそうかも。
エリート一家に生まれて英才教育を受けて子供の頃から現在まで芸歴を重ねているらしい。すごい(小並感)。
1992年7月の10位。性別不詳の歌手っていうコンセプトがすごいな。確かに見ても性別がわからん。
1992年7月の17位。当時としてもオールドスタイルだったのではないかと思われる正統派のロックバンドっぽい感じ。
1992年8月の8位。B'zの女性版として企画されたらしい。
ビジュアルはまさに女性版B'z。こういうタイプの女性デュオって他にあんまり思い浮かばないし新鮮だな。
でも楽曲はあんまりそれっぽくないな。VガンのEDテーマ歌ってる人なのか。そっちの曲は知ってた。
1992年8月の16位。じんのうちたいぞう。すごい名前だ。本名らしい。なんかネットリした歌い方をしてる。
当時、ユニコーンのメンバーが連続でソロシングルをリリースするという企画があったらしく、この曲はその一環ということのようで。
なぜこの曲だけランクインしたのだろう…。
1993年2月の11位。女性ロックシンガーの草分けとしていくつかのヒットを飛ばした人らしい。
雰囲気としては大黒摩季っぽいかもしれない(もちろん浜田麻里のほうがデビューは先である)。
なんか系譜を感じるな。もうちょっと後に相川七瀬とかが出てくるのか。
1993年3月の6位。出生率低下を受けた厚生省の「ウェルカムベビー」キャンペーンの一環として結成されたチャリティーグループらしい。
メンツは小田和正、チャゲアスの飛鳥、カールスモーキー石井、玉置浩二、徳永英明、浜田麻里、山本潤子となかなか豪華。
1993年4月の17位。こちらはチャゲアスのチャゲを中心としたユニットらしい。
1993年5月の13位。これはサッカーの「オーレーオレオレオレー」か。Jリーグ開幕だなあ。
1993年6月の3位。グループ名と曲名でビーイング系っぽいと思ったらビーイング系だった。
デビュー時は二人組、曲調はロック色が強い感じで、ちょっとB'z的なコンセプトだったのだろうか。
1993年6月の20位。ちょっと古くさいロックバンドという感じ。いまでもメンバー変わらず活動しているらしい。
1993年7月の6位。テレビドラマ「チャンス!」の企画として、久保田利伸の同名の曲を、主演の三上博史が役名でカバーしたもののようだ。
1993年9月の6位。サザンオールスターズ絡みの企画らしい。よくわからん。
1993年9月の17位。男性二人組ユニット。双子らしい。ちょっとフォークっぽい曲調。
1993年10月の13位。女性目線で男を扱き下ろす歌詞がおもしろい。ちゃんと本人の作詞なのも良い。
もともとZYYGのベースの人と二人で組む予定だったのが音楽性の違いにより決裂してソロユニットになったらしい。
ちなみにZYYGのベースの人は音楽性の違いによりZYYGからも早々に脱退しているらしい。
1993年12月の16位。ほのかに90年代後半っぽさが混じってきた気がする。
何も知らずに「実は小室ファミリーですよ」と言われたら信じるかもしれん。
1993年12月の19位。こっちはド昭和だなあ。分類としては演歌になるのか。
1994年2月の19位。爽やかな感じの男性シンガー。いかにも90年代っぽいバラード調の曲。
いまは「支那ソバ玉龍」というラーメン屋をやっているらしい。音楽情報とラーメン情報が入り交じるTwitterアカウントがおもしろい。
1994年3月の12位。松任谷正隆に見いだされて他のアーティストへの楽曲提供も多数。「第二のユーミン」という異名もあったらしい。
この曲は明るい前向きな感じだけど、他の曲を聴いてみると郷愁を誘うような独特な曲調でちょっとジブリっぽいかもしれない。
1994年3月の19位。80年代ぽさもある哀愁の漂う歌謡曲という感じ。
1994年3月の20位。しっとりとして高音が綺麗な曲。曲調だけならビーイング系のDEENとかFIELD OF VIEWっぽいかもしれない。
1994年4月の7位。楽曲としてはあまり癖のない感じ。ボーカルの岡田浩暉は俳優としてよく見かける(名前は知らなかったけど)。
1994年5月の12位。こういう氷菓子あったよな、と思ったらガチで森永の「ICE BOX」の企画で結成されたグループらしい。
しかもボーカルの女性以外のメンバーは、中西圭三・池田聡・(久宝留理子「男」を作曲した)伊秩弘将という、この記事で取り上げた人たちばかり。
点と点が線でつながった感覚やね。なんかこの曲の「令和バージョン」もあるらしいよ。
暗めの歌詞をパワフルに歌う女性シンガーっていうとあいみょんあたりの先祖なのかもしれんね。
1994年8月の17位。お笑い芸人のダウンタウンが白塗りで芸者のコスプレして歌うという企画らしい。作曲は坂本龍一。
見た目はかっこいいんだけど歌は意外にポップというか可愛らしい。ちょっとリンドバーグっぽいか。
少しまえに「家、ついて行ってイイですか?」に出演していたらしい。
1994年11月の18位。80年代から活躍しているアイドル(?)らしい。
この頃には30代半ばのはずだけどコロコロとした可愛らしい声だな。
Wikipediaによると「胸キュン」という言葉を最初に発した人物だとか。マジかよ。