はてなキーワード: 凶悪とは
https://anond.hatelabo.jp/20240222182957 の続き
グラブルリリンク開始したがエルデンリングの直後だとジャンプの高さが違いすぎ
こっちに慣れるとエルデンリングの操作を忘れそうだなあと思ってエルデンリングに舞い戻った
拾えてないアイテムや取り残した脇ボスなどをちまちま倒し、残してるとこで目立つのはいよいよマレニアだけに
しょうがない、ということでローレッタ倒したあと放置してた先に足を突っ込む
いつも思うが道中のほうがボスより大変
いくらレベルを上げても落下死は平等だし、物陰に隠れて奇襲し寄ってたかってタコ殴りエンドもレベルでどうこうできる話でなく
道中ザコ敵と死闘を繰り広げて試行錯誤し、これ対策で魔法使ってみたい戦技使えないかな、
じゃあレベル上げて必要能力を満たそう、とやってるうちにレベル過剰になる気がする
たぶんだいぶレベルオーバー気味。実際、思ってたより苦戦しなかった
道中ダンジョンで100回以上死んでるとしたら、マレニア戦では20~30回ぐらいのリトライでクリアって感じ
ということで、遺灰使ってだが想定より苦戦しなかった
発売からだいぶ経過したし、調整弱体化されてるのかな?
攻略情報はけっこう漁ったが役に立ったのは主に攻撃に対する回避方法で、攻撃については結局我流ゴリ押しで終わらせた
戦技は(自分では)ほぼ全く使わなかった(自分では、というのは、写し身の遺灰で複製した遺灰君は戦技を使いこなしてたので)
二刀流の高火力も試したが、遺灰がガードせず削られて死ぬので盾持ちに戻し、
結局フィールドを歩き回ってるときのいつものスタイル「猟犬の長牙と盾持ち」で最後まで押し通した形になった
ちな攻撃を盾受けするとHP回復されてしまうという話だったが、遺灰と呼吸をあわせる感じで殴ってると
前半はほぼノーダメに近い形で一方的にタコ殴りできるようになり、遺灰が多少削られる分もほぼ無視していい量しか回復してない様子
(火力はバフ込で1200強、血炎の刃で出血補正をつける、これもいつものスタイル)
HPも攻略情報では2000欲しいとなってたが、生命力33、HP1400以下でどうにかなった
(ラダゴンの爛れ刻印が手放せないで他の能力を優先してるうちにレベル上げの必要ルーンが多くなり過ぎて生命力を上げられなくなった)
(あえていえば、いつもの鎧よりやや防御高めのラダーン鎧をせっかくマレニア対決なんだからとつけたぐらい。なお装備重量の都合で下半身は妥協した)
遺灰なしだと相当きついのは容易に想像つくが、遺灰ありだと思いのほかにどうにかなった
(なおティシーさんは使ってみたが、写し身とコンビ組んだほうが崩しや状態異常付与で協力できる分だけ強かった様子)
まあLv200越えなので何をやったって勝てるということなんだろうけど、拍子抜けしたというのが正直なところ
専用対策が必須で、協力プレイで呼んだ助っ人があっさり全滅してたラダゴンさんのが苦労させられたかも
結局、道中で遺灰を呼べない、足場が悪いとこで戦わされ、場合によって一対多数でやらされる坩堝の騎士や各勢力の騎士たちのほうが、圧倒的に難敵だったというのが実感
(マレニア倒したあとに出くわしたケイリッドの鈴玉狩りも凶悪だった)
で
大ルーン持ちの大物は一通り倒してみて、さてエルデンリングを遺灰なしで遊びたいかと言われると、どうだろう
たぶんなのだが、自分はボスと戦ってるよりか、道中ザコ敵を逐一潰してフィールドを制圧してくほうが楽しかった気がする
ボスとのバトルはアクションゲームなんだけど、フィールドやダンジョンのザコ敵の掃討は配置を把握して対策を考えてくので、SRPGぽいんだよね
反射神経が追い付かないのもあるんだけど、自分は後者のほうが楽しい
(あと道中の制圧については攻略情報なんてほぼないので、全部自分で考えたってのはある)
弓が届く範囲のやつはひたすら弓でチクチク潰してたが、そこに時間をかけることが苦にならない、そういうタイプにとってもエルデンリングは楽しめるよと言っときたい
基本的には自分の考えの整理と振り返りに使っているけど、ブクマカやブクマカ兼ねてそうな増田を年単位で見て非常に得るものはありました
ただ、2番においてはまだ、気付きのまとめが終わっていない。これはワイではなく、別の増田の投稿なんですけどね
自己責任論って突き詰めたら、森羅万象あらゆる事象は自己責任を主張している本人のせいに全部転嫁できるはずなんだけど、いまだかつてこの主張が自己責任論者に聞き入れられたことがないので、自己責任論者は自己中心論者だと思っている
これは 1000000000%、それはそう
通貨が弱く、教育システムや医療体制も不十分な国から出てきたエリートや準エリート、またはスラム街からのし上がった人々にとって、先進国の人間の直面する問題なんて甘えどころの騒ぎじゃないだろうし、
同じ先進国の人間でも、呼吸する、歩く、座る、食べる、うんこする、寝る、じっとする からして困難な人たちからしたら、それらの困難を持っていない人の直面する問題など甘えどころの騒ぎじゃないだろうし、
身体的・精神的な困難を抱えていない人であっても、居所不明児童 の悲劇、 川口高齢夫婦殺害事件(2013年)の当事者に近い環境に身を置く人はいるだろうし、
殴る蹴る性加害など緊急性の高い虐待ではなくても、電気ガス水道が止まるのが日常なのはまぁまぁしんどいし、
ネグレクト・機能不全家庭でなくても、教育DVや暴言が日常とか過干渉とか条件付き愛情とか、基盤を壊すものは無数にあってひとつひとつ挙げたらキリがない
まぁそれでも新たに上がっている『めちゃくちゃ叩かれてるビリギャルの擁護?を少しだけ(https://anond.hatelabo.jp/20240310181641#)』では、
ボンボン(持てる側) の 甘え や 傲慢が叩かれてるんだよね
やっぱ、甘やかされた裕福な家庭の子どもたちが、自分の人生が大変だと嘆いたり、傲慢な教育論はいてるのを見ると、
呆れたり、バカなの?ってなるの、どうしたって一般的な感覚だと思うんですよね。だって、エクイティ(Equity)や共通善と反してるから
(ただ、厳しい環境に身を置くと〜の話を書いた時、先進国の特別な困難も無さそうな人たちが『生存者バイアスだ!』とキレてましたよね?自分を棚上げ?😒とは思わんでもない)
やりたくないことをしない選択、他人にそれを強制しない選択は、他者を受け入れる態度と関連している
でもなんやかんやとやらないといけない事は現実問題としてある。そして、エクイティや共通善に反する持てる者(能力主義)の傲慢
暇な時に考えてそろそろ3ヶ月くらい経つけどなかなかまとまらない
- まともな人が多くても、全ての人が同じ期待に応えるわけではない。期待し過ぎないようにすることが大切である。
- 能力や生まれつきの条件は運に左右される。凶悪犯罪者でない限り、力になりたいと思うが、生活に困っていない人々に同情する必要を感じない。
- 自己責任論を突き詰めると、すべてが本人の責任になるが、それを受け入れることは難しい。自己責任論者は自己中心的だと感じる。
4. 困難な状況への理解:
- 先進国の人々も、困難な状況や悲劇に直面することがある。ただし、他の人の問題に共感すると同時に、エクイティや共通善に反する傲慢な態度には注意が必要。
- 持てる者が傲慢な態度を持つことはエクイティや共通善に反しており、これには批判的な態度をもつべきである。
- 甘えや傲慢な態度が叩かれることは、エクイティや共通善に基づく考え方と一致している。厳しい環境に身を置く話については、「生存者バイアス」の意見もあったが、これには異論もある。
7. やりたくないことをしない選択と他者への受け入れと現実問題:
- やりたくないことをしない・させない選択は大切だが、同時に現実問題としてやらなければならないことも存在する。他者を尊重し受け入れる態度とバランスが求められる。
もともと電話が好きな方ではなかったので、スマホでも通話はあまりしないのだが、どうしても連絡が必要な場合に通話する程度には使っている。
小さい子供がスマホをいじっていて変なところに電話をかけてしまうという話はよく耳にしたが、自分が扱っている範囲でも誤って電話をかけてしまうことがあり、面倒くさくて閉口している。
最近多いのが、通話が終わった後に「電話を切る」ボタンを押そうとするのだが、相手が一瞬早く通話を切るとその場所が「電話をかける」ボタンになってしまうようで、電話を切った直後にまた電話をかけるストーカーみたいになってしまう。
かかってきた電話の時刻を確認するために履歴を見ていると、ちょっと触っただけで電話をかけてしまうので気を抜けない。
さらに凶悪なのが Bluetooth イヤホンで、自分が使っているのはボタンをダブルクリックすると次の曲になるのだが、曲を再生していないときにうっかりダブルクリックするとリダイヤルになってしまうのだ。滅多に電話しない自分がたまに電話をするのは会社の上司とかなので、夜中の11時とかに電話をかけてしまうと目も当てられない。しかもイヤホンから通話をキャンセルする方法がわからないので、カバン等からスマホを探し出して「電話を切る」ボタンを押すのに時間がかかってしまう。
また、イヤホンで音楽を聞きながら寝落ちすることがよくあるのだが、何かの加減でボタンが長押しになると Siri が起動し、何も言っていないのになぜか電話をかけようとし、しかも電話番号だけ登録してあって一度もかけたことのない病院に電話をかけたことがあった。これは運良く気がついて慌ててスマホを探して「電話を切る」を押してキャンセルしたのだが、折返しの電話は来ておらず病院側の着歴に残らなかったようなので胸をなでおろした。スマホで電話をかけると基本的に相手側に着歴が残るので、自分だということがバレるし折返しの電話が来たりすると面倒この上ない。
名前は忘れたがスマホに強い衝撃が加わると勝手に緊急通報する機能があるらしいが、それはまだ許せる。長押しやダブルクリックくらいの頻度で緊急通報するような必要はないと思っている。
寝ている時間以外は電話で誰かと通話しているような電話大好き人間にとっては便利な機能なのかもしれないが、特に自分のスマホでは通話機能の重要度は下がる一方なので、「通話しますか?」「本当に電話をかけますか?」と確認が出るとか、設定で発信機能を無効にできるとかの機能がほしい。
むかしむかしあるところに結婚40年ぐらい経った
老夫婦が住んでました。老夫婦には子供が出来ませんでしたが、諦めて生活してました
ある日、おじいさんは山に草刈りに
おばあさんは川に洗濯に行きました
おばあさんが川で洗濯していると、川の遥か上流から桃の様な何かが流れてきました
しかし、それがおばあさんの目の前にきた時は
なぜかジョウロに変わっていました。手に取ると
それはやたらと柔らかいようです
すると、川の下流から白塗りの赤い着物を着た男が現れが扇子をひらひらさせながら
「巨大な桃が流れてきたと思ったら〜
と言ったのでした
しょんぼりしながら、おばあさんはジョウロを家に持って帰りました。
ジョウロを見ておじいさんは「こんなもの持って帰ってきてどうする!!」と怒ってしまいました
仕方なく、おばあさんが包丁でそれを二つに割ると中から元気な男の子…じゃなくて今にも死にそうなウナギが一匹飛び出してきました
と叫ぶのです。まあ、出てきた者は仕方ない
と二人で育てると、立派な男に成長しました
そして、ある日男は老夫婦に
「鬼ヶ島へ行って悪い鬼を退治してくる」と
言いました。それを聞いておばあさんはきびだんごを男に渡した…はずがホウ酸団子になってました
「おなかが減った時のためにきびだんごをもらったら〜ホウ酸団子で〜した〜チクショー!!!」
と、街まで聞こえるぐらいの音量で叫びました
そうして、桃太郎が歩いていると道中で犬に出会いました。しかし、ホウ酸団子しか持ってないので仲間にはなってくれないだろと思いきやあっさり仲間になってくれました。が、いざ先に進もうとすると、犬が髭を生やしたガタイのいい男に変わっているではありませんか
「い〜ぬが仲間になってくれたと思ったら
こうして、ドン・モラルを仲間にして雉と猿も仲間にした桃太郎は船に乗って鬼ヶ島へ向かいました。しかし、海の真ん中で気づけば乗っている船が巨大なコンニャクになっているではありませんか。すると、海の中から白塗りの男が浮き上がり
「木造船に乗っていたと思ったら〜
捨てられコンニャクでした〜チクショー!!」
桃太郎たちは音を頼りに鬼の住処へと向かいました。しかし、そこにはひたすら割引シールを貼っては出荷する、ペンギンたちしかいません
まさか、と思い桃太郎が後ろを見るとそこにはあの白塗りの男が立っていました
「凶悪な鬼たちを見つけたと思ったら〜
少しだけ報酬を貰って、帰りました
家に帰ると、草刈りをしているおじいさんの姿がありました。桃太郎がおじいさんに近づくと、おじいさんの顔が骸骨に変わっていくではありませんか。ああそうか、こいつが鬼だったのか!
そこにはあの白塗りの男が立っているじゃありませんか
そして、男は
「おじいさんが草刈りをしていると思ったら〜
「チクショー!!!」
そして、桃太郎はドン・モラルが所有するアパートの家賃収入でおじいさんとおばあさんと仲良く暮らしましたとさ
(おわり)
男らしさを高めるにはやはり、ネットやリアル問わず、女性などあらゆる弱者に
絡んでくる悪漢を退治することだ。新幹線でナイフを持って女性に襲いかかった凶悪犯に
立ち向かって亡くなった方がいた。彼こそ男の中の鑑だと思う。見習うべき姿だ。
昨今、女性にAEDしたがらない男が話題になる。セクハラで訴えられる恐れがあると言うのだ。
だが大相撲の土俵で心停止した力士に、いち早く駆け寄った女性がいる。
男たちがまごつく中で、勇気を出した彼女に、なんと「女性は土俵から降りて下さい」などという
非情なアナウンスが流れた! 土俵は女人禁制だからだという話だ。
男として本当に恥ずかしいし、情けない。
・客が普通に食ってんのに夫婦同士(店長と店員)がくだらない喧嘩始める(しかも個人店ではなくフランチャイズのチェーン)
・小学校で女子生徒に冗談めかして抱きつく男性教師、男子生徒の局部を(なぜか手の甲で)触る女子教師
・淫行で逮捕されて懲戒免職食らった教師がほとぼり冷めたあとによその学校へ再就職してその後教頭に昇進(しかも公立学校での話)
・高校の運動部で血出るまで、怪我するまで部員を殴る蹴るする指導者が当たり前にいた
・(やった側、やられた側を合わせると)カツアゲ経験率の驚異的な高さ
・課のみんなで風俗旅行(気合入ってるとタイに遠征して幼女買いに行く)
・薄給でいいからとにかく休みが多くて残業少ない仕事に就きたいという価値観がキチガイ扱い
・飲食店のレベルが今じゃ考えられないほど軒並み低く、完食不能なレベルにマズイ飲食店すらそこかしこにあったので外食がギャンブル
・深夜番組でオッパイ平気で出るし発売予定のAVの紹介なんかもしてた(ドラマGTOなんかでは作中でAV流れるシーンもあった)
・精神病院や障害者施設で生きるか死ぬかの虐待が平気で繰り返されてた(そういう闇を題材にした『聖者の行進』というドラマがあり、虐待描写が酷すぎて抗議が殺到したらしいが、現実の事件はこれより全然酷かったという)。
また、精神疾患起因の妄想ではなく、健康にも関わらず陰謀によって精神病院に強制連行され薬漬け&軟禁で人生終了させられた人がマジでたくさんいた。
・反社と強い関わりがある、のではなく反社そのもののベンチャー企業でも上場できた
・過激派の内ゲバでまだ死人が出てたし、革マル系サークルに住み着いた部外者の排除に踏み切った大学学部長が自宅から出た瞬間に角材で滅多打ちにされる事件なんかも
・一般人が被害者の凶悪殺人事件が起きたら芸能レポーターや取材陣が平気で葬式に押しかけてその時撮った映像を夕方のニュースで10分くらい流す
・都心まで20分かつ駅近の下町や湾岸エリアの宅地と、都心まで80分かつ駅徒歩20分の新興住宅地の坪単価が同じだったりした
意外なほど反応ついてたけど読まず返事せず続ける。というか言いたいことの1割も書いてないので返事してたら続けられない。
読み返しててアズレンとブルアカが混ざっててどっちの話だかわからなくなってるが、すまん。
神バハだって当時すごい盛り上がって楽しかっただろというのは自分もそうですはい。
三目並べだって楽しめれば別にゲームとして欠陥あっても関係ないというのもその通り。
この場合、ゲームデザインとして実際のゲーム内容とゲームのルックが嚙み合ってないのが、よろしくないと感じる理由になる。
つまり、なんか雰囲気がドルフロに似てるなあという類似が、ゲームの性質からくるのではないと考えるからだ。
ゲームジャンルが同じだと見た目が同じになるのはむしろ当たり前。ファイアーエムブレムとラングリッサーが見た目が似てると言って怒るのは…譬えが悪かった。
艦これとアズールレーンでいうと、艦これはジャンル分けが難しいオリジナルジャンルだがああいうゲームで、アーケード艦これは3Dのアクション?ゲーム。アズールレーンは2Dシューティング。アズレンがアーケード艦これのルックにあえて似せる必要は特にない。が、実際、なんかそれっぽくなってしまってる。
パクリではない。キャラクターは独自の2Dに落とし込んであるし、ゲームシステムも違う。別物である。
ただ、軍艦モチーフのヒット作の後追いで出た軍艦モチーフゲームのゲーム画面の全体のルックが、ゲームシステム上の要請によるものでなく、なんとなく似てる。
おそらくは、参考にしました、ということだろう。
アズレンの場合、一番近いのは二次創作同人ゲーだと思う。キャプテン翼のやおい同人誌を商業向けに絶愛にしました、みたいな…譬えが悪いか。
気にする奴は気にするが、気にしないやつは気にしない、ただネタ元へのリスペクトは本当にあるんか? と思いたくなるような微妙な感じだ。
この場合、似てるから悪いのではなく、似てないことが気持ち悪さの原因になっている。別にネタ元のニュアンスをあえて残す必要がないのに残ってしまってるのが、単なる素材として雑に扱ってるんだろうなと感じるのである。自分は。
ブルアカでも、同様の、パクリではないけど…を感じ取ってしまう。
基本的にゲームシステムは生煮えである。2Dキャラがちょこまかと動きまわり、いろんなアクションを取るところが一番のセールスポイントであるのは間違いないが、それを使ってゲームシステムとしてうまくできてるかというと、見た目がちょっと豪華になっただけというのが正直なとこだろう。
プレイヤーが操作可能な範囲とゲーム画面のルックがうまく繋がってない。範囲攻撃の範囲指定ぐらいだろうか。回避指示はごく少数の特定キャラしか使えないし。AIオートにすると本当に頭が悪すぎるのでスキル使用はプレイヤー操作するしかないのだが、正直、ここまでオートが使い物にならない理由がわからないぐらい使えなさすぎる。なんとかゲームっぽさを演出しようとして、プレイヤーのやることを無理やり残すためにオートをあえて役立たずにしたのではないかと疑っている。
美少女が実銃で銃撃する動作を頑張って作ろうという熱意は凄くある。あるが、ゲームにはならなかった。
銃と美少女という組み合わせだけが先行してて、後が続かなかった。
さて2D銃撃部分ではグラフィックが先行してゲームデザインが追い付かなかったという話なのだが、そうなると気になるのが「もう一方のゲーム画面」であるフロアマップ。
メインと銘打ったステージで見れるのだが、これは完全に、まったく、寸分の違いもなくドルフロそのまま。ユニットの動かしかたまで同じだし、マップ上のオブジェクトも似てる。
ドルフロでは、マップはゲームの中心部分として機能していた。最初に見ると艦これの海域マップみたいに見えるが上手くアレンジしてあって、要は戦術シミュレーションのマップの簡略化した形だ。ゲームデザインとしての中心部分なので先に進むほどマップが大きくなり難易度が上がり、そのうちスマホだとマップを見ることすら不可能みたいなことになり(ゲーム公式がPCエミュでのプレイを推奨してたぐらい)、ライトユーザーが引くぐらいなことになるのだが、そのぐらいゲームとしての意味がちゃんとあった。
ブルアカでのマップは、ドルフロの凶悪マップを反面教師としたのだろう、基本的に戦術シムみたいなことは一切ない。というかやらせてくれない。代わりにボタン押しギミックがやたら増えた。
結果、マップはあっても、実際のユニットの移動ルートは実質1つだけ、というのが現在のブルアカのマップである。この部分はトライアンドエラーで運営の用意した正解を引くパズルみたいなもので、プレイヤーのやれることはほぼない。こうなってくると、マップ攻略はほぼ作業でしかなく、こんなことやらせず戦闘だけ抜き出して置いておけばいいだろ、という気分になってくる。
書いてみて思ったが、自分がドルフロとブルアカを対比してしまうのは、かなりの部分ここだと思った。ドルフロは艦これフォロワーとして作られたがゲーム部分は独自性が強く、艦これから受け継いだように見える部分でも自作品に合わせるように作り変えてあり、ゲームのルックとゲームデザインの間に乖離がない。ブルアカはドルフロから全く変えずに完コピしたが、(おそらくソシャゲとして楽に遊べるようにするためにという思惑もあって)その完コピした部分はゲームとしての機能を失い煩雑なだけの盲腸となってしまってる(かといってマップをなくすのも微妙かもしれない。先述したように2Dキャラ銃撃部分はプレイヤーがやることがあるように見えて少ない、基本的にキャラを愛でるためのパートだ。形骸化してるとはいえマップをなくしてしまうと、ただでも少ないゲームっぽさがさらに失われてしまうことになる)
ドルフロと同じなことについて「真似した」以外の理由が思い浮かばなくなってしまっている。このへんの真似っぽさは「銃と美少女」というセールス部分からは外れたとこなので雑にやっつけちゃったんだろうが、ここがあるからこそ、「銃と美少女の組み合わせなんて過去にいくらでも前例がある、別にドルフロは関係ない」と言いづらくなっている。ゲームシステムとしての合理性がありプレイヤーのゲーム体験としてうまく昇華させていれば、同じジャンルだから似てるだけと言えてたはずだ。
自分がブルアカのゲームデザインが雑なのが、単に雑であるよりあかんとこだと思う理由は、上記となる。
まだまだ続きます。
見た通り基本お気持ち表明なのでそのように。
「みんなの力で暴力」の立て看板の全文は「「みんなの力で暴力追放」で、実は暴力事件が沢山あった地域だったっていう棘がバズってるけど、
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2306458
「暴力はいいぞ、ケンシロウ」のアミバとか「暴力は全てを解決する」のコマとか入れられているが、こういう看板のいう暴力って一般的な暴力じゃないのよ。民暴なのよ。
こういう看板は昔は沢山あったけど今は限られている。今は駅前、寂れた商店街、警察署が多い。
その看板の名義見た事あるだろうか?警察、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、商工会、JC(青年会議所)が多いのだ。
ライオンズクラブ、ロータリークラブは共にフリーメイソンのスピンオフみたいな組織で経営者が多い。地域の実力者や法人が加入しているのでコネが欲しい経営者も加入する。
で、一番多く建てられた時期は平成の初期だ。
この当時、ヤクザ問題が深刻化していて、ハリウッド映画にも凶悪なYakuzaとしてよく登場している。
ヤクザは様々な犯罪を起こすが、国家権力、特に警察が重要視していたのが経済がらみの犯罪や犯罪紛い行為だ。
今では考えられないが、当時は会社の経済活動にヤクザが絡んで来るというのは当たり前の風景だった。総会屋などは商法改正でパージできたが、民事紛争でヤクザが出張ってくる事件屋とか、不動産物件を購入や落札したのにヤクザが居座っている占拠屋とか、会社間の債権がヤクザに売られて取り立てに来るとか、色々とキリがない。他社と揉めたら会社の前に右翼の街宣車が来て「糾弾」が始まったりする。
必ずしも金を要求されるわけじゃないが、どこかに対して経済的な見返りをしないと収まらない。その相手はヤクザの企業舎弟やヤクザに金払った会社だったりする。
一度関係が出来ると延々としゃぶられる。
こういう状態に関して警察が働きかけて「紛争でヤクザを使うな」と呼びかける為にそういう看板を設置させたのよ。「暴力団を使うな」じゃないのは、企業舎弟とか経由するからヤクザと直接の関りとならないから。
今はこの「暴力」追放が使われなくなったのは反社という概念が出来て浸透したから。
平成初期はその概念も無く、ヤクザがあちこちで経済活動に関与しているのは当たり前の状態だった。そこからヤクザを取引や紛争解決の場から排除しようという流れに持って行くための警察の活動が「暴力追放」という看板の設置だったわけ。
新暴対法は1991年に施行されたが、最初はあまり効力を産まなかった。
ところがそこから警察があらゆる手段を取るようになってかなり物騒な事件が続出した。例えばパチンコの三店方式は警察がパチンコ店主を説得して導入させたものだが、この導入初期には営業中の店への銃撃事件やダンプ突っ込み、バキュームカー逆噴射、店主の傷害事件などが起きている。
それらに対して警察は身を守るという約束をして用心棒を兼ねて警察OBの天下りをさせるようになった。パチンコもうけ過ぎの構造はこういう経緯があって出来たもんだ。
当然今までトラブル解決をヤクザに依頼していた会社はマル暴デカに脅されるし、企業舎弟との取引がある会社も切れと警告される。ヤクザは「警察と俺等とどっち取った方が安全か判るよな」と脅す。
そういう中で民暴という概念を啓蒙して流れ作るために警察が経済人の組合抱き込んで設置させてたのがああいう「暴力追放」看板なのよ。だから設置者がPTAとかじゃなくて経済団体ばかりなのだ。
ってー事で「暴力追放」看板は古い(平成初期)のばかりなのだ。21世紀に入ると反社概念が周りはじめて対反社条例などがどこにでも出来、「暴力追放」概念は過去のものになったから。
あと、ヤクザが地場産業企業とくっついていたので、市長がヤクザ関係者とかそういうのも普通にあった。
何しろ高度成長期まで遡れば、労働争議に会社にやとわれたヤクザが突入してストライキしてる側を殺したりとかもあったわけで。
地上げで、ヤクザ金融から金借りた債務者のどっかの経営者が普免しかないのに大型ダンプ運転してハンドル操作ミスって「偶然」地上げ受けてる家に突っ込んだり、放火されて死んじゃったりとか。
そういうの根絶するにはその犯罪取り締まるだけじゃなくて、面制圧して干す必要があり、それには経済活動から排除するっていう機運が必要だったのだ。
先日、報道特集にて甲府放火殺人事件の判決を待つ犯人の母親の様子が放送された。
死刑判決のニュース速報を目にして泣き崩れ「みんなで死のう」と取り乱し最後には「あの裁判には納得できない」とまでいう始末。
この映像を見て思い出したのは、先の「秋葉原通り魔事件」の母親に対するインタビューであった。
同様に報道陣の前で泣き崩れ、夫に抱えられながら引き上げる様子が報道された。
言わずもがな両者とも凶悪な事件を起こした犯人の母親であり、そして同時に、犯人に対し虐待を行ってきた張本人である。
特定少年は裁判の弁護人質問で『母親に暴言を吐かれたり、就職先を決められたりしたことを振り返り、「逃げたかった」』と述べたという。
生い立ちや劣悪な家庭環境が凶悪事件を引き起こすトリガーになっていることは何度も検証されているが、またしても起こってしまったことになる。
直接的な動機に繋がらないのだろうが、事件に至るまで思考回路は成長過程で与える影響はそう少なくない。
最近やりたいゲームも観たい映画も大体は履修したような気がしていて、新しい気になるものを発掘したいと思っているので、よければおすすめのゲームや映画を教えてください。
ゲームのハードはSwitch、PS4。PS4は最近手に入れたばかりだけど持て余してます。(PSPLUSには未加入。)
ゲームは社会人になってからやり始めたのであまり詳しくないです。
サブスクはアマプラのみだけどディズニープラスかネトフリも検討中。
【好きな傾向】
・考えさせられるもの
・熱い王道展開
【好きなゲーム】
・Detroit:Become human(今までプレイしたゲームで一番好きかもしれない)
・ゼルダの伝説 BotW(コログ集め、マップ100%、ハイラル図鑑完成済)
・ゼルダの伝説 TotK(コログ集め、マップ100%、ハイラル図鑑完成済)
・スプラトゥーン2、3(楽しいけどキャラコンが下手なのでガチマはS+10がやっと)
・ダンガンロンパ1、2(あまり覚えてないけど面白かった気がする)
【気になっているゲーム】
・デスストランディング
・ペルソナ5(ペルソナ4はダンジョン攻略でだれたのでペルソナシリーズは合わないかも)
【好きな映画】
・TENET
・孤狼の血
・凶悪
【気になっている映画】
・落下の解剖学
・serch
これが好きならあれも好きそうとか教えてもらえるととても嬉しいです!
この間の特定少年の死刑判決で、ふと小学校の時の道徳の授業で死刑には賛成反対かという話になり自分含め4、5人以外全員賛成だったのを思い出した。
それからなんでみんなこんな死刑に肯定的なんだろうと思っている。
自分は国家が公的な立場で罪を犯した人を殺すって行為に、なんか中東のテロ国家的な、そんな野蛮なものをイメージする。
とても日本には似合わないと思っている。
それに刑罰とは犯罪者の更生と治安維持のためにあるのであって、なにも被害者の憂さ晴らしのためにあるものではない。
こういうことを言うと自分の大切な人が酷い目にあっても同じことが言えるのかと、馬鹿の一つ覚えみたくいつまで来る人がいるが、もちろん私だって凶悪な犯罪者死んで欲しいな〜なんて思うこともある。
凶悪な事件を起こした犯人の家庭環境が悪いときに、こんなに可哀想なんだからしょうがないだろうという論調がある。
これが適用されるのは犯人が親を殺したときの場合のみだと思う。
何年か前に祖母と母に虐待されていた子どもが二人を殺害したときに周囲から減刑の嘆願書を出されていたと思う。(記憶が曖昧なので詳細は違うかも)
自分を壊した直接的な人間を殺したときは同情の余地があるけれど、全く無関係な人間が被害に遭ったときは厳罰を受けるべきだろう。
社会が悪いというが、社会は集合体。社会が間接的にあなたを傷つけても、ネームドの個人が傷つけたわけではない。
ただこれを曲解する人もいるかもしれない。例えば特定少年のような考えの持ち主は、あの女が自分を傷つけたから厳罰を与えてやるというようになる。