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はてなキーワード: 士郎正宗とは

2022-05-11

宇宙ってあるのかな…

士郎正宗も取り上げてた泡だの何だのもあるけど、

構造素人なのでよくわからんがとりあえず、

少なくとも生きてる間に宇宙航行は無理だろう

宇宙、あるなら行ってみたかったなぁ…

2022-05-10

鋼の錬金術師読んでると、

士郎正宗オリオンを思い出してしまうの

なんでだろ~♪

2022-05-06

anond:20220506121754

士郎正宗のM-66は髪の毛が放熱だったよなぁ

あとガンダムの頭にバルカンって意外と良い発想だと思ってたりする

漫画アニメ知識で終わる…😔

2021-12-30

anond:20211230191812

トーはSACでも少佐にふり向いてもらえない一途な醜男ポジションなんだけど

押井攻殻機動隊の何がキモいかって

士郎正宗漫画原作版では最後人形使いと融合した少佐

イケメン男ともりりしい系姉様ともつかない中性的な外見になるのに

それをお人形みたいなロリ少女にしてしまった点

これはヒくわぁ……

2021-12-27

anond:20211227085309

内燃は暖機運転でいいと思うんだけど

そういえば、士郎正宗アップルシードでも暖気は十分か?みたいなセリフがあった気がする

ランドメイト動力って何なんだろう

3、4巻でギュゲスが空に浮くようになって、なんかうんちくあった気がするけど…

2021-11-14

宮崎駿絵コンテみたいなのは自分も描ける気がするんだけど、いくつか問題があって、

自分場合

まず宮崎駿空間認識力というかレイアウト力とでもいうか、

ラピュタ飛行船のシーンとかそうなんだけど、

あいうの難しいというか、面倒くさいよなぁ、と思ったり

雑想ノートみたいなのちまちま描いて、

「ここはトイレ」みたいな設定マニアになるべきというか、

あー、よく中二病だの黒歴史だのでバカにしがちだけど、

緻密な設定は後で役立つこともあるので、案外バカにできない

それより、大人になってみると面倒くさいというのが先に立つ気がする

もう、記号とかお約束として、

ドン!だのバン!だの気合殺陣も描いてしまいたいというか、

ジャンプ漫画的というか

士郎正宗殺陣とか、エロ一枚絵描きになる前は、空間認識力はスゴいと思う

読者が気にしない領域まで、損得で考えれば無駄になってしまうんだけど、

いちいち考えてるのが偉いというか、

よく考えられたカンフー映画の格闘シーンを漫画なり絵コンテなり動画で描く感じ

あいうのが、自分にできる自信がない

主に面倒くさいか

イマジナリーラインぐらいは考えるけど

あと、絵コンテだと簡単に描けてしまう、というのがあると思ってて、

例えば、「ここでコルドバが180度回頭するやろ」

みたいに絵コンテだとサラッと指定できてしまうわけだけど、

その絵コンテ自分も多分描けると思うけど、

その原画とか動画自分は描きたくないし、

今はCGがあるから楽だけど、下請けイジメしか思えないところもある気がする

というか、あれって佐藤元さんなんだっけ

今になって観てみると、CGにはない歪みというか、

なんか生き物っぽく、クジラとかそんな感じに思えてきて、

CGのような硬さを感じないのが逆に新鮮に思えたり

というか、楽園追放みたいにどこまでもCGでやるより、

アニメだったら一回ポッキリの使い捨て動画なんだから

ゲームは無理だけど

シンエヴァみたいに、プリビズとか元に手で描けば、

漫画表現のありえない口をどうやって3Dで実現するかとか、

頭悩ませる必要もないし、寧ろ楽な気もするんだよなぁ

モビルスーツみたいなのも、CGではなくて、

CG元にした手描きみたいな方が面白いことできるかもしれない

まあ、労力が格段に増えるだろうけど

手描きの良さってのも再考したい気がする

2021-09-03

はてな蔓延バカの壁問題

バカの壁という言葉が昔流行った。

情報化社会黎明期、人同士のつながる量が加速度的に増えていくことで可視化された問題の一つだ。

当時は言葉の響きだけが独り歩きして、本そのものちゃん理解できた人は少なかった。

その反応は大きく分けて2つ。

自分の言いたいことをはっきりと言ってくれた」と肯定的な反応と、「バカとはけしからん。人は言葉でわかりあえるに決まってるだろう。」と否定的な反応だ。

しかし、その反応のどちらもがこの言葉に対して大きな勘違いをしていた。

それは、「自分の話が相手に伝わらない理由は、相手バカからであり、そこに越えられない壁バカの壁があるから」という理解で読み解いてしまたことだ。

しかし、バカの壁本質は違う。

「人は自分の話が相手に通じなかったとき相手バカだと決めつける性質がある。」ことこそが、本当の意味でのバカの壁存在意味している。

しかもこの時、聞き手側にも「自分相手の話を理解できない時、説明できない相手の方がバカであると決めつける性質がある。」というバカの壁も同時に存在している。

しかし、どちらの場合も、本当に相手バカなわけではない。

なぜなら、人の理解というものはその人の経験知識から成り立つものであり、それらが両者に存在していない限りは、お互いが理解しあえるなんてことはありえないからだ。

まり相手バカなのではなく、相手バカと決めつける自分バカなのだ

これについては著者すら気がついていなかったと思う。

からこそバカの壁本質理解できないやつは全員バカだ。という論調であの本は締めくくられていた。

自分の話が相手に伝わらなかった時、自分が「相手バカだ」と思うのと同時に、相手も「説明がしっかりできないだなんてこいつはバカだ」と思っている。

から、あの本の本質を理解できなかった人にしてみれば、著者はバカであり、バカの壁なんて概念無駄ものだと考えられていた。

そうして、著者と読者それぞれがそこにバカの壁存在していることを証明してしまうという皮肉な構図に至っていたことは、あまり知られていない事実だろう。

そもそも言語というものコミュケーションの中でそれほど多くの情報量を持っていない。

人同士がコミュニケーションを行う上では、ボディランゲージや声のトーン、表情、目線などのほうが、伝える情報量はよほど多い。

なぜなら、言語という道具を使い始めた歴史はそれ以外のコミュニケーション方法に比べれば非常に浅く、言語だけで情報を伝えられると思っていることのほうが誤解だからだ。

残念ながらそのことを理解できている人間は少ない。妄信的に言葉情報の全てを伝えられると思いこんでいる人がほとんどだろう。

ここまで考えてみれば、つまり本当の意味でのバカの壁とは、言語のみで自らの思考情報を伝えられると思いこんでいるおごりのことであることがわかる。

受け手に置き換えても、言語のみで説明されても理解できるはずだというおごりがそこにある。

だってSNS上では当たり前のように誤解が繰り返され、真意理解されることもなく説明も釈明も許されないまま受け手の都合によって勝手解釈が広まっていく。

悲しいかな今の人類ではそれを止めることはできない。

なぜなら、そこにバカの壁存在するからだ。

しかし、バカの壁存在認知できているだけで、人の理解力はまったくもって変わってくる。

情報理解できない理由相手ではなく自分に求めることができれば、足りない情報を自ら補うことができるからだ。

ただ、バカの壁存在認知できていない人は違う。

自分理解できなかった理由相手にあると考え、誤解させた人間を責める行動を取る。

自らのバカを棚に上げて、相手バカだと罵るだけの野蛮な行為に走る。

今のはてなはまさにその縮図である

そこにあなたがたの大好きな多様性生産性もない。

ただただ情報や人の人生エンタメとして消費するだけの、消費行動のみだ。

声高に批判する相手のものに成り下がるというのも、バカの壁に見られる特徴的な行動の一つだ。

果たしてはてなユーザーに、バカの壁を越えてこの内容の真意理解することはできるだろうか。

結局はこうして、バカの壁の話をする度にそこにバカの壁可視化させることでしか存在理解させることは不可能なのだろう。

今一度一人ひとりが自らの心にそびえるバカの壁存在を見直すべきときに来ている。

人にはバカの壁存在していて、相手に話を理解させることも相手の話を理解することもそもそもできないのだ。

からこそそのまま情報の一つとして受け止めて、その情報を役立つものへと活かしていく。

それができる人だけがバカの壁を越えた向こう側に行ける人なのだろう。

これすらできる人にはとっくにできていることで、できない人だけがバカの壁の内側に取り残されているという皮肉しかないのだが。

いまのはてなを憂い、向こう側に行きたい人にだけ届いてくれることを切に願う。


蛇足

ブコメに「無知の知」という言葉があったので蛇足を一つ。

かつて士郎正宗氏は無知の知ではなく「不可知の知」であると置き換えていた。

人は何かを知れば知るほどに、知ることができないことを知るのだという。

そしてその時の自分は、それがコミュニケーションにおいても同様なのだと悟った。

どれだけ理解を深めようとも、最後まで理解することも理解させることもできないのだと。

それならば、そもそも理解を深めることだけを目的にすることはナンセンスである

そこには最後まで取り払えないバカの壁があるのだから相互理解はそこそこに、目的や行動を優先すべきだと悟ったのだ。

人の意見批判することは、それをきっかけにやめた。

そこに少しでもヒントがあれば吸収し、利害がなければ自分には関係のない情報なのだと切り捨てるようになった。

確かコミック攻殻機動隊あとがき(BLACK MAGIC M-66だったかも)だったと思うが、他にも人生螺旋階段を登るようなものだとか、士郎正宗氏の哲学の一部を垣間見ることができてとても興味深かった。

2021-07-18

anond:20210717000606

まず前提として、SF小説科学技術人間社会関係テーマにした小説(ざっくりこう言って良いはず)なので、感染症テーマにした小説SF小説には分類されないと思う。

もちろん部分的SF的なところはあるかも知れないが、まず第一パニックホラーとかサスペンスかに分類されるでしょう。


そして第二に、SF小説別に未来予測するためのモノでもないし、未来を正確に予測すればするほど面白くなるわけでも無いと思うよ。

そりゃ星新一とか士郎正宗とかが何十年も昔に現代社会を予見していたのは凄いと思うけど、それだけがSF仕事じゃなくて、むしろ「あり得なくはないけどまず実現はしないだろう世界」とかの方が派手で面白くなりがちだしね。

感染症で例えれば、感染したら派手に死ぬ死のウイルスとかの方がエンタメとしてはやっぱり見栄えは良い。コロナみたいな相対的に地味に社会に影響する病気って言うのは、それが現実になったからこそノンフィクション的な性質を帯びたけど、そうじゃなかった時代にはあまり面白テーマだとみんな思わなかったんじゃないかな。

2021-06-02

三大注釈が欠かせない人

あと一人は?

百鬼夜行抄の独特の読みにくさ

はじめ読んだときよく分からなくて何度も読み返すみたいなことがよくある

面白くないってことはぜんぜんなくて、大変面白いんだけど

あの妙な読みにくさの原因がいまいちよくわかってない

そのこと自体が興味深い

士郎正宗もたいがい読みにくいけど、それとは違うベクトルだな

そういう漫画、他にないか

2021-04-20

anond:20210419111746

止め絵で映えるデザインと動いて映えるデザインは違うからディレクションする人間はどちらを選ぶか?という判断が生まれそうな気がする。

攻殻機動隊TVアニメ化するときアニメ少佐の服のデザインハイレグなのを士郎正宗が止めた話みたいな。

漫画だと成立するんだけどアニメで動くとお間抜けに見える。

2021-04-13

使徒の話であさりよしとお氏が出ないだと

まとめサイトからとはいえスレ1つに丸々あさり氏の名前が出ないのはどうよ…

自分リアルタイムテレビエヴァ観てたけど、やっぱり最初使徒観て思ったんだよ

あさりさん?!って

自分宇宙家族カールビンソンときはあまり読んでなくて、

でも知ってたというかキャプテンが置いてあれば読んでたぐらいで、

どちらかというとワッハマンとかるくるくの方が読んでる方だと思うのだけど、

エヴァ使徒は本当にズッコケたというか、

ガイナックスエヴァかいアニメをやると雑誌で読んで観ることにしたら、

のっけからテレビあさり氏が描きそうな巨大なクリーチャーが暴れてて、

なんか形状が違うけどウルトラマンしか思えない青いのと戦ってる

巨大だし、猫背だし、バッテリーとはいえ活動時間制限されてるとかカラータイマーだし、

使徒名前はともかく、最初のと、あと短冊みたいな両手で切るのがあさり氏だった気がする

短冊で切るアイディア面白かった

というか、こういうのが漫画アニメの違いというか、

ウルトラマンだって脚本怪獣デザインに多人数で関わっていたはずで、

そうすると自分の頭にない意外なアイディア他人の頭からもたらされる訳で、

これがよりいっそう作品カオスにするというか、良い意味統一感がなくなるというか

宮崎駿的な絵コンテ絶対主義みたいにまでなってしまうと、

もう現場の人たちは単に宮崎駿氏の望んだ映像を実現するための装置に過ぎなくなってしまって、

そこに現場アイディアが取り込まれることはなかなかない

思うんだけど、これを成立させてるのは宮崎駿映画作品だけを手がけているからで、

宮崎駿氏に週単位アニメ映画と同じように取り組ませたら、

宮崎氏が倒れたら一気に破綻してしま危険がある

からコナンとか若さで乗り越えていたのかもしれないけど、

ドライ仕事として考えると、書店普通に入手できる宮崎駿氏の絵コンテはスゴいけど、悪い見本のようにも思う

あれはできすぎているし、士郎正宗氏が宮崎駿氏の絵コンテを参考に作ったM66はあれはあれで面白いのだけど、

あれもチームワークで作ったアニメというより、士郎正宗脳内再現したアニメになってる

色々なスタッフの色々な意見が混ざることで生み出されたものではない

多くの意見を取り入れるべきか、責任者独断偏見ガンガン決めて進めるべきか、は場合によるが、

映画OVAでは独裁者破綻しないというか、破綻したらその一本が消えるだけだ

しかし、ウルトラマンのような作品を週単位継続するとしたら、独裁者一人の脳内ではやっていけない

寧ろ独裁者の頭にないアイディア怪獣が作られ、設定へのアイディアもあり、

そういう良い意味統一感がないことで良い意味カオス、悪くいえばいきあたりばったりになることで観ている側もハラハラする

ジャンプの長期連載漫画と同じである

次週どうなる?!というのは、実は漫画家も編集も考えてなかったりさえするw

ど根性ガエルの作者である吉沢やすみ氏は、自分の敗因として、

できるだけアシスタントなしで他人を介在させずに漫画を描こうとしてしまったようなことを言っていた気がする

このへんにコミュ症っぽさがある

疾走日記で、吾妻ひでお氏はアシスタントからアイディアを貰うと現金を渡していたと思う

ギャグ漫画はとくにこういう姿勢大事に思う

悲しい話だが、一人でギャグ漫画を描いていると煮詰まってしまうのだろう、

漫画家が疾走や自○してしまうことも意外とギャグ漫画の方が多いのではないだろうか、とさえ思う

調子が良いときはいくつもアイディアが泉が湧き出るように思いつくかも知れないが、

調子が悪くなることを予期しておくなら、アシスタント編集からアイディアを貰うことで自分の頭を休ませるのも大事に思う

これはどんな仕事にも通じる、マラソンみたいな仕事なら寧ろ他人の助けなしでは成り立たないからだ

しかし、どうしても他人の介在が許せないという人もいるだろう

そういう人は、自分もそうだが、やはり小さい仕事しかできないということなのだろう

大きくて長距離マラソンのような仕事はできないと諦めるのも大事なように思った

考えてみれば、庵野氏はあんまりガンダムは持ち上げないんだよなあ

イデオンは持ち上げてたけど、ガンダム微妙というか、学生時代あん動画を描いているのに…

なんだかんだヤマト世代だというのもあるのだろうけど

アニメ監督って映画監督とまったく仕事が違ってくるわけだけど、

庵野氏や富野からすれば、使徒とかモビルスーツデザインとか一体一体にはあんまり執着はないんだろうなあ

庵野氏が自分怪獣には思い入れがない、

あるならウルトラマンだけどウルトラマンさえ登場しなくてもいい、そんな作品が作りたいと言っていたけど、

自分はどうしてもウルトラマン怪獣を描くレベルから考えてしまうのだけど、そういうもんなんだろうなあ

からクリーチャーロボットデザイン複数で雑多に持ち込むことで寧ろ作品カオスにすることで現実味を増すというか

あと、鬼頭莫宏氏も新しいエヴァでは使徒デザインに関わってたのかな

なるたる繋がりとかなんだろうか

エヴァクリーチャーデザイナー総出演みたいになるのも面白いというか、週単位構成やす物語ってこういうもんなんだよなあ

もしくは最後までカッチリ決めて取り掛かるのが理想なんだろうけど

2021-02-16

手足のフィードバックがなくなると脳はどうなるんだろう

ということを転スラの冒頭で思いついた

寝起きの金縛り状態はきついので似た感じだと辛そうだけど、全然想像がつかない

士郎正宗がそんな話を(欄外に)書いてた気もする

2021-02-07

ガンダム劇場版TV版+新作画で再編集パターンだけど、

初代IIIの安彦修正?はやっぱりいいなあ

なんだかんだ安彦絵は色褪せない

ヴィナスだのゴーグだの本人がやると成功しない感あるけどw

というか、ゴーグは好きなんだけどなあ…

ORIGIN漫画しか読んでないんだけど、

あれはあれでよくできてると思うんだけど、

なんというか「くどい」感が否めない

エヴァ士郎正宗と同じで過程説明をすっ飛ばすと観客置いてけぼりのリスクもあるけど、

意味深セリフを断片的に喋らせるだけで、

なんか描かれてない裏で色々あったんだろうなあ、

と客に思わせるだけでも十分というか、

総合的に作品として評価すると、残念かな富野の方がやはり勝ってると思った

ただ、自分も安彦氏ではないけど、ガンダムといえばやはり初代であって、

Zから話がゴチャゴチャし過ぎる傾向があり、

ストーリーの起伏、盛り上がりに欠ける傾向があるように思ってる

そういう点でも初代は漫画アニメに深い興味のない一般人にも分かりやすストーリーになっている

ORIGINランバ・ラルハモン、マクベとキシリア描写面白く読めたが、

ガンダム劇場版だけでも、そこから安彦氏のような背景描写類推できるように思えた

それだけ初代劇場版は良くできていたのだと再評価した

子供の頃に観てから何度も観ているが、改めてTVから変更されたセリフなど、

色々と考えさせられる作品だった

正直なところ自分富野氏を人としてはあまり好きではないのだけれど、

初代ガンダム特に劇場版IIIについては素晴らしい作品だと思っている

劇場版IやIIと異なり、IIIは思い出補正にもかなり耐えられると思う

老害なのだろうけど、初代ガンダムイデオンダンバインなどはまだストーリーの起伏が明確にあり、分かりやすかった

ネットで誰だったか

富野作品が好きな夫が妻に、あー、あの何でも船に乗せて旅する作品を描く人?

みたいに言われてしまうわけだが、ゲイナーになっても良くも悪くもその方針はあまり変わってない

レコンギスタに関しては完全にゴチャゴチャし過ぎて子供理解できないと思っている

もう一度初心に返って、単純な話を書いて欲しい気もする

2021-01-15

anond:20210115224823

エヴァはともかく、

攻殻機動隊オペレーターの指が”ヴァ!”ってなってタイピング高速でするのも意味不明

理由があった気がするんだが、原作コマ枠の外とかに書いてなかったかな…

オペレータお姉ちゃんだけでなくメガテク・ボディ社の事件人形使い)のときのウィリス博士も手を改造していたはず

士郎正宗は設定に偏執的なので(作者なりの)明確な理由はあると思う

ここから個人的想像だけど、

例えば、自分の脳を直接機械コネクタ接続してしまうと機械トラップが仕掛けられていたり敵の攻性防壁によって自分の脳が焼かれてしま危険がある

からネットワークとのインターフェースアナクロキーボードにすることで防御できる可能性がある

しかし、脳とネットワークを直接接続する方がキーボードを叩くよりも通信速度が爆速なはずなので、それに対応するために高速にキーボードを叩けるよう手を改造する

2020-08-17

ロリコン向けの士郎正宗ガンスリンガー・ガールなんだよ!」と教えてくれるタイプの友人が

昔は何人か居た気がするんだが、俺の人付き合いが下手すぎてもう誰も残ってない。

心の奥でもうひとりの俺として彼らをゴタマゼにした誰かが残っていて、彼が今でも俺にそういったことを教えてくれる。

人生においてなんの意味も持ってないのか、実は人生において大事意味があるのかも分からん世迷い言をいつも俺に伝えてくれる。

おかげで今日世界解像度高まる

2020-08-04

anond:20200804102807

東方場合作者も有名だが作者の手から離れた部分が大きいので、相対的に作者の力が弱まる。

映画化なんかは顕著だ。ブレードランナー電気羊とは別解釈スピンオフとして通用している。

作者と二次メディア距離が遠ければ遠いほど作者の発言権はなくなってゆく。

攻殻機動隊で有名なのは押井守神山健治であって、士郎正宗ではないのと一緒。

特に攻殻ブレードランナーは作者と別レイヤー公式がある。

読み手書き手問題について。

作者が有名なら深読み勢が出てくる。

無名場合正しく読まずにフラットに読み飛ばし怪文書扱いする人も多い。

そもそも読み込みが苦手な人もいる。

彼らに合わせて全てを平らかに表現してしまうのが正解かどうかは疑問が残る。

プロ場合言うまでもなく表現は適切であるから、読めない多勢には問題があるといっても言い過ぎではない。

例えば『ポニョ』における、手塚ディズニーを乗り越えて宮崎ポニョがいるという表現部分。

読めない人たちは恣意的解釈だと攻撃した。彼らには明確なメタ表現すら読みとれない。

創作において難読化が最適解かどうかはスタイルによる。

表の平易な部分と深読みできる裏を作ってゆく宮崎スタイル

安直な層も無理やり謎世界にぶち込む庵野スタイル

何れにせよ公式意図ぴったりに読んでくれる人はいない。

2020-04-01

2020/春アニメ 視聴予定メモ

暗い話題ばかりじゃけ、アニメでも見よ。

佐藤利奈報道ステーションナレーション就任と聞いて、生きててよかったと小躍り。テレビ買おう♪

必ず見る

たぶんみる
余裕があったらみ

2020-03-16

anond:20200316032841

士郎正宗テクノロジー人類進歩に楽観的」というより

極度に巨視的で、個々人の幸不幸や感情とかは

種としての人類いや惑星規模の生命進化の前では小さなことだ

みたいな割り切りなのではないか

政治的右派強者による淘汰の肯定)というより

ある種の理系視点極北

1980年代アップルシードを初めて読んだとき

サイボーグになったブリレオスがまったく苦悩しないとか

平然と既存人類バイオロイド化が理想解決策のように言われることに

すげえ斬新と驚きはしたが

たとえば同時期の漫画版ナウシカでも主人公最後旧人類の大虐殺をやってる

「種としての人類全体の進化過程では残酷なこともあるよね」

という視点自体は、SF想像力としては士郎正宗意外にも時々見られる

・・・

で、押井守はもともと個としての人間にはあんま興味がないらしいが

組織とかわけのわからん命運とかシステム化された行動を描きたがる)

神山健治攻殻機動隊を『太陽にほえろ』にしたのはひとつ発明

(というか『怪奇大作戦』に近いか

このおかげで攻殻機動隊というIP大衆性を得たのは神山の手柄

士郎正宗自身ちょっと不満かも知れないけど印税はいっぱい入ったし

その後の漫画家生活の現状(ストーリー性のある物よりエロ画で稼いでる)

を見る限り、アニメ版攻殻アニメ版で充分うまい商売だと思うんだけどな

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